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はてなキーワード: 仏壇とは

2018-07-13

anond:20180713223741

仏壇アプリになりそうだな。

起動する度に課金されそう

anond:20180713222512

本当かは分からんが、しかし実際創価の人の家には

仏壇人間革命の本が大量にあるしな。買うのが義務化されてんだろね。

死刑執行前のおかしってなにがでてくんの?

なんか仏壇前に供えられてるのはブルボンとかのイメージなんだけど。

2018-07-08

わかった最後まで付き合ってやるよ

生きてて楽しい事もない。いつ自分スペック要求スペックに追いつけなくなるかヒヤヒヤしながら、楽しくもないタスク

友人はいるけど、別に命這って助けられるような自信があるわけでも、死ぬときの心残りになる訳でもない。

軽い糖尿持ちで、食事後は必須タスクがない時は動くのも億劫

ただ辛い毎日別に今この瞬間に事故でも天災でも、殺人でも巻き込まれしまってもいいのかな…って思ってる。

もし、その時になったら瞬間的な死の恐怖とかでチビちゃうかも知んないけど。でも、長期的に見て構わないかな。

仏壇ご飯が腐ってても、米を炊いてないって蝿にたからせてる政治だと思ってたけど、色々見てても持論が否定されたり、分からなかったりで、最近自分が間違ってるんじゃないかって思えてきた。端的に言えば疲れた

から別に変えようって気張らない事にする。今のままで、どういう結末に皆行きつくのかボーッと見てるわ。

それまでにぽっくり死ぬかも知んないけど。

2018-06-18

anond:20180618031914

でっかい仏壇買えば良かったんじゃないの?ほら有名美人女優さんも入ってるし、入信すれば治るんじゃない?

うちの近所も結構いるみたい、猫の餌やりしているお祖母ちゃんとか。

2018-06-12

妻が神具仏具屋に勤め始めた

神具仏具屋は斜陽産業らしいよ」

「だろうな」

「それで会社ではどうやって将来の収益を上げるかみんなで考えていきましょうって話になってる」

「いやたぶん斜陽化しちゃってる時点でダメなんじゃねえか?」

「それ言っちゃうと元もこうもないから何か良い案ないの?」

法人取引先ってどれくらいあるの?」

「数百社はあるらしいけど」

「知らず知らずの内に自分の嫁が仏具大手に勤めておったわw」

「私も入社してから知ったw」

「数百社もあるなら在庫系や勘定系のシステムインフラ作って無料取引先にバラ撒いて依存させたら良いんじゃない?時代インフラ支配だよ?」

「物凄く悪い笑顔で嬉しそうに言うのやめてw」

「いやまぁホントなら楽天市場仏壇売られる前にIT参入すべきだったけど、統合的な神具仏具オンラインマーケット勘定系のシステムが無いならやる価値はあると思うけど」

「でもお金かかるんでしょ?人員も」

「その辺は経営者が考えることだわ。会社のみんなで考えて欲しいのは仕組みだろうしね。具体的な仕組みでなく糸口になるレベルで良いと思うけど」

「なるほど〜言ってみるわ」

2018-05-30

近所のドンキ託児所がある。そして仏壇を売っている

人間誕生から死後まで商売活用してるのな

そう考えると凄いような凄くないような

2018-04-26

母方の祖父アル中だったらしい。

深酒のすえに女子高生危害を加えてしまった某アイドルのせいでアル中に注目が集まっている模様。

アル中というと思い出すのは母方の祖父のことである。といっても、祖父は私が産まれる8年ほど前、母が高校生の頃に亡くなっているので、私は遺影祖母の持っていたアルバムしか祖父を知らない。

祖母がしばしば私の事を祖父に似ているとほめちぎっていたけれど、顔はあまり似ていない。ま、血は繋がっているのでパーツパーツに似たところはあるんだけれども配列の妙で私は祖父の様な美貌にはならなかった。

祖父の死因は祖母や母がいうには「チュウキ」とかい病気だったらしい。辞書によれば「中気(チュウキ)」とは脳卒中とその後遺症の事をいうらしいけれども、祖母と母の説明では「手がこうずっとぶるぶる震えるのが止まらなくてしまいに死んでしまった」という事なので、脳卒中というよりはアル中に命を取られたのかもしれない。じわじわと寝たきりになって衰弱していった様な話だったし。

