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はてなキーワード: 思想とは

2019-01-17

USA日本流行るのはやばい

USA』が、日本流行るのはヤバい

この歌の歌詞日本流行れば、そのままアメリカプロパガンダになってしまうことに気づいているのだろうか・・

たかが歌じゃん、と思うかもしれないけど、歌だからヤバいんです。

企業商品を売るときCMソングにするのは、それだけ影響力が強いから。

人間の行動や思想なんて、ちょっとしたことコントロールされてしまます

USAを歌ったあとに、アメリカを疑ったり否定するのって、心理的に難しくなるんです。

広告世界では、そういう技がいっぱい使われていますよ。

とくに『USA』は、歌詞が明らかにおかしい。

アメリカへの憧れは、まぁ良いとして。

からといって「カモンベンビーアメリカ」っていうフレーズおかしくない!?

それも日本人が歌ってるなんて・・

原曲でもそんなこと言ってないよ!?

この歌詞には、前半に誰もが受け入れやすい "表のメッセージ" を入れて、後半に "裏のメッセージ" を入れる、という洗脳基本的手法が使われています

「だけれど僕らは地球人 同じふねの旅人さ」

(誰もが受け入れやすい表のメッセージ)

から

「C'mon baby アメリカ

(アメリカを受け入れましょう、という裏のメッセージ

もしも出だしからC'mon baby アメリカだったら、みんな「え?」って気づくでしょ。

でもこの流れからだと、何も考えず受け入れてしまうんです。

これは宗教教義によく使われる方法です。

「人に親切にしましょう」みたいな受け入れやすメッセージのあとに、こっそり教義をしのばせておくのです。

また、つい口ずさんでしまうようにできているのもポイントです。

「C'mon babyアメリカ♪」と、同じフレーズを繰り返すのも洗脳の基本です。

この歌を聴いて歌うほど、アメリカへの親近感は高まり

日本人のアメリカ支持率は上がっちゃいますね。

それどころか未来ある日本キッズ達が、無条件でアメリカは良いものだ、と思ってしまうかもしれません。

これはアメリカが不利な条約日本と結ぼうとしたとき、疑うことなYesと言っちゃう可能性が高くなるということ。

今もアメリカ日本雇用を奪おうと必死に画策してるし、数年前だってTPP結ばせようとしてきたじゃん。

日本さら不況になりますよ。かなりヤバい。それでいいんでしょうか!?


これがもし「カモンベンビーチャイナ」って曲なら、誰だって「この曲やべーな」って思うでしょう。

でもアメリカなら喜んで歌って踊っちゃうというのが、すでにアメリカから洗脳済みといわざるをえません。

教職課程の現場にて

2,3日前に、教員採用の倍率が下がりすぎて大変なことになっているということが話題になっていた。

教職課程の現場も同じ構造になっている。

学部の1年生で教師に憧れて入ってきた学生も、2年、3年と学年が進むにつれて、ブラックすぎる職場希望を失い、民間や他の公務員に志望を変えていく。

残るのは、思い込みの強いタイプ学生が多い。

目鼻が利いて、仕事のできそうな、全体的に物を観ることのできるタイプ民間特にメーカー系へ流れていく。

もともと教職課程を希望する学生は、勤務先の大学の中でも優秀で真面目な学生が多いので、良い企業内定を得ていく。


大変ことになってますよ、優秀な学生が採れなくなりますよと、校長さん達との懇談の機会があったときなどに伝えたが

「やる気のない学生には受けてもらわなくて結構

との反応がほとんどである


県教委の偉いさんは

問題が起きているのは認識しているが、号令をかけても現場が変わらない」

とのことであった。


親しい校長に話を聞くと、県教委の方向性もよくわかっているが、それこそ一部の教員意識がなかなか変わらず、ブラック部活に一直線でニガニガしい思いをすることも多いとのことであった。

