「事業」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 事業とは

2021-05-05

貯金があってもそれを持ち歩くしかない状態って辛いじゃん

相当にあらっぽい話だけど、頭に浮かんだから書く。

貯金があったとしても、口座開設禁止しかも家にお金を置いておくこともできません、毎日自分の身に付けて持ち歩かなきゃいけませんと言われたら、かなりしんどいと思う。

自分ジャケットの裏やポケット、バッグの中に数十万の札束が入っているだけでも、かなりの緊張感を感じるだろう。

男性女性性的価値性的承認(?)の得やすさ(?)の違いの議論では、時たま

価値があるといっても、そんなにコントローラブルじゃねえぞ」

預金みたいに安全なところに置かれていて、自分裁量で引き出して使えるものじゃねえぞ」

コントローラブルじゃなければ、そんなにハッピーなもんでもねえぞ」

って部分が抜けていて、

それに対する女性からカウンターとして、個別の辛かった事例が挙げられるが、あまり響いてなさそうな気がする。

個別議論に入る前に、「性的価値って、たとえ存在するとしても、預貯金などよりも結果が確定していない馬券ギャンブル)や、ベンチャー事業経営権とか、そっちのほうに近くて、取り扱いもそんなに簡単じゃない」ってところは合意しといてもよいんじゃないだろうか。

別の角度から言うと、性的価値とか性的承認の話って、「うまくいった例(成約例)」時点から話が作られがちだけど、

個々の人間は、成約するか分からいかたちの、取り扱いの難しい財としてしか性的価値を持てない。

もちろん、いくらでも混ぜっ返しは可能で、取り扱いが難しくてもそういう財が欲しかったという人もいるだろうが、

いや小額でももっと額面が確定に近い財の方がいいという人もいて、その辺は個人の嗜好や状況によるだろう。

デスパレートな状況だと、一発逆転的なものが眩く見えるとか)

性的価値性的承認の得やすさの性別間での不均衡みたいな話をする時に、

性的価値なるものの取り扱い(別の種類の財や幸福感への転換)が難しいというのを抜きで議論するのは、フェアでない気がする。

それは、フリーランス経営者っていいなあ、と、そこにあるリスク抜きで話をするようなものだ。

2021-05-04

官製ワーキングプア非正規エンジニアだった

 

多忙な日々だった。

1日の勤務は所定で8~6時間だけど、超絶な詰め込みの仕事だった。

残業は2時間デフォルト、多い時で4時間くらいはあった。

完全に、常勤と同じ働き方だった。

ちなみに、私以外の職員エンジニアでない常勤職員が多かったけど、ほぼ定時に帰っていた。

 

最初は定時で帰れていた。

じゃないと非常勤を選んだ意味が無い。

自分自身生き方として、私は病気になった家族と一緒に過ごしたかった。

それに、多少は前職の製造業IT事業がメインだったが)で貯蓄を作れていた。

裕福では全然ないけど。

 

人間関係は悪くなかった。

どちらかと言えば、上司・同僚も良い人たちだったと思う。

仕事最初のんびりできた。

工数概念はないし、納期ものんびりペースで調整させてもらうことができた。

 

開発の経験もあったし、Excelは当然のこと、AccessVBASQLも余裕中の余裕だから現場仕事では人気になれた。

ベンダー対応も、一部していた。

仕事が増えても、断ってもよかったかもしれない。

でも、業務知識も含め、新しいことを覚えるのは楽しかった。

から常勤職員絶対にやりたがらない電話対応とか、ヘルプデスク対応も、進んで自分からやった。

部署職員と会話したり、新しい世界を見るのは楽しかった。

最初は定時で帰れるように他部署と調整しつつも、上司提案したりして、新しい仕事も掴みとっていった。

仕事自体は楽しかった。

 

でも、どんどん苦痛になっていった。

非常勤基本的雑用ばかりを押しつけられ、楽しそうなやりがいのある仕事は全部常勤職員が取っていくからだ。

 

非常勤職員昇給はしない。

でも、仕事の量はどんどん増やされていく。

残業をつけずに働いたほうが働きやすいよ」とか、「ここの職場では常勤職員と同じように働いても大丈夫なんだよ」とか、

暗に、常勤職員並みにに働くことを求められたことは頻繁にある。

 

あと、信じられないことも言われた。

常勤職員並みに働かないと、来期の契約は結ばない可能性がある」

だって

 

情報システム部門管理職(部長室長)は、現場仕事実態を何も理解していなかった。

これが大きな問題だった。

 

管理職に、システムの実務を経験したことのあ職員が皆無だったのだ。

職員スキル実態については、自分以外は誰もAccessさえまともに使えなかった。

Accessを起動してテーブルを参照できるレベル職員のことを、上司は「Accessができる」と高評価していた。

Accessが使えればSQL自動的理解できる、それくらい簡単なのだと言っていた。

バカかよ。

 

私とは別に委託業者もいて、ヘルプデスク基本的には業者対応していた。

私が辞めたあとは、全部そちらに丸投げするらしい。

 

ヒラの職員からは、「いなくなったら職場が大変になるね」と言われた。

でも、管理職には理解できない。

下の人間がやる仕事」、「外注に回す仕事」と思っているらしい。

 

SESを馬鹿にするわけではないが、ヘルプデスク技術対応ができるSEなんて、ほぼいないのが現実なんだけどな。

それさえ、管理職は現場実態理解していなかった。

ヒラの常勤職員も、それは分かっていた。

上は、ITの実務・現場対応に関しては、「自分たちの仕事ではない」という意識らしいのだ。

から、地に足着いた理解がなかった。

 

もう、しんどいしか思えなくなった。

辞めた後、私の個人携帯にはヘルプデスク外注業者の方から、度々、「教えてほしい」のメールが来る。

 

新聞テレビの中の世界だけだと思っていた。

でも、自分もそうだったのだ。

私は、消費されて使い捨てにされる人間だったのだ。

 

