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はてなキーワード: 矛盾とは

2017-10-24

思ってた通りポリコレもただの差別主義者だったな

いか自分ポリコレである闘争も遠巻きに見てて

いざ終わってみるとポリコレも真っ赤な差別主義者だった

この言い方が差別主義であるってのは何の反論にもなってない自分差別主義者で構わない

そうやってお前は〇○だという言い方を使う人間差別を抱えてないわけがない

差別主義者を自称する俺はポリコレ差別主義者だと断定するし

ポリコレはそれを聞いてお前は差別主義者だと返すことでポリコレ差別主義者を正とする

これで馬鹿とかアホとか言葉を言い換えてきても結局差別に他ならない

ポリコレはこの矛盾を抱え続ける限り欠陥品でこの矛盾を解消する手立ては未だにポリコレは持ち合わせていない

頭が悪いやつがなりたがるSJWポリコレ自分の日々のストレスをぶつける正当化の道具に過ぎない

弱いリベラルが夕暮れ、弱者男性を叩く

リベラル弱者男性を叩いてるのホント地獄

反捕鯨団体の奴らが毛皮のジャケット着て

ハンバーガー食いながらデモしてたらどう思うのよ。

こんな奴らに説得力があると本気で思ってんの?

自己矛盾に本気で気付かないのか、あえて目を逸らしてるのか。

「それとこれとは別!」とでも言うのか?違わねえよウスノロが。

これダブスタなんて生易しいもんじゃないぞ。

この点を自認できてない時点でリベラルってほんとクソ。

弱者属性ラベリングするなんてことが許されてたまるか。

そんなの許したら声をあげにくい新しい弱者が生まれて終わりだろ。バカが。

投票における棄権意味とか議論の前提とか

はじめに

はじめに断っておく、

この記事政治的な主張に基づいていないということだ。

まり、私の言いたいことは政治ではなく選挙における投票行為意味であって、それ以上それ以下でもない。

議論をしたいわけでもなく「せめてこれぐらいはわきまえて議論してほしい」と願うだけの文章である

である普段論考に慣れていない人には少し細かすぎる理屈かもしれない。

だが、「せめてこれぐらいはわきまえて議論してほしい」の理由には意味のある主張には必須だと思われる。

必ず読んで!ではないので、できれば読んでほしい。あと僕の思想がにじみ出た範囲は勘弁してほしい。

投票行為選挙活動

言うまでもないが、投票する権利国民に与えられている。条件は18歳以上。日本国憲法は具体的に指示まで出してくれないので、”民主的に”国会によって法律で決められる。

選挙活動も年齢などの条件を満たせば認められる。

選挙活動は”他者投票行為”に関与する行為強制は除く)を含むので、「ルールを守って投票先をおすすめしましょう」となる。

因みに「できるだけ投票に行きましょう」も選挙活動と言える。理由は後述する。

選挙活動がなければ、メディア以外の情報はなくなるので、選挙を行うのは事実上できないと言える。メディア選挙活動の様子と、世論調査結果を報道するとが主な発信となるし、選挙活動が起点となって世論調査となるので、選挙活動を嫌う人は多いが、そもそも選挙活動がなければ選挙という民主主義は成立しない。

選挙活動を嫌う根本的な理由自身の行動について指図される嫌悪感からくるもので、加えてめんどくさいので、ついつい選挙活動について、文句を言いたくなるのだ。

選挙はめんどくさい

わかりきっていることだが、選挙はめんどくさいです。

紙で投票する選挙方法時代遅れだ。選挙に行ける人は時間と心に余裕がなければ行けない。これは明らかに時代にあっていない。だが、ルール改正するには投票しなければならない矛盾を常にはらんでいる。

選挙に行きましょうはプロパガンダ

プロパガンダは悪い意味で使われることが多い用語だが、ここではその意味を含まない。「選挙に行きましょう」は政府広報だという意味だ。もちろん例外はある。

なぜ政府広報は「選挙に行きましょう」というのか、それは投票率の低下は民主主義崩壊意味するからだ。

から選挙に行きましょう」は「民主主義を守ろう!」と転換できる主張である。だが、大多数が選挙いかない(行けない)ので、これはすでに一部の国民政府広報における実質的選挙活動になっている。

選挙に行きましょう」が民主主義の唯一の回答と捉えられかねないが、それは間違っている。だが、他に現時点で有効対策は考えられていない。

白票棄権

これは票からは見えない主張を意味している。

白票は「政治に対する不信感への表明」と受け取られるのに対して、棄権票は「政治に対する無関心」と言われているのが通説だ。

めんどくさくて白票にした人だっているはずなのにそれは糾弾されない。

だが、この通説には根拠が無い。”選挙に行く人”は「選挙いかない人」と「選挙にいけない人」を区別できないので、

体良く意味付けをしただけだ。ここに気がつくかつかないかで、棄権票の意味が大きく変わってくる。

論理的に言える白票棄権の違いはせいぜいが「投票所にきた人」と「来なかった人(来れなかったを含む)」だ。これに勝手意味付けをしても議論は空論に終わる。

棄権票と民主主義

まり棄権票は一方的に「政治に対する無関心」とまとめられがちだ。だが、「選挙に行きましょう」運動意味するところは、政府が”投票システム”の変更に前向きではない印象を与える。

棄権には様々な理由があるに違いない。最近棄権理由一方的に決めつけて、自己の主張を通そうとする人が目立ってきた。

これは明らかに詭弁で強弁なのだ

時代とともに変わる民主主義

民主主義”には固定化された定義はないと言ってよい。

あえて定義するなら「平和平等国家運営しましょう」というぐらいの意味だと僕は思っている。今の投票ルールでは国民の約半数が政治に参加していない事実があるので、残りの半数をいかに参加できるようにするか、これがより良い民主主義を目指す起点となるべきだ。

選挙に行きましょう」運動だけでは逆効果だ。

オウム返しに同じことを言われては、嫌になるに決まっている。

選挙ぐらい行って当然」という主張は、すでに時代遅れだ。

残念ながら主権者の約半数を切り捨てる発言になりうる。

この辺の共通認識が足りていないので、投票率に対する議論不毛に終わることが多い。共通認識確認できないのですれ違いになり、互いの主張を誤解しあうのだ。

ちなみに

私は今までのすべての選挙における投票をすませています

2017-10-23

anond:20171023215452

Fランとか地方とかは、切り捨てたいっていうか、自然淘汰でよくね?

という気持ち

努力してるFランとか地方は、滅びないと思う。

滅びを防ぐより、他にお金かけるべきところはありそうだし、どうせ滅びを防ごうとするならば、人口増加がまるっと解決しそうだから

あ、移民反対。書きそびれた。追記します。

ここは矛盾感ある。わかってます

憲法で一番おかしいのって労働義務じゃね?

まず何がおかしいって、労働してない人間が多すぎるよね。

年金制度暮らしてる老人って何?

完全に労働義務真逆存在だよね。

絶対的な法典のもとに労働義務として国を運営するなら働けないなら飢えて死ねが最低ラインでしょ。

子供はまあ仕方ないよ。

将来立派な労働力となるための下ごしらえだから

卵を産ませるためにヒヨコが大きくなるまではただ飯食わせてやるって事だから

でも卵を産まなくなった鶏は殺すべきだよね。

だって労働義務なんだもの

というか労働義務とするのなら全ての国民に職を授けるべきだよね。

自由意志自由経済を錦の御旗として労働義務が完全に遂行できる社会を作ることを後回しにしてる。

日本国憲法最大の矛盾点だ。

他はともかくここだけは改定すべきだ。

anond:20171023101309

邪推

つか、「頭良く見られたい」という発想が教義矛盾してんじゃん。

anond:20171023070458

お金が無い時ほどタバコを求めても、そもそも高収入うんたらと矛盾してるじゃないですか

2017-10-22

anond:20171022214643

その辺の人らを評価する界隈から流れ出る、

反政権的なら何でもOK的な雰囲気は、先鋭化には役に立つ。

先鋭化と政権打倒実現の矛盾意識しないのは凄いと思う。

anond:20171022144701

元増田です。

お恥ずかしながら、実存主義というワード高校倫理の授業以来です。

大学生になって活字重厚哲学書や文学ほとんど読まず…自分の無学を恥じるばかりです。



元増田無駄努力はせずにコスパ良く今の社会構造でできるだけマシとされるところに行きたい人なんじゃないかなと思う。

でもその生き方だと元増田が言うように薄っぺら人生に嫌気が差してくるんだよね。」

まさに、言い得て妙です。自分はこだわりなんてものがなくて、長く続けられたこともわずかです。流されつつも合理的に、言い換えれば情には薄く、冷淡に判断を下して生きてきたと思います

もっと単純なこと言えば、「好きなものは?」「好きな本は?」「好きな音楽は?」「好きな芸能人は?」そういうアイスブレイクも苦手です。こだわりなんてないんですし、その場に合わせて、適度な流行を加味して受け答えする作業になりつつあります

ただ、一見矛盾しているとは思いますが、好きなこと、そして、その喜び、逆に、嫌なことに対する苦しみや不快感はその瞬間瞬間感じます

ですので、それをどう”こだわり”レベルまでシフトさせるか、自分対話していく必要があるのでしょう。気づきを得られてとても嬉しいです。



物事自分がやりたいかやりたくないかだし、選んだことに対しては責任を持って遂行するしか自分気持ちが救われることは無い」

そういえば、今付き合っている恋人にもこれと同じことを寝ている時に言われたことがあります。正直、かなり驚きました。

どうやら自分現実でもこの空間でも悩みの本質やその解決となる決定打を見抜かれてしまっていたのかもしれません。これまたお恥ずかしい限りです。

自分の悩みなんて宇宙レベルで考えればかなりちっぽけですので、何かこだわりをもって生きる大切さを実際に身体で知り、自分主体性もっと大事にして生きていこうと思います。すぐになんとかなるとは思いませんが。。

リベラルは、なぜ子育て支援をやろうとするの?

保守主義「家族」価値を重視するとか、国家主義人口を維持したがるのは分かるんだけど、リベラル子育て支援を訴えている理由が分からない。

子供を生むかどうかが個人自由なのだとすれば、社会はいっさい手助けするべきではない。

人がふつう趣味や遊び方をするとき社会はその自由保障するけど、手助けをしてあげないことと同じだ。なぜ子育てだけは特別扱いなのか?

  

  

  

例えば「東京保育園を増やすべき」というのも、意味が分からない。

東京マイカーを所有したければ、相当な高収入必要になるわけだが、それが負担できない人はマイカーをあきらめる。もしくは、マイカーを持ちやす地方に引っ越すのが妥当だ。

女が子供をほしがるときもそれと同じで、自分か夫が多額の金を支払ってベビーシッターを雇うか、保育園の充実した地方にひっこせばいい。

  

もちろん、「マイカーを所有することより子育てする方がすばらしい。社会がそれを支援するのは当然だ」という意見もあるだろうが、それは保守主義国家主義の考え方である

リベラルによると、物事のすばらしさを決めるのは伝統国益ではなく、人それぞれに異なる個人価値観だ。そこには多様性があるのだから政府が一律に優遇冷遇してはならないはずである

  

もし「子育て支援」に何らかの正当性があるとすれば、子供の人権ということになるけれども、それも根拠としては弱い。

育児能力がない者が子供を産んだ場合児童養護施設にあずけるのと同様に、経済力がない者もそうするべきだ。

子供が生まれてきてしまった以上、その人権は守られなければならないが、「家族がそろって暮らすのが幸せだ」という価値観保守主義に過ぎる。わざわざ親の手元で育てなくても、児童養護施設を充実させて、子供はそこでしっかり育てればいい。

  

現状の「子育て支援」は子供支援することではなく、文字通り、子育てする親を支援するという方式を取っている。それは家族形成・維持を助ける政策なのである

ここで極端な事例をだすと、「キモくて金のないおっさん問題があるだろう。

リベラルキモくて金のないおっさんに対し、妻子を持つために自助努力するか、諦念して孤独に生きることをすすめる。べつにそれはそれでよいのだが、その場合子育て中の親を支援することにも根拠がなくなってしまうのではないか

  

https://anond.hatelabo.jp/20171021145831

  

  

  

追記

当然ながら我々の現実世界には、純粋リベラル思想の持ち主はごく少数で、いくら保守主義国家主義の要素を取り入れている。

その意味では矛盾はないし、中途半端ポジションになってしまうのはやむをえない。

だが、みずから保守主義国家主義に大きく寄りかかっていることに無自覚自称リベラルの人を見ると、なんだかなーと思う。

SNSによくいる、キラキラした理想主義者みたいなサヨクのことだよ。あれはホントに気持悪い。

anond:20171022085937

理論を正しく理解していなかった」

が、正解。理論自体不完全だったところに、それを誤解したり自分勝手解釈した連中が勝手なことをやったのが「共産主義」。

だいたいが元祖マルクスでさえ、自分自身の言ってる理論自分自身政治的主張矛盾していることに気づいてなかったみたいなんだよなあ。

彼の経済分析は非常に画期的なのに、それを正しく解釈したら、「共産主義」なんてことになるはずない。

なのに「共産主義宣言」みたいな煽りをやった罪は重いよ。

現在批判者たち

一般的な人たちは哲学的批判に対して防ぐ術を持っていない。

労働階級必要なのは批判力ではない、他者批判することは、また内なる他者批判することである

自身アイデンティティ批判もつ分解力によって倒壊しかけているとき私たちは外の真の他者に対して批判力を失ってしまう。

まり哲学的な問いが支配層にとって脅威であるなら、労働階級にとっても脅威なのである

人は発した言葉一貫性から逃れることはできず、支配層への批判言葉は、そのまま労働層への批判言葉へ容易に転化する。

そして批判に対して脆弱なのは知恵の無い労働である

これでは相手批判しているのにかかわらず、味方のほうがダメージが大きいという勝負にならない戦いを強いられている。

その結果として、私たち批判力を持つことをやめた。

支配層は社会を守るために批判をやめ、労働層は仲間を守るために批判をやめたのである

現在批判者たちには、三つに分けられる。

一つ目は、どこの層にも属していない孤独の者たち。

二つ目は、マスコミなどの批判者たち

メディアなどの自分たち批判であることが社会から要請である

自己催眠状態にあるものたち。

この批判者たちは、批判することが自分アイデンティティとなるため、この批判力が内部に行くことは無い。

三つ目は、他者から求められた批判者たち

労働層が批判言葉を上げることもあるが、これは2つ目のマスコミによる批判要請である

政治家本来社会を守るために批判を捨てたはずの者たちであるが、

国民の声などといって批判を行う。

これら三つのすべてに問題点が内在する。

それは批判者たちがどれも自分階層を守るために批判をしているわけではないということである

一つ目は自分の層は何にも属していないため、批判に本気になることは無い。

変えることで自分利益、損になる場合や、人間本来的な所持を奪い取ろうとする者たちに対して批判を強めるだろう。

二つ目は、自己催眠によって批判することが可能になった者たちであるが、

まさにそのために、何のために批判をするのかという目的をあまりもてないでいる。

社会要請などという全体としての理念を語ることはできるが、一つ一つの問題に対して

なぜ批判をするのかということが答えられない。

批判することが自身証明であり、自己保全であるためであると言えるわけでもない。

何かしたの転化を経て答えが出る。しかしその答えは、転化をによる代償として矛盾はらまざる終えない。

二つ目批判者にとって幸いなことは、私たちは、ジレンマ自己保全のための矛盾に対しては寛容なことである

三つ目は、自己催眠状態の者から要請によって得た批判力であったが

往々にして責任(一つ目ほどではない)を持つことが難しい、彼らは依頼があってそれをしているわけであり、

依頼が無ければ批判しないという、不安定すぎる地盤で戦わなければならない。

一つ目は、まだ人間という最後ラインがあり、人間という最後の層を守るために

批判を団結させることができる。

しかし、二つ目の者たちによって分団されているため、それもできない。

ほとんどこの批判者たちは力を持つことは無い。

私が言いたいことは、すべての人が哲学的批判力を持つということがこれらの問題を発生させているということなである

私たちはある程度の批判に対しての線引きを欲しているのであり無自覚批判だけをたたえることや、批判することが無条件に正しいことということは今や好ましくないのである

2017-10-19

anond:20171019115913

なんのキッカケもなくいきなり主張が変わる

信念に矛盾する行動をする

知ってるはずのことを知らないことになっている

色々あるけど

からないならそれでいいんじゃない?悪いことじゃないし

anond:20171018225208

頭をもたげて地面をなめるって動きと結果が矛盾してるだろ

2017-10-18

anond:20171018190131

世界線移動したとしてもそれは単に観測者の認識アカシックレコードが書き換えただけで

世界の始まりから終わりまでの事象記述されている」という定義に反してるだろ

なぜならウンコ漏らし増田世界線移動したところで

アカシックレコードに反するために増田ウンコ漏らした」という事実自体は変わらないし

その邪魔者別世界に移動させたところでアカシックレコードが役目を全うできなくなった事実は変わらない

世界戦移動する必要が出た時点でアカシックレコード定義を保てなくなったことを認めたようなもの、その行為事象は誤魔化しにすぎない矛盾の解消になってない

anond:20171018183931

「そしたらアカシックレコードが役目を全うするには「増田リビングで、大便、漏らした~(森本レオ)」って書いてある」

アカシックレコード世界線に移動するんだよ、その世界線ではアカシックレコードには最初からリビングで大便する事が書かれてたって事になる

観測者が前の世界線の記憶を保持してて比較出来ればその矛盾に気づくが、普通は改変された世界増田は「何でリビングで大便を…」になる

悪魔の手前

今朝、夢の中で母が復活した。

生前見られなかったグラマラスな格好に巨根を付けて復活されていた。

本来ならそこで悪夢認定して目を覚ますべきなのだが、母が復活した嬉しさからそのインモラル状態であっても再会を喜んでしまった。

「でもこれちょっとサイズが小さいのよね」などと言う母らしきもの言葉に「その大きさで小さいだと…」などと自身の陰茎と見比べながら目が覚めてしまった。

目を覚まして、何故こんな夢を見たのか考えてしまった。

最近は変な夢を見ることが多い、そしてそのどれにも理由がある。

多分、今朝見た夢も何かしらの理由がある。というか、十中八九「母を失ったこと」と「それでも性的衝動が治らない自身矛盾する精神」について悩んでいたのだろう。

性的衝動を治めたがるのは自身眠る野生的な部分が暴れ出すのを抑える為に毎朝欠かさず行っているが、それはどう取り繕っても無様だ。

母の亡くなる手前ですら行っていた異常行動だ。

吐き気を催すことすら許されない侮辱だ。

だが、そうしなければその重責から逃れられなかったのかもしれない。

自身を慰めることで、身体的にも精神的にも安寧を求めようとしていたのかもしれない。

母が亡くなって、その安寧ですら無意味になった。

それが、形を変えて夢になって現れた。

どうだ、俺よ。なんてイカれた精神構造してやがる。

夢の中でかーちゃんが淫魔になって現れるだなんて凶悪だぜ。しか男性型のな。

でも、それですら、そうなってもいいから、帰って来て欲しかった。

兄弟には俺から言っておくよ。「俺が変な夢みたらかーちゃんこんなになって帰って来たよ」って。

親父も絶句するだろうな。でも今の白けた面よりかはマシかも知んねえ。

結局、アンタが亡くなったことでここまで生きる意味がわからなくなるなんて思わなかったんだ。ダメだなー。

でも、そこから覚めて、やっぱり母の居ない現実に帰って来てしまった。

何にでもなれる夢の世界から、何者にもなれない現実へ。

母と歪な再会の出来る夢の世界から、母とは二度と会えない現実へ。

目を覚ましてしまえば、下腹部が苛立ちを申し付けてくる。

嗚呼役に立たない息子よ、朝から元気だなお前は。

どちらが現実であって欲しいか、どちらが夢であるべきか。

目を覚ます度に過去に戻りたがる俺には現実の方が悪夢じみているのかもしれない。

anond:20171017221010

これが釣りだという証拠は、最低限のこと以外は絵描きに費やしてると言いながらこんな増田を書いているという矛盾だ(ドヤア

2017-10-17

ゆっきーといえば

未来日記思い出したなあ

友達が好きだったけど、おれは ちょっと読んで矛盾とつっこみどころありすぎて読む気なくしてボロクソにけなしてしまった

他人が好きなものをけなすとかマジで最低最悪の人間性だよ

anond:20171016201635

「自立していて賢い一人前の大人の女性」を本妻にして、「頭と精神が未熟な童顔巨乳」を愛人にしたい

ってのが、伝統的な日本人男性外国人男性の多くも)の理想でしょ。

本妻は「自立」しているから夫に依存しないし「賢い」から夫が愛人作ってもギャアギャア喚き立てたりせず許す

最近ゲス不倫ブームで夫に不倫されてもさほど怒らず離婚もせず許した女性たちが賞賛されてたように、

こういう女性を「理想の妻」とする男性認識は根強い)、

愛人はとにかく頭が悪いので適当に遊んでポイ捨てしても泣き寝入りする、って前提で。

セックス相手の女として好みなのは後者だけど、そんなバカ結婚して家庭を任せる訳にはいかないし

どうせすぐ飽きるからこういう女はあくま愛人まりで飼っておいて飽きたら捨てられるようにしておいて、

本妻は家庭を任せられるような賢さと、金や地位(本人が稼ぐ場合もあれば、実家が太いという事もあるだろう)と、

夫が女としては相手にしなかろうが他に愛人作ろうが耐える「賢さ(=男にとっての都合の良さ)」を求める、と。

でもそんな都合がいい女は現実にはそうそういない事に気付いた男性の一部が

二次元で両者のハイブリッド(「年下のママ」など。勿論矛盾しまくってるので現実ではあり得ない)を求めるようになったのでは。

2017-10-16

anond:20171016195638

んー低能先生IQで分かるように書くけど

リベラリスト差別否定するけど思想の違いで差別することは肯定してる

その矛盾を解消しない限りは結局、接触し合わないというブロックしか対策がない

からリベラリストはそれに答えを出す必要がある

 

これはリベラリストに向けた言葉であって、

俺はリベラリストではないので返ってこない

俺は差別が当然だと思っているか

低能OK?

 

以下、低能先生ループ対策

(また削除逃亡するだろうけど)

anond:20171016200019

anond:20171016201847

2017-10-15

枝野さんの演説を聞いてきたので全文を書き起こす」の疑問点等

これ、ボイスレコーダーでも持っていったの?それとも記憶力抜群の人?

からの、草の根から民主主義を、暮らし現場から政策を下から前へ進めていく

からの声って、間違いなく人々の狭い知識に基づいた声だよね。それで政策やって大丈夫なの?

たとえば、絶対増税に賛成しようって声は出てこないか超少数派になるだろうけど、その下からの声に基づいて政策を前に進めていくの?

あるいは、下からの声は利益の相反するものが大量に出てくるけど、それをどうやって調整していくの?それが出来る能力根拠って何?

普通の人々は、時間もなければ情報源もない、専門知識もないから、政治家という専門家に任せているのだけど、

からの声、草の根から進めていくとなれば、普通の人々にも今までより大きな責任が出てくるよね。その声が政策になってしま可能性があるのだから

でもそれって本質的には、「支持政党なし」とかい名前政党インターネット投票政策みたいなものにならない?

豊かなものさらに豊かにすれば、強いものをより強くすれば、そのうちその豊かさが国民の隅々まで行き渡る。安倍さんはそう説明しています

これ、アベノミクス批判する人が「アベノミクストリクルダウンだ!」っていう形でこのように言うけど、安倍さん自身がこう説明たことあるの?

相手の言っていないことを、勝手に言ったことにして、それを批判するようなことになっていない?

少子高齢化人口が減っていく日本時代が違う社会が違うのに、過去成功体験に引っ張られて新しい道が示せていない。

前原さんのALL for ALLのパクりだとも言われているけど、消費税の引き上げ分を教育投資に向けるとか、安倍さんはその過去成功体験かいうのと違うことを言ってるよね?

貧困格差の拡大によってぶ厚い中間層と呼ばれた、1億総中流と言われていた日本社会がどんどんどんどん分断されてしまっていて、遠心力が働いています

ジニ係数とか、あるいは貧困率などを見ると改善しているけど、それでも貧困格差の拡大は続いているというの?

景気だって良くなるはずありません。

これはもう散々言われているけど、雇用改善正規雇用の増加が人口減少社会の中で起きている。

企業設備投資海外から国内に向けられるものが増えてきている。

これらを前に、景気だって良くなるはずありませんと言われても、だったらどこまでいけば景気が良くなったというの?としか思えないよ。

格差をこれ以上広げるのを止めて、格差是正して貧困を解消しましょう。これこそが21世紀政治社会経済再生です。

それは良い目標だけど、実際にはどうやるの?まさか介護職員保育士給料を上げるだけってことはないでしょ?

公平公正なルールを作り守らせる、それが政治役割。その本来役割を、まっとうな政治を私は取り戻したい。

ルールを作るのは立法であり政治家役割だろうけど、それを守らせるのは司法とか行政役割だよね?

残業代ゼロ法を作る前に、今のサービス残業ブラック企業過労死自殺を止める、長時間労働規制する、労働法制を強化しなければならないんです。

残業代ゼロ法っていうレッテルを貼ってるのは野党の側だけど、あれ中身はかなり厳しい労働時間規制だよね?まさに、長時間労働規制するためのものだよ。

介護職員のみなさん。給料を上げましょう。おかしいですよ今。私たちの国は資本主義です。自由主義経済価格、値段というのは市場で決まります需要があって供給が少なければ値段は上がるんです。介護職員の数が足りない、命にも関わる責任の重い仕事、重労働にもかかわらず賃金が安すぎる。

保育士給料介護職員給料も、広い意味政治が決めています介護保険の仕組みで例えば看護師さんは医療保険の仕組みの中で、保育士さんの給料も保育にどれくらいのお金を流すのかによって、保育士さんに払えるお金に上限があるから人手不足でも給料が払えない。

この2つ、矛盾してませんか?

別に政府介護職員給料をこれ以上に上げてはいけないなんて規制をしていないですよね?だから、まさに今が市場で決まった給料なのではないですか?

しろ、おっしゃる保健医療の仕組みによって、介護産業への補助金がある分だけ市場で決まる給料よりは高いかも知れません。

この保健医療の仕組みによって、市場で決まるより介護職員さんの給料が下がることはありませんよ。

だって給料をこれ以上上げてはいけないなんて規制はないので、給料を上げて介護職員を増やしてお客を増やした方が儲かるなら、企業はそうしています


需要と、「欲しい」というのを混同してません?需要というのは、単なる「欲しい」ではなくて、これぐらいのお金なら出せる、というのとセットのものです。

自由主義経済無視して政府重要だと決めたか介護職員には特別最低賃金を設定する、それなら分かりますよ。介護職員だけそうするのが良いとは思わないので反対だけど。

増えたものは必ず消費に回るんです。そして需要がたくさんあるんです。

「欲しい」はあっても需要が無いか問題が起きていたのではないですか?

介護職員給料が上がって介護サービスの値段が上がったら、介護職員以外の人は介護以外に使えるお金が減ってしまます

介護サービス政府補助金を投入して値段を抑えても、その補助金は今か将来かは別として税金となって取られてやっぱり生涯での可処分所得は減ってしまます

集団的自衛権平和問題としても深刻。しかし私はそれ以上に立憲主義、これを破壊する行為だと一貫して思っている。

まり集団的自衛権安全のために必要だとすれば、改憲をしていくべきだということになりますね。

枝野さんは昔からそのように考えているところがあるのは知っていますが、はたしてあなたの支持者はそうでしょうか?そのことを前面に出して説明たことありますか?

できるだけ多くの皆さんに理解をしてもらって賛成をしてもらって、国民理解の上で物事を進めていく。それが民主主義です。

でも、「目立つ議題ではなんでも反対の野党」という歴史を作ってきたのは、今の野党祖先政党ではありませんか?

立憲民主党を作ったのはあなたです。あなたが作った政党立憲民主党です。

個人意見として、違うとはっきり言わせて貰います

ぜひ一緒に戦いましょう。

嫌です。

https://anond.hatelabo.jp/20171014230038

anond:20171015154026

弱者男性」が救われたと言える状況を考えてみた。

1.男らしさを求められない社会になること。

男女平等原理原則のはずなのに、いまだに女たちは男に経済力甲斐性を求めている矛盾。この壮大な矛盾が解消されない限り、弱者男性への不当な差別は続くし、その反発としての女叩きも止まらない。

2.女も経済力甲斐性が求められる社会になること

今の若い男の人たちは、結婚したい相手にどれくらいの収入を求めるのだろうか。女も総合職が当たり前、女から男に告白プロポーズをすることも当たり前の社会。少なくとも、女たちが「総合職一般職、どちらにしようかな」だなんて言っている時点で、あと10年かかるかな。

anond:20171014230038

1.経済について

枝野の指摘通り。トリクルダウンは行われないので、再分配機能の強化が消費活性化のカギ。しか民主党最低賃金1000をぶち上げたのに、上げ幅が常識的範囲だったので、枝野が底を支えると言っても誰もついていかない。介護職員だの保育士だの、個別のことを挙げても仕方がない。いっそ方向性を変えてベーシックインカム枝野が言い出すべきだった。

2.憲法について

集団的自衛権について枝野立憲主義によって批判立場だが、議論大本にある自衛隊存在憲法学者の7割は違憲と見ている。しか自衛隊をどうするのかはなかなか言わない。

自衛隊存在、つまり日本を守る(平和的生存権の)ために憲法矛盾が生じているのだから憲法矛盾のないもに書き換えることを考えねばいけないところを、矛盾放置して法律を正す方しか見ていないので論外。立憲主義の名のもとに自衛隊をなくされては困る。平和的生存権侵害である

3.一緒に政治をやりませんか。一緒に民主主義をやってくれませんか。

いいことをいっている。

4.一緒に戦いませんか。

だが断る

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