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はてなキーワード: 現代とは

2017-06-28

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世間をお騒がせなさっている愛知県瀬戸市出身有名人と言えば?

そう、開運!なんでも鑑定団曜変天目茶碗鑑定結果をご「批判」なさった

陶芸家長江惣吉氏ですわね!

現代に曜変を復活させようと親子二代にわたって研究を続けられている

長江惣吉氏の企画展瀬戸市美術館で開かれていたので拝見してきましたわ。

長江惣吉氏は自ら福建省の建窯を視察されて、現地の陶土と釉薬作品を作られています

曜変の秘密焼成中に蛍石を窯の中に入れて、特殊酸化雰囲気

焼き物晒すことにあったとパネル説明されていました。

まり化学組成CaF2の蛍石からフッ素が出てきて反応するのでしょうけど、

そのために窯が激しく痛みそうですわ。

貴重な窯の使い捨て覚悟した贅沢な焼き方だったのでしょうか。

世の瓦には塩を釉薬に使っているものもあるので、

ハロゲンに耐える方法があるのかもしれません。

入れる蛍石の量にもよるのでしょうね。

展示はほとんど同じ素材からまったく雰囲気の異なる作品が生まれていて

とても刺激的でした。

ただし、現れた効果を兎の毛にたとえた金色銀色の器は日常的に使うには

落ち着きがない感じもします。

外側はしっとりと落ち着いた黒で、内側に変化のあらわれた曜変が

実用性でもやはり一番でしょうね。

それこそ日常的に使うには貴重すぎますけれど……おほほ。

なお瀬戸ミュージアムの外壁に、藤井四段連勝記録更新中の横断幕が掛かっていましたの。

連勝数を書かないことで、交換する手間をさけた愛知県民らしい

気持ち的にどうかと思われる合理性が感じられましたわ。

前回の瀬戸市美術館探訪記録ですわ

https://anond.hatelabo.jp/20170326233844

2017-06-27

地方創生たかったら意図的な超高齢化をやめろ

現代政治家は、日本史上最悪にバカだと思う。

地方創生って聞こえはいいけどさあ、順序があるだろ。

なぜ原因の解決をせずに、表面的な施策をこうも軽々しく打ち出そうとするのか??

やることなすこと税金からって無駄に使いすぎ。政治家の頭悪すぎ。

まず意図的高齢化をなくそうよ。

なんで、超過保護いつまでも老人に健康診断受けさせて、いつまでも病院にダラダラ通わせて少しでも寿命を伸ばそうと必死なのさ??

うちのばあちゃんなんて、もう山のように病院から薬をもらってきては、なんか数値のコントロールをして生きながらえようと必死だ。

1年寿命が伸びるだけで、年金、通院費用介護費用と多額の税金が流れていく。こんな社会倫理があるのか?持続可能性が存在するのか?

さっさと無益意図的で非倫理的延命はやめて、安楽死を導入しろ。そりゃ死に恐れはあるだろう。苦しみたくないだろう。

から老人はこの超過保護社会に大賛成だ、政治家だって票が集まる。

若者若者で、おまえらの将来は本当に真っ暗だぞ。俺もだけど。

そりゃそうだ。若者一生懸命狩りして老人を食わせるだけだからな。でも自分たちが老人になる頃には誰も世話してくれないんだ。

支持するやつとか、洗脳されすぎ。

保証がないし、経済も先細りしていっているか子供だって、作りにくいよ。というか今のこの日本社会子供を作るとか子供にすればこれ以上ない虐待だ。

そんな日本社会で表面的な政策地方創生とか言うな、バカども。

焼け石に水にもほどがある。

まずはこの循環性のない社会を正常な状態に戻すことが必要なんだ。

いつまでもこの先の見えない超老人過保護政策によって、未来ある人間保証ゼロになるまで続くかと思うと本当、日本って正気の沙汰ではない。

機械学習業界未来は明るいのか?

現代AIブーム本丸である機械学習である

それをようやくビジネス化している会社が現れつつある

しか特に日本においては、彼らが大きな産業となるような気があまりしない

特に受託産業として機械学習を用いる会社果たしてどうなのだろうか

 

トップクラス会社は確かに儲かると思う

大きなビジネスをしている大企業は、効率を1%上げるだけで何億と儲かってしまうから

その領域需要はあるだろう

でもそれは一握りでいい、せいぜい全体の規模としては数百人といったところではないだろうか

webの規模には及ばないし、モバイルの規模にも及ばないだろう

 

もちろん、皆が期待するのは受託ではなく、各々の会社機械学習チームを抱え

新しいプロダクトやサービスを生み出してくれることだろうが

そういった動きは未だに見て取れない

 

これは個人的には違和感のないことだ

機械学習を何かの最適化に用いるのであれば、まずそれが成功しなければならず最初からチームを抱えることができない

ベンチャーであれば尚更

結果的外注の方がやりやすくなってしま

あるとすれば機械学習から得られた何らかの発明品の方だが

そういったプロダクトの方はそもそもライバル世界企業になってくるので、これまたチャレンジする会社があまり現れない

どうしてもおもちゃまりになってしま

 

せめて何か一つでも世界に対抗できるプロダクトと会社日本からまれてくればいいと思うのだが

日本においては、何だかただブラック業界をまた一個作るだけのような気がする

そして大企業は更に栄え、中小は更に衰える、そうこうしてる内に他国に食われる、そんな世界しか想像できない

なのに技術者の多くは機械学習に興味津々という状態、恐ろしい

信用

社会生活を送る上で山盛りの支障があるにもかかわらず、どうにも自分他人から信用を得たいとか、信頼されたいとかいった感覚がまるでわかっていないような気がする。

当然何かと相手のご期待に応えられず「信用を失うことが怖くないのか!」といった形で叱責されることが年を重ねるごとに増えてきたのだけれど、

こちらとしては、えっ、私のこと信用なんかしてたんですか?ダメですよポンコツなんだから信用したら。期待しないでくださいよ間抜けですね。ってな感じだ。

なぜこうも信用に対して無頓着なのか、自分思考はどの辺りが歪なのか、その辺をもう少し掘ってみようと改めて考えてみた。

そもそも相手に対して信用があるかないか対応を変えるものらしいということは知識としてはわかっているし、

現代人間社会におけるコスパの面で、信用というのがかなり優れていそうだという事も頭では理解しているのだけれど、自分としてはまるで実感が伴わない。

「虫嫌いの人は虫を近づけられるのがイヤだ」という感覚が、自分は虫が好きであるがゆえに「知ってるけどイマイチからない」のと同じ感じだ。

この辺のちょっとしたことに関する実感の伴っていなさは、抱えている発達障害由来のものなのかもしれない。

基本的には過去の膨大な失敗や知識から得たパターン学習を基に頭でワンクッション考えてから行動することで相手に沿った適切とされる対応ができる場合が大半なのだが、

自然とわき出てくる感覚としての実感がないので、未経験の応用パターンを「少し考えれば当然わかる事」として求められるとたまに失敗してしまう。

例えば「虫嫌いの人~」を応用して「虫嫌いの人に虫の図鑑を見せにいってはいけない」というのは、子供の頃なかなか納得できなくて飲み込むのにかなり苦労した。

だってこれ絵じゃん、というのと、詳しく理解すれば恐怖心も薄れるだろう。という発想だったのだが、まあ、ズレている。

現時点で自分は、信用というもの評価を心の奥底で「ある方がいいけど何か無理してまで得たいとは思わない程度のどうでもいいこと」としか捉えていない気がする。

では、なぜ頭の中でコスパのいい要素だと知っていながら、信用をどうでもいいと感じているか理由を考えていると、

そもそも自分が誰かを信用していないまま、コミュニケーションを円滑にするために相手を信用しているポーズ意図的に発信し続けているために、

信用などなくても表面上は特に問題なく生活ができるものなのだ学習してしまっている。という可能性に辿りついた。

自分他者を信用する感覚について特に意識したことはなかったが、改めて考えてみるとどうやら他人のことをろくに信用しておらず、

他人感情思考を真に理解することができない以上、あらゆる他人は常に次の瞬間自分敵対する可能性を持っている。

とごく自然に考えて、それをベースに生きているぐらいの殺伐エンジン根底に横たわっているように思えてならない。

こう考えると、これまで自己評価的には、素直で人懐っこくて純朴な性格だと自分のことを思っていたのだけれど、

「敵」か「今は敵じゃない」かの二段階だけで区別しているせいで、とりあえず敵じゃないと判定して、

一般的に信用しているとされるポーズを発信し始めるまでがかなり早いだけのことだったのかもしれない。

これは思い付きの仮説だが、そういった他人を信用しない姿勢に加え、色々な感覚過敏がある事が、

他者とのコミュニケーションや人の多い環境で異常に体力・精神力疲弊する遠因の一つになっているのかもしれない。

自然と視界内の他人の体の動き、歩調、視線、呼吸、緊張とかの情報無意識に受信、分析していて、

敵対しそうな気配があるかどうかのセンサーを全開で働かせてしまっているとしたら、そりゃまあ疲れそうだ。

そういえば一度、大阪電気街ひったくりを遠目に目撃した際に、犯人が走り出す前から犯人に妙な違和感を感じて足を止めて注視していた事があって、

同行していた知人に後から「なんでお前わかったん?」と気味悪がられた。

まあウスノロビビモヤシなので追いかけたりはせず、覚えておいた特徴をあとから警官に伝えただけだったが。

しかしなるほど、私はどうやら信用というものに対して大変根本から向き合い方が捻じれていたようだ。

思えば、知人友人関係どころか、家族恋人相手ですら、常に直後に相手と縁が切れても大丈夫だと思える程度の関係を保ち続けている。

進学時に学費を出してもらう際や、家を借りる時に保証人になってもらう必要があったが、なにかとても気持ち悪くて非常に落ち着かなかった。

はいえ、自分としてはあくま個人個人として、相手を一知的生命体の個体として尊重して接してきたつもりだ。

思想に立ち入らず、主張に踏み込まず、追わず、求めず。それで十分だし、それ以上の関係他者と築きたいと思ったことも恐らくまるでないと思う。

貸し借りをすることがあっても、返ってこなくても惜しくないものしかさないし、自分が弁償できそうなものしか借りない。

昔、恋人関係になった相手からものすごくよくできたロボット自分のことを人間だと思い込んで人間のフリをしているようだ。と言われたことがある。

あの言葉は、結構核心を突いていたのかもしれないな、と今になって思った。

さて、どうしたものやら。

棒銀って強いんだっけ

https://anond.hatelabo.jp/20170626192037

こんばんは、id:sugimurasaburo さんからIDコールいただきました。ありがとうございます船橋海神id:cj3029412)です。本職はねこちゃんの保護趣味ブログで嘆くこと、在野で中世古文特に助詞助動詞研究を行っておりますキャッチフレーズは「(´;ω;`)」「でかいです」。将棋も大の好物です。

