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はてなキーワード: 死にたいとは

2017-07-28

現実が辛すぎると現実逃避すら面倒くさくなる

なりません?

結局現実逃避してても辛すぎる現実が常に頭によぎって集中できない。

寝ている時間けがわたしを裏切らない

死にたい

2017-07-27

死にたい

結婚して、ずっと実家暮らしだったところから引越して慣れない家事に奮闘しながらそれなりやってきて、苦戦しながらも新しい仕事を得た

新しい職場に慣れるのは大変で、ある日会社にいけなくなって、それでも心療内科に通いながらなんとか立ち直ってきた

夫は、だらしないところもあるしゲームが大好きで少年みたいだけれど、優しいし家事も手伝ってくれる

共働きお金に困らないくらいの人並みの生活はできている

満員電車にもようやく慣れきた

でも今日会社を休んでしまった

罪悪感

またあいつは休んだのかと上の人たちに言われるのだろう

悩みが解決されたと思ったら、今度は上司との関係に悩むようになった

夫が気がつかない細かいところに気がついて、わたしがせっせとやって、気がつかない夫に当たり散らしてしま

こんなに頑張ってるのに、もっと認めてほしい

でも、世間からみたら、甘えなんだろうなとおもう

世間は暗いニュースばかり

少子高齢化ワンオペ育児介護離職に、貧困家庭に、毎日起こる殺人事件に、政府のどうしようもない国会のやりとりに

わたしは神経質で心配性で、将来に対しても悲観な気持ちをいだいてしま

見知らぬ人のために保険料を払うのは馬鹿馬鹿しいけれど、病院に通う自分は誰かに助けられてることは情けない

生きてても仕方がないとおもう

楽しくない、なんのために生きてるのかわからない

生きるために仕事しなきゃならない

人間関係からは逃れられない

自分で現状打破できるほどのバイタリティも行動力もない

中途半端で凡人な自分

夫に迷惑をかけて、心配させている

情けない

生きててほしいと言われる

幸せことなんだろうと思う

でも誰かのために生きることは誰かに期待することだし、自分のために生きるほど自分のことが好きになれない

家で死んだり電車に飛び込んだりするといろんな人に迷惑がかかるから、どこか遠くに行って海や山で死のうかな

2017-07-26

今日疲れた

実習もまだ始まっていない看護学生で、社会人に比べたら体力的によっぽど余裕があるんだけど、精神的に疲れている。国家資格欲しさから興味もない看護大学に入るんじゃなかった。そりゃ入ってから色んな経験や人との出会いキャンパスライフを送ることができたが実習に備えての膨大な課題勉強が耐えられない。今ですら心が折れかけていて気が付けば死にたいと思っているのに、これから実習。愚痴をこぼしつつも乗り越えられるのかな。こんなに疲れるなら死にたいなあと自殺方法について調べたりするけど大丈夫なのかな。大学カウンセリングを利用して、自分を整理しよ~

まれてこのかた浮気不倫を一度もしていない

死にたい

就活苦しいです。

今年は最高の売り手市場だと聞いています

でも未だに内定ゼロです。

オワハラが横行していると聞いています

でもオワハラどころか、書類選考か、一次選考で落ちてしまます

確かに自分に非があるのはわかっています

知人100人に聞いたら100人が頷くぐらい、私は変わり者です。

でも、何が変わっているのか、正直わかりません。

普通に振る舞えば…の普通って何ですか?

そこそこ有名な大学に入って、

そこそこ有名な研究室に入って、

ちょっと就活タイミングを逃してしまって、

内定ゼロの苦しみを分かち合える相手がいない。

内定が貰えない。

普通に振る舞えない。

誰かに訴えることもできない。

同時並行で進めている大学課題が進まない。

でも一番苦しくて、辛くて、死にたいと思うぐらい悲しいのは、

「誰にも必要とされていない」という事実です。

2017-07-25

会社やらかし

LEAD WIREって書いてあるから鉛だと思ったんだ、、、リード線って何なんだよ、、、、損失いくらになるんだろう 死にたい

naoyaはてなダイア...

2017-07-25 09:32

■ A さんの件についてAdd Starnetcraft3 (blue)gorilla-boots (green)s-wool (green)karma_tengu51ochikobore1234

以下、A さんとします。

A さんとは 2015年終わりくらいから徐々に、本格的な交際関係に発展していきました。それまでも A さんとは体の関係はありましたが、都度の関係性で、まだ交際関係にはありませんでした。当時 A さんが何度かプライベートのことで落ち込み、死にたいということも含めて私に相談することがあり、それをケアするようになってから関係が深くなっていったように思います彼女は非常に知性的で、私の仕事の話もよく理解してくれることに魅力を感じていました。

しかし既婚者であり離婚は考えてはいなかった私は、彼女人生責任を取ることができないとわかっていました。それにも関わらず関係を深めてしまったことが、最終的に A さんを大きく傷つける結果を招きました。本当に申し訳ないことをしました。

私は A さんに好意を持っていたもの離婚は考えていなかったため、A さんから自分たち関係は何なのかを質問されるようになっても、よくはぐらかしていました。2016年 2月頃、その私の態度に悲しんだ A さんがリストカットを行ったため、私は慌てて、私たち交際関係にあると伝えました。自分精神面で支えてあげなければいけない、そう思って交際することにしました。今思えば、この頃自分がそれ以上踏み込むことをしなければ、A さんをここまで傷つけることにはならなかったのではないかと思います

