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2017-12-13

anond:20171213222747

かにね。

先に出してたデータだと男の約65%、女の約75%くらいが「幸せ」って回答したんだっけ。

そう考えると、せっかく若くて健康でそこそこモテるはずなのに、男の約35%(3人に1人)、女の約25%(4人に1人)は幸せじゃないわけだ。

それは決して楽観できる数字ではないと思うよ。

でもそれはそれとして、男の3人に2人、女の4人に3人はそれなり彼氏彼女を作るか、地元に親しい友人がいて明日食うものくらいはあるってことでしょ。

自分自身安楽死20代肯定するってのは、もっと内戦明日死ぬかもしれないとか、街歩いたらいつレイプされるかわからないみたいな状況になってからではないかと。

anond:20171213161839

東京あたりに住んでたら九州噴火なんかどうでもよくて、放射能心配だろうけど、地元に住んでて噴火心配をしていて優先順位原発のほうってやっぱおかしいよな。

私の自我を探して

もし近くに友人がいたら「あんな奴の言うこと気にすることないって!」とか言って励ましてくれるんだろうけど旧友は皆それぞれの道を歩んでしまい私は人間関係に乏しい日々を過ごしている。何となく出会いが無かったり、意識的に友人を作ろうと努力しても相手の顔には「?」が浮かんでいるし的外れなことをしている感が拭えなかった。地元を離れて大学にでも進学してみようか。私は20代も後半、今更なぁ目的もないのに、特別進学したい訳でもないし淡い期待に基づき行動するというのはとても辛く悲しいことだ。何が人生をつまらなくしているのか分かるなら教えてほしい。

anond:20171125164034

俺は地元を離れて知人友人の居ない土地一人暮らしで自営してて従業員もおらず、取引先にも滅多に会う機会がないか

コミュニケーションを求めてバイトでもしようかと本気で考えてる。

出来るなら女の子と仲良くやれて、週3日で夜間に3時間ほどがいい。時給は安くてもいい。なんかいバイトいかな。

2017-12-12

公共がどう見るかって 気にする割に。。。

分かってないよね。公共がどう見てるかって事。

JRの腐敗とか日本人人間不信とか、もう定着しちゃってて、私でさえ「それでも愛してる」と言うとき相手義憤も大概にしろよって目つきになるのでひるむ。

新しい現実に書き換えられるからとか、恋人に言わせたりしているけれど、今の人が昔の人みたいにホイホイ騙されるとでも?もうこれだけ会社社員が何人も何回も謝罪しまくって、職員過去のことは流そうってネットリアルで言うし、みーーーーーーんなして続々謝って許していたのにあれは、通用しないよ!!て言って棘のある視線を投げかけられないで済むと思いますか?

駅歩いていると、車やバイクに目で半殺しにされちゃうよ。ほんと嫌だ。

私は大きな国際企業で人気者なんですが、それでもこれを言うと、鼻で笑っちゃう人なんかが出る。

まるで馬鹿みたいになる。

日本に住む都会人がどんなに傷ついているかと胸が痛い。

日本人って残酷からきっと酷い思いをさせられているでしょう。

ああ、考えるのも苦しい。

現実現実って唱える割にはなんにも分かってない。

高校生バイク免許を取ったり車両を買ったりすることの無意味だってさらホントに信じてもらえない。

こないだ日本人女子高校生在日鉄道を弁護している記事に群がる罵詈雑言を見て萎縮しました。

鉄道会社のむごい搾取事実は、消えないよなんて投稿している人に、賛同者がいっぱいいました。

ここで裏社会ネタとか何か持ち出したら、袋叩きになるだろうと思いましたよ。

やっぱり対等な目線議論できないと、ダメだなと痛感。

一個ずつ相手にしてられないもの

以前福岡JR線のって、ホームに入ると、とんでもなく豪華な列車ばかり走っているじゃないですか。

これを利用する気にはなれませんでしたね、しばし懊悩しました。

だって子供トラウマにもなりそうな列車が続々と入線してくるんです。

これを利用者は喜んでいるのかよ、おい!!病院行け って激しい怒りに包まれましたね。

検札でこれからJR九州列車に乗ってくださいねと云われたので、頭がぶっ飛ぶくらいに悪口浴びせてやりました。もうびっしり!!

怨念に震えてしまいましたよ。

もうしばらくしたらこんな列車も減っていくだろう、と思いました。

以前旧車会だっけ?を昼間の休日に見たときに、車両乗っている人たちの若さぶりに、地元高校生二輪車乗り(普通のやつだけど)をよく見かけるなど思い出して 火病寸前になりました。なんで高校生大人扱いするんだろ?中高年も怒らないし、保守系もぜんぜんその風潮に警鐘を鳴らさないよね?

仁義って言葉があるけれど、ヤンキー893の没落と共に消えたんだろうな。

ああ、どうする?社会あれだし、国民ラテン状態だし私は大人大学生大人扱いだで車社会地獄押しやられるしまだ黙って死んで行く気なんだろうか、都会人は。もう息が苦しくて仕方ない。

上司に褒められて嬉しい彼

今、何度かお出かけしたりして、

おつき合いするか?しないか?どうなんだ???お??

