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はてなキーワード: 永久とは

2019-05-23

ヴィーガンが壊す食文化

動物人間ご飯でした。過去数千年も人間狩猟採集で生きていました。

狩で仕留めたマンモスを食べて氷河期を生き抜き、山でシカイノシシを食べて生き抜きました。私たち祖先はヤギや豚や牛や羊や鶏を、長い長い長い年月をかけて家畜しました。家畜化なんて一朝一夕一世代で出来ることではありません。祖父から父へ、父から子へ、飼育ノウハウを受け継ぎながら、家畜を食べる肉食文化を発展させました。

色々な国で色々な食文化が発展してきました。それは日本のように仏教によって禁止されながらも、こっそりと楽しまれたり、文明開化とともに最先端料理として食べられたり、ヨーロッパのようにソーセージベーコン干し肉なんかにして長期保存できるようにされたり、焼いたり蒸したり揚げたりして、美味しく食べれるように工夫されたりしてきました。イヌイットのように生食する民族も、沢山の香辛料スパイシーに食べる民族もいます食文化は、宗教やその土地気候と密に絡み合いながら発展してきました。

文化人間が長い歴史の中で作り上げた叡智の結晶です。衣、食、住の1つである、生き物にとって欠かせない「食」の文化は何にも劣らない人類史の大切な要素です。文化人類学的な価値を持つものです。

生物学的にも人間動物を食べるのには意味があります日本人だけが海苔を消化できるように進化したことは有名ですが、お肉も同じです。人間が肉を美味しく食べて、消化して、エネルギーとして利用できるのも、人間が長い間肉を食べ続けて、そのように進化たから美味しくお肉が食べられるのです。お肉を食べるのは人間が生態です。人間は雑食なのですから

連綿と続くこの歴史の中で、動物可哀想だという考えを持ち、肉食をやめることもまた文化です。人類がそのように方向転換し得る可能性を持つこともまた大切なことです。

しかし、それを望まぬ人に強要すること、人間全体から食文化を奪うことは文化破壊です。畜産家や肉屋やコックさんから仕事を奪う権利は誰にもありません。

食文化生活根付いて始めて意味がありますレシピの本だけあっても仕方がありません。肉を食べないということは今まで育んできた肉食文化永久に手放してしまうことになります日本和食文化遺産であるように、世界の肉食文化和食よりもうんと重要文化です。ヴィーガンの肉を食べない「食」が尊重されるべきように、私たち雑食の食文化尊重されるべきです。

そうして考えると「動物はあなたのごはんじゃない」というスローガンはあまり暴力的文化否定ではありませんか。

anond:20190523111701

冤罪だらけでないと思ってるやつもな

永久解決しない問題やで

冤罪が晴らされない限り冤罪だったとはならないけどほとんどの冤罪は晴らされないからな

2019-05-22

運転免許更新審査は緩すぎる

最近思うのだけど、運転免許更新審査は緩すぎる

別に実技試験をするわけじゃないし、ちょっと講習を受けるだけ

から技能がない人間が車を運転して大事故を起こす

「走る凶器」を運転する許可を出すんだから、それにふさわしい技能担保してくれないと

更新のたびに技能試験を課して、試験パスできなかったら免許失効にすればいい

ペーパードライバーももちろん試験を課す

特に問題な、人身死亡事故を起こした人間には、永久免許を与えちゃいけない

運転技能をろくに身に着けられなかったか死亡事故を引き起こす

そんな人間免許を与えてはならない

池袋事故以来、高齢者やすやす免許更新できてしまうことが問題にされてるけど

技能がないのにやすやす免許更新できるのは高齢者に限った話ではない

2019-05-21

生きているだけで年を取るし病気になる。生老病死の四苦とはよくいったものだ。

生きるのがしんどい、だからといって死ぬのはもっとごめんだ。

じゃあどういう形が理想なのか?

死後もログインできる電脳世界こそが理想の最終形態だろう。

そこでは現実世界での年齢や病気関係ない。肉体から開放され、年も取らないし病気にもならない。

永久的にその場にとどまり大切な人たちと過ごすことができるのだ。

現代科学においてそんな技術がないことは到底わかっているつもりだが、気分が落ちたときはどうしてもそのことをずっと考えてしまう。

皇室現代税金泥棒社会寄生虫

一発で司法試験に受かるぐらい圧倒的に有能なら尊敬もされるだろうが、善人を演じている大根役者ばかり。

天皇依存しないと生きていけない人は甘え。

天皇税金を使う公人ではなく、私財で暮らす私人として活動すれば良いのにね?

 

小室さんの同級生:「彼は素晴らしい人物だよ。きょうは来てないの?本当に良い学生で素晴らしい弁護士になるよ。とても有望だ」

他のコメントしてたらカットされてたかも?

