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はてなキーワード: フェミニズムとは

2017-10-18

anond:20171018122640

いつも思うんだけど、フェミニズム増田のような女の存在を徹底的に無視するんだよな。

美人で男にモテていて、仕事結婚子供も全て手に入れる階層の女ばかりに焦点が当てられている。

仕事結婚以前に、人権のものがあるようでない喪女にも光を当てるべきだと思う。

2017-10-15

ライトノベルフェミニズムを持ち込むなというか

政治的主張の糖衣としてライトノベルを利用するのは

ただライトノベルを書く以上にエンタメの手腕が問われ要求されるわけだから

やらんほうがいいのは当然ではある

2017-10-14

anond:20171014184825

金は出したくない、周りにいるのは嫌、マジで我儘だな

こんな主体性のない奴の権利なんか守るためにフェミニズムがあるわけ?

2017-10-12

anond:20171012021628

自称から嘘という事は十分にあり得る

今は亡き2ちゃんねるニートのふりして書き込んでた社畜どもと同じ精神構造なのだろう

あるいは愚かなミソジニストを演じることでフェミニズム評価相対的に上げようとしてる可能性もある

anond:20171012134403

これフェミニズムLGBTに置き換えても成り立つな

そういやモテないホモレズって普段どう自分の性衝動に折り合いつけているのだろうか

anond:20171012134403

共感されない弱者は虫される

しろフェミニズムは、そんな人いないものして自分強者女性地位向上に力入れるに決まってるじゃん

キモい奴に発言権なんてないんだよ

2020年代フェミニズム課題は、モテない喪女とどう向き合うか

今までフェミニズム無視し続けてきた女たちの底辺である喪女たちにどう光を当てていくのか。働いている母親などの、女性全体の中では比較的恵まれていた階層女性たちばかりに焦点を当て続けてきたフェミニズムであるが、そろそろモテない喪女たちから目をそらし続けるわけにはいかなくなってきたと思う。喪女たちも声を上げる時代になってきているのではないか

はてな界隈言葉を借りさせてもらえば、「キモくて金のないおばさん」を自立させるためには一体どうすればいいのか。

社会の長い歴史の中で、美人とブスは分断され続けてきた。美人の方は、お金地位子供自分好みの旦那も全部手に入れられる段階に入ってきたわけだから、次は喪女問題に取り組まなければいけないと思う。

2017-10-10

1980~90年代世界的なAnime規制について

うろつき童子っていうエロ漫画がある(明確に成年漫画である

これのアニメ版が原因で1990年台に日本製アニメ英国で退潮した事件があったらしいんだけど何か知ってる人いる?


1990年代は第三波フェミニズムの勃興やあまりに強大になりすぎた日本との貿易摩擦日本アニメの隆盛と合わせて

日本だけでなく世界的な規模で日本アニメに対する風当たりが強くなった感じがしてるんだけどこの辺の流れを日本だけじゃなくて世界的な視点からまとめられる人いないかなぁ。


ドラゴンボールセーラームーンが生まれ時代でもあるんだけど。

なんかアニメが強くなりすぎて各国のテレビを独占してしまったのと合わせて色んな国で規制が強まったのではないかという線で見てる


フランスなんかは宮崎勤事件を明確に持ち出して批判した政治家がいたらしくて同じく(自主?)規制が強まった流れがあるらしい。

http://cenecio.hatenablog.com/entry/2016/09/29/164511


フランス日本製アニメが強すぎてクォーター制度が導入された

https://togetter.com/li/177504


オランダとかでは遅れて2000年に入ってからドラゴンボール流行ったらしくてその辺も規制の影響があったのでは・・・、逆に香港ほとんどタイムラグなかったみたいだけど(香港ちょっと騒がれたらしい。影響薄かったらしいけど)


まぁ調べてるって言っても興味本位でちょろちょろ見てるだけなんだけど。

しかし、クールジャパンとか言って自分から外に出そうとしてる今と違って、適当に売りまくってた過去時代文化侵略とか言われるのは皮肉すぎるな。

2017-09-30

腐女子の言う「壁になりたい」について

腐女子はよく「壁になりたい」とか「壁でいい」とか言うんですよ。私もそう

存在感を消してカップルのあれやこれやをずっと見て消費したい、くらいの意味かな


で、この間スマホエロ広告エロ漫画が出てきて、それが自意識のある自転車サドルになる話だった

サドルになると女の子の股が乗せられるわけじゃん?読んでないけど、透明人間的な存在になって触りたいほうたいやで!的な話だと推測した


これがもうなんか、頭を殴られたような衝撃だったんですよ

「壁になりたい」って、これ、覗きをしたい、出歯亀をしたい、という意思だった。毎晩、壁の穴から隣の夫婦セックス見つめてる的な

なんか孤独っぽいし、変態だし、どう見てもこじらせてるっぽい。正直、他にまともな趣味ないのか?って思う

そこまで考えて、ふと「壁になりたい」と言った時は、そういう孤独でこじらせてる変態人間という存在は、きれいさっぱり消えている事に気がついた

壁という無生物から人間じゃないか孤独変態人間という都合の悪い存在になりえない。もっとクリーンスマート存在

それでさ、ああそっっか、腐女子は?女性は?(っていうと主語が大きいと怒られるかもしれないけどさ)まだ自分欲望を持った人間だってまだ認められないんだなあって

大学先生が言ってたフェミニズムの話を思い出してさ。いや間違ってるかもしれないけど

あの漫画の読者は、自分欲望をもった人間で、その上で自分を喜ばせる娯楽を要求する!って感じであの漫画を読みに行くわけじゃん


腐女子の間には、欲望をもった自分否定する文化があると思う

ある時、アダルトグッズ使ったセックスの話をしてる人がいて、それが「自分がしてみたい(もしくは、したことのある)セックスの話」だと思ったフォロワー赤面してかなり動揺した

の子セックスの話なんかしちゃって、ビッチなの?アバズレなの?って

結局、「あるアニメの男同士にしてほしいセックスの話」だったことがわかり、動揺していたフォロワーが「なーんだ」と、喜々としてアダルトグッズセックスの話に参戦した

これは自分実体験なんだけど、ずっと強烈な違和感感じてたんですよ

ここまでマニアックセックスの話をしてみんなで興奮を共有しているのに、自分欲望のことはなかったことにしておく違和感っていうか

その体験が今回のことにつながった気がした

なんかそういうことがあったので、とりあえず書いておくことにした

2017-09-25

緊急避妊薬と非モテ

https://twitter.com/tamako_han/status/912213814342434818

https://twitter.com/tamako_han/status/912217808842264576

人間から、というよりは「動物から」と言ったほうが納得感がある。常に発情期だからね。

この人の主張は自分肯定する。

ただ、頭ではわかるけど、残念ながら非モテには「感覚として」良くわからないと思う。いや、男女双方に対して普通にセックスしたい衝動」をガマンできないのかよ?サルかよ。って感想は浮かんでしまうんですよね、どうしても。その感覚共感できるだけの人生経験を持ち合わせていないからね、残念ながら。常に自己完結で処理してきた衝動からね。

二次性徴以降、恋人が居なかったことがない」みたいな人とは分かり合えなさそう。

でも頭ではわかるよ。

食べちゃダメなのに食べるとか、寝ちゃダメなのに寝ちゃうとか、お酒で薬を飲むのは良くないんだけど飲んじゃうとか、今日休肝日だけど飲みたいからやっぱ飲むとか、疲れてるし風ひいて熱があるけど仕事しなくちゃならないみたいな、やっちゃいけないけど立ちションちゃうとか、たぶんそういう感覚事情なのでしょう。だから主張は肯定する。

非モテから感覚的にはわからんけど。

モテ側の人も、非モテ側の人も、この辺の「感覚的な分かり合えなさ」を理由に「これだからキモオタは」「非モテは黙ってろ」「リア充サルかよ」といったような「モテ非モテ差別戦争」に持ち込んでしまうのも悪手だと思うんですよね。恋愛市場化した以上は売れない人が必ずいるわけで。

それにこの方、日本フェミニズムレイシズムを隠しもしないことに絶望してフェミニストを名乗るのを辞めた人らしいので、オタク非モテをも丁寧に扱わないと整合が取れないと思うんですよね。もし仮にそれをやり始めたら、オタク非モテに対するレイシズムである日本フェミニストらと同じ穴のムジナですからね。


追記:

https://anond.hatelabo.jp/20170925181848

自分ガチャ的な遊びをしないわけではないけど、おこづかい(お給料)の範囲しかやらないし、そもそも貯金ゼロ状態とか不安すぎて無理。ありえない。貯金してない人が信じられない。

私に石は当たらないな。

明日仕事なのに寝なきゃならんのに夜更かししちゃうとかは毎日ことなので、その辺の自制の無さについては石は当たる。

2017-09-17

ジャズビンタレイプ

そもそもすべての暴力レイプと読み替え可能ですので(フェミニズムによる達成)、彼のこともジャズビンタマンではなく少年レイプ野郎と正しく呼んで差し上げるべき

2017-09-15

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-09-11

女性自分から見て感じるフェミニズム界のもどかしさ

フェミニズム解釈違いでフェミ女性どうしが揉めるの、本当にばかばかしいと思う。

自浄作用があって良いとも別に思わなくて、身内で撃ち合って分裂してくれるんだから、まんまと御しやす存在になってるのが虚しくなっちゃう。

何か起きた時、女性よりも男やセクマイの味方になって、女性の敵にさっと回っちゃうフェミ結構多いと思う。

そんなことしてたら誰もいなくなるし、何のために誰のためにやってるの?って感じ。

自分は正しいフェミニストです、公正な人間ですっていうアピールがそんなに大事なの?

親しい人とも馴れ合わずに間違いを正せる誠実な自分、と思ってるだろうけど、まわりから見たらただの信用ならない人だよ。

突然手の平返して殴りかかってくるかもしれないんだから。正しさのためには女性を傷つけてもかまわない人間なんだから

Twitterで誰かが「女性は皆フェミニストだって言っていたのを見た。本来意味でなら賛成だけど、実際はそんなの寝言だよね。

正しいフェミニズム門番みたいな人たちがネットには無数にいて、全ての差別に均等に配慮できているか、話し方が穏当か、フェミニズム歴史精通しているか判別して揚げ足をとったり糾弾したりする。

こんな状況で女性が皆フェミニストを名乗れるわけないよ。

基本として誰の人権大事で、差別的なことや人を傷つけることを言っちゃいけないって大原則はあるよ。でも自分により近い問題ほど関心が高くて、手に負えないところまでは面倒見切れないのは仕方無いことだよね。

男性になら、フェミニスト以外の人になら許されてるのに。

フェミニストを名乗ったら最後、全部の問題カバーしなくちゃいけないの?違うよね。

だいたい差別って、数やパワーに圧倒的な差が無いと成立しないんだよ。

女性男性に「差別的言葉を言う」ことはできても、女性男性を「差別する」ことなんかできない。

フェミニストはいいかげんに、自分の分野に集中しようよ。

そして他の女性自分問題に集中するのを邪魔しないで。

私は自分尊厳を守りたいし、自尊心があるから差別されたら言い返したい。

他の女性女性であることで差別されてたら、自分のことのようにムカつく。

すごくシンプルなことだよ。

その時の言い方や、他の差別に対してどれだけ配慮されてたかを精査されて、フェミニズムとして正しいか正しくないか決められるなんて冗談じゃない。

私や他の女性フェミニストを名乗る資格があるかどうかなんてどうだっていい。

差別されたらムカつくし傷つく」なんて、人間として当たり前な反応をしただけで「フェミニスト」って特別名前で括られなくちゃいけないことこそ、女性人間から分断されてる証明になってる気がするしね。

2017-09-04

大和ハウスCMメンズリブ的だ

フェミニズム的にダメCM→叩かれる

フェミニズム的に正しいCM→ほめられる

メンズリブ的にダメCM→叩かれる

というのはそれぞれよく見るのに、メンズリブ的によいCM話題にされてんのあんま見たことねえなー、企業側はメンズリブ勢にアピールしても旨味薄いからかなーって思ってたら、大和ハウスCM結構それっぽいことに気づいた。

でもネットであまり話題になってなさそう。

上野樹里かわいー、中村倫也癒されるー、みたいな感想くらい。

なのではてなジェンダー一家言ある人たち、これ見てなにか語り合ってください。

http://www.daiwahouse.co.jp/ad/cm/hajimari.html

http://www.daiwahouse.co.jp/ad/cm/asa.html


(あととりあえずメンズリブって言葉を使ったが、マスキュリズムと言うべきなのか、それとも他の用語の方がふさわしいのかよくわからない)

anond:20170904222344

昔ならともかく、今時まだ荷揚げや解体が本当に生命危険が高いなら、フェミニズム文句付ける暇があったら荷主や回漕屋に怒鳴りこみに行けよ

日野ビンタが完全アウトだと誰でも一発で納得する方法

こんな当たり前のことをこの話題でまだ誰も書いていないようなので一応書いておく

暴力に関わる言説についてフェミニズムが果たした重要な貢献として「全ての暴力レイプである暴力は常にレイプと読み替え可能である)」ということを看破したことが挙げられると思う

から日野少年ビンタした」は「日野少年レイプした」と等価であり、これは誰が見ても完全にアウト

議論余地などない

anond:20170903225543

あいつのフェミニズム男女平等なんて目指しちゃいない

女性男性に虐げられた歴史があるから今度は女性男性を虐げ返したいだけ

2017-09-02

何で女って押しに弱いの?

イヤ、イヤ、駄目、ダメ、とか言っときながら、

グイグイ押していけば多少強引でも最終的にはナシ崩し的に事後OKになるパターン多すぎじゃね?

イヤだ、ダメだという言葉を真に受けて引いた男が草食男子として揶揄されて、

強引に事後OKを目当てにがっついた男が肉食男子ってことで成功性交)していくのおかしくね?

強引な男が非難されてほしいのもそうなのだが、

イヤイヤとか言っときながら流されてOKする意思の弱い女も、男と同じくらい非難されるべきじゃね?

これってフェミニズム的に絶対おかしな状況じゃね???

2017-09-01

はてフェミおかし馬鹿大勢いるが

つい最近プラベ入りして精神矛盾に耐えられなくなったのがいたが、

そん中で地に足の着いた草の根フェミとしておすすめしたいIDがいる

b:id:hilda_i氏だ

彼女はどこか泥臭い

だがそこが良い

やはり家庭があって子供もいながらフェミという立場に居られる強さだからだろうか、

軽薄な理屈先行の愚かなフェミとは一味も二味も違う

これからフェミニズムは、このようなヒトに担ってもらうべき

2017-08-31

フェミニズムは男に片務的に犠牲を強いているんだな、とぼんやりと思っただけ。

ああ、この人達は俺を気持ち悪がりながら、あざ笑いながら、踏みにじって殺す側の人間なんだ、

俺の愛好する傾向の文化感情論脊髄反射だけで踏み潰して荒らして去っていく人間なんだ、

そう思っただけ。好きにすればいい。誰かに踏まれた痛みを八つ当たりしてこっちにぶつければいい。

片務的に犠牲になって自滅して死にますよ。あなた方の大好きな優生学もそれを求めている。

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170829200630

でも結構スター稼いでるぜアイツ

あのダブスタっぷりがはてなサヨク界隈にウケてる

はてなのアレな界隈の辺りではあれはフェミ認識されてるでしょ

まあはてなフェミニズムって言や「男sageage」をパターナリズム脳味噌使わずに繰り返すだけのカンタンお仕事から

そもそもはてなにおけるフェミ定義とはなんぞやって話にはなるが

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170829150710

まず、フェミニズムに関する単著を持っている。

そして、そいつらのツイッターを覗きにいくと、ネット話題に合わせてアクロバティックな藁人形論法で男を叩いてますね。

検索すればそういうツイフェミを数人は見つけることができます

id:asterpleoガチヤバい

https://anond.hatelabo.jp/20170828100003

この追記見てこの増田の追記を思い出した

https://anond.hatelabo.jp/20170817111241

コイツ普段フェミニズム左派的な思想綺麗事言ってるんだが、

一皮向けば元増田が言ってるような陰湿イジメやるタイプなんだよ

しかも何がガチヤバいかって、

コイツは本気で本心自分差別心なんかないと思ってるところなんだよ

自分の薄汚いところは全く見えてない、というかそんなもの存在しているとすら思っていない

私の言ってることは非難であってイジメではないって本気で思ってる

最近コメも酷いもんだ

http://b.hatena.ne.jp/entry/344124267/comment/asterpleo

日米が外交ないだけで、他の第三者国の介入は望めないのか。つーかトランプがつつきにつついて刺激してわーwww怒ったーwwwwってマッチポンプしか思えないよ。

自分にとって不愉快相手コメント煽りの草入れたり印象操作するようなことナチュラルにやっちゃうんだよこういう人

似たような例で不愉快相手コメント幼児語に貶めてバカにするってパターンもあるな


フェミニストにはこの手の悪意のない差別主義者が多すぎ!

悪意に自覚がないか非難されると余計に反発する

ネトウヨなんかよりもよっぽどこういう人間のほうが残酷になれるよ

自意識正義なんだから歯止めがかかんないんだもん

日向市PR動画賞賛するフェミニストに思ったこと

話題日向市PR動画見たけど、個人的にはすごく好感の持てるPR動画だと思った。あの動画いかなる程度であれルッキズムが潜んでいることは否定しようがないけれど、僕個人としては社会的抑圧の一切を否定した社会はハクスリー的なディストピアしかないと思ってるので「海、似合ってないね」程度の抑圧は彼と同じく「ほっといてください」と言って許容出来る範疇 にある。‬しかし、それでもやはり肥満体型と似合う似合わないという価値判断を結びつけている以上そこにルッキズムという抑圧が存在していること自体は疑い得ない事実である。ところがその事実すら否定したがる一部のフェミニストたちがいるらしい。

サーフィン練習を重ねた結果として体が引き締まることを自然の結果だと言うなら、なるほど一般的に言うルッキズムもある程度自然根拠を持つものだと言えるだろう。しかし、海に似合う男が体の引き締まった男性なのだとしたら、つまり自然身体の一致を以ってして似合っていると呼ぶのであれば、男女で所与の身体的条件に差異存在しているのも自然になるわけで、したがって生理妊娠などによっても社会活動制限のかかる女性社会進出を目指すことは女性に「似合っている」とは言い難いように思う。それは当然女性社会進出を訴えてきたフェミニストには受け入れ難い主張かもしれない。

思うにフェミニズムという思想が上述したようにいくらかは自然根拠を持っている社会的分業に反対するものとして登場した思想であることを考慮すれば、その根底においてフェミニズムは反自然的性格を備えていることがわかる。それはつまり自らの生物としての女性性に対する根源的な自己嫌悪とも言える。このように考えた場合フェミニストがこのPR動画におけるサーファーの「海、似合ってないね」というセリフを見てそこに普段から自分たち解放されることを望んでいるのと同種の自然の軛を見ずに、あまつさえ他方にあってはその軛を肯定して自らの軛から解放手段にしてしまうのであれば欺瞞も甚だしいと言わざるを得ないだろう。

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