「侵略」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 侵略とは

2017-07-24

あっども革命家っす!

最近国連とかうるさくって侵略とかできなじゃないっすか。

けど自分としては奴隷国家があった方がいいわけっすよ。そこで、考えたのが国民同士で殺し合ってもらうって方法っす。そうすれば国家機能を失ってうちにも付け入る隙ができるってわけっすよ。

どうやら長年頑張ってきた工作活動が報われてそろそろ虐殺行為が始まりそうっす。ウヨサヨに分かれて罵りあってるのがそれっすね。1円ライターに依頼したウヨ差別増田もバズってくれたみたいっす。国を良くしよと政策議論なんて始められたら困るから、せっせとお互いが憎しみ合うように情報操作してきてよかったっす。

じゃあ、2,3年後には占領統治の時にはみなさんの為政者として会うことになると思うんでよろしくっす!しつれいしやーっす!

2017-07-23

メモ

   米ロの新冷戦は極めて間接的な形で進行する

アメリカモンロー主義では決して無くアメリカ利益になることならなんでもする、あれ

アメリカ外国への武力行使は控えるようになるがその分軍事力に拠る牽制は多くなり、軍事力も増大する?軍事費は抑えられるかもしれないが潜在的戦力は減少しないのは確か

ロシア単独アメリカに対抗することが出来ないため周辺国への影響力の拡大が優先的に行われる、またネット攻撃などの間接的軍事力に注力する恐らくこれは中国も同じ

またロシアは状況の変化により大きな方向性の転換が有り得る、革命は恐らくないが市民の声の完全な黙殺も出来ない

ロシア独裁体制軍事政権化が進展し周辺国への浸透が継続される、ロシア国内での民主化勢力勢力弾圧されるが少なくない影響力を持つ

主に考えられるのがウクライナ中東の新ロシア化と中国への影響力の拡大と大国に対しての自国の有利になるような間接的な形での政治介入継続的実施

しかロシア第一次世界大戦第二次世界大戦ときのような国家戦略の支柱となる特定イデオロギーを持たないため世界的な影響力は限定的ものとなる、が地域的影響力は極めて大きいものとなる


ウクライナ周辺での独、英、仏とロシア

この対ロの方針でもヨーロッパ諸国間の摩擦が顕在化?、独と英は意見対立するEU内でのもう一つの求心点としてフランスが台頭する?……

アメリカの対ロ政策への介入とドイツへの牽制EU平和裏に瓦解する時期を逸した、最終的な結末は分裂か政争かはたまた…… その時イギリスいかなる行動を起こすか……

イギリス欧州以外の対外勢力との結びつきを求める、日本ドイツEU内で主導的立場を獲得しようとするがEU内での大きな反発も起きる

シェンゲン協定欧州委員会 EUのこの二つの仕組みの変化

日本海東シナ海での中、ロと日米 日本アメリカ

中国周辺諸国との衝突、中国国内民主化勢力の動向、ロシアと違い中国は各国と曲りなりも関係性を維持しておりそのため中国国内民主化勢力は様々な対外勢力と結びつきやす

また現状から大勢一般大衆地方権力者とも利害が一致するため無視できない因子となる、中国民主化勢力弾圧は粗雑で性急に過ぎるため逆効果となるかも

日本が各国と強い結びつきを求める、主にアジア欧州との結びつきも?アメリカ日本に対する影響力を弱める政策をとる?

日米同盟は如何なる自体においても双方の国家により絶対に維持される、中ロが存在する限り太平洋の完全支配必要日米関係存在し続ける

日本は国際協調を続ける、9条破棄、右傾化軍事力の増大はあっても積極的対外侵略を行う気は決してない、核を持つこともないがすぐに核兵器に転換可能な準核戦力をもつ可能性は大いにある?

2017-07-19

https://anond.hatelabo.jp/20170719005347

わかってるよ。

で、今のところ日本はどこかの国に侵略されてるの?

どこかの国が狙ってきている=守られてないじゃないよ?

狙われてるのに竹島は今でも竹島だよね?

独島になってないよね?

守られてないわけじゃないよね?

https://anond.hatelabo.jp/20170719004157

ネトウヨ竹島侵略されたと認定してるの?

じゃああれは竹島じゃなくて今は独島なんだね。

ネトウヨ独島認めちゃったなんてこれ以上の売国はないね

anond:20170719003045

歴史を知らないんだね~

竹島侵略されたのに、日本憲法で守られきたと思ってるんだ、爆笑

2017-07-16

互助会って言うほど悪か?

しろはてな外部のサイトブクマして偉そうにもの言ってる「普通の」ブクマカこそ侵略外来種じゃね?

2017-07-14

https://anond.hatelabo.jp/20170714202258

まぁ、西洋的な政治哲学概念において判断すると、という話ではあるけどね。

ずっと二重政治を続けていると公共概念希薄化する、簡単に言えば誰が悪いのか分かりにくくなって「こんな世の中になったのは○○のせいだ!」と声を上げにくい社会構造

幕末期で言えば、黒船侵略されそうになってはじめて朝廷が悪い将軍様が悪いと押し付け合って軍力を奪い合って、暗躍するものはそれぞれに暗躍し、薩長同盟から無血開城になるのだが、

これは一方では、「人的つながりでなあなあで話し合った結果の革命つぶし」だと言える面もある。自民がやってきた政治や、あちこち会社で見られる「社内政治」みたいなのにも良く見られる密室性。

これは、二重構造問題に加えて、「暗躍した」というのが、未来に大きな問題を積み残したという見方もあって、

内戦革命を経なかったことで、結局誰が悪いのか「公共の場」で理論化・共有化することを放棄することになった。国民公共概念理解できないままというデメリットが200年後まで残る羽目になってはいる。

内戦革命は、国体市民のそれぞれの責任役割位置づけを、国(コミュニティ)全体で共有化するためのプロセスだったりもする。

人が死ぬことで身に沁むこともあるんだろう。が日本ではそれ密室無血開城でやっちゃったからなぁ。

一方で、内戦はどの国においても国力を疲弊させる悪でしかないので、外敵の侵略脅威時期に内戦をしなかったことで世界的な帝国国家期に乗り遅れずに済んだラッキーさは大いにあるが。

坂本龍馬無血開城については好意的評価をする人が圧倒的に多いのだが、西洋哲学とか政治哲学とかやってる人だと批判的に読む人も少なくなかったり

2017-07-10

武力による他国侵略軍人で無い人を戦争へ動員することを肯定的にあつかうキングダムNHK放送するなんてけしからん

ですか?

https://anond.hatelabo.jp/20170710114023

じゃあ今すぐ1000万人単位移民国民に了承させれるか?不可能だろ

外資参入でさえキョドって侵略だなんだとか言ってるんだぞ

最適化された外資の方が社員幸福になってんのにな

2017-07-04

ハローキティホーク

中学生の時ハローキティは実は、

ハローキティホーク(空母)という裏の意味が隠されていて、

また日本アメリカ侵略されるんだって本気で思っていたなぁ。

フリーメイソンと同じように考えていた。

思い出すと病気。本当に中二病だったな。

そもそもキティさん日本まれだし。

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620195215

んーやっぱり適度に侵略受ける方が日本人にとっては長い目で見ると快適なんだな

海に囲まれてたらろくなことないね

朝鮮半島ってほんと気の毒だよな。

ずっと西の中国に圧迫されてきて、陸路でつながってるから侵略も受けるし、

さらには北から満州騎馬民族やらソ連ロシアやらもやってくるし、

東の日本はめちゃくちゃ有利な立地で呑気にやっててときどき攻めてくるし、

今はアメリカまで圧力を加えてくるんだぜ。

地政学的に脆弱なくせに重要なせいで他国蹂躙されまくり

同じ半島国家イタリア地中海を通して中東北アフリカとも交易できたから栄えたけど、

朝鮮半島貿易するっても海の向こうには日本しかいないんだよなあ。

日本奇跡的なほど恵まれてるよ。感謝しないと。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617230651

その漫画を読んだ事ないからはっきりとはいえんが、その主人公料理をするようになったら結構違ってくるんじゃね

食べ物を食べる事自体が贅沢という環境では料理文化はあまり発展してないだろうから一般的家庭料理マスターした程度のレベルでも高級料理人になれるんじゃなかろうか

それに地球から食材嗜好品として輸出するという可能性もあるかもしれん(すでにある設定かもしれんが)

そういう場合地球生活して地球食文化に馴染んでいるという事は母星での就活などにも有利に働くんじゃなかろうか

一種文化侵略的な側面はあるかもしれんが

味覚ってのは基本的に食べないと発達しないし、味覚が発達していない人が上手に料理を作るのはなかなか難しい(不可能ではないが)

食材に興味が無い人が食材の目利きを身につけるのも難しい

グルメ漫画ってことは少なくとも主人公は食べる事を楽しめるキャラではあるのだろう

その時点で料理食材の目利きを身につける素質の一つは持ってると言っていいと思う

それを活かすかどうかは主人公次第だし、そういう話の展開にするかどうかは作者次第だな

読むのが辛いっていうのなら読むのやめちゃえばいいんだろうけど、その辺りは完結してから評価した方がいいんじゃないかね

2017-06-16

クジラックス問題に対する意見の法的見地から考察分析

 未成年に対し強制的性的行為を行ったとされる容疑者同人誌に影響されたと供述し、警察がその作者に「申し入れ」を行った、いわゆる「クジラックス問題」を受けてさまざまな意見が表明されている。これら議論については表現の自由を考えるにあたって当然歓迎されるべきことであるが、それらのなかには法的に根拠が薄い、もしくはないものも含まれている。そこで本稿では、こういった意見を分類して法的見地から分析を試みる。

表現の自由について

 今回の問題にあたり、前提となるのが表現の自由である。これに対し意義を唱える人は少ないだろう。もちろん大衆には表現の自由を与えるべきでないと考える意見もあるだろうし、実際そのような国家存在する。しかし、日本においては憲法二十一条において一切の表現の自由保障されている。そのため、以下では表現の自由原則として認められるという前提で議論を進める。

 さて、表現の自由については憲法言及されているものの、無制限保障されているわけではない。憲法第十二条、第十三条においては国民自由権利濫用してはならず、公共の福祉に反しない限り最大の尊重必要とするとされている。「公共の福祉」についてはさまざまな解釈があり、憲法で明確に定められているわけではない。しかし、憲法制限される場合があると定めているのは事実であり、現行の憲法上「表現の自由は無制限に認められるべき」という主張はやや難しい。

公共の福祉」の解釈

 表現の自由に制約を課す「公共の福祉」の解釈であるが、これは複数の説が存在するものの、現代日本においては社会他者に損害を与えることがない限り制約されない、という考え方が主流である。これに従うと、「未成年に対し相手意志に反し強制的性的行為を行う姿を絵や文章で描く表現」が社会他者に損害を与えるか否かというのが第一の争点となる。

 ここで留意したいのは、「自分はこの表現嫌悪感を感じて損害を受けたか規制しなければならない」という主張は成り立たない点である。ここで発生したという損害は精神的損害に相当すると考えられるが、現代民主社会において第三者を描いた表現による精神的損害というものが認められたケースはない。表現を見て嫌悪感を感じるかどうかは人による差異があり、かつその損害も限定的、見ないという選択肢提供されているなどがその理由である

 また、国によって前提となる文化は異なることから、「海外ではこの表現規制されている、だから日本でも規制しなければならない」という主張も根拠はない。たとえば熱帯地方で男女とも上半身裸で過ごすのが普通文化圏においては、上半身が裸の女性の姿を描くことを規制する意味はない。これに対して「海外では猥褻」という理由規制を行うのは文化侵略となってしまう。あくま日本における表現規制は、日本における文化背景、世俗基準として規制すべきなのである

表現に人は影響されるのか

 さて、今回の事件で大きな議論となるのは、「犯罪行為表現に影響されて人が犯罪行為に至るかどうか」という点であろう。これは過去にも多くの研究がされているが、統一的な見解は得られていないのが現状である。今回の事件においても、容疑者問題表現を見て犯行を思いついたのか、それとも元々犯意があったうえで問題表現を見て模倣したのか、はたまた自分で思いついたが「言い訳」として問題表現を上げたのか、本当のところは不明である

 とはいえ、表現人間に影響を与えることはない、とは言い切れないのも事実である。実際のところはケースバイケースで、影響を及ぼすこともあればない場合もある、というのが現実であろう。こういった状況下においては、「表現犯行の間に相関関係はなく、表現社会に悪影響を与えることはない。そのため規制できない」という主張が認められるのは難しいと思われる。

 現実としては現在未成年に対し相手意志に反し強制的性的行為を行う姿を絵や文章で描く表現」は規制されていない。それは、影響を及ぼす可能性はあるがそれはレアケースであり、表現の自由制限するほどのものではない、との意見一般的からであろう。そのため、もし今後同様の事件が頻発したとしたら、規制が認められるようになる可能性はある。

 今回の問題現実的な争点はここにあり、規制派は「社会に影響を及ぼす可能性があり、さらにそれが高頻度で発生する可能性がある」ことを、反規制派は「社会に及ぼされる影響は小さく、その頻度も小さい」ことを証明することを目指すべきであろう。

 なお、問題表現について「社会的利益にならない」ために規制を主張する意見もあるが、前述のとおり表現の自由への制約は社会他者への不利益のみを根拠に課すことができるとされている。そのため、こういった主張について法的な根拠はない。

 いっぽう、犯罪行為を描いた表現一般的には規制されておらず、漫画表現けが規制対象として挙げられるというのはおかしいという意見があるが、これについては漫画表現画像を用いるものであることからより臨場感があり影響を与えやすいため、という一定根拠存在する。ただし、より影響が大きい映像という表現方法存在するため、もし漫画規制された場合は当然ながら映像規制されることが妥当であろう。

まとめ

 今回の淫行事件については誠に遺憾であり、加害者は当然その責を負うべきである。また、これを機に表現規制に関する議論が進むことは歓迎すべきことであるしかし、その根拠となる法や慣例、文化理解せずに思い込みで主張を行っている例も見られる。表現の自由民主主義の根幹であり、軽んじてはならない。その原則理解したうえでの適切な議論が望まれる。

2017-06-11

白紙に戻せぬ遣唐使教科書の読み比べ)

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない」

http://anond.hatelabo.jp/20170604204919

これの筆者です。

id:netcraft3さんに「このままシリーズ化してほしい」と言われたんですが、そのつもりはないです。歴史学に対してろくな知識もないから恥をかきそうだし、人気の増田国会ウォッチャー)みたいに注目をあびるのは恐ろしいです。

  

なので今回で最後になるかもしれませんが、ひとまず「遣唐使」について見ていきましょう。

山川出版社『詳説日本史』の「遣唐使」という項は、次のように書かれています。全文引用します。

618年、隋にかわって中国を統一した唐は、東アジア大帝国をきずき、広大な領地を支配して周辺諸国に大きな影響をあたえた。西アジアとの交流もさかんになり、都の長安(現、西安)は世界的な都市として国際文化が花ひらいた。

東アジア諸国も唐と通交するようになり、日本から遣唐使は8世紀にはほぼ20年に1度の割合で派遣された。大使をはじめとする遣唐使には留学生・留学僧なども加わり、多い時には約500人の人びとが、4隻の船にのって渡海した。しかし、造船や航海の技術はまだ未熟であったため、海上での遭難も多かった。遣唐使たちは、唐から先進的な政治制度国際的文化をもたらし、日本に大きな影響をあたえた。とくに帰国した吉備真備や玄昉は、のち聖武天皇に重用されて政界でも進出した。

朝鮮半島を統一した新羅とも多くの使節が往来したが、日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた。8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった。一方、靺鞨族や旧高句麗人を中心に中国東北部建国された渤海とは緊密な使節の往来がおこなわれた。渤海は、唐・新羅との対抗関係から727(神亀4)年に日本に使節を派遣して国交を求め、日本も新羅との対抗関係から渤海と友好的に通交した。

これはひどい遣唐使派遣再開が何年だったかという記述がありません。

そもそもこの派遣が再開であるという基礎知識すら、この教科書では把握できません。ページを戻って第2章「1,飛鳥の朝廷」の「東アジアの動向とヤマト政権の発展」という項では、「倭は630年の犬上御田鍬をはじめとして引き続き遣唐使派遣し」たとあるのですけど、その後にしばらく派遣を中断した時期があることは記載なし。

一時期は中断していたからこそ、702年の派遣再開に歴史的意義があります。第1回の遣唐使派遣が630年ですから、何と、まだ大化の改新をやっていない時代ですよ? それくらい古い時代から派遣していたにもかかわらず、多くの教科書8世紀初頭の出来事として遣唐使のことを説明するのはなぜでしょうか。それは再開というターニングポイントを重視しているからです。本書もそれに従って、「3,平城京時代」という単元に「遣唐使」の項を配置しています。それならば、中断・再開の経緯について説明を載せるべきです。

  

ちなみに、他の教科書では、遣唐使派遣再開についての説明が次のようになっています

7世紀前半にはじまった遣唐使は、天武・持統天皇時代にはしばらく中断されていたが、702年久しぶりに難波津を出発した。」

東京書籍日本史B』(日B 004)

「また政府は、8世紀のはじめに遣唐使派遣して、669年以後とだえていた唐との国交を回復した。」

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

「日本は唐の文化積極的にとり入れようと意欲をもやし、ほぼ20年に1度くらいの割合で遣唐使派遣した。」

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)

白村江の戦いののち、30年あまりとだえていた唐との国交が、701(大宝元)年の遣唐使任命によって再開され、以後、遣唐使がたびたび派遣された。それまで、半島から渡来人新羅などに学びながら、ある程度の国家体制を整えてきたが、この年の大宝律令とともに、唐との直接交通を始めたのである。」

桐原書店新日本史B』(日B 011)

律令制度を整えた朝廷も、702(大宝2)年に遣唐使を復活させ、唐の文物制度摂取につとめた。[中略]

こうしたなか、朝廷は新都の造営や貨幣鋳造、国史の編纂などを次々に実行して、中央集権体制にふさわしい国家づくりに励んだ。」

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

引用者注教科書のページを戻って「白村江の戦い国内体制の整備」の項では、白村江の戦いののち、遣唐使が「669年を最後に中断した」という記述あり。]

この中では、桐原書店ダントツに優れていると思います

遣唐使が中断していた理由もわかるし、大宝律令の制定と遣唐使の再開という2つの出来事を結びつけて理解することができます

  

三省堂記述おもしろいです。私は前回、この教科書について、「時代の流れがよくわかる」「時系列にしたがった記述が多い」というようなことを書きましたけど、ここでもその特徴が出ています

大宝律令の制定、平城京への遷都、貨幣鋳造、国史編纂というのは国内政治です。一方、遣唐使新羅・渤海との関係は、外交政策です。普通教科書はこれを別項に分けますが、三省堂はこれを同じ項にまとめて一つの時代様相として語っているのがすごい。

  

東京書籍実教出版も、中断・再開に触れています。その点は『詳説日本史』より絶対にマシです。

  

山川出版社高校日本史 改訂版』(日B 017)は、教科書のページ数が少なくて、内容もぺらぺらに薄いです。『詳説日本史』と同様、これでは大雑把に奈良時代の初め頃だったということしか分かりません。(しかも正確には702年に派遣再開されたので、これを奈良時代出来事と把握すると誤りになります)

  

  

  

東大入試でよくわかる遣唐使

東大入試2003年)は、遣唐使の本質にせまる問題を出しています

次の(1)~(4)の8世紀の日本の外交についての文章を読んで、下記の設問に答えなさい。

(1) 律令法を導入した日本では、中国と同じように、外国を「外蕃」「蕃国」と呼んだ。ただし唐を他と区別して、「隣国」と称することもあった。

(2) 遣唐使大伴古麻呂は、唐の玄宗皇帝元日朝賀(臣下から祝賀をうける儀式)に参列した時、日本と新羅とが席次を争ったことを報告している。8世紀には、日本は唐に20年に1度朝貢する約束を結んでいたと考えられる。

(3) 743年、新羅使は、それまでの「調」という貢進物の名称を「土毛」(土地の物産)に改めたので、日本の朝廷は受けとりを拒否した。このように両国関係は緊張することもあった。

(4) 8世紀を通じて新羅使は20回ほど来日している。長屋王は、新羅使の帰国にあたって私邸で饗宴をもよおし、使節と漢詩をよみかわしたことが知られる。また、752年の新羅使は700人あまり大人数で、アジア各地のさまざまな品物をもたらし、貴族たちが競って購入したことが知られる。

  

設問:この時代の日本にとって、唐との関係新羅との関係もつ意味にはどのような違いがあるか。たて前と実際の差に注目しながら、6行以内で説明しなさい。

これの答えがピンポイントで載っている教科書があります

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)です。これ以外は、どの教科書も上記引用した『詳説日本史』と似たり寄ったりの内容ですからいくら熟読をしても答案を書くことが難しいと思います。(三省堂のぞく。後述)

8世紀に入ると、日本は20年に1度の回数で大規模な遣唐使派遣した。日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢であり、使者正月の朝賀に参列し、皇帝を祝賀した。[中略]

一方、日本の律令国家内では天皇皇帝であり、日本が中華となる唐と同様の帝国構造を持った。日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけており、従属国として扱おうとした。

白村江の戦いののち、朝鮮半島を統一した新羅は、唐を牽制するために日本とのあいだにひんぱんに使節を往来させ、8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった。やがて対等外交を主張したが、朝廷はこれを認めず、藤原仲麻呂新羅への征討戦争を準備した。一方で、新羅民間交易に力を入れ、唐よりも日本との交流が質量ともに大きくなった。現在の正倉院に所蔵されている唐や南方の宝物には、新羅商人仲介したものが多いと考えられる。[後略]

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B018)

以上に準拠しながら、私なりに要点をまとめておくと、次のとおりです。

  

(1)は、日本が唐から律令を学び、その中華思想の影響を受けたことを言っています。つまり、日本はみずからが「中華となる」という「帝国構造」を作ろうとしたのです。「日本は新羅や渤海を蕃国として位置づけ」て、彼らを野蛮だと侮蔑し、従属国として扱おうとしました。ですが、唐だけは別格です。あのような大国を敵にまわすと、恐ろしいことになりかねません。そういう遠慮があって、唐のことだけは尊重して隣国と呼びました。

(2)は、「日本は唐の冊封を受けなかったが、実質的には唐に臣従する朝貢」をしていたということです。唐の臣下となって朝貢する国々の中にも、その立場にはランクがありました。日本と新羅はともに唐の臣下だったのですけど、日本は新羅より格上の臣下になろうとしたのです。

(3)は、日本と新羅関係悪化について述べています新羅が「8世紀初めまでは日本に臣従する形をとった」ので、その間は関係がうまくいっていました。しかし、新羅が「やがて対等外交を主張」するようになったから、両国関係はこじれてしまったのです。それが最終的には藤原仲麻呂が「新羅への征討戦争を準備」するくらいにエスカレートします。

(4)は、日本と新羅政治的には対立しつつも、経済的には交流が盛んだったという内容です。「新羅民間交易に力を入れ」ました。「新羅商人仲介し」、日本へ「唐や南方の宝物」をもたらしたのです。それは貴族たちが競って購入したがる垂涎の的でした。現在「正倉院に所蔵され」ている宝物も、そういうルートで輸入したものが多いのです。

  

教科書の読み比べをすることの目的は、なにも入試対応するためだけではありません。

例えば『詳説日本史』には、最初引用したとおり、「日本は国力を充実させた新羅従属国として扱おうとしたため、時には緊張が生じた」とか、「8世紀末になると遣新羅使派遣はまばらとなるが、民間商人たちの往来はさかんであった」という記述があります。この短い記述が伝えようとしていることの本当の意味は、『新日本史B 改訂版』(日B018)のような他の教科書と併読することにより、はじめて正確に把握できるのです。

  

ところで、この教科書の著者は、東大の先生が3人、京大の先生が1人です。本書だけに載っているネタを使って入試問題がつくられたのは、そのへんの事情もあるのかなと勘ぐってしまます

もしくは、これは2003年入試問題ということだから、ちょうど講談社の『日本の歴史シリーズ2000年2003年)が発行されていた時期ですし、そちらの内容を意識しているのかもしれないですね。一応、そっちのシリーズから引用しておきましょう。

国内及び新羅などの諸国に対する時と、唐に対する時とで天皇の顔を使い分けるという、まことにすっきりしない状況でもあった。このような努力・苦心を払って日本が手に入れようとしたのは、東アジアの有力国としては新羅より格が上、という地位の確認であり、また初期の遣唐使が唐の高宗蝦夷を見せたことに示されているように(『日本書紀』斉明五年七月三日条)、日本は隼人蝦夷などの異民族をも支配下にいれた大国かつ君子国であるという評価であった。いわば唐を盟主とする諸国の中での相対的に高い地位を求めるとともに、自らの小帝国であることを唐に認めさせようとしたのである。(石母田正天皇諸蕃』)

  

坂上康俊『日本の歴史05巻 律令国家の転換と「日本」』

さきにもふれたように、「日本国」は唐帝国との公的な外交関係では「天皇」の称号を用いることができず、実際には二十年に一度の使い――遣唐使――を送る唐の朝貢国位置づけられていたと考えられるが(東野治之「遣唐使船」朝日新聞社、一九九九年)、国号「倭」から「日本」に変え、「天」をつけた王の称号を定めたのは、唐帝国に対し、小なりとも自ら帝国として立とうとする意志であったことも間違いない。

実際、「日本国」は「蛮夷」を服属させる「中華」として自らを位置づけ、「文明」的と自任するその国制を、周囲の「未開」な「夷狄」におし及ぼし、国家領域を拡げようとする強烈な意欲を、その発足当初は持っていたのである

[中略]

このように、朝鮮半島に対しても圧力を加えて、朝貢を強要する姿勢を示す一方、「日本海」をこえてたびたび使者を送って交易を求めてきた渤海については朝貢国として扱うなど、「日本国」は自らを「中華」とし、帝国として四方に臨もうとしていた。しか東北侵略を止めた9世紀に入ると、こうした「帝国主義」的な姿勢列島外の世界に対する積極的な動きはしだいに退き、十世紀になれば、ほとんどそれは表に現れなくなっていく。

  

網野善彦日本の歴史00巻 日本とは何か』

日本が置かれている立場としては、唐への朝貢という屈辱外交をやめるためには、遣唐使派遣を中止するしかないわけです。しかし、日本は唐と断交して敵対的にのぞむ国力も、その覚悟もありませんでした。

いっぽう、遣唐使は唐の皇帝から賜った国書日本国王へ勅す)を持ち帰るわけにはいきません。日本が唐に朝貢していると認めることは、天皇の威信を傷つけることになるからです。

こうなると、実際には日本が唐に朝貢していることが明らかなのに、国内での建前としてはそれを否定してみせる必要が出てきます。要するに、「遣唐使派遣は朝貢ではない。天皇が唐に臣従しているという批判は当たらない」という建前をでっちあげ、国内的にはそれをゴリ押しすることで、この矛盾を乗り越えようとしたのです。

  

私がこのエントリ題名に「白紙に戻せぬ遣唐使」と付けた由来は、多分みなさんもご存知の、894年に遣唐使が廃止されたことを指す語呂合わせ「白紙に戻そう遣唐使」です。しかし、日本がほんとうに、この"遣唐使"的なるものを白紙に戻せたかというと、それは甚だ疑問です。為政者国内国外で異なる顔を見せたり、外交姿勢の実態と建前を使い分けているというのは、室町時代に明に朝貢して「日本国王」となった足利義満に、ほとんどそのまま適用できる視点だと思います

それに、このことは現代外交問題についても、重要示唆を与えてくれます。例えば政府国内に向けて愛国心ナショナリズムを煽っておきながら、それと同時に国外に向けて国際協調アピールをするというチグハグな状況は、まさにこの延長にあるんじゃないでしょうか。

