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はてなキーワード: 形成とは

2018-08-14

「みんな言ってる」の「みんな」を3組以上持ってない奴はヤバイ

一瞬で洗脳されてカルトの手先になりうる。

まあ俺は大丈夫だけどね。

ツイッターしかも、リアル垢・釣り垢・趣味垢・情報収集垢の4つだ!)

5ch

はてな

MMO

で4組の「みんな」を持っているから早々簡単には洗脳されないし扇動もされないし世の中の流行り廃りに対して変な勘違いもしない。

バランスのいい人間関係形成できてる。

anond:20180814040604

ごめん、横なんだけど

シリコンバレー土地柄、エンジニア関連職の内婚が多いため、自閉症の有病率が高いらしいが…

興味深い増田だ。

 

これからシリコンバレー自閉症人材最適化していき、世界中から生きにくいエンジニア(優秀)が集まってきて独自生態系形成されるとか、あったらいいな

サマータイム実現に必要なのはコンピュータの設定変更なのか

2018-08-13

anond:20180813223714

親に愛されたという強い肯定感を得るために子に色々やらせるって有りとは思う。
職業形成云々なら庶民教育基地外でもない一般人が出来ることって、やってもやらなくても大差ない。
一点突破型の教育基地外ならその限りではないけど失敗した時のリスクデカイ気がする。親子共々

2018-08-11

コミケ徹夜組ディスるヤツなんなの?

毎回コミケの時期になるとTwitterに現れるのが徹夜組に対して異様な敵愾心を見せる人たちなんですが、わたくしあれが理解できません。

なぜかというと、徹夜組よりもサークルチケット入場組のほうが確実に早く本を買えるからです。

よって真にヘイトをぶつけられるべきはサーチケ入場組であって、徹夜組ではないと思います

いや徹夜組が許されるわけではありませんが、ぶつけられるヘイトの量はサーチケ入場組>徹夜組であるべきです。

1. 徹夜組対策スタッフが多大な労力を割かれてるという理論

それはそうかも知れませんが、同時に準備会はサーチケ入場+フライング行列を認めるという対応をとることによって館内整理の手間を削減しています

というのは、20年くらいまでは、サーチケ入場者の列形成って認められてなかったんです。スタッフは入場者が列を作らないように散らしていました。

ところがいつからか、散らすことをしなくなったばかりか、サークル入場時間と同時の列形成事実上認められています

作成時にスタッフ誘導・列圧縮を行っており、そればかりかシャッターから外に出るときには「このサークル行きたい人はこっち」と分割列作成誘導までしてくれます

これは事故防止という観点からやむを得ない処置なのかもしれませんが、これは徹夜対策人員を割くのと同じ理論であり、事実上の黙認です。

2. サークル参加した経験があり、かつ自分たちサークル(3人まで)の誰かをファンネル飛ばし経験のある人に、徹夜組ディスる資格はありません。

ファンネル飛ばすのは結構ですが、だったら徹夜組にも文句言わないでください。というかなんで徹夜組ディスる必要がありますか?

あなたがたは徹夜組よりよほど勝ち組ですし、負け組のことを考える必要などないはずです。

3. 一般参加者でかつルール内で定められた時間以降に来場しているという方には、徹夜組ディスる資格があります

ただし、徹夜組よりサーチケ組のほうがよほど甘い汁を吸っていますので、サーチケ組をディスったほうが生産的です。

以上がわたくしの見解なんですが、わたくしスタッフやったことがないんで、スタッフの方で「それはちげーよおめー」というのがあったら教えてください。

anond:20180811130828

でも今時リア充別に交流してたりするけどね

コミケよりジャンルオンリーの方がゆっくり交流出来る、なんて話もあるし

一番困るのはコミケ以外だと相手にされない超マイナージャンルの人だろうな

創作ティアとかあるから大丈夫そうだけど)

混雑とか徹夜組とかのコミケ問題点形成に一切関係ない人達が一番割を食うというのが気の毒だ

そういうのを作り出してる張本人大手エロサークル)はコミケ無くなっても

イベントだの書店だの通販だのに移行するだけで何も困らんけど

チンパンジー認識

ガンダム:ウホホホウホホウホホウホウホ

エヴァ:ウホウホ

マクロス:ウホホ

ギアス:ウホ

ボトムズアストラギウス銀河を二分するギルガメスバララント陣営は互いに軍を形成し、

もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。

その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公キリコ・キュービィー」は、

味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。

作戦中、キリコは「素体」と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、

から町へ、星から星へと幾多の「戦場」を放浪する。

その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく。

2018-08-10

みんなの力で東京オリンピックを失敗させよう

これほど祝福されないオリンピックもまたとないと思うのに、だれか馬鹿人間勝手な都合でオリンピックが開催されてしまうのだと、あいかわらず羊のようなブクマカたちは思っている。ごめん、お前たちの頭をいますぐたたき割ってやれなくて。

それはさておき、ネット形成される「民意」が国会議論にも、政策にも一定の影響を与えることを知っている。

それならば、オリンピックについても同じことをやればいいだけだ。

もう開催が決まってしまたから、唯唯諾諾と開催に伴う混乱と魑魅魍魎の跳梁跋扈を耐え忍べばならないという義務はどこにもない。

それなのに、あいかわらず羊のようなブクマカたちは、すべてを耐え忍ばなくてはならないし、そうしない奴は非国民だと思っている。ごめん、お前たちの頭をいますぐたたき割ってやれなくて。

