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はてなキーワード: 精神とは

2018-11-16

anond:20181116182328

いやどんびきだわ。

この状況の子供に「自分でなんとかできるだろ、自己責任だ」っていう大人が居たら精神を疑う。

anond:20181116104738

トノスとか使ったら?精神的な面が大きいから「第1類医薬品で刺激を低下させて早漏じゃなくなるから」って暗示にかければ、割といける気がする。

正直、酷いチロウかに比べれば、早いほうがずっとマシ。

https://www.daito-p.co.jp/product/tonos.html

お気持ちオーヴァードーズ

今日はいつにもまして精神限界()増田が多いなあ。

きついときはこんなとこに居ちゃダメだぞ。一定ボリュームを越えた感情ってのは自分のそれであってもお薬みたいなものなんだから負担が大きなものだぞ。他人のそれとハウリングした言い合いに発展したら疲れるだけだ。そんなことしてるくらいなら動物と触れ合って過ごしたほうが安定に寄与するからな。

anond:20181116101838

ポリコレハゲ差別ハゲ差別であってポリコレが出てくる余地はないでしょ。ハゲを「チャレンジ精神のある頭皮を持つ人」とかそういう呼称に改める、そういう運動ポリコレでしょ?

anond:20181116013132

聖母になるつもりもなく差別はよくないとか言うんですか、へえ

自分は守る気も無いルール相手にだけ押し付けるんですねえそれで自分利益を得るというわけですねえ

子供困惑するでしょうねえ

わたし子供なら困惑しますね というかまあわたし精神的に子供なので今困惑しています

なぜこの人は自分が守る気はさらさらない教えを振りかざして人の行動を制限して平気でいられるのだろう?

わたしあなた文章を読んで不快になりました、つまり不幸になりました

なぜあなたは人を不幸にして幸せでいられるのですか?その倫理観不思議でたまらないですね サイコパスってやつですかね?

anond:20181116005818

ではセックス相手として選択しますか?子を孕みたいと思いますか?他の人よりもこの人とだけ一緒にいたいと思いますか?

嘘ですよね?あなたが好きになる相手ジェンダーロールを満たした男性ですよね?

キモくて金のないオッサン恋愛感情を抱きますか?そもそもホームレス人間だと思いますか?

どうせ「私は人間だと思いますよ」とか空虚な答えが返ってくると思うのでもっと穿ちましょう

あなたホームレス募金をして少し話しました。ホームレス女性と接点が無いので、すぐにあなたに惚れました。女性経験が無いのでいきなりセックスを求めてきました。

その状況であなたは受け入れますか?この人良いかも、と思いますか?「汚い」と思いませんか?

さら精神障碍者だとすればどうでしょう精神障碍者ホームレス結婚相手として選択しますか?結婚相手の 選 択 肢 と し て 存在しますか?本当に?心から

生きていてもいいとはどこまでを生きているとみなすのですか?生きていれば子供を作りたいと思っても不思議ではないですよね?では誰がホームレスの子供を産むのですか?あなたが産みますか?

自らの子宮に宿す種を選別する性である、という時点で、差別をまさに「体現」しているあなたが、その責務を負いもしないまま虚構を語って(騙って)響くと思いますか?私は思いません

あなた彼氏、夫、子供に求める それ が「ジェンダーロール」ですよ。

金が無くてヒキコモリで見た目も薄暗いデブ境界性人格障害アニメオタクニートが目の前で屁をこいても恋愛対象としてみなしてみてくださいよ。結婚してみてくださいよ。もちろんあなたが養うんですよ。ねえ?どうですか?

童貞は強い

童貞は強い。間違いない

まず、女と付き合おうと努力しない

欲望に流されない鋼のメンタルの持ち主や

しかも周りの男が女とセックスして浮ついている間、絶えず自らのちんこと向き合い精神統一させている。

ストイック

2018-11-15

ジャンル炎上続きで心が折れているときのやり過ごし方

二次元アイドルが好きな女です。

わたしの好きな作品は、年がら年中炎上しています

公式に対して、ファン同士で、常に誰かが誰かにキレています。これは大袈裟ではなく本当に常時燃え続けています

そういった状況でファンを続けていくのは精神にしんどいのですが、最近良い方法を見つけました。

作品炎上を覗くんです。

他の界隈の運営ファンを見て「うちも酷いけど、あそこよりはマシ」と思うことで少しだけ元気が出ます。(もちろん心の中で思うだけでSNSで呟くようなことはしません。)

最近気がついたのですが、どうやらわたし普段見下している他作品ファンは、反対にわたしたちのことを「あいつらみたいになったら終わり」と思っているようです。

これってすごくないですか?