婚姻関係にありながら A さんと交際する中、私は A さんにお酒の席や LINE などで、家庭の悩みや愚痴を打ち明ける機会が増えました。その愚痴には誇張も多数含まれています。今回 A さんが書かれたブログには、その打ち明け話を元にした妻の姿も記載されていますが、それらは実際の妻とは異なります。私は、私が原因でうまくいってない家庭の悩みを妻のせいにして、それを A さんに伝えてしまっていました。その話が膨らんで、妻の虚像の元になってしまっています。妻はクレジットカードブラックリストにも入っていませんし、浪費癖もありません。自分で働いてコツコツと貯めたお金開業資金に、最近起業したばかりです。私の放言が A さんに妻を悪く思わせてしまっただけでなく、起業したばかりの妻のパブリックイメージも大きく傷つけることになってしまいました。自分自身の失敗をきちんと見つめることができず他責にしてしまう、私の人間としての未熟さが出てしまったと思います

A さんと私が以前から体の関係があったことは先に記したとおりです。当初は A さんも私も双方で避妊をしていました。そのうち、Aさんが避妊しているので私の方は避妊をせずに性交渉をするようになりました。A さんはちょうど私と関係が深まったころに、Aさんの避妊を止めました。私はそれを知りながら、かつ妊娠可能性もわかっていながら避妊なしでの性交渉に及びました。何度か避妊をしたいと A さんに伝えたこともあったのですが、日頃 A さんの申し出を否定すると A さんがリストカットに走ったり、ネットに私のことを公にすると迫ることがあり、それが怖かったこともあって結局は避妊せずに性交渉を続けてしまいまいした。

2016年9月ころ、A さんは妊娠して中絶しました。この妊娠中絶事実を私はその後もしばらく知りませんでした。A さんは私を制裁するためにブログを以前から用意していて、喧嘩になるとそのブログを公開すると私に迫るようになっていたのですが、後の 2016 年12月に、会食で私が A さんの LINE に応答せずにいたことで私がいなくなると恐怖した A さんがブログ公開しました。それを読んだことで妊娠中絶のことも知りました。本当にブログを公開されたことは怖かったですが、それ以上に、妊娠中絶のことにとても驚き、後悔の念でいっぱいになりました。A さんに謝罪をし、二度と同じことを起こしてはならないと考えそれからしばらくは、性交渉もつことをやめ、A さんと会う際はお茶食事のみに留めるようにしました。

しばらくして、再び A さんと性交渉に及ぶ機会になった際、私は避妊したい意思を申し出ました。しかし A さんは、再び子供妊娠して次は中絶せずに生むことを決心していたため喧嘩になりました。このとき妥協案として、せめていつまでか時期を決めてほしいと問われたので、私は A さんが就職する 4月までは少なくとも避妊しようと打診しました。この会話が A さんにとっては 4月になったらまた子供を作ろうと約束した、という認識になったようです。約束できないなら約束できないで、はっきり NO と述べれば良かったものを、ここでもまた相手の反応を恐れて曖昧な返事をしてしまう私の悪い癖が出てしまいました。

この当時には、私は A さんとの関係を今後どうしていくか悩んでいました。A さんのことを支えたい気持ちはありつつ、離婚することは考えていない。その中途半端な態度が A さんを傷つけ、A さんに私を制裁したいという感情を抱かせて喧嘩になってしまう。これの繰り返しでした。

やや話は前後しますが同じ頃、2016年10月に、私と A さんが外で会っているところを盗撮した数十枚の写真が妻の元に届きました。その送付先は、すでに退職済みであった妻の元職場でした。元同僚が中身をみて驚き妻に転送したようでした。妻は狼狽していました。予想外のこと驚き、怖くなった私は、この件をきっかけに区の相談所などに相談をはじめました。その勧めで、警察相談することになりました。

警察では、A さんとの関係解消をするに伴う制裁が怖いなら、警察彼女を連れてきてその場で警察官立ち会いのもと話をすれば良い、とアドバイスされました。これが後に、私が彼女警察に連れて行く動機になりました。

A さんをすぐに警察につれて行かなかったのは、私の中でも本当にそれをしていいのかと、ずっと躊躇があったからです。被害届を私が出すことで、警察は警告を含め動くことができると言われましたが、それをしたときに何が起こるか想像すると怖くて、すぐには決心できませんでした。結果、警察相談したにもかかわらず軟着陸できないものかと、ずるずると関係を続けました。

2016年年末には、A さんから指輪を買ってほしいとせがまれました。それまで A さんには、生活費と称してほぼ毎月、いくばくかのお金を渡していました。12月はそのお金はいらないから、それを指輪に回してほしいとお願いされました。このとき買った指輪を、A さんは婚約指輪だと認識したようでした。これは最近、初めて知ったことでした。離婚はしないことは何度も伝えていたつもりでしたが、やはり日頃の私の曖昧な態度が、A さんにそう誤解させてしまったのだと思います