ネット上で、オリンピックが誰からも祝福されず、どのような手段を使って開催しても、絶対に失敗してみなが損をするという機運を高めればよい。

高学歴者が多いけれど羊のようなブクマカたちの力を使って英語サイトを立ち上げて、

をしっかりと周知すればよい。

国内向けには、

オリンピックといえば悪、

オリンピックといえば田舎者趣味

オリンピックといえば利権

オリンピックといえば過労死

オリンピックといえば老人のごり押し

といったイメージ電通キャンペーンに負けないように完全に定着させることが必ずできる。

やればよいだけのはなしなのだ。

それなのに、あいかわらず羊のようなブクマカたちは反対の理屈を連ねるだけでなにもやらないだろう。ごめん、お前たちの頭をいますぐたたき割ってやれなくて。

2018-08-09

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

anond:20180808163742

バラバラにつみあがる形だと

「進行方向に固形物が雨のように空から振ってくる。一瞬身構える間にそれらは規則正しい音を発生させながら隙間なく積み上がり、気がつけばレンガの壁が形成されていた」

壁がそのままふってくる形だと

「突然、上空に大きな影が発生し降ってきた。とっさに身構えるがそれは音すらださず、それどころかおうとつすら無視して1ミリの隙間もなく逃げ道を塞いだ。まるで最初からそう形成されてたかのようにレンガの壁が存在していた。」

とか意外感、不思議感、具体感があるといい感じになるんじゃないかな(素人考え

2018-08-08

自分の考え」とはよくわからないものだなあと思った。

最近漫画を読まなくなった。

前は志村貴子の簡潔な描線に唸ったりしたものだが、最近見返してみたらただの手抜きにしか見えないような気もした。

そんな折YouTube漫画夜話の青い花の回を見かけた。

頓珍漢なことばかり言うレギュラー陣に自分なら何て言うかなあと考えていたら、

青い花志村貴子イチメジャーな題材でそれゆえ志村イズムが分かりにくいとか

ラブバズの駄目な藤が最高すぎるんだとか

青い花だとふみが勘違いの期待に答えられずしぼんでいくところに片鱗があるとか

あーちゃん兄貴キモさにガチ泣きするシーンの意味だとか

絵も言葉も本当に微妙表現が多くを語っているのだとか

なんか色々言いたいことはあるみたいだと分かった。

漫画面白くなくなってきたのは漫画を語る機会がなくなってきたかなのだろうか。

考えを人に語ることで興味関心に影響があるのだろうか。

あるいは、人に語るというある種「体面」の形成自分の考えそのものを作っているのだろうか、とも少し思う。

自分志村貴子が分からない馬鹿者たちに対抗するために志村貴子を深く評価しているのだろうか。

2018-08-07

女医のほうが診療で有利な点は多い

京医科大が女子が不利になるように点数を操作した件で、男性優遇するのが合理的だ、と東京医科大を擁護する意見があるけれど、違和感があったのでメモ

女性特有病気女医が優位

婦人科産科や乳腺外科は、どうしても女医希望する患者さんが多い。救急現場でも女医が有利なことは多い。例えば、若い女性の腹痛の鑑別として、異所性妊娠骨盤感染症が挙がるわけだが、これらの可能性を吟味するには、セクシャルヒストリーを聞いたり婦人科的診察をしたりする必要がある。「女性をみたら妊娠と思え」という格言がある通り。ちなみに男性医者だとやりにくいことは想像していただけるだろうと思う。(男性医者がやる場合には、必ず女性看護師に同席してもらう必要がある。)

もちろん男性特有の泌尿器系の問題では男性医師が有利な局面はあるのだが(ただし泌尿器科にも女医は求められている。。。尿もれ治療とか)、件数的には女性しか起こらない病気のほうが男性のより多い。

女医が筋力で困ることはほとんどない

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/08/05/kiji/20180805s00041000201000c.html

「重たい人の股関節脱臼を背負えるかって言ったら、女性は無理なんです」という西川医師発言に対して。

医者は持久力が必要なことは多いけど、筋力はあまり必要ない。(別にそこで勝負する仕事ではない。)整形外科の手術で、麻酔をかけられて脱力した足を持つのは確かに辛いのだが、正直それも初期研修医仕事で、執刀や第一助手をする年度になれば関係のない話。(正直、いくら足をもたせても外科医としての腕が向上するわけじゃないので、下っ端にしかやらせない。)正直、他に筋力がなくて困る場面は思い浮かばないので、あえて男の筋力が必要な場面を抜き出してきたのだと思う。力仕事看護師介護士のほうがずっと多い。

主治医24時間スタンバイしているわけではない

https://news.yahoo.co.jp/byline/enokieisuke/20180805-00092038/

研修医がローテーションするようなある程度規模の大きい病院大学病院とか)では、主治医経験年数をかなり積んだ(そしてそれほど若くはない)医師で、下に担当医などの名称で後期・初期研修医がつく、という体制になっている。夜間の急変に駆けつけるのは担当医か、またはその日のオンコール(当番)であり、きほん主治医ではない。医師医師法で診療した患者についてはその日のうちにカルテを書くことが義務付けられているので、カルテを読めばそこそこ状況はわかる。

それなりに経験年数を積んだ、30半ばとか40越えとかの主治医が、入院患者24時間張り付いているという体制病院はかなり稀だと思う。学会研修に出るためにも、交代制は必要なわけだし。

