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はてなキーワード: 市民とは

2018-07-16

あー早く市民まで巻き込む戦争起きねーかなー

左翼死んでほしいわー

2018-07-15

anond:20180715222456

しかも、殺されるのは市民からな。

彼らも本気なら、権力者を標的にすべきだと思うんだけどなぁ。

そこまで奴隷道徳が染み付いているのか。

anond:20180715181208

TVももちろん沢山いるよ。

国家公権力を使って差別することと、TVの中の差別市民の中の差別別に考えるべきだ。

正直、後者差別は一番消すのが難しいだろう。

この差別は明確な理由なく発生する(主にイラついている人が多い環境で)から言葉で何と言っても解決は難しいだろう。

冷静に距離をとるくらいしかできないと思う。

 

一方、法的な権利なら人権範囲内だし、勝ち取れる可能性はある(それも大変なのは認める)と考えている。

2018-07-14

anond:20180714193944

そのかわりファッションチェック異様に厳しくなり

被災地にその靴は、髪型が、メイクが…あまりにも不謹慎で…」

となるはず。

女性政治家を生み出せないのは政治家無能なのではなく、我々の民度問題でして。

結局、市民女性政治家を望んでないんでしょう。

[] 弁護士法治国家否定

法治国家日本

法曹関係者には、いろいろな考え方の人がいる。

法治国家否定するラディカルな思想を持つ人がいても、おかしくはない。

しかし、日本が人治国家になったら法律無用法務を専業とする弁護士不要となり、自らの存在意義否定する「矛盾」に陥るのではないか

 

オウム事件とこの集団対応は、この「前例のない事件に対しては前例のない体制で」でやってきた。それだけの大事件であり、特異な集団であり、特異な思想だったからです。

で、今回の支援要請につき、国が応えられないなんてありえない筈、と確信しています

・その必要性があり、決して憲法違反するものではなく、法令違反するものでさえないのだから

日本が、テロと闘うならば、そのテロ行為の背景などにも対応していくことによってこそ、「闘う」といえるのだから

助けてください。

 

滝本弁護士の主張から、鍵となるキーワードを拾ってみよう。

  1. 前例のない」
  2. 憲法違反
  3. テロと闘う」

 

前例のない」

社会は常に変遷して行く。かつてない状況に出会ったら、新たな対処方法確立する必要がある。そこまではOKだ。

しかし、最初は手探りの試行錯誤ゆえ不具合が生じた場合、後でちゃん不具合修正できるのか?

ロールバック可能手段も用意されているのか?

 

滝本弁護士独断で、関係者の利害を調整することなく、物事を強引に進めてしまった場合、その結果重大な人権侵害などが起きても、ちゃん回復できる仕組みも併設されているのか?

新規対応で失敗しないためには、ちゃん保険もかけているのか?そこを注意深く観察する必要がある。

デリケート問題を扱うにしては、十分な議論を尽くすだけの「慎重さ」が欠けていないか

 

万一、間違った前例を作ってしまった場合、後戻りできなくなるのでは困る。

歴史を振り返ると、人類は多くの失敗を繰り返している。(同じ失敗を繰り返すのは、単なるアホでしかない。)

前例がない」場合こそ、十分に時間をかけて話し合い、慎重に対処すべきという「共通認識」が必要だ。

 

憲法違反

人々の利害関係の調整は、政治家法曹職務である

民事および刑事係争は、法律というルールに基づいて解決を図るべきだ。

なぜ、滝本弁護士は、他の利害関係者と対話の機会を持たないのか?独断偏見で話を進めていないか

司法試験勉強をしたなら、少なくとも一度は日本憲法を読んだことがあるはずだ。

1945年昭和20年)に、ポツダム宣言を受諾して連合国に対し降伏した日本政府は、そこに要求された「日本軍の無条件降伏」「日本民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権の尊重」「平和政治」「国民自由意思による政治形態の決定」などにより、事実上憲法改正の法的義務を負うことになった。

そこで連合国占領中に連合国軍最高司令官総司令部の監督の下で「憲法改正草案要綱」を作成し、1946年昭和21年5月16日の第90回帝国議会の審議を経て若干の修正を受けた後、同年1946年昭和21年11月3日日本憲法として公布され、その6か月後の翌年1947年昭和22年5月3日施行された。

第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種信条性別社会身分又は門地により、政治的、経済的又は社会関係において、差別されない。

 

なぜオウムだけは差別して、議論の輪から外しても良いと言えるのか?(言っていないなら問題ない。)

好き嫌い」という感情ではなく、「真偽」という論理、すなわち法律ルール)に基づく説明ができなければ、法曹としては失格だ。

パブリックコメントを発する以上は、他者から質問に答える義務がある。(質問を受け付けないのなら、それは単なる独り言しかない。結果、他者聞く耳を持たず、自身孤立する結果を自ら招くだけだ。)

滝本弁護士には、公開の場で質疑応答を行なうだけの「誠意」を見せて欲しい。

  

テロと闘う」

テロ」といえば昨今の「テロ等準備罪」を巡る議論を思い出す。

日本では犯罪を実行したことを罰するのが原則です。それに対して、共謀罪犯罪計画合意したこと自体を罪ととらえ、犯罪を実行する前に処罰しようというものです。深刻な犯罪を未然に防ぐことが狙いです」

 

「新々過失論」(危惧感説)

「過失」を巡る法理の分類は、歴史的に「旧過失論」「新過失論」「新々過失論」(危惧感説)などが挙げられる。

 

 

テロ等準備罪は、危惧感説に基づく新しいタイプ法律と言える。日本では、藤木英雄先生先駆者として有名だ。

藤木英雄1932年2月20日 - 1977年7月9日)は、日本刑事法学者。元東京大学法学部教授

戦後の数ある刑法学上の論争の中で、実務上最も重要な意義をもったのは過失責任を巡るものである

藤木は、高度成長期において非伝統的な犯罪が多発するという状況に際して、新たに企業側の過失責任拡張することで、被害に苦しむ市民を救わんと尽力し、新過失論を一歩進めて「新・新過失論」・「危惧感説」を提唱した。

危惧感説が登場する以前の新過失論は、逆に伝統犯罪交通事犯に対する過失責任限定意図していただけに、画期的な転換といえる。

危惧感説は、後に板倉宏らの一部の学者検察官の支持を得て、森永ヒ素ミルク中毒事件採用されるに至ったが、北大電気メス事件( 札幌高判昭 51.3.18 高刑集 29.1.78) では明確に排斥されており、学会でも一般的な支持は得られなかった。

 

日本ではまだ、危惧感説に基づく国民合意形成が十分になされている状況とは言えない。(テロ等準備罪も始まったばかり)

従って、滝本弁護士が、「テロと闘う」という大義名分の下、かつてない法的判断要求するつもりならば、日本国民に対する説明義務が伴う。

滝本弁護士が単なる思い付きや感情論で言っているだけなら、後世に悪影響を残す有害前例を作ってしまうかもしれない。

ハッタリではなく、滝本弁護士が藤木英雄先生の業績を踏襲し、発展させる意気込みがあるなら、一概に有害とは言えない。

 

この点については、オウム限定する必要がない。

なぜなら、日本国民全員の利害に関わる問題からである

従って、公開の場で議論を尽くされなければならない。

どのような方法で公開討論を進めていくべきか?日本国民全員で検討する必要がある。

(滝本弁護士には「オウム問題を風化させたくない」という思いがあり、さら法治国家否定しているわけじゃなければ、この結論に至るだろう。)

2018-07-13

anond:20180713115413

やっぱりそこ?

じゃぁ日本死刑廃止は難しいですねぇ…

市民死刑に対する罪の意識がないと。

死刑廃止論について

社会が人を殺すべきじゃない、という考え方には納得できる。

じゃあ他国ではどのようにして死刑制度撤廃市民に受け入れられてきたのだろうか?

市民革命での、王朝を倒した罪の意識?それとも宗教観が影響?

私自身は、事件凶悪性を考えれば考えるほど、死刑廃止なんてありえない、という気がしてくる・・・

個人感情を超えて、社会における人権の考え方を受け入れるにはまだ早すぎる

死刑制度がない国に、兵役がありません(軍隊もありません)ならまだわかるんだけどなぁ・・・

anond:20180713001910

なんで?の後段が意味不明なんだけど

あんたが反安倍と思って書くけど、あんたがやりあってる親安倍の人らは

政権変わっても同じようにあんたがたと政府攻撃し続けるし

あんたらが「市民の力は強い!あきらめるな!」って言ってるように奴らも同じように言い続ける

現に民主党政権の時そうだったでしょ

2018-07-12

anond:20180712225240

なるほど、それはあるかもしれん。

市町村議なんて市民の関心ほとんど無いし、ノーマークな感はある。

2018-07-11

相変わらず都合のいいことしか書かないな

http://nakamuraisao.a.la9.jp/laquila.pdf

イタリア48時間テント3000建てたという話の実際が書いてある

読んだ感想としては「日本で同じ事したら批判の量はとんでもないだろうな」というところ。

地震の数時間から市内は立ち入り禁止区域とされた。余震による被害盗難を防ごうとした ようである。その決定は防災局によってなされた。

これが後に紹介するがデモの種になる

次に避難の状況だが、防災局によると、家を失った人は 62,543 人で、うち 28,579 人は 5,553 張りのテントに、33,964 人は 518 のホテルに、2,225 人は民家に避難した。ホテルペスカーラ など 100 キロほど離れた海沿いの町にある。テントホテル仕分け防災局によってなされた が、仕分け基準不明であるという。

他にもでてくるが防災局の権限はかなり強力で、実際の振る舞いも割と強権的である

初動 48 時間で 3000(18,000 人分)の避難テントが設置されるなど、対応比較的早いこと、また 人的資源としてはボランティアが 9000 人と大量に動員されたこである。ここには防災局に登録 されたボランティアも多かったのではないかと考えられる。

補足すると初動48時間に動員されたボランティアは4,300人で消防(2,400人)や警察(1,586人)や軍(1,825人)より多い

日本で言うと全国の消防団員が駆けつけるというイメージが近いか

1000 人(最大時は 1500 人)が収容されているグローボ・テント村を訪ねたところ、一つのテ ントは 10 畳ほどの広さがあり、中は電化されていた。エアコンも入っていたが、それでも夏は暑 くて困ったという(図 11、図 12)。また知らない人との共同生活はつらいという声もあった。ある 高齢女性は、同じテントの他の収容者が全員クルド人男性で、着替えもできないし、居場所 がないと嘆いていた。居住環境は、日本体育館仮設住宅中間ぐらいに位置するようである

テントが多数建てられたといっても十分希望を聞けるわけではないようである、というか女性一人に男五人というのはさすがにありえなくないか

たとえば市内全域の立ち入り禁止は、住宅被害のない 市民商店などにとっては、不満で、7 月には立ち入り禁止解除を求める 2000 人規模の市民デモ が発生している。また強制的な遠隔地のホテルへの移送や、効率を重視したテントの部屋割(民族 や男女を無視した)などにも不満があるようだ。ある住民は、防災局のオペレーション評価しつ つも、「なにか軍が入ってきて占領された感じがある。特に困ったことはないが、人間としてそ れだけではない」と話していた。軍が管理するテント村では特に管理が厳しいといわれ、管理体 制への反発からテント村を出ていった住民も尐なくない。

日本自衛隊が同じ事したら批判はとんでもないことになっているだろう

2018-07-10

どっかの市長の熱弁

大規模災害が発生した市の市長テレビインタビューを受けていた。

「全力で対応する。」というようなことをこたえていた。見ていて、薄ら寒い感じがした。具体的なこと、なんにも出てこないし。

こいつ絶対市民のことを救おうと思ってねえな。「次の選挙に勝つ」とか「次は国会議員」とか、そんなことしか考えていないような。

何の根拠もないイメージの話しである

ボクらの時代」で俳優

役者は観客のことを意識したら絶対ダメ。観客がこうしたら喜ぶだろうなんて芝居しちゃだめだ。」といっていた。

共演者とのやりとりで共演者の心を震わせなきゃいけないのに観客に意識がいってたら共演者の心は絶対に震えない。」とも。

市長にきかせてやりたかった。

2018-07-09

はる氏(@miraisyakai)の敵国条項に関するデマ

はる氏は公正な手法に基づくデータ可視化をされていて、選挙世論理解する上で大変参考にさせていただいていた。

しかし、主張の相違を越えたデマに近しい発言があったため、フォローをやめようと思う。まあ鍵アカフォローしてただけなので誰だよオマエ感はあるのはごもっとなのだが。

https://twitter.com/miraisyakai/status/1015400023847141376

まず、敵国条項はすでに死文化し、1995年には削除の決議案が賛成多数で採択がされている(なお棄権した北朝鮮リビアキューバ現在死刑制度アリだし、当時ブルガリアにも死刑制度はあった)。2005年国連首脳会合においても削除を決意することが確認されているが、国連憲章改正手続きが膨大なため後回しにされている(少なくとも日本政府見解はこれ)。

上記により、日本死刑制度(を含む「昨今の日本の行い」)と敵国条項が外されていない件には因果関係がないことがわかるが、はる氏はさも両者に関係性があるかのようなツイートをしている。

はる氏のツイートは「外されないのも頷ける」であり、死刑制度によって敵国条項撤廃されていないという意味ではない、ともとれるが、十分に誤解される表現であると考えられる。

そもそも死刑制度のないドイツイタリアを含む全ての旧敵国で敵国条項が残っている。彼らの国も「昨今の行い」がすこぶる悪いのだろうか?

日本死刑廃止条約死刑廃止を目指す市民的及び政治的権利に関する国際的規約第2選択議定書)に署名して廃止すべき、という主張ならわかるが、「日本は野蛮な国なので今でも敵国扱いされている(されても仕方がない)」という間違った主張には同意できない。そもそも、以下のツイートリツイートしているあたり、死文化していることを知らないか無視しているのだろうか。残念でならない。

https://twitter.com/hdkachihar/status/1015432345493491712

死刑になりたい人の殺人【追記あり】

死刑になりたかたから」と通り魔をする人がいる。

まり死刑をなくせばこういう人に殺される人もいなくなる。

死刑賛成派はこれとどう折り合いをつけているのかな。

数が少ないから考えないことにしている?

↓を見ると21世紀に入ってから1~2年に1件起きている。

参考

死刑になりたいと望んで引き起された犯罪事件の一覧 - いちらん屋(一覧屋)

https://ichiranya.com/society_culture/122-crime-which-wished-for-death-penalty.html

7/10 23:59追記

犯罪を犯したら病院送りにするのが正しい」(anond:20180710152412)を読んで思い出した。

『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』(浜井浩一)によるとイタリア憲法には「刑罰は更正のみを目的とする」とあるそうだ。

イタリア制度共通しているのは、社会的に困難に陥った人に必要支援を届ける、その際に、困難に陥った理由によってクライアント差別しないということにある。障がい者も薬物依存症者も受刑者も困難から回復するために支援必要な人として等しく支援を受けることができる」

イタリア犯罪処遇の特長は、行政の中に、犯罪司法問題ではなく社会問題であり、市民社会的困難を抱えることによって犯罪が生まれるという認識を共有しているところにある。そして、それに対処するためには、彼らの抱える社会的困難を解決することが必要であること、そのためには様々な支援必要であるという認識が共有されている」

浜井浩一『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』 - 三日坊主日記から引用

ちなみにこの本の著者は『2円で刑務所、5億で執行猶予』の人。どちらも好著。ついでに『反省させると犯罪者になります』(岡本茂樹)もよかった。

この方向で考えれば、死刑をどうするかとか終身刑ならいいのか、安楽死を設けてはという議論にはあまり意味がないとわかる。

ブコメから

  • そうなんだよね。だから,みんなが「死にたくない」と思う世の中にしないといけないんだが,これがなかなかに難しい。
  • というより、死刑になりたいという人をどうにか生きやすくする方が重要なのでは。

その通りですね。

そりゃまあ確かにパソコン遠隔操作事件は、警察自白でっち上げたことを立証した点ですごい功績だと思いますね。

死刑の有無が犯罪抑止に繋がっていない」は本当にそうなのかな? と思って検索したら増田が出てきた。

アムネスティにも同様の記事があった。

死刑には、他の刑罰に比べて特別な抑止効果があるとはいえない、というのが今日世界における共通認識です。

死刑に関するQ&A : アムネスティ日本 AMNESTY

死刑犯罪抑止に効果あり」という記事もあったが阿修羅か…

とっちらかった追記になってしまって申し訳ありません。

みんなで死刑についてもっと考えましょう。とむりやりまとめて終わり。

死刑反対のロジック死刑賛成のフィーリング

先日、麻原彰晃松本智津夫)をはじめとする複数オウム幹部死刑執行された。

それに関して死刑制度の是非がまた論じられるようになっている。

まあ死刑制度については人によって考えがいろいろあるのだろうが、ここでは個人的な考えを纏めたいと思う。

まず死刑制度は何のためにあるのか?

一つは「報復のため」だろう。目には目を歯には歯を、とばかりに、極悪人には死で償ってもらうというものだ。

二つ目は「スカッとするから」だろう。悪い奴、嫌いな奴、憎い奴が殺されるのは気持ちがいい。もし俺が被害者遺族の立場に立ったら、加害者は殺したいほど憎むと思う。

三つめは「犯罪抑止のため」だろう。だが、これには疑問が残る。もし死刑犯罪抑止効果があるなら、死刑廃止した国は、死刑廃止後に犯罪数が激増しているはずだ。だが、そのような話を聞いたことがない。これは話半分に考えておくべきだ。

では、死刑反対について話をしよう。死刑反対の理由はいくつかあるが、

一つは「冤罪可能性がある」だろう。冤罪人間を殺してしまっては取り返しがつかない。もっとも、これは冤罪のもの問題だし、殺さなければいいというものではない。そして、冤罪でないことが明らかな相手には無関係な話だ。

二つ目は「人を殺してはいけない」に説得力がなくなる点にある。国は市民殺人禁止しているのに、国が殺人を行うのが許容されるのは、明らかに矛盾している。という理屈だ。「正式手続きに則っているのだから良い」という意見もあるが、その「正式手続きを経れば殺人が許容される」という考えがおかしいと批判されているのだから、ここは平行線だ。

さて、死刑反対の話を出すと「欧米ではテロリストを射殺することが多々あるが、現行犯を射殺するのはいいのか」という意見がたまに見られる。

断言するが、このケースは許される。

こういうことを書くと「人を殺してはいけないんじゃねーのかよ」と言われそうだが、これには例外がある。それは「現在進行形他者生命安全が脅かされているとき」だ。

これは正当防衛論理と全く同根だ。もしあなたの家に刃物を持った強盗が押しかけてきたとして、その強盗に反撃して殺してしまっても、基本的には正当防衛適用される。

だが、この強盗をひっとらえ、手足を拘束し、身動きを取れないようにするなど、無力化した場合はどうか。相手自分を殺しに来るような悪人であっても、無力化された人間を殺したり、危害を加えるのは(情状酌量余地はあるにしても)許容されない。

これが死刑反対三つ目の理由であり、そして最も重要ロジックだ。

「無力化された人間は、いかなる理由があろうと殺してはいけない」

逮捕され、拘束され、刑務所に入れられた人間は、明らかに「無力化された人間」に他ならない。だから、そのような人間を殺すのは許されない。

一方、逮捕されてもいない、武装した強盗テロリストは、いつ人を殺すか、危害を加えるかわからない。「無力化されていない、かつ他者生命を脅かしている存在」だからこそ、逮捕せずに射殺が許される。

これこそが、死刑制度否定されるべき理由である

さて、死刑に賛成の人間が、これに太刀打ちできるロジックを立てられるかというと、不可能だ。だが、死刑賛成はロジックでするものではない。

死刑に賛成するのは、感情論で十分だからだ。

死刑を望む理由は二種類ある。「悪い奴は殺されるべき」「極悪人を許せない」という義憤正義感と「悪い奴を、嫌いな奴を殺したい」という欲望だ。

どちらも人類が持つ感情として普遍的ものであり、この感情否定するのは絶対不可能だ。

なぜ死刑肯定されうるか、それは人類にとって普遍的、かつ自然感情に訴えかけているからだ。

ここまで並べればわかるだろうが、死刑反対派と死刑賛成派は決して交わりえない。

論理的に考えれば、死刑制度肯定できるものではない。

だが、感情で語れば死刑制度否定することはできない。

どちらも重要ファクターで、二律背反となっていることこそが、死刑制度の是非が分かれる理由だ。

残念ながら、折衷案は今のところ存在しないし、まったく思いつかない。

2018-07-08

バカ安倍政権のせいで初動が遅れた!許せない!」

ネット上に溢れる政権批判

埋もれる被災者の声。

倉敷市真備町では「善意」の市民支援物資道路を塞ぎ、自衛隊の通行の邪魔になっているそう。

本当の敵は安倍政権ではなく、救助活動妨害する偽善者では?

ファーストハリウッド機動戦士ガンダム勝手想像してみる

ハリウッド機動戦士ガンダム勝手想像してみる

https://anond.hatelabo.jp/20180706182031

注)決してファーストガンダム実写化するとは発表されてないが、ファーストの前提で書いてます。尺は2時間想定。

面白かったけど、ファースト実写化は無いと思うからハリウッド実写化ならこうなるだろうし、これなら日本人ファン原作○○○と嘆かずに普通に楽しめるんじゃないだろうかという線で、俺の予想を書いてみる。

設定

まず、ミノフスキー粒子のせいでレーダー誘導兵器が使えないから、宇宙艦隊艦載機モビルスーツ)が有視界戦闘をしているという設定は原作のままね。

ここ抜いたら、なんで宇宙で古風な海戦やってるの?ってなるじゃない。でもスターウォーズとか、特にそういう設定なしで宇宙海戦やってるんだっけ?

戦争している勢力原作と同じで地球連邦コロニーね。

コロニー市民は重税は課すのに参政権はいつまでも認めない地球連邦に対して独立戦争を始めた。

代表なくして課税なし、アメリカ独立戦争だね。

この実写化プロジェクトが想定している観客は日本人ガンオタ中国人あたりのような気がするけど、アメリカで通りやす企画を書いたらこうなるんじゃないかな。

主人公

主人公白人男性)の設定年齢は最低でも20代半ば(演じる俳優は30代)のちゃんとした職業軍人。現地徴用少年兵みたいな人権侵害は許されないから。

親の農場を継いで一生を田舎コロニーで過ごすのが嫌で憧れの地球に行きたくてハイスクール卒業と同時に連邦軍に入隊。

やがて連邦軍非人道性に触れ脱走してコロニー独立軍に参加する。

ガンダムに乗るまで

コロニー出身主人公連邦軍差別されるし、仕事コロニー市民デモ鎮圧や神経の磨り減るテロ対策みたいなのばかりでうんざりしていたところに、

独立運動の過激派巣窟とされるコロニーへの毒ガス注入を特務部隊が行おうとしていることを親友黒人から知らされ、虐殺妨害コロニーへの脱走を決意する。

ここの連邦軍はやり過ぎない程度に現実米軍連想させる描写にして、ハリウッドリベラル良心を慰めたり、日本人アメリカ嫌いの心情にアピールしたりするんだと思う。

特務部隊との戦い。毒ガス装置破壊して黒人死ぬ人種的多様性ノルマその1黒人枠達成)。

特務部隊隊長主人公に顔を傷つけられ、以後、傷を隠し低下した視力を補うためのマスクを被り復讐を誓う。

コロニー独立軍に参加した主人公は、しばらくは脱走した時に乗っていたジム・クゥエル独立カラーの緑に塗って戦うんだけど、

仮面の特務部隊隊長赤色の新型に破壊されてしまい、最新鋭のガンダムに乗り換える。

ヒロイン

ヒロイン白人女性)はガンダムを作った博士で、主人公ガンダムを荒っぽく操縦することに文句を垂れつつそのうち良い仲になる感じで。

または、地球コロニー未来を左右するガジェット研究している博士とか。

とにかくインテリ女性にしてジェンダーチェッククリア

うそう、独立軍の総司令官(後の大統領ジョージ・ワシントン)を黒人女性にするのも忘れちゃいけない。

雲の上の置物なので、ほとんど出番も物語上の役割を与えずにジェンダーチェックと人種的多様性ノルマダブル達成できる最適の配置。

ガジェット

ガジェットは、ミノフスキー粒子無効化して核ミサイルを使えるようにするニュートロンジャマーキャンセラーっぽいのかな。

いや、ここはニュータイプ少女だな。

超能力テレパシーで会話したり、未来予知したり、他人心停止させたりできる宇宙適応したミュータント

ララァ・スン連想させるインド人美少女にして、人種的多様性ノルマその2アジア人枠を達成。

ペド描写絶対NGなので、ララァ主人公に惚れないし、大佐と寝たりしないし、インド売春窟出身だったりしない。

正義の相対化

コロニー側にもこれまで地球要人暗殺爆弾テロをやってる過激派がいて、地球へのコロニー落としの企みを主人公が止める展開も欲しいな。

戦争で一方の勢力絶対正義とかリアルじゃないから、ガンダムはそういうところちゃんと描くからリアルロボットアニメなんだよな、という我々の期待に応えてくれなければ困る。

ともあれテロリストは滅びるべきであるテロとの戦いは正義。そういうアメリカ人の気持ちにも寄り添いたい。

結末

主人公ガジェット世界征服に使おうとしている特務部隊隊長から守り抜き、ヒロイン平和利用への道を開いて、コロニー地球悪人は全て滅び、コロニー地球和解して独立してハッピーエンド

さら日本ロボットアニメがやりがちなモヤッとした終わり方とか真似しなくていいよね。

でも、ガンダム最後の戦いでぶっ壊してね。そこ外しちゃダメから

以上、我ながら確度の高い予想だと思うんだが、どうかな?

もし本当にファースト実写化されたら、

オタク少年主人公素人なのにいきなりガンダムを操縦して敵を倒して地球側の少年兵になり超能力に目覚めて、

コロニー側の赤いロボットに乗った高貴な出自を隠した仮面の男がライバルで、同類超能力ヒロイン少女テレパシーを交わす」

程度でもファーストをなぞっていたら、ツイッターのそれなりに長く使ってそれなりにフォロワーのいるアカウント名を「セイラ・マス掻き太郎」に改名してもいいぐらい自信あるよ!

2018-07-07

anond:20180707110210

死刑になったのは、人権を持つ市民です。

「死んだほうがいい」と思われていても人権はあります

「生きていてほしい」と思う人がいなくても人権はあります

 

wikipedia説明でいうところの第一の方です。

人権保障には2つの考え方があるとされる[5]。その第一は、いわゆる自然権思想に立つもので、個人には国家から与えられたのではない、およそ人として生得する権利があるのであり、憲法典における個人権の保障はそのような自然的権利確認するものとの考え方である[5]。広辞苑では、実定法上の権利のように剥奪されたり制限されたりしない[1]、と記述されている。その第二は、自然的権利確認という考え方を排し、個人権利憲法典が創設的に保障しているとの考え方である[5]。18世紀自然権思想19世紀に入ると後退し法実証主義的ないし功利主義的な思考態度が支配的となったとされ[2]、1814年のフランス憲法などがその例となっている[5]。

緊急避難としての国家権力による殺人

説得や非難をしたいわけでなくて考え方を知りたいんだけど、死刑に関して権力による殺人NGとして反対する人は、差し迫った状況で無差別テロ犯を法執行機関が殺すのはOKなの? OKって言葉は軽すぎで、やむを得ないという感じかな。

やむを得ないと仮定しまして。

状況的に刑罰としての殺人と同じだとは全く思わないし、テロ犯を殺さないと無辜の命がさらに失われる可能性が極めて高いという理屈はわかる。でもそれで殺していいの?

どんな状況であれ、非致死性の武器で無力化を試みるべきなのでは。犯罪者の命も等しく重要なら、極端に言えば、テロ犯を殺さないことを優先するために、周囲の市民も巻き添えにしていいかスタングレネード使うみたいな考え方もあるのでは。(即時・確実に効果的かつ完全に非致死性なものなんてないとは思っている。そんな理想的ものがないから仕方なく殺すことを容認する?)

死刑判決に関して「絶対」「100%」なんて現実には人が判断できないから、という点でぶっこむと、すでに6人くらい殺したテロ現行犯が、実はそれ以上は殺す意思持ってないかもしれないし、銃を向けてきてももしかしたら弾丸尽きてるかもしれない。銃は捨てて爆弾を投げようとしているけど、もしかしたら偽物かもしれない。それは冤罪・過誤の可能性とはそもそも話の種類もレベルも全く違うだろってのはその通りで同じ考えでは語れない範囲なのはわかってる。でも「絶対」なんてない現実世界だけどテロ現行犯は殺していいの?

権力による殺人NGな人にとっては、トロッコ問題の亜種で、もっとずっと複雑だと思うんだけど、どんな考えなのかな。

犯罪抑止効果観点のみで死刑反対の人は功利主義的だろうから、この問題は悩まず殺してOKだろうね。(いや、動機解明の機会が失われるって反論ある人もいるかも…)

anond:20180706182250

ぼくは死刑廃止論者ですし、平和主義者で反戦主義者です。

というか、順番が逆で平和反戦主義者だから死刑廃止に賛成なのです。

国家という権力機構が「死んで良し」とするのが嫌なのです。

から国家戦争するよ、殺し合いをするよ、というのは良しとできません。

から国家死刑にするよ、というのも良しとできません。

国家権力が、たとえどんな国民市民にでも死んで良しと強制するのが了解できないのです。

そしてそれは民主主義国家から了解できないのです。

これが独裁国家であるなら、死刑もあるだろうと納得できるのです。

なぜなら誰かが勝手にやったことだからです。

しかし、日本は、とりあえず、民主主義国家で、ぼくも参画しているので、どこかの誰かが勝手にやることではありません。

ぼくも死刑をよしとしていることになります。それが嫌です。だから廃止すべきだと思ってます

つまるところ、ぼくは人殺しが嫌なのです。ぼくが人殺しになりたくないという理由死刑廃止論者なのです。

anond:20180707033655

それ死刑関係なく法律全部について言えるから

その重箱の隅をつついたような事柄が法的に遵守されるべきか賠償されるべきかと

六法全書覚えて日常生活しろよというのうが無理だから

毎日六法ばっかり勉強して書類かい事務手続き代行してる職業がある

間違いがあってはならないので極力間違いを減らすべく国家資格にしてる

それが弁護士

日常でどうしてもがまんならないこれは第三者の介入によって公平な判断解決が望まれ

となったときするのが裁判

国が間に入って仲裁をする 公平な配分を命令するのでそれに従いなさいというのが裁判命令

これがその一件だけでも守られていないとなればほかの何件かも

しかするといきなり逮捕されて知らない罪を着せられて消される人間なんかもいるということになる

アイドルスキャンダルも高官の贈収賄ももしかしたら繁華街連続通り魔存在していないかもしれない

町中にスパイがいて犯罪をもみけしているかもしれないということも言える

そういう無駄なことを考えなくてもすむくらい日本平和なのは法を遵守させる機関が十分に機能しているか

もしくは法を遵守させる機関ちゃん機能していると市民の多くが考えているかのどちらかもしくは両方

法が一部でも正しく機能していないのではないかと疑うのは勝手だがそれを証明しろかもしかして機能していないのではとか

騒ぎ出すと、法というものが本当に正しいのかいま手にしている単純な正義を履行すべきではないのかとなり

隣の町の異教徒を殺すのが正義だとか法が正しく機能してくれていないからこの子のような悪人今日も私に迷惑をかけている

なので暴力という教育執行せねばなどとなりえる

実際に起きている民族的紛争凄惨を極めるが法が機能しているという信頼がなくては止めることができない

その危険性を孕んでもなお自分安心せねば実際に本当の罪で事実隠蔽されていないかを問う必要があるのか

どうしてもその意欲が満足に至らず不安払拭できないのであれば自身が法に近い立場にたつしかない

それ以外に解決方法はないし外野が正しい情報を示して外野にも納得できるようにしろと騒ぐのは

家族恋人同士ですら対立民族として殺し合いになってしまった民族紛争に至った経緯と同じ思想だと言える

ちゃん法律が守られているか専門家でもなく仕組みもよくわからないが感情的正義が好きな私が

正義執行するからそこになおれというのはもはや正気の沙汰ではない

2018-07-06

anond:20180706182250

市民から私的刑罰の手立て(所謂仇討ち)を取り上げる担保としての公刑(国家による死刑)があると思ってんだけど、公刑としての死刑をなくした場合自救行為に至っても仕方なしって考え方なのかな?

twitterなら低能先生と同じようなやついっぱい居るよ

低能先生正義扱いしたい人いるみたいだけど実態はこれと一緒だよ

https://www.businessinsider.jp/post-170619

謝罪の上、削除しなければ法的措置とります」「 【お願い】【通報して下さい】 」など、ツイートを通じて何度も呼びかけてきたが、「 議員という立場でありながら一般人攻撃している」「 一般人恫喝する態度で疑惑さらに深まった 」「怖い」などと言い、逆に村上さんを「通報した」という投稿が溢れた。

デマの中心になっていたのは、政治問題を取り上げることで有名なアカウントだ。その後Twitterで何度もやり取りした結果、村上さんが中核派でないことを認め、デマ拡散したこと謝罪したそうだ。そして、そのアカウントは消えた。しかし、待っていたのは思いがけない事態だった。

「その人を支持する方々からアカウントが消えたのはお前のせいだ』『言論弾圧だ』『許さない』と言われ、さら攻撃されるようになりました。自分被害者だと思う人も多いようで……。政治家批判を含めて市民からさまざまな意見をうかがうのが仕事ですが、明らかなデマ誹謗中傷を受けることは違います。あまりにもひどい場合ブロックしていたのですが、それが火に油を注いだようで、『#村上さとこブロックチャレンジ』というタグで、私にブロックされるようにわざと中傷を繰り返す人が出てきたんです」

「何かあったとき=私が刺されるときだと今は思っています

たまたまはてなでは低能先生とどうレベル人間が少なかったから多対一でイジメに見えただけだよ。

twitterなら低能先生と同じようなやついっぱい居るよ

から、怪しい人間みかけてもあんまり挑発しないほうが良いよ。

anond:20180706164950

市民ミュージカルおすすめ

身体を動かすと開放的になって仲良くなりやすいし、

身体を動かすにしても音楽あると楽しく続くよね。

共通話題、思い出が出来ると付き合いも続くよね

こんなのとか↓

https://commonbeat.org/project/musical-acb/taiken/

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