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はてなキーワード: 一般とは

2019-04-23

本が読めなくなった俺が再び本を読めるようになった話

 本が読めない。

 読書家が人生において遅かれ早かれ直面するところの事件である

 本が読めない。


 特に文学小説が読めなくなった。


 当方二十代後半の男であるが、今より遡ること十八年ほど前にラノベブギーポップは笑わない)と出会い、それ以降文芸における視野国内外純文学文芸作品へと広げ、様々なジャンルにおける読書体験を営みながら、これまでの人生を生きてきたものである

 そして、その読書体験の勢いと呼ぶべきものを二十代の前半辺りにまで持続させ、さてこれから人生においても長い付き合いになりそうだなあ、などと呑気に構えていた時分、不意にその能力消失したのであった。


 読書能力消失

 何故なのかは分からないけれど、突然本が読めなくなったのだ。

 書物との別れ。


 何故なのだろう? 当方通勤に一時間以上を費やす難儀な民であるため、通勤時間中は心を半ば無にし、脳の活動を極低状態にまで抑え、死んだ目で通勤していたのが仇になったのだろうか。
(皆さん、覚えておいてほしいのだけれど、通勤時間20分を上回るようになると脳の鬱傾向が加速するというエヴィデンスがあるそうなので、通勤時間はできるだけ短縮するようにしましょう)

 でも、俺に関して言えば未だに通勤時間は二十代の前半から変わっていない。むしろ職場の変更から伸びたくらいであって、つまりその移動距離は未だに脳に対して厄介な負担を掛け続けているということになる。


 まあそら本も読めなくなるわな。

 考えてみれば当たり前の帰結だ。


 とにかく去年の夏に至るまでの数年間、俺は本を読むことができなかった。


 読みたい本はたくさんあった。それこそ山のようにあった。かつて、若き日の盛りに大阪へと日帰りの小旅行に行った思い出があるのだけれど、それは梅田存在する某超大型一般書店に立ち寄るためだけに計画された小旅行なのであった。そんなこんなで、俺はその超大型書店へと赴き、そこで購入できる限りの本をわんさと買った後で、地元へと帰還したわけである。無論、それらの本の内の殆ど積ん読ルートを辿り、今も尚本棚一角を占めその存在感を俺にアピールし続けている。

 まるでそれは十字架だった。

 俺の、購入した時点で尽き果ててしまった、知識に対する独占欲好奇心に対して釘を打ち付けるかのような、それは罪悪感を俺に植え付けるための十字架のごとき存在だった。

 何故なのだろう。

 何故我々は本が読めなくなってしまうのだろう?


 ここに至る理由には色々あると思うのだけれど、第一に思い浮かぶ理由といえば加齢である


 残酷な、そして受け入れがたい真実――加齢は脳を萎縮させる。

 人間の脳は部位によっては三十代を超えてもなお成長し続けると一般に言われているが、しかし厳然として人間の肉体は二十代の半ばを境に衰え続けるのも事実である。というか、どちらかと言えば成長よりも衰退の方を意識せざるを得ないのが殆どではなかろうか、と思う。我々は衰退している。というか、我々の脳は衰退しているのである。衰退しました。――つまりは、我々は一度読書能力を失ってしまうと、よっぽどの克己心を持たない限り――あるいは、そのような驚異的克己心を持たない限り――そのような超人的克己心に基づく人格改造なり人体改造を経ない限り――再び読書能力を取り戻すことは、難しいということなである

 残酷な、そして、受け入れがたい真実

 俺もそうであった。

 読書能力との別れは辛いものである。それは、まるで一人の気のおけない友人との別れにも似ている。

 喧嘩別れであればまだしものことその別れは――まあ御託はよしておこう。


 結論から言うと、俺は再び読書ができるようになった。


 ぶっちゃけると何でなのかは分からない。でも、確かにできるようになった。

 復活した。アーメン



イースターの季節ですね)


 去年の夏頃からその能力は突如として再生した。昨年から現在に至るまでの読書量は、読書能力が失われていた時代を遥かに超えている。ここのところお硬い文学小説にばかり目を通しているのだけれども、ここ一年間くらいで読んだページ数は5000頁を優に超えた。これまでの読書量を遥かに凌駕するレベルである(待っててねプルースト

 正直なところ、何かを意識して自己改革したという記憶殆どない。強いて言うならば、当時スマートフォン通信制限喫緊重要課題と成り果てていたため、そのデータ通信量を節約するという実情に迫られて、通勤手段である電車に乗り込んでから本を読むようになったのがその理由と言えるかもしれない。


 行きに十ページ、帰りに十ページ。

 それを毎日

 仮に、一ヶ月の間に通勤期間が二十三存在するとすれば、行きに十ページ帰りに十ページを繰り返すのであれば、一ヶ月で我々の読書量は460ページに到達するということになる。

 猿でも分かる(猿には分からない)計算である


 とは言え、まずはそういうレベルから始めるのが得策であろうと思われる。人間は恐らく一日の間に二十ページ以上の本を読むことはできないのだ――特に文学小説のような対象相手取るのであれば、僕らの克己心は我々の想像する以上に貧弱なのである

 さて。


 これは正確に言うとライフハックではない。

 電車の行き帰りで、それぞれ十頁ほどの時間読書に費やすようになった男が存在している、というだけの話である

 そう、キーワード電車だ。脳ミソと通信量のダブルダメージを避けようと、不意に読書人生途上で――つまりはレールの上で――再開しただけの、それだけの話なのである


 参考になったであろうか?

 恐らくは、なるまいと思う。

 とは言え、かつて存在しその後に失われてしまったところの能力が、突如として復活するということは有り得るのだと――俺はただただその事だけを――伝えたかったのだ。今日を生き始めたものけが、かつての息吹に再び胸をなでおろすことができるようになるのである

 皆さん、本を読みましょう。

 魂を取り戻すために。

2019-04-22

anond:20190417172059

いや、デレで声がつく=ライブに出るだからな?

一般ソシャゲと違ってそうそ簡単につけられるもんじゃない

anond:20190421204017

元増田の悩みとは全く関係がないのだが、

我慢汁」という呼称一般化したのはいなのだろう

昔、この呼び方でもカウパー腺液でも全く通じず、

じゃあなんて呼んでるのときいたら

「え? ふつうに、第一ちんぽ汁」ときょとんとしてた知人がいた。

お前の地元ではその呼び方普通なのか、と感心した思い出があるが、

それ以来、じゃあ第二や第三はいったいどういう形状なのだろうとずっと思いを馳せている。

[]ズージャ語

終戦直後ジャズバンドマンあいだで使われた隠語のこと。

特にジャズ」を「ズージャ」と言うような倒語(逆さ読み)を指す。

これが芸能界に輸入されてズージャ語=業界用語のようになり、

一部は一般にも定着した。

タモリという芸名は、本名の「森田」をズージャ語で読んだものである

anond:20190422091520

フェミニズムガラス天井を破ったところで何の益も得られないキモくて金のないオバサンも、ネットエコーチェンバーの中に飛び込めば学者先生から承認を得られる、

よって女性女性であるというだけで救われているし弱者ではないという理屈いくらなんでも「弱者基準が厳しすぎて一般化できないように思うんだが

anond:20190421090855

ワイ30代健常者男性優先席以外でも譲ってくれって言ってええんやで。

そういうのめんどいから基本優先席には座らんようにしてるけど、逆に言えば一般座席に座ってるときはよほどのことがない限り譲る気はない。スマホ見てるか読書してるかのどっちかで、そもそも気づかないし。

でも目の前の妊婦さんから譲ってって言われたらよほどのことだと判断するので、一般座席でも譲ってくれって要求してくれ。言ってくれんとマジでわからんので。

2019-04-21

なんで日本人を「卑怯」の二文字で割り切ろうとする奴いんの?

 日本人はそういうもんじゃないだろ。中国違法風俗店で働いていたと思われる赤い悪魔女の子

が逃げてきて集まっているだけの島だろ。性格一般に赤くて悪魔だが、本質的には、違法風俗

女の子。つまりエロ性格一般に悪いが、内容は人それぞれであって、卑怯という二文字で割り切れる

ようなものではない。超絶に幼稚で悪く、違法風俗女の子という通有性はあるとしても、その範囲内で

性格や生み出す文物は、無数である卑怯という二文字説明できるようなものではない。

数学証明ってどこまで省略していいの?

アンケート

とある数学試験問題に、具体的に与えられた函数 f(x) について「すべてに実数xについて f(x)≧0 となることを証明せよ」と書いてあった。ある人は「すべての実数xについて f(x)>0 となること」を正しく証明する答案を書いた。

その答案をあなたはどのように採点しますか?

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/genkuroki/status/1118158654090297345

 

f(x)>0 が成立するときf(x)≧0 が成立するのは自明。したがって、f(x)≧0を示すためにはf(x)>0を示せば足りる。

それはまぁ良いとして、もう少し一般化して考えたときに、「命題Aが真であることを示せ」という問に、「命題Aの十分条件である命題Bが真であること(だけ)を示す」のは妥当かという疑問が残る。

まり、「(命題Bが真であることを証明する。)→したがって命題Aが真であることを示された。」という回答なら文句なしに満点としても、「(命題Bが真であることを証明する。)→証明終わり」だと、えーって思う。

(あるいは、「命題Bが真であることは命題Aが真であるための十分条件なので、命題Bを証明する。」という前置きを書くのも満点の回答だと思う。)

 

疑問なのは、そのような「自明から省略可」かどうかは誰がどうやって決めるのか?(一般的な決め方はないのではないか?)ということ。

もし明確に基準があるのであれば、省略しても良いこととだめなことの境界はどこにあるのか、教えて欲しい。

ところで取り返しのつかないことをしてしまった、と思うことはよくある。

思い出せばそういう体験は今まで幾度となく体験してきたように思える。

学生の頃も就職の時も転職の時もそうだったと思う。

でもそれが過ぎてしまえばそこで何があってもどうにかなる、正確にはそれらがその後の人生に対して何ら影響しないということを感じてしまう。

なんだか最近自分の考えていることが大そうに幼稚になってしまったような気がしている。

しかし幼稚とは何だろう。そう言えるのだろうか?

感じるそのままを受け取るのか、そうではなく一定以上(どのぐらい?)複雑な概念を通して「理解」をするのか。

人間があらゆる概念に縛られてしまうことを承知の上で戦略的な「理解」を形成していくのがプラグマティズムだと思っている。ところでこの考え方の延長上には芸術言語世界から派生したポストモダニズムがあったりするが、これは時代遅れすぎるという話がある。

とはいえ最近、得た面白い考え方がここ数年の悩みを解決しそうである。それは循環参照や循環論理をその内部で分類するというやり方である。この考え方は思いつかなかった。ある概念事象群の諸関係総体として「循環」しているという状態を外部から解決することばかり考えていたが、そのあらゆる「循環」をひとつ一般化せずに個別循環同士を比較していくつかの共通項(ひとつではだめ!)を探ってみる。そうしたときにAとBという「循環」では共通していたものがCでは共通しないという項目があればこれは「循環」内部で分類可能だ。そうなると「循環」を解決するひとつの緒になるかもしれない。

日記というものは久しぶりに書いた。このキーボードなら書くことと考えることが分化されるいるようで便利だ。

よろしくお願いします。

ネット上のフェミが言う「女」に私は含まれます問題

ツイッターを中心に日々インターネットを見ているだけの

市井の人間のたわ言なので軽く読んでほしい。



私は女だ。そこそこの学歴も持っていて、会社員

昨今世の中を騒がせている#metooにまつわる女性らと大体同じ世代で、20~30代。

おそらく同じような感性で、同じような考えを持って生きてきたはずだ。



ただ、いつも思うのだ。

metooで、女性のあたりまえの権利を主張する人たち。

彼女らの主張が代表しているはずの「女」に、私は含まれているのか?



女性権利を主張する人たちの言う「女」が

ただ「生物学上の女性性」という意味ではないことは理解している。

「女」という役割ジェンダーとしての「女」という意味

被害に遭いやすく、女性というだけで正当な評価を得られなかったりする。

女の全てを平均化した、一般的女性像(そんなものがあればだが)は

きっと一般的男性像よりも確かに不遇なのだろうと思う。



話は変わるが、「レンタルなんもしない人」が、女性にはつとまらなかったりつとまったり

というような文脈でここ数日炎上していた。

きっかけはひとりの女性ツイートで、要約すれば

女性は女という特質上、レンタルなんもしない人は務まらない」という内容だった。

被害に遭いやすいし、性的サービスを求められやすいし、危険



しかに、一般的女性像はそうかもしれない

ツイートを発信した女性も、そういう一般的女性像にあてはまる人なのかもしれない。



でも、その女性像に当てはまらない女もいる。

例えば、生殖機能のなくなったおばあちゃん

例えば、平均的な男よりも断然強い肉体を持っている女。

例えば、顔や体的に全く女性としての魅力がない人(本当にそうかはわからないけれど)。

例えば、乳房も膣も無い女。

例えば、LGBTの人もそうかもしれない。体は男。心は女。



そういう人たちは「レンタルなんもしない人」本当にできませんか?

そもそも「女」を考えたときに、こういう人たちのことを

一切想起しなかったのではないですか?



私は上の例には当てはまらないけれど、

正直に言って、物凄く女性的魅力が無い。

男性から言い寄られたこともなく、言い寄ると向こうから強くお断りされてしま人間だ。

もちろんmetoo糾弾されているようなセクハラも受けたことが無く、

これから先もあるかはわからない。

女だからといって職にあぶれたことはないが、

おそらく見た目のせいで職にあぶれたことはある。

それは女性からではなく、単に見た目が悪いからだ。



から私も、なにもしないだけなら、女性であっても務まるのではないかと思っている。

そう思ったときに感じるのは、じゃあ私は何なのかということだ。

生物学上は女性。でも、ネット上の自称フェミが語る「女」からは疎外されている。



「女」を政治俎上にあげるとき

移民」「黒人」「高齢者etc.政治俎上にあげるのと同様に

特殊な例を省いて一般化しなくてはならないのはわかる。



ただ、フェミニズムの根幹は、弱者弱者のまま価値を認められるということにあるのではないか

フェミニズムの内部で、平均ではない女性を(弱者ではないかもしれないが)無視して

一般的女性像のみを語るのはいかがなものだろうかと思う。



私たち「女」を語るときに、一般的女性像にあてはまる女を語るのではなく

平均化していないすべての「女」の存在

心のどこかに感じていてほしい。



私たち「女」は、という語り口で持論を述べ始める前に、

自分が「女」と女性を切り分けることで、そこから漏れしまっている人、

まりは「仲間外れにしてしまっている人」が居ないか

ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。



ブサイクのたわ言だとか、性的被害に遭ったことのない幸せ人間の言えることだとか

そんな風に思われるかもしれないけれど。

anond:20190421005824

両方とも男性ジェンダーに乗ろうとしてうまく乗れなかった典型に見えることは確かですが、「男の本質」は一般化しすぎですよ。ジェンダー規範に乗ろうとしない男性や加害欲の少ない男性普通にますし、ジレットCMのように加害を止める方向で男性ジェンダーに乗ることすら可能です。

anond:20190421043337

本末転倒では無い。それだけETC化が進んでる証。その分だけ一般レーン減らせるし最終的に無くせたらいい。

人件費も減らせるし、その分値下げや整備へ回せるはず。

いずれ進入20キロというのも改良されていくんじゃないかな。

料金所で一般車レーンよりETCレーンの方が混んでる問題

本末転倒だろ

どうすればいいのか?

女性はすごい

これまで男女は平等であるべきだし、同権だと思ってたけど。趣旨替えしました。

いや、女性はすごいわ。男とは生物としての格が違うのね。

先日妻の出産に立会い、がっつり育児休暇を取得し、妻の実家子育て中。

うちの妻は助産師さんも驚くスーパー安産で経産婦さんより早かったそう。確かにイメージより、妻は落ち着いていたし、あっという間に陣痛から出産まで進んでいった。そんなスーパー安産出産ですら、信じられないくらハード。脂汗をかきながら、逃げることができない陣痛に耐え、ドンドンと強くなる痛みに耐え、終いには物理的に不可能だろっていう大きさの赤ちゃんを股から捻り出し、そして局部を縫ったりするわけです。

人類誕生して以来、今の今までこんな形で遺伝子を継いできたんだなぁと思うと感動。しかし、もっと効率化はできなかったんだろうかとも思う。出来なかったからいま現在に到るんだろうけど。それはさておき、出産という男には耐えられないだろう苦しみを多く(地球上に存在する半数以上)の女性が乗り越えていくわけです。信じられませんね。

さらに大変なのはこれだけで済みません。子供が生まれからは3時間ごとに母乳を飲ませなくてはなりません。オムツを変えなくてはいけません。沐浴をさせなければなりません。オイオイ、これはワンオペじゃ無理でしょ。無茶苦茶やな。

元気な両親と育児休暇中の私の3人でサポートして、ようやく多少の睡眠時間を確保できるレベル。私はオムツ交換と沐浴ミルク作成と飲ませる担当。世の中一般に比べると育児していると思いますが、それでもごく一部のサポートしかありません。相手の両親が家事をしてくれるので、我々はおんぶに抱っこです。

これ、大変だわ。ワンオペ育児をさせる旦那さんの行動は鬼畜所業

現在1日に1回、完全にミルクにして、妻の睡眠時間を確保中。

妻とバトンタッチするまであともう少し頑張ろう。

2019-04-20

anond:20190420192036

一般化が不十分、っていうのは、甘んじて受けなければならない批判だと思う。

こんなところで、親から虐待された!って暴れるのが正しいとは思わない。でも昨今のフェミニズム弱者男性叩き(上野千鶴子は「ギャルゲーで抜いて滅びろ」とまで言い出す始末)は目に余る。

どうすればいいのか俺もわからない。正直、女性みたいに群れて主張したい、とは思わないんだよな。じゃあなんでここで暴れてるのか…うーん、オタクライフに実害があるから、に集約されてしまうかもしれないのがかなC

anond:20190420191725

一般化が不十分ではないかという批判は大いに有効だろう。

だが自然科学の仮説だって最初の一歩は主観から始まるので基づくのが悪いわけではない。

anond:20190420173655

一人の妻でも4人5人なら当たり前に作れるでしょ。

今の日本だったら、4人5人分の学費を稼げるという富豪じゃないと無理だろうがな。

一般庶民だが結婚できた奴がそれができればそれでも人口を維持できる。

anond:20190420155814

自分の中での「科学」の定義世間一般での了解より狭すぎることに自分で気づいていないのが滑稽というかかわいそう。

喫煙個人自由ではない。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20190419/k10011889531000.html

今この社会喫煙者でいるってことは、もう、アホなんだよ。

喫煙者でいるだけで、間接的に非喫煙者リスクコストを負わせてる。

受動喫煙で生じる健康リスクとか、喫煙設備のために法人負担するコストだけじゃない。

確率的に喫煙者健康を損なう

そこには社会保障費が割かれる。

喫煙は「個人自由」と言うなら、その結果生じることは全て「個人責任」のはず。

でも、そうなってない。

自業自得人工透析患者なんて、全員実費負担」って言う人がいたけど。

喫煙者でいることこそ、そうなるよ?

もちろん社会責任はある。

から現在は、全面的禁止されてるわけじゃない。

健康への悪影響が疫学的に分かってきたのはごく最近とされる。

20年前は未成年だって好きに買える状態で売ってた。

それがタスポが導入され、治療対象となった。

2020はいわゆる受動喫煙対策法により、対象となる個人には罰則適用される。

法律禁止されていない」ものが、「法律禁止されていなくはない」ものになる。

これまで吸う権利があり、その結果罹ったニコチン中毒意思だけでコントロールできないものだ。

から社会責任がある。だから禁止されてはいない。

でも社会は変わっていく。性的少数者配偶者関係。親子間のセックス個人の嗜好?

認められるものがあり、認められなくなるものがある。それはチンポではない。進歩だ。

セクハラもアウトだ。

たとえばハワイ州議会では、段階的にたばこ購入年齢を100歳に引き上げる法案を審議しているとのこと。https://www.cnn.co.jp/usa/35132262.html

本人が健康被害を受けるものであってさえ、社会はいきなりポリコレ棍棒で殴ってはない。

長崎大の方針はどうか?

今この社会喫煙者でいるようなアホは大学教職員として不適だから採用したくないんだろう。

就職差別というのも一定見解だと思う。

でも一般企業で既に基準とされることが許される状況で、ほとんど十分合理的理由が出揃いながら、たとえば公立からという理由ダメと言うなら、一度自分自分のことをポリコレ棍棒で殴ってみてはどうか。それで痛くも痒くもないなら、まあ・・・石頭なのかなと。

あの東大祝辞ってしばらく後で馬鹿にされると思う

EM菌騒動や失敗大全などで、科学的でないもの否定されることにことになったのが最近

それまでリテラシーない人が多くて届かなかったが、長い時間をかけて「科学的」な考え方が広まってきた。

同時に「論理的」「統計的」な考えも伝播しそうなところだが、今一歩のところで止まっている。

ただこれは進みが遅いだけで、論理的な考え方はこの国に広まってきている。

ゲーム理論日本においてアカデミアを飛び出して一般化してきたのは2000年代から

それから20年。これでようやく30代、40代社会的発言力がある一般人に根付いている状態になってくる。

(逆に検定論などのような物古いがまだまだ一般化していない)

あの祝辞のお方は前時代なのだが、それは年代的にある意味仕方ないこと。

我々は検証を通じて粛々と統計的手続きを経ていない言論の穴を指摘していくだろう。

2019-04-19

anond:20190419134715

特殊な例を過度に一般化して弊害を生むネット環境アル中と変わらないじゃん

anond:20190417085846

研究者の食い扶持関係で、一般企業手的に頭が固いか博士持ちは使えない!っていう話を見たけど

柔軟な発想が特に求められる研究

しろ卓越した柔軟な発想を売りにするような業界に居たからこそ、

日本一般企業普通に働くような人との親和性は下がってしまったのではないかと思うんだが。

anond:20190419184146

である

本当は一般の人もタオルを巻いてて欲しいのである

でもその要請やるといろいろややこしいので(そもそも一般人側に従う道理がない)、仕方なく一般人にはモザイク妥協してるのである

推しくんが売れない理由に気付いてしまった

私の推しくんは、売れていない。



推しくんは歌手だ。

デビューこそ色々あって華々しいものであったが、それっきり、リリースはおろか、ろくにライブ活動すらしていない。

大学に通っていたからかと思ってみたが、それも確か中退してしまった。

そんな推しくんの今の主活動は、流行りの2.5次元舞台だ。

本業歌手だけれど、演技のお仕事も初めてではないし、2.5次元にはミュージカルとして歌が求められる作品も多い。

推しくんは年齢的にもビジュアル的にもそんなに違和感なくこの世界に溶け込んだ。

2.5次元特有のかつらやカラコンも、今となっては様になってきている。

2.5次元はそれ独自でのファン層があり、文化があり、世の中一般に知られておらずとも、その界隈では大スターという人が何人もいる。

推しくんがそこに飛び込んだのも、歌手としての現状を打破するため、新たなファン層にリーチするため、だと思う。



でも、やっぱり推しくんは、売れない。



ファンは少し増えたと思う。

推しくんのTwitterを覗けば、見慣れぬアカウントからリプライが来ている。

仲間とイベントを開催したり、作品が決まれメディア露出したりもするようになった。(Web記事ネット番組だけど。)

けれど、今でも推しくんのソロイベントは空席があるし、そもそもまり開催すらされない。

ファンの贔屓目を抜きにしても、推しくんの歌のレベルは高い。

本当に、そこらへんの男性アイドルの中で歌がうまいと言われているような人たちが束になってかかっても敵わないレベルだ。

ビジュアルかわいい。背は高くないけれど、私の3分の1くらいしかない小顔と、手足の長さはいかに最近の若者だ。

こつこつボイトレも受けて、元々うまい歌が、更にうまくなっている。

事務所だって、拭いて飛ぶような弱小事務所ではなく、名前を言えばみんなが知っているようなアーティストが多くいる、ちゃんとした事務所だ。



でも、やっぱり推しくんは、売れない。



なんでだろうとずっと考えていた。

そして最近、もしかしたら推しくんが売れない理由はこれかな、と思った。


推しくんは、努力である

但し、自分努力したい領域に限って。

推しくんは努力である。歌に関しては。ずっとボイトレして、めきめきうまくなっている。

推しくんは努力である。演技に関しては。久しぶりの舞台お仕事でも、堂々と演技していた。

推しくんは努力であるダンスに関しては。普段ダンスなんかしないけど、舞台で求められてからは頑張っていた。




でも、

推しくんは努力しない。2.5次元という独自世界で、ファンを獲得するために必要なことが何かを知ろうとしない。

推しくんは努力しない。SNSでの発信がいつまでも下手で、自撮りもつぶやきも、配信も下手だし、頻度が低い。

推しくんは努力しない。気の合う仲間以外とも、自ら努力して結束を高めようとか、コミュニケーションをとろうとかしない。

要は推しくんは、元々自分が知っていることを、知っている方法で、更に磨くことしかしないのだ。

例えば、2.5次元では、俳優ファンだけではなく原作ファンが多くいる。

その原作ファンに受け入れてもらうために、キャラの姿をしているときはそのイメージを壊さないとか、

キャラ誕生日にはお祝いツイートをするとか、そんな他の俳優がやっていることを、推しくんはしない。

そのせいで、パフォーマンスが素晴らしくても、掲示板で叩かれている推しくんを見ることは、本当に辛い。

歌手活動よりも2.5次元への出演の割合が増えて以降、稽古と本番の繰り返しで、ファンの前に素の推しくんとして出てくることはとても減った。

その合間を埋めるような、SNSでの発信は、推しくんは信じられないほどへたくそだ。


最初はその不器用さをかわいいと思った。愛おしいとさえ思った。

推しくんは歌手なのだから歌手としての本分ができていればいいのだと、私も思っていた。

でも、どうやら違うのだ。

推しくんが歌手としての本業をのびのびやっていくには、売れなければいけないのだ。

売れないと、ライブはできない。

一人のファン課金して何とかなることならいいけれど、ライブ必要なのは頭数だ。

頭数が目に見えないと、レコード会社だってリリースはしてくれない。

いいものを発信していれば自然と売れるなんていうのは今の時代においてはもはや幻想だ。

自分をどう見せるかを考え、発信し、自ら動いていくことができなければだめなのだ




ねえ推しくん。

本業関係のないことを頑張るの、ダサいとか思ってない?

からないことを、わからないんだからしょうがないじゃん、と諦めていない?

あなた応援している人は、あなたが売れることを信じ、待っています

でも、ファンができることなんて、究極的にはないのです。

ファンは無力なのです。

この私の愚痴推しくんに届くことはきっとないけれど、

売れない推しくんを見続けることに、私はあとどれだけ、耐えられるのだろう。

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