私は、これでも、やりがいを持って働いていたんだ。

最初はね。

今更な話

単純に疑問なんだが、二次創作同人誌を出すことはそんなに望ましいことなのだろうか。

こういうのは個人勝手だと思うのだが、あまりにも周りから薦められて自分感覚不安になってしまった。

そもそも二次創作(とその販売等)はグレーゾーンだと思うし、「二次創作ジャンル活性化させる」みたいな意見にも私は納得できない。

支部に上げたりイベント頒布する行為公式にどんな影響を与えるかは、公式によって異なるだろうから、その結果は断言できない。だからこそ黙認されているのかなと思う。

自分かいものを誰かに見てもらったり、感想を貰いたいという気持ち理解できる。その延長として、他の人との交流のために本を出す行為理解できる。

だけどそれは他人強要するものではないと思うし、勝手にやってろよと思っている。

ましてや、支部に上げたり本を出さな価値観否定するのはどうかと思う。

理解してくれとは思わない。放っておいてくれればいいのだ。

私も二次創作をするが、自己満足が得られればいいタイプなので、誰かに見せようとはあまり思わない。

だが先日友人に読んでもらう機会があり、上述のような同人誌勧誘の流れになった。

私は自己満足でやってるためあまり感想を貰うことに関心がないことを伝えたが、

自己満足してれば本を出そうが他人にどんな評価をされようが関係なくない?」

と言われた。

そんなにまでして同人誌を出さなきゃいけないのだろうか。

SNSもやってないし、オタク交流する機会はまず無いので、これがメジャーな流れなんだということを知らなかった。

友人にとって私はものすごい異端存在に思えたらしく、その後も幾度となく同人誌を作ることを薦められた。

そして即売会の話になった。

「仮に出したとして、私は自分の書いた二次創作で金を取りたくない」

と私が言うと

利益が出なくても嫌なのか?」

と聞かれた。

私は、二次創作に金出す余裕があるなら公式に落とせよと思う。

あと、利益が出ないものを売りに行くってどういうことなんだろう。

なぜ自分が頑張って書いたもの慈善事業をしなきゃならないのか。

言い方は悪いが、人の褌で相撲を取ってるくせに「これが私の作品です」と喧伝するのはいかがなものか。

最近オタクへの理解も増え、堂々とオタ活ができるような空気が出来ているとは思う。だからといって、「好き」という感情が土台にあれば何をやってもいいわけじゃないし、表舞台に立つことだけが正義だと勘違いしないで欲しいと思った。

私はそういう人たちを非難するつもりもないし、自分価値観正当化しようとも思わない。

でも結局、みんながそうしてるから正しいんだと思ってしまったら終わりだと思うし、どんなに色んな創作物が溢れてもそこに個性は無いんじゃないかと思ってしまう。まあ二次創作な時点で個性もなにもないけどさ。

anond:20210504110113

事業の存続支援無能者への高級支援を雑に同一視した上で、「菅と同じ事」と書けば反論になると思ってるわけだ。

雑に生きてんなぁ。丁寧に生きろよ。

anond:20210504103149

コロナによる一時的な困窮と無能による恒常的な困窮とでは最適な対処は違うでしょ。

どんな事業も立ち上げ時には結構資本投下が必要から、一度潰れると新たに立ち上がるのは難しいので、公的支援で急場を凌いだ方がコロナ後の再建が安く早くできる。この公助は公の利益にもなるのよ。

無能による恒常的な困窮はそういうリターンが無いから、人権思想による人道的な見地から文化的な最低限度の公助になる。改善余地が有りそうなら職業訓練とかで自助できるようになるための公序を与えてるし。

「これは何のために回すんですか?」「意味はない」

意味が無くても意味がある場合もある。


マックス・ウェーバーが示したように、宗教改革によって、労働は厭うべきものではなく、自分が救済されることを確認するための一つの手段となった。

労働神聖行為となった。すると貧困は救済すべき悲惨状態ではなくなり、慈善事業は罪悪とみなされるようになる。

貧困神聖ものと考える宗教的感性から貧困非難すべきであると考える道徳的感性への移行が生じたのである

この感性によると、労働しないことは「神の力を試すこと」だった。これはすべての反抗の中でも、最悪の反抗とみなされるようになったのである

このようにして監禁施設における労働は、倫理的意味を帯びる。

怠惰とは最高の反抗形態であり、監禁された者は、それが経済的収益をあげられるかどうか、有用であるかどうかとはまったく無関係に、強制的労働させられるようになる。

施療院では病人隔離けが目的とされていたが、十七世紀以降の監禁施設では、監禁するだけではなく、労働させることが自己目的となった。

(フーコー入門)

まり、その労働がなんら利益を生まず、

かつ、その行為自体が罰や拷問でもなく、

その行為自体になんの意味が無くても、

十七世紀西欧キリスト教世界では意味がある(救われるための行為としての意味がある)場合もあるってことだね。

2021-05-03

anond:20210503222400

しかに、仕事ってのは自己効力感が得られるから大事だもんな。

定年退職後の老人が、金の心配がなくても何か社会的活動をやりたがるのもそれ。

高度知的障害者向けの作業所も、収益事業というよりは仕事を与えること自体福祉の一部ってところはある。

しか現代社会では、知的障害でもなければ、なかなか仕事は充てがってもらえない。

自由競争を前提とする職業選択の自由能力に応じた配置を実現するから能力のある者や国家にとっては都合が良いが、無能弱者には酷だよな。

現場叩き上げwebエンジニアにききたいんだけど

you設計知識持ってる?私はないので最近すごく困っている。

はいままで、知識がなかったので既存ソースの現行踏襲でやっていた。あるべき実装もわからず現行踏襲してソフトウェアエンジニアを名乗っていた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい

でも、私みたいな人って結構いると思うんだよね。数年前の話だけど、クラウドワークス事業ソフトウェアの規模が大きくなってから、ファットモデルコントローラーになっていてまじでやばくなったから、設計スペシャリストスカウトしたって話を聞いたことがある。

でもさ、コロナの現状、全て国民が望んだ結果じゃん

入院拒否感染者、罰則から懲役刑」削除へ…野党修正協議

2021/01/26 15:00

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20210126-OYT1T50155/

個人刑罰課す法案を出してきたとき

メディアも含めてバッシングして修正させたでしょ

そんなことより病床増やせって

からインドから入国者強制隔離できなくなったし

インド株の陽性者がマスクつけずに外出しまくっても入院強制逮捕もできなくなった

マイナンバー活用ですら監視国家だの資産監視されるだのなんだの言って拒絶して

結果的に各種給付金も遅れるし事業規模ごとの給付スムーズに行うこともできないし

1日の検査数ですら正確に把握できない国になった

保健所に集まったビックデータ科学的に分析できない国になった

海外のように陽性者をGPSで行動追跡したりそのビッグデータを集めて分析して対策に活かすこともできない

日本政府権限与えることをメディア国民拒否してきたわけ

ワクチンだってそうだろ

子宮頸がんワクチン危険だのなんだの風評ばらまいて勧奨接種を潰して

結果的ワクチン作れない集団接種のノウハウも捨てた国になった

海外が羨ましい?

お前らが望んだ現状だろ?

いくら死者が出ても自由に過ごせる国が良かったんだろ?

政府に介入されない国が良かったんだろ?

望んだ通りになったじゃん

2021-05-02

日本人生活について考えてみる

日本国憲法第二十五条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

  

現在最低賃金では「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ということは無理なのではないだろうか。

現在東京都で1013円。一日8時間労働したとして8104円。これを20日間にすると162080円。

ここから税金等で引かれていくので、手元に残るお金ほとんどない状況になる。

東京生活する場合家賃がとても高いのでかなりのお金が無くなってしまう。

では地方ではどうなのか。

最低賃金の一番低い県は790円。これを1日8時間労働したとして6320円。これを20日間にすると126400円。

地方家賃などが安いとしても、これでは生活が困窮してもおかしくはない。

最低賃金が上がると、上がった人件費を賄うために物価自体が上がってしまうが、この金額生活が出来るのかと言うと疑問視される。

最低賃金で働いている人の割合がどの程度のものなのかは不明だが、最低賃金では生活のものが成り立たなくなるといってもおかしくはない。

最低賃金第一

この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、

もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、

国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

  

このようにあるが、現状の最低賃金労働者の生活の安定や労働力の質の向上など夢物語しかないだろう。

厚生労働省は、本気でこのような賃金労働者がまともな生活を送れると思っているのだろうか。

そのように思うのであれば、厚生労働省職員全員が最低賃金で働いて証明するべきなのではないのだろうか。

出来ないのであれば、最低賃金見直しが早急に必要なのではないだろうか。

  

消費税物価が上昇してきたのに対して、最低賃金の上昇率は非常に緩やかだ。

まり消費税という逆累進課税のようなものがあるせいで更に生活は困窮していく。

このような問題に対して厚生労働省は何の対策も打てていない。

収入者への税制上の優遇措置はあるにはあるが、それにしてもあまり有効性は無い。

そもそも手元にお金がないのだから、何かあっても何もできないということになる。

地方場合は深刻で、移動に自動車を使うが、安い軽自動車を使っていたという人もいたが近年軽自動車税金が上がった。

水道代も電気代も住民税も様々な物が値上げされている。しか最低賃金はやはり緩やかな上昇だ。

政府法人税を下げてその分給料に回すと判断していたが、企業の多くは賃上げを行わなかった。

しろ内部留保けが積み重なっていった。

ここで冒頭の日本国憲法第二十五条に振り返ってみる。

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」

最低賃金がこれにそぐわないというか権利が守られていないのであれば

最低賃金で働いていて生活が出来ないという問題を抱えている人を集めて国に集団訴訟なんて言うのも十分考えてもいいと思われる。

最低賃金によりどれだけ健康文化的生活が損なわれたのかを証明する事が出来れば、であるが。

そもそも健康で文化的な最低限度の生活というのがどの程度の物なのか具体的ではないため証明が難しいが

一考して判断するべき時が来たのではないかと思われる。

  

