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はてなキーワード: 無責任とは

2018-10-17

野次馬弱者に慮ってなんになるのか

松本人志自殺したアイドルについてのあーだこーだで批判されてる

よくはてなでもイジメ自殺について等やさしい意見を見るけどさ

 

被害にあっている人にやさしくするべきなのは周囲の人間であり

構造を変化できる可能性のある権力者であって

 

少なくともなんの力にもなれない連中が可哀そうと言っても意味がないか

無責任に逃げてもいいんだよとか毎回それしか皆言えないのかくらいのコメント意味がないか

 

可哀そうで言論統一しようとせずご意見募った方が役に立ちそう

発達障害自閉症スペクトラム障害)と性別違和性同一性障害

「性転換手術をしたけどやっぱり元の性別に戻りたい」という人は少なくない。

それはトランスジェンダーとは「もう一つの性別」の身体で生まれしまった人である

というような単純な物語ではないことを示している。

「男なのに女の身体で生まれしまった」「女なのに男の身体で生まれしまった」

それは悲劇だが、本人に確固たる性自認があるのであればむしろ幸いな方かも知れない。

しか現実には、自分は本当は女なんじゃないのか、あるいは男なんじゃないのか、という「揺らぎ」を抱えているのが性同一性障害GID)における「普通」だ。

その「揺らぎ」に自分の中で決着をつけて性転換手術をした後で、再び「揺らぎ」が生じるのは無理からぬことだ。

さて、ここからが本題だが、その性自認に対する不安定さが自閉症スペクトラム障害ASD)に起因するケースが少なくないのではないかと見られている事実がある。

当たり前だがそのメカニズムは未だはっきりしていない。

GIDを引き起こす要因とASDを引き起こす要因はある種の「近い」関係にあり、併発しやすいのかもしれない。

しかし、むしろASDがより直接的にGID引き起こしているように見えることは少なくない。

まり、端的に言うと自分は本当は男なんだ、あるいは女なんだというのが発達障害に起因する「思い込み」と切り捨てる方が適切な場合が少なくないということだ。

リベラルダイバーシティを重視し、マイノリティに寛容であろうとする姿勢のものは正しい。

しかし、だからといってトランスジェンダーを「普通存在する個性」と安易に認め、

ホルモン治療や性転換手術といった後戻りのできない処置を受けようとする背中を押すことは無責任と言わなければならない。

「君はトランスジェンダーフレンズなんだね!」と受け入れる前にまず「君は性別違和を抱えるフレンズなんだね」と向き合うことを怠ってはいけない。

それは似ているようで違う態度だ。

性別違和は解消され得るもので、トランスジェンダーという個性として固定することが正解とは限らない。

最後の三行を追記

財務省が国を滅ぼすな

金庫番が金の使い道を指図し始める悲惨

お前の稼いだ金じゃないし 誰もお前に使い道を云々する権限は与えてないというのに

主計局参謀本部並の鼻持ちならないエリート意識書類主義から来る無能さを兼ね備えた無責任集団

https://www.asahi.com/articles/ASLBD56JXLBDPLBJ006.html

2018-10-16

anond:20181016181321

国を挙げて女性管理職を増やす段階に入っているのに、今更出産負担がどうのこうのと言われても無責任だよ。

anond:20181016090808

強い男が作った規範であっても、それに乗っかってる女というのもまたいるわけで

全くの無関係というのもちょっと無責任じゃないですかねえ

2018-10-15

anond:20181015215004

とりあえず、声をあげてたほうが良いと思うよ。

要は、アラートをあげていましたよ、ってことね。

期日に成果物が全くありません、っていう状況だけは、絶対に避けたほうが良い。後で問題が発生した時に、責任問題になる。

上司相談して、それでダメなのが現状なんだろうけど、全体にチャットツールなりメリングリストなりで、相談する。

もしくは、さらに上の人間に対して、現状こうなので自分放置したままだと炎上しますよ、と伝えておく、とかかな。

素人レベル自分だけれどプログラム側で、言うとしたら、

  • 小さく作る。小さく修正する。小さく確認する。

あたりかな。完全に自分視点なので、元増田には合わないかもしれない。

あと、質問の時は出来る範囲でいいんで、ちょっと10~15分くらい)調べて、自分なりに答えなり推測なりを出したうえで、

『〇〇が分かりません。△△△を調べました。自分□□□だと考えています』みたいな感じで聞いてくれると、自分だと教えやすい。

 

最後に、頑張らないこと。無理をしないこと。自分を責めないこと。他の人も言ってるけど、自分もその仕事先が悪いと思う。

完全に無責任位置から発言から、話半分で聞いてください。

anond:20181015191436

何かの方法で親と離れた方がいいんじゃないかと思った。

働いてない=お金ないと思うんで、じゃあ具体的にどうしろっていうのは思いつかないんだけど。

無責任でごめん。

我が家も似たような感じで、親は毎度過度にきつく叱りつける、私は思春期ストレスからパニック障害発症したりと散々だったんだけど、就職して実家から離れてしばらく経ったら親が良い方に変わった。

私も親から離れることで病気寛解した。

今思うのは、たぶん子に対する依存だったのかなと。

まぁ二度と一緒に住まないけど。

フェミ一人一派」は無責任まりない

フェミニスト側の視点に立って考えてみると、自分たち社会を変えていく上で注意するべき点は女同士の分断である

ただでさえ美人とブス、高学歴女性低学歴女性など女同士は最初から分断されているからね。

なので例え女同士は最初から分断されていたとしても、女同士で団結しているように(社会に対して)見せかけなければならないのである

女同士を分断させる方法簡単である

例えば「男にモテる高学歴ワーキングマザー」の女性像をメディアなどを使って社会全体に称賛するとする。

これだけで男にモテないブスや低学歴女、未婚女の劣等感を煽って女同士の分断を遂行できる。

これを防ぐための方便として「フェミ一人一派」という虚言を使っているだけである

しかしよく考えてみると、「フェミ一人一派」と言う考え方は無責任まりない。

フェミニズム運動は究極的には、現在の男社会を女社会に作り変えることであり、いずれはフェミ思想フェミ運動は一つの方向性に収斂されていかなければならない。

それを無視してフェミ一人一派の考え方を変えないと、責任空洞化を招くことになる。

その時の無用社会の混乱を防ぐためにもフェミ同士で価値観や考え方を統一するプロセス絶対必要

2018-10-14

先輩、なんで死んじゃったんですか

先輩が死んだらしい。





らしい、というのは人伝てで聞いた話だから。けれどその人が誤った情報を出すとは思えなかった。

学校の内部の人から情報だったから誤った情報を流すとは考えにくいので、確実なのだろう。



まず先輩について話をしよう。高校が同じの1つ上の先輩だ。性別は男で、とても家庭に恵まれているんだという印象があった。

先輩と私は高校が同じだけの、ほとんど交友のない知人程度の関係だった。他の人と印象が違う点がいくつかあるくらい。

その一つとして、高校入学式在校生代表を務めていたことがある。とてもかっこよかった。何より、黒髪眼鏡で誠実そうな雰囲気で、率直に言ってしまえば顔がドタイプだった。結局、先輩はそれからちゃらちゃらした人とつるむようになって、髪を染めたことで失恋のような結果で終わった。

また、私と大学の進学先が被ったのだ。さすがに学科は被らなかったのだが、我が母校で進学したのは私と先輩の2人のみらしいので親近感に似た感情を抱いたし、少なからず話せるかなと期待していた。校内で同じボランティアに参加していたので、シフトが被ったら話してみよう、なんて考えていた矢先の出来事だった。



信じられなかった。たぶん19か、20だったんだと思う。誕生日も知らなかったからわからないけど。

学内アルバイトの当日に病気で、と聞いた。そのアルバイトには私も参加していた。寝坊した日だ。

入学したての時食堂で見かけたことがある。なんでその時に話しかけることができなかったのだろう。そういえば一度半径30m以内まで近付いたことがある。なんでその時に話しかけることができなかったのだろう――と悔やみ続ける。

しかし、結局私と先輩は知人程度の関係だったのだ。そう、私は知人の死にずっと胸を痛めている。

身近な人の死を体験したことがなかったからなのかもしれない。耐性がなかったからなのか、好きだった人の死だったからなのか、それはわからないけれどそのおかげですごく苦しい思いをしている。

そして私は、知人の死をきっかけに私は彼より頑張ろうだとか、ちゃんと生きようだとか、最低なことに「これを誰かに話したらどんな顔をするのだろう」なんて考えてしまたことすらあったことも悔い続ける。現在進行形で、そうだ。

そのたびに「死にたい」と、呟く。そして「彼が生きたかった人生無駄にするのか」と考え、また死にたくなる。本当に、糞みたいな人生だ。

なぜ先輩のことをこんなに考えているのかわからない。だって、もう関心なんてなかったから。もしかしたらなかった、は嘘かも知れないけど知人以上の感情を抱くことはなかったのだ。

それなのに、先輩に話したかたことが溢れるのはなぜだろう。先輩に、なんでいるのって笑われたりしたかった、なんて思うのはなぜだろう。

もっと、話したいことがあったのになんで死んじゃったんだろう。

今日高校友達と会った。久しぶりに昔話に花が咲いて、すごく楽しかったのだけど、先輩のことを話に出された。

Twitterでも見ないけど元気?」

全然元気じゃないけど言える雰囲気じゃない。死にたい。上手くはぐらかせたかな、ごまかせたかな。

あと、それでSNSを探したりエゴサしたりしてるのも屑の極みだ。本当に、先輩が生きればよかったのに。

そしてそういう嘘をついたことにすら、悲しみを覚える。死にたい

結局、4年間も無責任感情を先輩に押し付けている。半分あこがれだった、つくりものの恋も先輩の髪色のせいにした。そして勇気を出せず話しかけられなかったことを先輩が死んだせいにして、勝手に悲しんでいるのだ。

自惚れにもほどがある。私がしているのは、感情押し付けで彼にとっては迷惑以外の何物でもない。もちろん、彼の親族にもだ。

それがわかっているのになお、こんな感情は胸の内からまれてきて、その度に死にたくなるのだ。こんな汚い人間ならばいっそ私の方が先に死ねばよかったのに、なんて思う。それも失礼なのに。そして、その汚れを見ることすら失礼なのに。

こんな形で文字にするのも間違っているけど、こんな形でしかこの気持ちを解消できないのだ。こんな痛みを解消しようとするのも間違っているのかもしれない。そしてきっと私は明日もこう言うのだろう。


「先輩、なんで死んじゃったんですか。」と。

「まともなフェミニスト」って論理矛盾じゃない?

悪態で言ってるんじゃないよ。

自分なら無理って言うこと。


だってフェミニスト一人一派」以外にまともな定義制限存在しないとすれば

逆にどんな奴がフェミニストを名乗って”同志”になることも咎められないわけで

まともな人ならそんなもん名乗ることに責任もてないなってなるから名乗らなくなる。

名乗る意味もないしね。


善意でとるなら「フェミニスト一人一派」という言い草には

「そんなに学問的な勉強をしてない人でも意思表明や権利主張をし始めた時からあなたはもう立派なフェミニストなんですよ」

っていうエンパワメント的な効果意思が宿ってたのかもしれない


でもいまやもう先駆者達の”活躍”によってすっかりフェミニストの印象は悪くなったか

はっきり学問知識や自負を持って名乗る人(ふぉんとださんとか?)以外はむしろ名乗りたくない称号になってる。

そこで「一人一派」がまた迷惑を掛けるんだけど、

単に意思表明をしてるだけの女性が、名乗りたくもない「フェミニスト」と誤認されることが増えてる。


迷惑レッテルとして「フェミニスト」が貼りついて来る。

「私の主張は別にフェミニストじゃないでしょう」と抗弁しても、

フェミニスト定義や条件が不明で「一人一派」とされてるから

印象でフェミニストっていわれると否定するのが面倒くさくなってる。


まり一人一派って言い出した人はほんとに無責任で無考えなアホ。

anond:20181014112046

普段無責任立場から他人を叩いてるブクマカ増田から指摘されると

口をゴニョゴニョさせて逃げ回る現象

興味深い

2018-10-12

趣味募集しています

タイトルの通り現在趣味募集しています

皆さん驚くと思いますが、私には休日や平日の夜に夢中になれることがありません

無責任にこれやってみればといってくれたらありがたいです

本当になんでも構いませんし、あまり人には言えない趣味でも参考になります

費用としては半年間で20万円くらいに収まれば助かります

個人情報として、過去にハマっていたのは高校時代ラクロス桃鉄くらいです

anond:20181012223749

ブクマSNS拡散されたりメディア人間が下読みしていてあちこち転載される上に

発言者特定できずいくらでも自演可能

実際に世論操作悪用できる場所になってしまった以上

感情を吐き出しているだけなんだから文句を言うなというのもナイーブ無責任な態度だと思うよ

なんでこんなことになってるのかよくわからん

[]

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASL9Z7HP1L9ZUTIL030.html

Ayrtonism 「都によると、荷物を下ろす場所を間違えるトラックが相次ぎ、混乱したことなどが原因とみられるという」からって構造に原因がないことにはならないし「懸念」くらいしたっていいと思うけど>一部ブコメ

ackey1973 まあ、初日だけで評価するマスコミもどうかとは思うが、「都によると」という説明を全部鵜呑みにできるほど東京都を信用しているわけでもない

Cunliffe 対岸の火事として、無責任に楽しませてもらおう/ま、小池はやめといたほうが良かったんじゃないの?

2018-10-11

anond:20181011194124

なら女性女性がって言うのやめたら?

男性は今でもジェンダーロールを守って生きてて、女性はもうかなり脱してる

これ以上女性女性がってのは無責任

社会維持コスト男性にだけ押し付けてる

anond:20181011181237

少子化問題は晩婚化、非婚化の割合が大きく、あくまで全体の傾向として女性の「結婚はまだいいかな〜」が男の結婚に対する意識を下げてきたことはあり得ると思うんだよね。女性社会進出はその気持ちを確実に後押ししている。また、女性社会進出でより女性向けの娯楽も活性化したのも事実で、都市部でより晩婚化、非婚化の傾向があるのもそれを反映してる。

まり女性社会進出によって女性人生が複雑化し、晩婚化、非婚化の流れに繋がっていったと考えられないだろうか。

女が結婚したくないなら男も結婚せずやりたい相手無責任に遊ぶ方がいいに決まってるしな。

仮説だらけだけど一つの考えとして暴論を投げ込んでみますわ。

anond:20181011171040

エエ格好ばっかり言っているヤツの方が立派そうに見えるじゃん。感じ悪いよねぇ…無責任だし。

まさにメルケル

anond:20181011162011

完全に守れる筈無いのはわかっているんだけど。「レイシスト」「排外主義者」ってのは、ほぼ「人じゃない」くらいの最悪の罵倒語になっているんで、これ一々言われるのはイヤなんだよねぇ…どうしようもない時はどうしようもないんだけど。

エエ格好ばっかり言っているヤツの方が立派そうに見えるじゃん。感じ悪いよねぇ…無責任だし。

anond:20181011114309

いや、無責任炎上させて他人経済活動妨害してるんだから「暴れまわって」るだろ

萌え絵の話ばかり目につく

ぼんやり見てたらラノベの表紙から童話萌え絵参入にまで話が飛んでて笑った。暇なの?

子どもへのエロの混入のしやすさで言えば童話の方が簡単だと思う。

一昔前に「本当は怖いグリム童話」って流行ったじゃん。

当時小学生だった私に与えられた突然の濃厚なエログロポルノだったよ。買い与えてくれた親は本を読まない人だったので中身も知らずに「童話から」って渡してきた。

本ならなんでも読むから飛びついて読んだんだけど、性の目覚めでオナニー覚えたての小学生にはクラクラするくらいエロかった。特殊性癖の嵐。欲情する実父に靴下脱がさせて放置する白雪姫男装して王子に抱かれる眠り姫、カエル前戯されるお姫様…スケベで繰り返しそこだけ読みかえしたから覚えてるよ。

そんな訳でこのエロ本は当時の愛読書になるんだが、後からパラ見した親が顔青くしてた。家のあちこちに置いてあるスポーツ新聞女性誌にどぎついポルノ要素入ってること気づいてない時点で遅いんだけどね。

スポーツ新聞には性風俗欄があって、エッチなお姉さんの写真性交レポが載っていてそこだけ読んだし、女性誌に載ってたレディースマンガ脈絡もなくセックスしてた。)

ゾーニングしろ!だとか子どもの前にポルノを置くな!って正直ムリだと思うわ。この日記の例は、親の「童話」に対する無責任な信頼という迂闊さ故だけど。

無害な「童話」の皮をかぶってるポルノみたいな存在いくらでもあるでしょ。それら全部子供の目に入らないようにするとかムリだわー。想像力豊かだとダイレクトな絵よりも描写豊かな文章の方が心に残るしさあ。

ポルノに全く触れずに育つのも怖いしね。学校廊下で「クリトリスってなに?」って無邪気に聞いてきた友達にびっくりしたことある。(BLEACHに「クリトリス」って単語が出てきたんだってよ)

っていう思い出。よもやま話

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

法華狼

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20181009/1539093133

いやあ今日も高説千枚張りびしっときめてますね御見事にございます

ジャパン蔑称を格好良いと感じて使用する誰かを批判もせずに引用しただけの俺は悪くねえ!

俺を咎めることで蔑称連想させるおまえこそが蔑称を啼き喚いているのはずだ!」

隣国嫌いでなければ反発しないのはずだ!」「格好良いと感じて使う者がいるから!」

「格好良いと感じたのは自分じゃないから!」「ですら、って付けてたか問題無い!」

「ぼかした表現問題有り!」「無責任言論の自由!」「世界には互いを蔑称で呼び合う人々がいるから!」

「加害の押し付け許可必要とみなしたんだから被害の訴えにも許可必要とみなさなければならないのはずだ!」

問題無い、の根拠ヘイト雑誌ウィキペディア!」「バカ!恥!過ち!『被害を訴えた』責任を取れ!」

はすみとしこ小川榮太郎杉田水脈と同様にしっかり問題視しながら

おのれは「ジャパン蔑称啼き喚き」を批判もせずに引用しただけだから問題無いとみなせるらしい

被害の訴えと加害の押し付けに同等の問題があるかのように主張するデタラメぶり

精神拷問に等しいデマを流して自白させたことを問題視もせずに被害の訴えの価値毀損に利用してなさる

唾棄日本社会の御仁様はおのれの亜権力による所業自覚しとらんようで

anond:20181010112456

いっその事、海外移住してみれば?

日本だと人と違うと煙たがる風潮あるかと思うけど、海外のどっかの文化圏ではそれが美徳みたいな。無責任に書いておりますが、隠れて暮らさなくてすむ国があればいいなぁと。

それか、イスラム教圏の国とか。街中では、未婚女性はみんな顔を隠しているのかな?

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