お互いがお互いを見下すことで心の安定が保たれて、自ジャンルに対して気持ちの余裕ができる。

一見酷い関係ですが、口にさえ出さなければ平和世界なのかも。

どこかで限界はきそうだけど、しばらくはもう少しこのままクソみたいな公式について行こうって思えました。こっちも頑張るから、お前らも頑張れよ!!みたいな。

本音を言うと他にもっと良い方法があるなら知りたいです。燃えやすジャンルにいる人達って普段どうしているんだろう。

二次元アイドル炎上がない作品ってあるのかな。

東京都青少年健全育成審議会法王庁匹敵する現在

法的な面で男女同権を推進したリベラルフェミニズムを越えて、ラディカル・フェミニズムが目指したのは暗黙の圧政を行う父権主義的な保守文化是正だった。日本的感覚で言うと、文化ってのはふわっとしたもの責任者が居ないわけだけど、欧米場合事情が異なっていて文化責任者宗教的権威、当面の話で言えばローマ法王庁だ。

からこそ、フェミのある時点のゴールは、法王庁から男女同権を認めてもらうことだったし、LGBTのゴールも法王庁からお墨付きをもらうことだった。日本人からすると奇妙に聞こえるけれど、そこに(当面のではあっても)終着点があるから権利運動として終わることができた。全員が終わるわけじゃないんだけど、矛を収めるタイミングとでも言うべきものがあったわけだ。

日本には法王庁に相当するような「日本人全体の文化基調監督する、お墨付きを与える組織」が、一般的にはない(ことになってる)。だから闘争が終わらないし終結宣言も出せないんだが、唯一それに類似した機関が、東京都青少年健全育成審議会だ。ここは「父権社会がその暗黙裡の搾取精神を持って、あたか女性が性商品であることを認めるようなみだらな商表現をしてきた」現在を、規制する能力がある組織だ。だから、この審議会規制を強めれば強めるほど、ラディフェミ的には勝利度があがる。

今は我が国には第二の法王庁があるのだ! 最もこっちの法王庁女性のもの権利保護も推進もしない。(ここではその正しさをとわないが)基本的表現物を規制するだけだ。しかし、それが日本の学級裁判フェミニズムと最高に相性が良いのだ。ま、そんな東京都青少年健全育成審議会からみても最近規制してるものの多数はBLなんすけどね。

anond:20181115200146

たとえそうだとしてもギブアンドテイクの精神のない人とはやっていけないしこちらも人間なので傷つくし疲れる

ご機嫌とりのように扱われる人間気持ちも考えろよ

anond:20181115115801

ただ、PVに限らず、広告宣伝というもの一般的によく目にとまるようになっているものですから

興味を持っている分野であれば、初奪いより何年も前のPVでも目についてしまますし、

直前直後はテレビCMや街頭ポスターなどで「ああ楽しそう」「面白そう」「やってみたい」と思うものです。

これは、膨大な予算をかけて宣伝しているので、精神的な公害のような物とも言えますでしょうか。

食べ物広告だって飯テロだって、見ないようにしていても向こうから目の中に飛び込んできては、人々を苦しめています

食べて美味しく満足できれば何も問題ありませんし、

何年も待ってゲームを入手してプレイして来たいと支払いに相応する楽しみを得られたのであれば問題ありません。

食べられなかったり、奪われた場合は、食べ物の恨みという強い不快感に繋がりますし、

ゲームプレイしても、未完成だったり尻すぼみだったりRPGクリアしたときの十分なカタルシスが達成できなかったときは、

食べ物の恨みと同じように、膨らみに膨らまされた期待への恨みのように、不満の感情が爆発するのではないでしょうか。

anond:20181115071020

楽しそうな人を見て本当は楽しくないはずと自分を納得させるのは精神を守るために大切だよな

anond:20181115045907

誰かと話して理解してもらうことも大切だとは思うけども、

ケロリと治ることがあるとしたら、会話よりも投薬なんだよ。俺の実体験。

結局、脳の分泌異常に精神がひっぱられているだけだからね。

anond:20181115004633

しろ生きているだけで人に迷惑かけたり不快な思いをさせてるって奴

これだけの理由殺人容認する精神普通じゃないと思うぞ。ちょっと考えなおせ。

自分の国であれば思う様叩いて良いという風潮

少なくともはてブには確実にあるよね?

俺は自分のことをネトサヨだと思ってるし、リベラル的な政策や考え方に共感する事が多いが、一部ブクマカ発言には正直疑問と反発を覚える。

中世ジャップランド』とかい言葉を平気で使ったり、根拠薄弱意味不明日本disをしたり…。過激嫌韓嫌中家と何が違うねんと思う。

自分の国だから侮辱しても、こじつけで叩いてもいいと思うのは正直甘えであると思っている。「ネトウヨ並の精神性に堕ちてるな」と思ってしまネトサヨが増えたのは、立場を同じくする者として残念でならない。

2018-11-14

銀のイルカと熱い風

先日アイドルマスターシンデレラガールズの6thライブへ参戦しました。

Dya2のみでしたが全てにおいて非常に満足のいく内容でした。

個人的文句をつけるところは何1つないのですが、某SNSを見ているとやはり人によっては言いたいことがあるというか...この話題が出るのはもはや必然です。

なんでその曲でUO折るの?

