はてなキーワード: 製作とは
当然でしょう。
慰安婦をさんざん食い物にしてきた。
https://www.kibotane.org/our-mission
在日朝鮮人「慰安婦」サバイバー・宋神道さんの裁判過程をまとめたドキュメンタリー『オレの心は負けてない』を見て、ある学生がつぶやいた言葉です。日本軍「慰安婦」問題が日韓の外交課題として浮上した後で「慰安婦」問題を知った世代には、この問題が日韓の摩擦問題としてしか見えていないのだということを、気付かせてくれた言葉でした。サバイバーたちの四半世紀にわたる闘いが、「慰安婦」問題を外交課題にまで押し上げたのだという事実が、すっぽりと抜け落ちてしまっている。宋神道さんをはじめとする日本軍「慰安婦」サバイバーたちの闘いを目撃してきた者として、被害事実と共に、その闘いと、それが獲得したものについて、伝えていかなければならない責任を感じています。
韓国の日本軍「慰安婦」サバイバー・金福童さんは、日韓合意の最大の問題点は「歴史を売ったことだ」と言いました。「慰安婦問題は歴史なんだ。歴史はお金で売ってはいけないものなんだよ」と。
戦時性暴力の被害者が名乗り出て、加害国の責任を問うて国際世論に訴えるという、人類史上初の試みをおこなった女性たちは、二度と同じことが繰り返されない平和な世界をつくらなければならないと、自らの存在をかけて訴え続けました。その姿が、他の戦時性暴力被害者たちに勇気を与えたこと、世界の人権専門家たちの心を動かして重大人権侵害被害者の被害回復に関する国際基準を打ち立てる上で大きく貢献したこと、闘いの過程で自らが変わり周囲の人々を変えていったことも、私たちが記憶し、伝えていかなければならない歴史です。その歴史が見落とされ、あるいは歪曲されたまま、「解決」や「和解」を唱えても、「解決」と「和解」を手に入れることはできません。
日本軍「慰安婦」問題は私たちに多くのことを気付かせ、学ばせてくれた問題でした。その気づきや学びを、さらに多くの人々、多くの若者に伝えていくことで、「慰安婦」問題は「終わらせる」べき問題ではなく、平和な未来を拓く礎となる問題であることを伝えたいと思います。
日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表 1990年から日本軍「慰安婦」問題に関わる。1993年提訴の在日朝鮮人「慰安婦」被害者宋神道さんの裁判支援をおこない、2007年にドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』製作。現在、韓国ソウル「戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会」代表、「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」共同代表。通訳・翻訳、語学講師。 "
じっくり実らせよう、一粒の種 旧日本兵によれば、司令部や大隊本部の側には慰安所を設置した。本部を守る配置の200名規模の各中隊には慰安所の「慰安婦」が巡回した。最前線の小隊には慰安所も「慰安婦」の巡回もない。それで、女性を拉致し順繰りに犯し、「合意」と見せかけるため金を握らせた。真摯な反省も再発防止策も示さず日本政府が締結した「日韓合意」は70年以上前、最前線の兵士が編み出した犯罪隠蔽のため金を被害者に握らせた手法と同質だ。
日本政府は「日韓合意」の一条件とした平和の少女像の撤去にこだわる。韓国の若者は厳寒のソウルの日本大使館前にテントを張り、夜中も少女像を守った。釜山の総領事館近くの少女像は若者が資金を集めて設置した。日本の若い世代が韓国の同世代と交流し確固とした非侵略・平和を築く、そんな一粒の種になることを応援したい。
ノンフィクション作家。在日の慰安婦裁判を支える会、戦争と女性の人権博物館日本委員会所属、日本の戦争責任資料センター共同代表。沖縄に残された裴奉奇さんの半生を記録した『赤瓦の家――朝鮮から来た従軍慰安婦』(1987年)をはじめ、在日、日本、インドネシア、中国など日本軍「慰安婦」・性暴力を受けた当事者の人生を記録。
私たちの社会が「希望」という言葉を見失ってどのくらい経つのだろうか。希望の喪失度(という言い方があるとすれば)は、安倍内閣になってから急速に進んでいる。私たちは絶望感と閉塞感に苛まされてきた。そこへ「希望のたね基金」である。私はすっかり忘れていた言葉に再会して、ひそかに心躍らせている。この基金が、若者たちをターゲットにしていることが、とりわけ嬉しい。日本軍「慰安婦」とはなんであったのか、なんであるのかを若者たちが理解するときが来ることで、日本と韓国の関係は大きく変わるだろうし、それは必ずや日本の若者たちに生きるに値する未来をもたらすのではないかと、期待が膨らむ。自分の国の歴史を学んでこなかった日本人にとっては、若者だけでなく、新しい時代に生きる手がかりになるはずだ。
弁護士 2017年5月1日現在 1975年弁護士登録。以後、東京弁護士会及び日本弁護士連合会の両性の平等委員会の委員を、2001年4月よりはNPO法人「女性の安全と健康のための支援教育センター」の代表理事をそれぞれ務めている。2004年4月より2013年3月まで、明治大学法科大学院教授。第2東京弁護士会所属。主な著書に「性と法律」2013年岩波新書など。 "
国境を越えて人と人とが直接出会い、直接交流することは、国際関係で最も楽しく、最も核心的な要素だと思います。友達が一人でもできれば、自然に相手国や相手地域に対する関心が生まれてきます。日本で韓国の大衆文化が根付き始めたている現在、関心を持ち始めた若い方々に、一人でも多く朝鮮半島の友達と出会う機会が提供できればという願いを込めて、希望のたね基金の事業におおいに期待しています。
立命館大学文学部教授 / 強制動員真相究明ネットワーク共同代表 専攻は朝鮮近現代史、日韓関係史。主要論著に、「朝鮮における総動員体制の構造」『岩波講座東アジア近現代通史 第6巻』岩波書店、2011年1月(共著)、庵逧由香「植民地期朝鮮史像をめぐって-韓国の新しい研究動向-」『歴史学研究』No.868、2010年7月、などがある。
91年に金学順さんが声をあげたとき、私は大学生だった。当事者が声をあげた以上、解決しないわけにいかない、すぐにきっと解決できるはず。そう楽観的に信じていた四半世紀前の私に言ってあげたい。「甘すぎるよ」と。「慰安婦」問題は、この国のアキレス腱だ。国は力尽くで、この問題を忘れさせようとしてきた。「そうはさせない」と、急所に正面から切り込んでいった当事者と支援者の運動は、どれほど過酷だったことだろう。性暴力被害者が声をあげれば叩かれ、なかったことにされるのは、今も同じだ。だからこそ私は、この運動に関わりたいと思う。女性たちの無念を記憶するために。次世代に声と記憶をつないでいきたい。
作家 1996年、フェミニズムの視点で女性向けセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」を立ち上げる。フェミニズム、ジェンダーに関する著書多数。「アンアンのセックスできれいになれた?」(朝日新聞出版)「毒婦。」(朝日新聞出版)「奥様は愛国」(朴順梨との共著著、河出書房新社)「性と国家」(佐藤優との対談、河出書房新社)他。
「慰安婦」問題は昔起きたことだから自分とは無関係」「国家間の問題だし、日韓合意で解決済み」。そんな声をよく聞きます。日本のメディアやネットでは「慰安婦」問題否定論が溢れ、日本政府が歴史の否定や忘却を後押しさえしています。でも、「慰安婦」問題を真に解決し、二度と戦時性暴力の被害を起こさないためには、「慰安婦」問題の事実やサバイバーの声、そして支援運動の歴史について学び、記憶し、それを継承していくことこそが重要なはずです。「希望のたね基金」の取り組みを通じて日本の若者たちが学んだ成果は、私が住むアメリカなど、世界の若者にも影響を与えていくことでしょう。皆でこの基金を育てていきましょう。
モンタナ州立大学准教授 文化人類学・フェミニズム 日本の社会運動、特にフェミニズムや右派運動の調査を進める中で「慰安婦」問題にも取り組む。共著に『社会運動の戸惑い—フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(共勁草書房)、『海を渡る「慰安婦」問題 右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)ほか。
セクハラにの定義を歪めて水着までセクハラにしたインチキババア。
理事 柴洋子(しばようこ)
1990年から「慰安婦」問題は過去のページに閉ざされた歴史の一つではなくなりました。さらに金学順さんが名乗り出たことを機に多くの被害女性が名乗り出、日本政府に対して謝罪と賠償を求めました。私たちは彼女たちの勇気に支えられて、それぞれ各国の裁判支援を始めました。私は縁があって台湾の被害女性たちと裁判を通して交流してきました。そして30年近くが過ぎ去った今、台湾の被害女性たちは亡くなり、現在お元気な阿媽は2人です。台湾では2016年にAMA Museumを開館し、阿媽たちの歩んできた道を記憶し、記録するようになりました。韓国は「慰安婦」問題解決運動の先駆者です。ハルモニたちの声は国境を越え、現代の紛争下で性暴力被害を受けた女性たちにも勇気を与えています。日本にいる私たちも各国の被害女性たちの声を記録し、若い世代に伝えていく努力が必要です。しかし、どうやって? そういうときに「希望のたね基金」の活動は、まさしく私たちの希望となるものだという確信に至りました。私自身は模索しながらの参加になりますが、希望の道へ連なることができることを嬉しく思っています。
1990年代から始まった日本軍「慰安婦」問題解決運動が30年目を迎えようとする今なお、被害者が望む解決はなされず、その間に多くの被害者が亡くなられました。日本政府は歴史の事実をなかったことにしたいという欲望を隠そうともせず、「日韓合意」で終わった問題と公言して憚りません。忘れさせようとする権力に対し、サバイバーの生き方に学び、記憶することは抵抗であり、未来への一歩です。誰一人その生を再び踏みにじられることのない、性暴力や人権侵害を許さない社会の実現を共にめざします。「希望のたね基金」の取り組みを通じて次世代へとバトンをつなげ、あるべき社会の未来像を形にする一助になりたいと願っています。
原因は尹美香
映画「主戦場」で日本の若者がみな「慰安婦」問題は知らない,と言っている事に衝撃を受けました。しかし1991年に初めて金学順さんが名乗り出てすでに30年近く経っていることを考えると当時生々しい感動を受けた世代も記憶が形骸化しています。ましてや直接被害事実を聞いた事のない世代はこの言葉を知っていても被害者の苦痛を自分の事として想像するのは大変です。「希望のたね」の活動が,こうした問題に正面から取り組んで下さっていることに敬意を表しつつ,これに参加できることを幸せな事と思っています。
日本軍「慰安婦」制度や日本の植民地支配・侵略戦争は、数え切れない人びとの人権と尊厳を踏みにじった国家犯罪です。これらに対する批判的認識を確立し、真に人権が尊重される社会をつくりだしていくことは今を生きる私たちの課題です。マスメディアやインターネット上では、日本軍「慰安婦」問題に対するデマや、朝鮮半島をはじめとしたアジア諸国に対する不正確な情報が溢れています。こうした中で、若い世代のなかには「何が本当のことかわからない」と感じる人も多いでしょう。キボタネを通じて、歴史の真実を学び、東アジアの人びとと交流を深めていくことは、大きな力となっていくはずです。ともに学ぶ仲間の輪を拡げていきましょう。
私は、戦時性暴力は、戦時という特殊な状況下で起きる特殊な態様のものだと以前は思っていた。しかし、戦時特有の事情もあるにせよ、本質においては、どうもこの社会で日常的に起きている性暴力と地続きのものであるということを、日本軍「慰安婦」だった女性達の言葉と、それに対して向けられる偏見と罵詈雑言に接して、感じるようになった。
逃げられない権力構造下で起きた凄絶な被害がどういうものだったのかを直視することは、この社会から性暴力を無くすために何が必要かという本質的な問いのために避けられないだろう。必死な性暴力告発の声を「あなたは合意していたのに今更何を言うのか」と押し潰す暴力性の背後にあるものはなんなのか見極め、それと闘いたい。これが、不勉強と微力を承知で理事就任の打診をお引き受けした理由である。
弁護士 明日の自由を守る若手弁護士の会(「あすわか」メンバー)。「怒れる女子会」呼びかけ人。取扱分野は離婚等の家事事件、一般民事事件等。性暴力
https://togetter.com/li/2156504
この人さあ
実際に「配慮し過ぎ」と言われた訳でもないのに読者を仮想敵にして文句言っているのにまずびっくりするし
製作費が高騰してるからもっと売れないと赤字になりかねないんだよね
https://realsound.jp/movie/2023/05/post-1338014.html
そんな彼が小銭稼ぎのために運営しているYoutubeチャンネルがある。