以下は私の私淑する大野晋先生およびその決定的名著/集大成であらせられますところの(敬語誤用)「岩波古語辞典増補版」(2016/1/12補訂版第23刷)に依ります

よろしくお願いします。

けりの基本性質=回想の助動詞

加藤一二三という男、ありけり」を訳してみましょう

(A)~(D)は上の引用解説を便宜的に分類した符号。【訳】は私のもの(一部、戯れ)です。

失礼かどうか

元増田氏の理解(「加藤一二三という男がいたそうだ」)(「伝聞の過去」になるんじゃないだろうか?)とは少うし違いますけれど、私も第一感、失礼…というか、そんなに遠い昔の話だっけ、という印象です。端的にいえばアホバカクズ受信料払わねえぞと申し上げています

現代語に残る「けり」

ちょっと一休しましょう)ちなみに、この日記に私が付けたタイトル「強いんだっけ」の「け」がそうです。「けり」の「り」が落ちました。

もし強引にありえるとしたら

米長邦雄永世棋聖くらいでしょう。米長先生が戯れに「加藤一二三という男、ありけり」とおっしゃる、これはありえます。「君たちは知らないだろうが、私もいま思い出したのだが、加藤一二三という男がいましてね」あるいは「あら、こんなところに加藤さん、(ずっと)い(らっしゃっ)たんですね(気づきませんでした)」。しかしこれも(ジョーク以外では)無理がありますね。ありえるとしたらかなり特殊な状況ということです。

(参考) https://www.youtube.com/watch?v=pr6-Bv3RVTw

場合によりけり」の「けり」

https://anond.hatelabo.jp/20170626193212

トラバ増田氏、慧眼です。古文研究をやっていてよかったなあと思う瞬間です。筋違いながら御礼を。

ネットスラングの【場合によるんだ(よ)なあ】で訳すのが一番しっくりくると思います。(過去)回想/気づきの原義は退き、(自分も気づいた)から同意/強意/念押しのニュアンスが全面に出てくる、その変化点が味わい深いですね。ちなみに、この線でお題の「加藤一二三という男、ありけり」の出るような状況を無理やり設定するとしたら、棒銀のことを話題にしているのにスレのだれも加藤先生のことを話題に出さない。そんなときに【加藤一二三という漢がいたんだよなあ】と、誰かがきっと書き込むでしょう。例えば、そんな感じです。これも、やっぱり例外的ですね。

まとめに代えて

「けり」は、幅の広い、陰影に富む助動詞です。それを、おそらく伊勢物語から(あるいは、伊勢であることすら忘れて何となく)「昔、男ありけり。」をただ引っ張ってきてNHKは使ったのではないか想像します。ここから物語論範疇ですが「昔、~けり」とやると、一気に作品世界が遠い昔/架空物語に飛ぶ。その効果を古人はよほど気に入ったのでしょう。いろんな作品が「昔、~けり」を使っていますNHKはさすがに「昔、」とやるのはおかしいということまでは感じた。ならば、もう一歩、脚を止めて考えるべきだったと思います

  • 降る雪や明治は遠くなりにけり(草田男、昭6)

お粗末さまでございました。

追記:翻って元増田氏へ

「けり」の思い出し(回想)効果は、いちど忘れていたことが前提になります。いま、加藤一二三先生のことを忘れてしまっている人はいませんね。ですから失礼というのは正しい直観だと僕は思います

「けり」を使うくらいですから、7/1のNHKは「神武以来の」と形容されたデビュー当時の、みんなが直接体験過去としては忘れてしまっていたところにフォーカスするのでしょうか。あるいは第19期名人戦大山康晴先生こてんぱんにやられたことを加藤先生述懐していただき秘話を発掘するといった「気づき」があるのでしょうか。よもや、升田幸三米長邦雄冥土鷺宮から召喚するのか。期待しないで待ちたいと思います

いずれにせよ、今回、元増田氏が感じたような、現代人の古語の扱い方に対する「もやもや」は、古語研究もっとも大切な礎の1つです。ぜひ今後とも大切になさってください。楽しかった\(^o^)/

2017-06-26

議論を騙った宗教戦争

昨今「批判」の是非について諸々話題になっているようだけれど、

正直、「批判」や「議論」という大義名分に驕って、単なる攻撃正当化している「エセ批判」が蔓延しているイメージはある。

それが顕著なのが(これらを同列に扱って良いものか正直悩むけど)政治ゲハゲームハード)の話題

どちらもその実態議論とは程遠いただの「宗教戦争」で、

自分論理的正当性立脚しているが、相手盲目的な信仰心立脚しているだけ」

と互いに互いを認識しており、自分意見が異なる相手を「信者」「キ○ガイ」などと平然と罵っている光景を目にすることが多い。

二言目には「いや、だってあっちの方が酷いから(自分罵倒はそう問題じゃない)」。

政治に無関心な人が多い」なんて言葉政治に熱心な人からしばしば耳にするけれど、

私の周囲には「政治に無関心」というより「政治に熱心な人と関わりたくない」という人の方が多かったんじゃないかと思う。

というのも、政治に熱心な人は「その人の信仰する思想以外には攻撃的な“信者”」である確率”が高いから。

勿論それらは単なるノイジーマイノリティーだとは思うのだけれど、表に露出するのはそういう人ばかりだから尚更そういう心象が強くなってしまう。

それ故に、「政治離れ」の原因は「政治に熱心な人」にドン引きしているから…ってケースは割とあると思う。

それが神であれ思想であれ、信じる(疑わない)のが宗教で疑うのが哲学

理屈と膏薬はどこへでもつくけれど、それは信仰例外ではなく、理屈が伴うことはなんら自身思想正当性保障しない。

アメリカ大統領選挙での応酬を見てても思ったけれど、これが現代版の、当事者達には宗教自覚が伴わない宗教戦争なのかなと思う光景結構多い。

そして他者への攻撃を「聖戦」と正当化するように、他者への単なる罵倒が「議論」や「批判」と自己正当化されているケースも多いと思う。

批判」が単なる悪いものとして受け止められてしまうのは問題だと思うけれど、仮にそう思っている若者が多いとするならば、

多くの若者がそう思うに至った背景にあるのが、若者をそういう風に育てた社会であることもまた忘れてはならないと思う。

NHK、7/1に放送予定の「加藤一二三という男、ありけり。」

これ、「けり」でいいの?

この書き方を現代語に直すと、

加藤一二三という男がいたそうだ」

っていう、「伝聞の過去」になるんじゃないだろうか?

加藤さんに大変失礼なんじゃないだろうか?

引退したけどまだ生きてるし!!

って思うのは私だけ? 教えて、古文に詳しい人。

2017-06-25

公務員だけど住民に褒められるとめっちゃ嬉しい

褒めるなんて大袈裟ものじゃなくて良い。ありがとうね〜とか忙しいのに悪いわね〜とか言われるだけで嬉しい。

世間公務員に対する印象は分かってる。自分民間企業で働いていた頃は公務員を信用していなかったし、たらい回しお家芸の楽な仕事と見下していた。だから市役所の窓口対応電話応対で予期せず褒められると「えっ!お褒め頂けるんですか!」と驚いてしまう。例え社交辞令でも嬉しい。法律憲法自治法に雁字搦めな立場ゆえにお役に立てない事もあるが、出来得る限りでもっと力になりたい、頑張ろう、と思う。

頑張った結果住人に褒められることがなくても、「まあそうだよな」という感想が真っ先に来るので、別に褒めを求めている訳ではない。公務員への不信感が募る現代で住人に褒めて貰えるのは藤井四段風に言えば僥倖である。褒められなくても仕事はきっちりこなす。

自分の勤め先である役所の他部署や他市町村役所に行くと、たまにびっくりする程酷い対応をする職員がいる。めちゃめちゃ腹が立つ。

役所に来る住民の人は必ず目的があって自分時間を割いて来てる。プラス役所と関わり慣れてない人はどの窓口でどんな手続きが出来るのかという不安や、書類の提出期限に追われる焦燥も抱えているかも知れない。その心情を知ってか知らずか良い加減な対応をしたり上から目線だったり怠そうに振舞ったり、もう辞めちまえと思う。

役所に来る住人の中には横柄な人が何人もいる。怖い人も嫌な感じな人も大勢居る。そういう人達には行政として然るべき対応をすれば良いが、大体が善良な住人だ。そして大体が役所の複雑な手続きと窓口の多さに戸惑ってる。そこに声を掛ける、手を差し伸べる所か舐めた応対しか出来ないなら職員なんかやるべきじゃない。横柄な住人ばかり相手にしてきたから態度が良い加減になる、それで良いのか?目の前に居る住人が必ず横柄なのかと言われたら違うはずだ。

話がまとまらなくなってきた。伝えたい事を箇条書きにする。一部主題からずれる内容もありますが切実なのでご容赦ください。

・褒めて貰える、貰えないに関わらず仕事はきっちりやるよ

・住人に褒めて貰えると驚くけど内心とても嬉しいよ

・良い加減だったり偉そうだったりする職員は己を省みて欲しいよ(住人が役所苦手になる原因は職員の態度の悪さだと思う)

役所に来てくれる時は出来るだけ事前に電話して持ち物や手続きの流れを確認してね(書類不備や持ち物忘れがあると折角役所まで来てくれたお客さんを帰らせなきゃいけない。いつも心苦しい。ホームページに明記してあるならそれを確認でもOK)

最後までまとまらなくてすみません。聞いてくれてありがとう

https://anond.hatelabo.jp/20170625154702

武士公家ならともかく

生産設備たる農耕地を家で継承するくらいしかなくて

って、封建時代農民の大半は小作農で継がせるべき自分土地財産など持ってなかったんだが。

昔の農村にあった夜這いとか乱交風習とかはそういう所からまれてるわけで

(どうせ財産継がせないんだから村の女が産んだ子供父親が誰であろうがどうでも良く、子は村の労働力として村全体で育てる)

現代も子に継がせなければならない財産を持つ人など少ないけどね

https://anond.hatelabo.jp/20170625133943

この手の話だといつも思うんだけど、

何で「昭和な古臭い〇子」と「キラキラネームしか選択肢が浮かばない人が多いんだろう。

現実だと「キラキラではないが古臭くもなく、適度に現代的だが珍妙ではない無難名前」か

現代的な、古臭くない〇子」or「古風だが『古臭い』のではなく『レトロ可愛い系統の〇子」

にしている親が殆どだと思うけど。

と書くとなんかファッションみたいだけどさ。

これも一種ネット脳だよね。

そういう人が「世の中には『昭和な古臭い〇子』と『キラキラネームしか選択肢がないんだろ?

でも自分キラキラ絶対に嫌だから前者を選ぶぜ!」と息巻いて昭和〇子名を子供に付けたが

子が成長して他の子とも関わりが出来てきたら、大多数がそれ以外の普通に無難名前しか付けてない事を知って後悔&子供にも恨まれる、ってな事になりそう。

それでも「他人とは違うオンリーワン名前つけた私かっこいい!」みたいなのも残るかもしれないけど、それってキラキラネーム脳の親と同じだよね。

https://anond.hatelabo.jp/20170625134208

成田屋がどれだけ御大層な家柄かは知らないが、まあ叩かれて当然だろうね。

麻央さんとの愛を強調すればするほど、後妻は家の為の道具としか思ってない事が強調されるし。

かと言って後妻への愛を強調すれば麻央さんは死んだからどうでもいいのかよ糞が扱いだろうし。

つーかそれで宛がわれる後妻ってどんだけブラックよ。

子がいてそいつが後継ぎになるなら「今は苦労してもいずれ家の当主の母の地位が得られる」って希望があるけど

妻としての苦労だけは負わされるが、自分は子は産ませて貰えないか産んでも前妻の子より劣る扱いが確実な状態か。

それに対して「その女がエゴイズムの塊で跡継ぎを生むことに執着したなら」なんて言い方をする増田認識も怖い。

結婚した女が自分の子が欲しいと思うのがエゴイズムか。

自分が子を産む事は諦めつつ前妻の子を盛り立てて耐えるのが当然ってか。

江戸時代か。いや江戸時代だと死亡率高いから男1人しかいないんじゃ後妻はむしろ子を産む事を求められるから

男1人でも早死にする可能性がほぼない現代ならではの話か。

歌舞伎界だと後妻は道具で当然なんだな、歌舞伎ファンってそれが当然と思ってるのか。

2017-06-24

やっぱり憲法改正必要

これを見て思ったよ

https://twitter.com/take_off_dress/status/878188241194696704

憲法に書いてある既得権益のある職業の力を削ぐべきだ

既得権益のある職業とは、

  1. 裁判官
  2. 公務員

憲法に書かれている公務員国会議員のことだが、公務員全般を指す条文もある。

普通会社員会社が潰れれば職を失うし、そうじゃなくても首になったりするが、裁判官は一度なれば国会で弾劾されない限り首にならない。

貴族だよ貴族司法試験現代科挙って呼ばれるわけだな。

国会議員も会期中の不逮捕特権があるし、公務員一般一般企業に比べれば優遇されている。

憲法改正して、既得権益本丸に切り込もう!

新聞スタンス

こういうわけなので、例えば自民共産連立政権というものができたとすると(こんなことはいつでも起こりうる、村山内閣を忘れてはいけない)、朝日新聞読売新聞は支持に回るが、毎日東京産経は恐らく不支持にまわることになるだろう。

また、産経新聞読売新聞ほどに自民党政権から信用されない原因は、彼らの行動規範あくまでも「反共」が優先であって、親自民二の次であるからだ。産経一見病的な反共姿勢レフチェンコ事件という苦い経験から来ているものと思われる。

共産主義というものをどう捉えるか、というのが現代思想潮流においてもある程度背骨として生き残っているというのを忘れてしまうと物事を正しく理解できなくなると思う。

https://anond.hatelabo.jp/20170624022831

現代底辺若者批判差別攻撃と捉えていると言いたいんだろうが

その意味増田は「批判」してるなw

はてな民今井勘違いしてねぇか?

https://anond.hatelabo.jp/20170624094114

その時代価値の合った人間現代に連れてきても、当時と同じだけの価値は無いよ。

現代につれてきて何か書かせても、今となっては、常識になった知識ばかりでしょ。

偉人増田

タイムマシーンアインシュタインソクラテスとかを現代に連れてきて増田書き込みさせたらもの凄いブクマ数になるのだろうか。

勿論翻訳こんにゃくは無理矢理食べさせた上での話ね。

https://anond.hatelabo.jp/20170624090246

現代都市」ってのはデフォルト設定なんだよ。

何の説明もしなけりゃ相手勝手にそうだと思ってくれるの。

作品を知らない人が興味あるのは

「どういう特徴があるのか」「他の作品とはどこが違うのか」なんだから

当たり前の説明を続けるのは冗長

https://anond.hatelabo.jp/20170624084517

現代都市舞台」ってのは何の特徴もない設定だから

因習残る寒村とかだったらちゃんと説明するけど。

ジョジョ四部なら「少年漫画」「超能力高校生たち」「殺人鬼が潜む町」というところだけ押さえとけば。

むかしむかし、あるところに

疑問に思ってることがあるんだけどさ

たとえば「ジョジョの奇妙な冒険(第四部)」を知らないという人に内容の説明をするとき、俺は最初に「現代(連載当時)の宮城県仙台市モデルとした架空地方都市舞台で…」という風に、まずは作品時代場所をおおまかに説明するんだけど、同じようにやってる人をあんまり見たことがない

なんでだろ?

スタンド」すら知らない人にいきなりクレイジーダイアモンド能力説明とか始められてもわかるわけないじゃん

日常系アニメ面白

過労で一日もまともに飯が食えず終電ぎりぎりに帰ってた時期に

少なくとも、私にとって帰りの電車で見たほのぼのとしたアニメ達は癒しだった。

どうこう説明するのも無粋だが、説明してみると

あのアニメ再生する瞬間、その時点で脳が外(まだ帰りの電車)なのに

家にいる感覚になる。一刻も早く帰って寝ないと続かない時期に

早く再起動までの以降時間になれる。

あの瞬間が超絶過酷労働だった私には救いだった。

直見ているアニメジャンルこそほのぼのとか、日常系と言われる奴だが

何話目でも良かった。

それくらい現代人はストレスフルなので

あいったアニメが忙しくなる前はツイッターとかでバズったりしている理由がわからなかったが

今は理解できるのである

※ただし皆さんの総意とか代表的意見のつもりは全くないです。

2017-06-23

弱者被害者中世

AとBの論争

A「私達は弱者あなた達は強者!」

B「私達は弱者あなた達は強者!」

この繰り返し

 

CとDの論争

C「私達は被害者あなた達は加害者!」

D「私達は被害者あなた達は加害者!」

この繰り返し

 

EとFの論争

E「私達は現代的!あなた達は中世的!」

F「私達は現代的!あなた達は中世的!」

この繰り返し

 

なぜ違う立場で言い争っているようで同じ立場の取り合いになるのか

2017-06-22

【昔の言葉巧言令色鮮なし仁

巧言とは言葉が巧なこと、そのまま。令色は冷食ではなく色は顔色で令は良くするということなので、相手に媚びでいい顔をすること

頭4文字巧言令色と使われる

鮮なしは少ないということ、仁は孔子が唱えた最高の徳であるという仁であり、愛情というか思いやりの心とよく言われる。

言葉巧みに相手に媚びへつらうような人は思いやりの心が少ないよという、昔の時代らしい言葉論語に合った言葉

現代でも通じる場合も通じない場合もある。

2017-06-21

リベラルオタクから嫌われる理由

正確に言い直すと、「保守派リベラルの両方に表現規制派がいるのに、リベラルけがオタクから嫌われる理由である。 

  

結論最初に書くと、それはリベラルが"自由"を重んじる思想からである

従来は男だけが持っていた自由を、女にも与えましょう。女は結婚前にセックスを楽しんでよいし、好きな相手恋愛結婚をしてもよい。ファッションだって好きなものを選んでよい。この自由を拡大し、もっと確固たるものにしていきましょう。――これがリベラリズムの考え方だ。

そうやって普段から自由自由と言ってきた奴らが、「エロ漫画を楽しむ自由」を奪おうとしてきたら、そりゃ当然、オタクたちだってブチ切れるわwwと思う。

  

これに対して、保守派は、自由というもの価値を重んじていない。

現代保守派は、上述したくらいの権利女性に認めてはいる。しかし、それは既存社会慣習を承認したというだけのことであって、自由という観点からその権利積極的擁護するものではない。

から保守派から表現規制の声が出てきた場合オタクはそれに危機感を抱きこそすれ、「嘘つき野郎に裏切られた」という失望はない。そのため、保守派に対して怒りが爆発することもないのである

  

  

  

もうすこし詳しく見ていこう。

リベラルは、差別偏見を無くすために"理性"を用いる。人の感情はややもすると差別偏見に傾きやすものなので、感情より理性を優位に置くことで、その目的を達成しようとする。

  

こういう方針普段活動しているリベラルが、オタクへの差別偏見に加担しているとすれば、ほんとうに目も当てられない。

差別偏見には2種類あって、事実に基づかない悪評を立てることと、尊厳を傷つける罵倒を浴びせることである表現規制派の中には、この2つを兼ね備えている凶悪な者も多数いて、それはオタク側に強烈な反発を呼び起こしている。

  

一方、保守派はこの点においても有利である

なぜなら、彼らはリベラルと違って、理性を重んじていないからだ。彼らはそのかわりに、人の心に芽生える自然感情と、それによって作られてきた社会の慣習を重視する。したがって、差別偏見の撲滅にはどうしても関心が薄い。

もしこの保守派リベラルと同じくらいの方法オタクバッシングしたとしても、それは保守派普段姿勢とあまり矛盾していない。これはオタクから見て、リベラルほどには欺瞞的と思われずにすむのである

  

  

  

さいごに、「リムジンリベラル」に通じる問題をあげておく。

アメリカでは、リムジンに乗れるようなセレブたちが華々しい舞台リベラル思想を賛美している。ヒラリートランプ選挙戦でも、レディー・ガガヒラリー陣営応援に駆けつけていたことは記憶に新しい。

その光景を見た労働者たちは、いったい何を感じたであろうか? 言うまでもなく欺瞞を感じたはずだ。――"平等"を訴えている人間がなぜ大金持ちのセレブなのか、なぜ彼女たちはその資産放棄するつもりがないのか。労働者からこういう反発が出てくるのは当然といえる。

  

私が思うに、この視点は、オタクリベラルを敵視する理由についての分析にも適用できる。今日では「リア充」「オタク」という対立項を設けることの有効性は揺らいでいるが、あえてこの構図で話してみよう。

リア充は、リベラル思想受益者であるリベラル思想禁欲的な性道徳を排して、女性主体的恋愛セックスを楽しむ権利擁護する。これによって利益を得るのがリア充の男女である

一方、オタク非モテであって、この点では受益者たりえない。オタクリア充嫉妬しながら、アニメなりエロ漫画オナニーにふけって日々を過ごす。

  

さて、このリア充リベラル思想にかぶれたあげく、「表現規制を推進するぞ」と主張しだしたら、オタクはそれをどう思うだろうか?

リア充自身享受してきた自由恋愛セックス自由)がいか正義にかなっているかいか人間的に豊かになれて素晴らしいものであるか、そのことをリベラル思想を使って堂々と力説してみせる。その一方で、オタク側の自由アニメなりエロ漫画オナニーする自由)を容認せず、それを不健全で汚らわしいだの正義に反するものだとして攻撃しているのだ。

これは猛反発を招くに決っている。

  

この点においても、やはり保守派は有利である保守派は、もしリベラルと同じ程度の自由恋愛セックスのあり方を容認するとしても、それをわざわざ言葉にして語らない。リベラルがそれを「自由」と位置づけて熱弁をふるうのとは対照的だ。

ゆえに、保守派がいざ表現の自由の抑圧者として現れたときも、オタクからはあまりまれずにすむのである

  

  

  

6/22追記 ブコメ返信

coldsleepfailed アメリカの例だけど、保守層って宗教的理由からかなり厳しいので例としてはピンとこない。日本保守って共同体主義的な感じがあって日本の伝統では性風俗は緩い所もあるから

本文中に書いたとおり、リベラルは、女性主体的恋愛セックスを「自由」と位置づけて擁護します。

さらにその自由の拡充に努めます。例えばフェミニズムアプローチのように、DVや性暴力の根絶をめざしたり、性教育を充実させるなどして、女性たちが安全にその自由享受できるようにするわけです。

  

逆に、宗教保守は、禁欲的な性道徳を掲げていて、「女性危険があるなら自由は無いほうがいい」という立場です。彼らの主張によると、自由恋愛セックス危険ものです。女性が傷つくのを防ぐため、それをある程度は禁止することが必要なのです。

  

あと、世俗主義保守派は、現状肯定をしているだけです。日本保守派はこっちが多数派だと思うんですけど、女性主体的恋愛セックスを楽しむことについては特に禁止しません。それは社会にすでに存在する慣習として容認します。

彼らはそれを端的に容認するというだけのことであって、「自由」の観点からわざわざ擁護をしたりはしないのです。ましてや、それの拡充をめざして努力するということもありません。

  

こうして見ていくと、やはり、リベラルが一番「自由」の価値を語りたがっていますリベラリズムとは自由主義という意味なのだから、これは当然の結果といえます

  

  

  

6/22 12:55再追記

quick_past 狭い了見でオタクって存在規定しまくってる上に、コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってるけど、それこそオタク分断する上にバカにしてないか

本文中にも書きましたが、「リア充」「オタク」の対立項はあまり厳密なものではありません。私もこれが雑な議論だというのは認めます

しかしながら、リベラル表現規制の論者に「リア充」の要素が加わると、それはオタク側の猛烈な反感を呼び寄せます。たとえその原因がコンプレックスの固まりからなのだとしても、この現象については一考の余地があると思います

  

あとそれに、「コンプの固まりから全体の自由には抵抗がある(でも自分たちの事はとやかくいうな)って宣言しちゃってる」という見方は、それこそが典型的オタクへの偏見じゃないですかね?

私が提唱した「オタク」像の中には、リベラルを支持するオタクも含まれます。そういうオタクは、自分コンプレックスとは内心で折り合いをつけるし、理性的判断に従って他者自由尊重しようとします。例えばリア充の男女だけが受益者となる自由についても、当然ながらそれを尊重するでしょう。それなのにいざ表現規制問題になったときは、リベラルから攻撃されて、その思想にかぶれたリア充にも蔑まれるわけですよ。これが強烈な怒りになるわけです。

リムジンリベラルの話にもどすと、セレブリベラル思想を説いているのを見たとき反感を抱く労働者は、すべてがすべて反リベラルだというわけじゃないんです。中道無党派労働者は言うまでもなく、リベラル支持者でさえ、それに反感を持ちうるということの方が肝要です。

そして一つ注意するべきは、リムジンリベラルにどれだけ強い反感を持ったからといっても、その人がただちにリベラルへの支持を止めるわけではないということです。反感を持ちながらも支持を続けることは十分可能なのです。

私は、オタクリベラルを嫌うときの、その反発の感情について分析しましたが、感情ただちにその人の政治信条を決定づけるわけではありません。「リベラルに反感を持った奴はリベラル支持者ではない。そいつネトウヨになる」などという見方偏見だし、短絡的すぎます

  

  

  

6/22 22:09再々追記

tick2tack なんだこれ。「僕の考えたリベラル」感がすごい増田。とりあえずリベラル語るなら社会的公正というとこから始めるべき

社会的公正の概念については論じるのが厄介ですけど、このエントリは、自由放任主義リベラルというような定義で書いたのではありません。

例えば「女性自由」について言うと、保守派が現状をそのまま放任するのに対し、リベラルはその拡充をめざす立場だと私は書きました。リベラル性教育の普及、性暴力の根絶のような施策積極的におこなうのです。

リベラルから表現規制もこの文脈で出てくるのだと思いますが、何をどの程度に規制すればいいかという統一見解はありません。社会的公正はきわめて多義的で、あいまい概念にならざるをえないのです。それにも関わらずリベラルがこの概念を用いるのは、それが真の意味自由を実現するために必要方法だと考えるからでしょう。

これは結局のところ、リベラル保守派より「自由」の価値を重視しているからであって、やはりそのすばらしさを熱弁する傾向を有するということなんです。

IkaMaru 「自分たちは気分で政治を選びたいんだ。放っといてくれ」というならもうどうしようもないけどさ。そんなんで世の中の平均よりも知に軸足を置いたクラスタのつもりでいるならお笑い草だよ?

オタク」の中には、いくら不愉快になってもリベラルへの支持を続ける人がいるし、逆にそっと黙って離れていく人、アンチになる人もいるでしょう。けっして気分や感情けがその人の政治信条を決めるわけじゃありません。けれど、全く影響しないということもないはずです。どれくらい影響するかは知りません。勿論、最初からリベラルという人もいるでしょうし、ひとまとめにして語るのは軽率です。

ところで、リベラルの側には、「オタクが俺たちに逆らってきたからムカつく。こっちはもうオタクを助けてやらないぞ」と言っている人たちもいます。こういうのはまさしく気分に従って政治方針を選んでいますし、あなたに言わせれば、知的に劣っていてお笑い種なやつらだということになるんじゃないですかね?

私はこの点については、オタクが弱小の集団から、それでやっぱりナメられているんだろうなと思う節があります。例えば安倍政権が続いているのは、オタクがそれを支持しているからじゃなく、「労働者」なり「女性」という集団がそれを支持しているからです。しかし、そういう普通集団リベラルからまれないし、報復をほのめかされることもないのです。

agricola リベラルにとって表現の自由は数多ある権利の一つという位置づけなので、他の権利との衝突で表現の自由制限されることもしぶしぶ容認するし、いやいやながら手を貸すこともあるわいな。わがまま片思い乙(嘲

他人権利との衝突により、自由制限をするケースがあることはやむをえません。しかし、リベラルは「自由」の価値を重んじる思想なのですから、そういうことをやると欺瞞的と見られて、反感を買いやすいというのが本エントリの主旨です。

あと、リベラル自由制限をするときに「しぶしぶ」というのは、本当にそれが文字通りならいいんですけど、実際には全然そうではなかったり、少なくともオタク側はそう見ていないってこともあるんじゃないですか?

本文中にも書いたとおり、リベラルの中には、偏見まみれにオタクを殴りながら表現規制を訴えている論者もいますし、到底"しぶしぶ"ではなく積極的表現規制をやろうとしている論者もいるのです。もちろん、これは私の観測範囲問題かもしれません。

そしてもしリベラル(とくにリア充リベラル)がそういうことをやったとすれば、保守派がそれと同じことをした場合とは違って、オタクから何倍も激烈に恨まれることになると思います

k-takahashi 生活保守おっさんがオタ趣味叩きをしてきたとしても、しばらく低姿勢でいれば「直接迷惑がなければ好きにしろ」となることが多い一方、自称リベラル極右ジェノサイドを仕掛けてくるので話にならんことが多い

とくに前置きせず「規制」という言葉を使うと、それがゾーニングの強化ではなく、表現物の抹殺であると思われてしま問題があるのかもしれません。(いやまあ実際に、過激な性表現とかロリコン表現に関しては、それをゾーニング対策するだけでは許そうとせず、その存在自体世界から焼き尽くそうとするリベラルの論者もいますけどね……。)

この点はやはり、規制推進派が何をもって「規制」と言っているのか、たびたび不明瞭すぎるのです。そのことが問題をややこしくしていると思います

(参考「クジラックスの件で分かった、2つの表現規制派」https://anond.hatelabo.jp/20170617222457

  

  

つづき書いたわ→ https://anond.hatelabo.jp/20170625181510

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