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2021-05-05

anond:20210505122146

この映画を「奥崎謙三ってヤバくねwww」って感想になるやつは映画の筋を追えていない。

奥崎は戦時中自分らのいた部隊で、部隊内で殺人事件があったことを知ってその調査をするんだよ。

そして戦争中であっても殺人殺人じゃないのか、っていう問いをしているの。

もちろん終戦からかなり経って時効も成立している。けれども、罪は罪じゃないか、その反省はないのか、と深い問いを投げかけてるの。

これを「奥崎やべ~www」としか思えないやつにはこの映画を語ってほしくない。

極限状態にあって殺人は許されるのか、いや許されないんじゃないか、と奥崎は投げかけているんだよ。

天皇陛下の部分も天皇戦争責任を問うているんだよ。ショッキング字面だけ追って「すげーもん見たわ」で済ませるような映画じゃない。

マジでそうやって表面だけ見て嘲るサブカル仕草は恥ずかしいから今すぐやめよう。

2021-04-26

部分的にわかる。最近AMVの流れが嫌い

アニメミュージック・ビデオ日本語だとMAD動画アニメ動画切り貼りして音楽に載せた奴

最近こういうのが流行っているけど

https://www.youtube.com/watch?v=e08eDavj0oI

他紙蟹技術的にすごいし、(これみたいに)センスある動画もある

(けど、逆にセンスないのは動かす事だけに満足していてどれも一緒ですっげえつまらない)、情報密度は濃い

いや高い?どっちだっけ。まあいいや。でもこれを5分間見たいとは思わない。89秒もキツイ

わざわざ説明するのも馬鹿らしいけど89秒はアニメOP/EDの長さの事

話を戻すと個人的に30秒くらいが限界だ。この30秒、ショッキング映像作品として見ているわけで

曲とアニメを同時に楽しめていないからなんか個人的に求めているのと違う気がする

この30秒という短い設定はtictocの最大録画秒数から来ているんだろうなって最近気づいた

嫌な流れだ

anond:20210426084053

2021-04-21

anond:20210421053727

義妹が元々どういう人なのかわからないけど、ショッキング事実を急に突きつけられて動転してるのかな。

巻き込まれ増田は災難だけど、これでもかというくらいに意思を主張しておいた方がいいと思うよ。弟夫婦の仲が悪い方向に進んでしまった場合、弟の立場としては兄に良くない印象持ち続けかねない。どういう結末になろうと、あのとき兄は100パーセント自分の味方だったなと思えるくらいの主張はしておくべき。母と義妹が頭おかしいと思うなら、弟夫婦の前ではっきりそう言った方がいいと思う。

2021-04-18

有名な短歌外国人差別として炎上し、短歌の終わりを感じた

はじめに言っておくが、増田は「ポリコレ短歌を殺した」というつもりはない。

お父さんお元気ですかフィリピンの女の乳首は何色ですか

https://twitter.com/aymusk/status/1382910231223562244

若手歌人の上坂氏による短歌で、そのキャッチーさ・ショッキングからSNSでも何度かバズっている作品である。ここで「有名」というのは歌壇での話ではなく、一般ウケの話で恐縮なのだが、見たことある人も多かろうということで「有名」と評した。

今回、その「父」が死去したことにより上坂氏が再度ツイートしたところ、以前は見かけなかった「差別的だ」との引用RTリプライが寄せられているようで、上坂氏は謝罪に至っている。

増田短歌評価を書くような場所じゃないと思うのでその辺は省くが、ちょっとした短歌ファンとして今回の件はショッキングだった。

言うまでもなく、そして穂村弘による評価でも言われている通り、この作品は父に対する強い負のイメージからまれ短歌である

これはフィリピンに対するネガティブイメージではなく、「あのクソ親父は女がいたかフィリピン駆け落ちしたんだろう」というのが詠まれた状況であろう。なお、駆け落ちという言葉でわかると思うが、ここでいう「女がいたから」というのは「フィリピンに行けば女がいくらでもいる」といったものではなく、「特定フィリピン出身の女が居て、そいつのために行ったのだろう」という意である

上坂氏は後日談のように当時の心境を書いており( https://twitter.com/aymusk/status/1382914438290804739 )、それなりに上記解釈が合っているとは思っている。もし上坂氏が「そうじゃない」といえばそれまでだが。

仮に上坂氏の父親大阪に逃げたならば「大阪の女」、フランスに逃げたならば「フランスの女」、で短歌構成することは不可能ではなかろう。

さて、今回見受けられる批判は主に人種差別、例えば「フィリピンといえば女だと決めつけているのだろう」といったものが多い。

困ったことに、そう解釈することも不可能ではないのである

短歌とは極限まで言葉の数を削ぎ落とし、鑑賞者に想像余地を持たせるものであろう。たとえば「歌人フィリピン女性に悪意を抱いていたのではないか?」という解釈を試みる事自体を間違っている行為だと断言できる気はしない(もちろん歌人意図とは異なるのであろうが)。

昨今のTwitterにおけるポリコレにまつわる炎上は、文脈がどうであったかが論争になるケースが多いように思う。要は「これは差別的発言表現コンテンツだ」という批判に対し、「切り抜きだ」「このコンテンツにはこういう意図があったのに、そこを無視して炎上させるなんておかしい」といった流れがよくある。

そういう点では短歌炎上の題材として「最適」である文脈が削ぎ落とされており、批判擁護もしやすい。更に元々表現抽象であるため、曲解するほうが悪いと断言するのも難しかろう。

そもそも炎上する短歌なんてあるのかよと思うかもしれないが、家庭や人間関係のことを詠んだ歌は多い。

今回の「フィリピンの女の乳首」は極端な例だが、例えば家庭の光景を詠んだものに「この表現ジェンダーロールの固定を想起させる」といった批判が寄せられることは今後ありうるだろう。

歌人がこの状況に対峙するには、「この短歌はこういう意図です」と声明を発表することしかないように思われる。しかし、作者によって説明が付けられた短歌短歌といっていいのか?それエッセイじゃない?

それとも、釈明・説明付与することを避けるため、誤解を招くかもしれないという理由表現選択肢が狭まっていくのだろうか。もちろん差別的表現なら論外としても、誤解を招くかもといった理由表現が狭まっていくことは果たして「コレクト」なのだろうか。

省かれた文脈に対して説明が求められ、作品表現ポリティカルにコレクトであることを示さなければならないこの時代短歌の命は短いのかもしれないと感じてしまった。

本件を歌人の方々はどのように捉えているのだろうか。

2021-04-16

結局お前らもリンチ好きなインターネッターと一緒じゃん

文春のこの記事ブコメがひどい。

https://bunshun.jp/articles/-/44765

まあ、外野がいろいろ言うなとかそういう議論はあるだろうけど、それ以前にブコメの決めつけっぷりとリンチっぷりがひでーひでー。

復習とか少年法なんかいらないとか書いてるけどさあ、ここに書かれている情報だけじゃ本当にいじめ自殺したのかどうかは断定はできないよね。

記事の1ページ目にも書いてあるとおり、

彼女の死が自殺だったかどうかはわかりません。確かに失踪当日、自殺についてLINEでほのめかしていたものの、どこまでその意志があったのかは不明です。なぜ公園にいたのか、その経緯や亡くなった際の詳しい状況もよくわからないので、自殺とは断定できないそうです”

これに尽きるでしょうよ。

例えば途中のエピソードとして出てきた川に飛び込んだことで亡くなってしまったとか、自殺だとしても本人の遺書なり言葉で「加害者のABCDのせいで死にます」とあったならわかるけど、現状だと直接的な原因はわからないよね。

加害者側の親は、「元々家庭環境はよくなかった」と話していて、これが本当だとは言わないけど、こっちを信じなくて親の証言記事論調だけを信じる理由は何?お前はこの子の、この家族の、この地域の何を知っていてそこまで言うわけ?

しかに書かれている内容はショッキングだし酷いものだし周りの大人は止めろよとか、防げなかった悔しさとかはあるけど、それを感情的攻撃に置き換えてる時点でお前らもこのいじめっ子たちと同じ。

毎回言うけどさ、君たちも人間なんだから感情で動くのは仕方ないよ。だけど、もう今後二度とわかった風に「双方の意見を聞かないとわからない」とか言うなよ。

2021-04-06

少し前に友達の友達が〜から始まる都市伝説の語り口で「トイレ性犯罪が起きることもあるから気をつけろ」で済む話を子宮破裂だのとショッキングデマにして流した話があったけど

そういう正義のためなら嘘も許されると思ってる議論が深まっ太郎くんたちが電動車椅子肯定しているんだろうな

2021-03-18

エヴァオタクは嫌いだが落とす金は必要だった、のは過去の話

シンエヴァを見た。

クワクもドキドキもハラハラもしない、感動もない。ただ「綺麗に風呂敷畳んだね、見てる人に殴りかかるんじゃなくて、言葉説明できるだけの理性はついたんだね、監督おとなになって偉いね」という意味で「良かった」と思った。EOEでぐちゃぐちゃにされた子供の頃の恨みみたいなもの成仏していたのに気がついた。シンを見て成仏したのではない。自分はとっくにおとなになっていて成仏していたのだ。そういう映画だった。

徹頭徹尾オタクが気にしてること、気にしそうなことを説明して潰しにかかっていたのは笑いそうになった。ミサトさん無責任で酷いって気にしてたんですかね? 昔のエヴァならあん違和感たっぷり説明的なセリフ垂れ流さなかったでしょうよ。アスカレイカヲルベルトコンベアで流れてくる商品を選り分けるように、事務的淡々と処理されていくのは本当に白けた。有名声優が何人も説明的なセリフを言うだけに参加してるのもシュールだ。

それでも終わっただけで「良かったよ」って言えたのは、多分今のエヴァに新鮮な楽しさや驚き、痛みや苦しみを描く力なんて無いとどこかでわかって、諦めていたからだと思う。ちゃんと終わらせること以外期待してなかった。

リアタイ世代で録画を何度も見て、映画もおこづかいをはたいて全部劇場で見た子供だった私も、大人になって見えてなかったものが見えるようになった。良質なエンタメにもたくさん出会った。少ない知識に狭い視野で、初めて見たショッキングエンタメだったからのめり込んで、特別に思った時期があったのだろう。そういう期限は切れていた。期待しないようになっていた。

余談だが子供だった自分アスカが生きたまま腸食い散らかされるのがあまりにも怖くて、ショックで眠れなくなったりうなされたりした。生きたまま食われるなんて考えたことも無かったので、本当に怖くて震えた。思えば初めて見たグロっぽい暴力的悲惨なシーンだったのかもしれない。EOEまでは本当にいろいろと心に傷を刻んだ作品だった。

とにかくエヴァは畳まれた。シンエヴァは畳むために作られたものだ。物語として楽しくする気なかったでしょう? 嫌いなエヴァオタクと、終わってないことに言及されること消すために時間セリフがあった。

監督ももエヴァは見えないところにしまって、自由になりたかったんだろう。だから面白くなくてもファンエヴァオタクがっかりしてもどうでもいいのだ。破まではエンタメとして良いものに作り変えようという気が見えたけれど、もうそなのはどこにもない。

監督エヴァオタクを嫌いっていうのは有名な話だ。インタで自分でも言っている。今も嫌いだろうと欠片も疑っていない。

でも彼の会社エヴァ版権使用料がないとスタッフが食っていけなかったんじゃないかと思う。彼を慕い、憧れ、優しいスタッフ理解ある嫁を食わすには、大嫌いでもエヴァオタクからキャラクターで金を搾り取るのが一番儲かる。

ところがゴジラが当たった。ウルトラマンも撮らせてもらえる。もうエヴァがなくても稼ぐあてが出来た。だからエヴァはとっとと畳んで開放されても良い。というわけで前は急げで完成に至ったのではないだろうか。モチベ上がったでしょう。キャラクターサクサクエヴァオタクが金を払う気がなくなるような処理しをして片付けた。もうこっちくるんじゃねえぞってなもんで。

シンゴジの時はじめて心から嬉しそうな監督を見たからね。監督はあっちに行くし、エヴァオタには付いてきてほしくないのだ。ちなみにオタクにいちいち「エヴァ」ってつけるのは、監督特撮オタに関しては嫌いではないし、彼自身オタクからアニメ特撮オタクエヴァに散りばめられたオマージュのおおさからして、けっこうディープオタクだと思う。

シンエヴァ感想をいくつか読んだら、それぞれのキャラクターの処理について不満を漏らすと、案の定卒業しろよとかキモいと叩かれていた。まとめサイト晒し上げられていた。流石にそれは酷いくないか?今までキャラ萌え的な商売しまくって、金を搾り取られた人たちが嘆いたって良いだろう。だって公式はそういう商売をしてたじゃん。中学生が脱衣する麻雀ヒロインといちゃつけるゲームシンジカヲルで落とせるゲーム。それを元にした漫画同人作家カヲルシンジBL描かせて監督が対談までしてる書籍もある。その他にも把握しきれないくらい色んなモノが出ている。エヴァくらい節操がなく金のためにキャラを売っていた作品も無いだろう。

キャラクター商品キャラクターが好きだから買うものだ。キャラクターが好きだから金を出す人たちからずっと搾り取ってきた。それで飯食ってたんだよ何年も。Qから8年も食いつないでるんだよ。ゴジラがあっても、大半はエヴァ収入があったから8年完成させずにすんだんでしょう。もういらないからポイしたわけだが。所詮オタク一方通行で金をつぎ込むだけで、優しくされるどころか捨てられたって文句は言えないものだ。でも悲鳴くらい上げても良いんじゃないの?25年前から根本的に変わらない作品にずっとついてきて、どんなにエグい商売でも金はらってきた猛者たちだぞ?流石に期待しなかったか文句もない私より愛があっただろう人たちが叩かれてるのは可哀想だ。好きじゃない人ほど簡単さよならできるもんなんだから

私は良かったと思ったから当初は否定的感想や、点数の低い映画レビューを見ていなかった。けれど絶賛よりもTLに流れてくる苦言に、全部なるほどと納得したので見てみた。そうしたら感情的おかしくなって叩いてるとかアンチとかじゃなく、理路整然と嘆いていて、反論もなくそのとおりだと思ったものが多かった。ただ私にはそれに怒ったり悲しんだりする好意がもうエヴァにはない。良かったねー、終わったねーって流して終わった。

良かったで流した層、怒って細かく説明してる層が多くて、ほとんどの人が一回見ればリピートしない映画ではないだろうか。それでも何度かリピートしていろいろ考えてる人たちが少数いるけど、お金あるなあという感想だ。考察小ネタ拾いは楽しくて好きだが、シンエヴァはそれをするには料金に見合わないと思ってしまう。そろそろ大抵の空白や説明のないところは、思わせぶりなだけでなんもない可能性が高い思いようになった。きちんと描けるなら描いてるだろうし、監督には無理だと思う。その上でエヴァは出来ないものはそれっぽく空白にしとけばファン勝手考察して想像して楽しんでくれるから、開き直って描いてないだけ。監督は25年かけても描けないものを描けるようにはならなかった。ピュアで傷つきやすく、作品成功したために人間的に成長しなくても生きていけるようになった子供のままの人。それが痛いほどわかるのがシンエヴァじゃないか? 意味があるのかわからない考察をするなら、円盤アマゾンで安く買えばいい。そもそも今回の映画考察合戦する相手も少ないのでは。

監督とは反対に、声優は成長をひしひしと感じる人が多かった。声優演技力にだいぶ助けられた映画だった。監督はそれに気がついただろうか。親子を多用するくせに父親母親も描けないところに、それっぽい色を付けたのは声優陣だ。パンフコメントは感慨深く読んだ。皆さんお疲れさまでした。緒方さん、宮村さん、山口さんは特にお疲れさまでした。シンジの声は最後まで緒方さんが良かったです。

貞本さんが参加されてなかったのは残念でした。彼の人間性とかは知らん。描く絵が好きだし、監督が投げ出したもの漫画版できちんと描ききったのを高く評価している。漫画版はキャラクターの心情もちゃんと丁寧に描いていたし、なによりきちんと完成させた。それが出来るか出来ないかが、本当のプロアマチュアの差だと思う。貞本さんだってエヴァオタのいろんなものさらされた人だったでしょうに、仕事を完遂した。傷ついたのは監督だけではない。エヴァ根本監督私小説だが、作品としてはたくさんの人の力で出来ているものなのだから、負の影響だって受けた人はたくさんいるでしょう。傷ついたからと膝を抱えて元気になるのを待ってても良いような環境にあった人は少なかっただけ。

興行収入はそれなりじゃないかな。リピートはしないけど、長く付き合ったんだ、香典くらいは払うって人は多いでしょう。

しかTV版のエンディングが一番良かった、なんて思う日が来るとは思わなかった。(二番目は漫画版)

2021-03-11

10年前のこと

震災に関し、信じてもらえなさそうな体験談を書く。私自身を含む実際の情報への配慮のため、事物のいくつかを、適宜別のものに置き換えている。

10年前のあの日、発災の瞬間は丁度、ある所用のため、走る列車に揺られながら、某県の長大鉄道トンネルの中にいた頃だった。私は携帯電話スマートフォンを持っておらず、その瞬間、地震速報を知る機会がなかった。地震の揺れは感じなかった。列車は走り続けた。

夕方目的地の駅に着いた。ダイヤは一切乱れず、駅界隈は平穏のものだった。直後、「○○市が震度7……」と、どこかの店先のテレビラジオの音声が伝えるのを少し聞いたような気がしたが、過去に起きた地震のことを伝える防災特集か何かか、あるいは聞き間違えだと思って、そのまま忘れてしまった。

私の目的は2泊3日の、ある医薬品治験ボランティア参加だった。規則のため、参加者は、ベッドと窓と電源ソケットの他には何もない個室に収容され、情報端末は昼間の数時間を除いて回収され、あらゆる情報から遮断された(このルールはいずれにせよ私には無用のことだった。後述する)。これは私が参加を始めた当初からすでにあった規則で、おそらく情報遮断を厳守させているのは、興奮とかの感情の動きが薬効に影響するのを防ぐためだったのだろう。普段の私はむしろ、この規則を「情報断ち」するいい機会、ととらえていた。この期間私は、報道メディア上の娯楽を自ら禁じ、数冊の文庫本音楽プレーヤーだけで過ごすのをいつも楽しみにしていた。携帯電話を持ち込まなかったのもその理由によった。食事は、普段食堂に集まって食う場合もあったが、そのときは個室で食う取り決めだった。食堂には漫画本がたっぷり並んだ本棚と、将棋盤があったから、そこに入り浸り、雑談のうちに仲よくなる参加者もよくいたが、自分で本を持ってきており、かつ友達作りが下手な私には用がなかった。

今思うと、センタースタッフたちが普段の落ち着きを欠いていたような気もしないでもないが、私としては察しようがなかった。なぜなら、あとで思うに、1時間おきに投薬の指示や採血に来るスタッフが、この災害のことに一切触れず、まるで何もなかったかのように振る舞っていたからだ。もちろん、他の参加者PCスマートフォンポケットラジオといった情報端末を持ち込んでいただろうから、このことについては、センター内の私以外の人間にとってはおそらく自明のことだったわけだが、あれだけの大惨事に直面して、誰も私の前で話題にしなかったことは今になっても不思議だ。口にしたくないほどショッキングなことだった、ということなのかもしれない。また、他の参加者言葉を交わす機会も、このときはなかった。私が、だけでなく、誰もがだった。私だけでなく、全員がずっと個室に引きこもっていた。誰も何かを話す気にならなかったのかもしれない(12未明、このときはじめて小さな揺れを感じて目覚め、何か恐ろしいものを感じたが、手がかりにはならなかった)。

まり私は、あの日日本にいながら、発災の瞬間の衝撃、というものを知らなかったばかりか、それから2日後まで、報道特別番組など、この災害に関する情報に、一切触れることができなかったのだ。あらゆることを知り、強いショックを受けたのは帰宅後、日曜日夕方になってからだった。

国家国民の団結と再生のためにおそらく不可欠な、感情の共有、という場から、私だけが取り残されている、あるいは、放り出されている、私だけが他の人々より「2日遅れ」の距離時代を送っている、という疎外感が、この10年ずっと続いている。また、不謹慎レトリックかもしれないが、もしあの日治験に参加せず、そのまま逆方向の列車に乗って、ふたたび暗いトンネルを通れば、私は「あのさまざまな災害が起きなかった日本」に戻れたのではないか、という非現実的な考えが、この10年ずっとよぎり続けている。

2021-03-07

anond:20210306213313

https://textview.jp/post/culture/18238

それは感性舞台 衣装をつけた役者がでてきてセリフを朗唱するだけ だからじゃない?

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A2%E3%81%AE%E4%B8%8A%E6%BC%94 より

イングランド王復古の後、シェイクスピア劇は手の込んだ背景を使って芝居小屋で上演されるようになり、さら音楽ダンスが取り入れられ、雷や波、花火などの効果舞台で用いられるようになった。この時期にシェイクスピア台本は上演のために「改作」・「改善」されたが、これは後世の人々にとってはショッキングなほど原作尊重しないものであった。

2021-03-01

anond:20210228235254

なんとなくだけど女性動物虐待者は貧困ネグレクト多頭飼育崩壊とかそういう系でよく見る。

ゴミ屋敷の住人みたいなおばさんが動物も飼っちゃうパターン

男性虐待者にそういうやつもいるが、ニュース報道されるような快楽目的虐待する変質者は男性ばかり。

もちろん女性もいるが快楽目的ではものすごく少ない。

ショッキング犯行方法とかが報道されて余計に「男の中から一定虐待者が出る」と保護団体側を怯えさせるのだと思う。

小動物快楽目的で殺すやつがだんだん人間に…はよくあるパターンから動物だけの問題じゃないよねこれ。

2021-02-17

女性常識の檻から抜け出せない系の漫画

例えば髪型服装言動、そういったものが「自分思考常識とは外れていて・・・」的な漫画をたまにツイッターで見るんだが、ちょっと感想を書きたい。

まず、そういうのが社会常識から「え?ほんとにやるの?」とか「いや私はここから先は応じられない」的な反応を受けてできないときのショックの描写が大概入る。

思ったのは「そんなにショックなのか?」というくらいに心理描写が重い。そんなあなたを沼の中に引きずり込もうとする常識擬人化してすごく気持ち悪いものとして描き、それを蹴り飛ばす強自分、という構図で書いているのだけど、思った髪型ができない、好きな服が着られない、自分言葉遣いが思ったようにできない、というのを軽く常識からちくっと言われたりするのって、本当にそんなにショッキング出来事なのか?なんだかんだでぶっちぎれるくらいの重さなんだろ?ここの重さの表現おかしい。

多分病院に行く人位重たい描写なのに強いあなたはぶっちぎれるんですね。もうこの時点で選民思想が入っていると思うよ。

常識側が自分のずれた部分を受け入れてくれないことは、それはきついしつらい。そこまではわかるのだが、地獄のそこに貼り付けられたくらいに落ち込んでいるのがなんでそこまで行っちゃうのかが理解できない。

次に、「そんな自分理解してくれて達成の手伝いをしてくれる人が見つかって、ついに達成した」ときのシーン何だけど、ずいぶん軽くない?

地獄のそこに叩き込まれるくらいのショックを受けるくらいに辛いのに、達成したとき描写がやけに軽くて、なんか思ったより低い天井に頭ぶつけたみたいな気分になる。あんなに辛かったことをついに達成したんだよ?嬉しすぎて失神するくらいの描写はあっても良いんじゃない?辛さと喜びの対比がおかしい。逆に、そのくらいのことでなんでそんなに悩んでたの?という気分になる。

ポジティブなことの描写って難しいんだろうなあとも思う。

そして最後に「達成した自分を褒め称える女性陣とその周りで無視される男性陣」というエンディングもよくわからない。

「こんな私を受け入れてもらえるんだろうか、とドキドキしながら会社に言ったのだけど、同僚からは評判もよく一安心!(遠くでなにかいいたさそうにしているけど無視される部長)」みたいなシーンね。

あれをわざわざ書く理由ってなんだろう。多分、そんな私に良い顔しない常識側の象徴として書いているのかもしれないが、序盤では良い顔しない女性も書いているのにね。

こんな私を見て女性アップデートされたが男性は相変わらず旧態依然とした態度に固執しているとか書きたいのかな。こういう細かい印象操作もよくわからない。

しろ「お、良いじゃないですか!」とか下手に言ったらセクハラにされるから怖くて何も言えないんだと思うよ!

とか思ってたんだけど、あーそっか、これフェミニズム思想プロパガンダ漫画なんだな、ということに今気がついた。本人がどういうつもりで書いてるかはわからないけど、この方向でどんどん過激化していくほどに褒め称えられるが、結局プロパガンダに利用されてるだけなのか。

女性常識の檻から抜け出せない系の漫画

例えば髪型服装言動、そういったものが「自分思考常識とは外れていて・・・」的な漫画をたまにツイッターで見るんだが、ちょっと感想を書きたい。

まず、そういうのが社会常識から「え?ほんとにやるの?」とか「いや私はここから先は応じられない」的な反応を受けてできないときのショックの描写が大概入る。

思ったのは「そんなにショックなのか?」というくらいに心理描写が重い。そんなあなたを沼の中に引きずり込もうとする常識擬人化してすごく気持ち悪いものとして描き、それを蹴り飛ばす強自分、という構図で書いているのだけど、思った髪型ができない、好きな服が着られない、自分言葉遣いが思ったようにできない、というのを軽く常識からちくっと言われたりするのって、本当にそんなにショッキング出来事なのか?なんだかんだでぶっちぎれるくらいの重さなんだろ?ここの重さの表現おかしい。

多分病院に行く人位重たい描写なのに強いあなたはぶっちぎれるんですね。もうこの時点で選民思想が入っていると思うよ。

常識側が自分のずれた部分を受け入れてくれないことは、それはきついしつらい。そこまではわかるのだが、地獄のそこに貼り付けられたくらいに落ち込んでいるのがなんでそこまで行っちゃうのかが理解できない。

次に、「そんな自分理解してくれて達成の手伝いをしてくれる人が見つかって、ついに達成した」ときのシーン何だけど、ずいぶん軽くない?

地獄のそこに叩き込まれるくらいのショックを受けるくらいに辛いのに、達成したとき描写がやけに軽くて、なんか思ったより低い天井に頭ぶつけたみたいな気分になる。あんなに辛かったことをついに達成したんだよ?嬉しすぎて失神するくらいの描写はあっても良いんじゃない?辛さと喜びの対比がおかしい。逆に、そのくらいのことでなんでそんなに悩んでたの?という気分になる。

ポジティブなことの描写って難しいんだろうなあとも思う。

ソニーミュージック社長かなんかがインタビューで「浜崎あゆみ歌詞って、若い女愚痴みたいじゃないですか、ああい歌詞ってすぐにかけるし共感も集めやすい」とか言ってたことがあったように、ネガティブなことは割とどこまでもかけるということなんだろうとは思う。

そして最後に「達成した自分を褒め称える女性陣とその周りで無視される男性陣」というエンディングもよくわからない。

「こんな私を受け入れてもらえるんだろうか、とドキドキしながら会社に言ったのだけど、同僚からは評判もよく一安心!(遠くでなにかいいたさそうにしているけど無視される部長)」みたいなシーンね。

あれをわざわざ書く理由ってなんだろう。多分、そんな私に良い顔しない常識側の象徴として書いているのかもしれないが、序盤では良い顔しない女性も書いているのにね。

こんな私を見て女性アップデートされたが男性は相変わらず旧態依然とした態度に固執しているとか書きたいのかな。こういう細かい印象操作もよくわからない。

しろ「お、良いじゃないですか!」とか下手に言ったらセクハラにされるから怖くて何も言えないんだと思うよ!

2021-02-13

anond:20210212230724

ひぐらしアニメは15話くらいまで見た

かに内容はショッキングであの作者はある種の才能はあると思う

でもなんつうか嫌だ

何もかもが不確かで信じれない

仲間や好きな子すら好きをみたら殺しにかかってくる

周回によってルールや設定が変わる

不確かな語り部だらけでミステリーとしてもどうかしてる!!!

「この描写発症した幻覚なんじゃないだろうか?」みたいなのが多すぎる

そう。俺も増田と一緒なのかもしれない

なんか......嫌なんだよ....

ファンに叩かれずたぼろになった作者の悪意と才能の結晶、とか言ったら褒めすぎ?

2021-02-05

幼少期の自分を語れる人はすごい

捏造が一切ないという保証はないけど、子どもの頃の思い出エピソードとか、ショッキングだった出来事とか、ポンポン出てくる人ってすごいと思う。

そんなの覚えてねえよ。

自分記憶力が悪いのか、ボーッと生きてたせいなのか、自分が恥ずかしい。

まあでも、20年後くらいには、今現在のことも曖昧になってるんだろうな。

2021-01-05

反出生主義と、逃げ恥と、パラサイト

数日前に、はてブで反出生主義について書かれた記事話題になっていた(有料部分は読んでいないが)。

人間が生まれることは本当に良いことなのだろうか。昔からよく考える。むしろ、何一つ自分の思い通りにならなかった昔の方がよく考えていたかもしれない。

小学校低学年の頃、週刊ストーリーランドという番組があって(この番組は途中で打ち切りなっちゃったみたいなので、年齢がバレてしまうが)、読者からストーリーを募ってアニメ化するという趣旨のもので、私はとても面白いと思って観ていた。

占い師のおばあさんの超怖い話など、インパクトがあるものが多かったので記憶に残っている人も多いのではないだろうか。

この番組で私が特に印象に残っているのは、神様世界中の人に同時に語りかけ、願い事を叶えてあげる、ただし叶えるのは1番願った人が多いもの1つだけね、と告げることから始まるお話だ。願いは1つだけだから多数決でどんな願いにするか決め、皆でそれを願おうということになった。当然もめにもめまくるし暴動が起きるしで大変だったが、なんとか最後は心を一つにしてお願い事をしてハッピーエンド。と思いきや、実は神様世界中の「人」ではなく「生き物」に語りかけていて(人間自分たちだけに語りかけられていると思っていた)、人間以外の動物たちの共通の願いはただ1つだったので、世界中から人間だけいなくなったというオチだった。

コロナウイルス蔓延っぷりを見ていると、鬱々としつつも、ずっと昔に流行したスペイン風邪とかペスト時代の人々の心境と今きっとシンクロしているんだなぁと妙に感慨深くなったり、自分パニック映画モブキャラであるような気持ちになったりする。そして、イッヌとかネッコにも感染るようではあるが、死にまくっているのは人間ばかりのようなので、上記週刊ストーリーランド人類粛清お話を思い出したりした。

韓国出生率は1を切ったという。

日本ちょっと前に人気を博した韓国インフルエンサーのホン・ヨンギさんという女性がいる。彼女は、中3くらいかモデルとして活動を始め、高校生から服のECサイト経営してめちゃくちゃに稼いだ。一見すると、ファッション好きな可愛くて商才のある女の子サクセスストーリーだ。しかし実は、これまでの活動彼女のお父さんの借金(約3億円)を返すために始めたことだった。返しても返しても利息分にしかならない。彼女自分出産育児のために借金の返済が滞ったときがあり、子供の100日祝いの場に取り立てが押しかけてきたという(多分闇金だと思う)。その後も取り立ては続いた。これまで長きにわたって実家と新しい家族の2家族分を彼女が支えてきたが、もう精神的に限界で、肩の荷をおろしたいとインスタに綴っていたという。

彼女子供の頃本当に貧乏だったらしい。サイズの合っていない靴を履き、中学校入学しても小1の時のカバンを使うしかなかった。家庭の事情でなんども引っ越すのが嫌だった。それが、モデル仕事を始めて注目されるようになって、サイズの合う靴を履けるようになるかと思うと嬉しかったらしい。

こういうクズな親の話はよく耳にするので、その度に、やはり産まれることが良いとは手放しに思えなくなる。

私は、どんな子も、色々あったとしても、数年単位積分した場合になんとかプラスになるような人生であってほしいと心から思う。でも、この社会ではそれは難しい。恵まれた者とそうでない者の落差が大きすぎるのだ。上にいればいるほど、底に近い場所のことは暗くてよく見えない。底に近ければ近いほど、上の方は眩しくて、手を伸ばしても空を切るばかりだ。そんな社会で、子供を作ろうと思える人はどのくらいいるのだろうか。その結果が出生率の減少に現れているのではないか

落差について考えたとき映画パラサイト」のことが頭に浮かぶ。とても緻密で素晴らしい映画だったが、かなりショッキングな重苦しいテーマを扱った作品であることから、数日間は精神的に浮上できなかった。

映画最後の方で、半地下のお父さんが咄嗟にしてしまった行動の理由が、私にはわかった。人間としての尊厳を粉々に破壊されて、でも破壊した相手自分を「同じ」人間だとは(一切の悪意なく)思っていなくて、それがわかっていてもどうしようもなくてああするしかなかったのだと思った。

映画を観た後に、一緒に観に行った知人と感想を言い合っているとき彼女が「あ、それそういう意味だったんだ!」と驚いていた。彼女は、地方都市出身だけど私と違って都心部に近いところで一人っ子として溺愛されて育ち、色々な習い事をして東京のそこそこ偏差値の高い私立大学を出た人だ。映画も本も音楽も好きで教養がある人だ。そのような人が、あのシーンの意味がわからなかったというのは結構衝撃的で、というのは多分だけど解釈不足ではなく想像が及ばなかったからだと思うからだ。そんな風に惨めな思いをしたことがないから。

私の一人暮らしの家にはテレビがなく、「逃げるは恥だが役に立つ」の新春スペシャルTVerで観た。けど、途中で観るのをやめてしまった。前回のドラマも途中で観るのをやめて、その時は二人の恋愛模様何だか気持ち悪くなってしまったという理由だったが、今回は、現実社会問題をこれでもかとふんだんに詰め込んでおきながら、登場人物の設定は全部ファンタジーというちぐはぐさがあり、何だこれは?となってしまたからだ。ツイッターでは、恵まれた人の恵まれ物語、「持てる人」しか出てこない、などの声がある一方で、感動した!すごく良かった!という声もあった。

学生時代研究者の人が昨今の就職難について嘆いていて、公募受ける時だけ女になりたいなと冗談めかして言っていた。最初、言っている意味がわからなかったのでどうしてか聞いたら、女性枠があるからだという。私はふいに怒りを覚えたが、ぐっと堪えた。

結局のところ、皆自分より下の階層については鈍感であるか、鈍感であろうとしているのだろう。私がパラサイトを観てショックを受けたのも、いつも自分が一番不幸だと思っていたのに、自分より下の見えなかった分断を突きつけられたからだと思う。アフリカの恵まれない子供達、肋骨が浮き出てお腹が膨れて上半身裸の彼らのことを知っているのに、普段は頭の片隅に追いやって考えないようにしている。私たち全員が、今より高いところとの間にある分断を見ていて、眩しくてつらい気持ちになるのに精一杯でいる。人生は不幸なことばかりで、自分より恵まれている人を憎んでいるのだ。その一方で、自分より下の分断も見たくない。

こんな気持ちを抱えてずっと生きていくのはつらい。

人生はそういうものだと言うのなら、どうしたらいいかもうわからない。

2020-12-15

男だけど、今まで受けた性被害挙げてく

当方アラサー男性

最近、「性犯罪者は全員男性女性は常に被害者!」みたいなツイートに大量の「いいね」がついているのを見て若干モヤモヤしたので、今まで自分が受けた性被害を整理してみた。

こちらの精神被害ライトな順に書いている。


掃除女性股間を覗かれる

何故か男子トイレ男性浴場の掃除女性が多い。

別に男性しろとは思わないが、2〜3年に1人ぐらい明らかに股間を見てくる人とエンカウントする。

某駅のトイレで小便をしていた時、斜め後ろに立たれて思いっきり覗かれているのに気づいた時は「ヒェッ」みたいな声が出た。


満員電車で尻を撫でられる

大学生だった頃に受けた、純然たる痴漢である

その時は尻ポケットに財布を入れていたため、スリかと思ったが、明らかに財布がない方の尻を撫でられた。

常習犯だったのだと思うが、隠れ方が上手く、誰に触られていたのか全く分からなかった。

そして男でもいざ痴漢されると声を出せないことを思い知った。


職場女性陣に性体験を聞かれる

社会人として最初に勤めた職場は、男性自分とあともう一人だけで、あとは皆女性だった。

基本的に皆いい人だったが、酒が入ると「最近、いつヤッた?」とか普通に聞かれるのに驚いた。

まり答えたくなかったけれど、自分は一番若手で相手は先輩・上司のため答えざるを得なかった。

そのうち、「何事もないような顔で普通質問のように返すと、相手面白くなくなって深堀りされない」といういなし方を覚えた。


職場の年下にセックスを迫られ、Yシャツを破かれる

2つ目の職場に移って少し経ったときのこと。

若手が集まった飲み会で一人の女性がベロベロに酔っ払ってしまった。

明らかに1人では帰れそうになかったので、殆どしたこともなかったが、帰り道が近い自分が送っていくことになった。

家に着き、部屋に押し込んで帰ろうとすると、その女性が「セックスしたい」と言い出した。

当時、自分には彼女がいたし、なんとなくその子にヤバそうな雰囲気を感じていたので、できないと断ると急に女性が胸元を掴んで「抱けよ!(原文ママ)」と迫ってきた。

かなり驚いたが、力でなんとか振り払って逃げ帰った。

家について来ていたシャツを見てみると、胸の部分が破れていた。

結構気に入ってたYシャツだった。

次の日、その女性記憶がないと言い張っていた。


腐女子ネタにされ友人とギクシャクする

まり腐女子界隈に詳しくないのでネタという表現が正しいのかよく分からないが。

高校生の頃の話。

それなりの偏差値の共学で、クラスには陽キャからオタクまでいたが、イジメとかはなかった。

数人の腐女子もいて、普段交流はあまり無く、「変わった趣味人達だなぁ」ぐらいに思っていた。

ある日、文化祭の準備でその中の一人と飾り付けか何かの作業をすることになった。

それまで話したことは無かったが、話してみると普通に面白い子で、楽しく会話しながら作業をしていた。

その内、話題BLになり、その子が好きなキャラとかを話し始めた。

その話の流れで、その子に「増田くんと〇〇くん(クラスで一番仲が良かった男友達)のBLクラス流行っている」と不意に言われ、その瞬間物凄く気持ちが悪くなった。

の子にしてみれば、褒め言葉だったのかもしれないが、高校生の多感な時期に友人と性的に交わっているのをクラス女子妄想されている(しかも本人の意志と異なるセクシュアリティとして)のはかなりショッキングだった。

それから、その友人と話すたび腐女子集団の目が気になり、何となく話しにくくなってしまった。

未だに腐女子は苦手である


そんなこんなで、挙げてみると意外とあるなと思った。

女性の方が危険は多いのだろうが、男性結構被害を受けるので、気をつけるに越したことはないと個人的には思う。

昔のゲーム業界人、若すぎワロタ!!ワロタワロタ、、、、

90年代ゲーム雑誌を「懐かしいな~」とめくっていてね、花形クリエイターインタビューとか読んでてね、「あれ、こいつら、この時代めっちゃ若くないか?」ってことでゲームクリエイターの年齢を調べてた。

はあああああ~~~若い業界自体ほとんど80年代に興ったような若い業界から作り手も若いのは当たり前なんだけど、それにしたって若い

神童みたいな存在だった中村光一中裕司若いうちから代表作を残しているのは当たり前としても、あん清濁併せ呑むような作風の『タクティクスオウガ』作ったとき松野泰己20代なんだよ。「ガキが...舐めてると潰すぞ」ってならんか?ならんか?

あと何気にショッキングだったのは、堀井雄二広井王子ね。元々ゲーム業界外の出身であるこのへんは年齢も高く、ゲーム雑誌を熱心に読んでいた90年代中盤の自分にとっては「おじさん」っていうか殆ど初老」って感じだったんだけど、年齢みたら40歳前半くらいなんだよな。全然若いなオイ、ソシャゲディレクターとかのが全然年齢上だぞ、ってなる。

から年齢の問題はともかく、橋野さんや外山さんに比べて一回り遅れている気持ちが、どうしても僕の中にはあります若い頃に芽が出なくて、やっと32歳のときに『ドラッグオンドラグーン』でディレクターでしたから。

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ニーア、ペルソナ等の人気ゲーム開発者激論国内ゲーム産業を支える40代クリエイターの苦悩とは【SIE外山圭一郎×アトラス橋野桂×スクエニ藤澤仁×ヨコオタロウ

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/170828

ヨコオタロウの「やっと32歳でディレクター」というのは、現在感覚からすると随分順調なように思えるが、2003年(『ドラッグオンドラグーン』のリリース年)であっても、なおそれくらいの若々しさが残っていた業界だったということだ。この座談会のなかで、外山はコナミで3年目、橋野はアトラスで5年目で初ディレクターを任されたと語っている。




anond:20201214100412

志村けんさん逝去ときのショックを忘れたんですか?

って話を振ってみては。

あのころ病院におしゃべりに来ている高齢者が消えたって話を聞いたので、高齢の方への啓蒙効果ものすごかったみたいだから

あのときの彼の症状進行があっという間だったこと、直前までバリバリ仕事されてたこと、飲食業を元気づけるためにも飲みに出ていたこと、本人様は病名も知ることなく逝ってしまたこと、知れば知るほどショッキングだった。

2020-12-10

変態トイプードル

すげえ高そうな服着た女の人が、

これまたすげえ高そうな犬を散歩させてんだけどさー、皆、犬に服着させてるわけ。

まあ、犬に服とか見慣れてきたよね。

寒いし服着せたいのも分かるわ。

 

でも、今日、よーく犬見たら、びびったわ。

服よ、服。

四肢まで袖を通すタイプの服なんだけどさ、

犬の生殖機と肛門部分は丸出しになるデザインなの。

「あ、そっか、散歩中にトイレとかね」って思ったよ。

でもさ、服だよ。

寒いから着てる、可愛いから着てるのさ。

でも、その服の大事な部分がくり抜かれてるのさ。

人間なら逆バニー状態。 

 

お金持ちの人が大金で買ってさー、

血統かに拘ってさー、

病気検査とか予防注射してさー、

良い飯とか食わせてさー、

素敵な公園散歩させるんだけどさー、

下半身大事なところ丸出しな服着させられてるわけ。

服着させるけど下半身丸出しオッケーって買ってる人は思ってるんでしょ。

なんなら、この服はお気に入りココアちゃんも気に入ってるのねーとか思うてるんでしょ。

......変態では?

 

最近格差の話になると、金銭や物的資本格差というより文化格差言及されるのをネットで見かける。

文化の違いというのは結構ショッキングだ。

いままで、格差が広がって下々の者が上流を羨ましがるけど絶対に届かない、みたいな未来がくると思ってた。

でも、実際は上流は下々の斜め上を行く文化作って下々はドン引きって未来なんだろうな。怖いわ。


 

 

 

 

 

2020-12-03

ナイキCM過剰反応している人たちは読解力が低い

最近ネットを賑わしているナイキCMに対する批判に、「日本人差別主義であるということを、世界中に向けて宣伝している」といったものがあるけど、これはざっくり分けてく2つのおかしい点がある。

まずひとつ目に変なのは、「世界中宣伝している」というところ。このCMを打っているのは、NIKE日本代理店であるNIKE JAPANであるから、このCM日本市場をターゲットに打たれたCMなのは明らだよ。確かにYoutube動画では英語字幕が設定されているから、英語圏の人たちも閲覧できるけど、動画では日本舞台日本語ばかり使われているのだから日本人に向けられていると考えるのが自然だよね。世界中に向けて宣伝したいならNIKE本家宣伝するはずだし。NIKE差別テーマにしたCMを打つのお家芸になってるから、今回はそれを日本向けに行ったんじゃないの。

で、2つ目の変な点が「日本人差別主義であると伝えている」ということ。

ネット世間では、壮絶なイジメ差別のシーンばかりがクローズアップされているけど、登場人物たちが自らのアイデンティティに悩むシーンにあまり触れられていないのは、とっても不思議動画の冒頭では「私って、何物?」と悩むシーンがあるし、「いつか誰もが、ありのままに生きられる、世界になるって――。」というセリフCMは締められる。イジメだけではなく、自分内面との葛藤や、反発も描かれている。こういう演出を読み解くと、差別云々よりも、思春期少女アイデンティティについて悩んでいる、というのがこのCM本質であるとよく理解できる。だから、このCMは「NIKEは、自分らしくある人を応援します」って宣伝したいのであって、「日本人差別主義である」と批判したいわけじゃない。

NIKEに対する批判の中で、「お前らウイグル人強制労働させといて何いってんの?おまいう?」っていうのもあったし、それは十分理解できるんだけど、「NIKE日本人を痛烈に批判している」というのは全く理解できない。だって、どう考えてもそういう解釈できないんだもん。合理的に、丁寧にCMを読み解こうとすればするほど、そういった考えにはならないはずなんだけど、なぜか超斜め上をいく解釈をして、叩いている人でネットは溢れかえっている。

正直、そういった人は読解力や論理的思考が欠けてるとしか思えないよ。そういう的はずれな批判をしている人が、論理的に論じてるの見たこと無いもん。叩いてる人たちみんな、「日本人馬鹿にするなぁ!」って書いて終わり。ショッキング差別イジメのシーンを見た時の刺激に、反射的に反応しているだけじゃん。その裏に、無意識差別意識ゆえの図星やら、「日本人絶対差別しない潔白な民族である!」っていうおめでたい思考があるのかまでは知らんけどさ。

もし、論理的に「NIKECM日本人批判するために作られている」と考えている人がいたら、是非、返信をお待ちしています。できれば、CM演出について触れて、どのように解釈たかを書いてもらえると助かります

それでは

今日相棒がクソだったっていう話

久々に見たけど何だ今日のあの話。

後味が悪いっていうより、うっすいスープ飲んでたら底に泥が溜まってた、みたいな感じ。

最初から最後まで、ずーっと「いや、ええ……?」みたいな展開続きだったし、結局アレはどうなったの?みたいなのも残ってるし、

終盤まではまぁ、「うーん外れ回かなぁ」ぐらいに思ってたんだけど、最後最後で「稀に見るクソ回」にまで下がった。

私の記憶にある限りでは、普段捜査一課は犯人連行するとき絶対犯人を挟んで視界に入る位置を歩いていたと思うんだよね。

犯人が何か不審な動きを見せたら、伊丹さんも芹沢さんも、すぐさま押さえつけられるような位置取りだったはず。

それが、今回は何?新人も含めて3人とも、それどころか特命の2人までうっかり目離しちゃったの??しか犯人が鉄柵超えちゃうような時間???

いやいやいやいや、ありえなくない?だったら、連行される前にナイフ持ち出して「近づいたら首を切る!」って言いながら飛び降りようとする、みたいな流れの方がまだマシじゃない?

それでも飛び降り成功するとはどうしても思えないんだけども。

クソゲーとか打ち切り漫画とかクソアニメかによくある、「脚本のために登場人物無能になる」っていうのを好きな作品でやられるとほんと腹立つんだなって痛感した。

相棒飛び降り、って聞いて真っ先に思い出すのは、「贖罪」。次いで「ボーダーライン」。

犯人が自ら命を絶とうとする話で思い出すのは「ミスグリーン秘密」。

神戸君回ばかりなのは、私が神戸君が好きだからなので置いておいて。

いずれも、正義とは何か、社会とは何か、生きるとはどういうことか、と、非常に大きなメッセージテーマを持ったお話だったと個人的には思っている。

ショッキングな展開を描くのは、メッセージを含んだストーリーを、その展開とともに強く印象付け、記憶と心に焼き付けるための手法であり、相棒の「後味の悪い話」は、だからこそ強く印象に残るのだ、と(ミスグリーン秘密はそこまで後味は悪くないですが)。

それに比べて、今回の話のなんと底の浅いことか……

この話を印象付けて、果たしてそこには何が残るんだ。後味の悪さだけを残すのならやめてくれ。ただ後味の悪い話なんざ求めてないんだ、こっちは。

おそらく今回のテーマは、最後の右京さんの言葉自分で選んだ人生」ってところに集約されているんだろうけど、その言葉を受けた犯人飛び降りしまたことで、逆に右京さんの言葉否定するような演出になってしまっている。

右京さんのその言葉メッセージとして残すのならば、むしろ先に飛び降りようとしていたところを、右京さんの言葉で踏みとどまる、みたいな流れでも良かった。

ミスグリーン秘密」も、最後は思いとどまってくれて、だからこそ心に残るエピソードになってるのだから、自ら命を絶つシーンを見せないと印象に残らないわけじゃない、ってことも分かってるだろうに……。

全体的にも非常にお粗末というか、その場しのぎ感の目立つストーリーラインで、久々の相棒なのに残念だったなーという話でした。

2020-11-30

鴻紙さんのほがらか人生相談親友結婚式

https://anond.hatelabo.jp/20201129032737

増田さんこんにちは投稿ありがとうございます

親友結婚式にご列席されたものの、その親友から裏切られた気持ちになっているんですね。

その辛い胸の内をお伝えくださってありがとうございます

投稿されてからしばらく経ちますが、そんなに簡単に整理なんてできるもんじゃないですよね?

信じてきたものがそうではなかった時のショックとはそういうものなんです。

私も人生のいろんなフェイズ尊敬する人、信頼する人、色んな人と出会ってきました。

その中で増田さんと同じく”裏切られた”と感じるような出来事経験してきました。

そのたびに何が自分を苦しめているのだろうかということを考えてきました。

前置きが長くなってしまいました。

増田さん。増田さんはご親友結婚の知らせを一番最初に受け取ったことを嬉しく感じていましたね?

私も数多くの結婚式に参列してきましたが、結婚式に呼ばれる人に”特別ではない人”はおそらくいません。

新郎新婦にとって縁があり、人生におけるあらゆる出会いの中で厳選された人だけが呼ばれます

そして増田さんはその中で”新婦が誰よりも早く招待した人”なのは間違いない事実です。

親友増田さんのことをとても大切にしていますよ。

私も過去に後輩から結婚の知らせを受けた際、その初めての人だと聞かされたときには嬉しさと共に緊張のようなキリッとした気分になりました。

でね、増田さん。ご親友からすると増田さんのことをとても大切にしているように私には見えます

でも増田さんはそうではないと感じている。

ここがポイントです。

お互いに”大切にしている”もの価値が異なっているのです。

増田さんの”親友”は結婚式に招待してくれたお友達が唯一かもしれません。

親友の”親友”はもしかすると30人いるかもしれません。

数多くの親友の中でひとりひとりに対して気持ちを伝えるためには役割を誰かに独り占めさせてはいけないとおもったのかもしれません。

これは私の想像しかないので、もしかしたら違うかもしれません。

こういった価値観の違いは増田さんもご経験されてきたのではないですか?

でね、増田さん。大事なのはここからです。

増田さんはまたすぐにご親友とあう予定があるとのことでした。

この価値観の違いを消化できないまま、ご親友に会ってしまうと

整理できない感情から予期せぬ事態に発展してしまうことがよくあります

カッとなってつい・・・とか、勢いに任せて・・・・とか聞いたことありませんか?

そこでひとつ試してほしいことがあります

感情というのは波があるんです。この波が増田さんはショッキング出来事で一番最高潮にきていると思うんです。

これは人生における緊急事態です。決して小さな出来事ではありません。

ただし、感情というのは時間をもって徐々に整理ができてくるものなのです。

この性質はどんな人でももっている特性です。

から、まずは会う予定についてご親友にお詫びを入れて一旦スキップしましょう。

嘘をつかなくても大丈夫です。

体調が優れなくて難しいことを伝えればよいのです。実際、増田さんは緊急事態に陥っています

そして時間をおいてから、ご親友に対してどんな交友感をもっているのか、ご親友の考えている”親友”とはどういうものなのか。

落ち着いて聞けるタイミング話題にだしてみましょう。

おそらく増田さんの感覚と違う答えが出てきますよ。

その時、お二人の間で改めて”親友”がどういうものとして捉えられているのか、すり合わせができるはずです。

他者価値観を確認し、自分価値観がみなおされていく。またはその逆で自分価値観に影響を受けて他者価値観をみなおしていく。

世の中はお互いに影響しあいながら社会がつくられています

増田さんもまずは少し休憩してからゆっくりと進み始めましょう。

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