既に教員として働いている元学生に話を聞くと、一部の生徒自身保護者の期待や要請もあり、さら教員同士の目もあってなかなか変えられないとのことであった。


多様な関係者三すくみ状態になっている。変えられないという人の特徴は、他の人の様子を伺いすぎている。

何があろうと、正しいと思考判断した己の決断を断固として実行する思想姿勢が弱いのではないか

2019-01-16

教祖以外はゴミ

 ジャップ的なコンプエゴイズムが深い者の中でも死ぬまで初志貫徹する本物キチガイは限られているし

昔の先生試験答案でこいつは本物、こいつは偽物と深く検討していた

今はしてないか国家には偽物ばかり蔓延している

そういう、本物にまで到達しないで、本性を現すクズを始末する思想系譜があったが、もうなくなった

そのおかげでこの最悪がある

追悼 日本フェミニズム

日本フェミニズム様。

もう、私たちフェミニズムに夢を見ることはできないのですね。

日本フェミニズム妄想にまみれた思想であることが白日にさらされることになってしまいました。


WEFの男女平等ランキング低位、ミサンドリーにまみれたツイッターフェミニストアフターピルに反対するフェミニストトランスジェンダー差別するフェミニスト、自他境界線曖昧な人を祭り上げるフェミニスト

自己経験認識のみを崇め、統計的数字エビデンス概念崩壊

そしてその危険性を認識できずにいる。

目的を達成できず、差別と憎しみに溢れ、妄想にとらわれた人達


個人とは一体何なのか。

コミュニケーションとは一体何なのか。

他者思考エスパーのように理解できると信じる人達

そしてそれをなんの責任も感じずに祭り上げる人達

コミュニティの全てに哀れみを感じずにいられません。


日本フェミニズムの完全なる失敗に対してお悔やみ申し上げます


かつては私もフェミニズムは素晴らしい、素敵な思想学問なのだと信じた時期もありました。フェミニズム様、たくさんの思い出をありがとう

どうか安らかにお眠りください。さようなら

2019-01-15

anond:20190114234329

>お前は世界が滅亡するぞって不安煽って信者集めて金まで毟り取ってる宗教をどうして危険じゃないと思えるんだ?

挙句現代医療行為まで否定して地獄に落ちるぞと脅してる

なるほど、まとめると終末思想と輸血が原因というところでしょうか

私が宗教に興味がないからか、正直他の宗教教理とか全く知らないので一般の人もそうなのかと思っていたけれど、知ってる人は知ってる感じなのでしょうか。

それと、最初書き込みに明記しているけれど、私自身はエホバの証人危険宗教だと思っています

それからもう一つ、どうでもいいことですが一応……エホバの証人地獄存在否定しています

2019-01-14

フェミニズムって、女性を弱い主体として捉えるのはやめよう!って思想だと思ってた

一緒に活動してみて、女性は弱いんですぅ〜被害者なんですぅ〜男は常に上なんですぅ〜って人ばっかりで、呆れてしまって抜けた

anond:20190114193604

思想は多くの思想と共に学ぶ価値があるが、

宗教団体のご本尊様を過度にありがたがることはないとは思うね。

かつての宗教思想を正しく持っている団体は非常に少ない。ただ単に依存させるだけのものと堕してる。

適当な思いつき不幸ばかり宗教団体様がいってきて、それに依存してて、邪念樹にとりつかれた戸愚呂兄としか言いようのない信者(笑)も知ってるので。

故に宗教思想についての理解も進んだが、と同時に宗教団体というもの無意味さも感じてる。

なぜ、偶像崇拝を各種宗教本来嫌うのかもわかるわ。

anond:20190114193216

宗教団体」は不要になってくると思うよ。

宗教思想は、その時代その時代に合わせて過去の文献を参照してその時代言葉で書く人が現れ、参考にする人がいるだろうが。

いわば、古典の一つで、信じるものが信じるぐらいの立ち位置になっていくだろう。

そもそも仏教儒教系は、超自然存在のあるなしを前提にしないからな。

全ての人が満足いく社会なんて100%不可能

絶対絶対絶対ゼーーッたい無理。あちらを立てればこちらが立たず問題があるから

あらゆる立場の人がいる。

あらゆる思想がある。

増田はてブで言い争いをしてる人たちは、あらゆる立場から異種格闘技やってるから大揉めする。

本来なら関わらない人たちが全員同じ土俵にあがって、男も女も既婚者も独身社会人学生ニート大人子供若者も老人も大暴れしてる。

不満がない人なんていない。

Aさんにとって都合がいい部分はBさんにとって都合が悪い部分なのだから

AさんもBさんも満足している部分はきっとCさんにとって都合が悪い。


大暴れしてる人たちは不毛だなぁと思う。

何か意味あるのだろうか。

選挙行ったりデモ起こしたりすればいい。

もしくは自分政治家になるか。


要するに、みんな「俺はここが気に入らない」と愚痴をいってるだけの掃き溜めなんだな

元々日本人はべつに80歳まで生きたくないし若いうちにいいことがあれば15で死すとも可なりの思想なのに

 80歳まで生きれば何かいいことがあるという話を昭和天皇提示していたからみんな天皇について行って

昭和時代は、80歳まで生きたわけであって、平成みたいな心なき時代に80歳まで生きたところで何らいい

話も用意されていないし、80歳まで生きる必要性がないし、平成中期は、とにかく15歳で死ぬよりも、俺ら

についてきたほうがいい話があるからってことで若者はみんな強い奴についていって必死勉強して努力した

のにそれでも最悪なことがあって、段々と支配者が陰険陰謀しか考えてないクソジジイばっかになって最悪化

して、既往に遡ってついて行かない方がましだったという結果に至ったので、現在絶賛最悪中。

みんな、強者について行ったのがバカだったと思ってるだけ。全部パーになって何もなくなったからな。何もないのに

歳だけ食っていて、若いうちにいいことして早死にすることもできなかったし、昭和みたいに今後も何もいいことは

ないわけで、天皇処刑した方がいいような気がする。

2019-01-13

声優ってすごい

たまに声優ドキュメンタリーとか見ると普段自分が見ている作品の背後にこんな壮絶な世界が広がっているのかと感嘆、いや畏怖を覚える。

声優たちが「現場」と呼ぶ場所のあの張り詰めた空気。人から寄せられる期待の嵐。プロとしての責任。そういうのを見ているだけで苦しくなってくる。ぼくはあの場で正気を保っていられないだろう。立っていることすらままならないかもしれない。

いまぼくが生きているのは、彼らの仕事にかける情熱のおかげであると言っても過言ではない。極限まで洗練され磨き上げられた声は人の心を揺り動かすのに十分に過ぎると思う。それは芸術を見る目がなくこの上なく鈍感であるぼくですらもだ。アニメというのは声優の声に膨大な情報がのっている。文体だけでは決してのせられないような情報。それによって、作品によっては、難しく高尚な概念とされるものもなんというかその雰囲気というか、境地に達したものの醸し出す覇気のようなもの現実よりも誇張して増幅して見せるのである。それの尊さというものをなんとなく感じさせてくれる。人がそれへと向かっていくためにとても大切なもの。心暖まる気持ち

例えば最近でいえば、SAO のアリシゼーション編などはとても良い。ユージオとキリト関係の美しさとか、キリトが花を踏みにじられて流す涙とか、カーディナルキリトが抱きしめて「報われた」場面とか、そういうところにふと「いいなあ」と思う。誇張なく尊いものを感じる。心暖まる気持ち。これこそがもっと重要なのである。これこそがぼくがアニメに求め、救われたものなのである。それは自信を持って言える。これが一般アニメ表現したい本質の一端であると信ずる。この気持ちを闇に沈めて、世間の荒波に飲まれ醜悪の限りを尽くしている人間もいる。そういったものへの一種の反抗なのではないかと思っている。SAO最初ラノベ風のセリフ辟易としていたし、ユイに「パパ、ママ」などと言わせた時は「これだからラノベ・・・」などと思ったものだが、アリシゼーション編はそれとは "重み" の違うものを感じる。それこそ、描写の "重み" が比較にならないのであるアニメ関係者はもちろん、著者は腕をあげられたのかなあなどと思う。ぼくはああいアニメ本質を析出した透明に輝くものが好きである

いままで実に様々なアニメを見てきたが、やはり肝要なところはそこだと思う。そして、巷では (全てとは言わないが) ラノベ原作の内容の薄い、現実とのギャップ面白さと勘違いしているような、アニメ審美眼のない人々のために作られたアニメというのも跋扈している。

しかしその中で、余計の要素のない純度の高い美しいものがいくつかある。中には哲学的思想を描き出しているものもある。

そういった凄まじい表現力の影には、声優たちの熱き "願い" があるのだなあと感嘆した。セリフ一つに徹底的にこだわる彼らのその魂の叫びこそこの "重み" を作っているのだと、忘れてはならないと思う。

韓国大喜利

韓国怖くない

良いとこだよ!

みたいな

どっかの議員韓国危ない的な意見を言ったカウンターとして皮肉大喜利になってる

政府個人思想個人への対応は別なんでそれ自体はいいんだけど

その意見の中で「アジュンマ」「オモニ」とか

ちょいちょい謎の韓国語混ぜてる奴

あとユーザー名にハングル入れてる奴

それはもはや日本人意見ではないでしょ

完全にカブれてるやん

外人が語尾にdesu付けながら日本褒めてるようなもんでしょ

自分を隠すのは難しい

アカウント名前と端末と文体を変えて、匿名世界を移り変わり続けても

結局俺の中の持論、思想意識は全く変わらないのであって

いつかボロが出て「お前、[別のサイト]の[俺が昔使ってた名前 または そこで付けられたあだ名]」って言われる

芋づるの様に過去を掘り起こされる事もある

隠せないんだね、俺の自己顕示欲、俺の根本的な思想

いつか、何もかもが白日の下に晒されて、晴れてパーソナルデータフリー素材化するんだろうね

なぜ日本イケてるIT企業は1社もないの?

アメリカだったら、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)とか、イケてる会社が山のようにあり、中国だって最近の躍進っぷりはすごい。

それに対して日本はどうだ?? かつて大企業と言われた日本企業はことごとく凋落し、日本からイケてる新興企業はまったく現れない。

日本IT企業の中で存在感国内限定だが一応ある会社を無理やり絞り出してみると、



日本が衰退しまくったのは政権が野心ゼロで国の未来をまったく考えず利権にのみ全エネルギー投じた結果であり、(野心ゼロなのは他の腐敗国家より他質が悪い)完全に腐敗政治のせいかと思ったがそれだけではなく日本人のビジネスセンスの無さも大いに関連してると改めて気づいた。

技術は常に海外発。英語で書かれたドキュメントも読めず数年遅れで浸透してくる。

他国じゃ国内だけでなく世界中で使ってもらうサービスを作ることが当たり前なのに、日本は何もかもガラパゴス。もはやガラパゴスって言い方を「日本」って言い表したほうがいい。

日本化がひどいね意味時代錯誤村社会思想で全てが排他的

インターネットの登場によって、世界はより(英語で)コミュニケーションを取るようになり、いろいろなもの標準化され、プラットフォームを作ることが一つの流れとなったが、日本地理的だけでなく、情報社会の中でも孤立している。英語力が絶望的に国レベルで低いことでオンライン上でも孤立しているのだ。

もういっそのこと日本農耕民族に戻らないかなとすら思う。

さあ、パソコンは全部捨てて桑を買おう!

2019-01-12

anond:20190112205003

目の前で詐欺にあってる情弱を見捨てるんだな

はてなー本音出たな

自分思想関係ない弱者は切り捨てます

ここテストに出るぞー

同性婚賛成とかいうのが気持ち悪い

お前ら同性婚を単に同性愛者には幸せになる権利もないのかみたいな見当違いの価値観で賛成してるだろ

アホかと

結婚ってのはお前らが大っ嫌いな家父長的な価値観を色濃く残す法的な取り決めに過ぎないだろうが

それを党派性とかアホな思想適当に一緒にしましょうみたいなこと言い出すの頭がクラクラしてくる

俺がメンサの会員だからお前らとIQが違うのは百も承知だがそこまでアホにならなくてもいいだろ

少なくとも海外でも同性婚と共にパートナーシップ制度があることくらい調べようぜ

当たり前だけど同性パートナー不都合を解消するってのが優先課題だろ

その上で同性の結婚も異性の結婚も同じにして問題ないんだってなったら結婚できるようにしたらいいだろ

アホが同性婚同性婚叫ぶから明日にでも変えられる同性パートナー間の不都合がいつまでたっても変わらないんだよ

本当バカ政治活動リードさせるの害悪しかないわ

anond:20190112021430

どういう思想を持ってたらそんなこと言えるんですか?

ブギーポップは口笛を吹かない」あるいは「木村明雄の消失

アニメブギーポップは笑わない」1〜3話および原作ライトノベルブギーポップは笑わない』の内容に触れています

TVアニメブギーポップは笑わない」が放送中だ。ほぼ20年前にスタートしたラノベ原作であり、アニメ自体は二作目だが、原作の内容に沿ったアニメ化は今回が初めてとなる。

さて、そんなアニメブギーポップの「ブギーポップは笑わない」(原作シリーズ一作目)編が、最新の第三話で完結となった。平均的なラノベアニメ化としては、原作1巻を3話で消化というのは、極端に速いペースというわけでもない。それでも、もともとが5話で構成された原作を3話に再構成する上で、大小さまざまな省略・変更が発生することは避けられなかった。

そのうち、特に目についた二つの変更点について、思うところを少し書いてみる。

「君と星空を」&木村明雄

上で述べたように、原作ブギーポップは笑わない』は5つのエピソード構成された物語となっている。一話にそれぞれ主人公視点人物)が設定されており、一つの事件複数人間の目から見ることで立体的な世界が立ち上がってくる、といったような、今となっては(当時でも?)さほど珍しくはない仕掛けだ。

原作構成及び各話の主人公はこうなっている。

ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム


これがアニメでは、

ねこういう形に変換されている。話数単位で大雑把に見れば、各パートの分量はともかく原作の流れを大枠では引き継いだ構成と言えるだろう。

ただひとつ原作第四話がその主人公存在ごと抜け落ちている点を除いて。

原作第四話は、木村明雄という男子高校卒業後(事件から二年後)に、当時「失踪」した紙木城直子と過ごした日々のことを回想する、という内容になっている。

木村は、紙木城の交際相手の一人(アニメでははっきりと描かれないが原作の紙木城は木村田中を含めて複数の男と付き合っている)であり、事件にはあくま彼女を通して間接的にしか関与していない。紙木城から保護したエコーズについての話も聞くことになるが、何かのたとえ話だとばかり思っていた。

紙木城の失踪後、色々あったもの普通高校卒業普通大学生として普通生活していた彼の元に一通の手紙が届くことで高校時代記憶が蘇り……という、1話竹田と同じかそれ以上に青春小説的な色合いが濃く、いわゆる「一般人」の目線から見た章となっている。

アニメ化にあたって、章はともかく仮にも原作主人公の一人を丸ごとカットするのはあまり乱暴に思えるが、ここには一応それなりに納得できる理由がある。

第一に、事件の真の姿あるいはその存在すら知らないまま全てが終わってしまっていた、という木村明雄の立場は、程度の違いこそあれ竹田啓司(一話)や末真和子(二話)と重複している。一人一人に見える現実には限りがあるというテーマを示すためには、この二話だけで既に必要最低限のノルマは達成していると言えなくもない。

第二に、竹田と末真は以後の巻でも登場している(末真は準レギュラーに近い)が、二人と違って木村明雄は今のところ少なくともブギーポップシリーズ内では再登場しておらず、カットしても今後の展開に特に影響がない。

第三。エコーズの素性に関する情報は、原作では第四話で木村が紙木城から話を聞くという形で最初に明かされる。物語の本筋との関係においては四話の存在価値と言ってもよい部分だが、アニメでは2話後半、紙木城と凪の会話でほぼ同じ内容が補完されている。これは、原作でもそのようなやり取りがあったと事件後に凪の口から語られていたものであり(木村自分にだけ話してくれたと思い込んでいたが)、オリジナル展開というより変則的原作再現に近い。木村カットしてもそういう軽度の改変で済む部分なのだ

驚くべきことに原作『笑わない』には、凪と紙木城が親友であるという情報こそあるが、二人が直接会話するシーンは存在しない。にもかかわらず、読者にはちゃん彼女らが親友同士に感じられていたというのは小説マジックというほかないが、ともあれ、今アニメで凪と紙木城の会話が追加されたこ自体ファンにとって喜ばしくさえある。

これらの理由から、『笑わない』をTVアニメ3話分に収めるために章と主人公をどうしても一つ削らなければならないとすれば、やはり第四話と木村妥当ということになるだろう。アニメスタッフ判断は間違っていない。

間違ってはいないのだが。

口笛

原作において、ブギーポップというキャラクターはいくつかの記号によって構成されている(もちろんその全てが記号還元され得るというわけではない)

都市伝説死神世界の敵の敵、黒い帽子と黒いマントと黒いルージュ、ワイヤー、そして口笛。

ブギーポップは、常にというわけではないが誰かの前に姿を現す時、特に世界の敵と向かい合う瞬間には、なぜか「ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲を口笛で吹きながら登場する、ということになっている。

過去メディア展開でも、多くの場合はこの口笛が再現されてきた。

実写映画はあらすじの時点で「口笛を吹く死神」と紹介されているし、旧アニメファントム)ではブギーポップ登場時の口笛はもちろん、次回予告のBGMとしてオリジナルアレンジマイスタージンガーが毎回使われ、最終回ではテルミンバージョン???)すら流れるという充実ぶり。

メインの使用キャラクターではなくサポートキャラとしての出演に過ぎない、格闘ゲーム電撃文庫 FIGHTING CLIMAX」でさえ、ブギーポップはやはり口笛を吹いて登場している(実際にプレイしているわけではないので又聞きだが、そのせいで攻撃判定の発生が遅いとかなんとか)

このように、「マイスタージンガー」「口笛」はこれまで原作の内外で、ブギーポップというキャラクター作品象徴する、代名詞と言ってもいい扱いをされてきた。

原作『笑わない』では、ブギーポップは二度口笛を吹いている。一度目は、一話の竹田屋上で会話をしている時。

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

ブギーポップが口笛を吹き始めた。明るく、アップテンポな曲で、しかも呼吸に緩急があってすっごく上手だったが、しかし口笛なので、やっぱりそれはどこか寂しげだった。

 そして、藤花は口笛が吹けないことを思い出した。

うまいんだな。なんて曲だい?」

「〝ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲さ」

「なんだいそれ」

ワーグナーって大昔のやかましロマンチストがつくった、一番派手な曲だよ」

二度目は五話終盤、早乙女を失って荒れ狂うマンティコアに追われる新刻の前に姿を現す時。

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

 恐怖のあまり、私はついにおかしくなった、と思った。

 幻聴が聞こえだしたのだ。

 現実にはあり得ないほど不自然な曲が、目の前の並木の植え込みから聞こえてきたのだ。

 それは口笛であった。

 しかも、口笛にはまるで似合わない曲、ワーグナーの〝ニュルンベルクのマイスタージンガーなのだった。

いずれも、古くからの読者には印象深いシーンだろう。

しかし、今アニメの「笑わない」編ではこれらの口笛演奏存在しない。ブギーポップは、一度も口笛を吹かなかったのだ。

これも木村同様に尺の都合なのだろうか?

マイスタージンガーといえば、あの、ふぁーふぁーふぁふぁーという力強いイントロが印象的な曲だ。口笛でいうと、ぴーひょーろろーとなる。最低限この、ぴーひょーろろーさえ吹いてくれれば、少なくとも原作読者には「あの口笛」だと一発で分かるし、初見視聴者にも、ブギーポップというのは口笛を吹くキャラらしいということだけはなんとなく伝わっていただろう。

前回のアニメや電撃FC使用された口笛バージョンマイスタージンガーで、ぴーひょーろろーの部分の所要時間確認してみると、せいぜい2〜3秒というところだった。2、3秒。もちろん1秒24コマで動くアニメ世界での2、3秒は、日常的な感覚のそれよりも遥かに長い時間ではあるのだろう。だが本当に、今回のアニメ「笑わない」編は、ぴーひょーろろーを挿入するだけの余裕が一切存在しないほどに緊密な内容だったのだろうか。

どうしても時間が足りないなら、いっそセリフを喋りながら同時に口笛を吹かせてもよかったのではないかブギーポップというのは、そのぐらいの物理法則を超えた無茶も読者視聴者笑って許してもらえるような、良くも悪くも異質なキャラだったはずなのだが。口笛のためにそこまで冒険するほどの価値はない、と判断されたのか。

これが、今回のアニメではブギーポップは口笛を吹かない存在として設定されているということなのか、それともあくまで「笑わない」編だけの変更なのかはまだ分からない。次回からの「VSイマジネーター」編ではしれっとぴーひょろ吹き始めたりする可能性もある。しかし仮にそうなるとしても、「笑わない」で口笛を吹かなかったという事実は、もはや取り返しがつかないのだ。

原作未読者の中には、口笛が無いとなにか物語の展開に支障が出るのか?という疑問を持った人もいるかもしれない。たしかに、どうしても口笛が無ければ成立しないという場面は、原作にもほとんどない。もちろん口笛自体に、特殊振動波か何かで敵の脳に直接揺さぶりをかける、などという実用的な効果存在するわけもない。はっきり言ってしまえば、口笛は基本的雰囲気づくりの賑やかしでしかないということになる。

その意味では、削る必要はないが削ったところでどうということはない要素だったのだ、とも言える。

言えるのだが。

昔語り+α

ここで唐突に昔の話をする。

ブギーポップがちょうど一度目のアニメ化や実写映画化をしていた頃のこと。とある個人サイトにて、「実写映画になるっていうから読んでみたけど単なる化け物退治の話だった」というような『笑わない』の感想を見かけた。当時の自分シリーズ純粋ファンだったので、そのあまりにも大雑把なまとめ方に、大雑把にまとめてんじゃねーわよ!と素朴に憤慨したものだ。

しかし、今にして思えばあの感想示唆である複数視点による眩惑を取り払った一本の話として『笑わない』の本筋だけを眺めてみれば、それはたしかに「単なる化け物退治」の話でしかないのだ。

では、自分を含めた多くの読者に『笑わない』を「単なる化け物退治」ではないと感じさせた、「本筋」以外の部分とはなんだったのか。それは、自分の進路について語る竹田とそれを半ば無責任肯定してくれるブギーポップであり、

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「へえ、君は受験しないのかい

「うん。親父の知り合いでデザイン事務所をやってる人がいて、ずっとバイトしてたんだけど、その人が〝おまえは見込みがある。センスを感じる〟とか褒めてくれてさ、大学なんか行かずに俺のところに来いって言うんで」

「すごいじゃないか親方に見込まれ職人ってヤツだな」

“対決”を望んで走る末真であり、

第二話 炎の魔女、帰る 3 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

(そうよ──中途半端はもううんざりよ!)

 霧間凪はほんとうに魔女なのかも知れない。でも、それこそ望むところだった。

「No One Lives Forever」を口ずさむ早乙女であり、

第三話 世に永遠に生くる者なし 5 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「……誰も、誰も、誰も、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も………」

新刻の意志の強さを賞賛するブギーポップであり、

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

しかし、新刻敬──君の意志の強さは見事だ。君のような人がいるから、世界はかろうじてマシなレベルを保っている。世界に代わって感謝するよ」

そして、木村であり口笛であり、そういった一見取るに足りない枝葉こそが作品の印象を形成していたのではないか

枝葉とは言うものの、ひたすら枝と葉を切り落として純化していった先にあるのは、ただ一本の幹だけがまっすぐ天を突く寒々しい樹の姿だ。口笛や木村が本筋に不必要だというなら、ブギーポップあんな格好をしている必要別にない。『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし、この巻に限って言えばブギーポップだって無くても成立しそうな内容だ(シリーズ全体で見てもブギーポップ世界設定の中で異物として浮き続けていている)。必要不要物差し物語を測れば究極的には、そもそもアニメ化する“必要”とは……?原作が書かれる“必要”はあったのか……?という不毛なところにまで踏み込みかねない。

ブギーポップというシリーズは、ことに『笑わない』は、この「剪定」の影響を大きく受けやす作品であるように思う。本筋に関わらない細部が、作品本質とは思いがけなく深く結びついてるかもしれない、という面倒くささがある。アニメ側にとっては、原作の味を再現するためにどこを切ってどこを残すべきなのか、という判断が非常に難しい題材だったのではないか

いや、ブギーポップに限らずどんな作品であっても、ファンアニメ化や映画化などのメディア展開のたびに、アレがないと○○本来の良さが失われてしまう!と感じてはいるのだろうけど。

まとめ

木村明雄の省略に関しては、大きな変更ではあるし非常に残念ではあるが、三話という尺を考えれば致し方ない(そもそも『笑わない』を三話でというタイト過ぎる構成の是非はともかく)

口笛に関しては、小さい部分かもしれないが逆にそんな小さいところを敢えて削る意味が分からないし、監督でもシリーズ構成でもプロデューサーでもいいので早めに誰かに何らかの説明をしてもらいたい。

ということになる。

原作から変えること自体は、いい。メディアの違いに加えて、予算時間など様々な制約もある以上、どうしたって変えざるを得ないところは出てくるだろう。だが、その変更に意図というか大げさに言うと「思想」があまり感じられないのはちょっと困る。原作から変えてまで実現したかたこととは何なのか。

前回のアニメ、「ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom」は、初アニメ化にもかかわらず『笑わない』のオリジナル後日談という暴挙とすら言える内容となっており、それだけにとどまらず「霧間凪一人称が『オレ』じゃない」など、原作からの変更点がいくつか存在した。当然、原作ファンから評価も当時はあまり良くないものが多かった。

しかし、ファントムというアニメからは、これが作りたい、こうした方が面白いはずだ、という意志は強く感じられた。原作からの変更点自体に納得できるかどうかはともかく、そういう姿勢を打ち出されればこちらも、へぇ……あなた達はこういう画面も話も異常に暗いアニメがカッコイイと思ってるんだ?「オレ」女はリアルじゃないって?へーえええええ……?と正面から受けて立つことができるというものだ(こめかみに血管浮き上がらせつつ)

今のところ、今回のアニメブギーポップは、原作読者の目から見ても決して悪い出来ではない。悪くはないのだが、どうも、どこに芯があるのか分かりにくいアニメ化となっているように見える。

公式が「アクションファンタジー」と銘打っているということは、「笑わない」編では終盤に集中して存在する程度だったアクション部分が徐々に増えていく、これからエピソードが本番ということなのかもしれない。たしかに、最初に公開されたPVでもアクション描写はひときわ光っていた。

次の4話からは、原作では上下巻の大がかりなエピソード「VSイマジネーター」編が始まる。そこでは、このアニメと思いきりVSできることを願っている。

追記

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女が存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報? - maturiのコメント / はてなブックマーク

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報

電子版『笑わない』新規書き下ろし「後書き」。プロト版のタイトルは、「エコーズ──人喰いの谺」だって

2019-01-11

anond:20190111185132

ジャンルによるけどこの年代でこういうこと考えてる人が出て来るのかっていう相場観みたいなものとか

世代による思想とか受けた教育の偏りがあるかどうかみたいなことを考慮して読む必要があることもあるし

まったく必要ないとは思わんかなぁ

はてなーって移民解禁したいの?それとも排除したいの?

普通に考えて移民賛成なら自民実験的な政策に賛成して本格的な移民解禁を目指すべきだけど

なぜかはてなーって実習制度に反対してるやん

そんなんだと絶対移民日本に入ってこれないし

完全にはてなーの態度は自己矛盾してることになる

それとも政策としてどうこうよりも

党派性自民政策を腐す方が大事ってこと?

そんなアホみたいな思想の持ち主って普通バカにされて当たり前だよね?

脳死してるのに飯食えて健康長生きできるとかい思想の最悪さ

 アルバムに映っている昔の自分笑顔で笑っていて精神感受性バリバリ機能し素晴らしい時代

 美しい趣味や風情のある社会があった反面で、その穏やかで優しくて社会に貢献した人をして犯罪

 させて逮捕したり、秋葉加藤小泉毅の件、その後の若い人によるテロ、惨殺事件が続いてること、

 昔は働いてた精神心理はもう働かず、誰もが人間の形を取った憎悪の塊でこの12年滅茶苦茶で

 あって誰一人暴力(例えば憎悪を生成している2ちゃん増田サーバーピストルを撃ちこんで

増田2ちゃんを消すとか)で正義を実現しなかった結果、最近まで最悪であり、もう誰も精神が働かないし

 心理状態も最悪で、昔が最高だった時点で、詰んでるわな。

 ほんと、成功していることにしたがっているうそつき公務員天皇みたいな廃棄物、そろそろ誰かテロ

 起こした方がいいんじゃねえの。昔のことを忘れているとしか思えないし、もう今後、希望が戻ることも

 ないし、既に大きな人はおらず、現に12年間、増田性格の悪い女や鬼や死神やクソチンポが散々

 卑猥なこと執拗に書いてきて誰も暴力で止めなかったという実態があったせいで昔から続いてきた醇風美俗は

 なくなったし、むかし心が良くて今終わってる時点で最悪だし、終わってないというのも欺瞞過ぎて、はっきり

 言ってテロ起こした方がいい。

anond:20190111150415

性欲と恋愛感情が分離すると信じている人って肉体を汚れたものだと思ってるのかな

自分の肉体が女に属することで、個が女性性に飲み込まれるんだよね

その反動で愛に肉体はいらないとか言って、西洋思想にも飲み込まれていく

結局なんかに飲み込まれていく女

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