看護師労働環境が悪いとすぐ職場を移るので三交代制など労働環境是正が進んできたんだけど、医者って担当患者のことを考えたり、レールから外れた場合キャリア形成不安だったりして、極悪な職場環境でもやめられなくて、そのせいでブラックな体質が変わりにくい状態でここまできてしまったんだよね。だから女性公然と切り捨てる発言が許容されたりするんだけれども。上の世代と話すと、過労死ラインを大幅に超えるような労働であっても、そういう働き方に耐えられず体を壊したりうつ病になったりする人間そもそも適性がないんだ、という発言を聞いて怖くなるようなことも多い。実際、研修医うつになる人は多いし、医局ソファで居眠りしていると思ったらくも膜下出血を起こして死んでいた、というような話もちょいちょい聞く。

でも、さすがにあまりブラック職場だと評判が広まって人が来なくなったり、上の人間意識だんだん変わってきているので。これから変わっていくんだろうとは思う。今の制度だと医師がやること多すぎなんだよね。。。もうちょっとコメディカルはいろいろできる力があると思うし、権限増やしていいと思うんですよ。医療破綻するか、医師人間性を失うまで働くか二択ではないと思う。

2018-08-03

anond:20180803105332

プロ家政婦はむしろそういう市場感覚でいいんだけど、今必要とされているのは

「家政婦一年目の女の子と同様程度の能力しかなくていいアマチュア家政婦」だからな。

それはおそらくなり手としてはどこにでもいるし仕事も沢山あるだろうから、どんどんそういう市場形成していくべきだなあ。

2018-08-02

医療経済の基礎知識

医療サービス特殊な需給関係もつ財・サービスである

医療サービスが買えないということはすなわち「何も悪くないのに苦しんで死ぬ」ことである。また、大昔は宗教がそうであったのかもしれないが、代替サービスも少ない。よってある程度価格が高くても買われるサービスである。一方、人間年をとるとあちこち悪くなるので、価格一定程度安いと需要が爆発的に増えるサービスでもある。

要は、価格ニーズ需要を反映せず、言い換えれば価格感応度が低く非常にいびつ需要曲線を形成するサービスである

(更には、供給が滞ると社会不安を招くので採算度外視供給されがちであるとか、需要者たる患者供給者たる医師とのサービスに関する情報格差が激しい、等の特徴もある。)

以上から医療サービス自由市場で売り買いするのが難しいサービスである米国を除く多くの国では、医療サービス規制され市場の仕組みに寄らない形で供給されている。


供給量の総額は保険で決まる。

人間年をとるとあちこち悪くなるとはいものの、壮年までは健康な人の方が圧倒的に多い。一方、医療サービスは決して安いサービスではない。よって、「多くの人からしづお金を集め不幸にも病気になった人に支払う」という保険原理に良く馴染む。

医療サービス市場の仕組みに寄らない形で供給されており、その供給量は保険金の総額で決まる。保険料が十分安ければ上述どおり需要は増えるので、保険金の総額=供給量=需要量となる。


供給側も専門性が高くつぶしが効かない。

医療サービス一般的に決して安いサービスではない。供給側も多くの資源を投入する必要がある。専門性が高く、収入が少なくなったからといって別業種に転換するのは難しい。一方で、ニーズ総体ではなく保険金の総額という制約のもと供給が決まるので、国が医療保険運営している場合、どうしてもサービス価格に下押しの圧力が掛かる。価格ニーズ需要を反映しないことは供給資源価格でも同じなので、すなわち、何もしなければ「医師が離散しない程度」までサービス価格は下がることになる。実際、冷戦期の東欧諸国では上記事態に陥った国もある。


前世紀までの日本

前世紀までの日本上記事態にどう対応たか

医師会が強力な政治力のもと、(医師品質管理的な意味合いもあって)医師数を抑制気味に保ち、よって個々の医師収入を高止まりさせることに成功した。

一方で、価格ニーズ需要を反映しないので、供給者サイドでの人や資源の配分に価格情報(≒優秀な人は高い収入場所へ、そうでない人はそれなりに)は使えない。よって、基本的には厳しい上下関係の下、医局が各所のバランスを取って独善的に決めていた。個々の医師自由は少ないが、「若い時には医局に居て激務に耐え年を取ったら開業医になって高収入と余裕を得る」というキャリアパスで報いていた面がある。但し、このキャリアパスの仕組みは本質的ヤクザ鉄砲玉と同じである

また、このキャリアパスでは常に開業医大学病院勤務医の先輩になるので、医師会は開業医発言力が圧倒的に高い組織であった。


現在日本

医師自由がなく医局独善的に全て決めるということはさすがに前近代的だということで、この仕組みは弱まった。

そうなると、医療サービス特殊な需給構造の中で、個々の医師が自らの経済合理性医師としての信念でものごとを決めていくことになる。価格ニーズ需要を反映しないこととは、供給者サイドでいえば優秀な医師もそうでない医師も一件は一件で受け取りは同じ、ということである

ここで生じたことは「中庸への集中」であった。保険金総額の制約があり、品質を過度に磨いても固定価格であることからリスクを抑えながらその中で品質を保ち十分な件数をこなすことが多くの医師の最適行動になる。

最新情報に数年遅れをとる若いうちの僻地勤務はダメ高収入でも業務はきつく医療訴訟ターゲットにされやす外科ダメ必要性は高くても医療訴訟ターゲットにされやす産婦人科ダメ、等。これらは社会的意義もニーズも大きいが、そもそも自由市場で売り買いできない医療サービスでは、「リスクに見合う価格」はもとからない。個々の医師がこれらを行う合理性は全くない。