2017年1月頃になると、A さんとの会話はよくトラブルになることが多くなりました。それでもなお、私は自分意思をはっきりと A さんに伝えることができず、A さんはそれに傷つき関係性は悪化していました。そのうち A さんは私だけでなく妻にも関心を持つようになり、妻を殺害するなどの発言をするようになってしまいました。

状況を危惧して、私と A さんはふたりカウンセリングを受けることにしました。カウンセラーは A さんが探してくれました。カウンセラー先生出会ったことで、非常に安堵して、1 on 1 のカウンセリング号泣してしまったのを今でもよく思い出します。

しかし、このカウンセリングをもってしても、関係自体はそれほど改善しませんでした。

A さんとの LINE電話でのやりとりが昼夜問わず頻繁に交わされるようになり、仕事だけでなく、頭痛吐き気、不眠などの鬱症状が出始めるなど私の体調にも影響が出てきました。体調が優れないときにやりとりをすると、A さんに優しくすることができずに喧嘩になる。悪循環でした。

避妊をしないという約束をした4月も近づき、それまでにはなんとかしないとと思っている中、心身共に限界を感じたため、2017年2月に、六本木麻布警察署の向かいレストランで A さんに関係を解消したい意思を伝えました。もしそこで、何かあった場合は、警察場所を移動するために選んだ場所でした。結局この日は、警察には行きませんでした。

話し合いが別れたい、別れたくないと平行線になるとどうしても、A さんは「じゃあブログに公開して死ぬ」、私は「それだと警察に行くしかないじゃないか」という言い合いになりました。そこで私から「じゃあ、一切そういうことはしないと約束する代わりに 1,000万円を慰謝料として用意する」という提案しました。しかしそれも実現には至りませんでした。結局、その 2/13 日から一週間ほど後に A さんが看護師試験を控えている、それを乗り越えるためにも、その日は結論は保留することにしました。

私は以前から、A さんが看護師になることを楽しみにしていました。A さんは大学卒業後、自分でお店を経営したり、たくさんのバイトをしたりとで非常に苦労してきたあと、3年間学費自分で出して看護学校に通い、就職先の病院も決まりようやく看護師になるという道が見えてきたところでした。その道を卒業間近のいま駄目にしてしまうことは、全く望んでいませんでした。

このとき判断は保留にする、別れるとは言わない代わりに、私から、じゃあこれから先、脅迫行為は一切しないで欲しいと本人に約束してもらいました。

この約束甲斐もあって、それまで毎日のようにあったいざこざが無くなって、A さんとは仲良く会話ができるようになりました。それからの一ヶ月は、多少の喧嘩はありましたが以前ほどは深刻ではなく過ごすことができました。

しかし、A さんが看護学校卒業式を終えた翌日、仕事中の私に LINE が来てまた以前と同じようないざこざが始まってしまいました。その間、一ヶ月間が経っていたためか、なかなかその会話は良い方向へ向かわずネットへの公開や妻の殺害など脅迫行為もまだ始まってしまいました。限界でした。私は意を決して、再度 A さんに関係解消を伝えようと A さんの自宅へ向かいました。

自宅へ着くなり、A さんには関係解消の意思を伝えました。予想通り、揉めました。私はこれ以上私を脅迫するなら警察に行こうと伝え、A さんは別れたくない、別れるなら死ぬという言い合いになりました。そして A さんが窓から飛び降り自殺を図ろうとしたため、私は A さんを力任せで無理矢理窓から引きはがし、そのままマンションエレベータまで引っ張りだしました。近所に交番があることは知っていたため、なんとかすれば交番の人たちに気づいてもらえるだろうと言う意図がありました。このとき力づくで A さんを引っ張ったことで、怪我をさせてしまいました。

交番の方々が駆けつけ、事情説明すると私と A さんは警察署に移動することになり、その警察署内で、A さんには私に二度と近づいてはならいという接近禁止警告がなされました。署内で最後に A さんに直接、これまでの謝罪意思を伝えて、朝方その場をあとにしました。

その直後から、A さんは私のことを書いたブログを公開し Twitter にも交際中の写真などをアップロードしはじめました。それらは警察からの警告などもあってすぐに取り下げられ、今回ほど騒ぎにはならずに済みましたが、私にはとてもそれが怖かった。

いま思えば、私のやり方は非常に良くなかったと思っています。後に A さんも、もっとちゃんと話し合いたかった、突然警察に連れて行かれて何が何だかからなかったと言っていました。私は、自分脅迫されているという恐怖心と被害者意識が非常に強くなっていたため、A さんとじっくり話すということよりも、関係を解消するということに焦ったんだと思います。そして、私はそもそも既婚者であったり、A さんの申し出に曖昧な返事しかしてこず状況を悪化させたり、妊娠中絶の件であったり、そして妻を深く傷つけていることな自分にたくさん取り返しのつかない非があることも内心わかっていました。しかし、自分脅迫されていた、こうするしか方法がなかったという被害者意識に逃げ込み、それら自分の非を認めることができていませんでした。

きちんと自分の非を認め、A さんに謝罪をし、A さんから制裁を恐れることなく誠意をもって向き合っていればもっと違った結果になったかもしれません。

それから先は、双方弁護士を通じて会話をするようになりました。

弁護士を交えての話し合いは、当初は比較的穏やかに進んでいました。私も徐々に反省できるようになり、謝罪意思がありました。しかし、時間が経ってくると、A さんから弁護士を交えずに会話したい、もっと早くに会いたい。また元の関係に戻りたい、子供を作る約束を守ってほしい、それができないならネットですべてを公にするなど、Twitter 上での脅迫が始まってしまいました。途中、私の性行為中の画像が公開されたりということもありました。

ネット上での緊張したやりとりが続いたことで、私もだんだんと態度を硬直化させてしまい、結果、芽生えていた謝罪意識が、ここでまた被害者意識に反転していまいました。慰謝料を払う意思もありましたが、どんどん「何でこんな目に遭っているのに・・・」という気持ちと共に、薄れていきました。面会は本来自分の侵した罪の償いのためでもあったのですが、暴露などが何度か続くうち、私にとっては、被害を最小に抑えるという目的にいつのまにか変わっていました。

6月7月と二度弁護士同席のもとでの面会がありましたが、そこでは謝罪するではなく、言い合いになってしまいました。

こうしてなかなか終着点が見えない中、A さんが意を決して、ブログの公開に踏み切ったのが先週水曜日です。A さんから見ると、なかなか自分の非を認めない、謝罪もない、あげくお金も払おうとしない私の対応が許せなかったんだと思います

今回こうして騒ぎになったことで、私も一人で自分自身を見つめ直すことになりました。責任をとれるわけでもなく A さんとの関係性を深めてしまったことがそもそもの私の間違いですが、より大きかったのは被害者意識を盾に、自分の間違いを認めることから逃げてしまったことです。A さんはそれによって傷つけられたのではないかと思います。また同じ自分の未熟さが、同時に妻をも傷つけました。

今回こうして、あえて公のブログに書いたのは、私自身の間違いをきちんと公の場で認めること。そしてそれをもって、A さんに謝罪すること。妻に謝罪することです。

読んでくださった方に一点だけお願いがあります。ここに私が書いたことは A さんがブログに書かれたことと、矛盾していることも多数あるとは思いますしかし、A さんがブログにかかれたことは A さんにとっては事実だったんだと思っています事実そう思わせてしまったことは、私に非があります。ですので、もしこのブログを読んでそう思ったとしても A さんを責めることはしないでください。これだけはお願いします。

A さんには今後、直接面会しその場で改めて謝罪をしたいと思っていますしかし、A さんは今、今回捨て身でブログ公開に踏み切ったため自分が表に出ると逮捕されしまうことを危惧されています。私は、私の過ちを認めるつもりです。A さんを今回のことで刑事告訴することは考えていません。これもまた公の場で宣言することで、A さんにそれを信じていただきたい、そういう気持ちです。お金約束通りお支払いしようと準備しています

自分の浅はかさ、未熟さにより A さんを深く傷つけてしまったことを非常に後悔し、反省しています。また妻にも申し訳ないことをしました。会社の同僚や、私をこれまで信頼していた周りのみなさんをも裏切ることになりました。大変、申し訳ありませんでした。

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

2017-07-24

キモくて金のない40代おっさんです。現在立っているフラグは以下の通り

日本を滅ぼして本当に申し訳ありません。

NHKに名指しで「死ね」と言われたとき(一応『AIが言った』体になってますが)、ふと浮かんだのはルワンダ虐殺の際にラジオから流れた「ゴキブリを殺せ」というプロパガンダのことでした。

あの番組を見た後で、私こそがゴキブリだったんだとはっきりと自覚させられ、これ以上日本社会と接点を持つのは互いに不利益しか生まないのではないかという思いを一層強くしました。

一方で、だからこそ今の自分にできることを少しずつ広げていって、社会との接点を持ち続けるべきという正論も捨てたくはありません。

最近アルコールに手を出して身持ちが崩れ始めました。ナマポ受給で酒のんアル中直行とか最低すぎる。これだからゴキブリなんだ俺は。苦しい。逃げたい。

苦しんで死にたい。それを見世物にされ、尊厳を踏み躙られて消費されたい。多分日本が望んでいるのはそういうことだろうと思う。それが、自分ができる唯一の“真っ当”な生き方だと思う。

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追記(2017-07-24 06:36):

トラバありがと。

酒量については自分意思制御しづらいです(逃避する対象との向き合い方を変える必要がある)が、頑張ってみます

なお、私は真実しか語ってません(と主張します)が、それをことさら証明するつもりもありません。

Re: 大学3年生今期取れた単位は0。クズは生まれながらにしてクズなの

自分も,よくわからない時間を過ごして留年したことがあります自分卑下したり,周囲の人達がよく見えたり,友達ができなかったり,元増田文章を読んで「ああ,いつかの自分だ」と思いました.自分は,毎日死にたいと強く思いながら日々が過ぎていました.

・・・

今の自分は30代だけど,生きてるよ.というか,振り返れば,これ以外の道すじだと人生が終わっていたと思えるぐらいだったよ.留年も含めてね.

当時の自分がどうしていればよかったか,ことあるごとに考えるんだけど,まずは自分がどういうペースで人生を歩くのかを冷静に考えるのがいいと思う.人と比較せず,自分の歩く速度を考えるんだよ.それができなければ,大学の保健センターに足を運んで,今の自分について話してみるのがいいよ.もし,周囲の人達よりゆっくり歩く人間なんだなと気が付けば,ゆっくり歩くことでしか見えないことがあると気がついてくる.それが自分だと言えるようになる.たしかに,金銭的には厳しくなるのは間違いないけど,ぎりぎり生きていける範囲内で,頑張ろう.金銭面も大学相談してみるといいよ.(自分は,生活費貯金が残り2万円で,もう家賃も払えないし生活できない,来月に首をつろうというタイミングで,ぎりぎり就職ができた.)

死ぬのは,最終手段にとっておこう.大学を辞める手段も,とっておこう.嫌いな人間が「俺」だというのは,自分がそうであるように,永遠に消えないから,気にしないでいいよ.親の顔色も気にしないでいいよ.そして,自分を(環境によって)変えようとしないでいいよ.永遠に変わらないから.それよりも,自分がどういう人間か知るほうがいいよ.

そのために,いま元増田がとれる行動は,精神と金銭面について,誰かに(信頼のできる教員学内の保健センターなどに)相談するということだね.当時の自分に言ってあげたいよ.

https://anond.hatelabo.jp/20170722210312

2017-07-23

認知症になる位なら70前で死にたい

認知症のある祖母介護をしてるんだけど色々キッツイ。

しかけても目がうつろで、平仮名も書き方を忘れて、意思疎通ができない。排泄は紙パンツ。家にいるときは一日中無気力

足腰が悪いため、徘徊が無いだけまだましである

それを見て、また介護していて思った。悪いけど自分あんな風になってまで生きたくない。家族負担をかけて、自我がない状態でボーッと生きてるのは嫌だ。

80歳以上とか長生きしたいという願望もない。70歳手前くらいでいいので、認知症発症したりする前にコロッと逝きたい。

メンヘラお金がかかるという話

メンヘラは、お金がかかる。

治療費がかさむだけではない。

ここでは、自殺就労不可になる問題に隠れているメンヘラ経済問題について述べたい。

うつ病になるリスクが少しでも知ってもらい、

そういった事態になるまで自分を追い詰めてしまう人のブレーキになれたらと考えている。

自己紹介

私は、10年来のうつ病患者である

大学時代からずっとうつ病の処方を受けている。

処方薬は、ジェイゾロフトデパスだ。

数年前に、ブラック職場につとめることで、それが悪化した。

その会社で、ゲーム開発のプロジェクトマネージャーをしていたのだが、企画を補佐してくれるものがいなかったため、

PM兼、プランナー兼、アートディレクター兼、クラアント対応といった業務までしていた。

平日だけでは業務が終わらず、土日もメール対応仕様書を書いていた。

そういった無理がたたり、たまにできた暇な時間も体調が悪く遊びにいくことも家事をすることもできなかった。

メンヘラの基礎支出

まず治療費である。通院代、処方箋代がかかる。

自立支援医療制度という精神疾患を患っている人を支援する制度があり、

それらの費用が通常の自己負担額3割から1割になるとは言っても、一回行くごとに1500円、月2回行くので3000円かかる。

ついでにいうと、その手続には、診断書必要であり、その発行に5000円かかる。

最寄りの病院でない場合は、それに合わせて、交通費必要になる。

それに加えて、一番大きいのがカウンセリング代による支出である

私の行くところは、40分で6400円ほどかかる。

カウンセリングなんて、役に立つのかと健康な人は思うかもしれない。

だが、処方箋なんてものは、所詮対処療法であり、心理的問題解決することはない。

また、人に話すことで楽になることはたくさんあり、しかカウンセラーしか言えないこともある。

例えば、「死にたい」「殺したい」といったワードである

見ず知らずの人に、そんなこと言えるだろうか? 困られせてしまうだけである

というわけで、私はカウンセリングにて、毎月2回20分受けていたので、月6000円が飛ぶ。

しかも、カウンセリング代は、医療費として認められていない。

そのため、医療控除の対象外となる。

というわけで、病院とその処方箋で9000円かかる。

東京在住で年収300万いかず、奨学金の返済にも苦しんでいた私には、

それだけで貯金をする余裕を奪うには十分な威力であった。

家事ができないことのしわ寄せ

家事ができないことは、とても大きな経済的な損失につながる。

例えば、部屋が片付かないため、何を買ったが判断できなくなる。

すると、同じようなものを何回も買ってしまう。洗剤や歯磨き粉が複数ストックされる。

そして、掃除サボることにより家の汚れが取り返しの付かないことになることも、大きな損失になりうる。

引っ越す時に敷金がもどってこないどころか、6万円近くのクリーニング代などを要求されるてしまことを、

思考がどうかしているうつ病患者の私には想像する気力もなかった。

お金を使うか否かの適切な判断ができない

うつ病になると、冷静に考えてお金を使う判断力が失われ無駄な買い物が増える。

場合によっては、ストレス発散のために、高い買い物をしてしまうこともある。経度の買い物依存症である

そして、あらゆるめんどくさいことを、お金解決しようとしてしまう。

私の場合引っ越しの時にそれが訪れた。

ブラック職場から脱出した私は、引っ越しを決意していた。

からも遠かったため、少しでも心理的負担がかからない場所引っ越したかたからだ。

部屋汚れや不要ゴミ処分業者に頼んだ。

上記の様な状態の私はただでさえ貯金がない状態であり、引っ越しにかかる費用クレジットカードを利用した。

転職先でのボーナスなどをあてにしていたこともあった。

そこらへんの判断も、今ふりかえればどうかしている。

だが、明らかに思考力がまともじゃなかった私には、なんの疑問も感じなかった。

そして、引越し後のクリーニング代の請求である

新たな引越し先への敷金礼金以外にも、20万以上つかってしまっていた。

■まとめ

うつ病になる→治療費がかかる&働けないのでお金が稼げない

という流れは広く知られている。

だが、それだけではない、

うつ病になる→判断力が失われる→不必要支出が増える

うつ病予備軍の人は、上記の様なうつ病になる大変さを理解して欲しい。

すでにうつ病の人は、私の様な自体に陥らない様に気をつけて欲しい。

私はこれの様なリスク理解していなかった。この過ちが、後に、大きな不幸をまねくことを私はまだ知らなかった。

その不幸については、また今度投稿する。

なんだか無性に死にたくなった

なんだか無性に死にたくなった。

理由はもろもろだが、なにか一つ大打撃になるようなものはなかった。

私にはいつも何事にも「生きるか・死ぬか」の選択肢が付いてくる。

立ち行かなくなったらいつでも死ねばいいと思っている。

まり、常に死が付きまとっている状態だ。

でも死にたいと思っている訳ではない。

そこに選択肢として存在しているだけ。

いつもはおとなしくしてくれている自殺願望がふわっとなんの前触れもなく暴発することがある。

それは、「辛いことがあって死にたい」ということではなく、「これ以上生きているメリットを感じない」と感じたときだ。

誰かに怒りを感じるでもなく、自分を責めるでもなく、今までのパッとしない道のりを振り返り、それでももしかしたら、まだ見ぬ成功体験があったかもしれない人生を思って、流れの速い雲を眺めながら泣いた。

ベランダから地上を見て、終わりをイメージした。

ボーッと、休日出勤でも深夜まで働いているであろう人たちが放つ光の夜景を眺めた。

いけないことなんか無かった。全てに理由があって、こうならざるを得なかった。

あるいはその当時の自分判断能力が鈍かったり、逃げ出してしまったり。

物事は悪い方向に転んでから初めて議論に上がる。

悪く転がらないよう尽力してことなきを得た物事日常としてすり抜けていく。

そうやって、私の死もすり抜けていくのだろう。

そんなことを思いながら、なんとなく歯を磨いた。

コーヒーを飲んだ。

明日から先の未来への意味は全く感じない。

でも死ぬ気は失せた。

最近恋愛ソングというか、特定相手がいてその対象への想いがうんぬん歌われている曲を聞くとどんよりする

自分がこれまで人にそんなに思われたことがないことに対するコンプレックスが刺激されるようで、というかされて。

30手前にしてそんな人間関係を気づけていない自分やばいんだけど、世はこれが普通なんでしょうか?All You Need Is Loveなの?

人を愛おしいと思ったことなんてこれまでの人生記憶がない。

一応将来子どもや孫を持ってから平和死にたいという願望があるので、逆算すると結婚というイベント必須なわけで、そのためには特定の誰かを好きになったり好かれたりする必要が。

婚活なんてなんだかなーって思いつつ、自分も久しぶりに恋愛に心動かしたいなと思ってるけど結局自分が何したいかからず迷走している気がする

根気がないのでもはや人生ごとどうでもよくなってきている、自分もっと頑張ってほしい。

2017-07-21

死にたくなる時は大体調子に乗った時

今日久々に調子に乗ってしまった。

死にたい

死にたい死にたい言ってるうちは死なねーんだ」とか言ってる馬鹿に対して間違いを指摘してる

助けられるかどうかなんてケースバイケースでどうにもならんこともあるしほっとくしかない場合もある

自殺についての5つの誤解について

自殺についての5つの誤解 東京都福祉保健局 - http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/smph/chusou/jouhou/jisatsu/5gokai.html

内容は分かる。でも、助けるって言っても助けようが無くない?

どんなに生きよう?生きていたら楽しいことがこんなにあるよ?っていくつか例を伝えたとしても、

本人はうつ状態みたいなもんじゃない。

聞く耳を持たない人に対して、どう対処するの?落ち着けっていってもその場限りしか落ち着かないよ?

またちょっと嫌なことがあったら死にたいって連呼するのがオチだけど、その都度聞いてるかわからないような言葉を投げかけて相手をなだめていくの?

気持ちを汲み取れって言っても、死なないでほしいよって伝えて納得する?

助けようって思っても、本人は結局そんな人達気持ちなんか理解できないでしょ。

自分世界で一番可愛そうって思い込んじゃってるんだし。

死にたいって言葉を聞かされる側が逆に死にたくなったら、死にたいって言ってたやつは止めてくれるの?

きっと同調してるだけでしょ。

あい言葉で、他人陰鬱感情感染させる事自体おかしいじゃん。

助けようにも助けらんないよ。

マジでクズ根性なしな自分

私は今現在20代前半で派遣社員としてとある企業に勤めています

週休三日・定時出勤定時退社で残業は限りなくゼロに近く手取り14万くらい。

何故週休三日なのかというと、単純に働きたくないからです。

そんな私のクズな話で長文ですが暇な人は覗いていってください。

私はひとりっこで両親に沢山の愛情を注がれて成長しました。欲しいものは何でも買ってもらえましたし、やりたいことは何でもやらせてもらえました。裕福な家だと思います。両親も仲良く絵に描いたような理想の家庭だったのではないでしょうか。

小・中・高と割とモテ彼氏もいて、容姿を褒められることも多く、何の悩みもなしに成長しました。まさにリア充でした。そして高校卒業してすぐ住宅営業として働き始めました。建築科卒ということで建築業界へ。そこから少しおかしくなってきた。

入社した会社はまだ出来て半年しか経っておらず、ほぼ素人集団でした。入社当時ですが建築知識に無い社長建築知識のない営業宅建を持っているがコミュ障気味の営業建築知識の無い事務の人という構成でした。そこに飛び込みました。今思えば怖いもの知らずですね。仕事ですが、とても楽しかったです。そしてとても楽だった。私には本当に向いていました。

元々人と話すのが好きだったこと、そして建築科卒なのでそれなりに知識もありお客様を満足させることが出来て、1年目に8棟契約する事が出来ました。住宅営業をしている人なら分かると思うのですが、1年目、ましてや18歳の小娘が8棟も契約してしまうのはすごいとことだと我ながら思います

そして歩合ですが、売上金額の1%をもらっていました。歩合を渡されるのは引き渡した月です。大体田舎なので1物件3,000万円位でした。基本給15万+歩合だったので1ヶ月50万以上給料が入る月はざらにありました。

営業なので売上を上げていれば文句を言われません。正直平日ってする事が無いんですよね。土地探したりプラン作ったりすることくらいで。一日二時間もあれば余裕で終わる仕事量だったんです。なのでお客様と会う以外の時間はほぼ暇で、事務所から出て家で寝たり大好きなギャンブルをしていました。

お金ってこんなに簡単に手に入るんだ~。仕事って楽勝」

そう思っていました。一年目の年収はおおよそ450万くらいでした。(因みにボーナスもありました。年に一回でしたが80万円を封筒で手渡しされました)

勤め始めて1年が経過した頃、会社社長セクハラを受けました。軽いものではなくて、書くのも躊躇ってしまえげつないものでした。

それから私は欝気味になってしまい、営業という立場でありながら人と話すことが出来なくなり退職しました。

退職してから3ヶ月程ニート生活を送っていました。貯金もあり実家暮らしだったので、お金不自由することはありませんでした。

欝気味になってしまってから記憶が抜けていたりして曖昧ですが、彼氏が1ヶ月間毎日私の家に居てくれたことは覚えています。一緒に住んでいる状態でした。結構仲良くやっていたとはいえ、赤の他人と一ヶ月も一緒に過ごすということは、両親・そして彼にとってとっても負担だったことでしょう。両親と彼氏には感謝しかないです。

そんな周りの支えによって、3ヶ月ほどで元の自分を取り戻せるようになりました。

はいえすぐ働く気になれず、タイミングよく募集されていた職業訓練校へ3ヶ月通い、お金をもらいつつワードエクセル資格を取得しました。

職業訓練校を卒業してから一ヵ月後くらいに、お誘いを受けハウスメーカー住宅営業として働き出しましたが、私の地元から撤退するということでやむを得ず退職。そして今の派遣に至ります

3ヶ月も働かずお金だけつかっていたり、経験してみたかった一人暮らしを始めたりなんなりして貯金ゼロに。

稼ぎが良かった頃のお金の使い方が抜けずに1年前からリボ地獄です。大好きなスロット資金としてキャッシングをしたりもしました。キャッシングの方は完済しましたが、ショッピングリボ払が残り20万位。今はもうカード使用せず生活しており、月5万円ずつ返済しているので終わりは見えているのですが。

そんな中、全身脱毛をしたくなりました。リボ払いという借金を抱えているにも関わらずそんな気を起こしてしま自分は本当に馬鹿なのですが、契約してしまいました(四捨五入総額40万)一ヶ月に一回通い、12コースなので毎月4万円ずつの支払いです。

因みに毎月の支払いについてですが

貯金:5,000円

生命保険:15,000円

自動車保険:4,000円

家賃:40,000円(光熱費水道代諸々込)

携帯10,000円

カード支払:50,000円

脱毛:40,000円

計164,000円

まり手取り14万円の私はあと2万円ほど足りないわけです。いまのところギャンブルプラス収支なので毎月何とか補填していますが怖い。

そんなわけで二週間前からスナックアルバイトを始めました。

時給1,300円。入ってみて仰天、ほぼキャバクラです。お客様の横に座ることもあります。初めて会う男の人と話す、こんなつらい仕事があるものかという気持ちです。

初めて会う、下心見え見えの男の人といると社長にされたことがフラッシュバックして食欲も失せ、毎日また欝気味になってきてしまいました。

週に二回程度の出勤ですが本当に死にたい。けどお金が無いから辞められない。あと長くて5ヶ月ですが、それまでのことを思うと気が遠くなり死にたくなります

本当に時間を巻き戻したい。もっと堅実にお金を使える自分に、そしてせめてアルバイトを始める前の自分・・・

こういう気分のときどう乗り切ればいいものでしょうか。本当に終わりの見えない毎日死にたい。けど死ぬ勇気もない。こんなクズな私に喝を入れてください。因みに彼氏にも家族にも打ち明けられません。バイトのことも金のことも。

相談する相手がいなくてつらい。

何をどうしたらよいのか分からない毎日に疲れてしまいました。

皆さんの悩みに比べたらちっぽけなものだと分かってはいるのですが、辛くてバイト辞めたくて死にたい

死にてーとかネガティブ独り言精神衛生上よくなさそうなので

楽しー☆楽しー☆と言いながら、両腕の肘を曲げて腋を閉じたり開いたりしているところを人に見られて死にたい

何をしていてもむなしい

それを埋めようとして仕事一生懸命取り組んだり、飲みに出かけたり、趣味に没頭したりするが、どれだけやってもむなしさが消えない。

心理学的に「無価値感」というらしいが、まさにその無価値感が消えないのだ。

どんなに仕事に打ち込んでも、本当に自分は何らかの価値を生み出せているのだろうかと考え続ける。

ガールズバーラウンジに行って気に入った女の子としゃべってみても、心の底からは楽しめていない。

趣味ドライブに出かけて運転を楽しんでいても、頭の中は常に無価値感でいっぱいである。

どれも終わったあとにまた無価値感が戻ってきて、元の木阿弥なのだ

ものの本によれば、考え方を変えればラクになれるようだが、簡単にできることならば心療内科精神科必要ないだろう。

あるいは、何かを成し遂げることができれば、この無価値感は消え去るのだろうか。

思い返すと、高校生の頃が最も人生で輝いていた時期だと感じる。

自信とやる気に満ち溢れ、ある意味万能感すらあったかもしれない。

しか大学に入ったくらいから急激に失速し、社会人となった今ではあらゆることに(なんなら生きていることそのものに)自信が持てず、ただただ自分を守るためだけに生きている。

死んでいないだけで、生きているとすらいえないかもしれない。

死にたいとまでは思わないし自傷行為もないが、生きることはもはや苦痛しかない。

何が原因でこうなったのだろう。

2017-07-20

幸せ仕事じゃない

フリーランスになって5年がたった。法人化もした。いまは月140万でとある大手インターネットサービス業務委託してる。

最近、同時期にフリーになった知り合いとあうと、まだ人月で働いているのかと言われた。

同時期に企業した知り合いのところに遊びにいくとフロアが2倍になっていて、前職の知り合いを何人かやとっていた。

そういうのを見て、俺はなにしてるんだろうと思う。

知り合いで話を聞くとビッグデータまわりで1週間で300万みたいな商売をしてるらしい。

人月商売をやめようと営業かけてみたけど、特殊能力があるわけではないので、そう簡単案件はとれない。

なんか辛い。

頭も重いし、フクロハギも重いし、肩も痛い。

口癖は「死にたい」。

フリーにならずのほほんと生きればよかったなと思う。

そしたらこんな無駄に辛い思いをせずに済んだのに。

ほんと、幸せ仕事からこないなと痛感する。痛感するけど、はじめてしまたからには仕事でも幸せになりたい。どんだけ苦しくても仕事幸せになりたい。そんな時は永久にこないんだろうけど・・・

誰かを殺したい時は、まずお互いに酒を飲み泥酔しましょう

そうすれば責任所在は無くなるからです

しかしたら相手も元々、死にたいと思ってるかもしれませんよ?

 

銀行強盗をした際、必ず「防犯意識のない店舗構える相手が悪い!」と企業側に責任を擦り付けましょう

そして「どうせ保険とか入ってるから大丈夫だろ? マッチポンプなんだろ?」

陰謀論染みたことを言い、相手の非を大きく見せましょう

 

誰かを殴った時、「相手も生身の人間だし、暴力性がある」とその人の潜在的暴力性を指摘しましょう

もし相手GTACODなどの暴力的ゲームを嗜んでいたら、こっちのものです

 

オレオレ詐欺で金を巻き上げたら、被害者間抜けさをあざ笑いましょう

世界は騙される方が悪い、弱肉強食世界なのです 

 

  

これらの論理が全てまかり通る素晴らしい犯罪はご存知でしょうか?

そう、性的暴行です

2017-07-19

あなたは何人の人格構成されています

自分構成する人格は大体4人

 

仕事に対して真面目な仕事人間

仕事ゲームのように捉えてキャリア戦略とか行動計画とか立てる

 

全力で何もしたくない鬱病ニート

本気で指すら動かしたくない、常に死にたい

 

エロしか頭にないちんこ

 

夢見がちな中二少年

 

四者のバランスが取れてれば良いんだが

最近は、鬱病>>ちんこ仕事>中二

鬱病ニート君が強すぎる

以前、ツライことが有り鬱病ニート君が本気を出した時、仕事人間君を100%にしたら、その後色々悪化した

バランス重要

 

周りの人って人格一つに見えるんだけど、本当は複数あるんだろうか

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