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2019-04-13

youtube事件 VAZいじめ給与未払い問題についてのまとめ

VAZという会社所属するわかにゃん(登録者数16.5万人)という女性youtuberが二つの件を告白

・同社所属の他クリエイター複数人グループいじめられてる。陰口を叩かれたりハブかれたりしてる

・VAZがわかにゃんに対して給与未払い

解決するために別の配信者「ヒカル登録者300万人)」「よりひと(登録者数63万人)」「kimono(登録者11万人)」の三人が話し合いの場を設ける

いじめに関しては当人同士を話し合わせて解決した。

その結果はこうである

事実ではあるが、いじめというよりは個人間のトラブル

いじめた側の女性youtuber「かす(登録者数48万人)」がある男性に対して恋愛感情を抱いており、わかにゃんはそのことを知っていたにも関わらずその男性とSEXゲーム王様ゲームの内容を過激にしたもの)をして遊んだ

・その事でわかにゃんはかすに避けられるようになるが、インスタグラムにてわかにゃんはかすの態度に対して愚痴を言っていた。更に他の人の愚痴もついでに言っていた

・この事でわかにゃんが複数から嫌われていただけであった

この話し合いの結果、いじめた側はわかにゃんに謝罪、わかにゃんはVAZの退社を決意して和解

いじめ事件説明和解する旨を説明する動画を全員で撮影し、わかにゃんのチャンネルにアップ。

いじめメンバー「傷つけた事は事実申し訳ない」

かにゃん「リスナー共こいつらの事責めんでやっといてなw」

当人達で「勝手動画を削除したりしないこと」という取り決めをしていじめ問題解決

VAZと給与未払いに関しては未だ係争中。

VAZ側は

・わかにゃんの個人チャンネル動画広告報酬は全てgoogleから直接わかにゃんに支払われてる。

・他複数人グループチャンネルを作りたいとの事で、それを作って経費等を引いた分を折半ということになった

・そしたらわかにゃんはそのチャンネルの全ての動画を非公開にして、他会社所属男性youtuber彼氏)とのカップルチャンネル勝手に変えてしまった

動画編集権などをわかにゃんが一方的に主張し、VAZとの合意なしに押し通してしまった。

カップルチャンネル報酬もわかにゃんに直接振り込まれるように変更してほしいという要請があったか12月5日の時点で変更済み。しかしそれが適用されるのは1月からになる。

カップルチャンネル報酬については未払いはなかったが遅延はあった

しかしそれは「保証人とか面倒だろうからVAZ名義で家を借りてやるよ!そのかわり金は払ってな!」というシステムをわかにゃんが8月から利用する事になったのに契約締結後に一方的に支払いを拒否してしまったため、その家賃報酬から一部相殺したためである

・初期費用1月分までの家賃など諸々合わせてまだ125万くらい残ってる

等と書かれたプレスリリースを発表した。

かにゃんはこれに対して反論するも、その反論の中に異様な物が含まれていた。

いじめについての事が書かれてない!私は被害者なのに!会社が握りつぶそうとしてるんだ!」

そもそもいじめについては個人間で解決し、VAZという会社は全く関係がなかったのに急にここでいじめ問題を掘り返したのだ。

そして「勝手に消したりしない事」と約束したいじめ和解動画を無断で削除してなかったことにしてしまう。

これに対し、事態収束を手伝ったよりひと達は「なんだこいつ…」と冷ややかな目で見ていた。

冷ややかな周囲に反してわかにゃんは更にヒートアップしていく

そもそもあのいじめ問題和解動画台本があったに違いない!」

ヒカルが後輩潰しをしたかったんだ!」

「VAZとよりひとが共謀して事態の沈静化を計ってる!」

と、デイリー新潮ネタを売り込んだ

ヒカルに関しては

・「もし金に困ってるならとりあえず立て替えて俺が払ったってもええで?(その代わりツイッターでその事話して俺の評価上げてや)」と手を差し伸べた

・元々VAZのクリエイターだと思われていたが11月の時点でVAZを退社していたので後輩つぶしをする意味がない

ーよりひとに関しては

そもそもVAZと仲が悪い。VAZの運営体質の悪い所は徹底的に叩く人間なのに共謀など持ちかけてはそれもネタにされてしまう。

VAZの未払い問題の真偽は不明だがこのように全く理にかなっていない噂を流して問題をかき乱してしまうわかにゃん

現在動画につくアンチコメントの削除に執心

そして業を煮やしたVAZ、ついに4/12

かにゃんへ訴訟宣言

これからが楽しみです

2019-04-09

新卒で入った富士通を9ヶ月で退職しました。

前提。何を語るのか。

2018年4月入社した富士通を同年12月退職したので、順を追って経緯を説明する。

昨今さまざまな問題が浮上している企業ではあるが、大変お世話になったことに違いはないため、最大限の敬意を払いながら語りたい。

3月入社に至ったきっか

キーワードは3つだ。①新卒採用パンフレット、②メジャー感、③人の良さ。

まず、富士通新卒採用パンフレットの出来がよかった。大企業ながらも新しいことに取り組んでいく姿勢ヒューマンセントリックという標語SIer実態とはかけ離れた煌びやかさ。(当然ではあるが)新卒者が入りたいと思うような仕上がりになっていた。いま振り返ると、自分視野があまりに狭かったと反省するばかりだが、当時は純粋パンフレットを読んでワクワクしていた。

また、会社メジャー感も入社の大きな決め手となった。富士通には、大手企業ならではの採用における露出の多さや安心感があった。「最初はやっぱり大企業だよな...」社会の右も左も分からぬ中、大手企業以外の選択肢自分にはなかった。

最後に、人の良さも入社する理由となった。老婆心忠告しておくが、企業を「人の良さ」で判断するのは悪手だ。採用担当は「人が良い」に決まっているし、何より社内の人間は流動的で、いつ誰が辞めていくかもわからない。

とにかく、このような理由入社することとなったが、数ヶ月後にミスマッチだと気がつくことになる。

4月8月新人研修

富士通では、約4ヶ月にも渡り研修が行われる。自分にとっては、良くも悪くも学びの多い期間だった。

最初の数週間は、富士通という組織について学ぶ。会社歴史文化を知るだけでなく、タグラインである「shaping tomorrow with you」を、単語レベルで分解し意味咀嚼していったりもした。この研修で、自分富士通が大好きになった。というよりも、自分所属する組織に誇りを持っていたかった。事実から目を背けようとしていたところもあったかもしれない。いずれにせよ、自分は至る所で「shaping tomorrow with you」と意味もなく吹聴して回った。普通に死にたい

5月に入ると、プログラミング研修が始まった。使用する言語Javaだった。初めてのプログラミング不安もあったが、本当に楽しく学ぶことができた。「変数とは、配列とは」という基礎レベルから手取り足取り教えてくれる企業富士通くらいのものだろう。文系出身自分プログラミング第一歩を踏み出せたのは、他の何でもなくこの研修のおかげであり、いまでも本当にありがたく思っている。

そして7月プログラミング研修が終わった頃、富士通に対する不安、というよりも漠然とした恐怖感を覚えた決定的な瞬間が訪れる。新入社員全員で、社内のとある講演を聞いていたときのことだ。前後文脈は省くが、講演者の方がこのような発言をした。

「私がam I shaping tomorrow with you?と訊くので、皆さんは全員でYes! I am shaping tomorrow with you! と答えてください。am I shaping tomorrow with you?」

その後、新入社員一同が起立し、

Yes! I am shaping tomorrow with you!」

という声が響き渡った。

場内は盛り上がっていたようだが、自分は「Yes! I am shaping tomorrow with you!」と言えず挙動不審にあたりを見回していた。「shaping tomorrow with you」というタグラインはいまでも大好きだが、あまり画一的で、どこか宗教的な様子に一歩引いてしまったのだ。この瞬間から、「この会社自分に合わないのかもしれない」という確信めいた気持ちが生まれていた。

8月12月。待ちに待った配属、そして実務。

8月中旬。当然のように配属は希望通りにならず、長年運用が続くレガシーシステムに携わることとなった。使われている言語は、当然のようにCOBOLJavaアプレット新卒パンフレットとは全然違うじゃないか!とは思わなかった。その頃にはある程度SIer現実を知っていたからだ。だから、何とか楽しくやっていこうと思った。興味のない分野かつ、レガシー環境だったが、自分の周りだけでもハッピーにしていくつもりだった。それに研修でも「置かれた場所で咲きなさい」と教わった。(ある種の教え込みだったのかもしれない)

しかし、その意気込みは数週間しか保たなかった。

業務に関して詳細を語ることは控えるが、自分のメインの仕事は「コピペ」だったのだ。EXCEL方眼紙で作られた手順書の通り、文字通り、ctrl+Cとctrl+Vを交互に押していくだけの簡単お仕事。一日中コピペを繰り返していると、指が変になりそうだった。また、ディスプレイは貸し与えられないため、いくつものウィンドウを小さなラップトップで開き、何とかやりくりして捌いていた。

それが何週間にも渡って続き、9月中旬には退職を決意していた。

しかし、そんなすぐには会社を辞められるはずもなく、当面は転職のための勉強を続けながら働くことになった。

念のため言っておくと、富士通での仕事は決して悪いことばかりではなかった。メインの業務は相変わらずコピペだったが、トレーナー不憫に思ったのか、マネジメントや社内ツール作成にも携わる裁量を与えてくれた。残業ほとんどなく、毎日定時で帰ることができた。それでも自分がたったの9ヶ月で退職をしたのは、「今のままではマズイ」という本能的な危機感だった。コピペEXCEL方眼紙業務では何のスキルも身につかないし、たとえ開発に携われたとしても言語COBOLだ。自分未来果たしてどうなるのか?ひたすらに頭を捻った。自分人生について、初めて本気で真っ正面から考えた。

...可能な限り早い段階での退職。それがベストな答えだと悟った。

12月末〜。その後。

退職するに当たって、一切の問題は発生しなかった。退職の旨を伝えた際、引き止められることはあっても理不尽なことはなかった。手続きも大変スムーズであり、非常に感謝している。