結果として、個々の信念に頼るか、負担は大きくなっても別枠で予算を確保して充てることになる。


東京医大女子減点問題

女子外科等を選ばないということは、女子の方がより合理的選択をしているということである。もしくはリスク許容量が少ない状況であるということである

デジ同人面白いよみんなおいでよ

anond:20180801171936

作家デジ同人専業が可能かって話になると、どんなフリーランスだって難しいだろうから同じようなものだけど。

それは置いといて、以下はデジ同人面白さ。

デジ同人面白さは、DMMFANZA)とDLsiteという二大サイト自体が「場」になってるところにあるかも知れない。

元増田即売会デジ同人は違うと書いてあるけれど、同じデジ同人サイトですら違う文化形成されてる。

DMMでは実写AVから流入が多いのか、やはりリアル系シチュエーションが人気で、特に人妻不倫もの

DLsiteは、もうちょっとマニアック性癖だったりシチュエーションのものでも人気が出やすく、音声作品も強い。

大雑把に、おっさん妄想DMMオタク青年妄想DLsiteと考えるとわかりやすい。

同じ商品を扱っているサイト(最近専売も増えたが)なのにそれぞれで人気作が全然違うのは、サイト自体一種コミュニティ的なものになってるからだと思う。

なので、twitterでの宣伝というのはたぶんあまり意味がない。先日も数万人フォロワーのいる人の作品が200本くらいの売り上げだったのを見た。これは即売会などでも同じで、部数を誤る話はよく聞くことだけれど。

どちらのサイトにも共通してるのは、二次創作よりオリジナルの方がユーザーに人気ということ。

一時期DLsiteで人気だったのはセーラームーンダイの大冒険など、いま30、40代人間子供のころはやっていたもの

今のアニメを追いかけ続けるほどのオタクではないけれど、二次元エロオカズにしたいユーザーが多いから、そういう一周した現象も起きる。

ゲームとしてのクオリティは高くないRPG作品が人気なのも、当然ドラクエFFスーファミ世代理由にある。

こんな感じで世間流行に流されない(というかついていけない)土壌があるので、ある種自分性癖真摯エロ本位で作品に取り組んでいる人が多いと思う。

(音声作品だとたまにボイスチェンジャーも使わずファルセットだけで女性声を演じている作品もある。元祖バ美肉おじさんだ!)

あと、クリムゾン先生が未だに人気1位になったりするのもおもしろい。

普通オタクからするとネタとして消費し尽くした感があるけど、最新のトレンドについていくのがキツイ人たちからすると安心できる名前なのかもしれない。

なんにせよ長命なのは喜ばしいことで、デジ同人なら気に入った作家が長く活動してくれるかもしれない。


初めてデジ同人サイトで何か購入しようという人には、とりあえずランキングから作品を探すのがおすすめ

やはり人気作は一般的な質も高いことが多い。ニッチ作品を望んでる人は、DLsiteからキーワードタグで探していけばいいと思う。

ちなみにDMMタイトルの一部単語伏字になることが多く、決裁会社の都合から獣姦はだめで排泄物モザイクあり。DLsite獣姦OK排泄物モザイクなし。

二次創作の元のタイトルは基本伏字だけれど、キーワード検索ではちゃんと拾ってくれている(たぶん)。

商業作品販売もしているので、本を持ちながらの手淫や保管が面倒だという人はそちらから試してみるのもいいかもしれない。


ちなみによく誤解されているけれど、DMMDLsiteモノクロ作品黒海苔修正OKで、サンプルにのモザイクをかけている。

なので安心してモノクロ漫画作品を買っていただきたい。

ただ修正基準世間との兼ね合いなどで結構頻繁に変わるので、商業出版漫画場合修正が多少濃くなっていることはある。

また、しばらく前から音声作品も人気だけれど、これはもうちょっと頑張って欲しいところかな。

から性転換とかニッチな音声も出てたんだけど、その割りに最近作品は似たり寄ったりでニッチなツボをつく作品が少なく感じる。

一般的エロ音声はある程度拡充されたと思うので、もっとニッチエロ音声作品の登場に期待したい。

ちなみに、女性一方的に話かけるという形式からか、耳かき含め女性上位の作品が多い。そういう趣向の諸兄にはおすすめコンテンツ

年上女性に優しくしてもらう系の音声作品だと、実は女性客の利用も多かったりする。

作家側での同人活動でいえば音声作品は絵が書けない人でも参加できるので、興味がある人にはおすすめしたい。

声優さんや表紙イラストレーターお金を払う必要はあるけれど)

2018-08-01

ジャンル形成

ジャンル形成される場合にまず必要なのが意志である

そのジャンル足らしめようとする意志である

ここではそれぞれのジャンル本質的意味においての差異を持っているかを論じることはしない

ジャンル形成過程とそれにおいて生まれる状況というのを語ってみたい

まず第一にある一定の傾向を持つと認識される作品群が意識されそれを求めるもの、好むもの達が生じる

ここに需要が生じ供給が生まれるこの時点でこのジャンル過去に対してのそのジャンル類型の再発見ではなく二次的にジャンルのものを扱ったを作品を創出するという過程に至る

またそのジャンルという認識確立が様々な媒体社会に間接的に直接的に影響を与え、様々な領域へと拡散、浸透していくこうしてそのジャンル一定数以上の知名度を得、また一定以上領域拡散するとそこに社会文脈が生まれ

そしてそのジャンルに対しての評価が下される

このジャンルに対しての評価に大きな役割を担うのは二次的にジャンルのものを扱い創出された作品であると考えられる

それらがそのジャンル体現した存在と見られるから

そしてこの時にくだされた評価によりそのジャンル肯定する意志否定する意志が生まれ

この辺りからそのジャンルに対しての本格的な定義付け議論が生まれ

容認される領域容認されない領域の間で少しずつそのジャンル存在可能範囲が確定するようになる

少しこの部分について実例を交えて説明してみよう


例えばラノベというジャンルがあるがこれは軽薄であまり稚拙であるという評価から様々な分野から攻撃を受けており

最も厳密と思える定義の仕方で言えばレーベルという出版社から出版されているもの極めて限定的範囲に押し込められる結果となっている

それどころかラノベ小説文学にさえ含まれないと言った論調すら生まれている

このラノベに対する定義付けは一定解決を見るには至っていないそれは私見ではあるがその共通項がラノベが持つ構造により見出されたものではなく読み手側の持つ感覚により見出されたものからだと思う


次に純文学を見てみよう

こちらに対してはあまり詳しく知らないため多くを語ることはできないが語ってみる

純文学拡散を自ずのうちにやめてしまったように思える

ジャンル差別化を図り自らを自らの内に神格化したように感じる

その結果、彼らは過去に縛られ新しい作品を作る術を失ったようだ


次に私の好きなSF

SFは当初、低俗大衆文学であるとされていたようだが現在地位が向上し特に否定されるような作品ではなくなった

最近ではSF作品自体の勢いは衰えているように感じるがこれは人類に対して未知の部分の多くが失われたからだろうか?

まあ何にせよこのような全盛に比べれば少し停滞気味の状況とSFの持つ2つの特性から面白い状況が生まれ

1つ目の特性は極めてその定義けが難しいこと2つ目の特性は多くの作品に対してSF要素を見つけやすいということだ

こうしてSFを広めたいもの商業的にSFを盛り上がらさなければいけない者達は多くの他ジャンル作品群にSF的要素を見出しこれをSFだと吹聴して回るのだ例えばガルパンまどか☆マギカなどがそれに当たる私としてはアイロニーを感じてとても良いと思うが

ハードSFこそがSFだと標榜する輩にとっては不快のようだ


話を戻そうこういった様々な場所や形においてそのジャンル肯定しようとする意志とそのジャンル否定しようとする意志が衝突する

先ほどの例でも見たようにこの肯定否定には様々なレベルベクトル存在する

こうした中で生まれてくる本格的定義議論とその様々な結論によって更にこれらのジャンルは影響を受けそのジャンル本質とされる部分がクローズアップされその点が更に深められた作品群が生まれ

このような過程においてはレーベルから出版されたものラノベであるという解釈は単に便宜上そのように定めた事実を表すに過ぎず意味を持たない

この時にその作品群は本質的とされる意味の深化とともに無駄な要素が削ぎ落とされる、この過程を繰り返し最終的にそのジャンルは別の分野やジャンル侵犯する能力を失う

有り難いことにSFはこの過程が未だ生じておらず縦横無尽傍若無人にに他人の畑を荒らすことが出来るのだ

このような過程を経てジャンル一定の恒常状態に入る

この後は内的思索が主たる課題となりこの地点からの逸脱は亜型と処理される

そしてそのジャンルから失われた何にか、新しい何かを望むものはまた新しいジャンルを見出す旅に出なければならない

財布の差が「街の差=スラム形成」になるロードマップ

あくまでも可能性な。

https://anond.hatelabo.jp/20180731150705

家賃のとりっぱぐれのない年金くらしの老人はむしろインターゲットになるかもよ。

これはさすがに無えんじゃねーかなと、じゃあどうなるんだろかなーと想像してたら、ああスラムってこうやってできるのかなと思ったので。


家賃払えるほど年金が潤沢にもらえる老人には、おそらく持家がある。

逆に、近い将来老人になる賃貸ユーザー年金受給額も小さい可能性が高い。今の老人たちは土地神話があった時代を生きてきた人たちなので家を持つこと=資産形成シンプルに考えていた。そのため中産階級でも持家率が高かったわけだが、そういう空気の中で逆にずっと賃貸暮らしている老人は低所得世帯が多いだろう。

たぶんあと数年で経済移民が解禁されると、比較居住コストが安い都市近郊でも需要一定レベル回復するだろう、すでに首都圏近郊には「リトル○○」みたいな町ができている。西川口チャイナタウン西葛西のリトルインディアなど。そうすると郊外であっても年金暮らしでも借りつづけられるほど家賃が落ちない可能性も出てくる。都心部可処分所得の高い世帯ハイクラスの経済移民の街になるから新陳代謝(建て替えや再開発)が進んで、どんどん「家賃の安いのが取り柄の取り残されたみたいなアパート」的なものも減っていく。

あと10年足らずで団塊の世代後期高齢者になり、中産階級がいなくなり、労働移民が解禁されると、個人収入の差も、家計収支の差も、ますます広がるだろう。そういう貧富の差が住む場所を選別していく。

労働条件が悪い(今の政権方針で行くなら確実にそうなるだろう)経済移民と老人が住む町。それを楽しそうだと思うのも当然アリで、個人的にはちょっと楽しそうだなと思うが、自分が老人になったときにそれを楽しむ精神物理的体力があるかというとちょっと考えてしまう感じもあるね。

2018-07-31

AV女優流行

ってどこで形成されるんだろう

人気女優とか

Twitter

 