元々は韓国人ネトウヨ向けにやっていたらしいがなかなか再生数が上がらず、ネトウヨなら日本人の方が多いし日本語もできるんだから日本向けチャンネルをやってみればと勧めてたところ、日本ホルホルチャンネルを始めた。
まだ始めて半年ほどだがすでに登録者が50000人以上おり、総再生数も2000万を超えている。
投稿している動画は、やれ日本のオシドリがアメリカで人気とか、外国人(主に白人)が中国は最悪だとこきおろしている動画とか、日本人の民度は最高だとか、まぁくだらなくて馬鹿らしいものばかりだ。
チャンネル名も某元アメリカ大統領のスローガンをそのままアメリカの部分を日本に変えただけの安直な名前だ。
こんな動画を見て気持ちよくなっているネトウヨたちは、製作者が自分たちが見下している韓国人だとは思いもしないのだろうな。
でもやってる本人はそこそこお金になっているみたいで満足そうだ。
前作『魔女』(2018)
”改造され超能力を身につけた主人公が秘密の研究所から抜け出し、追手と戦う”という『ファイヤースターター』に源流を持つお約束の物語。 『サルまん』でお馴染みの”嫌ボーン”ものにも連なる系譜で、日本の漫画でもかなりたくさんあり(『サイボーグ009』もそうだ)五十嵐浩一や槇村さとるも描いていたりする。
(ふつうは「抜け出す」と「追手が現れる」の前に「普通の生活をする」の描写が入るが、短編だといきなり追われている超能力者と戦うシーンから始まったりする。)
『魔女』(2018)はお約束をひっくり返す大きなネタがあって、これが人々に愛される作品足り得た最大の理由だと思われる。
今回は製作費も大変増加し、それに伴いリクープのために宣伝も大規模。必然的に起こるのが、「前作を知らずに観に行く観客」、そして、まだ続きがあると知らせない宣伝のおかげでエンドロールが始まって「決着ついてないと気づく観客」の大量発生。可哀想に・・・
前作のアバンの、実在のナチス時代の人体実験や脳手術の白黒ストックフォトや実際の生物学実験写真の小刻みカットバックに、秘密研究写真を白黒加工して混ぜ込んで虚実皮膜の間をあいまいにして「伝奇モノ」を刺激する手法を今回もやっているが、今回のは画像のチョイスがいまいちなんで(銅版画の魔女とか、下手くそな原始人のイラスト)初手からテンションが上がらない。
出てくる車がBMW、ダッジのピックアップ、シボレー(ハリウッド映画で悪役が必ず乗ってるアレ)、ボルボ…とほぼ全部韓国車以外になってた。予算が上がった分そこに行くのか、と。
で、今回のストーリー、前作の最大の魅力であった「意外性」がない。(今作で終わらせる気がないのでテンポも悪い)
・研究所育ちなので「こんな美味しいもの初めて食べましたわ~」ムーブ(無言)
・改造人間(一部?)はヘッドショットされても死なないで再生(鬼滅)
・一般人(ヤクザ)がドーピング超能力で参戦するも結局ホンモノ同士の争いの前にちいかわ並みに「アァァ…」
と
「こんな美味しいもの初めて~」の描写はちょっと新味があるけど、そこに高評価するのは一部の人だけだろう
あとは韓国の観客が見れば上海改造人間ズは「中国語=外国語」をしゃべっているってすぐわかるけれど、日本人観客にとってはどっちも「外国語」なんでね…(前作は韓国語と英語まじりのキャラーー米国から帰ってきた敵ーーだったのでそこまで混乱しなかった)同じ黒ずくめ同士だから区別つかんのよ(同じ会社の別派閥だから、同じような服装しているのは必然なので、ハイローみたいにコスチュームでチームが瞭然てわけにはいかなかった)
黒服と言えば、クライマックスバトルも闇夜(+花火大会)なんでそこもちょっとね
血がドバドバ出ても黒服が濡れてるようにしか見えなくて、白日の下でいかにも絵具っぽい血糊が、というよりはいいのかもしれないが
で、ストーリーの話に戻るともっと大きな問題があって主人公に軸がない。
「主人公が何も求めていない」「主人公が何も(悩んで)選択しない」
生き残りたい、逃げのびたい、追手を倒したい、自分の出生の謎を知りたい、家族を守りたい、復讐したい、敵組織を壊滅させたい…
そういうのがないの
「青の章の電撃インタビューおよびブログについて、人型戦車祭りのために戦車関連の戦力値を半分にすると声明を出しました。
その後、お客様より(前作と比較して)半分になってないとご指摘を受け、調査した結果をお知らせします。
結論:
白の章、緑の章と比較すると、人型戦車祭りのための戦車関連の戦力値はほぼ同値になっています。
実際は開発途中のバージョンと比較して半分になっていた(これまでの章と同じ)だけなのですが、結果としてほぼ同じ値(一部値上がり)になっておりました。
深くお詫びもうしあげ、補足をくわえる次第です。
大変申し訳ありませんでした。」
http://www.alfasystem.net/game/gpo/bbsinfo.html より引用。
Loop8が面白い/面白くないの次元の話をしてるんじゃなくて、芝村という人間が実際に発売されたゲームではなく、デモ版の数値を見て、掲示板に書き込むような信用の置けないやつだから何言ってても興味が持てないって話をしてんだよなあ。
Loop8が面白そうだと思うなら買えば良いと思うけど、俺にとって芝村は嘘をつく奴だからアイツが何言っても信用しないことにしてるってだけ。
他に広告だけでも面白そうなゲームや、インディーで製作者と距離が近くTwitterなどの文章に好感が持てて発売が楽しみなゲームがいっぱいあるからね。
せ✶ら
@oshinko_suki
@Hana_20000
制作者側が公に否定しているし、時系列的に考えても木村花を題材にしてストーリーを考えた根拠は今のところない。横槍メンゴ先生が「テラスハウス」を見たのは2020年1月。木村花の炎上は3月、自殺は5月。
消すだけではデマが流れている。
Saliya
@1984saliya
このテラスハウスそっくりは、裁判所かBPO で問うべきでは?調べるべき案件に思います
どういう経緯で原作が生まれ、脚本、そしてプロデューサーなど、木村響子さんが調べたいなら、寄付金を集め、調査すべきに思います
https://twitter.com/1984saliya/status/1661709860042608641?s=20
コストはそれなりにあると思う。
新造の樹脂成型の金型でしかもサイズが大き目なら安くみても一千万以上とかじゃない?
海外製を買いましょう。残渣はどこか消えます。どこにいってるんでしょうね?ミーレはぼったくりなのでボッシュかAEG(エレクトロラックス )を検討あれ。
パナソニックのラクッキングリルにしましょう。内面が完全フラット化されており掃除が楽です。IHは上昇気流が弱いので換気扇も汚れにくいです。
パナソニックの10年ノーメンテ…ではなく、3年メンテのやつを買いましょう。10年ノーメンテのやつは10年後に手の届かないところが詰まる設計になってます。具体的にはFY-DE3シリーズがオススメです。
なんで防水パンなんてものがあるんでしょうね。掃除しにくいですよね。なので我が家では防水パンを無くしました。代わりに漏水を検知すると閉じる水栓をつけてます。
どうしても乾燥機は埃との戦いになるので難しいところですが比較的日立はメンテしやすいです。とにかくメンテの楽さを優先するなら乾太くんを導入しましょう。ドア裏に埃が集まる設計になってるので掃除が楽です。
ガス炊飯器にしましょう。高級電気炊飯器のギミックは全てガス炊飯器の味を再現するためにあります。ガス炊飯器なら極めてシンプルな構造で美味しいご飯が得られます。
空気を吸う機械なのでどうしても埃がつきます。埃を避けるにはフィルターを使うしかありません。というわけで空気清浄機がオススメです。が、ダイソンにするという手もあります。なおダイソンに空気清浄機としての性能は期待してはいけません。
元増田も言及してる三菱が一番メンテしやすいです。製氷機も棚もとにかく全部外せます。
三菱のジタングがオススメです。パナやシャープ、東芝のような売る気やる気を感じないのですが、製品の完成度は高いです。内部はフラットで掃除しやすいですし、なにより高機能レンジなのに操作が簡単です。
推しの子アニメが炎上した。劇中の恋愛リアリティーショーで自殺未遂が起きると言うシーンが、テラスハウスであった事件を参考にしたと言われたからだ。
ただ、恋愛リアリティーショーでの事件を元にしたかどうかは不明。
https://joshi-spa.jp/1010311この記事によれば、2016年に放映された恋愛リアリティーショーをきっかけに31歳のイギリス人女性が自殺。
2017年に番組に出演していた26歳の男性も自殺している。全世界で約40人のリアリティショー出演者が自殺しているらしい。
「恋愛リアリティーショーでの自殺」は、決して例の事件のものだけではない。社会全体が持っている負の財産なのだ。
恋愛リアリティーショーは、限りなく事実に近いフィクションと言ったほうが近い。
制作者側の思惑や事務所の期待を受けて、「自分自身」という役で「事実」を演じるというのが正確だろう。
習熟した俳優や、メンタルコントロールができる人間ができる「感情のこもった演技」を、裏技を使って再現したものともいえる。
なにせ40人も死んでいるのだ。危険なスタントを、素人に命綱なしでやらせるのに近い。
習熟した俳優でさえメンタルを壊すものを、時には自我が形成されていない思春期の人間にやらせることの危険性は言うまでもないだろう。
推しの子最新話放送後、アニメの話は不謹慎ではないか、という意見が出て、プチ炎上していた。炎上が下火になったところで、
例のテラスハウス事件で娘を失った人が、「軽蔑する」と強い言葉で批判したことで再炎上した。というのが今の流れだ。
今回の事例を見て思うのが、結局娘を失った人がやってしまっていることは一緒なのではないか、ということだ。
仮に「アニメに乗っかって事件の風化を防ぎたい」というものだったとしても、現に不確定な情報で製作者に対して攻撃してしまった。
結果的に、彼女は「人が傷かない社会」ではなく「娘が守られる社会」を目指してしまっている。
テラスハウスから始まった傷つきの連鎖は、形を変えて今でも続いてしまっている。
そもそも、自殺の原因は「誰かを強く攻撃したことが発端で炎上した」ことだ。
他人の誤ちを攻撃し、その攻撃を自分のことのように感じた視聴者が攻撃し、そして今では遺族とアニメ擁護者が攻撃し合っている。
この件で、遺族を叩く人が居るかもしれない。
しかし、そもそも、遺族に「人が傷かない社会」を目指せさせるのは酷な気がする。
「人が傷かない社会」を目指すなら、最初に他人の過ちを責めた娘を否定することになる。
あくまで遺族が求めてるのは「行き過ぎた批判」であり、未だ苦しんでいる遺族に「正常に批判しろ」というのは無理だ。
私も推しがいたときは脳内麻薬ドパドパでてきて人生がむちゃくちゃ楽しかった
若い女性がホストやコンカフェ店員、地下アイドルにはまってわざわざ体を売って貢ぐ資金を調達してるけど
高い酒を飲むくらいなら二次元オタクのように同人誌を書いたりコスプレしたりしたほうが健全ではないかと思う
依存先がほしいなら二次元(フィクションのキャラクター)はぴったりだと思う
最近は配信化が早すぎる、とも思うのだが今作はアマプラが製作してる映画なのでアマプラ配信用の作品の出来がいいので劇場でもやろうか、的なやつかもしれない。
キャスト陣は人気のベテランを揃えている。中高年層歓喜のキャスティングだ。
「AIR」と聞くとなにを思い浮かべるか。
日本語版を見ると流石日本語、小さな文字で伝説のシューズだとか説明されているが、これでもピンと来る人は少ないだろう。
例えば「ゴースト」という映画があったがあのサブタイトル「ニューヨークの幻」みたいなのは日本だけの題だ。
「AIR」もそうするべきだったと思う。
つけるならどんな感じだろうか。
とかそういうのだ。ポスターにナイキのロゴ使うのは無理だったのか。無理か。それは仕方ない。
ださいと言う人も居るだろうが本国ではやってるであろうプロモーションを日本ではやってないんだから、タイトルで宣伝すべきだ。
内容はかなり良い。良作部類だ。
そもそもの問題としてコナミは権利周りは昔からチンピラだった。自分はパクる他人がパクるのは許さん、離反者には業界の保険団体加入を拒否したりな。
ただそれはそれとして今や時価1兆円企業でそれなりにお上品であることも求められてる。
ゲーム製作をやる下流の事業部署がどうかを置いておいても、権利問題だろう、ケリつけろと株主から突かれれば代表訴訟みたいな選択肢がちらつくのが経営層というもの。
更に言えば各所で未だにばらまかれるデマや、視野狭窄から現実を見ない放言があちこちにあるだろう。実際問題上月の息子は切り込み隊長に手を回されて日経で日経新聞で叩かれた頃で認識が止まってるじじばばがエコーチェンバーみたいになってるだろ。
悲しい悲しい言うなら何がどうなってまともに評価されてないのかお前も目を向けろ。
不味い料理を不味いと口にするのは許されると思う。
だけどそれを「こんなの出してる味覚障害に金払う必要があるとか飲食業って本当簡単だよなぁ?」と言いながら会計して出ていったらカスハラになるかも知れない。
どうなんだろうまだ大丈夫かな?
たとえば店の前で「この店は超まずいですよ~~~」と大声で叫んだら流石に業務妨害も通るんじゃないのか?
いわゆる「ハラスメント」ってのは窃盗罪を万引きに言い換えるようなものなのでは?
つまり、「お前はそれがヤンチャで済むと思ってるのか?そろそろ弁護士呼んで蹴りつけるから震えて眠れ」を意味しているのでは?
じゃあ俺たちがやってきたクソゲー叩きってどうだったんだろう。
多分きっと間違いなく恐らく絶対メイビーで「この会社の作品がこれ以上世に出回らないように、売上を下げなければ」という使命感があったはずだ。
それはクソゲーを掴まされたことに対しての正義の怒りであり、言うなれば詐欺にあった被害者の訴えとして存在していたんだと思う。
つまりそこには業務妨害をしようという明確な意志があり、それが詐欺被害者という立場から来る特例によって許されると信じていたんだ。
食べログに騙されて不味い料理を食わされた客が、それを詐欺だと感じて相手が詐欺師ならこっちもある程度は強気に出てもいいだろうと暴言を吐いて回るのと同じ思考回路で。
でもそれは単に今まで訴えられてなかっただけで、いつ訴えられてもおかしくなかったこと、要するに「ハラスメント」だったんじゃねーのかと。
インターネットを通じて気軽にレビューが出来るようになった直後、気に食わないものをコテンパンに叩くのを当たり前だと人類が考えた時代があった。
それが一段落したあとに今度はそうやって自分の趣味嗜好で人様の作ったものをボロカスに言う事の是非が問われるようになった。
トドのつまり、どっちも流行りに乗っかって手当たり次第に言葉の暴力を合法的に振り回したかった人達による叩いていい認定ブームだった気はしないでもないのだが。
そして今、「クズに対してクズというのは正当なレビュー」という人類が長年守ってきた文化に対して「ハラスメント」という概念からの疑問符が投げかけられている。
ツイッターにおける誹謗中傷に対して弁護士が出てくることも増えた。
この時代の価値観で振り返ってみると、クソゲーだから何を言ってもいいし晒し上げにしてお祭り化してもいいという考えはかなりアウトに思える。
上辺で「愛がなければ出来ない」というくだらん言い訳をした所で、それは学校のイジメにおける「弄りを通してクラスに馴染んで欲しかった」と同じようなもんじゃないのかと。
もしもあと5年も続けていれば、いよいよどこかの会社がブチ切れて殴り込んできたんじゃないだろうか?
2000年頃のインターネットの価値観、世間一般の価値観においてはまだそういった行為は単なるお遊びで済んでいた。
でも今の時代の価値観で見るとそれはかなり危険な行為になっている。
昭和の時代は他人をぶん殴るというのは割りと一般的なことで、ちょっとした口論から派生して手が出るのはそんなに珍しいことではなかった。
それは「殴る」という行為が持つ意味、重さが今とは違ったからだ。
今の時代において「殴る」というのは最終手段としての面が強い。
論理を飛び越えて物理的に相手の言動を排除しようと試みることは、社会における通常の枠組みの外に位置しているのだ。
たとえばこれが原始時代であれば、暴力によって気に食わないものを排除するのは一般的だった。
気に食わないものを排除してから死人に口がないのを良いことに好き放題に自分に都合がいい理論を暴力を振るったあとに語るのは通常の営みであった。
それは実際に「決闘」というシステムとして社会に組み込まれていた。
だがいつしか決闘は禁止され、現代においても決闘を挑んだ時点で6か月以上2年以下の懲役が課せられるように法律で決まっている。
暴力を通して自分の意見を通すことは、原始社会においては許されていたが、現代社会においては禁じ手なのだ。
同じように現代においては「相手に罵声を浴びせる」ということにより相手を心理的に追い詰めることも禁止されつつある。
現代社会において人類は論理的に振る舞うことを目指している部分が強く、都合の悪い他者を社会から葬り去ろうにもそこには論理的な手段が求められる。
たとえばそれは権力構造であったり金銭の流れであったり法律であったりだ。
そういったものを通すことなく「相手に精神的な負荷をかける」ことによって自分の都合を通すことは、現代的でないものとして次々に禁止されてきている。
気に食わない商品に対してマイナスイメージを広めることで市場から追放することは、果たして論理的に正当な手段を用いているのだろうか?
「クソゲーを掴まされた時に辛辣なレビューを通して次に購入しようとした人に警鐘を鳴らすのはセーフなのか」を命題とする。
この場合、「一個人のレビューの範疇に収まるか」によってその是非決定されると私は考えている。
④脅迫を伴わない
それぞれの反例をあげてみる
①’販売店舗にて「クソゲー!絶対買ってはいけません!」と言うテロップを勝手に貼る
②’複数のアカウントを作成してレビューサイトに何度も批判を書き込む
③’製作者の人格や経歴についての批判をゲームのレビューに持ち込む
⑤’「本当にクソゲーですよね。皆さんの意見を集めて投書したいと思います」
こういったことをね、本当にやっていた人がいたんですよね……インターネットの歴史の中では……マジで……
このレベルのことをしていないなら、今の価値観でも大丈夫だと思う。
反例として挙げたのは明確にアウトな行為だと思うが、そこより下のラインでどこからアウトになっているのかがよく見えない。
「このクソゲー酷すぎwww」と書き込んだ時点でそこには「皆も一緒に叩こうぜ!」という意思はあるんじゃないだろうか?
だったらそれはレビューサイトにてあらゆる批判をすること自体がある意味で扇動の意思があることになってしまう。
まあ実際にそれは事実で、あと50年もしたらレビューなんてものが完全に禁止されるのかも知れないわけだが。
でもそれは会社によっても、製作者によっても、その時の空気によっても、そして刻一刻と変わっていってるわけで。
そこが見えないんだよな。
怖いね。
公式発表がないままストライクゾーンが変わっていくようなもんだよ。
アプデ告知のないオンラインゲームみたいなもんだ。
おい運営どうなってんだよ。
皆さんどう思います?
2022年9月以前に描かれたイラストならば、AI で製作された可能性はない。
Webarchive や Pixiv など過去のイラストを改竄できないサイトに画像のログが残っていて、
ただし、作者がオプトアウト(学習されるのを許諾)してる必要がある。
ホワイト画像のみを学習して作られた生成AIをホワイトAIと呼ぶ。
ホワイトAIによって生成されたイラストをホワイトAIイラストと定義する。
ホワイトAIイラストは誰の気持ちも踏みにじってないと保証されているので、
Pixiv などプラットホームは、それを通常の絵画と同じ扱いにできる。
問題は、あるイラストがホワイト AI イラストだと判断する方法がないということだ。
電子透かしは改竄されてるのを証明する手段としては使えるが、されてないのを示すためには使えない。
新たに透かしを埋め込めばいいだけだからだ。
たとえ Pixiv が充分にリソースを持っていてサーバー内で生成 AI を実行できるイラスト作成サービスを提供したとしても、ユーザー操作がネットを横断して行われる以上、マウスの移動をエミュレートして任意のブラック画像を流し込める。
だから新しく描かれたイラストのホワイト性は原理的に保証できない。
権威ある Adobe なり Google なりが我が社の AI はホワイトです! と主張してユーザーがそれを信用するか、信用しないかという話になってくる。
すべてのイラストがグレーになってしまった世の中では、疑念を持つことはただの難癖に過ぎないものとみられるだろう。