「歴史的」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 歴史的とは

2017-11-22

anond:20171122100045

参考のために貼っとくわ。

http://mazmot.hatenablog.com/entry/2017/10/18/011231

もちろん、アメリカ人にもいろいろいる。

増田の友だちのような考え方のアメリカ人も多いと思う。

ただ、歴史的に言えば、そうじゃないんだよな。

2017-11-21

和月伸宏逮捕に思うこと

和月伸宏逮捕された。

ネットでは和月を叩く声も多い。

でもロリコンって言うレッテル張り事態が野蛮な行為だと自分は思う。

子供性的な目で見るなんてって言うけど

自分達が10から12歳ぐらいの子供の頃って大人性的な目で見ることって普通にあったよね?

生理射精が来るのはこの頃なんだからなんの不思議でもないんじゃないの?

歴史的には15ぐらいで普通に妊娠もしてたんだし、こんなことで逮捕するのがおかしいことだと思う。

寧ろ、人が妊娠する期間を無理矢理に制限してる訳だから逮捕する方が犯罪だと思うんだけど。

30越えたらなかなか妊娠もできないしロリコン=悪ってイメージつけて、人口制限するためにやってるとしか思えない。

anond:20171121125758

いや直虎は基本、史実でも直虎が関わったであろう事だけ関わらせてるよ

今までの女大河で散々叩かれた「史実ではその場にいる訳がない主人公が何故か歴史的大事件の場に居合わせてる」ってシーンはほぼ無い

からやってる事が地味でマイナー過ぎるとか、主役が直政に移ったら出番がないとか言われてるわけだけど

2人殺せば死刑執行でも10100人殺せば歴史的人物として一生の衣食住を保障される

2017-11-18

言い得て妙」の未来について

 先日大入試模試国語の採点をしたんですよ。そしたらザックリ3分の1以上の答案の論調おかしい。

何だこれはと思いながら数百枚の答案を読んでいくにつれ判ってきた。論調おかし受験者たちは「言い得て妙」という表現を「言ってることが妙だ、変だ」っていう否定的評価として受け取っている。

 でも「若者の読解力離れ」とか言うつもりは無くて、高3・浪人国語受験者の1/3以上が否定的表現として受け取っているってことは、もはや間違いとは呼べず言語変化として受け止めるべきなのだと思う。少なくとも近い将来そう認めざるを得なくなると思う。

 まずは、否定的評価として使われる場合もあると辞書に載るようになり、その後逆転して、否定的評価が主だが肯定的に使われることもあるとなり、さらには歴史的な文献では肯定的意味で使われた、となっていくのではないだろうか。

 「こいつ上から目線で色々のたまいやがって、ホント言い得て妙だよなwwwwww」「誹謗中傷通報しました」みたいなやりとりが普通になるかと思うとちょっと嬉しい自分です。

フリーメイソンの役目は終了

男性しか入会できないフリーメイソン歴史的にその使命を終えました。

今後はフリーメイソンに代わりインターネット上で人類の発展を議論します。

 

地球の維持計画は男だけの問題ではありません。

今後は男女、LGBTQの違いなく全員参加で協議すれば良いのです。

女性の皆さん準備はいいですね?男女平等の代わりに甘えは撤廃されますよ?

2017-11-17

anond:20171117122631

新規参入者が減って国力下がってどっかに併合されるまで徹底的にやってみてもいいかもね

歴史的反面教師には成れそうだし

2017-11-16

anond:20171116155412

理由としては

 

1.お金持ってる

  スウェーデンとかノルウェーとか、石油とか鉄とかの産地で

  凄いお金持ってるから、余ってる金を技術投資とか可能

 

2.↑の割に人が少ない

  人口が少なく、分布をみてみると

  あの国土の割に極南に集中しててしかも人の数も少ない。

  例えるなら東京並に人が密集してる上に、

  地方って物が全然いか日本みたく大都市ででた税金

  地方に分配して公共事業、なんて事しなくていい

  

  そして人手が少ないか就労人口も少なくて、

  人手が必要な事の料金が凄まじく高かったはず

  北欧関連のブログ見ると、店員が少ないとか色々

  問題が有るみたい

 

  さら人口が少ない=利権持ってる層が少ない

  =利権争いや利権調整の手間が少ないってのもあるし

  そもそも石油とか以外は人ぐらいしか資源・・・

 

3.キリスト教的な縛りが薄い

  歴史的キリスト教の浸透が薄くて、

  教会とか教義などの縛りが薄いか

  けっこう古い慣習に縛られず色々やれる

 

多分こんな感じ

2017-11-14

賢者歴史に学ぶ

これは単なる処世術、今風にいえばライフハックの類であって真理どころか法則、仮説ですらない。


この文句を持ち出す輩に「歴史的産物」というもの理解できるとはとても思えない。

歴史上の事実を超歴史的に見るのは床屋談義だけにして欲しい。

自己啓発者やビジネス書ハウツー本を読んで読書とする蒙昧なるものが好むやり口だ。

2017-11-13

anond:20171113120947

手段現実的でない

2017年日本夫婦別姓女性差別的に捉える人間はいないし、「文化的歴史的価値がある」という言葉に「だからこれからも残されなければいけない」という意味は内在していない

おわり

選択夫婦別姓に冷静に反対しよう

選択夫婦別姓に反対していこう。

効率的・実務的側面から反対
文化的歴史的側面から反対

①.効率・実務

 西暦2015に最高裁が「選択夫婦別姓却下」と判断を示しました。

これを受けて原告団長の塚本協子さんは「判決を聞いて涙が止まらなかった」

「『塚本協子』として生きること、死ぬことができなくなりました。」と述べました。

 しかし待ってください。それって法律解決しなくちゃいけないことでしょうか?

