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はてなキーワード: 詩集とは

2020-08-25

円城塔がめちゃくちゃ嫌いだ。評価されてほしくない

後藤さんのこと」を読んでめちゃくちゃ面白いと思ったのがおよそ10年前。大学生の頃だった。

この短編集は今でもかなりの名作だと思っているし、ハードカバーを買って大事に持っている。(小説絶対文庫版で買うという決意を持っているこの俺が、だ)

どの短編もこれまでに読んだことのない新鮮な後味で、何度でも読み返した。

この人の小説もっと読みたいと思った。

そこで読書メーターレビューサイトを見ると、「数学物理を使って書かれた純文学」みたいな書評が目についた(ちゃんとした表現は覚えていない)。

そうかな。と思った。

作者・円城塔理系出身者らしい。

なるほど。確かに、「さかしま」「考速」「ガベージコレクション」あたりには、理系的なモチーフがふんだんに埋め込まれていたし、その中には確かに数学物理単語もあった。

どちらかというと情報系分野の香りの方が強く感じたけど。まあ情報数学の一部だしな。

でもなんか、「数学物理を使って書かれた純文学」みたいな批評にはなんとなく頷けない感覚があった。

言い忘れてたけど、自分は一応ちゃんとした大学数学出身であるので、数学物理単語を言われたらそれが何のことかはわかるし、学問においてどういう立ち位置だったりどう使われるか、はおよそ知ってる(あんまり高度なのは無理だけど)。

からこれらの話はすごく面白く感じた。理系用語が雑に使われてたから引っ掛かったとか、そういうことじゃない。むしろ日本語としてこれ以上ない適切な位置にそれらの単語は置かれていたのではと思う。

次に「バナナ剥きには最適の日々」を買った。これも素直に面白いと思った。

equal」には妙な居心地の悪さを感じたけど、「捧ぐ緑」は今考えても円城塔最高傑作なのではと思えるくらいだ。

なので最初違和感がはっきりと形になったのは、その次に買って読んだ、「Self-Reference ENGINE」ということになる。

全ての可能文字列。全ての本はその中に含まれている。

しかしとても残念なことながら、あなたの望む本がその中に見つかると言う保証は全くのところ存在しない。これがあなたの望んだ本です、という活字の並びは存在しうる。今こうして存在しているように。そして勿論、それはあなたの望んだ本ではない。

皆はこの小説をどのように楽しむのだろう。

言っていることは理解できるし、示唆的ではある。人に何かを「考えさせる」文章でもある。しかしそれは「考えさせる」だけで、後に何も残さな文章しかなかった。

ストーリーもあってないような状態。各章の繋がりもバラバラだし、場面は突然切り替わるし、急に新キャラが出てきて急に退場するし、何もかも説明が不十分で、衒学的な、鼻につく文章けが延々と続く。

端的に言って、「最初から最後まで何も言っていない」。文字無駄に消費しているだけの、中途半端文字列らしき何かだと思った。

そして「エピローグ」を買った。

これでもう俺の円城塔嫌いが確立されたと言っていい。

何故って彼はエージェントで、エージェントとは人間よりも器用にチューリングテストクリアすることのできるスマート・クリーチャにしてオーバーチューリング・クリーチャだからだ。

人間理解できるのはせいぜい、N文字を利用して作成可能な全ての文章であるにすぎない。Nはある程度の大きさのところに留まり、そこには有限個の文章しかない。

「敵艦影、三。天頂方向より接近。ダミー放出。並列存在を開始。複雑性迷彩が起動しました。オーバーチューリングテスト実行。成功成功。失敗。失敗。失敗。当該宙域には、法則69805f9944ed4298311d0cdaa75da2629d6f3bb3756455d504243fla6c565f75が適用されていません。」

はあ。これでやっとわかった。

彼は詩を書いているんであって、小説なんか最初から書く気が無いのだ。

円城塔の紡ぐ文字列の並びは確かになんとなく美しいと思う。なんか感性に訴えかけてくる。なんか良いこと言われているような気にさせられる。

しかしその実、中身が全くない。その点に限って言えば詩としても程度が低いように思う。詩にも訴えたい内容とかあるからね。

そしてそれに「ていよく」使われているのが、SFだったり、数学物理言葉だったりする。

数学SFが、詩を美しく紡ぐための新しい言語の代わりにさせられている。これがなんとなく違和感を覚えた原因だったのだ。

まりこれを「詩集」ですと言われて手に取ったら、「おお、面白い詩だね」といえるんだけど、「小説です」と言われたから、「小説か??」となってしまう。

苛々するのは、読書メーター書評サイトレビューたちだ。

軒並み、「なんだかわからないけどすごい」「深淵」「自分には理解できない新境地と感じる」「文系殺し」といった単語が並ぶ。

お前らホンマに頭で物考えて言ってるんか??????

端的に口をそろえて「理解できませんでした」と言ってるだけだろうが。理解できないものを、適当に高評価するんじゃないよ。ボーッと生きてるにもほどがあるでしょ。

詩の材料にされている数学物理言葉がわからないものから、その意味不明さに脳が酩酊させられてるだけだよ、それ。酒飲みみたいにその酩酊を楽しみたいなら、いいんだけどさ。

自分文系から知識がないから、それらの語彙が入ってこないだけで、ちゃんと語彙力があったらそこに何か深い意味が込められているんじゃないかと思った?

なかったよ、なんにも!!

さらに頭にくるのはそのやり口で芥川賞なんか取っちまったところだよ!

選考委員も、軒並み騙されてんじゃないか。誰か一人でも意味わかってたんか?「道化師の蝶」のモチーフとなっているという、自己言及プログラムを一人でも書いてみたんか??

俺は、この世に理系人間文系人間とやらがいるとはあんまり思ってないけど、もし芥川賞選考委員がそういったSF数学物理に疎い人で構成されているんなら、円城塔作品はまさしくそ脆弱性を突いたクラッキングだよ。

以下が「道化師の蝶」受賞時に高評価をつけていた選考委員コメントだ。高評価だぞ?低評価じゃない。よく読んでほしい。

『二回読んで、二回とも眠くなるなら、睡眠薬の代わりにもなる。』

完全に酔っぱらってるじゃねえか。

あと、円城塔は、いい加減に繋がっているようで繋がっていない短編の寄せ集めを長編と言い張るのをやめて、最初から最後まで一貫して繋がった長編を書くべきだ。詩集から無理か。

2020-07-16

anond:20200716151032

萩原朔太郎詩集とかどうかな。前半の「月に吠える」収録作より後半の「氷島」収録作の方がとっつきやすくておすすめ

2020-06-27

国立新美術館の「古典×現代2020」に行ったんだけど、現代美術ってつまんねえなといまさら

菅木志雄

宣伝動画で「来る人は美術館に石ころがあると考えませんから」なんて言っているけど、感覚が半世紀くらい遅れてんじゃないのこの人。いまどき美術館に石ころがあった程度で、なんも思わんわな。それとも現代美術ファンは、美術館に石ころがあったらびっくりするの? そんなんだったら、徳川美術館で水石「夢の浮橋」見たら、腰抜かしてしまいそうだな。まして国立新美術館美術館ではなくて、美術館詐称する展示場なんだが。

川内倫子

いい写真だと思うよ。インスタで流れてきたら迷わずいいねを押すだろうね。その程度。

棚田康司

円空と並べて展示してつらくなかったのかな? 作品の持つ力の差が歴然と感じたが。まあ、本人やファンが満足ならいいけど。

鴻池朋子

皮緞帳は粗大ごみしか見えんかったというのは置いておくにしても、刀剣とのスケールの差が大きくて「組み合わせた壮大なインスタレーション」と感じ取るのは難しいな。現代美術ファンは器用だ。なお刀剣展示の照明ダメじゃね。刃文見える?

田根剛

中では唯一作品を展示していなかった。仏像展示の演出お仕事。動く照明と録音された声明だけのインスタントでチープな演出。本物の宗教儀式が、さまざまな工夫を凝らして神秘性を演出しようと努力しているのに比べれば、子供だましみたいなものだ。

しりあがり寿

おもしろパロディではある。こっちはツイッター映えか。アニメーションは途中までしか見てないから何とも言えない。

皆川明

印象うすい

横尾忠則

さすがに力のある作品で見応えがある。ただ、「針のない時計は〇〇(忘れた。時間の超越とかそんなんだった気がする)を意味します」みたいな作品解説を読んで、深いなあなんて思わなきゃならないとしたら、俺には現代美術は無理だ。

古典の方は見応えあるよ。念のため。

追記

古典×現代2020」について、古典側も含めて、もう少し詳しく書いてみる。

仙厓×菅木志雄

仙厓の作品は掛軸1つ。円相図といって単なる○が書かれている。○には悟りや真理、仏性宇宙全体などと宗教的歴史的にいろいろな含意があるようだ。添えられた賛がいい。「これくふて御茶まひれ(これ食ってお茶を召し上がれ)」。

洒脱だねえ。かっこいい。この作品初めて見たんだけど、賛を読んで、ふわっと心が軽くなるような感じがして、ああい作品を見たなあと。

それに比べて菅の作品。それっぽい思わせぶり以上の何かだとは思えないな。解説聞いたら納得や感動するの、これ?

花鳥画×川内倫子

川内写真は数が多くて辟易した。いちいちつきあってられんわというのが1番の感想。前回インスタ云々と書いたけど、でかく引き伸ばした写真とかもあり、それはそれででかい会場で展示する意味はあるのかもしれない。ただちゃん選抜してくれ。花鳥画の方は6幅なんだよ。

花鳥画の方で目を引いたのは、森蘭斎筆/梁田象水賛の牡丹図(神戸市博物館蔵)。背景に大きく描かれた太湖石は伝統的な描法。手前の牡丹西洋画の影響をうかがわせる陰影がついている。でありながらうまく調和していると思う。おもしろい。賛は読めんかった。誰か教えて。

円空×棚田康司

棚田作品には全然目が行かなかったんだよなあ。円空いいなと思ってただけだった。荒々しさというか生々しさというか、そういうのがいいよね。というわけで、棚田作については何も言えない。

いちおう言っておくと、もともと円空あんま好きじゃなかったし、今回で好きになったというわけでもない。それでも円空ばっか見てたのだ。

刀剣×鴻池朋子

mitimasu 冷たいドブをさらって原石を見つけるのが楽しくないなら向いてない/刀剣は手に取って角度を変え光の当て方を変え…という見方ができない以上、どこの展示もそんなもんだと思うけど?国立新が特にひどいのか知らんが

刀剣の展示は、1つ1つに小さなスポットライトが当たっていて、それを刃文のところに乗せるように見ると刃文が浮かび上がるようになっているのよ。そして横にスライドしながら刃文を見ていくと。刀剣博物館でも東博でもなんでも、刀剣展示ってのはそういうもの

今回の展示ではそのスポットライトがなかったはず。だから見えない。

ひょっとしたら俺が見落としていただけなのかもしれない。また、刃文の見えない展示もありだよねってことなのかもしれない。いずれにせよ、日本刀にそれほど興味ないからなんでもいいんだけど。

会場内で配られていた「アートのとびら×作品リスト」なるガイドブックに、別の機会での皮緞帳の展示の写真が載っていて、それで見るとこの作品なかなかよさげなんだよなあ。ライティングが異なる。あと中央にぶら下がって振り子のように揺れていた首がないのがいいのかな。

そのガイドブックには、「同じ部屋に展示されているのは、美術品としてケースに入れられている刀剣です。刀剣はかつては武器、または切る道具でもありました」とある。これ書いた人って、刀剣の展示を見て、自分の体が切られるようなぞくぞくする感覚を味わったことがないのか。もうちょっと古典作品としっかり向き合おうよって思う。

仏像×田根剛

前回子供だましだと書いたけど、ツイッターみると評価高いのよね。意外だ。

他の作家と違って、この人は作品制作せず、仏像の展示演出を手掛けている。演出手法は光と音で、具体的に言えば動き変化する照明と録音された声明だ。

立体物の屋内展示で照明が固定されているということに以前から不満がある。屋外ならば太陽位置で影の付き方が変わって見え方が違ってくるからね。たとえば上野国立西洋美術館に行く楽しみの1つが、今日ロダン地獄の門がどんな表情を見せてくれるのだろうかということだったりする。

から今回の田根の試みのうち、照明を変化させる、動かすという点自体評価したい。ただその変化のさせ方や動かし方については、もう少し考えがあってもよかったのかもしれないと感じた。

正面下方から照明を当てる瞬間があるけど、これはいい、というか正しい。お堂に安置された仏像は、下の方に置かれたロウソクの火に下から照らされる。だから仏師もそれで映えるように仏像を作っているはずだからしかし、仏像の周囲にいくつかのピンライトがあって、それが上下に等速度直線運動してるってのはどうなのって思った。

まあ、しかし照明の方はまだいい。音の演出の方はちょっとひどいのではないか。録音された声明スピーカーで流しているんだけど、音響についての工夫がまったくないのね。仏像向かって右手、部屋の奥の方にスピーカーがあってそこから流れているんだなってのがわかる。どこからともなく聞こえてきて展示室内を包み込むような感じに聞こえるとかそういうの全くないの。音響について完全になめてる。

さらに言うと、仏像の展示位置が低いと思う。立って見ると正対するほどの高さ。一般仏像は高い位置に据えて、仰ぎ見るもの。その下からの角度で見て映えるように造られているはず。この仏像の一番映える角度がどのあたりかは知らない。しかし今回正面から見て違和感を覚えたから、下からの方がいいと推測する。そういった点、たぶんこの人なにも考えてない。

北斎×しりあがり寿

出品しているのが大きく2種類で、うち1つがアニメーション。これは半分くらいしか見てない。なにも惹かれるところがなかった。

もう1つは、冨嶽三十六景のパロディちょっと可笑しなほぼ三十六景」で、いくつかの作品元ネタ北斎作と並べて展示していた。

北斎の冨嶽三十六景は三十六景といいつつ、追加があって全部で46図ある。一方パロディ版が全部でいくつあるのかしらないけれど、きっちり36ではないからなのか「ほぼ」とついている。三十六景といいつつ平気で10枚追加したあげく、三十六景のまますました顔をしているところの江戸っぽさ(前近代っぽさ)と、きっちりでないので気になって「ほぼ」とつけてしま現代っぽさの対比が興味深い。

それはさておき、このパロディけっこういいのだ。うまくて唸らせるし、おもしろくて笑わせる。

でもね、「和紙インクジェットプリンタ」なんだよ。実物見意味なんて全くないからね。前回「ツイッター映え」と書いたのはそういう意味も含んでいる。なんつーか、いろいろ退化してるね。

乾山×皆川明

ツイッターで見かけた感想なんだけど

伝統×現代アートという切り口から伝統的な作品の「もの」性を再発見していく展覧会だと思いました たとえば皆川明×尾形乾山の展示を見て、私は初めて乾山の器の「素材」を認識しました そうか、これは焼き物だったんだ!という新鮮な驚きがありました

ちょっとびっくりしたよね。乾山見て焼き物だとわからないような〇〇〇がありがたがってるのが現代美術ってことなのかな。

このコラボレーションは2種類に分けることができて、1つは独立ケースに乾山作が収められており、その上に大きく平たい円筒状の布(皆川作)がぶら下がっているというもの。6セットあった。これは両作を同時に視野に納めるのが難しく、あまりうまくいっていないように思えた。

もう1つは、小さな様々な端切れが継ぎ接ぎされた数メートルはあるかという布の上に、ところどころ乾山作の陶器陶片が置いてあるというもの。ごちゃごちゃしたものの上だと乾山は映えないなというのが感想だけど、皆川明、というかそのブランド「ミナ ペルホネン」は明らかに自分ターゲットではない(というかそもそも初めて聞いた)ので、これが素敵だという人がいるなら、その感想についてどうこう言うつもりはない。

乾山の作品では「色絵石垣文角皿」(京都国立博物館蔵)がお気に入りモダンな味わいがある。かわいくてすてきだ。

https://syuweb.kyohaku.go.jp/ibmuseum_public/index.php?app=shiryo&mode=detail&list_id=267439&data_id=20219

蕭白×横尾忠則

この展覧会に行った理由蕭白蕭白が4作出てたら行かざるを得ないよね。で、行ってみたら現代美術作品がつまらなくて、ひどい言い方だけど抱き合わせ商法にあったような気分になったわけ。

新出の游鯉図の眼がリアリティあって見事だった。群仙図屏風(東京藝術大学蔵)が、個人的蕭白と言えばこうのって作品で大好き。

宣伝動画のなかで横尾は、人間本質・魂の表現蕭白作品の中にこめられた重要メッセージで、現代人が見失ったものだみたいなことを言っているんだけど、これ賛同する人ってどれだけいるんだろ。まったくピンとこない。

そのほか

kei_ex 増田近代美術館のドイグ展とか行くとどう思うのか気になる(コンテンポラリーだけど、手法比較古典

行ったよ。特に第1部はすてきだなと思う絵が多かった。ただ基本的個展っていまいちよね。いろんな人の作品が見れた方が楽しいな。そのなかに数点ドイグがあったら、より魅力を感じたかもしれない。個人詩集よりアンソロジー読んだ方が楽しいし、好きな詩がより映えるよねみたいな感じ。個展だとその作家をどのように位置づければいいかもわかりづらいし。いまああいった絵を描きつつ評価されているというのは、いったいどういうことなんだろ。

yama_bousi 現代美術自分好きな人は、淺井裕介氏、高松和樹氏、蔡國強氏、ちょっと古いのではキースへリング藤城清治氏、あとドール世界とか凄いなあ、と思う。現代美術とは違うがぴろぴと氏は大好き。

おお、ありがとう積極的に見に行くことはしないだろうけど、いちおう名前は覚えとくわ。

2020-05-09

anond:20200509171620

なつおっていうくらいだから男だと思ってたよ。

文庫本タイプ詩集持っている人いたいたwww

anond:20200509162243

久々に密林の随筆エッセイランキングみてたら夏生さんあった。

ランキングになってるのじゃなかったけど「詩集 すみわたる夜空のような」の試し読みで最後の詩がかなりぐっときしまった。

やっぱりいいなぁ。

ずーっと買ってたわ。この人の詩集

anond:20200425144157

図書館詩集のコーナーがあれば、触れる機会はあるんじゃないかなぁ。学生さんなら。

青空文庫なんかにもないのかな。

2020-04-25

日本人はいから詩を読まなくなっちゃった

まれる前の時代は知らないけどこの30年ヒットした詩集なんて無い

詩と聞いたら子供でも書ける短い文章的な?そんな反応だし

相田みつをや326の印象が詩の地位を貶めたのか

2020-04-09

100ワニの単行本描き下ろしの有料誤認は言いがかり

物見ると確かに漫画描き下ろし」か微妙だと思われるかもしれないが、漫画っていうもの定義は読者が感じるよりも広い。

句集とか詩集とかオシャレ雑誌とかでたまに空白ガバガバなページありますが、空白込みで言葉とかをレイアウトしたものであるので、単なる手抜きとは違う

100ワニについては燃え始めてしまった以上仕方ないが、実話BUNKAのツイートちょっと無理やりすぎる放火だと思う。

なにより他の作家さんたちが空白とか口絵に引目を余計に感じるようになってしまったらそれこそ悪影響なので、有料誤認とか言うには早い。

2020-03-23

ランボウ

詩集らしいんだけど、読みたくないよな。そんな恐ろしいの

イネイなのが、詩集らしくていいよね

2020-03-09

anond:20200308154311

継続は力なりって本当だな、是非月16万での設定も教えて欲しい。

自分なら貯金一択にしてしまうので使うほうに考えるのいいなあってあなたを見ていて思ったよ。

・寝具関係マットレス、枕)

シャワーヘッドの買い替え

・気になっている詩集歌集シリーズ一気買い

熱帯魚を飼うための設備熱帯魚

・くらげを飼う同上

こんな感じかなあ。

2020-01-02

100分de名著シリーズバックナンバー約100冊を読破したら人生変わった、の補足

はじめに

https://anond.hatelabo.jp/20200101232410

はてな村で好まれそうな話題だなとは思って投稿したものの、想定以上に反応があって驚いてます

酔った勢いで書いたものであるので、文体が一致してなかったり論理破綻してたり誤字脱字がひどいですね。

結果、説明不足だったり変な文章だったりが原因でいくつかこれは補足しておきたいなと思ったコメントがあるので補足させてください。

コメントへの返信

解説本を読んでから原典をあたることの弊害、系のコメント

解説本を読むことで原典にあたった際の新鮮な驚きが減るのは確かと思いますネタバレ効果というか。小説系では顕著と思います

また、解説者の解釈固定化されるという懸念も確かにあるかと思います

しかし、私の記憶では「これは私の解釈だが」「多数の説の中で、私が支持するのは」など、

俺の解釈絶対だという態度で解説してた解説はいなかったし、異説も提示していることが大半でした。

ここまでやってくれたらあとは受け取る側のリテラシーかなぁ、と思います

また、100分で名著の解説実施していることは「あらすじ」+「執筆背景解説(作者の人生の中で著作の占める位置など)」+「解説者の解釈解説」と思っています

この内「執筆背景解説」が一番の目玉であり、知識のつながりを作ってくれるところで、この部分は原典だけ読んでも絶対に得られない補助線です。

私は持久スポーツ趣味にしていますが、例えばフルマラソンなら当たって砕けろでもまぁ、レース中の数時間もがき苦しみ、暫く足がまともに動かなくなる覚悟があればゴールは出来るでしょうが

ウルトラマラソンとか、アイアンマンになると当たって砕けろではまぁ無理で相応の準備がなければ、失敗したという経験経験値に変えることも出来ずに敗退すると思っています

特に古い思想書知的作業としてウルトラマラソン級だと思いますし、かつ何かを求めて読むわけでしょう。

ウルトラマラソンで周りの景色も何も見えないぐらいつらい状態になって、制限時間オーバーで失格になっても兎に角意地になって歩き続ける人がたまにいて、マラソンならそれでもいいかなと思いますけど、

古典を読む場合最後のページにたどり着ければよい、というものではないですよね。

途中の景色を楽しむためには相応の準備というもの必要なのではないかな、よほど読書体力に自身があるのでなければ、背景を知識として持っておくのは良い方にしか働かないのではないか、と私は思います

中央公論社などが出している類似の「名著解説系」の書籍についてのコメント

100分で名著の一番の強みは「TV番組であること」であり一番の弱みもまた「TV番組であること」であると思っています

強みとしては、インタラクティブ解説(動く図形とか、アニメとか、俳優朗読とか)が可能になること

弱みとしては「解説者の準備期間、解説時間制限がかかること」「番組上では注釈実質的に挿入できないこと」「月に1冊のペースでしかラインナップを増やせないこと」ですね。

特に月イチのペースでしか増やせないのは大きな制約で、解説本の中で出てきた関連本に解説が欲しくても、100分で名著で解説される可能性は極めて低いと言わざるを得ません。

そういう意味で、名著巡りの入り口しかならないといえばならないのだと思います

100分で名著をメインに追いつつ、他にも手を出してみようとは思っています

番組だけ見てた、撮りためていたものを見よう~系のコメント

私は実は番組はあまり見ていません(3割くらいかな)。毎週火曜日この時間TVに向かっていることが難しいからです。

理想は両方こなすことだと思いますし、伊集院光さんのリアクションは時々ハッとさせられることもありますが、私はどちらかを取れと言われたら解説本だけ読みます

番組が「あらすじ」+「執筆背景解説」+「解説者の解釈解説」で割合が2:2:6~1:5:4まで変動するとしたら

解説本は執筆背景解説に一律+3、解説者の解釈解説が一律-2って感じです。

(逆に、あらすじだけ知りたい場合100分で名著は重厚長大で、もっと手軽な選択肢があると思います。)

そりゃ、番組の中で解説にちらっと出てきた著者の友人の来歴とか、著書とか、いちいち全部触れられないですよね。

まり、私が元投稿で言った「本の解説で繰り返し取り上げられる要素(人名思想歴史上の出来事など)があることがわかった」現象

番組を見るより解説本を読んだときのほうが顕著に起こると思われます

なので、もし元投稿を見て「知識がつながるって面白そう」という点に興味を持っていただけたなら、解説本の方をメインにされることを私はお勧めします。

読みたくない本を頑張って読む、系のコメント

頑張って読んだ、という感覚はありませんでした。

おそらく、原典には「頑張らないと読めない」ものもたくさんあると思いますが、解説書の段階では頑張らずに済みました。

正直、興味をそそられたかどうかにレベル差があるので、結局読まない原典もあると思います

古典名作だと聞いて読んでつまらなかったら被害甚大ですが、水際で食い止めてくれたことになると思います

そういう意味でも解説から読むのはおすすめです。

読みたくない本、という感覚もなくて、どちらかといえば「知らない本は読めない」ですね。

恥ずかしながら「エチカ」だとか「夜と霧」だとか「全体主義の起源」なんて知らずに生きてきたので

まず読みたくないかどうかも解説書読んで判断しようと思ってました。

食わず嫌いよりは、試食コーナーの匂いで避けた、の方がまだマシかなと言う感覚です。

風呂の中で本

私は蓋を半分開けて、上にタオルを敷いて読んでます

シャワーを使う際には、本はタオルにくるんで蓋に挟んで防水します。

あるいは、もう風呂場の外に出してしまます

このスタイル読書して2年位になりますが、多少湿ることはあっても、問題になるほどビシャビシャになったことはないですね。


大学教育について

以前スウェーデンに出向していた友人から聞いた話ですが彼の国では大学とは必ずしも高卒すぐ入るものではなく、

暫く働いてから勉強したいことを見つけて入る人も相当にいるらしいですね。

その彼が聞いた日本との違いを顕著に表しているセリフが「高卒のガキに大学教育もったいない」「日本人は高校生の時職業決めるんでしょ?すごいね」です。

後者は嫌味なのかな?と言う気がしないでもないですが、前者は今本当に身にしみています

大学教育をきちんと受け止められる18歳って、そんなに多くないですよね、、、

おまけ

解説本の中で特におすすめするもの

以下私の勝手解釈です。見当違いのことを言ってるかもしれないですが、、、

私と趣味が合いそうだなと思ったら、まずは以下をお勧めします。

集中講義 大乗仏教

スペシャル版なのでちょい分厚いですが、これが私の一押しです。

日本大乗仏教諸派の成り立ちと違いについて、今まで何度か教わったし読んだはずなのですが全く頭に入ってこなかったのがすらすら入ってきました。

読了後は、まるで自動車教習所に通ったあと今まで目にも入らなかった交通標識が急に意味を持ち出したような感じで、街中のお寺から情報を取れるようになりました。

ホントおすすめです。

茶の本

私自身が茶道やってる事が大きいかもしれませんが、日本人が外国人に、英語日本文化を説明する起点として最高と思いました。

実際、ボストンで友人とあったとき(作者の天心はボストン美術館の東洋部長です)なんと役に立ったことか、、、

全編、声に出したい日本語だと思いました。言葉がやや古いのですが、原典も薄くて読みやすいです。

維摩経

維摩さんというレジェンド級のアマチュア在家信者)がプロ菩薩軍団)をやり込めまくる話です。

煩悩は湧くに任せよ、とらわれないことが大事だ」というフレーズがとても頭に残っています

一番実践やす仏教な気がしました。アメリカの方で流行っているzenとかsatoriってこれを目指してるのかな?と思っています

↓と思った記事

https://aishinbun.com/clm/20181218/1888/

パンセ

人間自己愛ゆえに苦しまねばならぬ、というのがメインの本と理解しました。それだけでも納得感あるのですが、

本人的にはキリスト教最高!で異教徒折伏するために書いた本らしいのに仏教が目指してるところと同じっぽいのが面白くて読んでました。

原典が思いっきり重そうなのですが、いつか読みたい本の一つです。

ラッセル 幸福論(幸福論というタイトルの本が二冊あるので著者名も)

いろんなことを言ってるわけですが、

私は趣味を持て、幸せになれるぞ?という本だと理解しました。ラッセルさんの趣味定義とは「~を収集すること」らしいです。つまりスタンプラリーですね。

かに対して情熱を持ってスタンプラリーしてるうちは人生に飽きない、ということかと思いました。

個人的には、すごく共感する価値観でした。

解説読破もそのノリでやってやらぁと思ったのを覚えています


資本論

正確には100分で名著シリーズではないのですが、この「一週間で資本論」が成功したので100分で名著が始まったらしいです。

資本家の行動原理が今とぜんぜん変わらず、ギグ・エコノミーとかも19世紀理論説明できることに驚きました。

経済理解するためというよりは自分の身の振り方を考える上で有用だなと思った本です。


買った原典(と、解説本で出てきた関連書籍リスト

リストがほしいというコメントをいただいたのでリスト載せます

趣味が合いそうだなと思ったら、参考にしてください。

(抜け漏れあったので追加。まだ何冊か忘れてる気がする、、)

ぶっちゃけページ数その他が軽そうだから選んだもの

点と線

かもめ

君たちはどう生きるか

赤毛のアン

アルプスの少女ハイジ

【読み直しをメインの目的で選んだもの

星の王子さま

人間失格

斜陽

三四郎

こころ

銀河鉄道の夜

空気研究

永遠平和のために

解説本を読んでいて特に興味を惹かれたもの

人生ノート

茶の本

代表的日本

奥の細道

神話日本人の心

・昔話と日本人の心

死者の書

高慢と偏見

銀の匙

世論

薔薇の名前

ペスト

・獄中から手紙

ゴルディアスの結び目

・失敗の本質(「野火」関連書籍

1984

苦海浄土

夜と霧

野火

・音に色が見える世界(「宮沢賢治詩集」関連書籍

日本霊性(「茶の本」など関連書籍

ソラリス

フランケンシュタイン

【好きになれるか不明だが、まず手を出してみたかった異分野】

オイディプス王

ハムレット

マクベス

中原中也詩集

茨木のり子詩集

宮沢賢治詩集


おわりに

年末年始休み読書もはかどり、新たに買った原典も既に8冊終わりました。

今のところ、全て期待通りの内容でとても充実した休みになっており今年ずっとこの調子で読み勧めていけたら、、、(無理だろうけど)と思ってます

どういうふうに仕事の本を差し込んだら、自分の中の読書熱にうまく歩合出来るかを考えるのが今年の課題かな。

動物本とか、読んでて飽きることがあるんですよね。

なお、私が100分de名著を知ったきっかけは単身赴任中の父がずっと見ており、解説本を纏めて実家に持って帰ってきたのがきっかけでした。

なので、私の読んだ解説本の半分くらいは父から借りました。

私も読み出して以来、お互いの話題共通点も増え、お互いの読書の幅も広がって、

初めて父と同等の視点知識交換をできるようになったような気がしており、その点でもこの番組には深く感謝しています

(私の専門のITのことでは以前から教える立場でしたが、これとはなんとなく異なる現象のような気がしてます。)

良い1年を!

2019-12-29

古典を読んで理解し感動できる知性と感性がおれには多分足りない

当時は「わいせつ」と評された力みなぎる詩集ウォルターホイットマンの『草の葉』 https://setsugaku.com/leaves-of-grass/

例えば、この人と同じように作品にのめり込み感動できるだろうか?

ここでは文系馬鹿にする連中が多いがどうだろうか?

2019-12-19

ノストラダムス

ミシェルノストラダムス(Michel Nostradamus、1503年12月14日 - 1566年7月2日)は、ルネサンスフランス医師占星術師[注釈 1]、詩人。また料理研究著作も著している。日本では「ノストラダムスの大予言」の名で知られる詩集を著した。彼の予言は、現在に至るまで非常に多くの信奉者を生み出し、様々な論争を引き起こしてきた。

本名ミシェル・ド・ノートルダム (Michel de Nostredame) で、これはフランス語による。



待ってこれノストラダムス本名カッコ良くない?

2019-11-21

anond:20191121181730

でも言っちゃ悪いけどさあ、これって内容小学生詩集レベルじゃない?

あと意味不明逆張りとか多いけど

2019-09-11

anond:20190911220224

こんな感じ。あなた詩集は「少女アリス」くらいしかもってないので、見つけたら欲しいくらいなのです

どこかの誰かの孤独感や他愛もない言葉遊びが、長い長い年月を経て、手にした人のもとに届く感じ。

http://www.kurageshorin.com/flf.html

anond:20190911181738

寺山修司って人の、まとめた「あなた詩集」を探して読む。

当時少女だった人たちの投稿作品で、それを寺山さんがチョイスしてるんだけど

なんか、いいの。

2019-07-20

昔、どこかで読んだ話。

京都大のある教員研究室に、警備員が入ってきたのだが、机上の詩集を興味深げに眺めている。

教員氏、詩に関心がある人なのかと思い、

この本は今年のH氏賞の受賞作ですがご存知ですかと尋ねると、

はい、私が選考委員でしたので」という返事が。

2019-06-07

[] ginkgo

イチョウ(銀杏、Ginkgo)は、裸子植物イチョウイチョウイチョウイチョウ属に属する、中国原産裸子植物

食用、観賞用、材用として栽培される。

  

イチョウ綱が既に絶滅していたヨーロッパでは、日本誌の著者エンゲルベルト・ケンペルの『廻国奇観 (Amoenitatum exoticarum)』

(1712年)で初めて植物学的な記述で紹介されたが、ケンペルが銀杏(ギンコウ)の音訳として、Gingkoと書くべきところを Ginkgoと

記した。この綴りが引き継がれて、カール・フォン・リンネは著書『Mantissa plantarum II』(1771年)でイチョウの属名を

Ginkgo とした。このほか、ゲーテも『西東詩集』(1819年)で Ginkgo の名を用いている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%A6

2019-04-23

anond:20190423233945

表現で殺されるとかどんだけか弱いんだよ詩集でも読んどけ

2019-04-09

anond:20190408231439

『空が青いから白を選んだのです 奈良少年刑務所詩集』(寮美千子新潮社)を思い出したよ。

https://www.shinchosha.co.jp/book/135241/

続編というか、その背景を詳しく書いた『あふれでたのはやさしさだった』が冬に出版されたので買ったけど、所々で号泣してしまって、全然読み進められない…

2019-02-15

anond:20190215173825

ねじめ正一の詩に自分膀胱炎になったときのことを書いたのがあったな。暇があったら探してみて下さい。現代詩文庫ねじ詩集で読んだ筈。

2019-02-09

チャレンジとは何を意味するのだろうか

国鉄日本の鼓動だ。

延々と続く2本のレールには力強い鼓動がある。このレールは、知らない町と町をしっかり結びつけ、多くの人々を運んでいる。

しかし、その役割は、「人を運ぶ」ことだけではないのだ。単に「国鉄人間荷物を運ぶだけ」なんて考える人には、決して力強い国鉄の鼓動は伝わってこないだろう。

鉄道を愛し、多くの鉄道知識を持っている人でも、本当にこの鼓動をはだで感じたことは少ないはずだ。

かに鉄道知識として知れば知るほど楽しいことが出てくるだろう。

でも、「20,000㎞にチャレンジする」……それは、すばらしさの再発見につながっているのだ。知識から体験へ。今、その鼓動を求めて、未来に続く2本のレールにチャレンジしてみよう。

踏破は青春ドラマ作りだ。

終わることのないロマン、それが列車の旅だ。部屋にじっとこもっていては、自分の心にカビが生えるだけ。部屋の窓から見えるいつもの風景は、ただ立ち止まり、決してなにも話しかけてはこない。とにかく出会いを求めて旅に出る。

ひょっとすると列車座席に隣り合わせたこから何かが生まれるかもしれない。ある日見たり、聞いたりするもののすべてが出会いなのだ

たとえば、車窓にそよぐ風の音、新鮮な潮の香り。これほどすばらしいものはないのではないか

こんな新しい自然出会いが旅と鉄道の心につながっていく。そんな時、心は少しもひからびていず、いつもいきいきしているのだ。

踏破はスポーツ心をかきたてる。

チャレンジとは、自分で考え、自分で動く、自分自身のための行動といえる。この精神こそ、スポーツと呼ぶにふさわしいものだ。

列車の旅には、楽しさとロマンがある。その上踏破をめざすチャレンジャーにはスポーツという楽しさがプラスされるのだ。

時にはマラソンのように、そして100m競争のように踏破の旅はチャレンジの楽しさを教えてくれる。

踏破ルートは3,000m障害10種競技と同様に、バラエティに富んでいる。ルート選択も実行するのもチャレンジャー自身だ。

これこそスポーツと呼ぶにふさわしい記録への挑戦なのだ

チャレンジには責任名誉がある。

チャレンジャーは、それぞれの方法で完全踏破への道を切り開いていくことに心を燃やしているのだ。

そこには、自分自身問題として果たさなければならいことがある。

責任ある行動、多くの義務、これらをすべて実行したチャレンジャーのみが誇り高き名誉を獲得できるのだ。

いわば、人生ドラマがそこにある。よりすばらしいものを手にしたチャレンジャーには限りない自由可能性があたえられているのだ。

どんなタイプチャレンジャーか?

チャレンジしていくと、各自それぞれのスタイルが生まれてくる。

列車待ちのホーム洒落服装に身を包み、小首をかしげ詩集をひろげているちょっと気どった人。

駅弁の食べ方ひとつにも、うんちくをかたむける本格派の人。

おもしろいことを探しに出かける娯楽追求派の人などいろいろだ。

どんなスタイルの人でもチャレンジすることの中に、何かを見出しているのだ。

体験という言葉のまえには、どんな耳学問も色あせてしまうように、チャレンジする中で、自分スタイルを作り出してみよう。

チャレンジとは生きることの証明

から旅の一歩が始まる。

"停車場に、そを聴きに行く"と啄木がうたったように駅にはさまざまの土地から人々が集まり、またさまざまな土地へと旅立っていく。

始発駅…駅員さんに何か尋ねている人がいる。売店お土産を買っている人。家族連れ。新婚さん。そして、カメラ片手に20,000㎞にチャレンジする人。通りがかりの人に頼んで、自分と駅名表示板が一緒に写るようにシャッターを切ってもらう。これで始発駅の証明写真ができたわけだ。

ふと、駅の大きな時計を見あげる。発車案内表示板がカチャリと変って、次の列車案内を示す。やがて、駅のアナウンスが構内に響きわたる。こうしてチャレンジの旅が始まる。

1枚のキップが話しかけてくる。

日本中には、いったい何本の列車が走っているのだろうか。もし、そのすべてに乗ることができたなら、これはすばらしいことだ。時刻表をうめつくす駅名のひとつひとつが語りかけてくるにちがいない。

手に握られた1枚のキップには、いま通りすぎてきた駅の余韻が残っている。改札口でキップにパンチが入れられた時から自分だけの旅の世界が大きく広がっていくのだ。この瞬間の心のときめきこそチャレンジャーに贈られるファンファーレなのだ

どの列車に乗るかは自由だ。

ELDLECDC、そしてSL特急場合もあるし、急行普通列車場合もあるだろう。旅は始まり、心がはずんでいく。流れ変わっていく車窓風景。春なら満開の山桜トンネルをくぐり、夏はふりしきる蝉時雨の中を、秋は祭りのお囃子の響き、冬は凍てつく空気の中をひたすらに列車は走る。車窓に黄昏が迫り、黄昏は夜をひきつれてくる。寝台車からだをやすめて聞くレールの音はなつかしい旅の子守唄だ。

どこへいこうか東西南北楽しい駅名

日本列島を東西に長く走ったり、日本海と太平洋を結んだり、1線区1線区がつながり日本中を網羅していく。

いかにも郷土色(おくにがら)をあらわしていたいう楽しい線区名もあれば、少々読むのに骨が折れる難読名の線区もある。

こういう線区名がどうしてついたのかを考えてみるのも頭の体操になるだろう。走る場所列車の種類で線区ごとの印象も、まったくちがってくる。

それらをひとつひとつ味わいながら踏破するのも楽しみのひとつだ。

終着駅にはムードがある。

駅にはいろいろな趣がある。その中でも、終着駅は、心ときめくムードを持っている。大都会終着駅、ひなびた寒村をひかえた終着駅高原終着駅など、それぞれの良さがある。

しかし、どの終着駅も、どこかしら似た雰囲気をもっている。そこから先は、列車が行かないという、キッパリとしたいさぎよさと寂しさが待っているのだ。終着駅の長いホームを口笛をふきながら大股にしかゆっくりと歩いてみる。改札口で駅名表示板にもたれながら、通りがかった人に写真を撮ってもらい駅を出る。1線区が無事踏破し終ったのだ。

鉛筆で踏破した線区を塗りつぶす。チャレンジャーの心ときめく一瞬なのだ

まずはチャレンジカードを手に入れること。

どの線区でもいいから、始発駅~終着駅まで、列車に乗ろう。けれども、踏破認定を受けるには、乗車(踏破)したという証明必要になる。それが始発駅と終着駅写真だ。写真と会員申込書などを"いい旅チャレンジ20,000㎞。推進協議会"事務局宛に送る。そうすれば、事務局からチャレンジカードが送られてくる。これでチャレンジ

2019-01-30

anond:20190130195608

あの巨大掲示板でも「死」という言葉は分解して、違う表記をされたりしていましたが

すぐ変換候補にも出来ないようなことばを(私のIMでは詩集しかでません)それがすぐ使える「異常」さ

自分の「異常」にご自覚はありますか?

不吉な忌み言葉にしても、匿名にしても赤の他人に投げる言葉である以上、

それはご自分に投げられること、帰ってくることを覚悟はされていますよね。

あなたイラついていることを忖度しなくてはいけないなら

あなた言動に深く傷つく人間がいることについては、どうお考えでしょうか。

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