いやそれ言ったら漫画とか映画流行はどこで形成されるのかも謎だが

ある程度ファン同士のコミュニティとかサービスあるんだよね

anond:20180731021123

嘘乙。中世日本流動性を欠いてなお400年も政権継続したぞ。

全体的におかしいすぎる。

中世日本

これは何年代を指すか。一般的には、土地領主が発生し地域ごとに支配を行っていた時期を中世と指すことが多い、日本では鎌倉室町までを指すのが一般的(諸説あります)。鎌倉室町時期に400年続いた日本全土を支配的に統治した政権はない。

流動性を欠いて

諸説あるが、体制的な市場ではないにせよ、中世鎌倉中期ごろからなど諸説あります)には、すでに抽象的な市場経済は存在していたとする説が今では一般的増田のいう「中世」が、『400年も政権継続』という言葉から推測して江戸時代だと仮説をしても、すでにトラバにある通り幕府公認の米相場先物取引市場)すらあり市場経済が形成されていた。

400年も政権継続

これを上記のとおり江戸時代と推測して、教科書的な年号で、大政奉還(1868)マイナス徳川家康征夷大将軍になった年(1603)しても、265年間しかない。さらに、この江戸時代中、文字通り265年間安定的政権継続した、と言うのは少々雑ではある。前半40年近くは幕藩体制が固まりきっておらず、後半は100年近く攘夷だ討幕だなんだかんだとやっており、政治体としての徳川家はあるものの「継続してよかったね」と思うほどの政権があったかというと微妙だったりする。

2018-07-29

ディストピアに陥った日本

自民党政権下においては弱者排他主義推し進められ性差に関する公平な国家としては国際的には後進国レベルの水準に陥っている。それにも関わらず、安倍政権大企業経営者から成る経団連就職活動に強い興味を示す若者年代からの強い支持を中心に、依然として最大支持政党として盤石な体制を築きつつある。社会的弱者への排他主義(国際男女平等ランキグン114位)・経団連の駒となる労働者から権利剥奪働き方改革)・基礎科学の根幹からの弱体化(ネイチャー誌による2017年の批判・及び国立大学縮小改革)などこの政権下において進められた改革という名の行政行動に従って、この国は福祉人権科学於いて再起不能とも言えるダメージを負った。この世で真に正しいはずの自由平等権利といった概念は、多数決という名の暴力に取ってすげ替えられた偽りの民主主義によって地に落ちたのである。これらが示すことは、この国家は安定した負のスパイラルの潮流の上に乗り、2度と戻ることのできない底無し沼で沈み続けるということである未来はすでに失われた。

一方で、洗脳教育においては一定の成果を挙げ、教育水準が格段に低下しているにも関わらず(https://www.asahi.com/articles/ASKC36GYCKC3UTIL01K.html)、軽犯罪を中心とする犯罪率は格段に減少した(https://www.nippon.com/ja/features/h00068/)。人々は自分を取り巻く世相への理解に鈍くなる一方、穏やかになり荒げた行動を示さなくなった。オウム心理教によるサリン事件実行犯への一斉死刑執行などにも妥当である理解を示した(http://news.livedoor.com/article/detail/15080532/)。オウム心理教への破防法適用以降、組織的強硬無差別殺人は起こっていない。

一見して、世の中穏やかな人々が増え平和になりつつあるように見えるが、冒頭で示した通り国家未来の礎を築くための萌芽は摘み取られつつある。ここにある仮説を立てたい。即ち人々は自分意識の外で、いつの間にか国家にその精神支配されてしまったのである社会的弱者への排他排除への批判理解を示し、後退しつつあるはずの国際的評価無視して、極めてニッチでかつバブル期までに成長を築き上げた分野における国際的存在感https://seattley.hatenablog.com/entry/2017/11/04/141432)への強制的共感(いわゆるホルホル)による自己陶酔大中小企業強制残業が深い問題になっているも関わらず、労働者の芽を摘む施策への支持。この国家国民は爽やかな笑顔自分自身の首を締め付け自死に追いやっているのである

恐怖の無い平穏雰囲気形成した上での国民支配。まさに映画マトリックス」の世界。かつて世界で猛威を奮った共産主義国家が、未来の先に思い描いたユートピアのその先、ディストピアが今の日本でないだろうか(https://ja.wikipedia.org/wiki/ディストピア)。いや、支配的状況を平和自由錯覚している人々が大多数のこの国はディストピアさえ凌駕した修正ディストピアと言っても過言は無いかもしれない。この先起こりうる具体的なディストピア事象としては、東京五輪への強制ボランティア)参加であろう。すでに粛清対象も挙げられている(https://togetter.com/li/1212415)。もうすでに始まってしまって、予言へったくれもないが...さらにその先、この国には何の救済も無い絶望を突き進むのは間違いない。

北朝鮮アメリカ武力衝突中国との東南シナ海での覇権争いなど破滅武力行為による日本国家崩壊を期待して自民党投票された方もいらっしゃるかもしれないがそれらすら期待できなくなりつつある。安定的負のスパイラルに乗りディストピアを突き進む日本。一体全体、いつディストピアに陥ったのだろうか...僕のようなド素人ではなく有識者に論を讓りたい。

anond:20180729041241

もうさ、男は女を束縛するのではなく、解放してあげようよ?

男女である前に、1人の人間として扱ってあげようよ?

 

自分人生をどうしたいか?女も自分意思で決定してもいいだろう。

子どもを産めとか、男の性欲を満たせとか他人の都合ではなく、自分の望みで人生価値観形成すればいい。

2018-07-28

うんちを食べ続けて1年が経ちました

きっかけは会社をやめたことだった

会社ではなんの問題もなかった

残業はなかったし、給料もかなり良かった、上司も同僚もいい人たちだった。まさにホワイト企業

しかし、俺は会社をやめた

なぜかというと、うんちを食べたかたからだ

それも、人間のうんち。つまり人糞で、さら女性がしたものでなければならない

女性と言っても18歳から42歳までが対象年齢であることは言っておかねばならぬ

とにかく、俺はうんちを食べるために会社をやめた

やめた時点で貯金は180万円あった 

うんちを1糞5000円で買い取るとすれば360ものうんちを買い取ることができる

まずTwitter人糞界隈に乗り込んだ。この世界は信用の世界

よく考えてみるといい。玄関に見知らぬ男が来た。出てみると男が

「うんちを5000円で買い取らせてもらえませんか?」

といったと想像してみよう

クソが出そうなほど気持ち悪い想定である警察に捕まることを想像するのはクソをするほど簡単である

話が逸れた

Twitter界隈には人糞をこよなく愛するコミュニティ人知れず形成されている

その中には人糞を買いたい男、売りたい女、食べたい男、食べさせたい女、食べさせたい男など……とにかく多種多様人種がまるで羊の群れのように集まっているのである

その中は信頼と実績で成り立っている

糞を食べたいからと言って合って乱暴であるとか、暴言を吐くなどそういったことをした場合コミュニティに即広がり、村八分にされるのである

俺はうんちを1糞5000円から1万円で買い取ることにした

とにかく最初は買い取り、信用を高める

送られてきた糞は多種多様である

完璧なツルツルうんこ。いいものを食べているんだろう

クール便などを使っていないためまるでうんこのように腐っているうんこ

・まるで岩のようなうんこ。何食ったらこうなるんだ?

・犬のうんこ

ボールうんこ丸めたのか?

全部食った

不味いのは言うまでもない。しかし、俺はうんこを食べ続けるのだ

今日でもううんこを食べ続けて1年経つ

彼女には

うんこなんて食べたら病気になるからやめて」

と言われているがそんなことはない

うんこを食べ続けてから肌はツヤツヤ、筋肉もりもり、視力は0.2から0.5に(!)回復していた。糞は最高だ

唯一の懸念はそろそろ資金が尽きそうなことだ。まあ、無くなったら無くなったでいいのだ。その時考えればいい

2018-07-26

★「小中学校エアコン」★

★前提条件★

•小中学校エアコンは導入すべき.30度を超える環境でどうして子どもエアコンなしの環境で学ばせるのか?日本教育環境投資をぜずに利回りがマイナス住民サービスの向上に寄与しない箱モノばかり作ってきた.インフラ投資優先順位おかしい.

公立中学校管轄自治体であるため,基本的には市長村が環境整備を担う.学校エアコンを設置する際には,いくつかの条件を満たすと,国から3分の1の補助金が出るが(学校施設環境改善交付金),残りは自治体負担する.

学校子どもエアコンなんて贅沢だと考えている人(主に高齢者)は一定数いる.だがそれを老害だ!などと指摘しても何の意味もない.自身時代に手に入れなかったベネフィットを,後の世代や他社が得ることに抵抗感を示すのは仕方がないことではある.だから丁寧な説明コストパフォーマンス重要であると考える.

•大多数の日本人(中流階級)の所得が増えない現実を前に,将来に希望を描くこともできず,日々の家計が苦しい中で,他者税金で得をすることに嫌悪感を抱くのだろう(日本人の所得20年減り続けるという絶望的な構造欠陥なので本稿では指摘しない).

職員室にエアコンがあることをヒステリック否定的に叫ぶ人々がいるけれども,学校先生エアコンのない教室で授業をしている時間が長いわけで,教員の勤務環境が劣悪であるという現実共通認識として持つべき.つまり職員室にエアコンがついているので,先生だけ涼しい環境にあるというのは完全な勘違い中学校部活問題になっているが,不要不急な報告書アンケート対応など,教師労働環境は劣悪.だから志望者も激減している.

•決められた業務ルーチンワーク)をきっちりこなすことに関しては行政公務員は優秀であるが,経済合理性費用対効果視点意識は皆無である.だから,良い製品サービスを導入しようというインセンティブは働き難い.

公務員学校先生のひとりひとりは基本的には真面目であるが,合成の誤謬組織になると絶望的なほどに無能力になる.なぜか? 公務員組織基本的に完全年功序列制であり,モチベーションインセンティブ設計機能不全を起こしている.働いても働かなくても報酬待遇)は変わらない中では,楽をすることばかり考える.外注することが仕事になり,知識ノウハウストックされない.成果を出しても評価されない世界で頑張るのは難しい.この国の行政機構旧ソ連社会主義の失敗からまり学んでいない.

問題点★

行政は苦情(クレーム)に対して敏感であり,公正性を重視しない割には公平性平等を重んじる傾向があるため,公立中学校エアコンを導入する際には市内全校に一斉に導入するのが一般的である10万人弱の自治体中学校で5校前後小学校10前後の大規模工事となる.規模と納期要求による工費増を考慮することはない.