自分はこれからWebエンジニアになることが決まっている。結果として、富士通での9ヶ月は「自分が本当にやりたいこと、実現したいことは何か」に気づくための期間となった。周りよりも一手遅れてしまったが、とにかく、富士通での業務自分にとって必要ステップだったのだと思う。昨今、富士通に対するネガティブ記事が数多く出回っているが、富士通をはじめとするSIerは決して悪ではない。そこにはただ「合う合わない」があるだけだ。誰もが自分に合う職場で、ハッピーに働いていければそれでいいと思う。苦い経験ではあったが、富士通での経験無くして今の自分はいないということを忘れず、これからハッピーに働いていきたい。

2019-04-03

セガサターンプレイステーションに勝つ世界線

先日、この記事を読んで、なつかしいPSSSN64による次世代ハード戦争を思い出した。

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1903/31/news006.html

ソフト売り上げ結果を見れば圧倒的にPS勝利であり、どうあがいても勝てそうにない

https://entamedata.web.fc2.com/hobby/game_rank_ss.html

https://nendai-ryuukou.com/article/056.html

このデータの正確さはわからないが、概ねの傾向は掴めるだろう。

トリプルミリオン3本、ダブルミリオン3本、ミリオン12本のPSミリオン1本のSS。これは勝てそうにない。

当初はSSの方が売れており、ハード100万台の達成はSSが早かった。これはアーケードゲームが強いセガファンが購入したのに対し、

そもそもどこを目指しているのかよくわからなかったPSという位置づけだった。

潮目はもちろん誰もが知るところのFF7の発表だ。あとは多くのサードPS陣営に流れていった。

そこで、スクウェアSCE陣営に付くことを前提として、当時どうやればセガがそこそこ戦えたか

後世の知識を持ってたままループしたとして、シミュレートしたい。

1997年1月FF7が発売、その前年である96年8月トバルNo.1が発売されることを考えると、時間はあまりない。

1994年

まず、ローンチタイトルが弱すぎる(これはPSも同様)

バーチャファイターデイトナUSA(5か月早める)の2本をローンチに発売する。

これでアーケードファンの心をがっちりつかむ。デイトナUSAはそのバカから

パーティゲーにも向いているので、気合で4人対戦機能を付ければ、キッズの遊び道具になったはずだ。

(私の記憶では、4人同時対戦できるレースゲームマリオカート64最初だったはず)

逆にワンチャイコネクション、ゲイルレーサー、 真説・夢見館は開発をやめよう

1995年

この年のセガ発売の重要作品デイトナUSAを除くと

3月10日 パンツァードラグーン

7月14日 バーチャファイターリミックス

8月11日 シャイニング・ウィズダム

8月25日 魔法騎士レイアース

11月24日 バーチャコップ

12月1日 バーチャファイター2

12月29日 セガラリーチャンピオンシップ

サードだと

12月25日 真・女神転生デビルサマナー

くらいだろうか。どうみてもオタク臭い。いや、個人的には悪くないラインナップだが、ドラクエFFしかやらない一般層がこのハードを買いそうにない。

まず、前年のバーチャファイター11月リミックス7月、2を12月に発売するのは頭が悪すぎる。

ここは気合バーチャファイターリミックスは合体させて、ローンチで発売すべきだっただろう。

オリジナルバージョンリミックスバージョンが選べます。これはかなり画期的ローンチだ。

そして、バーチャファイター2は夏に発売すべきだ。バーチャコップ、VF2、セガラリーを立て続けに発売する意味が分からない。

そして、申し訳ないが、シャイニングウィズダムやホーリィアークの開発をやめよう。

冬に発売すべきはシャイニングフォース3だ。発売を2年早めよう。

あと、シナリオ1、シナリオ2、シナリオ3という売り方は最悪だった。

3部作であることは隠して、シャイニングフォース3王都の巨神~というタイトルで売る。

「続くじゃねーか!」という批判が出るかもしれないが、当時はネットはない。大丈夫だ。

1996年

この年のセガ発売の重要作品

1月26日 ガーディアンヒーローズ

3月1日 新世紀エヴァンゲリオン

3月22日 パンツァードラグーン ツヴァイ

3月29日 ドラゴンフォース

7月5日 NiGHTSナイツ

7月12デカスリート

7月26日 バーチャファイターキッズ

8月30日 ファイティングバイパーズ

9月27日 サクラ大戦

11月22日 クリスマスナイツ 冬季限定

11月22日 バーチャコップ2

11月29日 電脳戦機バーチャロン

12月21日 ファイターズメガミックス

あたりだろうか。翌年の1月にはFF7が出ることを考えると、辛すぎるラインナップである

アーケード移植作はどうしようもないので、これでいくしかないが、

相変わらず、バーチャファイターキッズファイティングバイパーズをこの近さで発売するという暴挙をしている。

キッズは春ごろに発売すべきだ。または、昨年末年末戦線に、キッズ同梱のSSを発売するなどをやるべきだろう。

とはいえ、本物のキッズはわざわざ「キッズ」と書かれたものは嫌いなわけだが。

ここで、何回シミュレーションしても、あの名作NiGHTSは発売すべきではないという結論を得た。

もう一つの大好きなバーニングレンジャーである

では、ソニックチームは何をすべきだったのか。

よくifの話で、ソニックSSで早い段階から発売すべきだったという話がある。

もちろんそれは正しいが、日本市場でのソニックの人気はいまいちのため、日本市場ではソニックでは勝てなかっただろう。

ここでやるべきはエニックス口説きである。つまりエニックス堀井雄二に頭を下げ、

うちのコンシューマ主力部隊であるソニックチーム中裕司ドラクエ7の開発部隊として使ってくださいと

頼み込むことであった。つまりチュンソフト立場セガがやりますよ、彼にはファンタシースターを作った経歴もあるので、

RPGできますよ、ということだった。これは荒療治にもほどがあるが、

これまでのセガハードソフトを見ても、やはりRPGは弱い。いまでこそJRPG揶揄されるRPGだが、

当時は一番の花形であり、ハードの生き死にを決める。ここで、ドラクエを取らない限り、SSPSに勝つことはないだろう。

まり結論としてはソニックチームチュンソフトハートビートの代わりのドラクエ開発会社に充てること。

これ以外、セガが勝つ方法はなかったのではないかと思う。

もっと言えば、開発が遅れていたSFCドラクエ6も引き取って、1995年末または1996年初旬に

セガサターンで発売していれば、勝てた可能性が高い。

ドラクエ6, 7が出るハードである

それでも勝てない場合は後のポケモンブームを見越して、

先にムシキング流行らせるなどの方法もあるかもしれないが、

多くの人が持つゲームボーイに比べて、ゲームギアでやったところで、たかが知れているのかもしれない。

他の案も募集したい。

2019-03-26

anond:20190326155841

NGTラッピンバス運用2015年8月から9月一杯のたった一ヶ月だったはずなんだが、ほかに走ってるの?

今はnegiccoバス

2019-03-08

[]WWO

World Wakarimi Organization(世界わかりみ機構)

同意したい文章の末尾に付ける。

用例

A「WWO意味がわからない」

B「WWO意味がわからないWWO

京大音ゲーサークルwikiによれば、京音のメンバーと親交がある人からまれ言葉らしい。

誰?

ざっくりツイッター検索したところ、2016年8月には使用例が確認できる。初出はもっと遡るだろうが。

2019-02-27

テイルズオブシリーズの売上まとめ

前置き

2007年まではバンナム発表の出荷本数リスト存在している。

https://game.watch.impress.co.jp/docs/20071211/tales.htm

それ以降は、Wikipediaにも掲載されている国内の売上本数(おそらくDL販売は含まれていない)をベースに、別ソース海外売上を括弧書きで示している。

「出荷本数」と「売上本数」の違いに留意されたし。

追記

プラットフォームでの発売時期を書いてどれがリメイクか分かりやすくしたよ。

2007年までの作品海外出荷本数も添えたよ。

でも別ソースから、単純に「累計から海外出荷本数をマイナスしたら国内出荷本数が出る」というものじゃないから注意してね。

ファンタジア

出荷・世界

1995 SFC:21.2万本

1998 PS:76.9万本

2003 GBA31.4万本

2006 PSP:13.6万本

海外GBA版が12万本)

デスティニー

出荷・世界

1997 PS:113.9万本

2006 PS2:39.5万本

(累計出荷160万本との発表あり)

海外PS版が21万本)

エターニア

出荷・世界

2000 PS:87.3万本

2005 PSP:39.8万本

海外PS版が15万本、PSP版は1万本)

デスティニー2

出荷・世界

2002 PS2:97.7万本

2007 PSP:12.9万本

シンフォニア

出荷・世界

2003 GC:95.3万本

2004 PS2:48.6万本

海外GC版が85万本)

リバース

出荷・世界

2004 PS2:60.5万本

2008 PSP:?

レジェンディア

出荷・世界

2005 PS2:39.7万本

海外で14万本)

アビス

売上・世界

2005 PS2:74.2万本

2011 3DS:85万本

海外PS2版が17万本、3DS版が70万本)

イノセンス

売上・国内

2007 DS24.6万本

2011 PS Vita:7.7万本

ヴェスペリア

売上・国内

2008 Xb36020万本(+海外55万)

2009 PS3:44.6万本

2019 PS4:?

2019 X1:?

2019 Switch:2.9万本

2019 PC:?

ハーツ

売上・国内

2008 DS:26万本

2013 Vita:7.5万本(+海外29万本)

グレイセス

売上・国内

2009 Wii:21.6万本

2010 PS3:36.3万本(+海外53万本)

エクシリア

売上・国内

2011 PS3:66.8万本(+海外50万本)

エクシリア2

売上・国内

2012 PS3:46.7万本(+海外42万本)

ゼスティリア

売上・国内

2015 PS3:38.8万本(+海外16万本)

2015 PC:?(+海外30万本)

2016 PS4:1万本(+海外41万本)

ベルセリア

売上・国内

2016 PS3:10.8万本

2016 PS4:22.6万本(+海外39万本)

2017 PC:?

(累計販売100万突破との発表あり)

まとめ

発売日タイトル合計
1995年12ファンタジア143.1万
1997年12デスティニー160万
2000年11月エターニア127.1万
2002年11月デスティニー2110.6万
2003年8月シンフォニア143.9万
2004年12リバース60.5万+α
2005年8月レジェンディア39.7万
2005年12アビス159.2万
2007年12イノセンス32.3万
2008年8月ヴェスペリア122.5万+α
2008年12ハーツ62.5万
2009年12グレイセス110.9万
2011年9月エクシリア116.8万
201211月エクシリア288.7万
2015年1月ゼスティリア126.8万+α
2016年8月ベルセリア100万

総評

国内では安定して30万〜40万本の売上を確保する一方、

海外でも根強い人気があり、累計ではたびたびミリオンを越えている。

いわゆるAAAタイトルではなく、またコテコテJRPGでありながらも、

コアなファンを掴むことで、安定した成績を収めていると言えるだろう。

また、90年代に百花繚乱の様相を呈していたJRPG2000年代に入って失速し、

頼みのFFDQも大作化してなかなか新作が出なくなる中で、

安定してナンバリングタイトルを出し続けた功績も大きい。

この「安定感」こそがテイルズオブシリーズの最大の武器だと思う。

はたして「一発逆転」など狙う必要があるだろうか?

anond:20190226164452

2019-02-21

あるなしクイズです!

ある          ない

1月            6月

2月

3月

4月

5月

7月

8月

9月

10月

11月

12月


なーんだ???

2019-02-20

コンビニ開店しない

地方都市の駅近くの元地銀の跡地にローソンが出来ることになった

そこは他のコンビニから微妙に遠い位置にあるのでその出来るのは歓迎だった

店舗用の箱ができて駐車場用のスペースが整備されて

そろそろ開店するのかと思っていたのだがそこからちっとも進まない

工事の人も消えて立入禁止の柵で覆われて放置された

なぜ放置されたのかわからなかったがコンビニ開店しなかった

それが去年の8月

それから3ヶ月ぐらいして敷地内に大きな看板ができた

経営者募集中

どうやらコンビニオーナーという生贄になる人材がいないらしい

看板ができて3ヶ月ほど経とうとしているが未だにコンビニ放置されている

駅近くの土地からそんなに放置しておけるほど安くないはずだが

そこまでコンビニ経営をやりたくないものなのか

まあ、俺も絶対やりたくないわけだが

マイプレシャス引き出物カタログギフト

結婚式引き出物を、マイプレシャスカタログギフトにしようと思ってる。

↓参考に価格ドットコムのマイプレシャスのページ。

https://kakaku.com/houseware/ss_0025_0016/0003/%83%7D%83C%83v%83%8C%83V%83%83%83X-MYPRECIOUS/search_itemlist.aspx?ssi_tag2=200003993

男性用品・女性用品・子供用品の中からカタログが選べるから、いらない商品のページばっかりってこともないし、お客さんのことを考えた引き出物選びしてる感じ出るかなと思って。

 

引き出物よりは料理お金かけたいし、下手なものを渡して文句も言われたくないから、やっぱりカタログギフト安定なんだよね。

カタログギフトで届いたものが残念だったとしても、お客さんが自分で選んだものなら選択が間違っただけだしね。

お皿とかを贈って、趣味じゃなかったって言われるよりずっといい。

 

というか、一生懸命選んだお皿を趣味が悪いとか言われたら立ち直れる気がしない。

キッチン用品は料理しない人には邪魔だし、タオルかにするくらいならそれこそカタログギフトでよくない?っていう。

引き菓子別に付けるしね。

お菓子好きな人引き菓子追加とかできるし、なんだかんだ言ってカタログギフト安定だと思う。

マイプレシャスのやつはカタログかわいいし、アルバムとかはがきホルダーにもできる。

カタログって捨てるのがめんどくさい所あるし、アルバムにできるのはいい。子供がいるゲスト多いしね。

 

 

それで、マイプレシャスの評判とか探そうと思ったら、中国産商品が多いっていう口コミがあった。

そんな気にする事かな?と思ってよく見たら、2007年口コミ

2007年といえば、ちょうど中国産食品やら塗料やらで問題になった時期。

 

かにダンボール肉まん全盛期の頃は中国産不安あったなぁ、と懐かしくなってしまった。

ついでに2007年にどんなのがあったか調べてみたら、2007年中国製品のニュースめっちゃ多い。

 

2007年5月北海道内において、中国製土鍋加熱調理中に、蓋と鍋との間から銀色の液体が流れ出た

・同月、中国ペットフードの原料として輸出した小麦粉プラスチック原材料であるメラミンとシアヌル酸の化学反応による物質が含まれており、腎不全犬猫4000匹が死亡。

2007年6月アメリカ国家道路交通安全局(NHTSA)は、輸入販売していた文登三峰輪胎有限公司製のタイヤについて、耐久性上の問題があるとして使用禁止

・同月、中国製医薬品原料を含んだ米国製血液凝固阻止剤「ヘパリンナトリウム」を使用した患者21人が死亡、300人以上がアレルギー症状。

2007年8月中国製の子供服に発ガン性のあるホルムアルデヒドWHOが定める人体の安全レベルを大きく超える900倍で検出されたとして、ニュージーランド消費者問題省が調査に入った。

2007年8月米国危険レベルの鉛を含む中国製きかんしゃトーマススポンジ・ボブおもちゃ自主回収。

2007年8月米国玩具販売店は、連邦法の基準を超える鉛が塗料から検出されたことを受けて、アヒル玩具およそ6000個をリコール

2007年9月日産自動車は、無料配布した中国製タンブラー容器から国が定める食品衛生法の基準値を超える鉛が検出されたとして、14万2523個の回収。

2007年9月カリフォルニア州当局低所得者向けの健康増進運動で配布した中国製弁当袋30万袋から高水準の鉛が検出

2007年9月中国製ベット使用した乳児少なくとも2人が死亡した他、60件以上の事故が発生したとして米消費者製品安全委員会がリコール指示

2007年10月90年代から中国産風邪薬を飲んだ住民が穿孔のために死亡する事故が、北朝鮮国内で多発

2007年11月8日中国製ビーズおもちゃの表面から化学物質「「1・4-ブタンジオール」を検出し回収。

 

 

この時期は本当に中国産ヤバかったんだねぇ。

そりゃあ引き出物中国産贈っていいのかな?と不安にもなるわ。

 

最近中国産商品問題ってあんまり聞かなくなってるけど、実はあれ、中国産中国産じゃないからなんだよね。

どういうことかというと、中国企業が、中国以外の国から材料を購入して、組み立てだけ自社で行ってる訳。

 

逆に言うと、日本製って書いていても、完全に日本製かどうかは分からない。

中国産部品を使ったもの日本で組み立てたら日本製扱いになる。

特に最近日本は時給が安くなってて、中国は時給が高くなってるから、そんなに国産コストも高くないんだよね。

なんとなく国産って書いておけば安心する人が多いから、そういう意味では国産品質も疑った方がいい。

 

 

で、そういう10年前の価値観口コミがずっと残ってるのも困るなぁと思った。

今回見つけた口コミ2007年の話だって気が付いたからいいけど、気付かなかったら、引き出物中国製ってことを気にする人がたくさんいるのかと思って、引き出物選びがめちゃめちゃ難航してたと思う。

 

多分、普通花嫁さんはこういうの気付けないと思う。

引き出物一つとってもこれだから、本当に結婚式の準備って大変で、気を使うし、くたくたになっちゃうよ。

でも一生に一度のことだし、両親も楽しみにしてるからちゃんと式挙げたい。

2019-02-07

anond:20190207185340

グルパール一種であるグルパール19S」は、化粧品原料としての使用許可されていたものであり、石鹸ヘアーリートメントムーススキンクリーム使用されていた。しかし、グルパール19Sを配合した「茶のしずく石鹸」が小麦アレルギーを誘発した例が報告され、2010年10月厚生労働省から注意が喚起されると共に、同製品が回収される事となった。なお、片山化学工業研究所は、2010年8月グルパール19Sの製造販売を終了している。

グルパール19Sがアレルギー引き起こし理由としては、他の加水分解コムギ製品よりも平均分子量が大きく、免疫応答を誘発しやすかった可能性が示唆されている。

なるほど。。平均分子量が大きいのが原因なんや

2019-02-05

つの間にか金遣いの荒い人間になっていた

30半ば、独身の男ですが、頑張っても頑張っても家計簿赤字になるんだよなぁ。

いや、正確に言えば貯金分を除いた後の部分で赤字なので、全体では黒字だけど。

家賃水道光熱費税金社会保険料は除いて、

10万以内でその他(食料、日用品、服、娯楽、携帯など)を賄おうと思ってるんだけど、なぜか収まらない。

なんで???

1月は惜しかったけど、友達結婚のご祝儀と、礼服を買わざるを得なかったので大赤字になった。

12月PS4ソフト買って赤字になった。ちなみに駆け込みのふるさと納税もして大赤字になった。

11月はめったに買わない仕事用のスーツ3万円を買ったので赤字になった。

10月は風俗に行ったし、漫画をいっぱい買ったし、プロテインも大量買いしたし、キャンプ用のいすを買ったら赤字になった。

9月スポーツジムの会費をまとめて2月分払ったので少し赤字になった。

8月はよくわかんないけど、たぶん漫画いっぱい買ったから少し赤字になった。

みなさんの家計簿はどうですか?

anond:20190205065906

(2)

当時の惑星開発委員会オタク界隈ではけっこう話題になっており、それを象徴するのが岡田斗司夫の来訪です。

4月12日(金)

 逃避でネットを覗いていたら「惑星開発委員会」というサイトを見つけた。

http://members.tripod.co.jp/toumyoujisourin/rvtop.htm

 惑星開発大辞典コーナーに僕の名前もあったので掲示板挨拶したら、さっそく管理者の方からメールをいただく。

 返事で「なぜ岡田斗司夫作家自称しているのか、については次の日記で答えましょう」と約束してしまうけど、なんでオレは仕事でもないところで働こうとするのか。とほほ。

その後、岡田さんはこのサイトを気に入り、定期的に掲示板書き込みをしたり、知り合いに紹介したりしていたみたいです。

8月13日(火)

 「ロスノフスキ家の娘」、あっという間に読了

 しょっちゅう覗いてるサイト惑星開発委員会」にこんなテキストがあった。僕も今、格闘技オタクたちが嫌いで嫌いでしかたないので、思わずここに紹介してしまう。

(中略)

 あああ、俺の言いたいことを俺より上手く書いている~!もう俺、物書き引退しようかなぁ。

相当宇野さんのことを買っています。当時の日記にはこんな記述もあり「これは善良な市民のことでは?」と言われてました。

 知り合いから「就職活動に失敗した」というメールを受け取る。彼に「就職なんかせずにライターになれ」と忠告したばっかりなので、これはなんとか編集者に売り込んであげなければいけない。

 まぁ僕よりは才能もある人だし、なによりまだ20代前半という若さなので、ライターとして喰っていくことぐらいはできるだろう。しかし彼を「こういう人生」に引き込んだ責任というのは、あるのかな?

 僕は「自分への責任は、他者には移譲し得ない」という考えなので、あんまり悩んだりしないけど、これが唐沢俊一さんのように責任感の強い人なら、あとあとまで面倒見たりするんだろうなぁ。

この日記宇野さんのことですね。実際に会って話したようです。

10日(水)

 朝、マクドナルドハンバーガーを食べる。ついに一個まるまるを完食できるようになった。まだ喉の痛みは残っているけど、まぁ一安心

 おもしろ会の武さんと5年ぶりぐらいに会う。なにかと思えば「物書きになりたい」という相談彼女同人誌を預からせてもらって、編集さんを紹介する約束をする。

 続いて京都から宇野くん。彼とは初対面だけど、昔に彼が浅羽通明氏に説教された話を教えてもらう。浅羽氏の書き下ろし本『教養とはなにか』を院生たち取り巻きと話してるときの浅羽さん「これで革命を起こす」と叫んでいたらしい。当時10代だった宇野君がこれに疑問を呈したら喫茶店で閉店まで説教されたらしい。やはり浅羽さんは熱くて面白い人だ。

そして、岡田さんは惑星開発委員会オフ会にまで顔を出すまでに。その時のことを日記でこう書いています

27日(火)

 木曜のオフ会に向けてリビングをかたづけ、そのあと覚悟を決めてついに北歯科へ。

もうずっと前に神経を抜いた歯なので、おそらく歯茎が炎症を起こしているのだろう、

ということで今回は様子見。

 ブックスルーエで宮脇檀の『男の生活の愉しみ』(PHP文庫)を買う

 20年近く前、仕事で一山当てたら宮脇氏に自宅を設計してもらおう、と思っていた。

不幸なことに宮脇氏は98年に他界し、僕はいまだに一山当てれずにいる。

でまぁ、書店で氏の本を見かけたら自分の果たせなかった夢への供養だと思って

買うことにしている。

 夕方から惑星開発委員会」のオフ会

参加希望美少女大学生といっしょに高田馬場へいく。

感想は…う~ん、まぁあんもんじゃないですか?

あ、でも某出版社社長と某オタク評論家蜜月関係が聞けたのは

面白かった。そうか、版権引き上げ騒動の裏にはそんなことが…。

……その後、岡田さんが惑星開発委員会言及することはなくなりました。「あんなもん」だったので飽きてしまったんでしょうか?

惑星開発委員会更新をやめ、善良な市民キャラを捨てて2003年8月頃にはてなダイアリーで新たに始めたのがヘルシー女子大生id:kurosawa31)と言われています挑発的な言動サブカルへの豊富知識、そして女子大生であることが話題になり「はてな界の斎藤美奈子」と称されたりします。

ヘルシー女子大生はてなキーワードにも登録されており、

はてなダイアリー住民の質を見分ける試金石となった騙り手。

と書かれているのである程度の騒動を起こしたことがわかります

しかし、今となっては日記プライベートモードに設定されており、internet archivesに残っている断片的なものしか読むことができません。

それによるとヘルシー女子大生京都在住ということになっており、宇野さんは立命館大学卒業後、京都就職したのではと推測できます

2ちゃんねる過去ログを追うと初期から善良な市民との類似性が指摘されているのが面白いです。その時は「言っていることが似ている」と言われる程度ですが、しばらくして2004年3月に「オトコノコ」「キャラ売り」「同じ穴のムジナ」「ブンガク」などのワードの相似性、話してることが一緒などの指摘がされヘルシー女子大生善良な市民なのが濃厚となります。この指摘に伴って日記更新頻度は落ち、プライベートモードとなったわけです。

この頃の宇野さんは旧・惑星開発委員会のような「有名サイトになろう」とか今のような「ライターとして成りあがろう」という気概はなく、ネカマして周りを翻弄させて楽しみつつ、趣味としてドラマなどの評論を書いていこう、という印象を私は持ちます

2019-02-01

anond:20190201211020

これ終了自体既定路線なのです。

ロマン大賞は2015年に終了して、ノベル大賞はオレンジ文庫に振り向けられて以来、

長期シリーズも畳んだり、オレンジ文庫に移行したり(赤川次郎とか)してきました。

その後のそれなりに続いたシリーズでも童話シリーズ引きこもりシリーズも終了し、錬金術師電子版になり、

おそらく最後シリーズ立ち上げが今月のガラスの靴で、これは来月二巻が電子オンリーです。

ただこのガラスの靴も含めてジャパネスク復刻以降の新刊4冊は校正も甘くて、雑な感じが強いのです。

おそらく8月分が最後、つまり去年夏あたりに急に終了が決まったのではないか邪推しています


ちなみに去年の作品だと

久賀理世、我鳥彩子は安定の出来、一原みうは電子版だけど良かったですよ。

2019-01-28

鬱病だけど社会復帰できる気がしない

毒親(父)+職場でのいじめ+過労で鬱病発症

勤怠がボロボロになり解雇

実家に住みながら通院などで治療中(今ここ)

無職になってから1ヶ月ほど経つ。

主治医先生から4月から社会復帰目標にといわれている。

スキル若さ資格もない。

やりたいことは、人の助けになる仕事

カウンセラーとか、セラピストとか。

極力、個人プレー仕事をしたい。

でも、貯金もないし失業手当も10万円いくかいかないか

未来への希望が何も無い。

障害者手帳を取って障害者枠…とも思ったけど

主治医先生から「そこまで重い症状じゃない」と言われた。

理想はそろそろ回復してきて、資格勉強とかして、

4月から社会復帰して8月までには家を出て自立したいところだけど。

なかなか上手く行かなくて悲しい。

2019-01-27

FGOを始めるなら今がラストチャンス

もしちょっとでもFGOが気になるというなら、今始めるべきだ。

もしちょっとでも友人にFGO布教したいというなら、今布教するべきだ。

年末、「FGO二部の完結=FGOのものの完結」であることがゲームニュースサイトインタビューで明かされた。おそらく今年中か来年初めまでには完結してしまうだろう。シナリオ更新が終わったら、サービスもそのうち終わるだろう。オフラインで遊べる永久保存版として配信を続行したりするかはわからないが、後述の理由から、このゲームはできるだけ早く始めるべきなのだ

これは直接的な布教のための記事じゃない。シナリオの魅力とか、キャラの魅力の話は、もっと話が上手な人に聞いてくれ。とにかく、すこしでも気になっているなら、今のうちに始めてほしいというだけの話である

FGOの魅力の一つが、「ライブ感」だ。FGOを楽しむには、複数プレイヤー間で同じ体験を共有するのが重要なのである

せっかくだし、もう始めている人と一緒に二部完結の瞬間をリアタイで盛り上がるなら、今から本編を進めないとまずい。

本編を進めるには自軍を強化する必要がある。

強化に必要な素材はとにかく入手しにくいので、強化には素材が簡単に手に入り、強力な☆4鯖が配布で手に入ったりするイベントを進めるのが定石。

しか最近ハードルの高いイベントばかりなので、本編を進めておかないと戦力拡充もままならない。

戦力が強化できないと、本編も進まない。

しかし、今やってるプリヤイベは、参加ハードルが低く、イベントシステムシンプル。2年以上前に開催されたイベントの復刻版なので、攻略情報も充実している。

このタイミングが、新規が始めて最新シナリオに追いつくラストチャンスかもしれないと思う。

「二部完結に間に合わせる」のを目標にすることを見据えて今後のイベントの予定をざっくり考えてみると、ざっとこんな感じである

2月:バレンタイン2019(例年冬木クリアが参加条件だが、配布鯖は無し。推し鯖がいるとモチベーションが上がるので、バレンタインより前に始めて本編シナリオをある程度読み進め、推し鯖を見つけておきたい)

5月上旬(GW):新規コラボイベント?(Apoイベはオルレアンクリアが条件だったが、またハードルが高くなるともわからない。例年配布鯖ももらえるので、ここまでにはある程度進めておきたい)

5月中旬:ぐだぐだ帝都(終局クリアが条件)

6月上旬:ぐだぐだ新イベ?(ハードル上がる可能性が高い)

7月:サバフェス(配布は水着ジャンヌオルタハードルも低い。しかシステムがかなりややこしいし、ここで始めたところで二部完結に間に合うかどうか)

8月:新規夏イベ(配布鯖はいるはず。例年水着イベはガチャ的にもかき入れ時なので、イベントハードルも低い。しかしここで始めたところで二部完結に間に合うのか…?)