状態男性がいる。

 

その人と昨日、居酒屋でご飯を食べていて、

「今年いちばんしかたこと」という話題を振ったのね。

そしたら彼が「上司に褒められたこと」と話していて、とてもハッとなった。

 

私にとって、上司に褒められたり認められるっていうのは、

社会人になってもおう8年ぐらい経つけど、すごく当たり前化していた。

有り難いことに、私はアルバイトからスタートして、

身の丈に合った状態で働いて、それが段々と評価されてスキルアップして……

という階段をかなり順調に上ってきたので、

社会人になってから私はずっと上司に褒められたり評価され続けてきていた。

 

私にとって、上司クライアント感謝されるのは、

(それをテーマ必死で働いていたこともあるけど)とても日常的なこと。

から、「今年いちばん」に上げられてすごくビックリして、

同時に、彼の好感度がすごく上がった。

  

「そうか!褒められるってすごいことなんだ!」

と、感謝されるということの素晴らしさを改めて考えるきっかけになったし、

単純に、この年上の彼のことを「かわいい!」と思った。

 

聞けば、彼は今はスーツで働いているけど、

以前は田舎にいて、現場系の仕事地元工場期間限定社員で働くことが主流だったらしい。

 

らくだけど、流れ作業単純作業が多かったんじゃないかな。

こなす仕事が多かったのかもしれないし、上司と話す機会も少なかったのかもしれないし、

個々の能力評価されることも少なかったのかもしれない。

そこは憶測の域を出ないし、そういう場がダメだとも思わないけど、

彼にとって、今の職場はとても“自分にとって最高の喜びを与えてくれる”場所なんだろうなと思った。

そういう場を自分の力で見つけられたのは、とても素敵なことだと思う。

 

仕事で扱う案件規模や予算が大きい分、

私の方が、収入自己承認欲求が満たされる度合いは高いかもしれない。

 

見方によっては、彼は「私より年収が少なくてキャリアも低い彼」になってしまうんだろう。

それは、ネットなどでは男性の減点対象として語られたりもしているけど、

私は彼の話を聞いてそんな風には思わなかったし、

しろ、彼がお金を稼ぐより、「嬉しい」と感じることの方が

人生を豊かにする上でよほど大事だと思う。

あくま一般的収入があるからこそ言えるのかもしれないけど。

 

彼のたった一言で、すごく大事なことを学ばせてもらったなぁ、

と思ったし、価値観ひとつポンと増えた感じ。

この彼から、これからどんな「ハッ!」が得られるのだろうとワクワクした。

 

なんていうか、上手く言えないけど、年収仕事内容だけじゃないよね。

どうやって、告白しようかな。

除染作業員に草むしりをさせたニュース

地元土建屋の娘婿が社長をやってる土建屋の子会社で働いたことがあって、昔のエピソード聞くと土建屋権力者ぶりがすごかったな。

従業員を、会社業務関係ない奉仕作業みたいのに駆り出す武勇伝みたいの、ゴロゴロあるの。

社長の家(土建屋会長の家)におじゃましたことがあるけど、豪邸で庭に会長銅像がたってるし。

除染作業員土建屋役員実家の草むしりに使ったってニュースとか見ると、業務関係ない私用で社員を働かすとか未だにやっていて、除染作業員もいつもと同じ感覚で働かせちゃったんだろうなって印象。

anond:20171212043903

自分が女で田舎から外に出た人間なので共感しました。地元に残らないことを責められたあの日自分おかしいのかと悩んだけれど、そんなことはなかったのだなって進学してから思いました。

田舎から「外」に出るのは男であるべきなのか

最近、深夜に起きているとよく流れているCMがある。それがこちら。

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キリン 午後の紅茶』「あいたいって、あたためたいだ。17冬」篇

https://www.youtube.com/watch?v=n2ii6Vyv5ME

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最初何気なく聞き流していて、「きれいな声だな」とか「スピッツの曲だっけな」とか、ふわっとした感想しか持っていなかったのだけど、よくよくCMを見てみると妙な違和感を覚えた。何だかこう、脳裏がざわつく感じがしたというか。

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CMの流れとしては、以下の通りだ。

・夕暮れ時。田舎の駅で電車を降りた女子高生が、ホーム自販機午後の紅茶ホットミルクティー)を買う。そのまま帰り道を歩く。

・歌いながら帰り道を歩くうちに、星の見える夜になる。立ち止まって、空を見上げる。

東京のどこか。高架を走る電車を見上げる、厚着の純朴そうな青年が映る。片手にはスーツケース

・再び女子高生。星空の下のあぜ道でスピッツ「楓」のサビを歌い続ける。

女子高生が鼻をすするカットの次には、青年が「会いたい」と呟くカット

・「あいたいって、あたためたいだ」のキャッチコピーとともに、商品の大きな画像。ここでCMは終わる。

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シーズン的には「大学入学きっかけに地元を出る青年と、彼を田舎から見守る女子高生」を示唆していると思う。「楓」のサビは「さよなら 君の声を 抱いて歩いていく」だが、映像からすれば「さよなら」して「抱いて歩いていく」と宣言しているのは女子高生だし、「君」のフレーズで映るのは東京に降り立った青年だ。とすれば、二人の境遇はそう考えるのが妥当だろう。

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CMの終盤、歌声けがフェードアウトして「会いたい」と呟く青年の声に被さるくらいの勢いで「あいたいって、あたためたいだ」のキャッチコピーが続くことでノスタルジー演出したいのだと思うのだけど、私はそう受け取ることができなかった。おそらく冒頭で述べた「違和感」のせいで。

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その違和感を簡潔にまとめるとすれば、「別に男だけが田舎から『外(敢えて都会とは言わない)』に出るわけじゃないじゃん?」ということになる。

※ここでは「女子高生は後輩であり、青年のほうが先に大学生になったのでは?」という単純な疑問はここでは置いておくとする。論点から逸れてややこしいから。

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何故そう思うかって、私自身が「田舎から『外』に出た女」だからだ。「外」に出て、もうすぐ3年ほどになる。

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私の出身とある田舎で、田んぼと畑と幹線道路に囲まれて育った。このCMに出てくるほどの田舎ではないが、まあたぶん「田舎」と形容して差し支えないだろう、くらいの田舎。どのあたりが田舎なのかと訊かれればいろいろと答えられそうだけど、特筆すべきは「保守的で閉鎖的」なところだと思う。

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それを自覚したのは高校生の頃だった。元々県外への進学を希望していた私は、模試で記入する志望校欄に地元大学を頑なに書かなかった。けれど、当時の担任は「第5希望でも第6希望でもいいから『とりあえず』××大学地元国立大)か△△大学(隣県の国立大)って書いとけ」と再三念押ししてきた。

最初不思議に思っていたが、周囲の友達志望校を訊くと、決まって「『とりあえず』××大学か△△大学かなあ」と返ってきた。その答えには男女差がなく、受験期になると滑り止めの私立がどこか訊いても県内私大短大名前を返されることが多くなった。

そもそも地元国立大信仰が強い傾向があって、それもある種のムラ社会の名残のようなものなのかもしれないけれど、だからってみんながみんなして目指す必要なんてなくない? というのが私の持論だった。模試にも進路希望調査にも地元国立大名前最後まで書かなかった。

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その後、私は第一志望ではなかったが県外の大学へ進学が決まり地元へは長期休み年末年始だけ帰省する生活が続くこと、1年と少し。「成人式出る?」「同窓会出る?」といったLINEが送られてくる季節になっていた。中学校単位で開かれる成人式と、高校同窓会。どちらにも出席はしたが、金輪際同窓会には行かないなと思った。単純に「合わない」と感じたからだ。

私が県外の大学に行くことは仲の良い友人たちくらいにしか伝えてなかったとはいえ、それ以外の「それなりに仲は良かったが連絡をしていない」人や、「元クラスメイト」ぐらいの人たちに会うたび、「いまどこにいるの?」と訊かれ続ける。「○○大学ってところ」と愛想笑いで答えるのにも骨が折れた。

久しぶりに会ったのだから普通質問だと思うかもしれないが、そうじゃない。田舎は閉鎖的だ。普通に暮らしていれば、どこかで知り合いに遭遇するのだ。ましてや大学生地元大学に通っていれば誰かしら中学高校同級生に会うだろうし、電車通学をすれば遭遇率はさら高まる。だから、この「いまどこにいるの?」は「『最近見かけないけど』いまどこにいるの?」という意味だ。何だこの怖い質問。そう訊いてくる人たちは大抵××大学か△△大学、もしくは県内私大に通っていて、「外」に出た人は一クラスでも片手で数えられるくらいだった。

それぐらい、田舎(というと主語が大きいが少なくとも私の地元場合から「外」に出る人は少ない。田舎保守的からだ。

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「外」に出た人間が偉いとか、田舎から出なかった人間が偉くないとか、そんな話をしているわけではない。ある友人は県外の大学に進学して馴染めずに今期休学を選んだし、彼女母親地元から一度も出ずに働いている。そんなのは人それぞれだ。

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感情に任せて書き殴っているせいで言葉がまとまっていないが、「『外』に出て勉学に励むのは男で、女は田舎に残るものだ」みたいな安直ジェンダー観を当該CMから受信してしまってどうにもならなくなってしまっただけだ。そんなわけない。「外」に行くのは女だっていい――――いつの時代発言みたいなこと言ってんだろう。勉学にジェンダー差なんて必要ないのに。

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全然上手くまとまらなかった。時間時間からか頭が回ってないのかもしれない。

これだけ書いたけどCM彼女歌声は好きです。

無気力人間記憶を辿る

最近仕事をやめた。

8時間労働と1時間の休憩、少しの残業と1時間通勤、それと出社準備の1時間

合計11時間が週5日あるのに耐えられなかったからだ。

一月に16万円ほどもらっていたが、溜まっていく一方で何に使えば良いかもわからなかったし使う気力もなかった。

人達給料をもらってエンジョイしているのに自分はどうもそれが不可能だった。

どうしてこんな人間になったんだろうか

自分記憶を改めて整理したい

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保育園時代

ほとんど記憶がない、踊りを披露する場があってそのときに着た衣装がとても寒かったこと、保育園に新しい園庭ができたこと、その園庭に蜂の巣ができてしばらく使えなかったことは覚えている。

小学校時代

3年生になったら強制的部活に入るのだが、習い事があるので入部を拒否した、しかし1年経って周りとの疎外感を気にされたのか強制的に入らされた覚えがある。

自分には合わないと言い続けたが辞めることが出来なかったので、習い事の日を多くした記憶がある。

体育や運動行事はとことん苦手だった、よく貧血で倒れていた、ヘラヘラしながら誤魔化していたが、実際はなんで自分はこんななのだろうと思っていた。

この頃から体育や体を動かすことが苦手になったと思う。

暗記するテストが苦手だった。10個の漢字を暗記して書く問題はいつも4個ぐらい間違えていたと思う。これで暗記が嫌いになった。

厳しい先生が居た、よく怒って棒で生徒の頭を叩き授業放棄する先生だった。待ってる時間は退屈だった。

美術の授業は苦手だった、何を書けば良いかからないし思った通りに絵を書いていくことができず苦痛だった、特に版画は最悪で居残りでなんとか仕上げさせられた。

友達関係はまあまあ良好だったような気がする、地元では珍しくPCネット環境を持っていたのが大きかったと思う。

PCのやり過ぎで親に何度も怒られた、その度にPCを取られていたのだが、自分友達を繋ぐものが取られて居るような気持ちで非常に辛かった。

中学校時代

この時も厳しい先生が居た。自分は字が汚いことでよく怒られていた。どんなに時間を掛けて書いても何も褒めてくれないので怒られるギリギリの字で出すようにしていた。しかし日によって怒られたり怒られなかったりしたのでもうどうでも良くなった。

