はてなキーワード: 生物とは
つくづく差別やいじめを平然とするような人間ほど人には好かれるし
脚本家の黒田洋介さんがかつて、障害のある妹さんの事でいじめられていて
その女の子はいじめっ子を好きだと知って絶望したと語っていたのを思い出す
誰にでも分け隔てなく優しい人も結局、生涯の伴侶には差別主義者やいじめっ子を選ぶ
多分その方が生物として優れているから、それは仕方のない事なんだろう
最近は『わたしの幸せな結婚』や『鬼の花嫁』みたいに、周りから虐げられる主人公が高貴なハイスペ男性に選ばれて大逆転ざまあ展開になる作品が流行っているけれど
いや、分かってはいるけどさ
やっぱ辛えわ
君はSCP-049を知っているかな?
さっき言ったバイオテロおじさんはこいつ程恐ろしいものじゃないが、問題は根深い。
SCP-049は『プラーグ・ドクター』としても知られる異常存在で、黒いローブと白いマスクを身に着け、中世のペスト医師のような姿をしている。
このSCPは触れた生物を「治療」するために殺してしまい、その後「治療」と称して異様な方法で再生しようとするのだ。
警察がバイオテロおじさんを取り締まらない理由もいろいろ考えられるけど、一番の理由は法的な範囲内での行動だからだと思う。
彼らも法の守護者であるが、法律に従って行動しなければならない。
しかし、「法は時に現実に追いつけない」とも言われることがある。
SCP財団を例に取るならば、彼らの目標は最低限の暴露で人類を異常から守ることだ。
君の言うバイオテロおじさんがそれにあたるかもしれないし、そうでないかもしれない。
それでも、ひとつ確実なことがある。
私たちは、周囲の社会的課題に気づき、それを改善するために積極的に参加する責任がある。
やがて、個々の行動が大きな変化をもたらすのだから。
よく幸せになる方法とか書かれた本で、他人と比べないようにしましょうってあるけど、実現不可能な空論だよな
人間は社会的な生物だし、そういう幸福について語った本じゃ社会と関わろうなんて書いてあるぜ
俺だって積極的に会う人会う人に格付けしているわけじゃないけど、ふとしたところで所得の差とかパートナーの有無とかを感じて不幸な気分になってしまうわけで、それはもう反射に近い心の動きで防ぎようがない。
男だけど。
自分に子どもができるまでは小さい子どもが嫌いで仕方なかった。
うるさいし理解不能だし、近づいてきたら蹴っ飛ばそうかとすら思ったこともある。
でも自分に子どもができてから、小さい子どもを見る目が変わった。
もちろん自分の子どもは可愛いし、園にいくと他の子どもたちもみんな可愛い。
街中で自然と子どもを目で追っている。思わず目が合うと自分もにこにこしてしまう。
ネットやテレビで、子どもが亡くなったニュースを見ると、自分のこと以上に胸が痛む。
「子どもは宝」なんて月並みなフレーズが、理屈を超えてなんとなくわかってくる。
なんていうか、子を持ち育てるということはやはり生物として最も原始的な部分に刻まれている本能のようなものなんだと思う。
楽しいことばっかりではないのは言うまでもないし、中には子どもを愛せない人もいて、それを否定する気はない(その子どもは可哀想だが)。
おなかを痛めて産んだ我が子を傷つけるその状況には、なみなみならぬ、理由があるはずだ。