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2017-10-22

https://anond.hatelabo.jp/20171022214742

追記の追記

他者とのつながりが自我の基盤だった時代など、当の昔に終わっている。誰もがシステムに見守られ、システム規範に沿って生きる社会では、人の輪なんて必要ない。皆小さな独房の中で、自分だけの安らぎに飼いならされているだけだ。

PSYCHO-PASS」の世界観現代日本で受けたのは

そのストーリにおいて「自己決断機械(シビュラシステム)に任せ、自己に決定・決断放棄した時に何が起こるのか」というテーマ

一見すると思考実験的な仮想性を持ちつつも

その実、現代社会における個人主体性問題と深くリンクしていたがために現代オタクの興味関心を惹いたのだろうという自己的な指摘をしておきたい

結局、現代においては「透明な存在であることが求められてしま

人は人と付き合うのではなく、機能と付き合うようになる

「”運命果実を一緒に食べよう”と言ってくれる誰か」はこの世界には存在しない

からこそ、僕らは「落とし穴の中で幸せそうにしている人が描かれた物語」を読みたくなる

狭い二者関係の中で起こるテンプレート化された会話劇ですら、この世界には実在しないのだから

僕らが求める対人関係という“真理”は実在しない

それは吊るされたニンジンに過ぎず、世界神様人間に興味がない

アニメシリアスがあると見たくなくなる人々」について

寓話理想郷ユートピア)」

神様は、一部の人間に理想郷を与えることにしました。

まずは、外の世界から隔離した場所を造り、そこへ人間達を住まわせます

人間食べ物不自由しないよう、

飲むだけで空腹が満たされ、若さを保ち、健康でいられる”湖”をつくりました。

その水は、人間だけでなく、植物を潤し、空気もきれいします。

身体にかけるだけで、汚れが取れ、傷が治り、とても良い香りに包まれます

また、法律を無くし、自由に生きられるようにしました。

気候は常に心地よく、衣服必要ありません。

働く必要も無く、病気にもならず、男女は誰とでも交われます

人々は、この理想郷感謝し、生きることを楽しみました。

しかし、何ヶ月か過ぎると、人間達は不満を持つようになりました。

それは、人間が持つ、妬みや嫉妬からまれ感情でした。

神様は、人間から男女の種別を無くし、その原因を取り除きます

そして子孫を残せない代わりに、永遠の命を与えました。

暫くすると、また人間から不満の感情が現れます

調べてみると、綺麗な者が醜い者を虐げていました。

神様は、表面の差異を無くし、人間の形状を均一化します。

これでやっと、人々から不満の感情が消えました。

暫くして神様理想郷を眺めると、人々は皆、あの湖にプカプカと浮き、じっとしていました。

それは神様にとって、とても綺麗で完璧理想郷でした。

出典:StudioGIW「VAZIAL SAGA」より


https://anond.hatelabo.jp/20171022210553

少し追記する

人間歴史自然の克服である、と誰かが言った

それはつまり効率への志向である

人を鍛えるよりも、道具を作る方に人間進化してきた

人間の英知とは、自身で出来ることの増加ではなく、環境を変えることへの志向からまれ

「誰が行っても同じ結果が出る」は科学原則である

それは裏を返せば、個人でできることの減少である

はいくらでもある

利便性効率の追求によって、職人は消え、仕事は消え、人は人と仕事をしなくなる

人は欲求阻止体験を抱え込むことから解放されつつある。しかし苦悩場面を体験しないで済むということは当然その時発動される自我防衛・工夫などの鍛錬をしないことに通じる。

人は言葉を使って考えることで世界を内的に再構成すると言われるが、欲求満足や快感保証される社会では、個人はそうした作業負担を免れる。人格はその構成拡散させたままでも生存できる方向に向かっており、人は欲求とその満足というパターンを得ているうちは良いが、そうでない時には著しく脆弱な反応を見せる、「考えない」存在になっていくことが懸念されるのである

事実、対人関係だけはこうした欲求一満足という即物性を欠いている(人をモノ化した際には成立するが)。

現代人に残された難物がコフートの言うように周囲の人間との関係性に悩むことであるかもしれず、またそれも情報機器の助けによって容易に自己完結的な引きこもりへの道が用意されていると言えよう。

出典


この「人をモノ化した際には成立する」というのが、今の日本で行われつつあるのではないだろうか

「現代のオタクは少女をどこまで「破壊」すれば安心するのだろうか」で書いたように

キャラクターとはそもそも人間性破壊しモノ化した対象を指す

また、現代における現実人間関係そもそも葛藤回避である印象もある

お互いに不快な思いをさせないよう、生ぬるい表面的な関係とやり取りに終始する傾向にあるのではないだろうか

その反動としての「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」や「とらドラ!」の存在が持て囃される一方で

アニメシリアスがあると見たくなくなる人々」が居るわけで

彼らの世界には葛藤はなく、それを表現した作品への希求はなく、ただただ苦痛体験アニメ媒体を通して追体験させられているように感じられるのではないだろうか

そこにきて「Re:ゼロから始める異世界生活」において主人公が陥るような自己肥大自己嫌悪といった葛藤に直面化させられると

主人公気持ち悪い」「かっこ悪い、見てて苦痛」という感想しか持ちにくく、自分と相対化してみることができなくなる

ネットにおいて「自分がその段階を通過していないから、スバルに対して"ああ、自分もこういう時期あったな"とみることができない」という指摘がしばしばみられるが

これもやはり葛藤を持つことの不慣れからくる保持能力の欠如に対してのしてきであると捉えられるだろうか

結論:兎にも角にも、サーバルちゃんの全肯定現代オタク希求する

痴漢」と「48時間チャレンジ」にみる「葛藤を抱えられない心性」について

そういうなかから、行動化を防衛機制の一つとする見方も出てきています

本来防衛というのは、そういう「不適応行動」をしないための手段であって、その主たる目的は「自分内面平穏にする」「自分の中で葛藤が起こらないようにする」「自分内面葛藤を抑えてもっていられる」ということなのです。

もっていられる能力は人によってかなり違いますけれども、もっていられないものをなんとか始末してしま方法というのが防衛機制であるわけです。

(中略)

まり、行動で発散してしまうので自分の中で葛藤を溜め込んでもっていないで済む。

それから欲求を即充足してしまうこともできる。

防衛的な観点から言えば、そのやり方によって自分内面葛藤状態を予防している、または解消しているといえるわけで、

そういう味方をすれば、行動化は防衛でもある、という見方ができるわけです。

引用:「馬場禮子(1999),精神分析心理療法実践,岩崎学術出版


この記事およびこの記事を読んでの雑感

現代において、精神医学もしくは臨床心理学対象が「葛藤を抱えていられない」になりつつあることは諸家が指摘する通りだと思う

社会的に「自由」というものが認められず、人々が単一規律常識などに従わなければ生きられなかった時代においては

治療者の対象は「自分を抑えてしまう」ことが成因になるような病理対象であった

一方、現代においては「自由であること」が病理の成因となる

利便性選択肢の増加は、欲求葛藤の解消をインスタントものへと変化させた

「辛くなればやめても良い」「苦労しなくても退屈は紛れる」「ネット越しなら誰かを批判しても、見なければ反論は来ないし直接的な被害はない」「自分の歪んだ欲望も受け入れ、肯定し、賛同共感してくれる場所がすぐにみつかる」

しかしその一方で、いざ職場に行けば規律を守ることを要求され、規定時間以上の労働に駆り立てられ、下手をすれば休日返上して出勤する

私生活における幼児的万能感の世界と一転して、社会生活要求される自己への規制は非常に強いものとなっている

このアンバランスさは、時として人を分裂させる

私生活としての私」と「社会に生きる者としての私」は、かつてないほどに乖離し始める

もはや、「社会人としての私」は「本来自分から離れ、自我親和的はいえない

反動形成に近い防衛機制が働くこととなる


48時間チャレンジ記事を見て、「これ、ボーダーの子の試し行為じゃん」と思った人もいるだろうか

素直に甘えを表現することへの葛藤も処理できず、かといって甘えたい欲求を別の形で処理することも出来ず

明らかに不適応な形で自らの親密・依存欲求を満たす行為のように見える

自立と依存葛藤を維持し、家族ではなく他者に親密さと依存対象を広げていく過程にある青年期において

家族依存欲求失踪という試し行為の形で達成するのは、どこか歪んでいるようにみえ

満員電車というのは、名前も勤め先も知らない人々が密着した状態で、強制的一定時間を過ごします。辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした無の状態になる。そんな異常な空間の中で、ふいに女性に触れてしまうと、それが予想もしないくらいの衝撃的な体験になってしまう。

私はこれまで200人以上の痴漢常習者をヒアリングしてきましたが、彼らの多くはその最初感覚を『身体に電撃が走った』と言います。本人が意図せずに触ってしまって、そこから『あ、こんな柔らかい感触があるんだ』と衝撃を覚えてしまう。少し言葉は悪いですが、痴漢の始まり方はこの“ビギナーズラック”のパターンが一番多いんです



公私での混同を許さなくなった社会では、時として人格の解離が状態化する

「辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした“無”の状態になる」という一文は示唆に富む

私では過剰に発散し、公ではひたすらに抑圧し何も感じないようにする

自我自体脆弱なままなのに、その空間他者の柔らかい感触侵入してくる

そうすると、脆弱自我はもはや「触りたいけど触ってはいけない」という葛藤を維持できず、行動化に移る

現代においては、そうした前エディプス的な段階での病理が多いように思える

物質的に富、自由と自立が個人裁量で賄われるこの時代においては

社会的規律によって自我機能が助けられていた時代より、葛藤処理が個人自助努力にのみ任ぜられるために、かえってバランスを欠いた人間性が生じやすいのかもしれない

葛藤を抱えられない心性」は、社会システム変遷から生じた病理である

次の時代において、子の心性はいかなる形で変容するのかが気になる所である

https://anond.hatelabo.jp/20171022144336

お約束のように「はてサって誰のことだよ」とか言いながらも、

だいたい集まってくるのは似たようなメンツ

あの人ら、どんな自己認識なんだろ。

まさにイキイキママ産休を3回取ってる間に10年が経ち、こっちは独身

https://anond.hatelabo.jp/20171021145831

会社のせいとかいう人もいるが、そうはいっても、現場の女一人が上に訴えたところで上層部は変わらないんだよね

それこそお国強制的に何かしてくれない限り

国は産休育休を取れ取れ、とはいものの、取らせなかったとき罰則があるわけじゃないし、取った場合の周りのフォロー企業努力で済ませてる

産休を取った人間がいる課は給料アップ、その原資は国が出す、くらいしないと変わらないよ

だって産休で休まれる女より、男取った方が会社は損しないもん

 

なんで自分結婚出来なかったのかと考えたが、結局「他人迷惑をかけちゃいけない」という日本古来の教育を受けて、深くそれが染みついてて、そのために自分犠牲にする人間はこうなる

 

私まで休んだら会社迷惑がかかる

 

そう思ってしまうとプライベートを捨てて頑張る羽目になる

ある程度わがままに、自分のやりたいことのために周りに迷惑かけてもいいんだ!と思える人がイキイキママなんだろう

中国は、迷惑はかけてもいいんだよ、こっちだってかけてるからお互い様だよ!という風潮のため子供に優しい社会だそうだが、日本もその方向性を見習うべきだな

 

などと思いつつ、産休ママ仕事をするために、台風のなか休日出勤しながら会社でこれを書く増田でした

 

 

21:40 追記

 

え、なに、台風のおかげでデパ地下サーロインステーキ弁当割引をゲットして小躍りしながら帰ってきたらえらい伸びてて叩かれてて驚いた

なんかいろいろ誤解されてるようなのでサーロイン食いながら書いてみる

 

結婚出来ないのを他人のせいにしてるんじゃない」「そんなだから結婚出来ないんだよ」

私が結婚できないのは私の性格のせいだよ。ママさんのせいでも会社のせいでもない。周囲への迷惑とかを考えすぎて、自分がやりたいことを押し殺してしま性格からママさんの子供が熱を出して急に休んだときに、デート約束があったのに、断って残業したりするようなことしてるから結婚出来なかった

本当なら、私は用事があるんで帰ります!と帰るべきだったし、突然のママさんの子供の行事休日出勤日が重なったときに、自分用事を優先すべきだった

でもできなかったんだよねえ。ママさんはぺこぺこ謝るし、上司は、君は出られるんだよね、残業できるんだよね、と言われてさ。無理です困ります、って言えなかった。

会社は守ってなんかくれないから、これはバカなんだよねえ。分かってるんだけど社畜から無理だったわ

そんな性格がいままで独身でいた原因だろう。ママさんはそんな環境を作った要因の一人ではあるけど、ママさんのせいではない。こんな状態でも「私も休む!」っていえる私なら結婚出来てた。

 

あなたがいなくても会社は回るし、自分がいなかったら回らないなんて思い込んでるのは最高に傲慢

いや、私一人いなくなったって、会社最初は慌てるだろうけど別になんとかなるよ。会社なんてそんなもん。そんなこたーわかってる。

ただ一定の混乱があるだろうし、それを「迷惑」と捉えてしまうって話。歯車一つ欠けたってなんとかなる。分かってるけど、自ら外れるのはちょっと周囲の歯車迷惑でしょ、と思ってしまうのであった

 

会社迷惑を考えすぎて、自己のやりたいこと、願いを押し殺すのはバカです。

まり私のような奴はバカです。

そして、私とは逆に、私のやりたいようにする、子供欲しい、結婚したい、仕事もしたい! 迷惑はかかるかもしれないけど、私はこれをしたいの! と言える人が、結婚出来るのだというだけの話

 

とゆーわけでサーロイン500円弁当を食べる。いつもは2000円だからな!やったぜ!台風最高!!!

現在批判者たち

一般的な人たちは哲学的批判に対して防ぐ術を持っていない。

労働階級必要なのは批判力ではない、他者批判することは、また内なる他者批判することである

自身アイデンティティ批判もつ分解力によって倒壊しかけているとき私たちは外の真の他者に対して批判力を失ってしまう。

まり哲学的な問いが支配層にとって脅威であるなら、労働階級にとっても脅威なのである

人は発した言葉一貫性から逃れることはできず、支配層への批判言葉は、そのまま労働層への批判言葉へ容易に転化する。

そして批判に対して脆弱なのは知恵の無い労働である

これでは相手批判しているのにかかわらず、味方のほうがダメージが大きいという勝負にならない戦いを強いられている。

その結果として、私たち批判力を持つことをやめた。

支配層は社会を守るために批判をやめ、労働層は仲間を守るために批判をやめたのである

現在批判者たちには、三つに分けられる。

一つ目は、どこの層にも属していない孤独の者たち。

二つ目は、マスコミなどの批判者たち

メディアなどの自分たち批判であることが社会から要請である

自己催眠状態にあるものたち。

この批判者たちは、批判することが自分アイデンティティとなるため、この批判力が内部に行くことは無い。

三つ目は、他者から求められた批判者たち

労働層が批判言葉を上げることもあるが、これは2つ目のマスコミによる批判要請である

政治家本来社会を守るために批判を捨てたはずの者たちであるが、

国民の声などといって批判を行う。

これら三つのすべてに問題点が内在する。

それは批判者たちがどれも自分階層を守るために批判をしているわけではないということである

一つ目は自分の層は何にも属していないため、批判に本気になることは無い。

変えることで自分利益、損になる場合や、人間本来的な所持を奪い取ろうとする者たちに対して批判を強めるだろう。

二つ目は、自己催眠によって批判することが可能になった者たちであるが、

まさにそのために、何のために批判をするのかという目的をあまりもてないでいる。

社会要請などという全体としての理念を語ることはできるが、一つ一つの問題に対して

なぜ批判をするのかということが答えられない。

批判することが自身証明であり、自己保全であるためであると言えるわけでもない。

何かしたの転化を経て答えが出る。しかしその答えは、転化をによる代償として矛盾はらまざる終えない。

二つ目批判者にとって幸いなことは、私たちは、ジレンマ自己保全のための矛盾に対しては寛容なことである

三つ目は、自己催眠状態の者から要請によって得た批判力であったが

往々にして責任(一つ目ほどではない)を持つことが難しい、彼らは依頼があってそれをしているわけであり、

依頼が無ければ批判しないという、不安定すぎる地盤で戦わなければならない。

一つ目は、まだ人間という最後ラインがあり、人間という最後の層を守るために

批判を団結させることができる。

しかし、二つ目の者たちによって分団されているため、それもできない。

ほとんどこの批判者たちは力を持つことは無い。

私が言いたいことは、すべての人が哲学的批判力を持つということがこれらの問題を発生させているということなである

私たちはある程度の批判に対しての線引きを欲しているのであり無自覚批判だけをたたえることや、批判することが無条件に正しいことということは今や好ましくないのである

2017-10-21

anond:20171021123332

知人はfacebook退会したよ。

あれ、上司に勧められて始めたけど何が面白いのか全く分からない。

Twitter自己中なキッズがのさばってるから大半はミュートしてるし本当に飽きた時はアカウント削除してる。

1ヶ月以内なら復帰出来るんだよね。ネットなんて馬鹿が使う物なんだからインプットに期待しちゃダメだよ。

使うならアウトプット用に。

では当時会話を誤解せずに解読できていたとして結局どうできていたかというと

当時持ってた性的偏見が一層出てたろうしまあノーチャンスだった

それと当時のあの仕事では現場の状況に振り回されて自信というか自己への信頼感がグラングランしてたわけだし

メンタルコントロールするという概念自体を持っていなかった

一言で言えば素直が一番みたいなアホなノリで生きていた

無理だったなあ

2017-10-20

誕生日祝う/祝われない問題

https://anond.hatelabo.jp/20171013224250

この増田を読んで「めっちゃわかる〜〜〜〜〜同類いた〜〜〜〜〜」と思って勢いで書いたんだけど、後日追加されたオチが羨ましすぎてこの虚しさのやり場に困ってる当方

ちょっと長いけど、このやり場のない気持ち成仏させると思って投稿させてもらう。

最低月一で遊んでいる高校時代の友人が2人いる(両方女子)。

先日片方が(以下A)誕生日だったので、もう片方(以下B)と相談してちょっといいレストランを予約し、

誕生日プレートを用意した。私は別でプレゼントも用意していった。

Aはたいして誕生日に執着がないのはわかっていたが、プレゼントにもサプライズのプレートにも喜んでくれた。

また、ちょうどBが一人暮らしを始めたので引っ越し祝いをAと一緒にプレゼントした。

Aを祝うつもりできたBは、まさか自分がもらうとは思っていなかったそうで喜んでくれた。


増田誕生日でも引っ越しでも、めでたいことは祝いたいし祝われたい派だ。

当然自分誕生日も何かやってもらえるものだと期待した。

が、AとBは何もしてくれなかった。

サプライズはおろか、お祝いの言葉すらなかった。

幸か不幸か、Bと増田誕生日は1週間違い。

Bの方が早いのだが、ちょうど中間にあたる連休に3人で二泊三日の旅行へ行くことになった。

当然祝ってもらえるものと期待を抱きつつ、Bの誕生日祝いをしないわけにはいかないと思った増田は、Aと画策して一日目の晩にサプライズしかけた。

Bはそりゃもう喜んでくれて、まさにサプライズをするならそんな反応を期待するであろうリアクションをそのままくれた。

やってよかったと心から思った。

2日目、美味しいご飯を食べた。

3日目、美味しいご飯を食べて帰った。

特に何もなく旅行は終わった。


増田誕生日当日はグループLINEは動かず、そのまま2ヶ月がすぎた。

久しぶりに会ったAはプレゼントをくれた。

Bは申し訳なさそうな顔をしながら、何も言わなかった。


ここ半年、ずっとこの「誕生日祝われない問題」について考えている。

しか増田サプライズしかけられてもBのようなリアクションはできない。

しかしたら「増田はきちんと祝える自分が好きなんでしょ」と思われているのかもしれない。

思い出しては落ち込み、いろんな人に相談しては落ち込み、2人に会っては落ち込んでいる。

会うのをやめるか、次の誕生日自己申告するかどちらかにしろアドバイスをもらったが、まだ決めかねている。

もう誰でもいいから次の誕生日は盛大に祝ってくんねーかな!

anond:20171020121541

「僕のなかの壊れてない部分」タイトルに惹かれて読んだけど主人公が最低過ぎたぞ

盛り上がりに欠けるし、成長しないおっさんが描かれてる。消耗する文体で、二度と読みたくない。

消化不良だし理解しようとすれば疲れる。自己への執着が強く、理屈っぽい。

端的に言えば「面倒くさい」。偉そうで人を馬鹿にしている主人公

圧倒的な才能の足りなさ。そして相手の挙げ足取りが多い。そういう人にはうってつけだ。

2017-10-19

anond:20171019095055

社会的名誉とか自己重要

女にはないと思い込む男の傲慢さよ。

女には家庭に入りこれは消して日々男を支えてくれと、女の自己犠牲の元に無償の愛をくれ、無償の愛で子育てもしてくれと幻想を言っているのは男の方では?それをしようとして、歪んでしまった先が日々の不満なのでは。

私はフルタイムで働く子無しの奥様の立場だけど、夫に「最近、ぞんざいに扱われている。昔はとても自分のことを思ってくれていたのに何が変わったのか」と言われたことがある。

そのときは何を言ってるんだこいつは、と思ったが、自分所詮、釣った魚に餌をやるのが面倒で、出会った当初のように無償の愛を与えられるマリア感はない。これは自分が悪い。なぜなら、男を釣るために多少はい自分を演じていたからだ。男の人って、何でも興味を持って、そうなんだ!すごいね!って言ってくれる女の人が好きでしょ。演じてて本当にごめん(本当にそう思ってることもあるよ)。私もできる限り、夫の話す色んなことに興味は持ちたい。だけど、釣った後のエネルギーでは、できない状況もある。でもそれは男側も同じでは?ずっと伴侶の気を持ち上げて生きていくのか、伴侶が欲しがっている言葉だけを与えていていいのか、私の本当の意見は何だったっけ、社会的にみて正しいこと言ってるのかな。男の話に対して「だから何?」「それはあなたが悪いんじゃ?」と言ってみたいこともある。前のようなマリアちゃん天使ちゃんではいられない。

記念日も覚えてくれていて嬉しいし、プレゼントもいつも気遣ってくれてありがとう。だけど、我々女に必要なのはヒーローに尽くすサブキャラでなくヒロインまり主体として生きていくことなである。仕えてくれている見返りとしてそんなもの貰ったって嬉しくない。本当は、自分社会的名誉の見返りで買ったプラダが着たいのだよ。夫だけじゃなくて、社会にも認めて欲しいのだ。

という思いが強くて、私はまだまだ働いている。夫はまだ私が変わった反抗するようになったと言うこともあるが、それは夫と私だけの世界を出たからだよ、仕方ないことなんだよと伝えている。

君たち夫は、我々妻を何だと心得ているのか?自分だけ主人公を生きて、そこに付いてきてくれる、しずちゃんを求めているのではあるまいか

もし、そんなパートナーが欲しいなら、恋愛初期のあの甘い時間好きな人とだけの閉じられた世界を何度も繰り返すがいいと思う。不倫離婚、なんだってありだと思う。そして妻に言い訳してくれ。従順な、俺を褒めてくれる、あの時の君だけが好きだったのだと。

女性にお聞きしたいことがあります

女性は生きている間、何を満たされていたいと思うのでしょうか。

逆に、何が満たされていないと感じると、人生に不満を抱くのでしょうか。

男は、それが自尊心を満たされたいという欲求だと思うのです。

社会的名誉とか自己重要感だとかそのたぐいを満たされていたい。

最近、身近な人間二人が立て続けに不倫をしたのですが、興味深かったのは、二人とも不倫をした理由が同じだったことです。

それが、奥様に尊敬されていると感じないという理由でした。

社会に出て仕事を頑張ってそこそこ金も稼いでいるのに、家に帰ると奥様は自分のことばかりに精一杯で、全然褒めてくれないばかりかいつも満たされないと不満ばかり口にしているらしいのです。

二人ともとても奥様思いのいい旦那さんでした。

いつも夜遅くまで奥様の不満に耳を傾けて、プレゼント記念日もかかさずに祝っていました。

からこそ不倫という事実を聞いて驚きました。

しろ与えるばかりで見返りがないことに疲れてしまったのかもしれません。

実際に、二人とも口を揃えて、「俺はこんなにしてやってるのに」と言っていました。

それでも感謝するどころかいつまでたっても不満ばかり口にしているのだから、他に自分を認めてくれる女性がいたらそこになびいても仕方がないというロジックのようです。

ここで自分を振り返るととても不安になりました。

自分も同じように、記念日もこまめなプレゼントも欠かしていません。

でも、妻はあまり僕のことを気にかけず、だんだんと扱いもぞんざいになってきました。

妻と食事にいっても、恋人同士というよりはまるで会社の同僚と飲んでいるような気分です。

もし目の前に、自分のことを認めてくれて、恋愛のようにドキドキできる相手が現れたらと思うと不安で仕方ないのです。

それで思うに、僕達が妻に満たそうとしているものって、本当は女性が欲しがっているものではないんじゃないかなという疑問です。

彼女たちが欲しがっているものを満たそうとせず、欲しくもないもばかりを与えて満たしているつもりになっていたとしたら、それは大きなすれ違いで勘違いしかありません。

いくら女性からって、与えられることが当然だと思うほどふてぶてしくはないと思うんです。

それでお聞きしたいのが文頭の疑問です。

何が満たされていないか普段あれだけ不満を溜め込んでいるのでしょうか。

ここで愛は無償とかきれいごとはやめて下さい。

夫婦は対等であり、ギブとテイクが釣り合うべきだと思います

夫婦間がうまくいっている男性からアドバイスでもかまいません。

誰かヒントをいただけないでしょうか。

2017-10-18

応用情報技術者試験を受けてきました

anond:20170911232449

上の日記を書いた増田です。

こんにちは

試験、受けました。

ことさら話題にするようなことでもないかもしれませんが、せっかくなので書きます

これから受ける人などの参考になれば幸いです。

プロフィール

30代。

普通科高卒

製造業

プログラミング歴は数ヶ月。

それまではExcelWordがちょっと分かるくらいだった。

言語VBAVBバッチ

一ヶ月に100行書いてるかどうかといった感じ。

製造現場身体を動かしながら、改善の種を探している。

所持資格はTOEIC700、日商簿記2級など。

基本情報は受けたことがない。

受験

動機

内製のソフトC++でできていて、これを色々弄くれるようになればあんなところやこんなところまで自動化できるなあ、でも何も知らないまま弄るのはちょっと怖いなあ…

そうだ、勉強しよう!

合格すればついでに報奨金(10万)も貰えるしね!

勉強期間、学習時間

8月半ば、受験申込期間の締め切りギリギリ試験存在を知り応募。

勉強期間は2ヶ月ほど。

平日は1日1〜2時間。土日は1日3〜5時間。まったく勉強しなかった日が10日ほど。

体感的な総学習時間100時間ほど。

学習方法

最初に、ネット評価の高かった合格教本という本を買って読んでみた。

基本情報知識もない状態だと、書いてあることがもうほんとにまったく分からず、挫折しそうになった。

方針を変えて、応用情報技術者試験ドットコム過去問道場をひたすら回した。

からない言葉ネットで調べて、これはと思う説明出会ったらOneNoteにひたすらコピペした。

最後の2週間はドットコムユーザー登録をし、理解度問題を色分けするようにした。

最後の1週間でピヨ太くんのサイト(正式名称長い)を見つけ、分からない言葉はまずこのサイト検索するようにした。

午後対策過去問を本番と同じ時間で4回分解いたくらい。

合格教本は結局ほとんど読まなかった。

午後の選択問題

受験前は、

…のどれかを選ぼうかなと考えていた。

いわゆるストラテジ、マネジメント系科目だけで固めても良かったのだけど、組込みなんかは普段生活からイメージやすいし、2時間半の長丁場ならテクノロジ系科目を間に挟んだ方がほどよく頭のリフレッシュになるかなーと思っていた。

実際の試験では、

…を選んだ。

試験当日(午前)

試験会場に時計がなかったので、時計が無い状態受験した。

机上に置けるような時計は持っていなかったし、まあ午前だけなら時計が無くても大丈夫だろうとタカをくくっていた。

問題を順当に最後まで解いて、全て順番通りにマークされてることを確認してから、手を挙げて外へ出た。

出てからスマホの電源を入れて時間確認した。

15分ほど余っていた。

試験当日(午後)

さすがに午後は時計が無いとマズイと思い、休憩中に買ってくる。

セキュリティ(必須問題)の設問1で長考してしまい、20分ほど経っても解答用紙の半分が埋まっていない状態

とりあえず他の問に移り、最後に余った時間セキュリティに戻る方針シフト

経営はぱっと見簿記知識が生かせそうだと思い選んだのだけど、「固定長期適合率」がどういう計算式なのか見当がつかない。

早々に切り上げる。

組込みの設問1でまたも長考、ほぼ解答を埋められたものの、結局40分ほど費やす

この時点で残り1時間と少ししかなく、かなり焦る。

サビマネ監査は焦りから問題文の通読ができず、設問を最初に読むようになり、結果読み返しが増えてしまった。

監査を終えたところで5分くらい余ったので、這々の体でセキュリティに戻る。

なんとか穴埋めしフィニッシュ

午前とは逆に、始終時間との戦いだった。

自己採点

午前は78.75点。

午後は厳しめで53点、甘めで66点(TAC基準)。

セキュリティ、サビマネ監査の点数がかなり流動的。

午前は問題用紙に選んだ選択肢に○する余裕があったのだけど、午後はそれがなくなって、問題解くのに必死自分が何を書いたかしっかり思い出せない。

色々と書いたけれど、そういう訳で正直受かってるかまったく分からない。

配点、部分点次第といったところ。

怖い。

感想

午前の対策簡単だ。

ただ過去問を解くだけのロボットと化せばいいだけ。

体感3割〜4割くらいは過去問の流用で問題ができあがる。

いわゆる一般常識で解ける問題も多い。

午後の対策が難しい。

午後対策でよく見られるのは「国語の読解力をつける」というアドバイスだが、読解力というのは漠然としていてレベルの向上も分かりづらい。

今の私なら、以下の順番で勉強を進めるかもしれない。

ま、受かってたらやらないんだけどね!

そもそも、「試験合格するための勉強」に終始して、最初動機なおざりなっちゃった感が否めません。

公開鍵暗号方式といえば、RSAだよね!知ってる知ってる」

…でもそれらがなんなのかはよく知らない、みたいな。

一つ確実に「分かった」と胸を張って言えることは、

からないことは、調べればいい。

分かる人に、聞けばいい。

ってことですかね。

受かってなかったとしても、もう受けないかもしれませんね。

はぁ…10万欲しいなぁ…

以上で終わりです。

最後まで読んでいただきありがとうございます

お疲れ様でした。

自殺したい」と言う人に「君を大切に想う人はいる」「命の大切さ」「世界にはもっと貧しくて苦しんでるひとが」と言い出すやつ

まちがいなく大した苦労をしたことがない。でもそのくせ苦労をしてそこそこの地位を得たという自己認識でいる

anond:20171018112153

事故物件についてはもともと告知義務があることで、しか事実に争いがないことだからオーナー側もあまり訴訟にはしないだろうけど(Wikipedia見る限り、過去に実際に訴訟起こされたけど勝っているだけみたい)、騒音等の警察証明がとれないようなものは、名誉棄損で訴えられたら自己証明をしなくちゃいけないだろ。

ものすごいコスト

がっこーのせんせーです

都内私立高校に勤務している教員です。

かれこれ5、6年は勤務しており、仕事にも満足しています

給料は同じ大学の友人より安いですし、

部活などの休日出勤も多いので決して待遇は良くないですが、

好きな仕事を選んだので仕方ないと割り切っています

ただ、最近、これから先、この仕事のなり手がいるのか不安です。

私は朝5時に起きて7時には出勤しています

定時は8時から17時ですが、始業前の準備や時間外設定の会議を考えると

7時から18時くらいにはなってしまます

それでも遅くまで残業している職種の方に比べれば大したことはありません。

休日も2日はありますが、部活などで休日出勤が続くと30連勤くらいは普通です。

夏休みなどがあるからと思われるかも知れませんが 、

部活合宿の引率、夏期講習などを差し引くとお盆休みがあるだけなので

一般的職業と大差ないかと思います

総合すると給料水準は求められる資格学歴に比して安く、

その他の待遇普通の業種と同じかそれ以下といったところです。

一方、教員に求められる業務は増加しています

文科省方針コロコロ変わりますが、

その都度、カリキュラムの改変や専門外科目の勉強を迫られます

また、未だに手書き公文書が多いことも業務を圧迫します。

なにより一番は生徒対応保護者対応です。

私はどんな理由があっても体罰には反対です。

暴力解決するのは教員仕事ではありません。

昔は一発のゲンコツで済んでいたのかもしれませんが、

根気強く諭すしかありません。

それでも事と次第によっては、声を張り上げて叱ることもあります

しかし、最近ではそうした行為恫喝パワハラだと批判されることもあります

教員の肩を持つ気はさらさらありませんが、

先日も福井中学生自殺した事件で、

教員の叱責が原因であるという批判がなされています

授業妨害をする生徒や提出物を繰り返し出さない生徒に

他人邪魔をするなら学校辞めろ」

勉強したくないなら高校に来るな」

と、叱ったこともあり、これも不適切指導になるのかと悩みます

また、保護者要求肥大化しています

自己都合で休日の出校を求められたり、

電話暴言を吐かれることもあります

もちろん大多数の保護者は協力的で理解してくださっていますが、

問題児保護者ほどいわゆるモンスターペアレントの傾向は強く、

学校での問題保護者に報告しても、

逆に教員指導が悪いと管理職クレームが入ります

一番、ショックだったのは宿題を忘れたことを怒鳴るわけでもなく叱ったら、

人殺し」とクレーム電話が来たことでしょうか。

こういう状況でも大多数の生徒や保護者が支持してくれ、

生徒が志望校合格したり、卒業生が遊びに来てくれると嬉しく、

やはりやり甲斐を感じる仕事です。

ただ、今は経済状況もよく、あえて低賃金責任長時間労働

仕事に就く意味はなく、「奇特な人」がやる仕事になっていくように感じます

また、少し先の見える学生さんであれば少子化日本において、

教育市場は縮小していくので、定年まで雇用があるかも心配するでしょう。

このような状況では優秀な人材教員にならなくなっていき、

教育現場は荒廃していくと思います

文科省は「やり甲斐アピールする」と言っていますが、

業務量の整理や待遇改善モンスターペアレントから守ることなど、

目に見えた対策を取らないと現状の打開は難しいと思います

現役教員の目からたこから教育現場

これから日本への不安でした。

これを読んで少しでも教育について考えてくださったら嬉しいです。

anond:20171018031309

不満があって正面から当人に言っちゃいけないルールなら言質を取られず証拠が残らない陰湿嫌がらせシフトするだけで本質は変わらない

しょせん営利団体なのに倫理がどうとか言って結局は自分お姫様気取りで気分良く過ごしたい自己保身が一番なんだろ

男同士でもどの立場でもあるのに自分被害者ときだけ性差別を錦の御旗のように掲げ人権左翼するようなのは早いうちに居なくなった方がお互い良い

上司を呪ってやる

私を鬱病の一歩手前にさせたうえ、自己都合退職に追いやった糞上司

一生呪ってやる

上司最愛の娘が事故死し、

妻が病んで自殺して、

一人残されてしまえばいいんだ

苦しめ

苦しみながら生きろ

クズ

2017-10-17

私は教育という投資について考えたい。

私は教育という投資について考えたい。

投資は余剰資本によって行われるべきである。この一般論異論を挟む余地はないように思われる。しかし持たざる個人にとってこのような正論は役に立たない。はたして、余剰資本を持たない貧乏人は投資に参加すべきではないのか?ここで、この国において貧富の差を問わず参加の権利を認められている投資活動について考えたい。教育である

教育とは投資である教育投資における余剰資本を考えよう。たとえば金銭的、血統的、文化的資本が考えられるだろう。実家の太さはこれらを包含する象徴的な資本の例である。持てる個人にとっては、これらを余剰資本として子の教育投資に用いることができる。これは論を待たない。では持たざる個人にとっての教育投資不可能なのだろうか?

ここで教育投資が持つ独特の構造に注目したい。種々の投資の中で教育投資を特徴づけるものは何か?受益者負担者が異なるという点であるしかしながら、これらが一致するような教育投資不可能ではない、と私は信じたい。受益者たる本人が同時に負担者となる場合を考えるのだ。負担できる資本を持たない個人は如何にしてこの投資ゲームへ参加すればよいのか?残念ながら諦めることもその1つである。いわゆる「地方」においては極めて一般的選択の一つである

持たざる個人ー自らに教育投資を行おうとする者ーの戦略は、どこかでこの持てる者の手続きに割り込むことにある。たとえば宝くじを当てて金銭資本を獲得することができる。たとえば独学ー負担者によらず受益者自らが負担を負う覚悟責任をもった自己教育ーを実践することができる。たとえばはじめから優秀に生まれつくこと(これは定義により天才であるとする)ができる。どれも極めて厳しい道である近代日本では、身分可能性として開放されたが、階層は依然としてゆるやかに固定されているのだ。

ここで資本としての「優秀さ」を考えてみたい。優秀さは高い給料、良い職場人間関係、豊かな教養などの形で資本へと交換することができる。通常、これらの資本は子への教育投資となる。しかし、優秀さは自分自身への教育投資資本とすることもできるのだ。就業前の学生においては、通常の優秀さではなく、「際立った」優秀さはこのような異なる価値を持つことを主張したい。際立った優秀さは給付金サイドビジネスと言った形で金銭資本時間的資本へと換金が可能である。これを元手に自己への教育投資を行うことができる。

ひとたび優秀さを手に入れることで、持てる者と同じ正のスパイラルへと入ることができる。むしろその後天的経験は強みですらある可能性がある。しかしながらこのような、負担者と受益者が一になるような自己教育を、戦略的に発生させることは可能だろうか。どのような制度設計が、このような自己駆動的な自己教育を誘発することができるだろうか。

anond:20171017125128

主題じゃないけどマカロン美味いじゃん。

フランスの高級菓子だよ? 不味いわけないだろ。

シェフ男だろって思うよね。


メレンゲのサクッとした芸術的に軽い歯触りの後で、仄かなアーモンドの香ばしさが鼻を抜け、

舌にクリームが触れた瞬間、濃縮されたフルーツの酸味と甘みの絶妙バランスに舌を奪われるわけよ。

チョコクリームの芳醇なカカオまったり感も良い。


というのは置いておいて、たぶんバカにしてる人(男)は自分体験たことないのよ。

ただただ自分関係ない世界と決めつけて、攻撃対象にすることで自己価値が高まったように思ってる猿なだけ。

実際に体験してから理由も列挙して否定するなら、バカっぽくないのにね。


anond:20171017013803

小林よしのり右翼左翼かなど些末な問題である

重要なのは小林よしのり自分の考えと異なる人間を許さず

批判ではなく否定する人間だということだ

自分の敵にも敵なりの論理があるということを理解しようとせず

全てを自己論理一刀両断する人間だということだ。

敵は悪魔であっていくら罵倒しても構わないとする人間だ。


要するにリベラルによくいるタイプ人間だ。

2017-10-16

anond:20171008160146

自己レスだが、お金を使うとき一円と五円を消費する方法を一つ発見した。

10月から鳥貴族は1品税抜き298円となったが、伝票上は1品税込321円×品数で計算される。

すなわち品数と1円単位数字が同じなので計算やすい。

買い物で使うのと替わりないが、計算のしやすさで勝る。

一円と五円の余り具合を見ながら注文する品数を決めれば小銭を消費できる。

9円を使うためには最低でも9品=2,889円かかるので効率は良くないし、

そもそもクレジットカードが使えるのに現金で支払うのがバカらしくもあるが、

まあ遊びを兼ねて。

もし自分が「無能」だと気づいたらどうすればいいのか

無能の働き者が職場にいたとき対処法」みたいな記事はあるけど「自分無能だった時の対処法」って全くないよね。

ゼブラの「運動瞑想野菜」ってネタ扱いされてるけどそういう悩みに一番寄り添った解決方法提示な気がする。

ゼブラのそれが唯一の解決手段というネット情報の乏しさに悲しみを感じるのと同時に、ゼブラがいなければそんな情報すら手に入らなかったというありがたさを感じる無能であった。

自分無能さの解決が出来ればうつ病だって少し減少すると思うんだよね。仕事がもたらす自己効能感って仕事へのやりがいもつながるわけじゃん。

でもその解決法が提示できる人って有能な人であって、無能な人の無能な悩みって有能な人にはわからいから結局無能世界もだえ苦しむしかないのかな。

・人の話が理解できてない、頭に入らない。

・要点が理解できない、それにともない説明ができない。

メモが取れない。忘れないようにメモとるはずが取るまでの過程で忘れる。

職場にいるだけで過緊張する。

ミスが酷く多い。

頭が悪いだけって言われればそれまでなんだけど、あきらめるしかないんだろうか。

偏見だけど

高齢独身男性でやべー奴はまぁまぁの割合で見かけるけど、

高齢独身女性ってやや変かなーくらいまでのラインの人が多いし別にいい人かなって思える

このラインはなんなのだろう

男性高慢女性自己卑下傾向があるのかな

私が女だからそう思うだけかな

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