終演→アイマス最高!→厄介報告及び色芸論争

なんか本当に毎回この流れやってます様式美になりつつあるというか、私にいたっては『これがないとアイマスじゃない』とすら思えてきています

さて、今回の主な『UO折るな』案件タイトル通り"銀のイルカと熱い風"みたいです。

ちなみに私は会場で行われていた「銀イルカで青振ってくれませんか?」みたいな企画で初めて「銀イルカは青推奨である」ことを知りました。

アイマスにおいて『青曲でUO』は荒れる原因の1つですが、今回もその例からは外れないようです。

銀のイルカと熱い風は本当に青?

デレステMVを見たことがなかった為確認したところ『おおむね青い』という印象でした。

おおむね青いと言った理由は、唯の黄色と智絵里緑色美波の水色が混ざった上での青だと思ったからです。

真っ青ではないけど青、これ見た上で何色振るべきだと思う?と言われたらまあ青、そんな感じの青。

渋々認めるみたいな言い方してますが、ゲーム内で視覚的に青を提供されているわけですから青を推奨する理由としてはもう十分すぎると思います

更に言うと歌詞にも「碧い」とか「海」とか「空」とあって青系統の色を連想させられます

なるほど、青いじゃん。

じゃあUOは間違い?

しか歌詞から連想させられるのは青だけではないです。

「熱い風」「夏」はギラギラ太陽が頭に浮かびます

何よりも「空と海の色も輝いている」という歌詞はまさしくUOが合うと思います

空と海は言わずもがな青ですが、空と海が輝くのは『夕焼けによって』なんじゃないかなーと思ったんです。オレンジ色に輝く空と海ってわけです。

そもそも夏の曲ってだけでなんかUO彷彿とさせます(しますよね?)。

あと単純にアガります。アガったらとりあえずUO勢は一定数いるはずなので、彼らの気持ち理解できるか否かは置いといてアガる曲であるというだけでUOからは逃れられません。

うーん、UOも合ってるかなー。

結論

ステージの上見ろ

色々こじつけ理由を書き連ねましたが、結局は自分がどう考えるかだと思います(私は企画の方からもらったUBと持参のUOどっちも振っていました)。

そして一番言いたいのは、客席よりもステージの上見た方がいいです。

いちいち客席を気にしてヒリつくよりもステージ上の演者に集中し応援してあげてください。

客が作り上げる一体感が好きっていうのもわかりますが、色んな思想を持つオタクが集うアイマスライブでそれが実現するのは難しいです。

だってお前、"in fact"でUO折ってる奴いるんだからもう無理だなって思うでしょ?

ちなみに

イルカですが、序盤は青がかなり多く時間経過でUOが増えていく光景はかなり綺麗だと思いました。「空と海の色も輝いている」をまさしく表しているように感じました。

UO非推奨者的にはUOがいるだけでブチギレ案件かもしれませんが、自分の思い通りにはならなかったけどあれはあれで良かったなーっていうなんでもエンジョイできるくらいの精神でいた方が色々お得なんじゃないかと思います

死刑のある国に住むと精神が腐る

から死刑に反対。シンプルだが真理。

でも死刑のある国で育った国民は完全に洗脳されてるから理解しようとしない

哀れじゃない?

[]ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

すごいぞなんと140点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。なんでサントラ買いたいくらいには良かったです。

ただその一方で実はこの映画感想を書くつもりは当初なくて、というのも自分クイーンリアルタイム応援してたファンではないからなんですよね。もちろん日本人普通に暮らしていればCMやら飲食店の店内楽曲クイーンの曲は耳にしてるし聞けば、あああれね! くらいのことは言えるんだけど。

でもどうせファンの人がたくさんレビューを書くと思ってたんで自分が書く必要はねえでしょうと、思ってました。

フィクションでええやないか

んだけど、実際見てみてその周辺の感想とか聞くと、もやもやした気持ちが募ってきたわけです

やはり133分という限られた尺の中では出来事を省略する必要もあったり、感情動線設計エピソードの順序入れ替えなどは行われているわけです。そういう意味でこれはノンフィクションではなくて、エンドロールにも書かれているようにフィクションです。

本国広報プロデューサーもそう発言しているんだけれど、コアなファンであればあるほどそういう部分が目につき、ニコニコ笑いながら(多分なんの悪気もなく)貶すという光景がなきにしもあらず。

実在人物フレディ・マーキュリーの伝記的な映画でもある以上仕方ないのだけれど、正解/不正解という視点がついてきてしまう。

オタクオタクゆえ仕方がない心性で「かー。しょうがないな、この部分もうちょっとこういう描きを入れてほしかったな。かー」「よくやってるけど30点!(地獄のミサワの顔で想像してください)」的な、本当は大好きなクイーン映画がすごく良い出来で嬉しいのだけれど一言わずにはおれないような。そういう反応多いのです。

気持ちはすごくわかるのだが、ソロで鑑賞にいったこ映画の後ろに行ったカップル男性が「あいクイーンのことになると早口になるよね」で、なんか、すごくいたたまれなかったのだ。

からこのレビューでは物語フィクション)としてこの映画おすすめします。

若い人もクイーン知らない人もちょっとしか知らない人も寄っといで。これはとても良い映画だったよ。知識なんていらないよ。単体で物語としてよかった。だから観るといいよ。そういうレビューです。

何もないという窒息

映画はフレディがクイーン前身バンドであるスマイルメンバーに声をかけるあたりからまりますデビュー前のフレディは当然まだ若く、瞳だけがギラギラした挙動不審青少年で、当たり前の話だけど何も持ってないわけです。

何も持ってないというのは、金も実績も名声も持ってないし、家庭ではなんだか居心地が悪いし、将来の確固たる保証もないということで、その何も持っていないという閉塞感が初っ端から強烈に描写されます

それがすごく良かった。

それは、この映画ロック界のスーパースター伝説偉人フレディー・マーキュリーを崇める映画ではなくて、何にも持ってないチンピラのフレディから始める映画だっていう鮮烈な意思表示なわけですよ。

野心を持った若者っていうモチーフ映画でも小説でもよく出てくるモチーフなのだけれど、若者は野心を持つってわけではなくて、それは全く逆で、財産らしきものは他に何も持ってないから野心ぐらい持たないと惨めでやってられないってことですよね。

作中で描かれるフレディがまさにそれで、デビュー後彼はすぐさまオレ様キャラを発揮し始めるのだけれど、最初デビュー前のシーンでは内気で繊細な少年なわけですよ。オレ様ってのは去勢だとすぐわかる。スカウトの前でも音楽プロデューサーの前でもでかいことを言うけれど、それは「いまは何者でもないチンピラだ」ってことを当の本人たちが痛いほどわかってるからにすぎない。

かに伝説バンドクイーンメンバー全員が稀有な才能を持っていて音楽に愛されていたのかもしれないけれど、でもそれは人間的な弱さを持っていなかったことは意味しないし、何も持ってないし、何も確かなことがない。将来何になれるかわからないし、不安だけど、弱みを見せるわけにも行かない。それって、青少年普遍的鬱屈だとおもう。そういう意味で、スクリーンの中のフレディは、たしかに観客席と地続きだと感じました。

生存戦略としての虚勢

から無駄に見栄を張り無駄喧嘩を売ってオレ様は天才なので何をやっても大成功なんだぞー! と嘘でも吠えなきゃならない。それは文字通りの意味で虚勢なのだけど、フレディはその意地を張り通して段々とスターへの階段を登っていくわけです。

生存戦略としての虚勢で、それがある程度以上に通用成功する。

からこそフレディは問題解決する手法として去勢音楽しか持たないわけです。下手に成功しちゃったから。そして、バンド内で揉め事が起きても、スポンサー揉め事が起きてもこのふたつで解決していくしかない。他のノウハウはびっくりするほど何もない。

でもその問題解決手法アーティストとして成功するために最適化されているために、フレディ個人内面の寂しさや煩悶を癒やす役には全く立たない。

溝ができつつある恋人であるメアリーとの間をなんとかつなぎとめようとするフレディのやり方は、小学性みたいに真っ直ぐすぎて、純真ではあるのだけれど多分恋愛検定で言うと偏差値43くらいでとてもつらい(っていうかお前隣り合った家の寝室の窓から明かりのオンオフ相手確認するとか昭和少女漫画クラスやぞ)。

バンドメンバーとの関係傲慢ワンマンが過ぎてギクシャクしていくが、こち解決傲慢&虚勢に仲間に対する甘えをトリプルでどん!! しているわけでお前よくこんなんで空中分解しないな?(とおもってたら分解した)という感じで、これまた辛い。こっちは偏差値41くらい。素直でない分2低い。つらい。

全体的にコミュ力中学生レベルでしょう(つらい)。

自分性自認ヘテロなのかゲイなのかで悩むフレディは、その鬱屈がたたって恋人メアリーとは距離を置くことになってしまうし、それをきっかけとして私生活が荒廃していくわけです。周辺に金をばらまき、ドラッグ乱交パーティーに溺れていくけれど、それで内面の寂しさは癒せない。

そもそも音楽&虚勢という生存戦略アーティストとしてのし上がることに特化しているので、私生活を豊かにするには役に立たないわけです。それどころかスターダムにのし上がればのし上がるほど、マスコミの下世話な視線に晒され、心無い詮索で私生活崩壊していく。仕事音楽)に逃げ込もうとするその弱い心が、事態を決定的に悪化させてしまう。

バンド危機だし、フレディは仲間からも「キミって時々本当にクズ野郎になるよね」といわれてしまう。スクリーンを見ながら「せやな」と言わざるをえないわけですよ。

フレディは、フレディの才能に殺されつつあるわけです。

でも、やっぱり、救いはある

この映画ふたり大好きな登場人物が居て、そのひとりはバンド精神的なリーダー?であったブライアン・メイ(演グウィリムリー)。この人の演技が、めちゃくちゃ良かった。特にセリフにならない表情の動きみたいなもので、映画の深みを何層も掘り下げてくれました。

