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2018-01-24

自分人生イージーモードだと信じたくない

普通に小学校中学校高校大学と出て、奨学金もそこまで借りずに社会人になった。社会人一年生、もう数か月で二年生になる。残業は多くて月20時間程度までしかやっていない。

一人暮らしをしていて、給料も悪くない。実家との関係も平凡で、特に外部に問題は何も抱えていない。肉体的にも何も問題はない。

まれていると言うのだろう、それが。でも、だからと言ってここまで自分が楽ばっかりしてきたわけじゃない。

勉強はぼちぼち出来る方だったけれど、何もせずにいい点数を取れるような人間でも、苦手な教科が無い人間でもなかった。大学に入る為に色々頑張ったし、まあ、サボりがちだったりもしたのもあって第一志望には入れなかったけれど、大学に入ってからも遊び惚けていた訳ではない。偏差値は低くても、四年卒業率は他の大学に比べると低く、勉強をしなければついていけない大学だった。四年間、大雪中大学へ通い続けた。

黒歴史になるような事を色々やらかしてきた。思い出したくもない事なんて幾らでもある。泣いてばっかりいた頃だってあった。素の自分はクソ野郎だと自覚したときがあった。

部活動理不尽に怒られたこともあった。理由があって怒られたこともあったけれど。それでも折れ曲がっても、続けて来たものがあった。

就職だって、今は行っているたった一社しかからなかった。それ以外は高望みだったのもあったけれど、全部落ちた。何度も東京やら色んな場所に行って落ちた。

楽ばっかりしてきたわけじゃない。これまでの過程は苦労はあった。

でも、もっと苦しい人はいる。自分より残業が圧倒的に多いのに賃金が少ない同期がいる。自分より年齢が高いのに残業が多いのに休日出勤しているのに自分より賃金が少ない人がいる。自分より苦労してきただろうに自分より辛い人が沢山いる。

でも、自分人生イージーモードだったと信じたくない。

自分自分なりに頑張って来た。そこそこの頑張りだろうけれど、それでも楽ばっかりしてきたわけじゃない。でも、今の社会では、自分人生イージーモードに入るのだろうと思う。

どうして、そうなのだろう。

奨学金をそこまで借りずに大学を出て、就職して、そこまで残業をせずに給料も悪くなく暮らせている。どうしてそれがイージーモードになったのだろう。それはノーマルモードであるべきなんじゃないかと、思う。

何かおかしい気がする。

おかしいのが自分なのか、社会なのか、自分には分からない。

おかしいのは自分だと、信じたくない。

それに、これから40年間以上、働きたくない。40年以上働き続けることが今の普通なのだとも思いたくない。

おかしいと思う。

権力勾配」という単語を使う資格って日本人に無いんじゃないか

世界の富の80%が1%富裕層に集中しているというニュースの中で、

その1%の中に平均的日本人がいるという話があった(年収300万くらい)

権力勾配という理論に基づけば、

年収300万の日本人も、全世界という位置づけの中では圧倒的な権力者なわけだ

その権力者である日本人が、権力勾配という言葉を使って「他の誰か」を批判するって、

とんでもなく欺瞞的なことではないのか???

まずは権力勾配の上方位置する自分たち立場を照顧脚下して、

自己批判するのがスジじゃないのか?


それが嫌なら、権力勾配なんて言葉を軽々に使うべきではないのではないか

何故僕勉もヒロインを増やし続けてしまうのか

ニセコイから何も学んでいない。

つぐみマリーに春ちゃんが終盤で適当に切られた悲しみを忘れたのか。

咲ちゃんは…また別の問題だけど。

いちご100%だってこずえちゃんという負け確ヒロインを突然投入したときは正直どうかと思った。

何故ヒロインを増やすのだ。

メリットデメリットを挙げてみよう

メリット

幅広いニーズに応えられる

基本はこれに尽きる。いわゆる萌属性網羅していくことで間口を広げる。

文系理系ダブルヒロインに追加された体育会系、そして先生・先輩etc...

かに商売である以上読者を増やすのが第一で、そのために手っ取り早いのは、未読者が興味を惹かれるようなキャラクターを用意することだ。

今の御時世2次元でも3次元でもアイドルグループ阿呆みたいな数いるし、まあそういう時代なのかもしれない。

ヒロインが増えたことで話が進む

膠着状態だった三角関係が、第3のヒロイン登場により引っ掻き回されるパターンなど。

こうなるとこの第3のヒロインは負け確で存在意義がそれしかなかったりするんだけど、

作者の力量次第では救われたりもする。

登場する必然性があるしメリットといえる。

ただし、三角関係が四角関係になっただけみたいな例も多々ある。

あと「話が進むたびにヒロインが増える」という似て非なるものもある。ラブコメじゃないけど「とある」とかそういうの。

デメリット

一人あたりの出番が減る

まずこれ。ダブルヒロインだと二週に一回メイン回だったのが一月、あるいは二月に一回になるなど。

初期ヒロインファン満足度は間違いなく下がる。

ついでに物語のものの進行速度も落ちてしまいがち。

主人公モテすぎて違和感を覚えるようになる

いわゆる主人公補正

何やねんお前急にモテ期到来ですか?(嫉妬)

主人公にはカッコいいところがあるから納得できる」とか言う声もあるけど

じゃあこいつ今までなんで彼女いなかったんだよ?なんでこんなに女子免疫ないんだよ?みたいな。

ラブコメ大事なのはヒロインもそうだけど、主人公の魅力がいちばん大事な所だと思うわけで、

「なんでコイツモテるんだよ」って思われたらその時点で全て冷めるわけです。

あんなに可愛かったヒロインだって「男を見る目のない女」になってしまう。

楽さんとかそんな感じでした。真中だって高3になるくらいまでは非難轟々だったし。

そうなるとですね

最早ジャンルが変わる

いちご100%を読んでいたと思ったらToLOVEるになっていた!?

1話を読んだ時の期待はどこに行ってしまわれたのか…

なぜジャンプヒロインを増やし続けるのか。もうやめてほしい

魅力的なラブコメもっと読者を集めたい気持ちはわかるけど、その方法ラブコメの質を落としている。

まあ今はまだ先輩も先生フラグ立っては居ないけど、だったらその分を文系理系に回してよって思うし

これでフラグが立とうものならって感じ。

先生の妹の登場はマジで「もう止めてくれ…」と声が出た。

蛇足

逆に最近サンデーは単ヒロインものとか多い感じ。

ハヤテのごとく!神のみぞ知るセカイが終わって、

天野めぐみとか古見さんとか魔王城とか単ヒロイン

だがしかしハジメさん出てきた時はどうなんだと思ったけど、あれは何かもう作品全体が作者の性癖に忠実な感じがして許せる。

からかい上手の高木さんゲッサンだし、ここ数年のサンデーは推せる。

2018-01-23

あなたの言う「寛容」って何?

https://anond.hatelabo.jp/20180120101421

  

元増田は「リベラル他者不倫行為に対して寛容であるべき」と述べているが、寛容という言葉意味が分からなかった。

  

今の法律は、不貞行為離婚事由になっていて、もし不倫をやったら慰謝料を取られてしまう。

これは不倫に対して寛容ではない。

から、寛容をめざして法律を変えろということだろうか?

  

それとも、ただ単純に、「他人不倫でいちいち騒ぐな」と主張したいのか?

しかし、「騒ぐな」という主張は、それもまた道徳規範の押しつけだ。騒いでいる連中をだまらせたければ、プライバシー権根拠報道言論制限をかけたり、マスコミ賠償責任を負わせるしかない。

(無論、そのような表現規制を強化するとすれば、有名人不倫報道で騒ぎたい人たちの自由と衝突する。)

腐女子ペニスバンドの話

片方の男がペニスバンドを装着し片方を掘るような表現はなんというのか。今日twitterではこんな話題腐女子界隈が盛り上がった。いろんな腐女子がいろんな持論を述べているのを見ていて、少し気になったことがあった。

「チンポどこいったの?いや意味わからんチンポ使おうよ普通に

この傲慢さにびっくりしてさ。これが男女逆で男性レズビアンカップルセックスについて「マンコどこいったの?いやマンコ使おうよ普通に」とか言ってたら「レズビアンじゃないくせに男は黙ってろよ」ってなるじゃん。男女のセックスで、彼氏バイブ使って「いやチンポ使おうよ普通に」なんて言うのだろうか。なんかこう、電車出産した女性に対し、「病院まで我慢しろよ」とか「入院しとけよ」といったみたいな、何もわかってないのに当事者の行動に口を出す、みたいなさ。傲慢さと無知さとマジョリティ特権と(彼女らの多くはストレートだし)。

セックス非情プライベート当事者同士のコミュニケーションであるたまたま男がペニスバンドをつける気分もあるだろうし、縛り上げた横でそばを打つことで楽しむこともあるだろう。なんかそういったものを軽視されて、外野からダメ出しされているのに非情にもやっとした。

アニメクレジット声優名前を一切出すな

極論です、普段アニメは見ないけれどバズったアニメを見る程度のライトファンなら、この感覚ちょっとわかってくれるかもしれない


アニメのこのキャラは有名声優の誰々ということで盛り上がるケース、もしその声優大御所ならば過去に演じて来たキャラクター名前がぽんぽん出てくるのも珍しくない。その声優過去にどんなアニメでどんな役を演じていたとか、いやー皆さんの本当にお詳しいこと。


どこのアニメのどのキャラクターっていう名前を出されても、いやまじで全然わかんねえよ


そういう愉しみ方をすることを否定は出来ないけれど、アニメの背景やストーリー関係ない盛り上がりはアニメに見えない所でやって欲しい。

そういう人が声優の演技の違いにどのくらい気がつけるのか。ひょっとしたら皆が皆、気がついているフリじゃないのか。


ツイッター見ながらこの声優が誰かであるとか盛り上がるケースを見たけれども、そこから声優の演技論だとか、どんな工夫してるとかなど一切を見いだせなかったんだよね。


さいきん声優の違いで盛り上がる層、随分前(10年前くらい?)に、やたらと「作画崩壊」と騒いでとにかくなんでもいいかアニメ煽りたがる層と同じノリをそこはかとなく感じてしまった。


声優の為にアニメ存在しているの?

そういう環境活躍している声優果たしてプロと言えるのか

CAFEditorはAviUtlとは全く関係ない開発初期段階の映像制作ソフトです

概要

2018/1/20からTwitter

 「CAFEditor(CAFE)というAviUtl正式な後継ソフトが開発されている」

勘違いしてしまうかもしれない情報拡散

実際にはタイトルにある通りAviUtlとは何の関係も無いし、AviUtl正式な後継ソフトでもないので、

勘違いする人が少なくなるよう、調べてまとめてみました。

 

AviUtlとは?

 「KENくん」氏によって開発されたフリーWindows映像編集ソフトです。

 プラグインも含めて高機能なので動画投稿者などの間で広く使われており、比較的有名なソフトです。

CAFEditor(CAFE)とは?

 数名の有志が開発しているマルチプラットフォーム対応オープンソース映像制作ソフトです。

 まだ開発初期段階であり、ごく限られた機能しか実装されておらず、実用段階ではなく安定もしていません。

 また、AviUtl作者の「KENくん」氏は一切関与していません。

 AviUtlとの互換性についても特に言及されていないようです。

勘違いやすくなってしまった理由

 ●CAFEditor(CAFE)公式サイトREADME

    「AviUtlの後継映像制作ソフトウェアCAFEditorの公式サイトです。」

    「More STRONG than Aviutl

    「A Way BETTER than Aviutl

    「CAFEAviUtlの後継として開発された映像制作ソフトです。」

    「CAFE(Creator's Advanced Film Editor)は、

     AviUtlの後継として考案されたプロジェクトです。」

  といった文言があり、たか正式AviUtl後継ソフトであるかのような誤解を招きやす状態になっていた。

 

 ●当然ではあるが、AviUtl作者の「KENくん」氏から許可を得たわけではない。

 

 ●指摘を受けてCAFEditor(CAFE)開発陣は

    旧: CAFEAviUtlの後継として開発された映像制作ソフトです。

    新: CAFEAviUtlの後継を目指し開発された映像制作ソフトです。

  という修正を行ったが、他の文言がそのままになっていることもあり、

  AviUtl公式後継ソフトだという誤解を招きやすい状況は1/23時点でも続いている。

  (HTMLのdescriptionのとこなんかは報告してあげないと気づかないかも?)

 

 ●また、上記修正を行った際、CAFEditor公式ツイッター

    「弊プロジェクトは以前よりKENくん氏の所在をお探ししております

     引き続きKENくん氏との連絡を試みて、公式後継ソフトとなれるよう頑張ります

  という、正直「なんだかなー」と思ってしま発言があった。

  (そうは思わないという人もいるかもしれないが、筆者の考えは後述。)

補足情報

 ●CAFEditor(CAFE)公式サイトに「AviUtlの後継」「将来的に専用の高速レンダリングサーバー検討しています」といった文言

  AviUtl公式サイトへのリンクがある件、また「公式後継ソフトとなれるよう頑張ります」といった発言などは

  開発陣の間で合意がとれていたものではなく、相互チェックがされていなかったり個人の独断であったりという事情がある模様。

 

 ●これらの文言発言などをめぐって開発陣の間でトラブルがあったようで、

  レンダラー/エンコーダー担当者の離脱なども起きてしまっている模様。

 

 ●設計/GUI担当の開発者は中学生で、3月~4月頃までは高校受験のため活動不可とのこと。

筆者の個人的見解

 ●AviUtl1997年から開発されていた歴史のある(古い)ソフトであり、更新2013年4月で止まっているため、

  「Windowsしか動かない」「32bitアプリのためメモリ使用量などに制約がある」

  「重い映像制作(4Kなど)は厳しい」といった課題も抱えている。

 

 ●CAFEditor(CAFE)の開発は、「良い映像制作ソフトを作りたい」という思いから始まったのだと思うが、

  現状を見ると「AviUtlの後継」という言葉に奇妙な執着を見せてしまっているように思える。

 

 ●「KENくん氏との連絡を試みて、(AviUtlの)公式後継ソフトとなれるよう頑張ります」という発言はいかがなものかと思う。

  全くの別ソフトであり、まだ初期開発段階であるにも関わらず、有名ソフト作者から後継認定を得たいという姿勢は正直言って好ましくない。

  もっと言うと、開発が進んである程度優れたソフトになった後だとしても、あまり好ましくないと思う。

  企業等がAviUtl権利を買収するというならともかく、そうではないのだから

  AviUtlの名声に便乗して名声を得ようとするフリーライド的な行為に見えてしまうこともある。

 

 ●CAFEditor(CAFE)はAviUtlという名前に頼ったり無闇に引き合いに出すのをやめて、

  独立したプロジェクトとして開発を進め、独自評価と実績を積み上げていった方が良いと思う。

 

 ●まだ開発初期ということや開発陣の事情などにより、公式サイト作成やチェックなどが滞っていたのは仕方ないと思う。

 

 ●トラブルもあったようだが、高機能映像制作ソフトが望まれているのは確かなので、無事にプロジェクト継続してくれることを願う。

anond:20180120180731

なろうにおける「おっさん」っていうのは、意味的には「少年でも青年でもない」程度の意味だと思うよ。「少年主人公希望する読者」や「青年主人公希望する読者」をフィルタリングするための装置であって(なお老人主人公ってのはそもそもラノベ的には射程に入ってなかった。いまはおっさんの延長線上でまま存在する)、そのもの獲得形質存在しないんだと思う。

もうすこし補足すると、「少年性や青年性の喪失」であっても「おっさん性の獲得」ではないってことになる。

まあ、そもそものはなし、現実おっさん中年)も、現代においてはままそうなんじゃないかな。

少年期の全能感や幸福感や無限の体力はもはやなく、青年期の情熱や異性に対する期待や将来に対する不安希望ももうなく、じゃあ、その代わりに何かを獲得できてるか? と問えば手に入ったものは少ないのではないかな。少なくとも自分は、日々を大過なく過ごすための惰性めいた処世術とか、職を時間内にこなすための小器用さであるとか、その程度のものしか身についたとはいえない。

その程度のおっさんしかない自分が、少年青年のもの結晶化したような主人公や、彼らの物語を直接摂取してしまうと、内臓に負荷がかかってしまう(お腹痛くなる)ってのはある。出来が良ければフィクションとして切り離して楽しめるけれど、私小説としてそれを読んでしまうと痛い。

カリオストロの城において、ルパンクラリスとらぶらぶちゅっちゅにはならんでしょ。ルパンは「おっさん」だからおっさんから父性の混じった誠意をクラリスに向けられたし、あの物語において、あれこそが美しい。ただしくおっさん物語だ。

からおっさん」というタグは「エビや卵成分は入ってません」みたいな、食品におけるアレルギー表示みたいなものなんじゃないかな。

もちろん、なろうっていう場所混沌のものなので、書き手によってはそこまで考えてもいなく、ただ単純に少年青年主人公で展開された物語の骨子を、おっさんというテクスチャで再梱包しただけのものもあり、その場合アレルギー表記はむしろ罠として読者に襲いかかる。

秒速5センチメートルみたいなのを、主人公おっさん差し替えてやったらどうなるかって、それはなんかキモくなるだけだって話だね。

おっさん」というタグ物語を巡るいろんな問ってのはまだまだあるんだけど、個人的には、当面は以上のような理解で良いんじゃないかと思っております

自殺願望は最大の否定と逃避である

まぁタイトル通りなんだけど、寒い時期に辛いことが重なると死にたくなる。

でも毎回楽で確実な死に方を考えてはあれがダメこれがダメと迷っているうちに暖かくなったり気分が上向きになったりで生き延びてきた。

いま、また死にたい気持ちが強くなっている。SNS過去投稿でもこの時期は毎年のように死にたいと言っている。

今は仕事が辛い。転職して4ヶ月、仕事も少しずつ覚えてきたところへ教えてくれていた人と2人で回してた仕事をいきなり一人でやれになってしまった。

当然仕事が回らない。残業しても終わらないままタイムリミット帰宅して、また翌日続きから

今は閑散期で暇な内容なんだけど、それですら強制的に定時で帰らされる日以外は二時間残業しても追いつかない。

残業時間が二時間なのは36協定の上限を守るため。

そんなこんなで仕事が遅れ続ける。

教えてくれてた人は別の部署に行きながら、機会を作ってこちらに見に来てわたし仕事をチェックする。

言ってはなんだが、この人が仕事はかなり色々できるのだが、教えるのに向いてない。ボキャブラリー貧困。伝わるように説明できない。

これではわたし仕事を覚えるのも滞る。

そんなこんなで仕事はずっと長いトンネルを走り続けているように感じる。そこから逃げたい。

いままでなんだかんだで働いてきたけど、正直に言うと仕事が嫌だ。

働くことそのものが嫌だ。働かなくてもやっていけるお金があるなら迷わず働くのをやめる。

こんなの多くの人が感じたり考えたりしていることだろう。

他にもいるかもしれないけど、わたし場合自殺願望がついて回る。

嫌なことから逃げる。嫌なことを否定する。そのために自殺を考えるまでがワンセット。

毎回、楽で確実な死に方をいろいろ考えては理由をつけてあれができないこれではだめだで、実行に至らない。

近日の予定を済ませてから死のうと考えては日延もしている。

こうしたことをしているうちは死ねないんだろうなと思うけど、毎年冬場にやってくる低迷した気分は年々重苦しくなってきている。何歳まで生き延びるのか、どういう死に方をするのかはまだ不明だが死に甘美な期待をいだきつつ生き延びそうなんだよね。

せめてゆっくり寝よう。寝るのは一時的な死だから

男も女の自立、成長を支援すべきである

ロチ

anond:20180123143738

女のプライドって、男のプライドと傾向・性質が違うよね?

女じゃないから、正直よく分からない部分もあるけど、観察してみる限り、「悲劇のヒロイン」=自己憐憫に浸って、セルフエスティームを高めようとする構造がある?

 

自傷癖も、自分を傷つけることで、自分価値を確かめようという試み、心理があるのではないか

嫌な気持ちをかき消すために、リストカットの痛みで、ごまかし/上書きしようとするのは、悪手(ダメ解決手段)でしかないと思う。

 

女はもっと自立して、たくましくなって欲しい。

男も女の自立、成長を支援すべきである

テニミュについて語らせてほしい

テニミュテニミュたる所以、それは「テニスの王子様」の物語から独立した「テニミュ」としての物語存在だと思う。

テニミュ」の始まりは、やはり初代青学メンバーだ。さらに言うなら、初代越前リョーマだ。(現在芸能活動をしていないため名前は出さない。)

彼が不運にも事故に遭い、生死の境をさ迷いながらも再び舞台に立った。それが「テニミュ」の始まりであると私は思う。ミュージカルテニスの王子様スタート、彼の事故、彼を抜いての再演、彼の復帰、そして卒業。ここまでが「テニミュ」の序章である

第1章は序章と並行する部分もあるが、青学2代目、3代目である

卒業した初代に代わり登場した2代目。しかメンバーの大半がミュージカル初心者。中にはデビュー作になるという新人も。

これが現在まで続く「若手俳優登竜門」というテニミュスタイルを築き上げることとなる。

当初は不評だった2代目も少しずつ人気をつけ、惜しまれながら卒業していった。不二役と海堂役が残り、3代目も同じキャストが演じた。(正確に言うと海堂役は2代目で卒業するはずだった。そのため立海公演からは新しい海堂になっている。詳しくは「黒歴史海堂」で検索ください。)

この、キャストが代をまたいで続投する形式は後述する2ndシーズンで「タスキ」と表現されることとなる。

第2章は青学4代目、5代目、そして1stシーズンの完結までだ。

ここではダブルキャスト海外公演が始まる。テニミュの最盛期と言っていいかもしれない。キャストの人気は高く、チケットは入手困難に。ストーリーとしても全国大会突入し、終わりが見えてきた。

目前に迫った終わりに向けて「テニミュ」は加速していた。キャストも、観客も、全てひっくるめての「テニミュ」は最高の形で終わりを迎えようとしていた。実際、「テニミュ」の第2章はここで終わる。ここで本を閉じても何の違和感も無い。

しかしまだ続きがある。テニミュ2ndシーズンという物語が。「テニスの王子様」の舞台化ではなく、「ミュージカルテニスの王子様」の再演となった2ndシーズンが。そしてこの第3章の主人公は間違いなく小越勇輝だ。

第3章は、「テニミュ」の文脈に沿ってガラガラの客席から始まる。そこから再びチケット入手困難になるまでの物語だ。

小越勇輝は、タスキとなってテニスの王子様(無印)のストーリー全てを演じきった。卒業していく6代目を涙とともに見送り、7代目の仲間達と笑顔卒業していった。16歳から20歳までの「青春」と表すに相応しい期間を全てテニミュにつぎ込んだ。彼のためなのか元からの予定なのか、2ndシーズンは約4年で終わる。1stシーズンが約7年であったのに比べて非常に高速だった。

そして高速であるために、1つの公演が終わりきらないうちに次の公演の発表が来る。観客はいしか恐怖感を忘れるようになった。「終わってしまうかもしれない」という恐怖感を。

それは公演の区切りだけでなく、シリーズ区切りでもまた同じだった。第3章がまだ終わりきらない、小越勇輝がまだ主人公をやっている頃、第4章の発表が来た。テニミュ3rdシーズンである

第4章もガラガラの客席から始まった。しかし「テニミュ」の登場人物達はそれをもう知っている。同じ物語が繰り返されると無意識的に知っている。

青学8代目の卒業と9代目の登場も、寂しさと期待を感じながらも無事に通過した。

現在テニミュは安定期にあると感じる。ガラガラというほどではないが、チケット入手困難というほどでもない。「行きたい」と思った時にいつでもいける、安定して楽しめる。「テニミュはいしか観客にとっても帰る場所になりつつある。

からこそ、第4章は試行錯誤物語である

演出家を変え、積極的海外へ行き、キャラを増やし、新しい公演を増やすキャストの素を押し出してみたり、ブロマイドキャラショットにしてみたり、一貫してない行動が多いがこれは先に進むためのトライであると思いたい。かつての熱気を取り戻すため、安定ではなく刺激になるための第4章である

第5章がいつになるのか、そもそもあるのかはわからない。ただ1つ言えるのは、「テニスの王子様」や「ミュージカルテニスの王子様」が終わったとしても「テニミュ」の物語は終わらないということだ。キャストが、観客が、映像が、残っている限り、物語は続いていく。

[]1月23日

今日バイト部活休みでした。


○常染色体優性遺伝

染色体優性遺伝の疾患には予後良好なことが多い。

なぜなら予後不良だったら、一族がもう滅びてしまっているから。

今この現代存在する疾患だから、常染色体優性遺伝でも予後良好であるってことかー。

うまく言えないけど生存者バイアスってヤツかな。

ちょっと面白かったのでメモしました。


筋萎縮性側索硬化症

ALSっていう有名な病気で、ドラマかにもよくなりがち。

これは上位&下位運動ニューロン障害されて、脳神経系麻痺が出たり体が動かなくなったりする。

だけど感覚神経や眼の動きは障害されないから、動けないししゃべれないけど視線の動きを使って家族コミュニケーションが取れたりするらしい。

からドラマにしやすいのかなー(言い方不謹慎だけど)。

ちなみに平均生存年齢は3〜5年だそうです。

原因も不明だそうで。

今日は以上です。

明日も頑張ろう。

マイナーカプから王道の別カプに移った同人作家へ抱く愛憎

無駄に長いだけの愚痴

やべぇ腐女子のやべぇ言いがかりだし、文章感情的で取り留めないのでご留意ください。




二次創作で、好きなカップリングがある。

めちゃくちゃにハマった。

何をやってもそのカプのことを考えてしまうくらい、これを書いている現在もハマっている。

ちなみにBLカップリングです。ここではそのカプをA×Bとする。

 

なぜめちゃくちゃハマったかというと、めちゃくちゃ最高な二次創作出会たからだ。

人によってカプにハマるきっかけは色々あると思うが、その勢いを加速させるのは最高な二次創作との出会いであることが多いのではないか

というか、私の場合はそうだ。

私にとってその「めちゃくちゃ最高な二次創作」はかなりの衝撃だった。

読んだ瞬間から私に決定的なカプ観を植え付けるとともに、

何度も何度も、台詞を覚えてしまうほど読み返し、「はじめにその二次創作ありき」と言えてしまうほど、私の中ではジャンル自体象徴にまでなった。

そのくらい、一瞬で心をガシッと掴まれ、体ごと持っていかれた。引き摺り込まれたというやつだ。とにかくそ作品が私に与えた影響はすさまじかった。

 

私は作品を読んだ後、すぐにその作者(以降Aさんとする)のツイッターを覗いて、ホームブクマした。

…これを聞いて引く人もいると思うが、私はファンになった作家ツイッターは、鍵垢でもない限り基本はフォローせずブクマするタイプで、

さらに言うとツイートだけではなく個人へのリプライまでもくまなく見るタイプだ。

そしてAさんのツイッターも早速、その対象となった。

  

 

Aさんのツイッターアカウントほとんどが日常つぶやきで、それも一日に多くて2、3ツイート程度の、とても大人しいアカウントだった。

そういうものなんだと思ってしばらくは黙って見ていたけれど、

 

私はとにかく飢えていた。

 

私の好きなA×Bというカップリングは世に言うマイナーカプというやつで、毎日どこかで誰かが作品更新してくれるようなカプではない。

(絶対数が少ないというのもあって、Aさんの作品は私の中でより神格化されていたんだと思う)

飢えていた私は、Aさんの語るA×Bの話がなんでもいいから見たくて、彼女ツイッターを遡れるところまで遡った。

だいたい一年から二年分くらいのツイートを全て見た。

 

すると、どうやら、Aさんは2、3ヶ月前まではけっこうA×Bについてあれが萌える、こういうシチュが見たい、という話をしていたし、

A×Bの妄想だけで一日に数十ツイートを費やす日も多くあったようなのだ

しろ日常ツイートのほうが少なく、当時のAさんの話題ほとんどは、A×Bや、Bという推しキャラクターについてだった。

一年ほど前には、『これからもずっとA×Bの妄想だけして生きていきたい』などと熱の入った発言までしていた。

 

それが、ある頃からカップリングの話をあまりしなくなり、ツイート自体も減っていき、私の知るような大人しいアカウントへと変わっていった。

A×Bの二次創作作品ほとんど投稿されなくなった。

 

その状況を私はROMとして見守るだけの、さみしいような期間がしばらく続いた。

 

 

ある日、変化が起きた。

 

ツイッターに、Aさんが別のツイッターアカウントリンクを貼った。

AさんはA×Bを描いてはいるが、読み手としては雑食らしく、雑食アカウント的な位置づけとして新しくアカウントを取ったということだった。

(最近こういうカップリングごとに垢分ける人多いよね)

 

当然、私はそのアカウントを見に行く。

そのアカウントは作られてからそこそこ日数が経過していたようで、そこでのAさんは、

元のアカウント(A×B垢とします)での大人しさが嘘のように、あれやこれやと別カプの話を楽しそうにしていた。

 

A×B垢に姿を見せない間、Aさんはずっとここにいたのだ。

 

多分、その新しいアカウントでAさんが語っていた話がたとえば、C×B(攻め違いの別カプ)の話であったなら私は、こんな記事を書いてはいなかった。

けれど、Aさんが雑食と言いながらも新しいアカウントでメインに語っていたのは、C×Aだった。

からすると、自カプの攻めが、受けをやっているカプ。

これを見て、だから何だよ、と思う人がきっと多いんだと思う。私もそういう、雑食気質なら良かったんだけど。

でも私は、うわっ、と思ってしまった。

地雷というほどの拒否反応はないけど、好きではないカプだったから。

よりにもよってそこに行くのかよ、と思わずにいられなかった。

 

だけどそのアカウントでのAさんはとにかく楽しそうで、活き活きとしていた。

Aさん曰く、A×B垢ではフォロワー地雷を憂慮してできなかった話が自由にできる!とのことだった。

 

それからのAさんは、C×Aの話をメインにその雑食用アカウントに常駐するようになった。

A×B垢では、ほとんどつぶやかなくなった。

 

 

Aさんは、新しいアカウントではA×Bはおろか、Bの話をほとんどしなかった。AさんはB推しだと言っていたはずなのに、まったく、名前すらもでない。

B推しの人たちが沸かずにはいられない熱い展開が原作にあったときですら、Aさんは別アカでC×Aの妄想をずっと話していた。

 

Aさんの心が、C×Aにハマったことをきっかけに、A×B、ひいてはBから離れていっているのだと、否が応にも察することができた。

それでも、A×Bアカウントでたまに、Bの話をしてくれるなら。

頻度は落ちてもまたA×Bを描いてくれるなら。

そう思って私は、新旧どちらのアカウントも眺めつづけた。

 

 

あるとき、AさんがC×Aの二次創作を発表した。

長めの、同人誌にしてもいいくらいの漫画を、無料で公開した。

 

私はドキッとした。

焦った。

その焦りは、AさんがもうA×Bに戻ってこないかもしれないという焦りだった。

 

私も二次創作をするから、分かる。

読んでいるだけのときと、一度でも自分創作する側に回ったあとでは、カップリングへの愛着に格段の差がつくってこと。

C×Aを読むだけで満足していたAさんが、ついに二次創作を始めた。

本格的にハマる、ハマってしまう、そう思った。

 

Aさんは素晴らしい作品を描く。

私はそれをよく知っている。

C×Aは、A×Bの10倍以上の投稿数がある、言ってしまえばジャンル内最大手王道カプだった。

まり書き手も多けりゃ、読み手もっと多い。

 

Aさんは素晴らしい作品を描くのだ。

 

から当然、その作品ものすごく評価された。

A×Bのときの比じゃないくらいたくさんの人に読まれ感想を送られ、Aさんは感激していた。

Aさんの承認欲求というやつが、王道カプの勢いによってじゃぶじゃぶに満たされていくのが見えた。

絶望的だった。

C×Aでこの快感を味わってしまったAさんは、このままC×Aでの活動を続けるだろうと思った。

 

 

C×Aの二次創作評価されるなかで、Aさんはこう言った。

『前ジャンルではこんなに反応なかったから、すごく嬉しい…』

 

ジャンルと言った。

おそらくA×Bのことだろう。

彼女にとってA×Bはもう、『前』のジャンルになってしまっていた。

 

ああ、と思った。

ぐるぐるしていた焦りが消えて、いっぱいの泣きたい気持ちに変わった。

 

そうじゃないと信じたかったけど、やっぱり、AさんはもうA×Bに飽きてしまっているんだ。

AさんはBを好きじゃなくなってしまったんだ。だってBの話、全然しないもん。

ショックだった。C×Aというカプに強い嫉妬心を覚えたし、Aさんの言う『前』ジャンルにいる私が、否定されているような気にすらなった。

ちょっと、待ってくれ、と引き留めて縋りたかったけど、何もできなかった。

なぜなら私はAさんのアカウントフォローすらしていない、Aさんにとって何者でもない、見えない存在だ。

Aさんがどういう行動をとったところで、私はけっきょく、何もできないのだ。

 

それからは、Aさんの些細な発言に私はいちいち卑屈な反応をするようになった。

自分がみるみる嫌な奴になっていった。

 

『C×Aで××なシチュが見たい!』

 …そのシチュA×Bのときにも言ってたよね。

 

『××はC×Aソングだと思う!』

 …その曲、A×Bソングとして挙げてた曲だ。

 

『C×A界隈ほんといい人ばかり!楽しい!』

 …A×Bはそうじゃなかったから楽しくなかった?

