はてなキーワード: がれきとは
竹炭?木炭?拾ってみると靴底のゴム。自分の靴のソールが剥がれてきてた。
歩く度にボロボロ崩れて剥がれてくる。
これだこれ。
冠婚葬祭でしか使わない革靴を履いた瞬間にかかとが粉砕した…経年劣化で粉々になったソールに「あるある」の声 - Togetter
togetter.com/li/1564812
知識として知ってはいたが、自分の身に降りかかるとは思わんかったわ。
↑の棘に「革底の靴履けよ」てブコメ付いてるが、法事だと墓参りで靴底濡れたりするので革底は面倒臭そう。
あと話ずれるが、ブコメに「冠婚葬祭ではローファー(スリッポン)はNG」て指摘あるが、
これだこれ。
飛び散る女性の頭、自らも死のうとした元従軍看護師戦後72年…激戦地で生き、戦後は助産師で赤子抱く
もう歩けない。何度も死を覚悟した。ジャングルの川の中で力尽き、このまま流されて死ぬんだと思った。「同級生2人のお骨は私が内地の両親に届けなくちゃいけない。絶対に死んじゃいけないと自分に約束した。けれども、かなわずに死のうとしたの」
元従軍看護師の木村美喜さん(89)=桶川市=は激戦地のフィリピン・ルソン島で約1年、敵の爆撃機や砲弾が四六時中頭の上を飛び交う中、傷病兵や患者の救護に従事しながら生き抜いた。食べるもの、飲むもの、薬もない。無数の死体が転がる山の中を逃げ回り、行軍した。仲間や兵士たちは次々に命を落とした。
生まれも育ちも桶川。日本赤十字社埼玉県支部の看護師だった1944年7月、召集を受けてマニラ郊外の陸軍病院に派遣された。当時16歳。埼玉班26人で最年少だった。歯科外来に勤務し、当初は不自由のない生活をしていた。
9月、マニラ初空襲。次第に戦火が拡大し、12月に病院は解散。絶え間ない空襲の下、部隊はマニラから北に約250キロのバギオに移動した。
悲劇が襲ったのは、45年1月23日。正午前に大編隊の爆撃機が襲来し、病棟は瞬く間に火の海になった。がれきの中で「助けて」とさけぶ声。焼け落ちた梁(はり)が目の前で女性に直撃し、頭が飛び散った。外に逃げた人々は次々と機銃掃射で撃たれて犠牲になった。
埼玉班も9人が戦死。「今夜は夢でいいからお父さん、お母さんに会いたいね」。前日に梅干しをしゃぶりながら古里の話をした同期2人は骨だけの状態と、顔や手足、内臓がない状態で見つかった。
4月、バギオから撤退。山の中で終わりなき逃避行を続けた。昼間は空から見つかるため移動できず、夜は砲弾が飛んでくる。草のしとねに横たわり、古里の歌を口ずさむと、歌声はいつしか涙声に変わっていった。「みんな『白いご飯をおなかいっぱい食べたい』『死にたくない』と言いながら死んでいったの」
埼玉班の仲間も一人、また一人と病気や栄養失調で亡くなった。「今度死ぬのは自分の番だ」。どんなときも肌身離さず持っていた親やきょうだいの手紙や写真、日の丸の寄せ書きを河原で焼いた。死んでから人に見られたくなかった。
終戦を知らされたのは8月17日。途端にマラリアで40度の高熱が出た。捕虜収容所に行くまでの山を下りられず、同僚3人と部隊から取り残された。もう半歩も動けない。道の両側は腐臭を放つ死体の山。うじが団子になって、ハエが真っ黒にたかっていた。ゲリラの先住民の足跡を見つけるたびに背筋が凍った。
ジャングルの川の中で先輩に泣きながら懇願した。「お世話になりました。私はここに座っていたら流されてしまう。待たないで先に行ってください」。そのたびに言い聞かされた。「一足歩けば一足日本に近づく。一足歩けば一足お母さんに近づく。日本に帰りたかったら、お母さんに会いたかったら歩きなさい」。その言葉に背中を押され、何とか収容所にたどり着いた。
約4カ月の捕虜生活の末、12月に復員。日赤病院に同期2人の遺骨と遺髪を届けた。桶川駅で母の胸に抱かれてわんわん泣いた。17歳だった。
戦後は助産師として働いた。「もし日本に帰れたら、たくさんの兵隊さんの亡きがらを葬ってきた分、この手で新しい命を取り上げよう」。収容所で毎晩、誓った夢をかなえた。抱いた赤ちゃんは数え切れない。3分間に4人取り上げたこともある。自らも子ども3人、孫5人に恵まれた。
今は子や孫のため、社会のために一日でも長く生きていたいと願う。戦争を経験した人が減り、自分の代わりがいないと思うから。多くの講演を引き受け、本も出版した。戦争を知らない若い人たちみんなに、一度でいいからこれまでの話を伝えたい。「戦争は人の殺し合い。もう二度としては駄目。命は本当に大切。一つっきりしかないんだから。かけがえがないんですよ。」
マジでキレそう
どっちのストーリーの変換点も全部主人公の「やらかし」が原因で起きる
がれきで腕を切って血が出てゾンビに追いかけられるシーンがあるんだけど
以降も、こんな感じでしょうもないポカをする→それを解決しようと奔走する
の連続で話が進む
マジでクソ
いやいやいや、別に世界にはいろんな人種がいるんだから白人ばっかりなのは逆に異常なのはわかるよ
そしてアンブレラの最高責任者がレズで同性婚をしているという設定
いるか? これ
主人公がアフリカ系黒人で大人になってからのパートナーがイスラム系
ポリコレ欲張りセットか?
3.超絶途中で終わる
シーズン1完結!
死ね!
いい加減にしろ!
http://yaroneko.blog55.fc2.com/blog-entry-1850.html?sp
311 2016/03/1122:49 2 -
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覚えてますか?
屋根犬20110402午後5時
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⇒ http://yaroneko.blog55.fc2.com/blog-entry-1145.html
が・・・
※宮城
⇒ http://sp.kahoku.co.jp/tohokunews/201511/20151102_13013.html
それも事故で…
亡くなった時は5歳にもなっていない頃。
死ぬには若すぎる!
これから書くことで
もし気分を悪くしたらごめんなさい。
読むんじゃなかった。
だって…
嫌なんだもん、この記事!
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※【動画】海上ガレキ漂流後奇跡生還犬:「飼い主と再会できたバンちゃん」
https://youtu.be/ZZaMbI1WVSY @YouTubeさんから
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※【動画】3週間漂流犬飼い主と再会。 https://youtu.be/YxZQBU_-Mi4 @YouTubeさんから
なのに、そのバンが無残な最期を迎えたというのにまるで他人事のような言い草。
お前のせいでバンは死んだんだよ!
お前が適切な飼い方してないから!!
外で放し飼いしてたんでしょ?
たとえ復興事業の車両が昼夜構わずひっきりなしに通る道沿いにお宅があるとしても
この飼い主には二度と動物は飼ってほしくない(もう次の子飼い始めたようですが)。
せめて今度こそ、行政主導で講習か何か強制的に受けてもらって、適切な飼養方法をしっかり学んでいただいた上で、次の犬を飼っていただきたかったですね。
でなきゃまた同じ間違いを繰り返すだけじゃないですか。
その後たった1年で飼われることになった柴犬だってバンと同じ目に遭わせてしまう危険性大ですよ。
たとえ寂しかろうと(該当記事はすでに消えてたけど、新しい犬を飼った理由は寂しかったから!)
バンをあんなひどい目に遭わせておいてよくもまぁたった1年で別の犬を飼おうと思えるね。
それもその柴犬、ペットショップで買った1歳弱のまだ子犬らしい!
http://www.j-cast.com/2015/11/02249623.html @jcast_newsさんから
やっぱり放し飼い!!
たとえ震災時に奇跡的に助かったのは鎖に繋いでなかったからだとしても、今度は震災前のような穏やかな自然たっぷりの平穏な頃と違って、復興のためお宅の前を大型車両がひっきりなしに通る環境に変化してるんだからさ、ちょっと考えたら以前と同じ飼い方したら、バンにとってどんな危険なことが起きるかわかりそうなもんでしょ?
奇跡的に助かった命なのに
あんなに再会を喜んでたのに
バンの分までしっかり長生きして、ご長寿で、天寿を全うできますようにと祈ります。
検索かけて関連記事を読み漁り、詳細が明らかになるにつれ、この飼い主に益々怒りがこみあげてくる!
全く懲りてないよ、この飼い主!
どうすればこれが美談になるの?
今日は、今日だけは静かに穏やかな心で祈りの気持ちでいたかったのに…
あぁ…気分悪い!
※別の参照記事
【訃報】未曾有の大災害 東日本大震災を生き抜いた『漂流犬・バンちゃん』復興事業関連の車両にはねられ・・・・(涙)【事故】 - 『徒然と』・・・道楽 http://blog.livedoor.jp/dourakukousuke/archives/1094278.html
種は違えどうちにも同じ名前の猫がいるんでね
他人事とは思えなくって。
だからね、あまりに悲しい最期だったから私、バンのためにお話を書きました。
「バンに捧ぐ」
だけど、死ぬ間際、朦朧とした意識の中で必死に神様にお願いをしたの。
「神様、お願いです。このまま死にたくない。もう一度だけ飼い主に会わせてください。」
神様もバンを可哀そうだと思し召し、願いを聞き届けてくれました。
一つ条件付きで。
「バン、お前はすでに死んでおる。だから長くこの地上にはおられぬぞ。
そして、この世を去ったものが再度死ぬのだから、それなりの別れ方をせねばならぬ。
今より辛く苦しい思いをせねばならぬがそれでも良いか?」
そして再び期限付きの命をもらってあのがれきの上に立ち、助けを待ったのです。
だからこそ私たちが首をかしげ、奇跡と呼ぶほど傷一つなく、あんなに元気だったのですよ。
そのあとのことは報道で伝えられた通り。
が、その幸せは長くは続かなかった。
飼い主は無意識のうちにバンを震災前と同じ放し飼いにしました。
「バン、時は満ちた。別れの時だ。」
柵を超え道路に出て、
近づいてくる車の前に身を投げ出しました。
だって願いが叶ってもう一度、愛する飼い主と再会し、共に暮らせたんですもの。
それがどんなに短い間であっても。
再び巡り会って3年も暮せなかったけど。
飼い主とまた再会するまで
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3月に書いた記事以降も、たくさん新しい単語を覚えてしまったので、前回のものも含めて網羅するつもりで紹介します。
と思ったらトラバ(anond:20220530232733)で指摘してもらった。知らんかった。
片仮名のモラルはmoral 道徳 morale は 士気
どこの記事を読んでも弱い弱いと言ってるので、たぶん弱いのだろう。
ただ、素人の自分には、人口数千万人、戦車数百両、西側諸国の潤沢な支援を受けるウクライナの首都をあっという間にがれきの山にして女性まで動員させる勢いのロシア軍が「弱い」というのがよくわからない。
秒殺のイメージのあるWW2の独仏戦だって、ベネルクス侵攻からパリ入城まで1か月かかっている。
もし、このまま情勢が落ち着いたら、100年後の歴史の本には「ロシアはウクライナを秒殺した」と書かれることになるのではないだろうか。
また、もし万一、仮に今からロシアが全面撤退したとして、周辺国は「ロシア軍は思ったより弱いなー。これからは外交的にもっと強気で行けるなー。」となるのだろうか。
シード値:−2006279960
初期スポーン地は見晴らしのいい平原。前方に荒廃したポータルがある。すぐそばにマグマ溜まりがあるのでこのポータルをネザーゲートに使うこともできるし、一番近い村にもマグマ溜まりがある。
ネザーではx座標−360〜380辺り、z座標−630〜0辺りの範囲にピグリン要塞が4つある。チェストからは古代のがれき、ネザライトスクラップ、ロデストーン、豚の鼻の模様、レコードなどが手に入る。豚鼻柄の黒石ブロック(模様入りの磨かれたブラックストーン)のそばに金ブロックやチェストがある様子。ブラックストーンがかまどやツルハシの材料になることを今日知りました。ピグリンブルート好きにおすすめ。
あとオーバーワールドのx座標z座標ともにマイナス数千ブロック行くと森の洋館が2か所あるので、合わせて攻略してみるのもいいかも。
わすれられない むかしの
はなしだけど きいてくれないか?
いなかで そだった ぼくは
がっこうを そつぎょうして
おおきな まちで しごとを
みつけたんだ
あこがれの ひとりぐらし
しごとも たのしいし
むかしは やんちゃしてた ような
でも たよりになる せんぱいも
いたし
あのひ までは
じしん が きたんだ
すごく おおきな じしん だった
さむくて まだ そらが くらくて
ぼくは すっかり ねむって いたんだ
そしたら まるで じめんの したを
でんしゃ ぐらい おおきな
だいじゃ か とほうもない はやさで
はしって くるかのような
ぢひびき が したんだ
どどどどどどどどどどどどどど
どーーーーーーーーーん!!!
わんるーむまんしょん は
きのみきのまま とびだすと
よぞらが あかく もえていたんだ
せんそう が はじまったのか
ばくだん が おちたの か と
おもうぐらい
きこえ そこから まっかな ひばしらが
たちあがった
ぼく みたいに
じしんだ と くちぐちに いうのを
きいて やっと ぼくは なにが
おきたのか りかい できたんだ
けいたいも ぱそこんも
まだまだ ふきゅう してなくて
ぼくも とうぜん もっていなかった
だから どうしたら いいのか
あたまは まっしろ だった
そのとき ぼくは おもいだした
せんぱいが ちかくに すんでいる
ことを
ちかく と いっても
ふつうなら でんしゃ で
いくような きょり なんだけど
ぼくは
ひとりぼっちの ぼくは
なんじかんも あるいて
せんぱいの いえに むかったんだ
せんぱいは いまにも くずれそうな
じたくから ひっしに かざいを
はこびだしている ところだった
せんぱいは ぼくを みつけると
ぶじだったか! よかった! と
ぼくも せんぱいに おなじことを
いって ぶじを よろこびあったんだ
せんぱいの もっていた らじお で
すこしだけ じょうきょう が
わかってきた
とにかく すごい だいじしん らしい
あちこちで かじに なっていること
たおれ どうろが ふさがれて
いるせいで しょうぼうしゃ も
きゅうきゅうしゃ も これないこと
もえている がれきの したに
たくさんの ひとが いきうめに
なっているのに
どうろが ふさがっている から
きゅうえんぶっし も おくれるかも
しれない
らじお は ひたすら おそろしい
げんじつを たんたんと
はきだしてくる
ふあんに おびえる ぼくに
やがて せんぱいが こういった
おまえ にげろ と
おれだって にげたいが
おれは ここで かぞくや いえを
まもらないと いけない
おまえは いなかから でてきて
にげれるじゃないか
いなかに かえれ
こんな がれきの まちに
のこったところで
しごと どころか せいかつも
できないのだからな
とりあえず なんとか こくどうを
めざすんだ
すこしでも あんぜんな
にし に むかえば
くるま や ばいく が
はしってるから
なんとか のせてもらって
でんしゃ が うごいてる とこまで
そしたら そこから なんでもいい
にし に むかう でんしゃ
のりついで
いなかに かえれ
きっと いまごろ おやが
しんぱい してるから
はやく あんしん させてやれ
ぼくは いわれるまま
にげた
にげだしたんだ
そこからは ほんとうに たいへん
だったな
はじめて ひっちはいく したし
ないし
まる いちにち いじょう かけて
なみだが でたよ
でむかえてくれた おや も
だきついて きそうな ほど
ぼくの かおを みて
よろこんでいたね
そのとき ちちおやが いったんだ
おまえ しごとは
かいしゃは
どうしたんだ?
しごと?
ばかなことを
あんな じょうたいで
しごとになるわけ ないじゃないか
しれないのに
それは たしかめたのか?
とうかい した と
しごと は ない と
たしかめたのか?
れんらく したのか?
きょか を とったのか?
と ぼくは
あのときの ぼくは おもったけど
ひとりぐらしの ぼくを しんぱいして
かちょうや かかりちょうが
ずっと ぼくを
さがして くれてたんだ
がれきの みちを あるいて
ぐしゃぐしゃになった もぬけのからの
わんるーむで
がれきを かきわけて
ぼくが たおれて いないか
いないと わかると
ちかくの ひじなんじょ を
なんかしょも
さがしていたんだ
ちちおやは いった
じぶんが ぶじなら
しごとにならなくても
しごとばの かたづけが ある
すくなくとも どんな じょうきょうか
かくにん しなくては いけない
なにもせず だれにも いわず
にげてくるなど もってのほかだ
いまごろ れんらくの とれない
おまえを しんぱい してくれている
かも しれない と
まさに ちちおやの いうとおり
だった わけさ
かちょうたちは ゆくえの わからない
ぼくを
にげだした ぼくを
しんぱいして くれていたんだ
ぼくの いばしょが わかったのは
せんぱいが かいしゃに かおを
だしたときだった
かちょうたちが ぼくの はなしを
しているのを きいた せんぱいが
と ごくきがるに いったのだ
それは かなり かいしゃで
もんだいに なったらしい
なんの けんげん が あって
おまえは こうはいに しょくむほうき
させたのだ
くわしくは わからないけど
せんぱいは かいしゃを
やめた
もちろん ぼくも
もう もどれる わけが なかった
いいわけする わけじゃないけど
あのしゅんかん
ぼくは
にんげんは
あらしに ゆれる きのはよりも
ちっぽけな そんざい だったんだ
だれだって にげだしたく
なるだろう!?
だろう
そうか
あぁ そうか
にげちゃ だめ だったのかな
せんぱいに いわれたから とか
これこそ いいわけ だな
せんぱい
せんぱい
ごめんなさい
────────────────
2016/07/01に「ひとりぼっち惑星」で受け取ったもの。
ホットエントリーに上がっていたこんな記事にふとした気まぐれで目を通した。
業界人が選ぶ、過去10年で最も優れていたビデオゲーム(IGN Japan)
https://jp.ign.com/games/46189/feature/10
ゲームは年に1本買うか買わないかのライトゲーマーなので大半の作品はタイトルも知らなかったし、業界人たちのコメントを読んでいてもピンと来るものはなかった。しかしその中でひとつのコメントにちょっと心が動いた(太字筆者)。
簡単な答えは『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』ですが、統計的な考え方では、私は『Gorogoa』を選びたいです。デモの早期リリースと、その結果である早い時期でのハンズオン体験のおかげで、本作は何年にもわたって私のGOTYであり続けました。『Gorogoa』は魔法のように魅惑的で斬新なゲームです。明確なビジョンに基づいたこの作品は、ゲーム作りの過程が全く想像できないほどの複雑な成果をもたらしました。新しいメカニクスと新しいインターフェイスを持つ本作は、芸術と技術、物語、正真正銘のパズルをシームレスに融合させています。これは私がエッシャーの作品や、キット・ウィリアムズの絵本、「まほうの筆(The magic paintbrush)」をはじめとする私の好きなおとぎ話から得たすべてのものを凝縮した体験です。『Gorogoa』はハッと息を呑むような驚きを私に与え、私の心を喜びで満たしてくれました。開発者のジェイソン・ロバーツにはこの作品に満足したまま何もせず、別のゲームを作らないでほしいと私が願うほど、『Gorogoa』は本当に唯一無二の傑作です。
本職のゲーム開発者がここまで絶賛するゲームとはどんな作品なのだろう、と急に興味がわいた。
元来パズルゲームは好きなほう(MYSTシリーズは全部やったし、ふだんも数独や倉庫番をヒマつぶしに遊んでいる)なので、ちょっとやってみようかという気になった。PlayStation Store で1,528円。安い。
遊んでみた。雷に打たれたような体験だった。まるでマグリットの絵の中で『無限回廊』を遊んでいるような感じだった。
感想については私の拙い語彙でくだくだしく書くよりももっとすぐれたテキストがネットにあるのでそれを見てもらえば十分だ。
『Gorogoa』認知のフレームを軽やかに飛び越える絵画的パズルゲーム【インディーゲームレビュー 第40回】(ALIENWAREZONE)
https://alienwarezone.jp/post/1321
GOROGOA が見ている(ゲーム感想)(S. Miyata)
https://note.com/38tter/n/nb58c34279de7
そして本稿で私が書きたいのはこのゲームの紹介ではない。
この何の説明もなく謎だらけでタネ明かしもない不条理ゲームに、どうにかして「解釈」を与えたくなったので、そのメモである。
後半に至ってはほぼ創作だが、ゲーム中では語られなかった「裏設定」を私が想像で補完したものだ。
ある日、街に巨大な謎のクリーチャーが出現する。街並みに隠れて全容は見えないが、アパートの屋根ごしにカラフルなたてがみが見えるほどだからかなりの巨体だ。
古文書には、五色の果実が盛られた器を若者と年配者がふたりで支え捧げる様子が描かれている。
聖獣ゴロゴアの怒りを鎮めるには、世界に散らばる五色の果実をすべて集めて捧げなければならないようだ。
ひとつめの赤い果実は、とある民家の庭木の枝になっており、車椅子に座った謎の男が見守っていた。
枝にとまった烏がつと飛び立つと、赤い果実は器の中に転がり落ちた。
ふたつめの緑色の果実は、町はずれの穏やかな公園の女神像が手に持っていた。
廃墟にたたずむ松葉杖をついた男性がゴロゴアの姿を思い描くと、廃墟の壁紙の紋様はゴロゴアの瞳となり、その緑色の瞳は果実となって器の中に転がり落ちた。
ランプの灯りをたよりに仄暗い部屋で寝食を忘れて何ごとかを熱心に研究する男性。部屋の片隅には松葉杖。この男も足が悪いのか。
ランプのひとつひとつに星の明かりを捕まえ、その明るさに惹き寄せられて来た蛾たちに導かれるままに道を進むと、夜空の星のひとつが黄色の果実となって器の中に転がり落ちた。
気づくと色あせた写真の中にいた。壁にかけられた五枚の写真のうちの一枚だ。
杖をついて世界の果てを巡礼して回る男に助けられながら写真から写真へと歩みを進めると、どこにあるとも知れぬ神殿に捧げられた青い果実を手に入れた。
たくさんの資料に埋もれるように何かを研究する初老の男性。部屋の片隅には愛用のステッキ。
蜘蛛の巣のように街を縫って走る路面電車を初老の男性の助けを借りて乗り継いでいくと、高い塔の頂上で最後の果実、紫色の果実を手に入れた。
果実の盛られた器をゆっくりと宙に捧げると、五つの果実はまばゆく光りながら激しく燃え上がった。
──その時、突然器が砕けた。
ゴロゴアが怒り狂うと、空には虚無の淵がばっくりと口を開け、世界は暗黒の炎に包まれた。
儀式は失敗したのだ!
私は身体を闇の炎に焼かれながら尖塔のやぐらから転落し、瀕死の重傷を負った。
長いあいだ車椅子の生活を余儀なくされたが、頭はゴロゴアのことでいっぱいだった。
何がいけなかったのか。どうすればあの獣の怒りを鎮めることができるのか。
聖獣ゴロゴアは時おり暴虐の限りを尽くした。
ゴロゴアが暴れると街は爆撃を受けたように廃墟と化し、あちこちで火の手が何日もくすぶり続けた。
焼け残ったがれきの中から資料を掘り出し、聖獣ゴロゴアをよく知ることにつとめた。
一方、気まぐれに襲ってくるゴロゴアの攻撃の合間を縫って人々は街の復興を始めた。
がれきを片付け、建物を建て直し、鉄道を引き、時おりゴロゴアによる破壊を受けながらも、それを上回る勢いで街は発展を続けた。
私の部屋の壁はゴロゴア関連にとどまらず、世界の様々な伝説、伝承、考古学の書物で埋め尽くされた。
時おりゴロゴアの来襲があると電気は止まり、暗い中でランプの灯りをたよりに研究することもあったが、私は寝食を忘れて研究に没頭した。
その間中、私は「何かの視線」を常に感じていたが、それが何かはわからなかった。
ただ、私の研究が、誰とは知らぬその視線の主の助けになっている、そんな実感がなぜかあった。
研究を進めるうち、私の心のうちには、ゴロゴアに対するどこか畏敬の念のような気持ちが芽生え始めた。
そしてその畏敬の念は、やがて純粋な信仰心へと変化していった。
ゴロゴアの怒りを鎮めるには、我が身と心をゴロゴアに捧げなければならない。そうすることでしか儀式はきっと成功しない。
私はそう思い詰めるようになっていった。
私は巡礼者となり、ゴロゴア信仰の源流をたどって世界各地を巡礼することにした。
体調は決して万全とは言えなかったが、ゴロゴアにこの身を捧げるという信念が痛む脚を前へと運ばせたのである。
研究の進捗が遅々として進まず年月が無為に流れていくばかりになると、時おり深い絶望に襲われることもあった。
無力感にさいなまれるそんな時には、決まってあの悪夢の日、儀式に失敗した日の転落の記憶がフラッシュバックした。
そうした場面にも、常に「あの視線」は私とともにあった。
月日は流れ、私も初老と呼ばれる年齢になり、髪も髭もすっかり白くなってしまったが、私の研究は大詰めを迎え、ついにひとつの結論に到達しようとしていた。
この記述によれば、儀式はふたりの人間によって為されなければいけなかったように思える。
たしかに、最初の儀式は自分ひとりで行ったために失敗してしまった。
では、儀式を成功させるためには、あらためてふたりで執り行う必要があるのだろうか?
そうではなかった。
絵図に描かれたふたつの人物像は、「時間を隔てたひとりの人物」を表していたのである。
儀式はひとりの人物によって二度行われなければならなかったのだ。
思えば一度目の儀式へと至る道のりでは、さまざまな場面で陰日向に何者かの協力を得ていた。
その役割なくして儀式は成し得なかったとさえ言えるのだが、その協力者は、ほかならぬ私自身であったのだ。
時空を超えておのれ自身と手をたずさえ、二度の儀式を完遂させる。
それこそが聖獣ゴロゴアとの魂の交歓を成立させるための条件だったのだ。
私は今、復興いちじるしい街並みを見下ろしながら、二度目の儀式のために尖塔を登っている。
6話はそれまで陸上というかありとあらゆるものに消極的だった先輩が、ランニングをしているところから始まる。大麻のことがなければ、引きこもりだった先輩が立ち直り始めた良いシーンだと思うが、ここでも大麻が邪魔をしてくる。大麻のことを考えたくなくても一面の大麻畑のインパクトがそれを許さない。まぁ鬱の薬とかも麻薬みたいな成分入ってるっていうしね、大麻も引きこもりや鬱を改善させてくれますよね。
AKIRAみたいな子供(これから便宜上AKIRAと描写します)を誘拐しようとした犯罪者のジジィは当たり前だが監禁されることになった。この監禁している場所がなんか、ドラクエのお城の地下牢みたいな場所でここでも脳がバグる。まぁ宗教施設の外見もなんかファンタジー感もりもりなんだけどさ・・・。施設の関係者は牢(マジでガチの牢屋)に閉じ込めたジジィのことを3つのモニターを使って監視してるんだけど、多分脳が薬物で終わっているジジィに牢を破るスキルはないからそんな監視は必要ないと思う。ここまでしっかり監視してるとやっぱりジジィは戦争帰りのヤバスキル持ち老兵なんじゃねぇか疑惑が出てくるからやめてほしい。実際はスーパーを40年ぐらい経営してるから違う・・・はず・・・。てか、この牢今思ったけど中毒者を閉じ込めるためのものでは?完全にこの宗教は黒なんだよな。普通牢屋なんてものはねぇ!本当に2020年日本なのか?
頭が丸刈りな見た目完全ヤクザみたいな人が宗教関係者の中におるんやけど、まさかの霊媒になる初老の女性と夫婦だった。これはマジでびっくりした。ちなみに即ネタバレするとAKIRAはこの夫婦のガチの子供であり、そしてモニターに映るガチ薬物中毒のジジィがその祖父・・・・ではなく、何の関係もない他人なのでびっくりした。ジジィは本当に何も関係ない他人だし、AKIRAを死んだ孫と重ねて誘拐しようとしていただけなのだ。人を2人も殺しておいて・・・とここは本気でびっくりしちゃったね。血縁関係とかじゃないんだ・・・。マジですっげー迷惑な人じゃん・・・・・・・・・・・・。こんな高純度のキチガイは初めて見たかも。
それを踏まえると、ジジィが高圧的に「車いすを用意しろ」て言ってた時に施設の人が丁寧に対応していたのも理解できるから悲しくなる。キチガイは刺激しないに限るためだ。暴れだすと何をするかわからないし、実際暴れたら2人弓で射殺しているので大変迷惑だ。というかジジィがモルヒネ中毒なのも、AKIRAを誘拐しようとして、鎮静のために打たれてたりしたのを何度も繰り返した可能性すらでてきた(誘拐するまでがあまりにも手慣れているので)。それをまた受け入れて中に入れてくれたこの宗教団体は、やってることは真っ黒だが、とてもやさしいですね。
ちなみになんかジジィの本当の孫?がつくったやけに高性能な人工知能入りっぽいロボットとかも4話から出てきてたんだけど、存在の意味がよくわからないので感想から省きました。今よく考えても謎の存在です。
シーンが変わり、労働の一環として寝たきりのおっさんの介護を続けていた歩は、おっさんが爪をコツコツしたり目をパチパチしたりしてることに気が付く。そこでモールス信号のアプリを入れて(こういうシーンがあるから全然災害中感がないが、日本以外は沈没してないのでアプリもダウンロードできるんだろう)、おっさんのモールス信号を解読する。地震が来るからやばいみたいな文章ができて、歩はそこでこのおっさんが、前にテレビで日本沈没する!ていってた博士ではないかと悟る。ちなみにひげがぼさぼさだし(介護するなら整えてやれや!)人相も全然違うので、パッとみではわからない。地震が来るからやばいのは恐らく日本中の人間が被災しているのでわかっていると思うので、このシーンは「奇跡」で出来ている。博士がなんで宗教施設内で介護されてて、全身不随になってるのかは全然説明されないのでよくわからない。
そうこう言っているうちに地震がきて、まず像の金継ぎ部分から崩れていく、というかそこからぽきっと折れていく。せっかく金継ぎしたのにそこから折るんだ!?!??ここは思わず乾いた笑いが出てしまった。湯浅監督のツイッターで
それは炭の中に残った熱、継ぎ接ぎの土器、社会から落ちこぼれる者を生かすコミュニティなど、色んな形で本編に登場します
と紹介されていたのでますます笑ってしまった。今思い返してみると全然面白くないが、疲れた脳にはウケる程度の力はある。生かすも何もそこから壊れているし、そのせいで死人?も出ている。最初に大麻カレーを配ってくれたガチムチのおっさんは、弟を庇ってがれきの下敷きになって多分死んだ。ガチムチの大麻カレーのおっさんの豆知識としては、元力士だったためにガチムチなのであり、この宗教施設に来たのは八百長で相撲界を追放されたからだそうだ。そんな世間って冷たいの?ニュースで報道とかされたことないからわかんない。
そこからは宗教の関係者が地下に置いてあった大量の金の延べ棒を略奪しようとして殺し合いになったり、中年のおばさんが日本刀を抜いて戦おうとしたりしていた。金の延べ棒、金継ぎをやってるんだから施設内に金があるのはあたりまえなんだけど、金の延べ棒としてドン!とむちゃくちゃ大量に出てくるのでなんかもうすべてが雑だよ。あと施設内の人が当たり前のように銃を使っていて、ここは日本のはず・・・・・・・・・としかならないしどう考えてもヤクザと繋がっている。ちなみに銃は、この宗教とは関係なくなっても普通に出てくるので、多分この世界の日本は銃規制法とかない。
そこからは地震がマジでやばくなって、宗教夫婦がAKIRAを連れて逃げようとしたらAKIRAが落ちてきた瓦礫に直撃して死んでしまったのでとてもびっくりした。そこで明かされるAKIRAの障害(おそらく知的障害)と、宗教夫婦がこの宗教を作った理由が明かされるんですけど、この理由は本当にやさしさで出来ているんですよね。
なんでこの宗教が作られたのかと言うと、普通に暮らせないAKIRAのために、霊能力を持つおばさんがAKIRAでも暮らせる理想郷を作るためだったんですよ。だからヤバいキチガイ老人でも八百長で相撲界を追われた元力士でもなんでも受け入れてくれるんですよ。そんなやさしさを持った場所だったから、一部の宗教信仰んちゅは、崩れていく宗教施設とその元締めの夫婦と運命を共にすると決めて、一緒に死にました。優しいなぁ・・・。でも最悪だなぁ・・・て思うのが、AKIRAが死ぬ前に言った「おかあさんありがとう」を夫の方が多分AKIRAはこう言いたかったんだよ・・・て勝手に美しく解釈してきたことですね。AKIRAはありがとうしか言ってないから、AKIRAが何を思ったかは推測することじゃない。まぁ、全員死ぬ前のシーンだからいいや。
地震で何もかも崩れてやばくなったので寝たきりのおっさんを連れて逃げようとする主人公一行。キチガイジジィとダニエルとはここでお別れになる。ダニエルのこの宗教施設に残る理由は悲しくて、彼の故郷であるユーゴスラビアはもうないから、もう優しく受け入れてくれたここで終わりでもいいやって思って崩れていく宗教施設に残ることを決めたんですよ。その感動的なシーンを、ジジィの塔からの弓矢スナイプがすべて持っていくから最悪だ。
ジジィはユーチューバーが救おうとしたんだけど、俺はいい!おいていけ!つって崩れていく宗教施設内に残った。そこで終わりかと思ったら、主人公一行の行く手をふさぐモブたち(当たり前のように銃を持っている)を狙撃して逃げるのを助けてくれるがその狙撃が神がかかっていて不自然極まりない。ダニエルのシーンで締めてくれればこれほどなくよかったのに、完全に蛇足になっていて面白かったです。ジジィもダニエルも多分死にました。これで6話が終わります。5000文字も書いたので一旦区切ります。
2020/7/15 22:49
7話 ニッポンノヨアケ
大麻編を過ぎると特に語ることがないぐらいには内容がなくなるのでびっくりする。実は大麻編から先が本当のクソアニメとしての地獄の始まりだった。7話をダイジェストでまとめると、日本から脱出できる人がマイナンバー抽選で決められて、その抽選とは別に未来に期待できる若者が優先して沈んでいく国内から脱出できることになったけど、有望な陸上選手である歩は家族とかが心配だったので船には乗りませんでした。になる。
あとここで思い出したように歩の足のケガが変色し始めている。ここまで何日かかったのか全然わからなくて、少なくとも多分2回・・・いや多分5回ぐらい夜が来ているんだけど、なんかもう1か月ぐらいたってる気持ちになる。5日ぐらいならまぁ納得できなくもない悪化の仕方だけど、歩の演技と描写が全然痛そうじゃないので全然深刻そうに見えない。かなり適当な描写だ。このアニメはすべてが適当で投げやりに見えるが、私が湯浅監督を信じたいので全部計算づくにも見える。その結果この感想を書くことになったので、あまり深読みはするものではないなと思った。多分日本沈没2020に関しては考察する方が間違っている。この考えを塗り替えてくれる考察があったら教えてほしいし、この考えを塗り替えてくれる考察が有志によって現れると信じさせてほしい。
また、7話にして初めてお母さんが心臓を悪くして、ペースメーカーをつけていることが発覚する。これまでの1話~6話では、お母さんは海に飛び込んでおぼれた子供を助けたり、普通にむちゃくちゃ歩いていたり、全然元気そうだったので全然ペースメーカーをつけているのがわからなかったのでとてもびっくりした。びっくりしたっていうか、フゥン・・・そうなんだ・・・て気持ちになった。へぇ・・・。
脱出する船に優先的に乗れるはずの歩は、その他の家族は日本に残ることになった+都合よく母親と別れる前にペースメーカーに気づいたので船から降りる。お母さんがずっと身に着けていたポシェットはペースメーカーの電源?だったんだけど、最初ポシェットが開けられるときにお父さんの死体の欠片とかでてこないだろうな・・・と思ってドキドキした・・・・怖かった・・・でてきたのはお母さんの生命線だった・・・。でもお父さんの腐った手とか入ってたほうが正直よかったな。お父さんを想う描写が一切ないから。お母さんはマジでお父さんが好きだったの・・・?
しかもそのペースメーカーの充電がそろそろ切れてしまう。パソコン使えてるし充電させてもらえばいいじゃん、て思ったけどなぜかしない。さすがにペースメーカーつけてる人を無視したりしねぇだろ。マイナンバー持ってる人持ってない人番号がわからない人、というムチャクチャ適当な仕分けがされててそこは面白かった。面白いと言っても、この作品は徹底してブラックジョークしか出さないので別に、純粋に面白いものではない。
そうこうしてる間に船は出発して、でっかい地震も来た。みんなで車に乗って逃げるんだけど、途中で先輩の方に鉄パイプが突き刺さってしまう!でも奇跡的に先輩の鉄パイプは、ユーチューバーがスマホでググったかぎり多分大事なところを全部外していたし、ユーチューバーが宗教施設からくすねてきたモルヒネを持っていたので、先輩は大丈夫だった。この怪我はのちの展開に全くかかわることがなかったのでびっくりした。
あと7話にして、急に不愉快な純血日本人以外差別主義者が謎の鉄の船?何?に乗ってやってくる。純血の日本人はこの船に乗せるが、外国人は乗せないというスリザリン生みたいなことを言ってくるし、謎の船は全然客室とかなくてモロに剥き出しなので頼まれても乗りたくないデザインだった。航海を舐めている。海を舐めるな。主人公の家族はお母さんがフィリピン人なので乗るのを拒否されたんだけど、フィリピン人のお母さんはともかく、歩と弟は言わなければバレなかっただろうなって思いました。でもお母さんもそうだと言われなければぶっちゃけただのちょっと日焼けしてる人だよ。ここら辺声優さんが全部棒読みなのでなんか言いたくない感が伝わってくるけど、ただの私の願望かもしれない・・・。
寝たきりのおっさんはモールス信号でノリタクナイ・・・って言うし、謎のロボット犬も無駄に高い知能でノラナイ・・・て言って、結局その人種差別船には乗らないことになる。そこに都合よく海の男っぽいおっさんが来て、漁師船に乗せてもらうことになったんだけど、数秒後に人種差別船が座礁して爆発したのでスピード感にびっくりした。そんでもって海が荒れだして、船を捨てていかだに乗ることになって、ここでも普通に銃が出てくる。歩と弟と気のいい漁師のおっさんだけがゴム製の高性能いかだに入ることができて、お母さんとかユーチューバーとか先輩とかはここでわかれてしまう。正直ここで他の全員が死んだか?と思ったが、全員生きていたのでよかったです。思わずながやまこはるちゃんになってしまう。
ちなみにロボットは機械だからか、さすがにここで生き残ることはできなかったらしい。もしくはジジィの残した外車から離れたくなくて、あの車と一緒に海に沈んだのかもしれない。湯浅監督作品のマスコットにしてはあっさりと消えてしまった。7話はここで終わり。
増田の使い方が全然わからなくて途中で途切れてしまった。続きを張ります。
ストレスと言ってしまえばそれまでなんだけど急にキレ始めるので怖いし不安になる。さっきの終末クソモブ男とカイトを重ねたのだろうか。弟君も知人がすぐそばで死んだのに有名人に会えたことを喜んでいる場合なのだろうか・・・何も感情移入できないのでここらへんで本当に怖くなる。引きこもりの先輩は空気より存在感がない。PT内に入っていることも忘れそうだ。
カイトが一人だけなら謎の機械に一緒に乗せて助けてやるよと意地悪を言って、なんやかんやついてくる。お姉さんの死体はまぁどうしようもないし放置・・・諸行無常を感じる。お父さんのことはあれだけ引きずっていたのに、近所のお姉さんが死んだことはこのあとほぼ何も描写されないので、本当に無情です。
電気が生き残ってたコンビニに入り、必要なものだけもらうことに。歩は必要なものをもらうことに、すごい嫌だ・・・て言ってるけど、スタンスが周りでどれだけ人が死んでも自分は死なないと思ってる人間すぎるのでこれまたよくわからない。もうPT内で二人死んでるけど・・・。
明らかにイカレてる店主に警告され、矢を放たれて追いかけまわされる。矢の攻撃力を舐め腐っていた弟くんの体のど真ん中に矢がぶっささるシーンで3話が終わるが、全然インパクトはないし4話を知らないときにここで弟が死んだと言われても何も思わなかったことだろう。3話目感想終わり。3話目は正直不愉快の塊なので飛ばしてもいい。
4話 ヒラカレタトビラ
弟は偶然懐に入れていたゲーム機のおかげで怪我をすることなく生きていた。そんなことってある?懐にゲーム機を入れてなければ死んでいたところだったぜ・・・・。弟を射抜いた怖すぎるジジィはなんか急にヨボヨボのシワシワになってすまんかった・・・そんなつもりでは・・・とか言ってきたがどう考えても殺意マシマシすぎて説得力がない。これで弟が死んでたら面白かった。はんだごてでジーッてやると、ひび割れたゲーム画面も治るので面白い。
車でどこかに移動するのだが、地滑りなどが起きて地図が無意味に(本当に無意味なのか・・・?地滑りが起きただけで・・・?)といいジジィが地図を捨てるので、ますます現在地がどこなのかわからなくなる。途中でやけに陽気なヒッチハイカーダニエルを拾う。マギー審司のネタをモロにやってくる外国人だ。ここで歩と弟のお母さんがフィリピン人だったことがわかる。それまでただ外国から帰ってきた、やけに日焼けしてる人というだけの描写しかなかったので、ここでフィリピン人だと言われなかったら多分最後まで私はお母さんのことを日本人だと思ってただろう。
ジジィが外国人嫌いなのに外車に乗ってたりとかなり不愉快。でもそれと反して、宗教関連は全然不愉快じゃないんですよね。むしろやさしさの塊なのだ。突然大麻がでてきたりして意外性はあるけど、描写は全体的に見ると作品内で一番穏やかだ。
宗教シティにたどり着き、あたたかなシャワーと食事をもらう。優しい。なぜかみんな服を来たままシャワーを浴びるので、とても不安になる。野菜たっぷりのカレーをもらい、それを食った先輩がお母さんのカレーみたいだ・・・と涙して存在感を出してくる。実は先輩のお母さんは、カレーができたわよと先輩に言ったあたりでカレーと共にがれきに挟まり、ぐちゃぐちゃに潰れて亡くなっていたのだった・・・。血とカレーがまだらに混じり合い、形容しがたい色になった母親の死体を見たのに、ここでカレーを食える先輩。ただ焼かれているだけの猪を見て吐いた歩とはメンタルの強さが違う。
ガツガツとお母さんの味に似ているカレーを貪り食っている先輩をみんながほほえましく眺め、お母さんがカレーを食べて不思議な味ねと言ったところで、突然ダニエルが大麻が入っているのさ!と言うので、前述した先輩のカレーに対するシーンが「大麻入りのカレーを食べてトリップしている疑惑」もしくは「お母さんがカレーに大麻を入れてた疑惑」へと急激に変化することになるのでとても酷いと思った。そんでもってみんな大麻が入ってるって言われても普通にカレー食ってたから、多分大麻が解禁されたか大麻が調味料代わりに使われている日本なんだろう。フォロワーが言う通りネオ日本なのかもしれない。普通は大麻カレーを食わされていると知ったら非常時であっても怒るし、急に大麻入りカレーを出してくる宗教団体はどう考えても異常で怖いからだ。「クセになる味わい」そりゃそうでしょうよ・・・。
大麻は外国では普通に解禁されてるところが多くなってきたけど、突然大麻カレーを説明もせずに出してくるのはマナーがなってないと思うので、この描写は明らかに異常すぎる雰囲気で怖い。事前に「大麻が入っている」と言われればまだマシだったが、結局なぜかダニエルが澄んだ笑顔で説明してきただけで宗教団体の人に「そのカレーには大麻が入っていますよ」と言われることはなかった。
というかお母さんがフィリピン人であることを考えると、この舞台の日本ではカレーに大麻が入っているのは当たり前なのでは?(お母さんが◎◎スタイルのカレーね!と言って明らかにこのカレーを知っている雰囲気なのに、食べてみたら不思議な味だと思う描写から)。当たり前なことは説明する必要もないからね。やはりスパイスの一種として扱われているんじゃないだろうか。大麻は日本の国草だし、日本のスパイス?である七味唐辛子にも一応大麻の種が入っている。きっと日本沈没2020では大麻は麻薬ではなくスパイスとして描かれているのだ。大麻をキメていると考えると、登場人物全員になんらかの狂気があるのも理解できる。大麻の描写が度を超えて肯定されているので、湯浅監督が大麻をキメて日本沈没2020を作ったと言われても理解できるけど・・・。
大麻入りカレーを食った後は施設内を案内され、日本の文化である「金継ぎ」や「もったいない」をなぜかダニエルが説明する。ここでも何故ダニエルが説明するのかはよくわからない。説明したがりやさんなのかもしれない。歩も弟もお母さんもジジィも引きこもりの先輩もみんな日本に住んでいるし大半が日本育ちなのに・・・。
地震につよいからと言ってモンゴルの家屋である「ゲル」に案内され、なんかエスニックな雰囲気なまま一日が終わる・・・と思ったところでここでジジィが麻薬中毒なのが発覚する。ジジィがここにみんなを連れてきたのは麻薬を手に入れるためだったのだ。そりゃ矢も射かけてくるだろうな・・・と納得してしまう強すぎる設定に痺れた。いやでも、矢を射かけてくるのは意味わかんねーんだよな戦争でも経験したのか?このジジィはありとあらゆる意味で強いので、仮にフォロワーが日本沈没2020を見る時はこのジジィに注目しておいてほしい。
てかジジィは普通のスーパーの店主?なんだけどなんでモルヒネ中毒になってんだよ・・・。
なんか中華系っぽい怪しげなピンク色の雰囲気、そしてやけに和っぽいBGMの中、背中にドン!と入った入れ墨が目立つ初老の女性がシルエットだけでヌルンヌルンと得体の知れないヨガを行っているところで4話目が終了。大麻にいきなり横っ面を殴られた回だった。文章だけでは説明しきれない独特の空気感があるので、インパクトを求める人は4話は見たほうがいい。
5話 カナシキゲンソウ
爽やかな朝にジジィがサウナに入り、水風呂で汗を流すところから始まる5話。どう見てもヤク抜きの現場だ。このジジィはもう薬物中毒と、歳のせいかかなり狂っているので、ヤク抜きする意味はないと思うしなんでこのシーンが入るのかはわからない。
ジジィは唐突に水風呂につかりながら「はぁ・・・ここにいる・・・」と感慨深げに言うのですが、これには後述する理由があった。初見だと唐突に意味わからないことをいうので、もう完全にこのジジィは終わっているなと思った。いや実際いろいろと終わっているんだけど・・・・とにかくパワーが強すぎて一番印象に残っている。
ラジオ体操やってる宗教団体の人たちがいたり、クソデカ彫像にメチャクチャ金継ぎがされていたりする。クソデカ彫像にメチャクチャ金継ぎを行うのは、明らかに金を大量にもっていないと無理なので、宗教団体の財力が垣間見える。突然主人公一行に合流してきたジジィが偉そうに車いすを要求。普通に歩けるのに。ただ、この車いすがのちに活躍することになる。
この話で「マザー」と呼ばれる4話最後にでてきた初老の女性が、10歳の子供を媒介に霊を下ろすスピリチュアルな儀式を施設内で行っているのがわかる。この子供がどう考えてもAKIRAなのでオイオイオイ・・・と思った。依り代として財布を受け取り、依頼者の母の霊を下ろして津波に攫われた私を助けてくれてありがとう・・・と依頼者に言うのだが、続く言葉が「暗証番号は金庫の中だよ」なので何もかもが台無しになる。ここらへんでさすがにストーリーのハシゴを外されまくるのにも飽きてくるし、正直こういうシュールギャグも全然面白くないので苦痛になってくると思うが、大麻編は6話まであるので大麻のその先に何があるのか知りたい人は6話までは見たほうがいい。
最初に大麻入りカレーを配ってくれたクソデカいおじさんがなんか白濁したポタージュみたいな謎の料理を配ってくれる。多分説明されていないが、これにも大麻が入っているんじゃないかと疑ってしまった(大麻が入っている説明はされなかった)。というかこの場所のすべての食事に大麻が混ぜ込まれていても不思議ではない。なんでかっていうとびっくりするほどでかい、明らかに違法なクソデカ大麻畑がこの宗教施設には存在するためです。
大麻カレーを食べてからやけに表情が明るい先輩が、労働の喜びに目覚めるなどして人間性を取り戻していく姿はどんな顔をしたらいいかわからなかった。大麻がなければいい話なのに、大麻のせいで何もかもが疑わしく思えてくる。それもこれも大麻が悪い。
大麻が出てくるとストーリーの何もかもが破壊されていくことがよくわかるので(登場人物すべての行動に「もしかしてこいつは大麻をキメてるかも」のノイズがかかるため)、もしかしたら大麻のすばらしさを語っているのではなく、大麻の恐ろしさを訴えているのかもしれない。こういう考察も、監督が大麻キメてそうなハチャメチャ奇想天外な展開をどんどんお出しされるともう考えるのが馬鹿らしくなってくる。これを反日アニメだと思っている人は見る前からすでに頭がおかしいか、それかたぶん視聴していないと改めて思った。そういう意味では監督は天才なんだけど、このアニメは最悪。
労働の一環として歩は寝た切りのおっさんの介護をすることに。寝た切りのおっさんは全身不随になっていて、ちょっとだけ指とあと目だけ動かせる。おっさんの介護をしている歩の表情はなんかやけに穏やかだ。あれだけ情緒不安定な姿を見せられた後では、大麻があらぶっていた精神をクールダウンしてくれたんだろうとしか思えないが・・・。
夜になって労働?奉仕活動?がおわり、一行は割り当てられたゲルへと戻る。薪の火が消えたので、やけに活力的になった先輩がガスバーナーを持ってくるよといってゲルから出て行った。ガスバーナー・・・?マッチとかじゃなく・・・?ゲルが燃えそう。火はガスバーナーを使うまでもなく、ジジィが息を吹いて起こして終わったので先輩の行為は無駄に(わざわざその描写もある、何なの?)。その日に行われる謎の週末パーティに誘われたので歩と弟はパーティへ参加することになった。
パーティに参加する前に、歩と母親がまた喧嘩をするんだけど、その理由が酷い。お父さんの声を聴きたいという歩にお母さんが聞いても無駄だよ・・・っていうんだけど、歩はそれをお父さんを忘れて、ダニエルと仲良くしたいからだと思うし、それをお母さんに言ってしまうのね。あまりにも酷すぎる・・・実の子供でもこんな子供は嫌だ。お父さんが死んでつらいのは歩もそうかもしれないけど、恋人を亡くしたお母さんが一番つらいと思うよ。
言いたいこといって気持ちよくなった歩にお母さんが「大人になってちょうだい」て言うんだけど、なんかもう、大麻編の先がどうなるのか見たい!て気持ちがなかったらここで切ってた。それぐらい最悪だったし、大麻畑のある宗教施設の週末パーティはやっぱりドラッグパーティで、この描写がクラベビを思い返させたし、先輩は多分大麻を吸ってDJになった。ちなみにユーチューバーも大麻を吸っていたことがこの後判明する。
息子と娘がドラッグパーティに参加している間にダニエルとお母さんが話す描写がね、また良いんですよ・・・こういう要所要所に湯浅監督節をキメてくるのでなんかだらだら見ることになる。
そんでもってお母さんと歩が和解するなんかいい感じの雰囲気の朝が来たと思ったら、急にジジィが車いすを乗り回しながら弓で施設内の人間を2人ほど殺す描写がやけにかっこよくでてきてもうマジでなんか温度差で死ぬんだよね。ジジィの描写は文字であらわすと頭痛くなるから描写しません。
5話冒頭の「はぁ・・・ここにいる・・・」は宗教として祭り上げられている10歳の子供のことだった。ジジィはこの子供を奪還するためにここに来たっぽいんだけど、絶対大麻が理由の50%ぐらいを占めているんじゃないかと思う。ちなみに子供を連れ出そうとしたジジィは、盗んだ車で脱走しようとした途中でヤクが切れて運転を失敗し、宗教施設の塀に突っ込んで自損して気絶したので最悪。ここで5話が終わる。今思うとここが一番の山場だった。
6話 コノセカイノオワリ
ここら辺まで視聴すると、タイトルがカタカナで描写されているのも腹が立ってくるようになる。ちなみに「コノセカイノオワリ」がタイトルだが、ここで終わるのはどっちかっていうと世界じゃなくて宗教施設だ。そもそも日本だけ沈没してるから、タイトルのスケールがでかすぎる。クソアニメを見ているとこういうところにもケチをつけたくなる。なまじメッセージ性があるから、考察する余地があるんだが、その考察をしている最中でわけがわからなすぎてこっちの頭がおかしくなってくる。勝手におかしくなったのを作品のせいにしたくもないが、本当に理解できなくて脳がバグる。
湯浅監督は、なんか炎上してますね~みたいなスタンスをツイッターで取っているが、このアニメで何がしたかったのかあとでインタビューとかでまじめに答えてほしい・・・。いや、やっぱり失望しそうだから答えなくていいよ。なんか炎上してますね~~いやそりゃ炎上するでしょうよ・・・逆に炎上しない自信持てねぇよこんなの。監督は炎上しないと思ってたん・・・?逆に怖いよ。てかこれに関しては、内容じゃなくてタイトルが悪い。日本沈没2020、完全に内容がタイトル負けしているのだ。別タイトルのオリジナルアニメだったら、ここまで炎上しなかったと思う。なぜなら日本沈没2020を見て(本当に見たのかは非常に疑問に思うが)騒いでるのはツイッターで見たところ右翼と左翼の人が中心だから。一般の人間と、監督ファンはどこを褒めればいいのかわからないのでさほど話題にもなってないという印象がある。最もこれはあくまで私の印象なので、自分で「日本沈没2020」をツイッターで検索するのが一番いいです。自分の目で確かめて。
「素直にこうあった方が良かったと言う意見も今後の参考になる。評価や分析された非難はあまり参考にならない事が多いが、たまに誉めてるものに鋭い見方があったりする。つまらなければ、あまり考えないし、面白ければよく考えるせいかと思う」
と言っていた。実力がある監督がクソアニメを作ると、つまらなくても考える羽目になるんですよねぇ。実力があるから何気ないシーンに考察の余地を残せてしまうし、実力があると知っているからこそ監督はこのシーンでこういう表現を訴えてるんじゃないだろうか?と考えてしまうんだ。だってこれまでの作品がそうだったし、そう思わせる下地や表現を監督はアニメで作ってきたでしょ。クラベビとか特にすごかったですよ。クラベビ何回も見返した。特にバトンのシーンがあまりにも素晴らしかった。バトンが澄んだ音を立てて地面に落ちて、何度渡しても了に受け取ってもらえないところの表現が本当にすごくて、ネトフリを開くと必ずクラベビのあのシーンを見たくなったし実際に見てた。だから日本沈没2020も酷評されてたけど、まずは自分の目で確かめようと思って最後まで見た。
まぁケモノヅメとかはぶっちゃけわけわかんなかったけどでも日本沈没2020レベルの意味不明さではなかったのよね。そして面白かった。他の作品も全部面白かった。ケモノヅメはわからないけど、面白かった。日本沈没はわからないし、面白くないです。だからこそこの考察?感想?書いてるのが自分自身むかつくんだけど、こういう形を取らないと「大好きな湯浅監督のクソアニメを見た」感情に整理がつかない。日本沈没2020を見る前は、まさか自分が「お前のことが大好きだからこそ殴っているんだ」みたいなDVクソ野郎みたいなことを主張する羽目になるとは思わなかったな。
私は「作者はそこまで考えてないと思うよ」って言葉がだいだいだいっきらいなんですけど、日本沈没2020に関しては「作者はそこまで考えてない」ことを祈ってしまう。すべてを大麻のせいにしたいです。
途中から感想じゃなくて文句になっちゃったけど、感想へ戻ります。
6話はそれまで陸上というかありとあらゆるものに消極的だった先輩が、ランニングをしているところから始まる。大麻のことがなければ、引きこもりだった先輩が立ち直り始めた良いシーンだと思うが、ここでも大麻が邪魔をしてくる。大麻のことを考えたくなくても
ふせったー内で身内にずっと吐き出していたが、日本沈没2020を観て思った事をここに張っていく。匿名だし、増田なんて多分本当に日本沈没2020に興味がある人ぐらいしか見ないだろう。でもその人が見てくれたら何よりもうれしいことはない。増田の作法がわからないので何もかも間違ってたらすみません。
たしか一昨日ぐらいに日本沈没2020をネットフリックスで全話見た。批判されていたのは知っていたが、湯浅監督の作品がすべて好きだったから自分の目で確かめたいと思った。結果悪い意味で打ちのめされて、日本沈没2020を観た次の日はずっとふせったーに籠って、まる一日をかけて30000文字ぐらいの感想(あらすじがほとんどかもしれない)を書いた。ただ30000文字だから、ものすごい長い。なのでその1日でわかった要点をまとめるとこうなる。
①「日本沈没2020」は右京先生の「日本沈没」を元にした作品で、ノベライズがある
②そのノベライズは、湯浅監督が書いたものではない。なので日本沈没2020のストーリーを描いた脚本家は湯浅監督ではない・・・
③湯浅監督はこれほどなく忠実に「日本沈没2020」をアニメ化していた
もうこのことさえ知ってくれればあとはどうでもよくなる。反日だのなんだの騒いでいる人もあほらしくなる。何故って日本沈没2020を視聴したらそんなことは言えなくなるからだ。これはもうそういう次元の作品じゃないんだ・・・・・。感想内で何度も書いたけど、逆に本当に見たのか気になるぐらいだ。反日だの陰謀だのなにもかもが虚構だ。批判すればするほど滑稽に見えて、考察すればするほど何もなくて空しくなる。こんな虚無のストーリーもなかなかないんだけど、そこで湯浅監督の表現力とぶつかってしまってビッグバンが起きたのは不幸だった。
丸一日かけて日本沈没2020に浸かってしまったのは多分私がアニメがどう作られているかに詳しくなかったのが原因だ。だから脚本も湯浅監督が作っているのかと思ってしまった。そこが間違いだった。これは自分の無知を恥ずかしく思った。OPとEDもしっかり見るべきだったんだなぁ。今度からはしっかりチェックしますね。
下記からはふせったーに書いたものをそのままコピペしたものになる。読んでもいいし読まなくてもいいけど、とりあえず置いておく。これから日本沈没2020を観ようかなと思っている人の参考になるとすっげーうれしい。また、途中で湯浅監督をぼろくそに言っているが、それは脚本家の存在を知らなかったためです。申し訳ありません。
長すぎるので2つに分けます。
無限に文句言ってしまうので改めて感想をまとめたいと思いました。本当に無限に文句言えるんですけど、それすら監督の予定調和の中な気がしてそれにもキーッ!むかつきますわぁ!!の悪役令嬢になって地団太を踏んでしまうことになるのですごいアニメだった。1話から振り返りをします。
序盤は普通に日本沈没2020の始まりだ・・・!て感じで、すごい描写が良かった。リアル感のある揺れ方とかでここで一度トラウマがよみがえって気分が悪くなった方もいるんじゃないかと思う。陸上の練習中に地震で被災し、足にけがをしてパニックになって周りの友達を助けずに逃げてしまった主人公、歩の心情も、無力感と罪悪感にまみれていてよかった。14歳だもの・・・。ただ、逃げているときに歩が父親が庭に飾ったイルミネーションのことを思い出していて、それで家族が集まる場所の証になったのが「神社に飾り付けられたイルミネーションだった」時には思わず2度見をしてしまった。電気の消えた町の中で燦然と輝くイルミネーション神社の絵はまるで悪夢のようだったし、何かの幻覚なんじゃないかと思った。
突拍子すぎてよくわからなかったし、貴重な電気をイルミネーションで全部使うなや!としか思えないのがすごい(このしばらくあとにイルミネーションは電気ぎれで切れる)。ただの地震やないぞ・・・!?普通にあちこちで人が死んでる災害やぞ・・・!?なんかもっとあったんじゃねぇのか!?しかも七色に輝くゲーミングイルミネーションでもうだめだった。ここで嫌な予感がした人は正しいと思うし、大部分の人間が「何故イルミネーションを?」と思ったのではないかなと思う。肯定的な意見があったら教えてほしい。あとどこから調達したのか普通に気になるな・・・。
まぁイルミネーションはさておきとして、神社にはイルミネーションを目印にして家族が集まっていた。水泳が得意らしいお母さんと、日本語と英語を織り交ぜて話すやけにむかつくクソガキのゲーマー弟と、建築の仕事をしているお父さんだ。あと近所の知り合いのお姉ちゃんと、引きこもりの陸上の先輩がいる。この引きこもりの先輩は、なんかイケメンの有名人らしくて同じく避難してきた近所のおばちゃん集団にヒソヒソと噂をされていた。
日本沈没2020ではそういう今話すことじゃねぇだろ?みたいな感じの描写が異常に多い。それも湯浅監督のツイート通り、表したかった「リアル」なんだと思うが、日本沈没2020なんてビッグタイトル以外のタイトルでやってほしいところだ。あと一応私自身も東北の震災は経験してるし周りがパニックになるところも見てたけど、流石にあの状況であそこにいるの引きこもりのあの子でしょ・・・?とかいう人間はいなかったなぁ・・・正直家族とか知り合いのことが気にかかりすぎてそれどころではないよ・・・好意的に見れば、先輩のことを説明する一番の近道とも言えなくもないのかもしれない。ただ、この先に先輩の引きこもり描写が何か意味があったのかというと、特にないのでやっぱり必要ないと思う。だからやはり、人間の悪意だけをあえて描いているのだと思う。そこは作品を通して徹底的に描かれているから、意図的だろう。
それから突然お母さんが家族写真を撮ろう!と言って・・・・まぁ、どうなるかわからないから写真に残しておきたい気持ちはわかるけど、震災時に写真を撮るような心理状態にはならないと思うので、ここも え?急に写真を!?となってしまった。この写真も後々最終話の伏線(?)だったことがわかる。あんまり伏線って言いたくないけど、まぁ写真を撮るのにも理由はあったという話。
そこから急に木の下に座り込んでいた引きこもりの先輩の腕に、雨かと思ったら血が降ってくる。あと死体?も降ってくる。空を見上げるとヘリコプターから人が落ちていて、イルミネーションされた木にも死体がクリスマスの飾りみたいな感じで乗ってた。
死体が降ってくるときに音がするわけでもなく、最初私は木に元から死体がひっかかっていたのかと思った。死体はイルミネーションで輝いている枝に乗っていたので、そう考えるとお父さんが死体を無視したことになってしまう。だからやっぱりヘリコプターから落ちてきたんだろう。でも重力の関係でそこにひっかかるまえに枝が折れるし、血もビチャビチャ降ってくるんじゃないか?なんかいつの間にか怪我をした人達も避難してきて、これにて第一話が終わる。
ここの空気が完全にゾンビ物だったので、このままゾンビ物が始まるのかと思った。いっそここで日本沈没2020ゾンビ大パニックとかに路線を変えてたら湯浅監督最高!て言えたのだが、残念ながら日本沈没2020は日本沈没2020のまま10話まで続いていく。1話目の感想終わり。
朝になり、なんかユーチューブとかネットで記事を探していた人達が騒ぎ出す。ユーチューバーのカイトという人がなぜか沖縄沈没の瞬間をドローンで撮っていて、こいつは一体・・・?となる 沖縄沈没の瞬間をドローンで撮れるユーチューバーは正直意味がわからない。なんでドローンで沖縄全体を観察してるんだよ。どういう規模のユーチューバーなんだ。国が雇ってんのか?
日本が第2のアトランティスになるとか陰謀論だとか、なんかツイッターのトレンドに上がってそうな感じの勢いで人々がありとあらゆるノイズをしゃべる。ネットにも記事がどんどん出ている。マスコミは情報を出さないというセリフすらある。携帯でテレビを見て情報を集める人がいない描写といい、ここは完全に日本マスコミへの風刺ですね。いたかもしれないけど見返す気はないです。
避難先になった神社はとても高い場所にある。というか神社って大抵そういう感じだよね。まわりに水が満ちてきたので、ここから脱出しようみたいな話になったんだが、避難先の神社にはコンビニの物資を大量に持ってきているコンビニの店長さんがいた。よって食料や水に困っているというわけではなかったし、普通ならここで安全な高台を捨てて歩くという発想にはならないと思うが、みんな神社を出た。歩は怪我をした足を保護することもなく、汚水まみれの水に浸かったので足が痛いみたいな描写がある。お察しの通り後で傷口から感染症になる。予定調和と言ってもいい。ここは別に違和感はない。まぁそりゃそうなるよねという感じだ。逆にならないほうが不思議なので、感染症になってくれてよかった。
神社にいた集団は、西に行くか東に行くかで途中で別れることになる。主人公たち(父母、弟、歩、近所のお姉さん、引きこもりの先輩)は西へ、他は東へ行くそうだ。ちなみに主人公たちが西へ行くのは弟が海外のゲーマー友人と連絡をとってどこに逃げたらいい?て聞いたことが理由なんだけど、別に根拠とかなくてゲーマーはただ「西に行け」と言ってるだけなのでマジか?て思った。予言か何かかよ。
別れる時に集合写真を撮る。ここは理解できるよ。ただ、2話で理解できた展開はここだけだった。
西へ向かって歩いてる最中に、謎のロードバイクに乗った男がなんか水を球体にしてそのまま飲めるやつを食べていたり、スケボーに乗った男が主人公たちを追い越すシーンがあるが、何を伝えたいのか全く分からないので、なにもわからなかった。歩かないで何かに乗れ!という意味だったのかもしれないですね。
道端に座り込んでいたおじいさんとおばあさんに、歩が家族にとって最後の水を「これが最後の水である」とわかっているのにどうぞと言う。おじいさんとおばあさんは普通にそのもらったペットボトルをもらったものだと思い、バッグへしまう。歩のえっ?という表情にこちらもえっ?となった。これどうぞ・・・て言われてそれが最後の水だと思うか?なんかこう、意図的に外してるのはわかるけど、外しすぎて意味わからんことになってるからマジで意味がわからん。
歩いた先にあるコンビニには何もなくて、歩がごめんねって言ってた。コンビニに何もないのがもうなんか災害起きてから1日後のそれじゃなくて、明らかに退廃後の日本・・・みたいな感じで時間間隔が何もわからなくなる。多分この世界の人々は自宅に備蓄とかしてない。
そこからなぜか山に登り、滝を見つけた。滝がある山で良かったですね。泳げないといってた弟をお母さんが滝つぼに突き落としたりしてて私がドン引きしたりした。そのあとは民家に降りて鳥がやけにリアルに死体を食べているところを見たり、お父さんがコメディ調でイノシシを仕留めたりした。野生動物を舐めるな。
イノシシを捌いて焼いてるときに歩が突然吐き出したので傷からの感染症がとうとう体に影響を?と思ったらなんか多分肉がダメな人っぽいだけだった。別にそれはいいんだけど人が飯を食ってるときに吐くのは人間として最悪だと思う。肉をみて気持ち悪くなるんなら猪をさばいてるときに吐きなよ。なんで焼いてるときに吐くんだ。
肉が食べられない?のでおなかがすいたよ~になってる歩のために、お父さんが山芋を取るな!の看板を見つけて山芋をさがしてそこらへんにあったスコップで山芋を掘る。長すぎて木の根っこ掘ってんじゃねぇのて思った。お父さんが掘り進めている間に、歩が蔦に覆われた「不発弾注意!」の看板を見つける。
というか不発弾注意!の看板がそこら辺にあるし、なんで山芋看板は蔦でおおわれてないのに不発弾注意の看板は繁殖した蔦でむちゃくちゃにおおわれてんだよ。どうやらここらへんの住民は不発弾で死なれるより山芋を取られる方が嫌だったっぽい。それか山芋と不発弾がセットになっていたので、この近くの山芋は不発弾の上に芽生えるのかもしれない。つまり山芋を掘ろうとしなければ、不発弾に出会うこともないので、結果として山芋を掘るな!という看板だけ綺麗にするのだ。ここまで考えて悲しくなった。
お父さんが不発弾で爆散四散する前の前振りがこれなんだけど、本当に意味がわからないから、これから日本沈没2020を見る人はここで止めといてもいいと思います。この適当なシナリオに対して、土くれと一緒にバラバラになったお父さんが降る光景とか、お父さんのちぎれた手とか、そういう描写に力入ってんのが本当に笑うしむちゃくちゃ笑った。全編通して死体描写だけは上手いんだよな。しかも2話はそこで終わる。え?ここで終わるんですか?お父さんと土と血の雨の中で!?てのにもびっくりした。
ちなみにここで山芋に対して、「お父さんがつくったこれ大好き!」て思い出すセリフがあるんだけど、山芋で何を作ったのかは最後まで明かされなかったです。2話の感想終わり。
3話 マイオリタキボウ
前回でお父さんが爆発したけど、特になにも思ってなさそうな顔で歩き続ける一行。その中でも歩だけはむっつりとした顔をしていて、お父さんが爆発したのを気にしていることがわかる。ここの部分は歩以外のみんなは、とりあえず生きる事を目標にしているのだということは伝わってくる。悲しむことはいくらでもできるし、今はまず命をつなぐことが大切だからだ。でもこの作品はあくまで「日本沈没」なのであって、他の国も全部滅びたわけではないので、主人公たちがここまでサバイバルする意味はさほど感じられないのがネックになっている。普通だったら神社で自衛隊や救援を待つんじゃ・・・。
ただその場合はこの物語は始まらないんだけど、でも何もこんな物語にしなくても良くない?
歩は無限に父親のことを考えていて、歩いている途中で癇癪を起して道端に座り込んでしまう。その癇癪の起こし方があまりにも幼稚で、お父さんがプレゼントしてくれた靴を脱いで投げ捨てたり(死んだお父さんのプレゼントなのに大切にしないんだ!?)何日も風呂に入ってないからお母さんが臭いとか、お母さんの顔が汚いとかちょっとわけのわからない暴言を吐く。お母さんのことが嫌いなのか?あまりにも酷いのでここはちょっとびっくりした。湯浅監督は歩に何をさせたかったんだろう。ここの考察を求む。ちなみに10話まで見たけど、特にお母さんが歩のことを邪険にしたとか、お母さんの子供じゃないとか、そういうのは一切なかったんだよな・・・。反抗期?お母さんかわいそうだ・・・。
都合よく通りかかった明らかにこの終末を楽しんでる感じの男の車に乗せてもらい、どこかへ移動。この移動もどこなのかよくわからないがどこかへ向かっている。ガソリンスタンドでガソリンを入れようとしたけど、機械が動いてないので入れられず暇になった男がタバコを吸いながら近所のお姉さんの肉付きのいいお尻を見て襲おうとする。ここまでは終末のテンプレ。
近所のお姉さんはそれまで何も描写がなかったのに、いきなりつよつよカラテの有段者になり、男を撃退する。とはいえあんまり効いておらず、男がスタンガンを取り出してきて一瞬危ないことになるが、お母さんが棒で殴って助かる。ただ、男がむちゃくちゃタフすぎてお母さんも反撃を受けてやばいことになり、最終的にスタンガンを奪って結構長い電撃のカットのあとにようやく男を倒す。倒れた男の眼鏡をお姉さんが奪って引きこもりの先輩の割れた眼鏡と交換してあげるのが美談風に描かれているが、なにも美談ではないし俺が先輩だったらそんな眼鏡はかけたくないかな。
この描写ここまでいるか?お母さんがお腹のみぞおち当たりを殴られててすごいかわいそうだった。暴力描写にもめちゃくちゃ力が入っていた。力を入れるところを間違っていると思う。ストーリーとして必要なところに力を入れず、死体描写や暴力描写だけにやけに湯浅監督ならではの表現力とテンポを入れるので、結果として「日本沈没2020」から受ける印象が醜悪になる。狙っているのだろうけど最悪の一言に尽きる。
日本沈没2020は徹底的に「主人公たちがどこにいるか」を描写しないんだけど、そのせいでマジでどこにいて何をしているのかわからない。車のガソリンが切れたので、いかにも両脇に危険な感じがある謎の道をひたすらに歩く。近くに富士山が見えるので、多分山梨とか・・・静岡とかそこら辺なんだと思う・・・。あやふやすぎる・・・。
引きこもりの先輩を気遣った近所のお姉さんを見て、自分も気にかけてもらうために歩がわざと座り込む。近所のお姉さんは優しいので構ってあげる。どうしたの?と言われたのでおしっこ行きたい・・・という歩。さっき意地をはって喧嘩した手前、母親にトイレ行きたいからちょっと待っててと言えなかったんだね・・・。思春期?反抗期?だね・・・。
近所のお姉さんと連れションしにいったが(お姉さんは明らかにトイレに行きたい感じじゃなかった)、一歩の差でお姉さんが溜まってた毒ガスで死に、歩は生き残った。本当に一瞬で死ぬので、とても展開がスピーディー。空から謎の白髪のイケメンが謎の機械を使って下りてきて、そこは毒ガスがあるから立ち寄るな!と言ってくる。前触れもなく急に現れたので本当にびっくりした。
有名ユーチューバーのカイト(KITE)じゃん!と弟君が喜び、カイトが自分のことを知っていた弟君におかしをあげようとしたら歩がいきなりキレ始める。そのキレ方がまた異常で、あげようとしたお菓子を人から盗んだものだと決めつけて、取り上げようとする。そのお菓子は外国のお菓子で、カイトも外国の人なので盗んだものじゃないでしょと弟から言われる。ここ本当に思考が飛躍しすぎててわからない・
これは鬱病が再発したアイマスPがダラダラと書く、チラシの裏のような内容なので読まなくていいです。
頭と心のわだかまりを書き連ねて気持ちを整理したいだけなので。
※下記に書くアイマスライブ関しては全てライブビューイングでの視聴。
アイマスのライブもだが、他に好きなアーティストのライブを見ても気持ちとしては楽しいが、どこか何か物足りなさを感じて100%盛り上がれきれない。
恐らくこの時点で一度は寛解してた鬱病がジワジワとぶり返していたのだろう。セットリストを見返しても、盛り上がるの間違いないので演者側の問題ではない。
ただこの時点では気持ちとしては前向きだったり、行きたいと思える場所やイベントは多かったし、実際行動を起こせていた。
結果的に100%では無かったが、それでも7~8割は楽しめていたからお金と時間作って見に行った事は後悔してない。
ライブを見に行っている頻度としてはアイマス関係が多いのでアイマス基準で考えてしまうが、少なくとも2018年の初星宴舞やSS3Aの次点ではまだ楽しめていた。
正直な話、一度寛解するのに10年以上掛かった事もあって、鬱病がぶり返してきているという現実を直視出来ず、なんとなくその事に目を背けていた。
でも目を背けるのも限度があって、デレマスの6thの時点でとうとう鬱病の気配を無視できなくなっていた。
というのも、私の中で言う程盛り上がれなかった。
これもセットリストや演出は楽しめるものだったし、理屈としては不満なんて無い。寧ろ良いライブだった。
ただ、これをちゃんと楽しめないという事は病気の影響なのだろう。
そして「また鬱病と向き合わないとダメかと」諦め半分で思うようになった切っ掛けが今回のデレマス7thライブ。
2ヶ月前にやった公演に関しては、上記の事もあり行くかどうか悩みつつも結果的に行く事にした。
見た感想としては5割楽しめたかも微妙になっていた。行かなくてもよかった気がする反面、行ったことに対する後悔はしてない。
そしてまた、今月の公演に関しては行くかどうかかなり悩み悩んだ結果、
仮にチケットの抽選に応募した所で「チケットの抽選に外れてくれればいいのに」と考えてしまったので行くはやめることにした。
毎度の事なら振り返り上映もあるだろうしと思い諦めた瞬間、心の中が少し軽くなった。多分、自分が思ってた以上に重荷になってたんだろうな。
でもって今月の公演が終わり、セットリストやサプライズ関係を見てても、心があまり反応しなくなっていた。
中でもショックだったのは、自分の担当アイドルが久々にソロ曲歌ったり新曲貰ったりしているなんて本来なら歓喜するハズなのに、その担当の出来事すら興味を持てなくなっている今の自分が一番ショックだった。
あれだけ好きだったデレマスにもうここまで興味持てなくなっているなんてな。
いっその頃コンテンツ側がやらかして嫌いになれる事があるなら楽なのにな。
好きだった物に対してジワジワと興味を失っていくのって悲しいというか虚しさを覚える。
実際、公演を見なかった事に対して後悔の念が一切無い。
以前鬱病を患った時とはまた違う方向性で精神をジワジワと削られているんだなと思い知った。
ここまでつらつらと書いたものの、別に嫌いになった訳じゃない。
寧ろ、また好きになれたらいいなって思う。