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はてなキーワード: デモクラシーとは

2018-01-05

BBCニュース2018年01月05日 11:14北朝鮮南北会談韓国提案を受け入れ=報道

韓国メディア各社は5日、韓国提案提案していた9日の南北会談開催を北朝鮮が受け入れたと報じた。

南北境界線上の非武装地帯DMZ)にある板門店で行われる予定の会談では、来月開幕する平昌冬季五輪北朝鮮選手団が参加する方法が主に話し合われる。

http://blogos.com/article/269353/

DMZってdemocracyzoneデモクラシーゾーンのことかな

2017-11-03

anond:20171103210301

論点ずれすぎだろ

大人仮装して町汚してウェーイ」(渋谷)と

仮装した子供大人お菓子上げる」(山口組)と

どっちが本来ハロウィンかっつったら後者じゃん

この人はその分かっている山口組系の奴らに目つけられた時、同じことを思えるのだろうか。

お前のこの反論が一番意味わからん

最初論点は「ハロウィン実装の仕方についてどっちが正しいか」だろ?

山口組は悪い奴等だぞ」っていうお前の反論論点が別次元過ぎ

一番の馬鹿はお前


一晩経っても色々反響がスゴいので、もう一言

若者ハレンチ仮装してバカ騒ぎする渋谷と、仮装した子供お菓子をもらいに行く山口組本部、どちらがハロウィン趣旨を守ってるのかな?と思ったわけでしてなぁ

これは文句なく正しい指摘じゃん

もちろん本来の主旨から変質して日本独自ハロウィンになっていくことに俺は反対しない。

だけど保守的ハロウィン山口組ハロウィンの方だよね。

わかる?論点


水曜デモクラシー @w_democracy

返信先: @ideno1111さん

いやいや、後者普段素行の悪い奴が少しだけ良いことすると評価が凄く上がる的なアレよ

しんぺい @shimpei_16

FFから失礼しま

山口組阪神・淡路大震災の時に役所警察が動かない、動けない時に率先して物資などを配ってくださいました。彼らは彼らなりの規律があるはずなので常に素行が悪い訳では無いと思います

なので先入観だけで悪者扱いは出来ればやめて頂ければと思います

失礼しました。

15:22 - 2017年11月2日

これはもうお前と同種の馬鹿二人が全然違う論点山口組はよい人達か悪い人達か)を論じてるだけ

元のツイートである「いでの@神奈川 @ideno1111」にそんな馬鹿達についての責任はない

彼はハロウィンについて論じてるだけなんだから

勘弁してくれ……

というツイートリツイートされてきた。

ゴミ箱が無いとはいえ、ゴミを撒き散らした仮装した若者達(つっても20~30代後半だろうけど)のモラルが問われるのは分かるけど、

そいつらを暴力団より悪質、馬鹿ハロウィン個人的には嫌いだけど)を分かっていないとか責めて、

山口組の方が正しいとか、ヤクザ必要悪経済的にも存在必要みたいなリプをドヤァって感じで語っている人達を見てゲンナリしている。

この人はその分かっている山口組系の奴らに目つけられた時、同じことを思えるのだろうか。

趣旨を守るという部分で渋谷山口組を比べるにしては主語がでか過ぎたろ。

に対して、

これよ。これ。

ハロウィン自体はどうでもいい。

この流れがヤバイ。……控えめにいってツイッターって馬鹿な人増えた。

ちょっとさ、これに限らず現実の事を二次元的(アニメ漫画みたいなノリ)に捉えすぎてる奴がツイッターに多い気がする。

怖い。

つか、ただのリア充に対しての嫉妬じゃない。

2017-10-14

図書館でなに借りたら良いか

気になってる本はこれ

読む優先度高い本とおすすめの本教えて

ラウィーニア、風の十二方位、闇の左手

ファウンデーション地球

八月の砲声 上・下 第一次世界大戦の起原

引き潮のとき四巻 

戦争の変遷 

革命群衆  都市革命 

ハイ・ライズ、沈んだ世界夢幻会社

自由からの逃走

都市都市

月曜日土曜日に始まる、収容所惑星

紙の動物園もののあはれ

からの帰還、スタニスワフ・レム コレクション高い城・文学エッセイ

ラヴローフのナロードニキ主義歴史哲学 ロシア革命先駆者たち ナロードニキ/ 旭 季彦 

モナド領域宇宙衞生博覽會、東海道戦争、旅のラゴス

流れよわが涙、と警官は言った、宇宙の眼

鏡像の敵、Uの世界時間

マッキンダー地政学デモクラシー理想現実

2017-04-21

望み

私には生まれつきエゴがないので、個人的な望み(俗に謂う「夢」)がない

人々の洗脳を解いてデモクラシー革命を実現することが望みだが、それは、バイトして金貯めて実現しうるようなことではないし、TNT背負って溜池山王突撃してもきっと実現しないだろう。バイトして金貯めて革命を実現する話をアニメ化でもしてほしいくらいだ(笑)

どうやったら人々からエゴがなくなる進化が起こるのか、日本人(笑)近世近代以来の洗脳が解けるのか、判れば苦労しない。むしろ洗脳が解けないようにして国家体制を実現しているわけだから、そんな容易に洗脳が解けるはずもないのだろうと思う。たとえ成り上がって革命を起こそうとしたところで、見つかったら確実にぶっ叩かれて刑務所に入れられるのが日本スペックなので、もう手の施しようがないのだろう

わざわざ近世近代呪いを呼び起こして洗脳を強めることを、今の権力者支配層、既得権益階級がやっていて、もはや滑稽なまでに愚民どもは釣られているようだ。近世近代のことを「日本古来」とかい阿呆が多いし、そもそも「日本」なるものは古来存在しない。「日本」というのは近代国家主義概念で、遡ってせいぜい徳川光圀大日本史が端緒だろう

エゴのない進化を遂げるというのは一種の才能で、天才的なできごとで、ヨーロッパモダンエヴォリューションに限らず、釈尊ブッダ)にも起こった昔からあることなのだけれども、人類凡そをみると進化することは決してなく、むしろ幼稚化が進んでいる。岡本太郎が云っていたことも然もありなんと思う

2017-03-03

「第九」歓喜意味

ベトヴェンの「第九」日本人にやたらと人気があり欧米かぶれの一種信仰みたいになっています

何に歓喜しているかって、ようやく解放されたこと。つまり中世封建社会から解放という意味です。そういうと大概の人は思い違いをして、単に一般庶民農奴身分から解放されたことであるかのように思うでしょうね。

誰が何から解放されたのか? それは、賢い人が、既成社会体制に利用されるという「権力の犬」の身分から解放されたということ。

中世では、社会体制を疑う能力のあるような人は、普通に暮らしていてはならなかったわけです。社会体制を変える素養のある人が居てはならなかった。普通に定住して大手を振って暮らすことは許されなかった。

例えば、クラシック音楽というのは、教会音楽です。カトリック教会布教教化に用いられる技術で、つまり社会統治体制を保つための技術です。ですから、その技術のタネを知っている音楽家というのは、世間普通に暮らしていては困るわけですよ。

例えば建築家もそうです。教会カテドラルの建て方を知っているような技術者が、その辺に居てネタバラシをしたら困るわけです。

こういう技術者達は、旅芸人の一座みたいに各地を転々とし、当地権力者に利用されることで食っていたんです。これを「フリーメイソン」といいます

それが、社会体制が変わり誰もが政治に携わる社会になって、社会体制を疑うことがタブーではなく、むしろ疑い批判することが必要時代になりました。技術特定身分の人しかもってはならないものではなく、ネタバラシをすることもタブーではなくなりました。

賢い人は、世を忍んで一生を終えた時代から普通に暮らしていい時代になり、ようやく日を浴びて大手を振って歩ける時代になったわけです。

中世は、知恵のある人は権力構造に組み込まれなければ生きていることを許されなかった。迫害の世の中でした。ヘイトされまくり権力者は、都合の悪い人間を干して、地元庶民をそそのかして嫌悪させていました。未だに、ユダヤ人嫌悪されているのも、フリーメイソン理解されないのも、もとはそういう経緯です。

賢い人がうっかり権力に都合の悪いことをしてしまうと、世の中から消されます。生きていることすら許されず、人間として扱われなくなりました。例えばマルティン・ルターもそうやって社会から消されて、カトリック教会支配を嫌うとある領主にかくまってもらって何とか生き延びました。

ユダヤ人であれ、ピューリタンであれ、既成の社会体制に都合の悪い人々はヘイトされ、その中からアメリカ大陸に渡って生き延びようとした人も出てきたわけです。USAというのはもともとそういう国です。

