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2020-09-30

anond:20200930155544

老犬だったのね。老犬なら死ぬかも。読んだことなかったから知らんかったわ

もしかしてアニメ中でも老犬描写あったかもね。アニメもあのシーンしか知らん

グエー

anond:20200930154907

イッヌが凍死とか相当やぞ。毛皮ついてるし

飢餓モードで体力落ちれてばワンチャンみたいな

犬種によっては老犬や子犬なら死ぬ

ぐらり

正直、早く帰って寝たいのだが。

昨晩の寝入りがめちゃくちゃ悪くて眠気がひどい。

仕事から帰る運転の前に少し寝るかな…

今の気温なら熱中症死ぬこともないし、少し帰りが遅くなっても事故るよりは…

「夫と普通に喧嘩できない」ならどうなるの?

甘い甘い甘〜いッ!!!!!!

なあーにがカウンセリングじゃ、薬飲めじゃ!

いいですか?男女反転バージョンいきます

些細なことでも何でも、夫と一旦喧嘩になってしまうと「僕なんて死ねば良いんだろ」「離婚しよう」と興奮して暴れる。夫はバツイチ。私は初婚でIT関連に勤めている。現在コロナもあって在宅勤務。


夫は平常モードだと、知性も高く朗らかでユーモアもあり、とても素敵な人だ。職場ファンも多い(男女関係なく)。本当に尊敬しているし愛している。恋人だった頃は、距離があったから冷静になる時間もあり、それなりに衝突もあったが互いに謝ったり謝られたりして特に気に留めていなかった。

結婚を境に一緒にいる時間が増えれば増えるほど、まるでジェットコースターのように夫は機嫌が変わることが分かった。ここ数年本当に酷くて悩んでいる。

夫は興奮すると目がすわるし瞳孔が開いて息が荒くなり日頃の理性が全部消え、まるで獣のように咆哮する。喚くだけだったらまだいいほうで、さらに血が上ると皿を割ったり、料理を捨てたり、カバンを投げたり...新婚旅行で買った記念の置物も早々に破壊された。

獣の状態とき思考が極端すぎて、

代替案や建設的な話が全く成立しない。

・ひどく極端なことを突拍子もなく言い出す(僕が死ね解決する、じゃあ捨てる、全て止めるなど0か100思考)。

・夫の誤解であっても頭に血が上っているときは、意見すら聞いてもらえない。

・誤解を解こうとすればするほど、激昂して余計複雑になる。

・切れる言動一貫性がなく、こちらが配慮改善できないレベル


なんだ。なぜだ。私にはわからない。普通日常喧嘩死ぬとか離婚とか毎回出すのってそれって少し卑怯じゃないのか。

そして翌日もしくは数時間後に、ごめんねと泣きながら謝ってきて、また優しくて柔軟ないつもの夫に戻るんだ。このような言動(平常モードだったら流すような些細な事で激昂し、そうかと思ったらしばらく鬱ぎ込む)数日数週間単位で繰り返される。

ちなみに本人曰く双極性ではないらしい(結婚後診断済。セカンドオピニオンはなし)そして外面はすごく良いのでこの症状は私の前だけだ。誰も知らないから誰にも相談できないでいる。


私も出来た人間ではないけど1度も手だけは挙げたことない。浮気したことない。

結婚生活は続けたいし彼が大切なのだけど、最近は「〇〇ちゃん大好き」と手を絡ませてくるときに(彼はいつもベタベタ触れたがる)、獣の形相の顔が脳裏に浮かんで辛い。怖い。自分が引いているのが自分で分かるのが更に辛い。この繰り返しに段々と疲弊している自分がいるのも事実だ。

このような気性のパートナーを持っている方、どうやってうまくやっているの?私は女だから力じゃ絶対勝てないし、直接暴力を振るわれたらどうしようと考えたら肝がヒュッとなる。

楽しい会話の中の冗談でも、気に触ることだと最近はプッツンと(本当に見ていてわかる。笑顔から急に目が据わる)切れて暴れだすので、冗談にも気を付けている。これが食事中にも起こるんだよ。そういう時は飯どころじゃなくなる。何故って床に飯が散乱するからorz...

いつまで続くのだろう。子供とか出来たら変わるのかな。


まさか増田投稿するとは。。誰か知らないけど最後まで読んでくれてありがとう。吐き出して少しスッキリした。同じ獣でも、けものフレンズだったらサーバルちゃんがすき。

これどうだよ?

これ読んで旦那さんを心療内科に…とか言わんでしょ

離婚しろ・逃げろ・クソ男を訴えろ・警察いけの大合唱でしょ

元のバージョンでも離婚しろつってる人はある程度いるけど、少ねえよお

男女に筋力差があるから〜ってか?ふだん性差否定してんのにこういうときばっかり十把一絡げにして語るのはマジでどうかと思うぜ 俺は彼女腕相撲したらほぼ互角やぞ

男にも優しくするか女にも厳しくするか、どっちかにしなさい!

女にばっかり優しくしないの!めっ!

バニラエキス全くなくならねえぞ

一度に2滴くらいしか使わないので死ぬまでになくなるのかってレベル

anond:20200930113001

幸せだと大半の人は語彙が死ぬ

 

そういうことだぞ

https://www.buzzfeed.com/jp/reonahisamatsu/zeni-yamete

こんな記事を読んだ。

このお母さんが言ってることは正しい。間違いなく。


ただ私はこの記事を見て、また、ここ最近芸能人自殺の件を見て、自分過去の事を鮮明に思い出した。

自分語りする場他に無いのでこちらで失礼します。長いから読まなくていいよ。

↑の記事とは全く関係ないので、あしからず


私は毒親からまれた。母が特にヤバい。どうヤバいかは読んでる内に分かると思う。

父親ヤバいけどマシ。父親は私が5歳の時に借金問題離婚した。借金の原因は母であり、父が母に耐えられなくなったというのも離婚理由の一つ。

あと他に父親ヤバい所は私が3歳の時に未成年淫行逮捕経験有り、今もたまに何かしらで逮捕されてるくらいでしょうか。



母は嘘しかつかない人だった。

自分いかにすごいか毎日私に語っていた。嘘じゃないかもしれないが運動が出来て頭が良くてとてもモテたらしい。

一番よく聞いたのは、母が子供の頃芸能オーディションに応募して最終選考まで残ったのに親に反対されて最終選考に出られなかった話だ。

から自分子供を決して縛ることなく何でも自由にさせてあげるんだと息巻いていた。

他には、身内や近所からこんな酷い事を言われた!と言って悲劇のヒロインを演じていた。そして、自分は正当だって話をセットで私や色んな人にしていた。


母は家事を一切しない人だった。

私は物心ついた時には包丁を握って、火を使って料理をしていた。何度も火傷したり指先を切り落とした覚えがある。ピーラー100%切ってしまうので使うのを止めたし今でも怖くて使えない。指先が無くなったことで病院に行ったことはない。幸い、今指の形が変とか火傷の跡が目立つとかは特にない。

洗濯や洗い物は一回分でも溜まるとその晩母は発狂して私は何度も殴られ首を絞められ怒鳴られ、学校へ行く時間(朝)になるまで逃げられなかった。

ちなみに寝不足なうえにわんわん泣いてから学校に行くから瞼は毎日一重。今は何もせずに二重だが、同級生からは整形を疑われることがある。

そういえば包丁を投げられたことも何度もある(シンクに置きっぱなしだったせいで)。運良く毎回避けられたが避けなければ刺さってた。

それは物心ついた時~成人後家出に成功するまでずっと続いた。

赤ちゃんの頃はどうしていたかホームビデオを見る限りでは父親家事をしていた。母は自分がしていたと言う。だから家事も何もかもを全て私にやらせておきながら「誰があんたを育ててあげたと思ってるの!」が口癖だった。

私は何言ってんだこいつと思っていたが、ふとした時に何故だか自分が悪いかのような気になった。言われたその時ではなく、あとから何もない時に急に罪悪感に襲われた。


母は働いたことが無い。

私が産まれから家出するまでの間は。

しかし、一度だけ、試食販売バイトをした。私が中学の時一度だけなんだけど、それを一生やってるかのように「私は働いている!」と言い続けた。


母は身内や近所に嫌われていた。

祖母や伯母は「母は昔からこういう性格で褒められたのは芸能人並みの容姿だけ、だから結婚してないと駄目なのに逃げられた」と口癖のように言っていた。(ちなみに私は父親似のブス)

母はその言葉に誇りを持っていたらしい。歳は40超えていたけどいつでも芸能人になる気満々だった。頼むからそうしてくれ、家にいないでくれと思って40超えてても応募できるオーディションを色々調べて教えたけど、行動に移されることは無かった。

近所からは、毎晩発狂してる事で心配言葉を掛けられた事がある。その時母は「うちの子癇癪持ちで、すみません」と言った。

母は、一度言葉したことはその場を取り繕うための嘘でも本気で本当だと思い込める。その晩、私が癇癪持ちなせいで近所から恥をかいたと朝まで怒鳴られた。

その晩だけでなく、機嫌が悪いと必ずその話を持ち出した。

繰り返していく内に私は自分記憶も信じられなくなっていった。

しかし、とある近所の人は私に「あなた普通だよ、お母さんがおかしいだけだから」と何度も言ってくれた。その一言けが支えになった。

母はその人の事をことさらに嫌っていた。こんな酷い事を言われた、という話は主にその人からだった。

最初に出した記事から思い出したのはここです。笑 マジで関係ないです。作者さんすみません


母には愛人がいた。

私が生まれてすぐの同窓会で会った既婚者。ダブル不倫。結果として父より長く付き合っていた。

私が成人後家出した後、「〇〇が家出した原因は愛人がいたせいなんでしょ?それがショックで家出したんでしょ?別れるから帰っておいで」とメールが来た。死ねと思った。

父は愛人存在最近まで知らなかった(さすがに知ってると思って私が言ってしまった)。

父とまだ離婚してない時もその愛人とは家で会ってて、私が3~5歳の時(覚えてないけど離婚前)「今、家に借金取りのヤクザが来るから猫のフリしてて」と母に言われ倉庫代わりだった部屋の扉にガムテープを貼って閉じ込められた。

私は言われた通り、にゃーにゃー鳴いて扉を引っ掻いたりしていた。

ヤクザが何かもわからない私はガムテープが張られてない隙間から覗いてみた。見えたのは知らない男の人。しかしそれはその後小学生になって初めて顔を合わす母の愛人の姿だった。


母は生活保護を受けていた。

まり私も受けていたことになるんだけど、暫くして不正があるってなって、全額返金を求められた。と、母は話していた。

私はここの詳細はわからないけど、心当たりあるとしたら祖母父親から充分な生活費を貰っていたことかなぁ……。生活保護費は母の夜遊び代だったので。

その時高校生だったので、アルバイトをしていた私のお金、それまでのお年玉貯金そもそもお年玉は母に取られてたので、内密に受け取っていた僅かな分しかない)や奨学金含めて、全て生活保護の返済に充てるという事で母に没収されました。

高校生の時のアルバイト代はその後も全て没収生活ものすごく困窮した。お昼ご飯はお弁当だったけど、時間的にも金銭的にも作れなくなって、何もない日があって友達から少しおかずを分けて貰っていた。

しかし母は相変わらず夜遊びしていた。私は夜遊びに行ってもらう方が都合が良いのでその事を問い詰めるような事はしなかった。どこに行ってたのかも知らない。

しかしたら、嘘をつかれて、私から取ったお金も遊びに充てていたかもしれない。


高校卒業する時、私は県外の専門学校に行かせてもらえるはずだった。

小学生の時から良いなと思っていて身内全員に勧められ、漠然とそこに行くんだって思っていて、大学勉強はしてなかった。

中学で1年半不登校して(この時は、完全に部屋に閉じこもって母とも誰とも顔を合わせない引きこもりをした)基礎が何も分からなくなってしまったのでその時点で勉強はだめだと思っていた。

けど、丁度進学を決めるタイミング祖父が亡くなり、遺産で揉めて学費が払えませんとなった。

私も貯金ゼロ、なら就職しかない、と思ったら担任に「もうさすがに遅くて無理です」と言われた。そして勧められたのが、高校系列専門学校だった。推薦できるし安く出来るからって。母は最初から最後まで可能不可能の話はせず「あんたの進路はあんたが決めなさい」とだけ言った。

私は"家から出られれば"どこでも良かった。その話を担任にこっそりとしたら、寮があるから大丈夫と言われて、じゃあそうしようと決めた。

しかし、実際は寮には入れなかった。

推薦入学の為面接があって、面接の部屋に学生は5人いたのだけど私にされた質問は一つ。

「寮に入りたいって希望してるけど何で?きみ、家近いよね?」

そんな事聞かれると全く思っていなかった(担任とのシミュレーションにも無かった)ので、とにかく本当の事は言えないから「自立する為です!」と答えた。

それに対して「親孝行した方が良いよ?」と鼻で笑われた。それで私のターンは終わった。最悪だった。

その後3年は、放課後から朝までアルバイト漬け、家には風呂に入る為だけに帰り学校で寝る、というような生活を繰り返した。帰る度に母が何か喚いていたけど黙らせた。

話していなかったけど、私は小学校高学年くらいから母の暴力暴力で返していた。私の方が力が強いので捻じ伏せることが可能だった。生きる為とはいえ今でも罪悪感しかない。それに暴力癖は今でも抜けない。普段生活していて手が出る事は無いが、彼氏喧嘩して手が出てしまった事がある。別れた。子供は勿論結婚なんかも無理だろう。

それで、もう卒業式さえ出れば良いって時に東京のクソボロネズミまくりシェアハウスを借りて、必要最低限の荷物を送って、何も言わず家出した。

あんなに働いたのに引っ越し後の残金(卒業式の為に一度故郷と往復する飛行機代を除いて)は2万円とちょっとだった。

慌てて就活を始めたが、最初に当たった企業が「きみ田舎から出てきたの?東京は甘くないよwでも仕方ないからうちが拾ってあげるよwうちの寮に住むならね。給料は14万もあげるよ、田舎だとこんなに貰えないでしょ?寮の家賃は6万。これは東京では物凄く安い方だからね。ほら、ここにサインして」逃げました。チェーンだから名前晒してやりたいくらいだ。

心折れてシェアハウスの近くでアルバイトする事にしました。給料の支払い日の都合が良くてラッキーだった。ギリ初回の家賃が払えた。







このかん、何度も自殺未遂した。物心ついた時から死にたかった。

幼稚園児の時も友達喧嘩ばかりして友達が悪いのにその子の顔が可愛いから擁護されて、私が悪いんだって周りに指さされて、でも幼稚園の近くに住んでいた大人変人)が「あんたは悪くないよ!この子が悪いんだ!」と急に怒鳴ってきて、ビックリしたし周りもあいつヤベーぞ不審者だ注意しろ!みたいな感じになったけど私はその言葉で救われた。その変人がいなかったら幼稚園屋上から飛び降りていた。

小学生の時担任に親の事相談したら「そんなわけないでしょ、いいお母さんじゃない、ちゃんと育ててくれた人に感謝しなきゃだめよ」と言われた。児相存在も知らないか最後の頼みの綱のつもりで相談したのに最悪だった。でも、私も当時は自分の状況をうまく説明できなかった。虐待されているとは思っていなかったし。でも、なんか説明できないけど不当な扱いを受けている、そしてそのせいで自分はとても苦しいという認識だった。だからその日死ぬつもりだった。放課後、当時好きな人と少し進展があった。嬉しかったけど私は今日死ぬんだぞ、今のが最後の会話だからな覚えておけよと思った。遺書にも書いた。その晩家のベランダの柵の上に身を乗り出して後は手を離すだけのタイミング好きな人の事思い出してしまった。泣きながらベランダをよじ登った。

中学に上がり私は引きこもりになった。理由はなんかもう狂ったから。友達が私の事褒めると、嘘だと思ってしまう。私の脳内勝手に誉め言葉に変換してるだけで本当はずっと貶されているんだ、私はキチガイなんだ、こうなったのは親のせいだ、そんな事を思いながら母が毎日扉前で「いい加減出て来い!」と怒鳴っているのを聞いていた。

ちなみに飲食は母が夜遊びに行ってる間にした。そういえば夜遊びも近所の人に色々言われてたけどそればかりは余計なお世話、私にとっては唯一の安息時間から正そうとするな。食料はちゃんと買っててくれた。と言っても、ほとんどツナ缶だった。育ちざかりにほぼツナ缶マヨネーズしか食べなかったせいか身体が成長しなかった。友達チビを弄られる。最悪。

引きこもってる間は元気にしてた。何故ならパソコンがあったから。2chに「死にたい人が書き込むスレ」みたいなのがあって、年齢など書きこむテンプレがあってその通り書き込んだら「まだ若いから大丈夫イキロ」みたいなレスをたくさん貰った。そうなのかあ、と他の書き込み見てみたら確かに50代とかが多くて、私若っ全然余裕じゃんと思った。

それでも一度だけ「そろそろ死なないとなあ~」と思ってまたベランダの柵の上に登ったけど、やる気になれずやめた。

引きこもることに飽き、死ねないし今のままじゃマジでやべえと思って2年の2学期からいきなり登校したらマジで誰?みたいな感じだったけど誰も何も聞いてこなかった。暫く過ごして、「転校生だと思ってた。自己紹介しないから変だなって」と言われた。物珍しさで人が集まり友達に恵まれた。小学生の時好きだった人はクソヤリチンになってて冷めたけどめちゃめちゃ楽しい中学時代を過ごせた。全国の引きこもりデビュー、意外といけるぞ!もし失敗しても気にすんな!

高校専門学校家出の為に働くことに必死自殺未遂はしなかった。何度も死のうとは思ったけど世間体も気になりだして、とりあえず、家を出てから考えようって思ってた。

家出後。家出直後は紆余曲折あったが、安定してきたのは3年後頃。それまでに2回転職した。1つ目、2つ目のアルバイトははっちゃめちゃのどったばったの学生の延長みたいなノリの職場だったので死にたくなってもすぐウェーーーーイwwみたいになれたのに、3つ目は無。職場環境も人間関係金銭面も何も不満が無かったのに、何をしても楽しくなくて、ご飯食べてるだけで悲しくなって死にたい……死にたい……とずっと唱えていた。ある日職場の先輩が死んだ顔をしていたので「死んでますね」って言ったら「うん、何もないのにね、死にたい」って突然言われた。わかる~!って返してそこから「何でかよくわかんないけど死にたいあるある」を言い合った。ちなみにその先輩は私みたいな人生は送ってない。自分で「人生順風満帆家族大好きだし最近大好きな彼と結婚したし最高に幸せ♡」と言っていた。最高に幸せ♡なのに何でかマジで死にたくなって死にたくなる意味が分からなくて解決法も無いから本当に死のうかな?でも死んだら旦那悲しむし……と思っていたそうだ。今思えばあの職場が何か呪われてたかもしれないが、私はそれを聞いて、あっ毒親育ちじゃなくても死にたくなるんだ~!って安心した。安心したらその意味不明の死にたいもどうでもよくなっていった。

でもその職場で、ある日上司が変わった。すると職場環境が一気に最悪になった。クレーマーが激増して日々殺意しかなかった。てかマジでここにいる人間全員殺して私も死ぬ!って所謂無敵の人思考になっていた。電車ホーム飛び降りようともしたけど、それよりもなによりも殺したくて仕方なかった。殺さないと死ねないと思った。でも殺しちゃいけない事は分かってるし犯罪したこといからやり方わからなくて、とりあえずその時から信号無視する車とかを避けることをやめた。あわや死ぬところだったみたいなタイミングちゃん死ねば悔いなく死ねる、失敗しても保険金貰えるだろと思って死を避ける反応をしないようにした。けど、運がいいのか悪いのか全部あわやで済んでしまった。

そうこうしてる内に仕事をなんとか辞められて、今。在宅ワークをしている。

リアルで誰とも触れ合わずにいるとぜーんぜん死のうとは思わない。けど、死ななきゃなあ……と思って過ごしている。あーいつになったら死ねるんだ。




嘘と思う人もいると思うけど、全部本当の話です。フェイクも無いから知ってる人が見たら私だって分かるかもしれない。

でも母、自殺したらしいし。私だとバレた所で恐れるものは何もないからヨシ!

産後うつがいやなら産むなよ」

これがまかり通るなら。

就職して鬱になるのだって想定内から働かなきゃいいし

学校行けばいじめられる可能性もあるんだから行かなきゃいいし

生きてたらその分辛い目に遭う機会も増えるからさっさと死んだ方がいいし

まれものは必ず死ぬんだからまれてこなきゃいい。

ってなるよな???

つらい 生きる

生きろ

死ぬ

歩け

娘がマインクラフトイルカを殺して遊んでいた

タイトル通りなのだが、6歳の保育園に通う娘が、マインクラフトイルカを殺して遊んでいた。

やっていない人に説明すると、マインクラフトでは卵からいろんな動物フィールドに出現させることができる。

パンダならパンダフィールドいっぱいに出すことができて、結構カオスな状況になる。

パンダは竹を食べるので、竹をあげると立ち上がってもぐもぐ食べる。

その生き物に適していない場所に出せば、死んでしまう。

イルカは、陸上にだすと、ビチビチうごきながら、そのうち赤くなって死ぬ

娘はそれを面白そうにやってみせた。

ぽいぽい出現させては、どんどんイルカが死んでいく。

他にも、オオカミを池の中にたくさん出現させて、おぼれる様子を見せてくれた。

こういうことを良くするのか聞いた。

「うん、面白から。」と言われた。

自分はそれを見て怒ってしまった。

そんなことをするなと。

お前がそんなことをするのは悲しい気持ちになると。

娘は「ここで私が何をしようと勝手でしょ!」と、これまた怒っていた。

マインクラフトゲームだ。

実際にイルカオオカミが苦しんでいるわけではない。

ゲーム現実区別がつかないバカ親ってやつに、自分は相当するのだろう。

子供残酷ものだ。

自分だってアリを殺して遊んだろ、子どもの頃。

子供にやさしく無垢でいて欲しいなんて、それこそ親の傲慢だ。

自分にそう言い聞かせたけれど、でも、そんなことをする娘を見るのが苦しかった。

コロナでも黙っている人が多いだろうなと思った話

当方非常事態宣言範囲外の都市在住の勤め人。

その前からなんだか本調子でないなと思っていたが、朝、起きたらのどが痛かった。

とっさに家に飾ってある花の匂いかいだら、きちんと匂いがして、かなりホッとする。

次に悩んだのが職場に行くかどうかだ。

先に出勤していた家人電話してみた

「朝起きたらのどが痛くてさ・・」と説明しているうちに、休めと言われるに決まっていることに気づき「・・休もうと思う。」と言った。

家人にも「もちろんそうしな」と言われる。

このご時世、のどが痛いのに職場に行くのはバカがすることだろう。

でも、自分場合家人電話することでそれがやっと腑に落ちたというか、電話しなければへたすりゃ出勤していた気がする。

自分判断能力の低さにやや引いていたところに、もう一つ問題が起きた。

親の会話を聞いていた子供が、「私ものどが痛い」と言いだしたのである

自分がのどが痛いだけなら家でしばらく様子を見るつもりだったのだが、ここでもう一つの判断病院に行くかどうかを迫られることになる。

このご時世に、軽い症状で病院に行くのはバカだろう。

しかし、子供は2週間前、ウィルス性でない感染症にかかっている。

それが治りきっていない可能性があり、その場合抗生剤を変えて処方してもらう必要がある。

3分ほど考えた結果、病院に行くことにした。

次に悩んだのが、職場への連絡である

ネットで調べてもコロナの初期症状は強い倦怠感、のどの痛みである

この時期、自分ののどが痛いので休みますというのは、いいづらい。

勤め先では、コロナが出た場合、同室の人たちは濃厚接触者として2週間自宅待機だし、下手すると建物ごと封鎖される可能性もあるという通達が出ている。

周囲への影響を考えたら、最初の一人になりたくないというのが正直なところだ。

しか自分正規職員ではない。

また3分ほど考えた挙句

結局、子供の具合が悪いので休みます職場には連絡した。

嘘はついていない。

でも、なんとなくごまかしているような気がして(実際にごまかしている)、嫌な気持ちだった。

病院はとても空いていて、スムーズ検査できた。検査の結果、子供は以前かかった感染症が陽性だった。

自分子供と同じ感染症で陽性だった。病気の原因が分かってこんなにホッとしたのは初めてだ。

以前とはまた別の抗生剤を処方された。今度は効いてくれよな。

長くなったが、これで最後だ。

今回のことで、ウィルス性以外の感染症で、本当だったら抗生剤を飲んだ方が良い人が、結構割合で誰にも言わず我慢してる可能性があるんじゃないかなというのと、

実際コロナだったとして、病院にも行かず、職場にはその可能性を報告せず、家でどうにか過ごしている人は、結構いるのではないかと思った。

これからそういう人はもっと増えるだろう。

そしてその何%かは、運悪く死ぬ

anond:20200930040446

世界で使われてなかったら悪いのかw。

じゃあ、お前は今日から一切コメ食べんな。味噌汁も飲むな。

世界と同じで死ぬまでパンだけ食い続けろ。ボケが。

母親のために生きている

私は中学2年から3年にかけて、学校に行くことが出来なかった。いじめを受けてうつ病を患い、学校に行こうとするとどうしようもなく体調が悪くなる。そんな2年間を過ごしていた。現在コロナ禍故に登校はできていないものの、なんとか大学入学毎日オンライン授業を受けることが出来ている。

中学登校を諦め、高校チャレンジスクール入学し、志望する大学にも合格出来たのは、間違いなく母のおかげである

母は素晴らしい人格者だ。長らく福祉仕事をしているからか、私が不登校になった時も責めずに上手く病院へと誘導してくれた。私のためにチャレンジスクールを探し、心のケアのために昔から好きな動物園へと連れ出し、映画や本をたくさん与えてくれた。感謝してもし切れない。

絶望に打ちひしがれた14歳のあの夏も、社会に出るために奮闘している今も、どうにかしなずに生きているのは母のおかげであり、母のためでもある。

父親との折り合いが悪いこともあってか、重度のマザコンである自覚は十分にある。友人や彼氏と遊ぶよりも、母と遊ぶ方がずっと楽しい。母が仕事の時だけ、他の人と遊ぶ計画を立てている。私の感覚趣味は少し世間からズレているが、母とはぴったり合う。だから母と出掛けると本当に楽しい。18にもなって異常だと、自分でも思う。

うつ病になってから私の人生は、歯車が狂ってしまったと思う。ある程度普通生活は出来ているけれど、常に「死にたい」が付きまとっている。何をしていても、どんなに楽しくても、心の奥底に「死にたい」が根付いていて、突然ふっと目を覚ます。するとどうしても自分は生きていてはいけない気がして苦しくなる。だが死ぬわけにはいかないのだ。

死んだら母に迷惑をかけてしまう。

母は優しい。だから私が死んだらきっと自分を責める。私のせいで母が苦しむ。精神面でも金銭面でも。それが一番耐えられない。

母のために生きている。母を苦しめないために生きている。母を喜ばせるために、生きている。自分の夢だと信じて目指している職種は、思えば母が幼い私に「あなたがもしこれになったら、お母さんはすごく嬉しい」と言って聞かせたものだった。

多分おかしいと思う。死にたい気持ち自体は強いが、自死を選ぶことだけは出来ない。事故とか通り魔とか、そういう私の意志関係の無い死ならばいい。いや、それでもやっぱり母が苦しんでしまうから駄目だ。

母には長生きしてほしい。でも母が生きている限り私は死ぬ事ができない。

頭がおかしくなりそうだ。多分もうおかしいんだろうけど。

anond:20200930002729

別に頑張らんでもええで

って言われたか死ぬわ、とかなる人もいそうだし、

じゃあ無視するか、と相手にしないと無視された死のう、ってなる人もいるだろうしで

答えがないんやで。貴方相手に答えを提示すればええんや

なぜ、この人達は、僕の気を狂わせて、自殺に導きたいんだろう

と思うこともある

なんて、ひとと話すのが下手くそなんだろう

元気でね、がんばれ

とかでも、人は死ぬことはある

なぜ、この人達は、僕の気を狂わせて、自殺に導きたいんだろう

元気でね、がんばれ

とかでも、人は死ぬことはある

猫の断末魔を聞きたくない

室内飼の猫が寿命最後死ぬとき確率で鳴くよね。

あれ本当に辛い。

anond:20200930000535

正直その程度ならみんな一緒だと思ってる。美人で金があっても竹内某みたいに自殺するしな。

ブスがコンプレックス死ぬほど辛いってなら整形しろって話よ。

死にたい死ぬのは本末転倒じゃね?

なにすればいいの?→わからない。マリオならピーチ姫を助けるっていう目的があるけど、あなた目的あるの?

2020-09-29

1人思い悩んで自殺してしまうのと

悩みを大麻ごまかすのと

悩みをアルコールごまかすのと

はて何がマシな選択肢だったのだろう

アルコール消費量自殺率は相関があるようで、死ぬほど悩むくらいなら酒飲めというのは解決にならずむしろ死に近づきそうだ。大麻のような薬物も同様だろう

となると普通に精神科に行って医者相談しながら処方された薬飲むのが手っ取り早いように思える

風邪ひいたら気軽に病院行く人は多いが

落ち込んだらすぐ精神科行く人は少ない

この辺りがうまく回るようになれば、自殺も減り、気楽に生きれる人も増えて、経済も回ってよさそうに思う

ミカンダイフクは死んだのだろうか、という話

10年近く前のことになるが、大学の通学路の途中に顔なじみの猫がいた。

白くて毛並みの良いもっちりとした猫だった。だいだい色の柄が頭に小さくひとつ背中から腹にかけて大きくひとつあった。俺は猫のことをミカンダイフクと呼んでいた。

猫というのは大体そうだが、ミカンダイフクもあるとき急に通学路に現れた。

どこかからやって来て、そこにいつくことに決めたのだろうと思われる。ある家のガレージ根城にしていて、埃をかぶった二輪の上でよく眠っていた。

俺とミカンダイフク関係特別ものではなかった。

少なくとも、猫は俺だけになついているわけではなかった。

ある日なんて、小学生くらいの少女に米俵のように担がれて、全く関係のない通りで見かけたこともあった。あいつは何をやってるんだ、と俺は思ったが、友人のいない大学生に撫でられているよりずっと、猫は幸せそうに見えた。

はいつも、俺が会いに行くと面倒くさそうにして寝たフリを始め、それでも俺が待っていると、仕方ねえな、という具合にのっそりやってくる、そういう関係性だった。そして、ある日見かけなくなって二度と現れなかった。

それから10年近く経って、俺は30を過ぎて、昨日人生で2回目の胃カメラを飲み、写真パネルの前で医者に嫌な顔をされた。

「これ、わかります?」

「はあ」

生検、取っておきました」

「ああ、そうですか」

「あと、これ。こことここ、色が違うでしょう」

「ええ、はい

「これが気持ち悪くてね…。念のため、ピロリ菌検査、やっておきましょうか」

「はあ、じゃあ、お願いします」

気持ち悪い、と言われてもな。

要は僕はヤバいんですかね、と聞けばよかったのだが、うっかりしているうちに機を逸してしまった。本当にヤバかったら医者の態度ももっと違うだろう、という気もするが、カメラを突っ込まれた俺が猛烈にえづいていても容赦なくチューブを送ってくる人種から信用できない。

そして俺は唐突に数年ぶりに、ミカンダイフクのことを思い出した。

ミカンダイフクは死んだのだろうか。

猫の寿命を考えれば死んでいる可能性が高いが、どこかで生きていてくれればな、と思う。俺もまあ、いずれは死ぬが、いまはまだ死にたくない。

酔っぱらいに絡まれた話

大学四年の冬の深夜、バイト帰りの俺は、ある私鉄の支線の乗り換え駅で最終電車を待つ間、暖を取ろうと待合室へ入った。

待合室には複数の先客がいたが、その中に小中高と同じだった同級生の女がいた。

同級生といっても親しく話す仲でもなく、目だけで挨拶を交わした後、俺は女の向かいの席に腰を下すと、持っていた文庫本を読み始めた。


しばらくして、待合室の自動ドアの開く音がした。

俺が目を上げると、三十代くらいの男が一人入ってきた。

背は俺より高く細身で、髪は真ん中で分け、眼鏡をかけ、気取ったエリート証券マンのような風貌だ。

男は空いていた自動ドア近くの椅子どんと大きな音を立てて座った。

かなり酔っている様子で、脚を大きく広げ、腕を組むと、すぐにいびきをかき始めた。


五分ほどすると、また自動ドアの開く音がした。

俺は再び目を上げてみたが、待合室に入ってくる者は誰もいない。

自動ドア近くの男も目を覚まし、不思議そうに自動ドアを見ていたが、男が伸ばしていた脚を退くと自動ドアが閉じた。

どうやら寝ていた男の無意識に伸ばした脚が自動ドアセンサーに反応したらしい。

すると男は何を思ったのか、自分の脚を伸ばしたり退いたりを繰り返し始めた。

男が脚を伸ばすたびに自動ドアが開き、冷たい空気が待合室に入ってくろ。

せっかく温まった室内がどんどん冷えていく。

誰もが男に苛立っていたはずだが、抗議する者はいなかった。


男は飽きもせず迷惑行為を続けている。

俺は疲れと寒さで苛立ち、向こう見ずにもその男をじっと睨みつけていた。

突然、それに気がついた男が、俺の方を見て「おもろいやろ?」と嘲るように声をかけてきた。

俺は多少の恐怖心があったが、怒りと同級生の女の手前もあり、虚勢を這って「全然おもんないわ」とぶっきらぼうに答えた。

すると男は呂律の回らない口調「おもろいやに決まってるやん!」と言った後、ゲラゲラ下品に笑い、それまで以上に激しく脚を動かし始めた。

待合室は緊張感に包まれた。

他の客からの余計なことをするなという非難の声が聞こえてくるようだった。

男の尋常ではない狂気に満ちた目に恐怖を感じた俺は、それ以降は男が何を話しかけてきても一切無視した。

そのうち男は再びいびきをかきはじめた。


最終電車の到着のアナウンス流れると、俺は素早くの自動ドアの方へに向かった。

男がいきなり立ち上がった。

ふらついて俺の方にもたれかかってくるように見えた。

あっと言う間だった。

男は俺の後頭部を掴んで下に押さえつけると、拳で俺の後頭部をガンガン殴り始めた。

完全に不意を突かれた。


周囲が暗くなり、意識が遠のき、暗い穴に落ちていくような感覚で、ああ俺はこのまま死ぬんだと漠然と思った。

薄れゆく意識の中で、島田紳助か誰かが、喧嘩の弱い奴は相手金玉を握れ、とにかく殴られても殴られても絶対に離すなと言っていた話を思い出した。

俺は力を振り絞って男の金玉を握った。

すると男の殴る手が止まり、腰を引いて膝蹴りを食らわせようとしてきた。

俺は無我夢中で両脇に男の膝を抱え込んだ。

すると男がバランスを崩し、二人してもつれるように男の方へ倒れ込んだ。


俺が立ち上がると、男の眼鏡レンズ割れ、破片が眉間に突き刺さり、そこから吹き出すように血が流れて出ていた。

俺が呆然と立っていると、一人の駅員が飛んできて、待合室から俺を押し出した。

男は別の駅員に介抱されながらも、俺に向かって何か大声で喚き散らし、駅員を振り払って俺の方へ来ようとしていた。

俺を待合室から俺を押し出した駅員は、慌てて待合室に駆け込むと、二人がかりで男を抑えにかかった。

俺は寒さと恐怖でただただ震えていた。


十分程すると、駅員が通報したのか、二人の警察官がやってきた。

その後、救急車も到着した。

深夜にもかかわらず、辺りは騒然としていた。


警察官が到着すると、男から襲われる心配がなくなり少しほっとしたが、すぐに別の不安が頭をもたげてきた。

逮捕されるかもしれない、就職内定を取り消されるかもしれない、大学を退学になるかもしれない、親に迷惑をかける。


男が救急車で運ばれて行った後、その場で警官から事情聴取が始まった。

俺が状況を手短に説明すると、住所氏名を調書に記入するように言われ、あっさり聴取は終了した。

警察官によると、男は自分に非があると思ったのか黙秘して語らず、また他の客からは男が先に手を出して一方的に殴っていたという証言、駅員から一方的に暴れていたとの証言があり、あなたの方が被害者だとは思うが、男も怪我をしているかあなたに非が全く無いとは言えない、男は暴力団員かもしれないので、もし接触がある場合は必ず警察に連絡してくださいと言われた。

俺は自分の軽はずみな行為呪いますます不安を募らせた。


最終電車が出てしまったため、警察官パトーカーで家まで送ってくれることになった。

真冬の深夜、不安で落ち込む気持ちを察してくれたのか、家までの帰路、二人の警察官は俺に優しく話しかけ、励ましてくれた。

深夜とは言え近所の目もあるからと、俺を家から少し離れたところで降ろすと、警察官は「おやすみ」と言ってパトカーで去っていった。

あの時の警察官には、本当に今でも感謝している。


家に入ると親はもう寝ていた。

結局、あの時の出来事は今も親には話せていない。


それから暫くは、男が死んではないだろうか、男が暴力団員だったらどうしようとビクビクする日々を過ごした。

結局、何事もなく、平穏に時は過ぎていった。


その出来事を忘れかけた二ヶ月ほどたったある日のバイト帰り、家からの最寄り駅で電車を降りた俺は、何気なく後ろ振り返った。

すると、そこにあの男が立っていた。

一瞬男と目が合い、俺は身構えた。

しかし男の方では俺に全く気づく様子はなく、俺を抜き去ると足早に先を歩いていった。


多少の恐怖心もあったが好奇心のほうが勝り、俺は後をつけてみることにした。

男はどんどん俺の家の方角へ歩いて行く。

つけているのがバレているんじゃないかと思った矢先、男は俺の家の少し手前の細い通りに入り、そこを抜けたところにある一軒の家に入っていった。

建売住宅で、最近、建てられたものだった。

俺の家から五十メートルも離れていない場所だった。

表札を見たが、聞いたことのない名字だった。


それから十数年が経ち、転職したある会社で一人の年上の同僚と親しくなった。

彼は俺と地元が同じで、地元では有名な中高一貫校卒業していた。

気のいい男で話も面白く、別々の会社で働くようになった今でも付き合いがあるが、一つだけ好きになれない点がある。

それは、彼が誰それは自分友達の友達だとか、あの人は自分学校卒業生だとか、そういうことを自慢するところだ。

彼がそういう話を始めると、いつも俺は感心する風を装い、実際には適当に受け流している。


ある時、その同僚が、学校同級生の一人がベンチャーを立ち上げ成功しているという話を始めた。

また例の自慢話が始まったと思った。

クラスが同じで、親族が老舗企業経営していて、海外暮らしが長く云々の長々とした話に、正直、俺はうんざりした。

そのベンチャーの名は俺も耳にしたことがあったが、大して興味はなかった。

同僚はその会社ホームページまで開いてわざわざ俺に見せてくれた。

正直どうでもよかったが、そこに載っていた眼鏡をかけた笑顔社長何気なく目にした俺は、目を瞠った。

大学四年の冬、駅の待合室で殴りかかってきたあの男の顔にそっくりだったからだ。

しか名字まで同じだ。

ただし写真解像度が低く、確信は持てなかった。

俺は同僚にそれとなくそ社長実家場所を聞いてみた。

しかし、そこまでは知らないということだった。


それからまた数年が経ち、そのベンチャーのこともすっかり忘れていたが、たまたまネットでその社長インタビュー記事を見かけた。

そこには社長の顔がアップで掲載されていた。

コンタクトに変えたのか、眼鏡はかけていなかった。

俺はふと思いついて、社長の顔を拡大してみた。

するとその眉間には、キリで刺したような小さな傷跡をはっきりと見てとることができた。


次に、俺は社長Facebookアカウント検索した。

簡単に見つかった。

いわゆるリア充というやつだった。

大量の写真投稿されていた。

その中に、友達投稿した社長若い頃の写真が数枚あった。

どれも眼鏡をかけていた。

俺は確信した、あの男に間違いないと。

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