部活吹奏楽をやっていた。練習ときはまあまあ上手い方だったと思う。肺活量の問題か音が小さいとよく注意されていたが適当に誤魔化していたと思う。

コンクールの後に反省会をするのだが、本番が終わると何も覚えていなかったので適当なことを言っていた。

音楽で歌う事があったのだが皆と音程が合わず口パクで歌っていた、大きな声で一人ずつ歌ってと言われたときは最悪だった。記憶から消したいぐらい。

木材で何かモノを作る授業があった、皆はうまく組み立てていく中、自分全然釘が刺さらず遅れすぎたためボンドでくっつけていた思い出がある。

普通の授業は良いのだが、体育音楽等が苦痛でついに不登校になった。

親や先生には理解されないだろうと思いながらもそれとなく言ってみたが良い反応が得られなかったのでとにかく行きたくないで押し通したと思う。

学校から厳しい先生が自宅に来て「なんで来ないの」とか聞かれてたけどお前に答えるわけはないだろって思ってた。

中卒は厳しいからとりあえず高校に行こうと言われたので教室には行かず勉強をして、自宅に一番近い高校入学した。

高校時代

普通に合格した。英語絶望的だったが…

特進クラス入学しないかという案内を受けた。部活に入らなくてもいいのは魅力だったが、放課後に補修があるというのでお断りした。

一瞬だけ部活に入った、同学年の人がほぼ居なかった上女子ばかりだった、1年目は雑用しかできないらしい、毎日ランニングして基礎トレーニングで終わったので1週間ほどでバックレた。

普通勉強は出来た方だと思う。歴史とか社会とかの暗記系は苦手だったがそれでもまあまあ出来ていた。しか英語絶望的だった、1年生の頃はまだなんとかなっていた。

2年生になると同時に自分は特進クラスクラス分けされた。補修が無理やり入る、課題が今までよりも多い、非常に辛かった。

数学教師も字に厳しい人だった。普段はある程度丁寧に書くのだが、定期テスト時間がないので適当文字になる、それに全てバツを付けられた。

数学は得意だったのに一気に嫌いになった。

模試の結果、英語さえできれば東大ラインが見えるとのことで英語教師がよくせっつきに来るようになった。

補修の回数も増えた、授業中当てられる回数が増えた。英語の苦手意識が高まっていった。

長期休みも補習があった。

合宿があった、朝から晩まで勉強だった。

嫌になった自分は2年生の途中でまた不登校になった。

また中学と同じ言い訳をした、担任にも学年主任にも平気で嘘がつけるようになって自分進化したなぁと思った。

単位制の高校だったので留年か出席かを迫られた。

から中退ではどこにも就職できないぞと言われた。

自分は退学を選んだ。

高卒認定を受けた。

専門学校時代

高卒認定かつ自分の体力で就職できるところがなかったし就職する気も無かったので、地元情報関係専門学校に行くことにした。

自分はわりと詳しいこともあり知ってるところも多かったし勉強は楽に出来た。

専門学校だけあって就職についてのサポートは充実していた。

自分は今までPCを触ってきたこともありなんとなくプログラマーになりたいと考えていた。

しかし具体的な会社を決める段階になると、本当の自分が働ける職場が無さそうな事が分かってきた。

先生説明する中で一番楽そうな会社に入ることにした、そこは8時5時で残業殆どないらしい。

筆記テスト小論文面接を受けた、適当な受け答えをしていたら内定を貰うことが出来た。

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本当のことを言って周りに相談していたら自分はどんな人間になってどんな人生を歩んでいたんだろうか。

2017-12-11

旦那さんの愚痴を聞きたくない

地元の既婚子持ちの友達が、連絡するたびに旦那さんの愚痴を言ってくる。

◯◯してくれなかったーみたいなことばかり言うから、本人に言ったの?って聞いたら言ってない、もう諦めた、と言われた。

そうなるまでに色々あったのかもしれない。でも、付き合ってる頃からお互いケンカになるような話は避けてたって言ってたし、話し合いを避けてるうちに出来なくなったんだと思う。

でも言わなきゃ分からなくない?分かると思ってるの?忖度なの?

話し合いをする時どう伝えてる?、とか家事育児の分担方法どうしてる?、とか具体的なことなしに愚痴だけぶつけられてしんどい

たまに厳しめの意見を言うと、めちゃくちゃ反論されるのもしんどい

夫にたまに「今から話すことは、そうなんだーって言って共感してほしいだけだから」って言われるから、その子に対してもそうなのかもしれない。私ならどうするか?とかすぐ考えてしまうのが良くないのかな。

実家が近いから実母といつも旦那さんの悪口大会してるみたいで、そういうのも理解できない。というか、そこで愚痴ってるなら十分じゃないの?

年末年始帰省の予定を伝えたら、会って色々聞いてほしいー!だって…イヤだなー子供にも聞かせたくないし。

学生の頃はこんな子じゃなかったと思うんだけど、どうしてこうなったんだろう。

友達もおらず承認欲求も低い

最近気付いたんだが、自分は凄く承認欲求が低い。

低いだけであって、ないわけじゃない。ツイッターいいねされたら嬉しいし、増田ホットエントリに入ったら「わーい」と思う。何一つ反応がなければ残念に思う。でも、逆に言えばそれだけ。

時々ツイッターとかで「認められたくて絵を描いて何が悪いいいねRT数が欲しいんだ!!」と吐露する絵師の人がいるが、嫌味じゃなく、人に認められる為にそこまで情熱をかけられる事は本当に凄いと思う。

いいねの数、再生数の数、フォロワーの数、登録者の数、ブクマの数、コメントの数。こんなにも多くの人が、「他人ウケる」事を気にして頑張ってるのだから、何かあるのかもしれない。そう思って、自分趣味の分野でちょっと色々やってみたりした。

だが結局、頑張り切る事は出来なかった。そもそも「マスの価値基準ウケる」事にあまり価値を感じず、価値を感じないもの情熱が注げる訳もなく、そんな気持ちで作ったものの出来がいい訳もなく、当然の様に鳴かず飛ばずだった。

現実世界でもそう。上司や同僚に凄いと思って欲しい気持ちが無いわけじゃないけど、その為だけに全てをかけて頑張るのは難しい。

ネット上では、みんな他人交流して楽しそうにしている。友達が出来れば違うのかもしれない、と思った。

そう思って、今度は人と交流したり通話したりオフで会ってみたりした。みんなとてもいい人たちだった。しかし、その事にも気持ちが入っていかなかった。同じ趣味の人、界隈で有名な人、フォロワー数が多い人、色んなステータスの人と会ってみて、確かにしかったけど、モチベーションの要になる程めちゃくちゃに嬉しいという事はなかった。当然、そんなふわっとした気持ちなのでふわっとした関係に終わった。

よく考えたら、そもそも自分友達が少ないタイプだった。

小さい頃から馴れ合いで出来た地元友達以外は、大学の時のバイト先で出来た奴ひとりだけ。つまり大学4年間ではゼロ

子どもの頃も、テストの点数とか部活レギュラーとか、気にしなかったと言ったらそれは嘘になる。気にしてた。けど、他の人たちみたいに、負けたらめちゃくちゃに悔しがり、クラスメイト運動が上手い子にめちゃくちゃに嫉妬し、暗い気持ちに揺れながら努力を重ねたり出来ない自分イラだったり、妬みが度を越して嫌がらせに発展したり……って程の事はなかった。気持ちはわかるけど、そこまでか!?!?と、みんなの感情のあまりの激しさに戸惑っていた。

昔は、そんなみみっちい事に拘ってバカだなと感情的な人々を見下していたけど、違うんだよな。

何にも本気になれない、何にも情熱を注げない、激しく感情的になる程こだわりを持てる事がない自分の方が、侘しいんだ。

承認欲求でも、名誉欲でも、寂しさでも、嫉妬でも、自分の内側から湧き上がる感情に突き動かされて何かに夢中になっている人が、羨ましい。

この数年色々試してみたけど、「こんな小さな喜びなんかじゃ満足できない!」と渇望する程の欲望掻き立てるものは何もなかった。

感情欲望に振り回されず穏やかな日々を送っていると、言い換えられるのかもしれないけど、このまま、何もせずにいていいのだろうかという漠然とした不安がある。なんでこんなに、何に対してもやる気がでないんだろう。仕事も、友達も、異性も、趣味も。

自分だって、みんなみたいに、何かに夢中になってみたいのに。

郷土愛がわからない

日本海側の東北地方出身なんだが、地元に対する愛着がまるでない。大学進学を期に上京してから今に至るまで、戻りたいと思ったことはないし、たまに帰るだけでも億劫

雪が多いのも、多少不便なのも我慢はできる。でも、未来が無いことが確定している絶望感と、冠婚葬祭なんかのイベントの度に見せつけられる「女は奴隷として働き男は酒を飲むのが仕事」という価値観はどうしても耐えられない。

私の地元は、超高齢社会が進む日本未来の姿だと勝手に思っている。今は東京であの辛さから逃れられているけど、いつか日本からも逃げたくなる日の為に英語中国語勉強中だ。地元愛が無い奴は愛国心も無い。

anond:20171211112744

俺も長男だけど、親の希望とか考えたこと一度もない。周りの希望も考えたことない。

親が嬉しそうにしてた新卒で入った有名企業はつまんないという理由で速攻辞めたし、結婚はしたけど子供は欲しいと思えないので作っていない。

地元に戻る気なんてサラサラ無いし、他人希望に従って日本にいる気も無い。

そういえば大学受験とき医学部がどうとかぼちぼち言われてた気がする。(入れたかどうかは別にして)全く何も耳に入ってなかったけど。

anond:20171210154226

自分のことかと思うくらい、とても良くわかる。

20代、30代、40代と、他人の言うことを最優先にしてやってきた。

上司からも「お前はそういうやつだし、そういうところが良い」とまで言われ

自分ボスには向いていない、副委員長タイプだと思って、

言われたことはなんでもしてきた。

あの人に頼めばなんとかしてくれる、という地位を勝ち取った。

長男ということもあり、親の言うことをよく聞く子だった。

小さい頃に虐待されたような記憶はないが、いろいろ厳しかった。

高校は、地域では指折りの進学校に入ったので両親は喜んでくれた。

地元にいることが親孝行になると思って、地元起業就職した。

結婚も、考えてみれば親の希望を叶えるためにしたようなもの

八方美人であることは認める。八方美人であることが、自分の良さだと思っていた。

怒られることや拒否されることを極端に恐れ、飲み会でも自分意見はなるべく言わず

他人同調して場を盛り上げることは得意だ。

しかし、50歳を目前にした今、猛烈な後悔に襲われている。

きっかけは、高校同級生ミュージシャンとして成功している(ように見えること)。

ほんの短期間だけど自分も彼と一緒にやっていた。

田舎農家出身という点も彼との共通点だった。

しかし彼は自分の夢を追い、東京に出て勉強し、今の地位についた。

決して楽な仕事ではないだろうが、テレビで見かけることもあり、まぶしい。

かたや自分は、親や周囲の目を気にして地元に残り、

何もせず誰にも嫌われない人生を歩んできた。

誰かの反対を押し切って東京に出るなど夢にも考えられなかった。

農業から離れて「あの息子もやっぱりダメか」と言われることが耐えられなかった。

他人の目が人生のすべてになり、他人から見て立派であることが人生目標になった。

自分自身が何をしたかったのか、もう忘れた。

自分はいったい何なんだ。

かに人には嫌われていないが、それが何なのか。

自分自分を好きになっていないではないか

人生最後の日に向かうカウントダウンの音が聞こえるようになってきた今、

このまま何もしないで死んでいいのか。

今までは何もしないで死ぬのが自分人生だと思っていたけど

なんか違う気がしてきた。

だけどもう遅い。

独立開業しようにも、他人意見尊重して組んだ住宅ローンの残債が重すぎる。

貯金もないから今の会社をやめられない。

妻子を持つ身としては身動きが取れない。

このまま何もしないで終わる人生を望んでいたのに

何もしないで終わる人生が耐えられなくなってきた。

ふと、漫画の「君たちはどう生きるか」を読んだ。

人間はそういうふうにできている」とのこと。

もっと若い頃にそういう考えをして、自分をきちんと認めるような生き方をすべきだった。

もう50年近く、自分を殺して生きてきた。

何が何だかからない。

このまま気が狂いそうな後悔を抱えたまま死ぬのだろうか。

2017-12-10

ストロングゼロを常飲する人生に転落した経緯

40代男。地方国立大学卒。就職氷河期就活に失敗し、第二新卒地元食品業者就職

30代半ば過ぎまで手取り20万以下(サービス残業込)で課長になる。

いわゆる第三セクター運営するベーカリーレストランに立ち上げから関わることになる。

入札に参加して案件を取って、メニュー開発から始めて、パン類を一括納入することになった。

先方の役員県庁OBで、いわゆる天下り人間だった。

こいつはフードビジネスのことは何も知らないのに、気位だけは高く、マイクロマネジメントばかりして、扱いにくかったが、継続的収入になるこの案件を落とすわけにはいかなかった。

メニュー開発会議の時にも、まったく見当違いのことを言い、無理な価格提示してきて、困らされてばかりだった。

そんななか、フランスパンを焼く業務オーブンの選定をしていた。

先方の担当者は、フランスパンのためにオーブンを買う費用を出し渋った。

自分自分なりに熱弁をふるって説得しようとした。クロワッサン等を焼く普通オーブンは、コンベクションオーブンといって、フランスパンバケットを焼くには使えない。バケットを焼くには専用のオーブンがどうしても必要なのだ、これだと、バケットが一度に大量に焼けるので便利だ。

相手はきょとんとしていた。自分説明がわかりにくかったのかと思った。

だが、おっさんは、「ふっ」と自分を鼻で笑い、あざけるような顔をした。

バケットじゃなくて、バゲットじゃないかね」

相手が何を言っているのか、わからなかった。

おっさんは続けた。

バケットだと、bucketでバケツになってしまう。バゲットはbaguetteという細い棒を指すフランス語だ。きみは食品業界でずっと働いているのに、そんなことも知らないのか」

その後のことはよく覚えていない。シャツの脇にへんな汗が湧いて、粘っこく不快だったことだけをおぼえている。

オーブンは結局納入できず、フランスパン抜きで開店することになった。

ベーカリーレストランはぱっとせず、2年ほどで撤退した。

自分会社に居づらくなって退職した。

その後、正社員の職を探しても、条件が合わず派遣を続けて今に至る。

収入正社員時代の半分以下になった。

この先どれくらいこういう生活が続くのかわからない。

結局、結婚して家庭を持つことはかなわなかった。

仕事の後にマックスバリューに寄って、値下げになったお惣菜ストロングゼロのロング缶を買い、YouTubeを見ながら寝るまでの時間を過ごすことだけが人生の楽しみになっている。

80年代歌謡曲を聴きながらストロングゼロを飲んでいると、だんだんすべてがどうでもよくなってきて、そのまま倒れるように、炬燵で寝入ることも多い。

うつつに、ときどき考えることもある。

あのときバケットとバゲットを間違えなければ、自分人生は、もっとのものになっていたのだろうかと。

変わっていたかもしれないし、変わっていなかったかもしれない。

すべて、ストロングゼロが脳の神経細胞破壊しているときに見せる幻覚にすぎないのかもしれない。

福島産が安全でない理由

話は簡単。実害があるから

放射性物質を含む食材消化器官内に入ると、長期に渡って内部被曝する。結果、がんになる確率が高くなる。

ずっと安全という言葉懐疑的だった。しかし先日、関東某所に住む知人が病気罹患した。一度も地元から離れた事はなかった。私は関東でも比較的西の神奈川へと住処を移した。食べ物にも気を配った。そうしてあれから数年が過ぎた結果がこれだ。

結局、放射能汚染による被曝は免れなかったのだ。許容値を高く設定して、とにかく売らなければ経済が回らなかった。原子力から新たな自然エネルギーへの転換は行われなかった。国民馬鹿だった為だ。知人は放射能汚染所為だとは微塵も思っていないかも知れない。しかし、その報告は正に寝耳に水、青天の霹靂だった。私は絶対福島産は購入しない。あの日原子力発電所周囲の全てが汚染され、日本は変わったのだ。

2017-12-08

31歳のオッサンだがカラオケで使える歌を知りたい

条件は2つある。

1つ目は、気持ちよく歌える曲。

歌って楽しいのもいい。とりあえず発散できる曲が知りたい。

2つ目は、周りがしらけない曲。

基本ヒトカラメインなので1つ目の条件が満たされる曲が見つかれば万々歳なんだが、近々会社の人と忘年会カラオケに行くことになってしまった。カラオケも酒も好きなので嬉しいんだが、せっかくなのであまりみんな知らないけど初聴の人も楽しませられるような曲が知りたい。盛り上がる曲もいいが、「初めて聴いたけどこの曲いいな」って思わせるようなやつがいい。誰かがカラオケで歌っていて思ったことないか?俺はあるんだ。

30歳前後のやつで、最近の曲を聴いているやつが周りにほとんどいないので分からないんだが、たまに地元の奴とカラオケに行ったりすると結局昔流行ってた曲だけみんな歌って終わるんだよな。それも楽しいんだが、もう一歩踏み出したい。大体ラルクポルノグラフティグレイガクトあたりが定番だけど、俺も歌ってて楽しいんだけど、正直聴き飽きてる。途中で結局、「あー、あったなこれ懐かしい!」みたいな曲を入れる勝負になったりして、サビ以外グダグダだし、セックスマシンガンズとかX入れても三十路の親父だから最後悲惨な感じになったりするんだよな。