それに比べて、日本人は、革命を知りません。デモクラシーリベラリズムを知りません。

それどころかそもそも未だに、賢い人間社会体制に組み込まねばならず、「踏み絵」に応じないような人は叩き潰されます。利用価値のある人間でなければならないわけです。

例えば起業家であれ、既存社会体制に逆らってはならず、革命を起こしてはならないわけです。

芸能人なんか、社会体制に利用されることで食っていく職業です。うっかり真実を語ってしまってはならないわけです。山本太郎にしても、どこぞの資本家に拾ってもらって生き延びて、「民主主義」の時代からうまく国会議員にはなりましたが、だからって結局はおそらく日本社会を変えられずに終わるんじゃないかという気がします。

会社従業員にせよ、会社の存続と体制維持のためには、おかしなこともさせられますね。放送局権力にシッポを振り、人気を利用し流行捏造して売上を出し、生き延びるのに必死です。近年の安倍体制のもとでは、放送局も、そこの従業員も、平気でおかしなことをし、せねばなりません。そうして「美人女子アナ」でさえも平気でえげつないことを言ったりしますよね。

さて例えば、亀渕というニッポン放送社長にまでなった元アナウンサーがいますが、村上世彰と戦わされたとき社長です。株主総会でも社長として矢面に立ち、フジサンケイの日枝体制を維持するためにメチャクチャな総会運営をしてまで逃げ切っていました。そのときの彼の姿を私は忘れられません。かわいそうでしたね。会社従業員正社員管理職生え抜きによる支配体制を保つために、修羅にでもならなくちゃいけない。社長を退任してただの一介の批評家みたいな立場になってからは嬉々として活き活きしているようにみえます

そして、社会革命分子であったところの村上世彰にせよ堀江貴文にせよ、叩き潰されましたね。堀江貴文に関しては、ムショを出てからは、中途半端しか目立たないところに居て、社会体制に逆らわずしろ組み込まれるような感じで活動するようになってしまいましたね。

日本社会というのは未だにそういうところです。

愚かな人は自分の才能の無さを憂うのでしょう。けれど、実際に才能をもって賢く生まれたらもう、正しく生きていくことは不可能です。

悲惨な国です。そして、社会体制に組み込まれる人々と、ホイホイ釣られる愚民構成される日本人というものは、実に卑しいですね。

2017-02-28

「世のため人のため」はエゴイズム

「世のため」とは人間社会のため、「人のため」とは他人のためなのですから人間至上主義エゴイズムほとばしっていることにはかわりありません。さらにいえば、自分のためでは無いということによってあたかも「エゴイズムではありません」っていう大義名分を得るわけですから、むしろ危険です。

「世のため人のため」は人間中心の利己なのですから、どうやっても、地球のためとか宇宙のためとか動植物国土風土のためだとかい価値観には直結しえません。

道徳と称するものは、(儒教の)信仰ですから、「道徳エゴイズムだ」というのはタブーであり、嫌悪されます中国文化圏は儒教信仰で、日本というもの儒教国家です。そして、国家社会を維持するための方策として、儒教教化されてきました。信仰を「間違っていますよ」と指摘されると怒るわけです、己の誇りの無さを埋めるために依拠するところですから信仰とは、無批判善悪が決まっていて、自然法則は抜け落ちます日本儒教国家ですから儒教道徳批判することは国家社会の既成構造、既成状態批判することと同じ、すなわち社会の既成状態によって助かっている人々にとって、儒教批判タブーで、絶対ダメであるわけですね。

さて、例えば「一番じゃなきゃダメ」だというスパコンにせよ、その神戸スパコンケイってやつは確かに例えば気象シミュレーションに用いることで災害予測技術の向上にも活用されています災害予測をすることで、「かけがえのない人命」が助かると、ほぼ皆思うでしょう?

問題は、人間ってそんなに大事タマなんか?ってこと。

人類人間至上主義で、他の動植物地球宇宙のことが抜け落ちています。例えば、人命のためだとか、国家のためだとか、人類のためだとか、子孫繁栄のためだとか、そういう目的資源も浪費するし、地球破壊して、それでもなお増殖しようとしてきました。その異常性を省みることすら、ほぼ全ての人は、しません。

人命のためとか、産業のためとか、経済成長のためとか、国家のためだとか言っていれば、いくらでも資源を浪費してかまわないという理屈になるでしょう。そのためには、化石燃料を浪費するし、核燃料を遣ってでも電力をジャブジャブ消費可能にしなければならないということになる。防犯のためならば電灯点けっぱなしにもするし、宣伝のためならば看板の電灯も点けっぱなしにするし、自家用車は売りつけるし、誰もがモノを所有し放題で浪費していいという社会状態にした方が都合がいいわけです。

そもそもは例えば神道にせよ、原初神道、つまり神祇信仰、いわゆる自然崇拝という時点では、地球宇宙自然現象に対する畏敬がありました。天皇祭祀を行いますが、その祭祀目的天神地祇、つまり自然自然現象の御機嫌を読むことです。それは、天皇以前の卑弥呼などであっても同じです。そういう超能力ESP)であり、そういう職業です。

それに対して、神社神道へと変遷し信仰対象が人へと換わり、そして人間我欲を満たすことが主目的の祈願ばかりが行われるようになり、さらには国家主義のいわゆる右翼にせよ国家神道と称する儒教信仰しているわけですけれども、そうなるともう人間社会至上のエゴイズムです。

人間ってそんなに大したタマなんか? 「かけがえのない命」っていうけど、どうせそのうち死ぬんだろ? それが当然の自然法則であるわけですから、その現実直視してイヤイヤしないのが、本来神道原初神道)もそうですし、本来仏教人間釈尊が説いた仏教)もそうです。

儒教国家主義だけではなく、民主主義とか共産主義とかでも凡そ、人間中心主義から脱け出られません。人間至上のエゴイズムから脱出するには、そもそもの自分自身思想が、脳が、その域に達する必要がありますデモクラシーであろうがコミュニズムであろうが、当の人々ひとりひとりがその域に達した生物にならなければ、人間至上から抜け出した自己客観視の可能スーパーエゴのある社会にはなりえないのです。むしろ民主主義かいってその域に達しない人が政治参加をして自己批判もしないでいると、エゴイズムによる政治になります。つまり衆愚政治になります。けれど言うまでもなく、独裁体制階級政治身分による社会であっても、社会差配する者がエゴイストであれば、話になりません。

そうすると、今の、安倍日本にせよ、プーチンロシアにせよ、トランプアメリカにせよ、どうなのかって、いちいちここで言うまでもないと思います

2016-06-14

でも実際 でボケようとしたけど何も思いつかないでしょ?

デモクラシーとかそういう系でいけるかと思ったけどまぁ寝ます

2016-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20160316171302

いい事を教えてよう。

どんな時代のどんな文化圏であっても、権力者権力者に都合のいい道徳大衆押し付けることに違いはない

現代先進国でいえば、民主主義人権思想資本主義グローバリズムみたいなもんだ。

実際、中東の土人どもはデモクラシー欧米発祥新宗教だと思っているらしいな。

2015-12-03

Amazon整理

なぜ、この人と話をすると楽になるのか 吉田尚記

ジョナサン・アイブ リーアンダー・ケイニ―

なぜ、あの会社は儲かるのか? ビジネスモデル山田 英夫

スティーブ・ジョブズ-偶像復活 ジェフリー・S・ヤング

マーケティング戦争 全米No.1マーケターが教える、勝つための4つの戦術 アル・ライズ

☆「メジャー」を生みだす マーケティングを超えるクリエイターたち (oneテーマ21) 堀田 純司

トップリーダーが学んでいる 「5年後の世界経済」入門 いま知っておくべきこと、やるべきこと 中原 圭介

ヒトラーナチドイツ (講談社現代新書) 石田 勇治

高橋是清井上準之助インフレか、デフレか (文春新書) 鈴木

金融リスク管理を変えた10大事藤井 健司

金融世界史: バブル戦争株式市場 (新潮選書) 板谷 敏彦

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物語 クラウゼヴィッツ戦争論』 清水 多吉

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道徳的人間非道徳的社会 ラインホールド ニーバー

エドワードベラミー (アメリカ古典文庫 7) 本間 長世

ルポ MOOC革命――無料オンライン授業の衝撃 金成 隆一

喧嘩両成敗の誕生 (講談社選書メチエ) 清水 克行

アラブが見た十字軍 (ちくま学芸文庫) アミンアルー

☆とことん観察マーケティング 野林徳行

世界のしくみが見える世界史講義 (Knock‐the‐Knowing) 茂木

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経済世界史から学べ! 茂木

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リデルハート戦略論 間接的アプローチ 上 B・H・リデルハート

の子と闇の子デモクラシー批判擁護 ラインホールド ニーバー


機械より人間らしくなれるか?: AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる ブライアン クリスチャン

☆「強い会社」はセグメント情報で見抜きなさい 「ソニー金融業」「TBS不動産業」――財務諸表で読み解く各社のプラチナ事業 長谷川正人

誰でもわかるモデル会社設立マニュアル 福田 亘司

これだけは知っておきたい節税のおきて TACプロフェッションネットワーク

最新 起業から1年目までの会社設立手続き法律税金 須田 邦裕

公共団体デモクラシー

都道府県市町村、もちろん国家だとか、公共性の高い観光協会だとか商工会だとかもそうですが、そうした団体が、アニメゲームタイアップとか、さらに言えばツタヤタイアップとか、こうした事象が「社会問題化」しています

なぜ問題になるのかその原因はというと、私は「デモクラシーが成立していないから」だと考えるわけです。

例えば市町村が、「萌えキャラ」にしろゆるキャラ」でさえも、そうした広報、というかむしろ広告宣伝ですが、そういう行政します。そうすると、市町村構成員であり最も基本的利害関係者(ステイクホルダー)は、そこの市町村民です。そこではたして、そこの市町村民の意思が、その広告宣伝活動に反映されているのでしょうか?

例えば武雄市などがツタヤと「タイアップ」したわけですが、これも市民意思が反映されているのでしょうか、また、市民の利害に目を向けられているのでしょうか。

選挙で勝ったから」という理由で、首長が何をしてもいいという風潮になっていますよね。その選挙でその候補者投票した人がどのくらいの割合なのでしょうか? そもそも、全員一致で当選したとしたって、個別案件市民意思を完全無視していいという理屈は立たないと思います

それに、投票の拒絶されている人(例えば未成年者)の利害に目が向けられていますか?

また、その施策が実行された後、将来になってその施策の利害を負わされる人への眼差しにも欠けています典型的には、日本の「借金」の件もそうです。世代間の「支えあいモデル破綻した公的年金もそうです。だから率直に言って、「こういう無責任な人たちには人間の血が通っているのか?」と思いますよ。強権的(ポピュリズム的)な思想と、儒教的な(年長者を尊敬し、子孫に責めを負うという)思想が混在し、致命的な矛盾を起こしていると思います

さてともかく、「選挙で勝ったから」という発想でさえも問題があるし、「俺が責任をとる」と云われても、損害が出てからお前が腹を切っても損害が無かったことにはならないわけですね。

ましてや、具体的で個別的施策決定はむしろ首長ではなく職員が決めていることが多いと思われます首長は、上がってきた案にサインするだけかもしれませんし、ましてや「聞いていない」ことすらありうるのではないかと思います。そうするとつまり、その施策には住民意思を反映するプロセスがあるのか、ということが問題であるわけです。

例えば、東京オリンピックエンブレム問題もやはりそうなんですね。東京都がやるんだったら、東京都民意思を反映しないといけないのに、むしろ密室的に行われていたわけですよね。

このような問題はですね、そのまま、「日本国」の問題でもあります政策決定しろ道路を敷くだのダムを建てるだの原発を建てるだのもそうですし、「消費税」を上げるとかいうのもそうです。さらには、広報ポスターCMに誰を採用するかというところにも、1件あたりならばたか個別案件でも、継続的に、特定タレントとか広告代理店とかを使っていくことが慣例化するともう、個別案件だといって済むとは思えないと感じます。(ちなみに、こうした問題点を軽減するための手法に「パブリックコメント」の制度があるわけです。)

そして、例えば、市町村だとか商工会観光協会特定アニメタイアップすると、当該市町村はそのアニメイメージを負うことになります。そうすると、市町村民もそのイメージと影響を負うことになってしまます市町村民は意思決定プロセスに関与していないのに、利害を負わされるわけです。

それがかりにどっかの中小企業宣伝タイアップしたというのならば、それはその企業の「自由」だということになるのでしょう。上場企業だったら株主に責を負いますが、少なから株主は「儲けてくれればいい」と思っているので、実際に収益が出れば文句は出にくい、つまり問題化はしにくいかもしれません。

それでも例えば鉄道事業者がやったら、その列車に乗る人みんなが、その作品だかなんだかを(事実上強制的に)見せられたり、さらには車内アナウンスまでも差し替えられて聞かされたりするわけです。そうすると、たとえ私鉄、「民間事業者」であったとしても、無難な選択にとどまって、「大冒険」はすべきではないというのが原則だと思われます

ですから事業性質や規模によっては公共性が高くなり、決してプライベートでは済まされないことがあります

話が長くなりましたが、昨今の騒動をみると、「大冒険をするな(最大公約数的であれ)」という主張と、「大冒険を許さないと社会が改まらない」という主張の二極対立、デジタル的・バイナリ的なコンフリクトになっているように思います

しか問題本質は、「大冒険」をしても良い場合でも、その決定プロセス構成員利害関係者の意思を聴き反映させなければならない、ということにあるのです。

それを言い換えればデモクラシーだというわけです。

日本人」はデモクラシーに未熟なのだと思います

問題本質は通底しているのに、そうした事件一つ一つを分断して個別化し、洞察反省をしない習性が今の「日本人」にあるように思えます

2015-11-13

「今、民主主義について考える49冊」から除外された本

書名著者
SEALDs 民主主義ってこれだ!SEALDs
時代の正体神奈川新聞時代の正体」取材班
右傾化する日本政治中野晃一
社会を変えるには小熊英二
デモいこ!TwitNoNukes
私達は"99%"だ「オキュパイガゼット編集部
革命のつくり方港千尋
デモ!オキュパイ未来のための直接行動三一書房編集部
希望政治学布施
日本人民主主義を捨てたがっているのか?想田和弘
立憲主義について佐藤幸治
ぼくらの瀕死のデモクラシー枝川公一
政治はなぜ嫌われるのかコリン・ヘイ
日本国憲法新装学術文庫編集部
法とは何か長谷部恭男
憲法とは何か長谷部恭男
読むための日本国憲法東京新聞政治部
タカ派改憲論者はなぜ自説を変えたのか小林節
憲法は、政府に対する命令であるC.ダグラス・ラミス
国家暴走古賀茂明
検証法治国家崩壊吉田敏浩、新原昭治、末浪靖司
ソフトパワージョセフ・S・ナイ
リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください井上達夫
キング牧師辻内鏡人、中條献
I Have A Dream!マーティン・ルーサー・キング・ジュニア
隷属への道F.A.ハイエク
世界を動かした21の演説クリスアボット
戦争プロパガンダ10法則アンヌ・モレリ
精読アレント全体主義起源牧野雅彦
ヒトラー演説高田博行
劇画ヒットラー 復刻版水木しげる
悪あがきのすすめ辛淑玉
独裁者のためのハンドブックブルース・ブエノ・デ・メスキータアラスター・スミス
輿論世論佐藤卓己
永遠平和のために 啓蒙とは何か 他3篇カント
アメリカデモクラシー(1上下・2上下トクヴィル
国家上下プラトン
自由ミル
一九八四年[新訳版]ジョージ・オーウェル
動物農場ジョージ・オーウェル
イェルサレムアイヒマンハンナ・アーレント
人間の条件ハンナアレント

ソース

http://pbs.twimg.com/media/CSmpHEIUwAAOfO2.jpg

http://www.junkudo.co.jp/mj/store/event_detail.php?fair_id=10696

2015-09-09

http://anond.hatelabo.jp/20150909063634

そりゃ人類集めたら頭悪いやつらのほうが圧倒的に多くて、

頭悪いやつらの理論の方が圧倒的に大多数の支持を受けるのは当然だから

佐野の件も低知能デモクラシーに反発した有識者層との戦争みたいなもんだし

癒着はともかくデザインについてのパクリかどうかの解説してやってるのに

圧倒的に感情論のほうが世論に支持されてる

今回の一件はすごくわかりやすいほうだと思う

2015-09-03

http://anond.hatelabo.jp/20150903120851

今回問題が大きくなったのはITの普及で人民感情インターネット上に大きな影響力を持つものとして存在している中で、

それに対して自分利益や損得を秤にかけて行動する文化人クリエイター有識者たちが真っ向から対立したことが切っ掛けになった。

結果としてメシウマ感情デモクラシーが勝利を収めたわけだが、

まり多数派意見が必ず押し通されていくことの弊害というのが今回の一見で非常に分かりやすい好例となった。

要は、支持者の数が多くてもクソな意見はクソ。

多数派が常に正解ならこの世はとっくの昔に平和になってる。

2015-07-28

http://anond.hatelabo.jp/20150728004029

横だけど教育徴兵論って単なるアナクロだと思ってバカにしてたけど、デモクラシー陶冶のために徴兵制を復活せよ!っていうのがありえるのか。。

2015-07-25

http://anond.hatelabo.jp/20150725105746

ある国のデモクラシーというのは、その国とデモクラシーを同時に愛する国民によってのみ陶冶される。

まり、君には最初からデモクラシーへの参加資格がないということになる。言葉には気をつけた方がいい。

くわえて言えば、日本国がなくなってしまえば日本国憲法もなくなってしまうので、日本国憲法を守る必要もなくなる。君の観念を推し進めると、そうなってからすでになくなった日本国憲法の規程にそわないことをして人民幸福を図ることになるが、仮に安保法制違憲だとしても結局日本国憲法を守らないことには変わらない。どうせ守らないならそうなる前にもっと穏やかな形で破っておいたほうがまだましだろう。まして立場もの見方によってみれば安保法制違憲ではないのだから

原理原則どおりかというと、少なくとも俺の主観では原理原則どおり。君の主観原理原則どおりでないというのは俺にはどうしようもない。こうやって見解が一致しなくても採るべき政策を決定するために多数決がある。

http://anond.hatelabo.jp/20150725012257

たぶんこんどこそ最後になるが一つだけ、

他の違いはまあ、おたがい違う人間からそんなもんかという感じ。

http://anond.hatelabo.jp/20150722212826

なるほど。統治行為論を背景に、政府憲法無視は9条にとどまる、という考えなのか。それは論理的にありうる立場だし、それに十分に信頼を置ければ安保法案への私の評価は変わる。ただ、今のところ私はそこまで日本立法行政に対する司法の強さを信頼出来ないかな。統治行為論判決が出る前に米国大使最高裁裁判長判決を漏らすみたいな、論外なことをしているし。

http://www.masrescue9.jp/fukawareiko.pdf

一番恥ずかしいのは、それが米国の開示文書からしかからないこと。日本がどのくらい民主主義を真面目にとっているかがわかる。それに、一票の格差はいつ解消されるんだ。

デモクラシーに守られるべき価値デモクラシーのものによって毀損されるのは許されない、というのは同意するが、その価値が「国民幸福」というのはちょっと保留かな。最広義に「幸福」を定義すれば自明空虚な文になるし、一番狭く、ベンサム流の客観的観測可能で社会で加算して「総幸福」を定義できる何か、ととったらそれは時代遅れだろうと思う。個人的にはセンのケイパビリティ論に共感している。

君に当てはまるかはまた別だが、功利主義者とか、いわゆる「リアリスト」の人たちは、幸福だとか国益だとかを狭く定義する傾向があるように思う。殺すより殺されたい、という人はいる。そのまま見ると分かり合えないと思うかもしれないが、「でっちあげの根拠イラク政府崩壊させイラク国民無政府状態をもたらす戦争に参加しなければ米国との同盟が維持できないのであれば、そこまでして米国様に尖閣を守ってもらわなくてもよい」という立場だと思えば、同意する日本人は多いと思う。

昭和天皇大戦に果たした役割は、面白そうな話だが、時間が尽きた。個人的には、田中義一首相昭和天皇が叱り、その後総辞職して自殺した、というのがターニングポイントだったと思う。大日本帝国憲法構造天皇がいざというときは出ていかなければならないようになっていたのに、田中義一首相エピソード以来、必要以上に立憲君主の枠から出るのに謙譲的だったように思う。(多分バイアスがかかっている資料によると)昭和天皇はあの時代の有力者の中では、例外的に開明的な思想を持っていたらしいから、惜しいな、と思う。

あと、英明君主による独裁のほうが民主主義より優れた結果をもたらすのは別に当たり前の話だと思うよ。英明君主安定的な確保が致命的に難しいだけで。

2015-07-24

http://anond.hatelabo.jp/20150724171606

それはデモクラシー現実だね。

バカとガキ向けの理屈を信じてることを吐露したらバカかガキかその両方であることは認めることになるのは変わらないけど。

安保法制手続きが雑だとかどうだって言うけどさ

制定にいたる手続きなかのひとつとして、明示的に法令違反しているものはない。

しろ形式上は丁寧すぎるくらいと言わざるを得ないほどだ。

10年後、「あの時のアレ、雑だったよね」とか言う評価一般的になることはないと思う。

現在でも、外国人から見れば一体なにが雑なのか理解不可能だろう。

村山談話が出されたとき閣議決定は事前の議論もなく、いきなり閣議に出てきたものにいきなり閣僚署名させられている。自社さ連立政権崩壊の恐怖を背景として。これなどのほうがよほどデモクラシー必要とする議論プロセス蔑ろにしている話だが、これですらも話題になることはまれである

http://anond.hatelabo.jp/20150723211232

2015-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20150722194814

主観は人によって違うのでやむをえないが俺の立場は以下のとおり。

表の論点 安保法制合憲かどうか

私:憲法学者が言っているし、違憲だろう

君:今までの解釈の延長線上にあるから問題ない

俺:今までの解釈の延長線上にあるから問題ない

裏の論点 どのくらい現政権フリーハンドを認めるか

私:憲法範囲内で枠にはめたい

君:今は緊急事態からできるだけ憲法拡大解釈すべき。改憲大変すぎ。

俺:今までの解釈の延長線上にあるから、少なくとも新たな問題はない。(9条改憲するときにかかる時間コスト言及したのは、君の主張のデメリット矛盾をつくためにすぎない。俺は先の解釈変更や今般の安保法制のための程度なら9条改正不要との考え)

少し付け加える。

今までの解釈憲法範囲内だというなら今般の法制もすでに枠にはまっている

時の政権特に9条に関する限り、事実上ほぼ無制限解釈自由があることになると見ることが可能なのは事実だ。

しかしそれは、現在制度自体がもつ欠陥(統治行為論により9条に関する限り行政府の一部門合憲性を事実上最終的に判断する制度)に起因している。制度の欠陥を安部首相がついたとみてもよい。

これが9条だけの話ならばまだしも、他の条文にまで援用されると確かに恐るべきことになる。

論点の背景にある価値観の相違

私:民主主義大事。そのためには狭義の「国益」を多少犠牲にしてもやむを得ない

君:民主主義大事だが、国民幸福の前にはある程度の手続きショートカットは許される

俺:デモクラシーイデオロギーではなくプラクティスである

補足)

原語がデモラティズムではないことにそれは現れている。したがってデモクラシーによって守られるべき価値デモクラシーのものによって毀損されるのはゆるされず、その価値とは「国民幸福である

なお、侵略が許されないのは、それによって得られたなにかをわれわれ日本国民はもはや「幸福」とは呼ばないからである

また、近代デモクラシー以前から国家存在している。デモクラシー採用しない国民国家はありえるが、国民国家の基盤がないところに近代デモクラシー不可能さら国民国家国家の一種に過ぎず、国家領域人民暴力によってなる。(つまりよりもっとも野蛮な国家すら、領土人民防衛はその責務である。ましてや現代日本においてをや)

より下部にあるより基礎的な層への脅威はそのままわれわれのデモクラシーへのより根源的な攻撃でもある。これへの防御を表層の制度字義解釈に拘泥して阻害したり、それをもってデモクラシー破壊と叫ぶのは本末転倒。むしろ表層にある制度の欠陥が露呈したとみて、制度改善こころみるべきである

さら政治は結果である

制度改善が著しく困難な時には、より基礎的な価値防衛するために統治機構はさまざまな方便を考え出す。

今回の解釈変更も、そもそも安保自衛隊を黙認するための統治行為論もそれだ。

価値観を作る根っこにある、もっとも恐れている事態(たぶんこの部分のリスク計算が一番違う)

私:国内制度崩壊

君:外国侵略

これについては、まあ、君にはそう見えるかもしれんという感じか。

俺にとって外国侵略が君が考えるよりは重大な危機と考える理由の一部は「論点の背景にある価値観の相違」の補足に述べたつもりである。多少分かりにくいかも知れないが、筋道はおえるのではと思う。

ところで君は先に大戦惨禍を縷縷述べ、その原因を国家暴走にもとめた。

そして、それへの反省あるいは対策として、立憲主義の厳格なる遵守を要求していたように見える。わたしの考えもまた私の主観では立憲主義を厳格に遵守するものであるがそれはともかくとして以下の点を指摘する。

天皇親政により立憲政治を絶命させようとした二・二六事件立憲主義を逸脱した昭和天皇勅命によって頓挫させられた。先の大戦はやはり立憲主義を逸脱した昭和天皇聖断によって収拾された。

デモクラシーが前提とする立憲主義手続きを墨守することによる不利益デモクラシーコストとして甘んじて受けるべきだというなら、昭和天皇は指をくわえて見ているべきだったということになる。

もし本当にそう歴史が推移したならば、前者についてはより早く大戦突入する結果を招いたことであろうし、後者については惨禍がどれほど拡大したかはまったく俺の想像を越える。

こうした歴史をどう考えているのか。

しかし、これはもはやあまり脱線が甚だしい。縁があれば別の機会に議論することにしよう。

http://anond.hatelabo.jp/20150722100542

米国もまたデモクラシーの国であることを想起するべき。

日本領土たる尖閣防衛に協力した結果、被害を被った米艦隊を見殺しにするのは日米同盟の破棄と同義

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