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2021-05-19

anond:20210518221005

鬱に厳しい人 ✕

性格の悪いアホ ○

一口に鬱と言ってもその度合いやその人の能力によってできることは変わる。

場合によっては、お互いが不幸になるリスクがあっても、生きるために採用を勝ち取らなきゃいけない時もある。

フォロワーくらいの関係人間無責任一般論的な正論風ご意見を語ってもクソの役にも立たないどころか当人を惑わすだけだ。

本気で相手のことを考えているなら、病院とか就活エージェントみたいな専門家相談を勧めるべき。

まあ、文章読んでれば増田フォロワーに対してマウント取って「ああやっぱりアイツはダメなヤツだったな」ってしたいだけなのが透けて見えるし、真摯相手のことを考えようなんて意思はないんだろうけど。

anond:20210519002544

というかシンプルマスコミ専門家コメント裏取したうえで報じてくれればいいんだけどな。

セキュリティ上の問題だったら徳丸先生でもひろみちゅこと高木浩光先生コメント取ったうえで報じればよいし。(まあ今回はそこまで取ってしまうと、「仕方がない」となってしまうので聞けないわけだが)

実行した場合の法的問題もそれこそ下記共同通信記事のように弁護士いくらでもコメントしてくれるだろ。

https://this.kiji.is/767295272963997696

記者取材プロであっても専門的価値判断プロではないって話ないので、ちゃんとそこは詰めてほしいわ。きっかけは庶民感覚でも、庶民感覚記事書いて終わりというのは素人だよ。

2021-05-18

anond:20210518222953

特許出したら金とかでないの?

つーか実際に手を動かすのは知財専門家ちゃうんか

anond:20210516225443

まさに「リテラシー」の話ですが「科学リテラシー」ってそもそも何でしょう。

増田の指摘はとても重要問題提起ですが、「科学リテラシー」と「権威主義」という言葉

指す内容がそもそも一体何なのかという所を整理する必要があります

権威主義的(?)自己紹介ですいませんが、私はこの辺を専門にしている人間です)

◆「科学リテラシー」は「真実判別する力」ではない

「著名でない人が提案した手法から」「偉い人が否定してるから」でしか判別できないよな?

大前提として、科学リテラシーがあるかどうかは、”真実判別できたか”で決まるものではありません。

「何が真実かを正しく判別できる人」が「科学リテラシーのある人」というわけではないのです。

科学リテラシーにも色々定義がありますが、とりあえずWikipediaを見ますと (科学リテラシー - Wikipedia)、

個人としての意思決定市民的・文化的問題への参与経済生産性向上に必要な、科学概念手法に対する知識理解

というややこしい説明が出てきます。(一応アメリカ国立教育統計センター定義です)

先に言い訳しますが、ネットリテラシーなど「リテラシー」と名の付く言葉って、

ことごとく定義が大変難しく、「大体こんなもの」的な定義しかできないことをご了承ください。

とりあえず、”真実判別できる力”のような単純なものではないという点だけおさえていただければまずはOKです。

科学リテラシーとは、若干雑に咀嚼すると「科学とは」というもの理解した上で、

個人的、社会的場面で思考判断・行動などを可能にする能力のまとまりです。

ですから、「エライ先生達が言ってるから正しい!」は、まったく「科学リテラシー」ではありません。

  ※ちなみに、これに「異論は認めない」がつくと「権威主義」になるのだと思います

   あと、そもそも本来の「権威主義」はかなり限定的意味言葉です。

一般的に、エライ先生達が言ってることはなぜ正しいとみなされるのか」という背景を理解していること、

科学世界におけるエライ人がなぜエライのかを理解し納得した上で、”正しい”かどうかを

自分なりに判断しようとする姿勢こそが、「科学リテラシー」のある姿です。

ブコメのように「専門の異なる複数専門家クロスチェックしてとりあえずは間違いなさそうだと思われる」という姿勢はまさにそうですよね。

ですから、そういう専門性に対する信頼を持つ一方で、それを100%妄信するのも誤りです。

エライ先生も万能ではないから、間違うこともある、このエライ先生発言も、当面信じる程度に留めよう。

そもそもこのエライ先生はどういう根拠でこう言ったのだろうか」ですとか、

エライ先生の中には、時には利益に踊らされて根拠のないことを言う人だっている、

研究業績が少なくとも”エライ”ともてはやされる人も時にはいる、ではこの「エライ先生」はどうだろうか?」

など、「エライ先生」の、そして科学科学業界限界ちゃんと踏まえた上で、

冷静に情報を受け取れること、こういう力も科学リテラシーの一部です。

また、例えば「エライ先生」の発言裏付けるような情報を探したり、あるいは発言を覆すような

情報が出た時にもちゃん咀嚼できる力、それも科学リテラシーの一部です。

ですから増田

権威主義を使わずに信用に値する専門家を見つけるの辛くない?

博士取ってれば誰でもいいってわけではないんでしょ?

健康食品宣伝だって複数大学先生コメント出てきたりするよ

などは、まさしく科学リテラシーを持った姿勢の一つだと思いますよ。どの世界もそうですが、

リテラシーを持てば持つほど、簡単には断定できない問題も多いことに気づくものです。

そしてその上で、皆で「何が正しいか、それに基づいて我々はどうすべきか」を

建設的に話し合うことができる力も科学リテラシーには含まれます

◆「専門家を信じる」は「権威への盲従」ではない

もう一点だけ、別の増田 (https://anond.hatelabo.jp/20210517174206)が、

彼らが専門の訓練を受けて、種々の精査を学会で受けてると信じてるから

でもこれってそういった権威基本的に盲従してるだけなので、自分権威主義者だと思ってる。

とおっしゃっています。とても謙虚姿勢だと思いますが、

これは「盲従」とみなさなくてもよいと思います。これは「理解に基づく信頼」です (他にも言及している人がいますが)。

ある事象に対する専門家コメントと、ド素人コメントがあった時、

専門家から絶対に正しい!」と言い張ったら、確かにそれは「盲従」です。

「最終的に素人の方が意見が正しかった」という可能だって全然ありますからね。

ですが、専門家素人意見を全く同列に扱うのも、また非効率です。

素人個人的な経験や思い付きから言った発言と(若干失礼な言い方ですいません)、

専門家が、様々な科学的知見・理解をもと発した発言とでは、”現時点では専門家の方が信頼度が高いだろう”と

暫定的判断することは、効率的かつ極めて妥当判断です。それを「盲従」とは呼ばないと思います

(そしてそれはあくまでも「現時点で信頼度が高い」というものであり「絶対正しい」ではありません)

で、話がややこしくなるのはこの「現時点で信頼度が高い」という言説が、外野には思いの外受け入れられにくいということ、

そして、「理解に基づく信頼」と「権威への盲従」の間には、判別しにくいグレーゾーンも確かにあるという2点だと思います

この辺のややこしさを踏まえずに、安易に「科学リテラシーが低い!」と他者批判してしまう人が多いので、

科学リテラシー尊重権威主義」という誤解や嫌悪感が生まれるのではないでしょうか。

こうした誤解や嫌悪感を生まないためには「科学リテラシー」という言葉肯定的に使おうとする人たちにも、

適切な言葉遣いが求められるところだと思います

 ◆

科学リテラシーという言葉には、専門家を適度に信頼しつつ (疑うことも忘れずに)、一人一人の市民良識をもって話し合い、

一つ一つ合意を得ながら社会を構築していける、そんな姿を思い描いている部分があるんですよね。

もちろんこれは理想論です。ですが、そういう理想まですから視野に入れた科学リテラシーという言葉が、

科学リテラシーがある・ない”で、分断をあおるような使い方をされるのはとても皮肉なことです。

長くなりましたが、「科学リテラシー」とは、「専門家意見に盲従して判断すること」ではありません。

権威主義的態度はむしろ科学リテラシーの対極のはずなんです、本来は。

IT専門家が、当然に考慮しておくべきことってのはあるし、それができてないなら責任が追及される

そういうと

「よしならばその基準をわかりやすく示したまえ」

みたいな話になるが、それが簡単じゃないか裁判になる

とはいえ裁判になれば時間かけて言い分聞いて「これは仕方ないね」あるいは「これはサービスが悪いね」という結論は出るので、基準がないわけではない

権威主義」と「信頼」を分けるべき

anond:20210516225443

言っていることは概ね同感。だけど、「権威主義」と「信頼」は明確に分けるべきだと思う。

権威主義とは、「東大先生医師会会長なんだから言っていることは正しいに違いない」とか、権威のあるブランド名前を信じて従うべきという態度。だから権威を素朴に信じている権威主義者は、不祥事や失敗などで一度「裏切られた」という経験すると一挙に陰謀論者に転落する。

信頼とは、「ウィルスとその感染対策については専門家現場の人たちより分かるようになることは絶対に無理なんで……」など、自分知的能力について徹底的に謙虚になる態度のこと。そして科学である以上は専門家も時には間違えることを知っているが、素人自分よりは間違いが少ないのだろうから任せようという態度。だからたとえ専門家が間違えた判断をしても、陰謀論に転落するようなことは絶対にない。

「信頼できる専門家」の判断は難しいが、「現場を背負っている、あるいは経験がある」「陰謀論的なことを絶対に口にしない」「政局の話とは絡めない」などが基準だと思う。

anond:20210518135156

エンジニアが多いからやろ。

前提として接種番号あたりのデータの持ち方あたりを理解すれば、そんな単純な話ではないと理解出来るので。ひろみちゅ等の専門家がみんな留保付きなのもそのせい。

去年、一年後にどうなると思っていたんだろう。

去年の3月末にオリンピックの中止が決まって、1年以上。

オリンピック普通に開催する気満々だったメンバーたちは、

1年後の今頃にどんな未来を想定していたのだろうか。

少なくとも海外ヤバイことになっているあたりにはワクチンありきって専門家は思っていたはずだから

その接種システムぐらいはある程度は考えられたんじゃないかと思うんだけど、

こんなことになってるじゃん。

オリンピックやりたかったんだったらなんで何も考えなかったのって思ってしまう。

科学リテラシー権威主義を直結させてる増田は短絡的すぎ

科学リテラシーというのは科学知識をもって合理的になるか疑わしくないか判断する知識教養であってそのベース権威主義ではない

自分の知っている理屈知識に基づいて合理的おかしくないか判断する土壌のことを指す

生活実践していくとなると科学リテラシーを様々な領域で保持できる人間ほとんどいないため、疎い領域科学リテラシーが低い人間がそれを擬似的に実践するために権威主義的に行動してるに過ぎない

まり我々は科学リテラシーを育て判断できる知識教養を持った方が良いが、膨大な範囲からなる労力と知識がいるため完璧科学リテラシーを備えた人間になることは現実的でないため、自分の代わりにその領域科学リテラシーが高いと思われる人間盲目的に頼ってるだけである

余裕があれば自分勉強して理解できる領域を生涯を費やして拡大し続けるのが賢人だ

大多数の凡人にはそこまでの余裕がないため、自分よりその領域に詳しいと思われる専門家を頼るというショートカット実践してるだけに過ぎん

その大多数の行動結果や傾向を見て科学リテラシー権威主義である判断する増田の短絡さに溜息が出る

[]2021年5月17日月曜日増田

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2021-05-17

anond:20210517233340

厚労省医療労働専門家がいるところでIT専門家がいるところではないからなあ🙄

anond:20210516225443

科学リテラシー権威主義だと言うのはそんなに間違っていないが、その結論のために「偉い人」とか「信用に値する専門家」とかを槍玉に挙げるのは科学の表面しか見えていない、底が浅く説得力に欠ける論だ。

現代科学というのは「論文に対して査読が行われて出版される」という科学方法によって成り立っているのであり、専門家とかはその登場人物に過ぎない。

よって、科学リテラシーとは明らかに科学方法のものに対する理解である科学業界において専門家が信頼を得るプロセスや、どのような結果が科学的に正しい結果と見なされるかということ、それ自体に対する理解科学リテラシーだ。

これは「必要ならば追試できる」ことも当然に含むし、科学方法というプロセスが正しく機能しているかどうか確かめるには論文を読み漁ればいいのだが、一般市民が実際にこれを行うのは指摘の通り難しいので、その意味権威主義という言い方は一理ある。個々の専門家権威ではなく、多くの専門家により実施される科学方法というプロセス権威。これが科学権威だ。

余談だが、このように科学方法全体を権威と見なすと、STAP細胞のような事例を以て科学否定したくなるかもしれない。

しかし、それは例外だし、結局は科学方法論によって正された。

STAP細胞のような事例を使って科学のもの権威否定する主張をするのは、「犯罪が1件起きたか警察権威は失墜した」というのと同じくらい突飛な主張だ。

余談その2だが、確かに科学リテラシー科学という権威に対する理解信仰のことだ。

権威権威しかいから、それを信じないことも可能だ。

しかし、「どの専門家を信じればいいかからない」ならともかく、「科学というプロセスのものを信じていいかからない」という主張は、裏を返せば「自分が教えられている科学というのは嘘っぱちかもしれない」という主張である。それを主張するのは勝手だが、人はそれを陰謀論と呼ぶだろう。

anond:20210517191907

科学者が本気で騙しにかかったら素人にはなすすべもないのは脆弱性とも言える。

他の専門家時間をかけて矛盾点を見つけるまではどうしようもない。

ただ、いつか誰かが矛盾点を見つけることには期待できる。

anond:20210517174206

一種権威主義とも言えるけど、「権威だけ」を盲信しているわけではない点が違う。

科学分野は他の専門家による検証比較的容易なため、専門家を名乗る人はテレビ番組などでも発言は慎重になるので肩書信頼性指標にはなる。

からこそ悪意のある専門家でも、「◯◯は◯◯の効果が期待できると言われています」というような、

検証されても逃れられるように断言しない言い方を多用してミスリードを狙う。

また、専門家の主張に対してそれは、仮説として言ってるのか、事実として言ってるのかの峻別素人でも認識する必要がある。

まり主張のフォーマット意識して、仮説か、事実か、ミスリードを狙っていそうかを見極められる程度の能力一般人が持つべ科学リテラシー。

例を挙げると「空気感染してる可能性がある」という仮説と「空気感染するというデータはない」という事実矛盾しないし「空気感染するというデータはなくマスク効果は期待できない」はミスリード飛沫感染だとしてもマスク有効なので、

anond:20210517183655

実際の論文理解してなくて、著名な科学者の間で意見割れているので判断を保留したということだよね?

意見割れてるとかではなく専門家の間でも検証中という話だから判断を保留している。保留しても何の実害もないしね。

「著名」ってとこを強調したいようだけどそれは特に関係ない。

追記: ごめん正確には単に論文の内容を理解できないから、判断保留。ってだけだわ。結局オープン議論に何年耐えたか、ってことでしか俺には判断できない。

https://anond.hatelabo.jp/20210516225443

科学リテラシーって要するに権威主義って認識であってる?

違うんじゃない?

知識はもしかしたら教科書レベルでもいいのかもしれん。教科書に乗っているってことはまあ、数十年レベルでの検証に耐えたんだろうということは論理的に推察できる。

インターネットのおかげで調査やすいけど、調査した結果の情報が正しいかどうかも判断するには知識論理的推論の能力必要になる。

https://anond.hatelabo.jp/20210517173113

じゃあ結局科学リテラシーってのはその個人限界を超えたら何の役にも立たんのだな

科学リテラシー個人限界を超えて無限に役に立つものではない。

しかしだから訳に立たないわけではない。

運転免許を取ったからって自動車を100台同時に走らせられないけど、運転免許はとても役に立つのは変わらない。

これも論理的思考能力があればわかる。

anond:20210516225443

権威主義というか、これまで正しいことを言う実績を積み上げてきた人が

ここへきて間違ったこと(現時点では根拠のないこと)を事実として主張する可能性が低い

という、確率論だよ。

科学分野は社会学政治学と違って他の専門家による検証比較的しやすいから、実績の正しさは信頼性が高い。

学会大学内の政治が上手いだけでは教授にはなれない。

また素人向けのテレビ番組での解説も、検証が容易なものが多い。

そのあたりを理解した上で、この人の主張が正しそうと考えるのが科学リテラシー

あと、未知の事態に対しては、立派な肩書きがある人が言うこともひとつの仮説にすぎないととらえるのもリテラシー

知見のある人が言ってるのだから、現状わかっている事実との矛盾が少ないはずで、正解の可能性は高いがあくまでも仮説は仮説。

https://anond.hatelabo.jp/20210516225443

 これは科学検証可能性反証可能性についての議論ではない。

 「権威」という言葉に納得できないのであれば、われわれは、ある話題について、誰を、どの程度まで信じることができるか、という「実践感覚」を持って生活していると言い換えてもよいだろうか。

 われわれは義務教育教科書に書かれていることは概ね正しいと認識している。義務教育で教える内容はいわゆる「定説」として確立されたものであり、すでに複数専門家による批判検証を経て正統な保守本流知識としての共通認識が成立したものである理解しているためだ。初等教育過程で学ぶ知識の体系はほぼ権威による学びである。もちろん理科であれば実験をおこなうことによって、社会科であればフィールドワークを行うことによって、学んだことを経験によって確認する機会は設けられている。しかし学ぶ知識のすべてについてそのような検証を行うわけではない。教えられる知識検証可能であることを示し正当性担保するためと、検証する方法論を学ぶためである

 われわれは新聞TVというメディア情報が概ね信頼できることを知っている。しか100%信頼できないことも知っている。各メディアごとに信頼度は異なり、同じメディアの中でも話題や分野によって信頼度が異なるという感覚も持っている。BBCCNNのいうことは信頼できるがスプートニク大紀元トンデモだとか、岩波書店の出す書籍の内容は信頼できるが幻冬社の本は紙くずだとか、われわれはこのような無数の相場感覚実践感覚を日々の生活で養いつつ、またそれを以って触れる情報の真偽のグラデーション判断しているのだ。ここで見落とすべきでないのはそれら相場感覚実践感覚あくまでも「感覚」であって客観的基準ではないということである

 元増田への反論論文査読再現可能性、反証可能性を持ち出すのは筋違い議論である。それらは原理的な主張としては正しい。しかしわれわれは全ての情報についてそのような判断をしているわけではない。例えば「SARS-CoV-2は空気感染する」という言説を聞いた時、それを主張する論文に当たり、誰が書いたものか、査読は誰が行ったか、それぞれの研究者の業績等を調べて真偽度を判定するというのは「原理的には」可能であるしかしそのようなことをあらゆる情報について行うことは余程の暇人でなければやっていられない。多くの場合はその分野の権威とみなされる研究者論文信頼性があると判断した(あるいは信頼性がないと判断した)という事実をもって自身判断の参考にするだろう。すなわち権威による判断である

 初等教育で学ぶ知識の体系に照らして真偽を判断するということは可能であろう。しか初等教育で学ぶ知識の体系というのは権威による学びであったことを忘れるべきではない。その知識の体系全てについて実験などによる経験として検証したと主張できる人は少ないだろう。(あとで、検証することが原理的に可能であるとしても)我々はそのように<権威によって>「定説」として与えられたものをもとに真偽を判断し、その真偽の判断が他の人の言説にどのように現れるかを以ってその人に対する信頼度評価し、その信頼度においてその人の言説に現れた事象の真偽を評価するのである。そのような信頼と評価の積み重ねから真偽のグラデーション判断する実践感覚が生まれているのだということ、多くの生活の場においてその感覚依存しているのだということを忘れるべきではない。

ブクマカくんたら、素直すぎ!

科学リテラシーって要するに権威主義って認識であってる?」のブコメ見てて改めて思ったけどさ、ブクマカくんの中の結構なやつが素直すぎるし、スターをつけるやつらはもっと素直すぎるんだよな。

この素直すぎるやつってのは「科学リテラシー権威主義は当然違う」という、当たり前すぎることを大真面目で語ってる人らの事なんですけども。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210516225443  anond:20210516225443


元増田の話は、理念として、あるいは限定された極端に優秀な集団においては科学リテラシー権威主義が別概念なんだってのは当たり前の前提で、でも現実における大衆の振る舞いとしては、科学リテラシー重視というのは権威主義とほぼ近似の物として運用するしかないじゃんってことだろ。

もうちょい長く説明する?

本来科学リテラシーというのは各々が科学的に物事学習理解判断する能力の事なんてのは言うまでもない前提だが、俺ら大衆みんなが十分な叡智を身につけるなんて無理だし専門家だって専門以外の事についてはイマイチわかってないんだから知識の分業をせざるをえず、科学リテラシー大事しましょうといっても世の中の大半はあてになりそうな専門家説明を聞いてよくわかんなくても「なるほどー」って信じる以外にできず、それは権威主義と近似になってしまうよな、って話。

これは追記まで読まなくっても推測できる。


でも素直なブクマカくんたちは、前提部分の話をして、「リテラシー権威主義を同一視だなんて頭が悪い」みたいに言ってる。

あのな、一周遅れだぞ、その話。

「(可能ならば全ての命を大事にしたいが、リソースに限りがある状態では)見捨てる命を選ばなければならない」ってトリアージの話をしてる時に「全ての命は大事にしなきゃだめ!」って言うやつ。

「(民主主義は多数決と概念的には別であるが、実行できる政治システムとしては)民主主義は結局多数決である」って話をしてる時に、「民主主義と多数決を同一視するバカ!」って言うやつ。

そういうのと一緒だぞ。


ブクマカは素直というより傲慢さなのかもな。

ブクマカは他の奴らを二周遅れの大馬鹿だと思ってるから、一周遅れの指摘をしちゃうんじゃないか

世の中はどいつもこいつも、命を大事にすることも、民主主義多数決が本義的には別であることも、リテラシー権威主義の違いも本気で分かってないやつらばっかりだ、と思ってるんじゃないか

まり人を見くびらない方がいい。

そりゃあ、その辺がわかってない二周遅れの奴らもたしかにいるわけだが、果たして自分説教しようとしてる相手がどうなのかというのを、噛みつく前によくよく考えてみるべきじゃないですかね。

まあ、この科学リテラシーブクマページは、増田反論するにせよいったん考えて「増田の言いたいことはわかるが」みたいなコメもそこそこあるからマシな方だけども。

anond:20210516225443

ごめん。

俺もわかってないのではてな民はできたらバカにせずに教えてほしい。


単なる一般市民としての自分としては、高度な科学は何が正しくて何が正しくないのかは自分判断してないし、実際判断できない。

ワクチンは信じてるし、陰謀論には傾倒してないし、QAnonはひどいと思う。

でも自分がそう思ってるのは、朝日新聞とか毎日新聞とか権威のある新聞から多角的情報を得たり、著名な科学者の権威を信じてるから

彼らが専門の訓練を受けて、種々の精査を学会で受けてると信じてるから

でもこれってそういった権威基本的に盲従してるだけなので、自分権威主義者だと思ってる。

でもはてなの人はそれを権威主義者じゃないって言ってるのかな?

それとも自分みたいに著名な人や新聞を見るだけじゃなくて全人類はあらゆる点で専門家並みに努力をしなければならないしそう努力しなければならないって言ってるのかな。

自分バカからできれば教えてほしい。

釣りじゃないし、皮肉って言ってるわけでもない。

anond:20210516225443

表面だけしか見ない観察者にとっては、「科学の真理は疑いの余地のないものである科学上の論理は誤ることは無いし、学者ときおり思い違いをすることがあっても、それは論理規則を見損なったためである。」

...

世間の多くの人々、とくに物理学の初歩を学んでいる高等学校の生徒などは科学の確実性の起源について、このように考えているのである

...

少しでも反省したものは、仮説の占める領分がどんなに広いかということに気が付いた。数学者は仮説なしでは済まされないし、実証科学についてはなおさらである。そこで、

はたしてこれらのすべての構築が極めて堅固なものであるかどうかが疑われ、わずかの微風にあっても打ち倒されてしまうと信ずるようになった。こういうふうに懐疑的になるのも、また表面的な考えである

全てを信じるか、全てを疑うかは、どちらも都合のよい考え方である。どちらであっても我々は反省しないで済むからである

から簡単判決を下したりしないで、仮説の役割を念入りに調べてみるべきである

そうすれば仮説の役割必要であるというばかりでなく、たいていの場合は仮説が正当であることを認めるであろう。

...

仮説には多くの種類があって、ある種の仮説は実際に検証することができ、ひとたび実験によって確かめられたなら、多くの結果を生む真理となる。

またある種の仮説は、我々を誤りに陥れないで思考に拠り所を与える役に立つ。

また第三の種類の仮説は、見かけだけが仮説であって、実は定義規約が扮装をつけたに過ぎないということが分かるだろう。

(アンリポアンカレ 「科学と仮説」)

定常宇宙論者として今なお健在な人はフレッド・ホイルである。(*フレッド・ホイル2001年に死去。)

かれは1948年に定常宇宙論論文を発表し、それから50年を経た現在においてもなお健筆をふるい続けている。

...

…このように、定常宇宙論観測結果を取り入れるのに精いっぱいで、とても預言的能力を持つとは言い難い。そのため、宇宙論の分野では影響力を失っている。

ホイルの論文も、偉大な業績を持つホイルであればこそ受理されているのであって、私が書けば受理されないだろう。

しかし、全く無意味ではない。宇宙背景放射の塵起源論は、物理学としては原理的に否定できないかである。そのような変わった塵が存在するならば、ホイルのいうようなことが起こるであろう。

問題はそのような塵が実際に存在するかどうかであり、ホイルの提案に刺激されて、塵生成に関する研究が大いに進んだことも確かである

(池内了宇宙論のすべて」)


  • 科学者は仮説なしに仕事をすることは出来ないし、あらゆる仮説を信じたり、またあらゆる仮説を疑って見たりするような「無責任」な態度で仕事するべきではない。
  • 仮説の一部は実際に調べることができる、また一部の仮説は、科学思考の拠り所として機能する、また別種の仮説は、「規約」を言い換えただけの命題に過ぎない。
  • ある種の科学が確からしいのは、多くの先人がその領域を踏み固めてくれたからであって、まだ踏み固められてない領域、つまり仮説的側面が大きい科学領域がある。
  • 仮説的側面が大きい分野では、その論文の確からしさの基準として、「誰が書いた論文か」も、当然重視されるはずである。なぜなら、どの仮説を信じるかは科学者各々の責任であり、「誰を信じるか」は、「自分科学思考から踏み外さないための思考の拠り所」として機能うるから。

(追記分)

anond:20210516225443

権威主義を使わずに信用に値する専門家を見つけられる」能力を含めて「科学リテラシー」だろ。

権威主義科学リテラシーのない人間採用できる代替手段にすぎないんだから

科学リテラシー権威主義とするのは根本的におかし

anond:20210517114436

科学なので常に専門家が正しいと盲信する馬鹿」なんてそこまでたくさんおらんやろ

メディアにでてきたよくわからん専門家」がどんだけ断定的に言おうが話を聞いてなかったり半信半疑なのが庶民では

もちろん盲信する人間もいるんだろうけど

anond:20210516225443

現代学問タコツボ化ってやつです

いちおう流れでいうと、もともと権威からスタートしていって、そこから矛盾が生じて行って、結果的権威否定する、という繰り返しか誕生してはいるんですよ、学問

から一応は「権威批判する仕組み」はあります

だけど、仕組みがあるからといって必ず正常に機能するわけじゃない

というより、しょっちゅう不具合を起こしては修正し、を繰り返しま

 

いちおう、仕組み的には

とある権威権威に対する批判批判に対する批判批判に対する批判に対する批判>……

という具合に無数に積み重ねた結果として今の学問があります

で、結果として、今、誰か学者が言ったことに対し批判しようと思うと、その

とある権威権威に対する批判批判に対する批判批判に対する批判に対する批判>……”を、ある程度理解してないと批判できない

そうすると時代が新しくなるほど、実質的批判出来る人がすごく少なくなっていき、結果、批判が追い付かず、「言ったもん勝ち」がしばしば発生する

「新発見」にばっか注目してると、その手の「言ったもん勝ち」に振り回されます

というわけで制度現実においついてません

Twitterで専門の肩書しょっちゅう専門家発言してる人の全部の発言なんて、とてもチェックできるわけないです

そういう意味でいうと、Twitter上の専門家発言というのは「学問方法論に裏付けされている」わけではなく、あくまで「権威裏付けされている」だけです

昔はSNS自由発言しまくれたわけじゃないので、専門家発言する場所や機会は限られてて、そこでの発言に目を光らせれば、まだ少しはマシだったんですけども

はいってもネットのない30年前ですら、TVや雑誌の全部チェックなんて無理だしね

そのへんの感覚がないままに「科学には科学的な検証手段があるから違う」と一斉に囀るのは、ちょっとどうかとは思います

 

ただ、現実に追いつけないのは、そもそも権威批判する」という学問の態度そのものが元からそうだという面もあります

警察と同じですよね犯罪が発生してから手当てするように現実出来事が起きてから検証するのが学問というもの

そのへん踏まえて、科学を称してても「未来予言」の性格が強いものは疑ってかかるとか、対処方法はあると思います

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