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2018-11-16

助けてほしい

現実には子供のころに見たようなスーパーヒーローはいない。

よって救われることがない。

わかっている。



毎日毎日死にたい逃げたいって思っていて、

最近なぜか憧れの先輩がお話してくれていたから、

生きていたいって思ってしまっていた。

浅はかだった。

先輩と会えなくなって、

先輩の隣にはこんな陰鬱自分は似つかわしくなかったことを思い出せた。


どうしようもなく毎日逃げたいとしか思えなかった気持ちが、

先輩のおかげで延命されていた自殺願望に飲まれた。



ヒーロー現実になんていない。

誰も助けて何てくれない。




死ぬより逃げろと言ってくれるのは、

無責任責任なんて何一つ取ってくれない人たちばかりだ。



どうしたらいいのかすらもう考えられない。

逃げたい。

死にたい

死にたい

死にたい

死にたい

願わくば助けてほしいし、生きていたい。もう一度やり直したい。



でも自分のいた場所から耐え切れずに逃げ出した自分を、

きっと社会も、親も、友達も、先輩だって

みんな許してはくれない

ならいっそ可哀想な子のまま死んでしまいたい。

誰か助けて

夫の祖母は歩かない

先日、夫の祖母入院中の病院から大事お話がある」と義母が呼び出されて、夫は義母に付き添って行った。

大事お話の内容はというと、祖母入院費用を出来るだけ抑える為のあれこれ。

祖母の月々の入院費用は、義母パート代を大幅に上回っている(最低でも十五万はかかると義母談)。だから削れるところを出来るだけ削って費用を抑えようっていう事なのだけど、結局がんばっても10000円くらいしか安くならないそうだ。

今、祖母退院に向けてまた新たにリハビリを始めようとしているところなのだそうだ。

しかし、祖母は数年ほど前から自分意思で歩くのを止めていて、自宅で介護されている時はほんとうに全く歩かないでいた。トイレにすら自分の足で歩かず、実の娘である義母を呼びつけこきつかう。怒った義母に介助を拒否られると、誰かが助け起こしてくれるまで、廊下に寝そべっている、そんな人なのである

歩くだけでなく、食べる事も、義母介護士のちょっとした態度が気に入らなければ全拒否する。

今回の入院だって、やっと入れた老人ホーム介護士のやり方が気に入らなかった事でハンガーストライキをしたところに風邪を引いて拗らせたのが原因だったりする。

祖母お嬢様育ちでプライドものすごく高いが、生きる為にごくごく基本的な事を他人にベッタリ依存している。

赤ん坊よりも手がかかるこの人の為に、お金がどんどん奪われていく。

もう、お望み通りプライドの為に寝たきりでも飢え死にでもさせてやったらいかがかと思うくらいだが、死にたい訳ではないらしいので、どうしようもない。

いずれ義母は無一文になるか最悪多額の借金を抱えて我が家に転がり込んで来ることになるだろう。

死にたいけど死ねない

正確には生きるのに疲れた

でも、自殺は周りにも迷惑かかるししたくない。

毎日をなんとなくこなすだけで、楽しいことが何もない。

この先やりたいこととかも何もない。

そういう人を安楽死させて、臓器提供とかできるシステムがあったらいいのに。

消えたい

気候のせいもあるのだろうが最近また鬱がひどい。

物心ついたときから自分はいはいけない、居ると迷惑がかかると思い何にも遠慮と我慢をして生きてきた。

そのお陰かずーーーっと消えたい。死にたいそもそも今までかかわった全員の記憶から消えてなくなりたいと思ってる。

クソ労働クソ奨学金思い入れのない家族

父親はずっと前に自殺したが私には勇気がない。

メンタル改善にと運動筋トレ食事にも気を付けたが焼け石に水しかない。やりはじめた一瞬だけ気分が良くなるだけ。

生活をただしたし健康にも気を使ったし仕事を頑張ろうとしても朝調子が良いと感じる日も数時間もすれば思考がうすぼんやりして現実味がなくなる。

頭も悪い。状況判断もできない。人の会話がわからない。常識もない。良い歳して。消えたい。

2018-11-15

なんつーか、どこにも居場所がないって辛いね承認欲求の塊だけに辛いね

でもさすがに気持ち悪いよ。狂ってる。

大の大人自重できないのかよ。

少し落ち着いたら垢消そう。

なんか最近見かけたっけ。リセット癖?確実にあるなぁ。

死にたい

男は卑劣でクソみたいな生き物

男なんて絶滅すればいいのに

チンポでしか物事を考えられないクズ

セックスのためなら人を欺くし、犯罪を犯すイカれた連中

男は男に甘い

男だからしょうがない じゃ片付かない問題があるんだ

性的な目で見られることがどれだけ嫌で気持ちいか知ってるか?

私は人間だ、モノじゃない

心のある血の通った人間なんだ

人形じゃない、道具じゃない、おもちゃじゃない

死にたい死にたい死にたい死にたい

日記 2018年税金

まだ精査していないけど

 

売上1060万円くらい

控除190万円と予想

課税対象870万円

 所得税136万円

 市税が87万円

 国民健康保険料がついに上限、77万円

 合わせて300万円

300/1060 = 0.283 28.3%

月々25万円(´・ω・`)

あ、年金忘れてた

 

1060/12 - 25 = 63万円/月が自由になるお金

 

所感

保険料上限だけど、40歳になったら上限がまだ上がるので死にたい

・これ消費税払ったら死ぬ来年末くらいに法人化しないとまずい

お金なくて死にたい、あと200ほしい

税金等の支払いが8年前の年収を超えてる、虚無感を覚える

死にたい

死にたいです。

努めて自分客観視すると、死にたい反面、希望を持ちたいと思っている節があります

しかし、死にたいと思う気持ちは深刻です。

誰かと話をすれば、ケロリ浄化されて生きる活力は湧くかもしれませんが、

死にたい」という気持ちを正直に話す気になれません。

なぜか。死なないようにしよう、という趣旨の答えしか誰も持ち合わせないからです。

面と向かってお話ししている時なら尚更です。

でも、誰にも話さずに抱えることほど不健康なことはありません。

つらい。

黒い靄と私

6年前から、黒い靄で包まれている。

正確に言うと、目の前と、頭の中が黒い靄の中にあって、私は私の体をコントロールしたり、外の世界に触れることができない。

キーボードを打っているのも、気づいたら文字が打たれている。

どうやって打ったのか、誰の考えなのか思い出せない。

黒い靄がそこにあるだけである

日常生活普通に送れていると思う。

今年大学院卒業して、就職した。

それから今日まで無遅刻無欠勤だ。

なんならむしろ行動的な方で、

2週間に1度は習い事に行くし、

海外一人旅もする。

新しいご飯開拓もするし、

知らない人にも結構しかける。

就活の時は毎日ぎっしりセミナーの予定を入れて、夜遅くまで活動していた。

学部時代部活部長をやった。

指名されて部長になった。

みんなの前に立って、言うべき時は強く言ったし、飲み会では人一倍はしゃいだ。

でも、思い返せない。

それは私じゃない。誰かの記憶

何かを思い出そうとすると、頭の中にある黒い靄の塊と、思考文字の塊が邪魔でよく見えない。

黒い靄の外で、近くにある手と足が動いて、声が聞こえて、映像流れる

鏡を見ても、それは「私」だけど、私じゃない。

感覚が無い。

自分の手を自分で触れても、ただ目の前で手と手が触れる映像として流れるだけ。

つねると痛いけど、それが目の前の映像と結びつかない。

音声と画像がちぐはぐなビデオみたい。

気付いたら全て終わっている。




黒い靄がかかった日のことは覚えている。




第一志望の大学試験である




受験を考え出してすぐ、

その大学になんだかすごく行きたくなって、

偏差値のこととかあんまり考えずに好きになった。

一生懸命勉強した。

早起きすごい苦手だけど、5:30から23:30までびっちり勉強した。

今思えばそこまで非現実的でもないレベルだったと思うけど、

親はすごく心配した。

からいかレベルを落としたら?と言われた気がする。

私にはレベルが高すぎるってずっと思ってたみたい。


ところで私は絵を描くことが寝食を忘れるくらい大好きだった。

休みの日は絵が描きたくて早起きした。

小中学生とき少しいじめられてて、毎日死にたいと思っていたけど、

絵を描きたくて、生きていた。

思ったように描けなくて泣くほど悔しくても止めようなんて1ミリも思わなかったし、テスト前でも睡眠時間削って描いてた。

描けなくなるなら死んだ方がいいと思った。

でもとにかく絵を描きだすと時間を忘れて没頭しちゃうので、

受験直前から絵を描くのを封印した。。

最後最後我慢できなくなって勉強ノート一枚隅々まで使って絵を描いたときはほんとに気持ちよかったな。

技術的には全然だけど、やっと自分が描きたいと思う絵が描けつつあって嬉しく思ったのを覚えてる。

大学生になったら、親の目も無いし好きなだけ絵が描けると思ってた。

同人誌出したいなとか、

動画絶対作ろうとか、

かに絵を使ってもらいたいなとか、

今思えば絵が生きがいだった。


なぜかはっきり思い出せないんだけど、

試験の直前だか当日だかになって、

母親に、あなたが受かるわけないでしょ的なことを会話の中で言われた。

えっ、私受からないんだ、って素直にびっくりした。


そのまま試験を受けに行った。

そこだけはっきり覚えてるんだけど、

英語の長文解こうとして、読み始めて、どうしても読めなかった。

過去問で長文何回も読んだけど、まるで初めて英語を見たぐらい意味が頭に入ってこなくて。

見えてるのに見えてなくて、読んでるのに読んでなくて、何も分からない。

黒い靄がかかっているのに気付いた。

もうパニックになって、見えろ!見えろ!って心で叫んだ。

泣いてた。


黒い靄は晴れないまま、試験は終わった。

会場外で母と待ち合わせして一緒に帰った。

どうだった?って聞かれたから、全然解けなかったんだって言ったら、

「ええ~?あんなに頑張ってたのにどうして?」

って。

すごく裏切られた気がした。

からないと思ってたんじゃないの?って

私、受かるかもしれなかったの?って、混乱した。

なんて言ったらいいかいかからなくて曖昧に笑った。





第一志望の大学には落ちてた。

慌てて受けた大学に行った。

親としては十分満足な大学らしいけど、私は受かっても何も思わなかった。




大学生になって、一人暮らしをさせてもらった。








気付いたら、絵が、描けなくなっていた。




自分の中から絵が無くなってしまった。

とにかく手を動かしてみても全然違う。

私ではない誰かが、「絵を描くために描いた絵」って感じで、

心が全然こもってなくて、あさましくて気持ち悪くてすぐ捨てた。


今も描けない。

あれから6年、まともに絵を描いてない。

黒い靄の中で私はずっと眠っている。

どんなに強く刺激してみても、黒い靄は破れない。


今でも親は、言葉にできない怖さがある。

目の前にすると何も言えなくなるし、

自分が何者なのか全然からなくなって混乱する。

さすがに黒い靄との付き合いも長くなってきて色々考えるんだけど、

しかすると、黒い靄は私が現実を見て傷つかないように守ってくれてるのかなって思う。

大学に落ちたとか、親とか怖いことを見せないように包んでくれてるのかなって。

時々、黒い靄と私のことを深く考えると少し視界がまぶしくなって、

なんだか立っていられないほどに自分が心もとなくて怖くなる。

これは私が黒い靄の外に出ている状態なのだろうか。


素直に、今まで守ってくれてありがとうって思う。

きっとその時の私じゃ耐えられなさそうなことが黒い靄の外では起きてたんだろう。

本当に死にかねなかったのかもしれない。

でも最近は黒い靄生活に行き詰まりを感じている。

というか、ちょっと飽きた。いいかげん動きたい。

これから人生は、黒い靄ごしじゃなく、私の目で世界を見たいなとか思ってる。

黒い靄からの出方はコツが掴めそうで掴めてなくて、

今この瞬間も黒い靄の中。

文字勝手に打たれてる。

2018-11-14

anond:20181114233544

声を上げるのは「生きたい」って思ってるからじゃないの?

増田という場所ですら、本気で死にたいと思ってる様に感じる書き込みはそう多くないと思うがな

2018-11-13

森田ほとり(25)の人生選択の時

今日ちょっと個人的なことを書こうと思う。まぁいつも個人的なことだけど。

目的は書き出すことでの整理。それに付随して派生するかもしれないけれど、今は控えておく。

私は現在25歳。性別は女。

都会の大学卒業後、地元Uターンして就職した。

付き合っていた彼氏(まぁ今も続いているのだが)がいたが、大学私立だったので親孝行のためと、やっぱり地元が住みやすくて好きだったので、めでたく遠距離恋愛となった。

この彼(けいし君といいます)は、同い年で同じ学年だったのだが、1年休学留学をしていたので、卒業は1年遅れ。まだ学生

まぁそんな感じで地元企業営業として働いていたのだが、半年で辞めた。

辞めた理由はいろいろあるような気がするし、全部書くと長くなるのでやめておくが、一番大きな原因は

「生きることが面倒になったから」。

大学3年くらいからこんなことを考えるようになっていって、ついにそれが爆発した感じ。

この時私は本当に死のうと思っていた。

鬱だったのかと言われればそんな感じといえばわかりやすいかもしれないが、精神科先生には鬱なんて診断もらわなかった。

(時期はずれているが二人の先生に診てもらった。一人目は「また死にたくなったら来てください」と言われた。二人目の先生には安定剤睡眠導入剤を処方してもらった。)

やりたいこともわからないし、何を指針に、何に向かって生きていけばよいのかわからないし、生きる意味なんてわからないし、生きるのってとても煩わしくて面倒だな、と思った。

けいしには話をしていた。彼はもちろん私を助けようとアドバイスをくれたが、当時の私には何の救いにもならなかった。今になってみれば、彼のアドバイスが間違っていなかったことはわかるのだが、生きることに面倒になってしまった私は、自分の現状から抜け出す意味も、そんな気力さえもなかった。

多分、彼はそこをわかってくれていなかったのかもしれない。聞いてないからわからないけれど。

そんな感じだったのだが、まぁいろいろあってまだ生きている。残念ながら自殺未遂もしていない。

単に逃げたかっただけなのかもしれない。

親とか、兄弟とか、彼とか、友達とか、会社とか、そういった社会のつながりから

こうしてまたそういうつながりに戻ってきているのだが、時々逃げ出したくなる。

とりあえず話を先に進めよう。

そして職を失った(自発的に辞めたんだから、失った、てのは変な感じもするが)私は、少しだけニートになった。

それから遊ぶ金欲しさバイトを始めた。

お金はないけど時間はある中で、自分と向き合って、何に興味を持って生きていけるのかを探る期間にしようと思った。

私には、趣味らしい趣味も、好きなこともなかった。得意なこともないし、自分には何の価値もないと思っていた。あ、これは今も変わらないか

何もない自分が、どうやって価値を生み出してお金を得て生きていけばいいのかわからない。

世の中の人間なんて、自分価値がないなんて思っている人はたくさんいるはずなのに(だからあなたには価値がある」って声高に叫んでいる人が人気を集める)、みんな何がしかお金を得る手段を持って生きていけてる。そうなるにはどうしたらいいのか、どうして誰も教えてくれなかったんだ。

夢はあった。パティシエになりたかった。

そんな中で、私の中で価値があって、人生の指針になってくれる人が一人だけいた。彼だった。

付き合いも長くなっていく中で、自然結婚意識し始めた。

アルバイトを始め、ニートからフリーターとなった私は、もうひとつジュニアスイミングスクールのコーチとしても働き始めた。こちらもアルバイト。泳ぐことは昔から好きだった。子供はそんなに好きじゃなかったけど、かわいかった。1年ほど勤め、やっと慣れてきて、もっと勉強せにゃあ、と思っていた時だった。

から同棲の話を持ちかけられた。

もともと2人で、結婚の前に同棲したいよねという話はしていた。

そして遠距離が始まって2年。お互い遠距離に疲れてきていた。

でも、時期が悪かった。話を持ちかけられたのは夏だった。せめて年度末までスイミングスクールコーチとして働きたかった。

そしたら彼が言った。

「今すぐ来てくれなければ、別れる」

普通に考えたらありえない。これがもし私の友達の話だったら、私は間違いなくそんな彼氏殴ったれ、と言うだろう。

しかも彼はまだ大学生だったのだ。卒論を期限内に書き上げられず、ゼミの出席日数が足りず、卒業できずにいた。休学しながら自分バイトをして学費を貯めて大学に通っていた。

そんな生活を続けていくうちに、大学卒業する意味がわからなくなってきたと言っていた。

彼のことが好きなのか問われると、正直今はよくわからない。

私は好きじゃない人ともセックスはできる。生理的に受け付けない人とか除いたら、そりゃずっと一緒にいたら愛とか情とか湧くんじゃないの?

今の彼が例外かと言われたらよくわかんなくなってきた。

そんな奴だったが、私の人生においては一番大切にしてきた人だった。私の羅針盤だった。彼がもし死んでしまったら、私も間違いなく後を追って死んだだろう。

そんな人の言うことだから、私はこの条件をのんだ。

…私は彼に流されすぎなのだ。仕方がないことではあるけれど。

私は彼を完璧人間だと思っていた。(あほちゃうか、と思うだろう。私もそう思う)

彼の考えを聞くと、一見理論立っているように見えるのですぐに納得してしまう。私の悪いところだ。

私自身が彼を完璧人間だと思って、すがっていたかったのだ。

お互いの両親に挨拶をした。彼の両親は自己責任でどうぞ、と言ってくれた。私の両親(特に父親)には反対された。でもその反対を押し切って、同棲を始めた。

アルバイトは両方辞めた。

私の人生2度目の就職活動が始まった。

私が前職の営業を辞めてすぐ就職しなかったのは、前述した通りやりたいことを探したいから、ということと、もうひとつ理由があった。

自信がなかった。

正社員という立場で、アルバイトより責任ある立場で、仕事を続けていく自信がなかった。壁にぶちあたったら、また「死にたい」と逃げるのではないかと思った。逃げない自信がなかった。

でも、状況は変わった。これから家賃も食費も水道代も電気代も全部払っていかなくてはならない。

人は働かないと生きていけない。自給自足不可能ではないが、現在システム自分ができることでお金を稼いで、そのお金で誰かが代わりに作ってくれた野菜を買うというものになっている。賢い生き方だと思う。でも、その働くというハードルは、おそろしく高い。

いや、私が高くしているというものもちろんある。バイトでもお金は稼げるし、私がしたくないと切り捨てている仕事もたくさんある。

だけども、やっぱり高い。

転職では即戦力が求められ、半年営業経験責任感がなくて楽だと思いながらやってきたアルバイト経験だけでは、何が即戦力になるというのだ?

まだ、見いだせていない。

そもそも志望動機聞かれても答えられない。

やりたいこと?3年近く探してもまだ見つからないんですが。

本気で探してないだけかもしれない。でも本気で探す理由がわからない。

死亡動機なら答えられるのに。

けいしに流されて生きてきた人生だな、と振り返って思う。

流されてきた、というか、私の判断材料に常にいるな、こいつ、と。

そう思ったので聞いてみたのだ、彼に。

お主の人生判断材料に、私はいるのか?と。

そしたら、いない、って返ってきた。

そういう考えをしていた時期もあったけれど、そうすると、ちゃんとした仕事に就いて、養っていけるという状況を作らないといけない。それじゃダメだと。丸くなってると。

前に二人で言ったよね、お互い自立して、それぞれが見てきた世界を共有しあえたらいいよね、って。

お互いなにがしか武器を持てたら、二人で協力した時、お互いの欠点カバーしあえて最強だよね、って。

そう、言われた。

正直、私はショックだった。

私はけいしがちゃん大学卒業してちゃん就職して、私を養えなくてもちゃん収入を得て、そして結婚して、子供ができてお金必要になってもちゃん暮らしていける。そんな未来を思い描いていた。

だってもう25だ。そろそろ子供産んでおきたいのが正直なところだ。まだ全然子供を育てられるような人間じゃない。そんな人間できていない。育児ストレス自分の子供に暴力振るう自信だってある。(そんな自信はいらない)

だけど、そろそろ、そういう時期だって思ってた。

同棲始めたし、同棲長期間するつもりもないし、いずれ近々籍も入れるだろう、と。二人で同じ未来を思い描いて、お互いがお互いの人生責任を持ち合いながら生きていくのだろう、と。

そろそろ、ちゃんとしてくれるのだろう、と。

その反面、けいしの言うこともすごくよくわかるのだ。

お互い自立して、自分人生責任自分で持つ。だけれども、パートナーとして、一緒にいる。助け合う。お互いの見てきた世界を共有しあう。人生2倍。

なんてキラキラしていて、楽しそうなの、と。

どちらを選ぶかは、私たち二人次第だ。

ただ、もし後者を選ぶなら、レールから外れて生きていくことをきちんと自覚しなければならない。

(まぁ正直すでに外れている二人だが、まだ修正はきく位置はいるだろうと思っている)

現在経験資格目的もない私が就職活動に難航している。

転職アドバイザーの人からは、これ以上非正規を続けたら、正規になるのはとても難しいだろう、と言われた。

その道を突っ走るのか。

けいしの将来だって保障されたものじゃない。向こうが稼いできてくれると思ってはならない。

子供を作れないかもしれない。

でも、人生謳歌できるかもしれない。

いつか後悔するかもしれないが、やりたいことやりたいだけやって死ねる。

そもそも私はこの道を選んでどうしようもなくなって死ぬしかなくなってもいいのだ。だっていつ死んでも一緒なのだから

長くなりましたが、そんな感じで人生選択の時なのです。今。

年上の人にこういう話をしたら、みんなレールに乗るように、って言ってくる。

それが「正解」だからですか?「賢い生き方」だからですか?

私より長く生きているから、視野も広いだろうし、知識もあるだろう。”知り合いにこういう道を選んで失敗した人がいるから、私にはそうなってほしくない”とアドバイスしてくれてるのかもしれない。

でも、自由に生きている人も少数ながらいる。多分その繋がりで、ホームレス若い男の人が結婚した、なんて話も聞いた。

こういった少数派の人たちは言う。普通大人意見を求めるな。普通になるようにアドバイスしてくるはずだ、と。なりたいものがあるなら、それにもうなってる人にアドバイスを求めよ、と。それは確かにそうだよな、と思う。

少数派で生きていくなら、覚悟必要だ。

でも、それが自分が心から求めているものならば、叶えられるんじゃないのかな、とも思っている。

とりあえず、けいしと話をしなければならない。

お互いにお互いの人生を、と考えている彼は、自分の思いを聞かないと話してくれないし、わざわざ私の相談にも乗ってくれないのだ。

ほとりの人生は、ほとりの生きたいように生きればよい、と。

私は本当にこいつに一生付いて行ってもよいのだろうか。

今ならまだ、地元にいる銀行マンセフレが、嫁にもらってくれるんじゃないだろうか。

anond:20181113115653

さて職場ビルの隣の建物でこんな文章を打っている。続きです。

ぐだぐだしていたらこんな時間になってしまった。16時である。今からでも行くべきか、どうしようか。

というかどうして昨日布団から出たくなくなってしまったのか。前日風呂に入るのを忘れたからか。

これでここの職場でも仕事ブッチする社会不適合者のレッテルを貼られてしまう。嫌だなぁ。それは避けたくて今まで5ヶ月くらい結構頑張ってきたじゃん?悔しいなぁ。

共通器具占領しているのが申し訳ないな。それが一番怒られそう。その処分だけでも今日中にしたいなぁ。死にたい疲れた。もういい新人レッテルを貼られないなら別にもう何をしてもいいのではないか

最近メンヘラみたいな行動ばかりしている。過食嘔吐とか。性的逸脱とか。困ったなぁ。今から行ってもまあ大丈夫か。定時20時だしな。職場電話番号知らない。内線番号しかからないや。直接押しかけて大丈夫かな。いや、メールで連絡入れておくべきか。それとも5時で閉まったような気がするけど相談室的なところに行くべきか。でもきっと筒抜けだろうしなぁ。それなら潔く行って怒られた方がいいか

こうやってぐずぐずやっている時間が一番無駄なんだからさっさと行けと親なら言うんだろうなぁ。それが出来たら今こんなぽんこつ人間になってはいないのよ。

死にたい人はどうやって耐えているのだろう

今も沢山の死にたい人がいるのだろう

どうやりすごしているのだろう

死にたい人、過去死にたかった人

知りたい

2018-11-12

anond:20181112200601

薬学対処必要だと思いますあなたは、誰かが解決策を持っていると思っているし、人に話を聞いてもらって楽になる部分もあるのだと思うけれど、他人が感じている痛みは誰にもわからないし、僕にもあなたがどれだけ死にたいかなんて定量的に測れないです。専門家受診してください。

死にたい」にどう対処しますか?

率直に言って、死にたいです。

こう言うと深刻だろうとお思いになるでしょうが

これを読んでいるみなさんも程度の差はあれど死にたみを抱えて生きていると思います

私は数ヶ月前に仕事を辞めました。会社のお偉方は取引先への背信行為を平気で行い、内部告発をした私を追い詰めました。

上司はもれなく全員保身を選び、人としての正しさよりヒラメ社員であることを選びました。近くで一緒に頑張ってきた係長のあの人も。(私は一般社員でした)

何年も勤めた会社は、自分から「ごめんなさい」が言えない集団だったんです。ひどい話です。

自分も見て見ぬふりをしていれば仕事を続けられたでしょうが、そんなふうに鈍感な人間に成り下がるなんて御免こうむる!

そう思い、急いで会社を離れました。

そんなふうに絶望しながら無職になった結果、社会への不信感が確固たるものとして私の心をえぐりました。

生活を立て直そうと就職活動をしてみますが、前職での経験を振り返らざるをえず、その度に体を流れる水が濁るイメージでいっぱいになります

(また就職しても、他人が傷つくことを何とも思わない人間のための労働力になるだけなのでは…)

(また働いても、そういった輩の思惑にはまらなければ権力を振りかざした人間一方的排除されるのではないか…)

そんなことばかり考え、思い悩み、就職活動は捗りません。アルバイトを始めることすらできません。

そうして時間ばかりが過ぎてゆき、少ない貯金がジリジリとなくなってゆく現実を前に心が憔悴しているのです。

また就職をして前の会社で私のことをおとしめたやつらのような人間奉仕して日銭を稼ぐことが生活を続けるということであるのなら、死んで誰の助けにもならない結末を選んだ方がいいのではないかと考えるようになりました。

努めて客観的に見れば極端な考え方だというのは分かっています。でも、そういった考えを払拭できないほど「死んだ方がいい=死にたい」という気持ち脳みそに強く根づいてしまっています

これが、私の「死にたい」です。

はじめに述べたように、誰でもある程度の死にたみを抱えていると思います

から問いたい。

みなさん、「死にたい」にどう対処していますか?

ひどく落ち込んでいる人に「頑張れ」が基本NGワードなのは広く浸透したように感じます

学校いじめを受けた人に「逃げてもいい」「無理して学校に行かなくてもいい」という価値観を持って接することについても同様だと感じます

そういうふうに、死んでしまいたいと思うほど病んでしまった人に、どう接してあげたらいいんでしょうか。

私は、私にどう接してあげたらいいのか分かりません。

深夜に↑の書き込みをしたけど、「君は分かっていないだろうが、自分は分かっている(気付いている)」というスタンスで私のことを変に分析したコメントを投げる人が多くて反吐が出て消してしまった。心から好意コメントした人もいたかもしれないのにごめんなさい、という気持ちで再掲です

うつ病が治ったら小説が書けない

趣味で書いていた小説

うつ病が治ったら何一つ書くことが出来ない!

空想妄想などもしなくなり、何時間も寝食を忘れるほど机に向かうことが出来なくなってきた。

うつ病だった頃みたいに沢山小説は書けないのかと思うと悲しい。

でも常に死にたいのに死にきれないし、眠れないから眠くなるまで小説書くみたいな生活には戻りたくない。

書く才能なんてなくて趣味の域を出なかったけど、ほんの少しだけでも自分で誇れていたものが抜け落ちるのは結構悲しい。

死にたさが湧いてきた

死にたい定期

2018-11-11

anond:20181110115120

そうだな

おかしい生き物の人数が多すぎる

からおかしくなりかけたら、さっさと死にたい

2018-11-10

精神リストカットをやめたい

 何年も前の失敗を思い出す。あの時何であんなこと言ってしまったのか。あの時もっとうまくやっていれば、もっと良い人生が送れたのではないか。思い出しては、心が痛むのが分かる。頭の中では、デフォルメされた心臓に刃を突き刺し、血が流れている映像が浮かぶ。心は目に見えないから、「それ」が人にばれることはないが、もう幾度となく頭に浮かんだこの画像は、実際の傷のように私に深く刻まれている。

これは、“精神リストカット”のようなものだと思う。本気で死にたいと思っているわけではないが、自傷行為に及んでしまう。死には至らない程度の、しかし痛みは感じる傷を自らつけていく。そしてそれがやめられない。

後悔している間は、他のことが考えられなくなる。いや、考えなくてもよくなるといった方が適切であろうか。今に満足していないから、過去に原因を探してそれに悩むことで今の自分肯定したいのかもしれない。

「かもしれない?」自分のことであるにも関わらず、なぜあいまいなのだろうか。それは、自分でもなぜこんなことをしているかからいからだ。自分勝手に嫌なことを思い返して、嫌な気持ちになり、何も解決しない。思い出す失敗は今更どうしようもできない類のものであることから、この行為が如何に非生産的なことであるかはわかっている。しかし気づけばそのことを考えてしまうのだ。それも一度や二度ではなく、無数に、である。時には泣いてしまいそうになるときさえある。もうどうしようもできない辛い出来事を思い出し、悩み、そしてどうにもできないことに気づき、また悩むのである自分でもなぜこんなことをしてしまうのか分からない。

実際には、なんとかなると思っているからだろうか。例えば、人間関係についての悩みであれば、また連絡をとってみるだとか、もういっそのこと諦めて次の出会いへの反省材料にするだとか。勉強就職試験のことであれば、より良い方法を探すための手掛かりにするだとか。

精神リストカットが終わった後であれば、このように理由付けを考えることもできる。しかし、精神リストカットをしている最中は、こんなことは考えていられない。ただひたすら、自責の念に駆られているだけなのである

この行為問題は、目に見えないことにあると思う。実際に手首など体の一部を傷つけるリストカットでは、その跡が目に見える形に残ることになる。もちろんこのリストカットも大きな問題であるが、精神リストカットも、実際のリストカットと同じくらいの危険性を孕んでいるのではないかと思うのだ。傷が見えない、ということは他人にも気づいてもらいにくく、更に自分自身でも気づかない場合がある。リストカットでも程度を間違えると出血過多で死んでしまうように、精神リストカットも程度を間違えれば、自らに不可逆的なダメージを与えてしま可能性がある。

しかしたらあの時、傷つけてしまたかもしれないあの人へ。ごめんなさい。でもきっとあの人は、私が今悩んでいようと笑っていようとあの人自身人生を送っている。声をかけて避けられたならもう仕方がない。社会にはまだたくさんの人がいる。自分ではどうしようもなくなってしまたことに、悩んでいてはこれから人生も後悔することになる。謝れるのなら謝って。もう謝ることすらできないのであれば、今後迷惑をかけないように努める。自分が精一杯やってだめならば、もうその人とは縁がなかったのだ。自分一人でもこんな面倒な精神を持っているのに、人と関わっていけば、どうしようもできないこともそりゃ出てくるであろう。

反省して次に生かせるのなら生かす。でも、後悔は1度きりだ。記憶だんだん自分の脚色が入っていく。一番現実に近い時期に行った後悔と反省以降は、もうただの自己満足である。こんなに反省して後悔しているのだから私は悪くないと思いたいだけだ。ヒトを思うふりをして、反省の痛みで許しを乞おうというのは、相手にしてみたら迷惑以外での何物でもない。そして相手のためにも自分のためにもならないことで時間精神を使うのは本当に無駄なことである

わかっている。頭では十分理解しているはずなのにやめられない。こんな無駄なことに、時間を使うのはもうやめたい。

40過ぎだけど、今だに仕事電話を掛けるのが憂鬱だ。お客さんと会話も苦手だ。どちらも会話する場合気持ちギアを上げるから終了後はどっと疲れる。

毎日帰り道は自分発言対応の不味さを思い出して死にたくなる。いっそ死にたい

良くこれで20年も働いてきたと思う。毎日お腹痛い。そのくせ胃潰瘍と言われた事はない。

家にいるとき仕事の事を考えないように仕事記憶を外部媒体に入れて取り外しておきたい。

もうやだよ

死にたいというのはNGなの?

いいなあと思った記事に、死にたいのに勇気がないみたいなコメントしたらはてなさんにはじかれてしまったよ…!

かなしみ( ; ; )

2018-11-09

死にたいけど自分死ぬ勇気がないから誰か殺してくれないかなって

考えてる人たくさんいると思うんだが

そういう人が集まって誰かに殺してって依頼するようなサイトとかないのかなー

2018-11-08

anond:20181108162046

長生きしたい?」がNOでも「います死にたい?」もNO

やっぱり、これだよなー。

anond:20181108161224

子育ておわった系の人は孫の顔がみたいとか?

というか「長生きしたい?」がNOでも「います死にたい?」もNOだったりするんじゃないか

「います死にたい?」がYESだったとしても、具体的に行動するのって難しい(今の自分がこれ)

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