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2018-09-22

なんで陸上大会ビデオカメラ女子生徒を撮影できるの

中心部分にいる被写体から考えてスポーツ映像じゃないよね

画角と画質から考えてスマホじゃないよね

ふだんは後姿を撮影しただけで盗撮逮捕だとやかましいのに何で陸上大会助詞撮影し放題になってるの

つうか何で下着みたいな運動着になってるの

新興宗教の子供だった

承認欲求ちょっと強めに出たせいでなんだか怪しげなタイトルになったが、残念ながらそんなに波乱万丈な人生を送ってきたわけではない。これは特に何を訴えようというでもなく、しかし書きたい気持ちがあり、それに際して家族以外に自分名前を出して伝えることについて自分の中で非常に大きな抵抗があるため、匿名で書くものである。ぼくはといえば、普通に公立の小中高校と通い、ふつう私立文系学部に進学し、うっかり留年などするものボンボンクラクラとしてのうのうと生き延びている。経済的不自由もなかったし、就職活動で不利になることもなかった。

しかし家のリビングには立派に新興宗教エライ人の格言が額に入れて飾ってあったことも確かだし、実家帰省してみても父は毎週教会に通っている。具体的にどの程度信心しているのかはよくわからないが、おじいちゃんおばあちゃんばかりの信徒のなかで若手(もう還暦が近いが、若手である)として教団支部運営にはそこそこ尽力しているようである

これを書いてしまうとおそらくもうどの宗教かは特定できるが、父の実家宗教江戸時代末期にできた神道の一派であるらしく、新興といえどそこそこ歴史はある。宗教の名を冠した教育機関もいくつかあり、そういえばいつかの甲子園にもでていた気がする。

子供の頃はよく教会に連れて行かれた。僕と同じくらい年齢の子供が数人おり、両親やおじいちゃんおばあちゃん先生のありがたいお説教を聴いている間、僕はゲームを買ってもらえない子供だったので他の子ゲームをしている様子をずっと眺めていた記憶がある。たまにお菓子をもらえたりもした。当然お説教一言も聴いていないので現在に至るまで全く信心する気持ちはない。大変な親不孝者である

普通のこどもは教会に行かない」ということを知ったのは小学3年生のときだった。当時気の迷いで野球スポーツ少年団に入っていた僕は、あんまり土日の練習が嫌になったので「明日教会に行くので練習休みます」とコーチに言った。周りの目が一気に怪訝そうになったのを覚えているし、言ってしまった直後自分自身も「どうやらこれは間違ったことを言ってしまったらしいぞ」ということをすぐ認識したので、それ以来人前で教会の話はひとこともしていない。おかげで土日に遊べない理由適当捏造するのがうまくなったものである

地下鉄サリン事件というのが生まれる少し前にあったらしい、ということを知った時、どうやら自分は少し言動に気を遣わねばならないらしい、と思った。ネットで噂になっているエホバの証人や某学会信者による迷惑行為が、日本における「新興宗教」のイメージであり、先述したように信仰心ほとんどない僕も「宗教ときくとやっぱりちょっときな臭い言葉であるように思ってしまうところがある。ところが同時に僕は新興宗教当事者であるとも言える立場なので、あんまり無邪気な感じにもなっていられないのだ。

ニューヨークに突っ込んだ飛行機映像を見て宗教歴史のいたるところで戦争を起こしてきたということを知った時にも、子供心に教会の中に入り込んでいってしまってはいけないのかも、と思った。科学の子であった僕は、やっぱり母の言う「天国で死んだおじいちゃんが見守っている」だとか、神様を信じれば助けてくれる、ということに「ウッソだぁ〜」という気持ちを持っていた。お空の星は核融合炉であり、太陽系があり、銀河があり、宇宙インフレーションビッグバンからまれていた。神の祟りよりプレート・テクトニクス隕石のほうが怖かった。

ところで、僕はカトリック教会にも行ったことがある。祖母カトリックだったので、クリスマス礼拝に連れて行かれたのだ。洗礼は受けていないので、目の前で配られるパンワインをただただ眺めるばかりであった。眼の前の人がワインを飲むなり激しく咳き込みトイレに走っていったのを覚えている。たいへん敬虔信者であったのだろう。僕は激しい修行はおろか正座でありがたいお説教を聴いて足を痺れさせたことすらないので苦しみをもって神に尊敬の念を示すということを全くしたことはないが、もしかしたらそれが心の支えになって、拠り所になって、日々を生きることができている人もいるのかもしれないと思う。なお家には未だに聖書がある。

母は教育の人である教育を学び仕事にするプロフェッショナルである。親は誰しも自分の子供には人生における様々の試練に負けず強く生きてほしいと願うものであると思うが、カトリック祖母の影響でミッション系の学校に行っていたこともあるのだろう、心の何処かで神を信じるように幼少期の僕に教えてきたように思う。神は想像を絶する試練を課せられた人々の心をたびたび救ってきたからだ。新興宗教教会あんまりもつまらないお説教のせいで全く僕に信仰心が芽生えることはなかったが、大学宗教学の授業をとってみたりした今になって、「宗教ってこういう役割があったわけだね」という話をすることがある。流石に現代に生まれ中世のように「本当に」神を信じることはないが、しかし母は未だに「でもなんだか、どこかで信じている」というようなことを言う。

僕はお寺や神社を見て回るのが結構好きで、今年の夏も(オタク聖地巡礼を兼ねて)下鴨神社に行ったりしている。猛暑京都盆地の中、糺の森木々直射日光を遮り、薄暗くなっている参道はアホほど暑かった。今年は割と苦労した就職活動がどうにかうまく行ったため、賽銭箱に五円玉を投げ「いいご縁がありました、神様ありがとうございます」とお礼を言ってきた。下鴨神社神様も「縁結びってお前そういうことじゃねえよ馬鹿野郎」とお怒りのことと思う。

undertale や VA-11 Hall-A に、腹が立って仕方がない

undertale のキャラデザゲーム性が気にくわないとか、VA-11 Hall-A は話が中々面白いとか、そう言う細かい話ではない。

とにかく、あの「懐かしく優しいドット絵世界」みたいな表現反吐が出るのだ。

あの水準のドット絵ファミコンの末期~SFCくらいの解像度のあれは、懐かしい・手触りのある・人間的な・暖かみのある技術なんかじゃない。

あれは、当時最新の技術を駆使した美麗なコンピュータグラフィックスに他ならず、プレーヤーである我々はあの映像の先に、マジカント不思議風景や恐ろしい幽霊屋敷内装ネオ・コーベシティの猥雑な町並みを見ていたのだ。

その表現を押し広げ、美しく「リアル」で目を見張るグラフィックを実現するために、先人達がどれだけの情熱を傾けていたか

その結果描かれたのは、現在から見れば陳腐で安っぽいドットの集積に他ならないが、当時の我々はそのキャラクターの大きさ(一定以上のキャラクター破綻無く描ける事がどんなに凄いことだったかを憶えているだろうか?)に、色数の多さに、わずかにアニメーションする背景に目を見張ったのだ。

それがなんだ。容量も演算能力メモリも当時とは比べものにはならない現在に、当時の制約の結果をまるで意図的な・意味のある表現であるかのように再現というかコピーし、わざわざ読みにくいガタガタのフォントや何が描いてあるか解らない自室の絵を出し、あまつさえリスペクトなどとほざく。リスペクトというなら、当時制作者が描きたくても描けず、プレーヤーが見たいと思っても見れなかった地平を見せてくれ。

ウルフェンシュタインから最新のあれやそれまで、FPSは見事なまでに進化している。和製RPGテキストアドヴェンチャーが立ち止まってしまったのは、景気後退少子化や諸々の影響であって、衣鉢を継ぐならその先を見せてくれ。

そして繰り返すが、我々が熱狂した「美しい」、「緻密な」、「リアルな」、「まるで映画のような」、グラフィック表現を、「暖かみがある」・「現在の綺麗すぎるCGでは失われた」等と言って侮辱するのはやめろ!

俺達の愛した文化は、最新鋭のデジタルアートだったのだ。てめえ等の似非懐古趣味オナニーツールじゃねえ。

クソくらえだ。

日課xvideosパトロール

ガチレイプ映像ヤクザキャバ嬢カラオケボックスレイプしてる。当然のように無修正)を見てしまい、テンションだだ下がり。

レイプ風」じゃなくて、ホントレイプ女性必死抵抗してるし、最後まで顔を隠そうとしてるし、痛がってる。ひどい。

何を考えてこんなもん映像として残そうと思ったのか。売ってたのかな、これ。とんでもない。

なんとも言えない気分になってしまった。レイプ絶対ダメ

[] #62-7「アノニマン」

次に俺は片方だけ足を上げ、クルリと回ってみせる。

「な、なんて機敏な!? まるで自分の足のように動いているぞ!」

緊張は解けていないが、練習したとおりに身体が動いてくれる。

『鍛錬は心を包み込む』

アノニマンの教訓その6の通りだった。

「弟くんに、あんな特技があっただなんて……」

「いや、練習したんだろうさ……俺たちの知らないところで」

俺は次々とカンポックリで軽快な動きを披露していく。

そうして一通り動きを見せていく頃には、俺はすっかり調子を取り戻していた。

今なら大技もできるという確信を持てるほどに。

「よし、次だ!」

俺は目の前にある階段を勢いよく駆け上る。

「あのスピード階段!?

その勢いを殺さず、次は駆け降りてみせる。

「マジかよ!? 技術だけじゃなくて、勇気がなきゃあんなの出来ないぞ」

「これで最後だ!」

最後の一段、俺は大きく跳んだ。

そしてバランスを崩さず、綺麗に着地する。

当然、ここまでの間、俺の足はカンポックリから一度も離れていない。

完全に一体化していた。

「うおおお!」

「すごいな! いつの間にあんなことが出来るようになったんだ」

みんなが俺のもとに駆け寄ってくる。

兄貴含めて、みんな心から称えてくれているようだった。

カンポックリで感心してくれるか不安だったけど、杞憂だったようだ。

アノニマンの教訓その10、『スゴイことに貴賎はない』ってことなんだろう。

間違いなく俺はここにいる。

そのときから、そう思えたんだ。


…………

「なるほど、マスダの積極的性格は、その時に出来たわけだ」

「それが今のマスダを形作ったルーツってわけね」

「あれ? でも今はカンポックリやってなくない?」

「そりゃあ学童に行かなくなってからは、わざわざそれをやる理由がなくなったからな。でも、あの時の経験無駄になったわけじゃない」

俺はそれからも、様々な場所自分表現することが自然に出来るようになった。

かに熱中して、上達する喜びも知ったんだ。

「へえ~、イイ話だねえ」

「いや、それそんなにイイ話じゃねえって」

同じ部屋にいた兄貴が水指すことを言ってくる。

兄貴はこの話を何度も聞かされていたので、ウンザリしていたんだろう。

アノニマ自体、昔の特撮ヒーローの真似事だったし」

「野暮ったいこと言うなよ兄貴

「え、どういうこと?」

兄貴の言うとおり、アノニマンというのは昔の特撮ヒーローが基となっている。

その映像を見たことがあるけど、見た目、言動といい、確かにそっくりだった。

彼はそれに強く影響されていたってことなんだろう。

それは、しばらく後になって分かったことだけど、別にショックじゃなかった。

そいつはこのアノニマンを真似ていただけ。ただのゴッコ遊びだったんだよ」

兄貴はああ言って茶化すが、そんなことは重要じゃないからだ。

「そんなの関係いね。俺と手を握ったのは“あのアノニマン”なんだ」

アノニマンの教訓その11、『私が尊敬されるような人間かどうかは関係ない、キミが私を尊敬できるかどうかが大事』。

それへの答えは決して変わらない。

「だったら、せめてその話は周りにはするなよ。お前はともかく、そいつにとっては黒歴史っつう可能性もあるんだからな」

「それっぽい理由を盾にしてケチつけんなよ。俺とアノニマンのことについて何も知らなかったくせに」

「……まあ正体なんて誰にも分からないだろうし、大丈夫……か」

====

オープニングテーマ:「アノニマンのテーマ

歌:バンバントロリー 作曲:ボブ・WEBスター

アノニマン アノニマン どこかの誰か

どこにもいるが どこにもいない

それこそ 彼の個性

奴の目的? 知ったところでどうする

奴はスゴイ? どちらともいえなくない

ただ そこにいるだけ

朝 昼 晩 テキストの海

ボットのよう 必ず言及

アノニマン アノニマン 野次馬根性

ブクマ 追記 やれることはやろう

所詮ただの余興 暇なら君もなれるさ

====

エンディングテーマ:「アノニマンは俺だ俺だ俺だ」

歌:学童合唱団 作詞:川・広範囲 作曲小川・広すぎ

どこかで惨めに 泣く人あれば

横槍気味に やってきて

啓発じみた 教訓で

しっかりしろよと 叱咤する

好き嫌いは 分かれるけれど

自愛の心は 本物だ

アノニマンは 誰でしょう

アノニマンは 誰でしょう

(おわり)

2018-09-21

[]アニメアルドノア・ゼロ

地球軍vs火星軍の戦い

地球人のやれやれ天才少年火星王女様、それから火星側にいるけど地球人の少年三角関係

結論

まら

よかったところ

戦闘時にボーカル入りBGMが流れて盛り上がる

主人公の幼馴染(Not王女様)がかわいい

王女以外の女の子がかわいかったりエロかったり

戦闘力差をトンチでひっくり返して倒すところ

op冒頭の「お尻を捧げよ~♪」

わるかったところ

クールは長すぎ

ギルクラ見た後の視聴感と似てる

まり

・2クールあって内容結構あったはずなのにほとんど記憶に残らない

映像もそれなりにこってたし作画崩壊もほぼなかったのに、つまらない

キャラストーリーダメダメ

・わかりやす動機キャラ設定とストーリーなのに、何度も何度も同じ展開をやるからいい加減飽きる

 (大体が、1話の半分あたりで強い敵が攻めてくる→スーパー天才主人公マンのトンチで撃退の繰り返し)

トラウマ少佐描写もくどすぎる割にあっさり解消してロボット乗って戦ってる

マジでクールやった意味がわかんねえ

ラストオチもほんとクソ

視聴者面白がらせようという意図がまったく感じられない

とってつけたような最終決戦やるけど画面暗くて見づらくて何やってんのかいまいちわからん

ロボのテクスチャは安っぽくてのっぺりしてるし

1話と1期最終話と2期の最終話だけでよかったわこんなんなら

2018-09-20

信じるなと言われる年齢になってしまいかといってまだ惑ってばかり

10年ぶりくらいにぼーっとニコニコ動画ボカロ曲PVを見ている

これ作ってる人、映像音楽も、自分より10歳くらい、年いってても5歳は確実に若いんだろうなって

俺はこんなになるまで一体何をしてたんだろうね

から何か始めてもいいのかな、それとももう死のうかな

anond:20180920170922

津波映像禁止されたわけではない

・当時から過剰な自粛への非難はあった

anond:20180920162815

津波映像を禁じられたときに「データはあるのかぁ!」なんて叫ぶやつがいたか?同一の性的カテゴリの延長上であり、ストレスを感じる可能性があるだけで規制根拠として十分。それを覆すなら「まったく悪影響がない」を証明しないとならない。ましてやゾーニングでは買う権利表現権利は大幅に制限するわけじゃないのだから

anond:20180920162020

「衝撃的な映像児童の心身に影響を与えうる」という理由規制されているものはわんさかあるんだよね。

津波911映像、現状のR規制もそうだ。今回のも、その延長線上にある。

R規制911と今回の件が同じであるという根拠は?

児童の心身に~」って言ってるのお前らだけでその主張にはなんら根拠がない。

anond:20180920095349

データはないんだぁ!とか言い出すバカ案の定湧いてるけど、

「衝撃的な映像児童の心身に影響を与えうる」という理由規制されているものはわんさかあるんだよね。

津波911映像、現状のR規制もそうだ。今回のも、その延長線上にある。

で、そういう先例があるのに、平然と「データはない」を理由にしてる人って、

結局「僕ちゃん女児の受けるダメージについて想像する気もないし、そもそも無関係キモオタなので、どうなってもどうでもいいでぇす!

しろ見せつけて傷つけたいんでぇす!」

って言ってるようなもんなのよね。

そりゃ金がなくてキモいおじさんなんだろうな…と推測されても仕方ないわな。

anond:20180920124631

良い悪いで言えば良いんじゃない?

テレビセックスしてる映像放送すのは不適切だと思うけど、そんな法律作れるのかってのははなはだ疑問だしな。

なぜ「不適切」だと思うんですか?

どういう合理的根拠があるんですか?

anond:20180920121959

良い悪いで言えば良いんじゃない?

テレビセックスしてる映像放送すのは不適切だと思うけど、そんな法律作れるのかってのははなはだ疑問だしな。

2018-09-19

AirBnB(エアビーアンドビー)のCMがクソすぎる

意識高そうな馬鹿家族が人の家で調子乗ってる映像を散々垂れ流しているが、そこではない。

結局、あんな立派な家を無駄にしているレベル金持ちしか儲けられないよって事を全面に押し出しているのがクソ。

CM明けには親が家20件持っているグラドルとか出てきて更にクソ。土地持ちとか生まれながらのチートだろ。

どんなに稼いでも昭和までに上手くやった地主には勝てないと思うと嫌になる。

anond:20180919112737

 わかりみがある。

 俺もえる時期から重めの映画アニメが見れなくなった。ブラック勤務していたときからだが、転職した今もある。なんていうか、2時間とか30分とか集中してられない。えいやで見始めても、すぐ止めたりしてしまうようになった

 そういう時、俺の場合はまず日常系アニメに走った。当時はらき☆すたが流行っていて、大して面白くもないと思いながら延々見ていた。それまでなら確実に見てたはずのグレンラガンは未だに見てない。

 あと、映画はただただ銃を撃つような映画を見るようになった。ワイルドスピードとか、ミッションインポッシブルとかがいいよ。どうせ勝つ味方が、案の定勝つやつ。それまで好きだったどんでん返し!みたいなスリラーや、意外性!みたいなコメディは今では全く見ない。

 映像より漫画積極的に読むようになった。なにせ、手軽にページを閉じて、開くことができる。5分で疲れてやめたら、その5分後にもっかい読めばいい。

 あとは、どうしても見たい映画劇場で見たり友達と見たり(椅子に縛り付けられれば止めないですむ)。原作を読んだやつ、昔見たことのあるやつを積極的に見たり(シーンを飛ばしてもわかるならあまり見なくてもいい)。

 総じて、疲れないコンテンツを見るようになった。

 増田も他ジャンルは試したとは書いてるが、気軽さ、という基準でも選んでみてはどうか?

グロ画像動画見ると落ち着かない?

昔は合成かどうか、みたいなのばっかだったし撮影機材もあって綺麗な映像って無かったけどさ

最近スマホでも綺麗に取れるし高解像度で良いよね

ISISとか南米系の動画見ると日本平和だなーって気持ちになる

あいうの見ると今から医者になろうかな?とか思ったりする

みんなどう?

そういえば伊藤詩織VS山口敬之民事訴訟は今どうなっているのか

と思って訴訟記録を閲覧している片岡健のブログを読んだら、よくわからないことになっていた。

http://www.rokusaisha.com/wp/?p=26388

一方、2つ目の情報は、山口氏は違法な性行為などしていないと思っている人たちにとって、歓迎すべき情報ではないかと思われる。というのも、伊藤氏側がこの防犯カメラ映像裁判に提出するに際し、ホテル側は山口氏側の同意を得ることを条件に挙げており、山口氏の同意があったからこそ、この映像証拠として裁判に提出されたのだ。

記録を見ると、伊藤氏側、山口氏側共にホテル側に対し、防犯カメラ映像裁判手続きの場以外で使用しないことなどを誓約したうえで、裁判使用させてくれるように「協力」をお願いしている。つまりこの映像は、伊藤氏側には「レイプされた証拠」と思える一方で、山口氏側には「レイプなどしていない証拠」と思えるということだ。

ちなみにプリントアウトされたコマ送りの画像では、足取りがおぼつかない様子の伊藤氏が山口に支えられ、2人はホテルロビーを歩いていることがわかるが、私には「どうとでも解釈できる映像」としか思えなかった。訴訟記録の閲覧もせず、この映像山口氏がクロの決定的証拠であるかのように騒ぎ立てていた取材関係者もいたが、「山口氏に訴えられたらいいのに」と私は心から思う。

http://www.rokusaisha.com/wp/?p=26618

なぜなら、伊藤氏はこれまで会見や取材、『Black Box』という著書などで再三、「レイプドラッグを飲まされたと思っている」などと訴えていたが、訴訟の中では、山口氏にレイプドラッグを飲まされたとは主張していないかである

そのことを私が初めて知ったのは、今年1月東京地裁でこの訴訟の記録を閲覧した時だった。正直、意外性は感じなかった。なぜなら、伊藤氏本人も著書などでは、山口氏にレイプドラッグを飲まされた確証が得られていないことを明かしていたからだ。

なお、伊藤氏は著書などで、山口氏のパソコンにより性行為中の様子を撮られたと感じたとも発言しているが、訴訟では、そのような撮影被害も主張していない。

伊藤氏は「Black Box」で書いていた内容をほとんど民事訴訟では主張しておらず、防犯カメラ映像も決定的な証拠とは言えない。じゃあ何をもって強姦証明するつもりなのだろうか。

伊藤氏本人ですら法廷では「Black Box」の内容を主張していないのに、それを鵜呑みにして山口氏を批判するのはリスクは高すぎるのではないか

2018-09-18

野際陽子さんが亡くなったとき

もし「ガラスの仮面」をもう一度映像化するとしたら、月影先生役を誰に演じてもらうか、の検討会をやった。

大地真央でいこうという結論に達した。

とっさのときに行動できない話

芸能人飲酒運転ひき逃げ事件動画が出回っていて、横断歩道通行中に突っ込んでくる車の映像に衝撃を受けている人が多い。事件悪質性みたいな観点とは別に、眼の前で車にはねられた人がいるのに、他の通行人が駆け寄りもせず、見知らぬふりをして立ち去る様を避難する声も少なからずあるようだ。

人は、とっさのときに行動できないものである

そういうことを身をもって体験した昔の出来事を思い出したので、書き残しておく。

から20年以上前自分高校生だったときの話である

通学のため、朝、バス停バスを待っていたら、目の前を自転車に乗った(おそらく)女子高生が通り過ぎていった。自分はそのとき文庫本参考書のようなものを読んでいたのだと思う。自転車が通り過ぎた後、耳に「ガシャン」という倒れる音が飛び込んできた。

見ると、自転車が倒れて、女子高生も倒れている。そのときバス停には自分と後輩のふたり(両方とも男)しかいない。後輩と顔を見合わせた後、あわてて駆け寄ると、血は出ていないが、呼びかけても返事がない。

バス停には自分しかおらず、その道は人通りもないので、誰か他の人が来ることもない。

道路を渡った反対側にガソリンスタンドがあったので、後輩にそこに行って公衆電話を借りて救急車を呼ぶように伝えた。

慌てて道路を渡る後輩。

と、ここで困ったことに気がついた。

彼女スカートが思いっきりめくれているのである。まじまじと見たわけではないので詳細は覚えていないが、白い下着が目に入った。

人通りがない、とはいえ、眼の前の通りは、車通りがそこそこある。なにより、もうすぐ乗る予定のバスがやってくるわけで、それには自分高校の生徒がたくさん乗っているはずである

このままだと、彼女が多くの学生下着を晒されてしまうわけで。

おとなになった今なら、さっとスカートを戻すなり、もっているハンカチで隠すなりができるのだろうけど、そのときは半分パニックになっていて、スカートを戻しているとき彼女が目を覚まして、めくっていると思われたらどうしようとか、そういうしょーもないことが頭を巡ってたりした。

結局、後輩がガソリンスタンドでお店の人に事情説明しているうちに、彼女が目を覚まして、再び自転車に乗って行ってしまった。

宇宙空間にはUFO等がうじゃうじゃ居るので

一応、月に向けて出発はしますが、窓から見える宇宙空間や月の姿は全て、こちらが用意する映像とさせて頂きます

ヤバいエロが読みたいかゾーニングはして欲しい

 ゾーニング論争はエロ嫌いvs.エロ好きの戦いではないし、さらに言うならオタク嫌いvs.オタクの戦いでもない。少なくとも私にとっては。

 何故ならエロ好き&オタクの私もゾーニング派だからです。

 エロ絵そのものはいいんですけど、エロ絵を日常に持ちこむ人、それを当り前だと思っている人の感性が怖いですよね。たとえば猫虐待してる絵が表紙の本が本屋にずらっと並んでたらどうですか。ツイッターで「猫いじめさいこー」とか盛り上がってる人たちがいたらどうですか。猫の飼い主、怖くならない?

 以下、個人的な話なんですが参考までに読んでみてください。

 私はかつて小学生だったときネット彷徨い偶然エロテキストサイトをみつけてしまい、最初はあまりの衝撃に速攻ブラウザを閉じたけど徐々に好奇心が湧いてきて一通り読み漁ったという過去があります

 ここで良かったのは私が元々本好きでフィクションに慣れていたので、『これは架空物語であり特定欲望を満たすための都合のいい展開である』ということを認識できたことと、文字媒体なのでどぎつい描写モヤモヤ~とした映像しか頭に浮かばなかったこと。

 小学生が明らかに18禁小説を読むのはよろしくないことですが、ともかくそんな感じで私は『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』『とにかくエロだけを追求した話』『びっくりするほど下品であけすけな隠語』というもの嫌悪感はなかったのです。だってそれはそのサイトいかなければ読めないものだったし、自分が読みたくないときは読まなければいいのだし。

 それは刺激的で、斬新で、背徳的で、ジャンクフードのような中毒性がありました。普段は見ないけど、たまにひたすら頭の中の興奮ボタンを連打したくなったときに一気読みして、はー楽しかった、終わり、ってすっきりしてました。

 しかし同時に、私はネットでしばしば予期せずでてくるエロ広告嫌悪していました。私はあくまで刺激が欲しい時にエロ摂取したいのであって、いきなり飛びこんでくるエロはお呼びでないのです。むしろ「女を都合よく辱める創作を女に見せつけてもいいと思ってるんだ」と屈辱的な気持ちになりました。

 おわかりになるでしょうか? 「私が見たい時だけでいい、あとはいらない」と言うとわがままのように思う方もいらっしゃるかもしれません。

 これも本音なんですが、本質はもうちょっと深いところにあります

 エロテキストサイトとどこにでも湧くエロ広告の違いは、受け取り手能動性の差です。

 エロテキストサイトを見る場合、私は「荒唐無稽現実離れしてる刺激的なエロい文が読みたい」と意識してからサイトを開きます。私がそう思って行動しない限りサイトは開かれません。そして、サイトにはエロい話ばかりが集まっていますエロくない話の中に騙し打ちのようにエロい話があるわけではないので、そもそもこれはエロくてヤバい話を読みたい人向けのサイトだとわかります。つまり、「今から読む話では女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されてるけどみんなこれが架空だってわかった上のお遊びだから大丈夫」という安心感があります

 ところがエロ広告は、求めてもいないのに突然バン!と現れますしかも絵なので防ぎようがありません。日常なかに現れたドギツい描写こちらは面くらい、そして、「こんなヤバいエロ日常なかに放り込むなんて、この発信者もしかしてヤバいエロ日常を別枠だと思ってないのでは?」という恐怖を味わいます

 まぁ、今思うとエロ広告はむしろ不意打ちをこそ狙ってるんでしょうね。エロなかにあれば目立たないエロも、日常なかにあれば目立ってありがたがられますからね。ジャンプ過激化するお色気系漫画とかもそうなんでしょう。エロ漫画としてはそこそこでも少年誌の枠内では超エロ、っていう。

 でもね、人間、慣れるんですよ。

 嫌がってる人はなかなか慣れませんが、好きな人特に気にしてない人は普通に慣れますロリコン公言とかハイエースとかね、最初は「俺たち過激なこと言ってるぜ」っていう昂揚感、ヤベー奴スゲーみたいなとこから始まって、今ではすっかりネットミームでしょう。

 小学生恋愛対象に想定するタイトルとか、女の子がめちゃくちゃ露出してるとか、そういうのがありふれ過ぎて、日常浸食している。意図せず目に入ってくる。そういう状況は怖いです。

 ラノベは昔からエロ絵あったとかい意見もわかりますが、さすがにここまで多くも露骨でもなかったですよ。ホライゾンの表紙はラノベの中でもわりと異色だったように思います。少なくともエロい絵として喜ばれるぐらいには。今、特にオタクの中で話題にならないじゃないですかエロい絵の表紙。もう当たり前になっちゃったんですよ。

 露出の多い女の子が恥ずかしそうにしてるとか、乳首が浮いてるとか、パンツ見えてるとかの絵、女の子性奴隷に、だの、ロリがなんちゃら、だのいうタイトル、が『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』であり、『日常とは隔離された架空のおままごとである』という認識が薄れてきていますだって日常にあるんですもの

 大人になってから触れた人はまだいいですよ。それなりの分別はあるでしょうし、もし影響されて何かヤバいことしたとしても本人の責任です。それが大人ってものです。

 でも子供のうちにあれが日常と地続きにある環境は確実に問題があります。ただでさえ子供のうちは架空現実の境目が曖昧なんです。自分で言うのもなんですが私は特殊例で、ヤバいエロに触れるずっと前に親から子供の生まれ方や性的に気をつけなければいけないことを教わっていましたし、架空物語との付き合い方をわかっていました。だから女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』という箱を脳内に作り、これは日常とは絶対に交わらないものとして区分けできたのです。

 でも無視できない程度に日常ヤバいエロ浸食していくようになるにつれ苦痛を感じるようになりました。エロ広告ぐらいならまだ対処しようがありました。ネットを使って行くうちに、なんとなくエロ広告が出そうな場所を察知するようになり、それを避ける術を身に付けたので(もちろん取りこぼしはあります)。

 でもアニメ漫画ラノベツイッター動画サイト、ありとあらゆるところに蔓延ヤバいエロ思想オタクをやってると避けて通れない、どころか今やオタクじゃなくても目に飛び込んでくる数々の女体エロ絵。

 かくして私は『女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』を読めなくなりました。もはやそれは日常の地続きにあるからです。「お話の中ではとことんヤバいけど私は安全」とは思えないからです。

 何故ヤバいもの日常に持ちこみたがる人がいるのか、私にはわかりません。まぁ彼ら怖くないんでしょうね。女体持ってないから。でも、自分達にとって『日常にあっても怖くないし楽しいもの』が他人にとって『日常にあったら怖いもの』だということはわかって欲しいです。

 言われそうなので先に書いときますけど私は少女コミックとかもどうかと思ってます。今は知りませんが数年前に読んだときは「え~……?」と思いました。エロ描写自体はたいしてないですが、安易に性行為突入する展開が多く、さすがに注意書きとかレーティングとかがいるのでは、と。あれは表紙は無難なのでその点はラノベエロ表紙よりはましですが。

 BLの表紙も、扇情的すぎるのはキツいです。中身はエロくていいから表紙はやめてくれ。私はBLも嗜んでるんですがやっぱり日常に現れるエロは嫌です。エロ広告とかも最近はたまにBL系のやつをみかけることがあり、エロ広告の常として過激なとこを抜き出してくるので無理矢理描写とかが多いんですよね。日常人権無視思想を入れて来ないで欲しい。私は心構えをして、人権無視した話が読みたいと思って、自分で専門の場所にいったり専門の書籍を買い、そして初めて人権無視創作を楽しみたい。

 要は「これは人権無視している」という認識を確かに持った人々が愛好する人権無視創作じゃないと、「ひょっとしたら人権無視だと思わないでこの創作を楽しんでいるのでは?」という恐怖に苛まれるんです。被害妄想じゃないですよ、私結構な数の「ロリとつきあって何が悪い」って言ってる人見ましたからね……思い出すだけでキッツい。

 だからゾーニング(○歳以下禁止、表紙にエロやら辱められてる人間やら未成年との恋愛示唆する内容は出さない、コーナー作る)したいんですよ。日常とごっちゃになってるのほんと無理。殺人事件の本はあるじゃんとか言いますけど、本の表紙が首絞められてるとことか眼球に針刺されそうなとこのアップとかだったらぎょっとするでしょう?

 しかも今のネットだと「人の眼球刺すのすげぇいい」の場合

「え、刺したことあんの?(こいつヤバくない?)」

マジレスやめろよ、あくまフィクションだって

「えぇ……(大丈夫かな)」

 でしょうけど

小学生エロい、さいこー」の場合

「わかる」「それな」「JCBBA

かになりかねないわけで、この人らが内心「もちろん冗談だけど」という気持ちだったとしても字面だけ見れば既に倫理崩壊してるんですよ。正直眼球刺されそうな絵より可愛らしい絵柄の「ロリが俺のこと好き」みたいなタイトルの本の方が怖いです。これ(https://twitter.com/traductricemtl/status/1039259936453283841)の「今日から俺はロリヒモ」ってやつ、さすがに萌え絵エロ本かと思ったらMF文庫でヒィッってなりました。マジか……。

 元ラノベ読みなので別にラノベみんなこうなわけじゃないのは知ってますが、各社サイト行くと恥ずかしそうな顔で露出したり胸と股強調された服の女の子の絵ほんと多いなぁと思いますMF文庫特にヤバいな。

 露出過多で恥ずかしがってる女の子可愛いって言うのぶっちゃけいじめっ子の感覚だし、纏足して足が小さくなったせいで転んでしま女の子可愛いって言ってるのと同じですよ。

 頼むから皆さんヤバい思想には自覚的に向き合ってくださいね……。

 私はなんの心配もなくヤバいエロが読みたいです。

2018-09-17

anond:20180917130856

うーん。英語は厳しいのでトラバ論文は読んでないが、

ブコメにある論文には確かにそう書いてある。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicr/30/2/30_2_81/_pdf

しかし、これが正しいのかはわからない。

時間検証している暇もないので、

手っ取り早く文中の「暴力的ポルノグラフィーの視聴が女性への攻撃行動を促すかどうか」だけを調べたが、

少し違う結果の論文が出てきた。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy1926/70/2/70_2_94/_pdf


この「暴力映像攻撃行動に及ぼす影響」によれば、いろいろ疑問があって

暴力映像によって生じた不快感情が攻撃行動を促進すると類推するのは早急」らしい。

暴力映像によって生じた認知情動攻撃行動相互関係性について論じている」のは99年まで、

唯一Berkowitzだけとのこと。元の論文にも名前が出てきた人だ。

そしてそのBerkowitzの研究実験したところ

暴力映像を単に視聴しただけでは攻撃行動は促進されないことが本研究から示唆される」

というのが結論だ。

(ここで使った映像暴力的ポルノじゃなくて暴力映像なんだけど)

Berkowitzの実験では、直前に挑発行動を取った場合と、取らない場合とが比較され、

挑発行動を取った場合にの攻撃衝動高まるという結果だった。

これについては、

「“暴力性”の高い暴力映像によって生じたネガティヴ認知情動攻撃行動を媒介するといった関係は,挑発によって生じた潜在的な怒りの状態を前提とてはじめて観察されるのではないかと思われる.」という見解だ。

挑発してきた相手にやり返す攻撃に火をつける効果はあった、というような話みたい。

もちろんものすごく雑に読んで、一部分を雑に調べただけなので、この増田は信じなくて全然構わない。

詳しい人がもっと検証してほしい。

anond:20180917142147

ハッとした表情をしてから拍手喝采動作をするのでは

映像的に考えると

panty and stocking っていうアニメ面白い

映像表現面白さがつまっている

anond:20180916030951

割れ犯罪じゃないとハッキリ書けよ

法律に触れるのは音楽映像だけで画像合法だし

画像ZIP合法

何より自分らの権利ばかりを声高に主張する著作権者だって文字情報本屋で買わず検索して満足することも多いんだろ?

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