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2018-04-23

コンビニバイト始めてちょっと経った

楽とか大変とかは良く分からないが

割と楽しく過ごせている。

延々レジに立ち続ける半サボりしてもいいけど、血行悪くなって色々ヤバいので仕方なしに動く。

バイトに期待されるのが嬉しくもあり重くもあり。

店のトイレ綺麗なのに家のトイレヤベーのなんか腹立ったのでゴム手袋雑巾数枚等買って掃除して気持ちいい。

数年のヒキニートが週何日無理矢理(?)引っ張り出されて太陽光浴びて働いて疲れて帰ってきて風呂でさっぱりして6-8時間寝て。

また起きて、起きてる十数時間で働いて遊んでってとても健康的な身体してる。

精神も、もちろん言わなきゃ怒られるから言わされてるって面もなきにしもあらずではあるけど

ありがとうございました。という言葉はやっぱり好きだ。酷い客なんてほとんどおらず、言うに値する人ばかりだから気持ち良く言える。

鬱々していた気持ち結構晴れやかである

躁期なだけかもしれないがなんにせよ病院診断書貰ったことはないので謎。

接客は嫌いというか苦手というか気が進まない奴だが、レジくらいの距離は好きだ。

この辺で終わるか。お読み頂きありがとうございましたーのじゃー。

オタク差別」の論点整理

オタク差別存在するか」議論、いくつもの論点ゴッチャになってて混乱するので自分なりの整理をしてみた。

論点a:生得属性ではない集団への不当な扱いは「差別」と呼び得るか

これに関しては、まあまっとうな疑問なんで「オタク差別」論者の分が悪いと思う。

これまで「差別」という語は、民族とか性別とか宗教とか、とにかく生得的な属性後天的に変えることが不可能あるいはきわめて困難な属性に対して適用されてきた。

人はオタクに生まれるのではなくオタクになるのであり、後天的に獲得される「趣味」という属性を共有する集団オタクである以上、それに対する「差別」という語の適用違和感を持つ人が出てくるのは当然だろう。

この点については「オタク差別」論者がもっと理論武装した方がいい。今の論理じゃ多くの人を説得できないと思う。

論点b:オタクへの不当な扱いは存在たか

あったに決まってる。

十万人の宮崎勤虚構だったかもしれないけど、探せばオタクへの不当な扱い、迫害蔑視証拠なんて山ほど出てくる。そもそもオタク自体がもとは侮蔑語として造語されたものだし、オタクであることを理由いじめられた人も自殺した人もいる。

今の20代以下にはそんな実感は薄いかもしれない(それはいいことだ)。でも年長のオタクたちはそれを経験してきてる。なかったなんて言わせない。

論点aにもとづいて「オタク差別」を否定するなら理解するし「オタク差別」論者も真摯に向き合うべきだと思うけど、論点bの否定を始めたら……戦争だろうがっ! 戦争じゃねえのかよっ……!

論点b’:オタクへの不当な扱いは存在しているか

過去迫害対象だったかもしれないけど、今は別に迫害されてないだろ」という議論もある。

かに若い世代だとオタク普通になってきたりするみたいなので、若い人たちにとってはあまり実感のない話かもしれない。これに関しては周囲の環境も大きく影響するので、「別に迫害なんてないじゃん」と思う人がいるのは当たり前っちゃ当たり前なのだろう。いい世の中になったもんだ。

でも議論最中に平気で(自虐ではなく相手への侮蔑として)「キモオタ」とか言う人なんかを見てしまうと、いやいやまだ蔑視は残ってるじゃん、という気になるんだよなぁ。完全に解消された、とするには時期尚早なんじゃないかと思う。

(「キモオタ」はオタクの中でもキモいやつを指しているのであってオタク全体への蔑視ではない、って言う人もいるけど、「ヒス女」は女性の中でもヒステリーを起こすやつだけを指す言葉であり女性全体への蔑視ではないなんて理屈が通じるとでも思ってるのかお前は)

ただ論点b’に関しては、繰り返すけど個々人の置かれた環境問題も大きいから、論点bを否定する人と同列の扱いをするのはよろしくないと思う。論点b’に疑問を呈している人がオタクなら、素直に迫害経験しないオタクが増えたことを祝いでおきましょう。

もちろん論点b’を持ち出す人の中にはそんな言葉を使ってオタク罵倒する人なんていないはずである。いやだな~まさかそんなアホがそうそうその辺にいるわけないじゃないですか~HAHAHAHAHA!

論点c:オタクが別属性差別してきたことについてはどう考えるのか

これは論点がずれている。ある局面被差別側にいた人が別の局面差別側になっていることは、その人に被差別者としての側面があることを否定しない。

オタクの中に、性差別民族差別に加担する人が一定割合いたことは事実で、ネット上で差別カルチャー大手を振ってのさばっていた(そして未だにのさばっている)ことに対しては反省必要だろう。オタク自分たちのなかの差別主義に向き合うべきだ。

でも、だからオタク差別なんてない、とか、オタク差別を言い立てるべきではない、という論理おかしい。

ヘテロセクシュアルシスジェンダー日本人女性の中に同性愛者やトランスジェンダー外国籍者への差別に加担する人が一定数いたとして、それをもって女性差別存在否定するのは違うよね。

パレスチナ人差別するイスラエルユダヤ人や、レバノン人を差別するリベリア黒人(※)も、アメリカヨーロッパではユダヤ人差別黒人差別の標的になるかもしれないし、そういう時には差別被害者として怒っていいよね。彼らが自国に帰ったときには自分差別反省するべき、という話と、それはそれとして彼らはこの局面では被差別側であり彼らへの差別非難に値する、という話は矛盾しないよね。

http://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43538302

自分たちにも抑圧者としての側面があるから自分たちへの抑圧を言い立てるのはおかしい、とオタクが考える分には倫理的な態度だと思うし、オタクに抑圧された人が被害者面すんなと言いたくなる気持ちはわかるけど、それを認めちゃうと他の差別問題封殺できてしまうので、あんまよろしくない理路だと思う。

まとめ

論点aは「オタク差別」を訴えるならちゃん理論武装してほしい。そこがガバガバからツッコまれまくってるんだよ。

論点b’は個人の実感によるところが大きいから色んな人の話を聞くのが大事だと思う。

論点cは本題にはあまり関係ないがオタクも身を律すべき。女性外国人差別しておいて「自分たちを差別するな」と言っても説得力は薄い。

論点bを持ち出して実際の迫害歴史否定しようとするやつはただのクズなので耳を貸す必要はない。論点bを持ち出して史実否定を始めた段階で、他の点でどれだけ正しいことを言っていようがこの点に関してはまともに取り合うべき相手ではなく、「オタク差別」に関する議論から退場するべき存在

大事なのは、誰が何を言ってるか。論点bに固執する論者に対する反論論点aにこだわってる人に向けても意味がない。無意味に敵を作らないようにしましょう(戒め)

anond:20180423104148

何か熱くなってるみたいだけど

汗拭いて落ち着け

拭けばっていうけど、汗かいシャツとか結局匂うから、制汗剤とかデオドラントスプレーがいいとは思うけどね。

結局汗かいてる人は匂うし公共の場では中々拭けないんだからかいても匂わないor汗かかないがファーストチョイスであるきじゃない?

彼氏ができたら態度が変わった人

元々職場が一緒で(今はお互い転職)同じ趣味だった男性

職場が一緒だったときからたまに食事したりしていたけど、

お互い自宅が同じ路線ということもあってここ1~2年は週1回くらいで会ってた。

体の関係があるわけではないし(一度も求められたことはない)、

大体いつも食事しながら趣味の話するか、

たまに昼から趣味に一緒に行ったりとか、それだけの関係

歳が10歳近く離れているし、向こうはバツイチだったか

「お前は早く彼氏作れよな」「俺みたいなのと一緒にいたら彼氏できないぞ」

とか、よくいじられていた。

年末、私に彼氏ができた。

転職先で知り合った同い年で、趣味とは無縁の人だったけど、

妙に波長が合う人で、知り合って割とすぐに交際に発展した。

趣味の人たちで集まっている時に「彼氏ができた」と報告した。

みんなは祝福してくれたけど、件の男性だけ態度がおかしい。

その日から明らかに私に対して攻撃的な態度をとってくる。

直接的には言ってこないけど、私の愚痴を言っていたのも知っている。

なんなんだよ、俺は興味ないみたいなこと言ってたくせに、結局狙ってたのかよ。

それで彼氏できたら攻撃してくるって、ガキかよ。めんどくせーな。

私は一度たりとも恋愛対象と見たことはなかったし、

年離れすぎてるし、チビハゲデブだし、

それでも趣味の友人という意味では好きだったけど、一気に嫌いになりかけている。

結局異性である以上は下心がないと仲良くしないもんなの?

anond:20180423010508

情報を教えてもらう、というのは他社よりも優遇しろ、ということだから単なる交渉とも言える。

ただ公務員が自らの権力をちらつかせて性的要求をするのは問題である

結局行政公式には情報を全て発表せず、非公式リークするから問題なのである

anond:20180422105902

女性であるという理由だけで仕事をするのに余計な注文をつけるなんてルールをこのご時世に今更追加するとかいくらなんでもやばいでしょ

anond:20180422233623

厚労省法務省ともに職場におけるセクシャルハラスメントしか定義しておらず、他の局面においては民法刑法など他の法律に委ねられている。

まり今回の福田事務次官女性記者問題においては、倫理的問題はさておき、職場の延長と認定されればセクシャルハラスメント認定されなければそうではない(ただし他の法律抵触するおそれがあり)。

ただ、セクシャルハラスメント認定職場の延長であるとすると、使用者として改善を怠った責任テレビ朝日に生じる。

この事実改善勧告が労機から出る可能性があるほど重いのだが、これもまた圧力とか騒ぐのだろうか?

ブスだってセクハラを受ける

もちろん、男から恋愛対象として誘われるという文脈セクハラではない。

ブスであること自体で、人間扱いされないタイプセクハラのこと。

これは男だけではなく女からもブスであることを批判される。

例の女性記者のようなセクハラよりも、ブスへのセクハラの方が深刻である

今日から)2号車の1号車寄りは自主的男性専用車両

http://b.hatena.ne.jp/entry/362781428/comment/eroyama

実際、嫌だと思えば確かにセクハラ痴漢なので、原理的には全てをセクハラ痴漢にできる。

から原理的には本当に男性専用車両が無いと痴漢せずに乗車することは不可能。だから、それを要求するのもまあ筋が通る部分はあると思う。

しかし、これはおっさんらが自主的ににどこかの号車に固まって乗れば解決できることで、なぜそうしないのか不思議でならない。

思うに、おっさんらの自主性が足りないのだと思う。

からこのeroyamaが示して上げるのだが、今日から「2号車の1号車寄り」は自主的男性専用車両である

痴漢痴漢冤罪を避けたい男性がいれば、そこに集まるべきだし、そこに乗ろうとする女性がいたら、3号車寄りや1号車への乗車をお願いすべきである

(お願いに強制力は無いが、これまで男性ほとんどが女性専用車両に協力してきた以上は、女性がこれを断るのはかなり筋悪だと思う。)


ーーーー

・・・とここまで書いてきたが、これは上手くいかないし、鉄道会社男性専用車両を設けても上手くいかない。

というのも、意図せず痴漢犯になったり痴漢冤罪を受ける確率がとても低く、損害の期待値意図的な痴漢犯罪を受ける女性より遥かに低いため、

わざわざ2号車に集まらないためだ。

しかしながら、「2号車の1号車寄り」を自主的男性専用車両にするのは問題ないし、もしも意図しない痴漢犯罪を恐れたり、痴漢冤罪を恐れる男性がもしいれば、

「2号車の1号車寄り」に集まり女性に3号車寄りや1号車に乗車するようお願いするといい。

原理的には何でもセクハラ痴漢にできる以上は)原理的にはそれらを避けるにはこうするしかないため正当性はあるし、

女性が少し乗車位置を変える不利益も微々たるもので、何より女性専用車両が存在する以上は、問題ない行為だとeroyamaは判断する。

anond:20180422233623

取材対象記者性的発言しました。これは「セクシャルハラスメント」なのでしょうか。

オーケーグーグル セクハラってなに?「あなた質問セクハラです」とは言われなかった。

ウィキペディアによれば、

セクシャルハラスメント英語: sexual harassment)は、日本語で「性的嫌がらせ」という意味で用いられる言葉であり、相手の意に反する「性的言動」によって不利益を受けたり、労働環境などが害されるハラスメントであるセクシュアルハラスメントともいう。日本では、略してセクハラと言われることもある。

とされています

不利益を受けたり、労働環境などが害される」はい、ここ大切ですね。

取材対象と、二人で会食をして、取材をするという方法が、違法ではないが、不適切なんじゃないかなと。

二人で会食をする……男女交際の親密な関係になるの定番ですね。男性だと「同じ釜の飯を食った仲」。そういう親密な関係にあると「誤解」させることで、「秘匿すべき情報を入手しよう」という取材方法

あ~この女性とは性的に親密な関係になったなぁって、もっと親しくなりたいなぁ。無理矢理やっちゃだめだよね。やっていいかきいてみよ。

あ~この記者は、「○○は○○からの直接の指示がありました」ってスクープが欲しいんだよな。いろいろ要求しても大丈夫かな?

記者の「誘導」をかわすために「性的発言ではぐらかした」というのは考えすぎですね。

セクハラではなくて、単に「猥褻なこと言った」だけなんじゃないか

https://anond.hatelabo.jp/20180422233623

Wikipedia 見れば何が問題か分かると思う。

環境セクハラ

性的言動により相手環境悪化させるセクハラのことである

妄想セクハラ

厚労省の2つの分類に加え、LINESNSメールなどでの連絡が原因で起こる「妄想セクハラ」も増加している[1]。妄想セクハラは「思い込みセクハラ」や「疑似恋愛セクハラ」とも言われており、主にLINEなどのSNSで連絡を取っているうちに関係性が深まったと思い込みセクハラ発言に至ることである妄想セクハラ場合は、セクハラ加害者にはセクハラ自覚が全くなく、セクハラ被害者拒否や周囲の仲裁が全く聞こえていないことがある。

20年前に上野ゲイ映画専門館へ行った時のこと

隊長のふとした一言と某隊員の熱望により、ついに実現したツアーといえば、「第一東京ブラックツアー」で決まりである東京ディープスポットを探訪していくという、とてもわかりやすいコンセプトが唯一の自慢である。今回は初回であるし、ディープ場所から抜け出せなくなることを避けるため、ツアーは昼間に行われることに決まっていた。それなのにそれなのに、予想通りというべきかいつもどおりというべきか、隊員の集まりは悪い。全然時間どおりに集まらない隊員、この先の我々の運命を暗示するかのような曇天、どんどんと下がるテンション、等々の様々な悪条件の中、我々は出発した。その出がけ、玄関で見知った顔を見つける我々3人。当然のごとく強制参加させ、隊員の数は4人に急増した。4人といえばSPEEDと同じ人数だ、これでもう心細くないね

曇天上野公園、しのばず池にいる鳩や鴨達も心なしかブラックに見える気がしてならない。今にもあの平和使者である鳩が俺達を襲うのでは?、と意味不明疑心暗鬼が次々とわき上がってくるほどに気分はダークである目的地へ近づくにつれ、隊員の緊張は見てとれるほどになり、武者震いなのだろうかしきりと震えだす隊員もでる始末。そう、例の場所に向かう我々の姿を客観的に見れば、怪しい4人組=おやじSPEED(暗黒)といっても過言ではなかっただろう。目指す場所上野某所の映画館である。「ほら、あそこだよ」という隊長言葉に、なんともいえない緊張のさざ波が隊員達を駆け抜けた。その場所は、少し歩けば大通りに出てしまうくらい人通りは激しい所だった。

その映画館はそこにあった。紛れもなく、そこに。映画館は2階らしい。あせるな、と思いつつ上映時間確認する我々隊員。まだ上映開始まで時間があるようだ。合議の結果、若者が集うゲームセンター時間をつぶすことになった。しかし、どの隊員も緊張のせいかゲームには手を出さない。いや出せなかったのだ。あと数分後に行かなければならないあの場所のことを思うと。上映時間が近づき、なにはなくともとりあえずトイレ希望する隊員が続出する。しかし、京成線の駅のトイレには紙がなかった。とても嫌な予感がする。嫌な予感がビンビンするよ!

トイレの事は諦めて、我々はその映画館へ向かった。ちなみに映画は2本立てである。これから約2時間の長丁場であるしかし、隊員1号はそのことを知らなかった。このことがあの悲劇の序章だったとは、全隊員露ほども思っていなかっただろう。年季の入った階段を縦列に並んで登る途中にも、映画を見終わった人達だろうか、次々と人が階段をおりてくる。もう誰も信じられない、あの人もこの人もそういうのなのだ、そうなんだあの中ではすざましい饗宴が繰り広げられているんだ、と思いながら階段を登っていくと、「ヤング薔薇族ショー」という看板が突如現れる。ますます下がるテンション。ふと階段の上を見ると、そこにはいかにもなもぎりのおばちゃんがいた。一番最初階段を登り切った一人の隊員が、おばちゃんに近づくと、何かを指さすおばちゃん。そうである自動販売機切符を買うのであるハイテクである自動販売機へ向かった隊員へ、たたみかけるようなおばちゃん言葉が襲いかかる。「どっち?薔薇族学生さん?」。思わず「は、はい」と答えてしまう隊員だった。実はそこには劇場が2つあり、切符売り場は共通だったのである。もうひとつ映画館ピンク映画館だった。次々と無言のまま切符を、学生切符を買う我々隊員であった。血の契りを交わしあい、相当に団結しているはずの隊員達であったが、その時には既に他の隊員を省みる余裕はなかったようで、会話を交わすこともなくなっていた。そして、ひとかたまりにはならずに、ひとりひとり左奥にある劇場へ向かうのであった。

妙な圧迫感。第一印象はこれにつきている。72席あるという座席は、ぱらぱらとしか埋まっていない。それなのに、壁際にたつ人が異常に多い。なぜだ。と、座席を見渡して、先に着席していた隊員を見つけると、思わず安堵の息をもらしてしま自分がいじらしい。あれ、でも、事前のミーティングでは一番後ろに座ろうと決めたはずじゃあ。。。何故か入り口のすぐ側の列、後ろから4列目ほど、に整列して座っている隊員達であった。その顔は暗い。その場の嫌な感じに、その顔は真っ暗であり、しかも皆うつむいていた。一番最後劇場入りした隊員1号は、既に着席していた某隊員の左隣に座った。隊員1号の左隣は一番端の席である。そう、その時点ではスクリーンに向かって一番左の端の席が空いている状態だった。ふと嫌な予感、突然の頭の回転、第六感で席をうつる。当然、左端にである。それは、隣を空席にしておくのは危険すぎるという判断からだった。身の安全を確保したあと、少し落ち着いて上映開始を待つ間、なにか生暖かい気がしてならない。しかポマードなのかなんなのか、嫌な匂いエアコンから暖風とともに排出されているようだ。もうテンショメーターは左に振り切れ、ほぼ0になっていた。

ブザー、暗転、上映開始。まわりは気にせず映画に集中しよう、と心に決めて観賞を開始する。初っ端から現代映画とは思えないチープ感が漂っている。なんなんだあの貧相な女優は。と思っている間に、例のシーンに。変則的な格好に思わず心の中で笑ってしまう。これがそうなのか、と訳も分からず納得している自分。そしてストーリーは展開を見せはじめるのだが、映画に集中などできなかった。ストーリー自体のしょうもなさもさることながら、それよりも気になったのはまわりの人間達、隊員以外の動向だった。のれん状のカーテンが掛かっているだけの、ドアのない入り口のすぐそばに座っているせいか、上映中にも頻繁に出入りする人々が気になるのである。そして、席に座ったとたんに立ち上がって壁際に立ったと思ったらすぐに別の席に座る客が気になるのである。そして、壁際に立つ人の後ろに立って腕を前の人にまわしている人が気になるのである。その場所で、落ち着いて映画を見ることは不可能であった。このくだらない映画はいつ終わるのか、そんなことばかり考えはじめたのは、まわりの人間模様が気になりはじめたのと同時だったかもしれない。その間にも、入り口付近では相も変わらず人が頻繁に出入りし、通路に出て奥にあるトイレの方へ向う人あり、がら空きなのに人の隣に座る人あり、映画よりもその様子が気になってしようがなかった。いつか、それは我慢の限度を超えるほどに。

1本目と2本目の休憩時間に他の隊員と一緒に抜け出そう、と決めた。その時決めちゃったのである。とにかくこの場所から早く抜けだしたかった。いつだいつだいつ終わるのだ、と思っているうちに、映画はどうにかスタッフロールまでたどりつく。当然普通映画館でよく見られるような、スタッフロールで立ち上がり帰る客はいない。いつもはそんな客を苦々しく思っていた隊員1号も、この時ばかりは一刻も早く立ち去りたかったのはいうまでもない。終了。「1999(映倫)」の文字驚愕する。最新の映画だったのだ。あの映像感で。それよりも、ようやく帰る事ができることが嬉しいかった。しかし、ライトよ早くつけ、と熱望しているのに、なかなか客席のライトはつかない。ライトがついたら全員で帰ろう、と思っていたのにライトはつかない。そう、その時、次の映画がはじまってしまった。2本立てなのだから当然である。軽い衝撃を受けつつ、あと1時間我慢するか、いますぐ立ち去るか、立ち去るなら他の隊員にはどう伝えるか、数秒の間に色々な考えが渦巻く。そもそも、大抵の映画館なら休憩時間におしゃべりしているうるさいカップル等が必ずいるものだが、この映画館には言葉存在しない。無言のコミュニケーションがその場を支配している。とても他の隊員に話しかけられるような状況ではなかった。もし、今左端に座る自分がいなくなると、某隊員の左隣には二つの空席ができてしまう。それはきつい。自分だったらそんな状況は嫌だ。でも、この生暖かい嫌な雰囲気にあと1時間は耐えることはできない。すまない、と心の中でつぶやきつつ、他の隊員には無言で席を立ち、もぎりのおばちゃんの前を抜け、逃げ去るようにその場を立ち去った。つらい選択であった。すまん。

しばらく映画館付近で待つが、他の隊員が出てくる気配はない。あと1時間耐えることを決めたのだな、と判断して、ツアーからひとりぼっちの帰還を果たした。なんともいえない疲労感をかかえつつ。その頃、あの映画館では、左端に二つの空席を抱えこんだ某隊員に緊急事態が起きていた。その列の左端に座る見知らぬ人。この時点でおかしい。席はがら空きである。そのうち席をひとつ右に移る見知らぬ人。完全におかしい。席を移る意味がわからない。そして、見知らぬ人の右手が某隊員の左膝に。。これ以上は詳細不明のため描写できないが、その隊員が無事帰還したことだけは記録しておきたい。

脱力感、疲労感、倦怠感。どうやら全員無事帰還した我々隊員は、今日の日の事を忘れたくても決して忘れられないだろう。そして、この記録をここに残すことによって、あなたの心の中にもいつまでもこの体験は残り続けるだろうし、どこかの誰かによって語り継がれていくだろう。疲れた

眠いのに眠れない

眠いのに眠れなくて今酒を飲んでいるのだけれども、大体あらかじめ想像がつくこととして、明け方になると眠くなってくると言う事である

これが非常に困る。

今眠くなりたいのに、なぜ出勤時間が近づいてくるとともに眠くなるのか。

例え、出勤時間になんとか起きることができても、もう今日日中眠くて仕事にならないだろう。

anond:20180423023506

かになー

明日朝起きて仕事行かねばならない、社会の仕組みがそうである以上。

と、言いつつ、さっき目が覚めちゃってコンビニ行ってストロングゼロを買ってきてしまった。

明日会社だねー

早く寝ないとねー

自分が決めたのでもなく

市民勝手に決めたルール人生のすべてであるかのように感じられるってすごいね

完全よりも不完全を

もう何度目かわからないけど、やはり完全な文章必要ないんじゃないか

明らかに不完全だったら誰でも扱える

完全にみえ文章をつつける人は村にごく少数しか住んでない

そもそもが不完全なものツッコミを入れる場所だろう

自分意見を言えるから

不完全なことで関わるみんなが幸せになれる

から文章は不完全であるべきだ

2018-04-22

anond:20180422235507

犯罪被害であることを証明できればやぞ。

例えば本人日本で海外で使われたとかならストップできるが、

カツアゲされて身柄抑えられながらクレカ使われた。

犯人は誰か分かりません、でも被害にあったお金なので、返金ってできるんか?

ちな以前はスキミングで盗まれクレカを使われて、支払いは停止できても

そのままクレカを使えなくされたりもあったぞ。

どっちにしろ犯人がきちっと捕まって、事件があったと確証が無いと。

anond:20180422233959

基準を明示しろと言うけど尻乳もまれてもなんとも思わない女もいれば

卑猥冗談だけで出社拒否するくらいショック受ける女もいるし

私が大丈夫なことはお前も我慢しろとかAちゃんOKだったんだから同じ性別であるお前もやらせろ的な結果になるからやめてほしい

セクハラと男女関係未来

セクハラ問題点は、それがセクハラか否かの基準がはっきりしない点だ。

女性は、「そんなのわかりきっている」というかもしれないが、男性からしてみると戦々恐々である

男性何気なく言った冗談が、女性にとってはとんでもないセクハラと感じられることもあろう。

ユーモアセンスは人それぞれなので、難しいところだ。

私は中年男性なので、個人的に思うのは、公的な場では、女性とのかかわりは必要最小限に留めるのがよい、ということ。

特に地位のある男性にとっては、落とし穴になりやすい。セクハラ容疑でキャリアダメにしてしまうのは、あまりもったいない

もしこういう主張に女性が不服を感じるなら、ぜひセクハラ基準を明確にしてほしい。

「ここまでなら言ってもやっても大丈夫」と明示してもらわないと、男性としては不安である

それができない限り、男性女性敬遠する傾向は続かざるを得ないだろう。

ここから先は個人的バイアスが入るけど・・・

正直、男性女性とかかわって良いことはあまりないと思う。

セックスして性欲が満たされることくらいが利点でそれ以外はデメリットが多い。

もし結婚すれば重い経済的負担を負わされる。

女性アプローチしても、そのやり方に問題があれば、セクハラだの何だとの社会的批判を受け、最悪、地位財産を失う。

男性視点から女性の主張に対して疑問を呈すれば公的な場で徹底的に批判される。

「触らぬ神にたたりなし」という状況に近い。

性欲は本能の一つだから男性女性をまったく意識しないというのは難しいが、少なくとも要求が多い現代三次元女性を相手にするのは、あまりおすすめできない。性欲はもっと安全方法で満たすべきだ。実際、日本では若い男性はそういう方法に向かいつつある。アニメゲームアイドル女性を追いかけて、身の回り女性には関心をもたない男性も増えているが、こういう社会情勢では当然の帰結とも言えるだろう。

何でクレカ使うの?

概念であるマネー紙幣なり硬貨なりで可視化できる状態にしてるのに、なんでわざわざまたただの数字に戻して使おうとするのか。

炎上しそうなことはどこにアウトプットすれば良いのだろうか

偽らざる本心である

しか一般的には受け入れられまい

だが多様性を保つためにはそういう意見の表明も必要なのではないか

などと考えるが結局は口を噤むばかりである

最高

自担が出てる舞台を見たらもう現実とかほんとにどうでもよくなった。

あそこは正しく夢の国である。というか夢そのものである

ふわふわしてまだ抜け出せない。

全体的な流れはすべての要素がハンバーグみたいなメインが多すぎる、とても濃い、ダイジェストすぎる、よく分からない舞台だった。

それでも楽しかった。それってすごい。

わけもわから時間が過ぎて行って見所ばかりで、それでも楽しい

終わったあとの充足感と、まだ、もっと・・・という飢餓感が同時に存在してる。


うわー!と叫んで走り回りたい気持ち。気分の高揚が続いている。止まらない。


人間、生きている間にこんな気持ちになれることが何回あるのだろう。

こういうのを幸せというのでは?

人それぞれ感じるポイントは異なると思うけど、私の場合はこれだ。

自担を見ること、自担の出てるステージを見ること。

幸せだ。

催眠アプリ

マインドフルネスというか瞑想アプリを探していた所、

性欲を高めますというアプリ出会った。

瞑想というよりかは、催眠アプリで性に対する圧迫を解消して、セックスに対して開放的になれますよというもの

数回しか試していないので、これが効いたって感じがしない。

というより、途中で寝てしまって指示をほとんど覚えていないという。

これは効果がないんじゃないかと、薄々思い始めている所である

ここで催眠といえば、催眠オナニーだとおもうのだが、

あれはいろいろイメージを膨らませないといけないので、途中で集中力がきれてしま

なんか覚めてしまい、いまいま気持ちいい感じというか、セルフでのカウントダウン用途ぐらいにしか

使えないと考えている。

催眠すら頭がよくないとつかえないなんて、やってられない。

アニオタは五年前の世界を生きている

マンガでもゲームでもラノベでも、人気が出てからアニメ化されるまでには数年のタイムラグがある。

まるで天体観測のように、アニオタオタク業界はるか昔の幻像を見ているのだ。

そして馬鹿らしいことに、アニオタは「アニメ化された時期」で作品を語りはじめる。

2014年に書かれた作品2018年アニメで観て「2018年ならではの作品だ」と評してしまう。

2015年に書かれた作品2018年アニメで観て「2017年流行の後追い」と腐してしまう。

アニメ重要であることは否定しない。

アニオタの数は最も多く、アニメ化による影響は非常に大きい。

アニメメディアミックスのゴールであるという風潮は確かに存在する。

しかアニメオタク最前線ではないのだ。

スマホに驚く田夫のように生きてゆけアニオタよ。

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