アル中というと壮絶なイメージがあるけれど、祖母や母や伯父伯母が祖父を悪く言うことはなかった。定職につけない風来坊でどうしようもない人だったから自慢出来る様な人ではないけど、と苦笑いで語られる祖父は、私にとっては謎めいたヒーローなのであった。

祖父はとても手先が器用な人で、気まぐれに子供たちに絵を描いてみせたり包丁野菜に細かい彫刻をほどこしてみせたという。若いはいわゆるフーテンで、あちこちをふらふら旅して回ったとか、どっかの置き屋から連れ出してきた美人最初の妻にした(後にその女性病気で早逝したようだ)とか。自分の住む家を自分設計して自分で建てちゃったとか。

そして祖父は非常に子煩悩であり、特に末っ子である私の母の事を溺愛していて、貧乏にもかかわらずそろばんを習わせたり地元の名門高校に通わせてやったりした。といってもその資金を出したのは、虚弱体質とアル中が原因であまり働けなかった祖父ではなく主に祖母なんだろうけど。

祖母若い頃かなり猛々しい性格の人だったそうで、家庭を支える為にバリバリ働いていたし、伯父の奥さんが怖がって口をきけないほどだったんだけど、どうも祖父には甘かったようだ。

伯父がいうには祖父はよく隠れて酒を呑んだのがバレて祖母に怒られていたそうなのだが、その時の事を語る祖母の口調にはあまり深刻さがないというか、「うちのとーちゃんはほんとしょうもない」と笑って言ったものだ。

祖父が呑んでいるところを祖母に見つかった時の口調を伯父が真似して見せてくれた事があった。

「呑んでない、呑んでないよ。これ水、水水」

長州小力の「キレてない」にちょっと似ていた。

祖父は酒豪の果てのアル中だったが、呑んで暴れたり人に暴力をふるったりするタイプではなかったらしい。ただ淡々と顔色変えずに呑んじゃうザル。従兄弟と私の妹がそういうタイプだが祖父も同じなんだろう。祖父の血を継いだ子供や孫達はあり得ない程の下戸の私を除いて皆大変酒に強いが、皆飲むとやや機嫌のよい感じで寝転がっている。

そういう穏やかな酒癖のせいで、アル中になるほどとことん呑んでしまう、というのもあるのだろう。祖父がまさにそれだった訳だ。

ただのほほんと機嫌よさそうにしてるから良いという訳ではなく、それでも酒の毒で手は震え、次第に体が衰弱していってしまったのである

祖母は、私によく祖父面影を見付けては喜んでいた。魚と梨を好んでよく食べる事や、絵を描いたり工作をするのに熱中していた事に。

私があたり目やきんぴらごぼうをむしゃむしゃ食べているのを見て、祖母は「やっぱりとーちゃんの孫だ。大きくなったら飲んべえになるぞぉ」と暢気に言った。酒が祖父の命取りなったというのに酒無くしては祖父にあらず、なのであって、祖父の生まれ変わりとも言われる私が酒豪にならないなど、祖母の中ではあり得なかったのだ。

だがしかし、私は祖父のほうではなく父の家系に似てしまって、酒は全くといっていいほど飲めず、お陰さまで酒の上の失敗とも永久無縁なのである。やらかす前にぶっ倒れて死んじゃうので。

祖母は私を祖父の生まれ変わりと言いながら、もし祖父が今も生きていたらという話もした。あれだけ私の母を可愛がっていたのだから、私の事も目にいれても痛くない程に可愛がっていたはずだという。

まりもう一人の私に可愛がられる

私、とは。私は幼児のうろんな頭なりに考えた。仏壇の中にいる、私にはとても似ていないのに私と同じ魂を持った人の事について。

もしじいちゃんが生きていたら、どんなに楽しい遊び相手になっていた事だろう、と。でもそれはあり得ない事なのだ。私がここに存在している以上は。それなのに祖母や母の中にはまだ生きている人の様に存在していて、しか絶対意思確認することの出来ない不思議な人なのだった。

じいちゃんは本当に私を可愛がってくれるの?

何で死ぬほどお酒飲んだりしたの?

私はよく、夕暮れ時うすぐらい仏壇で微笑む祖父遺影に心の中で問いかけたものだ。

anond:20180426163911

またまたぁ💝謙遜さらないでも❣

増田さんがオフ会に参加されるときは必ずお呼びくださいね

写真をいただければ、仏壇に飾って朝な夕なに礼拝させていただきます💓

美形は国の宝、近づけばきっとご利益があるんです。

クサい人は、無臭に。

無臭の人は、いい香りに。

貧乏な人は、借金がなくなり、

普通の人は、宝くじが当たる。

増田さんを一目見れば、

施設に入っているご老人たちも滂沱の涙を流しながら

コガネムシの歌を歌いだすのです。

食欲も蘇り、歯が生えてきます

そして立てなかった人はすっくと立ちあがり、

位牌と一緒にダンスをするでしょう。

子供たちは増田さんに触れると、ニコニコ笑顔がこぼれ、

花壇には季節外れの花が咲き乱れ、

増田さんは保母さんと恋に落ちるでしょう。

というくらい(笑)

きっとウルトラスーパー「最&高」に美形の増田さんを私は尊敬していますよ。

どうして◯◯って体裁にこだわるの?

リビングソファー置いて何になるの?

「人が来たときソファーがないと恥ずかしい」

俺らって人を呼ぶためにこの家に住んでるの?

仏壇しか置いてないこのリビングソファ置いて何するの? 仏壇鑑賞?

俺の筋トレスペースだし、導線的に人が行き来するスペースにソファがあると邪魔以外の何物でもない

◯◯の思考って山に緑のペンキ塗った某国のそれと同じでは

2018-04-24

anond:20180424012338

認知症について。

余程進んだ認知症でない限り、物事はわかるし話も理解できる。

ただし、うまく話せない時やうまく思い出せないモードやうまく聞き取れないモード時間があり、そのときはまったくわからない。

わかっているモードときに、話せばきちんとわかる。

たぶん、脳の神経全体がきれいにつながってる時間タイミングと、そうでもない脳のどこかが休んでしまってる時間タイミングがある。

から、はっきりしてるときには、ちゃんと話がつながるので、そのときにしっかり話す。

施設について。

施設では、家族があまり来なかったり家族知識がすくない入所者はぞんざいに扱われる。

寝たきりなので家でも気を付けていたとは思うが、むくみや血行不良、褥瘡ができていないか定期的に確認してやる事。

家族が来ない人の、一番、ひどいのは食事を無理に食べさせたり、食べさせなかったりすること。

施設は、たくさんの人を少ない人数で面倒をみるので仕方ない面もあるが、家族が頻繁にくる人にはそういうことはしづらくなる。

できることなら、毎日、行って家族が食べさせてやるのが一番いい。

施設には専任医者がいるはずで、医者コントロールしていることもあり、

基本、好きな食べ物は持ち込めなくて、用意したものしか食べられないので、本人はとてもつらい。

うまく交渉して食べたいものを食べさせたりしてやれるようにしたり、少しならこっそり食べさせるなどするといい。

食べる楽しみは、大事なので。

気持ちについて。

ばあちゃんは、女性なので、やはり控えめなところがあって、迷惑かけてしまってわるいと思っているので

可能な限り、毎日いくのがいい。あやまる必要なんかないが、手を握り、足をさすり、背中をさすり、髪をとかしてやる事。

家族にさわってもらえてるのは、本人はうれしいはず。

施設には、家族が来ない人もいて、毎日家族がくるような人は自分幸せなほうだと思えるようになる。

そして、どんなに施設に馴れたとしても、家に帰りたいと常に思っているので

最低でも、お盆や、正月には、一時帰宅させて、家に連れて帰る事。

家に帰って、ふだんの食事をさせて、仏壇を拝ませてやり、一緒に寝てやる。

最初は、慣れないので、連休にも、一時帰宅させてやればいい。

祖母施設に入る事が決まった

 今、入所後に使う私物に貼る名札シール作ってる所なんだけど、涙が止まら明日に響きそうなので吐き出しておく。

 今週の水曜日、同居してた要介護3のばあちゃんグループホームに入所する事になった。足が悪く半分寝たきりで、認知症も進んできたばあちゃんを俺と父親で1年くらい騙し騙し介護してきたんだけど、入所の順番待ちをしていたグループホームから先週「急遽空きができたんですが、入所されますか」と連絡が来たのだ。先方からは以前、申し訳ないが空きができるにはまだ半年以上かかると思う、と言われていたので寝耳に水だったが、予期せず、介護生活から解放と70年以上実家に住んでたばーちゃんとの別れがやってきてしまった。いつか来るとは思ってたけど、もっと先だとばかり思っていたので、まったく心の準備ができていなかった。ことの決定権は父親と叔母(父の姉)にあった。毎日主に世話をしているのはお前だからと、俺の意思も訊いてくれたが、断る理由が「寂しい」くらいしかなかったし、この機を逃したら次はいつ順番が回ってくるか分からないのもあって「仕方ないことだし、親父と叔母ちゃん判断に従うよ」と返答した。

 正直、慣れない介護はきつかった。毎朝早めに起きてばあちゃんの部屋へ行き、着替えを手伝い、ポータブルトイレの中身を処理し、車椅子洗面所仏壇に連れて行って、朝飯を食わせてデイサービスに行く準備を整えながら自分の出勤の支度もする。仕事が終わって帰宅したら晩飯を食わせて、洗面所仏壇に連れて行って、ベッドに寝かせて布団をかけてやり消灯。この基本の流れに加え、ばあちゃんが破り散らかしたトイレットペーパーの片付けというインタラプトも高確率で発生する。紙を破るのはやめてくれと言っても認知症なので1分せず忘れる。まあきつい。性格が穏やかな方なのが唯一の救いだった。自力で歩けないか徘徊とかも無いし。もっと大変な家もあるだろうなーとか考えながらも、いつまでこんな生活が続くのかなとか溜息ついちゃうくらいには参っていた。

 ばあちゃんは俺が小さい頃、共働きで家にいない両親の代わりにじいちゃんと2人で俺の面倒を見てくれた。昔から足が悪かったが、なんとか杖を突いて歩いてバスに乗り、俺を散髪に連れて行ってくれたり、デパートガンプラ買ってくれたりした。夏休み冬休みになると、高速バスに乗って都会に住んでるいとこをばあちゃんと2人で迎えに行ったりもした。両親と仲が悪かったわけじゃないが、俺は完全におばあちゃん子だった。実際ばあちゃんも溺愛してたと思う。いい年こいて結婚できてない俺を、お前みたいにいい子が結婚できないわけがいから、早く嫁さん見つけろと何度も言ってくれた。どうも俺いい子じゃないみたいだぜ。すまんな。

 元々ばあちゃんの面倒を見ていた母親が亡くなった時、還暦越えた頑固親父とろくでなし息子だけで祖母の世話をするなど土台無理な話だ、さっさと施設を探した方がいいというのが親戚一同の総意だった。そらそうなるわな普通。ばあちゃんは状況がイマイチよく分からない顔をして小さくなっていたが、それを見たら単純に不憫に思えたし、できもしないくせに母親の代わりを務めないといけないと思ったんだろうな、「いずれは施設の世話になるとしても、可能な限り俺らで面倒見たい」とか皆の前で言ってしまった。その場には介護仕事してる親戚もいたので「うわっコイツ現実見えてねえ」と思った事だろう。今の俺も当時の俺に対してそう思ってる。介護素人がフワフワした気持ちで続けられるもんじゃない。事実、今回の報せが来たときちょっとホッとしたからな。俺がもっと要領よく、マッチョに立ち回れていたなら、「もうしばらく頑張ってみます」というルートに進めたかもしれない。父親と叔母が入所を即断したのは、実の親の介護を未婚の孫にさせていて、あまつさえそれで消耗させてる事に対する罪悪感もあっただろう。自分が情けないと思った。あんなに可愛がってくれたばあちゃんなのに、もう助けてやれないんだと。

 入所が決まったという話を叔母がしたとき、ばあちゃんは分かったような分かってないような、少し神妙な顔をしていた。いずれにせよ認知症のせいですぐ忘れてしまうのだが、重大過ぎる事だけは辛うじて記憶できていた(母親が亡くなった事だけは忘れなかった)ので、もしかしたらちゃんと覚えているのかもしれない。ただ今朝もやっぱりトイレットペーパーを破り散らかした。出勤前にスーツに紙屑が付かないように掃除するのは完全な遅刻フラグだったが、ギリギリ大丈夫だった。支度を整え、いつものように庭が見える窓のそばまで連れていき、デイサービスの車が来るのを待つ。毎日繰り返したこの一連のシーケンス明日の朝で終わりなんだな、なんだかんだで寂しいよなあ、ばあちゃん分かってるか、分かんねえよな、なんて思いながら庭を見たら、土日の暖かさで一気に咲き始めたツツジが見えた。ばあちゃんもそれを見て「ああ、綺麗なツツジだ。ようけ咲いとるわ」と感慨深げに言った後「もうこれで思い残すことはないわ」って言ったんだ。

 おいおいおい、やっぱり分かってんじゃねえかばちゃん、いや実は分かってないかもしれないけど、わざわざそんな事言うってことはそうなんだよな。もうここに帰って来れないってちゃんと分かってるんだよな。朝も夜も分からなくても、飯を食ったのを忘れても、紙を破り散らかすと俺が怒るってことをすぐ忘れても、本当に大事なことだけは覚えてるんだ。なんだよそれ。ずるいだろう。多分本人にはもう状況が分からいから、というのが介護を断念するに至った主因だったんだ。それが分かってるって分かったら、やっぱりまだ家で面倒見ますって言いたくなるに決まってるだろ。もう遅いよ。手続き済んじゃったよ。肌着にも靴下にもタオルにも全部油性ペンででっかく名前書いちゃったよ。もうどうしようもねえよ。明日最後我が家だぜ。ばあちゃん。分かってるのかよ。

 今日仕事帰りにラベルシール買ってきて、できる限り可愛い感じの名札シールを作った。施設職員さんが見たら「なんや妙に凝っとるな」と言うこと請け合いなやつが刷り上がった。いらすとやはやっぱり神サイトだ。でも、もうこの家に生きて戻ってくることがないだろうばあちゃん名前を綺麗にデコるのは、言い方は悪いが位牌を書いているような気分だった。と言ってもばあちゃんの体調自体はそんなに悪くなく、決して今生の別れでもないし、なんならグループホームは家から1kmしか離れてないような地元オブ地元だ。バカみたいに目を真っ赤にしてこれを書いてる自分を滑稽だと思うけど、それでも明日をもってこの家でのばあちゃんとの思い出は最後になるんだと思うと、俺の中のばあちゃんスピリッツがどうしようもなく目頭を熱くさせる。困ったもんだ。結局書いてるうちにどんどん涙が出てきて全く目論見違いになったわけだが、こんな思いを打ち明ける相手もいない寂しいオッサン独り言だと思って、この場所を使うのを許してやってくれ。多分いないと思うけどもし最後まで読んでくれた人がいたらありがとう

2018/04/24 9:00 追記

 出勤してはてな見たら思った以上に反響あってビビった。泣いちゃうだろ。職場やぞ。花粉症シーズンで助かったわ。今朝は最後デイサービス送迎だったので、雨の中ひとりセンチな気分で見送ってたら遅刻しかけた(多分職員さんも「なんやコイツ」って思ったと思う)。冷静になってから読んでみると“叔母(父の姉)”とか意味わからんこと書いてるな。面白いからそのままにしとこう。トラバブコメありがとうございます。今読むともっと泣いちゃって仕事にならなそうなので我慢する。読んでくれた人本当にありがとう

2018-04-15

「よりもい」と英雄の旅

宇宙よりも遠い場所」はキャンベルらが示した「英雄の旅」の枠に沿って作られている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Hero%27s_journey

マリにとっては「青春する」というメモが出立を促す「冒険への召命」になるのだが、それが部屋の片づけ中に頭上から降ってくるあたりは神話的だと言える。

報瀬にとっては母親の死が分かりやすい「冒険への召命」である

次にキマリが一度は学校をさぼって旅行に出る決断をしながら結局それを取りやめるあたりは「召命の辞退」に相当する。

結月が南極行きを拒否し、報瀬にその役目を譲ろうとしたのも同じく「召命の辞退」と言える。

駅で報瀬が落とした「しゃくまんえん」をキマリが拾う話や、彼女らの会話をたまたま日向が聞いていた部分などは、偶然という「超自然的なるものの援助」が出立を助ける場面だ。

しか日常から日常へと移る境界には門番がいる。彼らの試練を超えなければ英雄は旅立てない。

マリは本気なら砕氷船を見に来いという報瀬の声に応じてこの境界を越えた。

日向パスポートを失うという障害にぶち当たり、報瀬の協力を得てこれを突破している。

境界を越えた英雄には支援者が現れる。彼女たちはいずれも互いに支援者としての役割果たしている。

未知の世界を旅する英雄は常に挑戦や誘惑に晒される。

日向にとっての越境に相当するパスポート紛失は、報瀬から見れば同行者を見捨てて自分けが目的地に向かうという誘惑の一種だろう。

船酔いで苦しむ場面は4人のいずれにとっても挑戦だと言える。

そして英雄異世界深淵において啓示を受け、いったん死んで生まれ変わる。ここで英雄が遭遇するのは最大の敵である

マリにとってはめぐっちゃんの絶交宣言がこのラスボス対決に相当する。彼女旅路南極へ行くと決めた時点で既に彼女は非日常世界に踏み出している)を常に邪魔しようとしてきた敵を倒す場面だ。

報瀬にとってはもちろんメール受信のシーンがそれにあたる。彼女にとって最大の敵であった「母親の死を実感できない自分」がここで打ち倒される。

日向にとってはかつての陸上部の友人たちに対する決別がそうなる。ここでも報瀬の助けを借りているが、過去トラウマを抱えた彼女はここで死に、生まれ変わっている。

結月の場合誕生日パーティーがそれに相当する。それまで友情とは何かについてきちんと理解していなかった彼女が、これを機に「ひらがな文字」の友情理解できるようになる。

彼女たちはいずれもこの啓示を経て変容する。めぐっちゃんという他人に頼りっぱなしだったキマリは、絶交騒ぎ以降はむしろ他人を手助けする側に回って大活躍する。

日向や結月も変容を遂げた後は報瀬のために彼女母親形見探しに走り回る。あまり他人踏み込むタイプでなかった彼女たちが変わったことが分かる。

その報瀬は分かりやすく髪を切る。彼女が変わったことが明白に示される。

だが英雄異世界を去り、元の日常に戻るためには代償が求められる。「呪的逃走」のためのアイテム必要になるのだ。

その役目を果たしたのが「しゃくまんえん」だ。報瀬がこの「しゃくまんえん」を南極に置き去りにすることで、彼女たちは再び境界を越え、日常へと戻る。

日常へと帰還した英雄異世界から土産である「霊薬」を持ち、それによって世界を変える。

報瀬は母親最後メールでも、あるいは仏壇の前でも、笑顔を見せるようになる。彼女世界が変わったことが表情で示される。

結月はファンからサインを求められる。アイドルではあってもそうした場面が全く描かれなかった彼女世界がやはり変化している様子が分かる。

日向の様子にはあまり違いがない。ただ神社に参拝する時の横顔が、夜間だった第2話とは異なり、日が差し込む明るい姿になっているのが印象的だ。

そしてキマリ彼女世界が変わったことはめぐっちゃんラインによって分かりやすく示される。新しい一歩を踏み出すことを恐れていた彼女たちの世界は、既に大きく変わっている。

そして彼女たちは、きっとまた旅に出る。

2018-04-12

anond:20180411230114

仏壇縁起がよいもの

おれなら三帰依文と般若心経唱えるね

まあそうしたら逆に別れられるかもしれんが

仏壇あると新興宗教って思われちゃうの?

うちも両親他界たか仏壇置いてるけど別にそんなんじゃないよ。

新興宗教じゃなくても仏壇やお墓にこだわりがある家庭って結構あると思うけど。

ここにひいおじいさんひいおばあさんがいるんだよっていわれて育ったか

仏壇が怖いなんて思った事ないなあ。

https://anond.hatelabo.jp/20180412055901

ほんとこれ。嫁の実家行ったときはどうしたらいいのか分からなかった。今どき家に仏壇ないお宅の方が多いんじゃないか

当方一人っ子

実家と疎遠になってはやウン十年

親が死んでも仏壇も位牌も受け継ぐ気はまったくない

ていうか葬式もあげない

地元勝手にやってくれって感じ

こういう人、意外と多そうだよね

親が死んだら仏壇を閉じて墓参りにもいかない

今は親につきあって、実家に帰ったら仏壇に手をあわせてるし盆正月には墓参りにも行ってるけど、親が死んだらそういうの絶対しない。

葬式必要ないと思ってるけど、親戚の目があるからこれはやらざるをえないな。

姉の旦那はお父さんが亡くなってるけど、旦那実家仏壇は閉じられていてお母さんは線香をあげたりはいっさいしないらしい。

の子供(俺の母ちゃんの孫)が実家にきて、姉の旦那実家のそういう様子を母ちゃんに話すと、そんなのありえない、みたいに憤慨したりしてるけど、おれもそうなんだわ。

宗教時間や金を使うのにまったく価値を感じない人間に育ってしまった。

ちゃんごめんよ。

anond:20180411230114

位牌も何もないのに仏壇置いてる新興宗教信者かいないこともないだろうから

元彼みたいな反応する人もいるにはいるだろうな

元彼には全く同情はできないけど

anond:20180411230114

仏壇にどう対応したら良いのかよく分からないんだよなー。お線香に火を付けて立ててチーン鳴らして手を合わせて目をつぶればいいんだっけ?

気持ち悪いとかは言わないけど、見なかったフリしちゃう

小説読んでると人が死んだらみんな「線香を上げに」って家に来るんだよね。相棒の右京さんもそれを口実に家に入ってるな。

身に付いてないか自然にできないんだよなー。

2018-04-11

ワンルーム仏壇

私は両親が早くに離婚して(父不倫母親に育てられたんだけど、母親乳癌で私が大学3年の年に他界してしまった。

社会人になってアパートで独り暮らしスタートさせた時に、マンション用らしい小さな仏壇を買って位牌と小さな写真を収めた。

初めて出来た恋人をいよいよ部屋に呼んだとき、その人に「うわー引くわー仏壇あるなんてありえねー、寺かよ気持ち悪い」と散々言われ、「仏壇閉めておけばよかったね、ゴメンね」と私も謝りながらも、なんでこんな謝ってんの私と思い始め、色々言訳して彼を追い出して、間もなく別れた。

しばらく男性に懲りた後、やっと次に出来た恋人をかなり付き合ってから部屋に呼んだときは、「ごめんね、お仏壇閉めるからね」とつい謝ったのだが、彼は「え、ちょっと待って」と言うと、お仏壇の前に座って手を合わせて、「○○と申します。初めてご挨拶するのに酒臭くて申し訳ありません。○○さんとは仲良くさせていただいてます。どうぞ今後とも宜しくお願いいたします」と言った。

この人とは長い付き合いになるだろう、と思った。結婚までするとは思わなかったが。

恋人以外に女友達を何人か部屋に呼んだこともあったけど、長い付き合いになった子は、やはり酔ってても仏壇挨拶してくれた子だった。

気持ちいから片づけて」とか、「仏壇には霊が憑きやすいんだって」とか訳わからないこと言ったりする人とはすぐ疎遠になった。

母が鬼籍に入った時、「これからは一人で頑張るんだ」と思ったけど、一人ではなかったのかもしれないなー、いつも母が見守ってたのかもなーと今は思う。

 

来いよコピペ警察!銃なんか捨ててかかって来い!!

2018-04-09

anond:20180409102703

新聞ひいて、大きな仏壇買えばいいんじゃない

きっと綺麗な人いっぱいいるよ。

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