はてなキーワード: ネカフェとは
俺はホストやってたけど、人間的に騙しまくるのは無理だったので辞めた。
まずホストに来る女は全員病んでる。必ず病んでいる。初回というのがあって金額が安いので「物は試しに」などと言う輩もいるが、基本的に何かしら心に闇を抱えていることが多い。それを「ホストに来さえすれば解決する。こっちは客だぞ」と思っていることが多い。
色んなホストで初回ばかり来るやつは初回荒らしと言われる。こういうやつは基本わかる。まず金を持っていない。金を持っていないのにも関わらず頼み慣れている。観光のような形で来るやつらだ。こういう相手には基本的にホスト側も全力で行かない。ゴミ客のような扱いでとりあえず義務的にやる。
ホストは女の金を見ている。服装から風俗嬢か、一般人かなどを見ている。一般人で1人で来るヤツは比較的狙い目だ。普通は1人でホストになんか来るわけがないからだ。友達がいない・繋がりがないことを証明している。
ホストは、ブサイクな女の方が心置きなく騙せる。なぜかというと「お前みたいな女をまともに相手してやってるだけ感謝しやがれ。鏡見たことあるのか?」という感情が湧くからだ。だから金は等価交換だと認識する。したがって、悪いことをしているという感覚が無くなる。また、相手の性格が悪ければ悪いほどそれを感じやすくなる。良い女(良い女などホストには来ないが)に近いほど、罪悪感が湧く。
基本的にホストも全員病んでいる。まともな男はホストなどしない。ゲラゲラ笑っているように見えていても、1人で家でずーんとなっていることがある。これは結構な人たちがそうなる。平気そうにふるまっていても、自分の感情と真逆のことを言うのはストレスなのである。「好きだ」「愛してるよ」「本気だよ」とずっと言わなければいけない。「お金がたまったら辞めるよ」と、ずっと真逆のことを言わなければならない。ずっと一緒にいれば家庭環境や辛かったことなどもわかって情も湧いてくる。それを覚えてなければ客ではなくなるから正確に覚える。つらい、つらい、こんなにつらい、あなたのためにつらい思いをしてるんだよ、わたしを助けて、というサインを黙殺して、自分が生きるために女の人生を搾取する。
「俺はこんな酷いことをした」「俺なんてこんな酷いことをしたよ」というのが武勇伝のように語られる。武勇伝のようでいて、ストレスを発散している。客がクズだからだ。俺たちがこんな酷いことをするのは客がクズだからである。金はその対価だ。ありがたく思え。どうして俺が悪いと言われなければならないんだ。俺は救ってやってるんだぞ。
どれだけ言葉を取り繕っても現実は変わらない。「本当は好きじゃないんでしょ」と言う言葉に「好きだって言ってんだろ!!!」というキレ気味の言葉で返す。自分でも本当はどうなのかわからない。生活のすべては女のために尽くすためだけに存在することになる。月曜日はこいつ、火曜日はこいつ、水曜の午前はこいつ、水曜の夜はこいつ、木曜はこいつ、金曜はこいつ、土曜はこいつ、日曜はこいつ……
誰がどうなっているか覚えなければならない。間違えることはできない。絶えず監視されている。メモる。しかしメモも見られる。携帯は必ず漁られる。女はずっと自分が本当に愛されているかどうか不安なのである。女は女で「私が一番愛されてる」と言う。私が一番彼のことをわかっていると言う。誰も本当のところはそのホストをわかってはいない。ホストはただの集金マシンで、客は金蔓である。旬も短い。若さを搾取されている。生きるために仕方なくやっている。ホストは、ホスト自身が幸せになるためにやっているのだ。女を幸せにするためではない。女性不信になる。まともな恋愛をしようとしても、ホストのテクニックがちらつく。こうすればなびくというのがわかる。モテようと思えばモテるが、真にモテているわけではなく、ただ言い寄って来られ、無尽蔵の愛を要求されているだけだ。そんなものはない。
胃も壊れる。酒ばかり飲むからだ。酒は、飲まなければいけない。客が高い金を出して買った酒だ。こぼせば最悪になる。
キラキラした世界ではない。順位を上げるために売掛金とかいうのを作る。要はあとで自腹を切るということだ。ナンバーワンなどになると箔がつく。「ナンバーワン出して」という、ナンバーワンばかり狩る女がいるからだ。こういう女は金を持っていることが多い。痛客ほど金を持っている。初回なのに意味不明に酔っ払った状態で来るガキほど、意味不明に風俗で働いて精神状態がマッハになっていることがある。
俺は性病は2回なった。店に来る女だけじゃなく、自分で開拓しなければいけない。死ぬほどヤッた。ナンパしてそのまま路上でヤるとか、ナンパしてネカフェに行ってヤるとか、声掛けしていけそうだと思ったらキスするとか、そういうことを別にやっても問題ないような感覚になってくる。自分でもなぜモテていたかわからないが、とにかく俺はモテるのだという謎の自信があった。一般人になった今は誰にも言っていない。ホストをやっていたことすら伝えない。
金を多く得ている人々は、風俗に行かせることに慣れていた。風俗に行かせるのは「風俗に行ってくれ」と言うわけではない。ホストが困っているのを暗に示す。だんだん気軽に会えなくなってくるのだ。これはわざとやっている。それでもホストは必死に "時間を作って" 会いに来てくれる。ホストは「ほんとごめんね…会いたかった……」と言う。女は寂しくなる。ホストはそうやって頑張って会いに来てくれるのだから、少しならお店に行ってもいいかなと会いに行く。「来ちゃった」と言う言葉に、ホストは「ごめんね。 "ありがとう"。でも無理はしないでね」と言う。これは "無理をしろ" という意味だ。客は、店に行ってもお金を払わなければまともに相手をされない。そして別の女がシャンパンを頼む。「◯◯さんからシャンパンいただきましたー!!!」などと言われコールが始まる。そうすると担当がそちらの客のところに行く。
「あいつか。あいつが苦しめているのか…!!!!!! 私の彼を苦しめているのはあいつか!!!!!!!!!」
そして金を作らなければならないと思い始める。客は最初は風俗に行くことなど考えない。一生懸命働く。足りなくなる。貯金も底をつく。風俗ぐらいしかないと考え始める。冗談めかせてホストに言うのだ。「お店にあんまりいけないし風俗に行こうかなー……なんて」と。ホストは怒り狂う。「お金は確かに助かるけど、風俗になんていかなくていい!!!ごめんね…俺がちゃんと会いにこれれば…」と。これは "風俗に行け" という意味だ。
だんだん本当に会えなくなっていく。私の彼が、苦しめているあの女のものになっていきそうに感じる。風俗に行く。しかしひとたび風俗に行けば、もう取り返しがつかない。
「なんのために私は風俗にまで行ったのか」
あとはひたすらコンコルド効果である。金を貢げば貢ぐほど、あとに引けなくなる。誰に何を言われようが辞めることはできない。もう「辞めなよそんなホストなんて」という友人の言葉は耳に入らない。むしろ友人は敵になる。「この有象無象らは私のことを理解してはくれない。どれだけ私が苦しんでいるのかわかっていない」となる。もはや愛がほしいのではない。意地である。止められない。ホストもホストで、止められない。
ホストは客に別の客の悪口を言う。「愛してる」と言ったその次の日に「まじであのブスのせいで最悪」などと別の女に愚痴り、その女にも「愛してる」と言う。それを全員にやる。「俺は苦しめられているのだ」と思っている。事実苦しんでいる。女は「私と一緒にいるときぐらい休んでなよ」と言う。これは決して「休んでいい」という意味ではない。いい女・優しい女でありたいのだ。ホストは「いや、せっかく会えたんだから一緒にいたいよ」と言う。「休ませろ」という意味だ。こういうやり取りが限界まで続き、「私のためにこんなに無理してくれるなんて、私は本当に "愛されている" んだなあ」ということを実感する。そして携帯を確認するのだ。無尽蔵の愛を要求し、確認する。
タダで女を獲得するのは比較的容易だ。しかしお金が絡むと段違いに難しくなる。実証するには、彼女に「ほしいものがあるから5万円ちょうだい」などと要求してみればよい。相当な抵抗をされる。「なんでそんなことをしなければいけないの」「はあ?結局金目的ってこと?」というようになる。お金で買えるすべてのものがライバルになる。セックスというのは安いものだ。
こんな状態で大量に稼げるホストというのはどこか割り切っている。客の人生を抱える気でもいる。どちらかといえば嫌ってほしいのだ。ホストは辞めておけ。愛がわからなくなる。そして、クズの仕事である。
ある人の徒然なる、日記。
22になり、僕はたくさんのことに慣れた。苦手だったことも、やったこともないことも少なくなってきた僕は少し大人になってきたのかもしれない。
彼氏がいるみたい、残念ではなかった。
夜の8時とちょっと過ぎ、僕はその前に予定があって、その後近くのバーで会う予定だったから、少し遅れて行った。
少しのワクワクと少しの怖さ。僕は彼女にどう思われるのだろう?
まず普通に英語で話そうかと思った。だけど普通に自分の英語が彼女にジャッジされるのが怖かった。
とりあえず日本語で話し、僕は聞きたいことを聞こうと思った。どれくらい僕らが付き合ってた頃を覚えているんだろうって。
僕らは付き合って行ったディズニーのあのタワーのやつで初めて手を握ったらしい。
僕は彼女に、一緒に行った花火大会の浴衣が好きだったと伝えた。少し後悔だったし、
少し痛いけど、僕は意を決して、こういった。僕はいまだに君の誕生日が全てのパスワードに入ってる
彼女は笑って、そしてこういった。私は記念日をパスワードに使っているよ
馬鹿だね、僕らって。
それからも別れた後のお互いの話になった。
最初に付き合った彼女はいつまでも特別でいる、彼女には幸せになってほしい。
気づいたら、I love youと言っていた。零れていた。
鬱でセラピーを受けてる。
体を大切にしてほしい。
初めてだった。
自信のない彼女。
好きだし、タイプだよ そう伝えたけど彼女は恥ずかしいらしい。
僕らはキスをした。
それは甘酸っぱい二人の淡いキスではなくて、寂しい二人の大人の悲しいキスだった。
一時的なつながりを享受して寂しい今を--寂しい形で--うめる。
あなたが幸せそうな--それが一時的であっても--その瞬間が世界で一番幸せだ。
少し振り向いて、外の綺麗な夜景を見た。
赤い橋のある素敵な夜景。よく橋は見えなくても街は--その内情に反して--とても綺麗だ。
こんな地元から離れた異国の地で、僕らは偶然チャンスができて、再会した。
あの時の僕らはきっと想像がつかないだろう。
世界は思ったより、小さい。
もうー例え会ったとしてもー戻らないって確信と自信を持ったけど、彼女が困っていたら助けたいと思った。
あぁ、僕はどこまでいっても自分の愛した人には弱いままなのかな。
正解の無い世界に取り残されて。
当時の私の年収は800万ちょっとで、夫は私の半分あるか無いかだったと思う。
夫は私の一個上、まあ年齢で言えば普通?か中の下ぐらいだろうか。
下方婚した理由は、単純に私の求める条件が「家の事をきっちりやってくれる人」だったから。
基本的に仕事に全振りしてしまうタイプで、特に当時は多忙気味だったんだけど、そうなると家が荒れるに荒れる。
元々のズボラな性格もあり、気がつけば毎日の様に虫が湧く汚部屋と化して(引っ越しの時に滅茶苦茶お金取られた)
そんな家に帰るのも嫌なので毎日会社の仮眠室か近所のネカフェ、たまにビジホに泊まる毎日。
これではお金も貯まらないし何より人間らしい生活が出来ない、でも私には家事の才能が本当に無い事に数年間の一人暮らしで痛感させられた。
仕事では面倒な事も出来るのに、家の事になると途端に継続した作業が出来ない。
洗濯、掃除、皿洗い、トイレ掃除、お風呂、ゴミ出し、ゴミ箱交換、風呂掃除、食事、とその後片付け、洗剤等の必需品が切れた時の交換、いや切れる前にストック買う、などなど…
普通の主婦から一人暮らしの男女の大半がやれている事が、私には出来なかった。
なので、結婚相手に求める条件としては「家の事をきっちりやってくれる、その能力がある」というのがマスト条件だった。
他の事には多少目をつぶった。
幸いな事に私には仕事に全力出してそれなりに結果を出せる能力はあったので、もう男を養っていくの覚悟で婚活を始めた。
・長男
・身長は170cm…は無くて168cm、顔はミュージシャンの桑原康伸似
・学生時代から一人暮らしで、料理と掃除が趣味(と書いていた)
正直外見もタイプじゃないし何か服装もダッサイし周りを見れば夫よりも良い男なんていっぱいいたが、私は生活破綻者だったので恋愛はともかく結婚は無理だろうなって思った。
実際に家が汚い事をカミングアウトして自宅に連れて行った事もあった。もちろん次の日に別れを告げられた。
それを二回繰り返して下方婚(という言葉は当時は知らなかったが、今思うと完全にこの発想だった)という結論に達した。
本当に家事が得意なのか、ふと当日に「家を見せて貰って良い?」なんて言って強引に夫となる男の家に上がるという暴挙まで行った。
結果、私からするとビックリするぐらい綺麗に整理整頓された、独身の狭いアパートがそこにはあった。
理由としては、夫の方は私の半分程度しか年収無いのに、それなりに残業がある会社だったから。
たまに私も20時程度には帰れるのに夫が遅いと当然ご飯も用意されていない。
その時はお試し期間の同棲中だったが、状況的に共働きだから自分がやらなければいけないのか……となり、私が生活費の大半を稼ぐから
家の事に集中して欲しい、働くのはバイトとかでも良いから、というのを結婚の条件にした。
夫は当然驚いていたが、最終的には承諾した。
夫側が出した条件としては「家事の合間にアニメ観たりゲームしても良いなら、良いよ」とのこと。
私はそういった趣味・分野には疎く、どちらかと言えば軽い忌避感があったが、オタク趣味を我慢してあげる程度で
結果、夫は週3のアルバイト(後に契約社員となる)でお小遣い+αを稼ぎ、家賃や生活費の殆どを私が稼ぐ事を条件に
私自身が忙しく中々妊活が出来なかったが、その分年収は1000万を超え、現在は1500万程になった。
夫はバイト先で認められたのか契約社員となった、でもフルタイムじゃないし家の事はこれまで通りきちんとやってくれている。
この頃に増田で「下方婚」という概念を知って、「ああ、これがいわゆる下方婚なのか、私がしたのはこれだったのか」と納得したものだった。
原因は主に私。
とある案件で各所に出張に飛び回っている際、一緒に回っていた独身の同僚(俳優の及川光博似)と一線を超えてしまった。
私自身は遊びだと思っていたが、浮気相手が本気になってしまい、夫と私を呼び出し直談判した。
「バイトみたいな仕事しているお前(夫)と違って俺は高年収を稼いでいる、必ず(私を)幸せに出来る」
「年齢的にも子供はラストチャンスだろう、今まで出来なかったのはお前が主夫なんて甘えた立場にいたせいだ、男らしく無い、あり得ないだろう」
「慰謝料は払う、だから(私と)別れて自由にさせてやってくれ、ニートのお守りにこれ以上(私を)縛らないでくれ」
といった事を言った。
夫はそれにショックを受けた様で、「そうか、君はそういう風に俺の事を思っていたんだね…」と、すっかり塞ぎ込んでしまった。
浮気相手は、結婚したら家事は外注に任せよう、食事などデリか外食で問題無いという。
現に浮気相手はそうしているみたいだし、私の年収も合わさればその生活は余裕だろう。
貯蓄もあるし、妊活に集中しても数年は食える程度の蓄えも余裕である。
異性としては当然、浮気相手の方が魅力的なので、彼の言う甘言に傾き始めている自分を否定出来ない。
働き盛りの男の仕事を取り上げて、主夫にさせて、10年近い結婚生活でキャリアを形成する機会を奪ってしまった。
アラフォーにして年収は200万程度しか無い契約社員としてのキャリアしか残らない。
子供もいないし、彼には本当に何も残らない。
10年のキャリアロスを数百万で片付けろ、納得しろ、と言われたら、少なくとも私なら発狂する。
私はそれを突きつけようとしている。
大人しく気が弱いタイプの人だから、恐らく最終的には受け入れてくれるかも知れない。
でも、感情的には非常に辛い。
結局のところ、自分が稼ぐ女なら更に稼ぐ男と結婚して家事は外注にすれば良かったのだろうか?
結婚、子供、家事、がある以上、社会生活的には女が下方婚するには向いていないのかも知れない。
先にも書いているが主たる主計者は私だった。
しかし、既婚者だと必ずと言って良い程他者から夫のことを「旦那」呼ばわりされる。
「旦那」には色んな意味があると思うが、その中に「主たる主計者」「生活費を稼ぎ家を支えている者」「妻よりも(家庭内で)上位、地位が上」という意味は含まれている。
少なくとも私はそう解釈している。
夫も家の事を完璧に回していたので家を支えていると言えば支えているが、それが出来る程度の家計を支えていたのは私だ。
役割で言えば私が「旦那」なのだが、そんな事を一々言って回る訳にもいかないので、表面上は普通にしていたが内心は深く傷ついていた。
女は主計者としてみなされないんだな、と。
まさかアルバイトとも言えず、事務・経理関係の仕事とか普通の会社員とかお茶を濁していたが、正直恥ずかしかった。
私が辞めさせて家庭に入れて家事をして貰っていると頭では分かっていても、夫が同じ所に通って同じ様な仕事を毎日しているという
仕事人としては非常に恥ずべき人間であるという事実に違いは無い。
身勝手だと思うが苛つきや恥ずかしさをその度に感じていた。
名字も色々事情あって夫のものにした事もあり、余計に辛かった。
私が表立って稼ぎ柱になっているのに、あくまでも私は前田(仮名)某さんだし、「前田家」という集団の中の妻としてしか見られていない。
真実を話せば良かったのかも知れないが事情を知っているのはごく一部の親しい人しかいなかった。
今思えば下方婚をしたという事実自体が恥ずかしく、隠したかったのかもしれない。
仕事で疲れているとそういう気分になれないのと、夫が元々性欲が薄い方だった為、ほぼレス状態だった。
少なくとも夫から不満は言われた事は無いし、それでも愛情めいた感情はあったのでそれでも良いと思っていた。
仕事終わりにマッサージをして貰う、という形でのスキンシップは週に一度は最低でもあったし。
その壁を乗り越えてきた清志(仮名)は良くも悪くも遊び慣れているとは感じているし、同時に異性としての魅力は清志の方が圧倒的に勝っているのも事実だった。
夫は残念ながら異性としての魅力は(元より)足りていなかったが、そういう所は求めずに結婚したつもりだった。
でも結果的には異性をどこかで求めてしまい、清志の誘いに応じて一線を超えてしまったのだから我ながら身勝手だとは思っている。
慰謝料は数百万を考えている、とは先に書いた。財産分与は請求しないつもりだし、更に慰謝料をこちらから支払う。
通常であれば良い条件ではあると思うが、それと失わせてしまったキャリアと引き換えになるとは思えない。
でも離婚となればそうするしかない。責任を取るというのはそういう事も含まれているのだと痛感している。
清志は「夫側の財産分与を請求すれば取れる、あっちは(私が)働いているから自分の収入の大半を貯蓄に回せているのだから。良い弁護士も紹介してあげるよ」と強気だ。
実際共同資産と言えるものは殆ど無いと思う。基本は私名義の口座やカードから支払っていたので。
さすがに貯金も取り上げて離婚する気にはなれないから、慰謝料はちゃんと支払うだろう。
夫は先に寝込んでしまっている今ですら、遅くに帰った私の為、だけでも無いんだろうけど、家の事はきちんとやっている。
きっと私じゃ無ければ、私が下方婚さえしなければ、気が利く良い家庭の夫になれたかも知れないのに。
叩かれるかもな、とは思っていたけど、案の定だった。思ったよりも酷い事も言われた。
でも自分が身勝手なのは分かってるしそう思われるのも仕方無いと思う。
その中でも少数ながら擁護してくれている人の言葉に救いを求めている。
実の所、私達の中では離婚はもうほぼ確定的だ。
普段はほぼ寝に帰るだけだが定期的にハウスクリーニングを入れているという彼の家は普通に整い清潔だ。
夫は清志よりも2歳上である。そんな奴が私(女性)に稼がせて飯を食わせて貰うなんて本当に情けない、同じ男とは思えない、人生舐めているゴミ、無能とまでという。
酷い言い草だと思いつつ、その内容に多少なりとも同意してしまう自分を否定出来ない。
私は仕事人としては無能でも、穏やかで一緒に居てストレスにならず、家の事をきっちりやってくれる人を求めたというのに。
だから結果的に下方婚という形で夫を選んだのに、結局は優秀な男を選んでしまったのだから皮肉なものだ。
せめて私と対等に仕事の話が出来る程度の人だったらまだマシだったのかも知れない。
そんな人は、同じ所に通い同じ様な仕事をやる様な仕事を選ばないんだろうけど。
下方婚してまで選んだ相手なのにね。我ながら身勝手で泣きたくなってしまう。
元々出張も多い業種柄、月の半分も家に帰れない時もあった。
自宅の最寄り駅が新幹線の駅から若干不便な所にある事もあり、出張と出張の間、家に帰るのも面倒だからと
夫を新幹線駅まで呼び寄せ、本当に申し訳程度の気持ちとしてのお土産と洗濯物を渡し、代わりの服を貰って会話もそこそこに次の出張に行くのもよくあった。
だからこそ去年から数ヶ月は今日みたいな半同棲状態にあっても夫には不自然だとは思われなかったのだろう。
私が主計者だったが故に浮気を出来てしまう、最後の一線を容易に超えられてしまう環境に陥ってしまったのは本当に皮肉でしか無い。
愛情があれば良かったのだろうけど、感謝や同情はあっても、異性としての魅力は最初から殆ど無かったのかも知れない。
これからは一人で洗濯物を洗濯機に入れるぐらいはやらなければいけないのだけれども。
そんな事までやってくれていた夫に、私は感謝はしても尊敬を抱く事は出来なかった。
初めから相応の出来る男を選んでいれば、お互い不幸にならなかったのかも知れない。
夫は良くも悪くも気の弱い人だ。一方私も清志も、良くも悪くも気が強く押しも強いタイプだ。
弱っている夫にこちらの出した条件を飲ませて手を切るのは容易過ぎる。
慰謝料を支払い、さすがに家から着の身着のまま追い出す訳にもいかないので、夫の職場近くにアパートを借りよう。
一年分ぐらいの家賃だって先払いしても良い。せめてもの情けだと思う。
失わせてしまったキャリアはお金で解決出来ない事は分かってはいるけど、それでもせめてもの償いはしたい。
結局の所、女に下方婚は向いていないのかも知れない。
家を回す役割、その能力があっても、私は夫を男としては尊敬出来なかった。
一方女は家を守る役割をこなしても、それを認められない。
お互いにリスペクトが無いと愛情は続かないし、周りから承認されなくても同じ。
私は最適解を選んだつもりだったけど、後悔しか残らなかった。
同じ舞台に立てる、同じ部隊に属せる人間同士で無いと、夫婦は長続きしないのかもしれない。
多分性依存症ぎみなんですよね。
あとアルコールも。
新宿でナンパされたらネカフェに連れ込まれてそのままセックスして
そこから都心で酒を飲むとついワンナイトラブしてお家に帰れない病気にかかっていて
そもそも酒癖が悪くてアルコール依存症なので潰れて家に帰れなくて友人の家にお世話になることも繰り返していた時期で
飲み会の後皆と別れて一人でスマホ見ながら電車に揺られて帰るのって、本当に寂しいじゃないですか。
そんなときに寂しいなーって思って、ここは都心だなぁー、誰かとセックスしたら寂しくないなぁ、とか思うと、依存症的スイッチがきゅーーぅと入っちゃって、もうそれしか考えられなくて、
手段としては新宿みたいなガチ都会だったらマジでプラついてナンパ待ちするか、ヤリモクばっかりいそうな出会い系の掲示板で同年代そうな人に適当に声掛けするかなのだが、まあそんなことは置いといて
都心で飲み会があったときの勝率(ちゃんと家に帰る、を勝利とする)は5割くらいなんですよね。
もう酒を飲んだときの私は制御が効いてくれないので、普段のタガが外れちゃうので、なんだか他人事みたいに、「今回は頑張ってくれよ」みたいに思っている。
まあ依存症的な問題としては、「本当は嫌なのにやってしまう」「日常生活に支障が出る」なので、
私は本当はこういう生活をしたくないのか分かんなくなってきちゃった。
別にいいのかな?「都心でお酒飲むとついワンナイトラブしちゃってお家に帰れないんですよねぇ」と思いながら、普通に生活していいのかなぁ
別にね、彼氏もいないし、ちゃんと社会人だし、休日の話だし、まあいいのかなぁ。職場の先輩が結婚ラッシュで焦るけどねぇ、まだまだこんなプラプラだめなことをやってちゃだめだとは思うのだけどねぇ
正直都心で酒を飲みさえしなきゃ今のところそんなことしないので、帰りたい日に飲み場所を都心に指定されると「辞めてくれよ」と思うときは結構あるのだが、まあまあそんなこと他人は知ったこっちゃないし、関東全域に散ってる友人と飲むならば都心のどこかがいいですからね。
今日はこれから都心で飲み会な訳で、今日はなんだか帰れない予感がするのだけど、でも今日コンタクトの替えを忘れたので、家に帰れる気がする。
なんか書くの疲れてきたな
なんかそんなかんじの日記。
敗北しました
日本においてスーパー銭湯の多くがハッテン場の1つとして位置付けられてしまっている。夜に行ってみたらいきなりその筋の人に手や股間を握られたと言う体験談が後を絶たない。
爆サイでは「ハッテン場掲示板」なるカテゴリが存在し、頻繁にお相手を募集する書き込みが行われている。逆に言えば募集書き込みが少ないところはハッテン場として栄えていないことを示しており、「該当スーパー銭湯のハッテン場掲示板スレが無い、もしくは過疎っていればゲイに襲われるリスクが低い」と言われる。
そこで、各県のハッテン場掲示板の書き込み頻度を基準として「ゲイに襲われるリスクの高さ」を調べてみる。まずは増田のおひざ元である神奈川県。上位10店舗まで書く。
掲示板URL:https://bakusai.com/thr_tl/acode=3/ctgid=149/bid=2727/
湯快爽快はどの店舗もハッテン場としてよく使われているが、中でも茅ヶ崎店はハッテン場の性聖地とまで言われている。露天エリアの奥にサウナがあり、そこが良く使われているようで、「室内での性行為禁止」という張り紙まで行われている。しかしその張り紙の効果は皆無である。
湯快爽快グループに割って入ってきた新鋭。露天エリアの奥に4人しか入れない狭いスチームサウナがあり、そこがハッテン場となっている。
湯快爽快グループの2番手。露天エリア右斜めに密室状態で天井が低くて狭いスチームサウナがあり、そこがハッテン場となっている。茅ヶ崎店ほど奥まった場所にあるわけではないので利用頻度は若干下がるようだ。
ここも露天エリアにある狭いスチームサウナがハッテン場として使われているようだ。人通りはそれなりにあるのによくやると思う。
湯快爽快グループ3番手。サウナよりも1番奥にある滝湯がハッテン場として使われている。ただ密室ではないためか募集は触り合い程度にとどまり、続きは近くのネカフェで、という書き込みが中心。
中華街の近くにある、スーパーではない普通の銭湯。出会い系銭湯とも呼ばれる。サウナが狭いという典型的なハッテン場パターン
京急傘下のスーパー銭湯。2日に1日ミストサウナが使える日があり、その日はお相手募集の書き込みが多くなる。
ヨモギ塩サウナやシルク湯(白く濁らせたお湯)がハッテン場として使われやすい。施設が大き目で待ち合わせ場所も豊富。
狭いミストサウナが使われやすい。募集のない日もあるが、毎週通っている常連が居るようだ。入館料を高くするのはハッテン場化抑止には効果がないことをこの施設は示している。
ドライサウナはガラス張りであるが、塩サウナ室は外部から死角になるエリアがあるため、そこがハッテン場になりやすい。米軍基地の軍人も使う施設なので、本場のアクションが見られるかも知れない。
浴場の奥まった場所にある、窓がない、密室のサウナ系施設があるスーパー銭湯はハッテン場として狙われやすい。特に10人以上入れる普通のサウナより、狭い(4名くらいしか入れない)ことが多いスチームサウナが狙われている。
逆にそのサウナが奥まった場所ではなかったり、大部屋だったり、密室ではない(外からガラスで様子が見える)スーパー銭湯は、ハッテン場として使われにくい。
例えば7位のみうら湯から3kmくらいしか離れていない「極楽湯 横浜芹が谷店」は、1日の書き込み頻度は2件以下とかなり少ない。これは「サウナ施設は大部屋のみ」「そのサウナは露天エリアからガラスで様子が見え、死角がない」ため、ハッテン場にしにくいためであろう。
スーパー銭湯でゲイに襲われたくなければ、その店のサウナ設備がどのような場所にあって、どれくらい大きいか、外から様子が見えるか否かを調べてから行くのがいいだろう。
https://togetter.com/li/2064492
たまたまふらっと寄ったネカフェで自分の席に行こうとしたらアフロ田中シリーズが目の前にずらっと並んでて、「この作者どんだけアフロこすんねん」って思ったのが最初。
なんかよくわからんけど右から左にかけて田中くんが成長している様を眺めていた。
ちょっと気になったからウィキペで調べたら結構長いこと続いている漫画で映画化ドラマ化もされている結構有名な作品だったことを知った。タイトルだけ見たら80年代後半の学園わちゃわちゃ漫画みたいなノリだけど連載自体は21世紀から始まっていることを知って驚いた。
後になって「誰も消防車を呼んでいないのである」の元ネタがこの漫画のシリーズであることを知った。
ウィキペでうっすらと高校卒業したり就職したり放浪の旅に出たり結婚したり子供が生まれたりしていることを知った。
そしてとうとうさっき、ついに田中くんはマイホームを購入することをtogetterで知った。
手取り年収350万だから、ボーナス込みで額面で大体550-600くらいだろうか。野原ひろしとあんまり変わらんな。というかクレヨンしんちゃんだか島耕作だかをなぞっていってるような形になっていた。
ボーナス払いとか昇給とかをまるで考慮していない絶望具合が、絶賛衰退中のジャップランドのthis is 世相って感じで哀愁が漂っていた。
鍵のかかる完全個室のネカフェ
付き合ったら仕事モハカどるのか その一手は正しいのか うーん
正解か不正解か 最善の一手 親から生まれた 親に感謝したほうがいいのか?
はあ なんですべてうまくいかないのかな 死にたくなるよ
すべての女がおれのものにならないかな セックスしてえなあ! んんー!
心がぽっかりあいた ぜんぶほしい すべてほしい ちっちゃいものすらかき集めたい
うちはなにをいってるんやろ なにがラッキーなんやろ うちでいうなんなんやろ スロットつくりたい
すべての情報 すべて覚えていたい ほしいし
二度寝も寝坊も どっちも嫌な気持ちになる でも二度寝は いやなきもち 一時的
寝坊はずっと自己嫌悪 こうないしゃせい あ あるわ だったら電話でやめてやればいい そのほうがスッキリする ぴん くまんみたいに もう限界だ
あとは せい へきか 新しい 相手を依 存させる方法 心配させる わざと帰ってこない カラオケネカフェでもいってくればいい
ろけっとえんぴつのように忘れていく 父親 口座 はいこれ 毎月安定で入ってくるから はいこれ 薬は捨ててね
誕生日まで似てる シンパシー やっぱその時期につくるってしょうがいしゃあああ なのか 詐病じゃんwwww
キャバクラにいきたくないとかさ サボる日を決める 目標たてようか 自分の誕生日を
サボる日はあらかじめきめて よっしゃー無給だー
(匿名の増田なので事実か否か確認する方法がないので、参考意見の域を出ませんが一応メモ)
この御指摘から分かる事は、支援活動に関わる者は「一切の見返り(感謝など)を求めることはできない」という心構えが必要だということです。
心理的に余裕がないと感謝の気持ちも出てこないのですね。そして、それは仕方のないことだとも思います。
時間が経って、冷静に過去を振り返る余裕ができたら、そのとき初めて感謝の気持ちが湧いてくる、というのが実情なのでしょう。つまり、気持ちの変化には「タイムラグ」があることを理解しておくべきなのでしょう。
相手から感謝されて「自分は善人だ」「自分は素晴らしい人だ」というような自己満足に浸りたい人は、他の分野でボランティア活動に励めば良いでしょう。(助けを必要としている人は他にもたくさんいるので)
恩知らずな元少女がColaboを見て思うこと https://anond.hatelabo.jp/20230102104157
全体の流れについてあまり把握できてないのと、Colaboに対する擁護ではありません。ただの感想です。
心の優しい人が傷付いてしまう表現もあると思うのでご注意ください。
【私について】
母の彼氏に膣にオロナミンCの便を挿れられてその上からフライパンで割られそうになるなどやばいことが増えてきたので家出する→ネカフェ生活→保護してもらう(Colaboではない)→支援を受け自立→今20代
【支援してくれる人たちについて当時思っていたこと】
本当に申し訳ないけど、当時は支援者の方々に感謝の気持ちなど1mmもなかった。「本当に助けなきゃいけない人は助けたくなるような人ではない」と言われてるけど、そう言う感じだったと思う
・助けてくれてありがとうとかではなく「金持ちの家に生まれて愛されて何不自由なく生きてこれた人もいるのになんで自分だけ」としか思ってなかった
・「見下してんじゃねえよ」と思い常にイライラしていた
もちろん今思えば見下されると感じるような態度を取られていたわけではない。こちら側の受け止め方の問題
・何をしてもらってもとにかくムカついてた
今思えば十分すぎる環境だったけど常に不満しかなかった。あれ以上ご飯が豪華だろうとめちゃくちゃいい部屋だろうといつまでも文句を言ってたと思う。その感情の底には過去親に大切にされなかった悲しみや怒りがあったんだろうなと思う。
【今思うこと】
色々話に行きたいけど、超問題児だったので職員さんに嫌われているのではないだろうか、いやそんなことはあの人たちは思わないだろうとかもごもごしている
超問題児だったからこそ会いに行けよと思う人もいるだろうけどまだその領域に達せていない…もっと立派な大人になったら行きたい
【Colaboに支援されたという人があまり出てこない理由を考える】
基本的に、私のように過去に支援を受けた人が「私はここに本当にお世話になりました!ありがとうございました!」と言うことは普通にあまりないと思う
・過去を見たくない
いくらその後大切にしてくれる大人に出会えたとしても、「虐待を受けていた」「生まれに恵まれなかった」ということを自らアピールすることはできない
思い出したくない記憶なのもあるし、実家が太い・太くないみたいな言葉が普通に使われる世の中では特に言えない
支援してもらったことも思い出したくない(振り返ればあたたかい記憶ではあるけどそこにはつらい背景が付いてくる)
・近くにいてくれた支援者こそ恨んでいるから
前述の通り…
・ガチでひどい扱いを受けていた
こうならば声をあげて訴えた方がいいと思うし尊重されるべき 無理はしないでほしいけど
【Colaboの不正疑惑について思うこと】
確定はしてないけど、「少女たちを金の種にしていた」「ひどい扱いをしていた」みたいな疑惑が出てるみたいということに関して
・本当にザル会計で適当にしていて自分たちのためにお金を多く得ていたならそれは絶対に批判されるべきことだと思う、真面目にやっている団体(少女保護に限らず)にも迷惑
・なんだけど、それが原因で「少女の保護も金のため」となるとうーんとなる
これは支援に関わった人にしか分からないかもしれないけど、正直いくらもらってもやりたくない人はやりたくない仕事だと思う
私は月300万もらってもやれる自信がない(過去の自分のような子に関わることはできない)
・Colaboがゴリッゴリの悪だったとしても、少女が当時はそう思えなくても、「困ったときに保護してもらえる場所があった」「そういう場所を作りたいと思った大人がこの世にいたこと」は、いずれ心の支えになるので、100%悪とするのもなあと思う(もちろんだからといって批判するなとは全く思わない)
【仁藤さんに思ったこと】
・キモいおじさん批判や温泉むすめの件、というか批判対象に対して100%悪だから潰せという感じの態度を取るのはええ…ってなる
・ただ、そうならざるを得ない背景もあったんだろうと思う
支援されていた側からも①少女をおびやかすやばすぎる大人②意識的or無意識に世界の全てを恨み支援者に一番牙をむく少女③自分のために支援者と少女を利用しようとする大人の存在は見えていたし
特に③は怖い
・保護されている少女は平気で嘘をつくよ(笑)みたいなツイートが掘られて批判されてたけど、私はあれは仁藤さんが本当に親身に支援をしていた証拠のように思う
実際に、私と同じ施設にいた子が職員さんに片付けないことを注意されただけで匿名で嘘の通報をしたり他の団体に虐待をされていると相談したりというのは普通にあった
というか、「嘘をついている」という自覚はない 多分自分の中では本当のことになっているから 自分の嘘しか自分を守ってくれない、という子どもは私の周りにはたくさんいた
【最後に】
それぞれの人にそれぞれの事情があるので、本当に悪かったところはとことん追求して、褒め称えるところは褒め称えてほしいと思ってしまう。
支援活動を立ち上げるときには、かつて支援を受けていた人(今は自立して支援を必要としなくなった人)にヒアリングして、問題点や課題を洗い出す必要があると思いました。
(どうでもいいけどオロナミンCの便じゃなくて瓶でした)
※この記事を読んでもらえるのはありがたいけど、何かや誰かを批判するために引用するのは控えてもらえると助かります。こういう状況にある人たちがいるんだなあという風に知ってもらえるだけで嬉しいです。
全体の流れについてあまり把握できてないのと、Colaboに対する擁護ではありません。ただの感想です。
心の優しい人が傷付いてしまう表現もあると思うのでご注意ください。
【私について】
母の彼氏に膣にオロナミンCの瓶を挿れられてその上からフライパンで割られそうになるなどやばいことが増えてきたので家出する→ネカフェ生活→保護してもらう(Colaboではない)→支援を受け自立→今20代
本当に申し訳ないけど、当時は支援者の方々に感謝の気持ちなど1mmもなかった。「本当に助けなきゃいけない人は助けたくなるような人ではない」と言われてるけど、そう言う感じだったと思う(辛いことだけど、助けたくなるような弱々しい子は助けられる前に亡くなっているとか再起不能になってるとかもあると思う)
・助けてくれてありがとうとかではなく「金持ちの家に生まれて愛されて何不自由なく生きてこれた人もいるのになんで自分だけ」としか思ってなかった
・「見下してんじゃねえよ」と思い常にイライラしていた
もちろん今思えば見下されると感じるような態度を取られていたわけではない。こちら側の受け止め方の問題
・何をしてもらってもとにかくムカついてた
今思えば十分すぎる環境だったけど常に不満しかなかった。あれ以上ご飯が豪華だろうとめちゃくちゃいい部屋だろうといつまでも文句を言ってたと思う。その感情の底には過去親に大切にされなかった悲しみや怒りがあったんだろうなと思う。
・なんか、本当は甘えたいとか泣きたいとかありがとうと言いたいと思うタイミングもあったんだけど
そうすると自分が今までの自分を否定することになるような気がしてできなかったんだと今思う。
説明しづらいけど、恵まれて育った子の与えられた愛情+余裕が100だとすると私は3くらいしか持ってなかったから
大人に服従(と当時は思っていた)するとそれが0.1とかになりそうでできなかった
【今思うこと】
色々話に行きたいけど、超問題児だったので職員さんに嫌われているのではないだろうか、いやそんなことはあの人たちは思わないだろうとかもごもごしている
超問題児だったからこそ会いに行けよと思う人もいるだろうけどまだその領域に達せていない…もっと立派な大人になったら行きたい
今、当時優しくしてもらったことをふと思い出して泣いてしまうことがある。
駅前のバラエティショップにNICIっていうぬいぐるみのキーホルダーが大量に置いてあって、犬のやつを買って通勤用のサブバッグにつけたんだけど
なんかその優しい顔を見ていると泣いちゃう。
【Colaboに支援されたという人があまり出てこない理由を考える】
基本的に、私のように過去に支援を受けた人が「私はここに本当にお世話になりました!ありがとうございました!」と言うことは普通にあまりないと思う
・過去を見たくない
いくらその後大切にしてくれる大人に出会えたとしても、「虐待を受けていた」「生まれに恵まれなかった」ということを自らアピールすることはできない
思い出したくない記憶なのもあるし、実家が太い・太くないみたいな言葉が普通に使われる世の中では特に言えない
支援してもらったことも思い出したくない(振り返ればあたたかい記憶ではあるけどそこにはつらい背景が付いてくる)
支援者の方々に自分が言った酷いこととかも勝手すぎるけど思い出したくない
前述の通り…
・ガチでひどい扱いを受けていた
こうならば声をあげて訴えた方がいいと思うし尊重されるべき 無理はしないでほしいけど
確定はしてないけど、「少女たちを金の種にしていた」「ひどい扱いをしていた」みたいな疑惑が出てるみたいということに関して
・本当にザル会計で適当にしていて自分たちのためにお金を多く得ていたならそれは絶対に批判されるべきことだと思う、真面目にやっている団体(少女保護に限らず)にも迷惑
・なんだけど、それが原因で「少女の保護も金のため」となるとうーんとなる
これは支援に関わった人にしか分からないかもしれないけど、正直いくらもらってもやりたくない人はやりたくない仕事だと思う
私は月300万もらってもやれる自信がない(過去の自分のような子に関わることはできない)
・Colaboがゴリッゴリの悪だったとしても、少女が当時はそう思えなくても、「困ったときに保護してもらえる場所があった」「そういう場所を作りたいと思った大人がこの世にいたこと」は、いずれ心の支えになるので、100%悪とするのもなあと思う(もちろんだからといって批判するなとは全く思わない)
【仁藤さんに思ったこと】
・キモいおじさん批判や温泉むすめの件、というか批判対象に対して100%悪だから潰せという感じの態度を取るのはええ…ってなる
というかあまりにもヘイトを撒き散らしていたら保護している少女にさらに危害を加える人が出てくるのではと見るたびにヒヤヒヤする
・ただ、そうならざるを得ない背景もあったんだろうと思う
支援されていた側からも①少女をおびやかすやばすぎる大人②意識的or無意識に世界の全てを恨み支援者に一番牙をむく少女③自分のために支援者と少女を利用しようとする大人の存在は見えていたし
特に③は怖い
・保護されている少女は平気で嘘をつくよ(笑)みたいなツイートが掘られて批判されてたけど、私はあれは仁藤さんが本当に親身に支援をしていた証拠のように思う
実際に、私と同じ施設にいた子が職員さんに片付けないことを注意されただけで匿名で嘘の通報をしたり他の団体に虐待をされていると相談したりというのは普通にあった
というか、「嘘をついている」という自覚はない 多分自分の中では本当のことになっているから 自分の嘘しか自分を守ってくれない、という子どもは私の周りにはたくさんいた
そもそも嘘をついて生き延びるor黙って死ぬ で前者を選んできたから生きているだけという
【最後に】
それぞれの人にそれぞれの事情があるので、本当に悪かったところはとことん追求して、褒め称えるところは褒め称えてほしいと思ってしまう。
【追記】
ほんと長くなってしまって申し訳ないんだけど、書きたくなったので。
・恩を仇で返す、ということについて
保護される子供は恩を仇で返す、というのは間違ってないと思うというかかなり多いケースだと思うんだけど
そもそも私含めて多くの子供が「それは恩を仇で返す行為だ」と分かってないと思うんだよね
なんでかというと、びっくりして心を痛める人もいるかもだけど
ありがとうと言うようなことが保護されるまでなかったというか、大人に何かしてもらったり助けられたりしたことがそもそもないんだよね
もちろん10歳超えて生きてきたということは超最低限の水と食べ物を与えられてるということなんだけど
それ以上のことはない、というか暴力に耐えたり惨めな思いをしたり死んだ方が幸せみたいなことばっかりで
だから最初のうちは何かを与えられてもそれが優しさだと認識することがそもそもできないから感謝することもできなかった
自立して精神的な余裕ができてから色んな瞬間で「ああ、あれって優しくしてもらってたんだな」と気付く→そんな優しい人たちから差し伸べられた手を叩いてきた自分に気付く→ダブルでつらい みたいな…
「恩を仇で返してやるぜ!こいつら困らせてやるぜ!ヒャッハー!」みたいな人はいないと思う
例えが変だと思うけど、マッサージしてもらったことがある人は身体が痛い時にマッサージしてもらえたら、あ〜ありがとうございます〜って気持ちよくお金渡せるけど
してもらったことない人は「!?何してんだ触るな殺すぞ」って抵抗して暴れてお金払わず逃げてさらに自分の身体がぼろぼろに…
いやほんと例え下手で申し訳ない
あと私が飲食店でバイトしてた時、私の事情を知ってたキッチンの方がシフト被るたびに「明日の朝食べなさい」とご飯とおかずを持たせてくれてたのだけど
お礼を言ったことが一度もない
普通の人は意味がわからないし非常識すぎると怒って当然だろうけど、おそらく当時の私の頭では「なんか押し付けられたけどあるから食っとくか」みたいな感じだった
優しさを受けた経験がないから優しさの意味、人に優しくするための労力の尊さが分からない
そういうのを思い出して、「わざわざ心を割いて優しくしてくれたのに不快な思いにさせてしまった」「どうしてありがとうございますと笑顔で言える人生を歩んで来れなかったんだろう」と、色々な感情が絡み合って申し訳なくて情けなくて泣く、みたいな
・今の生活について
楽しそうに自分らしく生きてる人を見てるだけで自分も元気をもらえるから
私もそうありたいなーととりあえず思ってる
今年は社労士試験に受かるのと、料理のレパートリーを増やすのが目標です
【追記2】
悪気は無いと思うんだけど、「保護されていた子が◯◯なわけない」みたいなことはできるだけ口に出したり書いたりしないでほしいな〜と思ってしまう…せっかく読んでくれたのに要求までして申し訳ない
私の周りの似たような境遇の子たちは何かやらかした時「やっぱりな」と言われないようできる限り真面目に生活してるよ
そういうレッテル貼りが嫌になったor避けたいから最初から夜職の方が楽だと言う人もたくさんいるのが現実だけど…
児童養護施設の施設長がその施設出身の人に殺された事件が報道された翌日、職場に行くのが怖かったなあ
というかここまで書いてて、自分は本当に施設に感謝して裏切りたくないと思ってるんだなと感じた
私が過去の自分のことを悪く書きすぎた?からかもしれないけど、客観的に見てこうだったなと思えるほど精神的に回復したと自分では解釈してます
もう一度書くけどColaboを擁護するための文章ではありません…
Colaboが本当に不正をしていたなら裁かれるべきなのは当たり前だし、嘘に嘘を重ねるようなことはしてほしくないし保護対象のためにもちゃんとしたほうが…と思うけど
仁藤さんの全てのモチベーションが金儲けだ!少女は金の種だとしか思っていない!と言うのを見ると
完全にそうならコストパフォーマンスも感情(?)パフォーマンスも悪すぎますよ、なぜなら私みたいな子がいるから…ということを書きたかっただけです
救われる子がいるなら他が雑でもいいじゃんなんて1mmも思ってない
ただ、悪いことは裁かれるべきだけど、そうでないことまで叩かれてるとうーん?となる
【追記3】
Colaboについて告発した方にこの記事をリプしてる人いるけどほんとに何やめて\(^o^)/
保護されてる対象だった人は全員嘘つきだ、恩を仇で返すと書いてると思われてる感じ…?
それなら私の文章が悪かった、全くそんな意図は無いと否定させてください
なんて書けばいいんだろう…雑な言葉になるけど、支援事業を「弱々しい子をなでなでする」みたいな感じに思ってる人の方が多そうだからそうでもないよ〜だから100%金儲けっていうのは無理あるよ〜支援側の人は本当に大変だよ、あと保護されるべき子供はこんな感じ子もいるけど、好きで暴れてるわけではなく内心泣きながら、自分でも気付かずに助けてほしいって叫んでるというのもあるよっていうだけで…
うーん…
誰かを救っているならお金のことは杜撰でいいなんて一言も書いてないのになんでそう解釈する人がたくさんいるんだろう…\(^o^)/
というかむしろとことん追及してもらってNPO全体がクリーンになって、応援したい気持ちがある人が安心して寄付や活動ができるようになれば救われる子も増えるんじゃないかなと思ってる
家に自分の居場所がなさすぎて、完全個室型のネカフェに行くことが多い。
静かで清潔。誰も自分に声をかけてこない。ここが居場所だ、という気持ちになれて救われる。
完全個室型のネカフェのいいところは、おっさんのいびきが聞こえてこないところだ。完全個室型じゃないネカフェも使ってたんだが、家にいても聞こえてくるような轟音を逃げた先で聞くのはあまりにもしんどすぎる。
本当はホテルに泊まったりもしたいんだけど、外泊するとまた家族が何を言ってくるかわからないので、そういう意味でもネカフェが手頃。
まだギリギリ生きてられる理由になってる。完全個室型のネカフェをやってる会社さん、本当にありがとう。逃げ場として、最高です。