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はてなキーワード: 見立てとは

2017-09-20

http://www.air-be.net/air-be/20170913_gonzo_delete/

一話完結で毎話バリエーションに富んでいるアキバズトリップ18if1話だけで判断するとかアニオタとしては完全に雑魚だな

売れてGONZOの復活に寄与するかと言うと、正しい見立てではあるが

2017-09-12

北朝鮮国民飢餓に苦しんでいるというのは20年前のお話だよ

anond:20170912210731

北朝鮮20世紀末に大飢饉に襲われ多くの餓死者を出した。その頃は日本メディアでも頻繁に報道され、我々の北朝鮮イメージはその頃で固定されてしまっていると思う。元増田もそのイメージのままなのではないだろうか。

北朝鮮だってその後手をこまねいていたわけではなく、年々農業生産能力を向上させている。2006年核実験の頃には輸入や援助が完全ストップしても何とかなるくらいには回復していたらしい。

農業生産量については国連に素直に信じて良いのかわからない数値が年1回報告がなされるだけで謎に包まれている。1990年代飢饉以前は単位面積あたりで見ると、世界で最高に生産性の高い国を上回る量を報告していた。飢饉になってからは援助を引き出すために一気にその量を減らした。そして今はまた実際よりも多い量を報告していると見られている。そういう研究衛星からリモートセンシングなどを使って韓国シンクタンクが行っている。その分析結果の報道英語圏でもめったにないし、日本では多分全く無いのではないだろうか。日本語では救う会ホームページが一番詳しかった。

一昨年の春、北朝鮮での旱魃報道日本でも割とされていたが、その年は後半が豊作で、通年で見たらまあまあだったという。後半の豊作の報道日本国内で全く無かった。去年も春先に旱魃が発生していたが、その後どうなったか報道は見ていない。

農業生産量の改善については金正恩になってから特に改善が著しいらしい。もともとたいして工夫されていなかったので灌漑用の池を作ったり、肥料流通を良くしたりしただけでかなりの改善が見られるという。あと金正恩は農家が収穫の一定割合自分のものにできるようにしたとかで、農家のやる気を引き出しているのだそうな。

2年前、韓国シンクタンクは全国民を養うのに十分な生産量には1割ほど足りないが、輸入が全量ストップしても困るほどではないという感じの見立てをしていた記憶がある。中国から肥料の輸入が止まると困るかもしれないという分析もあったかも。

さすがうろ覚えうろ覚えでこのエントリ結構間違ってたので詳しくは
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2017-09-11

散歩する侵略者」を見てきた。

設定に共通点があると言われた「美しい星」も、東出昌大関連で「寄生獣」も事前鑑賞済み。

上記作品も「散歩する侵略者」もなかなか面白いものであった。

話は打って変わるが今作鑑賞後からテレビでお馴染みのCMが気になって仕方ない。

それがこれだ。

「ここで、一緒に」もしも篇

大和ハウスグループ:

https://youtu.be/Y4xnGZgKN_I

深津絵里リリーフランキーシックで落ち着いた画調。

もうどれをとっても僕には宇宙人に体を乗っ取られた夫婦しか見えない。




服を見立てる冒頭のシーンや不器用ゴルフクラブスウィングするシーンは人間らしい振る舞いに苦戦する2人を表している。

同窓会の受付でハイタッチしてくる女性彼女のぎこちない表情から言い様のない違和を感じたことだろう。

旧友と談笑しているように見えてもその実、誰を仲間の宿主にするか品定めをしているだけであって目は笑っていない。

多分すでに何人かは乗っ取られている。

二次会舞台であるカラオケボックスがあのあと地獄絵図になったことは想像に難くない。

おそらく夫婦は各々違う星人に乗っ取られている。

そして互いに正体がバレてないと思っている。

僕が思うに夫が妻の動向を監視しているんだと思う。

書店ですれ違う黄色カーディガン女性や髭を剃ってあげていた理髪師は、夫と同じ星人で経過報告をしたり指示を仰いだりしていたのだろう。

しかスナックママは多分地球人だ。

カウンターを挟んで向かい合うのは「我々と対峙する決して相容れない存在」というメタファーなのだ

スナックママはふとした瞬間に彼が宇宙人であることに気がついてしまった。

そのためシガレットケース型記憶改竄機で脳内操作されたに違いない。

そして夫は妻の監視以外に、マスメディアを通し人間を徐々に洗脳するという任務を担っている。

そのために広告代理店に勤め、あるプロジェクト遂行しているのだ。

全ては順調に思えた。しかしある日妻が奇妙なことを問いかける。

「生まれ変わってもまた一緒にいるのかなぁ?」

へ?どういうことだ?何が言いたい?

夫は「難しいね」と笑って動揺を誤魔化そうとするが妻は追い打ちをかけてくる。

夫は半ば諦めたように「来世は犬になるかもしれないな」と言うが、観客にその意図はわからない。ここは原作者も明言は控えている部分。

(犬や猫に擬態している宇宙人もいるという設定はある)

とにかくこの応酬があってから妻に対する夫の監視は厳しくなり、とうとう監視区域から外れているスーパーにまで妻を追跡する。

自然スーパーへ現れた夫を見て全てに気づいた妻。

「その次はわかんねえよ」

夫はその言葉を残したのち、急所である肩を鋭く突かれて死ぬ





もはや僕にかかればダイワハウスの大きな屋根がそのままUFOになるような気すらしてならない。

2017-09-10

東京新聞日本人北朝鮮ミサイルに備える訓練を“嗤う”べきだ そもそもミサイル現実の脅威なら、なぜ原発直ちに停止しないのか

北朝鮮弾道ミサイル発射を繰り返し、国内では避難訓練も行われています

かつて関東上空での防空演習を嗤(わら)った桐生悠々なら何と評するでしょうか。

きょう九月十日は明治後期から昭和初期にかけて健筆を振るった反骨のジャーナリスト桐生悠々の命日です。

太平洋戦争の開戦直前、一九四一(昭和十六)年に亡くなり、七十六年がたちます

本紙を発行する中日新聞社前身の一つである新愛知新聞や、長野県信濃毎日新聞などで編集、論説の総責任者である主筆を務めた、われわれの大先輩です。

◆ 非現実の想定「嗤う」

新愛知時代には、全国に広がった米騒動責任新聞押し付けようとした寺内正毅(まさたけ)内閣を厳しく批判する社説の筆を執り、総辞職に追い込んだ気骨の新聞人です。

その筆鋒(ひっぽう)は軍部にも向けられます

信毎時代の三三(同八)年八月十一日付の評論関東防空大演習を嗤う」です。

掲載の前々日から行われていた陸軍の防空演習は、敵機を東京上空で迎え撃つことを想定していました。

悠々は、すべてを撃ち落とすことはできず、攻撃を免れた敵機が爆弾を投下し、木造家屋が多い東京を「一挙に焦土たらしめるだろう」と指摘します。

「嗤う」との表現が刺激したのか、軍部の怒りや在郷軍人会の新聞不買運動を招き、悠々は信毎を追われますが、悠々の見立ての正しさは、その後、東京をはじめとする主要都市焦土化した太平洋戦争惨禍を見れば明らかです。

悠々の評論の核心は、非現実的な想定は無意味なばかりか、有害ですらある、という点にあるのではないでしょうか。

その観点から国内の各所で行われつつある、北朝鮮弾道ミサイル発射に備えた住民避難訓練を見るとどうなるのか。

ミサイル暴挙だが

まず大前提は、北朝鮮が繰り返すミサイル発射核実験は、日朝平壌宣言国連安保理決議などに違反し、アジア太平洋地域安全保障上、重大な脅威となる許し難い暴挙だということです。

今、国連を主な舞台にして、北朝鮮に自制を促すさまざまな話し合いが続いています

日本を含む関係各国が「対話圧力」を駆使して外交努力を惜しんではなりません。

軍事的対応憎悪憎悪を呼び、問題根本的な解決にならないからです。

その上で、北朝鮮ミサイル発射にどう備えるべきなのか。

政府日本に飛来する可能性があると判断すれば、全国瞬時警報システム(Jアラート)を使って避難を呼び掛けます

八月二十九日早朝の場合、発射から四分後に北海道から関東信越までの十二道県に警報を出しました。

はいえ、日本領域内に着弾する場合、発射から数分しかありません。

政府は、屋外にいる場合は近くの頑丈な建物や地下への避難を呼び掛けていますが、そうしたものが身近にない地方都市や町村では、短時間では避難のしようがないのが現実です。

八月の発射でも「どこに逃げるか、どのように身を隠せばいいか。どうしていいかからない」との声が多く出ています

住民避難訓練も同様です。ミサイル発射を想定した国と自治体による合同の避難訓練が今年三月以降、すでに全国の十四カ所で行われていますが、専門家からは訓練の想定や有効性を疑問視する声が出ています

北朝鮮は、在日米軍基地攻撃目標にしていることを公言していますし、稼働中であるか否かを問わず原発ミサイルが着弾すれば、放射線被害は甚大です。

しかし、政府米軍基地原発、標的となる可能性の高い大都市へのミサイル着弾を想定した住民避難訓練を行っているわけではありません。

有効避難場所とされる地下シェルターも、ほとんど整備されていないのが現状です。

訓練の想定が現実から遊離するなら、悠々は防空大演習と同様、論難するのではないでしょうか。

原発稼働なぜ止めぬ

戦力不保持の憲法九条改正政治目標に掲げる安倍晋三首相政権です。

軍備増強と改憲世論を盛り上げるために、北朝鮮の脅威をことさらあおるようなことがあっては、断じてなりません。

国民の命と暮らしを守るのは政府の役目です。

軍事的な脅威をあおるよりも、ミサイル発射核実験をやめさせるよう外交努力を尽くすのが先決のはずです。

そもそもミサイル現実の脅威なら、なぜ原発直ちに停止し、原発ゼロ政策転換しないのでしょう。

▼続きはソースでご覧下さい

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017091002000138.html

2017-09-04

ヘムス(HEMS)の狭義のものと広義のもの混同

最近、ヘムス(HEMS:Home Energy Management System)の狭義のものと広義のもの混同した議論が多いことが気になっている。

A)狭義のHEMSは、

①電力の発電状態・蓄電状態・消費状態、および買電、売電のデータモニターし、かつ

②発電の抑制蓄電池の充放電制御家電の電力制御一定程度可能もの

であって、分電盤CTをジャラジャラつけるもの最近は内蔵の分電盤があるが)でエコーネットライトプロトコル準拠しており、インターネットなしで

ローカルでもある程度自律的制御ができるものがこのクラスHEMSになる。

B)広義のHEMSは、電力のデータを何等かの形でモニターするものに何か独自機能を付加したようなもので、メーカーにより「これもHEMSですよ」と

自称されることが多い。コストダウンのため、CT節約主幹太陽光だけ取っていることが多い。機器に住設制御機能は持たず、クラウドサーバに上げたデータをつかってスマホアプリからWi-Fiとかブルートゥース赤外線などで機器制御する方式が採られる。

これらの「なんちゃってHEMS」は、インターネットがなければ動作しない。クラウドサービスが有料な製品も多く、

実はイニシャルランニングを足すと安くない場合も多い。センサ費用節約している代わりにサーバ通信費用が掛かっている。

あと、フルレンジ100AのCT統計誤差が1%程度だとすると±1%、つまり1Aになるが、100V1Aは力率を1とすると100Wなので、100W以下の家電類は、

一体何をみているのか疑わしいのが本当のところである。もちろん長時間測定でベースライン誤差やセンサ固有の誤差のようなものは減らせる可能性はあるし、電圧-電流位相差もみるからもっと詳しいことが判るよ、っていうのだが。「ビッグデータ学習によるクラウドAIによる機器分離」とかいうのはある意味もっともらしいデータをよその家のノイズを参考に捏造しているようなものなので、ノイズに目鼻をつけて枯れ尾花を人に見立てるようなことはないのだろうかと思う。

新聞記事などになるときは、記者は狭義のHEMSとこのなんちゃってHEMSとの区別がつかないのでそのままHEMS掲載される。

電力関係研究者の皆様の中にもこの広義のなんちゃってHEMSと狭義のHEMSとの区別をつけずになんちゃってHEMSのうたい文句鵜呑みにして

手放しでほめられる方をときどき見かけるのでとても気になる。なんちゃってHEMS限界はきちんと認識されるべきではないかと思うのだ。

2017-09-02

https://anond.hatelabo.jp/20170902123757

それはお前の意見であって客観ではないぞ低能

せいぜい「第三者から見ると」にしておけ

で、俺は「友達の持っているものをあたか自分が持っているように言うのだ」という元増田見立てに同感だな

自分他人区別がついてない

2017-08-29

市川紗椰

おっさんだけど、若くておっぱいが大きい美人セックスしたいと思っております

件のおっさんですが、羨ましくて羨ましくて気が狂いそうでございます

社会的ステータスというのは、こうも妬ましいものなのかと、枕を藁人形見立てて殴り続ける次第です。

こちらからは以上です

これからの益々のご繁栄を心よりお祈りいたしております

なわけねーだろ。

2017-08-19

https://anond.hatelabo.jp/20170819190345

失礼なことを言ったのにご返信をいただき、そしてお気遣いいただきありがとうございます

しかしながら、そのご指摘は正直当たりません。

一番最初に書いた、「自分絶対に正しい」という生き方をしている人、他人にまで自分が考える正しさを求めてしまう「なぜお前は正しくないんだ」と問うてしま生き方をしている人は、インターネットとは関係ないところで出会った特定個人を思い浮かべながら書いたものです。前者はかつての私自身でもあります

私は、両者が集団に根ざしているところから傲慢さや押し付けがましさを感じたのではありません。

絶対的な正しさを求め、それに沿って生きることで自分の正しさを保証他者否定する態度を傲慢だと思ったし、他人にまで自分が信じる絶対的な正しさを求め始めてしまう姿は押し付けがましいどころか見ていて息苦しくなるくらいに狭量であると思ったのです。これは個人の態度であり、集団性とはなんら関係ありません。

そして両者は世界に一人の特殊パーソナリティであるかと言うとそうではなく、他にも似たような人はいるように観察されます

そういう人々はかつて宗教に正しさを求め、宗教絶対性が弱まった今はポリコレに正しさ求めていると思うのです。ポリコレ以外にフェミニズム差別主義に求めることもあると思います

そしてそういう人々がなぜ正しさにこだわるのかと言うと、自己不安定からと言うのが私の見立てです。自分の中に価値判断する基準がなく、他者から価値観を借りてこなければならない。そんな状況で求める価値観は、絶対に正しいと信じられるものでなくてはならないでしょう。絶対に正しいと信じられる価値観に沿って生きれば、自分は間違うことはなく、不安定さを遠ざけられるからです。そしてそうした絶対に正しいと信じられる価値観を借りてきた人たちは、今度は他人価値観を認めることができなくなる。それどころか、自分が借りている価値観絶対だと思えば思うほど、他人もその価値観に沿って生きるべきだと考えてしまう。正しければ正しいのだという態度、そうした姿を傲慢で息苦しいと思うのです。

しかしたら、そういう人々の存在もまた、私の幻想だと思われるかもしれません。けれども、かつて私自身がそういう人間であったのです。だからこそ、私はそうした人々が見えると思うのでしょう。

2017-08-18

https://anond.hatelabo.jp/20170818170959

うそう、その自分正義の側にいると信じ込んでいて不寛容な態度をとる人はどうなの?という話です。

かつてその自己実現問題をはらむがゆえに不寛容であった正義宗教であったけれど、今はポリコレなのだろうと思うし、また次の絶対に正しい正義を探していくのだろうというのも同意です。

でも、なぜそうした人が正義を追い求めるのかというと、実は自分肯定できてないからというのが私の見立てであり、だからこそ自分他人も許容しましょう、という話になります

ポリコレ本来は様々な人を容認しよう、という話であったはずなのに、それが正義強要する人によってゆがめられているように見えるのは残念だと思います

乳にまつわるエトセトラ

  • 乳首と乳頭はどこが違うのか
  • 乳首は「ちくび」なのに、なんで乳頭は「ちちあたま」ではないのか
  • あれを「頭」に見立てたやつは、どこを「顔」だと思ったのか
  • 乳顔があるとしたら、上を向いてるのか、下を向いてるのか、正面なのか
  • あれを「首」に見立てたやつは、乳の方を頭に見立てたのか

謎は尽きない。

2017-08-17

https://anond.hatelabo.jp/20170817104525

今回は見立てがなんとなく当たってたからいいけど、

それこそ見当違いな頓珍漢なこと言ってたら、

ほんと何こいつ!何も分かってない!しゃべるなよ!ってドン引きされるだろ

2017-08-15

[]

高浜やきものの里かわら美術館に行ってきましたわ。

みえるようなみえないような」展が開催中でした。

抽象的な作品見立てを行った作品が集められていますわ。

無題や同じ題の作品連続しているあたりもそれっぽいですわ。

しゃらおにおいですわ。

ポスターにもなっている色鉛筆を束ねて樹脂で固め、

シャンデリアなどの形を削りだした作品が木目の中に多彩な色が現れて

おもしろかったのですの。

三階の名古屋大学レゴ部の作品テプラで書いた作品タイトル

板で隠していて、作品タイトル当てクイズになっていました。

イルカと鮫はありましたけど、鯖はありませんでしたわ!

鯖はありませんでしたわ!

それに悪乗りたかのように廃棄物を使った作品を作っている

佐溝力さんも同じ形式での展示がありましたわ。

いちばん衝撃的だったのはサッポロ一番起きてから寝るまで日中

触っていらっしゃる方の使用済(未開封)サッポロ一番を日付付箋付で

100個ほど並べた作品でしたわ。

作品、なのでしょうか?制作したご本人が作品と思っていれば作品判断やすいのですが、

解説とご本人がサッポロ一番を触っている映像をみる限りでは確信がもてませんでしたわ。

芸術品にみえるようなみえないような展でしたわ。

瓦の方は古代中国饕餮文が入った瓦などが展示されていて、

リアル饕餮と口にしてみたい方にお勧め美術館ですわ。

2017-08-11

食べ物を汚いもの見立てるな

うんこ味のカレーカレー味のうんこならどっち食べる?という質問あるじゃん

あれどうにも嫌いなんだよね。生理的に無理。

どっちか決めれないとかじゃなくて考えたやつとかオモシロイと思ってるやつの衛生観念を疑っちゃうくらい心底気持ち悪い。

先日上司奈良出張行って、おみやげ買ってきたのよ。

時間無くて美味しそうなもの探せなかったわ〜ごめ〜ん」とか言いながら、”大仏のハナクソ(菓子)”と”鹿のフン(チョコ)”を取り出したのよ。

うわ〜〜〜〜〜〜!いた〜〜〜〜〜〜〜!!小学生の頃の純粋眼差しを忘れてない大人〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

自分は死んでもいらないから「あ、ちょっとお昼食べすぎちゃって...」とか言ってしのごうと思ったけど、

ぴったり人数分買ってあるから食ってないの誰だよみたいな空気になるのね。

仕方ないと思って泣きたい気持ちでえづきながら鹿のフンの方を小さく小さくかじっていたら、当の上司通りすがりに、

「おっ!鹿のウンコ食ってんじゃん!スカトロ趣味?」とか聞いてくんのね。

キッショ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!マジで死んでくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

俺も立場ある社会人として「ヘヘヘ...あざっす...ゴチッス...」くらいしか言えなかったけど頭のなかではアイツにダガーナイフ10本は突き立ててるからな。

言いたいことは二つだ。

1.大人のくせに、ジョークおみやげみたいな心の貧しい人間しか手に取らないようなものを買うな

2.糞菓子くそがし)メーカー自分のとこの品質イマイチからっておもしろに逃げんじゃねえ。くだらねえこと考える暇があるならおいしいものを作ろうとしろ

3.食べ物排泄物とかに見立てるやつ、マジでキモい。人として終わってる。ユーモアゼロ明日から絶食しろ

2017-08-02

https://anond.hatelabo.jp/20170726215433

なんだか、投稿しても途中で切れてしまうので、追記部分だけをトラックバックでつなぐことにした。

追記

 すごい伸びていてびっくり。読んでいただいてありがとうございます

 はてブなどの反応を読ませてもらって、補足したいところとか言い訳したいところとかたくさんあるけれど、元々長いしキリがないので文章が飛躍してるところやタイポを中心にちょこちょこ直せるとこだけ直した。いらんとこだけ書き直したわりに、あんまり直ってないかもしれない。それ以外では、

 御用wikiについてもいっぱい指摘があったので追記したかったけど、本題とずれるわりにくっそ長くなったのでやめた。3.11以後の動き、の項の一段落目にアエラ表紙とか青プリン先生とかとあわせて含まれていると察してください。

 きくまこ先生否定ありきで見てる、みたいな意味合い感想もちょこちょこ見たのだけど、確かにたまたま何回も名前を出すことになってしまったけど、別にそんなわけではない。他のおかしニセ科学批判派含めた、ワンオブゼムとして批判対象になるべきだと思っている。個人的好き嫌いでいうのならば、きくまこ先生には同情するところも少しはあるし、感情レベルでむしろ一番不愉快なのは多層な批判層の(3)にあたるような人たちである。ただこの人たちは(2)と区別がつけにくかったり((2)だって大嫌いだが、不愉快度だと「通じるとこのある」分(3)のが高い)、ニセ科学批判者としても論客としてもいまいちなサイズの人が多かったりで、名前を挙げにくかったので特に具体名は挙げなかったのだ。「また人文系か」タグを振り回すのが好きだった某はてなブックマーカーあたりはここの例としてに限れば最適だったんだけど、ニセ科学批判とは関係ないし、ツイッターではさして存在感がないし。かといって、最近頭角()を現してきた大貫剛氏あたりを出すのも、さすがにかわいそうな気がするし。

 追記も長くてごめんなさい。

追記の追記

 ツイッター経由で、元記事について伊藤氏がこんなツイートをしているのを知った。

それですね。元増田のひとが、いわゆる左派をもう信じられなくなっているが、失われた信頼を想像的に回復するため、じぶんと近しい批判対象必要としたという見立て可能でしょう。

https://twitter.com/GoITO/status/890508057469362176

 「それ」というのは埋め込みツイートされている別の人のツイートのことだがそれはともかく、いやマジで何を言ってるの。

 俺がニセ科学批判者を批判するのは俺がもう左派が信じられなくなっているせい?どういうロジックよ。「ニセ科学批判への批判サヨクのせい」ですか。

 こんなん、10年くらい前なら「伊藤剛検証blog」とかブログが立った時に酷すぎる支離滅裂発言の例として取り上げられるレベル20年くらい前なら山本弘に著書の中で太字で突っ込まれた上に小見出しネタにされるレベルおかし物言いじゃないか伊藤氏にはトンデモ本シリーズで取り上げるべき著書がない、とかそういう話はここでは関係ない)。

 言葉を単純に置き換えればいいというものではないのかもしれないが、例えば、エア御用とか言ってた人が、「エア御用放射脳批判をしている人は、実際はもう放射能安全派を信じられなくなっているが、失われた信頼を想像的に回復するため、じぶんと近しい批判対象必要としているだけなのだ」とか言い出したら、それこそ伊藤氏含めたネット言論で袋叩きにされるんじゃないかね。

 俺が左派論客全面的に信じるなんてことは今も昔もあったことはない。そういう世代じゃないし。でもそんなのは左派相手に限らず当たり前の態度であるわけで、左派を「もう信じられなくなった?」と言われたらいやそんなことはありませんよ、と答えると思う。俺は別に家柄も収入もたいしたことな人間なので、左派不信になってトクする理由あんまりないし。それと左派おかし発言をする人について批判的なことを言ったり考えたりするのは別に矛盾しない。ニセ科学批判クラスタ批判してるからといって、ニセ科学批判の内容なんてもう信じられない、放射能のせいで鼻血が出る福島の子供やホメオパシー治療効果虐殺された江戸しぐさ伝道者も実在したんじゃないか、と主張したいわけではないのと同じである

 それは別に元の記事から読み取れることではないと思うので別に当てられなくてもいいんだけど、だからといって伊藤氏がどうやって上の推測にたどりついたのかはやっぱり謎である。どこかパラレルワールドには左派不信な「俺」がいて、伊藤氏と親しかったりするのだろうか。

 あと、そういう「推測」が成り立つのなら、伊藤氏が「みんな左派が信用できないんだ」と思い込みイデオロギーにとりつかれているのを勝手に俺に投影している、その傍証じゃないかという見方も出来るのではないか?と思えるのだが。少なくとも伊藤氏よりはロジックもアクロバティックじゃないと思うけど、どうなんだろうね。

追記の追記の追記

 もうこれ以上の追記はしないつもりだったが…… 被曝方面ニセ科学批判で目にする林智裕氏がこんな反応をしていたらしいという話を見た。

 元増田では名前を出さなかったとはいえ、放射能デマ関係ニセ科学批判に熱心な人、こんなんばっか目立つの本当悲しくなるな、と思って見ていたアカウントの一つだ。

 そして、一読してやっぱり悲しくなった。

左派のことばかり批判するな、と言われても、じゃあまずはこの件から謝ってみせて下さい、としか左派政党代表達が、放射能デマゴーグとべったり。総括も反省もしない。謝罪も無い。

https://twitter.com/NonbeeKumasan/status/890709234916007936

 俺はどっかの政党党員じゃないので、左派政党代表がだれと仲良くしてたとかについて謝ったり総括してみる義務責任もないはずなのだが…… この人もどこかの平行世界ではそういう政党所属している「俺」と知り合いだったりするのかな?謎だ。というか、党員であってもあんまり代表不手際を謝ったり反省したりしないよね、左派政党に限らず。逆ならまだしも。

 もっとも、そういう党を支持するだけでもけしからんという見方もあろう。俺は左派政党のそういうところは支持していないので関係ないともいってしまっても良いのかもしれないが、元増田で書いたRT論はそのような属人(党)的で判断する考え方に近いともいえるし。

 ただそれならそれで、林氏が普段、どの政党を支持して票を投じているか、知りたいところだ。RTする相手アカウントの数ほどあるが、政党はそんなにたくさんない。今の日本で非左派政党とみなされる政党というのは、ニセ科学デマゴーグにまみれた主張や政策推し進めているか、そういう政党衛星政党としてしか機能していないか、その両方か、のいずれかしか心当たりがないのだが。あやまって、やくめでしょ。って言ってやりたくならないのだろうか。そうじゃない、あくま無党派なんだ、というのかもしれないが、その割には随分左側のニセ科学けが許せなさそうな様子のツイートだ。

 特に、いま一番議席を持っている右派政党代表から末端の組織までニセ科学デマゴーグがあちこち観測されるんですが…… その人たちやその支持者にこういう総括や反省謝罪を求めたことがこの人にはどれほどあるのでしょうか。右派メディアで有名な産経新聞「WILL」正論」、それにあまたあるアフィブログネットメディアしかり。いや、総括や反省謝罪を求めなくてもいいっちゃいいんだけど、そういう人にこんなこと言われたところで知るかとしかいいようがない。

 あるいは(これはあまり想像したくないことなのだが)、放射能デマがらみ、あとたまに反医療デマがらみ?以外なら、デマでもニセ科学でも大歓迎!ということなのだろうか。

 元増田でも触れたけど、ニセ科学文脈であれそれ以外であれ、ニセ科学批判者には右派を(あるいは「も」)批判する人は(「ニセ科学批判批判クラスタ」が時に大げさに言うよりは)意外にいる。というか俺もリアルアカウントニセ科学批判をするときはそういう人として見られていたはずだ。なのだが、「左派のことばかり批判するな、と言われても」というからには、この人は自分の属する「ニセ科学批判集団」が右派批判をロクにしていないという自覚があるのだろうと思われるわけで、そのへんどう思っているのかというのも気にかかる。あいつらは頭のおかしいことをやっている、とでも思ってこちらの陣営を見ていたのかな。そんなニセ科学批判者、「放射脳」並みに御免である

 まあなんていうか…… この論法きじゃないのだが、伊藤氏にしろ林氏にしろ自分ゴリゴリ党派性韜晦したつもりで普段イデオロギーフリーニセ科学批判」をしてるからこそのこういう反発じゃないのかな、とか言ってみたくなるんですがどうなんですか。アリバイ的に左派的な口ぶりをするだけなら、ダダでも出来るんだよね。

 ことは最初、もとの文章推敲してた時に考えていた以上に、深刻なのかもしれないな…… なーんてね、フフ……

 いやこういう締め方も扇動者じみてていかがなものだが。

2017-08-01

冷やし中華最終増田酢魔ウュし井坂ウュ致死や非(回文

女の友情は美味しいものでできている!

おはようございます

いやー

ラストナイトは行きつけの中華屋さんの

冷やし中華終わりました感動のフィナーレ。

大将オヤジの縄のれんをそれに見立てカーテンコール

パチパチパチ!

居合わせたお客さんも盛大に拍手

その拍手もパチパチパチから

アンコールアンコール!の調子になってくるの。

もう、最初からアンコールするなら、

早く出てきた欲しいものだわ。

この出たり入ったりする間も惜しく、

待ちに待ってやっと、アンコールに応えて出てくる大将オヤジ

恒例となっている

アンコールでの振る舞い冷やし中華替え玉

実はこのアンコールの間に大将は麺をこしらえてるのよ。

ジャズジャ!

から麺を水切るビートが聞こえてくる!!!

特有のゆらぐ4ビートではなくシンプルな8ビート

これがジャズ冷やし中華クロースオーバー

BGMでジャスをかけているラーメン屋さんのそれとはワケが違うわ。

でね、

キンキンに冷えて締められたその替え玉

もう随分前に平らげて温くなった冷やし中華の器をまた一気に冷やすほどよっ!

しかし相反して客席は一気にホットに!

ここからクライマックス

そして、さらサービスで乗せてくれる冷やしトマトの具!

子どもの頃かあちゃんが作ってくれた具の多いラーメンではなく、

いつか大人になったら、

麺だけのラーメンを作って食べてやるんだい!って誓ったあの夏の夜を思い出す、

ま、トマトは具だけれども。

またそのキンキンに冷えたトマトは、

質素だけど顔立ちのいい麺だけの器に上品にも赤い紅をさすようだわ。

ステキ

こんなにも具の少ない冷やし中華が贅沢だなんて!

それをシュッとしてパッと食べるのが、

最終日のちょっとしたイベントなの!

明日も食べたくなっちゃうわね!

まあ、ここ1年中やってるんだけどさ。

晦日の日は冷やし中華ナイト

まり替え玉無料な・の・よ!

うふふ。

夏はまだ始まったばかりよっ!!!

トマトだけに~

はい

リコピンリコピン


今日朝ご飯

ワサビおにぎりと明太おにぎりよ。

ワサビって言う割りにはぜんぜんピリッとこないんですけど。

カモン!モアホッツ!って感じね。

デトックスウォーター

スイカキュウリとのウリ科でまとめてみたわ。

スイカキュリーウォーター

のものは良いわよ!

海外に行ったときレストランでお水欲しいとき

お水ちょうだいって言うじゃない。

そうするとだいたいボトルの有料の水なのよね。

Sodaウォーラーが来ることもあるから、そうだそうだ!

炭酸のが嫌だったら

Stillウォーラーって言ったら

普通ボトルウォーラー炭酸じゃないのが来るわ。

Tapウォーラーって言ったら水道水ってことになるので、

これは無料で持ってきてくれるわよ。

学生時代の頃、お金いからよくやってたわ。

ま、海外から慣れてない生水は気をつけて欲しいところね。


もくもくもくようび!

ビックリした?

生きてる証拠やね!

すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-06-28

型落ち格安3Dプリンター 3D SYSTEMS Cube 3 の購入前に知っておくべき事

別にわざわざ増田で書くような事でもないのだが、増田を使ってみたかったというのもあるので、ここで書く。

手軽なFDM方式3Dプリンタである3D SYSTEMS社のCube 3rd generationの新品未開封品がオークションストアなどで比較安価取引されている。

私もそれを、ひょんな事から入手する事になったが、数日使ってみた換装は、「新規ユーザーには全くおすすめできない」である。以下、その理由説明していきたい。

ネット上の情報垣間見ても、ある点においていくぶん評判の悪い機種でもあり、またすでにメーカーの方でも製造終了かつディスコンとなっており(※消耗品提供はしばらく行われる)ので、あえてこれから新規で購入する理由普通ないはずであるが、上に書いたようにオークション等では新品で比較的安く入手できるため、ある意味入手しやすい機種と言えなくもない。だが繰り返すが、以下に記すようなトラブルにめげない自信のない人は、この機種を購入すれべきではない。

Cube3の特徴

私の見立てでは、Cube3は家庭用の安全で手軽な3Dプリンターとして設計されている。誠意ある大人の言う事に耳を傾ける事ができ、言ってる内容が理解できる程度の知性があれば、就学前の子供でも充分安心して使う事ができるように思える。しかしそれ故の痒いところに手が届かないような面も多く見られる。以下、それらを私なりに整理してみた。

長所
届いたその日からすぐに使える

パッケージには、プリンター本体の他に、専用マテリアルカートリッジ工作物の取り外し用のヘラペンチなど、3Dプリンティング必要なほぼ全ての道具が同梱してあり、手順通り開梱しセットアップすれば(※セットアップ時にネットアクティベーションする必要はあるが)、すぐに使い始める事ができる。

調整が簡単

工作物が乗るベッドの調整は自動化されており、手動での調整は滅多に行う必要がない。仮に必要になったとしても、付属の工具で、操作画面に表示されている通りにネジを回すだけの簡単さだ。

マテリアル排出ノズル一体型のカートリッジ方式で取り付け取り外しはワンタッチ

これがCube3の最大の特長(にして最大の弱点)で、排出ノズル(Cube3では「ジェット」と呼ぶ)がフィラメントを納めたマテリアルカートリッジと一体となっており、フィラメントに直接手を触れずにマテリアルの装填と交換ができる。カートリッジプリンタ本体の左右のへこみに一つずつ、都合二つまでワンタッチで嵌め込んで固定されるようになっており、他のプリンタのように、武骨なリールハンガーなどが必要ない、スマートな外観となっている。

FDM方式であるため、ノズルは200度まで加熱されるため、マテリアルの交換時にうっかり触ると火傷するのでは?と思われるかもしれないが、良く見るとノズルは放熱性の良いアルミ製であり、また操作画面の指示通りに取り扱う限り、ノズル温度が高い状態でノズルを取り外される事がないよう工夫されている。

マテリアルの種類や残量はカートリッジに内蔵されたEEPROMに記録されており、例えば工作物指定されたマテリアルが装着されていない時には、プリンター側でそれを検知して、カートリッジを交換するよう促してくれる。

デュアルノズル構成

無論お気づきとは思うが、一回のプリントで同時に二つのマテリアル使用できるデュアルノズルである二色でのプリントサポートはPLAでと工作物ABSでというように、異なるマテリアル使用する事もできる。

新しいファームウェアと専用スライスソフトウェアでは、水にぬらすととけるPVAのフィラメントサポートとして使用する事もできる。

専用のスライサー

Cube3の専用スライサーは工作物の配置や使用するマテリアルの割り当てをするだけではなく、工作物にあったサポートの生成をフルオートで行ったり、サイドウォーク工作物の周りに設置し、工作物をはがしやすくするための薄い板で、工作物ととの間はミシン目になっている)の生成を指定する事ができ、モデリングの段階で面倒な作業をする必要ほとんどない。

またスライス結果をWifi接続されたプリンターに直接送信したり、またはUSBメモリ用にファイルで保存する事もできる。

短所
とにかくランニングコストが高い

ノズル一体型カートリッジ方式であるがゆえに、この機種以外の機種では全く使う事ができない。つまりメーカーが今後同じカートリッジ使用した機種を製造しない限り(そしてそれは望み薄と言わざるを得ない)、このディスコンの機種でカートリッジ供給が終了すると、そこで製品寿命が尽きてしまう事になる。そればかりか、一般的リール売りのフィラメントにくらべて、価格のわりにはカートリッジ内のフィラメントの量はかなり少ないと言わざるを得ない。

カートリッジ方式なのに、密閉されていない。

マテリアルほとんど、特にPLA(ポリ乳酸)は湿気をよく吸収してしまう。メーカーでは相対湿度25%以下での保存を推奨しているため、湿度の高い日本では、除湿剤入りのケースに密封しなければならないかもしれない。

しかもすぐジャム

湿気を吸うと、マテリアルはしなやかさを失い、もろくなる。すると、フィラメントカートリッジ内で折れてしまい、ジェットから排出されなくなってしまう。これが割と簡単に起きてしまう。少なくとも私の場合、一晩放置しただけで、付属の2本のカートリッジが2本とも、ジャムってしまった。

実は、このすぐジャムるという特性ユーザーの間ではかなり良くしられているらしく、YouTUBEなどで様々なハックが披露されている。私もこれで助けられた。

電源を切るたびに、せっかく行ったギャップ調整が初期化されてしまう。

FAQによると、ギャップ調整は電源を入れるたびにやりなおして欲しいという事らしい。困った事に、マニュアルに書かれているギャップ調整方法は実は間違っていて、正しいやり方はFAQの方に書かれているので、要チェック。

一度印刷を開始すると、イルミネーションオンオフができない。

Cube3はこれでもかというくらい、各所に白色LEDイルミネーションが設置されていて、大変美しいのだが、下手すると何時間もかかる印刷中、ずっとイルミネーションを点けておく必要もないので、なぜ印刷中はオンオフできないの?としか言いようがない。

(追記予定)

2017-06-20

ヤマカム童貞煽りするのは天に唾する行為

https://anond.hatelabo.jp/20170620000638

キモい」はラブコメ評論への反論たり得ない

レベルなのはお前だ雑魚

なんで思い入れがあればキモくてとち狂った解釈でも無罪になると思ってんの?

から

キモいとかとち狂ってるとか有罪かいうのはラブコメ漫画評論に対する反論批判たり得ないわけ

だってラブコメを熱心に読んでる時点でキモいしとち狂ってるし有罪じゃん

あなたは真中ではありません」は事実です

なんで思い入れがあれば「俺は真中だ」と言う的外れ妄想の方が正しいってことになんの?

から

ラブコメの熱心なファン主人公に憑依しながらラブコメを読んでその思い出を大事にすることはキモくはあっても批判可能なことではないよね

ラブコメなんか読んでんじゃねーよきめーよバーカバーカ」って外側からまるごと斬って捨てるならともかく

中に入って来て「ラブコメを熱心に読むことに付随するキモさ」をてこに相手を殴ろうとするのは無理やん


作者の都合・趣向に従うかは読者の選択

元増田の言っている「中間=読者」という見立ては極めて全う

作者も間違いなくそういう趣向にしているだろう

そんなの完全に終わらせた過去のヒット作にすがって再開しようという作者の都合じゃん

ハッピーエンドで完全終了したラブコメ再会させるなんて、

過去主人公浮気させるか、正ヒロイン若死にさせて主人公と残りものヒロインとの話にするか、パラレルワールドのifで高校時代もう1度やるか、別の男を新たに主人公にするか、

どれかしかないけど、どれ選んでも過去の熱心な信者がキレるのはしゃあないやん

土台終わったラブコメ復活させるのが無理あるんだよ


作者の間違いは、ヤマカムやお前みたいな雑魚にはそんな趣向は高度すぎて気付けないことを見落としているという点か

少年誌ラブコメ読んで喜ぶ童貞向けの作品ではないというのは確かなんだよなあ

いやもうはっきり言うけどな

俺は『いちご100%』を大した漫画ではないと思ってるわけ

絵も飛びぬけてうまくはないし、何より女の子の心情や言葉がつまんねーんだもん

作者が女性向けの世界で頑張っても泣かず飛ばずいちごに出戻ってきたのだってそういうことでしょ

ヤマカムがなんで『いちご100%』ごときに熱烈ファンやって未だに引き摺ってくれてるかというと

お前のいう「少年誌ラブコメ読んで喜ぶ童貞」だからだよ その感性マインドもつ選ばれた精神童貞なわけ


>でも彼や大勢いた彼の同類による鑑賞法(主人公に憑依した上で独占的なハーレムを楽しむ)が王道だったのは分かるし

いや勝手に鑑賞法をでっちあげんなよ

作者の趣向すら見抜けない童貞の鑑賞法がなんで王道なわけ?

そこからですか???

何故童貞的な鑑賞法が『いちご100%』読者の王道なのか、だって

いちご100%』が童貞向けの、童貞だましの漫画だったからダヨ!

いわせんなこんなこと


いちご2』は高尚なんだとか気が効いてるんだとか、言うのは勝手だけど

童貞向け以外の商売空振しまくって不本意にも童貞向け商売に戻ってきたくせに

童貞過去ファンが受け入れられない形にしてどうするんだよ

でもって「童貞にはわからないんだ!」とか言って童貞disる資格は作者にはもう無いよ

自分童貞向けフィールドに戻ってきたんだから

https://anond.hatelabo.jp/20170620055552

乳房とは本来男性を誘惑するものであり

これは女性ホルモンの正常な分泌によって膨らむようになっている

彼女女性ホルモンが少なすぎる

いわば、言い方は悪いかも知れないが女としては出来損ないであ

よって母になるには向いてはいない

出産して子供を育てるべき体になっていない

それでも人として愛せるのであれば続けなさい

ペットを愛し子供のように見立てて一生を過ごす事も幸せだと思えるなら

2017-06-12

やめた会社サイトいつまでも見ている俺

前職をやめてから一年が経とうとしている。

未だに前の会社サイトを見てしまう。

それなりに思い入れのあるサービスだったし、やっているメンバーも大半は好きな人たちだった。

しかし正直言って糞サービスだった。何が良いのかわからずずっと開発してきた。

これが果たして世でシェアを獲得できるのだろうか?いやそんなはずはない。という確信の元会社をやめた。

結構敵対的な感じで辞めたもんだから自分としても、会社は正直超嫌いだ。まあ辞める人は殆どそうだと思うが。

そのサービスは未だにゆるゆると開発はしているみたいだ。

しかし、俺の見立て通りというべきか、それよりもさらに悪く、ほとんどサービスとしてのシェアは取れていないし、機能も充実していない。

クライアントもそんなに増えていない。逆にもっとやれるだろ!とさえ思ってしまう。

このサービスは育たないと思った俺の見立てが正しくあって欲しいという気持ちと、もしこれがグロースしたら「前職ではあの◯◯の開発をしていました」と言えるから、成長してほしいという気持ちもある。

あぁ複雑だ。

まあ結果としては成功しないんだけどね

2017-06-02

一周回って

同僚と嫁は検索するのが下手!みたいなこと書こうとしたけど、既に痒い所に手が届く素晴らしい記事が上がっていた。

あー。

最近自分パソコン見立てて、例えば「パスタ 作り方」と脳内に打ち込んで図書館に行く。

そこで検索を行って、本という本を見て、その中から自分にとって有益情報が載っている本を借りて、自宅に帰りパスタを作る。

Google先生に頼らず自分の足と頭でたまには情報検索しなくては、いつのまにやらNaverを頼るような本当の情弱になってしまう。

休みの日はそんなパソコンごっこをするのが楽しい

2017-05-23

毎日新聞皇室報道を見て、歴史が繰り返される理由が分かった

1923 関東大震災

1925 治安維持法制定

1940 東京オリンピック日中戦争などで開催権を返上

1941 太平洋戦争

2011 東日本大震災

2013 秘密保護法制定

2020 東京オリンピック

一時期こんな書き込みネット流行った。

俺は、この書き込みのことは、正直馬鹿にして見てた。

ほぼ国家公務員しか対象にならない秘密保護法を、世紀の悪法治安維持法」に見立てるのは無理がある。

ただ、最近皇室関係報道を見ながら、考えが変わった。

見方を変えると、確かに歴史は繰り返されている。

この先の出来事も、このままいくと繰り返される可能性が高いかもしれない。

一番重要ポイントは「戦前軍部」の役割を、誰が担うかだ。

俺は、ここに素直に「自衛隊」を代入していていて、だからこそ、歴史は繰り返さないと思っていた。

戦前軍部があれだけ暴走できたのは、大新聞と、その後ろにいる国民からの熱烈な応援があったからだ。

今の自衛隊は、国民から支持率は高いが、メディアからは厳しい視線に晒され続けてる。

文民統制規定もあり、自衛隊暴走不可能に近いし、その動機もない。

三島由紀夫切腹した頃から自衛隊はすでにサラリーマンだし、国家に対して反乱を企てるような集団じゃない。

じゃあ誰が「軍部」になるのか?

戦前軍部」の特徴には、以下の三つのような特徴があった。

1.他者に対して攻撃

2.メディア一般人批判できない、しづらい存在

3.政府予算の中で「聖域化」され、誰もその関連予算を削れない

この3つの要素を、今持ってるのは誰か?

俺は、現代においては「高齢者」が、戦前軍部役割を担うんじゃないかと思った。

そう考えていくと、辻褄が合い始める。

歴史が繰り返される道筋が見えてくる。

まず、マスメディアにボロクソに叩かれてるアベノミクスだが、あの政策には元ネタがある。

高橋是清が、4度目の大蔵大臣就任した際に行った金融政策だ。

高橋是清は、井上蔵相が起こしたデフレによる不況を止め、緩やかなインフレを起こすために、積極的財政出動と「金輸出禁止」による円安政策を行なった。

1931年の話だ。

この政策で国の景気ははっきりと回復へ向かったが、高橋是清関東大震災以降の支出超過でこれ以上の財政出動危険だと理解していて、財政健全化へと舵を切った。

要は、震災対応財政出動で金を使いすぎたから、軍事費含めた国の予算を軒並み削減して、なんとか国の赤字を減らそうとしていた。

これに反抗したのが、当時の軍部だ。

軍部のうち皇道派と呼ばれる人間たちは、富裕層だけに味方している(ように見えた)高橋是清のことを、「君側の奸」と吐き捨てた。

こんな政治家のことは天皇陛下もお嫌いのはずと「忖度」して、クーデターを起こし、殺害した。

世に言う、二・二六事件だ。

高橋是清殺害されたことで、財政健全化政策も、金融政策も完全に止まった。

あと一歩で回復するかもしれなかった日本の景気は腰折れし、高橋是清が削ろうとして叶わなかった軍事費は、どんどん膨張した。

結果として、財政がどうにもならなくなった日本は、景気回復を「軍部による戦争」にしか求められなくなり、支那事変を引き起こす。

これが契機になり、東京オリンピック返上される。


話を現代に戻そう。

つい最近毎日新聞天皇陛下のお言葉を一面でリークした。

陛下 退位議論に『ショック』 宮内庁幹部生き方否定』」

こんな見出しが、全国紙の紙面に踊った。

次の日、宮内庁取材した産経新聞が、

宮内庁毎日陛下 公務否定に衝撃』報道否定 有識者会議意見に不満のご発言事実ない』」

という記事を出したことから、事の真偽は正直不明だ。

ただ、ここで重要なのはマスメディアが、天皇陛下を利用して、政府批判をはじめた」ということだ。

陛下の心を傷つける専門家会議とそれを主導する安倍晋三は、君側の奸だ」ってわけだ。

こんな、戦前軍部の「皇道派」みたいなことを言う人間が、この現代日本に現れた。

俺は、このニュースを見て、本当にまずいんじゃないかと思った。

安保法制の騒ぎの中で分かったことは、「安倍政治を許さない」とデモをしている人たちには、高齢者が多いということだ。

Twitterなんかで確認する限り、毎日新聞の例の記事も、高齢者らしき人々の中では評判が良く、拡散されているようだ。

安倍政権支持率は、これまた高齢者に支えられるテレビメディアからの「森友学園」「加計学園」の連続スキャンダル攻勢で、確実に落ちてきている。

俺には、現代安倍晋三が、戦前高橋是清と同じ役割を担っているように見えた。

安倍晋三高橋是清ほど良い政治家かと言われたら正直疑問だが、少なくとも、同じ役どころが回ってきてるようには見える。

これからマスメディアとそれを後押しする高齢者の力で安倍政権が倒れた場合日本は、戦前二・二六事件後と似たような空気になるんじゃないかと思う。

選挙で圧倒的な力を発揮する高齢者に関わる社会保障費を、政治家は、誰も削れなくなる。

膨張した社会保障費が五輪準備費を圧迫し「オリンピックなんて中止すればいい」という声も出始める。

国内だけでは財政課題解決できないと判断した国は、「海外」に目を向け始める。

みんな、安倍晋三が「ヒトラー独裁者)」で、自衛隊が「軍部」の役割を担うと思って警戒してるけど、その形なら、ちゃんと止められるんだよ。

そのパターンは、一回やってるから。だから、どんな馬鹿にもその危険がなんとなく想像できて、歯止めをかけられる。

じゃあ、なんで歴史が繰り返されるのか?

要は、「役者が変わってるから、同じ演目をやってるって気づかない」んだ。

みんな、軍(自衛隊)と独裁者首相)に注目しておけばいいと思ってる。

でも、そうじゃないんだよ。軍はもう、警戒されてるし、批判もできる。

俺たちが見なきゃいけないのは、今この日本で「政治家批判できない、聖域化しつつある人たちは誰なのか」ってことなんだ。

俺は、東京オリンピック2020年に開催できる可能性は、50%くらいだと思ってる。

この1年の政治の動きによっては、「何らかの理由」で、オリンピックが中止される未来が、本気であると思ってる。

たぶん、真正から高齢者悪者にしてるこの説は、マスメディアには絶対に載らない。

実名で書いても、すぐに社会生活ができなくなる。

からこうやって増田に書いた。

今、この国が瀬戸際に立ってるってことを、なるべく多くの人に知ってほしい。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519081429

CDデビューまでしたネプチューンなんかが典型的だけど

あれはお笑い芸人アイドルとして扱うムーブメントの一つだったとみなしている。

後進のエンタの神様レッドカーペットは、

芸人持ちネタであること

・数分の鑑賞に耐えられること

という縛りが一応存在していて演芸番組としての体裁は保っていた。

駄洒落というお題目に沿ってその番組のためだけにネタが用意される。1組に割かれる時間は長くて一回30秒ほど。

であるボキャ天は、お笑い芸人演劇披露するというよりも、芸人プレーヤー見立てゲームという色合いの方が濃い。

(この数秒で芸人が立ち代わり入れ替わり登場するシステムは、細かすぎて伝わらないモノマネ選手権で今も健在だ。)

からすると90年代吉本印天然素材電波少年での猿岩石など、未熟な若手をアイドルフォーマットに当てはめて売り込もうとする風潮が存在したように見える。

ボキャブラ天国もその流れの一つではないかと。

そしてそのムーブメントオンエアバトル放送M-1の開始で、観客が「本格嗜好」となったために下火になったのではないだろうか。

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