9月上旬:CCCイベ復刻?(終局クリア。アヴェンジャーに対抗できる手段であるムーンキャンサー・BBちゃんはここでぜひ加入させたい。「二部完結に間に合わせる」という目標を考えるとここで始めるのは手遅れ。)

9月下旬:BOXガチャイベント(例年参加ハードルは低いが、この時点である程度戦力が欲しい。配布鯖も無いしここで始めるというのは微妙な気がする。また急にハードルぶちあげてくるともわからないし、そもそも最初に掲げた「二部完結に間に合わせる」という目標を考えるとここで始めても手遅れ)

10月上旬:ONILAND(ゲッデルデメルングクリアが条件。むろんここで始めたんじゃ明らかに遅い)

12月上旬:クリスマス2019(アナスタシアクリアが条件。BOXガチャだしこの時点で戦力は十分に欲しい。ここで始めるのは明らかに手遅れ。)

ちゃごちゃ書いたが、要は「今以降に始めるのは遅い!なるべく早く始めるべきだ」ということである

当然、イベントの合間には本編もどんどん進んでいくし、一緒に盛り上がる機会を増やすめにもなるべく早く始めたい。

今やってるプリヤイベは、攻撃力を乗算で増やせる特攻配布礼装を使えば、たいしてレベルをあげなくても何とかなる。

しかも、配布のアーチャーであるクロエがもらえる。NP獲得スキルに宝具火力アップにつながるスキル回避スキルまでついているのだ。すさまじい難易度悪名高い6章のガウェイン対策にちょうどいい。

宝具Lv1だけでいいなら、今すぐ始めても丸1~2日あればゲットできる。しかクロエイベント期間限定で取得経験値2倍だから、交換種火を全部使わなくてもすぐLv80までもっていける。残りは元からいる自前鯖に与えればさらなる自軍強化につながる。

しかし、今回のプリヤイベはストーリーの好みが分かれるのだけが欠点だ。私はロリコンではないので今回のプリヤイベの雰囲気ちょっと苦手。

それを除けば、とにかく今回のイベントはおいしい。

FGOを始めて最新シナリオに追いつくつもりなら、今がラストチャンスだということだ。まあぶっちゃけFGOはいろいろとめんどくさいゲームだし、私自身は積極的FGO布教しようとは思わない。とにかくいえることは、「気になってるなら、早く始めるべきだ」ということだ。

2019-01-22

人生仕切り直したい

24男子大学院生修論もほぼ書けてもうすぐ卒業内定もある。学歴初任給だけ見れば相当いい方だと思う。けれど、大学6年間ですっかり心をやられてしまって、とてもじゃないが働ける気がしない。寝ても覚めても不愉快趣味もろくに楽しめない生活を送ってる。自分語りして整理すれば仕切り直せるかなと思って書くことにした。

高校までは田舎優等生やってた。学校の成績はいつも1位で、生徒会長やったりもして、不満はほとんどなかった。地頭はなくて数学の難しい問題は苦手だったけど、勉強はやっただけ成果が出たから、つらいと思ったことはほとんどなかった。今思うとどうしてあんなに勉強やれてたのか分からないし、「勉強しない」っていう選択肢を知らなかっただけなんだろうな。親や先生が褒めてくれるのが気持ちよくて望まれるがままに勉強してた。大学入試も難なくクリアして、いわゆる難関大学情報系に進んだ。情報系を選んだのは、ブログ運営で少し触ったプログラミングがなんとなく面白そうだったから。当時はニュースビッグデータがもてはやされていて職に困ることもなさそうだった。

大学1年目、高校の延長で真面目に勉強してたら自然と上のほうにいた。だけど、自分の周りでは、小学生からプログラミングやってて課題で褒められるやつとか、やたらレポートの内容が濃くて授業中に取り上げられるやつとか、無難試験問題が解けるだけじゃない化け物がより目立っててかなり焦った。当時はまだギラギラしてたから、すぐにプログラミング入門書とか買って自分勉強した。幸い自学する力はあったから、大学から始めた人の中では頭ふたつ分くらい抜きん出たと思う。Twitter自分勉強した内容とか発信してかなりイキってた。ただ、自分プログラミング勉強していくのは結構しんどくて、月に何日かとにかく不快で何も手につかない日があった。自分はなんて頭が悪いんだろうとか、どうしてプログラミングを楽しめないんだろうとか、そういうことをぐるぐる考えてた。

大学2年目、先輩に誘われて一緒に小さなプロジェクトをやることになった。プロジェクト過程で、プログラミング能力の低さとTwitterでイキてったのをめちゃめちゃに叩かれて人格がかなり矯正された。不健康気味だったメンタルが更に脆くなって自信とか自尊心がなくなったけど、プログラミング能力はすごく伸びたし、なによりあのままTwitter井の中の蛙やってたらと思うとゾッとするし、トータルでは感謝してる。とはいえ、そのプロジェクトやってる間は大変だった。深夜にやってた萌えアニメを録画して起きてる間ずっとリピート再生したりしてた。今なら絶対に続けられないけど、当時は「つらいことをやめる」っていう選択肢を知らなかった。

大学3年目、自信を失ったなりに必死勉強した。優秀な人の真似をしてみたり、流行りの技術に手をつけてみたり、自分の興味は二の次でひたすら迷走した。見かねた先輩に「君、意志ある?」と言われたのは今でも鮮明に覚えてる。意志はなかった。それでも、とにかく自信を取り戻したくて、別に面白くもないことを無理やり勉強し続けた。もちろん、当時は面白いと思い込んで勉強していたわけだけど。

大学4年目、研究室に配属され快進撃が始まる。たぶん人生で一番賢い時期だったと思う。きっかけはゼミの輪読。準備のために全部の定理証明したり順序立てて説明する練習をしていたら一気に賢くなった。学校先生がしきりに言っていた「論理的思考」がどういうことなのか分かって、頭の使い方が変わった。自分が急速に成長するのがわかって、すごく嬉しくて、それまでやっていたプログラミングを全部捨てて研究にのめり込んだ。指導教員聡明な優しい方で、目の付けどころが良いと褒めてくれて更に研究が進んだ。今になって振り返ると、別に研究対象が面白かったわけではなかったと思う。一般に上手くできることは面白いし、人に褒められたら気持ち良い。ただそれだけのことだったけど、寸暇を惜しんで研究をした。眠りにつく直前まで研究のことを考えて、良いアイデアを思いついたら飛び起きてメモした。

年が明けて1月卒論は早々に完成させた。同期が卒論執筆でひいひい言ってるのを横目に、ひとりヨーロッパに飛び、トップカンファレンスポスター発表コンペで2位をもらった。賞金の300ドルiPad Pro を買う足しにした。日本に戻ると、すぐに国際学会に出すための論文を書き始めた。1か月ちょっと毎日10時間くらい研究室にこもって論文を書き続けた。2月末には30ページの英語フルペーパーが出来上がって、それがトップカンファレンスに一発で通った。割と流行りの分野だったし、近い内容の論文が同時にアクセプトされたりしていて、巡り合わせが良かったのだと思う。それでも十分に異常な成果だったし、このあたりでもう博士課程に進むことになるんだろうなと考えていた。

大学院1年目、アクセプトされた論文の諸手続きや発表準備をしながら次の研究テーマを探した。博士号をもらうには更に2本国学会論文を通す必要があって、1本目の論文技術的にも精神的にも指導教員依存していた自覚があったから、次のテーマ自分の力で見出したかった。指導教員からもしばらく迷走しなさいと言われた。たぶんここが分岐点で、ここで手厚い指導をお願いしていたら何か変わっていたかもしれない。当時の自分は、博士号取得に向けたアドバンテージを得たのを良いことに、時間たっぷり使って自力研究テーマを探そうと思った。手始めにここ30年くらいの関連研究を根こそぎリストアップしてひたすら読んだ。研究テーマを見つける最短経路ではなかったけど、一人前の研究者になるには歴史を知る必要があると思った。たぶんこれが大学生活最大のミスで、大して面白いとも思ってないくせに、何十ページもある論文をいくつもいくつも読み続けた。少しずつ、論文を読むのに飽きて、研究テーマをまとめる期限がせまって、メンタルがやられていった。

翌年2月下宿クローゼットに大きな穴が空いた。もう1文字論文を読みたくない、研究テーマもろくにまとまらない、どうしたら良いんだって頭を抱えて家にこもってるところに、知り合いかしょうもない説教めいたメッセージが届いて目の前が真っ白になった。机を目一杯殴って立ち上がって、自分が座ってたゴツいオフィスチェアーをクローゼットめがけてぶん投げた。木が割れるすごい音がして、クローゼットに人の顔くらいの穴が空いた。そうするしか自分を守る方法は無かったと思うけど、引越しのことを思うと気が重い。そこまで追い詰められても、まだ教員相談しなかった。初期の成果が異次元すぎて、それに見合う研究者にならなければいけないと思っていた。

大学院2年目の5月自力学振申請書を書き上げた。めぼしい研究から無理やり話を広げてそれらしい展望でっち上げた。内心、その研究面白いとも有力な結果に結び付くとも思っていなかったけど、とにかく研究の段階を前に進めないと精神がもたなかった。指導教員コメントをもらいながら、5000字くらいある申請書を10回書き直した。申請書を書いた後は、修士論文の影もちらついていたから、申請書に書いてある内容に沿って研究を進めることにした。もともと愛着情熱もないテーマなのに、行き詰まって、読みたくもない論文を読み込んで、理論改善して、というのを繰り返す日々が続いた。折れた足で無理やり走っているような気がした。足の骨を折ったことはないけれど。

8月、ようやく研究が形になってきて指導教員ミーティングをした。それまでも月に1、2回は簡単ミーティングはしていたけど、理論も含めてしっかりと方針説明するのは初めてだった。自分メモを前に映して30分話して、色々と質問された後、この方針は厳しいねというような話が始まった。先行研究の流れを十分に汲んでおらず眉唾モノとのことで、一番近い先行研究改善する方針提案してもらった。教員からすれば僕の研究はいわば初稿、それを足がかりにして研究を広げれば良いと思って話をするのは当然だけど、僕からすると1年半の集大成が30分で水の泡になったわけで、たぶん致命傷だったと思う。事態の原因が自分研究の進め方にあったことは理解していたし、現実問題として修士論文を書かなければいけないので、そこから2週間くらいは騙し騙し提案してもらった研究を続けた。

8月末のある朝、起きたら研究をやめていた。あの朝の感覚説明するのはすごく難しいのだけど、とにかく、自分の中の何かが壊れて研究をやめていた。研究をしたくてもできないなんてレベルの話ではなくて、きれいさっぱり研究をやめていた。研究をしなくてもなんとも思わないし、すごく不思議感覚だった。そこから10月まで毎日ゲームをした。あんなに遊んだのは人生で初めてだった。途中、指導教員に「もう研究できません」といったメールを書いたところ、とても優しく対応してくださった。返信の言葉は適切でとても暖かく、もう数ヶ月早く同じ言葉を聞いていればさぞ励みになっただろうと思いながらゲームをした。成果にも指導教員にも恵まれていたし、とても貴重な機会を棒に振ったなと思った。

10月、指導教員ミーティングをした。1ヶ月半ゲームをして療養したので、もしかしたら研究ができるかもしれない、という淡い期待を持って臨んだ。8月わずかな進捗とその後の顛末を報告して、全く新しい研究テーマでやってみましょうということになった。参考文献を教えてもらって読み始めたが、アブストを半分過ぎたあたりで胃腸ギリギリ痛んで吐きそうになった。指導教員に「もう無理です、すみません」と泣きついて1本目の成果で修士論文を書くことを許してもらった。その後、就活をして内定をもらった。大学での成果を振り回して精一杯の虚勢をはったので、さぞ優秀な学生に見えたと思う。会社内定と同じくらいの時期に、学振内定通知も届いた。申請書に書いた展望はまるっと没になっているが、一体どんな素質を見出されたのだろう。

そうして今に至る。研究ではそれぐらいの挫折はよくあることだよ、とも言われたけど、それを乗り越えられるほどの情熱や興味はなかった。というか、乗り越えて平気な顔で研究を続ける人の方が狂ってると思う。努力は夢中に勝てないというやつ。何か夢中になれるもの出会いたいと思うけど、何かに夢中になりたいって言いながら年を取るんだと思う。何をやったとしても、上達するにはどこかで自分に負荷をかけて頑張らないといけない。そこで夢中でいるための気力を大学の6年間で全部使い果たしてしまった感じがする。つらいことや興味のないことを頑張りすぎた。

社会に出て働くわけだし、流石に関連技術勉強しなければと思うのだけど、ひたすらつまらない。以前の自分なら、会社評価されそうな技術を喜んで勉強したと思うのだけど、そういうギラギラした熱意は失われてしまった。たぶん研究に全部持っていかれた。どの分野もどの技術もつまらない。物事の細部や深い意味に立ち入りたいという欲求が一切湧いてこない。自分知的好奇心の乏しい人間であることを痛感する。この状態で働き始めて、仕事を続けられる気がしない。毎日少しずつ自分が衰えていくのが分かってとても怖い。何か努力をしなければと思うけど、何をしてもつまらなくて30分ともたない。何も努力していないから、手放しで遊ぶこともできない。人生どん詰まり状態。早く仕切り直したい。

ふしぎふしぎ ベネッセふしぎ

昨今、官への働きかけに余念のないベネッセコーポレーション文部科学省に絶大な影響力を持つ慶應義塾塾長安西氏との癒着関係や、元文部科学省事務次官天下り受入れ(役員待遇)について指摘が相次いでいる。最近では、文部科学省招聘した外国有識者の旅費と報酬を肩代わりしたという報道記憶に新しい(不正無しと文部科学省結論)。

 

一方、そのような文部科学省との強い関係により、ベネッセは十分な果実を得ているように見受けられる。全小中学校で全生徒を対象に行われる「全国学力・学習状況調査」を受注したり、大学入試センター試験の後継となる新試験2021年導入)においてベネッセ実施する英語試験「GTEC」の結果利用が認められたりと。だからといって不正とは限らない。法令に反しない範囲で行っていることであろう。しかし、このような濃厚すぎる蜜月は、「国民の見えないところで取引が行われている」という疑惑をかきたてたままだ。

 

そんなベネッセにまたひとつ新たな疑惑タネが見つかった。

 

新宿に「株式会社 学力評価研究機構」という会社がある。なんともいかめし研究機関のような名前であるが、通常の株式会社であるようだ。名前だけからすると、ベネッセとの関わりは見いだせない。

https://www.crlea.co.jp/company.html

 

2017年創業の新しい会社であるウェブサイトには従業員数や取引先など詳しいことは何も書かれていない。あたかペーパーカンパニーのように見えるが、そうではない。事実として、設立直後から文部科学省関係事業を次々と落札し、受注しているのである

 

2017年8月 大学入試センター業務 落札一般競争

2018年7月 文部科学省業務 落札随意契約

2018年7月 文部科学省業務 落札随意契約

https://archive.fo/tZIOF

 

ここで同社の会社概要を見てみよう。

https://www.crlea.co.jp/company.html

代表取締役社長とされる服部氏は、プロフィールも何も書いていないので同一人物とは断定はできないが、ベネッセ社員同姓同名の者がいたことがわかる。

本社所在地住所は、ベネッセ東京本部新宿オフィスや、多くのベネッセグループ会社が居を構えるところとまったく同一。仮に上の者が独立起業たにしては不自然である

資本金の額も中小企業ベンチャー水準ではない2.4億円。

 

以上から、同社はベネッセの子会社、あるいは子会社相当のグループ関連会社であると強く推測できる。重要なのは、容易に推測できるにもかかわらず、それをウェブサイト上どこにも明らかにしていないことである一見ベネッセとは無関係の社名であるというだけ。不正の要素はどこにもなく、今後疑惑を投げかけられたとしても、「隠していない」として逃げる準備はできているということだ。

 

文部科学省側としては、「すでに社会批判を受けている以上、なんでもかんでも業務ベネッセに丸投げするわけにはいかない。一方で、信頼関係利害関係のあるベネッセ仕事をお願いしたい。中身はベネッセで、看板だけ別という会社などないだろうか」

ベネッセとしては、「文部科学省とより強い関係を築くためには、合法ならば手段を選ばない。別会社ひとつ作るくらいは造作もない

……そんなところだろうか。

 

この推測が現実に当てはまるか否かは増田読者諸兄の判断にゆだねたい。しかし、頭皮はともかく考えていただきたいのは、近年の文部科学省ベネッセの激しく緊密な官民関係を良しとするか、ということである。本件のふしぎなベネッセ関連会社も、すでに、確実に、その強化へ連なっているのだ。

2019-01-21

セブン、成人誌の販売中止へ 8月までに全2万店超で

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40261340R20C19A1TJ2000/

セブンイレブンジャパンが成人向け雑誌販売を中止する方針を決めたことが21日、わかった。8月末までに全国の2万店超の全店で原則販売をやめる。女性子どもが来店しやすくするほか、2020年東京五輪パラリンピックなどを控え、インバウンド訪日外国人)のイメージ低下を防ぐ。最大手判断は今後、コンビニエンスストア業界全体に広がる可能性がある。

 実際売れてるのかなぁとは思うが……

2019-01-19

anond:20180806062824

具体的なことを書く

・記録する

彼女からいつ話をされ、彼女がいつ被害にあったかを記録してくれ。日付、話した場所、内容を記録。手書きがいいが、タイムスタンプの残るデジタルでもいい。音声記録でもいい。

彼女が飲みに行く前にやりとりしたラインなりメールなりがあるはず。それを記録にとってくれ。スクショでもいいが、画面を写真に撮った方が効力がある。

被害にあったときの服を保存してくれ。当人が保管するのは精神的にキツイと思うので、あなたか別の場所に保管してくれ。

・早急に医者へ行き、性病検査診断書をもらってくれ。性病検査は、あくま相手健康のため、というスタンス

弁護士無理相談がある。弁護士ドットコムから調べてくれ。だいたい電話相談ならタダだ。とりあえず電話してみるのでもいい。

可能なら相手に会い、何をしたのか話させ録音する。可能ならだ。共通の面識があり、そういう事をしでかすクズならちょっと甘い事を言えば武勇伝みたくべらべら喋る可能性が高い。ボイスレコーダー携帯の録音と、複数とっておくと良い。ぶち殺したくなると思うが、ぶち殺すために我慢だ。ただし負担がでかいので無理にとは言えないが…

彼女は、報復を恐れたり、そういう状況にしてしまった自分自身を責めたり、そんな事をされる自分は生きる価値が無いと思いつめているはずだ(まさにこのブコメセカンドレイプしている奴らと同じ事を自責してしまっている)

責任をとって結婚するしないは決めなくていい、彼女と過ごした時間を思い返してくれ。彼女はそんな酷いことをされるような、されていいような人間では無いという事を伝えてくれ。

報復を恐れて訴えに出なかった人は山ほどいるが、訴えに出なかったことを後悔しなかった人間もいない。すべての人間直ちに正しく訴えに出る体力気力を持っている訳ではない。ただいつか後悔しないために、訴えるための手段証拠と力を取っておく手助けをしてやってくれ。

投稿して気づいたが8月か…どうか、前進していてくれますよう…

2019-01-08

今日もいい気分

初天神をぶらぶら。

行きつけのバーが閉まっていたので、なんとなく目に止まったバーに入る。

木のいい匂いがするので、マスターにいつからやっているかと聞くと、去年の8月からとのこと。

どおりでこの匂いがするんだな。

マスターオススメするスコッチを飲みつつ他愛もない話をつらつらと。

飲食業に似つかわしくない、なんとなくぎこちない感じがあったので、お年を聞いてみると35歳!若い

IT関係仕事退職し、元々興味があったバー開業したとのこと。

凄い!僕にはこんな度胸はない!

なぜか音楽の話の移っていて、好みのバンドの話に。

話題だし、やっぱりQueenですかねぇ、なんて話しつつ、ふとマスターが「Angra」というバンド名を。

懐かしい!

僕も好きでした!と伝えると、Angel's cryをかけてくれました。

ももちろんそのアルバムもってるんです(名盤ですよ)けど、外にでかけてこういうことしてもらえると嬉しいですよね。

たこんど行きますね。

2019-01-04

大学 3年次編入試験の思い出

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anond:20190103131014

高校時代

同じく地方出身者はなんとなくわかると思うんだが、高校は「地元では自慢できる」レベルのとこに通っていた。

県下一、というわけでもないけど、地元で一目置かれるようなそんなところ。東大学者を毎年1名出したり出さなかったりするような。

自分はというと文化系運動系狭間みたいな部活にがっつりのめり込みつつ、子供の頃から親の影響で続けていたとある楽器寺社仏閣が好きな、自他ともに認める「変わった子」であった。学力でいえば中学までは特に勉強しなくてもまあまあいい成績が取れる、中途半端に器用な子だった。

親は勉強については大してうるさくなかったが(むしろ楽器練習をしない方が厳しく怒られたし、数学10/100点をマークしようが音楽の成績が満点じゃない方が嫌な顔をされた)、お金には厳しく、「大学は国公立しかさない」と宣言されており、真に受けた私は私立すべり止めも一切受けなかった。だが高校3年間を部活に捧げた、数学テストで毎回赤点叩き出すような人間にそのルートは厳しかった。見事に滑りおち、進学先を失った。進学校に通っておきながらこの体たらく

これから1年浪人するしかない、と思ってふさぎ込んでいたが、そこで偶然にも某専門学校の「大学編入コース」なるものを知る。専門に2年通った後、大学へ3年次編入するというコースだ。ははぁ、よくできてるなあ、と思いながらも学校担任と両親に相談し、その専門学校へ進むこととなった。

専門に入る

正直入試はあってないようなものなので割愛する。学力レベルからペーパーテスト免除され、英語面接だけだった。まあまあ緊張したが絶対かると半ば解っていたので強気でいった。ちなみに高校時代苦手にしていた教科は数学英語だ。瞬間的な暗記力となんとなくで世界史及び国語高得点を叩き出す完全なる文系である。妙にコアな知識を植え付けてくれたラノベ推理小説たちとヘタリアには今も感謝してる。日本史文化史だけ異様にできた。

学校生活

身バレが怖いので色々伏せるが、駅チカでこぎれいなビルキャンパスだった。キャンパスと言っていいのか?

専門学校内での大きな学科のくくりとしては「英語学科」に属することになり、その中で「英語を使った仕事に就きたい人のコース翻訳通訳など)」と「海外大学に行きたい人のコース」、あと「大学編入したい人のコース」に分かれる。

なんで大学編入英語学科に属するかというと、ほとんどの大学編入試験の科目が「英語」「小論文」「面接」のみだからである。(学科によっては専門科目の試験がある場合もある)

授業は9割は英語の授業だった。ネイティブ講師日本人講師もいたが、とにかく英語リーディングリスニングライティングスピーキングの授業がそれぞれあり、それ以外に大学編入のための英語試験対策授業がある。少人数にこだわってて、基本の4つの授業はそれぞれTOEIC学内試験の結果から5段階にレベル分けされていた。私は入学時のペーパーテスト免除しか学費も一部免除特待生扱いで入学したので、「は~やっぱこの程度か専門」とか思っていたが、最初TOEICテストで300点台叩き出して5レベルあるクラスの下から2番目に入れられる。「出身校」の学力が高かっただけで「私」の学力はクソだった。ただ真面目に授業を受けていればクラスはすぐに上にあがり、最後は一番上のクラス所属していた。この基本の4つの授業は大学編入以外のコースの人もいた。

残りの1割は資格の授業(英検、ワー検、秘書検、漢検など好きなもの選択できる)の他、第二外国語小論文対策PC(というかOffice)など……まあ大学1年生の一般教養と似たような感じだろうか。選択教養の授業もあったが種類は2,3種類しかない。しかも大して面白くない。

大学1年生と違うのは、自分で授業を選ぶ幅がとても狭いところ。というのも学年によってどの授業を受けるか、カリキュラムが既に綿密に組まれており、「朝ゆっくりしたいから1コマくそ~」というのは全くできない。選択授業も「とってもとらなくてもいいよ」ではなく「この中からどれか選べ」という選択。なので学期はじめにコース人間全員集められてHRみたいなことをして、時間割を配られたりしていた。

学生

上記の通り様々なコース人間が入り混じって授業を受けていたので、通っている人は本当にいろんな人がいた。アンタこんなしょぼい専門いていいの!?っていうような頭のいい人から、クソほど簡単テストを「難しくてヤバかった~」という人まで、本当に様々。Lv.2→Lv.5まで駆け上がるといろんな人と話した。超絶パリピ野郎もいたし、内気で根暗で今にも引きこもりになりそうな人もいた。

同じ大学編入を目指すコースの中だと、まあまあ頭いいけど大学入試では一歩及ばなかった、みたいな人がほとんど。大体がプライド高くてそれを一度へし折られてしまった人、という印象。(私もだけどさ)すべり止め私大に受かってたけど行きたくなくてこっちを選んだ、という人もいるにはいた。あとは行ってた大学が嫌になってやめて再チャレンジしたいとか……。比較的頭のいい人は多かったけど、それでもやっぱ学力でいうと「まあまあできる」か「いまいちできない」のどちらかだった気がする。コース内で一緒に行動していた友達は国公立に受かっていった人から最後最後どうにか推薦で滑り込めた人までいた。

コース人間の数は結構多かった。高校の一クラスくらい……?もっと少ないと思って入学したので意外だった。やっぱり学力レベルでつるむグループが分かれる。男女比は男子の方が圧倒的に多かった。3分の2くらい。でも学年全体で見ると女子の方が多かった気がする。

あと意外といろんな地方から集まってた。やっぱり学校周辺の人が多いのだけど、隣県や新幹線帰省するくらい離れている土地から来る人もいた。私はかろうじて同じ県ではあるが学校までは通学に2時間かけていて、隣県出身学校近くに一人暮らししている友達がうらやましかった。

学費

高い。私大に2年行くとのかわらん。でも高校時代まあまあ成績取れてたら学費免除簡単に取れる。(模試の点数とかセンターの点数を基準学費免除とかしてくれる学校もあると聞く)

本来公立しか行かせてくれなかったはずの両親があっさり行かせてくれたので、絶対学費無駄にすまいと2年間は真面目に必死に授業や資格取得に打ち込んだ。その後まあまあ就活に有利そうな資格とかちょいちょい取れたので、短大とか他の私大行って仮面浪人するよかよかったなあ、と思った。けどその辺って結局当人努力次第なので、学校の授業の時間を使って資格取得や受験対策に打ち込める環境お金払ったと思っている。払ってくれたのは親だが。でも無利子の奨学金も2年次から勝ち取って少し貢献できた。と思いたい。今返済しんどいけど。

編入試験を受ける

編入試験

1年間みっちり英語を叩き込まれたあと、2年生からいよいよ編入試験が始まる。

3年次編入試験は多くの大学がやっているが、大学によって受けられる条件は様々。私が行きたかった大学は他の4大からの受入のみで、専門卒は受け付けていなかったので諦めた。(でもそういう学校の方が少ない印象)

編入試験の日程は学校によってかなりばらつきがある。早いところだと6月くらいで、遅いところだと2月くらい?私は全部で3つ受けたが、ひとつ8月で、残りのふたつは12月だった。やっぱ秋~冬にかけてが多い。

面接練習なども授業でしながら、それぞれの試験日に向けて準備を重ねていく。8月試験を受けたところが第一志望にして最難関の大学だったが、ものの見事に落ちてしまい、泣きながらそのあと友人らとカラオケに行った思い出がある。編入試験受験科目が少ない分やりやすいと言われるが、その門はかなり狭く、私が受けたところも倍率は5~10倍くらい(だったと思う、もう記憶あいまい)最終的に編入浪人の道を選ぶ人もいる。専門→大学編入のいいところは浪人などの1年のロスを出さずに大学卒業できる所だが、結局編入試験の壁が高くて編入浪人したりレベルを落としてD~Fラン大学に入ったりと、メリットが活きないことも多い。でも努力してそれが実ればいい大学に入れるのも事実なので、そこは編入チャレンジする人次第なのかな……とも思う。専門入って遊んでしまった人たちは上位クラスの人でも結局ランクの低い私大に行った人が多く、しっかり努力し続けていた人は国公立偏差値高い私大に進んでいった。英検1級取得したり、TOEICマックススコア出した人もいる。

あとTOEICスコア試験免除がある学校とかあって、TOEICマジもっと気合入れてやればよかったな、と思った。試験免除にならなくても入学後の単位に換算してもらえたりした。

試験対策

英語はもうとにかく授業をガンガンうけてガンガン問題解くだけ。喋る・聞くは捨てて、ひたすら読むにステータスを振り続けていた。(書くは申し訳程度にやった)9時半から15時まで授業を受けた後、18時まで学校に残り友達と多少ぐだりながらも勉強(というか課題)、家に帰ってから英語の長文読解とひたすら向かい合う日々。

小論文は書き方の作法を徹底的に叩き込まれ、あとは個人文章センス知識量がモノをいう感じだった。国語世界史、そしてラノベから影響を受けた文化史系に強かった私には最高の科目だった。

編入試験過去問も一応あって、見せてもらうためにその大学に足を運んだこともある。(コピーはさせてもらえないので、目で見て出題傾向を把握するのが精一杯だが)あと学校過去問を回収して過去問集みたいなのを作っていたので、行きたい学校が人気校ならそんなことしなくてもコピーできたりした。英語試験はどの学校も長文読解系が多く、TOEICをそこそこにして英検受けまくっていた自分にはありがたかった。

面接指導就活とほぼ一緒、だと思う。なんでこの大学に行きたいのかをはっきりさせろ!と言われ続け、「御校に在籍の〇〇先生研究室で●●について研究したいです!!理由としては!!」みたいな答えをガチガチに固めていった。これはのちの就活に活きたと思う。

試験

どの大学小論文は楽勝だった。8月に受けたところは英語で予想外の作文が出て動揺し、読解問題では時間が足らず、涙を呑んで不合格覚悟した。翌日即結果発表だったが、当然私の受験番号はなかった。

第二志望の大学の前に第三志望の国公立を受けにいったが、家から遠く深夜バスでの移動となった。しかバスからまた電車で移動するが乗換をミス試験遅刻。席に着くために荷物通路に置いたら試験管に怒られ、萎縮しながら受験したが英語は予想できたレベルでむしろしかった。1週間後には結果が開示され、無事合格

そして満を持しての第二志望。同じ学校から他にも2名受けることになっており、一緒に移動。英語試験はやや苦戦した覚えがあるが、それよりも面接がしんどかった。大学に、特にその学校に入りたい理由を述べ(行きたい研究室があるでゴリ押しした)、なぜそれに興味を抱くに至ったかなどを話したが、とにかく緊張して噛みまくり面接官に不審な顔をされ落ちたと悟った。しかしその試験当日、夜から私の受験期を中学から支えてくれた某バンドライブがあり、普通に間に合わなさそうだったので走って会場を後にした。ライブギリギリ間に合った。そして入試も無事にパスできていた。

大学編入

進学先が二つ用意されたわけだが、もちろん第二志望を選択。一応国立大なのと、高校時代から学びたいと思っていた専攻があったのが決め手だった。思う存分研究に打ち込めたと思う。嘘。2年では足りない。もっとやりたかった。でも取りたかった単位や聞きたかった講義はほぼコンプできた。

上記でも少し触れたが、入学時に専門学校の授業の単位大学単位へ変換してもらえるため、本来4年で取る卒業単位を2年間で全部とれ、ということにはならなかった。特に私は人文学系だったので、変換がスムーズにいったというのがある。法律経済系の学科は専門科目の変換が難しく、卒業単位を取れなくて留年した人が多かった。(と後に聞いた)

1年大学ライフ満喫したのちすぐ就活なのはきつかったが、興味のあったサークルにも在籍し2年間最初から最後まで活動できた。でもいくら単位変換してもらったとはいえ他の3年生に比べると圧倒的に単位は足りてない(その上私は卒業単位にならない資格系の講義も取っていた)ので、ほぼ毎日1~4コマ、そのあとサークルバイト!みたいな生活をしていたし、就活の時期は本当にしんどかった。英語資格TOEICスコア700前後英検準1級)と進級のために取らざるを得なかった数々の英語以外の資格、そしてあの日面接対策小論文対策が活きたのだろう……と思うと私はこのルートをたどってきてよかった。他の短大や4大出身編入生は就活で軒並み苦労していた。でも専門より大学の方が圧倒的に楽しかったです。普通に1年生から大学入りたかった。

大学編入後で一番しんどかったのは、3年生でありながら1年生に交じって体育やらされたことかなあ。


色々書いたけどあくま文系の話です。理系編入もっと大変と聞くし、そもそも専門→理系学部編入というルートが恐らくない。

東大京大に比べたら底辺もいいとこだけど、こういう抜け道もあるよっていう話をしたくて。でも根っから文系だった私だからこそうまくいった裏ルートみたいな感じではあるんだけどさ……。うまくいかなくってせっかく編入した大学やめて引きこもりになってしまった知り合いもいるし、正直この専門→大学編入というルートを誰にでもお勧めできるかというとそうでもないけれど。

あと社会人なってから編入大学入って、教員免許だけ取って中退した編入生の知り合いもいる。社会人なってから大学で学びたいという人で4年は長いという人にもいいんじゃないかな。あと大学とりあえず入ったけどつまんなくて他の学科行きたいとか他の環境行きたいって人。

私は本当は大学院に進みたかったのだけど、やっぱり学費関係で諦めて就職した。研究してた分野とも全然違う仕事をしているけれど、趣味としてまだその分野についての情報収集勉強は続けている。なお英語をかなり使う仕事だし専門時代に取った資格もそれなりに活かせてはいるので業務内容には満足している。

いよいよセンターが近づいてきて、不安受験生たくさんいると思うけど、どうかここだけが人生の決め手とは思わずに気楽に頑張ってほしい。案外人生どうにかなることの方が多い。

2019-01-03

一緒に暮らしているのに会話にならないし(8割くらい話しかけても無視される)

帰省先でお土産買ってきたから食べようと言っても要らないと言われ

後でも食べない?と聞いたら「さあ?」と返ってきた

さあってなんなんだろーなー「あとなら食べるかも」とか「全部要らない」とか言えばいいのに

8月入籍しようかと言われたけどまだしてないし多分もうするつもりもないのだろう

うちは家族仲が良いか正月帰省しないとか会話で無視するとか全然理解できないんだよな…

でも私が帰省してる間に掃除とか洗濯とかやってくれて戻ってきた日のお昼ご飯も作ってくれた(でも話しかけると無視

嫌いならまだよくて多分もう無関心というかこっちになんの興味もないんだろうなぁ

まだ三が日なのに虚しい気持ち自分の部屋でネットしてる

2018-12-30

誰かと付き合いたいと思う感情が湧かないまま20代が終わった

当方男。今まで身の回りの誰にも打ち明けてないので年末だしここで吐き出す。

幼い頃から潔癖気味で、キスにもパンチラにも生理的嫌悪感を覚えて育ってきた。性欲も薄くて手淫ほとんどしない為、夢精(数学問題を解く夢とかマッチョATMお金を下ろす夢とか軽トラ椎名林檎を聞いてる夢等、性的な夢でないことが多い)に苛まれ一時期はおしっこ便利装置な竿だけ残して金玉を手術して取ろうか悩んだ時期もあった。

女の子可愛いと思う感情はあり、プライベートでも面と向かって髪型や小物や服の色を日常的に言うこともあって、女好きな印象を与えることがあるみたいだが、実際は彼女いない歴年齢の精神年齢のひくい男なのだ

知人に彼女について聞かれた時に、いない歴年齢だということを打ち明けると驚かれる。

「なんで彼女作らないの?」

「男の人が好きとか?」

大体この2パターンが多い。

モテいからねー」と毎度返すが社交辞令の「意外」というレスポンスが返ってくる。

10年ぶりにあった高校同級生何人かと呑みに言った時に「増田うちら(女の子間)の間でホモだって噂してたんだよ」と言われた。きっと、職場の人にもホモだと思われてるんだろうなと察した。

恋愛真っ盛りな高校時代、私はモテたわけではないがクラスの半分以上女子生徒だった商業高校に通っていて、その母数のお陰で何人かに好意を寄せられていたらしく、何度か告白をされた。

今思うと昔から女の子真剣可愛いと思い、かわいいと思ったことを素直に口にする所は健在で、比較シャイ同級生比較された私は、判断材料が少ない彼女らに気を持たせるような言動だったのかもしれない。ただ、私は下心もなく本当に友人だと思っていて、その彼女らに自分にはない「付き合いたい」という衝動とその告白を押し当てられて、無性にしかたことを覚えている。きっと、友情しかいたことの無い幼い私にはどうしたらいいのかわからなかったんだろう。

数年前、遅くまで飲んだ帰りに友達と別れて電車に乗っていた時に安酒で気持ち悪くなり、ホームで水を飲みながらボーッとしてたら終電を逃してことがあった。

たまたま目の前で電車を逃した息を切らした女性がいたので、「参っちゃいましたね」と声をかけたら「参っちゃいました」と苦笑いをしていた。

どうやら話してみると彼女は同い年で、彼女はそれがわかると急に距離を詰めてきて、言葉遣いに気を置かなくなってきたのがわかった。

その時は8月で蒸し暑く、彼女提案で始発の電車が来るまで近くのラブホテルで涼むことになった。

汗を流せることが嬉しかった私は二つ返事で承諾し、チェックインを済ませ、彼女言葉に甘え先にシャワーを浴びた。

彼女が「私も入ってくる」と言い、バスローブをもってシャワー室に向かう彼女を見届けたら、空調の快適さとベッドの心地良さに微睡み、気づいたら寝ていた。

「寝てんの?」と、声が聞こえて揺さぶられたので相槌だけ打っていたら、ビンタされた。

ビンタ

まれて初めてのビンタ。本当に親にもぶたれたことはなかった。

「痛いっしょ?次寝たらマジにいれるから女の子に恥かかせる気?」

色々ショックだった。だって、涼むだけって話じゃなかったのか。俺みたいな得体の知れない男に身体を許せるものなのか。なんで素性もよく知らない女にビンタされないといけないのか。てか恥ってなんだ。そうか、ラブホテルって、そもそもセックスする場所なのか。私達はセックスをしなければならないのか。君にとってのセックスレーゾンデートルなのか?村上春樹世界住民なのか?

人の顔色を伺いながら育ってきた長男の私は、その夜初めてセックスした。

汗を流し涼み電車を待つの目的場所で汗をかきまた汗を流すことになるとは思わなかった。

そこで性愛に目覚めたかというと、まったくなくて、どこを触ればどう感じて、どこを触られるのが好きなのかを探り当てる空気読みゲームと、やけに声が大きい彼女の喘ぎ声がただただ奇怪で、ただただ心も身体も疲れるだけだった。またしたいとは思えなかった。行為後に「手をつないでていい?」と言われた時、世の男がこのセックスに熱中になるという事に理解が追いつかず、「あ、自分は本当にこれから先、世間一般でいう恋愛が出来ない」ということを悟った。

昨日、友人の子供が生まれた。とてもとても幸せそうで、自分の半径が全て幸せに上手く上手く全てが続いてくれれば幸せだなと思う。

しかし、周りの幸せ自分幸せのように感じることが出来るのは、親という身寄りがある余裕だからかもしれない。

この先、無性に孤独を感じ、パートナーに飢える日がくるかもしれない。

から、今のうちにパートナーを作る努力をしておくべきなのだろうか。

恋愛感情を持ち合わせてない私が孤独を埋める保険としてパートナーを作るのは相手への不義理で、寂しい思いをさせてしまうのでないのだろうか。

みんな本当に、恋をして、セックスをして、愛を確かめあって、幸せを感じることが出来ているんだろうか?本当なのか?

LGBT社会に受けいられる努力が今もされてる中、恋愛に頓着がない人間が異質な者として扱われる今日に、とても孤独を感じた。

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