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はてなキーワード: 死にたいとは

2020-06-07

年収100万ぐらい 一昨年ぐらいまでは1000万

午後の紅茶が腐ってた

死にたいっておもう テストコードを書きまくってる 細かいタイミング仕様調査

新しいのを開ける そんなこと気にしてられない 1行でも早く多くのテストコードを書き上げる

こういう順番でとか、この条件でとか もっとひどいのに成ると メモリー・・・とか様々な条件をひきおこして テストをするための環境づくり

 

準備が整ったらテスターさんと 戦争と協力

最後に立っているのは 開発(チーム)だ < ここでタイマン張ろうぜ

土曜の夜の増田平和だなぁ

死にたいとか疲れたとかメンタル系が少ない

うんこも土曜の夜は忙しいんだな

2020-06-06

一人って自覚した

この自粛で、人との繋がりが感じられた良かった!て言ってる人いるけど、

逆に、所詮自分は一人だって強く自覚して、

ある意味ラクになった。

独身子供もいない、周りの子持ちの友達は縁の賞味期限切れ感あって連絡もほぼしない、

実家の親が気にかかるくらい。

オンライン趣味友達は、所詮趣味を楽しめる場だけの縁だったんだなーって実感した。

から、無理して普通の人のフリして

生きなくていいんだって思えた。

仕事嫌になったら、人に迷惑かけない程度に辞めて、

死ぬまで好きに放浪する人生送れるんだなぁって思ったら、気が楽になったわ。

まぁ親兄弟を悲しませたいわけではないし、

積極的死にたいわけでもない。

積極的に生きてなくてもいいよねってだけだけど

こういうこと言うと、将来どうすんの?とか言われる。

自分は、それこそ10から、生きるの無理になったら死ねいいんじゃないの?と思って、

ずっと生きてるんだけど。

そんなの言うと引かれるのわかってるから

まぁどうにかなるさーて言って、結局呆れられるんだ。

「死」こそが真実の救いだ

なにもかもが「死」で終わる。

「死」こそが真実の救いだ。

人間は「死」を克服するために「神」を発明したが、もう「神」の役割は終わった。

なぜなら、現代は「生き過ぎる」社会になったからだ。

「死」こそが真実の救いだ。

「神」は死んで、「死」だけが残った。

「死」は全てを超越する。可能性の極致だ。

「死」こそが真実の救いだ。

「死」を選択できる社会にしなければならない。

眠るように安らかに死にたい

「死」こそが真実の救いだ。

作者が自殺未遂した漫画

オタシェア!というエッセイ漫画が好きだった

四巻で完結したときは寂しくてもっと続いてほしいと思った

オタク女性二人の同居生活の楽しさに私はわくわくした気持ちになって、オタク感覚共感して、もっと二人の生活の続きを見たいと思った

ただの読者なのにタキさんとさよりさんの関係性が心地よいと思った

私は夫と同居しているのだがやはり同性同士の心のつながりの感覚とは違うので、オタシェア!の女性同士の同居生活はやっぱりいいなぁ同性同士気があって……とちょっと憧れていた

タキさんとさよりさんはTwitterをしているので二人のツイートが読める

久しぶりに見てみたらタキさんのアカウントがなくてさよりさんのアカウントだけはあった

さよりさんのツイートを読むと同居生活を解消したことさよりさんが性的被害あい、心を病んでしまたこと、さよりさんもタキさんも自殺未遂したこと、タキさんがさよりさんが「助けて」と求めたとき無視したこと、タキさんがさよりさんの悪口を言いまくっていること等々とても酷い内容のことが呟かれていた

二人の幸せな同居生活漫画を読んでいたから、この結末には衝撃を受けまくった

さよりさんのツイート読むまでは二人は同居していて、今も二人で趣味を楽しんでいる生活をしているんだと思っていたか

ほのぼの、わくわくした世界から、血にまみれた泥々した嫉妬心や汚いお金の話や劣等感や……一気に闇の世界に落とされてしまった気持ちになった

いろいろと知ってからオタシェア!を読んでみたら

こうなると最初に読んでいたときと印象がぜんぜん違って色んな場面が結末に対する伏線に見えてしまった

タキさんが自分ネガティブキャンペーンをするシーン→自殺願望の表れ

さよりさんがタキさんがピンチときにすぐにお金の立て替えをしようと提案するシーン→タキさんがさよりさんに甘えて家賃を滞納する伏線

さよりさんの細やかな優しさが裏目に出てしまっているような悲しい気持ちになる。

それでも、さよりさんが同居生活人生で一番幸せときだったと言っている事実私たち読者にとっては救いだし、今読んでみても漫画の内容自体面白い。前とは印象が違うけど

しかし、さよりさんが今はタキさんのことが嫌いになってしまたことが悲しいし

タキさんがさよりさんと同居する前から嫌いだったと(嘘だと思うけど)言っていることやさよりさんの悪口を言いまくっていることは悲しい

さよりさんは元気になってまた穏やかな生活に戻れることを祈っている

人生理不尽ものすごくつらいことはどうしても起こるし、誰でもみんなつらいことを免れることはできないのかなと思う

このコロナみたいに、理不尽に不幸が襲いかかることは誰にだってあるんだと思う

私のような一般人人生大衆に注目されることはないけれど、タキさんやさよりさんは漫画Twitterを通して二人の人生楽しいところも死にたいほど苦しいことも私達に見せて教えてくれた

コロナの影響をもろに受ける東京に住んでいることもあり、何気ない日常がどれほど尊いのか、普通生活がどれほど幸せなのか考えてしまう。

切ないことばっかりだ

2020-06-05

金曜の夜なのに死にたい気分に襲われてる

多分暇になると死にたくなる

1年のうち3分の2くらいは死にたいなって思ってるけど

安楽死はよ

自殺したい

仕事ミスに気づいたけど、まだ誰も気づいてない

月曜日がゆううつ

首つって死にたい

公園トイレロープ持って行ったらどこにもドアノブがなくてスライド錠ばかりだった

電車死ねないリスクが高いのでパス

無能すぎて人生うんざりなので安楽死施設はやく作ってほしい

死にてぇ笑

単なる願望だが、幸せになれるお薬をやりまくって、幸福感の絶頂眠るように死にたい

びっくり人間ショーってあったじゃん

めちゃくちゃ未来過去カレンダー暗記してたり、ながーい桁の暗算してみせるやつとか。

あの人たちが発達障害者とかギフテッドだという確証はないけど、なんでびっくり人間番組が廃れたかって言ったら「カレンダー暗算スマホでできるじゃん」に行き着くんじゃなかろうか。シャッター記憶の人だってカメラがあればいいじゃん」となる。

人類史上でそれなりの期間重宝されてきた能力ITの力で必要とされなくなってる。

ブコメのいくつかがそれを指摘している。発達障害者にとって転職とまではいかなくても向いていた職業がどんどん減っている。

この流れが進めば今は”定型発達”側にいる人間だってどんどん不要とされていくよ。最初に切られるのは”言われたことができない人間”で、次は”言われたこしかできない人間”だ。定型発達はアドバンテージでもなんでもなくなる。他の定型発達者にできないユニークもの創造できる人間だけに価値があるようになる。

それまでにBIが普及すればいいよね。働きたくて尚且つ働くことに価値のある人間けが創造”できる世界になったらみんな幸せになれるかな。

坂本龍馬発達障害者だっただろうというエピソード当事者である自分も持ち出すのはあまり好きではないがあえて挙げてみる。

龍馬の陰で、龍馬になれなかった無数の向こう見ず人間が当たって砕けて命を散らして、歴史に名も刻まず微々たる成果だけを残していったと思う。

微々たる成果が塵も積もれば山となって、どっかで人類の英知のひとかけらになってるんだと思う。

自分発達障害当事者だ。

毎日必死に生きて、よい成果を出そうと働いているのに生み出すのは負の生産だったりすることも多々ある。元増田のように理解して工夫して向き合ってくれる上司迷惑をかけて、とっとと首にしてくれという自分と食っていくために会社にしがみつく自分がいる。早く死にたいと涙する日がある。

もう発達障害者価値が生まれる日は訪れないのか?

落ちこぼれの姉

わたしお姉ちゃんである。ただ妹よりも2年早く生まれただけのお姉ちゃんだ。明日死ぬかもしれないから好きなことして楽しく生きていようなんて自分勝手になんとなく残りの人生を生きてる、はっきり言って落ちこぼれお姉ちゃんである

妹は真面目に勉強をして試験を通り国が定めた資格を持ってたぶんわたし10倍くらいの給料を貰って毎日仕事をがんばっている。我ながらよくできた妹だ。子供の時から可愛がってきたせいで若干気の強い子にはなってしまったけど、社会でそれを出したりはしない。いわゆる世渡り上手だ。(誤解のないように書いておくがわたしこと姉と妹は仲が良い。わたしシスコンだと自負している)

かくいうわたし特になりたいものもなかったしやりたいこともなかったしなんとなく親に言われて行った学校を途中で辞め数年会社員をしていたが、なんとなくこんな毎日を続けてて楽しいのだろうかと思って会社をやめた。

しばらく休み満喫したけれど社会から迫害された気分になってなんとなくバイトを始めた。まぁ年収は多少少なくはなったけど割と好きなことに関する仕事だったので仕事自体は楽しく続けている。わたし楽しい世間から見たらわたしはどう考えても落ちこぼれだ。

わたし女の子として生まれたが、わたしが生まれた時父方の祖父に「男じゃないのか」と言われたという話を幼少期に母親からされた。当時母親父親との仲があまりよくいってなく自律神経を患っていて、わたしによく八つ当たりをしていたのだ。ここでも姉であるわたしは「妹をこんなかわいそうな目にあわせたくない」とその矛先が妹へは向かないようにがんばった。

幸い父親は誰から見ても妹を贔屓いていたし、母は妹に対して何を考えてるかわからない苦手意識が少なからずあったから、その八つ当たりわたしにだけ向いていた(と思う)こんなことも言われた。「あんたは私に似ているからお父さんに好かれてないんだよ」と。

そんな感じでわたしは幼少のころ自分が生まれたことを否定されていた。今では酒の席で笑い話にしているし当時も言われてそこまで傷つけられたという気持ちにはならなかった。元々わたしは明るい性格なのだ

ただ、人間というものは面倒なものでふとした瞬間に人生がいやになったりする。明るく元気に振る舞っていたわたしだが、子供の頃からどこか生きるのが億劫、早く死にたいと思っていた。生きているからには毎日楽しく過ごしたいという意識はあったが、それでもやっぱりたまに、わたしが生きている意味について考えてしまうのだ。

そういう時に思い出す。家族否定されてしまたこ命の意味はなんなのか。親だって落ちこぼれお姉ちゃんわたしなんていなかった方が楽だっただろう。わたしがいなければ家族円満だったかもしれない。(両親はわたしがまだ学生のころに離婚した)わたしがいなくなって悲しむ人がいるだろうか。わたしが生きたことを覚えていてくれる人はいるだろうか…

わたしには大好きなおばあちゃんがいた。おばあちゃん初孫であったわたしのことをとても可愛がっていてくれた。まだわたしが幼かったころ、「わたしは一番に生まれたから他の孫たちよりもなんだか損をしてる気がする」なんて何も考えずに言ってしまたことをおばあちゃんはずっと気にかけてくれていて本当に優しいひとだった。

そんなおばあちゃんが今年の初めに亡くなってしまった。母のことを苦手だったわたしは元々あまり母とは話さなかったがおばあちゃんが亡くなって少し話をするようになった。おばあちゃん若い頃の話だったり母が子供の頃の話だったり。

母は「私はあなたのことがわからなくて、おばあちゃん相談したことがあるの」と言った。母に理解されている気持ちは一ミリもなかったし、仕事を辞めることと相談しなかったしそのあとバイトを始めたことも何も話さなかったから(そうだろうなぁ)と思っていたけど、母は続けた。

「そしたらね、おばあちゃんが、「あの子には好きなことさせたらいいのよ」っていってたの。おばあちゃんが一番あなたのことわかってるのかもね」と。

その時はそうなんだって笑ったけれど、そのあと一人でこの言葉を噛み締めてわんわん泣いた。落ちこぼれで何もできなくて明日死ぬかもしれないから好きなことして楽しく生きていようなんて自分勝手わたしをおばあちゃんは「好きにさせてあげたらいい」と言ってくれていたのだ。

それはもちろん好き勝手生きていいという意味じゃないのは理解している。人に迷惑をかけて「いい」という意味じゃない。なんとなくわたしの心につっかえていたことがおばあちゃんにはわかってたっていうのがただ嬉しかった。

おばあちゃんはもうこの世にいない。せめてこの言葉ありがとうと直接言いたかったけど、それは叶うことはなかった。(某ウイルスのせいで病院の面会などが一切出来なかったのだ…)最後にあった日のことはよく覚えている。立つのもやっとだというのに病室の外まで見送ってくれたおばあちゃんの笑った顔は忘れない。

遺品の整理をしている母が「なにか欲しいものある?」と指輪ネックレスなど何個か持ってきてくれた。お洒落なおばあちゃんだったけれど指輪ネックレスは気に入ったものをずっと使うタイプだったので沢山はなく、その中からひとつの可愛らしい指輪を選んでもらう事にした。母は「それは最後入院してるときも病室に持って行ってたものから、きっとすごくお気に入りのものだったんだと思うよ」と言っていた。

(これはどうでもいい話だがおばあちゃんはとても小柄で150センチくらいの身長で40キロくらいしかなかったが、10cm以上背が高く指も太いと自負しているわたしの指にぴったりの指輪でとても驚いた。あんな小柄なのにしっかりした手をしていたんだ。そういえばおばあちゃんの家に遊びに行った時に食べるおにぎり世界で一番好きだった。本当においしいんだ。)

わたし落ちこぼれお姉ちゃんであるが、いまはおばあちゃんがついていてくれている。特別なにができるわけでもないし、明日死ぬかもしれないけど楽しく生きている。母はわたしのことをよくわからないと思っているし、きっとよくできる妹は口には出さないがわたしのことをよく思ってないこともあるかもしれない。きっとまた落ち込む日もあるだろう。でもわたし大丈夫

わたしは大好きなおばあちゃんが認めてくれた人生今日も楽しく生きていくよ。



(今日どうしようもなく落ち込んでてどうしてもこのことを何処かに書いておきたかったので…一気に思ってること打ったので日本語変だったらすまん)

尊厳死を望む人ほど、独裁制を待望してる気がする

低学歴からちゃんとした定義知らなくて尊厳死と言ったけど、寝たきりで長生きするより元気なうちにスパッと死にたいとか、親にもそうあってほしいみたいなこと言う人。

俺の狭い知見だけども。

失恋の辛さは時間解決してくれるとよく聞いたし、そうだと思ってた。

これまでの失恋以外の辛さは時間解決してくれたから。

しようねと口約束して実行されなかったこと、してほしいと頼んでしてもらえなかったことを、元カレが今しているのを見て辛い。

元カレが生きているかぎり、ずっと、してほしかったのにしてくれなかったことをし続けて辛くなるばっかりだ。

私に対してする価値もなかったと分かっていても。


初めて人を殺したいと思った。

元カレが死んで生命活動をやめたら、やっと辛さの堆積が止んで時間癒してくれるようになる。

私は死刑無期懲役かになって様々な悩みから解放される。

でも、元カレ家族が悲しむのは嫌だ。

顔も声も知らないけど、元カレ自身元カレの話からきっといい人なんだと思う。

私が死んだほうがいい。

そもそも、生き辛さは他にもたくさんあるのだから私が死んだほうがずっといい。

死にたい

2020-06-04

無能無能らしくすっこんでるべきなのか

氷河期なのでクソ上司列伝が書けるくらいクソ上司出会っている。

accessが使えねえとか

検索ができねえとか

フォルダの中にフォルダ作ればファイルが隠せると本気で思ってるやつとか

目の前にある書類いつまでも探してるやつとか

地図持たせたら鞄ごと地図忘れてくるやつとか

サイズ計らずに納品して商品が入らなくてキレてくるやつとか

いやもう一山幾らで測って捨てられるくらい無能がいた。

つらいことにそんな無能でもバブルとかゆとりとかだと氷河期わたしより就職状況がよくて上司である

死にたい。100年後くらいに金銀財宝に埋れて贅沢の限りを尽くした上で数寄屋造りの邸宅で絹の布団の上で横たわりつつ優しいメイドに看取られて老衰眠るように死にたい

前世で私はなにやらかし氷河期などに生まれたのか。

神は我になにゆえかくも無能上司を与えたもうたか

泣こうが喚こうが罵ろうが事態は変わらない。

そこで私は無能ぼんくら存在してくれるだけで己を有能で素晴らしい人間だと思わせてくれるありがたい人材なのだと思うことにした。そうでないとこの苦しみの人生やってらんない。

さて私はたまにすべての人間能力に応じて評価される素晴らしい世の中が来てくれないかと考えることがある。

無能ぼんくらろくでなし上司にならない素晴らしい世界。言った言わないで揉めないし計画性がなかったり常識を知らない上司のご機嫌を取る必要もない世界ハレルヤ

さてその「すべての人間自分能力にふさわしい待遇を与えられる世界」で、無能ぼんくらはどうなるのであろうか。

例えば世の中氷河期とか貧乏とか病弱とか不運とかで自分は恵まれねえし認められねえなあと思ってる人は居ると思う。私もその一人だ。私は自分ダメさをある程度自分責任だけでなく氷河期責任にしている。

貧困家庭に生まれてろくな教育も受けず親に殴られて育った人なんて、人生うまくいってなくてもその人だけの責任だなんて言えるだろうか。

しかしだ。

あらゆる人間が生まれた時からできうる限りあらゆるサポートを受けて成人したとしよう。

例えば発達障害なら療育サポートと薬が健常者と同じレベルになるまで与えられる。

近眼眼鏡かけるのと同じくらいのレベルになるとしよう。

貧困なら金を与えられるし愛情不足なら優しい里親に預けられる。そういう世界だ。

そういう素晴らしい世界において、人間の優劣を決めるのがその人間の才能と努力だけだとしたら。

無能はいったいなにを言い訳にして生きたらいいのだろうか。

あらゆるサポート教育を受け、平等努力と才能で評価される世界において、無能

「おのれは愚にもつかないぼんくらで救いようもない無能に生まれついたのだ」と思い知らされることになる。

だって努力もしたしサポートも受けたのだ。それでもなお成果が出せないか無能なのだ

世の中に不運とか逆境とか不公平とか、そういうものが一切なく能力だけで評価されるとしたら、その時無能と直面する人間はどうして生きていけばいいのだろう。

無能無能であるというプラカードでもぶら下げて生きていけばいいのか。

それはさすがにいくらなんでも残酷じゃないか

から私は一刻も早く「自分にだけ都合よくて甘くて上手いことやっていける時代にならないかなあ」といい加減なことを思うようにしている。

とりあえずボーナスくらい貰えるようにならんかなあ。

メニエール難聴女の備忘録

自己紹介

26歳(女)

メニエール病歴:10年目

発作回数:5回

難聴度:低(低音25dB、中音15dB)

耳鳴り度:中(高音が常時)


現状

5回目の発作(2020年5月後半〜)が過去最高に酷くて、まだ治ってない。

でも大分よくなってる、ゆっくりだけど。

そんでもって、治ると信じてる!!!

これ読んだ人、治るようにと、祈っててくれよな!!!



抗不安薬メイラックス)がガッツリ効いてる間に、近い将来の自分のために書いておくよ!


将来の自分への質問コーナー(人生編)

人生辛くて死にたいんだけど??

2020年5月31日(日)が人生で一番辛い日だったから、それと比べたらなんでもないはずなんだけど?どう?

その日はね、絶対この難聴耳鳴りが治らないと信じて、自殺しようとしていた日だよ!

え、覚えてない?まあ覚えてないならいいよ!


でもね、




てなわけで、




人生の目的がわからないんだけど??

自殺しようと考えていた26歳のお前が、出来なくて後悔してたことは、

でした!


今もこのままかな?

からそれが出来るまでは死なないようにしよう?ね?

26歳のお前は、これがやりたすぎて、死ぬのをやめたんだよ!

から、それに向かって努力しような??他のことなんかどうでもいいから、ね??


私不幸すぎるんだけど、人生不公平すぎん?

めっちゃわかるー!!

私もそう思ってた、12時間前ぐらいまで!

16歳でメニエール難聴耳鳴り持ちとかマジでありえないよね!不公平すぎるよね!

献血も行きまくりフードバンクボランティアしまくり、ゴミ拾いとかまでしちゃう環境保持野郎なのにね?

友達にも今時お手紙書いて郵便で送ってあげちゃうぐらいのナイスガールなのにね?

日常的に落ちたスズメ助けたりとか、落ちてるものはなんでも警察に届けちゃうガールなのにね?

お仕事もぶっ倒れるまで頑張っちゃうザ・社畜ガールなのにね?

わかるよー、めっちゃわかる!


でも考えてみよ、




結構ラッキーじゃない?

てか生きてるだけで丸儲けだからね?

糖尿病もないし、手足あるし、両目見えるし、ね??

虫歯お腹痛い?そんなもん無視無視!!!


疲れたしんどい

休め!!!めっちゃ休め!!!逃げて休め!!!

いか自分の心・身体は、自分しかケアできない!!

世界中の誰よりも自分を最優先しろ!!これは命令!!!

お前がぶっ倒れて死んでも、多分親以外誰も気にしてくれない!友達上司も誰も!

逃げろ、休め、めっちゃ休め、んでもって家族友達電話しろ!!


将来不安なんだけど??

不安になってもいいことないから、考えない!

26歳のとき、耳が治らないよ〜〜っていう不安で、耳鳴り悪化したの忘れたのかい??

もし自分コントロール出来ることがあるのなら、それだけを考えてやること!

不安になっても状況は悪化しかしない!!これ経験済みな!!


耳がまたダメになるのが不安なら、大丈夫自分最優先の生活ちゃんと送れていれば、ならないから!

もう26歳で最後にしような!


将来の自分への質問コーナー(耳編)

どういう生活送ればいい?



また発作起きたんだけど??

とりあえず、




以上!!!

この人生最大のチャレンジを乗り越えた私は最強!!なはず!!!


そして抗不安薬すげえな

2020-06-02

人生の不満について言いたい

よくある話だが、地元底辺公立中学自分は優秀だと勘違いし、自分は優秀である、そうでなくてはならないという願望が無視出来ないほど肥大化すると、それ以降の人生悲惨ものになる。自分の話なのだが。

大学選びでは大学にのみ拘り、就職を考えないといけない今、年収社会的ステータスのみに拘っている。しかし、大学入試AO入試という裏技を使ってどうにか切り抜けられたが、就職はそうはいかない。大学四年生の今になってアクチュアリーになろうと思い立ち、勉強を始めてみたが、優秀であるという自意識は、あくまで消せない願望であり、カルマであり、現実能力ゴミなので、全然問題が解けなくて鬱になっている。死にたい

人生をやり直せるのなら、灘や筑駒東工大一橋マッキンゼーゴールドマン・サックスとか言われても、全く反応しない、気にならない、勝手に負けた気分にならない人生を送りたい。そういう大学名や会社名を一切気にせず、気にならず、青春謳歌して、特段努力せずに地元大学に進み、地元企業年収400〜500万そこそこを得て、適当結婚する人生が良かった。

男女比が偏っている進学校に進み、男女比が甚だ偏っている大学に進んだ結果、彼女いない歴=年齢で、当然、童貞である。勿論、これは自分が低身長ブサイク低能隠キャなのが一番の原因ではあるのだが、例えば、地元雑魚高校だと、一番は無理でも、上位にはなれただろうから、それで少しはモテたかもしれない。大学ももっと偏差値が低く、貞操観念も低い大学に行けば、童貞くらいは捨てられたかもしれない。そういうifを考えて、毎晩歯ぎしりしている。

まぁ、でも、全部自分が悪いんよな。モテないのも容姿に加え、このゴミみたいなマインドがいけないし、優秀になりたいんなら人一倍努力をすれば良かったという話。結局、何事にも努力をせずに結果だけを欲しがった自分が悪い。

30歳 最後の 誕生日 楽には死にたいけど がんばって生きあがいたことが間違いですか?

2020-06-01

何のために生きてるんだろ

今年で25になるんだけど、年々楽しいことが減ってる気がする

何してもどうせうまくいかないとか大変なんだろうなとか先回りして考えて勝手にやる気を失ってスマホ見るの繰り返し

べつに死にたいわけじゃないんだけど、生きてる張り合いというものがあまりにも少ない気がする

悩めるのは幸せって事?

死にたいって程じゃないけど、最近身近で色々あって良くない事ばっかり考えて、グルグル同じ事を繰り返し悩んでる

その事を知人に話したら、「お前は幸せから悩めるんだ。本当に大変なら悩んでる暇もない。」と一蹴された

悩むだけ時間無駄なんだろうか

2020-05-31

死にたいわけ無いじゃん。

でも、選ばれるんだろ。

とくに、結婚を諦めました。いらね。っていいやすい。

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