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はてなキーワード: 死ぬとは

2020-10-27

ちゃんとしてる女性コンプレックス

女性なんだけど、ちゃんとしてる人に対するコンプレックスがひどい。

牧村朝子さんとか。

羨ましいな、とも思うし、なんで私はバカなんだろうな、とも思う。

ラジオ聴いてたら最後投げ銭してくれた人の名前読み上げるコーナーがあってしんどくなった。

にじさんじVtuberの方が稼いでるだろうに

ちゃんと顔出ししてる社会的な人の方がそういうの聴いててコンプレックスが爆発して死ぬ

死んだ。

妹にしてしまった幼い頃の記憶

妹は姉であるわたしのことを「ねえちゃん」と呼んでいる。

からずっとそうで、今もねえちゃんと呼ばれている。


一度だけ、「◯◯子!」と名前で呼ばれたことがあったんだけど

わたしなぜか怒ってしまったんだ


それからはずっとねえちゃんと呼ばれている。


このことを

たまに姉のことを名前で呼んでいる姉妹兄弟を見るたびに思い出してしまう。


ついでに、

幼い頃から勝ち気な性格だったわたし

喧嘩してほっぺたをつねったこととか、怒って大事な本にマジック落書きしたこととか、ベルトでしばいたこととか(そのときミミズ腫れになるなんてしらなくてびっくりした。リアル拷問だよね。ほんとに痛かっただろうと思うと今も泣きそうになる)

そんな大人がやったらDVだろみたいなことを喧嘩の延長でしてしまたことを思い出して泣きそうになる。


姉妹関係は大変良好だ。

今は離れて暮らしてるけど大事な妹。

いつも励ましてくれる妹。

売れないながらも芸能界で頑張っている自慢の妹。


わたしが急に謝ったらびっくりするだろうか。

謝ろうにも謝れず、妹の人生応援することで全てを償おうとしている。

このまま死ぬまで応援し続けて全てを贖罪していくつもり。

anond:20201027181101

人間の男女しか知らんようだが、たいていの動物でも「劣ったオス」というのは同族からすらうっとうしがられる存在だ。

ショウジョウバエ、そうあのバナナ放置しているとどこからともなく湧いてくるコバエ、

遺伝子配列が単純なことからよく実験動物として使われるあのコバエ。

あれも実験で劣ったオスが一定数出て、DTのまま死んでいくオスとSJのまま死ぬメスでは前者のほうが多いという結果がある。

 

オスというのは生物的には総じて単なる資源を浪費するごくつぶしに過ぎない。

オスが社会てっぺん目指すようにできているのは、もしかしたら、そういう己の存在価値を示すためでもあるのかもな。

 

ある意味人間はそういう生殖競争のしがらみからある程度自由な心持を持てる環境を手に入れたのだから

もうちょっとそこ謳歌してもいいと思うぞ。

まりモテるオスと同じ土俵に立つ必要はないのに自縄自縛すんなってことさ。

anond:20201027170406

からそれはあなた我慢できないってだけで、「車がない=死ぬ」ってわけじゃないでしょ。冒頭にも書いたけど。

原付通勤している人も居る」ってかいてある分、必須じゃないってちゃんと判ってるじゃん

スペックに生まれたけど不幸だ

自分は、そこそこ高スペックだと思う。

■頭が良い

ほぼ勉強せずに慶應入学できた程度にはいい。(先生に「東大!」と期待されたが後述の理由勉強しなかったのでがっかりされた)

■顔もそこそこいい

めっちゃいいというより、感じがいいんだと思う。告白はずっとされてきた。

実家がそこそこお金ある

親の年収2000万オーバー

■だが不幸

対人恐怖症だから

小一の時に、クラスに入った瞬間に人が多すぎてゲボ吐いた。それ以来ずっと吐きながら登校した。

登校中、足が震えて歩けなくなるので、遅刻しまくった。「不真面目」といわれ、高校では特待生(授業料払わなくていい)を取り消された。

予備校も怖くて通えなかった。高校の授業中も吐き気我慢するので精一杯で、よく限界をむかえて離席するのでまともな勉強なんてできなかった。(今思えば通信とかよかったのかな)

人と目が合うと目眩がするので当然友達もいなければ恋人もいない。告白されると怖くて、その人を避けるので、大学生の頃はそのせいで授業を切った。

今は人と接しない仕事でまあ暮らしていけてるけど。

精神科に通って、安定剤で多少はマシになったけど、未だに仕事で人に会う時は自分を薬漬けにしてもはや酩酊前後不覚にして臨む。帰ってから倒れ込んで20時間眠る

これがなきゃ、自分人生どうなってたんだろうと思う。豊かな人生だったかな?

一生、誰ともセックスもせずに死ぬんだよな。

一生、友達と酒飲んだりしないんだよな。

一生。

地方は一概に車必須ではない

車があれば便利だけど、車がない=死ぬ というわけではない、ってことね。もちろん通勤通学で車通勤しないとNGな所は別で。リモートワークができたり駅近の事務所ホワイトカラー)に通勤するんだったら要らないよね。あと、雪国で車無いと外に出れない街も除外で。あと、一人暮らし限定で。家族が居るなら車が無いと割とキツイよね。


以下 人口別に車がある・ないでの感覚

人口80万人〜

公共交通機関が発達しているので車は要らない。あれば生活が便利になるかな程度。

人口40万〜人口80万人都市

駅前がそこそこ栄えているから、ちょっと遊びに行く程度なら車が無くても大丈夫

人口10万人〜人口40万人都市

無くてもいいけど、無いと行動範囲が大きく制限されるよ。休みの日は半径1km以内で住むならまあいいけど。自転車があると便利。原付バイクぐらいで十分だけどちょっとキツイ駅前に遊び場がないから遊びに行くなら車はほぼ無いと不便。だけど無くても暮らせるよ。

人口10万人未満

車が無いとキツイ必須。いわゆる「田舎」「ど田舎」と言われる所。はてなではなぜかここを指して「地方は車は必須」とか言っているので大体話しが噛み合ってないよ。ここらへんの出身地域の人たちが上京してきて、自分田舎を思い返して「車は必須!」って言っているイメージ

anond:20201027074034

炭治朗は「人を食ったからには殺す。慈悲はない」って信念が強固すぎる

鬼にとっては人を食わず死ぬか人を食って死ぬかの二択を選ばされてるようなもんだぞ

自身正義を疑わないという意味では無残と方向性が似てるとも言える

今の映画の話かな?

煉獄さんは、出てきてすぐ死んだキャラだけど、鬼の能力過去記憶や回想が挟まって、読者が人となりを理解したうえで劇的に死ぬのは、上手いなと思ったんだけど

「早くストーリー進めろウザい」

っていう人もやっぱりいるんだね

無差別殺人テロ死ぬ日本人の数よりもアポ強盗点検強盗でぐるぐる巻きになる老人のほうが多い

anond:20201027132858

anond:20201027131524

害虫死ぬのと用途がある家畜死ぬのが違うという意味しかないだろう。

女でも出産可能年齢の個体か美形の個体ではない限り特にマスコミも気にしていない。

書こうと思ったけど、書く気力がなく、形にならなかった増田タイトル

物欲が沸かない

コロナ鬱ってやつなのかもしれないけど、せっかくもらった給付金10万円の使いみちが全く思い浮かばない。

好き勝手使えるかと言われるとそうでもなくて、こんな時代から慎重にならなきゃっていうブレーキのほうが強い。

amazonの欲しい物リスト全然増えていかない方なのでそもそも物欲が弱いのかもしれない。

というか、普段数十円の差を死ぬほど悩んで買い物をしてるのに、10万円もらったかはいそうですかで使えるってわけないよな。

旅行とか食事だといかにも政府の思うつぼって感じで、できれば形にのこる買い物に使いたいのだけど、成功事例があれば聞きたい。

近所のゴミ屋敷を見ていると老後が怖くなる

近所にものすごいゴミ屋敷がある。

庭にはペットボトルとか洗剤やカップ麺の容器が散乱していて、窓から見える室内にも空いたティッシュ箱や使い古されたであろう電池の山が詰まれている。家は家で、トタン屋根はあちこち剥がれて庭や道にまで落ちているし、あろうことか玄関の扉すら壊れているのか存在していない。まぁ、あの家に泥棒で入ろうなんて人はいないだろうが………。

普通に通りがかった人であれば廃屋だと思うだろう。玄関扉が無いんだもの

でも、そこには独りの老婆が住んでいる。歳は80代くらいだろうか。いつも近所のお年寄り方と井戸端会議をしているので、心身はまぁまぁ健康のようだ。庭には時々洗濯物が掛かっているので、最低限の家事もしているのだろう。

ただ、流石に足腰は年相応に悪くなっているのであろう、歩く様子は結構大変そうだし、自力で一軒家をメンテナンスするのはなかなか難しいだろう。かといって家事代行を頼むような余裕も無いから、家は年々荒れていき気付けばゴミ屋敷…というのが現状という感じだろうか。実際、ストリートビューで見た数年前の近所の画像だと、荒れてはいものの今よりは多少マシなものだった(別にその家の確認のために見たわけではないが)。

一昔前であれば多くの人には頼れる子や親族がいて、彼女のような境遇にあれば一緒に住むなり時々でも世話しに行くなりする人がいたのだろう。実際、自分祖母限界集落のような田舎に住んでいたが、親の兄弟が交替で定期的に通っていたので、祖母は90代で死ぬまで綺麗な自宅で過ごすことができていた。

でも昨今は独居老人というのがテレビでもよく取り上げられるし、実際にこうやって目にするケースもある。恐らく頼れる親族がいないのだろう。

自分場合きょうだい揃って子供はいないし、頼る相手としてどうかはともかく甥姪すらいない。平均寿命から考えれば、もしも伴侶に先立たれたら独りだ。その時にある程度の蓄えが無ければ、自分もそういう風に身の回りのことも満足に出来ずに朽ちていくのかと思うと、暗澹とした気分になる。

いや、彼女別に今を不幸だとは思っていないかもしれない。ただ、自分がそういう境遇に至るのが怖いのだ。

だったらお前が彼女を助けられるのかと言われたら、それは難しい。ちょっとしたことでも一度何か助けたりでもしたら、近所で顔見知りだとズルズルと引き込まれそうな気もするので、変に関わり合いを持つつもりはない。他の人達もおそらく同じように考えているから、現状なのだろうとは思う。そして自分がそういう境遇になった時も、まぁ周辺住民が助けてくれるなんてことはきっと無いだろう。

別にかに看取ってほしいとか構ってほしいとか、そういうのは無いんだ。ただ、歳を取って弱ってきた時に頼れる人なり金なりを作っておかないと、自分にとっては厳しい老後になるだろうなという、そこはかとない怖ろしさを感じるのだ………。

今日ファクトチェック(「自分以外の存在みみず?」編)

鼻穴にくすぐったいような違和感を感じて目覚めると、目の前は一様に桃色だった。

起きたてで白濁する視界だが、枕元にあるメガネを手に取ってしっかり眺めると、今日天井には今日みみず今日も一方向に並んでいる。

いや、天井みみずが並んでいるわけではない。天井と呼ばれる家屋の主要部を100パーセント混じり気なく構成しているのが、みみずだ。

みみずがこうして雨風を防ぎ、ともすれば地震からも救ってくれる。さすがは建築材なだけあって、同じ大きさのみみず使用されているのは見事だ。

みっちり隙間なくそ天井を埋めている。しかし、今日はそのみみずの中に埋もれた筋となる太いみみずがこっそり垣間見えてしまっている。

筋たる年季の入ったみみずとは違い、小さなひとりひとりの構成材は命ある存在がゆえ、うごめきとともに剥離し、重力とともに落下する。

最近は寒くてみみずにも体力が失われているからかなのかコロナなのか、落下する人数が増えてきた気もする。

こうして冬はみみずが目覚ましがわりだ。そんな鼻をティッシュで噛む。つまり、鼻水と鼻みみずを面状のみみずで拭い取る。

でも、床板だってみみずなのに、なんで天井から落下したみみずだとわかるのか?って聞かれる。聞かれる?聞かれない。

床板と天井の見分け方。それには動きを見ればいい。床板を構成するみみずは動かない。重力で剥離することは無いので。

ただしたまに死ぬ。例えば私がつま先立ちしたら、つま先に居るみみずが何人か死ぬ。つまり圧死。私のさもない行動が命を奪う。死と隣り合った世界

そうなると彼らは表面の湿気を失い、床板から剥がれる。その尊い役割を終えた彼らを誇り、いやホコリとして毎週の掃除で除去する。

死んだみみずは、生きているホウキみみずで集められ、生きている床板のみみずから離される。集めることは分けることなのだと毎週思う。

そして、ホウキの湿り気で集められた死んだみみずは、生きているゴミ箱みみずに投じられる。これが彼らの夏の葬列。もしくは桃色の雪国

ゴミ箱というトンネルの中も桃色だった。そんな仲間に送られ、そんな仲間に見守られる。みすずはいだって仲間が一緒なのだ

そうだ、世の中では、♪みみずだっておけらだって1777700066666*だってみんなみんな生きているんだ友だちなんだ、

と高らかに仲間意識桃色吐息で歌う。そうなんだ、みんなが仲間なんだ。みんなが仲間なんだ。私を日本唯一の仲間外れとして。

日本でよく知られた歌だから日本でよくご存知の通り、この「生きている」という言葉は、みみず構成要素として生きているという意味合いだ。

からみみずが「生きている」のは当たり前であって、私はそのカテゴリーに入らない。つまり、「みんな」の構成物はみんなみみずなのであって、

私という存在けがみみずではない。つまり天井ゴミ箱は「みんな」の仲間。つまり、私は「みんな」の仲間じゃない。青色吐息

これで、僕という存在芋虫だったら「みんな」の仲間になれただろう。それは、みみずと同じ様態気持ち悪い存在という共通点を持つからじゃない。

もっと直接的に、芋虫は私ではないので、私では無いものみみずであるという命題によって、私は「みんな」の仲間になれるのだ。

そう考えると、カフカがうらやましい。私はみみずが嫌いじゃない。芋虫の方が嫌いだが、私も芋虫になって「みんな」と仲間になりたかった。

そうして、失われた床板ことみみずはホームセンターで買った補充材ことみみずで補填する。その上にはワックスを塗る。

ワックスとはみみずであるが、みみずのための栄養剤でもある。湿り気も与え、その輝きを増しその死を防ぐ。ワックスとは掃除であり生育である

ワックスワックス。ってそうか、天井みみずと床板のみみずの見分け方の話だった。まあ、床板がその死によって剥離するのだとしても、

床板はどっちみち動かないものなのだ。だから、生きて動くみみず天井から存在だと言える。そして、みみず天国を目指す。

落下したみみずが床板のみみず同化しないのは、堕天使ゆえのプライドなんだと思う。床板のみみずが動かないのも同じく建材ゆえのプライドなんだし、

そのあたりの感情人間みたいで、みみずなのにいじらしく感じる。まあ、身を持って知っている通り、人間みみず構成されているわけだけれど。

そもそも、お前もみみずなんだから、床板と天井みみずの見分け方なんて説明する必要がないだろう!!

そんなの「みんな」の当たり前なんだから!!壁を登るみみず自分役割を求めて居場所に帰っているんだよ!!俺は壁を登れないんだよ!!

なんでお前は1メートルもの生体を成したみみずの群れなのに、そんなこともわからないの!!みみずは神経回線にならないのか!!

筋となる大きなみみずはどのように工業生産されるのだろうとその苦労を忍びながら、掴んだ布団には軽い湿り気を持った柔らかさがある。

枕には軽いうごめきを感じながら、桃色を感じるメガネをかけつつトイレに向かう。そう、筋となる大きなみみずも気にはなるが、

光を通すその一生体を識別できないほどの細いみみずはどうやって生成され編まれ、そのメガネとしての光学特性を得るのか知りたいと思った。

これを今日テーマとしよう、と思いつつ生命神秘液こと尿を放つ。それと便座カバーことみみずに座り、尿たるみみずみみずの水に放たれる。

天井からみみずが落下すると、そこはライトの影となり黒ずんで見える。そんな天井のシミを数えながら尿を終え、鼻垂れるようにティッシュで拭う。

ティッシュという面状のみみずみみずの水の中へ。それは流れない。トイレットペーパーでないからではない。それはみみずに消化されるのだ。

そしてみみずなのにふわふわしない固く締まった床板を歩きながら、ふわふわしたカーテンを開ける。レースカーテンも桃色こそ呈しているが、

その地に使われたみみずは非常に細く、メガネのように光を通す。レースゆえに所々に空いた穴はみみずうごめきで日々形を変えるのが面白い

というか、窓がそうだ。私にはひとりひとりのみみずが見えないほどの細かさ。いい仕事してますね。しかし、そのひんやりとした湿った感触

結露もしている。みみず人間のように涙を流すのだろうか。だから人間みみずなんだってば!!

まりみみずは涙を流す。そして涙で視界もハッキリしてくると、そのみみずにも濃い色のみみずや薄い色のみみず発見する。それはテレビである

垂直面を器用に泳ぎ回る回遊魚、やはりみみずなわけだが、彼らは光の加減なのか、赤かったり青かったり黄色かったりする光の三原色

幾人もの色相で一つの景色を見せるダイナミック。しかカラフル熱帯魚と違うのはその俊敏な動き。さすが30フレームパーセック毎秒。

しかし冬は動きが鈍く、画面がちらつく。人物の顔が2つに割れて見える。それでもテレビは右下45度から叩くと治るという故人の逸話。聞こえるうめき声。

もちろん、画面のそれはみみずから人間なんだけど、私の唇のような赤、私の髪の毛のような青とは違い、ハッキリとした色彩ではない。

しかし、そんな色彩が自分以外のどこにあるのだ。テレビ登場人物みみずなのだし、テレビ登場人物みみずなのだから

みみずによる桃色に偏った色彩でもその表現に間違いは無いのだ。表現するもの制限されていれば、表現方法制限があったところでそれは満点なのだ

満点だと知覚すればいいのだ。みみず赤色だし、みみず青色で、みみず黄色。そう認識するように、この35年間生きてきたじゃないか

まれから35億年というものゴミ箱は常にみみずだったし、ホウキは常にみみずだった。天井みみずだったし、

天井のシミもみみずだった。尿はみみずの水だったし、ティッシュは面状のみみずだった。そもそもメガネみみずだったはずじゃないか

どうしてその色彩が目に入らないのだろう。今晩はみみずステーキみみずサラダみみずワインみみず豚カツです。みみずハイ

そう思った瞬間、世界は色彩を取り戻す。要はお腹が空いていたわけだ。重要なのは事物みみず構成されていることを隠すことじゃない。

今日今日とて、みみずマスクをしてみみず電車に乗ってみみず人間に押し潰されることを思れば吐き気がする。する?しない。

これはフケ?みみず。それはコロナみみず。それは、みみずである色彩を光の三原色として認識することなのだ。そうすれば、

みみず人間人間に見えて、みみずステーキは素敵に見える。いつだって真実はいつもひとつなのだから

そうして、お腹も十分に満たされ、卓上カレンダーにはバツをつける。今日テーマを思い出し、まずは明るい日差しに飛び出すのだった。

地方がどんどん衰えてるのは人間必要がないか

もう既に老人や中年需要のある労働階級に収まっていて、極々僅かに空いた新しく必要ブルーワークのポジション地方若者で分配してるだけだから

この傾向は日本だけじゃなくて欧州地方でも同じ傾向があり閉塞感がある

人間は生きていくために労働して対価の金銭享受する必要があるが、地方には対価が低い労働労働需要がないかまで落ち込んでいる

観光業界で食いつないでる地方日本に多い

なぜこんなことが起きてるのかと言うとやはり団塊世代団塊Jr世代が多すぎたと言うのが一番の原因だと思う

彼らを食べさせるために既にポジションが埋まっている

地方必要労働力という意味では飽和状態

若い労働力は要るが基本的には安くてよく働く労働力という駒でしかない(それ自体地方でなくても東京大阪でもそうだが)

日本全体で稼げる能力に対して人間が多すぎるので必要労働力の枠も既に足りてしまってる

足りないところは急成長分野や開拓分野なので新しいことをやっているところに行くしかない

まぁほぼ東京のことです

 

地方が衰えているのは

必要労働力の人間が足りてしまっている(人が余っている)

・対価の低い労働しか残っていない(みんなやりたがらない)

・新しいことをやらないので人が必要な急成長分野や開拓分野がない

 

衰えていると言ったが地方地方労働力が十分足りてしまっているので若者がそれらを敏感に感じ取って地方には未来がないと新しいものがある東京に出てきているだけの話だ

もう十分な労働力はある、枠は埋まっている地方に対してできることは基本的にない(労働力の世代交代がうまくいかなくて衰退してる地方は多いが、枠に対して労働力が余ってて若者流出してるので淘汰され収束するのは自然である

やるならば人が必要な急成長分野や開拓分野を作る必要があるがこれをゼロから地方に作るのは相当な負担がかかる

結局東京大阪でそういうのをやってるからそこに行けとするのが日本にとっては最適解になる

 

から残酷な言い方をすると伝染病流行って人が死ね死ぬほど枠が空いて再建するために活動が活発になりやすくなるので老人や中年中心にどんどん死んでいったほうが実は日本のためになる

        昭和58年生まれ昭和63年に保育所プログラムに参加せず行きたがらなかった、時計を自慢するくせもあったが孤立していた

       便所が使えず教室で小便を漏らす、スイミングスクール不参加、平成2年に小学校に入るが授業も体育も不参加、平成4年からいじめが激化し

        年に8割不登校平成6年に田舎に転校するが、漢字書き取り、歴史暗記が得意なだけで、理科算数がだめだった、体育も行事も一切だめ

        小学校卒業時は肥満体だったが親戚からユニーク性格をしていると言われた、中学校1年次の平成8年はたまたま様々なことが成功したため

        学校に行っていたが部活動サッカー部では劣等でついていけない、平成9年までに痩せただけ、平成9年からインターネットにはまり込み、

         平成10年に家族喧嘩して一念発起して自分勉強し、学年7位の成績で中学校卒業平成11年に公立高校トップ合格平成11年7月実施

        進研模試では偏差値50、平成12年1月実施のでは偏差値85。平成12年には増進会添削勉強していたが、秋ごろに精神破綻平成13年は延岡

        Z会東大対策講座を受けていたが、ほとんどできず、高校にも行かなくなり、現役不合格平成14年に福岡予備校に入るが、当時東対策講座はなかったので

        書店自分で本を買ってきて勉強したり、他の予備校東大模試を受けて死ぬほど修行し、平成15年東京大文科一類合格人生運動してなかったので

        運動する部活と間違えビーダブに入るが、ウエイトリフトサークルで騙されつつも、平成17年まで参加。教養学部の授業定期試験は概ね修了

        英語一列の教科書ちゃん理解していたが成績は良、第二外国語仏語で成績は良、数理科学では、解析が優だったが、線形が可、法律政治歴史

        ほとんどが可だった。平成16年にレックに行っていたが遊びで内容は分からなかった。平成17年に東大法学部進学したが、授業はつまらいかほとんど

        出席なし、自宅でプログラム数検1級の勉強をしていてサークルから離脱し友人がいなかったが、ブログが全盛期で、ボツネタ弁当ブログをよくみていた。

        平成18年2月に、同級生ブログに書いたことで東大行政法太田から懲罰委員会に呼ばれて叱責されたことで精神憎悪を深める。平成18年5月に米山ゴウケン

        暴動辺りから精神異常をきたし、平成18年8月からエロ画像氾濫で精神破綻が進む、平成18年12月頃には容姿のことでネットで叩かれ廃人状態平成19年4月頃

        に虚無化し、平成19年6月頃に増田で最悪なことがあった。平成19年9月に東大法を卒業するが、法学部での試験は、憲法刑法ネタで、行政法は厳しかっただけで

        ネタ民法1,2,3部が極めて厳格で、レックに行ってないと合格不可能だった。商法教授がぼけていたのでまぐれ当たりで優が来た。刑訴法判例に腹が立ち

        ゴミ箱に投げながらもなんとか卒業卒業後はエミュレータゲームをして遊んでいたが、平成20年頃からネットMONOたんなどが登場するようになり、「かわいい

        俺と結婚しろ」などと掲示板書き込み平成20年6月にネットブサイクと言われた加藤智大秋葉原テロ平成20年10月に厚生省次官が白い犬を犠牲にしたとして

        小泉に惨殺される事件あたりから病状が悪化平成20年11月頃に精神異常が極まりツイッターでまんすけと喧嘩してキチガイ状態の中、デュルヒアインアンダー(滅茶苦茶)

        というブログを立ち上げ、文科省官僚等を脅迫検察などで拷問を受け、精神悪化平成21年1月に東京拘置所移送され、体重が70キロになって釈放。

        平成21年5月に祖母の家に引っ越し、以後大ぐされして遊んで暮らす。平成23年10月23日にインターネットを滅茶苦茶な空間認識しながら2ちゃんねる警官

        殺すなどと書いたことで逮捕平成24年4月から12月まで埼玉拘置所監禁され嫌がらせを受け、平成25年6月11日から黒羽刑務所移送されて作業をしたせいで

         人格が変わり、平成26年4月24日満期出所以降、最悪。人が変わったように田舎を走りまくり、7月にネコを拾う、拡声器を買って色々なところに凄まじい怒声を飛ばす

         脳みそネコサル状態平成27年、重症平成28年、体重が53キロまで落ち、体年齢20歳という異常な状態平成28年から数検にはまりこむようになり、ぷちくら

         と一緒に受験平成29年、突然宮崎市東京に旅に出て発狂しまくる。5月から家庭教師数学を教える、9月からスタディサプリに任せる。平成30年に東京に出てきて

         生活保護刑務所で植え付けられた発狂が治らず現在に至る。

         

2020-10-26

鬼滅の刃の前からufotableはすごい子

鬼滅の刃の大ヒットで注目されているアニメスタジオufotableだけど、ここは昔からどこか一線を超えた企画を通すアニメスタジオだった。

私がその名前最初に知ったのは空の境界劇場アニメ化の時だったけど、そのときから全七章で構成される原作を全七部で劇場アニメ化するというちょっと常識では考えられない企画をやっていた。そして、ちゃん面白かったのがすごい。

でも個人的に一番このスタジオの凄みを感じたのはTVアニメゴッドイーター

何がすごいって劇場でもここまでやらねーよレベルの手の込んだ作画ハイライトに1影2影をつけて、しかもグラデが当たり前にかかってる。作画陣だけでなく仕上げ、撮影陣も死ぬ仕上がり。

さすがに無理があったみたいで本放送は何度も総集編が入ったけど、これに挑戦する時点でちょっと普通じゃない

肝心の鬼滅の刃はまだ全話観てないけど、個人的にグッと来てるのが炭治郎の耳飾り。日の丸から伸びる線が枠線に当たるところがちょっと太くなってて、それが耳飾りの印象を増してるんだけど、アニメって線の太さのコントロールが一番難しいはずなのにこのさりげない印象のために線をコントロールしきってるのがすごい。

ufotableはすごい子。鬼滅の刃でそれを再認識したね。

社会人になる前に死んでおくべき

社会人になってもいいことはないぞ。

正確には仕事をする身になるといいことはないぞ。

少なくとも「今は楽しくないけど社会人になればお金も入るし自然と楽しくなるはずだからとりあえず社会人になる」という大学生は、大学生のうちに死んでおいた方がいいぞ。

そのような人であれば社会人になっても楽しくない日々が続き、楽しくない仕事をしながら楽しくない私生活を送ることになるぞ。

から私のように死を選ぶことになるぞ。

お金が入っても楽しいことはないぞ。

大学生の時と同じように楽しくない日々が続くぞ。

楽しい面白い業界からはことごとく切られたから、楽しい仕事なんて私の手には届かないぞ。

ダメだったなら転職すればいいんだよ」という甘言には騙されるな。

ダメから転職する、という精神状態ときには大抵もう転職活動できるほどの力は残っていないからだ。

から、もう私は疲れた

大学生のうちに死んでおくべきだったと考えた。

だが、今ならばまだ遅くはないので、これから死ぬことにした。

社会人になれば何とかなるという生存者バイアス発言さらされて流されかけている大学生やその他学生は、今のうちに死んでおくのが自らの幸せのためだぞ。

それではお先に。さようなら

スリランカの都の湖の水底のまだ見ぬ壕の中に死ぬそれ。

anond:20201024155338

しかし、そこまでインテリが嫌いなら、科学者の言うことなんて聞かずにコロナ放置したらいいんじゃないかな

医療崩壊も起こるに任せる。たぶん数十万人死ぬんだけど、インテリ嫌いなんだし、それがお似合いだよ

anond:20201026003439

自分が好きな事をして生きていくのはよいけれど それと他の人の人生がどういうものなのかは別物でしょう

あなたがいまのあなたでいる権利があるとしたら誰にもらったものなのですか

平等というものがなんにでも都合よく使われるのならあなたが食べた生き物や殺した昆虫はどんな権利が足りなかったのですか

あなた人間であり憲法でまもられ安全が確保されるのは人間からみた社会からだけで 暴走してつっこんでくる車や病気やそのほか自然においては関係がないはず

どこに生まれるか 何が学べるか どんな出会いがあるか そんなもの人間社会ではどうしようもないことだし定められてもいない もちろん平等なんてものはない

優秀な結びつきのあるものは優秀で蹂躙し そうでないもの無能駆逐される 弱いから助けられるべきなんてもの人間自然界で生存していくための独自ルール

社会構造生命のすべてに関与できる管理社会において生まれや運や平等感について問うなら問うだけ価値があるかもしれない

それ以外には何を語ろうともそういう人生という演算結果をデータとして献上しながら灰になっていくだけの人生をすごすのが人というもの

すごく人生楽しい人もいるだろうし つらいだけで死ぬしかない人生もある それはそういうものとして自然の中で発生して消えていくだけ

あなたがほかのだれかとはどう違うのかを言葉を尽くして語りつくすことで自分自身というものを紹介することで ほかの人に自分の像を植え付けてそんな目でみてもらうことで

人の手によって生かされたいという願望がその語りで満たされるならそれもまた人の生き方でしょう

anond:20201026003439

嘘とか嘘じゃないとかどうでもいい。

田舎で生まれたせいでマイナスアドバンテージだと感じていて

実際そうなのかもしれないが、それはしょうがない。

田舎東京とでうまいこと良いとこ取りできればいいのだが、

田舎は捨てられた土地未来がなく、東京では自分の居場所がないと嘆いている。

しかし、東京でだろうが田舎でだろうが、別に頑張っても良いし頑張らなくても良いいのだ。

レールから外れたら死ぬみたいな強迫観念をもし持っていたとしたら捨てよう。

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