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2022-05-04

表現規制をする女性たちって昔は「PTA」じゃなかったっけ?

昭和フェミニスト

筒井康隆短編集「くたばれPTA」には表題作「くたばれPTA(昭和41年)」と「女権国家の繫栄と崩壊昭和45年)」がある。

女権国家の方はミサンドリーを拗らせた女性革命を起こし、女性中心の社会を作る話だ。

一方くたばれPTAの方はSF作家教育上不健全漫画ということで出版規制される話である

どちらもフェミニストPTA否定的かつ攻撃的で、インターネットが当時あったら叩かれるだろうなぁといった内容だ。(当時もバッシング受けたのかな?)

さてさて、私が気になったのは現在フェミニストの主戦場「不健全表現を控えるべき」というのはPTAの役目じゃなかったっけ?ということ。

昔のフェミニスト女性地位向上、社会進出あたりのことを主戦場にして戦っていたようである

女権国家においても権力に見栄と権力に執着する女性という書き方でフェミニスト表現していた。

筒井氏はフェミニスト当事者ではないため、認識不適切という批判は受け付ける。ただ小説としてデフォルメした際に強調した点が権力の話だったというのは一考に値する)

令和のフェミニスト

対して今のフェミニスト表現規制が主な活動のように見受けられる。

最近活動でも目立っているのは新聞広告に関する表現への批判献血でのキャラクター利用などだ。

フェミニスト昭和フェミニストより、昭和PTAの方が近いのではないか

ここで「PTA漫画ゲームといったもの全般に不健全としたが、フェミニスト女性性的搾取した媒体のみを不健全定義しているため異なる」といわれるかもしれない。

しかし、不健全定義事態によって異なる。

明治自体においては小説は不健全コンテンツであったが、昭和平成では高尚な芸術だ。

漫画ゲーム昭和には不健全だったが、受け入れられた令和では日本代表するカルチャーになっている。

そして未だに不健全の枠にとどまっているコンテンツが「エロ」または拡大解釈によってエロ解釈された「萌え」ということになる。

フェミニストPTA思想の違い

フェミニストPTAも両方女性だし、思想が似ていても当然じゃないかと言われると思うが、建前上はそうではない。

PTA家族(主に子供)の健全な営みを行うための主張として表現規制を訴えている。

近い思想青少年健全育成条例などで、こちらを支持している石原都知事右派人間だ。

まり国家社会のために不適切コンテンツ抑制するというのがPTA的な表現規制の建前である

一方フェミニズム女性社会的な抑圧から解放するための左派的な側面が強い思想だ。

どちらかというと真逆であるという思想が、いつも間にかすり替わっている。

表現規制派の活動

ややこしいので、以下では昔PTA表現規制をしていた人と現在フェミニストとして表現規制をしている人を「表現規制派」と呼ぶことにする。

まり何が言いたいのかというと、表現規制派の人たちは「健全育成」や「フェミニズム」という思想に基づいて表現規制をしているのではなく、

表現規制」という思想社会に実現するために「PTA」や「フェミニズム」といった建前を利用しているのではないだろうか。

こうすると現在表現規制派の人たちが全くフェミニストらしい活動をしていないのに説明がつく。

ウクライナでの強姦を取り上げず温泉娘に憤り、映画監督性的搾取に目を反らしつつ新聞広告を敵とする。

表現規制派にとっては表現規制が最も大切な主義であり、フェミニズムは建前を尤もらしくするための道具なのだ

というわけでフェミニズムを叩いても、論理的矛盾をついても、ゴールポストは動かされる。

表現規制派は女性のためでも社会のためでもなく、表現規制のために表現規制を行っている。

なぜ表現規制をしているのかというところまでは個人問題なので分からないが、

自分が好ましくないと思う表現があったときに、多かれ少なかれ人は不愉快になる。

その不愉快社会正義見出しバッシングするかしないかの違いである。

表現規制派がフェミニストを名乗るまで

ではなぜ表現規制派がPTAからフェミニストにかわっていったのだろうか。

これに関しては全く不明だが、おそらく「PTAになれなかった層を取り込むため」ではないだろうか。

未婚率が上昇している。昔は誰でも結婚出来た時代だが、今はそうではなくなった。

PTAになれるのは結婚し、子供がいる女性だけだ。

このハードルを越えられなかった表現規制派の女性親和性が高かったのがフェミニズムだ。

フェミニズムはもとより結婚をしない女性を救うような思想だった。

地位向上で女性が一人でも生きていければ、結婚出産もしなくても幸福になれると考えられるからだ。

そこでPTAになれなかった女性たちが表現規制を行うためにフェミニズムと結び付けた。

フェミニズムは誰でも参加可能なのでPTAよりも参加しやすい。

よって現在思想がちぐはぐのフェミニズムが生まれしまったと考えられる。


表現規制に関してはフェミニズムを叩いても仕方がない

こうして表現規制派が無理筋批判をした際、フェミニズムが叩かれるようになった。

しかし、これはあまり無意味なような気がしないでもない。

昔は悪の権化だったPTAは、今では面倒な無賃労働としてママさんからしか文句を言われていない。

このままフェミニズムの印象が悪くなって社会的な発言力を失った場合

表現規制派がフェミニズムから出ていって、また新たな宿主を乗っ取って批判を繰り返すようになる。

表現規制派は特定思想を持つ者ではないので、現在寄生している思想や団体を批判するより、

疑似科学陰謀論に対する免疫のようにリテラシーを高めて対処をしなければならない。

2022-04-02

anond:20220402120737

返信どうもです。

依存症治療に携わってる斉藤章佳さんが言ってたけど、性依存症は一度発症すると治療難易度がとても高くなるので、初犯を犯す前に治療する事が何よりも大事なのだそうです。

なので本来自分に危ない兆しを感じたら、犯罪に走る前にクリニックに繋がる事が望ましいと言われてるんですよね。あまり知られてないけど。

漫画家津島隆太さんはご存知でしょうか。

Twitterテレビで性依存治療について発信してる方ですが、アルコール依存症治療プロセスにかなり近いと仰っていました。

依存症治療に完治というもの存在せず、「我慢し続けるスキルを身に付ける」という感じなのだそうです。

(ちなみに性依存症犯罪に限らず不倫に狂うとかセックスに溺れるとか色々あって、女性にも多いけど、女性場合は他害ではなく自傷に向きやすいらしい。売春とか破滅的なセックスとか)

※豆だけど、痴漢アプリ会社が調べた所によるとコロナ自粛間中電車に乗る人数が減った時は、痴漢発生件数が激減したらしい。

恐らく人が密集しなくなってバレやすくなった→トリガーが発生しにくくなったって事らしい。

満員電車の解消は痴漢撲滅の効果が期待できるので、是非都知事には頑張って貰いたい。

2022-03-15

なんでみんなが問題だと思ってることがいつまでも解決されないのか

歴代都知事がなんとかするって言ってたスギ花粉満員電車も何年立っても一向に解決されないのはなんで?

必要ならお金でなんとかすればいいのに

2022-03-05

anond:20220305095614

一番謎なのが橋下と三浦だろ

橋下に関しては都知事を狙っているという噂がある

三浦なんて、世間知らずなのに国際政治学者を名乗ってるし

どこに需用があって出し続けてるんだろ

2022-02-21

anond:20220218161823

石原節」は許さな活動をしてきたのに、いざ女性が燃やされると「たぬかな節」で擁護し始めるの見苦しいよね

失言解雇されたプロゲーマーなんて腐るほどいるのだろうに、たぬかなと都知事を比べるの笑えるんだけど

キャンセルされないセクハラおんななんて腐るほど居るだろ、キス報道あいつとか

2022-02-19

石原発言まとめてみた

1977年環境庁長官水俣病患者施設を視察した際に患者から抗議文を手渡される。
   会見で「これを書いたのはIQが低い人達でしょう」「補償金が目当ての“偽”患者もいる」と発言
   土下座して謝罪。その状況の画像は今もインターネット上に残っている。
1981年 石原の弟が倒れた際、小笠原諸島から自衛隊機を呼びつけて帰京した。燃料代は160万円
1982年 石原第一秘書対立候補ポスターに「北朝鮮より帰化」というシールを3000枚以上貼り付け。
   秘書現行犯逮捕される。
1987年運輸大臣・身内のヨット仲間の忘年会の席上で「小網代港の魚網はヨット邪魔から運輸大臣任期中に取り除かせる」と発言
  宮崎にあったリニアモーターカー試験場で試乗した際
   「ブタ小屋、トリ小屋の間を(リニアモーターカー宮崎県内の実験線が)走っており、日本技術力を世界に示すにはふさわしくない」と発言
   その後記者会見謝罪しかし更に「言ってない。謝って損した」などと話した。
2000年東京都知事・「週刊ポスト」で「私は半分以上本気で北朝鮮ミサイルが1発落ちてくれたらいいと思う」とコメント
2001年 ロサンゼルス・タイムズインタビューで「北朝鮮ミサイル日本に当たれば、長い目で見て良いことだろうと思った。」と発言
2006年 文部科学省伊吹文明大臣宛にいじめ問題解決するよう嘆願する手紙が届いた。
   この手紙には「改善されなければ自殺する」と書かれていたことを受け、石原
   「予告して自殺するバカはいない。やるならさっさとやれ」と暴言を繰り返した。
2011年 東日本大震災について
   「日本人のアイデンティティー我欲。この津波をうまく利用して我欲を一回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う。と発言
2016年 小池百合子都知事に対して「大年増の厚化粧がいるな」「厚化粧の女に任せるわけにはいかない」
   小池氏は顔のあざを隠していると明かしている。それにかこつけた発言
2020年 ALSについて『業病』と表現

ぶっちゃけ多すぎて全部まとめるの無理だわ。

かいの含めたらこの10倍あるんじゃない?

引用元

石原慎太郎の言動録 -この危険政治家監視する-

http://camelop.g2.xrea.com/isihara/isihara_gendou1999.html#IQ

石原慎太郎が差別発言「(障害者に)人格あるのかね」「(水俣病患者文書に)IQ低い」

https://biz-journal.jp/2017/03/post_18396.html

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https://anond.hatelabo.jp/20220218161823

2022-02-18

anond:20220218185353

というかあの人都知事辞めた時点でとっくの昔にもう「終わった人」扱いだったからなあ

公職辞めた人間糾弾するのはいいけど、じゃあ何を奪えば気が済むというのだろうか

2022-02-08

賢者石原慎太郎

石原慎太郎はあの時代必要とされていたのは間違いない。

都知事になるずっと前、議員になって最初の頃が石原慎太郎ピークだったと思う。

経済は成長してきたものの、まだ敗戦国意識があって日本人が自信を持てないとき

少々乱暴でも自信の持ち方、強くあり方を示した。それはまた一種の痩せ我慢でもある。

それはアジテーションだけでなく、長身男前作家として芸術的才能があって

実弟映画スターにするプロデュース力や政治家として支持者を集め国を動かす力まで

手に入れられる圧倒的な実績まで示した。

まさに賢人といった風格で、それは自信を見失っている人たちの光明になった。

ただ、ロスジェネを経てみると、そういった強さは害悪の方が目立つようになった。

思想としては雑で荒いものだったから、当時の溺れる人がすがる藁にはなっても

いま冷静にみると時代遅れどころか、なんであんなもんをありがたがったのだろうと不思議に思う。

晩年当人老害ムーブも酷かった。

そしていま賢者モードになった日本人には、石原慎太郎に憧れ期待した時代をもう理解することができない。

2022-02-03

亡元都知事税金無駄使いしたのが事実だったとして

今、それを指摘することに何の意味があるのかわからない

今、あるいは将来の都政について追及するべき

死ななきゃ追及されないんだったら、欲深い奴ほどむしろ「じゃあ死ぬ前にスゲー無駄遣いしとこ」と思うのが普通

2022-02-02

オープンレター賛同者に問いたい

主催者過去発言を遡ると以下のようなものが出てくる。これは中傷差別的発言ではないの?

これらを反省して、「中傷差別的発言をなくそう!」って運動なら賛同できる。

でもやってるのは「自分自由誹謗中傷したいけど、自分が言われるのは嫌だ」「言ってきた奴は社会的に葬る」って取組になってるのではと思うんだが。

○人をクズと言うのに法的根拠はいらない。あえていうなら表現の自由

○皆差別的でない強烈な罵詈讒謗の語彙を揃えておくといいと思いますよ。バカクズボケナス、トンチキ、すっとこどっこい、

烏滸、おたんこなすあんぽんたん、頓馬、金魚のフン、大賢に似てない大愚、腰巾着、ぬけさく、ベルギー(?)、オペレペレケプ(??)など。

○「太陽がまぶしすぎるから異邦人を殺そう」とか言いそう。/石原都知事

金正恩トランプ安倍がやってるのはチンコの大きさ比べだと思う

○某元都知事はたぶんもともと前頭葉があまりない

都知事死去のニュースでわざわざ韓国感想報道する意味ないよなー

2022-02-01

訃報に乗じて石原都知事批判してるブクマカ多数いるけど、いつもあれだけ大阪馬鹿しまくってる民度の高い都民の皆様がどうして死してなお批判したくなるような人を選んだんですか?

anond:20220201160535

ワロタ

今なら炎上案件やん

言い回し昭和面白い

小池百合子について

自由民主党公明党日本のこころを大切にする党から推薦で2016年東京都知事選挙立候補した増田寛也の決起集会2016年7月27日)に長男の伸晃と共に参加した際、「とにかく岩手県行政手腕を発揮した増田さんに任せないとね、やっぱり厚化粧の女に任せるわけにはいかないね、これは」と増田への支援を呼びかける一方、小池に対しては「大年増の厚化粧がいるんだな、これが。これはね。困ったもんでね。」と評した[201]。小池都知事当選した翌日の8月1日次男の良純がテレビ番組モーニングショー』で「おそらく小池先生もご存じだとは思いますけど、石原慎太郎というのはああいう人ですので、たぶん謝らないと思いますので、私がかわりに...」と述べ、小池謝罪した[202]。

石原さんは政治家としてはよくわからなかったが、

文学者文芸者としては超一流だった。都知事の会見での回答なども文学者っぽかった。

そういう点では宮崎駿監督も同じ匂いを感じる。絵描き映像監督政治家で違うけども、根本文学者だと思う。

文学新聞メディアの中心でなくなった以上、こういう人はもう現れないだろうなあ。

石原慎太郎氏、自作を語る『わが人生の時の時』、死の影と生の充実

2019.2.21 10:12 ライフ 学術アート

ときさし石原慎太郎インタビュー

「こんなにいろいろ体験した物書きはいない。ある意味、ぜいたくな人生だと思うよ」と話す石原慎太郎さん(酒巻俊介撮影

DSC_3468『わが人生の時の時』

小説集や文庫に収められた『わが人生の時の時』

 政界引退して4年余りが過ぎた石原慎太郎さん(86)はサッカーヨットダイビングに、とさまざまなスポーツに熱中してきた。そんな“肉体派作家身体感性が鮮やかに結晶したのが、平成が始まって間もなく刊行された自伝的掌編集『わが人生の時の時』(平成2年)。かけがえのない時の断片を乾いた筆致でつづった40の掌編は死と隣り合わせにある生の輝きを静かにうたいあげる。(聞き手 海老沢類)

 この本は不思議きっかけでね、大江健三郎のおかげなんですよ。テレビ局の依頼で反核運動が盛んだった西ドイツ(当時)に取材に行ったら、同じ目的で来ていた大江と会った。ベルリンの壁の前で僕は覚えたてのスキューバダイビングの話を彼にしたんです。この本に書いたオキノエラブウナギという猛毒をもった不思議ウミヘビと遭遇した体験を語って「海の底全然違う宇宙で、いろんな発見があるんだ」と。大江はやけに感心して「石原さん、そういう話、絶対書きとめておいた方がいいですよ」と言う。

 思えば、僕は他の作家にはない体験をしてきたし、いろんな人と出会って面白い話も聞いてきた。人生を記録として残そうとしたんです。書きながら人生を感じ直したよね、強烈に。

 《収録された40編の多くが海での体験談。知人の遭難自身の大けが、巨大な生物との遭遇などが回想される。弟の俳優裕次郎さんとの別れや霊の存在示唆するような不思議出来事戦時日常も描かれる》

 僕は肉体派からね。肉体を使った行為というのはその裏側に必ず死の影がある。スキューバダイビングでも随分怖い目に遭ったし、遭難にも立ち合った。避けようもない落雷ヨットの甲板上で目にする「落雷」という一編があるけれど、あのときコンパスクルクル回るのが気持ち悪かったね。

 ただ僕はね、恐怖は人間が味わう一番の感動だと思う。恐怖が通り過ぎた後には安息があるし、たった今過ぎていった凝縮された時間の充実をも感じる。死とのコントラストの中での生の味わいは深いですよ。死は人間にとって最後の未知だから興味がある。この掌編群はいわば、いつ死ぬのかな、という緊張の中でとらえた生と死のフラグメント(断片)なんです。

 戦時体験も書きました。横須賀から出航する前、家族最後の別れをする将校の姿とかね。僕らをかわいがって膝の上に乗せて頭をなでてくれた青年将校が死んでいく。その妻が葬式で何も入っていない骨壺を抱いている…。戦争不条理残酷さは僕の中に鬱積して、国家への愛着、そしてアメリカに対する反発となった。盛田昭夫さん(ソニー会長)との共著『「NO」と言える日本』(元年)もそういうもの潜在意識にあって書いたんです。

 《26年、衆議院議員最後政界引退。精力的に執筆を続け、田中角栄元首相の生涯を一人称でつづった『天才』(28年)は大ベストセラーに。現在文芸誌に小説を連載する》

 随分危ないこともやってきたと思うけれど、僕はそれはそれでとてもエンジョイしてきた。自分をつき動かすのは結局、人生に対する好奇心なんだよね。

 ライフワークが一つあってね。仏教徒から法華経現代語に訳そうと思っている。法華経は非常に哲学的で、存在時間について深く考えさせる。今は道半ばだけれど死ぬまでに完成したい。

 やっぱり小説が一番面白いよ。政治家同士のだまし合いなんか、最も薄っぺらいね。僕は作家だしヨットマンですよ、ずっと。でも時化(しけ)たレースではさすがにもう乗れないな。

 『わが人生の時の時』 文芸誌「新潮」の平成元年10、11月号に掲載。翌2年に新潮から単行本刊行され、後に文庫化された。『石原太郎文学』(全10巻、文芸春秋)の第8巻に、エッセー『わが人生の時の会話』とともに収められている。

 〈いしはら・しんたろう〉昭和7年、神戸市まれ一橋大在学中の30年に「太陽の季節」でデビューし、翌年に同作で芥川賞。『化石の森』で芸術選奨文部大臣賞、『生還』で平林たい子文学賞。43年に参議院議員当選。後に衆議院に移り環境庁長官、運輸相などを歴任平成11年から24年まで東京都知事を務めた。

https://www.sankei.com/life/amp/190221/lif1902210022-a.html

2021-12-31

あなたの体に、両親の血は1滴も入っていない」

これこそネットの力が発揮すると思うけどな。

https://nordot.app/844522079794642944?c=39546741839462401

墨田産院の跡地周辺を歩く江蔵智さん=東京都墨田

 下町の風情を残す東京都墨田区の住宅街を、60代ぐらいの男性を探して訪ね歩く人がいる。江蔵智さん(63)だ。生まれた直後、産院のミスで別の赤ちゃんと取り違えられ、そのまま育てられた。両親と血のつながりがないという衝撃の事実を知ったのは約17年前。そこから独りで膨大な行政資料を調べ、取り違えられた可能性のある家庭を1軒1軒回り、生みの親と、自分を育ててくれた両親の本当の息子を探し続けている。(共同通信=典略健佑)

 ▽取り違えの発端

 日本高度経済成長へと歩みつつあった1958年4月10日、都立墨田産院で男の子が生まれた。この子を仮にAさんと呼ぶ。前後して同じ産院で生まれたのが江蔵さんだった。

 

赤ちゃんのころの江蔵さん

産院では通常、母親は1日2回ほど、授乳の際に新生児室のわが子と顔を合わせる。ただ、Aさんの母は母乳が少なく、看護師が代わりにミルクを与えていたたため、わが子の顔を見る機会はほぼなかったという。

 出産から4日ほどたった頃、看護師が「へその緒が取れた」としてAさんの母の元に連れてきたのが、江蔵さんだった。「取り違え」の発端だったとみられる。

 Aさんの母も父も江蔵さんをわが子と信じ、そのまま退院した。父は名前を「智」と決め、出生届墨田区役所に提出。長男として育てられ、その後に生まれた弟と共に台東区暮らした。

 ▽「家族の誰とも似ていない」

 「巨人の王や長嶋に憧れた野球少年で、やんちゃ子どもでした。でも、父とはそりが合わなかった」。江蔵さんがおだやかな口調で幼少期を振り返る。父は都電運転手。厳格な面がある一方で気性が荒くなる時もあり、物心ついた頃から対立した。

 お盆正月に親戚の子どもが集まると、大人たちに「おまえは家族の誰とも顔が似ていない」とよく言われた。江蔵さんにとっては、今も忘れられない言葉だ。「確かに自分だけ顔立ちが違うな」と幼心に思ったが、それ以上深く考えることはなかった。

 中学卒業後は家を出て、浅草おしぼり店で住み込みをして働いた。その後は建設作業員やトラック運転手貿易関係など仕事転々としたが、時代高度経済成長期のまっただ中。食いぶちには困らなかった。

育ててくれた父親(右)と子どもの頃の江蔵さん

 10代の頃からモータースポーツが大好きで、車のレースにも参加していた。好きが高じて30代で中古車流通関連の会社設立仕事に明け暮れ、両親と会う機会も少なくなっていった。

 ▽親子としてはありえない血液型

 転機は1997年、39歳の時だ。病院嫌いだった母が体調を崩し、初めて血液型検査を受けてB型と判明した。父はO型で江蔵さんはA型。親子では考えられない組み合わせだ。念のため他の病院でも検査したが結果は同じだった。

 「ありえないよな」。江蔵さんの問い掛けに、両親も訳が分からないといった表情を浮かべた。当時はまだDNA型鑑定は一般的ではない。鑑定機関に問い合わせたが「300万円かかる」と言われた。その頃見た新聞には「実の親子でも、遺伝子上の原因で血液型が合わない場合がある」という内容の記事が載っていた。

 約7年後の2004年、福岡市仕事拠点を移した江蔵さんは、かかりつけのクリニックで家族血液型について話した。すると話を伝え聞いた九州大法医学者が「研究のため調べたい」と持ち掛けてきた。DNA型鑑定も無料ですると言われ、両親と血液提供した。

 ▽「あの看護婦かしら」

 約2週間後に会った法医学者は、おもむろにこう語った。

 「あなたの体に、両親の血は1滴も入っていません」 

 衝撃を受け、すぐに母に電話で伝えた。電話口で母は「えーっ」と言ってしばらく絶句した後、こんな言葉を口にした。「あの看護婦かしら…」

 母が語った話はこうだ。墨田産院では当時、沐浴などで新生児を運ぶ際、看護師がかごに入れて頻繁に移動させていた。ただ、母から見た産院は明らかな人手不足。どこかで取り違えが起きていてもおかしくはない―。母の話を聞きながら、江蔵さんは頭が真っ白になったという。

 すぐに真相を確かめようと思ったが、都立墨田産院は15年以上前に閉院していた。東京都担当部署電話し、対応を求めたが拒まれたという。墨田区役所や法務局も訪れたが、らちが明かない。江蔵さんと両親は、都に実親の調査損害賠償を求める訴訟東京地裁に起こした。

育ててくれた母親(左)と子どもの頃の江蔵さん(中央

 ▽「過失は重大。人生を狂わされた」

 05年の地裁判決は「真実の親や子を見いだすため、手を尽くしたいとの心情は察して余りある」と理解を示した一方で「請求権消滅する除斥期間(20年)を既に経過している」として訴えを退けた。

 江蔵さんは控訴。すると06年の東京高裁判決正反対結論を導く。「時効は成立していない。過失は重大で、人生を狂わされた」として都に計2000万円の賠償を命じた。都は上告せず、判決は確定した。

 上告しなかった理由について、当時の石原慎太郎都知事は「本当に痛ましい話で、総合的に判断した」と述べたものの、江蔵さんが求めた出生情報の開示については「(取り違えられた)相手方人生にもかかわる。行政としてできることに限りがある」と、事実上の拒絶をした。

 ▽60人の候補者、誰ひとり拒まず

 それでも諦めるわけにはいかない。江蔵さんはその頃、既に自力で生みの親を探し始めていた。自宅がある福岡市から時間を見つけては飛行機東京に通い、墨田区役所で住民基本台帳を閲覧し続けた。区の住人は当時約33万人。そこから自分と生年月日が近い人の氏名と住所をメモした。

 半年ほどかけ、約100人ピックアップし、レンタカーで1軒ずつ回り始めた。事情を伝えた上で「血液型だけでも教えてほしい」とお願いすると、見知らぬ人の突然の訪問にもかかわらず、誰ひとり江蔵さんの調査を拒まなかった。

 反対に「俺も同じ立場なら一生懸命探すかもしれない」「会えることを願ってます」と言われ、励まされた。60~70人分を調べたが、該当する人はいなかった。

 

墨田区が開示した「戸籍受付帳」。個人情報の部分は黒塗り

 ただ、住民基本台帳には限界がある。新たな転入者の情報は随時追加される一方で、転出者の情報は削除されてしまうためだ。江蔵さんが探し始めるまでの四十数年間に転出した可能性は、低いとは言えない。

 ▽該当者は黒塗り100人の中に

 頼みの綱は、墨田区が保管している「戸籍受付帳」だ。自分の生年月日に近い戸籍受付帳を開示するよう請求したが、区はプライバシー理由に、個人情報を黒塗りした上で開示した。それでも、黒塗りされた該当者の人数は分かる。約100人。彼らの戸籍情報さえ分かればたどり着けるはず。江蔵さんはもう一度司法の力を求めることにした。今年11月、都に実親の調査を求める訴訟東京地裁に再び起こした。

 育ててくれた父は、約5年前に他界した。折り合いの悪かった父は常々、実親を探し続ける江蔵さんを見かねて「今更、もういいんじゃないか」と言っていた。だが、死期が近づいた頃には「まだ見つからないのか」と気に掛けるようなことも言ってくれた。

 ▽「産んだ子どもに会えるなら、遠くからでも」

 

東京都に実親の調査を求める訴訟を起こし、記者会見する江蔵さん=11月5日、東京都

 その父と自分の間に立ち、陰ながら調査を見守ってくれた母(89)は、苦しい胸の内を最初訴訟に提出した陳述書で明かしている。

 「私も生んだ子どもがどうなっているか、見届けたいし、会いたいです。でも見るだけで、声はかけられないと思います。向こうの気持ちもあるでしょうから。会えるものなら、遠くからでも見てみたいです。その気持ちには変わりありません」

 母は今、認知症を患い高齢者施設にいる。江蔵さんが語り掛けると、にこやかな顔を見せるが、会話の内容はもう理解できていないという。

 「せめて一目でも生みの親に会いたい。取り違えは東京都責任なのに、なぜ協力してくれないのか。もし判明しても、相手側に面会を拒まれるのなら諦めます。でも、調査さえしないのはおかしいと思いませんか」

 江蔵さんの闘いは終わらない。現在は幼少期に墨田区内にあった小中学校の卒業アルバムや住所録を集め、地道な調査を続けている。

2021-12-14

anond:20211214095448

店舗入り口に「マスク着用による入店をお願いします」みたいに書かれてるのは見るけど

通行中にマスク必要なのって誰が言ってるの?都知事

店の中に入る時だけマスクすれば良いのかと思ってた

2021-12-13

じゃあ激安居酒屋歴史と、新しくオープンした居酒屋10ビール)で殺されかけた話を語ろうか

タイトルそのままなんだけどさ。

結構から都内では「料亭系」といわれる、店構えだけは料亭で、中に入ると激安居酒屋というのが流行っていて。神楽坂の「竹子」とか、渋谷の「バッハ」とか、新宿の「アルプス」とか、三田の「ヨット」とか。

この「料亭系」の特徴としてはとにかく酒が安い。だいたいハイボール100円、生ビールが160円ぐらいで、日によってはプレモル50円だったりする。

ただ食べ物としてはイマイチかつ高く、そこで利益を取っているのだなと納得しつつ、中でもマシな「オムそば」などを食べるのが料亭攻略の定石となっていたんだ。

そして時は流れて2020年コロナ禍の中、これに敢然と立ち向かうチェーン店が現れた。都知事反旗を翻して話題になった伝串?いやいや、あれは大したことがない。

自分言及したいのは「マルヤス酒場」のことだ。ここは料亭居酒屋と同じく、まず酒が安い。ただ相場的には料亭系よりやや高い店もあり、生ビールだと300円ぐらいする場合もある。だから500円で中瓶を飲むのが良いのだが、それはともかく、飯だ。ここの飯は中華オンリーなのだ料亭系の(推測だが)セントラルキッチンから解凍フードと違って、おそらくその場で作られている。そしてコックが中国人からか、これが割と良い線をいっているのだ。さらに、ここが一番重要なのだが、安い!!そして量が多い!!なんと全品300円だ。麻婆豆腐だろうが回鍋肉だろうがレバニラだろうが、どれでも自由だ。百円玉を3枚握りしめていればなんでも頼める。お前は自由だ。だいたい2人で2皿も頼めばお腹いっぱいになることは請け合いだ。その分酒を飲め。ときに脂っこすぎる中華アルコール浄化する。そのぐらいのつもりで飲むのがいい。

...と、マルヤス酒場のことも語ってしまったのだが、この記事のメインテーマはそれではない。おそらくこのマルヤス酒場系列店だと思うのだが、上野広小路にすごい店が登場したのだ。その名も「パンダ酒場」。だが、可愛い名前に騙されてはいけない。なんと、ビール10なのだ

なあお前ら信じられるか。生ビールのジョッキが10円だぜ。センベロという言葉があるな?1000円でベロベロという意味だ。この店で1000円飲んでみろ。100杯だ。ベロベロどころじゃない。間違いなく死ぬ。そう、この店は俺たちを殺しにきているのだ。

で、この店に実際に行ってみたところ、看板に偽りがなかった。まずお通しピーナツマルヤス酒場系列と思ったのはこのお通しだ。マルヤス酒場お通しピーナツなのだ)で、これだけで飲めてしまう。もちろんチャージ料は取られているわけだが。しかし何も頼まないのも申し訳ないので、数杯飲んだところでピータンを頼んだ。一番安いやつだ。あとはひたすら飲み続ける。ちなみに一人で訪れたので、スマホを見ながら黙々と飲む。飲んだら手元のタブレットで注文する。機械のようにこれを繰り返す...。

気がついたら12杯飲んでいた。

だが、これで120円だ。信じられるか?駅で買うジュースが130円だとすると、それより安い。想像してみてくれ。スイカでピピっと精算したら、12杯のビール自販機からゴロゴロ出てくるところを。

さんざん飲んだらお会計だ。長っ尻は嫌われる。中国人店員さんがお通し333円、ピータン111円、そしてビール120円。

そしてその合計額は...564円。

「コロシ」

参ったぜ。やはりこの居酒屋は俺たちを本気で殺しにきているようだ。

2021-12-01

anond:20211201134644

木下都議ボーナス差し止め請求の動き 上田令子都議が12月1日に会見

2021年11月29日 17時34分

東スポWeb

木下富美子前都議めぐり新たな動きが…(東スポWeb)

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 無免許運転在宅起訴された木下富美子前東京都議に対して、ボーナス支給差し止め請求の動きが浮上している。木下氏は22日に辞職を表明。小池百合子都知事が〝引導〟を渡したとされていた。

 地域政党自由を守る会」の上田令子都議が29日にツイッター更新。「【木下富美子元都議給与ボーナス支給差し止めを求めます‼】小池知事が突如出てきて、引導わたし美談仕立ての幕引き図ろうとしてますが、多くの都民は消化不良だったのではないでしょうか?」と支給差し止め請求をすると宣言した。

 会見は12月1日。ボーナス支給差し止め住民監査請求について説明するという。木下氏は辞職会見でボーナスについて、都議会を休んでいた分の寄付検討していると話していた。果たしてどうなるのか。

こんなんでました

200万のために全国民からまれるのは割りに合わないよね

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