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はてなキーワード: 遺影とは

2018-04-26

母方の祖父アル中だったらしい。

深酒のすえに女子高生危害を加えてしまった某アイドルのせいでアル中に注目が集まっている模様。

アル中というと思い出すのは母方の祖父のことである。といっても、祖父は私が産まれる8年ほど前、母が高校生の頃に亡くなっているので、私は遺影祖母の持っていたアルバムしか祖父を知らない。

祖母がしばしば私の事を祖父に似ているとほめちぎっていたけれど、顔はあまり似ていない。ま、血は繋がっているのでパーツパーツに似たところはあるんだけれども配列の妙で私は祖父の様な美貌にはならなかった。

祖父の死因は祖母や母がいうには「チュウキ」とかい病気だったらしい。辞書によれば「中気(チュウキ)」とは脳卒中とその後遺症の事をいうらしいけれども、祖母と母の説明では「手がこうずっとぶるぶる震えるのが止まらなくてしまいに死んでしまった」という事なので、脳卒中というよりはアル中に命を取られたのかもしれない。じわじわと寝たきりになって衰弱していった様な話だったし。

アル中というと壮絶なイメージがあるけれど、祖母や母や伯父伯母が祖父を悪く言うことはなかった。定職につけない風来坊でどうしようもない人だったから自慢出来る様な人ではないけど、と苦笑いで語られる祖父は、私にとっては謎めいたヒーローなのであった。

祖父はとても手先が器用な人で、気まぐれに子供たちに絵を描いてみせたり包丁野菜に細かい彫刻をほどこしてみせたという。若いはいわゆるフーテンで、あちこちをふらふら旅して回ったとか、どっかの置き屋から連れ出してきた美人最初の妻にした(後にその女性病気で早逝したようだ)とか。自分の住む家を自分設計して自分で建てちゃったとか。

そして祖父は非常に子煩悩であり、特に末っ子である私の母の事を溺愛していて、貧乏にもかかわらずそろばんを習わせたり地元の名門高校に通わせてやったりした。といってもその資金を出したのは、虚弱体質とアル中が原因であまり働けなかった祖父ではなく主に祖母なんだろうけど。

祖母若い頃かなり猛々しい性格の人だったそうで、家庭を支える為にバリバリ働いていたし、伯父の奥さんが怖がって口をきけないほどだったんだけど、どうも祖父には甘かったようだ。

伯父がいうには祖父はよく隠れて酒を呑んだのがバレて祖母に怒られていたそうなのだが、その時の事を語る祖母の口調にはあまり深刻さがないというか、「うちのとーちゃんはほんとしょうもない」と笑って言ったものだ。

祖父が呑んでいるところを祖母に見つかった時の口調を伯父が真似して見せてくれた事があった。

「呑んでない、呑んでないよ。これ水、水水」

長州小力の「キレてない」にちょっと似ていた。

祖父は酒豪の果てのアル中だったが、呑んで暴れたり人に暴力をふるったりするタイプではなかったらしい。ただ淡々と顔色変えずに呑んじゃうザル。従兄弟と私の妹がそういうタイプだが祖父も同じなんだろう。祖父の血を継いだ子供や孫達はあり得ない程の下戸の私を除いて皆大変酒に強いが、皆飲むとやや機嫌のよい感じで寝転がっている。

そういう穏やかな酒癖のせいで、アル中になるほどとことん呑んでしまう、というのもあるのだろう。祖父がまさにそれだった訳だ。

ただのほほんと機嫌よさそうにしてるから良いという訳ではなく、それでも酒の毒で手は震え、次第に体が衰弱していってしまったのである

祖母は、私によく祖父面影を見付けては喜んでいた。魚と梨を好んでよく食べる事や、絵を描いたり工作をするのに熱中していた事に。

私があたり目やきんぴらごぼうをむしゃむしゃ食べているのを見て、祖母は「やっぱりとーちゃんの孫だ。大きくなったら飲んべえになるぞぉ」と暢気に言った。酒が祖父の命取りなったというのに酒無くしては祖父にあらず、なのであって、祖父の生まれ変わりとも言われる私が酒豪にならないなど、祖母の中ではあり得なかったのだ。

だがしかし、私は祖父のほうではなく父の家系に似てしまって、酒は全くといっていいほど飲めず、お陰さまで酒の上の失敗とも永久無縁なのである。やらかす前にぶっ倒れて死んじゃうので。

祖母は私を祖父の生まれ変わりと言いながら、もし祖父が今も生きていたらという話もした。あれだけ私の母を可愛がっていたのだから、私の事も目にいれても痛くない程に可愛がっていたはずだという。

まりもう一人の私に可愛がられる

私、とは。私は幼児のうろんな頭なりに考えた。仏壇の中にいる、私にはとても似ていないのに私と同じ魂を持った人の事について。

もしじいちゃんが生きていたら、どんなに楽しい遊び相手になっていた事だろう、と。でもそれはあり得ない事なのだ。私がここに存在している以上は。それなのに祖母や母の中にはまだ生きている人の様に存在していて、しか絶対意思確認することの出来ない不思議な人なのだった。

じいちゃんは本当に私を可愛がってくれるの?

何で死ぬほどお酒飲んだりしたの?

私はよく、夕暮れ時うすぐらい仏壇で微笑む祖父遺影に心の中で問いかけたものだ。

2018-04-14

書きなぐりたくなる稀によくある話。

私は性格はとてもネガティブ。頭も顔もスタイルは中の中といったところだ、決して美人ではないがブスでもない。キツめな顔立ちだがそれなりに告白もされたし結婚を申し込まれたこともある。ごくごく平凡だ。そしてとても親不孝者だ。

父は既に他界した。

記憶にある限り父は働き通しの人だった。成人式一般的な家庭では記念に家族写真を撮るだろう、我が家でもそうだった。しかし私は写真を撮るとき笑顔が作ることが出来ない。どうしてかいからかは分からない。自分が醜いと心の底から理解したときなのだろうか。他人からの世辞も鳥肌が立つし告白言葉友達言葉もどうせ嘘だろうと受け止められない、そういう捻くれた心のせいなのか自分笑顔吐き気を感じる。当然のように「ハイ、笑って」と言われる写真は心底苦手なものだ。振袖を着て、ドレスアップした家族写真館に連れて行かれたとき私は笑顔を浮かべることがどうしてもどうしても出来なかった。頬が引き攣り動悸が激しくなり涙が溢れた。一生に一度の記念写真を撮ることすらままならない。写真館のスタッフ家族困惑したことだろう。写真が嫌いなことを知っている母でさえそれ程とは思っていなかったのだろう、自分まで涙を浮かべていた。本当に申し訳ない。どうして笑えないのか、どうしてそんなことも出来ないのか。そんな当たり前のことも出来ない自分に情けなさと悔しさと悲しさと全てで苦しかった。結局安くない代金を支払い、記念となるはずだったそのアルバム家族の誰も受け取りに行っていない。もし私が普通の子たちのようにカメラ普通に笑うことさえ出来れば普通撮影を終えることが出来ていたのなら、仕事ばかりであまり写真のない父の遺影になっていたかもしれない。遺影写真を母と探したときにひっそりと申し訳なさで涙が出た。仲が良い家族とは言えなかったが大きくなってから家族写真は本当に一枚もない。

両親どちらの祖父祖母も既に他界している。

親の兄弟含めても私が初孫だった。だから一番に甘やかされさぞ可愛がられたことだろう。姑に少しいびられていた母から私がどんなに祖父祖母から甘やかされ放題だったかという話を思い出話とセットで昔よく聞いた。みんな私の結婚式に出たいと孫の顔がみてみたいと言っていた免許を取ったらドライブに連れていって欲しいと言っていた。私が心配だと言っていた。最後を看取ることは出来たがみんな意識が戻らぬ状態のまま亡くなったので誰とも最期言葉を交わすことはなかった、父とも。もし言葉を掛ける時間があったとして、私に何か声を掛けることが出来ただろうか。父の遺品整理ときに常に持っていた財布から私が子供の頃に書いた手紙を見つけた。頭が痛くなるほど泣いた。なんて親不孝者なんだろう。

母はまだ元気に笑っているが私は彼女申し訳ない気持ちしかない。

彼女は賢くはないが明るくよく笑い周囲に気を使うことが出来る。カウンターで隣り合わせになった相手ともすぐに打ち解けられ店員とも友達になるようなタイプ。そんな彼女子供が大好きだ、から彼女自身も早くに結婚して子供を産んだ。私にも学生の頃から貴女の子供が出来たら可愛い子供が出来たらいつでも面倒見るからねとあれがしたいこれがしたいと話をされ、同級生の誰ちゃん赤ちゃん産んだみたい抱っこさせてもらった可愛かったよと笑顔で話をされる度に私は子供きじゃないからと嫌々と返していた。申し訳ないが本当に苦手なのだ、小?中?学時代の子供の頃から既に例え結婚したとしても子供は産まないだろうとずっと思っていた。私は自分自身が大嫌いだから自分の子供も愛せないだろうとその事実子供の頃から気が付いていた。しかし成人をとうに過ぎ三十路を迎え婚活必要性を友人に説かれたとき、ふと自分が好きなところを見つけて結婚に至れる相手の子ならば愛せるかもしれないと思った。母が大好きな子供を、初孫を抱かせてあげえることも出来ると思った。それが唯一出来る親孝行のような気がしたのだ。結果として婚活は中断しているが、きっとこの先も独身のまま天災に巻き込まれるかどこかで孤独死するのだろう。結婚相談所に入会することを母が気付いたとき彼女は喜んでいた、退会を伝え孫はもう無理だろう諦めてほしいと伝え面と向かって謝罪したとき彼女は泣いていた。ある日、母の友人に孫が産まれたという話を聞いていると「もし私に子供出来てももう丸一日面倒見てあげることは出来ないね、私も取ったんだなぁ」と言われた。前は孫とどうしたいと理想を話してくれた、近年はその度に申し訳ない気持ちでごめんねと返していたが段々とそのやり取りもなくなってきた。きっと自分が娘を産んだ時から私のウエディングドレス姿や孫を抱く日のことをそれはそれは楽しみにしていたんだろう。それすら叶えることが出来ない不出来な娘で親不孝者で本当に申し訳ないという気持ちで苦しくて、突然涙がこみ上げる夜がある。

SNSを眺めていると頭がおかしくなりそうになることがある。鳥肌が立ち吐き気に襲われることがある。

どう見ても可愛いと思えない子の自撮りした笑顔が流れてくることがある。どうしてそんな笑顔写真に写ることが出来るんだろう。その写真を見て気持ち悪いと思われるとは思わないのかその顔が周りを不快不愉快にさせるとは考えないのか。もし私がその顔に生まれていたら即整形している。その姿でどうして幸せそうなのだろう。わからない。

どう見ても可愛いと思えない子が母になり子供との笑顔が流れてくることがある。性格が良かったんだろう料理が上手かったんだろうもしかしたらその顔が好みだったのかもしれない。そうだろう理由なんてそれぞれに山とあるのだろう。どうして私にはそれすら叶えることが出来ないのだろう。どうしてどうして。マウンティングという言葉を聞いたときなるほどなと感じるが私のそれはもっと根本的で病的なものだ。あの子不細工からというところに強調がつくのではなく、そこに劣るほど自分が駄目な人間であるというところに強調をつける。私はどうしようもなく醜く駄目な人間なのだ

明るく社交性が飛びぬけている母とは違い不器用な人だった父。

私たち家族は仲の良い家族ではなかった。みんな帰宅してもそれぞれの部屋に籠るような生活になっていたし父が死ぬ前数年間は言葉も交わすことも少なくなっていた。父が倒れる前の晩、最後に声を掛けられた私が返した言葉は「なんでもない」だ。本当にどうしようもない。それでも血縁者であり家族であることに変わりない。父に似ているとよく言われたことが多くある。どこでこうなったのかわからない、不器用な人だった父もきっと生きるのは大変だっただろう。それでも一般的恋愛結婚仕事を貫いた点で彼は私と比べるまでもなくまともな人間であったのだろう。もし私が母に似て愛嬌たっぷりになっていたのなら人生は違っていたのだろうか。私には愛想笑いすらとても難しい。笑顔での接客対応ですら必死仕事終わりには顔が痙攣することもある。いつも笑顔の母とは似ても似つかない。

両親の兄弟を思い返しても血縁を切ったような相手しかかばない。もしかせずとも我が家家系はここで途切れるのだろう。かもしれないと別の可能性を見出すことすら出来ない。私が母と出掛けねば手入れされていないお墓を想像がつく。祖父祖母申し訳ないと思っていた、両親に申し訳ないと思っていた。ほんとはそれだけではなくもっともっと多くの人に申し訳が立たないんだろう。私はどこまでも親不孝者なのだ

先日母に頼まれ年金保険というものに加入したが受け取る日はこないだろう。痴呆が始まるようになった日には自殺しようと心に決めている。吐き気がするほどネガティブな私にもいまが幸せだと思う瞬間はあった、それを忘れてしまうくらいなら自分で幕をひく。家系的にそう長生きするタイプではないか平均寿命いかないだろう、きっとあと40年もない。30年程とすればゴールまで折り返しだ。憎まれっ子世にはばかる渋柿の長持ち論で性格の悪さから長生きする可能性もあるが、それを上回るメンタルの弱さで心からまれているのでことわざ効果は大いに打ち消してくれていることだろう。人生死ぬまでの暇つぶしに過ぎないという言葉を聞いたときほんの少しだけ心にある澱みが軽くなったような気がした、そのまま日々ゆるりと死に向かっている。最近体調がすぐれないこともあるが無性に眠い。抗えない虚脱感と眠気に襲われるときこのまま死ぬのだと毎度感じる。いつの日か本当にそのまま死ぬのだろう。何を産み残すこともなく継がせることもなく。誰に何を返すことも出来ず。本当にごめんなさい。

どこかに書きなぐりたくなった。

2018-03-23

悪ふざけかいじめか

「第1回モヤモヤ王」での中川淳一郎山本一郎遺影コラをtwitterで見かけ、普段山本一郎批判的な俺もドン引きした

だが俺は会場に行ってない、なので現地にいたはてな民感想を聞きたい

どう思ったのか

2018-03-10

最後自分写真撮ったのって免許更新かも

父が死んだとき、混乱しながら遺影写真を探した。

今後ずっと残るけど時間がない中。

最終的に選んだ写真は、親戚にも好評だったので良し。

背景は塗りつぶさずに写真景色をそのまま生かした。異例だが綺麗だったからだ。

遺影を選ぶのって、家族といえども自分じゃないわけだ。

元々、プリクラも好きじゃないぐらい、自分写真が好きじゃない。

そもそも人間被写体写真にそれまで興味がなかった。自分だろうが他人だろうが。

いい景色写真は好きだが、人間が写るのって生々しい気がしていた。

ふと気づいたが、最近自分写真を撮っていない。

自撮りなんてしないタイプだが、いい料理写真なんかはたまに撮る。

旅に出ても、料理写真景色写真。いつもそう。

だいたいよく考えたら、遺影に使うような写真って、きれいなのを選ぶから他人に撮ってもらったやつを探す。

亡くなった時と離れすぎた年齢の写真じゃ、なんか違う気がする。

アルバムを開けば、親に撮ってもらった子どもの頃ばかり。

人間、いつ死ぬかわからないんだから、用意はしておいた方がいいかも。

このままだと一番年齢が近い免許写真か、大目に見ても履歴書写真遺影になる。

死んだあとのことなんぞ気にしなくていいんだろうが、ちょっとこれでは人生しょぼい気がしてきた。

旅行の思い出もいつか消えてしまう。記憶はなくなる。

今後、人が亡くなったときは、スマホデジカメデータを起こして、写真を選ばれたりするんだろうか。

生きてるうちにいい写真を残しておくのも、家族への親切かもしれない。

あと、自分のための自分写真を残しておこうと思った。別に人になんか見せなくても、アルバム充実させたい。

楽しい思い出を増やしたい。

ブログ転載しています

https://sndi-mint.hatenablog.com/entry/2018/03/18/180427

2018-01-27

遺影若い時の写真がいい

当方20代後半

今度全身麻酔で手術する

簡単な手術(らしい)ので大丈夫だと思うけれど、万が一ということがあるので

PCに保存にあった自分史上最高に盛れてる撮れてる写真遺影用にプリントアウトしてて、メモと一緒に手帳に挟んでおいた。

これで完璧、100年後の子孫に見られても美人なご先祖インプットされるだろう。万事オッケー。

ってところで気が付いたのだけど、遺影って若い頃の写真じゃいけないのかな。

このまま無事生きられて80歳で亡くなるとしても、どうせ後世に残すのなら自分のいっちばん若くて綺麗だったころの写真がいい。

まぁ家族友人親戚一同には失笑されるだろうけれど、死んだら恥もクソもない。むしろ後世に残る写真の方が大事だ。

歴史って勝者によって都合よく改変されているとかいうじゃん?

そんな感覚で私も美人なご先祖として歴史を残したい。

写真裏か右端にでも注釈

写真は2●歳の頃のものって入れといてくれ

って人分かる人いる?

いないか

2018-01-06

遺影SNOWにする

ってのは今後増えてくるのかしら。

最近若い女の子なんて、親元を離れればきちんとしたカメラ写真を撮る機会もなくなって

もっぱら画像加工アプリしか写真撮らなくなるじゃん。

さていざ死んでしまって、最近写真SNOWでめちゃくちゃ加工された写真しかなかったとしたら

やっぱりその写真遺影を作るしかないよね。

棺の中の顔と違うやんけと思ってお焼香中笑っちゃったりしないのかな。

2017-12-31

大好きなアイドルが突然いなくなった話

 この気持ちが消えていけば一番いいし、こんなの二度と味わいたくない気持ちでもあるのですが溜めておくより吐き出したいので吐かせてください。

 あれから13日経ちました。

ネットを開いて目に入ってきたのはジョンヒョンの名前と、後に続く信じられない文字。見た瞬間から震えだす手と身体と、状況を飲み込めない脳、「はっ?え?」と勝手に動く口。

あの全ての瞬間をまだまだ3日前のことかのように身体がしっかり記憶してしまっています

本当にいなくなってしまったのかどうかまだ定かじゃありませんでしたが、何かが起こったのは確かなんだなと。

 ペン友達に連絡を入れて、とりあえずその子バイトが終わった後日付が変わる頃に会うことを約束しました。それからは本当に祈ってばかり、こんな時だけ神様を信じてごめんなさい、でもそれしか頼れませんでした。

 「生きてて」と誰かに対して切に願う日が来るだなんて。

 遥か何十年も先に来ると思い込んでいたことに「今」向き合わなければならないなんて。

 もうニュースの数や報道リアルさなんかを全部無視してとにかくSMから言葉を待とうと決めました。それまで何にも手につきませんでしたが頑張ってお風呂だけは入りましたけど止まらない吐き気と震えであまりそこらへんのことを覚えていません。

 私は23:44に、見たくなかった文字を、向き合いたくなかった現実を、SMから突き付けられました。なんで時間を鮮明に覚えてるんだろう。

 とにかく早く友達に会いたくて、会いに行きました。お互い呆然というか、出て来る言葉は「信じられない」ばかりで…特に会話した覚えはないんですけどあの時は本当になぐさめとかではなく、気持ちを共有できる子に会ったのは正解でした。またすぐ会おうと約束して、帰りの自転車に乗りましたが考えすぎてしんどかったです。一人になると考えますよね。

 それから21日まで、学校バイトも頑張って行きましたがずっとずっと彼と4人のことだけしか考えていませんでした。

 辛くて苦しくて泣きたくて、でもメンバーやご家族もっとそんな気持ちだし、そしてジョンヒョン自身が誰よりどん底気持ちでいたのかと思うと余計に、今も悲しくて仕方がありません。

 公開される遺影、弔問客の映像、画面に映る故人という表記喪主として並ぶ名前たち、無情にフラッシュたかれ撮られ続ける出棺の映像。これらには本当に現実を突き付けられましたが同時に意味がわかりませんでした。今も消化できてないです、この全てが作られた話で、観ているのは映画なんではないかと。今もニュースなどで嫌でも目に入るたびに「ん?」と首を傾げたくなります

 

 ジョンヒョンの死を現実で起こったこととして受け入れるには相当時間がかかりそうです。現実とはわかっていても、脳が勝手に疑問を持って信じられないと否定しているような、そんな感じです。みなさんもきっと信じられないですよね。

 

 ここでちょっと私自身の経験を記します。私は物心つく前に父を亡くしています。彼はとある環境で周囲や家族からプレッシャーを受け続けたせいでお酒睡眠薬などの薬に逃げ、赤ちゃんだった私にまで手をあげ、頭はおかしくそしてガンになって人生を終えました。

 そして物心ついたとき一番近くにいた血縁関係にある男の人は、祖父と二人の叔父でした。そのうち一人の叔父には息子が二人いて、一人は私と年齢が近く、家も近くに住んでいたのでいとこだけど兄弟のように過ごしてました。よく遊びに連れて行ってもらいましたし、外食もして、世間でお父さんがしてくれることは全て叔父がやってくれてました。

 そんな叔父が、ある日うつ病にかかりました。突然というより、徐々にだったんだと思います。私と長男のいとこは10歳とかになっていたので(次男はまだ3歳ぐらい)、かつ叔父の姿は衝撃的だったのでかなり鮮明に覚えています

