「である」を含む日記 RSS

はてなキーワード: であるとは

2020-08-12

anond:20200812094609

男女の数が全く同じであるはずないのに

同じ数を求めてきちゃう時点で馬鹿の極み

平和とはすべての国民政府従順状態のことである

そしてすべての国家が、強大な国家に対して従順状態のことである

香港政治活動家じゃなくても逮捕されるだろ

ちょっと冷静になって考えてくれよ

外国と結託して国内暴動させたら別に中国じゃなくても逮捕だぞ

最悪死刑である

そういう活動をしてたことを否定するやつはいないだろ

香港暴動があったことを否定するやつはいないし

活動家が外国に協力を呼び掛けてたのを否定するやつはいないだろ

そうやって国内暴動煽動することはどこの国でも犯罪なんだよ

から俺はこうなることを分かってた

その上でお前ら彼女御輿に担ぎ上げて責任とれんのかと警鐘ならし続けてた

さて、お前らどう責任とるんだ?

日本技術力停滞についての考察

  1. 数学統計
  2. 数学,統計プログラミングに落とし込む力、モデリング
  3. 科学技術情報収集
  4. 標準化
  5. マニュアル化


数学統計について

数学科ではなく、工業で使える数学統計を多くの技術者が使いこなせていないのを、AIブームで感じる。

流行っていたWebプログラミング比重を置くと、そもそも勉強しなくてもプログラミングはできる状況があり、優先度が低いと捉えられていたのではないか

もちろん全く使えないことはないが、大学教科書で数式の変形はできるが、現実問題リンクしていない。

既に知れ渡っている手法については数式も含め理解できるが、現実問題を解くとき対処しきれない。


プログラミング力とモデリング

数式でモデルを作れたとして、プログラミングに落とし込む所にハードルがある。

数値計算量子化誤差、近似化などである

プログラミング言語として、速度の遅くならないベストプラクティスは多くの人が興味を持つが、

その前段階のアーキテクチャの部分について検討できない。

bfloat16といったのが自分達で作れない。


科学技術情報収集

民間アメリカしか見ていない。

政府は、欧州中国科学政策収集論文数などの統計は取っているが、内容までは踏み込めていない。

中国科学力が伸びてきているといったときに、大学でどこまでの教育水準なのか、といった情報はない。

アメリカ大学院で使う洋書は、日本大学院でも使うが、中国については情報はない。


中国語が最先端の部分が出てきているのに危機感も、学ぶ姿勢もない。

議論するとしても、論文数、研究費、人口グラフを眺める所から深くはならない。

中国科学院は馬鹿にできない。

英語サイト外国人雇用用ページなので、自動翻訳を使いながらでも見てみることをお勧めする。

http://www.cas.cn/


標準化

製造業JISがあるが、ソフトウェアについても開発手法など標準化を進めたほうが良かったのではないか

アメリカ組織力に勝てないのに、国内企業間の過当競争でつぶれてしまう。

〇〇ペイは競争によって技術力が向上しただろうか。広告合戦で終わった。

消費税対応としても、増税による消費減を打ち消すだけの効果はなかった。支払い方法が増えても、集客は増えない。

結局、支払いプロセスが複雑になり、事業主負担が増え、一時的対応端末で売り上げは伸びるが将来の更新費を賄えない。



マニュアル化

マニュアル人間が悪いと言われているが、知識を多くの人に広めるためにはマニュアル化必要だ。

Matlabマニュアルのように、複数機能を使う時、どのように組み合わせれば目的が達せられるかといったのは重要だ。

https://jp.mathworks.com/help/stats/improve-an-engine-cooling-fan-using-design-for-six-sigma-techniques.html

柔軟性に欠けるのはマニュアル更新しないことが問題だったりする。

もっとも複雑すぎる事象を、簡便にわかるように整理するエリート必要だが。

インターネットで表舞台に立たなくなってから、もうずいぶんと長い年月が経つんですけど、別にインターネットと縁が切れるわけでもなく、今日も俺は教え子に脅迫されるやつの最新巻を電子書籍で購入してその場で読み、サブスクアルカテイル聞きながらはてなトップページ見てるわけなんですけど、俺は冬燕ちゃん派です。おっさんになってくると「家でごはんつくって待っててくれる」みたいな部分に脆弱性が発生して絶望する。

いまやもう大文字の「インターネット」なんてものもどこにあるんだかわからんですが、てゆうかそんなものはもうなくて、世間様だけがあるんですけども、そういう意味で、あれまなめさんだったかな「ツイッターインフラ」って言ってたの、あれめっちゃ本質だったなあという気がします。

めっきり個人ブログの入らなくなったホッテントリ見てて、俺あんまり感傷ってものと縁のない体質なんですけど、俺かつてここにいたんだよなあ、などと思ったら、なんか遠い気分になってしまった。

それで、俺かつてあの場所でなにやってたんだろうな、なんて考えたんですけど、たとえばブログから絶対収入を得ない、だから好き勝手に書く、でも好き勝手に書いてるんだから、せめて読んでる人の暇つぶしくらいにはなりますように、くらいのことは当時でも考えてたんですけど、このあいPhaさんのインタビューだったかな、あれ見てるときに、不意に思ったことがありまして。

俺ひょっとして「親戚に一人はいる妙な大人」をやりたかったんじゃないかな、と。

というのは、俺にはロールモデルってのがいなかったんですよね。自分が将来どうなっていくのかとか、あるいは将来こうなれって言われるとか。ただ「ああいうふうにだけはなりたくない」というのだけが強烈にあった。その「ああいう」ってのは、つまり俺が子供時代を過ごした1980年当時の「大人」というものだったと思います

現状の俺がどういう物体であるかはさておき、いま、変な大人、けっこうネット上で見かけるんですよね。それは単純に「俺がイメージする大人」とは違うという意味で。

俺はそういうのすごくいいなあと思うんです。

たとえば30とか40越えてなお「変」でありつづけるっていうのは、これはかなりの難事業だと思うんですよ。なぜ変なのかといえば、自分の内部にどうしようもなく世間と折り合いがつかない部分があるからで、その折り合いをつけないまま生きていくためには「どうしようもない部分」以外の折り合いはつけなきゃいけない。それってかなりの知性が必要作業で、俺が「いいなあ」と思う変な大人は、みなそれを持っているように見える。変と見られることを恐れていないように見える。

それがね、いいなあと思うんですよね。そういう人が呼吸できる場があるということが。文章なりなんなりを発表できる場所があって、それに共感する人たちがいるということが。ひょっとしたら、変な人が変な大人でありつづけていることで、救われているだれかがいるかもしれない。かつて救われたかった子供だった俺は、そういう人たちを見て「いいなあ」と思うのです。

かつてブログやってたころ、よく「自分もたいがいひどいが、あの人にくらべればまだまし」という扱いを受けることがあって、それって俺にとってはたぶんモチベーションひとつだったんですよね。どうだ、ひどいだろう。しか安心していい。それでも死なない。なんとかなる。

ほら、書く人ってよく「十代の自分」を相手に書いてるっていうじゃないですか。当時はそんなこと思ってなかったんですけど、あれはやっぱりそういうことだったのかなあ、なんてもうじき50歳の俺は思います

学生起業家の末路(研究者志望END)

小さい会社経営している。博士号を持つメンバーを中心に顧客研究支援する仕事をしていて、今期は黒字になりそうだ。

こう書くと自分で読んでも順風満帆に思うが、私の心持ちはかなり違う。

毎年新年度を迎えると人件費の確保に心を砕き、年度内は払えるようになると次年度を想像して震え上がる。そういう繰り返しがここ数年のパターンになっている。最近、ふとしたこときっかけで、現状を疑問に感じるようになった。

すこし昔の話をさせて欲しい。

私は地方の、おそらくそ貧乏でもないラボ大学院生をしていた。時々教授が外部資金をとってくれると、研究資材をストックして細々と使う。スタッフはいない。ホームページサーバー管理学生が交代でこなした。

大学院生とき卒業したら研究から離れてサラリーマンになろうと思っていた。私の研究は、とても役に立ちそうになかった。それがたまたまビッグデータ/データサイエンス流行に乗り、博士論文研究特許を取って会社をつくった。もちろん何年もやるつもりはなく、流行りの間だけ研究費が稼げれば儲けものだと思っていた。

幸運が度重なり、会社の人は増えた。会社から発表した論文も正確な数が答えられなくなった。そんな中である日、数百万円分の資材がダブついていることがわかった。大学院生ときの私に渡したなら、きっと嬉々として全部持ち帰っただろう。

いまの私は、余っている数百万円分の資材の楽しい使い道が思い浮かばなかった。それでいいのか?私はいったいどうなってしまったのだ?何のために仕事をしている?

いちど違和感に気づくと、自分のあらゆる行動が不適切で、問題を抱えているように見えた。研究費用を捻出することはいつの時代も大変で、まだシニアのような信用を勝ち得ていない私の年齢で、数百万円、数千万円の研究費を使える機会は稀有であろう。年間一千万円近い研究費は、ふつうそのキャリア黄昏に、膨大な業績リストの上に支給され、組織運営等沢山の業務の合間を縫って取り組むものだ。その頃には自身の眼や手はかなり自由が利かなくなっていて、スタッフに頼んだり、あるいは学生の成長に期待することになる。

振り返ってみると、数ヶ月前も研究拠点になりそうな建物への先行投資を考えたことがあった。来年体制維持に怯え、場所だけでも研究者でいられるように確保しようとしたのだ。思うにいまの私は「金勘定で忙しい今が落ち着いたら研究をしよう」と考えている。これでは鬼に笑われる。

単年でも研究できると思ってはじめたはずだ。それがいつの間にか、いま研究に没頭していない言い訳を、来年経営心配のせいにするようになっていた。研究をすすめるための振る舞いの代わりに、研究者を名乗るための、名乗り続けるための振る舞いをしている。

ポテトチップス空気の入った袋である

我々が入山料とともにポテトチップスを購入するとき

そのポテトチップスに求めているのはお菓子ではなく空気である

しか平野においてポテトチップスが袋の形を纏っていることに合理性はあるのだろうか

プリングルスのように缶のほうがよいのではないか

同じ内容量を運ぶなら袋はかさばるので缶より多くのトラック必要になる

地球環境にも悪い

anond:20200811201813

声優バラエティは闇である

キャスティングからして闇だ。ほとんどが同じ作品に出演した声優同士を組ませる。

何が闇なのかよくわからない

テレビバラエティー番組もスポンサーとのコネ事務所関係ドラマ宣伝とかでキャスティング決まるやん

それも闇なのか

桃が2つ川を流れてもおばあさんは1人しかいない

おばあさんに選ばれなかった桃が鬼ヶ島に流れ着き、桃の中に入っていた子供鬼ヶ島で生まれ鬼太郎と名付けられる。鬼太郎は鬼達に育てられ、鬼の一味として暴れ回る。

桃太郎が鬼を滅ぼしたときに片目を失いながらも生き残った鬼太郎は、死んだ養父の魂を黄泉から呼び戻し、くり抜いた養父の目玉に宿らせる。

ネズミ、猫、老婆、翁、布、壁を従えて鬼太郎一族の仇である桃太郎を追う。復讐鬼太郎誕生だ。

ここから現代人が学ぶべきことは、家事を妻に任せきりにせずに夫も手伝うことである。桃を両方拾っておけば血で血を洗う復讐は起きなかった。鬼太郎になるはずの子は桃次郎となって、桃太郎の強力な味方となっていただろう。

あれ、いつの間にか人生積んでる?

本日辞表を出してきた。

年齢は30ちょうどで職業サーバーの設定をする人だ。

この道に入ったのは半年前。資格をいくつか勉強してなんとか職にありつけたが

職場上司と激務に耐えかねて発狂する形で、ポスト辞表を送ってきた。

まだ出向の契約がまだ残っているのだがやめてきた。

明日の出向先に行かないつもりだがどうなることやら。

それで自分スペックを洗い出してみたが、20代と違って、

これから徐々にリーダーとしてのスキルやそういったことも求められてくる。

しかし私にはそう言った経験ほぼほぼない。あるにはあるが班長レベルである

要するに私には同年代エンジニアと比べて徹底的にスキルや何もかも足らないのである

今さっき唐突不安が襲ってきてようやく気付いた。

私終わってないか

でもどうすればいいんだ。

2020-08-11

Nintendo Switchを廃棄する公式手段がみつからない

Nintendo Switchを捨てようと思ったが、公式にはその手段がみつけられない

今や多くの電子機器に内蔵のリチウムイオンバッテリー、これはSwitchにも内蔵されている

バッテリーは下手に廃棄すると発火の危険性もあり、本体とは分別して廃棄する必要がある

自分の住んでいる自治体に限らず、おそらく多くの自治体でもそうした指示なのではないのだろうか

任天堂に問い合わせてみたところ「分解はできない」と「自治体の指示に従え」の定型文以上の回答は得られなかった

自治体の指示に従おうにも従えないので問い合わせをしているのだが、廃棄について何も想定していないのだろうか

Joy-conドリフト問題のせいもあってかAmazonであの特殊ネジなど幾らでも二束三文で手に入るものであるし、

本体の分解の仕方もネットで腐るほど見つかるとはいえども、公式見解に従う限りは全く廃棄不能物体と化した

任天堂はJBRC会員のはずだが、Switch場合は内蔵バッテリーから対象外なのだろうか

修理窓口でバッテリーの取り外しだけ行ってもらえるのかどうかだけ確認して、ダメならいっそ自分で分解して廃棄しようかと考えている

追伸

流行りのどうぶつの森シリーズファンだったので本体を買ったのだが、ゲーム要素を無理やり小出しにしたような構成だったり、

有料テストプレイヤーにでもなったような気分にさせられるバグが度々あったり、UIがあまりにも洗練されていなかったり、

挙句の果てにごくごく単純なゲーム開始のロードにさえも失敗してデータが一部消失するような完成度であっという間に白けてしまった

プレイ状況によってはロードが失敗する場合もある、とのサポートの回答が本体まるごと含めた廃棄を決意させた

買ったばかりの本体で、開始したばかりのゲームロードに失敗するなら他にどんな遊び方したって駄目なように思うのだが

ほとんど新品だから中古品として売却した方が得という理性と、こんなゴミクズ捨てなければ気がすまないという感情の対決

結局のところ、感情の方が勝利してしまっている

死ぬほどのことではないけれど

大のためにはショウは犠牲になっても良いというと違うけれど

うーん。まぁ、命を張って勝負する以上戦友であるから仕方がないか

痛みは分かち合おう。

下方婚したくない言い訳が「清潔感

貧乏は嫌い」と言ったら差別になってしまうので、差別にならない言い訳が「清潔感」なのである

anond:20200811111433

前にも似たような事書いたがお前の置かれてる状況は男にとっての恋愛の「普通」でありスタート地点だからな。

自称悲惨増田はいっぱいいるけど男と女交際経験の有無が明らかに差あるのわかるだろ。女ってだけで圧倒的に恋愛強者なの


お前はその圧倒的なゲタを履いてなお男の通常レベルしか成れなかっただけなんだよ。若い女チートなのはマジ。チート使ったのに才能なくて一般プレイヤーと互角の勝負してるの。滅茶苦茶にゲタ履かせてもらってなお落ちた医学部現役受験の男みたいなもん。


それを踏まえた上で増田投稿を見ると、非モテがよく言う「※ただしイケメンに限る」をハチャメチャに膨らませただけの文章であることがわかる

高潔でありたいビビ

人生で1度は「よーし死ぬぞ」と決心するときが人にはあると思う。

全部どうでもよくなるとき、当てつけに死んでやると燃えるとき、とりあえず思いつきたとき等々色んなタイミングで、増田はよっしゃ死ぬぜと思う。

メンヘラではないがガラスハートで、特に目立った才能もないのにプライドだけはエベレスト級。些細なことでプッツンと、生きるぞという気持ちが途切れる。



さて、今日もいつものように首をくくりたくなってきた増田は、とりあえず手近な紐らしきものを探した。

一般家庭に人を吊るすのにいい紐・いい縄なんて無く、結局フェイスタオル妥協することにした。

好きなバンドフェイスタオルだった。

頭では死んでやろうと思っているくせに、考えたのは「このバンドはなにも悪くないのにこんな用途で使うのは申し訳ないな」ということだった。

自意識過剰増田はそんなに有名人でもない自分の死の情報が、特に『何を用いて死んだか』が広まる事にビビった。


死ぬ関係いか、と思ってタオルを引っ掛ける場所を探し始めた。

そして次は「ここ借家なのにやっていいのかな」と至極真っ当な不安が過ぎった。

その時点でこれから首を括りましょうという人間の発想ではないなと、思った。

そのまま引っ掛ける準備をすすめて、いよいよというときになって、準備の悪い増田遺書ひとつでも残してやろうかと初めて考えた。

そしてやっぱり「遺書とか重いし嫌だな」と思った。

プライドエベレスト増田はまだどこかで自分が死んだら悲しんでくれる人がいるのではないかと期待している。その人たちの重荷になるような事はしたくないと思うのだ。

存在しない理想の誰かに申し訳なさを感じる自己完結ビビり。死にたい死にたいと思うだけの自己愛化身



ビビりでプライドが高いので、誰かに死にたいとこぼしたことは無い。心配をかけたくないし、メンヘラと思われたくない。

勇気がないだけなのに、ぶん殴りたい奴がいても殴るのは良い方法ではないと、自分高潔であるために人に手を出してはならないと、自分を納得させている。

憎くて憎くてしょうがない相手でも、相手を害せば相手のことを大切に思う誰かを傷つけるのでは無いかと怯えている。

とにかく誰かから良く思われたいがために、いつも高潔でありたいと願っている。


こうやっていつも、自分死ぬときまで誰かに良く思われたいんだ、と考えて死ぬ気が失せる。

高潔に死のうとするビビりの自分に、誰かに良く思われるような『理想高潔自分』が見いだせず尻込みする。

自分に酔って生きているから、自分に酔えないと死ねすらしない。

から今の増田は、好きなバンドタオルで汗を拭きながら、だらだらとお手本のような自己陶酔文章を書いている。

持病がある場合会社への告知義務がない場合

会社がしらない薬を飲んでいることがある

その場合会社が紹介した医師および薬剤師からもらった薬をすべて破棄していることがある

この条件下で

会社で倒れた場合会社会社医師の投薬履歴に従って意識不明下で医師が投薬をした場合

最悪のケースでは死に至る可能性がある。

なぜ会社医師が、自分が処方している薬を飲んでいると思うのか?

会社という存在がいる以上、自分は嘘しか言われていないと思わないのはなぜか?

なぜ産業医産業医であるという段階で患者に恨まれている可能性を検討しないのか?

セクハラパワハラという言葉を聞いたことがない人が、医師をしていてもいいのか?

 

パワハラセクハラ場合産業医産業医というだけで恨まれており、そこに理由はいらないし信用されることもない

これは単純な事実だろうし、信頼されようとすることが医師によるパワハラ

ただし面談ではにこやかに対応され、先生ありがとうといわれる。

働きたくないでござるを貫くのも楽ではないでござる

物心ついた時から働くことに時間を費やすのが理解できなくて、幼少の頃より「俺は極力働かんぞ!」という鉄の意志があった。

九時五時勤務の古き良き公務員であった父を見て、やりたい仕事公務員という学生時代を送り、新卒カードで試しにサラリーマンをやってみたけど数年で挫折、予定通り古き良き公務員への転職と相成ったのである

が、この職に就いて10年余が経ったところで大きな閉塞感に襲われている。

単調な業務、程度の低い同僚、能力が反映されない対価。古き良き公務員を定年まで勤め上げるのにも適正というのが必要なんだな。

無い物ねだりだというのも理解しているけど、好きな仕事を見つけられた人が羨ましいよ。

韓国アイドルがなぜ日本人女性にうけているのか

ここでいうアイドルとは女性アイドルグループについてだ。

今まで正直韓国アイドルを避けていた。

理由はとくにないが、韓国というものにとくに憧れが無かったのが一番かもしれない。

しかし今年になり、流行ものに乗ってしまった。それがNiziUだ。

彼女たちは日本人だ。しか韓国アイドルオーディション自分たちで探し、参加したものたちだ。

彼女たちがオーディションで歌った曲や、文化を知りたくなってyoutube韓国アイドル曲を聴いてみた。

ビジュアルダンス、そのレベルについては確かに高いが、NiziUの出現で「日本人では無理」という感覚は無い。

勿論レベルの高さは魅力ではある。しかし本当にそこだけで若者に受けるのだろうか。

結論から言うと、歌詞全然違うのだ。

これは日本語訳バージョンだけを聞いていたら気づかないところだった。

等身大少女女性が今の時代に思うことが綴られている。

西野カナのような世界観なのだ

恋もしたいし男受けしないメイクもしたいし強くもありたいし弱い部分もあるし親にも世間にも腹が立つし腹が減る。

秋元康つんく♂理想女性像を押し付けてくる傾向がある。

もちろん女性目線の曲も多いが、やはりいまいち掴み切れていないのかもしれない。

それならば女性歌詞をつくればいいのではないか、と思うがセンス必要だ。

女が女に歌詞を書いたところで、提供者が男受けを狙っていてはならないし、女を捨てていてはならない。

きっとあいみょんでは駄目なのだ西野カナみたいな価値観をもっていないといけない。

今のところそれを発揮してバズったのは大森靖子feat道重さゆみ絶対彼女くらいしか知らない。

あれもバズったということは、そこに需要が大きくあるということだと理解すべきなのだろう。

おじさんに向けての商売では、もう人気は得られない。

秋元康に「BBクリーム パッパッパ」のような歌詞が書けるとは思えないので、もうおじさんに期待するのもやめよう。

やはり一人が力を持ち続けたのがよくないのだ。日本に何が必要か。世代交代しかない。

見切り発車で何が言いたいのかも考えずに書くとこういう文章ができる。

でも伝えたいことは、お盆休みは虹プロジェクトを見よう、ということだけである

逆宣伝になっているのを承知で、この記事をアップするのは、今ストロングゼロを飲んでいるからだ。

anond:20200811111433

俺は、相手の外見に関わりなく(重要!!)狭い場所女性がずぅーっと前を歩いてたら常に

「俺は痴漢じゃないぞストーカーじゃないぞたまたま超偶然歩く方向と速度が一致してるんだよ俺を疑うな早くどいてくれどけよ俺を犯罪者扱いするな――でも相手の女は何とも思ってないかも知れないし、口に出して言ったら『何その自意識過剰』と言われるだけかも」と

毎日毎日苦悩しているのである

もし自分性別が逆だったらこのような妄想に苦しむことが無いかといえば

「さっきからこの男なんで私と同じ方向に来るの? でも本当に偶然かも知れないし、口に出していったら『お前みたいなブス興味ない』と言われるだけかも」と

毎日毎日苦悩するだけであろう……

要するに、無駄想像力が苦悩のもとなのだ

世の中からセクハラ痴漢性犯罪が極限まで減少したという前提のうえで

難しいことは考えないバカばかりになれば世の中は幸福になるはずなのだ

しかしまず前提部分がいつまでも実現しないか

イケてない男とイケてない女どっちも不孝が続いている

アベノマスク大成功だった

今年、3月以降、コロナ騒動が始まって久しい。

5月末頃から配られ始めたアベノマスクだが、いくつかの新聞社メディアでは批判的な声ばかり取り上げられているように感じる。

アベノマスクの成果は、今日本人がほとんど皆、公共の場ではマスクを付けているという事実である


成功と評する理由は以下である

マスクを付けたくない人も、マスクが配られたから、「マスクが無いんです」、「買えないです」という言い訳ができなくなった

・国がお金を使って、マスクを配るほど大変な出来事だと皆が認識した

普段メディアに接しない層にも、マスクと同封のビラを配ることで余すこなく注意喚起が行えた


少し大袈裟だが、

「アベノマスクを配ったから、今、暑くて、不快でも、皆マスクを付けている」

と言えるのではないだろうか。

マスクにどのくらいコロナウイルスの拡散を止める効果があるかは、今後の広がり次第だが、マスク配りをやらないよりは遥かに良い結果になるのではと思う。


最後に、GWならびに、お盆休みを吹き飛ばされたことを恨みつつ、コロナウイルスの早期収束祈ります

終わり。

海外で「なにかを言われる」という経験

アメリカイギリスにいたとき経験だが、現地の人間から「なにかをを言われる」ということがある。これが結構曲者で、こちらがハッキリとは分からないような言い方で、私を馬鹿したことを言っているようである

彼らは時にこちらをニヤニヤと見ながら、あるいは視線を合わせず冷ややかな態度で何かを言ってくるのだが、言葉が聞き取れることもあれば、そうでないこともある。聞き取れる場合でも、それが分かり易いような侮蔑的言葉遣いであることは寧ろ稀で、仮に文字にすれば普通発言なのかもしれないが、発言がなされた状況と彼らの態度の組み合わせから、彼らが馬鹿にしていることが、何となく分かるのだ。私自身(男)について書いておくと、私が海外で過ごしたのは二十代の後半である英語は、TOEICで測ると日本一般的によいとされる水準は超えていてフォーマルな会話はできるのだが、日常ナチュラルスピードの会話は比較的聞き取れない、というよくある日本人男性だ。派生形として、日本人(の主に女性)に対して少し馬鹿にしながら話しかけて、日本人のイノセントな返答に対してわざと通り一遍の「会話」をし、(内心?)馬鹿にしながらその場を去る、というのもある(気がする)。確信はないが、特にヨーロッパ日本旅行客が「現地の人がフレンドリーに話しかけてくれて」と書くエピソードの幾分かはこれでないかと思う。

別にオチのない話なのだが、「人種差別」という大上段のテーマに対し、日常的に経験する外国人としての居心地の悪さというものはこういうものだ、ということを、ふと思い出したので書いてみた。

オタク陣営フェミ陣営の違い

ネットのみんな、いつまでブーメランミラーリングといったお遊びを続けているんだい?

同じじゃないものを同じだと言って悦に入るより、むしろ違いにこそ注目するべきなんだ。

そこでオタク陣営フェミ陣営の違いをまとめておいてあげたよ。

 

 偉い人に喧嘩を売る。

 偉い人に不満がある人から集金するシステム

 

 偉い人にお願いを聞いてもらう。

 それ以外はスルー

 

オタクは「ヘイトビジネス」、フェミは「職場改善」を目的としていることが、分かるね。

一部のオタクが言うことのある「フェミは金を払わない」とかいう謎理論も、こうした違いを踏まえれば理解できなくもない。

 

小学生の頃のことを覚えているかい?

女子は幼稚な男子なんか相手にせず先生相談するんだ。

先生には教室の秩序を守る使命があるから女子相談を無碍にはできない。

から男子気持ちとは関係なしに教室支配である先生によって教室ルールが決められる。

こうしたダーティーなやり口を男子は「チクリ」と呼んで忌み嫌った。

男子女子にチマチマ嫌がらせをすることはできても先生には勝てないんだ。

一方男子先生の陰口を共有して結束を高めた。

おもしろ人間になりたい

自分が「おもしろくない人」であると分かった後、その後の人生をどう生きればいいのかが分からない。

例えば少人数のクローズドチャットで「君と話しても面白くないかミュートするね」とか言われたり、知り合いだと思っていた人に面と向かって「お前を見てるとなんかイライラするんだよねw」と言われたり、そういうことが続いて滅入ってしまった。

まり自分の一挙手一投足が気に食わない、お前の人生が気に食わないという話なのだ別に大喜利で笑いを取りたいという話ではない。ただ、おもしろくない、気に食わないということを言われないようなコミュニケーション能力が欲しい。他人の癇に障ることを言わずに生きたい。

自分に才能がないと自覚してから人生だ」みたいな話はかなりの数聞いたことがあるけれど、おもしろくない人間だと分かってから人生をどう生きればいいかなんて誰も教えてくれない。おもしろ人間になりたい。どうすればいいかが全くわからない。人の癇に障るぐらいなら死にたい

anond:20200811075557

元増田よ、まじめに答えるから聞いてくれ。

自分EU圏でソフトウェアエンジニアとして働いているが、夜間でコンピューターサイエンスを学んでいる同僚なんて普通にいる。なぜならチームの大半は学位を持っていて、知識がないと辛い場面もいろいろ多いからだ。

そして、アメリカEUでは大学卒業後、大学に入り直すなんてことはザラ。なぜなら目指す方向性なんていくらでも変わる可能性があるし、興味の幅が広ければ、さら大学で学ぶなんて当たり前のことだからだ。

こんな島国の閉じた考えは無視していい。

勉強を始めることに遅いなんてことはない。その変わり、なぜ学ぶのかという強いモチベーション必要だ。学歴がほしいだけって言うんだったらやめたほうがいい。まともな組織であるならば「あなたは何ができるのか?」を問うことになるだろう。どこの学校を出ましたなんてどうでもいいことだ。

これから時代、長期的なキャリアパスを描く必要がある。年金はどこの国も厳しいが日本だと団塊世代ジュニア年金支給するあたりにいっきに引き上げが行われ、それが加速度的に悪化するだろうから元増田は最悪80歳までは働いていくイメージでいたほうがいい。まだ50年も働き続けるのにもう勉強やめちゃうの?AIなどの実用化によって、そんな時代の過渡期で将来仕事を失うことになる人は絶対にいる。失ってから勉強していては遅いんだよ。

繰り返す。勉強を始めることに遅いなんてなんてことはない。勉強意欲はいつまでも持ち続けるべきだ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん