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はてなキーワード: 形成とは

2018-11-21

ガチで正直に仕事してるのに攻撃されたら相手が悪い、そんな奴は世間から袋叩きにあってもよい

 お前の場合は、最初から進んで正直に仕事する気ないの、相手にばれてるから、お前が喧嘩腰で対応されても、相手に非はない。

単にお前が悪いだけ。

また一般生活では、お前に、おかみが形成した善良な常識を守る気が全くなく、適当形式的ルール違反にかこつけて

気に入らない奴いじめようとか、虎視眈々してるようなクズからそのうち警察沙汰になる。

諸悪の根源は、お前みたいな奴、学校優等生が気に入らなかった、成績底辺クズにあるのに、それも分からないバカ

お前が不幸になる原因は、お前の存在のもの

2018-11-20

2029年3月27日(火)「はてな匿名ダイアリーサービス終了のお知らせ

いつもはてな匿名ダイアリーをご利用いただきありがとうございます

掲題の通り、2029年3月27日(火)をもちまして、はてな匿名ダイアリーサービスを終了します。

日中サービス提供を停止する予定です。

はてな匿名ダイアリーは、「はてラボ提供される、はてな実験サービスの1つ」として、2000年1月提供を開始いたしました。

テキストのみ、お絵かき機能画像投稿など一切ない多様な表現不可能サービスで、

うんこ漏らした」から始まる“うんこの投げ合い的”なコミュニケーションを通じて

独自コミュニティ形成され、多くのユーザー様にご支持いただくとともに、

ユーザー様同士の交流の場としても長く活用されてきました。ご愛用いただきました皆様に心より感謝しております

その一方、はてな匿名ダイアリーシステム面では、困難な問題を抱えておりました。大きな要因として、長期にわたってサービス提供する中で、

その時々の時流に沿う形で独自サービス試行し、利便性を高めるために他サービスとの連携を図るなどの施策を取った結果、

システムが非常に特殊構造となったことが挙げられます。結果として、システムメンテナンスコストが増大し、

近年では新規機能追加だけでなく、不具合修正や大規模なスパム投稿への対策など、喫緊課題として必要対応も迅速に行うことが難しい状況でした。

はてな匿名ダイアリーは、提供開始以来ユーザーの皆様に長くご利用いただいてきただけでなく、

サービス愛着を持ち、温かく応援していただいているユーザー様が特に多いサービスでもあります

はてなとしても、サービスをこれから継続して提供するために取れる手段がないか検討協議を重ねました。

これは、サービスを最低限の機能提供し続けながら、ラボサービスであることを活かした実験的な手法での改善模索していくための決断でした。

しかし、ラボにおいても、現状のままのシステムサービス提供を続ける場合、今後、セキュリティ上の深刻な問題が生じる可能性が高く、

最低限の機能を安定して運用するためのコストが増大することは避けられません。

一方、システムの移行・刷新については、過去投稿データを保持しながらの開発となりますので、

新規サービス提供する以上の非常に大きなコスト必要となります

約2年間試行を重ねてまいりましたが、抜本的なサービス再生ができず、システム面の状況と現状のサービス利用状況を鑑みて、

サービス継続判断を行うことはできませんでした。

はてな匿名ダイアリーをご愛用いただいておりましたユーザーの皆様には誠に申し訳ございません。

このような判断に至りましたことを、何卒ご了承いただきますよう、よろしくお願いいたします。

投稿データエクスポートについて

これまでに投稿いただいたデータについては、エクスポートできるよう対応検討しております

ダウンロード方法や時期については、決まり次第お伝えいたします。申し訳ございませんが、

今しばらくお待ちいただきますようお願い申し上げます

まらない人間になった

中高の時、自分は常に何かを考えていた。

何を考えていたか、きちんとは思い出せないけれど、たぶん、幸せとは何かとか、人はどのようにあるべきかとか、漠然とした問いについてだった。思えばこの行為、答えのない問いと自分をぶつけ合う行為は、自身価値観形成する、大事行為だったんだろう。そしてなにより、そんなことを考えている時間が何より好きだった。

大学に入って、そんなことは微塵も考えなくなった。必要講義に出て、友達と喋り、それ以外の時間は中身のない娯楽に費す、非生産的な日々の繰り返し。

昔より社会に馴染みやす人間になったんだと思う。やっぱり独自価値観を持ってる人間は、それを社会規範と上手くマッチングさせる器用さを持ち合わせていない限り、拒絶されやすい。そういう意味では、良い人間になった。

でも違うんだ。俺はこんなつまらない人間じゃない。こんなの自分じゃない。この場所は心地がいいけれど、元の場所に戻れと、引き留めるような何かが消えない。

デスクトップの開発なんて、大した雇用を生まないだろw

しか電子カルテとかPOSのクソみたいなUIVBで作ってるけど、企業としてはLinuxサーバー管理できる人の方が欲しいのでは?

Mac Serverなんて失敗に終わってるし、Windows Serverはメジャーとは言えない

DockerだってLinuxを分割するものであって、それWindowsカーネルでもできるよ、とかMSが言ったのはその後

世の中のシステムは基本Webベースになって、デスクトップまでElectronとかになってきてるけど、Electronでフォトショが作れるか?というと、まだまだ無理だと思う

無理だと思うが、ちょっとしたGUIを作るのにHTMLXAMLは便利だ

でも、XAMLだのQtだのクロスプラットフォーム考える前に、システムトータルで考えると、Webベースですむことがほとんどに思う

そうではない画像処理なり、ネイティブでないとハードがいじれなかったり、という分野はあるが、そんなに雇用を生んでない

あと、ブコメにあるMSの命はOfficeとともになんてとんでもない嘘だ

現在MSAzureなどに主軸を移してる

WindowsOfficeは基本サブスクリプションで、使うときに金を払うか、ほぼ無償のようになっていく

そうでないと、無償Web版のOfficeなんか作らん

デスクトップアプリを買い切るビジネスモデルはもう崩壊してる

崩壊させたのはApple

Appleはかつての汎用機のようなビジネスモデルソフトハードのおまけ、を復活させた

しかし、Appleはそれを維持するためには、永遠に使い捨てハードを開発し続けることになる

魅力的なガジェット永遠に作り続ける、ものづくりは基本的ソフトサービスよりリスクが高い

その辺にApple終焉が隠れている

MSは、どちらかというとGoogle寄りのビジネスモデルに変化していく

といっても、Bingはクソだw

が、圧倒的に現在MSがかつてと違うのは、自分たち技術の中身をかなり開示したり、オープンソースに貢献したり、GitHubへの出資もその一貫であり、参照実装なども惜しみなく公開して、プログラマーを惹き付け、大きなコミュニティーエコシステム形成しようとしている

.Net coreなどもその一貫であり、ASP.NETはそこそこ実用段階に思う

デスクトップ系は前途多難だが、ネットサーバー管理周りはLinuxであれ、応用が効く

そこで特にAzureとの併用効果が発揮される

Azure管理PowerShellなどで行える

この辺はOSまり関係なくなってくる

現在MSにとって、デスクトップソフトウェアは門のような役割になっていく

もう主役ではないのだ

この動きはオープンソースXamarinのような戦略を加速させる

.NETもよりオープンものになっていく

.NET coreの成果がWindowsに逆流していくこともあるだろう

もう、デスクトップアプリ成功する時代は終わってる

一部の勝ち組を除いて、デスクトップアプリしかも箱で買い切らせるようなビジネスモデル成功する分野は限られてる

AdobeAutoCADサブスクリプション方式

この流れはどんどん加速する

ソフトウェアは基本無償になっていく

AdobeOfficeサブスクリプション方式であり、他のデスクトップアプリも使うとき使う時間だけ払うようになる

ちょっとしたデスクトップアプリでは金が取れない

主役はクラウドコンピューティング、というか計算機資源を売る時代になる

これも考えようによってはサブスクリプションである

すべてはサービス化していく

所有する時代は終わる

MSは二手三手先をちゃんと読んでる

WindowsOfficeが主役から脇役になる時代を分かっている

2018-11-19

他人がキチガイに見える人は実は自分もキチガイ

キチガイだと判断するための基準形成してる=自分にもその経験がある=自分キチガイから

社会に出たら役立つ知識なのでみんな覚えておくようにw

2018-11-18

「人との繋がり」の大切さを軽視したHikakinに大変失望した

例のPremiumの動画についての件。

いや、俺は別にPremiumがどうとかはどうでもいい。金銭感覚は人に依る。

問題は以下の、

高校生にとってラーメン一杯、友達と行く1回のゲーセン

どれだけ大切な時間か…YouTubeなんかに使うくらいならそっちにお金かけたほうがいい

個人的には思います。」

というユーザーコメントに対しての返信。

『そういう普通から逸脱した人が僕は成功すると考えてます!』

俺はこれに大変失望した。幻滅した。

Hikakinに対して抱いていた「尊敬」が一瞬にして「憎悪」に変わった。

普通から逸脱する」こと。

それが「成功」に繋がる、と言った意見

そんなわけないだろうが!

いや、「普通」、つまり常識なんかを疑い、新たな道を見つけること、これは確かに成功に繋がることがある。

例えばベンチャー社長なんかがよく言っている通りだ。

だが、言及元のコメントで言えば、「Youtubeより、友達との大切な時間に金をかける」ということを「普通」として、それから「逸脱」した方が良いと言っている。

友達」より「動画」を優先しろと。

もう一度言う。

そんなわけ、ないだろうが!!!

Hikakinがこれまでやってこれたのも「支援者」、「人の繋がり」があってこそだろう。

そしてHikakinもそれに応え得るために様々な活動を行ってきた。それには当然金銭コストが掛かるだろう。

Hikakinを中心としたオープンコミュニティみたいなもの形成されるために、Hikakin毎日様々なことをして、様々なもののために金をかけてやって来た。

そう言った、「人」の温かみに囲まれてやってきたはずの人間が、「友達」よりも「動画至上主義となり、言葉は汚いが『Youtubeの犬』に成り下がってしまたことに俺は大変失望している。

俺がわざわざはてなアカウントを作ってまでこの匿名ダイアリーにこの記事を載せようと思った理由はたった一つ、

この考えがユーザー特にそのメインである学生」に波及してしまったら大変まずいと思ったからだ。

それは、自分の話になるが、そんな「動画至上主義」が「学生」の自分社会から置いてけぼりにしてしまたからだ。

Youtuberが台頭し始めた頃、俺は丁度高校生になりたてだった。

もちろんHikakinもそうだが、はじめとかマホトとか様々なYoutuberがいて、俺はそれにどっぷりのめり込んでいった。

動画時間は短いようで、長い。平均10分の彼らの動画を夜に30本見るためには300分、5時間かかる。

実際はもっと見ていた。大体の人気のYoutuberをフォローしていた。

俺の人生が、俺の昼の時間までもが、Youtuberに浸食されている危機感に、俺は気付いていなかった。

休み動画を見ていた。気付けば、生身の友達の横で、まだ見ぬYoutuberを捜索していた。

元々高校に入る前からネットにはまり気味だった俺にも、高校ネット仲間、別にネットについて詳しくはなくても他の繋がりで仲の良い友達がわりといた。

部活に入っていなかった俺にだってクラス友達を作ることは簡単だった。

放課後に、部活に入っていない友達同士で色んなところに遊びに行ったり、食べに行ったりすることが、学校生活一番の楽しみだった。

楽しみだった。

いつからか、「あー、今日は帰るわ」と、無意識に口をついて出るようになるまでは。

俺が下校時まで、下を見ながらYoutuberの動画に笑い歩くようになるまでは。

もう俺は動画に「洗脳」されていた。

今思えば、どう見ても面白くない内容の動画が、学校での他愛ない雑談よりも「面白い」と考えるくらいには。

その先は言わなくても分かるだろうが、一日中スマホを見続ける俺から友達は離れていった。

「それでもいい」と思っていた。ここまでくれば明確に「頭がおかしい」、と今の俺でも思う。

受験になって、時間の大切さを改めて知るまで、正確に言えば、スマホ中毒だと俺を病院に連れて行った母とそこの医者に言われるまで、それは治らなかった。

スマホ中毒自体Youtubeに限ったことではなかったが、俺はそれによって初めて自分の異常さに気付いた。

大量にチャンネル登録していたそのアカウントは消した。今はサブ垢一つになった。

動画を見るのはすっかり一日一時間程度になった。俺にとってはかなりの進歩だと思う。

もう昔ハマっていたYoutuberを見ることもほとんどない。今でも面白いと思えるチャンネルしか見ない。

でも、フォローがやめられない。

いや、書いた通り日本Youtuberはほとんどフォローしていない。

海外だ。

英語が分からない俺にでも面白動画がかなりある

今の冷静な頭で、面白いと思える動画が、世界にはまだまだある。

言ってしまえば、「追っかけ中毒」は終わっていない。

あの頃に「友達との喋り方」みたいなもの、いやもっと根源的に言えば「友達の作り方」みたいなものをすっかり忘失してしまった一浪大学生の俺に、今も友達は一人もいない。

言い過ぎているわけではなく、文字通り友達が「一人もいない」。

俺の人生は、「インターネット」に壊された。

いや、正確に言おう、「友達より動画を優先した自分に」。

自業自得だった。

Hikakinのあの一言が、恐らく安易気持ちで返信したあのコメントが、そんな事態不特定多数に遭わせようとしている。

もう自業自得ではない。

あのコメントを見たユーザーが、Hikakinの考えは意識が高いな、じゃあ自分も…となり、俺のような事態になってしまったら。

その責任は、言うまでもなくHikakinにある。言い逃れはできない。

自らのリプライが、学生人生を壊してしまう。

そんな「影響力」が自分コメントにあることに、彼は気づいていない。

正直Hikakin活動については俺はかなり肯定的であったと思うが、今回の一言でさすがに幻滅した。

これからは堂々とHikakinアンチを名乗ろうと思う。

これを書くためにキーボードタイプしているこの手もまだ怒りで震えている。

これまでHikakinが行ってきた人道的な活動好意的交流については変わらず称賛したい。それは誰も文句が言えないことだと思う。

しかし、Hikakinよ。お前の影響力がどれだけか、まだ分かっていないのか。

そもそも小学生の夢がYoutuberって時点でヤバいのは分かる、だがそれは「個人」の影響ではない。

ただ、お前の「一言」には確実に大きな、莫大な力があるんだよ。

お前の普通を語るなよ。

『人それぞれいろんな考えやお金の使い方、自分への投資、あると思うけど』と言うなら、お前の普通社会普通と思うなよ。

『僕は~と考えてます!』という予防線は「普通」という単語を使った時点で矛盾してるんだよ。

お前は才能があったから、「コミュニティから逸脱しても、ネットで囲われることができたんだ。

大多数の人間には、「独り」から広げられる人脈はごく限られている。俺に限っては無かったんだけどな。

友達がいなくなる。

「それでもいい、『普通から逸脱する』ことが成功につながると、Hikakinも言ってた」

俺はそんなことを言い始める学生が一人でも現れたら、発狂しそうなくらい悔しくなると思う。

Hikakin、もし運命と偶然によってこの記事出会ったら、お願いします、どうかあのコメントを消してください。

俺は、どの学生にも「普通」の人間関係を築いてほしい。

君はそうは思わないだろうが、一億の凡人にとって、「友達」ってのは、未来を切り開く一番大事ものなんだよ。

2018-11-17

anond:20181117193407

金持ってるか持ってないか人格形成関係ないんだよね 著名な金持ち見ればわかるでしょ

2018-11-16

anond:20181116214131

横だけど、相手探してアプローチして勝てるような自己形成もできてない奴は負け犬として滅べって事ではないのか

動物として敗者が存在しちゃいけないって話だった?

anond:20181116213928

自己形成とやらで優劣をつける話はどこいったのか、この差別主義者が。

人格差別する最悪な差別主義者は差別自覚したらどうか。

anond:20181116212046

充てがわれると思ってろくに自己形成できてない人間はそろそろ居場所ない

anond:20181116181720

自分でなんでも出来る」と思えない思考回路を幼少期に形成させられたら、それだけで全ての物事が数ランク難易度高くなるんじゃねえの

2018-11-13

anond:20181113121146

横だけど、人に「検索するのが常識だぞ」って言ってるからじゃないの?

知ってる人は検索する労力を惜しまないで済むけど、

普通の人は誤用だと思って「違うんじゃない?」って発言したら「マジレスww」って煽られる地獄形成される。

2018-11-11

anond:20181110001043

北海道で群れを形成したての秋刀魚の肝はうまいのだという。

なぜならばその先、サンマは群れで行動する。エサも食うが、群れの中で排出されたフンやら鱗やらも見境なく食う。そのために秋刀魚の肝は雑味を増し、苦くなるのだという。

なお、その若い秋刀魚の刺しを肝醤油(なので汚れていない肝が良いのだ)で食うのが一番うまい、らしい。

信じようと信じまいと

2018-11-10

これを見て、まだニコ動じゃなくてYouTubeでいいじゃんという人はヤバイと思う

anond:20181109105536

これらはニコ動でなければ産まれ得なかった動画なのである

ニコニコ動画というのはプラットフォームであり、文化形成するための場所しかない

からニコ動がつまらなくなったと言うのは筋違いなのである

それは、自分の好きなジャンルが衰退した、もしくは興味が無くなった、が正しい

そして、ニコ動の使い勝手いくら悪かろうが、そこで根付いた文化簡単には無くならないし移植もされない

それがわかっていたからkawango氏は今まで手を抜いていたのである

何故簡単には無くならないのかといえば、ニコ動コメントシステム意識の共有のしさなのだろう

同じ場面で面白い等のコメントが書き込まれ感情を共有することができる

例えるならば、コメディーのテレビ番組スタッフや観客の笑い声が入るのと似たようなことである

最近YouTubeプレミア公開という動画アップロードシステムがある

指定した時間から上映が始まりYouTubeLIVEと同じ様にリアルタイムコメントが打ち込める

これも意識の共有であり、かなり好評なようだ

それじゃニコ動ヤバイじゃんと思うのはまた違う

プレミア公開だけではやはり厳しく動画検索ではまだニコ動タグシステムのほうが上だろう

私は、VTuberを見るようになってからかなりYouTubeの見る割合は増えたもの

からといって、ニコ動ヤバイじゃんとはならないのはニコ動しかまれ得ない動画があるからだろう

ニコ動ダメって言ってる人。本当に動画見てる?

2018-11-09

anond:20181109024136

逆に考えるんだ、お前みたいなつまらない人間いるか面白い人間や才能のある人間が生まれているのだと。偏りを形成する上でお前は非常に重要存在なんだよ。

2018-11-07

anond:20181107143639

腐女子はこういうルールの上に不文律を作れって反社会的なことを平気で言うんだよ 明文化した合意形成ができないわけ

売春がなんでダメなのか直感にわからない人が多くてびっくりする

もし人類売春は悪いことだっていう倫理観を失ったら何が起こるか?

誰かが売春を始めると、最初のうちは高く売れるだろう。金持ちが性を買って、売った方は大金を手に入れて幸せになれる。この段階では売春は何も問題ない。

問題は、売春は誰でもできるということだ。

誰かが売春大金を手に入れたら、必ず模倣するものが現れる。すると競争が生じ、価格はどんどんやすくなる。

最終的には最も魅力的な少数の人間しか売春では十分な利益が得られなくなる。

現代では売春は稼ぐ能力のない人間にとってのセーフティネットだが、それも機能しなくなる。

そしておそらくこの段階ではすでに社会崩壊しているだろう。競争の結果最低値まで下がった値段で性を買える社会では、結婚するものはごく少ない。人間つがい子供を育てる。百歩譲って子供を育てるのに結婚必要ないとしても、女性妊娠中はまず働けない。それは現代ですらそうなのだから人類倫理形成する過程経験したほとんどの時代はそうだっただろう。だから少なくともその間は働かなくても生きていける方法必要で、それが結婚だ。

人類社会は、売春ダメだという暗黙の了解がないと維持できないんだよ。

2018-11-06

anond:20181106171726

そうだな。

排外、と言うからイメージが悪くなる。やってることは「コミュニティ形成」であって、コミュニティに内部と外部が存在するのは当たり前のこと。

コミュニティ間の交流重要なのも当たり前のことだ。

.

近代から現代にかけてリベラル挫折したの協調とは、世界村、みたいなぼんやりした全体主義であって、実際には「コミュニティ否定」であったか必然的挫折したのだ。人間コミュニティ形成しないと生きられない生物だし、コミュニティ世界全てに拡大することは不可能。そういうことだ。

anond:20181106143438

そこまでいうなら児童買春以前に児童労働禁止について研究して

反証を揃えてから主張するのが論理的というものだ。

お前が社会的合意がすでに形成されているものに対して

意義を唱えようとしている側なんだから

お前が説得させるんだよ。

違うな。

元増田問題提起に対して勝手な前提を持ち出した側こそ、

その前提の成り立ち、根拠と「それが社会合意形成である」ということを証明する必要がある。

社会がどうとかってのは結果論しかない。議論テーブルでいうことではない。

anond:20181106143149

そこまでいうなら児童買春以前に児童労働禁止について研究して

反証を揃えてから主張するのが論理的というものだ。

お前が社会的合意がすでに形成されているものに対して

意義を唱えようとしている側なんだから

お前が説得させるんだよ。

2018-11-05

愛国心がうらやましい

アメリカ報道見てると右も左も「愛国心」を持っていて、馬鹿でも一つの信念になってる。

その内実はそれぞれ違うんだろうが。

日本でもネトウヨが噴き上がっていたころは愛国心が一つの軸になるかと思ったが、徐々にその内実が「作られた伝統」「利権擁護」に過ぎないことがバレてきて鎮静化してしまった。

司馬遼太郎が昔、「愛国心というのはそんなに複雑なもんではなくて、ふるさと馬鹿にされたときに抱く素朴な怒りの感情だ」という趣旨のことを言っていたことがあったが、個人主義が進み過ぎてふるさとに何の愛着もない。そもそも隣近所の人の顔すら知らないんだからどうしようもない。

ここまで書いてて気づいたが、「愛国心」が何だと言う以前に、「国」「日本国」とは何かという点がものすごく曖昧だな。

アメリカ建国者が明確な理念を持って作った国だから、「アメリカとは何か」と問われれば建国理念を思い起こすことができるのだろう。

日本は大昔の王権豪族自分利権を守るために形成していった国だから、こういうのが無い。

戦後憲法理念をそれに代置できるかと言われると、押し付け憲法論を採らないとしても、結局西洋で作られた理念を具体化したものから、それが「日本理念」と言われてもピンと来ないところがある。

これまで数多くの研究者が「日本思想とは何か」というテーマに取り組んできた気持ちが分かる気がする。

この国は国民が共有する理念が本当に存在しない。

それによって生じるメリットもたくさんあるんだろうが、国全体が貧しくなってる現代だとただただツラい。

勝手論文自己責任論についての勘違い

安田純平さんの件について未だにネット上を始めとする批判ジャーナリストによる反論活動が繰り返されている。

安田さん本人の謝罪(?)によってやや縮小傾向にあるとはいえるが、それ故に結局本当に重要な点には誰も触れないでいるように思える。

すなわち、そもそもジャーナリストらによる自己責任論への反論は完全に筋違いなのだ

このことに彼らが無自覚であるなら、それは思考力の欠如であるし、自覚的であるなら、それは恣意的論点ずらしとしか言い様がない。

ジャーナリスト反論の不合理

多くのジャーナリストらはジャーナリズム民主主義において重要ものであり、戦場ジャーナリスト存在は不可欠であると主張する。

その上で国家には自国民保護する義務があることを理由自己責任論を排斥しようとしている。

まり批判者らはジャーナリズムを軽視している者であると断定しているのである

しかし、この論理安田さんを批判する人々に対してあまりにも無理解である

なぜなら、ジャーナリストらが主張するこれらの事実は、批判者らも十二分に理解しているかである

よほど極端な思考を有する人でない限り、ほとんどの人は今日民主主義国家においてジャーナリズム重要ものであることは肌感覚認識している。

政府を始めとした権力地位にいる者から大本営発表のみを盲信することは愚かしいと感じているし、物事判断する基礎となる事実取材行為によってもたらされることにも期待しているのである

戦場という非日常かつ機密性の高い場所情報を、取材行為によってもたらしてくれる人物重要性も当然に理解している。

要するにジャーナリストらの反論は、批判者においても大前提となっている事実、いわば双方の共通認識確認しているに過ぎない。

したがって、そもそも自己責任論による批判者に対しての何らの反論にもなっていないのである

自己責任論の根底

この共通認識がありながら、なぜ批判派と擁護派に分かれてしまうのか。

その根底にあるのはジャーナリストに対する不信感の有無である

批判者は、戦場ジャーナリストに限らず、様々な場面、特に政治的対立存在するような場面に現れる、ジャーナリスト個人に対して日々不信感を蓄積していたかである

公平中立が基本であるはずの報道において、あたか中立であるかのように振る舞いながらも、自らの支持する立場に基づくポジショントークに終始するジャーナリスト毎日のようにメディアに踊っている。

テレビ新聞だけでなくネット上の記事などでも、立場を問わず、とても適切な取材行為の結果とは思えない、ジャーナリスト自らの主義主張のみを垂れ流す言説があふれている。

本来報道の自由の背景にある知る権利とは、人々が自ら考え、判断するための資料提供にこそ意味がある。

まり報道第一義的には国民への事実供給資することを期待されているのであり、報道関係者個人思想判断結果の表明は二の次であるはずである

にもかかわらず、自らの主張の伝播にばかり気をとられたジャーナリストの姿を眼前に突きつけられ続け、人々は失望感を強め続けてきたのだ。

この失望感、不信感によって、人々の心の中には「大事大事ジャーナリズムあんな連中が担うなんて許せない」という意識が生じ、それがジャーナリスト個人の信用性への厳しい目として表れたのが、今回の自己責任なのだ

したがって、自らを正当化したい身内(ジャーナリスト)と客観的評価する人々との間にある、ジャーナリスト個人に対する評価の違いが、安田さん個人への批判擁護という派閥形成しているのである

安田純平というジャーナリスト

ジャーナリスト社会にとって重要な責務を負っている。

したがって、取材能力のない一般人とは一線を画していて然るべきであり、精神論しか言い様のない「信念」という概念のみで認められるべきではない。

その活動事実や結果を人々に提供し、国民知る権利に貢献して初めて、ジャーナリストと認められるべきなのだ

恐らく、このことはジャーナリスト自身よりも、客観的評価する一般人の方が重視しているように思われる。

安田純平というジャーナリストは、過去複数回に渡って拘束され、今回もあっさりと拘束されるという体たらくだった。

帰国後の本人からも多少の説明反省の弁があったとはいえ、そのリスク管理の甘さは明らかであろう。

この時点で、ジャーナリズムプロフェッショナルとしての評価は低くならざるを得ない。

他方で、このジャーナリストの功績といえるようなものは、一般国民の目にはほとんど現れない。

過去テレビ出演等でも話題になっているのは、専ら彼自身の拘束の経験談であり、取材の功績というよりは取材の失敗談である

それ以外に彼から発せられている情報は、中東情勢に然程興味のない人でも知っているか想像した通りものばかりで、国民有用情報をもたらしているとは言いがたい。

また一方で、拘束前にSNSで自らの思想に基づくポジショントークを展開するなど、失望されるジャーナリスト典型例を晒しているという側面もある。

これらを彼が冒した危険比較すると、とてもじゃないが大事大事ジャーナリズム担い手評価することはできない。

それでもジャーナリズムに根ざした「信念」とやらがありさえすれば正当化されるというのは、身内であるジャーナリスト以外には理解しがたい思考である

事実や結果から現れない「信念」というフワフワしたものを錦の御旗として擁護するのは、ジャーナリストへの失望を更に深める結果にしかならないだろう。

極端な言い方をすれば、ほとんどの人には、安田さんというジャーナリストと、危険場所動画写真SNSYouTubeに上げようとする一般人にどれだけの違いがあるのか分からないのだから

果たして不用意に中東に行って拘束されたYouTuberが現れたとしたら、ジャーナリストらは同様の擁護論を展開するのだろうか。

自己責任論の正体

最後に、国家自国民保護する義務を有することは、大方の人が理解しているだろう。

安田純平さんが如何なる人物であろうと、犯罪被害者となった以上、国は救う努力をしなければならないし、それの対価を請求することはできない。

ジャーナリストでなくても、そんなことは分かっているのだ。

それでも自己責任を追及したくなるのは、彼自身と引いてはジャーナリストらへの警鐘を鳴らしたいという思いがあるからである

欠片ほどの信用もできなくなる前に、求められるジャーナリストの在り方を顧みて欲しいと、大事大事ジャーナリズム担い手として信用させて欲しいと願わずはいられないかである


※この文章では、安田さん個人に未だ残るいくつかの不正行為疑惑については敢えて考慮しない。本来、単なる願いとしての自己責任の追及よりも、彼自身のこれらの具体的な疑惑こそ積極的に追及されるべきといえるが、この文章趣旨とは合致しないと考えるからである

anond:20181105215249

正直に、韓国美容形成を伝導したのはナチ須クリニック!誇らしい!ホルホル!って言いなよネトウヨくん

2018-11-03

anond:20181103125423

浮いては消えるネットバトルではたくさんのバカを騙せた方が勝ちでいいんじゃない

でも、勝負ありと思ったら実務家が参戦してきて形成逆転も結構あるよね。

「実務じゃこうやってんだ素人は黙っとれ」「へへー己の不明を恥じます」みたいな。はてな住人はわりと反省できる子。

そうか、理系だけじゃなく実務家も強いのか。ネットバトルで。

人間には生きる意味なんてない」と考えてる人って意外と多い?

たまに「生きる意味」「生きる価値」「生きる目的」なんてない、という人がいる。

世の中には、生きる意味を持っている人と、持ってない人の2種類がある。

生きる意味がない人って、ロボット哲学的ゾンビみたいだな、と思った。

 

生きるために必要ではない・本質ではないと思われるものを削っていったら何も残らなかった

美味しいものをたべたりだとか、しがらみの中で折り合いをつけて暮らしていくだとか、やりたくもない仕事をすることだったり、アホな話しかしない友人だったり、

こういったことは、自分形成する要素たり得ないと思っていたのだけれど、一つ一つをなくしていった後には自分には何も残らなかった

玉ねぎの皮を剥いたら何も残らなかった、みたいな

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