 

平民なら、経済的我慢しなければならない留学や、アナウンススクールなど、数々のやりたいことを色々な人のおかげで行動に移すことができ、羨ましい限りです。

 

しかし、平民同士の「助け合い」ならまだ、いいですが、皇室特権を使うのは特定の人にだけ恩恵があり、納税者としてはとても不公平感を感じます

 

6000万と言われている、職員と偽り参加した婚前欧州旅行同行が事実であれば、誰が入れ知恵をしたのか。

私は、¥400万ごときより、こちらの方が大問題で追求に値すると思っている。

 

想像では、眞子さま秋篠宮さまに頼み、秋篠宮さまが宮内庁に話し、宮内庁忖度した、、、、と思っていますが。。。

 

本当だとしたら、これは暴動が起きてもおかしくないほどの大変な問題です。

マスコミは、政治家に追求するくらいとことん追求しなければならないと思う

他人を妬むぐらいなら自分努力をした方がいい。

少なくとも彼は皇族ナンパするだけの魅力を備えていた。

羨ましいと思うなら自分でも皇族口説いてみればいい。

 

なんで卒業式に出席しないのだろうか?

奨学金やら生活支援を受けているのに。

後ろめたいことでもあるのだろうか?

次年度も奨学金支給されるようですが厚待遇は不可解だなと感じます

本人も日本マスコミバッシングされていることをよく知っているのでは?

マスコミなんて「スポンサー」の駒にすぎないからね。

マスコミスポンサーって、今では資金豊富な「外資系」も含まれている。

中国を称賛するマスコミは、同時に反日演出

 

小室さん、さすがだね!と思う人は、

日本国内で、ほぼいないでしょう。

醒めた空気が漂うだけ。

  

今後の実務能力も怪しい。

今までの彼の態度や行動から見ると、

この先、仕事上で失敗しても、

真摯対処するより、誰かの陰に隠れると思います

 

眞子様は、小室さんが沈黙を続けている事に対して、

どんなバッシングにも、忍耐強く耐えてくれて、

眞子様を守っていると感じているとしたら、

それは、大きな間違いです。

 

小室さんは、危機や不利な状況に陥った時の、

対処能力に欠けていて、単純にどうしていいかからず、

現実逃避しているだけです。

 

もう、ここまで来ると、

眞子様秋篠宮一家全員の人物像に対しても、

疑問しかありません。

これでアメリカ弁護士資格を取れなかったら、彼もメッキがはがれるでしょう。

 

https://anond.hatelabo.jp/20190521084346 お金がないと人生選択肢が大幅に狭い

旅行なんか全く行けないし、食事寿司とか焼肉とか、それ以外でも食べたいものを気軽に食べられないし、都内暮らしだとワンルームを強いられるし、もちろんもっと安いところに引っ越したいと思っても引っ越し代すら捻出できないし、車なんか絶対無理だし、自転車だっていから買えない。休日電車でお出かけって言っても電車代かかるから必然的に家に籠るし、結局外に活動に出るということができなくて、家でネット彷徨ってるだけ。

 

お金がないと行動範囲が異常に狭くて、実体験というものができないため、心が貧相になる。

 

生活も貧相、心も貧相、お金がないとこれが永久に続く。

 

死にたい

税金で楽々暮らす上級国民になるルートを探せばOK

2019-05-20

anond:20190520150139

ポスト自由主義は、自己他者自由尊重する社会的公正を指向する思想体系のことをいう。性的な分野での自由を主張する近代自由主義(モダンリベラリズム)とは異なり、それが人々の自由をかえって阻害するという考え方が根底にある。現代において個人自由独立した選択実質的保障し、極度の恋愛的、性的は貧富差における個人社会的自由侵害する偏見差別などを防ぐためには、政府による制限や介入をなくしたりするのではなく、政府地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づく。

「公正」とは、ジョン・ロールズによれば「立場入れ替え可能性の確保」を意味する。これは人々に「社会のどこに生まれても自分は耐えられるか」という反実仮想を迫るものであり、機会平等と最小不幸を主張する。ロールズ格差原理では、格差ないし不平等存在は、それをもたらす関係につく機会が平等に開かれており、かつ、それによって社会で最も不遇な人々の厚生が図られない限り、その存在は公正ではないものとされている。

よって、ポスト自由主義積極的自由に基づく自己決定を推奨し、国家による性の再配分または地域社会による相互扶助肯定する。すなわち、市場原理主義では経済的容姿的、コミュニケーション強者利益を最大化する一連の行為のために、少子化問題構造貧困介護問題などさまざまな弊害社会問題が生じ、それは近代自由主義の「意図に反して」人々の社会的自由をかえって阻害しているとし、近代自由主義修正する思想である


階級間の融和不可能対立中央集権的な統制を是認しない一方で、近代自由主義者のように自由競争が市場における「神の見えざる手」のように最大多数の最大幸福自動的に実現するとは信じず、政府によって、各人の社会的自己実現をさまたげ、市場社会における相互欲求最適化や調整のメカニズムを阻害する過度の集中や不公正などの要因を除去することが、まさしく「自由」の観点から言っても必要だと考える。

なかでも○○は「自由放任の論拠とされてきた形而上学は、これを一掃しようではないか。持てる者に永久権利を授ける契約など一つもない。利己心がつねに社会全体の利益になるように働くというのは本当ではない。各自別々に自分目的を促進するために行動している個々人は、たいてい自分自身の目的すら達成しえない状態にある」と述べ、アダム・スミスに由来する「見えざる手」に信頼する自由放任論からの脱却を求めるとともに、具体的には不完全婚姻均衡からの脱却のための人口政策が、政府によって実現されることを求めた。

2019-05-17

anond:20190517174219

炭そのものを分解できる微生物自然界にかなり少ないんじゃない?

から、生木をそのまま放置するだけなら腐敗して腐葉土になって植物有用だけど、

炭化させてしまうと、そのまま半永久的に残り続けて植物の役に立たない。みたいな。

2019-05-16

anond:20190516120058

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2019-05-14

anond:20190514062657

使わせ続けたらadobe側がサポート費用がかかるだろ。

Windows10なんて永久アップデートかかっていくんだからその対応無駄費用

かさむのが嫌なんだろ。

Windows10の1507、1511、1607、1703、1709、1803、1809

これら全部に対応したり、古いバージョン使わせ続けろなんてことはしないと思うぞ。

トヨタ批判してる奴だって終身雇用制度永久に続けるのは無理だってわかってるだろ?

俺たちが考えるべきなのはどうやって終わらせるか、だ

出来るだけ社会が混乱を起こさないような軟着陸が求められる

年金も同じ考えになるかもだが

2019-05-11

anond:20190426211521

友人三人に見てもらったのにそれでもやっぱり「誤字脱字誤変換存在した」というのが面白い阿呆の友人、みな阿呆。低レベルな人のところには同じ水準の友人しか集まってこない。

知らない人にも売る同人誌という形ではなく、少数の仲間内回覧し、身内で褒め合って永久相互オナニーしてればいいんじゃね?

2019-05-10

文系学問において資料実在証明するものとは何か

久々にビッグ研究不正ニュースktkr

ということでキリスト教思想史研究やってた人が研究不正で懲戒解雇された件について、報告書に目を通した上でちょっと書きます

今回調査委員会被告発者に求めたのは、以下の項目でした。

この「写し」というのはどういうことでしょうか? 資料のもの調査委員会が求めなかったのはどういうわけでしょうか?

歴史学者にとっては常識なのですが、他の分野の人にとってはどうかわからないので、解説してみます

そもそも文系はどんな材料を使って研究してるのか

これは人というか研究分野によるので、安易なことは言えません。文学哲学社会学人類学歴史学言語学とでは使う資料がぜんぜん違います

で、この被告発者の研究手法は、近現代を扱う歴史家の多くが採用している手法だと思います近現代史を扱う人たちは、

を主に史料として使います(「史料」ってのは、歴史を記録したナマの資料のこと。「資料」と呼ぶと後世に書かれた二次文献なんかも含む)。あるいは、上に書いたようなものをまとめて出版した本とかを使います

これらの史料の特色とは何か……それは、

ことです。

公文書館というのは、「お役所の書いた書類を保管しておく施設」のことです。これはどのくらいかというと半永久的にです。普通文明国ならどんなに細かな書類でも公文書館に保管されていて、(民主国家場合は)数十年して機密解除されたり(独裁国家場合は)体制崩壊して民主化したりすることによって「申し込めば誰でも読める」状態に置かれます。これによって我々はソ連時代領収書なんかをロシア公文書館で読むことができるわけです。ソ連ですら公文書を保管して後世の我々に見せてくれているというのに……いや、これは余談でした。

当たり前ですが、それらはその国(あるいは地方)の公的な記録であって、自分のものにして持ち帰ったりすることはできません。ではどうするか。多くの歴史学者

などの手段史料を入手して研究しています(ちなみに写真撮影もカネを取る公文書館結構ありますね。日本だとどうなんでしょ)。

昔の人が書いたものも、本とかなら古本屋さんとかで流通しているのを買うことができるかもしれませんが、稀覯書でなかなか手に入らなかったり、古雑誌バックナンバーとか揃えるの無理ゲーだったりするので、図書館に所蔵されているのを使うことが多いです。近場の図書館に置いてない? 相互貸借もさせてくれない? そういう場合は当たり前ですが所蔵している図書館がある街まで行きます。その図書館がある街というのが新幹線必要距離だったりパスポート航空券がないと行けない距離だったりすることも稀によくある(歴史学者研究費は旅費と本代に消えていく運命なのです……)。そして、辿り着いた図書館カメラをパシャパシャやったりコピーを黙々と取ったりするわけです(最近スキャナーが普及してくれてマジ嬉しい)。

なので、調査委員会は「一次資料の写し」を求めたわけですね。たとえ彼が清廉潔白研究者であったとしても、一次史料原本なんてふつうは手元にないわけですから

しかし、本来、彼は「一次資料の写し」を提出する必要などありませんでした。自分論文を黙って調査委員会に提出すればよかったのです。なぜでしょうか?

ここで、もう1つの大事な話をします。

文系に「実験ノート」はない

もちろん分野によります心理学みたいに人を対象とした研究だとしっかり実験ノートつけるように言われるかもしれないし、考古学とかは発掘時の状況を克明に記録しておくことが重要だったりするかもしれない。でも、少なくとも近現代史みたいな分野では、実験ノートをつける、という習慣はありません。

私は一度も、理系で求められるような意味での実験ノートを書いたことはないし、書けと言われたこともないし、書いていないことを理由に責められたこともありません。もちろん史料ノートに筆写したりはしていますが、そのノートだって別に厳密なものではない。普通研究においてノートは使いますが、それは高校までのノートと一緒で、鉛筆で書いてもいいし、好き勝手なやり方で書いていいし、なんなら途中で破ったりしてもいいごく普通ノートです。最近ノートじゃなくてパソコンとかを使って研究上のノートを取ってる人も多いんじゃないかな(手書き疲れるもんね……)。

なぜか? と言われれば、

です。

まり、「もとになった資料」というのは、理系のように自分実験室の試験管の中にしかないものではなく、別の誰かが保管してくれているものなのです。

理系学問において標準化された改竄不可能な形で実験ノートをつけなければならないのは、自分実験室の試験管の中にしかオリジナル資料がないからですよね? しか文系場合は、少なくともここまで説明した近現代史場合は、オリジナル資料はどこかの政府管理している公文書館とかどこかの大学図書館かに保管してあるわけで、そこに辿り着くまでの情報さえ明記してあればそれで十分なのです。これはドイツ連邦共和国ベルリン連邦文書館の何々というファイルに保管してある何というタイトル史料だ、とわかれば、チェックのためにはそこに見に行けばよいし、これは19世紀に書かれたほにゃららという新聞に載っていた記事である、と書いてあれば、その新聞が所蔵されている図書館を探して読んでくればいいわけです。

なので、別にどんな方法ノートを取ろうが自由なわけですね。最終的に読者がその元になったデータを見つけられるようにしておけばいいわけから

ゆえに、歴史学論文や著書には膨大な注がつけられます引用した史料のそれぞれについて「どこに保管されている史料なのか」「なんという本の何ページに書いてあることなのか」ということを書かないといけません。

なかには、史料自分の手元にある場合もあります。多くの場合それは「昔の人が出版した商業出版物」なので(たとえば、極端な例ですが『わが闘争』)、他の誰かも持っていることが多いです。もしそういう史料捏造とかしちゃうと「俺もこの本持ってるんだけど、お前が引用してる箇所見つからなかったよ?」という怒られが発生します(なお、捏造ではないですが誤訳指摘は受けたことがあります。コワイ! でも覆面査読なのにこの文献の誤訳を指摘できるってことはあの人しかいないじゃん……ってわかっちゃう! 文系世界基本的に狭い!)。「むっちゃ少数しか発行されなかった自費出版の本」とかが典拠になっている場合もあります。こういう史料典拠にするのも仕方ない場合があるんですよ……典型的には、そこまで有力ではなかった政治家とか在野の知識人とかを研究したい場合、彼らが出してる本は全部自費出版というのがありえます(あと、言語学とかだと、たとえば与那国島方言研究したい場合に一番の参考資料になるのは与那国島のお年寄り自費出版した方言辞典だ、みたいな例がありまして……与那国町が進めてる辞書出版プロジェクトむっちゃ楽しみ)。ごくごく稀に、古本屋歴史上の人物が書いた手紙の山をまるごと購入できた、みたいな奇跡があって、モノホンの一次史料研究個人の所蔵になっている場合があります。これはねえ……もう本当に個々の研究者の良心を信じるほかないよね……若手研究者だと色んな大学を移り歩くこともあるだろうから所属してる大学図書館寄付しろとも言えないしね……原史料出せって言われたときにすぐに見せられるようにしておいてね、定年退職するときは勤務校の図書館に置いていってよ、とお願いするくらいしかできない感じはあるよな……

さて、長々と書いてきましたが、要するに、捏造を疑われた研究者がきちんと注で出典を書いていれば、彼は論文調査委員会の人たちの前に突きつけて「ここに出典書いといたから、見に行って確かめてこい」と言えばそれで済んでいたのです(それが生データにあたるものなので。実際、今回の調査委員会ドイツに問い合わせたりしていますね)。もっと言えば、彼本人から話を聞く前に、調査委員たちはまず典拠との照合作業を行って、彼が誠実に引用したこと、つまり彼が研究不正に手を染めてはいないことを確認してくれていたでしょう――もしも彼が潔白であったならば。

しかし今回の件では、注に不備があったので調査委員たちは注から出典を辿ることができませんでした。そこで被告発者に「写し」を求めた結果、元となる史料そもそも存在しない、捏造されたものであることが判明したわけです。

注をしっかりつけろよ! まことにごもっとも。特に今回のケースは注の多い学術書であり、注の不備は申し開きができません。しかし、しかしです、この背景には、日本出版事情が絡んでいるのです。

「注がない本」問題

今回の被告発者は、学術書のほかに新書も書いていました。多くの新書には、参考文献リストはありますが注はありません。そして日本には、「研究者が書いた真面目な学問に関する本だが、注がない」というのが一定数あります(一応言っておくと、ここではauthor-date方式みたいな「厳密な意味での注じゃないけど、ともかくも出典を示す機能を担っているもの」も含めて注と呼んでいます)。実はこれ、文系あいだでも問題視されていることなのです。

文系学者が書いた学問に関する著書には、明白に書誌情報として区分されているわけではないですが、いくつかの区分があります第一にいわゆる狭義の「学術書」。むっちゃ小難しい語彙で書かれてて、先行研究とか新規性かに一言及して、参考文献を何十ページも載せてたりするやつです。読者は同じ学者、あるいはその卵。これで注を省くのは論外です。第二に「教科書」。これは学生さんとか初学者向けに易しく書き、内容には特に新規性を求められておらず、包括的な参考文献はなくとも読書案内がついていればそれでよし、という感じでしょう。注は別になくたっていい。

そしてこの2つのあいだには、「一般向け」という広大なグレーゾーンが広がっています

あなた読書好きで、少々お硬い本にも興味があるのなら、中公新書とか講談社選書メチエとかそういったレーベルを聞いたことがあるでしょう。岩波書店青弓社社会評論社といった出版社の名前を聞いたことがあるでしょう。実はこの辺、色々な種類の本が入り交じるグレーゾーンなのです。

これらのレーベルで真面目な学術書出版する人もいます講談社選書メチエでも、末尾にビッチリ注がついてたり参考文献リストがあったりするやつあるでしょ? ああいうやつ。一方で、こういうレーベル一般向けの概説書・入門書を書くことに使う人もいます。よく中公新書で、包括的タイトルで薄めの本を見ることがあるでしょ? 今回の『プロテスタンティズム』もそれですね。そして、一般向けの解説を書きながら、さり気なくその中で新しい見方提唱したりする人もいます学術的な新規性のある内容を、一般受けしそうだという理由で限りなく一般向けの本の体裁で書く人もいます最近のやつだと『姦通裁判』マジお勧め)。

さて、こういう本を出す上では、内容は著者の完全な自由にはなりません。編集者は、もちろん学術的に正しい内容を求めているのでしょうが、彼らにとって重要なのは「売れること」です。そのために「一般向けにもうちょっと柔らかい言葉遣いで書いてください」とか色々と内容に介入してくるわけです。文体くらいなら別に構わないかもしれませんが、彼らの中にはこんな要求をしてくる人もいます「注なんてつけたら一般読者に嫌がられます、注は省きましょう」

こうして生まれるのが、「学術的に新規性が高く面白い内容を扱っているのだが、注がない」という一般書の群れです。

もちろんこういった本にも参考文献はあり、「注はないけど、典拠を探しながら読めば典拠がわかるような書き方になっている」本もそれなりにあります(たとえば、はてな太郎の説によれば、と本文中に書いてあれば、注がなくても参考文献リストはてな太郎が書いた『増田研究』という本を探し出せる)。ただ、やっぱりそれは注がある文献の出典表示の厳密さに比べれば一段劣るわけです。

これに関しては、研究者も出版社もそれぞれに問題があります研究者サイドは簡単に「注を省け」なんて要求妥協すべきじゃないし、そもそも「著書を出版する」ことが、博士論文を見るためにはわざわざ学位を授与した大学国会図書館に行くほかなく出版して書店流通させることが最も良い研究成果の流通のさせ方だった時代であればともかく、各大学リポジトリを持っていていくらでもディジタル研究成果を公表できる時代にあって本当に重視されるべきか考え直す必要があるでしょう(でも、欧米出版社でも学術出版は盛んなので、これは日本だけの問題じゃないんですよねぇ。今でもオックスフォードケンブリッジハーバードコーネルといった有名どころのUniversity Press学術書出版しまくってます学術書研究業績として重視されるのは人文系では割と世界標準なので……)。

一方で、出版社は注をもっと重視するべきです。というよりも、日本出版社やジャーナリストノンフィクション作家は注をつけなさすぎます。先日、ボブ・ウッドワードトランプ大統領についてのルポルタージュ出版しましたが、体裁も内容もおおよそ学術的とは呼べない一般書そのものの本なのに、きちんと出典を示す注がついていました。出版社は、学者に注を削れと言うべきではなく、ノンフィクションを書く作家記者たちに注をつけろと言うべきでしょう。

とはいえこれは一朝一夕はいきません。そもそも知の折り詰めである新書」という形態が割と日本独自のもので、そういう一般学術を橋渡しするレーベルが広く一般読者に読まれていることの重要性というもの鑑みると、簡単になくせとか言えません。私も色々お世話になってるし。人口1億人ちょいの書籍市場ではどうしたって限界があり、色々な本を出すのではなく折衷的な本を1冊出すのが経済学的には最も合理的という考え方だってあるでしょう。ただ、やっぱり一般書にも(それこそ講談社ブルーバックス岩波新書レベルにも)注を入れるようにする、というのは必要だと思うのですよね。

さてここまで「注がない本」問題について解説してきました。でも何が一番言いたいかというと、

注はあなたの身を守るためにある

これ。これに尽きます。注はちゃんとつけよう。もしもあなた捏造者でなくとも、研究不正をしていなくとも、実験ノートをつけない我々の業界において潔白を証明してくれるのは注だけなのだから。注だけが資料実在証明してくれるのだから。本の売上よりも、あなたの保身のことを考えよう。あなたが、部屋が汚いとかハードディスクがお亡くなりになったとかパソコンの買い替え時に行方不明になったとかの色々な理由で、史料の「写し」を紛失する日はきっと訪れる。そのときに、これまでのあなた研究の誠実性を証明できるのは、人文系学問においては、注だけなのだ

以上です。駄文に長々と付き合ってくださりありがとうございました。続きはanond:20190511125053で。

anond:20190510143636

日本って舐められたら終わりなとこあるよな

おっさん永久に維持張り合ってぶつかったり喧嘩になったりするのとかもそれが根底にありそう

2019-05-09

anond:20190509201400

エリートを集めるとそりゃそうなるだろ

今はまだ大和を失うわけにはいかないとか

連度の高い搭乗員最後まで取っておくとか

永久にそう言い続けて自分らだけは残る

成績優秀者=生き残れる時間が長いならみなこぞって最優秀成績をとろうとする

2019-05-06

anond:20190506175658

努力天才であるオリンピック選手白血病になったらどうなる?

ノーベル賞とった学者が重病になったらどうだ?

陸自レンジャーボクシングチャンプは重病なったら受け入れて格好よく死んでいくか?

人間は生まれから死ぬまで死んだ後も永久雑魚

弱いやつにだけ強い人が俺は強いと自画自賛してるだけ

青春の思い人は推し概念に一番近い

私は自身オタクであると自認しているが、ツイッター等で語彙力低下した奇声を上げるオタク諸氏と比べると執着・感情が薄い方だと思っている。もちろん推しキャラはいる(いた)が、そこまで熱心にコンテンツを追いかけた試しがないし、数か月で冷めて離れてしまう。

リアル人間関係特定の人とべったり仲良いということはあまりない方だ。

だが、そんな私がこっそり十余年におよび執着している対象がいる。相当気持ち悪い怪文書ポエムになる気がするので、ここでネットの海に放流しておく。


酸味8割のレモネードの甘酸っぱさ

それはまあ、要するに昔好きだった人(実在)のことなのだが。理由を後付けで推察するなら、私がクラスいじめられてて誰も口を聞いてくれなかった時に、最初普通に接してくれたのがその人だったからだと思う。

うんうん、イイハナシダナー。

でもそれだけである。この同級生Tとはその後ほとんど接点がなかった。当時人間関係にびくつきながら生活していたスクールカースト下層地味真面目オタク族の私は、今でいう所のウェイであるTに自ら話しかけることすらなく卒業した。

イイデスネー。

青春の甘さ控えめの思い出デスネー。もちろん私も卒業したら忘れるだろくらいのつもりでいた。ところがそれ以来10年以上、私誰かに恋愛感情を抱いたことがない。

そして私の脳内とある機密性の高いフォルダは新しいデータで上書きされることな放置されてしまった。

感情という糧が欲しい

だが、それでも、たまに、

動悸すらするようなキラキラした感情を抱きたい気分の時がある。

世間蔓延する恋愛を歌った歌詞ポエム意味理解したい時がある。

到底口に出せないこっぱずかしい妄想と共に眠りたい時がある。

そこはハッピーオタクのパワーの面目躍如というやつで、推しがいる時は推しでいい。何せ私は割と夢女寄りだし。しかし冒頭の通り、私は感情の薄いオタクなので、心躍る推しがいない時期が結構多い。

そんな時には私はTの残像を引っ張りだしてきた。当然、卒業してから会ったこともないし、今どこで何をしてるかも知らない。当時の人物像と感情を、私は大事しまい込み、引っ張り出し、焼き増しし、繰り返しコピーしては眺めてきた。最早擦り切れて原型を留めていないその人物像を、流石に私もリアル人物とは捉えられない。人は変わるのだから「このT」はもうどこにも存在しない。どちらかというと偶像とか概念に近い。

つの間にか、この残像への執着はどちらかというと二次元推しに対するそれに近くなっていた。

自分は関わりを持てないし(ほんとは持ちたいけど)持たなくていいけど、

どんな生活してるのかなとかは空想したいし、

でもとりあえず何でもいいか幸せでいて欲しい…

そういう存在になってた。

自分でも意味不明だし超キモイと思うけれど、「推し」って言葉が一番近い。語彙力の足りないオタクなので他に表現しようがない。でも聞いてください!!!三次元に!!推しがいるってハッピーなんですよ!!!何せ推しが生きている限りオワコンにならない!!!どんな覇権アニメでも最後過去の物になるけど、今日推しはどこかで寝て起きて(たぶん)仕事してごはん食べてるんですよ。え?お前何も知らないだろって?うるさいな!!あくまで私の手元に届いてないだけで毎日新規コンテンツ生産されてるんだよ!すごい!!

………。

そんな心持ちでいる。

Tには日本の(きょうび海外かも)どこかで元気にやって欲しい…。

なぜならオワコンにならないのだから

しかし、時代の変化はすごい。私の妄想エアコンテンツではなく、正真正銘本物の新規コンテンツを突如投下してくる。いつだって現実空想凌駕するのだ。

そう、フェイスブックFBである陰キャオタクの私はFB流行りだした当初、当然のように忌避して近寄らなかった。しかしある時気づいた。この恐ろしいツールを使えば疎遠になってしまった同級生とかTとかTとかの最近情報が分かるのでは???いやあまりに恐ろしい。まさしくパンドラの箱である

私はTがいかにクソなウェイ野郎になっていても全然かまわないつもりでいた。何せかつてTHE・クソガキという感じのうるさくて下品でおふざけの酷い子供だった彼であるちょっと反社会的意味での)素行の悪い噂すら耳にしていた。オールオッケーである

推し存在するだけで尊い

よし、好奇心には逆らえない。

…探した。

…見つけた。

かくして、そのアカウントプロフ写真に写っていたのはウェイ感の欠片もない黒髪眼鏡地味男だった。

私は解釈違いのあまり発狂した。

厄介キモ感情激重オタク、ここに極まる

アイエエエエエ!!!???

ナンデェエエエ!!!???

まり記憶と似てないので他人アカウントかと思って五度見した。ほとんど公開情報はなかったが、共通友達欄といくつかの項目的に本人に間違いない。全然違う、違いすぎる。首をかしげながらスマホを回転させ、十n年前の写真とも比較した。私が人の顔をあまり識別できないタイプなのもあるが、わからない。混乱を招いている眼鏡部分を手で隠したりして十度見くらいした結果、やっぱり本人と認めざるを得なかった。

……。

エエエエエエ!!!!????

ナンデェエエエ!!!???

現実による予想鋭角斜め上の襲撃を私は受け入れられなかった。

だってそうだよ。かつてクラスの皆が避けてた奴と平気でヘラヘラ話すようなパワフルなウェイだったから私は救われたのです、好きだったのです。断じて私の推しは、こんな工学部キャンパスで周囲の9割を占めていたような第一印象オタクマンではない。強いて言えばキ・モ・オタクではなく清潔感のあるオタクといった感じなのは救いだが、そういうことではない。人は見た目で判断すべきでないし、スーツ写真だったので地味に見えただけかもしれないがやっぱりそういうことではない。私は数日睡眠妨害を受けた。

しかしこれが現実である10年も経てば人は別人というのは常々思っていたはずなのに、どこか都合良く除外対象に入れて現実逃避していただけだ。

友達申請についても検討したが、もうブームがひと段落して放置されているアカウントが目立つ時期だったし、Tは当時の同級生とあまり繋がっている形跡がなかったのでやめた。申請して「誰だよコイツ申請拒否ポチー」とかされたら一生立ち直れる気がしない。)

私はそのプロフ画像直視できるようにならないままFBそっ閉じした。

そしてちょっとだけ上書きした推し概念をまた脳内しまい込んた。

そして、いつだって現実空想凌駕ry)

脳内現実乖離が激しくなってしまったが、とりあえず推しが元気にしてるならそれでいい。だが、現実は予想だにしない方向からパンチを入れてくる。

私にはKという昔からの友人がいて、Kは同級生だった当時Tと仲が良かった。今でこそ私はKとかなり親しくしているが当時はそこまでてなく、Kを接点にしてTと関わることはなかった。そしてKは根っからの厄介オタクなので、Tやその周囲のウェイ達と親しくしているのが当時不思議だったものだ。クラス友達関係なんて進級や卒業で薄れてしまうことはあるし、Kが当時の同級生について言及したことはほぼなかったため、とっくに関わりないものと疑わなかった。

しか最近、KがポロッとTについてしかも明らかに最近のTについて言及したのだ。私は飲みの席で一気に目が覚めて飛び上がった。

そして「何か近況聞いてるなら教えてよ~」と言ったのだけれど、「そういうのを口が緩いって言うんだよ」とぐうの音も出ない正論スルーされてしまった。Kはこういう奴なのだ。ぐう。

そしてまた数日睡眠妨害を受けた。

しかしここで布団にくるまれてぐるぐるする思考の中、あることに気付いた。Kの友人ということは友達友達であるノード2つ先である。二親等の祖父母の忌引きですら3日休める。めちゃくちゃ近い。存在リアルすぎる。「友達の兄が聞いてきた話」みたいなのとは格が違う。

私は青ざめた。Tは実在人物でこそあれ、もう接点のない準架空存在であると思えばこそ推しとかなんとか言って気持ち悪い感情を向けていたのである。このキモさはリアル人間に向けていいものではない。

アカン。

大体向こうの立場になってみろ。そんな奴いたかぁ程度の同級生から永久的に執着されてるなんて意味不明すぎて、寒気で震え上がるわ。自分だったらお祓いに行く、うん。

……。

でも多分、この脳内のこじれて肥大化したフォルダを今更捨てるとかは無理だ。絶対何かの拍子に思い出してしまう。執着というのは中毒性の高いドラッグのようなもので、これまでの執着が重りになって足を引っ張る。天井まで2/3くらいになった時のガチャくらい恐ろしい。

苦い檸檬匂い

以上、自分が何を思って何に執着しているのか最近よく分からなくなってしまった。

ところで米津玄師のLemonって歌あるじゃないですか、もっといい歌たくさんあると思うけどテレビだと妙に推してるやつ。この前初めてちゃんと聞いてみたら、超いい歌で感動した。サビの「今でもあなたは私の光」っていい言葉だなぁ。うん、そういうことだよ。

もし、もしも、どこかでまた会うことがあったら、変にならない範囲で、お礼を言いたい。

「覚えてないだろうけど、知らないだろうけど、助けてくれてありがとう」と。

私の半生に沢山の感情をくれた感謝を込めて。

でもこれも、ただの一連の空想しかない。そんな機会は万に一つくらいしかないでしょう。

そして私は、未だに直視できないFBプロフ画像風景写真かに変えられてしまう前に保存しておくべきか悩んで、スマホそっ閉じして現実に帰ります

10連休終わりですね、仕事行きたくないです。

チキチキ次にアカバンされるのは誰か当てるゲーム

CatNAやdada、反ワクチン勢がBANされているとか。Twitterも真面目にお掃除を始めたようだ。

次はDAPPIやnetgeek東京新聞勢がBANされるのかな。

個人的には @sivad 氏は永久BANにふさわしいと思ってるが、どうだろう。

anond:20190506021842

仏教やるのに住職ってのがダメじゃない?

あんなの先祖代々の住職やっているところが、自分檀家から盆に念仏唱えて金もらえるだけの商売と堕してる。けど、もう新規檀家になる奴はまず見込めないから先細り。

それより、時間作って、色んな所で悩んでる奴に救いの言葉を授けたほうがいいと思う。と言っても、逃げて休め。いい本はこんなのだよ。ぐらいのものか。

仮に仕事にするにしても仏教関連の書物を大量に読みこなして、執筆業やったほうが人を幸せにできると思う。でも、軌道に乗るまでが自分が苦しむという循環。

宗教が絡むセミナーって、弱まってるやつをどう依存させるかとなってるから、ろくでもない商売になってる。

そのうえで、仏教知識を元にセミナーをやったほうが救える人間はいる。だけど、自分解決もできずデモデモダッテみたいな人間はいる。

うそういう奴は適当におどめすかして永久に金をとり続けたほうが商売としてはうまく行くのかもしれない。

一応は座禅とかで疲労を相当取れば行動が変えやすくなるとは思うが、やっぱりどうしようもない人間っているからね。

「人を救う」というのは本当に難しい仕事だよ。

本業にせず、本業別にもって、ここや知恵袋で、苦しんでる奴にアドバイスするぐらいでいいんじゃないか?一日何件、あるいは一週間に何件アドバイスすると決めて。

まあ、いかにも疲れていて、頭もこれもう働いてないなって奴には、逃げて休め。ぐらいしか言えない。だけど、それが最善なんだよね。

加えてプライド(=仏教の慢の感情)も相当傷ついてるから噛み付いてくるのもザラ。

かたや、馬鹿アドバイス(もう完全に頭が麻痺って簡単に騙される状況になってるのに起業しろというアホ、毒親だろうが苦しみから逃げずかまってやれってアホ)にも疲弊する。

ってことで、本業別に持ち、休みにできる範囲仏教本、その他宗教本を多くよんで、道に迷ってる奴に休め、と言ってやるぐらいがいいんじゃないか。

救う方も賽の河原水子たちみたいな救われないものではあるがね、、、。

2019-05-04

anond:20190504214621

永久保証の私だから」って歌詞にあるだろ ほんとに自分自分トリセツ作るやつ嫌だろ

2019-05-03

anond:20190503014252

好意は見抜かれていいよ。見抜かれて脈無しだったとき引くことが出来たら何の問題もないからな。

好意相手永久に見抜かなかったら永久に進展しないし、そうしているうちに他の男と交際していて、「結婚しました」でいきなり知ることになるんだよ。

2019-05-01

anond:20190501123020

意外と知られてないのだが、北朝鮮では「国家主席」というと金日成のための永久称号ことなんだな。

同様に「総書記」は金正日のことを指す。

クリップボード危険

コピペが習慣化してしまい、検索ボックス個人的文章を貼り付け検索してしまった。一度検索すると取り消しがでいないためサーバーの中に文章の内容が半永久的に残る。今回は見られても良い内容だったので助かったが、これがプライベートな内容だと思うとゾッとする。

かにメールを送る時や、WEB検索する時は慎重に行動したい。

2019-04-29

謝ってくれれば誰も怒らないんだよ

例えば俺は安倍総理が「私が無能なせいで消費税を上げざる負えません!申し訳ございません!申し訳ございません!」

って何度もぺこぺこしてくれるなら、消費税増税しょうがないんだなってなるけど謝らないよね?

マクドナルドサラ・カサノバ最初は頑なに謝罪しなかったけど後で謝って許された。

とにかく最初は、謝罪をする。誠心誠意謝罪をする。これが出来ない人間が多すぎる。

上級国民も早く謝ればいいのに、謝らない。私が悪かったんですと誠心誠意謝れば誰も文句は言わない。

なぜみんな謝れないんだろうか?

「私が無能から失敗しました。私が悪いんです。責任取って辞任します!」とか誰もがそれを求めているんだよね。

なんでかって?

普通会社じゃそうでしょう。何か間違ったことしたらとにかく謝れと。何度も何度も謝るだろう?

それを、社長とか偉い奴もやれって言ってるだけ。下々の連中にいつもさせていることを自分の番になると

頑なに拒絶する。だから誰もが絶対に許さんとブチ切れるというわけ。

お前らはこっちがどんなに謝っても何度も何度も暴言で責め続けただろうと。

から偉い奴が失敗したことに対してはみんな容赦がないんだ。

100万回謝れ、未来永劫詫び続けろってな。

それが出来ない、しなかった奴に対して誰もが永久謝罪を求める。

からきちんと謝れと。

俺はそう思う。

2019-04-27

人間のように従順人造人間が欲しい

結婚して子供を作って子供従順にすることができないと聞く。

子供を殴れば虐待だとか言われるらしいし労働させても同じ扱いを受けると聞く。

子供を殴っただけで子供から嫌われたと嘆く親もいる。

俺はそうなりたくない。

からいくら殴っても何しても俺に永久に従う人間のような人間でない従順人造人間が欲しい。

どうにかして作れないんだろうか

ロボット感情がないので嫌というのがある。

きちんと感情を持っていてその上で俺に従い続ける人造人間が欲しい

どうにかならないのか

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