 叔父うつに侵されている時間が長くなるにつれて、お酒や処方された薬にたくさん頼って、泣いて泡を吹いたり、時には何もしたくないと動かず泣いているだけの時や、だんだん人生希望をなくして祖母や私の母に「死にたい」「今から死ぬ」と言い出すようにもなりました。いつ本当に命を断ってしまうのか毎日毎日怖くて仕方がありませんでしたが、そんな時でも私といとこが叔父の姿を見ないようにと、家族がたくさん気をつかってくれていたのを今も覚えていますほとんど覚えてるんですけどね。

 そして、時間はかかりましたが、家族サポート真摯に話を聞いてくれるお医者さん、適量の薬のおかげでうつ病は少しずつですがよくなっていってる風に見えていました。

仕事も再開して、病院通いは続けながらもまた日常を取り戻そうとしていたとき、4年前の夏、叔父他界しました。

原因などは書きませんが、一つだけ言えるのは叔父はまだうつと闘っていたということと、薬に頼っていたということ。

父の時は物心ついておらず覚えてないのですが、叔父場合はお父さんがわりのような人だったので本当に悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。

 何より胸が痛くなったのは、叔父の苦しんでいる姿以上に、元気で明るく、優しい姿をたくさん見てきたというところです。もうあの愛に溢れた姿を目にすることができないんだと実感した時の辛さは果てし無かったです。

 あれから四年経った今年の夏、ついに納骨しました。叔父は亡くなる前に離婚していたので(といってもずっと支えてくれましたし今でも関係は続いています)私の祖父母がいろいろと取り仕切り、骨壷も実家にありました。そばにいてあげたいという思いが強くあったようですが、二人とも前を向きたいと納骨に踏み切りました。

毎日お墓に行ってます。お参りするたびに「もういないんだね」と実感させられるし、どうしても小さい頃の姿とか思い出してしまって寂しくなると言っています

でも、私の目から見て確実にみんなまた前を向いているし、最近私の祖父母や母は、叔父が生きられなかった分の楽しいことを今からでもたくさんやると決めました。

 

 人の死って簡単に乗り越えられるものではないし、何年かかってもいいと思います

 特に、若くて前の日まで元気だった人とか、まさか逝ってしまうと思ってもみなかった人がいなくなると残される方の衝撃というものが大きすぎて心に傷が残ります。私は人との別れが極端に苦手になりました。

 大事な人の死より大きい悲しみはないです。悲しんで悲しんでたくさん泣いて、それでいいと思います。なぐさめてくれるのはありがたいし元気出さなきゃいけないのはわかってても、悲しみに蓋をせず、共有できる人がいれば共有してたくさん思い出話もして、そしたら何年かかるか分からないけどいつか前を向こうと思える日がくるはずです。私はそう信じています

 私は、身近な人の死を経験して、以前以上に周りの人を大事にするようになりましたし、1日1日を大事に、周りの人を本当に愛して過ごしてます。そして時に叔父のことを思い出して、笑顔になる記憶を辿ったりします。

 風邪から元気になるペースは人それぞれ違うように、悲しみから回復するペースも人それぞれ違います。「あの人はもう前を向いてるにに私は泣いてばかり」と思わず自分感情に素直に、正直に過ごすのが一番いいと思います

 今回ファンとして大好きな人の死に直面して、正直あまりの向き合えなさに驚いています葬儀などに出席できないし、画面越しでしか現実で起こっていることを見ていないということも大きいと思います

 もうひとつは、忘れてしまえるほどたくさんの映像音楽が残っていることも理由だと思います。ここ数日でやっとジョンヒョンの歌声や5人の姿を少しずつ観られるようになってきました。それらを観ているとき自然と笑ったりしていると当然のようにジョンヒョンはまだ生きているんだと脳が思い込んでるんですよね。そしてふと我に帰った時に「あ、もういないんだ」と気分は奈落の底に落とされます愕然します。

 その繰り返しではありますが、なんども言いますが私のペースでいいかなと。KPOPを全く知らない友達と出かけて他愛もたい話をしたり、美味しいものを食べに行ったり。どうせ考えてしまうから、無理やり考えない時間を作る。私は結構これが効いています

 ドーム公演もどうなるかわかりませんし、いずれにせよSHINee公式的に4人で私たちの前に姿を表す日はきます。その時にまた、シャヲルは改めて、ついに、現実を目の当たりにすることになりますが、その時はまた一緒に泣いて悲しみましょう。時間解決してくれます

(でも4人の気持ちが最優先であってほしいので無理はして欲しくないです。どんな結論を出そうと、絶対にみんなを応援します。)

ジョンヒョンがいなくなってしまった悲しみは今年の記憶として置いていくにはあまりのも大きすぎます来年に持っていきます、連れて行ってたくさんたくさんジョンヒョンと、SHINeeと、これから自分アイドルへの向き合い方を考えようと思います

 思いを馳せて、忘れないでいます絶対に忘れることはないんですけどね。

 最高のアーティストで、最高のグループSHINeeに属するアイドルであるジョンヒョン。

 すごく優しいからこそ繊細で、世間の嫌なところも人よりたくさん見てしまっただろうし、真剣に向き合ってきただろうし、全部背負ってしまったんではないかなと思います。だから彼が言ってほしいと残していった言葉、言わないとね。

  ジョンヒョン、本当にお疲れ様でした。たくさん苦労して耐えて頑張ったんだよね。ずっとずっと大好きです。これからもたくさん、ジョンヒョンが残していったもの大事に愛します。

では、みなさん、良いお年を

2017-12-15

言霊って本当にあるんだな


高校の時、同級生に皆から嘘つきだと言われて嫌われていた子がいた。(一応、私の友達ではあった。と思いたい。)

というのも、その子普段から些細な事で嘘をついていたのはいたらしいが、一つ大きな嘘をついていたといわれていて、それが原因で嫌われていたようだった。

心臓が昔から弱い』

『もってあと1年』

だけど、その事を皆に言う割に、その子は元気に生きながらえた。だから嘘つきだと皆から言われていた。

実際、私もその子から「こんなに飲まないといけないんだ」と言われながら大量の薬を見せつけられた事もある。

そんなとある日の日曜日、出かけていたら一通のメールが届いた。

「○○ちゃんが心臓発作で亡くなりました。葬儀が行われますので、来れる人は来てあげて」

彼女心臓発作で突然亡くなった。私が彼女から心臓が弱い、余命もあと少し、と聞いて、多分一年後くらいだったと思う。

通夜に出向くと「あの子嘘つきだよね」と影では言いながら彼女友達然と接していた女子たちが集まって、彼女遺影の前でおいおいと泣く姿があった。

嘘つきというレッテルは全くの間違いだったんだって思った。やっぱり、彼女は嘘つきではなかったんだ。

私は何故か根拠もなく、彼女言葉を信じていたし、嘘つきだと言っていた子達もきっとそう思ったんじゃないかと思った。



そしてその後日、亡くなった彼女特別仲の良かった友達が、彼女の家へ行って手を合わせたらしい。

その時に彼女母親

「残念でしたね、心臓が弱かったんですよね」

と悔やみの言葉をかけた彼女の友人に、母親が怪訝な顔をしながら、こういったらしい。

「あの子心臓なんて悪くなかったけど……」



この話を聞いた時はぞっとしてしまった。

結局、彼女は嘘つきだったのか、そうじゃなかったのか、曖昧なままになってしまったけど

一つ言えるのは言霊って本当にあるのかもしれないなって子供ながらに思った、という事。

2017-11-30

どうぶつの森ポケットキャンプで感じるソシャゲのしょうもなさ

ゲームキューブから3DSまで律儀に村の住人を続けている。楽しいからね。

そこまで期待していた訳でもなく、ポケ森もちゃっかりダウンロード

数日遊ぶうちに、こんな記事を目にした。既に読んだ御仁もいるのではなかろうか。

【「どうぶつの森 ポケットキャンプ」は、シリーズの魅力であるスローライフ”を“労働”に変えた】

http://jp.ign.com/animal-crossing-app/19707/feature/

これ、納得する部分も多い反面、ポケ森が"スローライフ"を"労働"に変えた、というよりは

ポケ森…というよりもソシャゲ特有ローコンテクストで直接的でメタメタメタ設計が、どうぶつの森というゲームスタイルの「暗黙の了解としての労働」だけを「前面に押し出してきた」という表現のほうがしっくり感がある。

一体どういうことかといいますと。

ポケ森は本家シリーズに比べて無粋なほどにメタすぎるのである。一番わかりやすいところでいけば、【なかよし度】とその上位次元の【キャンパーレベル】の概念たちだろう。

どうぶつのねがいを叶えるとお礼がもらえて【なかよし度】、【キャンパーレベル】が上がる。ポケ森はこの連続だ。

もちろん、本家シリーズでも【なかよし度】はある。たくさん話しかけたり、お使いを聞いたりすれば上がる。どうぶつがより親密な話題で話してくれるようになったり、おうちに招かれたり、最終的には遺影しか見えないポートレート写真をくれたりする(最後はポケ森にもあるよね)。

でもこれ、隠しパラメータなんだ。決して絶対的な達成度が数字で分かるわけじゃない。(裏を返すと、この子は一番最初からいるから一番仲がいい!みたいな相対的パラメータはなんとなく想像できる)。

ポケ森ではこれがいちいちいちいち出てくる。おまけに会話の流れに乗っかってこない謎の仲良しプレゼントなるものもくれたりする。メタい。

ポケ森のどうぶつに近づくと彼らが欲しいものが吹き出しに出てきたり、果物を落とすと再収穫できる時間が表示されるのも実にメタだ。

生活をたのしむ、というコンセプトにおいてメタはある種の急所みたいなものだ。メタが出てきた瞬間にゲーム臭さが出てきて萎えちゃう

たとえば、ゲームキューブどうぶつの森では「セーブ」ではなくて「きろく」という言葉が使われるし(まあ、レポートとか冒険の書、あるいはパパとの電話と同じような遊び心)

リセットボタンを押したならば、リセットさんなる登場人物が現れて、リセットはしてはいけない、このどうぶつの森にそんなもの存在しない、と怒鳴り声交じりの説教を数分間吹っ掛けて帰ってゆく。

どうぶつの森とは本来そういうゲームだ。徹底的にメタ排除し、非現実的モチーフながらも世界に没入させるスキルに長けたゲームだ。

ポケ森と本家版を質的比較すると、ゲームとして行う行動に大差はない。

魚を釣り、虫を採り、果物を拾い、売る、買う、返す。同じだ。一次産業的で非集約的な労働だ。

それならば、なぜポケ森を「ディストピア労働ゲー」と評する声が大きいのか。





簡単だ。労働の「強制」であり「義務」がポケ森のデザインからだ。






本家労働は「任意」であり「権利」だ。これが本家とポケ森の違いだ。


本家では何をしてもいい。かわいい顔立ちをしたどうぶつに貢物をして遺影をもらってイエーイするのもアリ。

社畜と化し速攻で借金を完済し、邸宅箱庭ゲー然とした遊び方をしてもいい。一日中釣りキチをしたっていい。

なんなら投資だってできる。それが本家だ。

どの遊び方をとってもそれは本質的には労働しかない。獲物をタヌキかアルパカに売りさばかないと何もできないからね。

でも、この「目的としての労働」を楽しめる人が「本家どうぶつの森ターゲットだったのではないだろうか。

……

一方、ポケ森にとっての労働は、【なかよし度】と【キャンパーレベル】を向上させるための「手段」でしかない。だから、ポケ森のイメージ作業であり労働と捉えられるのである

別に批判する気はない。基本無料ソシャゲってそういうシステムだもんな。そういうビジネスモデルに乗っかった「どうぶつの森」としてはいい線だと思うけど、「どうぶつの森」としては決して楽しいものじゃない。

そもそも数量的でメタ目的のために、黙々とおもしろくもない作業をやるタイプソシャゲが好みじゃないからこういう感想になるんだろうな。

多少ミリオタが入ってるのて軍艦女の子ゲームを楽しくスタートして、最強の空母機動部隊だ!とかにこにこしながら遊んでたけど、3-2-1にウン100回入らなきゃ行けないとか、数十分おきに練習航海させなきゃいけないようなソシャゲシステムには馴染めなかったので、

執務室にいる吹雪ちゃん(Lv33くらい)は2年ぐらい待ちぼうけをくらっている。健気なのに。



やってる間ずっと楽しくないとゲームじゃねえ!つまらん!というソシャゲ音痴の考えでした。

でも部分的にはお友達が全員どうぶつの森をはじめたような楽しさがあるから、当分は除くんだろうけど。キャンパーレベル12。そろそろしんどい

2017-11-12

座間事件被害者9人の「顔写真」一斉報道 ネット違和感噴出、弁護士見解は...

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171110-00000012-jct-soci

まあそりゃあたとえば自然老衰心停止で死んだ9人の遺影を往時に会社だの学校だのに提出した写真を一斉に並べたとしても違和感は噴出するでしょうよまあそりゃあたとえば東日本大震災(!)で死んだ行方不明者の名前映画エンドロールよろしく一斉に並べた某国営料金徴収放送違和感は覚えているでしょうよそもそもですからことほどさように人を並べるなんてどの場面にあっても違和感の塊りでしかないつまり何が言いたいかといえば人それぞれは並べると違和感になりますねと言うことでではここで替え歌花屋の店先に並んだいろんな花を見ていた人それぞれ違いはあるけどどれもみんな違和感だね

2017-10-30

葬式の知見を共有する

今年の1月に父親が死んだんだが、まあこういうことは共有しといたほうが良いかと思うのでこうだったら良かったとか、これは良かったということを書く。

死ぬのは突然

病気になって弱ってたりとか入院したりとか言うことはあるが、それでもやっぱり死ぬのは突然だ。電話で死んだときかされると思っていたほうがいい。特に延命治療希望しない場合は死んでから連絡がある(一応病院死ぬ前に連絡はくれるが間に合わない

墓は生前に買っておいたほうが良い

突然死だと用意できないが、高齢になってきたら元気でも用意しておいたほうが良いと思う。まず永代供養墓地が常に売り出されているとは限らない(売出し時期がある)。あと墓のデザインもある。どこに名入れ(?)をしてもらうかとかもあるし、そもそも石を加工するので時間必要だし、当然お金もかかる。死んでから用意するとバタバタすぎるし金がバンバン飛んでわけがからなくなるので、まぁ先に余裕を持ってやっておいたほうが良いだろうと思った。先祖の墓に入るってんならいいんだけどさ。

死ぬ前に法要とかやってもらう寺はきめて、信徒になっておいたほうが安上がり

寺にもよるとは思うのだが、うちの頼んだ寺だと先に信徒になっておくと色々と格安でやってくれる。檀家になると色々かかるので、あらかじめ市営などの墓地に墓を用意しておいて信徒になるのが楽だ。あと死んですぐはホントバタバタするのでここに連絡すれば大丈夫ってのがわかってると心理的に楽である。余談だがお坊さんからきいたところによると、遺族に頼まれてお墓にいったら、この墓うちの信徒のじゃねぇな…ってなって管理してる寺に引き継ぐことがあるらしい。いまや檀家とかよくわからなくなってることもあるので、生前にその辺りははっきりさせておいたほうが良さそうだ。

葬儀をたのむ葬儀社はあらかじめ話を通しておいたほうが良い

会員になっとくと割引があったりする。まああと変なところから来られても困るので、死んだらすぐに「うちは○○に頼むことにしてるので」っていうとすぐに連絡が取れて楽。葬儀社はエキスパートなので、まずは呼んでなにをするか聞くのがよいし楽(とはいえうちはすぐに全員があれこれぐぐって必要手続きリスト化し、いついつまでになにをして、そのときになにが必要かを洗い出した。相手人間で抜けがあるかもしれないので一応自分たちでもスケジュールは組むべき)。ある程度年をとったらそこら辺の手配はしておいてほしい。

遺影は予め用意しておいたほうが良い

合成で作ってくれたりするんだが、出来があまりよろしくないのである程度年を取ったら元気なうちに写真は撮っておいたほうが良い。プリンタで引き伸ばした質の悪い写真になるので、大きなサイズも用意しておくとなお良い。

相続関係書類生命保険等の証書は一つのところにまとめて整理しておく

うちは地味に時間があるときにやっといてくれたので家探しせずにすんだが、まとめてないと大変だ。あっても一個ずつ確認して連絡とって手続きをしなければならないので非常に大変。忘れがちなのが家の火災保険名義変更や、公共料金名義変更(これがまたガス・水道電気で違うのでややこしい。固定電話もかなり面倒)なども煩雑なので、できれば生前にできるもの名義変更しておいてほしいし携帯は解約しておいてほしい。いきてる間にやったら楽なものも少なくないので。

密葬はいっても一応各所に連絡をしたほうが良い

うちは密葬で、ということにしていたのだが、葬儀社に一応連絡だけは入れておいたほうが良いと言われたのでそうした。そうしてよかったと思う。別に死んだ人間のためというわけではなく、「人の死を軽くあつかった」というふうに思われたくない人間のほうが世の中には多いので、伝えておかないと家に線香あげに来る人があとをたたない。葬式後は相続関係で家を開けることが少なくないのでバラバラに来られると困るのだ。町内会所属していた場合などは町内会会長に連絡を入れ、「故人の希望で…」といって最低限以外はお断りするのが角がたたないし、相手も納得する。会社関係厚生年金などの手続きですぐに訃報が伝わるので、会社の方から連絡があるが、その時はおなじく「故人の希望で…」と最低限以外はお断りするとよい。

すぐに通夜ができるわけではない

当然だが祭儀場には限りがあるので、死んだ日の夜に通夜ができるわけではない。まず場所を押さえ、いろいろとプランを決めてから準備に入るので、最短でも二日か三日はかかるようだ。そもそも死んでから三日は焼いちゃいけないしな。ドタバタはするが死ぬほど忙しいわけではないので安心しよう。会社は少なくとも七日は休んだほうが良い。通夜までの間に喪服とか必要ものは買いにいけるので大丈夫だ。あと通夜までの間に実印を持っていない法定相続人実印を作ろう。三文判でも実印にできるけど、名字漢字が珍しいひととか三文判でも作るのに時間がかかるからね。

葬儀社はだいたいなんでもやってくれる

病院からもらう死亡診断書さえもらっておけば、焼くまでの手続きは全部葬儀社がやってくれるし、香典返しの手配とかもやってくれる(プランはいくつかあるが)。納骨までの仏壇レンタルしてくれる。任せるのが楽だし、楽のためにお金を出したほうがいい。ただでなくても疲れるのに諸手続きをやったらたぶんぶっ倒れる。

葬儀プランはそれほど高いものにしなくても良いと思うが、お花と食事は奮発しても良いと思う

まず花があるとかなり華やかになるので安いプランでもあらが目立たないし、遺族の気が紛れる。ちゃんと葬儀をしたという実感もえられる。祭壇をシンプルなやつにしてても花があると豪華にみえるのもよい。献花を申し出られた場合はお返しがちょっと大変だが一応受けておいたほうが良いと思う(華やかになるから

食事は生きている人間のためのものなのであんまり食が進まないかもしれないがある程度のものを頼んだほうが良い。ただでなくてもしんどいので、食事くらい良いものにしないときが滅入りすぎるし、まずい食事は後々尾を引く。とくに通夜のあとの食事ちょっといいものにしたほうがよい。

エンバーメントはやっておいたほうがいい

死後、遺体も生き物なので体が腐っていくわけだが、エンバーメント処置をすることでそこそこきれいに保つことができる。夏場は腐りやすいのでやったほうがいい。うちは冬だったのでやらなかったが、やはり目はどんどん落ち窪んでいくし肌の質感とかも悪くなっていくので微妙に辛いものがある。ただまあそうやって変わっていくことで受け入れられるものもあると思うので、大丈夫だと思うならやらなくてもいいのかも。

お金は一応用意しておいたほうが良いが、葬儀中に使うことはあまりない。クレジットカードの引き落とし日にだけは注意

お金がいりようになるということはよく聞くので連絡を受けて向かうまでの間にさっと引き出せる口座に百万くらい移動しておいたが特に使わなかった。うちは死ぬ死ぬ詐欺がながかったので口座の名義変更とかお金の移動とかある程度済ませていたのであんまり混乱がなかったが、まぁでも何かと入りようなので焦らないためにも近親者はすぐに大金を引き出せるようにしておいたほうが良いだろう。葬儀とか病院クレジットカードで払えるのだが、引き落とし口座が死亡者の名義だったりすると、引き落とし日に口座が使えなくなっている可能性があるので要注意だ。そのあたりは生前によくよく確認しておくべき。

男手を用意しよう

うちは女ばっかりの家なので男手がなく、出棺のときに困った。葬儀社がだいたいやってくれるのだが、あれ、ただでなくても重いからね。男手はあったほうがよい。

冬場の葬儀の時は、マフラー名前を書いておこう

コートは人によって違うのでわかるのだが、マフラーほとんど全く見分けがつかないので、混乱を避けるために名前を書いておいたほうがいい。

あと結構場所の移動があるので、それぞれに係をきめておいたほうがよい。運転係、お金関係の係、葬儀場の係、部屋を出る時に最後確認をする係(うちでは自衛隊係とよぶ)、食べ物を用意する係、などなど。

父親が死亡し、母親が65歳未満の場合は遺族年金について要確認

場合によっては遺産の配分も考えたほうが良い。まぁ働けっていう話もあるんですが、何十年も専業主婦やってきた人は働けないからね…

年金受給年齢に達していない場合生活が遺族年金頼みになる。毎月(給付は二月に一回だが)いくら収入はいってそのなかで生活費税金としていくら出ていくのかを見積もっておかないと生活に困窮する場合がある。うちの場合はなぜか最初から子供が全員遺産相続放棄する前提だったのでよかったが(なんでだろうなぁまあ最初から放棄するつもりだったけど一応聞けよ)、法定通りにきちんと分けようと考えている時は、その後の援助などの計画もきちんと考えたほうが良いだろう。

http://www.izokunenkin.com/about.html

年末死ぬのはやめてほしい

確定申告バタバタになるので。年をこしてからだと準確定申告できるので四ヶ月猶予があるが、年末ギリギリに死なれると三月十五日までに確定申告をしなければならないようだ(死亡届を出した日になるのでほんとに年末ギリギリだと年越してから死んだことにできるかもしれないが)。つまりそれまでに相続を確定しないといけない。ここらへんよくわからない場合遺産相続プロに代行を頼む必要とかもでてくるので、できれば確定申告が終わるまでは頑張っていきていてほしい。

https://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/2022.htm

火葬まであんまり死んだ実感はわかない。というか火葬はくるので注意したい

あ、ほんとに死んだんだってなる。が、火葬場は流れ作業なのでとてもつらい。

2017-10-09

なんにもいわないでニコニコして、嬉しそうなおまえの遺影にファックオフ

最期のさいごにお前を嫌いになれて良かった。

辛くて、子ども達のことができなくなってたかもしれない。

2017-09-22

anond:20170922075645

視点を変えて、辞めさせないために載せるのかもね。なんか、無理やり戦争に行かされた挙句遊就館遺影を飾られたような感じか。

職務経歴(転職履歴晒す点を考えると、日本社会日本人で、LinkedInで公開しているひとって、研究職、営業、士関係以外ではよっぽど自分能力に自信があるのかな。

2017-09-20

「青のオーケストラ」の一話を読んでみた

ネットで評判が良かったので、裏サンデーサイトで一話を読んでみた。

 

…一話で挫折した。

 

お父さんがプロバイオリニストで、部屋がタバコ臭くなるほど

タバコ吸うってどうなんだろう?

自分の親がそれで食っているんだが、

楽器が傷むからそういうことには神経質だ。

なので、このマンガを読んで違和感しか感じなかった。

あくま趣味で弾く分にはどうということはないが、

プロというところにすごく引っかかって、

そこから読めなくなってしまった。

この先にもっと深い展開があるのかも知れないけど、

やっぱり楽器を大切にしないのは個人的に嫌だったので。

 

そういえばアニメの「四月は君の嘘」も、一話の仏壇のシーンで萎え

(その他の描写もなんだったけど)一話切りしたのを思い出した。

日本アニメなら仏壇くらいきちんと描いて欲しい。

仏壇遺影を飾るための箱じゃないんだから…。

 

アニメしろマンガしろ

省略する部分はあっても仕方ないけれど、

ポイント大事なところは押さえておかないと、

全体のクオリティすら落としかねないと思う。

2017-09-01

https://anond.hatelabo.jp/20170901135520

これは、自殺した人の親が、社会的にも地位があって、弁護士相談できるっている程度の頭の良さや胆力がないと難しいのかもよ。

世の多くの人の感情は、遺影で動くだろうが。

その一歩は、親なり親族の力だろう。あと、本人のSNSでの記録。

2017-08-10

SPEED上原ゴシップ記事を読みあさって思ったこと

男性でも不妊は辛いのだなあ

そのうえ落ち目収入が嫁依存とか自信なくすよなあ

せめて愛があれば堪えられただろうに、嫁は不倫から離婚計画中じゃ救いないよなあ

それにしても上原不倫ラインの”自分は真面目で一途です”感が読んでてなんとも言えず苦々しい気分になる

自分不器用から、双方とうまくはやれない。旦那離婚の話を進める、そしてあなたと一緒に”

誠実なわたし、として話しながら

体の相性がびっくりするほど良くて、と既に旦那は裏切っており

大人になってこんな風な気持ちになるとは思わなかった、と特別な/運命的な恋として肯定する…

ゴシップ通りに上原を最低な女と罵るのは簡単だが、

旦那遺影を抱えて泣いたのもあれはあれで本心なのだろうと思う

不倫ライン自分は器用ではないからといういい子ぶりっ子発言も、それはそれである程度事実だったのだろうと思う

不妊仕事スランプ旦那をほったらかし間男不倫し、旦那自殺に追いやった

そんな事実とは裏腹に上原普段はそれなりに真面目だったんだろうなと思えるゴシップ記事だった

けどまあ、頭は弱そう

2017-08-04

https://anond.hatelabo.jp/20170804194531

学生時代に友人が(自分責任ではない)事故で亡くなったけど、最初は実感がわかなかったなあ、混乱して涙も出なかった

お葬式に参列して遺影を仰ぎ見たときにはじめて泣いた

2017-07-28

最近あんスタ公式へのリプについて思うこと

これは一人のあんスタPとして思うこと。

誰に言いたいわけでもなく、ただの愚痴

最近あんスタへのリプがあまりにも酷すぎる。

転校したんですか?だの遺影コラだの、キャラ画像使ってそういうことして楽しいのかな?

RT稼げるとかいろんな人が反応くれるとか、そういう理由があったりするのかもしれないけど、そんなことの為に私の推しを利用しないでほしい。心の底から腹が立つ。

私の推しのことが嫌いなのかもしれないし、どんなリプしようが自由、嫌ならブロックしろと言われたらそのとおりではある。

でもブロックする前にどうしても見ることになるし、それを一目見るだけでも嫌な思いをする。推しがそんなことに使われてるのを見てしまえばやっぱり悲しい思いをする。

まぁ、公式のリプを見なければいいと言われればそれまでだけどね。

2017-07-12

失われた時を求めてを読む:1巻350頁まで(5/6)

今回はおもしろかった

・やっぱりヒロインって大事

ヴァントゥイユ嬢

レズビアン

父親生前これを溺愛していたが、本人はレズセックス最中、父の遺影に唾を吐きかけるプレイをする。

主人公はこれを目撃して激しく勃起

スワンの娘、ジルベル

・素朴な美少女って感じ?

・いきなり主人公が惚れる。

主人公妄想

・「セックスしてぇな~、エロい女が急に現れないかな」ということを、美麗な表現を駆使して10頁に渡り描写

あの頭のおかしい叔母さんがいつの間にか死んでた

・いつ死んだのか、いくらページを手繰っても見つからない。数少ない面白キャラなのに勝手に死なないでほしい。

2017-05-07

お父さんいません

幸いにもそんな意地悪だったり無神経だったりする人に出会ってこなかっただけと言えばだけなんだけど、

「うちお父さんいません」って言ったらそれ以上掘り下げる人はまずいなかったし、私も面と向かって誰かに話せることだとは思わないので、

なんかの流れでそこまでは言っちゃってもそれ以上詳しくは話さない。

というか「お父さんいません」だけでも十分「えっなんかごめん…」みたいな感じになるので、

たとえ言いたい気持ちになっても結婚したい人(にはさすがに言わないとだめだよね?)とか以外には正直には言わないと思う。

父が自殺して10年以上になる。小学3年生だった私は帰宅したら首吊ってるのを見つけて119番通報した。

電話発見してすぐできたんだけど、降ろしてあげるっていう発想がなぜか出なかった(そのとき家には私と父だけ)。

あのときヒモ切ってたら生きてたかもしれない。発見時点でまだ生きてたのかとかよく考えたら知らないんだけど。

とりあえず返事はしなかったし動いてはなかった。当たり前だけど尿で床ビッシャビシャ。尿って知らなかったけど。

父の顔とか声は2年も経たないうちに思い出せなくなってることに気付いた。はえーな。

遺影に写ってる人はちょっと若めのときっていうのもあるかもしれないけど遺影の人って感じ。アルバムとかビデオは見る気にならない。

母はそれ以前から正社員で働いていたし、貯金とか両祖父母・親戚の助けもあったので、

生活ぶりにはさほど大きな変化もなかったし(少なくとも私視点では)、大学にも通わせてもらってる。ありがたい。

そういえば親とか死ぬクラスとか部活で発表あるのマジで謎。あれなんなの? なんか意味あるのかな。普通に不愉快だったしドキドキした。顔伏せてた。

自殺だって言っちゃいけない、病気でって言えって母とか親戚に言われたけど、隠し事しなきゃいけないから人との間に壁みたいなものを感じる(ポエム)。

話がウロチョロして申し訳ないんだけど、ここからが本題というかなんか言いたいなと思ったきっかけの話。

大学で知り合い以上の人とは、相手アカウント持ってさえいればTwitterフォローしあっている。

その中の一人の、一応友達くらいの距離の子は、潔癖ってくらい真面目で、勉強にもバイトにも趣味にもストイックな感じ。

仲がいいってほどではないと思うけど、そんなかっこいい彼女のことは好きだ。

の子に何が問題あるのかっていうと別にない。できた人間だし。でも彼女Twitterでのつぶやきを見てるとしんどいというか羨ましいというかモヤッとしてしまう。

彼女は両親にしてもらったこととか、感謝する旨をわりとよくつぶやく

ぶっちゃけ愚痴に対しても父親がいていいなと思うことがありはするので(他人事から)、もう素敵なお父さんぶりなんていいなーの極みなわけです。

私は誰にも相談しない。母はお互いいくら言葉を尽くしても私の気持ちいまいち理解できないとこがあるらしいし(本当に感謝してるし大好きな母ですよ)、

なんていうかもう諦めてる。たぶん逆も然りだろうから申し訳ない気持ち

母が理解してくれないことは誰にも理解してもらえないって思えて、友達とかにも全然相談できない。

そんなことないだろうって頭では考えるんだけど、どうしてもできない。めちゃくちゃ怖い。楽しい話だけしていたい。楽しくさせてもらってるだけで十分以上。

私ごときがそれ以上のこと要求するとか図々しいじゃん。そんなことないかもしれないけど拒否感がヤバい

こうして増田に書くだけでも私としてはかなり頑張った。みなさんの時間を奪ってすみません

あと、なんかそういうこととか、自分の本当のことを話そうという気持ちになるとすごく涙が出る。今もちょっと泣いてる。

泣くの恥ずかしいし泣いたら話せなくなるし、私のクソみたいな悩みで他人時間を奪いたくないし、暗い気持ちにさせたくない。

好きな人ならとりわけ。こんな話したら元に戻れなくなっちゃうじゃん。さっきも書いたけど友達とは楽しくしてたいんだよ。

カウンセリングとかは行きたいなと思ったことは何度もあるけど、大したことじゃないって言われたら死ぬから行けてない。いや言われないんだろうけど怖い。

でも次もっと頑張るとしたらカウンセリングだろうな。

中学1年のときに一瞬不登校してたんだけど、そのとき母は「なんかあったの?」って聞いた。

事件とかは何もなかったので、私は何もないとしか答えられなかった。なんかよくわかんないけど学校行きたくなかった。甘えって言われても仕方ないくらいだ。

今も大して変わってない。非常に漠然としている。

ときどきグルグルするんだけど、きっかけとか理由とかよくわからないことがほとんど。よくわからないので上手く言えない。

これかな?と思っても大したことじゃない気がして、今悩みとか特にないなって結論する。だから私は悩んでないので相談とかするほどのことじゃない。

日常生活の中で父がいなくて困るということはほとんどない。いないこともとっくに当たり前になってる。

死ぬ前の父は心身共に病んでて私には怖かったので(申し訳ないことです)、いなくなって安心した部分だってある。

でも私にはお父さんいない。あの子が悩みを親に相談していいアドバイスもらってそれを感謝してるのを見ると自分がすごく嫌いになる。元から嫌いだけど。

まあ母は元気でいるし私を養ってくれるし、祖父母もまだ元気。天涯孤独だって人も世の中にはたくさんいるし、もっとつらいことがあった人もたくさんいる。

それにかわいそうとか思われるのも嫌い。今はなんとも思ってないし。

いや、なんとも思ってなくないからこういう文章を書くんだろうけど。普段生活では意識していないことの方が99%でも、残りの1%くらいは確実にある。

彼女は悪くない。でもミュートした。ミュートしたんだけど時々見ちゃう。リア垢もう消そうかな。

2017-02-05

コメディアンの真価

コメディアンの真価が試されるのは、悲しい時、別れの時である

近年、日本で多くの災害が発生していて、その復興を願うのは当然のことであるが、ひたすら悲しみを強調するようなメディア追従するコメディアン芸人はいったい何なのだろうか?

もちろん、悲しみは悲しみとして厳然として存在し、消すことはできない。しかし悲しみだけでは生きてはいけない。

コメディアン芸人仕事というものは、そうした時にこそ必要とされるものではないのか。人々が厳しい状況に置かれ、悲しみでどうしようもなくなった時にこそ、コメディアンの笑いは必要とされるのだ。

悲しみのときに神妙な顔をする者はコメディアンとは言えない。

そういう意味じゃいい坊さんはいコメディアンでもある。

「(遺影を指して)故人はこんなに笑顔なんだから、みなさんが泣いていちゃ故人も笑いにくい。葬式で一人だけ笑っていたんじゃ居心地悪いんで、みなさんも笑ってください」といったユーモアさらりと言ってのける。

暇で退屈な人しか笑わせることのできないコメディアンは二流だな、と思う。

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203104821

写真を撮る時に「いぇ~い」って言うのは、「遺影にしてもいいくらいの最高の笑顔」ってことらしいよ。







念のためだけど、ウソだよ。

2017-01-24

デジタルネイティブの終末

末期がんになって3ヶ月

私はひたすら懐かしのビデオを見続けた

子供だった頃流行っていたドラマお笑い映画バラエティ番組歌番組

今見ても面白い

この時代テレビが一番おもしろかった時代だと思う

しかし色鮮やかに映し出されたこれらの映像に、存命の者は居ない

観客席に居る彼らもほとんど死んだだろう

不思議な気分だった

画面の中では皆が生き生きと、笑い、泣き、演技し

その度にポップなテロップが出る

しかし皆死んでいるのだ

ワイプの中で笑うタレントが、一瞬遺影のように見える

もはやこの中の世界存在しない

でも、外の日常よりは、まだ現実感がある

今の時代には違和感があった

私も年を取りすぎたのだろう、デジタルネイティブからと言ってずっと時代に付いていけるわけではない

唐突に目頭が熱くなった

画面はお笑い番組を映し出していた

陽気な音楽も、彼らの歌も、センスも、もうこの世にはない

これではまるであの世を覗く鏡だ

この画面が、もう死んだ時代と、まだ生きている時代境界線になっている

私はどちら側の人間なのだろう

どちらに存在していたいのだろう

考えるまでもなかった

私は医者の元へと向かうため、ようやく重い腰を上げた

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