あるいは唐側の視点で見ると、日唐関係はこんな見方もできるかもしれません。唐は日本がおとなしく朝貢するかぎり、細かいことに目くじらを立てなかった。唐としては蕃国をヘタに刺激して事を荒立てるより、多少その尊大なふるまいを黙認しておく方がメリットがあった。すなわち唐は日本と妥協しあって、朝貢関係があるとも無いとも、どちらとも言える状況を作りあげた。――こういう分析がどれだけ妥当か分かりませんけど、2国間に争いがあるとき玉虫色の決着をつけ、両国政府がそれぞれ自国民の耳に心地よい解釈で説明をしているというのは、これまた現代によく見かける話でしょう。

  

  

  

教科書の読み比べ

遣唐使についての解説が長くなりすぎましたが、じゃあここから、各社の教科書の読み比べをしていきます

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

遣唐使船はふつう「よつのふね」とよばれ、1隻に100人まりが乗りくみ、多い時で約500人の大使節団であった。

悪くはないですが、遣唐使について普通説明があるだけです。

おもしろい特色がありません。

無理に良い所探しをするなら、「よつのふね」という文学的呼び方を紹介し、その規模がいかに大きかったかを強調していることです。

華々しく飾り立てた大使節団というのは、それを送りだす側も、それを受け入れる側も、両国にとって国威発揚イベントになったと推測できますもっとも、沈没行方不明になることも多々あったので、華々しさとはかけ離れたのが実態だったかもしれませんし、どうなのでしょう?

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

  

……って、今回はここで文字数制限なのか。

引用をしていると、あっというまに文字数が膨らみますね!

つづきを書きました→ http://anond.hatelabo.jp/20170611234459

2017-06-04

友達の兄とセックスしたくて仕方がない話

初めてに言っておきます。すごーく気持ち悪い話です。






某国留学先で卒業式を終え、今月いっぱいで帰国する予定なのだが、現地でできた友達♀の兄と一発ヤりたくて仕方がない。

彼は私と同い年である

俗に言うオタク趣味を持ち、いわゆる日本アニメ漫画カルチャーが大好きな人

日本語の授業も取っていたことがあるらしい。

ルックスは、日本人基準で見たら外人補正もあり、まあまあカッコいい方だろう。

ただし、友達曰く、現地ではあまりモテないらしい。

ガールフレンドも今はいない。

なお、人種差別表現を避ける為に、彼の人種についてはあえて書かない。アジア系ではない、とだけ。



私は、4年間の留学生活で現地人の彼氏どころか、日本人彼氏すらできたことがないモテない女である

日本人女性海外留学でヤりまくっているんだろうというステレオタイプ蔓延る中(実際にはそういう人もいるが)、その定説を覆す人間である

なのでルックスはお察し。期待していた方にはお詫び申し上げます

そんな私が、留学生活の締めくくりに、どうしても友達兄と一発ヤりたくて仕方がないのである

付き合うとかじゃなくて、ただただ身体関係が持ちたい。

デートなんてまどろっこしいことは知らん。

友達の家には何度もお邪魔しているし、たまに泊めさせてもらっている。




ついこの間も、寝起きに彼らの家のリビングをうろいついていたら、友達兄と遭遇した。

私達以外の人間はみんな出払っていて、密室において若い男女が二人きりという状態だった。

この時点で何か期待してしま自分がいて、身体が疼いていくのがわかった。

彼がアクション系の映画を観ていたので、必死に会話のきっかけを掴もうと「何を観ているの?」と尋ねる。

エイリアン映画だよ」と彼は答える。

そして「一緒に観る?」と。

ちなみにこっちでは「家で映画を観ない?」というのは定番セックスの誘い文句なので、私の心臓は、それはもう、はちきれんばかりに高鳴ってしまった。

ところが、だ。

そんな期待にも関わらず、私達はそれぞれソファーの対角線上に座ってしまった。

先に座っていたのは彼なので、私から近づこうと思えば近づけたのだが、ヘタレ故にあえて遠い位置に腰を下ろしてしまったのだ。

そんなわけで、密着することなく、健全にお互い距離のあるまま映画を楽しむことになった。

「このエイリアン達は最後どうなると思う?」

地球乗っ取るんじゃね?」

「いや、アメリカ映画だし最後は必ず人類が勝つよ」

無邪気に映画の結末について論ずる友達兄。

いや、そんなことはどうでもいい。エイリアン地球侵略しようが、人類勝利しようが、私にはどうでもいいのだ。

そんなことより私は、貴方セクロスがしたい。

なんてこと口が裂けても言える筈もなく、結局2時間無駄にしてしまった。

女の子口説き落とすために、必死にどうでもいい会話に食らいつく男性気持ちがよくわかった。

恋愛経験が著しく乏しい私は、多分、このまま何もできずに帰国の日を迎えるだろう。

あと数週間で、やれるだけのことはやりたいけど。

2017-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20170602000031

失業者の吸収のために軍隊を増強する国が現れてその兵力を使って他国侵略する国が現れそう。

あれ?これって第2次世界大戦前のドイツやんwwwww

日本も笑い話じゃすまない、今の日本の情勢を見ると第三次世界大戦を起こすのは日本可能性が高いと思う。

左派が衰退し右派思考の台頭、社会不安秘密保護法テロ共謀罪制定その他諸々戦前日本雰囲気と似ている。

AIの台頭により第三次世界大戦が起きるのは間違いない。

2017-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20170531231900

何もしないで乗ってるのは、大半が人間に化けた宇宙人なんだよ。

やつら、テレパシーで会話するから、何もしてないように見えるんだ。

地球侵略は既に始まってるんだ。

英語

これが中国語村とかアラビア語村であれば、侵略だとかテロだとか騒がれそうな気がする

英語だけ許されているのはGHQによる戦後レジュームの影響だろうか

日本人無宗教ではなく儒教徒である

日本の最大宗教儒教で、それは江戸時代から変わっていない。

武家は、統治のために中国儒教に倣ったからで、そしてそもそも儒教社会構造を維持するための宗教だ。日本史教科書には儒学とか朱子学とかさらっとしか書かれていないけれど、徳川治世は政教一致で、儒教社会本質を担う物凄く重要ものだった。

そして例えば、長幼の序年功序列)とか、男尊女卑とか、御先祖様がどうだとか、上座下座とか、家父長制(天皇制典型)とか、未だにある。そしてそれは道徳と称され、確信的に(加害者に悪の自覚が無く)差別が行われている。

さらにそれがとりわけタチが悪いことに、儒教教義を信奉している当人儒教徒であることの自覚が無い。それで、「日本人無宗教」という言説が定説になっている。

日中戦争太平洋戦争をした原因にも、儒教がある。儒教身分差別階級差別宗教なので、どちらが親分か、どちらが兄貴か、優劣(序列)がある。そうして、他者を蔑んだり、権威にひれ伏したりする。「大東亜共栄圏」という概念は、日本東アジア盟主親分)たらんとしたものだ。

日本では、少なくとも戦時中までは公然アイヌ人や沖縄人(「沖縄県民」)を差別してきたし、韓国人中国人は未だに事実上差別を受けている。戦前政府日本社会システム押し付けて、創氏改名を行わせた。それは韓国人に対してだけではなく、アイヌ人にも行われた。侵略され植民地化されたからには、日本論理を受け入れるしかなく、多くのアイヌ人は和人同化せざるをえなくなった。

国家神道」とかいうけれど、それも、神道の皮をかぶった儒教だ。天皇を家父長にした、身分差別階級差別宗教だ。

日本人は、正しい歴史認識をしていないし、戦争反省もしていない。なにせ、儒教徒である自覚が無いのだから戦争の原因を認識していない。だから謝罪をしても反省はしていない。しかも困ったことに、中国人韓国人儒教徒から問題本質解決する可能性がない。

正しい歴史教育だとか正しい歴史教育だとかいう以前に、日本人和人)は自分自身を知らない。

2017-05-28

これが安倍総理自民党から金品をもらい国民洗脳する典型的ネトウヨ書き込みだ。

これが安倍総理自民党から金品をもらい国民洗脳する典型的ネトウヨ書き込みだ。

YAHOO番組感想欄 サンデーモーニングに次のような書き込みがあった。

投稿者:wbb*****さん投稿日時:2017/5/28 10:13

加計学院開校に関して法的に何か問題があるのですか。指摘している文章は、担当者作成したメモ公文書でも公的議事録でもありません。むしろ批判は、国家公務員守秘義務違反した前川次官へ向けるべきです。

長年できなかった獣医師会の利権を打開し、かつ十数年にわたって今治市民が土地無償提供するまでして誘致を進め、特区事業を実現したことを賛意すべき。

常に韓国中国擁護し、日本政府批判に終始するこの番組こそ問題です。

(本文はそのままにした。)

①「加計学院開校に関して法的に何か問題があるのですか。」

 加計学園愛媛県今治市岡山理科大学獣医学部新設しようとしている。

安倍総理のお友達理事長を務める「加計学園」に37億円相当の土地無償今治市提供される。

さら今治市愛媛県事業費の半分にあたる96億円を補助。しか獣医学部設置は獣医師過剰になるという獣医師会の反対がある中での決定。法的に問題が出てくる可能性は大いにある。

②「指摘している文章は、担当者作成したメモ公文書でも公的議事録でもありません。むしろ批判は、国家公務員守秘義務違反した前川次官へ向けるべきです。 」

「指摘している文書は、担当者作成したメモ公文書でも公的議事録でもありません。」

なぜこう断言できるのか不可解だが、とりあえず断言だけして押し切るのが、ネトウヨ安倍自民党

また「担当者作成したメモ公文書でも公的議事録でもない」ならば「批判国家公務員守秘義務違反した前川次官へ向けるべき」というのはおかしい。何の守秘義務違反にもあたらない。

守秘義務違反にあたるというなら、この文書は少なくとも文部科学省公的文書であるということになる。

③「今治市民が土地無償提供するまでして誘致を進め、特区事業を実現したことを賛意すべき。 」

今治市民の多くは岡山理科大学獣医学部新設について知らないということだ。説明会でも突然降って湧いたこ問題困惑しているという。同じケースで千葉県銚子市加計学園千葉科学大学は大きな赤字を抱えると聞く。

今治市夕張のようになるのではないかとの声もあり、これに賛意を示すことは出来ない。

④「常に韓国中国擁護し、日本政府批判に終始するこの番組こそ問題です。 」

加計学園とは関係ない。またネトウヨ安倍自民党の特徴として常に韓国中国誹謗中傷し、旧日本軍によるアジアへの侵略行為を指摘すると、反日だとして、攻撃。そして安倍政権批判を許さないという独善的独裁思考押し付けるというところがある。

2017-05-19

左翼売国奴

外国と比べて、日本左翼国旗を仰がない、他国日本を売る売国奴などと聞くが

こういう言説の問題なところは、今の日本の国政と「自分達・自国で作り上げた国」と比較しているところだ

現在日本体制は、アメリカによって作られアメリカ規定した国家制度アメリカ庇護のもとで存在している

つまるところ、おおよそにおいて、国家象徴するものが「自分たちのものである」と言う点が希薄なのだ

全てにおいても、特に国旗国歌にしても、「アメリカにとって都合が良かったから」と「アメリカに許されたから」でしかなかった

自分たちのものでない以上、自分たちアイデンティティとはなりえないし、それが象徴として認めえるかは、「自分たちで作り上げた」民主主義国家と比して感情の複雑なものになる

個々人の許すか許さないかに大きく左右される

占領からまり、そこから日本には「アメリカ所属するか」と「アメリカ所属しないか」に分裂していて、ずっとそれが続いているだけの話だ、愛国だの売国だのと言う話ではない

アメリカ以外がロシアであり中国であることはあるがは時代によって変遷するが、結局のところ、両翼の思想において国の主体としての日本と言うものは実のところ存在せず、いわゆる右翼のいう所の愛国と言うもの虚構

大まかに、アメリカ統治を認めるか=右翼アメリカ統治を認めないか左翼と言う構図でしかなく、アメリカを認める=(現在の)日本肯定する=(虚構としての)愛国となるだけだ

売国奴と言う理屈も、中国ロシアを敵とする前提があって、それに利するから売国奴となるが、そもそも中国ロシアが敵であるというのはアメリカと組するという前提から生じている

アメリカと手を切って中国ロシア協調すれば、それだけで単純に立場が逆転する

宗主国アメリカとするか中露とするかの違いでしかない

もちろん、中国と組すれば即座に占領地になり、チベットのように虐殺圧政を受けるという危惧も当然だろうが

北朝鮮北ベトナム、バングラディッシュと、隣接した社会主義国中国有効ながら属領とならずにいる国もある

しろチベット反中国だからこそ攻め込まれ支配されている(勿論、侵略による圧政など否定すべきだが(ここは強調しておく))

個人的に、どっちかマシかと言えば自由主義に組するアメリカではあるのだが

それでもアメリカ所属することを愛国と言い張って、宗主国選択で競い合ってるだけの相手売国奴などと、どちらも国を売ってるだけの状況で偉そうに言える言葉ではないように思える

天皇家麻生財閥癒着

天皇家麻生財閥の繋がり

出典

matome.naver.jp

天皇家麻生財閥の繋がり

天皇家麻生家が家系図で繋がっている事が明らかになっています。さすがに家系図はごまかせません。

日本総理大臣を親戚から選出

出典

www.kyudan.com

日本総理大臣を親戚から選出

日本総理大臣が親戚の中から選出されている事が分かります

非常に近い縁戚同士で日本支配

出典

blogs.c.yimg.jp

非常に近い縁戚同士で日本支配

この3名が非常に近い縁戚同士で、一族日本支配していらっしゃいます

麻生氏と親戚の黒田さんの結婚

出典

blogs.yahoo.co.jp

麻生氏と親戚の黒田さんの結婚

天皇の娘と結婚した東京都職員で「一般人」とされた黒田さん。実は、麻生家と親戚関係にある黒田慶樹さんは、大久保利通家系の人で、麻生氏と親戚関係になります

マフィアドンと言われた麻生

出典

quasimoto.exblog.jp

マフィアドンと言われた麻生

モスクアのG20に出席した時の格好からマフィアドン」と海外メディアで報じられました。実際に事実なんですけど。

内閣総理大臣(第92代)、経済企画庁長官(第53代)、経済財政政策担当大臣総務大臣(第3・4・5代)、外務大臣(第137・138代)、自由民主党政務調査会長自由民主党幹事長自由民主党総裁(第23代)などを歴任した。

出典

麻生太郎 - Wikipedia

麻生さんが政治資金で豪華グルメ

出典

eritokyo.jp

麻生さんが政治資金で豪華グルメ

政治資金を使って2260万円の高級グルメ三味を伝える週刊誌報道

戦前天皇家資産が凄い

出典

plaza.rakuten.co.jp

戦前天皇家株式国債土地などの資産を持っていたことはよく知られているが、財閥解体時の資料を基に天皇財閥は4大財閥の10倍程度の規模があったという。

出典

書評 吉田祐二著『天皇財閥皇室による経済支配構造』 最大の財閥天皇家海外進出における「経営判断ミス」 | ちきゅう

天皇家保有していた株式は、日本銀行横浜正金銀行朝鮮銀行台湾銀行南満州鉄道日本郵船東京電燈帝国ホテルなど。天皇家日本最大の金融王であり、地主でもあった。

出典

書評 吉田祐二著『天皇財閥皇室による経済支配構造』 最大の財閥天皇家海外進出における「経営判断ミス」 | ちきゅう

富国強兵政策による事業拡大に歩調を合わせ、皇室財産企業株の取得と投資を繰り返し、山林や土地の所有を合わせて日本一富豪

出典

戦前皇族世界一の超大富豪と聞いたのですが、具体的にどのくらいだ... - Yahoo!知恵袋

大富豪となった天皇家

出典

www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp

大富豪となった天皇家

当時の民衆操作して、世界でも有数の莫大な富を手に入れる事に成功しました。そして戦争へ向かいます

皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室横浜正金(後の東京銀行)、興銀、三井三菱ほか、満鉄台湾銀行東洋拓殖王子製紙台湾製糖、関東電気日本郵船等、大銀行大企業大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。

出典

昭和天皇戦争狂になった訳 中川

大日本帝国憲法下では、皇室財産御料御料地と呼ばれ、帝国議会の統制外にありました。

出典

戦前皇族世界一の超大富豪と聞いたのですが、具体的にどのくらいだ... - Yahoo!知恵袋

昭和天皇

出典

yasimahirosi.at.webry.info

昭和天皇

庶民が知らないところで、戦争によって多くの資産を蓄える事に成功しました。

昭和天皇に関しては大資本家、そして大日本帝国軍最高指揮官としての商才を遺憾なく発揮した人物

出典

株式会社 日本」の大株主であった、天皇財閥 2 - るいネット

戦争中、全ての日本人餓死寸前の中、軍需工場で「無給」で重労働を行っていたのです。そうした重労働日本人男性軍人の死によって戦争によって得られた賠償金を、国民のためでなく自分私的財産として天皇は着服し、密かに蓄財

出典

天皇家秘密—再掲: 日本人は知ってはいけない。

出典

fbcdn-sphotos-d-a.akamaihd.net

財閥解体の時にも、天皇財産は国政返還が行われているが、実際に返還されたのは一部の資産であり、多くの金塊等は自社の保有する船舶日本郵船)によって、そそくさとスイスアルゼンチン銀行に運び込まれ

出典

株式会社 日本」の大株主であった、天皇財閥 2 - るいネット

現在天皇家資産は、スイスに多くが保管されていて、内務省の一級機密として扱われています

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチスヒトラーユダヤ人から奪った貴金属管理していたのもスイス銀行でした。

出典

天皇家秘密—再掲: 日本人は知ってはいけない。

他国への侵略戦争でボロ儲けした天皇家

出典

www.jcp.or.jp

他国への侵略戦争でボロ儲けした天皇家

天皇家財閥は、他国への侵略戦争で、ボロ儲けしていました。国民が死んでも知ったことではありません。

国民農民資産が 皇室に集まる仕組みが出来上がった。それと同時に軍人勅語教育勅語等が準備されていく

出典

約20%の日銀株を持つ天皇家 - 紙幣不思議2

アジアへの侵略が深まれば深まるほど儲かる銀行会社大株主だったのである

出典

約20%の日銀株を持つ天皇家 - 紙幣不思議2

森永家を中心にした現在財閥

出典

livedoor.blogimg.jp

森永家を中心にした現在財閥

森永家は、現在安倍晋三さんの奥さんであり、お菓子メーカーとして日本財閥形成をしています

天皇家日清戦争で味をしめたのは有名な話である。この侵略強盗戦争清国から奪った賠償金は三億六千五百二十五万円。何故かこのうちの二千万円が皇室の財宝となった。

この条約が締結される頃の東アジア世界は、近代国際法を掲げながら、実際には弱肉強食を旨とする西欧列強が浸透してくる時期にあたる。当時朝鮮は清の冊封国であったが、鎖国政策を国是としていたため、国際交流は非常に限られていた。しかしそのような朝鮮にも1860年代以降国際化の波(外圧)が押し寄せ、海上から西欧諸国が訪れるようになる。朝鮮西欧列強との出会いは、概ね芳しいものではなかった。たとえば1866年にはフランス軍キリスト教徒虐殺事件丙寅迫害)の報復として軍艦7隻総兵力1000人で朝鮮江華島攻撃占領する丙寅洋擾が発生し、1871年にはアメリカ合衆国ジェネラルシャーマン事件1866年発生)の報復として軍艦5隻総兵力1200人艦砲85門で朝鮮江華島攻撃占領を行っている(辛未洋擾)。丙寅洋擾と辛未洋擾は朝鮮通商を行うための侵略であったが却って斥和碑を建てるなど攘夷につながった。

当時朝鮮政権を担っていたのは高宗の実父興宣大院君である清朝から西欧列強情報を得ていた大院君は、断固として鎖国を維持する姿勢を貫いた。これは中国における西欧側の非道を知ったこともあるが、朱子学以外を認めない衛正斥邪という思想政策積極的に推し進めたことから分かるように、大院君は中華思想的発想の持ち主であり、その点から西欧諸国夷狄視していたことも理由の一つである。その強い姿勢は「西洋蛮人の侵犯に戦わない事は和議をする事であり、和議を主張することは売国行為である」と書かれた斥和碑を朝鮮各地に建てたことに窺うことができる。このように当時の朝鮮では攘夷熱が高まっていた。

また朝鮮では、文禄・慶長の役時に、中国朝鮮を守ったため、今回も中国朝鮮を守ってくれるに違いないという立場であり、小島毅は「中国東アジア全体にとっての親分だというのが朝鮮認識ですから親分である中国自分を守ってもらおうとするわけですね」と述べている[2]。

日朝間の懸案:書契問題[編集]

他方、西欧列強が迫っていた東アジア諸国の中で、いちはや開国明治維新により近代国家となった日本は、西欧諸国のみならず、自国周辺のアジア諸国とも近代的な国際関係樹立しようとした。朝鮮にも1868年12月明治政府樹立するとすぐに書契、すなわち国書対馬藩の宗氏を介し送った。江戸時代を通じて、朝鮮との関係は宗氏を通じ行われてきたためであるしか国書の中に「皇」や「奉勅」といったことばが使用されていたために、朝鮮側は受け取りを拒否した。近代的な国際関係樹立は、はなから躓いたといえよう。

この問題は、日朝双方の国交に対する思惑がすれ違ったことが原因である日本側は従来の冊封体制的な交隣関係から条約に基礎づけられた関係へと、日朝関係を変化させることを企図したのであるが、一方朝鮮側はこれまでどおり冊封関係にとどまり、その中で日本との関係位置づけようとしていた。前近代における冊封体制下において、「皇上」や「奉勅」ということばは中国王朝にのみ許されたことばであって、日本がそれを使用するということは、冊封体制の頂点に立ち朝鮮よりも日本の国際地位を上とすることを画策したと朝鮮は捉えたのである

なお近代以前の日朝関係については朝鮮通信使に詳しい。

征韓論を唱えた西郷隆盛。ただし江華島事件及びその後の日朝修好条規締結に対して義に悖ると批判していた。

1868年以来、何度か日本から国書がもたらされたが、日朝双方の思惑の違いか両国関係は円滑なものとは言えなかった。書契問題を背景として生じた日本国内における「征韓論」の高まりに、大院君が非常な警戒心を抱いたことも一因である。また釜山においては日朝両国官僚同士が険悪となっていた。長崎出島のごとき釜山倭館限定した国交を望む朝鮮側と、対馬宗氏から外交権を取り上げて外交を一元化し、開国を迫る日本との間に齟齬が生じたのである釜山倭館朝鮮側が日本特に対馬藩使節商人を饗応するために設けた施設であったが、明治政府対馬藩から外交権を取り上げ、朝鮮との交渉に乗り出そうとした。その際、倭館をも朝鮮側の承諾無しに接収日本公館としたことから事態悪化したのである。結果、必要物資供給及び密貿易の停止が朝鮮から宣言される事態となった。

日本側も単に国書を送りつけるだけだったわけではない。版籍奉還という日本国内の難問を無事に乗り越えた1870年朝鮮との国交交渉を有利にするため、冊封体制の頂点に立つ清朝と対等の条約日清修好条規を締結した。これにより冊封体制の維持を理由に国交交渉忌避する朝鮮を、交渉テーブルに着くように促したのである

1873年に対外強硬派の大院君が失脚し、王妃閔妃一派が権力を握っても、日朝関係は容易に好転しなかった。転機が訪れたのは、翌年日清間の抗争に発展した台湾出兵である。この時、日本朝鮮出兵する可能性を清朝より知らされた朝鮮側では、李裕元や朴珪寿を中心に日本から国書受理すべしという声が高まった。李・朴は対馬藩のもたらす国書に「皇」や「勅」とあるのは単に自尊意味するに過ぎず、朝鮮に対して唱えているのではない、受理しないというのは「交隣講好の道」に反していると主張した。これにより朝鮮側の対日姿勢がやや軟化した。

条約締結までの経過[編集]

国交交渉[編集]

国交交渉再開の気運が高まり1875年交渉が行われた。日本側は外務省理事官森山茂と広津弘信、朝鮮側は東莱府の官僚交渉テーブルに着いたが、やはり書契に使用される文字について両者の認識に食い違いが生じた。この他森山洋服着用など欧米スタイルを貫こうとする姿勢朝鮮側が嫌悪感を示したことで交渉ははかばかしくなかった。交渉の停滞に業を煮やした森山4月には砲艦外交を行うことを日本政府に上申した[3]が、三条実美の反対があり、川村純義の建議により日本海軍砲艦二隻(雲揚および第二丁卯)が5月派遣され朝鮮沿岸海域の測量などの名目示威活動を展開した。その後雲揚は対馬近海の測量を行いながら一旦長崎に帰港するが、9月に入って改めて清国牛荘(営口)までの航路研究を命じられて出港した。

江華島事件[編集]

詳細は「江華島事件」を参照

9月20日首都漢城に近い江華島付近で、雲揚所属の端艇が朝鮮砲台から砲撃を受ける事件が発生した(江華島事件)。雲揚は反撃し、永宗島要塞を一時占領、砲台を武装解除し、武器旗章楽器等を戦利品として鹵獲した。この事件における被害は、朝鮮側の死者35名、日本側の死者1名負傷者1名(のち死亡)であった。事件朝鮮側が日本海軍所属軍艦と知らずに砲撃してしまった偶発的なものとされ[4]、この江華島事件の事後交渉を通じて、日朝間の国交交渉が大きく進展した。

条約交渉における日本側の基本姿勢[編集]

ボアソナード

明治政府のお雇い外国人ボアソナードは、事件を処理するために派遣される使節への訓令について、以下を決して朝鮮に譲歩すべきではないと具申した。

釜山・江華港を貿易港として開港する。

朝鮮領海航行の自由

江華島事件についての謝罪要求

またこれらが満たされない場合軍事行動も含む強硬外交姿勢を採ることをも併せて意見している。これらの意見ほとんど変更されることなく、太政大臣三条実美を通じて訓示に付属する内諭として使節に伝えられた。さら朝鮮に対する基本姿勢として、三条はこの江華島事件に対して「相応なる賠償を求む」べきとしながら、使節団の目的を「我主意の注ぐ所は、交を続くに在るを以て、・・・和約を結ぶことを主とし、彼能我が和交を修め、貿易を広むるの求に従ひときは、即此を以て雲揚艦の賠償と看做し、承諾すること」だと述べていた(強調、加筆者)。これは欧米列強干渉を招かないよう配慮すべし、という森有礼の言が容れられたものである

さらボアソナードのいう軍事行動も含む強硬外交姿勢も、日本は忠実に実行に移している。使節団一行には軍艦兵士の護衛がつき、威圧効果朝鮮側に与えようとした。また交渉が決裂した場合に備え、山縣有朋山口県下関に入り、広島熊本両鎮台の兵力をいつでも投入できるよう準備していたのであるさらにいえば、日本砲艦外交姿勢は無論朝鮮の屈服を促すものであったが、同時に日本国内の「征韓論」を唱える不平士族の溜飲を下げることも狙ったものであった。

ただこのように軍事的高圧な姿勢を表面上見せながら、当時の日本は軍費の負担という点からいって、戦争が好ましいとは考えていなかった。また戦争の発生がロシア清朝の介入を許すきっかけになるかもしれず、その点からも極力戦争は避ける考えであった。

以上をまとめると日本側の交渉の基本姿勢は、以下の二点に集約される。

砲艦外交を最大限推し進めながら、実際には戦争をできるだけ回避すること。

江華島事件の問罪を前面に押し出しながら、実質的には条約を締結し、両国の懸案で長年解決しなかった近代的な国際関係樹立すること。

また対朝鮮政策は、実質的には朝鮮宗主国である清朝政策でもあり、清朝干渉をなくすべく事前に清朝の大官たちと折衝を重ねることも日本は行っている。19世紀欧米列強アジア侵略に対抗するため、清朝朝鮮ベトナム琉球などの冊封国保護国化あるいは併合することによって皇帝を中心としたアジア伝統的な国際関係をそのまま近代国際関係へと移行させて清の地位と影響力を保持しようとし、冊封国に対して保護国化、モンゴルチベット新疆などの保護国に対しては植民地化を強めようとしていた。

この時期の東アジアは、日中朝そして西欧列強の間における複雑な絡み合いが相互作用する場が形成されつつあった。日朝間の国交交渉再開もその結果としてもたらされたものであると同時に、また別の歴史事象の原因でもあったのである

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん