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はてなキーワード: 北部とは

2020-05-05

ブラジルノーガードでまったく耐えきれてないんだがw

4日に始まった一部の幹線道路封鎖(午前7~9時、南部レイラギマランエス大通り北部サントス・ドゥモン大通りなど)は隔離率を高めるため。一部の閉鎖区域では混乱も生じたが、5日からバス専用レーン以外は通行禁止となる。隔離率が上がらなければ、道路封鎖の箇所は増える見込みだ。

 感染拡大抑制のため、サンパウロ州は4日、7日以降、路上などの公共の場所を歩く場合マスク着用を義務化する事を決めた。バス地下鉄タクシーやUberの乗員と乗客は4日からマスク着用が義務化されている。

2020-04-30

anond:20200429194230

(※解説追記

字下げ増田が今よりも調子が良かった(?)頃に書いた日記の断片を見つけた。

2002年4月10日から2003年3月11日まで,九州北部の某予備校で寮に入って勉強し,一浪の末,ついに東京大学文科Ⅰ類に合格した。

寮での生活規則正しいもので,出発前の僕の生活とは正反対のものであった(一年前の日記を参照)。おかげでスランプ体調不良もなく無事に受験生活を終えることが出来た。

僕の人生でこの一年ほど充実した一年はなかったであろう。一年前,入寮した時はウツであった。何せパソコンがないのである

直ちに禁断症状が現われた。しばらくは勉強できず,書店で「2ちゃんねる」という本を買って読んだり,プリントの裏にモナーの絵を書いたりしていたのであった。

しばらくすると,寮の生活に慣れた。これほどよい生活はない。早朝起床,散歩に朝食,登校して授業ないしは自習,下校して夕食,入浴,そして夜自習して就寝。

これを一ヶ月ばかり繰り返すと,精神・体調ともに安定し,頭はスッキリし,プラトンのいうイデア世界透視できるようになるまであと一歩という,清澄健康な心身の状態に到達していた。

また,現役時代と違い,予備校でのそれ相当のレベルの授業に毎日欠かさず受けることにより,学力底上げ精神の安定がもたらされ,7月のYゼミ東大プレではA判定で成績優秀者ランキングの上位に掲載された。

また8月の河合OP駿台実戦でもA判定を得ることができた。秋のOP,実戦では解答欄ミスが目立ちB判定と不本意に終わったものの,12月のYゼミ東大プレでは総合300点近くを達成し,全国で50位になった。

センターは645点で不本意に終わったが,その後の追い上げによりセンターでのビハインドカバーできるくらいの二次力をつけ,結局合格した。とにかく最高の一年であった。

これほど生活メリハリがあり,また自分でよく考えて受験計画立案と実行をおこない,それを完遂して見事合格したという経験は以後の人生のための大きな糧となるであろう。

2020-04-09

anond:20200409230613

こないだから何回かそれ目撃してるとおもうけど

茨城県北部って震災で大変な目にあってるしどうなのっておもう

IT系以外の理系文化企業志望ってことなのかね

2020-04-03

公園に行くと普通にガキンチョが遊んでる

当方大阪北部在住

買い物に行く途中とか公園の横通るとマスクをつけたりつけてなかったりするガキンチョが普通にワイワイ遊んどる

外だから換気が最強で大丈夫みたいな話なんすかね 子供ってけっこう叫ぶし、子供同士が各家庭のウィルス環境仲介役になったりせんのか?

まあ別にどうでもいいんだけどね

2020-04-01

ーという儀礼があり、これはラープータナー、ベンガルその他の北部インドを中心に行われていた[39]。 主な宗派 ヴィシュヌシヴァシャクティスマールタ派 派生した宗教 バリ・ヒンドゥー 歴史

https://mizzenmain.zendesk.com/hc/en-us/community/posts/360060344111--Три-капитана-5-серия-01-04-2020-онлайн-сериал-смотреть-

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っていた[38]。寡婦生活悲惨もので、禁欲的で厳しい規則に縛られ、現世の幸福をすべて捨て、亡き夫の家族自分兄弟家族滅私奉公することが求められた[39][38]。夫が死亡した場合に、妻が夫の遺体と共に焼かれ殉死するサティーという儀礼があり、これはラープータナー、ベンガルその他の北部インドを中心に行われていた[39]。 主な宗派

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2020-03-27

コロナ基礎疾患のない若年層の死亡及び重症症例メモ

新型コロナ10代死亡、米国の子もの死者「発症前の健康状態は良好」(3/24)

https://www.afpbb.com/articles/-/3275162?cx_amp=all&act=all

肺炎症状で17歳の高校生が死亡…「新型コロナサイトカインストーム」の可能性(3/19)

https://www.google.co.jp/amp/www.chosunonline.com/m/svc/article.amp.html%3fcontid=2020031980001

イギリスで21歳女性が死亡、「基礎疾患なかった」 新型コロナウイルス

https://www.google.co.jp/amp/s/www.bbc.com/japanese/amp/52044834

仏16歳少女、せきの始まりから1週間でウイルス犠牲苦悶の遺族 - 既往症がなかった

https://www.afpbb.com/articles/-/3275707?cx_amp=all&act=all

ブラジルコロナ禍=南、北部でも死者、計57人に=26歳で検査さえ受けず死亡の例も

https://www.google.co.jp/amp/s/www.nikkeyshimbun.jp/2020/200326-23brasil.html/amp


[G1]'Jovens, fiquem em casa', pede mãe de homem de 26 anos morto com suspeita do novo coronavírus no Rio

https://g1.globo.com/rj/rio-de-janeiro/noticia/2020/03/24/jovens-fiquem-em-casa-pede-mae-de-homem-de-26-anos-morto-com-suspeita-do-novo-coronavirus-no-rio.ghtml

重症症例割合は、


  • 1歳未満 10.6%
  • 1〜5歳 7.3%
  • 6〜10歳 4.2%
  • 11〜15歳 4.1%
  • および16歳以上の年齢層3.0%


Epidemiological Characteristics of 2143 Pediatric Patients With 2019 Coronavirus Disease in China

http://pediatrics.aappublications.org/content/early/2020/03/16/peds.2020-0702

anond:20200328192430

anond:20200328211950

anond:20200329135857

2020-03-26

anond:20200326140446

古代水の謎を探る

 

中米メキシコ北部位置するチワワ砂漠には、クアトロシエネガスと呼ばれるオアシスがある。

クアトロシエネガスとはスペイン語で“4つの沼”を意味する。

だが、実際には200以上の泉が連なっているのだ。

クアトロシエネガスは、5億年前のカンブリアン紀に存在した池のレプリカと考えられている。

この泉を調査する事によって、地球上に原始生命誕生した謎に迫る事が出来ると考えた、科学者達の足取りを追う。

https://navicon.jp/title94358/

字幕

再生時間 : 47分 再生方法Windows Media Player 帯域 : 3000k

価格 : 210円 視聴期間 : 7日間

配信期間 : [2010年02月12日 ~ ]

(C)NGCI

2020-03-25

anond:20200325132357

自然発生なら食うやつがいっぱいいて、伝染す相手がいっぱいいるところで生まれものやろ~

ラクダ中東にいっぱいおったやんけ~ラクダ園が発症じゃないやんけ~

もともと北部イタリア出稼ぎ中国人大杉内で自明やんけ~

2020-03-01

ミッドサマーアフリカ

アフリカ北部文明から隔絶された部族の村を、アメリカ人大学生たちが友達地元訪問として訪れる

そこで90年ごとに行われている祝祭に巻き込まれて5人中4人が死亡 残りの1人もなんとなく村に組み込まれた感じになって終了

絶対叩かれるか見向きもされないかどっちかなんだよなあ 結局みんな白人が見たいのではないか?って思いが拭えない

2020-02-23

ウイルス潜伏、中国で27日間の症例 想定より長い可能

中国湖北省当局によると、同省で新型コロナウイルス感染した70歳の男性が、感染したと思われる時点から27日間、新型肺炎の症状を示していなかったことがわかった。同ウイルス潜伏期間はこれまで14日程度とみられていたが、実際にはさらに長い期間である可能性も出てきた。

この男性は妹が住む同省東部都市から1月24日に北部神農地区に車で戻った。この妹は感染者で、男性は濃厚接触していた。

その後、この男性は2月20日に発熱症状がでたため、その翌日の診断で新型コロナウイルスへの感染確認されたという。


やっぱりそうだと思った。

通常のいわゆる潜伏期間と違って、ウイルス自体が強固なせいで、体内でほぼ休眠状態感染力を維持出来るんだと思う。

(後出し孔明

2020-02-21

船でウイルス培養して各地にお届け!

 クルーズ船の検査で陰性だった豪州人の乗客164人を乗せたチャーター機が20日、北部ダーウィンに到着した。到着時に発熱などの症状があった6人を隔離。うち2人がウイルス感染していたという。



さあ下船して自由行動日本はどうなるかな!

2020-01-29

anond:20200129132703

僕は南部に住んでいるのでフォーはあまり食べないですね。北部の人はよく食べるみたいです。

この街日本食レストランは200軒以上あるので、何も困らないです。

コンビニセブンイレブンファミマミニストップサークルK(こっちはまだある)があります

ホームシックはいまのところないです。

2020-01-27

デスクワーク疲れた時にお勧め

2020-01-19

anond:20200118002943

俺は多分この増田よりちょっとだけ歳が上。あの頃俺は大阪北部で暮していたけど、あの日記憶が薄れるなんてことはないよな。

俺は当時箕面市の南の方に住んでいた。国道171号線通称イナイチ……京都方面から大阪北部を経由して神戸方面に至る、東西に走る道)沿いだったけど、この国道に並走するかたちで、あの地震震源になった六甲淡路島断層帯が走っていて、今見返してみると丁度国道断層の間に挟まれるようなところだった。まあ、そのせいか……揺れましたよ。幸い家が倒壊することはなかったけれど、大学に復旧作業に行って、さあ家に帰ろうとイナイチに出たら、神戸方面行きの車線が全てクルマで埋めつくされていた。沿道のコンビニには食べ物ひとつもなくて、コンビニが何とか提供しようとしたカップヌードルのケースの段ボールトレイが山のように積まれていた。あの晩、結局何も食べられなかったが、そんなことは何も気にならなかった。というか、そんな位で気にしようなんて、とうてい考えられなくて、水をたらふく飲んで寝たのだった。

それから2年位経って、当時の彼女クルマ六甲アイランドに行った。あそこ、大きな遊園地(AOIAってのがありましてね)あったよね、今どうなっているんだろう、って。甘かったよ。遊園地のあった筈の敷地に着いたら、おそらく液状化現象が起きて、その後舗装を全て剥ぎ取ったらしい赤い土の見える広大な土地。そこに縦横一面に仮設住宅が建ち並んでいた。あの光景はもう一生忘れられない。言葉もなく大阪に戻ったよ。

2020-01-09

窓のない部屋

 バスが止まると、乗客たちは押し黙ったまま次々と降りて行く。車窓から見える煤けた家々の影に吸い込まれて行く彼らを眺めていると、いつの間にかバスの中には僕と運転手けがとり残されていた。分かるはずもないポルトガル語でなにかを伝えようとする運転手の表情を見て、ようやくここが終点のモシンボアプライアだということに気付いた。

モザンビーク共和国の最北部タンザニアとの国境に最も近い街、モシンボアプライアナンプーからミニバスに揺られること10時間、日も傾き始めた午後4時頃、やっとのことで到着した。

21世紀になった今でもまだ未開の森が残っているというモザンビーク北部。小さな村と村を辛うじて繋ぐ細い道路は言うまでもなく未舗装で、その上を走るトヨタハイエースミニバスは、重ねて言うまでもなくオフロード向きの車ではない。乗車定員をまるで無視したぎゅうぎゅう詰めの車内で、膝の上に拷問器具さながらの重たいバックパックを載せて、しか悪路を走る振動に耐えながらの10時間は、気の遠くなるような長い時間だった。

 あわてて荷物を引っ張って外に出ると、空になったバスはそそくさと何処かへ行ってしまった。降り立った場所バスターミナルなんて大層なものではなく、石造りの家々が建ち並ぶ小さな村の一角にポツンと広がった、ただの砂地の広場だった。広場の端に植えられたヤシの木の陰には何人かの女性や老人が座っていて、サトウキビバリボリ齧りながらこちらをじっと見ている。ああ、ここ数日と同じだ。

 モザンビーク最大の都市首都マプトは、南北に長い国土の一番南の端にある。南アフリカから陸路入国した時、最初に到着した街もマプトだった。首都首都なりに近代的なガラス張りの高層ビルが建っていたりもするのだけど、そこから北へ向かって縦断を始めると、車窓から見える景色がどんどん田舎に、自然に近づいていくのがそれはもう如実に分かる。白人観光客がいるのはせいぜいマプトの次の街のイニャンバネ辺りまで。国土のちょうど真ん中辺りを東西流れるザンベジ川を超えると舗装道路ほとんど無くなる。北部の街キルマーニを超えるともう公共交通機関が当てにならないので、道端にはヒッチハイクの代行をして日銭を稼ぐ子供達が居たりする。モシンボアの手前のペンバ辺りまでは、自分以外の酔狂バックパッカーを見かけることもあった。しかし、ここに来てついに異邦人自分だけになってしまったらしい。

 いわゆる発展途上国場合自分のような旅行者は、バスから降りるなり土産物押し売りホテルタクシー客引きにもみくちゃにされてうんざりするのが常だ。しかアフリカのこんな僻地まで来てしまうと、そもそも旅行者が訪れることなほとんどないはず。外国人慣れしていない土地人達も、突然バスから降りてきた肌の色の違う人間に驚きつつもどう対処したらいいかからないのだろう。一挙手一投足を全方位から遠巻きに観察されているような視線は、動物園パンダにでもなったかのような気分にさせてくれる。

惚けていても始まらない。まずは今晩の宿を確保して、それから英語の分かる人間を探さないと。ここまでの街で集めた情報によれば、モシンボアからは毎朝早くに国境行きのバスが一台出ているらしい。できれば明日の朝そいつに乗り込みたい。ここ数日、ATMもなければクレジットカードも使えないような場所を通ってきたせいで、手持ちの現金はもうほとんど尽きかけていた。今はできるだけ早く駒を進める必要がある。とにかく、話のわかる奴を探して情報を聞き出さないといけない。僕は檻から抜け出すようにしてその広場を後にした。

 重い荷物を背負って村の中へ入って行くと、ここでも同じように奇異の目を向けられる。それでも、こういう時は一度誰かにしかけてしまえば後は簡単だ。それをきっかけに周りで見ていた人たちも次々話に入ってきて、いつの間にか自分の周りは人だかりになっている。その中には英語を喋る奴が大抵一人くらいはいもので、今回もその中の一人、僕と同い年くらいの青年を見つけた。彼が言うには、自分兄貴が毎朝国境行きの車を運転しているとのこと。この村に来る外国人十中八九陸路タンザニアへ向かおうとしている奴だから、客になりそうな外国人がいると聞いてすっ飛んで来たらしい。村の奥、青年の指差す方向には一台のピックアップトラックが止まっていた。手を引かれ、群衆をかき分けながら近づいていくと、荷台に腰掛けた白いタンクトップの男がサトウキビバリボリ齧りながらこちらに視線を投げている。トラックの前まで来ると、男はサトウキビの食べかすを地面に吐き捨て、挨拶もそこそこに言った。

あんた、国境に行くんだろ。300メティカル明日の朝こいつの荷台に載せて連れてってやるよ。早朝三時にここに来な」

 なんとなく予感はしていたが、国境へ行く手段というのはバスや乗り合いタクシーの事ではないらしい。このトラックの荷台に乗って、荷物のついでに運んでもらうということなのだ。トラックの荷台には、明日の同乗者になるのであろうコーラの空き瓶が入ったケースや何が詰まっているのかわからない大きな頭陀袋が山と積まれているだけで、当然ながら座席のようなものは見当たらない。今日の移動もなかなか骨だったが、明日今日に劣らずタフな一日になりそうだ。

 運賃として提示された300メティカル日本円にしておよそ500円少々。交渉が前提になっているようなひどく高い金額でもないし、村を歩いて探し回っても他の交通手段があるとは思えない。500メティカルなら、あと一日くらいこのモシンボアに泊まってゆっくり骨を休める余裕ができる。聞く所によればこの男は毎日国境まで行っているようだし、出発を一日先延ばしにしてもさほど問題にはならないはずだが、でもこの時はそうしなかった。前へ前へと懸命に移動することに、ある種の快感のようなものを覚え始めていたのかも知れない。とにかく僕はこのトラック明日の朝、国境まで行く事に決めたのだ。

 握手を交わすと、男は表情を和らげて言った。

「寝る場所必要だろう。弟に宿まで案内させるから今夜はそこで休め。寝坊しても起こしに行ってやるから安心しろ

 男が目配せをすると青年は頷き、ついて来いと言って歩き始めた。もう一つの懸案だった宿の方も、彼らが世話してくれるらしい。それもそのはず、人や荷物国境まで運ぶ商売をしていれば、僕のような旅行者を載せる機会も幾度と無くあっただろう。そんな旅行者への宿の斡旋も、彼らの商売の一部なのだ

 青年背中を追って歩いていくと、少しずつ村の中心に近づいていくのがわかった。舗装された道幅の広い道路があらわれ、ガソリンスタンドや錆びたコカコーラ看板商店食堂などが民家に混じって見え始める。顔を少し上げると、視界の端にわずかに入るヤシの木や、朽ちて傾いた丸太電信柱の向こうに、どことなく湿った雨期の青空がいっぱいに広がるのが見える。

10分も歩かないうちに、僕らは一つの建物の前で立ち止まった。周りに見える民家や商店より少し大きい、ちょうど郊外コンビニくらいの大きさのその建物は、宿泊施設としてはやや小さく思える。水色のペンキで塗り染められた石の外壁には大きなひびが入り、風雨や土埃に晒されてくすんだ色になっていた。やれやれ想像通りのボロさである

「ここが宿だ。少し汚いけどこの村には宿はここしかない。悪いけど我慢してくれよな」

青年はそれだけ言うと、あっけにとられる僕をその場に置いて来た道を逃げるように帰っていった。僕が宿にいちゃもんをつける前に立ち去りたかったのだろうか。

入り口にかかる簾をくぐり、薄暗い室内にに踏み込む。簾に付いた鈴が音を立てると、奥のカウンターの向こう側から一人の老人がゆらりと立ち上がった。部屋が欲しいんだと大袈裟ジェスチャーを交えながら伝えると、彼は黙ったまま横の壁の一点を指差した。目をやると、石の壁に赤のペンキで直接文字が書かれているのに気付いた。

"Single 1200. Twin 1600."

シングルの部屋が日本円にしておよそ2000円ほど。いままで泊まってきた宿の中では一番高い金額だが、さて、どうするべきか。村にある宿がここだけだと言う青年言葉は、この宿の大きさから考えて恐らく嘘だろう。ここより安いという確証はないが、土地人間が使うゲストハウス位はどこの村にも幾つかあるものだ。しかし、重い荷物を再び背負って表を歩き回るのはやはり億劫だった。壁に書かれた赤いペンキの文字酸化してほとんど茶色くなっていた。いつからこの値段でやっているのかは知らないが、少なくとも僕を金持ち旅行者と見てふっかけているわけではないようだ。値段の交渉は望み薄だが、僕は試しに聞いてみた。

「もう少し安くはならないの?」

老人は困ったような、それでいて僕がそう言い出すのを知っていたかのような苦笑いを浮かべ、少しの間を置いて言った。

「窓のついてない部屋が一つあるが、そこなら600でいいよ」

なんと、意外なほどあっさり宿賃が半値になってしまった。一泊1000円なら上出来じゃないか。窓が無いというのは、まあ多少風通しと明るさに問題があるとは思うがこの際妥協してもいいだろう。どうせ明日は日が登る前にここを発つのから

「部屋を見せてくれる?」

僕が言うと、老人は鍵を引き出しから取り出し、カウンターを出て奥へ伸びる暗い廊下を歩き始めた。僕もその後を追った。

つのドアの前で立ち止まると、老人はドアノブに鍵を突き刺して、ガチャガチャ乱暴に鍵穴をほじくり始めた。なかなか開かないようだ。このボロさでおまけに窓の一つも付いていないときたら、本当に地下牢のような荒んだ部屋なのだろう。そんなことを考えながら、鍵と格闘する老人の背中を眺めていた。しばらくして鍵が開く。額に汗した老人は僕の方を向いて意味深な笑みを浮かべ、ドアを開いて見せた。

開け放たれたドアの前から覗いた部屋は、想像通りとても簡素ものだった。だが、想像していたより酷くもなかった。六畳程度の部屋のど真ん中にはセミダブルくらいの大きなベッドが石の床に直接置かれ、部屋の隅にはちゃちな木製の小さな椅子と机が、客室の体裁を取り繕う申し訳のようにちょこんと置かれている。そして、奥の壁の大きな窓からレースのカーテン越しに差し込む夕陽が、数少ない部屋の調度品と埃っぽい室内を舞う無数の塵を照らしていた。しかしこの部屋、さっきと少し話が違うんじゃないか

「いや…ご主人、僕が見たいのは半額の部屋の方なんだけど」

「ん? この部屋は600メティカルだが」

だって窓が付いてるじゃないか

僕がそう言うと、老人は黙って部屋へ入って行き、カーテンをめくる。そこにはあったのは確かに窓だった。窓だったが…窓にはガラスが入っていなかった。僕は思わず笑ってしまった。窓が付いていないというのがまさかこういう意味だったとは。明るくて風通しの良いこの部屋は、僕が覚悟していた牢獄の様な部屋よりよっぽどマシに見えた。しかし、中と外の境界を作るのが鍵の掛けようのない無い薄いカーテン一枚というのは、やはり安全面に問題ありすぎる。こんな部屋でおちおち寝ていたら命が幾つあっても足りないだろう。強盗マラリア、野犬、その他諸々の野生動物危険は数え出したらキリがない。半笑いでそんな事を考えていると、いつの間にか隣に来ていた老人に小突かれた。

「で、どうするんだ」

「…窓が付いている部屋も見たいな」

「だろうな」

ニヤリと笑みを浮かべた老人は静かに扉を閉めると、一つ隣の部屋の扉を開けて僕に見せてくれた。さっき見たのと一見全く同じ部屋だが、こっちのほうが心なしか手入れがされているように見える。中に入ってカーテンをめくってみると、くすんだガラスがしっかりと嵌めこまれた窓と網戸が見えた。

「1200メティカルだけど、いいよな?」

振り返ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた老人と目が合った。やれやれこちらの完敗である

「…いいよ。この部屋にする」

宿賃を渡し、僕は笑ってそう答えた。老人は僕の肩にポンと手を置いて、隣の部屋のとはまるで違う綺麗に磨かれた鍵を渡してくれた。やっぱり、あの部屋には最初から客を泊めるつもりなんてなかったのだろう。

明日の昼まで停電から電気はつかないよ。ロウソクが引き出しにあるから使うといい」

「一本いくらですか?」

サービスだよ」

僕が皮肉半分に聞いたことを知ってか知らずか、老人はどうだ気前がいいだろうと言わんばかりの誇らしげな笑みを見せ、ドアの外へ消えて行った。やり返してやった気にはまるでならなかった。

靴や荷物についた砂を振り払い、ベッドに寝転んだ。疲れ切った身体を動かす体力はとうに尽きていたが、不思議と気分は高揚していた。蓄積した疲労の中に滲む自虐的とも言える旅の充足感に気付いたのだった。

2020-01-08

九州北部の30代男性は十数年前、小学校低学年の女児に興味を抱くようになった。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200108-00010003-nishinpc-soci

治療ノウハウじゃなくて病人じゃないただの犯罪者

刑罰以外でも中傷する意図をもって精神病扱いしてるんだろ

政敵精神病収容して権威を奪ったソ連と同じ

2019-12-30

2019年宮城県高校野球を振り返る

まずは春夏秋と、県内3連覇を達成した仙台育英なしには語れない。昨夏の甲子園での敗北をきっかけに着手した打撃強化が実り、「打のチーム」と化した。また、1年生を積極的に登用し、層の厚さも県内随一。選抜での活躍が期待される。

その育英を終始追い詰めながらも、毎回あと一歩のところで敗れ続けた東北高校特に秋は2戦とも勝利寸前まで持ち込んだにも関わらず逆転サヨナラ負け。打力は全国クラスだろうから投手力アップがポイント特に、秋の2戦でサヨナラの長打を許してしまった「打者・笹倉」対策は非常に重要

昨秋、東北大会ベスト4という大躍進を果たした古川高校は、夏は育英へのリベンジを前に悔しい敗退。鉄腕エース・千坂、大黒柱・髙橋のバッテリーを中心に、長い間楽しい夢を見せてもらえたことに感謝

その古川を春夏と破った東北学院榴ケ岡。下級生時から光るものを持った選手が多く、個人的には甲子園も狙えると思っていたが、育英の壁は高かった。正直に言うと、一冬でイマイチ伸び悩んだ感は否めない。だが、手負いの状態で育英を前半は完璧に抑え込んだ鴻巢のピッチングは、フォームコントロールの大切さを改めて教えてくれた。

北部地区では、大崎中央も昨秋の東北大会ジャイアントキリングを達成し、実力に結果が追いついてきた学校だ。荒井世代勝負の年と思いきや、遠山世代ポテンシャルの高さはさらに上をいくと見る。白石工業との再戦では、懸念されていた脆さが出て敗退してしまったが、個人的には観ていてとても楽しいチームでもあり、春に向けてさらなる進化に期待したい。

また、上記以外でも利府古川学園・古川工業などの実力校を中心に、北部地区は年々レベルの向上が凄まじい。かと思えば、富谷・岩ケ崎・黒川小牛田農林なども少ない部員数ながら安定した戦いぶりを発揮し、古川黎明・迫桜などの超無名校にも面白い選手がいる。

実にホット地区である

南部地区では、柴田高校は今年もベスト4の壁を破ることが出来なかった。柴崎平間と2年連続で左腕の好投手を擁したが、悲願達成を考えると同格クラス投手がもう1人欲しい。そういう意味では、新チームは頭数が揃っているので、個々のレベルアップに期待したい。

仙台南・仙台城南も、1年生の頃から活躍する選手が多かったが、頂点には届かなかった。しかし、いずれも下級生に好選手複数残り、特に城南は昨秋の古高ポジとして東北大会ベスト4を達成。春も大いに期待したい。

東部地区では、東陵や石巻工業リードしつつ、その後ろを気仙沼向洋松島塩釜などが追う構図が確立しつつある。佐沼・登米などの伝統校も侮れない。反面、実力校・石巻高校が年々元気を失いつつある感じがするので(応援団長の爺さんは相変わらず元気で何よりだが)、復活に期待したい。

また、志津川高校宮城水産高校に多数の1年生が入部し、特に宮城水産が夏は数年ぶりに単独出場を果たしたのは、県内で最も少子化の影響を感じる(個人の感想東部地区だけに、非常に明るいニュースであった。

宮城高校野球の4つの地区のうち、最激戦区である中部地区では、中堅私学の躍進が目立つ1年だった。

春は、聖和学園が初の県4強、そして東北学院が初の東北大会花巻東を破りベスト8。多彩な投手陣と攻撃パターンを駆使する、東北生文大高も安定した強さを発揮。

実業学校では、なんといっても秋の県準優勝、そして東北大会でも強豪を相手善戦した仙台商業活躍が光った。公立古豪の活躍は、強豪校へプレッシャーを、そして同じ公立校へ勇気を与え、中堅私学の台頭とともに、県内高校野球に活気をもたらすだろう。

仙商の飛躍を糧に、実業学校の仲間であり、近年やや低迷している感のある仙台工業宮城工業(市工・県工)の両校が意地を見せたい。

伝統校では、県内トップクラス進学校である仙台一高・二高・三高のいわゆる「ナンバースクール」勢が、それぞれ違った特徴を有しており、興味深い。

ゲームメイク完投能力のある2枚の投手を中心とした一高

守備力向上が課題だが旧チームから強力な打撃を見せる選手が集う二高

・秋は部員20名未満ながら、各自ポテンシャルをフルに引き出す「らしさ」満載の三高

学力だけでなく、野球でも見所のある選手を育て、好ゲームを演じるナンバー勢も今後が楽しみだ。

今回挙げた学校以外にも楽しみなチームが沢山あり、県内には、私がまだ一度も試合を観たことのない学校存在する。

宮城県の高校野球という、一見ごく限られた世界もその内情は実に奥深く、まだまだ私もその世界のほんの一部にしか触れられていない。

2020年も、1人でも多くの選手が、心身ともに健康で、大好きな野球を楽しみ、懸命にプレーしている姿を見ていきたい。

最後に、現時点で私が選んだ、個人的2019年度、宮城高校野球ベストナイン(10名、3年生限定)を掲載し、当記事の結びとさせていただきたく思う。特に投手捕手遊撃手を中心に人材豊富で、選出に苦労した。企画のたびにメンバーが変わることは間違いないだろう。

【右投手

千坂 優斗古川高校

1年から実質エース東北大会ベスト4の原動力となった鉄腕投手。速球の球質、スタミナ、精神力の強さはおそらく県内ナンバーワン。味方にエラーが続出しても、明るく励まし続けた姿が印象的。

【左投手

庄司 陽斗(聖和学園

この選手も1年時から活躍特に自らの代では、主将エース・4番打者としてフル回転。投打の能力も高いが、千坂同様、マウンド上での振る舞いが素晴らしい。

捕手

大原 健我(柴田高校

から捕手に。そうは思えぬ守備力と、4番を担う打撃力で夏のベスト4に大きく貢献した。次のステージでも「打てる捕手」にこだわって欲しい選手だ。

一塁手

丹治 基(東北生文大)