 真犯人名前を教えましょう。旧姓で呼んでくれない職場旧姓で呼んでくれない銀行旧姓で呼んでくれない葬式

 やつらです。

 数年をかけて裁判を何度も起こすより! 三井住友銀行毎日クレームを送りましょう。

 この投稿を見たら「ペンネームでも簡単に口座が! マイナンバーを持ってお近くの銀行へ!」のキャンペーンをしてください。

 「パスポート名前を記入させないで」とお便りを送りましょう。

 年賀状なんてやめて、外務省とか東京都生活文化局とかに絵葉書を送りましょう。

 「佐藤から始まる同姓同名なんてたくさんいるんだから本日は晴天なり』と自筆記入させてくれませんか?」と添えて。

 サイボウズ社長の青野さんは理不尽にもこう言っています

子供の姓はどうするんだ」

今回の訴訟では、子供の姓のルール改正は求めていませんので、「結婚時に決めた戸籍筆頭者の姓に統一する」だけです。もし、別のニーズ子供は新しい姓にするとか)が発生したら、また時代に合わせて改正検討すればいいと思います海外のように、両親の名字をくっつけて子供の姓にする時代が来るかもしれませんね。「ますだおかだ」とか。

 みなさんには役人友達がいませんか? みなさんの友達は泣いていませんか?

 「鈴木佐藤結婚するだけで『鈴木』『佐藤』『鈴木佐藤』『佐藤鈴木』『鈴佐』『鈴藤』『佐木』『木藤』とにかくたくさんだ!」

 ただでさえ無駄の多い役所仕事無理難題要求するのは、みなさんの反対するところではありませんか?

 そもそも戸籍本名だと神様が決めたわけではないのです。

 戸籍戸籍本名本名です。

 選択夫婦別姓は結局、戸籍にしがみついているだけですから最高裁が別姓を認めてくれたところで無意味です。

 子供名字は、親の名字は、先祖名字は、友達名字は……。戸籍に全てを任せようとしてしまます

 選択夫婦別姓の先にあるのは、子供が「父親名字になりたい。母は要らなかった。戸籍を変えたい」と訴訟を起こす未来です。

 私たちの涙は止まらなくなるでしょう。

 効率的・実務的に言って役所をただ混乱させるだけの選択夫婦別姓制度には断固反対していくべきで、

 「そういえば所ジョージさんって芳賀隆之って戸籍上なってるらしいですが、所ジョージの方が本名って感じがしません?」と不動産会社の人に言いましょう。

 選択夫婦別姓なんて結局、子供名字をどうするのか決めなくちゃいけないんですから

 社会は何も悪くありません。悪いのは会社です。

②.文化歴史

 既に主旨は述べましたが、ではどうして戸籍擁護するのか整理させてください。

 みなさんもご存じの通り、夫婦別姓というのは極めて男女差別的な側面があります

 日本は長いこと、夫婦別姓の国でありました。

 中韓現在夫婦別姓であるように、極東では女性家族の中でただ一人、男の姓を名乗ることを許されないものでした。

 子供と同じ名字を名乗ることができなかったのです。

 そこで明治維新の頃、列強ルール「妻は夫の名字を名乗る」という先進的な男女差別へと乗り換えたのが日本です。

 名字の話をするだけで昔の各国のパワーバランスの話になりました。

 名は……ちょっと土地を変えれば全く違う理論で働いている、とても価値のあるものです。年輪です。地層です。百科事典です。

 ロシアには「父親名前が、子供自動的に足される風習」があります。「父称」で検索

 プーチン大統領は「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン」という名ですが、ミドルネームにあたる「ウラジーミロヴィチ」は父親から来ています

 砕いて言うと「ウラジーミルウラジーミルの子の、プーチン」です。ウラジーミル・プーチンの父もウラジーミルだとミドルネームに書いてあるのです。

 父親子供名前が同じというのは日本からすると変かもしれません。

 しかし「名前無頓着名前」は世界的には多々あることで、マクドナルドは「ドナルドの息子」という意味だとされています

 マクミランは「ミランの息子」、マッカーサーは「アーサーの息子」とされています

 名は文化歴史的価値のあるもので、善とか悪とかそういう尺度で語るべきものではありません。

 日本では源義経牛若丸だし、豊臣秀吉は羽柴藤吉郎だし、鳳凰院凶真は岡部太郎だし……。

 名は大切なものではありましたが、そのせいか代わりの名前がぽんぽんと出てくるものでありました。

 大切な名、名字戸籍。これは財産ではありませんか?

 選択夫婦別姓の先にあるのは「寿限無」や「ピカソ」のように長い長い名前です。

 「親のせいで俺の名前120字以上になった! ツイートできない!」となります。 

 そういう一般的人間ユーモア役所仕事というのは相性が悪いものです。

 名乗りたい名前があるなら自由に名乗ってくれて構いません。それが国民の総意になる未来もあるでしょう。

 戸籍とは別の本名という風習が起きるかもしれません。

 しかしそれはともかくとして国がきちんと古くさく管理するのを許してあげてくれないでしょうか?

 そうしてきちんとされたものが百年先、千年先にどう解釈されるのか私たちには全く想像できないのですから


余談

 選択夫婦別姓には明確に全国民が反対すべきです。

 一方で「夫婦は夫の名字が九割以上」の現状はもうちょっとどうにかなってもいいんじゃない

 訴訟、待ってます

2017-11-11

anond:20171111230258

なんか今の時代歴史的に見てもかなり特異らしいね

本来は多少ガッシリしてたり肉がついてるのが

普遍の好みだったらしいが

 

たぶん科学化学の発展で食料増産が可能になって、

結果デブった人が多くなりすぎたせいで

糖尿病とかの成人病問題が出てきたか

「私は自制できます、体型維持に努力ができます

っていう事がかなり価値が高くなったせいかもしらん

anond:20171111152706

でも新政府のやり方に不満を覚えるのは西郷だけじゃなくて後の維新派からも出てくる

結局そいつらが太平洋戦争突入していったんだから新政府側が歴史的に間違えていたようなもんでしょ

2017-11-10

為せば成る

上杉鷹山の「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」っていうの。

ふつう根性論で「やる気になったら何でもできる、ガンバレ!」みたいな意味で使われるし、たぶん歴史的にもそういう使い方が正しいんだとは思うけど。

けど、冷静にこれ読んでみたら、「どんなことでも行為の結果であって、行為がないところには結果がない」っていうだけの意味だよな。

まり、クソを為せばクソが成るっていうことで、よく現実を表してると、ふと思った今朝の目覚め(午後になってもまだ覚えてたんで日記に書いた)

2017-11-09

言語進化~ウホウ理論

この間寝る前に、

言葉ってどう生まれたのだろう?

ふと考えて行き着いた答えが、

言葉聞き手からまれ

だった。

原人AとBがたまたまバイブスが合って共に行動するようになり、狩りで捕った肉や魚を一緒に食べる時、問題が発生する。

Aは植物の葉で包んで蒸し焼きにするのが好き。

Bは直火で焼くのが好き。

しかしお互いに言語を持っていないので、ウホウホ主張するだけで中々意思疎通が取れない。

この段階でどちらかがキレて「ウホウ!!」って相手をぶっ殺すことがきっと何万回もあったと思う。

そんな中で生まれた聡明な原人Aは、

相手は何かを主張している」

とBのことを考えて、最初言葉ではなく木の枝とかで地面に何を描いて意思疎通をとろうとしたのでは?と個人的に考えた。

そうやってAはBの主張をどんどん汲み取って、簡単記号を作り出し、それが発展してようやく言葉になったのだろうと!

とここまで考えて実際はどうなんだろうとウィキペディア(これから本借りて調べてみるからね)を見たら!!驚愕!!

言語起源

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

ここに書かれていたのが、「連続理論」と「不連続理論」。

連続理論

言語は複雑なので何もない所から急に完全な形で言語が現れるのを想像することはできないという考えに基づいている。

言語は、私たち祖先霊長類の間で言語に先立つ前-言語的体系から発展してきたに違いない、とされる。

と、つまり徐々に進化したと。つまり自分が考えたウホウ理論はこれに分類される。

不連続理論

逆の考え、つまり言語は他に類のない特徴なのでヒト以外の動物の特徴と比較することはできないし、

そのため人間進化過程で全く突然に表れたに違いない、という考えに基づいている。

ん?ちょっとよくわからない。

ちなみに、

もう一つの異なる理論は、言語が概して一般的符号化された生来能力であると大抵みなしている前二者と違い、言語を主に文化的な、つまり社会的交流を通じて習得される体系だとみなす

あれ。自分のウホウ理論はこっちの方が近い?


とにかく、意外にも言語がどう進化たかが分かっていなく驚いたし、不連続理論のぶっ飛びっぷりといったら。

ノーム・チョムスキー不連続理論の卓越した唱道者だが、この問題に関して彼は同僚たちの中で孤立している。

ほうほう。

約十万年前に言語機能(心―脳の構成要素)が「瞬間的に」「完全」もしくは「ほぼ完全」

な形で出現するような進化の一度きりの突然変異霊長類の一個体に起こった、と彼は主張している。

?!

続いて哲学的主張が手短に行われた。

まず、進化について知られている者から:一個体における偶発的な遺伝的変化によって種のいかなる生物学的変化も起こり、

そうした変化が交配可能集団内で広がっていく。

第二に、言語理論計算機観点から:求められる唯一の能力は心の再帰データ構造(いわゆる離散的無限性質

人の心に特異的に表れる)を構成・処理する認知能力である

ヒトの心に離散的無限という性質付与するこの遺伝的変化は(Nを定数として)

Nまで数え上げることができるなら無限に数え上げることができる(つまり、Nまで構成できるならN+1構成できる)ことになる、

チョムスキーは主張している。

チョムスキーもうちょっとわかりやすくおねがい

言語の発生はヒトの先史時代にまで遡るので、関連する発展は歴史的痕跡を残していない。

今日同等の過程を観察するのも不可能である

記載があるように、なんか凄い仮説ばっかだったこのページ。

証拠全然無いんだね。

そしてこのウィキのページ長ぇぇぇぇええ!!

素人簡単に踏み込んでいい領域ではなかった。

でも気になるよね。

というか普通に考えてウホウ理論なのでは?

ジェスチャー理論

ジェスチャー理論では、簡素コミュニケーションに使われたジェスチャーからヒトの言語が発展したとされる。

ジェスチャー理論重要問題は、なぜ音声言語への移行が起こったのかである。さまざまな説明提案された:

ヒトの祖先はどんどん多くの道具を使うようになっていった。

それらの道具に手が占拠されたのでもはやジェスチャーを行う余裕がなくなった[98]。

手でジェスチャーを行うには話し手聞き手が互いに見合うことが要求される。

例えば夜や、葉によって視界が遮られているときなど、多くの状況では視覚的なコンタクトを取らずにコミュニケーションを行う必要がある。

うん。ウホウ理論はこれに含まれるね。

なので自分はとりあえずジェスチャー理論を支持します。

時間がある時に本を読んで調べてみるかなー。

2017-11-08

anond:20171108154838

お前の視点ゴミなだけで歴史的観点からすると男尊女卑の方がずっと期間長いんだけど

昨今の男女平等化の流れには疑問ないわけ?