喧嘩をした直後に浮かべる「仕方ないなあ」というような許容の表情や、ラストライブシーン中の「言葉にしなくてもわかってるよ」とでもいいたげなさりげない承認の表情など、どんだけバンドが砕け散りそうでも、メンバー音楽に対する愛を、演技だけで表現してのけた。ぶっちゃけすごい。

朴訥な、言葉は悪いけれど垢抜けない田舎者風のキャラ構築だけど、静かな思いやりと知性が感じられるっていう難しい役だったのにね。

もうひとりはジムマイアミハーバー。このひとは、当初クイーンというバンドプロデューサーから紹介された弁護士として登場します。契約面でクイーンを支えるためのスタッフのひとりでした。

出会ったその最初のシーンで(ヤング傲慢な)フレディからジムという名前はつまらないんでマイアミに変えろ」くらいのことは言われて笑いのもととなり、つまりコメディキャラ位置づけです。

でも物語中盤、フレディは誤解と癇癪からマネージャーであるジョン・リードを一方的にクビにしてしまうわけです。そしてフレディは、後任のマネージャーを「次のマネージャーはきみだ」のひとことで、その場に居たジムマイアミハーバー押し付けちゃうわけっすよ。

そんなの嫌でしょ。自分なら引き受けたくないです。だってクイーンの連中は音楽やってるとき以外は飲んだくれてるか喧嘩してるか女といちゃついてるかで、偉そうだし、わがままだし、人の話聞かないし、どう控えめに評価しても糞ガキ(主にフレディ)だもの

でも、ジムマイアミハーバースタジオ演奏しているクイーンを見て、引き受けてしまう。「わかった、やるよ!」といってしまう。それがすごく胸に詰まるシーンでした。

だってさ、たしかクイーンは(主にフレディ)は人の迷惑を考えないクソ野郎だけど、音楽の才能は本物で、それ以上に音楽と観客に対して真摯なのは見ててわかるんだよね。そこだけは本気で一切手抜きしないで、いいものを作ろうとしてるのがわかるのだ。

ジムマイアミハーバー弁護士としてのキャリアもあるし、こんなワガママ集団のお守りなんかしなくても十分生活できるはずでしょ。一方、クイーンマネージャーを引き受けるっていうのは彼らのツアーもついていくだろうし、各方面からの問い合わせやスケジュール管理もしなきゃいけないわけでしょう。それは控えめに言って、人生を捧げるってのとほぼイコールですよ。このわがまま集団を守って、彼らの盾になり続けるという意味だ。

立派な大の男の人生進路変更させてしまう、クイーン音楽のちからってのは、別段彼らの業績を知らないスクリーンこちらの素人にも、やっぱり分かるんですよ。そこで迂闊にもホロリと泣けてしまった。

(あとで調べて、彼ジムマイアミハーバー本人は最後までマネージャーを続けて、この映画制作にも関わったことを知って二度泣けました)

チャンピオンは誰だったのか?

フレディは前述の通り、性自認問題やら持ち前の癇癪から疑心暗鬼になって、「家族」とまで思っていたバンドメンバーを遠ざけて孤独になり、その孤独がつらくてより酒におぼれて生活がぼろぼろになっていく。

でもそういう最悪の時期を、元恋人メアリーの助言で断ち切ってバンドメンバーのもとに戻るわけです。

そこから映画クライマックスへ、復帰のための厳しいレッスンから1985年のライブエイドに向かっていく。自分HIV罹患していて余命がいくばくもないこと。でもそれでも「同情はゴメンだ。俺の望みは残りの人生音楽に捧げることなんだ」とフレディは仲間に言うわけです。

それに対する仲間のアンサーが「お前は伝説だ」と。

でもフレディは「俺たち全員だ」と応えてライブへとつながってゆきます。幾つもの和解があって、ライブ当日、フレディは素晴らしいパフォーマンスを見せる――というのがクライマックスの展開なわけです。そこで立て続けに流れる名曲の数々ですが、やはりひときクローズアップされているのが"We Are The Champions"という楽曲です。

おそらく誰もが耳にしたことがあるこの曲が名曲だってのはもちろんあるんですが、やはり、この物語の中では、すごく重いです。そして良かったです。

この曲は確か公開当時「傲慢歌詞だ」という批判を受けたはずなんだけど、実際映画館で、物語の中で聞くと、ちっともそういう曲には聞こえないんですよ。歌詞のものは「俺たちはチャンピオン勝利者)だ。今まで色々やってきた結果勝利者になった。敗北者に用はない。俺たちはこれからも挑むんだ」というもので、なるほどそう要約してみれば、傲慢にも聞こえます。とくに大セールスを記録した世界アーティストのそれともなれば、そういうやっかみを受けるかもしれない。

でも、そういうふうには聞こえなかった。

しろ、今まで自分たちがやってきた努力や行動のすべてを自分たちは自分たち自身に胸を張っているけれど、それを周囲には理解してもらえてない、“未だ自分たちは最終的な何かを何も受け取っていない”若者である自分が、自分自身に対して「俺たちは勝利者だ」と励ましているような、自分友達鼓舞するような、そんな曲に聞こえるのです。

しかに名声も金も手に入れたけれど、でもだからといってそれがゴールだなんて思わない。今現在環境は決着ではない、だから敗北者に用はない。もっともっとおれたちは目指す何かに向かって、求めていた何かに向かって手をのばすんだ。そんな歌詞に聞こえてしかたがないわけです。

人間人生の何処かのシーンで、自分を励まさずにいられない心境になるってどうしようもなくあると思うんですよ。

苦境にあっても、自分は間違っていない。今まで歩いてきた道は愚かだったわけではない。それを証明するために現在という試練を超えて、未来で何かを手にしたい。

そんな気持ち世界アーティストであろうともそこらに兄ちゃんおっさんであっても、抱くことはある。むしろそこらのおっさんやおばさんだからこそ、自分応援する必要がある。多くの観衆のそういう内面祈りのような感情を、本人に変わって歌い上げるからこそ大スターになれるんじゃないかと思うわけです。

から"We Are The Champions"という曲におけるWeは、フレディでありクイーンメンバーであり、ライブエイドの観客であり、そしてこの映画を見ている人間でもあるわけです。

それがとても良かった。この映画自分に関する物語として見れることが、とても良かった。

これらのことは別段クイーン情報を知らずとも、楽曲に対する知識がなくてもこの映画を見るだけで十分についていけます

この映画は、伝説バンドクイーンというのが居てその偉業にひれ伏すためのものではなく、かと言って歴史的事実に対して○×クイズをするための出題でもなく、音楽に深い愛を捧げた内気な少年プライドと虚勢を頼りに世界と戦った――そして最後には家族の元へと戻り偉大な勝利を得た。

そういうビルドゥングスロマン映画であって、あるいは中途半端知識のあるファンよりも、何も知らない世代や人々にこそ深く刺さるものだったと思います

女子高生女房がほしいか? 

私も田舎出身で、小さなコミュニティの中でノンビリとお馬鹿に育ってた。

その頃の話なんだが。

高校時代夏休み部活から帰ってくると、お客さんが来ていた。

60代くらいの上品そうな女性と、40代くらいの大柄で無口な男性だった。

母が、本家筋の遠い親戚である親子だと紹介した。

「ははあ、お盆さんが近いから何かそんな関係で来たのかな」と思った。

付き合いのない親戚のせいか、母は硬い顔をしていた。

女性は「部活だったの?」「何をやってるの?」と笑顔で聞いてきたので、馬鹿の私は「テニスをやってます。すっごく楽しいです。去年は県大会・・・」とかベラベラ喋った。

女性が「好きな人とかはいるの?」と訊くと、もう恋バナは女子高生人生の糧とばかりに、もっとテンション上げてベラベラ喋った。

「県大会で会った、○○高校の○○君はすっごいテニス上手くて、でも全然感じも良い人でー」とか。

「年上の男性はどう? 好き?」と訊かれ、

「いやーー!! 2歳上まではありですけど、それ以上はちょっとまだまだ!! やっぱり人生経験全然違うじゃないですか!大学出たり、社会人として働いてたり、自活したりとか色々してる人とかってやっぱりもう私とは考え違うはずですよね~人として精神成熟全然違うじゃないですか!!

そんな人、むこうも私になんて考え合わせられないだろうし、私もも全然出来ないし!! やっぱり歳の近い人と、人生の色々な経験を一緒に積んで~一緒に成長していくってのがいいかな~って、あっ○○君のこと言ってるんじゃないですよ!彼はもう人気者なんで無理無理!!!あっでも来週、合同練習で~」とか話してたら、向こうが「じゃあそろそろ」なんて帰って行った。

玄関で2人を見送った後、母親が急に私を抱いて被さってきて「ごめんなさいごめんなさい」と言った。

なんとあの女性は「私と息子を結婚させないか」と来訪したんだと言う。

馬鹿げてるとやんわり断ったけど、むこうは父の本家筋であんまり怒らせてしまうと地元立場が悪くなるため、「会わせるだけ」と私に会わせてしまったという。

「見た?あの白い顔ども。基地外の白よ。生きてる人間は夏は私やあんたみたいに真っ黒になるのよ。あんたも真っ黒な人と結ばれて真っ黒になって暮らしなさい」と母は私を抱きしめながらつぶやいた。

今の旦那は4歳年上だし、デスクワーク仕事で真っ黒でもないけど、おおよそ母の言う人だと思う。

自分のことを大事にすると世界が変わった、ただの私の話

私はこれまで、自分無能で、ダメで、最低で、クズ人間だと考えていた。

いや、厳密には、自分ことなんてどうでもよくて、どうでもいいと思うほど優先度の低い存在だと考えていた。

そう考えていた時期の私は、思ったとき風呂に入れず、飯も食えず、眠れず、学校にも行けず、課題もできず、仕事も手につかず、PC の画面ばかりを眺めている、廃人だった。

精神科には、行けなかった。

次のような思考根本としてあったからだ。

「僕にはなんらかの精神疾患があるだろうけど、そう思うのも自分の考えだし無視していいや。精神科に行こうと考えても無駄だよ。」

苦しい日が、何ヶ月と続いた。

自分の考えなんてどうでもいい」という強迫観念は、どこまでも私を蝕んでいった。

次第に、他人に助けを求めるようになった。

精神科に通う人のブログを見て、友人に「僕はね、自分ことなんてどうでもよくて、自分の考えなんて無視していいと思っているから、精神科に行こうにも行けないんだ。誰か、僕に精神科を勧めてくれないかな。勧めてくれたのなら、自分の考えを信じることができるから。」と言っていた。

一方でこの時期の私にも、たまに元気なときがあった。

元気なときは、「できたらいいな」と思うことは「よし、やろう」と意気込んで行動できていた。

元気なとき共通することも、実は気づいていた。

それは、「自分の考えを尊重していること」だ。

「いや、自分の考えをどうでもいいと思っているなら、自分の考えを尊重できるわけないだろ」

と思うかもしれないが、いや、「自分の考えをどうでもいいと思っている状態」がそもそも異常だったのだ。

精神が正常な状態では、自分の考えがどうでもいいとは思わない。

まりときには「自分の考えをどうでもいいと思わない状態」があったということだ。

このことに気づいてはいたが、「本当にそうか?」と疑い、「それもまた自分の考えだから信用できない」と考えている自分がいるのも確かだった。

気づき大事にする自分と、気づきを隠そうとする自分、双方が存在していた。

双方が存在していたからこそ、気分の波が激しかった。

ある日は気づき大事にする自分自分大事にするためのメモを残し、またある日は気づきを隠そうとする自分自分の考えを否定するメモを残していた。

そう、私が元気になりつつあるのも、自分大事にするためのメモを大切にすることが多くなったからだ。

もちろん、疲弊し余裕がなく、自己否定ばかりする日がほとんどだった。

その中でも、例えば週に一日でも、気づき大事にするためのメモを残していった。

そして、まず週に一日の自分を大切にする日を作り、次第にその一日一日を増やしていった。

自分を大切にする日が増えていくと、疲弊していた精神も楽になっていくのを感じた。

自分否定するのが大好きで希望を失っていた私は、自分を大切にすることによって生きる気力を取り戻した。

自分を大切にすると、自然と周りの人間も大切にできることに気づいた。

私の世界は、活気の満ちた色に染まりつつある。

カレーが原因で会社をズル休みした

転職してから2年、無遅刻無欠勤で勤めてきた。遅刻欠勤多いフリーダム業界なので比較的珍しい方だと思う。

カレーが大好きで、無印グリーンカレーに水煮大豆入れて朝ごはんにしようと電子レンジで温めた。

レンジから取り出して、アチアチの所を軽くスプーンで混ぜたら鶏肉が突如爆発した。

顔にアチアチのグリーンカレー大豆が直撃した。

パックしてたので目周りのみカレー爆撃を受けて死ぬほど目が痛かった。

急いで水洗いをしたが、右目周辺が赤い。

まさか火傷?顔に?しかも原因が鶏肉爆発?これから化粧しなきゃいけないのに?これ跡残る?色素沈着?まずは水で冷やさなきゃ。そのあとは乾燥しないように保湿?

とにかくパニクった。

で、会社に連絡して休んだ。

こんな馬鹿なことで。

水で冷やしたあと、抗炎症作用のある化粧水で1時間ほどコットンパックしたあと、セラミドワセリン塗って今に至る。

赤みはだいぶ消えた今、これ完全にズル休みということに気づいてしまって冷や汗がでてきた。

なんだか罪悪感で頭がいっぱいになると同時に、でもかなり軽傷とはいえ顔に火傷おったしとか色々とぐるぐる思考がまわってる。

体調悪くても、精神的に辛くても会社行ってたのに、まさかカレーが顔にかかってちょっぴり赤くなったから休むって我ながら頭おかしい。

こういう時に開き直れたらいいのに、そわそわしてしょうがない。

けど、今から会社行くのも中途半端すぎてなんだか嫌だし、こういうゼロジュウ思考ってメンヘラなんじゃとか悶々とする。

男×男、女×女のカップリング感覚の違いについて考える

はじめに

ここでの男性向けジャンル百合女性向けジャンルBLとして考えています

事の発端

ある女性向けジャンル界隈のフォロワーさんからこんなことを言われたことがある。

男性向けジャンルでのCP表記って受け攻め関係ないの?」

男性向けジャンルCPは要するに百合カプのこと。

言われてみれば、確かにCP呼称表記前後意識したことは無い。


男性向け(女×女)

例としてアイドルマスターで考える。

天海春香如月千早カップリング一般的に「はるちは」と表記される。

しかBLのように受け攻めは特にない。

内容を見れば春香千早もあるし、千早春香もある。

何故千早春香を「ちははる」表記しないのかというと、単純に「は」が2連続して言いにくいからだろう。

その為、受け攻めが前後しても「はるちは」表記殆どで、別段ちははるじゃねえか!との抗議の声も滅多に聴かない。

どうしても、絶対に、千早春香である表記したい人がするくらいだ。


女性向けジャンル(男×男)

対して女性向けジャンルではどうだろうか。

例としてアイドルマスターsideMにおけるBL、天ケ瀬冬馬と伊集院北斗カップリングを挙げる。

私はBLについての知識が浅いので、間違いがあれば指摘をして欲しい。

この両名のカップリング表記は冬北と北冬の両方がある。

当然冬馬攻めの北斗受けであれば冬北、逆になれば北冬になる。

勿論シチュエーション違いによって微妙に異なる場合もあるだろうが、基本はこのはずだ。

冬北表記で内容が北冬だとNGとなる。

また、地雷という概念存在し、冬北しか認めない、私は北冬が受け入れられないという人もいる。

そのため、BLにおける表記創作を作る人にも見る人にも重要だと言えるだろう。

参考:pixiv大百科

https://dic.pixiv.net/a/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E4%B8%80%E8%A6%A7:title

pixiv大百科でアイドルマスターにおけるカップリング一覧を見てみる。

女×女のカップリング殆ど表記統一されている。

シンデレラガールズミリオンライブでも基本的に同様である

言い方は悪いが絶対数の少ないなカップリングであれば、二種類のパターンがあるが、それでもどちらかに偏っていることが多い。

反対にsideMにおけるカップリング一覧は基本的に二種類用意されている。

記事の有無に関わらず表記存在し、そこにメジャーマイナー概念は無い。

考察

では何故BLでは表記にて受け攻めを表記しなければならず、百合では特別意識しなくてもいいのだろうか。

答えは単純で、「ペニス」の有無だろう。

ペニス」は棒であり、「穴に入れるモノ」だ。

以前BLカプ論争で、ペニスを入れるほうが攻めで入れられるほうが受けだろうと熱弁されたことがある。

入れる側を受け表記にしてんじゃねえ紛らわしいんだよ、と。

これに関しては賛否あるのかもしれないが、自分はそういう解釈でいる。

これを男女で置き換えてみるとどうだろうか。

男が女にち●こを入れる。

ピューリッツアー賞で発見されたある生物を除けばあらゆる生物に該当する。

BL的な観点で言えば、当然男が攻めになり、女が受けとなる。

ではこれが逆になるとどうだろうか。

男が女に入れられる、ペニスバンド使用したシチュエーションである

これは特殊性癖、アブノーマルに分類され、必ず表記されている。

受け入れられない人からグロ呼ばわりされる可能性もあるため、AVでもジャンル分けされている。

要するに入れる側と受け入れる側が同じ人でも、立場が入れ替わると別物になるのだ。

対して男性向けジャンル、女×女のカップリングではペニス存在しない。

当然、受け攻めを定義づけることが出来ないのである

一応精神的に優位に立っている、もしくは積極的立場を指して攻めと表現することもあるが、それも個々人の解釈に委ねられてしまう。

女×女でも入れるほうが存在する「ふたなり」というジャンルもあるが、そちらも前述のように特殊ジャンルに分類されるため、ここでは当てはまらないだろう。

以上が私の考察になる。

どの界隈にも様々な人がおり、私は違う考えだという人もいるだろうが、あくまで一つの考え方として見て貰えれば幸いだ。

ところで、この記事を書くにあたって気づいたことがある。

男性向けジャンル百合カプの表記ひらがなカタカナが多い印象がある。

対して女性向けジャンルBLカプの表記漢字検索避けの為の代替字、場合によっては絵文字使用されることが多い印象がある。

これはどういった理由があるのだろうか。機会があればこちらも考えてみたい。

人類が霊的に成長してポリコレ警察仕事がなくなったことで堂々の引退をできるような差別的発言描写がなくなったやさしい世界がくるのが先か、人類電脳化なりAR進化なりしてそういった発言された単語映像フィルターを掛けられるようになるのが先か、はたまた精神探査でそういった差別的思考をする人間排除できるようになるのが先か。。

モテないという言葉の悲痛さは、それが性的接触の少なさを嘆く言葉ではなくて、実際には性とはあまり関係なく、必要とされていない、人間的に重要存在ではないという自覚から来ているからだろう。

少年的なたとえならば、みんなのヒーローにはなれなくても、誰かのヒーローにはなれる…という夢さえ打ち砕かれて、存在するだけのなにかになってしまったような。

から、本当は性的な充足やサービスでは解決をみなくて、精神的な拠り所の方が必要とされているけれども、そういったもの独身者に適したものが少ない

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