「国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

国側は税金で多大な徴収をしているがこれについても消費税等の負担が多くて生活が困難に陥っていることが証明できれば

やはり国側に訴訟を起こしてもいいのではないかと思われる。

社会保障の多くは高齢者優遇されており、賃金が低い弱者に対して特に何か優遇している事はない。

よって、賃金の低さによって生活難がある場合、国側が生活部面の向上と増進をしていく義務がある。

収入者に対してベーシックインカムの導入すら視野に入れるべきではないのかと言うのがある。

試験導入として1か月3万円程度が妥当だろうか。(地方は2万円など)

  

個人的に思っている事は、最低賃金という制度だけでは生活保証が出来ないのはおよそ誰もが思う事であるので

それに対しては政府側が歩み寄ってベーシックインカムしろなんにしろお金支給するべきではないかと思う。

また、可能であればやはり消費税を減税して法人税所得税の方を上げて欲しい。

anond:20210502181509

罰というか自分事業への将来的投資ってかんじ

だれも評価してくれないし結果もすぐには出ない

GWにこんなことやってる人生つらすぎワロタ

母乳育児が出来ない女って何に使ってんの?

すごいイノベーション事業おっぱいでやるの?

国民が外出を自粛しない要因とは何か

1年間政府自粛を求めてきたが、コロナの撲滅までに至らなかった。

また、国民には自粛を求めているのに対して、菅総理大臣や二階幹事長厚生労働省職員が会食などをする始末。

自分たちルールを守らずに国民には守れというのでは示しがつかず、これに憤りを起こした者が多い。

時短営業の協力金も、全ての店に同額だったために、一部の店では協力金で黒字化したところもある。

このような事態であったにも関わらず何の対策も打たなかった。

海外から入国禁止などを徹底するかと思えばせずに、変異種を呼び込んでしまう結果となっている。

入国者に厳格な検査などを行うかと思えばそれもしていないことが報じられている。

Gotoキャンペーンについては、コロナが完全に終息した後に行う予定であったもの感染が拡大している状況下でも行った。

更に観光事業飲食店など一部の職種のみが得するキャンペーンだったのでそちらに関しても不満が募る結果となった。

ダイアモンドプリンセス号で感染者が出た時にも公共交通機関帰宅させるなどという行為をした時から何も変わってなかった。

国民マスク着用、消毒殺菌、パーティーション、換気、うがいなど予防に努めてきた。

また、これまでずっと外出を自粛してきた人も沢山いると思われるし現在もそうだろう。

しかし、1年経っても感染拡大が止まる見込みがなく、感染者数を抑えようとする政府側の意思が感じられない。

ロックダウンなどが出来る法改正などもいまだしていない状況でもある。

店は赤字で店が潰れる、あるいは協力金が雀の涙程度なので罰金覚悟営業をしているというのもある。

政府は、経済を優先させたいようだが、それにはまずコロナ感染拡大を抑えこ必要がある。

しかし毎度の事ながら国民不要不急の外出をするなとしか言わない上に法的拘束力がないので国民無視する。

これまで感染が怖いからという理由で外出を自粛してきた人であっても、既に蔓延しているコロナには覚悟して外出している。

感染源が特定できなくなってしまったので、いつどこであってもコロナ感染するか分からなくなってしまたからだ。

感染すればそれを運命として受け入れてしまっているので、政府の言う事を聞かなくなってきている。

政府自粛した場合に何か国民側にメリットがあるのかというものを示せていないのも問題だ。