春の地区予選4HRスラッガー。パワフルな体格から、見た目通りのスイング・打球を繰り出す。1本でいいから見たかった。

二塁手

中里 光貴(仙台育英

センス長打力はずっと光っていただけに、技術面での悪癖がそれらを殺していた姿が非常に歯痒かった選手最後の夏にようやく完成させた打撃で、甲子園では大覚醒

三塁手

千葉 蓮(仙台育英

異様なまでの勝負強さ。走塁時に相手野手安全第一に考えてプレーするなど、キャプテンだけあって人間性の良さも光る。

遊撃手

小林 玲大(東北学院

球際に強く、深い位置からも確実に刺してくる守備には華やかさもあり、将来メシを食える可能性すら感じさせる。

一発を秘めた4番打者でもある主将

左翼手

古山 慎悟(東北高校

東北大会で放った、逆方向へのHRはすごかった。ほとんど急造ながらも、夏は4番・投手としても活躍した二刀流

中堅手

伊藤 康人(東北高校

走攻守に優れた能力を備えた「スーパー1年生」も、甲子園の土を踏むことは出来なかった。次のステージこそは、全国出場を果たして欲しい。

右翼手

小濃 塁(仙台育英

甲子園で得た借りは甲子園で返す。下級生時の悔しさを晴らした2本のHRは素晴らしかった。対戦相手投手ドリンクを持っていく優しい一面も。実は内野手としても良い動きをしているので、大学では幅広い可能性を模索して欲しい。

2019-12-29

anond:20191228225724

既出だが一人暮らしで大きな物件を借りる必要がないなら地下鉄沿線

積雪しない時期は自転車をよく使うということなので、市南部丘陵地帯にかかるエリアは避けたほうがいい。

具体的には、平岸駅、美園駅、南郷7丁目駅付近よりも中心部側がいい。

北部高速道路から外側に出ない地域がいい。

理由市役所サイトで公開してるハザードマップを見て。北のほうが石狩湾からの風にのって雪が多くなるしね。

あと中心部すぎてもスーパーが無いので、毎日コンビニで体に悪そうな食事にじゃぶじゃぶカネを使うんじゃなければ、すこし外した場所がいいかも。

学園前駅東札幌駅のあたりはどうかな。

おすすめ観光スポット?は厚別区開拓の村。

開拓時代明治ロマン的な。

anond:20191229035507

マジレスすると微妙場所と人によるっぽい

ジャとリャの間くらい 俺がいた北部の町ではジャ寄りだった ちなみにメキシコだとヤでアルゼンチンだとシャ

2019-12-17

anond:20191216231822

広島県内の広島弁東西南北で割と違う(と地元民は意識している)。

例えば

「じゃけん」←南部瀬戸内海側)

「じゃけぇ」←北部(芸北)

など。

高度な一部の方言では「がんす」のみで一文を構成することもできる。

2019-12-13

チャット20年目を記念してチャットとは何かを考察する(書き差し

チャット20年目を記念してチャットとは何かを考察する

私の持論だが

 1)ネットリアルの延長である

 2)政治宗教スポーツ投資でまともな結論にたどりつくことはなかった

 3)イスラム教徒と会話したこともないのにネットを使っている気分になっているなら

   それは多分ググり力が絶望的に足りてない(あなたが何かをさがしているならば、だが。)

 4)チャットは薬にも毒にもなりえる

 5)庶民ネット目線からみてこの20年で逆にみんな英語をつかわなくなった気がする

恐らく、1998年の夏頃

AOL(米国版)で英語をつかってチャットをしはじめてから今年で丁度20年目になるらしい。

1日2時間ほど毎日して20年がたった。推定値だと丁度1万時間というところか。

その頃、グーグルも知らず検索の仕方もおぼつかなかった自分

30人程度が一度にチャットをするようなAOLサイト

ひがな1日FxxK Damnなんてのを書いて日々すごしてしていた。

当時は日本人であることを伝えただけで匿名集団でも歓迎されるほど

とにかく日本人英語圏のWebには居なかったように思う。

(もちろん彼ら彼女らは俺の性別など気にしていないなかった)

すでにそのころチリアルゼンチンアフリカ北部の連中やエジプト

(あまり日本人普段接しないような)人たちもそういうサイトはいついてた。

1998年ごろのことである911もまだだしアラブの春もまだだった。

(続くかもしれない

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