変革を肯定するのならば、今後老害のものが維持できない社会になるってことも想定できないのか?

今現状目の前にあることが正で、明日明後日のことはまるで想像予知がないか

人類滅亡までに老害は維持され続けると確信しているの?

老害文化でなく自然現象なら人間社会が今後どのような変革を遂げても老害自然から生き残り続けると?

それがお前の主張なんだよね?

動物人間は違うみたいな、人間賛歌チックな言い回し入らんから

歴史的に観れば人間土人生活の方がずっと長いし

目の前の生活基準しか物を考えられない思考停止は直した方がいいよ、老害から

2017-11-07

今回、選挙を経て、痛感したのは、日本民主主義根付いてないんだなーって。

民主主義って、つまり多数決、最大多数の最大幸福、それを信用しない、できないひとがたくさんいるのだなと。

考えてみれば、日本独裁制であっても、そこまでひどい政治経験してないんだよな、歴史的に。第二次大戦くらい。

しかも、その民主主義を考えるきっかけになるはずの学校教育は、日本史は、天皇中心の歴史を教えるから

投票というのは、日本未来について考えること、そのイデオロギー自分の中で確立させ、それを意思表示する行為だと思う。

ま、独裁制と代議制なら、代議制の方がマシってだけ。正直、大差ない。トランプさんとか見てると。

選挙は、今の時代に合ってない、興味を持たせろとか、そういう意見もあるけど、僕から言わせれば反知性主義だよなーと。がり勉ダサいっていう奴の論理だよね。

最低限の、危機回避可能性のためなんだよね、選挙って。その為に勉強しとこうぜって。

ナチスとかポルポト政権カミカゼを出さない為には、民主主義しかないと。

(まあ、ナチス民主主義で選ばれたけど)

ちゃんと、見る目を養った社会しか、喰いとめられないというのが限界

別に投票を信じない、というのもイデオロギーの一つだよ。

っていうか、小選挙区制だと、人気よりも団結がモノを言うわけで、そういう意味では投票したって死票無意味という論理だって成り立つし、どこも同じだろうという考えのもある。

代議士たちの理念演説会、討論会を見れる機会がないと、どれも同じだよね。いちいちHP回って、みて、比較して。

でも、ひどい代議士だと、HPにすら何も書いてないし、小学校から今に至るまでの微笑ましいエピソード集なんかが載ってて、反吐が出る。アイドルかよ。

正直、日本はこれからどんどん衰退するし、なんとかしがみついていかなければならないんだなと思うと、戦々恐々とする。

自分たちが選んだんだ、なんていうけど、それはちがうと思う。

そういう仕組みが出来上がる時に、批判できなかった。大きくなって崩すには、時間と労力がかかる。もう手遅れだ。

先人たちの負の遺産だと、割り切るしかいかなって思う。

もちろん、先人たちのおかげで、今の、生活が成り立ってるのは承知している。

だけど、彼らがちょっとでも、お金稼ぎの合間に、趣味の合間に、手を止めて、このままで大丈夫か?と議論してくれていたらと思ってしまう。

一億人以上が暮らす経済大国の舵取りなんて、誰にもできなかったのかもしれない。それでも、ちょっと思ってしまう。

この問題だらけで、ちょっとずつ沈んでいくのを眺めながら、僕たちはどこまでいけるんだろうな。

2017-11-05

08憲章

一、まえがき

 今年は中国立憲百年、「世界人権宣言公布60周年、「民主の壁」誕生30周年であり、また中国政府が「市民的及び政治的権利に関する国際規約」に署名して10周年である。長い間の人権災害と困難かつ曲折に満ちた闘いの歴史の後に、目覚めた中国国民は、自由・平等・人権が人類共同の普遍的価値であり、民主・共和・憲政が現代政治の基本的制度枠組みであることを日増しにはっきりと認識しつつある。こうした普遍的価値基本的政治制度枠組みを取り除いた「現代化」は、人の権利をはく奪し、人間性を腐らせ、人の尊厳を踏みにじる災難である21世紀中国がどこに向かうのか。この種の権威主義統治下の「現代化」か? それとも普遍的価値を認め、主流文明に溶け込み、民主政体を樹立するのか? それは避けることのできない選択である

 19世紀中葉の歴史の激変は、中国の伝統的専制制度の腐敗を暴露し、中華大地の「数千年間なかった大変動」の序幕を開いた。洋務運動(1860年代初頭から約30年続いた)はうつわの表面の改良(中体西用)を追求し、甲午戦争日清戦争1894年)の敗戦で再び体制の時代遅れを暴露した。戊戌変法(1898年)は制度面での革新に触れたために、守旧派残酷鎮圧にあって失敗した。辛亥革命1911年)は表面的には2000年余り続いた皇帝制度を埋葬し、アジア最初共和国を建国した。しかし、当時の内憂外患歴史的条件に阻害され、共和政体はごく短命に終わり、専制主義が捲土重来した。うつわの模倣と制度更新の失敗は、先人に文化的病根に対する反省を促し、ついに「科学と民主」を旗印とする「五四」新文化運動がおこったが、内戦の頻発と外敵の侵入により、中国政治の民主化過程は中断された。抗日戦争勝利後の中国は再び憲政をスタートさせたが、国共内戦の結果は中国現代全体主義深淵に陥れた。1949年に建国した「新中国」は、名義上は「人民共和国」だが、実際は「党の天下」であった。政権党はすべての政治・経済・社会資源を独占し、反右派闘争、大躍進、文革、六四、民間宗教および人権擁護活動弾圧など一連の人権災害を引き起こし、数千万人の命を奪い、国民と国家は甚だしい代価を支払わされた。

 20世紀後期の「改革開放」で、中国毛沢東時代の普遍的貧困絶対的全体主義から抜け出し、民間の富と民衆生活水準は大幅に向上し、個人経済的自由社会的権利は部分的に回復し、市民社会が育ち始め、民間人権政治的自由への要求は日増しに高まっている。統治者市場化と私有化経済改革を進めると同時に、人権の拒絶から徐々に人権を認める方向に変わっている。中国政府は、1997年1998年にそれぞれ二つの重要な国際人権規約に署名し、全国人民代表大会2004年憲法改正で「人権の尊重と保障」を憲法に書き込んだ。今年はまた「国家人権行動計画」を制定し、実行することを約束した。しかし、こうした政治的進歩はいままでのところほとんど紙の上にとどまっている。法律があっても法治がなく、憲法があっても憲政がなく、依然として誰もが知っている政治的現実がある。統治集団は引き続き権威主義統治を維持し、政治改革を拒絶している。そのため官僚は腐敗し、法治は実現せず、人権は色あせ、道徳は滅び、社会は二極分化し、経済奇形的発展をし、自然環境と人文環境は二重に破壊され、国民の自由・財産幸福追求の権利は制度的保障を得られず、各種の社会矛盾が蓄積し続け、不満は高まり続けている。とりわけ官民対立の激化と、騒乱事件の激増はまさに破滅的な制御不能に向かっており、現行体制の時代遅れ直ちに改めざるをえない状態に立ち至っている。

二、我々の基本理念

 中国の将来の運命を決めるこの歴史の岐路に立って、百年来の近代化歴史を顧みたとき、下記の基本理念を再び述べる必要がある。

自由:自由は普遍的価値の核心である言論出版信仰集会結社・移動・ストライキデモ行進などの権利は自由の具体的表現である。自由が盛んでなければ、現代文明とはいえない。

人権人権は国家が賜与するものではなく、すべての人が生まれながらに有する権利である人権保障は、政府の主な目標であり、公権力の合法性の基礎であり、また「人をもって本とす」(最近の中共のスローガン「以人為本」)の内在的要求である中国のこれまでの毎回の政治災害はいずれも統治当局が人権を無視したことと密接に関係する。人は国家の主体であり、国家は人民に奉仕し、政府は人民のために存在するのである

 平等:ひとりひとりの人は、社会的地位・職業・性別経済状況・人種・肌の色・宗教・政治的信条にかかわらず、その人格・尊厳・自由はみな平等である。法の下でのすべての人の平等の原則は必ず実現されなければならず、国民社会的経済的文化的政治的権利の平等の原則が実現されなければならない。

 共和:共和とはすなわち「皆がともに治め、平和的に共存する」ことである。それは権力分立によるチェック・アンド・バランスと利益均衡であり、多くの利益要素・さまざまな社会集団多元的な文化と信条を追求する集団が、平等な参加・公平な競争・共同の政治対話の基礎の上に、平和方法で公共の事務を処理することである

 民主もっと基本的な意味は主権在民と民選政府である民主には以下の基本的特徴がある。(1)政府の合法性は人民に由来し、政治権力の源は人民である。(2)政治的統治は人民の選択を経てなされる。(3)国民真正選挙権を享有し、各級政府の主要政務官吏は必ず定期的な選挙によって選ばれなければならない。(4)多数者の決定を尊重し、同時に少数者の基本的人権を尊重する。一言でいえば、民主は政府を「民有、民治、民享」の現代的公器にする。

 憲政:憲政は法律と法に基づく統治により憲法が定めた国民基本的自由と権利を保障する原則である。それは、政府の権力行為の限界を線引きし、あわせて対応する制度的措置を提供する。

 中国では、帝国皇帝権力の時代はすでに過去のものとなった。世界的にも、権威主義体制はすでに黄昏が近い。国民は本当の国家の主人になるべきである。「明君」、「清官」に依存する臣民意識を払いのけ、権利を基本とし参加を責任とする市民意識を広め、自由を実践し、民主を自ら行い、法の支配を順守することこそが中国根本的な活路である

三、我々の基本的主張

 そのために、我々は責任をもって、また建設的な市民的精神によって国家政治制度と市民的権利および社会発展の諸問題について以下の具体的な主張をする。

1、憲法改正:前述の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法の中の主権在民原則にそぐわない条文を削除し、憲法を本当に人権の保証書および公権力への許可証にし、いかなる個人・団体・党派違反してはならない実施可能な最高法規とし、中国民主化の法的な基礎を固める。

2、権力分立権力分立現代的政府を作り、立法・司法・行政三権分立を保証する。法に基づく行政と責任政府の原則確立し、行政権力の過剰な拡張を防止する。政府は納税者に対して責任を持たなければならない。中央と地方の間に権力分立とチェック・アンド・バランスの制度を確立し、中央権力は必ず憲法で授権の範囲を定められなければならず、地方は充分な自治を実施する。

3、立法民主:各級立法機関直接選挙により選出され、立法は公平正義の原則を堅持し、立法民主を行う。

4、司法の独立:司法は党派を超越し、いかなる干渉も受けず、司法の独立を行い、司法の公正を保障する。憲法裁判所設立し、違憲審査制度をつくり、憲法の権威を守る。可及的速やかに国の法治を深刻に脅かす共産党の各級政法委員会解散させ、公器の私用を防ぐ。

