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はてなキーワード: 仏壇とは

2024-04-07

仏壇の線香立てるアレ、灰に線香刺して立てるけどあの灰は最初からあったんだろうか。買った時点で灰もセットでついてくるなり買い足すなりしたんだろうか。

秘伝の継ぎ足しタレみたいに代々使われてきたんだろうか。その場合でも最初最初存在するので問題スライドしているに過ぎない。

それとも最初めっちゃ斜めに立てて、少しずつ灰が積もっていって今の状態になったんだろうか。

灰が増える一方ならいつかは溢れるだろうけど、いつも大体同じような量で保たれてるのは定期的に捨てられてるんだろうか。結構なペースで線香上げてるならそうかもしれないジャパニーズトラディショナルイベントの時くらいしかあげてないなら実はおれが生まれて以来何も手を加えられてなかったりするんだろうか。

2024-03-27

きょうだい児の末路

うちは3人兄弟で真ん中が自閉症。俺が長男


下の弟は難関大に受かるくらい優秀だったのに、おそらくきょうだい児由来であろう精神疾患限界が来て自殺してしまった。


自閉症次男は家に置いた仏壇を何度も叩き壊して粉々にし、「場所を変えたらもう壊さない」 「仏壇を置いていた棚を捨てたらもう壊さない」といった約束をしては当然に破って仏壇を叩き壊している。

(一応フォローすると、自閉症は変化を許せない病なので家に新しい家具があることが許せない)


さっき親が「仏壇の外側の箱を捨てれば納得すると約束たから!」と宣っていたので来週には仏壇の外側すら捨てられ位牌と本尊と鈴のみが地べたに放置されることになるのだろう。おそらくその翌週には次男がその中身を風呂桶に叩き込んで再起不能にするんだろうな。前も同じようなことをしたから。

俺と三男は昔から次男に物を破壊されては親が「天使ちゃんは何もわかってないから仕方ない!天使ちゃんは悪くない!天使ちゃんを責めないで!私が責められてる気分でしんどい!」といって無効化され続けていたので、今回もその系譜だろう。


あうあうあーに精神破壊されて殺されて、挙げ句仏壇を足蹴にされてゴミ扱いだなんて、まさにきょうだい児の末路って感じだなぁ。

2024-03-21

信仰心と、わたし家族戦争のはなし

父方のおばあちゃん、今も若々しくて褒められる、誰も悪く言わないし優しくて可愛い人間性100点すぎてむしろそこが弱みみたいな人で、

見た目は母方寄り性格もがめついわたしとは似てるところひとつも思いあたらなかったんだけど、今まで。

今日もお仏壇のところから豆大福持ってきてくれて、

いつもへんなとこからお菓子出してくるように感じて ちょっとおもしろいかもって思ったけどふと考えてみたら、

ちょっといろいろあるから最近まで誰のためのお仏壇なのかよく知らんかったけど、 おばあちゃんのお父さんは戦争で亡くなって、近くにあった石ころを仲間の人が持って帰ってきてくれてそれがお墓に入ってる、だけ。

おばあちゃんのお母さんは、その時代あるあるの亡くなったお父さんの弟と再婚、ご先祖もそちらの立派な仏壇にいるけど、おばあちゃんはお父さんが寂しくないように その石ころを連れてきた、らしい。もちろん遺骨とかもない、石はお墓に入れちゃってるし。

それでも毎朝 仏壇をあけてお水とお花を、お菓子があればまずそこに置いて、夕方には閉める。仏さんはいるけど宗派すら曖昧わたしも父が亡くなるまでは信仰心ほぼなし

写真しか知らないお父さんが おばあちゃんにとってどんな存在なのかは、わたしには想像できないけど、ずっと大切にしていることだけはわかる、なんかそういうところが、もしかしてわたしと似てるのかもって 初めて気が付いた

共通点

ちなみにおじいちゃんがこの話で ほぼ空気理由もあるけど割愛。おじいちゃんおばあちゃんずっと元気でいて欲しいな。

2024-03-06

anond:20240304191925

ボケかけてるにしてもやめさせるともっと進行する

そのまま何度でもやらせておけ

それか仏壇と位牌でもおいといてあけるたび線香あげさせろ

2024-03-04

何でのび太の家には仏壇がないのだろう

今は亡きのび太祖母が同居していたのは確かなのに、のび太の家に仏壇存在しないのは何故だろう。

死ぬ前に他の親戚に押しつけたとかだろうか。

2024-03-03

うちの実家は太かった

古くからその土地に住み、大きな家と田地を持ち、しか戦後農地改革ほとんどの財産を失い、裕福だった証拠はやたらと広い一族墓地くらいのもの田舎にはこういう家が溢れている。僕の家はそんな所だった。戦国時代から続いていて僕で 17 代目だとか?それを証明する家系図はもう火事で焼けてしまったみたいだが。

少し古い映画だが、「サマーウォーズ」で主人公訪問する田舎一族イメージとしてはアレに近い。正月一族で集まり当主から順にズラリと並び、その当主がくれるお屠蘇を漆塗りの器におしいただいて、一族健康繁栄を願うのだ。僕は当主からすると直系の最初の孫に当たり、父に続いてお屠蘇をいただくのを誇らしく思ったものだ。

しかし当時から不思議に思っていたのだが、父を含む僕の家族はこの家に住んでいなかった。父は長男、つまり次期当主だったのにも関わらずだ。家業は稲作なのに農作業を手伝うことは無く、そもそも他県に住み教師をして生計を立てていた。自然と僕もこの大きな家を他人行儀に感じ、普段公営住宅の狭い家に住んでいることから、この家のことを盆と正月にだけ滞在する言葉の通じない外国の別荘のように考えていた。「外国」と言うのは、県も違うので僕の方言が通じなかったのだ。

父が家を出た理由は本人からは結局聞けず仕舞いだったが、叔父などから断片的に聞く限りではかなり複雑な家庭環境だったようだ。確かに、僕の知るお婆ちゃんは本当の祖母では無いとか、床の間に知らない男性遺影が飾ってあるとか、そんなミステリアスな所も「外国の別荘」のような連想助長していた。これらについては、故人の尊厳のためにも深く穿鑿すべきではないと、当時も今も考えている。

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そんな父は、人の親としてはかなり優秀だった。それまでの経緯から実家支援は受けられなかっただろうに、独り立ちできるよう手に職を付け、教師としては結構な金を稼ぎ、できるだけ教育投資して僕を大学に入れたと思ったら、力尽きたようにポックリ逝ってしまった。それでいてそんなに禁欲的だった訳ではなく、夏休みには家族旅行もし、仕事研修で何度か海外に行き、長期の休みを取っては毎年一人でスキー釣りを楽しんでいた。

自身が興味を持ったことは何でもやらせてくれる父で、書道ピアノ幼児の頃から大学に入るまで続けさせてくれた。サッカーがやりたいと言えばボールを買い、野球に興味を持てばユニフォームを揃え、夜に星空を見たいと言えば立派な天体望遠鏡を買ってくれた。これらはほとんどモノになることはなく、ただ一つ、当時流行り始めていた 8bit マイコンを買ってくれたことが、僕が今でも IT エンジニアとして生きて行くきっかけとなった。

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そんな父にも欠点はあった。とにかく迷信深く、いくつもの新興宗教にハマったのだ。父自身、また僕が病弱だったことや、ひょっとすると実家事情も影響していたのかも知れない。今でも覚えているのは、自宅に仏壇とは別に祭壇を用意し、そこにお供え物を上げて妙な文章を読み上げる儀式を、僕が担当して毎日夕方にやっていたことだ。

他にも気功か何かで癌が治ると言う宗教に熱心で、こちらは父自身信者同士の合宿に何度も出掛けていた。教義をまとめたノートを作り、会合で発表する様が写真にも残っている。

世紀末で世の中にはこういうインチキ宗教が沢山罷り通っていた。父の信仰心はその病状を好転させることは無く、父が死んだ後、これらの宗教団体は解散して費した金は全て無駄になってしまったようだ。

これらにどの位散財したのだろうか?僕にはもう分からない。それでいて子供二人を中高一貫校に進学させ、上に書いたように習い事もさせながら、東京大学に入るまで面倒を見てくれたのだ。教師としての稼ぎだけでできる気がしないのだが、実家の助けがあったとも思えない。専業主婦だった母も死んでしまったので、この辺の事情を聞ける人はもう居なくなってしまった。

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十年振りに、「外国の別荘」、つまり父の実家の大きな家を訪問した。昔僕にお屠蘇を注いでくれた祖父はとうの昔に他界し、今ではそこに僕とは違う方言を話す叔母が住んでいる。彼女の息子が将来は家を継ぐという話を聞いた。

子供の頃、父が作ってくれた滑り台で遊んだ庭は潰されてアパートが立っていた。耕す者の居ない農地は全て売却したそうだ。父の遺骨はもう一族墓地には入っていない。

2024-02-26

なかったはずなのに聞こえてる効果音ってあるよな

タッチタッチ!ここにタッチ

 

のところで、りん(仏壇のあれ)のチンチーンって音入ってたよね?

2024-02-22

実家日蓮宗だった

実家日蓮宗派生した他の新興宗教団体とは違う)で、子供の時は何も疑問思わず法事ときお題目読んだりしてた

お坊さんに貰ったのか知らないけど、仏壇日蓮上人の子供向けの絵本みたいなのがおいてあったので読んだんだけど「なんか色んな所で戦ってんだな・・・」と子供ながらに思いました

2024-02-01

anond:20240201091358

昭和30年代にめちゃくちゃやったから嫌われたんだよ。

数十人で取り囲んで折伏したり、仏壇ぶっこわしたり、ぶん殴ったり蹴ったり、やりたい放題だったから。

いまは人畜無害でしょ。

2024-01-25

「神は存在しない」と信じているが初詣家内安全を祈った

私は何に祈ったんだ?

シンプルに、私は無神論者だと思い込んでいただけで実際は有神論者だったということなのだろうか

しか無神論者は「祈る」という行為をしないのだろうか?

すなわち、神の存在無しに「祈る」という行為可能なのかどうか

祖先の霊に祈る、というパターンはあるのでは?」

なるほど、確かにありえる

しかし神は信じないけれど祖先信仰はする無神論者って変な感じがする

無神論者仏壇に向かって「おじいちゃん、あの子をどうか見守ってあげてください」と祈ることをよしとするか?

なんか変な気がするよなあ

神の存在否定するなら霊の存在否定しておけよって気分になる

「天に祈る、というのはどうか」

では「天」って何?という話になる

「運を天に任せる」とか「人事を尽くして天命を待つ」の「天」だよな……

やはりそれは「運命」とか「宿命」のような、何らかの超越者によって定められた物事を指しているのではないか

それは神と何が違うのか?

神と「天」が何か違っていたとしても、無神論が無いと判定するなんらかの概念なのではないか

難しいな、もう少しパターンがある気もする

祈らずにはいられない、という場面はやはりある

家族入院した、と電話がかかってきて病院へ急いで向かう時とか……

腹痛の時とか……

「祈る」を言い換えると「人の手が及ばない領域物事が私に都合がいいようになるように願う」と言ってもいいか

だとすると、それをなんとかできるのは「人の手が及ばない領域物事に関われる存在」だ

筋金入りの無神論者でも祈らずにはいられないというシーンでは祈ってしまものなんだろうか

何かの漫画でそんなシーンがあった気がする

そういえば無神論者であることが有名なドーキンスは祈ることがあったのだろうか

彼の自伝を読んでみるか……

補記:日本語の「祈る」とキリスト教文化圏の「祈る」は意味が異なる可能性がある

日本語の「祈る」は「願いが叶いますように」と言うこともできる

しかキリスト教信者がどんなことを考えているか?みたいな内容が書かれている本を読んでいると、どうも現世利益を期待せずに祈っていることもあるようだ

しかし今回の疑問には関係があまりいかもしれない

祈らずにはいられない、という場面はたいてい現実に起きている問題がなんとかなりますように、という願いだ

キリスト教信者だって現世利益を祈ることは普通にあるだろう

「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」とも言うしな

日記

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あー、シンプルパターンを見落としていた

「神は存在しないと思っている。無駄行為だとわかっている。それでも祈らずにはいられない」

これはありうる

ただ、これを言ってしまった無神論者はその後も無神論者であり続けることができるのかどうか

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メモ無神論の話と唯物論の話が混ざっている可能性あり

あと、冒頭で「神は存在しないと思っている」と書いたが正確にはキリスト教唯一神存在を信じることが出来ていないだけだな

そういう意味はいかに日本的民間信仰の持ち主か

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神を信じるとはどういうことかを知りたくていろいろ本を読んでいるんだがな……

昔の人は神を信じて生きていたわけで

昔の人が何を信じて何を信じていなかったのか、を調べるのに神の話は避けて通れない

幕末明治日本を知るには、当時来日した外国人の目を通して見るのがよいとのこと

しかし当の外国人キリスト教価値観の持ち主だから結局キリスト教について勉強しないといけなくなった

2024-01-12

anond:20240111203132

うち浄土真宗で、お寺さん(跡取り息子)も若くて結構無茶苦茶言うタイプなので実家にも仏壇にも執着ないけど

地域コミュニティという納得できる理由以外にも本能的(宗教はそこを突いてる?)に今居る場所から離れたくない欲は凄くあるっぽい

母方のばーちゃんは、結婚してから3回家流されたところに独り住み続けてた 90ちょいで亡くなるまで

80超えてからも数回床上浸水した(自分ご近所さんで片づけるから引っ越せとは言いにくい)

直接は言わなかったけどじいちゃんと過ごした場所子供を育てた場所みたいなのにこだわってたのかな

もう一方の母方の祖父は、引っ越し何度もしてて、そもそも田舎から街に出てきた人で、

買い物が不便だとか病院がとかで限界迎える前に、祖母と二人で老人ホーム引っ越し

父方の祖父母は院主さんが適当なこと言うので仏壇守ってるらしい

2024-01-09

能登地震で丸儲け

能登 地震 供養」でググると、寺院とか仏壇屋のお見舞いご冥福コメントが無数にヒットする。


なぜとは言わないが地元寺院仏壇屋はこの先大儲けなんだろうか。東日本大震災の時なんか今回の比じゃないよな。


本気で祈祷を捧げる坊主の陰に算盤を弾く無数の坊主がいたんだろうか。や宗クソ

anond:20240109082616

親が毎日仏壇に線香あげるから、横に寝かせるタイプの線香皿買ってこれ使えって言ってる。

立てるタイプの線香皿でも火事にはならなさそうではあるが。

anond:20240109082616

隠語だぞ

よく仏壇に「線香代」って書いた封筒置いてあったりするだろ?

2024-01-08

anond:20240108232832

うちも仏壇年寄り管理してるけど電気で点け消しができるロウソクや線香にしてもらってる

そういうの抵抗ある人も多いだろうけど

ググれば出てくるよ

仏壇火事と老人をめぐる問題

実家仏壇を80代の母が管理してるのだけど、消火器への抵抗感がすごい。

家屋自体地区半世紀の木造で耐火もへったくれもないので火事になるとアウト。

なのに、おれが買ってきた消火器屋根裏部屋とか倉庫の置くとかに仕舞おうとする。

いやいや、火災時に誰でも対応できるように目立つ場所に置くもんでしょ、1階で火事が起きてから屋根裏に取りに行くとか無理でしょ、

などと説明してもゴチャゴチャと言って、帰省する都度消火器しまい込まれている。

トータルで、仏壇ってろうそくや線香を使うのに可燃性だし、高確率で老人が管理してて火災リスクが高い。

仏教界とか仏具界はなんらかのアクションを起こしてくれないか

自己消火性仏壇とかスプリンクラー付き仏壇とか。

2024-01-01

大晦日ってやっぱり家でやる仕事多いじゃん

仏壇掃除とか大掃除の締めとか主に掃除ご先祖さまのことを家族でやる一日だったりする

帰省してるなら久しぶりの親戚縁者同士交流を深める日でもある

とにかく大晦日はそういう日ってのが昔から日常じゃないですか

それなのにコミケってそんな日程って常識を本気で疑うんだけどマジですか

親御さんとか泣いてるよ

2023-12-24

anond:20231224002345

仏壇ではなく遺影と位牌を置いているコーナーがあるけど、

あんまり家族に火を使って欲しくない気持ちがある……かなりそそっかしい人なので……。

2023-11-20

大嫌いだった『愛は勝つ

KAN訃報を聞いて、「ああ、またあの曲がメディア流れるんだろうな、……やだなぁ」と即座に思ってしまった。

 

なぜそんなに『愛は勝つ』が嫌いなのか、それは、もう大昔の話だけれど、大好きだった彼女創価学会員で、当時創価学会は『愛は勝つ』の替え歌を作って、よくわからないけど「勝つ!勝つ!」とやっていたからだ。

私は、創価学会が大嫌いな父の下で育った影響が大きくて、父はテレビ新聞創価学会話題を見たり聞いたりするたびに、創価学会へのヘイトを私の目の前で繰り返す人だった。

今は亡き父が生きた昭和時代創価学会のあまりにも強引な布教勧誘活動は当時は知らない人がいないくらいのレベルで、社会問題にすらなっていたようだ。

当時の創価学会員は、強引に勧誘しようとしている家に入って、大勢仏壇をその家から運び出し、近くの川へ投げ捨てた、だなんて話は父からよく聞かされたものだった。

実家のすぐ裏に面していた隣の家は、熱烈な創価学会一家で、毎日、あの団扇太鼓の音が聞こえていたものだ。

特にその家とトラブルになっていた話は聞いたことはないが、母は私の幼い頃「絶対にあの家の中に入ってはいけない」とだけ私に何度か言っていた記憶がある。 

 

彼女創価学会員だと知ったのは、付き合い始めて二ヶ月ほどだったように記憶する。

私は最初はそのことを軽く考えていて、いざとなったら創価学会など辞めさせればいい、くらいにしか考えていなかった。

から、そのまま半年ほどは彼女創価学会であることは出来るだけ気にしないように付き合っていた。

 

だが、これはずっと後になって知ったことだが、彼女の方はそうではなかった。

私に創価学会員になってもらわないと困る、と考えていたらしかったのだ。

それは、あまりにも厳格な彼女の両親(特に母親から、一刻も早く脱出たかたかなのだと。

そのためには、「この人なら」と思える人に創価学会員になってもらうことが絶対条件だったのである

何故なら、彼女のご両親は、創価学会員以外との結婚絶対に許さなかったし、結婚理由とする以外に家を出る方法がなかったからだった。

何せ、彼女父親公明党所属地元自治体議員であり、母は地区創価学会婦人部長だった。

 

から彼女工作活動は、彼女創価学会であることを私に告げたその時から始まった。

「これ読んで」

とその時手渡されたのは、仏教入門なる、創価学会の本だった(結局数ページしか読まなかった)。

一人暮らししていたからよかったが、聖教新聞も強引に取らされた。私の両親が知ったら激怒は間違いなかったろう。

様々な創価学会イベントにも「私をどこそこまで送って行って」と付き添い運転手として連れて行かれた。

 

愛は勝つ』の替え歌は、それらのイベントで頻繁に聞かされていた。学会員たちはほとんど絶叫レベルで、「勝つ!」の部分を歌っていたのが今でも強烈にそのイメージが残っている。

私は何度も彼女に歌うように促されたけど、絶対に歌うことだけはしなかった。

 

当然ながら、よくある話ではあるけれど、信仰の壁を越えることはできず、彼女とは別れるしかなかった。

ほんとにめちゃくちゃ大好きな彼女だったので、死ぬことを考えるほど別れは辛かったけれど、私自身が創価学会員になるなんて、当時はほんとに考えられないことだった。

今はもうアレルギーなんて全くないので、創価学会員になることなんて別に屁でもなんでもないが(笑)

 

テレビではKAN氏への追悼と称して、『愛は勝つ』で東北震災の時救われた人が大勢いたとか、その曲の偉大さを讃えてはいるけれど、私にとっては車のラジオから聞こえてきてさえ、すぐに他の局へ切り替えるほど大嫌いな曲であり続けた。大嫌いというか忌まわしいというか忌々しいというか。

 

後年、彼女と再会して、彼女もまた『愛は勝つ』が大嫌いだったと聞かされて、大笑いしたものだ。

「何が「愛は勝つ」やねん!私ら負けたやんか!(笑)

だって

 

そんな彼女も5年前にスキルス性胃がんで亡くなった。

KAN氏もメッケル憩室癌だったという。

ガンってまだまだ怖い病気だなぁ。

2023-11-19

アパートの狭ーい部屋にひな壇のようなでかい仏壇。異様だったな…

子供心にも、見てはいけないものを見てしまったという気持ちになった。

2023-10-27

anond:20231027162408

田舎に住んでるけど、去年のハロウィンは隣の家の幼稚園児とその親戚の子らが仮装してジャックオーラタンみたいなライト持って「トリックオアトリート!」って夕方やってきたな。

仏壇に備えてあったキットカットと雪の宿あげたわ

2023-10-08

やーいおまえんち、仏壇屋とは思えないカラフルなかーんばーん

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