はてなキーワード: 簡単とは
簡単なこと。
殴ってくる障碍者は行政に適切な対処をしてもらう。我慢する必要はない。仲良くする必要もない。
障碍者は殴るから怖いとか言わない。障碍者の中には殴る奴が多いもダメ。それが統計的事実でも言っちゃダメ。
確かに偏見を助長する発言だ。言い方や言う場所を選ぶ必要が有ったと思う。自分も気を付けたい。
それと同時に、障害者の施設というのは自力で行動できるアクティブな人たちが利用している場合が多いのであり、現場を見たことあればわかると思うけど通り魔的にハッスルする性犯罪者(健常w者含む)は不特定(といいつつ、直感的に勝てそうな体格の子供や女性に的をかける)多数の被害者を、そう、多数の被害者をごく短時間でも生み出してしまうんだよ。人混みなら気づいて驚いてあっあって言ってる間に次々向かっていく。電車や駅で往来で学校で見たことないかな?あと路上の痴漢強姦狙いの奴らが通学路や夜の住宅街でたくさんの未遂を含む加害をしていく。
結果としてだいたい男には行かないから、恐怖や回避するための日常へのダメージとコストが理解されず、無理解で簡単に残酷に嘘扱いすることが被害者の口をつぐませてきた事をも認知の外にしている。
あの発言はいかにも叩くに相応しい差別発言ではあるけど、被害者は沢山いて、普段から差別はいけない優しくと言われるのをよく聞いていて、逃げ遅れて被害にあう人もいるんだ。
育成ゲームなんだからウマ娘がシャニマスっぽいとかパワプロっぽいとか言われるのはある程度しゃーない。
シャニも(特に感謝祭が)パワプロっぽいって言われたし、そもそもパワプロの初代サクセスだって詩織ちゃんが彼女にできたりするときめきメモリアルだぞ?
ウマ娘は後発なだけあって、シャニマスの短所を意識してたりすのかなと思ったので、そのへんを書く。
シャニの場合、1つのパラメーター特化+流行運負けも特化で押し切る(or アイテムで流行運負けをなくす)が、一番簡単にWING優勝する方法なんだけど、初心者はそこに気づく前に辞めてしまう。
ウマは、とりあえずレース予想の×とか△になってるパラメーターがあったら上げつつ、スキルを取ってればURAも勝てそうな感じだけど、みなさんどうですか?
チュートリアルで手取り足取り教えなくても、レース予想だけで足りないパラメーターに気付かせる優しい世界になってると思う。私はとりあえずURAファイナル1勝目はできた。
今のシャニは、ゲーム内のWING攻略ミッションでWINGの勝ち方が履修できるようになっているが、1から10まで全部ミッションで教えないと初心者がWING勝てないとなると、ちょっと難しすぎたんじゃないかという気はする。そこが面白いところでもあるんだけどね。
シャニのグレフェス相当の機能が、ウマのチームレースになると思うんだけど、まだ始まったばかりで正直わからん。
シャニのグレフェスは、試行回数を重ねて、たった1回の運勝ちを引くゲームで、その1回以外が虚無すぎるんだよな。ウマのチームレースは、ギリギリ5連勝できそうな相手と当たるまでポチポチするだけのゲームになりそうだけどどうなるん?
ウマは特定のレースで勝ったときに曲が開放される。これで良いと思う。
シャニのガシャは1回300ジュエル。デイリーミッションで300個。ウィークリーミッションで1600個。ログボ1週間で1600個。
普通に1週間遊ぶだけで5300ジュエル=ガシャ17.66回分も貰える大盤振る舞い。
対する、ウマはガシャ1回150ジュエル。デイリーミッションで30個。ログボ1週間で110個。ウィークリーミッションは無い。
普通に遊ぶだけだと1週間で320個でガシャ2.13回分。シャニの8分の1以下。キャンペーンでのログボなどで配っていく分もあるだろうが、無課金でもガシャを多く回したいならシャニが圧倒的に多い。
更にシャニにはTrue Endという大量にジュエルが貰えるシステムがあるが、これを含めなくても既に配布石が多すぎるので略。
シャニはSSR5%。プロデュースSSRが2%、サポートSSRが3%が同じガシャから出る。300連で天井。(リリース当初は天井がなかった)
ウマは、最高レア3%。育成と、サポートが別のガシャになっている。200連で天井。
育成とサポートで別のガシャになっているのは一長一短あるだろうが、単純に確率がウマの方が低いのでキツくなる。リリース時から天井があり、その天井もやや低くめの設定になっていることろには良心を感じる。でも、天井も育成とサポートで別だしやはりキツイ。
別にどちらが優れているとかではなく、やってて楽しい方や、好きな女の子がいる方をやればいいと思う。
でも、無課金でもガシャがいっぱい回せてかわいい女の子がいっぱい手に入るのはシャニマスだと思う。グレフェスつまらなくてもシャニマスをやりませんか?(ダイマ)
でたよ、ブコメ、「損害賠償を請求すればいい」。簡単に言うよなぁ。警察に行けばいい、弁護士に相談して訴訟すればいい、いやぁ気持ちのいい正論ですな。しかしこういう人って自分のトラブルの時にほんとにちゃんとこういう対応してるのかね。
まぁ、この手の「話が通じない存在」が近くにいれば訴訟するレベルまでこじれるリスクが高いってことでしょ。それを避けようと思うのは自然な心理だけど・・・おっと、口にしたら差別だからいけないんだよね。
女子校の通学路凄まじいぞ。自転車の男に追いかけられてエロい質問されたり援交誘われたり、朝歩いてて露出狂が1人いるなあと思ったらまた別のが1人現れたり、夕方もまだいたりする。あと車に抱きつく不審者はあれだ、自転車のサドル盗んだり舐めたり体液付着させるタイプだ
そういうの知ってるから『ひだまりスケッチ』が楽しめないんだよなぁ。あんな防犯皆無なアパートに女子高生が住んでるとかあり得ない。まともな親ならあんな所住ませないわ。
『ゆるキャン△』は楽しく観てますが、時々(人里離れた場所に女子高生だけなんて、大丈夫かな…)と思ってしまう
障碍者差別だって簡単に言うけど、接した事ないからそういう事言えるんだよなぁ。もちろん、ちゃんと教育されてる人もいるけど、そうじゃない人は本当やばいからね。私は小学生の頃、後者に当たった事があって怖かったけど、大人になってから前者に出会って「ちゃんと教育されてる人もいるんだなぁ」って感動したもんwどっちも知的障碍者さん
3年前私は夫婦別姓を選択して結婚した、といっても法律婚ではない別姓なので事実婚だ
周りから同棲と何が違う?と言われないように結婚式もあげた、合計300万くらいかかったが夫が全部出してくれた
結婚生活には大きな不服は無く子供は出来たらいいね~程度でセックスをして子供ができた
結婚する前の事前調査で事実婚だと子供は私の姓になることがわかっていたので当然のように子供は私の姓にすると思っていた
だが生まれる直前になって夫が子供を自分の姓にしたいと言い出した、
そっちが姓を変えるならするよと答えたが夫は拒絶した、当然だろう、それがお互いできるなら初めから法律婚を選択している
そこで夫が出してきたのが家庭裁判所の許可があれば夫の氏にできるということだ
そんな簡単に許可が下りるものなのか私は疑問だったが夫はできると強弁した
ならばと一人目は私の姓で、二人目は夫の姓にしてはどうだろう?と提案もしてみたが夫は逆が良いという
私は結婚前から子供は私の姓になるとお互い了承していたじゃないかと絶対に譲らなかった
今から考えるとなんでそんな事にヒートアップしたのかわからない
もうすぐ育休が明ける、私は仕事に戻らなければならないが保育園は決まっていない、だが保育園が決まったら実家を出て東京に戻らないといけない
仕事にも東京にも戻りたくない、まだ立ち上がったばかりの子供を預けて自分が仕事をしなければならないなんて気が狂いそうになる
そもそも仕事もそんなに好きじゃない、月末月初は毎回残業になり年末は12月31日まで仕事があるような状況に戻るとか正気の沙汰じゃない
なんであの時私は意地をはったんだろう、私がずっと欲しかったのは自分の姓じゃない、家族だったはずなのに
何故姓にこだわり家族を手放したんだろう
いや夫だってもっと早く法律婚じゃなきゃ絶対嫌だって言えばよかったんだ、理解あるふりして今は夫婦別姓でいいと思うよなんて言わなければよかったのだ
子供ができたことは後悔していない、子育ては嫌いだが子供は好きだ、いや他人の子供は嫌いだが自分の子供は好きだ、子供と別の姓になることは今でもやはり考えられない
どうか私と同じ底辺の女性にだけは聞いてほしい、こんな状況になったからこそわかる
夫婦別姓はすべての女性のためにあるものじゃない、あれは強者女性が強者性を維持するためのものだ
私たちのような経済弱者が夫婦別姓を選択しても、私たちが強者女性になることは無い
誰もそうしろなんて言っていない、お前がそう選んだだけだ、男が悪い、男を見る目がない、どうせ散々叩かれるんだろう
来年度から一人暮らしで自炊どうしようと思っているなら、これだけは心に留めておいて欲しい。
母ちゃんのことは忘れろ。
もう一度言う、母ちゃんのことは忘れろ。
人によっては父ちゃんかもしれないし爺ちゃん婆ちゃんかもしれないが、ここでは便宜上今まで飯を作ってくれた人という意味で母ちゃんを使用する。この呼称が気に入らない人にはこの話は多分有益なものではないので帰ってくれ。
いいか、自炊においてもっとも大切なのは自分のレベルにあったものを作れるかということだ。
卵焼きでもカレーでもなんでもいいが、まずは自分のレベルを見極めろ。
自炊の失敗でよくある話がこの手のレベルを見誤って嫌になるパターンだ。
そしてそのレベルを誤る要因になりやすいのが母ちゃんなわけだ。
一人暮らしをするぞ、よし母ちゃんに料理を習うぞと意気込んで母ちゃんの料理を真似しようとすると大抵失敗するかハードルが高くて諦めるわけだ。
何故かといえば理由は簡単だ。レベルが違うのだ。料理は基本スキルではなく、経験値によって左右されるものだと思って欲しい。
料理したことなければ雑魚オブ雑魚だし、大して美味いもの作れなくても場数さえこなしていればある程度のレベルには到達する。
自炊未経験者が味噌汁作るのにヒーヒーしてるのに何で母ちゃんはあんなに簡単に作れるのかと言うと、母ちゃんにとって味噌汁は毎日戦ってる雑魚モンスターだからだ。
母ちゃんはゲームを何周もしているしRTAも縛りプレイもこなしてきている。そんな歴戦の強者の母ちゃんの「簡単」と所持ポケモンがせいぜいヒトカゲとコラッタ程度の「簡単」には天と地ほどの差がある。
あと動画のレシピも危険だ。簡単そうにみえるが、あれも中身はミュウツー複数所持の危険な奴だ。ミュウツーを瞬殺できる奴だけが使えると思え。
実家にいるなら、まずは皿洗いだ。
皿洗いの経験値が増えると料理に必要な道具を理解することが出来る。
それにいきなり料理の手伝いをしたいと申し出ても、母ちゃんは忙しい。くそ雑魚に構っている暇はない。
台所の動線も料理の大事なポイントだ。間違っても一人暮らしハイで変な便利グッズは買うな置くな。必要最低限の動きをマスターしろ。
包丁を使うのが難しい、億劫だという声に負けずに包丁を振るえ。10年もすれば自然と包丁を動かせるようになる。それまではトキワの森で修行していると思え。お好み焼きのキャベツは適当な大きさでもいいので練習にちょうどいい。思うままに切れ。
味付け、火加減も慣れの賜物だ。最初は「油がはねそうで怖いよ~」なんて恐る恐るフライパンに野菜を入れていたのが母ちゃんは無心で入れられる。何事も経験だ。母ちゃんクラスになると目分量というスキルが使えるが雑魚には真似できないものだと思え。目玉焼きは何度も焦がして作れ。卵焼きは塩でも砂糖でもいい。思うまま好きに作れ。
それから一人暮らしをするなら、どんな自炊生活にするかを事前に考えておくと台所に余計なものがなくて快適な自炊ライフを送れるぞ。
母ちゃんが「よかれ」と思ってアナログのスケールとか泡立て器とかおろし金とか買ってくれるかもしれんが、マサラタウンにさよならバイバイした直後のやつにかいふくのくすりなどいらないのだ。まずはキズぐすりだけ使っとけ。
更に自炊を毎日と設定するか隔日にするか、週末に作り置きを作るかなど頻度や量も予めいくつか考えておいた方がいいだろう。
勝手に毎日やるもんだとハードル上げてもくじけるだけだ。最初は週末作り置きから始めておけ。
まとめると、自炊初心者が心折れて自炊を止めてしまうのは自炊のレベルを見誤ったことが原因のひとつと考えられるということだ。
母ちゃんは労れ。
その瞬間が母ちゃんの報われる瞬間だ。
夫婦別姓議論で変だよなと思うのは、国際結婚だと基本夫婦別姓で申請できて(同姓も選べる)、この時点で別姓にした場合あとで同姓にするには家裁に申請を出す必要があるんだが、その時に「同姓にしなければならない理由」をかなり延々と書かないといけないんだよね。子供の親子関係が〜とか病気の時に〜とか白々しく書いて、なおかつ、一度姓を変更すると簡単には戻せませんが本当にいいんですね?て念押しされんの。
いやそれ日本人同士の時にもしっかり聞くべきじゃねーの、なに問答無用で改姓を強制してんだよと。そもそも「同姓にしなければならない理由」を婚姻時に強制する際に国がよく夫婦に説明して納得してもらうべきなんじゃねーの。
後方腕組みさんなら分かっているだろうけど、許認可でゴーサインが出たタイミングにみんなが一斉にやりがちだから目立つんだろうね。
マイクラは作業と言いつつ雑談用途に使え、しかも緩い交流もしやすいという点である種のプラットフォーム化しているから仕方ないしゲーム枠と言い切れるかさえあやしいけど。
資格なりもっと広く勉強枠なり見てみたいとは思う。でも、それを見てて楽しいコンテンツにできるのは相当に腕がないと難しいと思うよ。もともと学習系のYoutuberみたいに来る層が限定されているのと違って、見る側も層が広いから、ある人にとっては簡単すぎてかったるいライブになっても別のある人には難しくてついてけないものになるだろうし。
新コンテンツの開拓をやろうという気配は見えるんだけどやっぱり難しいのか、結局、テレビ番組をまねたようなお話コラボとか無難なお料理(コンテンツ化までもっていけた人が約一名いたけど)とかになっているところを見ると、ゲームと対になってくれるほどのものは中々見つからないないようだね。
解像度が高くなるというのは簡単に言うとデータが大きくなるということだ。
粒子、ピクセルの数が多くなること。
解像度が高くなるということは単純に言うと画像のサイズがデカくなるということ。
ということは、解像度が高くなっているのに今までと同じ距離で見ていると、
全体像を捉えることが出来ないということになるのだ!
それをわかっていないと細かいことには詳しいけれど……、となる。
なんで情報系なのか知らないのか
そういうレベルなんだよ
プログラミングとかやれば簡単になんでも作れてお金儲かるみたいな発想なんだよ
マイクラ作者が大儲けとか
ビットコイン作者が大儲けとか
ユーチューバーが大儲けとか
そういう言葉に夢を見てんだぞ
さっき台所でガサゴソ音がするから見に行ったら夫がいつか買ったちんこ型とりキットを準備していた。
「手伝ってくれ。」と言うので何をどう手伝うのか聞いた。まずやかんでお湯を沸かしてほしいと。お湯の温度は32度ほどでいいらしいのでほどほどに沸かした。
それからボールにお湯をはったあと、夫の部屋に運び、温度計で適温かどうか確かめた。
そしてここからが難しい!このお湯にちんこの型になる石膏の粉を流し込んで45秒以内に練らなければならない。そして2分以内にちんこに装着し柔らかいうちに型をとる。
私がかき混ぜている間、夫は石膏を流し込むプラスチックの筒を急いでちんこにあてがい「あと○秒!クソッ、勃ち続けられるか?おっぱいを出してくれ!」と叫んだ。駐輪場に聞こえていたら嫌。
言われたとおり私はおっぱいを丸出しにし一心不乱に石膏の粉を混ぜまくった。あと10秒、5、3、2、1…できた!!!
「早く流し込め!!!」注ぐときボールからドボォと石膏が溢れまくり床に白い水溜りができたが、気にしている余裕は無い。しかしここで問題が。「ちんこの角度が合わない!」もっと根本に差し込もうと夫は上半身も服を脱ぎ完全に裸になった。ちんこに合わせて筒も持ち上げたため石膏がまた溢れ出てくる。
「全然気持ち良くない!ちんこがもつか心配だ…あと何分この状態を保てばいい?」
夫のスマホでちんこキットの解説動画を確認するとプラスチックを触ってみて石膏が固まっていそうならもう良いということだったので外してみた。果たしてちんこの型はとれただろうか。
結果から言うと、これは失敗だった。大量のティッシュで床の石膏を拭き取り今日のチャレンジは終了。
ちんこの型をとったら形見にしたいなどと夢を語っていたが、やはりちんこの型というのはそう簡単にとれるものではないらしい。
再チャレンジするなら腕立て伏せの姿勢で挑戦したいということだったが私はもう手伝わない。もう2時。明日子供の弁当作らなきゃいけないのに。この男は何なんだよ。
俺は昔、はてなブログでブログを書いて、昔でいう「プロブロガー」をやっていた。
1級身体障害者の炎上ブロガーって言えば、古参のはてなーなら知っている人もいるかもしれない。
元フジテレビアナウンサー・フリーアナウンサーの「長谷川豊」にブログ記事をパクられた人、っていえば思い出す人もいるかもしれない。
もう過去の記事は全て消したが、「だいちゃん.com」(https://xn--n8jvce0l6c.com/)っていうブログを運営していた。
そんな俺は今、大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている。
知っている人もいるかもしれないが俺はとあるきっかけで、はてなブログを追い出されてWordPressにブログ記事を全部引っ越しさせてブログ運営を続けていた。
だが、はてなブログ時代は主にはてなブックマークからの流入がメインだったから当然、WordPressではブログ運営が上手くいかなかった。
Googleアップデートなんかの煽りも受けて、ブログ運営のみの収入で生活をすることが困難になった。
ブロガー時代の俺に「自分のところでライターをしないか?」というお誘いを受けて、アフィリエイト記事を執筆するライターなんかもやっていた。
ライター収入で一時期は生計を立てていたが、他人のブログの記事を書くということに面白みを見出すことが出来ず、ライターとして生計を立てるということも辞めてしまった。
でも、どうにかして収入を得て生活をしていかなければならないから、俺は頑張って就職活動を始め、今は大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている訳だ。
もう、昔のはてなアカウントも消してしまって、はてなには全く顔を出していなかったが、少し懐かしくなって今、増田で記事を書いている。
ちなみに、俺は1級身体障害者ということもあって、今の会社に就職するまでまともな職歴はほぼ無い状態だ。
20歳の時には1級身体障害者になって、そこから半寝たきり状態で20代前半を過ごしたりしてきたし、リーマンショックなんかの煽りも受けて、なかなか就職が決まらず……。
そんな俺でも障害者雇用枠でなんとか大手企業に就職することが出来たから、どうやって就職をしたのかをちょっと書いてみようと思う。
まず、俺のスペックを書いていこうと思う。
・性別:男
・年齢:30代半ば
・職歴:ほぼ無し
・所持資格:「日商簿記2級」「MOS Word」「MOS Excel」等
こんな風に、俺のスペックはボロボロだ。しいていうなら、顔が若干良いくらいだ。
しかも、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
でも、こんな俺でもなんとか就職することが出来た。
一番この増田を読んでいる人達が気になっているのはここじゃないだろうか?
こんなボロボロのスペックでどうやって大手企業の障害者雇用枠、しかもリモートワークという狭き門での就職を成功させることが出来たのか。
その道のりは簡単ではなかったよ。かなりの苦労がここにはあった。
まず、どうにかして障害年金以外の収入をすぐに確保しなければならなかった。
幸い、ブロガーやライターをやっていた時の収入は殆どを貯蓄に回していたから、なんとか貯蓄を切り崩しながら生活をできていたが、自分の経歴の酷さは分かっていたから、すぐに就職先が決まることは無いと判断した。
そんな俺でも就職するまでの間、障害者だったら収入を得る方法があった。
それが、
という方法だ。
障害者職業能力開発校は、通っている間は失業保険の手当を貰える状態にある人は、失業保険の手当の受給期間を通っている間は延長してもらうことが出来る。
でも俺は、失業保険なんていうものに加入はしていなかった。当然だ。俺はブロガーでライター、個人事業主だったからな。
答えは「NO」。
障害者職業能力開発校に通っている間、失業保険の手当を受給出来ていなくても、障害者なら「職業訓練手当」という給付金を貰いながら通うことが出来る。
貰える金額は障害の等級によって違うが、1級身体障害者の場合は月に約12万円ほどは貰うことが出来た。
都心に住んでいる人からしたら、こんな金額じゃ生活出来ない! と感じる人もいるかもしれない。
幸い、俺は九州の田舎に住んでいるから、月に20万円もあれば十分に生活は出来る。
そうやって、収入の基盤をなんとか確保した。
ちなみに、俺が通っていた障害者職業能力開発校は、訓練期間が1年~2年。
通常は1年だが、「プログラム設計科」という、プログラミングを学ぶ訓練だけは2年コースになっている。
そこでプログラミングを学びながらプログラマーを目指していた。
でも、俺は「基本情報技術者試験」の午後問題の「アルゴリズム」と「プログラミング」の問題を殆ど説くことが出来なかったんだ。
「ああ、俺、多分プログラマーには向いてないわ。」
そして、就活をし始めた年齢が30代だったということもあって、30代で未経験プログラマー、しかも1級身体障害者で残業の出来ない状態では無理ゲーだろうなー、と思って、次第に「パソコンに強い事務員」として次第に就活をし始めた。
この部分がいつも就活において引っ掛かって、いつもいつも不採用だった。
それ以外もだいぶ酷い経歴だが、この部分が一番引っ掛かっていたと思う。
あとはやはり、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
を抱えているという部分だ。
でもこの部分は通院しなければならない為、しっかりと企業側に伝えておかなければ就職した際に通院出来ない、という状態になる。
でもある日、学校からの紹介でとある大企業の特例子会社への就職の話が入ってきた。
職歴ほぼ無しの俺にはかなり良い条件だった。
でも、問題点が。
俺の住んでいる地域からかなり遠い企業で、引っ越しをしなければならなかった。
俺が健康体なら別に引っ越しをするくらいはかまわなかった。だが、俺のような1級身体障害者で病院をいくつも通っている人間は、遠い地域へ引っ越しをする場合、病院を全て1から探し直さないといけない。
特に、人工透析を行っている病院の変更はとても手続きが大変だ。
病院との相性もある。
週に3日、1日5時間も延命治療を受けなければならない病院だ。ここの部分で相性が悪ければ恐らくストレスで精神がやられてしまう。
実際、俺が今通っている人工透析の病院を見つけるまで相性の悪い病院に通っていて精神がやられた過去があるから、その部分だけは本当に注意していた。
そういった事情もあって、最初は就職に前向きに検討していたが、だんだんとそういったことを考え始めて、そこの会社への就職は断った。
その頃、今世界中で流行している感染症が流行り始めていた。それも俺が就職を断った理由の一つだ。
俺が引っ越しをしなければならなかった就職先の地域は、かなり感染者が増加していた。
それに、会社がかなりバスなどを乗り継がないといけない場所にあって、人工透析を行う病院まで距離が遠かった。
恐らく、毎日が病院と会社の往復という日々。1日が仕事と通院で終わるような毎日になっていたに違いない。
そうだと俺は察知して、自分を守る為にそこの会社へ就職しなかったというのもある。
こういうことを書くと、甘えだとかなんだと言う奴らが出てくるかもしれないが、俺の身体や精神は君たちが思っている以上に脆く、弱く、儚い。
これを「甘え」だというのであれば、もういい。好きに言ってくれ。
だんだん、俺の住んでいる地域でも感染症の感染者数が増加していっていた。
でも、俺の通っていた学校は建物が古く、建物自体がいわゆる3密状態になっていた。これだけは避けることが出来なかった。
それと、どうしても知的な部分に障害がある人達もいるから、感染症対策をちゃんとしない生徒もいた。
しかも、他の患者さんと一緒に治療を受けているから、下手したら自分が感染すると病院全体が一時閉鎖しなければならない、という状態だ。
家には高齢の親もいる。
だから俺は、絶対に感染する訳にはいかないと思い、少しでも感染リスクのあることをだんだんと辞めていった。
俺はそうやって学校を辞めた。
ここの部分も、Twitterなどで発信していたら、
「お前と同じ障害を抱えているけど、俺は感染リスクのある仕事をしているんだ!! 甘えるな!!」
みたいに言ってきた奴がいた。
お前はお前、俺は俺だぜ?
お前はリスク管理が出来ていない。
俺はリスクのあることは全て排除して、徹底的にリスク管理を行った。ただそれだけの話だ。
お前は勝手に感染リスクのある仕事をしてくれ。俺は感染リスクのあることが徹底的にしない。だって命が惜しいからな。
人の命だってかかっているんだ。
俺は自分が感染するリスクも取りたくないし、他の患者さんや親を感染にまきこみたくなかった。
俺は障害年金は貰っていたけれど、それ以外の収入が学校を辞めたことで本当に無くなってしまった。
障害年金は月に約7万円ほどだ。でも、俺は実家暮らしだが実家もそこまで裕福ではないから障害年金の殆どを家に入れていた。
正直、感染症が収まるまで通勤での勤務もするつもりが無かったから、そこで一旦、就職活動したいを辞めていた。
すると、以前ライターをさせて貰っていたクライアントさんの一人が俺に仕事を振ってくれるようになった。
以前のようにライターの仕事では無いが、生活出来るくらいの金額になるように仕事を振ってくれていた。
ちなみに、その人は俺がライター自体を辞めて障害者職業能力開発校に入るとき、
といった意味を込めてなのか、カニを大量に送ってくれた為、俺の家族の間では、
「カニの人」
として周知されている。
その人がまた、ライターの仕事ではないが仕事を振ってくれるようになった。
その収入だけでも正直、個人事業主として生活は出来ていた。だが、その人は法人の社長ではない。あくまで個人事業主だ。
クライアントが個人事業主だと、どうしても将来的な収入が不安になる。
でも、俺は感染症のリスクを負ってまで就職する気は更々無い。でもやっぱり将来的な収入が不安だ……。
そんな葛藤をずっと抱いていた。
ある日、Twitterをいつものようにやっていると、とある就職エージェントの広告が目に入ってきた。
取り敢えず、登録だけしておいても損はしないな。まあ、今すぐに就職をする気は無いが、感染症が収まったらやっぱり企業勤めをしたいから、恐らく就活を再開するからな。
そんなことを考えて、本当に取り敢えずで登録だけしてみた。
俺は、
「すぐに就職をする気は無い。でも、リモートワークなら就職したいかも。」
みたいなことを、エージェントの就職担当者に話したような気がする。
へ流れで登録することになった。
なんか、いちいちあっちのサイトこっちのサイトって登録するの面倒だな……なんてことも思ったりしたし、リモートワークでの就職は倍率がめちゃくちゃ高くてなかなか決まらないということを、俺は実体験から分かっていた。
今まで、リモートワークでの就職を何度も試みて、全部の企業から落とされているからだ。
でも、やっぱり登録をするだけしておこうと思って、その会社へ登録だけ済ませた。
リモートワークで仕事をすることが出来たら、感染症リスクもだいぶ抑えられるからな。
個人事業主としての収入もあったが、安定はしていないと判断して、俺は安定収入を取ることにした。
ちなみに、就職エージェントの就職担当の方が、俺の履歴書の書き方が下手だからと、履歴書を添削してくれた。
そしてアドバイスもしてくれて今まで出していたものとは見違えるような履歴書になった。
俺みたいに酷い経歴でも、書き方次第である程度は改善できるのだな、と思った。
ちなみにアドバイスの中でも、抱えている障害や病気のことはしっかりと書くように言われた。
書くと就職には不利に働くかもしれないが、そこをちゃんと理解してくれる企業じゃないと長く働けないから、ということだった。
話を戻すけど、その就職エージェントが紹介してくれるのは、大手企業ばかりだった。
でも、来る日も来る日も全ての企業へ応募しても、書類選考の時点で落とされていた。
心が折れそうだった。
だけど俺は諦めなかった。
俺は正直、名前すら聞いたことが無かった。というのも、俺は主にIT企業へ事務員として就職を試みていたが、ITとは程遠い企業だったからだ。
俺はどうにかして就職をしようと、面接マニュアルを読み込み、YouTube撮影用のカメラの前で面接の練習をしてそれを録画。
動画にして自分の面接での喋り方、話す内容等を面接の日まで毎日見直していた。
そういった努力も実ったからなのか、俺はその1社へ就職内定が決まったんだ。
パソコンに強い人材があまりいなさそうな業界、という部分も良かったのかもしれない。
晴れて俺は、大手企業で障害者枠でリモートワークで就職が決まった。
後編へ続く。
産業が陳腐化して経済が衰退した地域では排外的なナショナリズムを支持する声が強くなる。逆に衰退していた地域でも新たな経済機会がみつかり経済が良くなってくると住民の投票行動が変わるらしい。まあ簡単に言うと貧乏になって生活に余裕がなくなると極端なナショナリズムに走りがちだということだ。拡大解釈になってしまうが、これは人が何らかの悩みやコンプレックス、トラウマなどを抱えているとそれを補うために思考が偏っていってしまう可能性を示唆していると思う。
最近の例だと、
https://anond.hatelabo.jp/20210218193205
「アラサー腐女子だけどいつの間にかツイフェミになってたから絶望した」
で、「困っている人や現場のことを使って男性を責めたり自分を守っていないだろうか?」という問いがある。
この増田はなにか嫌なことや、悩み、問題があった際にそれは男性社会のせいだという結論を得るまで思考を続けてしまう自身に気づいた様子を投稿。人気エントリとなった。
「自分のコンプレックスを他者の責任にしてしまっているだけの場合がある」
まさにこれで、多くの人は自身は理性的でフェアな思想をもった人間だと自負しているだろうが、実際はそんなことはなく多くの人が自身の悩みやトラウマ、コンプレックスを補うような自身をフォローするような思考をしているはずだ。
「悩みやトラウマ、コンプレックスがあったり生活に余裕がないならば思想が偏る」
「思想がフェアであるためには悩みやトラウマ、コンプレックスなく生活に余裕がある必要がある」
も真になってしまう。つまりあなたが理性的であるためにまず取り組まなければいけないのは自身の悩みやコンプレックスと向き合うことだ。
おまえはリクルートという会社をどういうふうに思っているんだ案件
むしろ電話1本で呼べるだろその組み合わせは・・・下手すると電話すらいらないとか・・・更に運が悪いとだなぁ・・・どれほどかんたんか案件に化けるぞおい
主張が無いようだし、そもそもどうでもよいと思っていそう。
彼らは敵・味方と、自分や味方が攻撃されたかどうかだけを気にしている、
あたかも何を言うか、どんな内容を信じていうるかではなく、誰が言ってるか、
例え敵の言葉でもその中に正しいと思える内容があれば、
それの行きつく所が最悪だ。
それはとても卑しい事なのに、本人はいい事やったと思って満足気にしているのが救えない。
先日見た、軽自動車に絡み続け、Uターンから逆走してなお煽るトラックの動画が思い浮かぶ。
勘弁してくれ。見てる、いや見せられているこっちがサブイボが立つ。
ふたばちゃんねる系列の外部サイト(特撮アニメ漫画、フィギュア、人形、ミク、MMD、iwaraなど)やVTUBER信者、特にホロライブ信者の何割かもそう。
いつもくだらない嘘ばかりついている。
その嘘たちはあまりにもくだらなすぎて、ついている自分でさえ気づけないようなものばかりである。
その嘘たちについてはすぐ後で特筆するつもりだ。
思えば私は母親に「さっき嘘ついたでしょ」や「もう隠し事はしないで」という理由で叱られることが多い子供だった。
そういう時の母親の顔を思い出したので、電車の中でポツポツとこのはてなブログを書いている。ブログはおろか、文章を書くこと自体相当久々なのでどうかお手柔らかにお願いしたい。
一つ例を出す。
私が道を歩いていた時の話だ。私の目の前でサラリーマンが足元の石につまずいた。そのサラリーマンは体勢を崩しただけだったようで、転ぶこともなくそのまま何事も無かったかのように歩き出した。
私はその時の事を、ふと同僚と話をしている時に思い出す。そして私はこう語る。
「この前道で歩いてた時、石につまずいて転んじゃったんだよね」
もっぱら嘘だ。嘘っぱちだ。
ただつまずいたサラリーマンを思い出しただけなのに、私はベラベラと自分の体験談のように語っている。
全く面白くも何ともない話だ。こんなふうに作り話をして爆笑をかっさらえるなら良いのだが、私のただ転んだだけの話で話が盛り上がることもない。
それは自分でも分かっている。受けるとはさっぱり思っていない。こんな創作話でもしなけりゃ場の空気が持たない訳でもない。
なのに私は意味もなく嘘をつく。
例えば、同僚が「○○(人の名前)見なかった?」と聞いてくる。
先程私は○○がトイレに行くのを見たが、私は「見てないなー」と答える。
その子が「じゃあ○○見かけたら私が探してたって伝えて」。そう言って歩き去る。
しばらくしてから探されていた○○に会った。どちらともなく立ち話を始めるが、私は「△△が探してたよ」とは言わない。
そうしているうちに他の方向から誰かが○○に話しかけ、 「さっき△△が探してたよ」と言ってくる。私はその話を聞いて、あら大変、というような顔をした後に、「なら早く行った方がいいんじゃない」という。
私は△△が探していた、と伝えなかったことに、何も罪悪感を感じていない。
これっぽっちも。
私は本当にあら大変と思っているし、早く行くべきだとも思っている。
実際、私は「自分が△△が探していた」ことを隠していた事を忘れている。
私と同僚が二人で昼食を食べている時、
「あれ?今日の○○(アイドルグループ)の特番何時からだっけ」
と聞いてきた。
私は9時からと知っているのにも関わらず、「知らない」と答える。
同僚がスマホを開き予定を確認して、私に「9時からだって!」と伝える。
私は「へえ。私も家帰ったら録画しなきゃ」と笑う。確かに今朝録画したのに。
そして同僚が先週みたテレビの話をしだす。
「その番組がね、とても面白かったの。あのコーナーが特に……」
といった風に、私に分かりやすいよう順序を立て話し出す。
私は「私もその番組観たよ」とは言わない。観たといえば一緒に盛り上がれるはずなのに、言わない。
私が一度見た番組を、同僚が事細かに説明しているのをただ呆けた顔で見ている。
ある日同僚が「私の手帳見なかった?」と聞いてきた。
私は本当に手帳の場所なんて知らなかったので、「見てない」と返す。
それからしばらくして、私は資料の間に挟まったその子の手帳を見つけた。
けれど私は見てないふりをする。
そしてしばらくして、その子が「○○が手帳見つけてくれた!さっきの資料の間に挟まってたみたい!」と周りに報告しているのを見る。
私もその輪に混ざり、心から「良かったね」と言う。その気持ちになんの曇りもない。なぜなら私は一度見て見ぬふりしたことを忘れているからだ。
私は、手帳をなくした子が見つけた○○に向かって、「ありがとう!後でなにか奢るね」と言っているのを聞いた。その時にようやく、やっぱり見つけた時すぐ報告しておけばよかった、と後悔するのだ。
幼少期は母親に「欲しいお菓子あったら買っていいよ」、と言われて、ポテチが欲しかったのに何故か「ううん別にない」と答えた。
同僚に「小銭持ってない?」と聞かれて持ってないと返した瞬間、自分のポッケから小銭の音がして焦った。
食べてもない昨日の夕飯の話をし、買った漫画を「いいなあ、私はまだ買ってないんだ」と言う。
好きでもないホワイトチョコを1粒貰って「美味しい」と咀嚼する。
後から思い返せば、「あ確かにあれは嘘だったな 」と気づくが、話している最中は嘘をついている自覚さえないのだから。
そのため私は一日に何度自分が無駄な嘘をついているのか把握出来ていない。
私がつくのは悪意も罪悪感も無い嘘だ。平常心を保ち、嘘をつく時の人間の微弱な動揺を示す必要もないような嘘。
その嘘をつくことによって何が得られるのかと言われれば何も得られないし、誰かを遠回りさせることもあるのだろう。時には自分が損することもある。
私は確かに大嘘つきだが、大損失を引き起こすような嘘は絶対つかない。
だから「嘘つきは泥棒の始まり」なんて言葉を、他人事のように聞くことが出来る。
私は誰かが後で埋め合わせをしてくれるような隠し事しかしないからだ。
別段嘘だとバレてもなんら問題はないし、後から適当に取り繕えばどうにかなる嘘ばかり。
そんなくだらない嘘だから、私は自分が嘘をついた自覚がないわけで、嘘をついた瞬間頭からすっぽり抜け落ちているのである。
後から「あれはホントの事だった」と思い込むようにすれば簡単にホントの事だったと錯覚できるような、そんな嘘たち。
今思い返せば、私の呟くツイートだって半分くらいは嘘なのだ。恐らく友達に送ったLINEも、交わした世間話も自分で気づいていないだけできっと嘘ばかりなのだろう。
このブログを読み返しても酷いものだ。嘘っぱちしか並べていない。
実際、私は社会人などではなく学生だし、上の例え話達だってモデルはあっても実体験は一つもない。
何故私はこうしてくだらない嘘ばかりつくのだろうか?
かっこいい男子の中でも、そのイケメンはとにかく群を抜いてイケメンだった。
学校の九割くらいのヤツは、そいつの名前を知っていたんじゃないかと思う。道でたまに人が振り返るレベルのイケメンだ。イケメンすぎて常に噂になっていた。
Aはイケメンなだけじゃなくて運動も出来たし、頭も良かった。そしてなんでも器用にこなせた。今思い出しても欠点が何一つ思いつかない。贅沢なヤツだ。本当に漫画に出てくるようなイケメンだったのだ。
そして何故かそこで俺が出てくる。
俺とAは死ぬほど仲が良かった。
しかし、俺は陰キャである。顔も全く良くなくて、学力は中の下、運動神経は下の中。だから、慶応まで余裕で受かると言われていて!球技大会では毎年MVPをかっさらっていたAが、なぜ俺を気に入っているのかがさっぱり分からなかった。
俺はそいつと高一の時に同じになったんだけど、初めてAの顔見た時びっくりした。こんなイケメンがこんな辺鄙な場所にいたんだ、と思った。
Aは、いつだって一番に俺に話しかけに来た。朝俺が登校してきたら、陽キャの輪から離れて俺のところに来た。
体育の時は毎回俺とペアを組みに来たし、クラスが変わっても毎度俺に教科書を借りに来た。
借り物競争で「親友」のような紙が出た時、Aは俺を連れて走ったくらいなのだ。Aの足が早すぎて俺が文字通り足を引っ張ったのを覚えている。(知り合いの腐女子にその話をするとどっかのBLで読んだと言われた)。
しかもAは病的で、俺に合わせて大学の進学先まで変えた。慶応が射程圏内の癖に、Aは俺の行く予定の地元のクソザコ大学に進学先を選んだのだ。俺は動揺して「お前なら○○大学(隣の県の国立)でも簡単に受かるだろ」みたいなことを言ったけど、Aは「大学とかどこでもいいし。お前とと同じところに行きたいから」みたいなことを言って笑った。
Aとは家がやけに近所なこともあって、よく一緒に最寄りのラーメン屋に出かけた。たまにAの部活のヤツらに混ざったりしたが、ほとんどは俺とAの二人だけで食べた。
Aはよく俺にラーメンを奢った。たまに「俺が払うよ」と言ってみたけれど、その度スマートに断られた。Aは何から何までイケメンだった。結局俺とAは卒業までに五十回くらいそのラーメン屋に行ったと思う。
その度に俺たちは爆笑しながらラーメンを食べた。Aはイケメンだからか、一緒に話していると気持ちいいのである。Aとは何を話すにも楽しかったのだ。
俺とAはどんなときもつるんでいたので、互いのことはなんでも知り尽くしていた。
Aの好きなポケモンも、スプラの時に使う武器も、紅しょうが嫌いなことも、イチゴ味が好きなことも。
Aはイケメンなのにも関わらず、一度も彼女を作ったことがなかった。どうやら学年で一番可愛い女子に好かれているらしかったのに、Aは「あんまそういうの興味無いから…」みたいなことを言っていた。そんなセリフ死ぬまでに一度くらいはいってみたいものである。
Aと一緒にいることで、少し俺もモテるようになった。「Aはレベル高すぎだけど、俺くんくらいなら丁度いい(笑)」みたいな具合である。結局俺はAの添え物でしかなかった。
みんな、俺とAがずっと一緒にいることを不思議がっていた。「イケメンのAとなんで陰キャのお前が?w」みたいなセリフを遠回しに何度も言われた。
その度俺は嫌な気持ちになった。
どんな時だって、Aが褒められている横で俺は居ないもののように扱われているのだ。
Aが食堂のおばさんにハートを飛ばされている時、俺はそのAを隣でただ見つめていた。Aが98点の答案を貰っている横で、俺は55点の答案を握りしめていた。
俺みたいなやつが努力しても、Aに勝てることは一切ないのである。
Aはとにかく俺を惨めにさせた。自分が悪いのだけど、何だかAといるのが苦痛で仕方が無くなった。
一緒にいて楽しいけれど一緒にいたくなくなった。
俺とAとで高2終わりの春休みに遊びに行った時だ。
多分近場のショッピングモールの帰りだったと思う。俺たちは家が近いので、毎度の如く帰りの路線バスが被っていた。
Aは「今日楽しかった」「ゲーセン確率来てよかった」「マックはもう米とコラボしない方がいい」みたいなたわいない事を楽しそうに話していた。
Aはその日もかっこ良かった。
服屋の店員はAに必死に服を勧めていたし、女の子から一人声をかけられていた。
俺はAの隣で、そんなことを思い出していた。
「Aと一緒にいると死にたくなる」
俺はその時、何を思ってそういったのか覚えていない。多分この時のことが嫌な記憶すぎて封印してしまったんだと思う。
悪い冗談だったのか、それとも割と深刻さを伴って言ったのか。
いずれにせよ、Aが笑い飛ばせば済む話だった。「何言ってるんだよお前!」と俺の背中を叩いてくれでもすればよかった。もしくは俺が、「なーんて冗談だよ」と言って笑えばよかった。
Aの大層綺麗な顔は、目に涙をためて歪んでいた。
俺はそのAの始めてみる顔を見て、陰キャ特有の「あっ…」という声を出してしまった。ごめん、と謝ろうとしたが、でてこなかった。
Aは俺から目を逸らしたあと、「今までごめんね」的なことをポソリと言った。Aのセリフの中身は忘れた。
その日以来、Aが俺に話しかけることはなくなった。
で、俺たちは高校卒業辺りまで一度も話すことは無かった。Aがいない日々はまあなんかあっさり受け入れられてしまった。元々Aとは住む世界が違ったのだ。少し虚しかった。
俺たちが喧嘩別れ?のようなものをした後、すぐAは彼女を作った。噂ですぐに流れてきた。本人からその話を聞くことは無かった。
Aはあんなに「彼女を作らない」と言っていたのに、存外簡単に作ってしまったので驚いた。俺たちが話さなくなってすぐの事だった。
廊下ですれ違っても、俺らは軽い会釈すらしなかった。完全に仲違いしていた。
ようやく俺とAが喋ったのは、もう本当に卒業間近の事だった。卒業式二週間前、くらい。
俺が一人で廊下を歩いている時、Aに「おい」みたいな感じで話しかけられた。
一瞬誰の声か分からなかった。
けど、後ろを向けばAがいた。懐かしさは不思議と感じなかった。俺が多分毎日毎日、Aを遠くから見ていたからだと思う。俺は少し泣きそうになった。
俺はAの名前を呼んだ。多分少し震えていた。
Aは俺を見て少し気恥ずかしそうに笑った。イケメンだった。そしてAは気まずそうに言った。
「俺、大学変えたよ。お前と同じ所じゃなくて、〇〇大学に行くことにした」
俺は「あっ」と言った。そして「そう」とも。
Aは俺が死んでも届かないくらいレベルの大学に行くらしかった。俺はまた辛くなった。
Aが言う。
「今度の土曜授業の帰りラーメン食いに行こうぜ。久々に」
俺は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。俺は「うん」と答えた。何だか女々しかったと思う。
そして俺とAは1年ぶり近くのラーメン屋に行った。
マジで話すことが尽きなかった。話さなかった9ヶ月くらいを埋めるように喋った。俺たちは4回くらい替え玉して、5時間くらいカウンターに居座った。
何から何まで話し尽くした。受験が辛かったこと、彼女の束縛が酷いこと、他にも色々。基本はくだらないことばかりだったし、時々それに挟まって将来への不安を語った。
もう本当に楽しかった。
俺はAが好きだった。もちろん友達として。多分その時のAもそんな感じだったんじゃないかな。知らねえけど。
ラーメン屋から出ても、ずっと喋っていた。俺たちは1度だってスマホをいじらなかった。言葉が溢れて溢れてたまらなかった。
途中で俺は「あの時はごめん」と謝った。Aは少し間をあけて、「気にしてねえよ!」と俺の背中を叩いた。
俺たちは卒業間近に仲直りしたのだ。
卒業して、俺たちは完全に別々の道に進んだ。
バカ大学の俺と、エリート大学のA。それでも俺たちは未だに連絡を取りあっているし、そろそろAはこの街に帰ってくる。
その時また俺たちは替え玉を何度もしながらラーメン屋で語り合うのだと思う。
俺はその日が楽しみで仕方がない。