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はてなキーワード: くそとは

2017-06-27

くそ鼻くそ

もちろん法的にはノビー一方的に悪いに決まってる

が、自分だって秋葉原に関する出所不明の出鱈目情報垂れ流して知らん顔してんのに

どの面下げてノビー非難出来るんかねとは思う

2017-06-26

居酒屋サークラ

居酒屋チェーン店長をしているのだが、最近入ってきた女子大生バイトの子がちょいちょい俺の肘や背中おっぱいを触れさせてくる。

シフト希望の用紙を渡してくる時、ほんの一瞬だけおっぱいで俺の背中をサワサワーと撫でてから、前にまわりこんできたりする。

そういうことがもう何度も続いている。

俺がからっとしたタイプなら「今おっぱいサワサワーって触れたぞw」と言って軽く流すのだが、残念ながらまったくそういうキャラじゃない。毎回おっぱいサワサワーに気づかないふりをしている。

の子はどちらかというと地味なタイプで、あまり化粧にも慣れていない感じで、たまに異様に真っ赤な口紅をつけてきてみんなから日本人形かよとからかわれたりしている。もしかしたら処女かもしれないなんて噂もある。俺より一回り近く年下だ。

彼女さりげなくおっぱいサワサワーをするような子だとは誰も思っていない。

俺は店長だし、当然こんなこと誰にも話せない。話すべきでもないだろう。むしろ俺の方が変な奴だと疑われる恐れもある。

正直、俺は今までこんな経験をしたことが無かった。

珍しいことなんだろうか?よくある話なんだろうか?ちょっとヤバイ子なのか?

男女逆だったら一発でアウトだろう。職場さりげなく股間を押し付けてくる男がいたら、通報モノだ。そう考えたら、俺はほんらい怒りを感じるべきなんだろうか?ポリコレ的には憤るべきなのか?

だが怒りはまるで感じない。なぜかというと彼女は地味だけどかなり見た目が可愛らしく、おっぱいも大きいし、好きな映画とかミュージシャンを教えるとすぐにチェックして楽しそうに感想を言ってくれるし、うるんだ瞳で真っ直ぐにこっちを見てくる時の表情が絶妙にいじらしくて、正直に書いてしまうと俺はこの子にはまりはじめている。

おっぱいサワサワー絶対に偶然じゃないと思う。わざとじゃなければこんなに何度もおっぱいサワサワーとなるはずがない。

一体どういうつもりなんだろう?

と、ここまで書いたのが一月ほど前。増田にアップしようと思いつつ何となく放置していた。

今は状況が大きく変わってしまった。

今、うちの職場修羅場と化している。なんと六人いる男性従業員がみんな彼女に狂ってしまったのだ。大学生から妻子持ちのおっさん社員まで、揃いも揃って彼女にご執心だ。長年の友情破綻しそうなやつらはいるし、思いつめてみるみる痩せていくやつもいる。

なるほど、これがサークラってやつか。

こういう恐ろしい怪物がいるらしいという噂は聞いていたが、初めて目の当たりにした。というか、俺もすっかりはまっていた。情けない。

彼女が巧みに男心を操っているのか、男たちが勝手にはまりこんでいるだけなのか、そこら辺の機微はわからない。

おっぱいサワサワーの件を鑑みると、やはり彼女は全てを掌握しているような気がする。確信犯なのだ。俺以外の男達にもおっぱいサワサワーをやってるんじゃないだろうか。

魔性の女って、以外とこういう地味な子に多いのかもしれない。

とりあえず俺は周囲を観察することによって、正気を取り戻せた気がする。今でも彼女に潤んだ瞳でじっと見つめられるとおかしくなりそうだが、どうにか耐えている。

俺以外の男達は、完全にいかれている。客観性のかけらもない。全員が「彼女は本当は俺を愛している。だからおまえら全員死ね」という世界観で生きている。目がぶっ飛んでる。

今後うちの職場はどうなってしまうのか、彼女は究極的に何を目的としているのか。そもそも目的なんてあるのだろうか?

https://anond.hatelabo.jp/20170626050955

アメリカインタビュー番組見てると

相手映画監督だろうが大統領だろうが

コメンテーターが目前でくそみそに論評したりする

インタビューされる側も予め臨戦態勢で臨み

だんだん互いの本音が引き出されるから

無難議論、口裏合わせたような会話より

ずっと面白くなるんだなコレが

yukiと私の糞隠し

昨日のことである。朝、家の、詳しくは私の住むアパートの前に立派な一本糞が鎮座していた。その堂々たるや、クゥー、思わず写メを撮ってしまったくらいだ。犬かと思いきや、どうやら犬ではない。ことが判明した。それはクソ(推定30~40cm重量にして500gはある)の表面上に白いうどん(のようなもの)がキレイに配分されていたかである

では、ここであなたに問いたい。一本糞とは何か?と。実は、私も大量便については少々うるさい方だと自負している。だが、今回のような人様のアッパートの門前に糞(大量便)を垂れる行為については遺憾の意を表明したい。

しかし糞については少々うるさい私だ。一回や二回は許してもいい、そういう気構えでいる。自称一本糞アーチストと呼ばれる私クラスになってくると、糞への理解常人の比ではないからだ。

閑話休題、そんな私がソノ一本糞を前にして、その隆々とした照り、カラーグラデーションフィニッシュに至るまでの実に見事な(個人的にはFUJIYAMA型と呼んでいる)ソノ円錐形に近い糞は、上級者のそれだった。思わず身震いすらしたね。

あれは、そう、今と同じ初夏を思わせる梅雨のじめじめした時期だった。忘れもしない。小学6年のころだ。私の家にたまたま友達数人で遊びに来ていた同じクラスyukiちゃんというかわいい女の子がいた。(私の家は少し広かったのでたまに集まってゲームして遊んだりした)私はyukiちゃんが好きだった。その子が家のトイレを借りたいといったので一階にある当時は和式の便所を貸してあげたのだ。しばらくして私も尿意を催した。そして次に私がトイレに行ってからであるyukiちゃんは流し忘れていたのだ。(これっきり家には来なくなった)ああ。なんということでしょう。私はショックを受けてしまい、しばらくその場から動けなくなってしまった。信じられないというのが正解か、はたまた夢でも見ているのかと、太ももを抓ったりもした。だが、そのすべての行為は空しく、獣のような臭い便器からはみ出さんばかりの一本糞にめまいがしたのである。あの可憐可愛いyukiちゃんがこんなにも臭くて太い糞をしたのかと。(実際はそんなに大きくはなかったかもしれないが私にはそのように見えた)

私はできるだけ直視しないよう顔を背けながら、流そうとした。だが、しかし、である。水流は強い。でも水はクソの両脇を流れるだけでまるで牛歩のごとく流れていないのである。私はしょうがなく手近にあった棒(どんなものだったか記憶にない)で押し流した。

それからというもの私は一本糞に目覚め、今ではアーチスト自称するまでになった。生きがいを教えてくれた。(大げさではあるが)当時のyukiちゃんには感謝すらしている。ありがとう。余談だが、yukiちゃんが好きだった食べ物うどんだった。と、私は記憶している。アパートの前にあった糞が、一瞬、もしや、と思ったが、彼女地元香川で今でも元気に暮らしていると、人づてに聞いたことがあることを思い出した。きっと今は結婚でもして幸せ暮らしていることだろう。あの日のことは誰にも話さないでおこう。心に隠して、そっとフタをして

https://anond.hatelabo.jp/20170626105301

記事読んでみた。

安倍首相が主張してるのは「非正規社員」を「短時間正社員」にして待遇格差を無くそうということ。

“短時間正社員制度が導入され、基本給などで社員と同じ待遇になり、仕事責任感も出てきました。

記事は明らかに勘違いしている。今まで非正規とされていた働き方を正規にしようという意味。短時間しか働けないなどの理由非正規しか選択肢が無かった人達正規にするという意味

それとおまえさんも

待遇改善たからお前らもっと頑張れ」とか政治家が胸を張って言うのはあまりおかし

とか書いてるけど「待遇改善したら頑張るようになる」という趣旨のことを言ってるのであって「頑張れ」なんて言ってない。

それについては元記事では「問題ない」と書いている。

「不合理な待遇差を是正することで、人のやる気につなげていく。同一労働同一賃金を実現します」――これは問題ない。

結婚式二次会が嫌い

なんなのあれ。

事情披露宴は身内だけ⇒友人達二次会って流れなら解るのよ。

でも普通に披露宴参加した人達二次会っていうのが解らない。

披露宴終わった時点でお腹いっぱいだし、お酒だってそんなに好きじゃない。

どうせ新郎新婦だってゆっくり話せないから第二の披露宴って感じで食傷してしまう。

でもそんな事言うとお祝いの気持ちは無いの?とか言うし。勿論関係者には言わないけどネットでもよくそういう意見見るじゃない?

いやいやあるよって思うのよ。すっごいあるの。めっちゃくちゃある。じゃなきゃこんな気合入れて来ませんから!って。

気合入れて来たからこそ疲れるのよ。もう披露宴限界なのよ。

頭の中にはピンが何十本も隠れてるのよ。イルミも真っ青よ。家で主人の前でハンターハンターごっことかやりながら抜くと毎回大ウケよ。

化粧なんてなんかやたら落ちないし。これでもかってくらいクレンジングしなきゃ落ちないし。崩れるよりいいけど。

着物着たら着崩れないようにいつもより補正も紐もきついから息苦しいし。

それだってお祝いだから出来るのよ。大切な友人のためだもの早起きだって多少の無理だって頑張るわよ。

でも無理。披露宴限界深呼吸したいし顔洗いたいしピン全部取って布団に寝っ転がりたいの。引き出物持って帰るだけで精一杯なの。

お祝いの気持ちはあるのよ。でも体力だって有限なの。

気合入れ過ぎなのかしら。もっと適当にしていけばいいのかしら。そういう人も居るわよね。

でも凄く親族の人が喜んでくださるのよ。でもこれって結局自己満足偽善なのかしら。

勿論断ればいいのよ。別に咎められた事なんて無いし。やりたい人はやればいいのよ。

でも毎回驚くほど参加する事が前提って雰囲気で連絡が来るのよ。

それを断るのが若干申し訳ないし、言い訳考えるのもすんごく面倒なのよ。

参加する?って聞いてよ。そしたら遠慮しておくって言いやすいじゃない。

お祝いだものケチ付けたくないのよ。

ここまで書いて気付いたのだけど、結局私が四方八方にいい顔したいだけな気がしてきたわ。

悪いのは二次会では無く私の性格なのかも。

(続)今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

https://anond.hatelabo.jp/20170626100841

どうやら文章がなが過ぎたのか切れてしまったので、誰にも求められていないとしりつつも続きを載せておく。

↓↓↓

運による要素もとても多いのだが、つい「もしかしてちょっと頑張ればいける?」なんて思ってしまう情けなさ。

大人しくしておけばいいのに、後ろだって充分楽しいのに。

本気で毎回前を取ろうとしたらどうしたらいいのかはわかっているけれど、それをするためには費用も労力もかかりすぎるし、おそらくそれをしたところであの頃と同じ楽しみ方はできない。

そもそも、あの頃のように認知されてお気に入りファンになりたい訳では無いのだ。

これだけは自信を持って違うと言える。

私にとってそうなりたい対象は後にも先にもaさんだけだ。

それに、今応援している声優さんと私が楽しくお話ししている様子なんて全く想像もつかないし魅力もあまり感じない。

というか話すことがない。

ライオン赤ちゃんのような?

檻越しにみて「キャーかわいーー」と思ったり、抱っこして写真撮影をするくらいの触れ合いなら楽しいけれど、じゃあ毎日会いたい?毎食餌やりしたい?というか飼いたい?と聞かれたら答えは即答で「No」みたいな……

なんとなくそんな感じなんですけど伝わりますかねぇ……

あの頃のようにもっと必死な強火のファンになりたい!

そうは思うのだが、求めているものが当時と違うのだから同じ方法では私の欲求は満たされないのではなかろうか。

けれど、この前最前列でその声優さんを間近で見た時の興奮はあの頃いつも最前列で感じていたそれと全く同じ感じでドーパミンアドレナリンが出ていた気がする。

これはどういうことなんだろう。

どうしてこんなに苦しいのか。

私はただ、好きでいたいだけなのだ

その人の声を聞いているだけで幸せになれて、その人の出演作を追っていくとその度に新しい発見があるのが嬉しくて、

ラジオでみせる素のその人をうかがい知れる様子がとても微笑ましくて。

それだけで充分なはずなのに。

もう「強火」はこりごり。だって苦しいって知っているから。

ライトファンでいたい。

もう目立つことはしたくない。

他人を気にせず自分のペースで好きでいたい。

これは間違いなく私の本心である

けれど、必死で全力で追いかける事でしか味わえない感情がたまにフラッシュバックする。

あの快感中毒性でもあるんだろうか、

それが欲しくて仕方ないのも、また否定し難い事実なのだ

https://anond.hatelabo.jp/20170625192350

この学生はできる。上司くそ社会からいなくなった方がいい。増田はぎりぎりセーフだけどもう少し頭悪いと上司と同じ道へ。

俺が学生とき増田と同じように暗黙のマナーだよなぁと思ったけど、社会人になって働き出してからはそんな無責任なこと出来んわ。

ダメならダメで返事をしないと相手無駄に拘束してしまうし、日数確認も返事が来ないなら何日まで待たなければいけないのか正確に把握する必要があると思ってのことだろう。

学生の時からこの感覚を持っているなんて。最近の子はすげーなと思う。ただの意識高い系にならずに頑張ってほしいもである

増田バイトからとおもっているようだが、普通に労働契約なんだからしっかりやった方がいいぞ。

これで学生が正確な時間経過後に他のバイト受かって、増田会社が一日あとに連絡してうちが先に面接やったんだけど、みたいなこと言ったら

本気で頭悪いからな。学生会社さらされてもしらねーぞ。

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

人間が器用じゃない

好きな相手や気になる相手は「恋愛対象か否か」の二者択一しか見ることができない。

誰しも恋愛対象になる/ならないの判断はあるだろうが、一度恋愛対象になるとうまくいこうがいくまいが恋愛対象としてしか見ることができない。

うまくいった場合はいいが、うまくいかなかった場合ひどいことになる。

どんどん追いかけたくなり、しまいには嫌われる可能性が出てくる。

無論、そうはなりたくないという理性ははたらくが、そうなると今度は追いかけたいのに追いかけられない自分自身環境に苦しくなってくる。

相手に対してニュートラル状態で接することなどできず、自分のものにできないなら冷たくそっけなく接することでしか平静を保つことができない。

そんな態度で相手から本気で嫌われたら…と考えると、もう「無視」(つまり接触しない)するしかなくなる。

一度振られても上手く人間関係を維持して、あとでもう一度チャンスを作り出せるくらいの、器用な人間になりたい。

2017-06-25

リベラルって、感情的だよね (続・リベラルオタクに嫌われる理由)

リベラルオタクから嫌われる理由

https://anond.hatelabo.jp/20170621180734

これを書いた増田です。

  

今回のタイトルにした「感情的」とは、喜怒哀楽が激しい、口が悪い、論理性が欠けているという意味ではありません。

好き嫌い感情をそのまま政治信条に用いるということです。

  

私が「オタクリベラルを嫌う」と書いたら、ブコメの方ではなぜか、「オタクリベラル不支持」と誤読されていました。こんなふうに誤読されるのは、「嫌悪感情」→「不支持」と結びつけて考えている人が多いからでしょう。

しかし、人は自分感情だけに従って政治信条を決めるのではありません。ときには自分感情に逆らって、正しいと思うことを支持する場合があるはずです。

ゲスの勘ぐりになりますけど、「嫌悪感情不支持イコールで結びつけるのは、あなたたちがそういうタイプ人間からじゃないですか?」と言ってやりたくなります

  

これはリベラルに限ったことではないから、あまり悪口みたいにして言いたくはないですが、好き・嫌い、快・不快感情に衝き動かされて政治活動をしている人は多いでしょう。

リムジンリベラル」に感じる欺瞞の一つは、多分そこにあって、セレブたちはリベラル思想を主張するのがさぞかし快感だろうなと思うのです。華々しい壇上でスピーチすることで、セレブたちはきっと自己肯定快感を得ているはずですし、自分を売りだすための商業宣伝にもなるから一石二鳥です。

(これは前回に書いた話で、リア充が得意げにリベラル思想を語ってみせる問題にも共通です。)

  

  

  

だいたい、トップブコメもひどかったです。

id:agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

これはスターの付きまくっている人気のコメントなんですけど、「しぶしぶ」「いやいや」って何? それ、あなた感情ですよね?

オタク自由制限する側に立っているリベラルが、自分自身のやろうとしていることに反感を持っているのです。それなのに、自由制限される側にいるオタクが反感を持ったらダメだなんて、そんなふざけた話がありますか。

  

他には、こんなブコメもあって、これなんかはほんと、人のふり見て我がふり直せの典型例です。

id:IkaMaru自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

リベラルの中には、「オタクリベラルに逆らってきたから、俺たちはオタクを助けてやらない」と言っている人たちもいます。そこまで露骨ではなくても、オタクのことを嫌っていて、助力することには消極的になってしまう人もいるでしょう。

これはまさしく、感情に流されて政治を選んでいる事例です。

自分感情的になっていることは気づきにくく、他人感情ばかりが目につくのは、人間心理がよく陥ってしま陥穽です。リベラルの論者にもその傾向は少なくないと思う次第です。

  

例えば先日のクジラックスの件に触れておくと、警察漫画家個人宅を訪問して異例の"要請"をおこなったことの是非と、表現規制の是非は、それぞれ別の問題です。

表現規制必要という立場の人は、本来ならば法律ガイドラインを作ってそれを行うべきという道理を曲げ、今回の警察のやり方を容認やすい傾向にあります。また、もし警察のやり方を容認しない立場を取るのだとしても、抗議の声をあげることには消極的になってしまう傾向があります。これは感情に流されて政治方針を変えたせいです。

もちろん、警察のやり方は違法ではないからと、それを容認する立場もあるでしょう。今後はいかなる場合もこの道理を通し、オタク以外の者がこれと同じ仕打ちを受けてよいというならば、それはそれで感情では揺らがない一貫性があると言えるかもしれません。

  

(私はべつに「感情的からダメだ」と断ずるものではありません。感情に流されて政治方針を変えることの是非だとか、感情政治信条の決定に際してどう影響するかとか、そのへんの問題を論じるだけの力はないです。そこはパスさせてもらいます。)

  

  

  

もう一つ、「お前はリベラリズムを正しく理解していない」というコメントも多かったです。

例えばこれ。

id:tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

id:daisya リベラル定義が間違ってるんじゃねーの、私もよく知らんけど。自由っつーなら昔の大金持ちはめっちゃくちゃ自由に生きとっただろう、人を殺しても問題にならないぐらいに。

いわく、リベラル自由放任主義と違って、社会的公正の概念を用いる。

自由同士が衝突するときは調整するべきだからリベラルにとって表現の自由絶対のものではない。

  

――それくらいのこと、百も承知ですよ。前回のエントリでは、リベラル自由放任主義なんてことを言っていません。私はリベラルが「自由」の価値を重んじていると書いただけです。

  

例えば社会的公正にしたって、自由同士が衝突したときの調整機能にしたって、リベラルがなぜそんな厄介な方法を用いるかと言えば、真の意味での自由を実現するためにそれが必要だと考えているからでしょう。

自由放任主義はかえって自由を阻害するからダメ、というのがリベラル立場です。

これは結局のところ、リベラル自由価値を重んじていて、その価値について熱弁をふるう性格を有するということなんです。

  

  

  

id:Arturo_Ui 「"自由"を無制限拡張すれば他者の"自由"と衝突してしまう。何をどこまで認めるか、社会的議論必要だ」って前提を共有できないなら、問題は「リベラル不寛容」ではなく、「オタク側のヘタレぶり」じゃないの?

これは立場によって、物の見え方が違ってきます

リベラル自由調停者として誠実にふるまっているつもりなんでしょうが、それによって自由制限される側は、どうしても調停を受けること自体を嫌がる傾向にあります意見をまったく聞いてもらえずにバッシングされるんじゃないかという危惧もありますヘタレと言われようが何だろうが、それならば調停拒否してゴネる方が得策です。

しかたらこの点は、リベラル立場にいる論者は見落としてしまうことかもしれませんけど、リベラルが主張しているその"前提"とやらを、社会のすべての構成員従順に受け入れるとは限りません。極論を言うと、「リベラル勝手に唱えている"前提"なんか知らないよ」と言って黙殺する政治的立場もあります

あるいは、おおよそは基本的にこの"前提"を共有している人だとしても、いざ自分利益が損なわれるとなると、猛烈に反発することの方がむしろ普通だと思います調停をする側・される側が多少はおたがいを分かり合えることはあったとしても、完全な調和同化はできないのです。

  

それから、「自由同士が衝突しあって調停必要なほど深刻な事態になっている」という現実認識にも根本的な差異がありますオタク自分たち一方的イチャモンをつけられたと思っているので、自由調停するだの、そのために議論するだの、現時点ではそんな必要がないと考えているわけです。

リベラルが言うところの「自由同士が衝突したときには調停必要だ」という一般論が正しいとしても、「今がその状況だから調停必要なんだ」という現実認識が常に正しいとはかぎりません。

リベラルは、特に問題ないようなことを大げさに騒ぎ立てているチンピラとは何が違うんですか? 例えば、あるリベラルの論者が自分自身のことを誠実な調停者だと思いこんでいたとしても、客観的に見れば、そいつ調停不要のところに因縁をつけているだけのチンピラという場合もありえます調停者がチンピラから話を聞いてもらえないのか、それとも調停を受ける側が身勝手理由でゴネているのか、どちらの側に道理があるのかは一概に言えません。ケース・バイ・ケースでしょう。

  

月並み結論になりますが、リベラル調停者になるために誠実性をもっと追究しなくちゃいけませんし、オタクリベラルが正しい事を言っているときには"社会的議論"に応じなければなりません。おそらくそれが、(リベラル的な意味では)最も理想的なあり方です。

しかし、相互信頼関係が欠如しているし、リスペクトが欠如していることも多いから、そういう形にもっていくのは難しいと思います

  

  

  

余談

ところで、一部のオタクは「表現の自由」を絶対的ものだと叫びまくっていて、リベラルから表現の自由戦士」と揶揄されているようです。私もああいう連中のことは理解できません。

  

そもそもオタクは、すでに表現規制を受けています。性描写のあるものは成人指定になっていてゾーニングしないといけないし、商業誌には自主規制があるので、そこで出版できないもの同人誌に追いやられてしまます

実在する人物団体馬鹿にするような漫画を作ると、それは名誉毀損で訴えられる恐れがあります

街や職場でところかまわずポスターを貼ったとすれば、景観条例やら、セクハラやら、そういった法律にひっかかって処罰対象です。性器表現にはモザイクがかかっているし、青少年健全育成条例やら何やらがあるので、いろいろと国家権力から規制されまくっているんです。

  

自分たちがこの規制の枠内にとどまることで社会共存できているという現実無視して、表現の自由絶対的もの表現規制はすべてが悪いものだと主張しているオタクは、いったいぜんたい何のために戦っているのか意味不明です。

また逆に、リベラルの論者が既存規制について評価・再検討するというプロセスをすっ飛ばして、いきなり「規制必要」とかいう話に持っていこうとするのも度々見かけますオタクが完全に野放しの猛獣だとでも思っているのでしょうか。現状認識を怠っているという点では、これも同じくらいにアホだなって思います

  

  

  

追伸

id:coldsleepfailedid:quick_pastid:tick2tackid:IkaMaruid:agricolaid:k-takahashi ←前回のエントリ内で、追記を書いて返信ました。

くたびれはてこid:kutabirehateko のことは、別のエントリを立てて書きました)

  

  

  

追記 6/25 22:48

id;quick_past レイティングやゾーニング表現規制だと言われるともう話のしようがない。完全なる自由は誰かの自由を奪うという矛盾がはらんでいる以上、あとは住み分けを目指すしか無いって事以上おいらには出せない。

え、こいつは何を言ってんの? レイティングやゾーニングは、まぎれもなく表現規制一種じゃん。

  

あいいや。仮にそれらを規制ではないという話にするなら、リベラルの中から出てくる「"規制"が必要だ」っていう意見は本当に恐ろしい。

なぜって、オタク側がめちゃくちゃ頑張ってゾーニングの成果を出してみたところで、リベラル側はオタクが"規制"を受け入れたものとして評価してくれないんですからね。この理屈でいくと、オタク表現活動をやめるか、表現物の内容を変えないかぎり、規制派のリベラルオタクを許さずに非難してくるってことになりますよ。

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624172536

ここはひとつ浮世絵なんてどうだろうか?

制作か鑑賞かだけれども、ここは制作に行ってみよう。

浮世絵絵師という原画を作る職人、彫師という版を彫る職人、摺師という版木から摺取る職人の分業なのだけど、現在浮世絵絵師と呼ばれる人はいない。

職人を目指すなら、彫師か摺師となる。

彫師コースは7年、摺師コースは5年と言われる。

昔は、木版印刷というのは、いわゆる印刷所だったわけで、美術品だけでなくて、本の表紙や酒のラベル等々、易しいしごとがわんさあった。

その修業期間が終われば、下手くそだろうと、個人事業主として泣いても笑っても腕一つ、まずは易しい仕事で数をこなして、腕を磨いてより単価の高い仕事、というわけだったのだけど、そんなのは昭和初期までで。

今は、ほぼ無給の修業期間が終わったら、限りなく薄給の食えない期間がずっと続き、美術品を作れるくらいになるまで生活がままならない。

いや、そのレベルになってもまず生活は苦しい、という感じ。

といいつつも、重要なことは、どんな人でも、ある程度のスパンみっちりやれば、そこそこのことが出来るようになるということ。

芸術家が心が赴くままに作る版画と違って、浮世絵というのは、産業として成り立っていたくらいなので、

こういうときはこうする、こうやればこういう失敗はしない、こうしておけば怪我をしない、こうすれば効率がいい、というノウハウがしっかりあって、どんな不器用でも、そこそこのレベル(絵の通りに彫れる、100枚摺ったら100枚同じものを摺れる)には到達する。

もちろん、残酷なくらいに才能の差はでる。

同じことを最初から出来る人もいれば、長いトレーニングの末に出来るようになる人もいる。

しかし、それでもそこそこのレベルには到達できるのだ。

ご興味があれば、レスしてください。

浮世絵を始めるのに必要な道具などを紹介します。

就活生へのたった一つのアドバイスは、「就活を語る奴を信じるな」だ


就活アドバイスをもらうこと」は限りなく無意味だ。

もし意味があるとするならば、それはそいつがどんなポジショントークをしているか

あるいはどの程度自身客観視する能力があるかを測ることが出来るという程度のものだ。

就活必要なのは誘導性のない客観的情報」と「自分客観視するためのほんの一部の利他的な助言」であり、

必勝云々だの絶対云々だの面接官に響く云々だのには目もくれないことだ。

そして無論、このように聞かれてもいないのにアドバイスを始める胡散臭い輩も冷静に見つめ、

その行動で誰にどんな利潤が生じるのか、その利潤の対価は何なのかを常に意識しておくことだ。


就活というイベントはおおよそ考えられる人間の闇をせっせと集めてくったくたになるまで煮込んだ汚泥のようなもので、

そこに群がり、それを積極的にかき混ぜようとするやつらも当然その汚泥の一部である

自分スタンスをわきまえ、真に学生の力になろうとしているほんの一部の人種はまだいい。

しかしそうした人たちは自分にとっての利得にならない範囲主観客観を切り分けた情報提示してくれる稀有存在であり、

大半の汚泥は耳障りの良い言葉阿呆学生鼓舞し、金払いの良いベンチャーブラック企業にせっせと学生斡旋していくのだ。

そもそも就活というのは大半の学生にとっては今までの人生の中で最も大きな意思決定の場でありながら

今までの人生の中で最も激しい情報の非対称性に投げ出される場でもあるのだから、人の人生斡旋して飯を食う汚泥に捕まるのも無理はない。

「あのおじさんは色々なアドバイスをしてくれるし、企業まで紹介してくれる素晴らしい人なんだよ!」などと

目をキラキラさせる学生のなんと世間知らずなことか。

そうしたイメージを与えておきながら裏で儲けを数えてほくそ笑む汚泥のなんと醜悪なことか。

更に性質が悪いのは就活を終えたのち、こうした立場へ身をやつす学生一定存在することだ。

彼らはそうした資本主義搾取構造理解したうえで、それを再生産するシステムに自ら身を投じていく。

後輩の夢を後押ししたいとか何とか言って一般性に限りなく乏しい成功体験饒舌に語り、承認欲求を満たしていくのだ。

就活恋愛のようなものなどという手垢でべとべとの、しかも的を射てもいない持論をぶちまけ、

自らの利己的な動機にすら気づけないレベル自己分析をもって感覚的なアドバイスを繰り返す。

全ては説明会学生を押しこむことで貰える報酬と、人脈作りという名のセフレ探しのためだということに君は気付いているか

そんな汚泥どもに、利己的でありながらそれをひた隠そうとする汚泥どもに、一度しかない人生ふいにされていいのか?

憧れと好奇心が殺すのは決して猫だけではない。



自分で考えて自分で決めろ。それが君の人生を生きる君の義務だ。

ギャル

https://anond.hatelabo.jp/20170624093754

・黒ギャルオタクゴミだと思っている

まあたしかにあまり相性はよくないかもしれない。

俺はオタクだし、黒ギャル友達はひとりもいない。

でも黒ギャルに関する思い出ならいくつかある。

幼稚園児の頃。横浜デパートで両親とはぐれて迷子になった時、黒ギャルに助けてもらった。

ギャルは泣いてる俺の手を引いて、お客様案内所まで連れて行ってくれた。

両親が迎えに来るまでの間、黒ギャルが俺の隣に座って一緒に待ってくれた。

ギャルは俺にノートペンを貸してくれた。俺はそれに絵を描いた。

ギャルがその絵をやたらと褒めるもんだから、俺はうれしくなって、すっかり泣き止んで、得意気に絵の解説をした。

別れ際に黒ギャルが俺の頭を撫でた。とてもいい香りがしたのをはっきりおぼえてる。ココナッツオイル匂いだったのかな。

浪人時代。俺は大学受験に失敗して落ち込んでいた。

11年飼ってた猫が行方不明になったり、父親会社が傾いたり、いろんな不幸が重なって、最低な時期だった。受験勉強なんて一切してなかった。

まりに金が無かったから、短期アルバイトをすることにした。夏だった。高田馬場でチラシ配り。資格専門学校のチラシだった。

現地で学校職員と待ち合わせて、ペア仕事をするんだけど、そこに現れた職員が黒ギャルだった。一応スーツは着てたけど、どう見ても黒ギャル学校職員なのに黒ギャル。意外過ぎた。

もっと意外なことに、黒ギャルは始業後すぐに郵便局に行って、大量のチラシを自分の家に郵送してしまった。

処分しとくよ」黒ギャルはそう言って笑った。

そのまま黒ギャル運転する社用車湘南の海に行った。黒ギャル私服に着替えた。ふたりで浜辺にビニールシートを敷いて、寝転がりながらいろんな話をした。

あの日は一体何だったんだろう。思い返すと、まるで現実感が無い。

もちろん黒ギャルがやったことは最低だ。それに従った俺も同罪。そんなことはわかってる。でも、めちゃくちゃ楽しかった。どん底の時期だったけど、すごく気分が上がった。

翌日から猪瀬直樹みたいな不機嫌そうな顔の職員に見張られながら、炎天下、ひたすらチラシを配った。地獄だった。

ギャルとは二度と会えなかった。あん調子だったから、とっくにクビになってるかも。いや、意外とうまくやってるのかな。

俺はあの日を境に真面目に受験勉強をするようになった。大学生になれば、もっと楽しいことがたくさんありそうな気がしたのだ。あの黒ギャルは俺にとって希望象徴だった。とにかく輝いて見えたのだ。やってることは最低だったけど。

これはけっこう最近の話。どうにか大学生になった俺はネットカフェバイトしてるんだけど、うちの店、夜勤ワンオペなんだ。

狭い店だから普段はひとりで充分なんだけど、その日は急に体調が悪くなり、窮地に陥った。

まともに立ってられないほどつらかった。午前3時過ぎ。真夜中だ。代わってくれるスタッフもいない。

吐き気はするし、なんだか視界も歪んできた。頭が割れそうに痛い。これ、なんかヤバイ病気なんじゃねえか? 

やっぱり誰か呼ぼう。それしかない。そんなことをぼんやり考えながらカウンターでしゃがみこんでたら、客が来た。

ギャルだった。たまに来る客だ。たぶん近くのガールズバーに勤めてるんだと思う。仕事終わりに店に寄り、始発を待って帰ってるんじゃないかな。

俺はこの黒ギャルが苦手だった。いつも不機嫌そうだし、金の払い方も乱暴。たまにめちゃくちゃイカツイ男と一緒に来ることもあって、単純に恐いというのもあった。

でもその日の黒ギャルはいつもと違った。俺を見るなり「なんか顔色やばくない?」と話しかけてきたのだ。それまで会話なんてしたことなかったのに。

「いやあ、かなり具合悪くて」と俺が言うと「休んだ方がいいよ」と心配してくれた。

代わりのスタッフがいないからどうすることもできない、俺は黒ギャルにそう説明した。

そしたら黒ギャルが言ったんだ。

「私が店番しようか?」

一瞬、耳を疑った。何を言ってるんだ。冗談にもほどがある。でも、黒ギャルは真顔だった。どうやら本気みたいだ。恥ずかしいけど、ちょっと泣きそうになった。

はいえ、バレたら一発でクビだ。カウンターの様子は防犯カメラに録画されてる。万が一、店長にチェックされたら終わり。

「体調が悪かったので、お客さんにレジを代わってもらいました」

そんなバカな話、通用するはずがない。

でも俺はあまりにしんどくて、朦朧としていて、まともな判断力を失ってた。

われながらどうかしてたとしか思えないんだけど、俺は黒ギャルに店番を代わってもらった。つらすぎて半ばやけくそになってたのかもしれない。とにかく少しでも横になりたかった。

俺は黒ギャルレジ操作説明して、入店と退店のやり方を教えて、空いてるフラットルームで寝かせてもらった。

それから朝まで、黒ギャルが店番をしてくれた。平日の深夜だから客の動きなんてほとんど無かったけど、それでもありがたかった。三時間ぐらい寝たら、頭痛吐き気も治まった。

俺は黒ギャルに何度も礼を言い、どうして助けてくれたのかたずねた。なんか死にそうな顔してたし、この店よく使うし。黒ギャルはそう言って笑った。

ギャルが帰って、交代のスタッフが来て、俺は退勤後すぐに病院へ行った。ただの風邪だった。

後日、知人にこの話をしたら、窃盗リスクを考えた方がいいと言われた。それは大丈夫と俺は応えた。根拠は無いんだけど。

とりあえず黒ギャルに何かお礼がしたいんだけど、あれからいちども店に来ない。

以上が俺の黒ギャルに関する思い出。こうして振り返ると、ずいぶん黒ギャルに助けられてきたんだな。

色々ぶっとんではいるけど、俺にとって黒ギャル天使みたいなもんだ。黒い天使

アイドルエピソードがつまらなさすぎる

俺はラジオが聞くのが好きで、特にTBSラジオが好き。

で、TBSはある特定の分野に詳しい人がよく出演して、それについて熱弁する番組が多いのだが

それまで全く興味のなかった分野がテーマでも熱がある分、聞いていてすごく面白い

俺はスポーツ音楽にまるで興味が無かったのだが、

野球でこんな伝説試合があったとか、昔のプロレスはこうだから面白かったんだよとか、それまでダサい馬鹿にされていた日本語ラップはこうやって根付いたとか、

話が面白いので、それまで全く興味が無かったのに聞き終わった後は少し好きになっているくらいだ。

だが、ことアイドルの話になると一気につまんなくなってしまう。

TBSラジオ出演者アイドルファンが多く、どの番組でもよくアイドルの話になちがちなのだが、どれもまあ面白くない。

熱弁はしているのだが、なにか外している感が否めない。

アイドルグループ伝説ライブの話になり、

「野外ステージでのライブだったんですけど、あいにくの雨で…それでもファンは雨に打たれながら待っていたんですよ。

そして、そのアイドルステージに出てきた瞬間、嘘のように雨があがって晴れたんです!」

はぁ?何それ?って思うよね。

その話の何が面白いのか…

あとは、芸能人の裏の顔みたいな話をするコーナーで、某大物俳優が裏では金の話しかしねえ汚い奴だったとか、某大物司会者は片っ端から共演者の女に手を出してるとかの話を普段しているのに、

ある週はアイドルテーマになり、出てきた話が

「某アイドルグループ女の子楽屋で輪ゴム飛ばして無邪気に遊んでいる」

何それ?って思うよね。そんなショボい話は喋るべきではなかったよね。

ラジオやるくらいの喋りのプロが、俺の興味のない話をしてもとても面白いんだけど、

そんなプロですらアイドルの話はつまんなくなってしまう。

おそらくそアイドルファンなら面白いんだろうけど、アイドルに興味のない人からすれば、「だから何なんだよ」としか思えない話しかしないんだよね。

TBSラジオって、どの番組面白いのに、どの番組アイドルの話をしがちで

しかもそれが頻繁なので、アイドルの話になったら「またか~」と思って聞くのをやめてしまう。

やっぱ、アイドルって何が面白いのかわかんないわー

石原裕次郎のカッコ良さがわからない

石原裕次郎の何がカッコいいのかがさっぱり理解できない。

これは俺だけじゃなくて俺と同世代人間は割とそうなのではないかと思う。なぜかというと俺は言ってみれば「キムタク世代」ど真ん中で、つまり10代の頃に「キムタクがこの世で一番カッコいい男だ」という刷り込みを受けて育った世代である

もちろん別にキムタクファンというわけでもないのだけれど、それでもキムタクのようなやや中性的で適度にフニャっとした感じの男がカッコいいのだという刷り込み自分で思っている以上に自分の中に深く刷り込まれているのだと思う。

そういう俺から見ると石原裕次郎というのは下手くそドラムを叩くゴツくてやや太った暑苦しい男、としか見えない。

そして今となっては兄の慎太郎のせいで石原家そのものイメージが極端に悪くなっているので、裕次郎もほんとにただのクズ男にしか見えない。

推測。忖度邪推

新型うつになる原因が自信のなさから来るのだとしたら、

暴言暴力振るうのは自信のなさとは違う理由なのではないかな。

単純に自分に揺るぎない自信があり自分が正しいのに思い通りにならない感じだから暴力暴言振るってたんじゃないかな。(そういう意味では自信がないのか。)

で、実際彼女が正しいかはわからないけど(時代背景知らないし。昔はテロ肯定する時代があったくらいだし。)

社会価値観からの逸脱度は高くそれを良い物と思っていたみたいだよね。自分イカしてるみたいな。

今もそうかはわからない。大沢親分に怒られそうな。

彼女自分非行に走ってた自覚がないみたいなのがすごく怖いんだけど。




小さい頃から過剰に比較競争される環境だったのかな。

少なくとも本人のなりたいもの目標とは違うことで競争比較されて来た感じ。だから環境も合ってない。

やりたいこととは違うことに自信がある、やりたいことには自信がないのかな。

卒業ニートだし。なんか彼女の夢はお嫁さんな印象。



マウンティングがこんなすごくて友人になどなれるのかな。

マウンティングされても友達だったのは、他に友達をつくる自信がなかったのかもしれないな>豊田さん。

そういう意味ではやっぱり自信がないっていうか、見た目も容姿同類の人は、自分の寝首うかがってるみたいな感じがあって不安で信用出来なくて、

負けたら自分を保てない的な部分はあったのかもね。

そういう意味では友達安心材料だったのかも。それもマウントだろうけど。




まぁこんなの何らかの競争する環境ではあるあるネタだわ。

やりたいことをやるよりも勝ちたいが勝る人が多いと大変だ。そして人にはそういう勝ちたい時期場面が確かに存在するので。

幼少期か大人になってからは知らない。

やりたいことをやるために勝つっていうのもある。

いや、そういう時期がない人もいるのかな。よくわからない。



以上は自分マウンティング体質と重なったので推測忖度してちょっと書いてみたんだけど(暴力は振るわないが詰問はしてしまうな)、

議員時代暴言暴力とは全然関係ない。

官僚時代もそういう人だったのかはわからいから。間に大人しい時代あったのかな。マウンティング体質かな。

もしツイッターで回ってきた通り、官僚さんが議員さんにああいう扱い受ける時代があったのなら、

再生産ですね。虐待貧困と同じで。

内側は当たり前だけど知らない。



でもモテたい昇進したいなら暴言暴力やめたほうがいいよ。

仲間にまで暴力振るってしまえば何も出来なくなるから

嫌味ですらきついんだけどね。


なかなか直らんからね、マウンティング体質。

自分競争する土俵では自分より上には嫉妬自分より下には見下す感じ。

つらい。でもあるある

人とこういうこと話したことないからわからないけど、あらゆる人が持ってるものではないみたいだよね。

実際そうなんだろう。

いやわからない。表に出してないだけか?


褒められていた土俵で褒められなくなったらショックだけど、

褒められなきゃ生きていけないし育たないよな。

今は褒められるより感謝かな。むしろ

難しい。

すべての業種の中でピンサロで働く女が一番性格が良い。

数々の風俗店飲食店(夜)で勤務したことがある僕の経験から思うに、風俗業種でいえば、間違いなくピンサロと呼ばれる業態で勤務している女性が圧倒的に性格面と人間性が素晴らしかったという事実である

これは僕の経験則に基づいて導き出した答えであるので、間違いないことだともう一度言っておきたい。

もちろん例外はあって、性格の悪い女性もいることについてはどの業界も同じだろう。

結論を先に言ってしまうと、もう言うことはないのだけど、なぜそう断言できるのかということを説明していきたい。

キャバクラ性格が悪い女性が多い。

これは言わずもがなだが、まったくその通りで、体を張ってない分、プライドも高く、いわゆるズルい女性が多い。その中でもNO1クラスになると性格がグッと良い女性が多くなる傾向がある。僕の友達にも、キャバクラでNO1の女性同棲している人がいたけど、その女性性格が大変良かった。(何人かのデータ

キャバクラは他の業種(風俗全般)に比べて、性格が悪い女性が多いといっているだけで、全員が悪いといっているわけではないことを断っておく。

ヘルスはどっちつかずの女性が多い。

ヘルスに勤める女性は、性格が悪い女性と良い女性が半々くらいで、全体としてはバランスが取れているのではないかと思う。

ただこれもNO1クラスになると性格が良くなる傾向にある。キャバクラよりも生活がかかっている女性が多いため、指名数が少ないと、どうしても性格が荒れてくる。

生活に余裕がある女性は、他人にも優しい人が多く、お金のあるなしが精神的な部分に直結しているのではないかと考えている。

ピンサロで働く女性性格が良い

まずはじめに数ある風俗のなかで一番、労働賃金が合っていない業種がこのピンサロと呼ばれる業態であろう。

給与は時給制で、指名数に応じて時給が上がっていくシステムだが、その時給が圧倒的に安い。スタート時2500円くらいの店はざらにある。

客が付かなくても保証があったりするが、それだって1万円とか、そんなもので、お客にするサービスに関しても、キャバクラは、客とお酒を飲みながら話をするのが主な業務であるのに対して、ピンサロヘルス並みのサービスだ。しかシャワーゴムがあるわけじゃない。衛生面でもヘルスより危険だ。

女性ピンサロで働く理由

なのにどうして、女性若い女)はピンサロで働くのだろうか?

これは実際に何人かの女性に聞いてみたから間違いないはずで、なかでも印象に残っている言葉は、「給料が安くてもサービスハードでも、私はピンサロが好きで働いている、それは、男性と密着するのが好きだから

僕は初め、こんな労働環境が良くない給料の安い仕事をやっているのは、頭が悪くて他に稼げる仕事があることを知らないんだろうと馬鹿にしていた。大塚巣鴨のおばさんは他に雇ってもらえないため働いている現実もある。

彼女言葉「好きだからやっている」というのを聞いて、ぼくは衝撃を受けた。日に何人もの男根相手にしていながら、それには到底見合わない給料であるにも関わらず、その仕事を好きだと言える。まさに天使だと。

他の吉祥寺ピンサロ店では、給料が未払いであっても真面目に出勤して仕事をこなす女性もいた。要はただ働きだ。ぼくはそのころ年齢が若かったこともあり、給料も払ってないのに男性フェラーリや69をする女性たちのことを本当に見下していた。

でもそれは僕の間違いだったことに年を重ねて気がついた。僕の方が大バカだったことに。

このことが理解できるようになるまでには時間がかかった。真面目に与えられた仕事に没頭する姿勢。なんと素晴らしいことか。残念ながらその店は、もうない。彼女たちは数週間分の未払い金を最後に支払ってもらえたのか?今となっては知る由もない。

https://anond.hatelabo.jp/20170624130618

ああ、それは受け取るよ。「ケンセツテキ提案」とか「カイゼン」とか興味ないし分からないし。「なんか怒られたしー;;」くらいにしか思わない。そうじゃない受け取り方なんてむしろ想像つかない。


ただ、その理由元増田の言うような「日本公教育ディベートやらないせい」じゃない。ディベートやってるよ。さんざんやってるよ。30代増田が知らないだけだよ。強いて言えばディベートしないのは大半の大人の方でしょ。発言正当性でなく発言者ポジションで決まる会議多いし。そういう社会風土の中に、「正しくディベートできる人」を育てて送り込んでも、つぶされるだけだから大人若者を「ディベートしない」って言う。そうじゃないよ。馬鹿にされてるか絶望されてるか、馬鹿になって絶望してるか、どれかですよ。

それらを全部ひっくるめて、今井が「ピースフルにニコニコ選挙で行きましょー(レンホーさんみたいにしゃがれ声でがなり立てる姿なんて、子供に見せらんないよね)」って言ってるという元増田には同意だけど、それが、現在政権方向性皮肉にも鮮やかに描き出しているという指摘についても、これまた全くその通りだと思う。

嘘ついても前言翻しても恬として恥じない、ただムード重視で支持率演出することに長けた政権運営広告政治広告性を広告塔広告してる、なんてよくできた皮肉だなあという感想

紙をめくるときに指ペロするのは他人感情を慮れない無能人間

他人が何を考えているのか察する能力が無い人なので一緒に仕事したくない。

くそがっ!!

スバル営業死ね

明日納車に関わらず、今日

明日結婚式なんで、日にちずらして」

と言ってのける

スバル営業マン特定個人死ね

社会人としての報連相もできない、

客を見下してるかのごとく暴論死ね

それで、一ヶ月前には結婚式の日程分かってたとか死ね

納車のわくわく返せ死ね

これでも買わなきゃいけないのか、ほんとくそみたいな心境で納車を待たなきゃいけない こんな状況にした

あの営業死ね

買うまでは素早い対応で、良い営業かも

とおもわせつつ

契約決まった瞬間にすべての報連相

滞る営業なんか死ね

スバル死ね

うつぶれていいよ

2017-06-23

生きる目的意味について。

生きている意味目的がわからない、とかないといった告白的な投稿増田などでよく見かけられるように思う。

それについて、子孫や遺伝子を残すためであるとか、社会を良くするであるとか、そうした回答めいたものを脳裏に想定して、例えば前者であれば自分結婚できそうにないから、後者であれば無能であるからとなどといって、自身にはそうした意味目的を見出すことが出来ないと言うような自己否定的な結論に持っていくと言うのが多くの投稿共通する一つのパターンであろう。

なるほど、生きている意味目的をそのように持って生きている人もいるだろうが、おそらくそう言う明確な考えを持って生きている人は少ないように思われる。

から考えてしまうから悩むだけであって、考えなければそうしたいわば「自分探し」にわざわざ失敗することもないとも言えるのであるが、そうした悩みに一旦とらわれると考えないと言う悩み解消法は困難であろう。

私自身そうであった。

目的がわからないとどう生きていいのかもわからない、みたいな感覚思春期から今に至るまでずっと続いている。

たとえ暗闇であっても、どうにかして目的意味を探し出せるのであれば、闇雲にでもとにかく探すことがまずは必要となることははっきりしているからだ。

だが、それがあるのかもどうかもわからない、徳川埋蔵金のようなものであれば、探すことそれ自体自己目的化してしまい、探すだけに生きがいを持って生きることになってしまい、それではまるでドン・キホーテだ。

でも、最近になって強く思うようになったのは、多分私は、探そうと探すまいと意味目的を全く知らないのに、哲学用語でいうならばカント哲学言う所のアプリオリ意味目的を目指してすでに生きているのではないか、と。

まるで運命論者のようであるが、そうでもない。何故ならば、そのことに自覚的でなければ、私は自分探し迷宮に陥るだけだからである。それが運命だというのであれば別だが。

では「そのことに自覚的である」とどういうことなのだろうか。一言で言えば「生きがいを感じる」ということになると思う。

私には確かに人生に何度か、嬉しかろうと楽しかろうと悲しかろうと辛かろうと生きた実感を持った瞬間は確かにあった。

それが他人からどんなにつまらなく見えようとも些細に見えようとも、あるいはひどい場合には悪事であったとしても。

具体的な例を、非常につまらないと思える例であげると、一生懸命働いて帰宅し、ぐいっと飲み干したビールが喩えようのない程美味かった、というような時に「嗚呼、俺はこのために生きてきたんだ」と思えるならば、それで良いのではないかと。

無論、「自分探し迷宮」に落ちている多くの人に納得できる話ではないだろうが、ほんの僅かでも「生きてて良かった」と思えたらなら、それこそが目的意味をしっかり目指して生きてきたことの証左ではないか、と思った。

人生、残りの期間であと何回生きがいを感じることができるかはわからないが、そのためにならこのまま生き続けるのも悪くはないと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170623112454

>片側空けながら大行列なんてことが出来る時点で悠長な混雑状況だということ

行列が出来てる時点で混雑してるんだよw

そりゃ大行列を作れる程度には混雑してるわ

けどその行列を最善を尽くして消化しなくていいと思う程度には混雑が中途半端か、

最善最速で解消すべき酷い混雑のに最善を尽くそうとしない低民度だらけか

ってわざわざ想定できるケース全部書いてんだろ

馬鹿

品川駅でもキオスクまで列が伸びて動線を遮断してるのに

品川駅の動線がポンコツなのは賛成するが

階段スカスカなことがあったらそれは電車が遅れてる谷間か

駅員が整理(あの非効率的な整理!)してるラッシュ時間帯だ

もっとよく観察しろ

https://anond.hatelabo.jp/20170623135955

俺がそうなんだが、(両親に)勉強ばかりやらされて遊ばせてもらえなかった人間というのは劣等感がすごいんだよ。

街中でカップルとすれ違っても「あん青春を俺も送りたかった」と劣等感を感じるし、「勉強しか出来ない、つまらない人間」と無意識自覚してるから、人から称賛される特技を持っている人に対して嫉妬や妬みの感情が渦巻く。

から、その凄まじい劣等感ゆえに承認欲求が凄くなるんだろうな。

高学歴でも、勉強をやらされたわけじゃなくて、自分意思勉強してきた人はそんなことがない。

高学歴の中でも、承認欲求くそ強い人間と、そうでない人間がいるのはそういうところに起因してるんだと思う。

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