 

『私がこれだけC×Aにハマれているのは、C×Aの描き手さんの素晴らしい作品のおかげ!』

 …A×Bの描き手の作品ダメだったからハマれなくなった?

 

そんなつもりで言ってるわけじゃないと分かっているのに、勝手に卑屈になって、AさんがC×Aを持ち上げるたび、A×Bというジャンルに当てつけられているような気になった。

AさんがBの話をまったくしないことも相まって、AさんはC×A(A受け)の人たちに溶け込むためにA×B(A攻め)だった過去を消そうとしている、A×Bに砂をかけている、とも思った。

そんなことはないと理解していても、やっぱり勝手に、そう思った。

常にAさんを責めたいような、もどかしい気持ちを持て余した。

べつにAさんが、何か悪いってわけじゃないのに。

 

 

 

 

 

Aさんの中でA×BやBに対する興味が薄れたことが明らかになっても、それでもA×B垢のほうは一応、ほぼ放置アカウントのような状態で存続していた。

AさんはC×Aメインの人になってしまったけど、でもA×Bのアカウントはまだあるから、メインカプではなくなっただけで、まだきっとA×Bのことがちょっとは好きなはず。

私はそれを拠り所のように感じていた。このアカウントがある限り、やっぱりいつか、AさんはふらりとA×Bに戻ってきてくれるんじゃないか希望を持てた。

 

だけど、Aさんは結局、A×B垢を消してしまった。

すごく軽い感じに、消しますね〜(^-^)と宣言して消してしまった。

さらには投稿していたA×B作品も、特に反響の大きかったもの以外ほとんどを削除した。

Aさんは雑食と称した実質C×A垢に完全に移行し、C×Aの二次創作投稿をする人に変わった。

 

私はストーカー気質のやべぇ女なので、A×B垢が消えた瞬間に、AさんがC×Aアカウントフォローしている人をすべてチェックした。

Aさんのフォローなかに、A×BまたはB受けを扱っている人はひとりもいなかった。

A×B垢で相互フォローだった人たちとも、新しいアカウントではほぼ繋がっていなかった。

Aさんが軽いノリで消したA×B垢には、数年分の、けっこうな数のフォロワーがいた。

それらすべてを、A×Bというジャンルで得たものすべてを、Aさんは切り捨てたのだと私は感じた。

C×Aに移るために、C×Aの人たちと仲良くするために、A×Bで得た繋がりや、交流は、邪魔だったのだと。

私はそれを、裏切られたみたいに感じてしまった。

雑食と言いつつ、たぶんAさんはもうA×Bを読んだりしていないのじゃないか。きっとそうだろう。

そう思うと、Aさんが憎いような気がしてしまった。

 

ツイッターのつながりなんてプラレールの連結よりも軽いものだし、

ツイッター二次創作個人趣味であって他人のためにやっているものじゃないし、

アカウントジャンルの移動、垢消しなんて、気兼ねなく各々の自由にしていいに決まっている。

そのとおり。正論だ。

 

でも、そういう正論理解したつもりになっても、感情的な部分っていうのはうまく抑えられない。

 

私はAさんと話したこともないし、A×B垢もフォローすらしていなかったROM中のROMなのに、

こんな一方的な執着を持って、自分をたいがい怖くて気持ち悪い奴だとも思う。

 

からこれは、本当に、

めちゃくちゃで自分勝手で幼稚で一方的で低劣で正当性のない、

ただの、言いがかりなんだけど、

 

 

 

 

Aさんみたいに、簡単に好きなものが変わっちゃう感覚、信じらんないよ。

 

同人界隈では「宗旨替え」なんて聞こえがいい言い方をするようだけど、それって要は心変わりだ。

から現れたほうに目移りして、コロッと好きが変わっちゃう人。

その軽さ、少女漫画女の子みたいに浮ついていて薄情に思えるよ。

 

私は昔から一度好きになったものは変わらずずっと好きでいるタイプだったし、

子供の頃に遊んだおもちゃだって全部とってあるようなヤバイ奴だから尚更、理解できない。

そりゃずっと同じもの好きでいたら気持ちの鮮度は落ちるし、他の新しいものを好きになってそればかりに夢中になることは私もあるよ。

だけど、好きが増えることはあっても、今まであった好きが消えたことは私はない。

から好きな気持ちに飽きがくるって感覚が分からない。

好きだったものに興味がなくなる人が、分からない。

 

嫌な思いをしたというのならしょうがない。だけど、そうじゃないのに、

「新しく好きなものができた」という理由だけで一度好きになったもの簡単に捨てられる人、どんだけ薄っぺらいんだと思う。

今まであった好きだった気持ちはどこへ行くんだ?

消えるの? 無くなるの?

 

人間そうやって変化するのが当たり前で、ずーっと同じものに執着し続けられる私みたいな奴が異常なのかもしれないけど。

だけど私はそういう異常な奴だから、Aさんを見てこう思っちゃうんだよ。

 

 

飽きて捨てるなら、最初から好きになるなよ。

A×Bのときに言ってたこととぜんぜん違うじゃん。

ずっと好きでいるみたいなこと、気軽に言うなよ。信じちゃったじゃん。

信じちゃったから、あなたのこと、嘘つきって思っちゃったじゃん。

『前』ジャンルの人から見える場所で、そんなに楽しそうにするなよ。

今が楽しい楽しいって、何度も言うなよ。

それを言われるたび、『前』はつまらなかったって言われているように捉えちゃうんだよこっちは。

 

 

 

今のC×Aで得たつながりを、Aさんは有難いですって事あるごとに言う。

 

言うけど、

 

同じように有難かったはずのA×Bで得た繋がりを、あなた簡単に捨てたじゃないか

だったら今のC×Aで得た繋がりも、また少女漫画女の子みたいに好きなものがコロッと変わったときに、あなた簡単に捨てるんじゃないのか。

それなのに、いずれ捨てる可能性があるのに、それを、今だけ大事ものみたいに扱うの、よく分かんないよ。

あなたがそうするたびに、私みたいな、他人の変化を受け入れられない異常な奴はきっと、裏切られたって思うよ。

 

 

…もちろん、好きなものに正直でいるAさんが悪いことは、ひとつもない。

これはただの異常な奴の言いがかりだ。ごめんね。

 

 

 

 

そうして私はいまだに、AさんがまったくA×Bの話もBの話もしなくなったC×Aのアカウントを、フォローせずブクマしてツイート毎日追っている。

Aさんが楽しそうにC×AやA受けの話をするたび、つまらない気持ちになりながら、それでも見ている。

楽しくないならやめればいいのにと思うのに、やっぱり見てしまう。

 

 

私は自分でも二次創作をするので、毎日こう思う。

 

自分に圧倒的な画力があって、上手な漫画が描けて、それで最高の小説が書ければ、

離れてしまったAさんのA×Bへの関心を再び取り戻せるような、そんな作品を生み出せるのに、と。

そういう、ガキみたいなことを考えてしまう。

そして毎日、悔しいと思う。

Aさんにまで響くようなA×Bの作品を生み出せない自分が。

そんな作品はたぶん空想世界しかないんだと分かってもいる自分が。

 

いっそC×Aの人たちが致命傷を負うような絶望的な展開が原作に訪れたらいいのにな。

そうすればスカッとするかも、とか、性格が悪いことを考えたりもする。

Aさんの好きなC×A作家たちが一斉にA×Bにハマりだして、

Aさんも焦って「私もじつはA×B好きだったんです」みたいなこと言いださないかな。とかね。

我ながら呆れるくらい幼稚な発想なんだけど。

自分じゃどうすることもできないから、自分以外のありえない力や奇跡みたいなもの空想して、そうやって自分を慰めるしかないのだ。

じつに虚しい。

 

 

たとえば一方的にフラれた恋人にすぐに新しい恋人ができたりしたら、こういう心境になるんだろうか。

まり私は半ば恋に近いような執着を、Aさんに抱いているんだろうか。

いや、でも、こんなしょうもない感情が恋心に近いものだとは思えないな。じゃあ何なんだろうな。

最初はただのファンだったはずなんだけどな。

今の私の中にあるきもちは、もうファン心理とは言えないような気がする。

 

私はAさんが投稿するC×Aの作品も一応読むけれど、

それは作品を楽しむというよりは、A×Bを捨てたAさんがC×Aでどんなものを描いているのか確認してやる、という思いで読んでいる。

もはや監視の一環みたいな。

だってそもそも私はC×Aが全然きじゃないから。

純粋にAさんの作品に感銘を受けた、あの最初気持ちが今はもうどこにもない。

Aさんが好きなのか嫌いなのかよく分かんない。

なのにAさんに執着している。

この執着がどこから来ているのかよくわからない。

Aさんの気持ちがA×Bから離れてつらい、寂しい、という気持ちけが

はっきりと私の中にありつづけている。

 

はーー。

 

なにが虚しいって、こんだけの文字数で思っていることを吐露しても、まったく心に変化がないってことだ。

多分これからも私はAさんを追ってしまうんだろうし、

Aさんが楽しそうに今のカプを語るたび、遣る瀬無い思いをし続けるんだろう。

いつになったらAさんのことがどうでもよくなるんだろ。

くそうなってほしいな。そうなってくれ。

 

 

 

ところでこれを読んでいる人は、ここまでの内容を一体どういう目線で読んでいるんだろうか。

 

作家側の立場にたって、

うわっ世の中にはやべぇファンがいるんだな、めんどくせぇ、んなこと知らねーよ、好きにさせろ。て感じかな。

 

それとも一ファン立場で、

そんな事でそこまで拗らせるのはおかしいよ…他人に執着しすぎだよ…大人になれよ…。て感じか。

 

どっちも正しい感覚だと思う。

ただ、世の中にはこういうおかしい奴もいるんだという、それだけの話だ。

 

唯一救いがあるとすれば、ここに書いた煩悶はすべて私の中だけで閉じた感情であって、

Aさんになにか批判的なメッセージを送ろうとか、嫌がらせをしてやろうとか、

そういう気持ちが…まったくないとは言わないけど、

それを実行しようという気が私の中に無いことがせめてもの救いだ。

自分わがまま他人を巻き込んじゃいけないっていう当たり前の倫理観が、ちゃんと機能してくれている。

それだけは本当に、良かった。

 

私は最初から最後まで一貫して、Aさんの視界には映らない何者でもない存在であり続けるのだ。

 

しかすると最初に、A×Bのアカウントがまだあった頃に、

Aさんのことをちゃんとフォローして、あなたのA×B作品が何よりも好きですと一言でも伝えていたらよかったのかな。

そうしていたら、もっとスッキリした気持ちでいられたとか。

そんなことは無いかな。どうだろう。今更か。

結局わたしは、憧れていたAさんが私と同じものを好きじゃなくなったって事実を、許せていないだけなんだろう。

それだけのことでこんな長文の駄々をこねて、精神がガキすぎて話にならんな。

こんな地雷女のいるA×Bから離れたAさんは正解なのかもしれない。

せめてまったく別のジャンルに行ってくれていたら、こんなことは思わなかったのに。

ジャンルの苦手な別カプに行くって。大好きだった分きついよ。

 

いっそこの気持ちを糧に片思いストーカーBLでも描いたらいいかな。

ガハハ

 

あー。ままならねぇ

テイルズオブヴェスペリア、食への拘り(ネタバレあり)

そこまでテイルズユーザーではないのだけれども、ヴェスペリアに関しては割とやってきたつもりではある。

その中でも料理システムに関しては自分なりに考えたり想像を膨らませたりしている方だと思う。料理システムから見るテイルズオブヴェスペリア面白さについて書いていきたい。

ヴェスペリア料理システムキャラ毎に「作るのが得意・苦手」「好き・嫌い」があり、それにより料理成功率料理による効果の増減が違ってくるのが特徴と言えるだろう。

そしてこのシステム、かなりキャラの設定として凝っている部分でもある。

得意だったり苦手だったりはキャラ料理上手い下手設定によるものが大きく、エステルやリタ、ラピードが設定通り(というかラピードは犬だから)苦手な料理が多い。レイヴンは甘いものが嫌いだから作りたくないんだろうなという感じ、味の好みが上手い下手に繋がるのもイエスだね。

料理ヤバいキャラとして定着しつつあるフレンは実は苦手な料理が無いんだけど、これは成功した時のクオリティの高さで評価されているのかな。フレンの料理成功時の効果が高いもの

ジュディスは料理が上手い設定がバッチリあるから苦手なし、ユーリも無いんだなあこれは主人公補正か?カロルは手先が器用な設定があるから苦手なし、ここは一つ二つあってもよかった気もする…パティ料理上手に加え年齢関連の設定的に上手いんだろうね、APTX4869服用させられたみたいなもんやし。

得意苦手についてはまあこんな感じか。思ってたより考えてなかったな…すまない。

私がとても注目していたのは好き嫌いについて。

どうもヴェスペリアメンバーは「味が嫌い」「特定食材が嫌い」「その他特殊な条件で嫌い」があるようで。今回はユーリエステル、カロル、フレンに絞って書いていく。残りは各自考えてまとめておくように。

ユーリは嫌いなものなし。育った環境の貧しさや親友のアレがあって出されたものはなんでも食べるスタイルなのだろうな。そんななかマーボーカレーが好きっていうテイルズ主人公お約束的なところと、甘いもの全般が好きという属性盛り過ぎなところが憎めない。あんだけ今までの主人公と違う!とか言われてたのに結局扱いが王道な感じや、甘いもの好きという安易ギャップ好きだよ。ユーリはダークに、変わり種なりたくてもなれない男だなぁ。王道な人だと思います

エステル特殊好き嫌いがあると見た。

好きな食べ物天ぷらビーフシチュー、甘いもの全般。甘いもの女子からって感じだろうけど、天ぷらビーフシチューは凝った料理が好きなのかなというイメージ

問題は嫌いな食べ物!みそおでん、すきやき、ちゃんちゃん焼き漁師鍋…食材に嫌いなものがあるのかなと見るとミソが挙げられそうだけど、すきやきはミソ入ってないし…。味噌汁豚汁サバみそというミソ料理は嫌いじゃないんですよな。だから味が嫌いってのもあまり当てはまらない…。

しかしここで嫌いな料理の特徴を見てみると、大体がみんなで箸をつついて食べるスタイルなのではないかと気づくわけだ。みそおでんは設定画だと取り分けられてるけど、もしかしたら鍋からみんなそれぞれ取っていくスタイルなのかも…。みんなで一つの鍋をつつくのが嫌、これって割とよくある話だけどそういう気持ちエステルが持ってるかもしれないというのは面白いしありえなくはないと思えないだろうか。お城暮らしお姫様食事シェフが作ってくれて毎回きっちりエステルの分だけ取り分けられている、毒味なんかもシェフがしてたんだろう。そんなエステル一般市民と仲間となり一つの鍋をつつく…ほんとは嫌だけどみんなと食べるのは楽しい青空の下みんなで…エステルの仲間と一緒が好きなところと食への思いがぶつかる。

よってエステルは「ミソが調理法によっては苦手かもしれないけど、基本的食材好き嫌いはなく食事スタイルに拘るタイプ」ではないかと推測する。

カロルは好きな食べ物がわかりやすい。主食系は大体好きで、オムライスカレーミートソース(スパゲッティ)が好きだなんてもう絵に描いたような子供だね。おすし好きなのも可愛い…あの小さな手で…。甘いものやお肉料理が好きなのも可愛い

一転嫌いな食べ物についてはちょっと捻っていると思う。サバみそ、ちゃんちゃん焼きクラムチャウダー、ヴィシソワーズ、大根とイカの煮物…味も食材一貫性がない。魚が苦手なのかなと一瞬思ったけど、ならおさしみやおすし(生魚)も嫌いでいいのでは?ポテトがとてもダメなわけでもなさそう、からあげポテト好きだもんね。

ここで私が提唱したいのは、カロルの好き嫌い子供の味覚を再現しているという説。クラムチャウダーとヴィシソワーズはお味が上品過ぎて難しい…サバみそやちゃんちゃん焼き大根とイカの煮物酒のつまみ系というイメージがあるし…。嫌いっていうより、味覚が子供から美味しさが分からない状態なのでは?

我々リアル人間だって嫌いな食材でも調理法によっては食べられるわけだから実際ポテトと魚苦手なのかもしれないけど、フレンが特定食材を完全に拒否しているのを見るとカロルも「特殊な条件で嫌い」なのではないかと推測。子供というキャライメージを損なわない好き嫌いだなと感心してる。

フレンは肉が好き!イカが嫌い!とてもハッキリしている。エステルやカロルといった初期メンバー好き嫌いの凝り方を見るとフレンのそれは些か雑な気もするけど、フレンにもそういう「好きなもの好き嫌いものは嫌い」という意志があるって素敵だと思う。いつも何かしらに抑圧されてるイメージなので…食くらいは素直になりたいよね。

肉が好き!の中でもどんな肉が好きなのかっていうのは分かれるもので、フレンは肉の塊が好きなんだろうなと。ハンバーグステーキ豚の角煮ビーフシチュー豚汁とすきやきが普通であることを見ても肉はなるべく塊であることが望ましいようで。

嫌いなイカについては食材にイカが入ってるのは全てダメという徹底ぶり。漁師鍋という自分のために作られたような料理に嫌いな葉物野菜が入っているからと顔をしかめたりしないパティのような辛抱は一切なし、頑なにイカと和解しないその姿勢評価に値する。

ちなみにフレンのイカ嫌いがきっかけでヴェスペリア料理食材に目を向けるようになった。ありがとうフレン。

このように、本編での言動以外でもキャラ個性を見ることができるって素晴らしいと思う。

今回は書かなかったけど、リタの「食べる手順が面倒なの嫌だし生魚も嫌」とか、パティの「葉物野菜!!!!!」とか。趣向の違いは、あって当然なのじゃ。

そしてそんな個性豊かな面々が毎回どこからともなく集まってワイワイやってるのが好きなんだなあ。お互いに曲げられないところはあるけどそこを抑えてみんなでやっていく、大事なことですね。

こういった視点キャラを見てみるのも面白いからやってみよう!

フランス徴兵制復活で女も含まれているのは賛成しかねる

ヨーロッパはなんでも男女平等にして先進であるつもりなんだろうが、昔の日本の様に男女で役割分担する方が本当の公平だ。

時代錯誤だと叩かれるが、男は戦い、女は子育てをするのが、本当の男女の幸福だ。

ヨーロッパはずっと男尊女卑だった歴史があるから、こうして男女平等が叫ばれるが、日本はもともそこまで男尊女卑ではなかった。男女は違う生き物なのだから男女で役割分担をし、形式では男が、内実では女が権限を握ってきた。

日本はわざわざ遅れた欧米価値観を見習う必要はない。

anond:20180123003712

修士人間がやればいいことって研究テーマに対してストーリーを作って,

そのストーリーステップだてて,一つ一つこなして納得できるデータを添えればいいんだと思ってる

からこそ修士博士みたいに結果を求められているわけではないわけじゃん?

その点あなたのしてることは自分本位であろうとなかろうと,国際論文なんていうちゃんとした形にできているのであってもうそういう技術は身についているのではないのでしょうか

コレに付随して研究費を取ってくる,生活するために研究を行うのはドクターボス仕事であって,修士であるあなたのすることではないでしょう

ドクターになるならともかく就活してるんだから自分でも一年から薄々分かってたんじゃない?

親友女の子が好きだった女

から数えて、もうすぐで10年になるとは思う。

当時中学生だった私は、親友である女の子が好きだった。

たぶん、確実に初恋だった

恋愛なのか依存なのか憧憬なのかは分からないし、正直どちらでもいいとは思うが親友がとかく好きだった。

一緒に帰りたい思いだけで、自分の家とは真逆である親友の家まで送ったし、お小遣い制でもないしさして裕福でもない家庭であるのに、たまに祖母からもらうお小遣いをやりくりして、親友誕生日にあの子が好きそうなテディベアを送ったりもした。6000円くらいだった。

親友が他の友人と話すのも嫌だったし、一時期女子中学生らしくグループがごたついたとき親友が私のそばから離れることが嫌すぎて何度か家で吐いた。

自分が男だったら親友告白していただろうし、親友が男だったとしても私は告白していた。

親友とずっと一緒にいたかったし、親友の子供も欲しかった。

思い返しても、恋愛なのか依存なのかよくわからない。

ただ、あの時の私は本当に親友を好きだった。

親友と私が出会ったのは10歳の頃。

転校生としてやって来た親友は、はじめクラスの中でもパリピ寄りの女に囲まれていたのだが、生来そこまで明るくもない親友は結局、クラスでもオタク側であった私と何人かの男女のいるグループで落ち着いた。

彼女は要領の悪い性格で、あまり頭も良くはなかった。

運動もさして得意ではなく、同じく運動ができない私と二人で逆上がりできない組として先生に面倒を見られていたりもした。

勉強のほうは、私は少しばかり得意だったのもあって親友割合計算を教えたり、並列と直列の問題を教えたりとなにかと面倒を見たりしていた。

運動勉強も苦手な親友だが、絵は格段に上手かった。私もちょっとは得意かもと思っていたのだが、親友の絵を見たときにあっさりと打ちのめされた。そして一気に彼女に興味を持ったのを覚えている。

思い返そうとしても、思い返すだけのエピソードなんてなかった。

自転車で山まで走り回ったり、海に行ったり、桜を見たり、祭りに行って花火を見たりした。

中学生のころに目覚めた恋愛感情は、いつしか友人として親友の隣に居られたらいいに変わる。高校生となって親友と別の進路を選び、私は県内大学へ、親友は県外の絵を学ぶ専門学校へ行くことになってからは、あの子が健やかに幸せに生きててくれたらいいと思っていた。

こんな話を思い出したのも、今日で私が彼氏と付き合ってから三ヶ月が経ったからだ。

親友のことを思っていたのもあり、元からメンヘラなのもあり、顔も性格もブスな私は思春期に【同性を好きになってしまった】ことから段々とメンヘラが加速していった。

女神行為をして承認欲求を満たしたり、セックスまでは結局できなかったが出会い系で知らないおじさんに処女を捨てようとしたこともある。おっさんと付き合ってテレフォンセックスして、突然LINEで送られてきたおっさんちんこにびっくりしたりもした。

まともな恋愛遍歴が一切ないまま20歳を越えて、なぜか、今の彼氏出会って、惚れられた形で付き合った。彼氏上記のことをすべて知っている。それでも好きだと言ってくれる。なんでこんなクソ女を好いてくれるかは全く分からない。

たった三ヶ月、されど三ヶ月。

ちゃんと顔を知っていて、会ったことがあって、まともな職に就いていて、向精神薬を飲んでもいなくて、未成年セックスしたりしようとしたこともない人と、こんなメンヘラが付き合えたのは本当にすごいなあと思う。

この時期が一番いろいろあるんだよ、などと言われたりもしたが付き合う前に、お互いの弱い部分や私の過去なんかも話してあったために、今はまだ大きな壁なんかにぶち当たったりはしていない。

それどころか付き合いだした当初、好きとか分からなかったのに今じゃ同じだけの熱量彼氏に対して思っているのだから、恋ってすごいなあとも。

親友よ。私の一番大好きで、大切だった親友

私はあの時、あなたが一番好きだった。

上から目線で最低な女だけど、何もできない君がかわいくて大好きだった。勉強運動もできないのに、心を動かすような素敵な絵を描くあなたが大好きだった。

いまはもう、遠く離れていて会うこともできない親友。私はあなた幸せであることを、今だって願ってます。ごめんね、勝手に願われても面倒だよね。大丈夫だよ、一生君には言わないから。

私はずっと、彼氏のことを好きでいながらも心のなかに親友の影が残っていた。この問題、分かんないよと並べた机の向かいで聞いてくる親友がずっといた。

けど、ここで話せてようやく親友の幻影にお別れできそうである

今までありがとう、これからは本当に友達として仲良くしてほしい。

それから結婚おめでとう。

私の大切な親友へ。

anond:20180123153156

その肝機能の異常の原因が人工甘味料であることをどうやって同定したんだよ。

疑似相関と因果関係混同してんじゃねーよ。

センター国語ばかり槍玉に上げてるけど

センター国語プロ作家が解いても満点取れないとか、そういうことになにか意味があるのだろうか。

まず、入試の科目なんてのはその道のプロ選抜するものではない。

国語に限らず数学でも理科でも社会でも、プロ学者がすべての問題ミスなくこなすなんて無理だろうし、外国語だって場合によってはネイティブミスをするだろう。

入試は、特にセンター試験努力の成果を見るものなのだから、才能があるからと言ってできてしまっては意味がない。ちゃんと"お約束"を知っておくことは、当然要求される。

それに、プロというのは一芸があればいい。例えばプロスポーツ選手だってアマチュア向けのテストではあらゆる能力要求されるが、真の一流選手はいくつかの項目が欠けていても活躍できる。メッシが誰よりも足が速く体力があるわけではない。そういう意味でもあらゆる要素が満遍なく問われる試験というのは、アマチュア向けなのだ

そしてそもそも文学というのは書き手読み手認識が一致しないものだ。書き手意図が何の誤解もなく読み手に伝わるならば、文学なんてもの芸術でも何でも無くなってしまう。だからプロ書き手読み手立場センター試験を解けないのは当然と言えば当然だ。

強調しておくと、読み手立場センター試験、という認識が大切なのだ試験を出題するのは筆者ではない。出題者は、読み手なのだ試験の度に読む題材は異なるが、出題者の姿勢は一貫している。だから受験者に求められるのは、作品の筆者を直接理解することでは決してなく、むしろ読み手でもある出題者を理解することなのだ。

そして読み手である出題者の中には、作品の筆者に対する批判意識も当然あるだろうから、筆者の意図は正解とは関わらない。しかしその出題には連綿と引き継がれている傾向、理論があり、だからこそ受験者も一人の読み手としてでなく、問題の解答者として試験に臨むことができるのだ。

最後に、「文学の読み方に正解はない」という国語試験批判する大義名分は、人間知的営みの根本的な前提を確認しているに過ぎないことに言及しておく。そもそも、どの学問を取っても、普遍の真理には程遠く、最新の理論などと言っても一つの解釈しかない。皮肉なことに、科学歴史恣意的ものだという議論入試現代文に繰り返し登場しているありきたりな話なのだが。

結局のところ、センター試験呈示する「読み方」を疑問視するなら、数学の、自然の、人間の、「読み方」である他の科目も―本当の正解とは限らない。逆に、センター国語の出題の背後にある理論は、他のすべての科目の理論と同様、絶対普遍のものではなくとも一つの体系を成している。その事が未だに十分に認識されていないことは、センター試験の失敗でもあり、今後試験の形が変わっても国語教育課題であり続けるだろう。

人が排他的なのは集団しか形成できない性質をもっているか

人は自分が仲間と思える人たちで固まって集団形成しようとする。そして小集団(仲間)と他の集団(仲間ではない)に分かれたがる。なぜ小さい集団派閥のような)を作りたがるのか、それが意味することは何なのかずっと考えてきたのだが、単に小集団しかまとまれない性質があるとみなせば済むことだった。最近国家がうまくいかなくなっており、国家間で分断が生じつつあるのは結局、人の小集団しか形成できない性質が変わることがなく、国家というシステムになじまなかったからだろう。国家は人が多すぎる、国民全員を仲間とみなせというシステムは人には無理があった・・。人が仲間とみなせる人数には上限があるのだろう(多い人もいるし、少ない人もいる、100人ぐらいを仲間とみなすことの出来る人もいれば、10人ぐらいしか仲間とみなすことのできない人もいる)。なぜ大規模な人数を抱える集団を作ることが難しいのかは、人数が多すぎると集団がすぐに維持できなくなるから。おそらく仲間割れが起こる。人はただ集まっているだけでは烏合の衆であり、みなで協力し合える体制をもったまとまった集団でないと意味がない(持続的に生存できない)。まとまった状態であるにはリーダー必要リーダーがいない集団はすぐに消滅する。人員が増えれば増えるほどリーダーには集団をまとめあげる能力が求められる。平凡なリーダーしかいない集団は少ない人数でまとまるしかなかった。大勢集団をまとめあげる優秀なリーダーが出現したとき帝国のようなものができ、栄えることがあったが、めったにそのようなリーダーは現れない。現れないほとんどの時代は人は小集団形成して、人員が増えることがあれば、維持できる人数までで構成される複数集団に分かれていったのだと思う。

地方が衰退して人口が減っていっていると言われているが、おそらく都会にリーダーをやるべき人を取られているのだと思う。リーダーになれるような人は都会に行ってしまう。集団をまとめあげ、協力体制を築かせるにはリーダー人間必要で、そのような立場の人のいない集団は衰退していくのだろう。

リーダーは人同士をつなげていくという能力をもっている。ぜんぜんタイプの違う人同士をつなげるようなことができるのが優秀なリーダーになると思う。

フリーランスメリットデメリット

IT所謂Web系でフリーランス2年半やったので所感

 

注意:

フリーランスは業種によって状況がまるで違うと思います

サンプルは自分と、今まで見てきた他のフリー約15人

 

メリット

 

デメリット

 

身も蓋もないですが地頭勝負な感じしま

うまくやってる人は大企業くらい入れそうな学歴だったり

(実は学歴だけ高くても大企業入れない人って結構いるんですよね、そういう人がフリーに多い気がします。つまり変なやつが多い。協調性ないとか)

 

報酬が高い

危機感が落ちる

最近これが割りとやばい気がしています

多い人だとそこらへんの部長職くらいもらってます

するとハングリー精神がごっそり落ちます

ハングリー精神が落ちた技術者がどうなるかは・・・

自立自生できないには危険(私はできません)

 

メリットデメリット眺めると、昔フリーターというものが出た時に目指した姿な気がしますね

とは言っても、全体的にそんなに数居ないし

平均的な人がフリーになって上手くいくとは思えないので今後も増えないでしょう

基本はやっぱり社員フリーは何か変な奴らで永遠にマイノリティです

無人コンビニって消費者メリットあんの?

目の前に普通コンビニ無人コンビニの2つが並んであるとして、無人コンビニの方をわざわざ選ぶ?

もの凄い安いとかなら分かるけどさ

あるいはピーク時にすごい会計早いとか、限定商品がそこにしかないとか? うーん

主語を大きくする訓練

スタート

東京は昨日雪だったけど、仕事が忙しくて帰れなかった。もっと早く帰りたかった。

 

1.帰りが大変なのは分かっていたわけだから、私は無理にでも帰るべきだった。

2.私の部署では一部が居残っていた。全員が帰れば私も仕方なく帰ったはずだ。

3.全社的に強制的に退社させるべきだった。あるいは出社させるべきではなかった。

4.昨日、政府がはっきり外出禁止令を出すべきだった

5.雪が降った場合会社休みになるよう、法律を作るべきだ

6.昨日の雪で帰れなくて困った。困らないような制度づくりは日本人の願いである。

7.この時代にあっても、雪の日に出社しなければならないのは人類の汚点である

8.宇宙を見渡したところで、雪の日に出社したい者など居ない。

 

所感:

主語が大きくなるにつれて、主張が雑になるのを感じた

・結局最初に何を感じていたのか分からなくなった

・徐々に他力本願になるのを感じた

・徐々に自分ではどうにもできない感じがしてきた

主語を大きくするのは難しいと感じた、逆に小さくするのも難しいのかもしれない(要調査

主語は大きくはできるが、小さくはできないのではないか(仮説)

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