5、公器公用:軍隊の国家化を実現する。軍人は憲法に忠誠を誓い、国家に忠誠を誓わなければならない。政党組織は軍隊から退出しなければならない。軍隊の職業化レベルを高める。警察を含むすべての公務員政治的中立を守らなければならない。公務員任用における党派差別を撤廃し、党派にかかわらず平等に任用する。

6、人権保障人権を確実に保障し、人間尊厳を守る。最高民意機関(国会に当たる機関)に対し責任を負う人権委員会設立し、政府が公権力を乱用して人権を侵害することを防ぐ。とりわけ国民の人身の自由は保障されねばならず、何人も不法な逮捕拘禁・召喚・尋問・処罰を受けない。労働教養制度(行政罰としての懲役)を廃止する。

7、公職選挙全面的民主選挙制度実施し、一人一票の平等選挙を実現する。各級行政首長の直接選挙は制度化され段階的に実施されなければならない。定期的な自由競争選挙と法定の公職への国民選挙参加は奪うことのできない基本的人権である

8、都市農村の平等:現行の都市農村二元戸籍制度を廃止し、国民一律平等の憲法上の権利を実現し、国民移動の自由の権利を保障する。

9、結社の自由国民結社の自由権を保障し、現行の社団登記許可制届出制に改める。結党の禁止を撤廃し、憲法と法律により政党の行為を定め、一党独占の統治特権を廃止し、政党活動の自由と公平競争原則確立し、政党政治正常化と法制化を実現する。

10、集会の自由平和集会デモ示威行動など表現の自由は、憲法の定める国民基本的自由であり、政権党と政府は不法な干渉や違憲の制限を加えてはならない。

11、言論の自由言論の自由出版の自由学術研究の自由を実現し、国民知る権利監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道の規制を撤廃し、現行「刑法」中の「国家政権転覆扇動罪」条項を廃止し、言論の処罰を根絶する。

12、宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障する。政教分離実施し、宗教活動が政府の干渉を受けないようにする。国民宗教的自由を制限する行政法規・行政規則・地方法規を審査し撤廃する。行政が立法により宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体〔宗教活動場所を含む〕は登記されて初めて合法的地位を獲得するという事前許可制を撤廃し、これに代えていかなる審査も必要としない届出制とする。

13、国民教育:一党統治への奉仕やイデオロギー的色彩の濃厚な政治教育と政治試験を廃止し、普遍的価値市民的権利を基本とする国民教育を推進し、国民意識確立し、社会に奉仕する国民美徳提唱する。

14、財産保護私有財産権を確立保護する。自由で開かれた市場経済制度を行い、創業の自由を保障し、行政による独占を排除する。最高民意機関に対し責任を負う国有資産管理委員会設立し、合法的に秩序立って財産権改革を進め、財産権帰属責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、国民とりわけ農民の土地所有権を確実に保障する。

15、財税改革:財政民主主義確立納税者の権利を保障する。権限と責任の明確な公共財政制度の枠組みと運営メカニズムを構築し、各級政府の合理的な財政分権体系を構築する。税制の大改革を行い、税率を低減し、税制を簡素化し、税負担を公平化する。公共選択住民投票)や民意機関議会)の決議を経ずに、行政部門は増税・新規課税を行ってはならない。財産権改革を通じて、多元的市場主体競争メカニズムを導入し、金融参入の敷居を下げ、民間金融の発展に条件を提供し、金融システムの活力を充分に発揮させる。

16、社会保障:全国民カバーする社会保障制度を構築し、国民教育医療養老・就職などの面でだれもが最も基本的な保障を得られるようにする。

17、環境保護:生態環境保護し、持続可能な開発提唱し、子孫と全人類に責任を果たす。国家と各級官吏は必ずそのために相応の責任を負わなければならないことを明確にする。民間組織環境保護における参加と監督作用を発揮させる。

18、連邦共和:平等・公正の態度で(中国周辺)地域の平和と発展の維持に参加し、責任ある大国のイメージを作る。香港マカオの自由制度を維持する。自由民主の前提のもとに、平等な協議と相互協力により海峡両岸の和解案を追求する。大きな知恵で各民族の共同の繁栄が可能な道と制度設計を探求し、立憲民主制の枠組みの下で中華連邦共和国樹立する。

19、正義の転換:これまでの度重なる政治運動政治的迫害を受けた人々とその家族名誉を回復し、国家賠償を行う。すべての政治犯と良心の囚人を釈放する。すべての信仰により罪に問われた人々を釈放する。真相調査委員会設立歴史的事件の真相を解明し、責任を明らかにし、正義を鼓舞する。それを基礎として社会の和解を追求する。

四、結語

 中国世界の大国として、国連安全保障理事会の5つの常任理事国の一つとして、また人権理事会メンバーとして、人類の平和事業人権進歩のために貢献すべきである。しかし遺憾なことに、今日の世界のすべての大国の中で、ただ中国だけがいまだに権威主義の政治の中にいる。またそのために絶え間なく人権災害と社会危機が発生しており、中華民族の発展を縛り、人類文明進歩を制約している。このような局面は絶対に改めねばならない! 政治の民主改革はもう後には延ばせない。

 そこで、我々は実行の勇気という市民的精神に基づき、「08憲章」を発表する。我々はすべての危機感責任感・使命感を共有する中国国民が、朝野の別なく、身分にかかわらず、小異を残して大同につき、積極的市民運動に参加し、共に中国社会の偉大な変革を推進し、できるだけ早く自由・民主・憲政の国家を作り上げ、先人が百年以上の間根気よく追求し続けてきた夢を共に実現することを希望する。

(括弧)内は訳注。

原文:

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/8f95023140c18356340ca1d707aa70fe

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/84859dc4e976462d3665d25adcd04987

http://blog.goo.ne.jp/sinpenzakki/e/d5a614fa9b98138bb73cd49d3e923b40

転載自由、出典明示)

2017-11-03

野党経済政策を打ち出せないのは自民党に包括されるからという仮説

anond:20171024073018を読んだ。文字起こし中の北田氏の経済政策に関するいらだちは自分共感するが、

アベノミクスを超えるアベノミクス」を野党が打ち出すのは困難ではないか自分は思う。以下その理由

自民党野党の主張を包括してきた

自民党に詳しい人ならわかると思うがこの政党野党の主張を取り込んで自党の政策にしてきた歴史がある。

田中角栄福祉元年は有名だし(http://u0u1.net/GOmQ)、小泉氏が首相になる頃の旧民主党規制緩和親和的だった。

今度の選挙でも分裂前の民進党が掲げていた「All for All」に対して自民党は「全世代社会保障」を打ち出した。

(「All for All」の生みの親である井出英策氏も自民党の「意図せざる」歴史的大転換だと評価している。http://u0u1.net/GOo0

こんな政党に対して「アベノミクスを超えるアベノミクス」を野党が打ち出したらどうなるだろうか?

恐らく「アベノミクスの第四の矢は全世代対応の再配分政策です!」とかなんとか言って自民党が包括してしま可能性が高い。

再配分政策を支持している有権者特に無党派)にとっては政策が実現することが大事で、どの政党政策の実現を担うかは重要ではないし

自民党日本政党のなかで一番政権運営能力が高いと有権者に思われているというアドバンテージもある。

選挙においても「自民党が再配分政策やるなら野党投票する必要は無いか。」と思う有権者自民党投票するだろう。

故にアベノミクスの足りない所を補う経済政策野党が主張しても、自民党に包括され対抗軸不明確になり、

選挙で埋没する恐れがあるためそう簡単には打ち出せないのではないか

2017-11-02

アメリカの銃規制が進まないのには3つの原因があると思うという話

表題の件について、自分が納得できるだけの解説をしている記事があまりない、というか、前々から日本一般の人々にはあまりこの問題認知されていないような気がしていたので、需要があるかは分からないが個人的見解をまとめる私的メモという意味も含め、ここに記載しておく。

1つはアメリカ建国理念から来ていて、もし政府民衆に圧制を強いるとき民衆には武装して蜂起する権利憲法で認められているためである

もともとアメリカという国自体が、イギリスをはじめとする欧州圧政から独立してできたものなので、国家民衆が作るという意識が強い。そのためアメリカ合衆国は、政府暴走した場合対処法を、憲法公式に認めている。これが有名な「合衆国憲法修正第2条」である政府民衆国家権力で押さえつけ、搾取するような事態になれば、国民武装して現政府を打倒し、新たな政府を打ち立てることができる。(もちろん、他国から侵略に対する抵抗の意味もある)

そして最も重要な点は、そうするために国民武装することを、政府制限してはならないということだ。銃の所持を規制することは、すなわち武装することの規制に繋がる。これは国民のための権利であるから政府主導で銃規制をすることに対して、「そうやって武装できないようにして、俺たちに圧政を敷くんだろう?」という反発が生まれる。から規制は是か非かについて、明確に政治的正しさを持つ答えがなかなか出ないのである。極端な話、トラ○プが本当に危険独裁体制を築いたとき、現憲法下であれば銃規制を叫ぶリベラリストたちでも平等武装蜂起する権利を有している。

2つ目はより現実的市民生活に関する問題で、アメリカの広大な土地に起因する。

アメリカ田舎は、日本人には想像も付かない規模で広い。隣家まで車で何十分というケースはざらだ。たとえばワイオミング州鳥取県両国において最も人口が少なく、約56万人とほぼ同じだが、人口密度はおおよそ70倍以上にもなる。そんな地域でもし何か起こったとき警察保安官が到着するのを30分とか1時間、悠長に待っていられるだろうか?

こういった背景からアメリカでは田舎に行くほど、セルフディフェンスとかホームディフェンスと呼ばれる概念が浸透している。異常に治安が良いと言われる日本でも、ご近所同士のいさかいが原因で刃傷沙汰に発展するというのはよくある話だし、痴話喧嘩もあれば家庭内暴力もある。野生の危険動物だっているだろう。そういった事態に陥ったとき自分の身を守れるのは自分だけだ。だからみんな銃を買う。西部開拓時代、多くの人が傍らに銃を置いて眠っていた頃と、根本的には変わっていない。

なお、アメリカでこういった田舎に暮らす人たちは、人口の1割である3000万人ほどもいるという。3000万人と言えば近年急速な発展を遂げたメガティ中国重慶市と同じくらいだ。メガティ1つ分の国民安全自衛に委ねられているという、ある種異常な状態なのだ

3つ目はもっと単純で、ここまで広がってしまった銃を今さら回収するのが非常に困難な点にある。

アメリカでは1億丁以上の銃がすでに流通販売されており、およそ国民の2人に1人は銃を持っていると言われている。これほどまでに庶民の手に広まった銃を没収していくのは、そもそも物理的に難しいし、誰が何の権限でどのように回収するのか、抵抗に遭わず安全に回収できるのか、回収した大量の銃はどう保管あるいは処分するのか、これらのコストは、回収に応じない場合罰則は、などといった行政上問題も山のようにある。

ちなみに例として、戦後日本で行われた武装解除の際に提出された刀剣類の保有数は、平均して大体3軒に1軒くらいだったらしい。しかしもちろんそれがすべてではなく、未だに先祖の持っていたものが蔵から出てきたというニュースもあれば、土中に埋めるなどして隠匿したなどの話も聞こえてくる。またこの中に近代火器は含んでいない(登録された刀剣類の数を参考)。しかもこれが実行できたのは、敗戦という歴史的大事と、それに伴う武装解除のための占領政策GHQによる外圧という側面が大きい。平時にこれ以上の規模の銃規制を実現するのがいかに難しいか分かっていただけるだろう。

ここまで記したように、アメリカ国民にとっての「銃」とは何よりもまず自分自身安全保障するための道具なのである政府侵略者犯罪者、敵意を持った隣人たち、危険な野生生物などから自分生命財産家族、そして自由権利を守るための唯一にして最強の道具だ。

これが決して建前ではなく、国家の根幹と現実に即した実態であるというのが、今回私の言いたかった見解だ。これを読んだ方の、この問題に対する理解一助にでもなればと思う。

なお、一部の人たちが馬鹿ひとつ覚えのように諸悪の根源として扱ってしまうので、ここでは敢えてNRA=全米ライフル協会に関する記述は控えさせていただいた。ただ、誰もが銃を規制したいのに一部の頭おかしい人によって阻止されているという構図が正しくないということは、これを読んだ方になら分かっていただけると思う。

2017-10-30

フェミニスト辞書の改変をしなければならない理由と、それに相応しくない理由

http://www.huffingtonpost.jp/2017/10/24/iwanami_a_23253606/

フェミニスト市民団体辞書フェミニズムフェミニストの項の解説について異議を唱え、それに呼応して検討が行われるとかなんとか。

言うまでもなく、もともとフェミニズム女性解放主義である。feminine-ismを直訳すれば女性主義なんだから解放主義でも柔らかくしたくらいだ。じゃあ一体何から解放するのかというと、これは近代以前の社会運営がほぼ全世界的に男性によるものだったという状況から解放だ。我々日本人にとっては、戦前参政権男性しか与えられなかったことなどが代表的だろう。少し話がずれるが、戦前参政権は当初性別と年齢に加え、当初は納税額も条件とされていた。納税額、つまり収入額(と直結するものでもないが、一応目安として)、イコール教養(と直結するものでも以下同文)である。つまり政治の話がある程度わかる人間にだけ参政権を与えたかったのだ(と私は推測している)。その理屈正当性を見出すかどうかはさておくとして(そっちに脱線すると戻ってこれなくなる)即ち、それまでの社会運営男性によってのみなされていたのだから女性にそんな能力が認められるはずがない。よって権利が与えられるわけはない。おそらく、どこの国でも似たような理由で、似たような状況があったものだと考えられる。

では翻って、現代においてはどうか。少なくとも先進国においては自明だと言っていいだろう。男女同権は少なくとも建前としては完全に定着した。つまりフェミニズム歴史的に見て、既に勝利を収めている。それも決定的な勝利をだ。実際その勝利によって男性にも少なから利益があったのだろうと思っている(そうでなければ勝利できなかっただろう)が、まあ細かいことはさておこう。

さて、ここでお気づきの方はお気づきだろうが、この方向性を維持し続けると(実現性はさておき)最終的には女権社会になる。なので、「性差別を排し平等を目指す」という方向に、少なくとも一部(おそらく主流派)はシフトしたがっているのだろう。おそらくはだいぶ前から

だがその場合、つまり性差男性偏重からゼロにすることにのみ注力した場合、「これまでの歴史において女性が被ってきた被害、損害」が補填されることはなく、完全に据え置かれることになる。これは何を意味するかというと、現実かつ現在女性を救うことはできない、ということだ。未来に生まれ女性をより良い環境に置くことはできる。過去女性名誉回復可能かもしれない。だが、今現在なうで苦しんでいる女性を救う(ために男性からリソースを奪い彼女たちに与える)ことは、思想的に不可能なのである。そしてフェミニズムを奉じることが出来るのは、現在生きている人間だけだ。

この二律背反が、いわゆるフェミニズム界隈の不可解かつ理不尽な動きの根底にある。基本的にこの手の一括りにされた集団の動きが矛盾しているようにみえるのは「根本的に同一人物ではないから」というのがお決まりパターンだが、これを一括りにしておかないと迷走する。かと言ってフェミニズムのものを破棄すると、また前近代社会体制に逆戻りするおそれがある(なにしろ自然条件ではだいたい男性社会運営するようになるものなのだ)。

これらを合わせて考えるに、個人的には、フェミニズムはいっそ完全に分裂するべきなのだろうと思う。そしてその場合、feminine-ismという字面継承するにふさわしいのは、今苦しんでいる女性を助ける、実にハタ迷惑な方の「フェミニスト」たちなのだろう、とも考えている。

2017-10-28

anond:20171028100749

俺は左翼じゃないけど

多分スペインみたいな歴史的伝統的に作られた国家による支配は悪で

EUみたいな人工的・理性的に作られた組織による支配は善

って考えてるんじゃないかと思う

2017-10-26

anond:20171026104342

歴史的に見ても日本お上には逆らわない精神根付いてるから

江戸時代だってせいぜい一揆打ち壊しが関の山で、

民衆が直接施政者を倒そうとする動きなんてまるでなかった

2017-10-25

https://anond.hatelabo.jp/20171025111643

人権は戦って勝ち取るもの」ってすげー違和感あるんだよな。歴史的にはそういう側面もあるんだろうけど。

どっちかっていうと「資本家自身財産労働力確保のために財産権生存権保障することに合意したところが出発点」っていうマルクス主義的な説明の方がしっくりくる。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん