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はてなキーワード: 死にたいとは

2018-04-25

iPhoneの画面が割れたことで見えた自分

今のiPhoneに替えてから二度目の画面破損だ。一度目は画面が割れただけで反応はしていた。しかし今回の破損は画面が表示されないレベルの破損であるもの大事しろと言われると耳が痛いが、わざとではないので大目に見ていただきたい。保険に加入しているとはいえ、出費が痛い。

iPhoneが使えなくなった今、いか自分スマホ依存になっていたかがよくわかる。ちょっと時間が空くとスマホを探している自分に正直失望している。

iPhoneを持っていなかった時代の私はどのように時間をつぶしていたのだろうか。いつから私は下を向いて生きるようになったのだろう。

ちなみに私は18歳の大学生なのだが、そんな若輩者が昔を語るなという意見は今はこらえていただきたい。

私が初めてスマホを手にしたのは中学生の時。それまでの私にとっての暇つぶしとは読書や、外で遊ぶことだった。しかし今はどうだろう、暇つぶしといえばスマホ一択という有様。いつから私はこんなにもスマホ依存になってしまったんだろうか。

私は中学生のある時からとある自律神経の病気を患って学校殆どいけない状態で、親にすら理解されない環境にあった。親に怒鳴られる毎日、家に居場所がなく死にたいと思う毎日を過ごしていた。そんな私の唯一の救いはスマホであった。

負の感情を忘れさせてくれる唯一の居場所であった。スマホがなかったらきっと今の私は生きることを諦めていたと確信している。

私のスマホ依存はここから始まったのだろう。一種吊り橋効果ではなかろうか。病気日常生活をする上で問題なくなった今も、依存は色濃い。

スマホを今失った今、割れたのも何かの縁、これを機にスマホ依存から脱却してみようと思う。過去を思い出しては負の感情が生まれ自分を変える意味も込めて。

スマホを持っていない時代を思い出そう。周囲の風景を楽しんでいたあの頃に、前を向いて歩くことの楽しさを。掌に収まる小さな箱の中の広大な世界から五感すべてで感じ取れる広大な世界もっと目を向けてみよう。肩こりとか目の疲れとか全く感じなかったあの健康体を取り戻そう。

スマホを使っている時間を他のことに充てたらどうなるか、今からとても楽しみだ。

とりあえず今日はもう寝よう。

anond:20180425000907

あれは死にたいだけで自殺したいわけではないでしょ

爆死とか憤死とか不慮の事故も込み

2018-04-24

あのとき死ねなくてよかった

小学校卒業して入った先は、神奈川田舎にある公立中。援助交際を行う女子先生ともめて暴力走る男子、学期ごとにターゲットを変えてクラスみんなでいじめ合う。教師教師部活の生徒に体罰を行う……。

メチャクチャに荒れてるそんな中学で、自分も虐めのターゲットになった。無視、陰口、暴力暴力エトセトラエトセトラ

不登校になれるものならなりたかったが、周囲に理解してもらえず、わたし暴力を振るわれるために毎日登校していた。学校を休むと親に叱られ、登校すればボコボコにされ、「死にたい」以外の感情を失うのにそう時間はかからなかった。

その後わたし自殺未遂を起こした。失敗して生き残りました。

そうして虚無を耐え抜き、学校をぽつぽつ休みつつもわたしはなんとか卒業した。卒業式では涙も出なかった。

そうしてまともな高校に滑り込んだものの、勉強する気が起きず偏差値は30を切り、先輩の名前も覚えないうちに部活をやめた。

中学時代いじめ抜かれたおかげでわたし精神はずたずた。無気力で、何もする気が起きなかったし、自分に何かできるとも思えなかった。

もういじめられるまいと周囲に適応しようと必死で、目線のすべてにびくつき、笑い声は自分嘲笑うように思えた。

いじめから逃げ切ってなお、わたし精神はぐらつき続けていた。

そんなとき熊本で大きな地震が起こった。そこで、被災した男の子が、よくある『季節外れの転校生』として隣の席にやってきた。

これがマンガなら不思議物語が始まるのだが、彼はごく普通高校生で、わたしによく話しかけて、よく笑っていた。

彼はドイツ人ハーフで、あだ名は『進撃の巨人からとってエレン。彼は復興に携わる仕事を目指していた。

 「――という訳で、この人は二回の戦争かいくぐり、生き残ったんですね。しかし周囲の人間や職を失い、差別に遭った――これは不幸でしょうか、幸福でしょうか。考えてみましょう」

英語の授業。教師の問いかけに、エレンわたしを見やった。

 「あまり辛い夜は、いっそ殺してくれたほうがまし、とか思いそうなもんだけど」

プリントを2つ折りにしながら、エレンはくすくす笑った。

 「それはよっぽど病んだ時だけだね」

瞳には真剣な色があった。

 「生きることに不幸なんてないよ」

エレンはよく笑う。

エレンクラスに馴染んで、しばらくした時のことだった。

 「揺れてる」

教室がざわめく中、エレンはまっさきに机の下に逃げ込んだ。わたしもそれに合わせて机の脚を掴み、体を縮めた。

この地方地震は少ない。揺れが収まってから一気にクラスメートが這い出てきて、ニヤニヤ笑いながら談笑する。揺れたね、感じなかったよ、なんて。いつもはひょうきん者の男子が怒鳴った。

 「放送がある!静かにしろ!」

 「携帯の電源は付けておいて。窓は開けたほうがいい」

神妙な顔つきでエレンが立ち上がる。学級委員長カーテンと窓を開くと、冷たく焦げ付いた匂いが吹き込んで来た。

やがて待機の放送流れると、エレンは立ったり座り込んだりを繰り返して落ち着かないようだった。

熊本地震の恐怖が癒えない中、避難先での地震。怖くて当たり前だ。

 「今日の小テスト範囲どこだっけ?」

エレンは気を紛らわすように、いつものようにわたしに話しかけてくる。教科書を持つ手が、ぶるぶる震えているのに気付いた。

 「……平気?」

 「大丈夫

 ――そんなに手を震わせて、何が大丈夫なもんか。わたしはその言葉を飲み込んだ。

傍にいたいと感じつつも、彼が経験した地震の凄絶さはわたしにはわからない。PTSDに苛まれエレンに、何と声をかければいいのかも。

エレンは真っ青な顔で自分右手を見やり、大きな目に涙をいっぱい溜めた。そして彼はそのまま、保健室に行ってしまった。

 しばらくして帰ってきたエレンは顔色が悪かった。早退するらしい。鞄の支度をしながら、神妙な表情で切り出す。

 「これ、余震かもしれない」

 「もっと大きな地震が来るってこと?」

 「うん。もし本震が来るなら、明日明後日

 鞄を取り去って消える背中を、わたし呆然と眺めていた。また明日、と言うこともできないまま。

空っぽになった隣の席を見ながら、わたしは何も言えなかった自分について考えていた。

わたしは生きる苦しみをエレンほどに知らず、生き残る美しさを知らない。

復興の進む故郷を懐かしむ彼が、生き残ることに不幸などないと言い切る彼が、手を震わせながらも変わらずに笑う彼が、人としていとおしくて、器と視野が小さな自分が汚くて、ひどく切なかった

エレンは死を前にしながらも必死で立ち直ろうとして、故郷復興のために尽力している。それなのに、いじめっ子たちから既に逃げ切った自分無気力のまま怠惰な日々を過ごしている。比べるようなことではないにしろ、情けなく思えた。

「このままではいけない」

モヤモヤが心に爪痕を残した。

高校3年生に昇級してエレンとは別のクラスになり、目線を交わすこともなくなった。

そしてわたしは、その年の夏にアメリカ短期留学する。

アメリカといえば、前年、トランプ大統領就任した国だ。人種差別的な主張を繰り返す彼が選ばれた土地。正直、有色人種として差別されるのではないかという恐怖もあった。

けれどアメリカは思いのほか楽しい場所だった。(まだ『お客さん』扱いだったか差別を受けなかったのだろうが)

アメリカにも慣れたわたしは、ホストブラザーショッピングモールに買い物に行った。そのおもちゃコーナーで、彼は短く呻いて足を止める。

「うわっ、ヘイトスピーチ……」

彼が手に取ったのは、真っ赤なパッケージカードゲーム黒人奴隷使役して儲けよう!みたいな内容。

ホストブラザーはかなり憤慨していたので、わたしは「自分差別されるのではないか」と懸念していたことを話してみた。すると彼は笑って、

「そんなこと絶対にしないよ、人間として間違ってる!肌の色や性別に、人間本質関係ない!」

彼は留学生ホストファミリーとして受け入れるくらいだから、あまり差別的な考えを持っていなかったんだろう。

肌の色と性別が同じ人達からグシャグシャいじめられていたけれど、海を超えた先でこんな人に出会たことが嬉しかった。

ホストブラザーとの別れの日はただただ悲しかった。頬を伝う涙を感じながら、やっと人間の心を取り戻してきたような気がした。

あれから1年。

いまだに私は人間不信が抜けきらず、人と上手にかかわることができない。過去の苦い思い出が脳内を駆け巡って鬱状態に陥ることもある。けれど、たくさんの人の温かさに触れてきた。

復興に尽くすエレン差別ダメだ、とはっきり口にしたホストブラザー

びくつく私を「あーしがあんたのこと馬鹿にすると思ってんの?そんなことするわけないじゃん」って笑い飛ばしギャルちゃん

成績を上げようと奮闘するわたしに、つきっきりで勉強を教えてくれた教員志望の男の子

誕生日に登校して、黒板に「〇〇、お誕生日おめでとう!」って書かれてて、みんなから祝ってもらったときには泣いてしまった。学校はもう地獄ではないと。

人間は人との関わりで傷つくことも高めあえることもある」、本当にそう思う。

今、わたし社会問題解決する仕事につくため勉学に励んでいる。

歪んだわたしを助けてくれたみんなのように、傷ついて「死にたい」って追い詰められている誰かを助けられるような人になりたい。

あのとき死ねなくてほんとうによかった。

自分への罰として夕食抜きにするのだ

おなかはすいてるけど食欲ないし食べるのめんどいからあいいのだ

このままちょっとずつ栄養失調になって死にたいのだ

もう疲れたのだ

anond:20180424175916

お金不自由から解放されたいだけじゃん。なんで死ぬほうにベクトルが向くの?苦しいとか生きづらいを安易死にたい表現する人?引かれるからやめたほうがいいよ。

できるだけ早く死にたい

稼いでも税金で持っていかれ、

年金は上がるのに給料上がんないし

なんつうか未来に対しての期待が持てない

早く死にてえな

楽になりたい

親が無くなったらはやいところ死にたい

anond:20180424165636

何事も程度だろ

お前と同程度の境遇なのに、かまってちゃん死にたいって言ってるヤツもいるし、笑顔だったのに急に自殺する奴もいる。

最後の一押しをしたら後味わるいだろうよ

死にたいという友達にかける言葉

最近、二人で飲みに行く友達が、仕事でかなり精神をやられていて、最近心療内科に通っている、という話を、飲みながらポツリと話した。

「もう、死のうかなと思う」

「俺が死んだらどうなるかな」

「死んだら楽になるのかな…」

そんな話をされたとき。どう応えるのが正解なのか。

俺が考えあぐねた結果、出た言葉は、励ましや慰労ではなく。

「辛いなら、そうするのも仕方ないんじゃないかな…」

だった。

30代で、安月給で、愛してくれる人もいない俺たちが。

この先、辛くない期間なんてないだろう。

人生は辛いことの連続というけれど。

それに見合う喜びがなければ、死を考えるのは仕方ないんじゃないか

友達と比べて、仕事の辛さはない俺でも。それでも何回も何回も、そんなことを考えたことがある。

友達が俺の言葉を契機に死んでしまったらどう、ということは、もちろん考えた。

ほとんど唯一と言っていいその友達が死んだら、俺は悲しい。とてつもなく。

だけど。俺はお前が死んだら悲しい。だからお前は、死を考えるほどの人生の辛さに耐えてくれ。というのは、ある意味自分エゴではないか、と思ってしまう。

から俺は、そう言うしかなかった。

2018-04-23

書きたかっただけ

自分も含めて酷い家族だな

DVがあるわけでも、とても悲しい事件があったとかではないんだけど、人として駄目な家族

私も全然大人になれない。

小さい頃から家族容姿や頭の悪さを馬鹿にされてきたから、未だに自分に自信が持てない。

兄が出来る子だから比較されてきた。

可愛がられてきた記憶もあるけど、物心つく前から両親はギャンブルに出掛けて、その間はフラストレーションの溜まった兄から軽度だけど暴力振るわれる毎日

母に言えども子供解決しろと言われ続けた。

小学校中学年辺りから晩御飯も用意されなくなって、両親が深夜に帰宅してからのご飯が殆ど我慢出来ない場合カップ麺を食べろと言われていた。

母は共働きをし始めてから殆ど家事と片付けをしなくなった。

働き始めてからは半ゴミ屋敷みたいな家で暮らしてた。

そんな状況の中育った私はとても捻くれた。心もいつだってスギスしてる。

生きていく内に多少成長は出来た。昔は誰かと一緒じゃないと行動出来なかったけど、今は一人で外食出来るまでになった。

常に誰かに馬鹿にされてるんじゃないか気持ち悪いんじゃないかと思って、人の目線を気にしていたけど、今は人の目線を余り気にしなくなった。

外見も髪を伸ばし続けて顔を見られない様にしてたけど、前髪も短くしてオシャレもする様になった。

友達も沢山ではないけど、両手以上には出来た。

それでも肝心の精神面が全然成長しない。

心を広く持てない。短期癇癪持ち

自己顕示欲の塊。すぐに怠ける。

人前では出さない様にしてるけど、心の中でイライラしてる。

こんな自分が本当に嫌。

なんでイライラするんだろう。なんで嫌な気持ちになるんだろう。なんで広い心を持てないんだろう。

それを全部家の所為にして逃げ続けてる。

全部じゃない。全部じゃないし、自分が成長する努力を怠っているからだというのもわかってる。

でも今から性格ってどう変えればいいの?どうやったらイライラしなくなるの?常識モラル理解して自分価値観は変えられても、心を明るくする方法がわからないよ。

知り合いに裕福な家庭でずっと褒めらて育った子がいるけど、とてもポジティブで心が健やかなんだなって感じる。性格もさっぱりしてるし、人生楽しそう。

対する私。今更嫉妬はしないけど、良いな。って思ってしまう。

褒められる事って良いな。自分肯定してもらえるのって羨ましい。

全部じゃないかもしれない、でも、本当に、親からの影響って多少はあるんだよ。

同じ状況の中でも私と違ってしっかり前向いて進んでる人もいると思う。

それでも、少なからず傷付いてるよ。

こんな自分からこそ、子供に同じ様な事をするのが怖いから。一生子供を産む気にはなれない。

母親を出来る気がしない。

ずっと、ずっと思ってるけど早く死にたい

社会ゴミみたいな自分が年老いても幸せになれる気がしないから早く死にたい

今がね、一番幸せなんだよ。幸せピークって言っても良いかもしれない。

からその間に死にたいね。

自ら死ぬ勇気も無い臆病者だから、早く死ねる事をずっと祈ってるよ。

どこかにずっと吐露たかった。

全然成長してないけど、それでも死ぬ迄に内面は難しくても、社会的な成長出来るように頑張ろう。

文書力無いから全く纏まらなかった。

死にたいって強く思っているわけじゃない。

でも、生きるのをやめたいとか生きるのを休みたいって思う。

部屋が汚い。ゴミゴミ箱に入れなさいって言われたかゴミ箱に入れてたらゴミ箱がいっぱいになった。ゴミ箱がいっぱいになった時はどうするんだっけな。分からない。

通販ものを買うから部屋がダンボールとプチパチで溢れてる。片付けようと思ったら間から虫出て来て心折れた。ほんと無理すぎる。今日無能で辛い。死にたい死にたい

2018-04-22

ワイ「はぁ…もう死にたい…(PCポチー」

PC「止まるんじゃねぇぞ…」キボウノハナー

ワイ「アハハ!」

死にたい気持ちを何度も自分を殴りつけて、どうにか発散させてる。

あと30年

ごめんなさいね奴隷がお寝坊して。

今日洗濯物が少ないのでお寝坊していいかなって思ったけど

電話が掛かってきたので起きざるを得ませんでいた。

何時だと思ってるの?

どうやら奴隷洗濯をしないこと。窓のシャッターを開けない事に怒った様です。

ごめんなさいね奴隷がお寝坊して。

ごめんなさいね。少ないなって思って勝手選択をしないでいいと思って。

ごめんなさいね

ごめんなさいね

これがあと30年続くのかと思うと気が長くなってしまう。

多分この生活が始まって5~10年だと思うけれども、あと30年だと思うととても長い。

最近、月日の流れの速さを感じたけど、とんでもない。

年月が経つのはとてつもなく遅い。

あと30年この生活が待っているし、それ以上に厳しくなるのだろう。

こういうことを表では言えないけれども早く死にたいな。

あと30年もこんな生活が起きるのかと思うとそれよりも先に死にたい

長生きなんかしたくない。

積極的自殺はしないけれども、消極的に死を望んでる。

いつだって望んでいます

愚痴ってごめんなさいね

動かなきゃ。怒られる前に働かなきゃいけないと思うけれども

一瞬たりともその姿を見たくもないし、声も聴きたくない。

誕生日なんて嬉しくもなんともないけれども

このカウントダウンが減っていくのだと思って喜ぼう。

さぁ、今日も一日働こう。

奴隷から

死にたいというか眠って目覚めたくない

2018-04-21

anond:20180421192314

自分死にたいときは度々ここに書き込んでる。たまにはてブトラバで救われることもあったり。瞑想しろという人は非表示にするのがポイント

anond:20180421141653

似たような状況に陥って死にたいと思ってた人間だけど

死ぬほど苦痛だったらクビ覚悟で戦った方が良いよ

そこまでじゃなかったら、その上司への返信に異常な時間をかけてみ

返信が遅いって言われたら、早くするために必要なことを教える

それでも納得してくれなかったら、上司上司へ直訴してみ

無能高齢者結構あっさりリストラされるもんだよ

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