俺の好みは大人しくない(=ノリノリな感じ?)のが好きなのでそういう系統が望ましい。ミスチルスピッツゆず、19なども同世代は好きだろうが、たまに聴くはいいが正直あまり好きになれなかった。心にこもった訴える感じのも好きで、椎名林檎なんかはすごく好きだったが、女性ボーカルなのでやはり歌える曲は限られてくる。頑張れば歌えるが、練習量少なくても歌えるようになれる曲が嬉しい。条件が増えてすまない。

ここ数年だと、フレデリックのオドループなんかは歌ってて楽しいし盛り上がる。同世代もあまり知らなかった。個人的には惑星アブノーマルとかポルカドットスティングレイとか大好きなんだが、いずれもヒトカラで何度か挑戦したものの癖のある女性ボーカルなので無理ゲーだった。やっぱり男性ボーカルがいい。

思えば中学生ぐらいか洋楽一辺倒になってしまったので、1999-2010年ぐらいの有名な曲も知らないことが多い。最近の若者はどこで音楽を見つけてるんだ?YouTubeなんだろうなぁ。

ということで、キャッチーで歌ってる本人も気持ちいい、ストレス発散になるような素敵な曲があったら教えてください。アニソンも好きなんだが、基本的アニメを観ていないのに主題歌だけ歌うのは主義に反するので、今回は除外させていただきたい。

旭化成落ちた日本会社死ね

家庭の事情で、実家に帰らなければならなくなって、地元会社を色々受けた。

自分スペックね。

40歳ぐらい。正社員管理職経験していないけど、その下、いわゆる部署ナンバー2。技術職。リーダーとして部下を10人抱えていた事もある。プロジェクトはいくつも回してきたし、ある程度、人を使うのにも慣れた。

地元でも優良企業として名をはせている旭化成を受けた。

募集している要綱と一致しているし、職務履歴書も貴社が要望しているものと一致している。

結果

書類審査で落ちた。まあしょうがない。地元でも有力な企業だし人気があって応募が殺到しているんだろう。

そう思ってた。あの記事を見るまでは。

【「40代前半の層が薄い」人手不足危機感 旭化成社長

http://www.asahi.com/articles/ASKCK4CX1KCKULFA00S.html

あきれて言葉も出ない。

自分たちで、新卒採らず育てもせず、今になって足りないとか言って嘆く。しかもおれを書類審査で落とす。

頭が湧いているとしか思えないので、これから経営に失敗してください。

さようなら

2017-12-07

anond:20171207223653

https://twitter.com/chidaisan/status/938032144659595264

秋田山形などに漂着している北朝鮮の人たちは、工作員ではなく、単なる漁民です。北朝鮮近海中国漁業権を売り渡してしまったので、地元漁民は海が荒れている日に日本近海まで違法操業しなければならない事情を抱えています。これはこれで問題ではありますが、バイオテロとか言っている奴はアホ。

それに漂着は最近始まったことでなくこれまでもずっとあったそうだなw

就職

数年失敗してるんだけど、親戚が社長の知り合いだから地元企業口利きしてやるみたいな話があって

昔そこ面接受けて落ちたんだけど、親戚が知り合いだからって採用されたらそれは理不尽だよなぁ

でも普通に就活するにも正社員募集自体がないし、あっても月給13万とかザラだから

そもそも稼業を継ぐとかコネがないと地方でまともに生活できないわけで、若者は都会に行くよな~

告白をされた

昔の話。

中学2年生だった頃の話。

思い返せば、最も異性と交流があった時期だ。

まだ人間として腐ってなかった時代

それから1年後、俺は女性恐怖症になり、高校大学と、女性との関わりを避けて生きてきた。

中2のあの頃の自分にそんなことを言っても、きっと信じてもらえない。

それほど、普通中学生をやっていた。

季節は夏だった。

当時、学年の過半数はもう自分携帯電話を持っていて、当時の主な連絡手段メールだった。

俺の電話帳には、無数の男女の名前とともに、電話番号メールアドレス登録されていた。

いつもと変わらない学校生活を送った、ある日の夜のことだ。

知らないアドレスから、知った名前とともにメールが送られてきた。

『○○です。△△からメアドを聞きました。よろしくね』

ニュアンス的にはこんな内容だったように思う。

送られてきた名前は、一緒のクラスになったこともなければ、一度も喋ったことのない女子のものだった。そういう名前女子がいるということだけは知っていた。

からアドレスを聞いてメールをするというのは別によくあることで、それは男女間でも同様だった。

適当に返信した。よろしく。

翌日、学校に行くと、その女子から声をかけられた。

「昨日は突然メールしてごめんね。驚いたでしょ」

今日の夜もメールするから、見てね」

なんだ、こいつ。

面と向かって話しているんだから、今、直接言えばいいのに。

釈然としなかった。頭の片隅には恋愛沙汰的な予感も、なくはなかったかもしれないが、直接は結びつかなかった。

その日の夜、昨日とさほど変わらない時間彼女からメールは届いた。

本当に取り留めもない内容のメールだったことは覚えている。

どうでも良すぎてほとんど忘れてしまったけれど、確か、違うクラス女子についての話題だったと思う。

適当に返した。正直面倒くさかったけれど、何通かメールのやり取りはした。

ほぼ初対面であったことには代わりはなかったし、彼女と仲のいい友人もいたため、あまりにそっけないと申し訳ないと思ったからだ。

しかし、誰と話しても結論が変わらないような話だった。

何回かに分けて「1 + 1 = 2」という内容のメールを送られているようだった。

俺はそのメールに対していちいち「そうなんだ」みたいに相槌を打っていた。俺がどう反応しても、話の終着点ははっきりと「2」と決められていた。

彼女はそれでも喜々としてメールを送ってきた。何がそんなに楽しいのか分からなかった。

そんなやり取りを続けていくうちに、少しずつ、彼女自分好意を抱いているということを俺は理解し始めた。

学校ではたまに会う程度だった。しかも、仲のいい友人とグループで話す程度。2人だけの会話はメールでのやり取りに留まっていた。

この状態が1ヶ月以上続いた。

携帯の画面を眺めて夜を過ごすことが、一種の習慣になっていた。

そんなある日の夜、次のメールが送られてきた。

お祭り、一緒に行かない?』

地元お祭りを今週末に控えていた。そのお誘いだった。

幾度となく他愛のない話題メールを交わしていた彼女からの突然の誘いのメールに、俺は少し戸惑った。

しかし、断った。友達と周る予定だから、ごめん。とメールを送った。それは事実だった。

明日、話があるんだけど、いい?』

すると、こう返ってきた。ああ、これは多分そういうことなんだろうと察した。

これに関してはどうやっても断れそうになかった。承諾した。

翌日、俺は彼女から告白をされた。

今思うと、彼女は、どちらかというと人気のある方だった。

常に笑顔で過ごしていたし、人と衝突するのを嫌っていたように思う。

そのせいか、周りの女子も穏やかな人が多かった。

加えて、ルックスは良かった。

美人というよりは可愛い系で、小動物、という形容が似合っていた。

背は低かったが、それがプラスイメージ個性として成り立っていた。

彼女のことを想う男子は少なくはなかったが、彼女はどちらかというと平等で、友人といることを好んでいた。それ故に、その類の話は(自分を除いて)卒業まで聞かなかった。

彼女の周りには、マイナスの因子はひとかけらも存在していなかった。

そんな彼女から俺は告白されたのだ。

俺は断った。

理由は言わなかった。

それを言ってしまうと、嫌われてしまいそうで、言えなかった。

俺は怖かったのだ。

それを承諾してしまうと、途端に何かとてつもなく重い責任自分にのしかかってきそうな気がして、怯えてしまったのだ。

その重荷に自分は耐えられる気がしないと、はっきりとわかった。

ビビって逃げたんだ。

だって彼女のことは可愛いと思っていた。

知り合う前までは、それこそなんとも思っていなかった。

けれど、突然のメール、そして初対面で突然声をかけられた時から、その心境は少しずつ変化した。

最初は投げやりだったメールのやり取りも、いつしか楽しみになっていた。

それなのに、俺は断ったのだ。

俺に失恋させられた彼女は、涙目になって、その場から立ち去った。

去り際に、何か言っていたような気がするが、俺も気が気じゃなくて、聞き返す余裕なんて無かった。

直後、ものすごい後悔に襲われた。

死にそうになりながら俺は帰った。飯も食わずに寝た。

翌日、廊下で見かけた彼女は、外見からはいつもどおりのように見えた。

それだけで安心した。

途端に、昨晩の出来事はもうとっくに終わってしまたことで、遠い記憶のように思えた。

それでも、お祭りには行かなかった。行けなかった。

少し経って、俺は電話から彼女の項目を消した。

今まで交わしたいくつものメールも全て一括削除した。

とにかく全てをなかったことにしたかった。

彼女出会う以前の生活現在まで続けてきたように自分を偽った。

そうして、心の奥底に強引に蓋をして閉じ込めた。

今、22歳になってから唐突にこの事を思い出した。

あの時、違うアクションを起こしていたら俺は今変わっていたかもしれないと、思ってしまう。

ただ、彼女と交わしたメールの日々は、それはもう楽しかった。

いくら履歴から消そうとも、当時の携帯がなくなろうとも、それだけは変わらない事実である

結婚式って、呼びたくない人もいっぱいいるね。

私の場合、父方の上の伯母とか絶対呼びたくない。

あの人、私のお母さんのこと嫌味で攻撃してくるし、出生とかバカにしてるんだよね。あと、ゆくゆくは私と妹が下の伯母の遺産相続になるからって、すごーーーく目の敵にしてくるし。

おじいちゃんに「あいつは嫁に行ったから」と言われてたのに何様なの。おじいちゃんの遺産も一番美味しいとこもってたし。

地方から出てきて東京で働いてるから地元友達みんな呼んだら交通費が大変なことになるし、相手島国出身からこれまた大変なことになる。

あれ、呼びたくない人伯母だけだ。あとはみんな、呼びたいけど難しいなぁってかんじか。

いやーやっぱり、身内だけでハワイとかかなー。

まぁ、別にあげる予定ないんだけどね。

2017-12-06

anond:20171205221847

そうなのか。正直、高卒事務の子とかが多いのかな?と思ってしまってた。

そう思うくらい、都民感覚で見ると特殊環境に見える!

Uターンの子が多いってことは、地元のほうが心地いい=地元コミュニティ存在結婚出産やす環境というのは大きいと思う。

都会は出てきている人が多いわけで、この逆になる。これは個人事情というか自分語りなっちゃうけど、私は両親と死別しているので子供は諦めている。忙しい職種なのもあるけど、親の存在はそれくらいデカい。

そういえば友人が都内40代~60代の女性が多い事務系の職場に勤めてるんだけど、みんな未婚なんだそうな。

その年代だったらお見合いとかで結婚してそうじゃん?そういう、周囲がもたらすチャンスがなかったということだ。都会は隣人関係希薄から孤立やす環境だというのは間違いなくあるなと思う。

https://anond.hatelabo.jp/20171206060906

雪国という閉じた世界のことは世間一般では認知されない。

この頭のキレる口の悪い男の子というのはおそらく地元では有名な企業の息子だろう。

この雪国産業の大半はその頭のキレる口の悪い男の子の親によって賄われているに違いない。

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