•どれくらい行政自治体スピード感がないのか?公立学校エアコン(空調)を導入するためには一般的に2年~3年かかり,次の進行となる.エアコンを導入するのに調査や設置の手法検討必要らしい.仕様確認したり,メーカー業者に最適な設計提案させればわかることをカネと時間をかけて調査する.生産性観点がないのだ.

n年度: 現況の調査、設置手法検討

n+1年度:設置手法の決定、事業計画策定

n+2年度:施工者決定、設計

n+3年度:施工完了

行政には経済合理性費用対効果視点意識はない.だから自治体学校エアコンを導入すると1台200万~300万円以上になる.信じられないことに1教室(1台当たり)300万円以上もの費用をかけてエアコンを導入している.オーバースペック必要以上の大規模工事実施して,結果ランニング費用も膨らむ.

他人の財布で他人のためにカネを使うときに人はもっと無責任になる.これは構造的欠陥なので別の機会に記すこととして,学校へのエアコン導入に限らず行政事業実施する際に考えることは,手間やトラブルを避けることである前例踏襲(他の導入事例に倣う)ことを何よりも優先し,面倒なことは避けたいという意識が根強い.

コストパフォーマンス視点は欠片もなく,業者に楽に発注することを考える.丸投げ外注できてトラブルがなければ価格が高くても関係ないのだ.そして業者側も官公庁公共機関)の仕事は稼げる,儲けられる,つまり利益率の高い製品必要以上の稼働費用請求できることを知っていて味を占めているため,安値提案利益率の低い受注)をすることはない(時に談合癒着が起きる).

建築年数が30年以上の小中学校では,そもそも教室の断熱や空調効率が悪いので,エアコン導入時には遮熱対策実施するのが合理的であるが,合理性観点はないため,エアコン工事だけ導入して,冷気を外に垂れ流す事態となり,結果,光熱費(ガス代・電気代)が過剰になる.全体を見てどうすれば省エネ運用できるかを考えることもない.なぜなら自分家の光熱費ではなく税金で払われるカネだから節約するインセンティブが働かないのだ.

★導入案★

•小中学校エアコン設置に基本設計など必要ない(空調設備工事設計委託無駄である).工業製品を各教室に導入するのに基本設計必要か? 電源の問題は別途電線を引くことで解決できると考える.

•一刻も早いエアコン導入のために各学校・各教室ごとに導入計画を立てるべき.日本の悪しき平等文化

•簡易な仕様書を各社に提示して,公募プロポーザルを併用した競争入札を導入するのが望ましい.つまりXX室の教室(例えば100台)導入するから提案をして欲しいと依頼する.仕様を満たして一番安い価格で入札した事業者と契約する.その際に提案稼働(提案費用)を払う,提案契約施行契約を分ける,これを怠ると癒着や割高な契約が発生する温床になる.

仕様書を複雑にして,指名競争入札するのは最低の選定方式.にもかかわらず,ほとんどの自治体が形だけの指名競争入札をする.仕様書に入れ知恵するのも業者から質が悪い.競争入札するなら一般競争入札とすべき.繰り返すがエアコン導入に複雑な仕様書は百害あって一利なし仕様書を書いた業者指名競争入札に参加するってプロレスか? 見せかけの公平性のためにいらぬ稼働をかけて実際は意中の業者契約するのは本当に汚い手法だと思う.設計施工は必ずしも分ける必要はないが,一括りが前提条件になってはならない.

•物品(エアコン本体調達と,施工エアコン設置工事)を分けるのもありだろう.各社が自社製品エアコンの良さをPRできる.工事業者もどれだけ効率的に施工できるか腕の見せ所であろう.

Panasonic日立三菱電機ダイキン富士通ゼネラルなど大手メーカーだけでなく,ハイアールなども価格競争力があるので声をかける.

•導入工事地元業者下請け活用することを要望しつつ,ヤマダ電機ヨドバシカメラなどの家電量販店活用できるのではないか

•完成検査(施主検査)を分けるのも一考.施工業者に完成図書を提出させる必要性は必ずしもないし,第三者視点でチェックするのが有用ではないかそもそも公務員にチェックを任せるのは難しい.

個人的には学校エアコンは,天井埋め込み型のエアコンやセパレート型のエアコンではなく,ウィンドウエアコン(室外機と一体型エアコン)が合理的ではないか? と考える.教室は窓に面している場合ほとんどであり,費用対効果が高い.PanasonicCUBEのような製品費用対効果が高いのではないか

2018年補正予算を計上して,2018年年度の冬休み春休み順次導入すべき.行政スピード感のなさと危機意識のなさは絶望的.

地方債もっと柔軟に発行できると良い.学校環境整備債権を発行して利回り1%にすれば購入者に困らないのではないか富裕層のカネはタブついているんだから.年利1%でも買い手はつく.地方債の引き受け手がなくなった時点でその自治体破たんしているに等しいから,指標にもなる.必要公共事業国債地方債)でやるべき.

ゼロかイチかの議論は本当に無駄で,イチに近づくように限られた予算の中で最大のアウトプットを目指すべきなのに,自治体現場では生産性のある議論ほとんどない.意思決定過程ばかりを指摘して,政策形成を良きものにする議論ができないのは日本教育の欠陥なのか,組織的欠陥なのか.学級委員会よりも酷いレベル民主主義日本行政現場はまわっている.

https://www.kawawaki.jp/air-conditioning-in-schools/

オウムの刑執行本日ある意味つの区切りになったと思うけど、

同じく国内テロ事件であった連合赤軍(大ざっぱにいって学生運動)との相似点と違う点を

比べて世論形成について・洗脳について考える必要があると思う

なぜかというと手段目的になったという点では同じだから

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