国民政府自粛しろと言うが政府の指示が正しいものとは思っておらずに、反発しだしている。

結果論としてはいまだコロナ禍がいつ終わるか分からいかである

政府の言う事を聞こうが聞くまいが外出すれば感染リスクは常に付きまとう。

外出をしたくなくても必要最低限はしなければいけないし、世の中の多くの人は働いているため外出する。

結局、政府が外出をしなくてもいいような状況を作り出せないので国民は言う事を聞かない。

では国民はどうあれば外出を自粛するのか?と言うと

それこそ外出制限をさせるように緊急事態宣言関連の法改正をするべきなのだが、こちらの議論が遅い。

自由抑制するということで野党側の反発などもあるだろうが、緊急事態宣言効果が弱いのであれば法を改正するべきである

法改正以外だと料理宅配や自宅で使える健康器具に関して補助金を出せるようにすれば店に食べに行こうというのも多少は減るかもしれない。

今の国民政府に対して不信感ばかりが募っており、失職した人なども増えて不安になっていると言うのもある。

現金支給に関して政府懐疑的だが、こうした失職した人や収入減となった人に対しても何らかの補助は必要だろう。

このまま何かメリット提示しないのであれば、恐らく国民はどれだけ自粛要請されても従わないだろう。

バリアフリーはどこまでするべきなのか

規模の大きな施設についてはほぼバリアフリーが導入されている。

しかし小規模な施設については改修工事などに多大な費用を要するため導入が難しい。

それでも数十年前と比較したら様々な施設バリアフリー化は促進されてきた。

新しく施設が作られる場合バリアフリーが導入されていることが多い。

古い施設を除き、一般的生活圏、例えば商業施設役所などはバリアフリーが導入されている。

際限のない高望みをするのであれば、富士山を山頂までバリアフリーにするようなものになる。

しか一般人ですら登山するのがきつい富士山障害者の為ということだけでバリアフリーというのも逆差別のようになる。

従って、富士山バリアフリーにする必要性は無く緊急性も薄いと結論付けられる。

収益性に乏しい駅についても、そのためだけにバリアフリーをしなければいけないというのは費用けが嵩む。

鉄道会社慈善事業ではないため、赤字になるような対応は難しい。

あるいはバリアフリーが出来ない上に利用頻度が少ない駅については廃止にする方向性に持っていくことだろう。

仮に電車でどこでも移動できるようにするというのであれば、それこそ政府から補助金でも出さない限りはやらない。

当然政府も滅多に利用されない駅に対してそこまでの補助をするかというとするわけがない。

よって、それでもバリアフリーをしたいのであれば障害者団体慈善事業団体お金を募ってやるしかない。

ただ自分バリアフリーじゃないと移動できないと言うのであればそれは単なる障害者側の我儘である

障害者側が歩み寄らずにただただ自分が移動したいから、楽をしたいから、一般人と同等にありたいからというのは

世間一般的視線で言えば、自分要求を無理矢理通そうとする幼児のようなものである

障害者側が大人としての自覚があるのならば、出来ない事に対して交渉するべきであり、お願いしたいのであれば

共通意識を持った団体等で掛け合っていくべきである

個人の我儘で、バリアフリーしろというのは単なるクレームであり、みんなが嫌な気分になるだけである

常に移動に制限をかけられて辛い気持ちなどは同情に値するがそれを理由に我儘を押し通すことは道徳に反している。

なお個人的な意見を述べると、映画館車いす位置スクリーンの前面が多いので、可能であればもう少し後ろのゾーン

バリアフリー化が出来てくれると家族と一緒に楽しみやすくなるのでお願いしたいところである

以上。

2021-04-30

事業再構築補助金書類審査する奴ら知ってる?

これ世界にも通じる最先端テクノロジーであることが必要なんだが

審査する奴らが最先端知らないか

最先端テクノロジーの内容書くと落とされるらしいぞ笑

anond:20210430104913

政治家は国より自分議席大事にするに決まってるだろ!

増田政治慈善事業だと思ってるのか?

2021-04-28

ソニー音楽事業好調

コロナミュージシャン危機とか言ってるけど

危機なのは弱小ミュージシャンだけなのでは?

巣ごもりで家でYouTube音楽聴きまくってspotify聴きまくって以前より音楽生活充実してる

コロナ文化無くなるとか言ってんのどこの誰だよ

anond:20200428225115

今年39歳だけど中学一年から毎日オナニーしてるで

もうこれは生涯事業と言っていい

ソニー純利益、初の1兆円 21年3月期 巣ごもり需要、「鬼滅」効果

ソニーグループ28日発表した2021年3月連結決算は、純利益が前期比約2倍の1兆1717億円となり、初めて1兆円の大台に乗せた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b9ab510e8fc846547ab3ee0b6b9af151c5eadf03

コロナ下で強さ増す米巨大IT グーグル利益2倍超に

グーグル親会社アルファベット純利益は前年同期の2・6倍、米マイクロソフトMS)は純利益が前年同期比44%増となった。いずれも大幅な増収増益で、コロナ下の1年で米大手の強さが増している。

https://www.asahi.com/articles/ASP4X5GS3P4XUHBI014.html

富士通、2021年3月期決算 過去最高益を記録

富士通が発表した去年4月から今年3月までの連結決算によりますと、本業のもうけをしめす営業利益が前の年度と比べて25.9%増えて2663億2400万円。最終利益は26.7%増えて2027億円でした。

新型コロナの影響で売り上げは前の年度に比べて落ち込みましたが、IT関連事業好調だったほか、事業収益性改善を進めたことで営業利益と最終利益いずれも過去最高を記録しました。

また、2021年度は事業拡大と収益力を強化するための投資などを積極的に行い、2年連続過去最高益を目指すとしています

https://www.mbs.jp/news/zenkokunews/20210428/4256347.shtml

自粛経済死ぬー」というセカイの方と、そうでなく、ちゃん事業利益を出している方と、ちゃんと切り分けて報道しないといけないですね。で、どちらのほうを見て意思決定するか、という。

anond:20210428164849

お前がソニー事業の一部しか知らないことはわかった

私大データサイエンス学部」卒と国立大理系DS学部、採るならどっち?

武蔵野大学データサイエンス研究科修士課程)が4月1日始動2022年には博士後期課程開設予定(設置構想中)

武蔵野大学大学院東京都江東区 学長西本 照真)は、13番目の研究科となるデータサイエンス研究科修士課程)を2021年4月1日に有明キャンパス東京都江東区)に開設しました。研究科長には清木 康が就任し、先端的データサイエンス研究教育システムにより、時代の変化を先導する国際的リーダーとなる人材を育成します。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000023.000067788.html

いろんな私大データサイエンス (DS) 学部とか学科とかコースとか設置してるけど、実際DS人材を欲する企業からしたら、そういう文系メインの私大の、DS学部・院卒と、国立大DS系 (統計機械学習) は専門じゃないけど、理工系学部でした、って人がいたら、どちらを採るのかな。カリキュラムとして整備された知識体系を身に着けた人材と、「地頭」どっちを優先するのかな。

DS企業 (専業じゃなくても、積極的事業DSAIを取り入れている企業) が採用する確率が低いとしたら、私大DS学部に入って卒業する人は、「社会で役立つ知識!注目される業界!」とか言って受けてきた授業が無駄になって、なんかかわいそうだな、とも思うけど。

追記: 国立大である滋賀大学DS学部でも、就職実績として、別にDS企業目白押しでもなくて、普通情報学部の進路と変わらないね

https://www.ds.shiga-u.ac.jp/about/ds/career/

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん