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2021-06-21

五輪に殺される

過激タイトルですまないが、いち日本国民の話だと思って聞いてくれ。

長文になるかもしれないから「テメェの文章なんざ読んでられねぇよ」という人のために3行にまとめておいてあげよう。

①夫が東京五輪のために地方から派遣される

6月21日現在、夫はコロナワクチン接種を受けられていない

③おそらく地方から五輪派遣される人はほぼ全員ワクチン接種出来ない、あるいは第一回目だけ打った状態派遣される

④こんな状態五輪開催するの?マジで正気

うん、4行になってしまったね。

まぁざっと説明するとこんな感じですよ。

んじゃ、私の思いの一部を聞いてっておくれよ。

夫の東京五輪出向が決まったのはいつだったか

もう思い出せないほど前のことのように思う。

昨年コロナ禍による第一回目の緊急事態宣言が出されていたころ、私の妊娠が発覚した。

なかなか授からなかった子どもが出来たのは嬉しかったが、先行きの見えないコロナ禍での妊娠出産不安で仕方がなかった。

本来ならば開催されるはずだった東京五輪は、皆さまも知っての通り「開催延期」となった。

私はひそかに胸を撫で下ろした。「ああ、これで少しは安心妊婦生活が送れる」「旦那が長期出向でいない中、一人で妊婦生活を送るのは不安から…」と。

そして2021年、待望の赤ん坊が産まれた。

可愛いでちゅね〜!パパでちゅよ〜!」と、赤ちゃん言葉で話す夫の目尻は下がりっぱなしである

さて、子どもが産まれてしばらく経ったころ、日本でもコロナワクチン接種が開始されると報道された。

このニュースは私にとって非常に喜ばしいものだった。

なぜなら2歳未満の子どもは基本的マスクをつけることが出来ないため、常に感染の恐怖と闘いながら生活していたから。

「いや、外出なきゃいいじゃん」と思われるだろうが、生活するためには買い物に行かねばならない。

仮にネットスーパーなんかを利用して外出回避を出来たとしても、銀行に行ってお金おろしたり…まぁ、なんだかんだ外に出なければいけない事態は起こりうる。

夫は激務のため帰宅も遅く頼れないし、両実家も遠方のため頼れない。

ゆえに一人で赤ん坊を守るしかないのだ。

とっとと日本国民全員がワクチン接種して、免疫が獲得出来てれば問題はない。

しかし、現状としてらワクチン接種は遅々として進んでいない。

医療従事者や政府コロナ対策の方々が頑張ってくれているのは分かるが、日本国民全員がワクチン接種を完了出来る日はまだまだ遠い。

私も早くワクチン接種したいなー、けど副反応とかでぶっ倒れたら赤ん坊の世話出来なくなるのは困るなーなんて日々考えている。

そんな中、夫から五輪への出向日が決まった」「7月上旬には東京に向かう」と告げられた。

あー、そうか。行かなきゃいけないか。と思った。

夫の出向は避けられない。

これがジャパニーズサラリーマンの悲しいところ。

まぁ行くのは絶対だとして…

さて、ここで問題になるのがワクチン接種だ。

五輪出向は確定している。

出向日も決まった。

だが、ワクチンの接種日は決定していない。

夫の話を聞く限りでは、近日中第一回目ワクチン接種をする予定ではあるようだが…。

調べてみたら、「本ワクチンの接種で十分な免疫ができるのは、2回目の接種を受けてから7日程度経って以降とされています。(by厚生労働省)」とある

ほう、つまりコロナに対する免疫が出来るのは第二回目までしっかりとワクチン接種してからだと。

んじゃ、最短どれくらいで免疫獲得出来るんだ?

「1回目の接種後、通常、3週間の間隔で2回目の接種を受けてください(接種後3週間を超えた場合は、できるだけ速やかに2回目の接種を受けてください。)。(by厚生労働省)」

まり

第一回目ワクチン接種

↓3週間後

■第二回目ワクチン接種

↓7日後

免疫獲得!

と、これが最短での免疫獲得だと。

ということは、免疫を獲得するためには最短でも1ヶ月はかかるということだ。

さて、私がこの記事を書いているのは6月21日である

夫は「7月上旬五輪へ向かう」と言った。

しかし現時点で第一回目のワクチン接種は出来ていない。

仮に今日ワクチンを打てたとしても、最短で免疫を獲得出来るのは7月21日。

その頃、夫はすでに五輪のために働いている。

まり、「コロナに対する免疫も持たないまま、完全な丸腰で地方から東京五輪に向かう」のである

昨日まで東京大阪などでは緊急事態宣言が発令され、外出自粛だの酒類提供禁止だの時短営業だのやっていた。

今はまん延防止とかで引き続きのコロナ対策が求められている。

そういや今年の春だったかには東京都知事が「東京に来ないで」とか言ってたのニュースで見たな。

…ねぇ、本当に五輪やるの?

日本国民全員、PCR検査出来てないし、ワクチン接種も出来てないよ。

地方から五輪派遣される人、全員コロナに対する免疫持ってないでしょ。

東京からコロナ持ち帰って、地元感染拡大させてしまうかもしれないじゃん。

日本国民全員をコントロール出来りゃコロナ感染拡大なんて心配しなくていいんだろうけどね、現実問題そんなこと出来ないよね。

自国民ですらコントロール出来ないのに、海外から大量の五輪関係者入国させて、完全にコントロール出来るの?

すでにアメリカ選手コロナ陽性者判明したって報道あったよ。

しかしたら、検査すり抜けちゃったコロナ陽性者もいるかもしれないよね。

こんな状態五輪開催するの?

しかしたら夫が五輪コロナ感染して帰ってくるかもしれない。

そしたら私と赤ん坊にも家庭内感染するかもしれない。

赤ん坊なんて弱っちいんだからコロナで命を落とすかもしれない。

五輪に殺される日が刻一刻と迫っているのかもしれない。

そんなことを考えては、日々鬱々と暮らしている。

いち日本国民の平凡な主婦駄文にお付き合いくださりありがとう

どうか一刻も早くコロナが終息して、「うわ〜、メンタルこの時は精神的に参ってたな〜!恥ずかし〜!」なんて笑える時が来ますように。

anond:20210617113031

程よい場所いくらでもありそうなのに夫実家の近くがいいって言う時点で地雷のニオイがする

そこのすり合わせもできないのに結婚して子供出来た日にはクソゲーになりそう

anond:20210617113031

またモラハラされて離婚しそうw夫の実家近くとか地雷じゃん、家族ぐるみモラハラされるのが目に見えてるよ。しかも今度は味方がいないから助けてくれる人もいないか逃げられない。逃げたくても無職賃貸借りられないし一生涯いじめられて子供恨み節植え付けて過ごすんだろうね。だいたいこういうのって不倫とセットだよね。女は逃げられないくて従うしかいか若い女作り放題。しかも妻にお金すら渡さないことも多い。金銭モラハラも加わるとすげーぞ。芋だけ食う戦時中生活子供がいたらオムツ代も独身時代貯金切り崩し。離婚したいと思った頃には一文なし。新幹線代も弁護士雇う金もない。

せっかく築き上げた信頼できる人たちを結婚のために捨てる意味が分からない。普通に互いの職場に近い場所でいいだろ。女を逃げられないようにするために却下してるようにしか見えない。というかそもそもなんで夫の実家近くに住む必要あるんだよ。その流れならお前の職場近くで夫は遠くから通勤する流れだろ。結婚のためだけに人生捨てるバカ女っているんだな。だから7年もモラハラ男に捕まるんだろうけど基本が男しか頭にないバカなんだろうな。

2021-06-20

創価3世だけどほんとに創価のことわからない

私は創価3世である

父方の祖母が熱心に信心していて、父親創価学会の名簿に入れられ、父と母が結婚した時に母も入れられ、私も生まれた時に入れられた。弟は入れられてないはず、と母が言っていた。

祖母は勤行を毎日3時間以上唱える本物の信者で、東京の学館?が新しくなった時?は一目見るためだけに地方から東京まで日帰りで行ったらしい。すごい。

2世である父親は、特に創価学会の教えは知らないらしい。ていうか祖母以外誰も知らない。父の弟も祖父兄弟もみんな知らなかったので、祖父(祖母の夫)は祖母希望創価式の葬式だったが、親族の誰も勤行がわからないため皆手元の法典を見ていた。父はどちらかというと神道が好きらしく、(それもどちらかといえばな程度)昔家でラップ音がした時は神道先生が家に来ていたこともある。

地域学会員による青年会のような集まりにも行ったことがないらしい。

でも両親の結婚式は仏前式でやらされたらしく、母親は一生根に持つと言っていた。

そして私は3世で、私も地域学会員の集まりやらなんやらには行ったことがない。

創価だなーと感じるのは、家に聖教新聞があったことと、選挙の時期になると地区の偉い人が公明党挨拶に来ることと、ごく稀に地域青年会?婦人会?の広報の人が訪ねてくること。でも広報のチラシをこれまたよかったら見てくださいねー、で去っていくし、とりあえずひどい目にあったことは一度もない。

そして一昨年私も結婚した。もちろん創価3世であることは言ってある。でも教えも知らないし地域ナントカにも参加したことない、と事実通り伝えた。夫の母方の実家が元創価学会員らしく、すんなり受け入れられ結婚することができた。いつだかに夫の母方の祖母が嫌になって足抜け(と言う表現適当でないかもしれないが)したらしい。

ここまで特に創価から抜ける努力というのはしていないが、そもそもこれだけ関わってなくて抜ける努力って何したらいいのかわからない。実家聖教新聞はばあちゃんが死んだらやめるつもりらしい。ばあちゃんが悲しむので。

学会に紙とか送ればいいのか?ほんとにわからない、でも、ここで抜けてないと、もしかして子供結婚就職する時に身分調査されて創価4世だとかでダメになることがありうるのかな?と心配している。

創価は確かに怖いと思う。そもそも聖教新聞見出しカルトチックで怖い。

じいちゃん葬式密葬のはずなのに地域創価の人が数十人単位で来て、何十人もの人が勤行を暗記で前を向いて唱えているのはちょっと怖いものがあった。

あの公明党広報活動もものすごい迷惑がかかってる人もいるのだろうと思うし。

世のカルト3世はどうしているのか、創価だと言い回るわけにもいかないのでわからない。みんなどうしているんだろう。

抜ける行動をした方がいいのかな。

  平成21年に延岡に帰ってきてから父親インターネットの状況をみていて発狂法学部を出た俺に対して「自殺もできないくせに」などの言動があり

     練馬区の英一郎とほとんど同じ状況になった。その状況下で喧嘩になり、母親実家引っ越しインターネット漬けの生活

  平成22年に祖母が死去してからネットづけの生活体重が驚異的に増加して80キロを超えた。平成23年には父親ゴルフクラブを振り上げて

   一触即発の状況があったが、警察を呼んで事なきを得たがその後もインターネットカフェなどに出入りし遊んで生活していた。

  そうしたなか、2ちゃんねるに、警察殺害するなどの文言書き込み逮捕された。平成24年5月からさいたま地裁越谷支部で開始された公判では

   私選弁護人3名が100万円で選定、 100万円がかけられて弁護士裁判所に提出した弁論書の要旨は以下のとおりであった。

      被告人2ちゃんねるを種々雑多な事柄が大量に書き込まれインターネット上の掲示板認識している上、本件の各書き込みは、2ちゃんねる

  スレッドを伸ばすことにあったのであるから書き込みによって警察業務妨害されるおそれを知らなかった。

anond:20210620174550

独りじゃないという安心感は、個人的にかなり大きい

独身でも実家暮らしなら幸せ感高いと思うし、結婚してなくても連れがいて一緒に暮らしてるとか、なんなら友人でも猫でも家で一緒にいる相手がいれば幸せだと思う

が、一緒にいる相手との関係が悪いと幸せ感には全く貢献しないどころかマイナスで一人でいる方がマシ

年寄りに金使うな子供に金使えみたいな事を言う人達って

実家金持ちで親の老後の事の心配あんまりない人達が言っている気がないでもないんだよな。

anond:20210620163034

子供の頃にMSX使ってたけどBASICしか書けなかったよ

同級生ベーマガとかプログラムポシェット掲載される常連がいて、

というか、今から考えてみてもスゲー奴だよなぁ、偏差値高い高専行ったけど

そういう他人見ててスゲーなと思いつつ大学までプログラミングはやらんかった

大学入ってCをやるも何かが作れる感じではなかった

4年になってJavaゲームとか作れるようになった

ソフトレンダでバーチャファイターみたいなのも作れた

でも、描画が遅くて自分よりメガデモとか書けるような人の方がバリバリ高速なの書いてた

3DCGやると数学がどうしても使えないと困る

学部1年の頃はまだCというかまともなプログラムも書けなかったけど、

大学力学とか代数行列とか数値計算

情報化じゃないか論理回路とか材料工学とか材料力学もやったけど、

ゲームプログラムには役に立った

建築工学建築力学材料力学)のモーメントとかそのまま使える

ビルとか橋とか構造物破壊したりできる

あと、大学入って実家で親が捨てようとしてたMSXを持って帰って、

MSX買ったときに親がマシン語の本とかMSXの規格のマニュアルとか買ってたので、

それを再勉強したら、子供の頃理解できなかったことが普通に理解できるようになってた

自分MSXにはマシン語開発の簡易的な環境が入ってたのも大きい

それで理解が進んだのでZ80マイコンボード自分で組んで、

それでLチカからモーターを回すとかセンサーを読むとかやってた

anond:20210620155708

そもそも所得基準にしちゃう実家が超金持ちニート報酬ほとんど受け取らず経費であれこれしてる経営者貧困層になってしまうという欠陥がある。

田舎だろうが都会だろうが資産がある奴は一見収入が低くて仕事が上手くいっていないように見えても何がどう転ぼうが困らない立場であり、東京に出たバリバリキャリアマン増田のようなのは収入が高くても苦労人ではあるのだ。

被害風呂

"弟から被害を受けていた子供の記録"を読み、また父の日でもあるので思い出し書いた。

私は小学校入学以来、小児喘息にり患しており定期的に通院していた。

初診以外は一人で通院していたが、小学4、5年生のある日、その日だけ父と一緒に診察室へ入り、主治医から喘息の話だけでなく、あちこちに吹き出物ができており、きちんと体を洗えていないと指摘され、背中もよく洗うように指導された。

改めて思い返すと、多い時で隔週、少なくとも月1回は数年来通院していたにも関わらず、この日だけは親同伴だった。

不潔さが目に余ったのだろうか、それとも第二次性徴とともに小児喘息が収まりつつあるという話をしたかったのだろうか、主治医から次回は親と一緒に来てくださいと言われての同伴だったのはこの日だけだ。

 

本心では母に一緒に来てほしかった。

診療とは言え、ずいぶん前から羞恥心が芽生えており、父の眼前で上半身を裸になり、聴診器を当てられるのは嫌だった。

しかし、母は忙しいからと拒否し父へ頼んでいた。

そもそも母は、私が喘息発作を起こした際に主治医からなぜ早く連れてこなかったのかと叱られた、という話で騒ぐ人だったが、それでもやはり来てほしかった。

 

主治医の指摘をうけ、診察から帰宅した日、私は父と入浴することになった。

診察でも嫌だったのに、全裸になるのは屈辱的だった。

また、入浴は弟も一緒にだ。

以前から一人で入りたいと母に打診していたが、家庭内が忙しいから弟の面倒を見るついでに一緒に入ってあげてと言われ続け、この頃も一緒に入浴していた。

弟には非がないが、その時の私の状況は無力だったし、泣きたかった。

その日、父は、私が自分で洗うからと嫌がったにも関わらず、局部まで洗ってきた。

現行の性教育では本人の許可なくプライベートゾーンを触らせないと指導していると知り、羨ましくもあり安堵もしている。

それ以降、父とは入浴しなくなったが、弟とはいつまで一緒に入っていたのか忘れてしまった。

そのくらい父との入浴、そして拒否権の無い状況が、強烈な屈辱嫌悪を残している。

 

その時、父に故意があったのかわからないが、大人になってからの父の所業には好奇心支配欲が見えた。

父が、私の入浴のタイミングに合わせて、脱衣所を磨りガラス越しに見てくるようになったのだ。

脱衣所近くにトイレがあり、私の入浴時間に合わせてトイレへ行ったあと、脱衣所の前で佇み動かない。

脱衣所で着替えている最中、鍵がない戸一枚を隔てた先に父が居続ける。

思い過ごしかと1、2回は不審がるだけだったが、3回目であまりの恐怖に磨りガラスを衣類で覆い、いつ開けられてしまうのか、その時どうしたらいいのか、私は家にいられるのか、親子でいられるのか、母はどんな顔をするのか、思いが渦巻いて混乱した。

数日後、母が磨りガラスに衣類をかけている私を不審がり問いただしてきたが、父の覗き対策とは言えなかった。

沈黙している私をよそに、何故だか衣類をかけないよう注意され、その日から私も例の日記と同様に風呂場の中で着替えた。

 

状況が変わったのは、その日以降、母も何かを感じ取り、父の動向を気にして始めたことだった。

相変わらず同じ行動をする父に対して母は何も言わなかったが、その代わり磨りガラス和紙で覆ったのだ。

母は状況を理解しているんだと悟り、私は家から出ていこうと踏ん切りがついた。

 

家族のことが好きだったし、故郷のことも好きだった。

親はお稽古事も塾も大学へも行かせてくれたが、十年ほど前から連絡を絶っている。

徐々に弟妹、親族、お世話になった故郷の全てとも連絡を絶った。

年賀状も送り返さないし、見てもいない。

無性に悲しい日もあるが、どうにか愛されようともがいて実家にいた頃よりも安心して過ごせている。

 

anond:20210619214056

■弟から被害を受けていた子供の記録

私は3歳年下の弟から被害を受けていた。

9歳頃から胸が大きくなり始めていたが、親から姉弟で一緒に風呂に入れるようにさせられていた。

今となっては、それが弟に性的もの意識させていたのだろうと思う。

また、家族であれば女の裸を見る等の性的なことをやっていいと勘違いさせたのかもしれない。

当時、和室家族全員、川の字で寝ていた。

10歳のある日、なんだか股間がむず痒いような変な夢を見た。

目が覚めると和室で母と弟が何やら話している。

そして起きた私に気がつくと、弟がクスクスと笑いながら「おねえちゃんのお股のにおい嗅いだの」と話してきたのだ。

母は反応に困ったような半笑いのような表情だったように覚えている。7歳の子のしたことだから、「うんち」とか「おしっこ」みたいな幼稚な下ネタ程度に思いたかったのだろう。

悪びれなく笑っている弟、弟を叱らない母に、私はただただ嫌悪感が湧き上がった。

それから母に、弟と風呂に一緒に入りたくないことを要請した。

母は理由を聞くと先日の弟のことに触れられるとでも思ったのか、「思春期からね」とだけ言って受け入れた。

その日、一人で風呂に入っているとドアの向こうから弟が幾度と「なんで?」「なんで急におねえちゃんとお風呂に入らなくなったの?」と母に聞いている声が聞こえた。

弟の質が悪いのは、分かっているのに年下であること利用して純朴、無知を振る舞っていたこである

そして小賢しいので、風呂に一緒に入れないなりにあの手この手で姉である私の裸を見ようと執着していた。

塾や習い事から帰宅するとわざわざ風呂のドアを開けて「おねえちゃんただいま」と言ってくるようになった。私はそれで体を洗う時間を極端に短くして、湯船に入るとき風呂の蓋をギリギリまで閉めるようにした。

ちなみに、弟は帰宅時に私が部屋にいる時は部屋には来ない。あからさまである

また、今までトイレに行ったらトイレタンク蛇口から出る水で手を洗っていたのに、途端に脱衣所の洗面台で手を洗うようになった。風呂上がりの、裸で体を拭いているタイミングを狙ってくるのだ。

から私は風呂から上がったことがバレないように、湯船から出る音、風呂のドアを開ける音を最小限に留めたり、体を急いで拭いて、拭ききらぬまま下着や寝間着を着ていた。

これが癖になって修学旅行で体がビショビショのまま寝間着を着ていたことで同級生には驚かれた。

こんな、自宅なのに落ち着いて風呂に入れない生活が長く続いた。

そしてある日のこと、タイミング悪く私のお風呂上がりに合わせて弟が脱衣所に入ってきてしまった。

弟は下から舐めるように見た後に「おねえちゃん、(毛が)生えたんだね」と言ってきた。

家族性的好奇心の道具にされていることの屈辱言葉にならず、声も出ずに弟をその場にあった洗濯カゴで殴った。

母には私が弟を邪険に扱っているように見えていたらしい。

中学校卒業の時に、弟が「おねえちゃんプレゼントだよ」と言って、名入れされたハンカチを渡してきた。

当たり前だが弟が名入れのハンカチなど買える訳がなく、母が提案して弟から渡させたのだろう。

私のこの、長年の苦しみがハンカチ1枚で許される訳がない。ハンカチはもらってすぐに本棚の裏に投げ捨てた。

そして今、私は実家を離れて暮らしている。

コロナ禍もあり、私の部屋を片付けて仕事部屋にしたいというので片付けを手伝った。

本棚の裏からラッピングされたままのハンカチが出てきた。

からの「せっかく買ってあげたのになんで使わないのよ」の一言で、ああ、この人は私の苦しみを何も気づいていないのだと悲しい気持ちになった。

当時、弟の風呂のぞきに困っていることを相談したことはあった。だが「小さいか面白がってるだけよ」と真剣に取り合ってもらえなかった。

もしくは、自分かわいい息子が姉にれっきとした性的虐待をしていると信じたくなかったのだろう。

しかし、やられた側からすれば「たか風呂のぞき」では済まないのだ。

風呂に入っている時、ハンカチを見た時、ふとしたタイミングで思い出されては今でもずっと嫌な思いをしている。

最近だと子供性教育は話半分ではなく、「ちゃん真剣にやらないといけないよね」という世の中の流れになってきている。

私は、私と同じような思いをする子供が一人でも減ってくれればいいとただただ願っている。

からこそ、このように書き残すことにした。

子供が異性の体に興味を持つこと自体自然なこと。だけどそれで家族犠牲になってはならない。

https://archive.is/be4CZ

ほろよいの夏ライチがめちゃくちゃ美味い

父が酒を飲むと暴れるタイプ人間だったからか、酔った年上の男性が苦手だ。

温厚な祖父でさえも怖くて、別居して母の実家で同居し始めてすぐの頃は、祖父お酒を飲み始めたら子供部屋にこもっていた記憶がある。

祖父を傷つけてしまっていたなぁと思うんだけど、わざわざ掘り返して謝るのもなぁ……とうやむやにしている。

妹や弟はそこまででもないようで、まぁ、妹はそもそも5歳くらいでほとんど覚えてないだろうし、弟は9歳だったが、小児科医の父は小児喘息持ちの弟には優しかたから致し方なしと言ったところだろう。

成人してからバイト先(塾講師)で2月に1回程度の飲み会をするようになり、10歳くらい年上の人となら一緒に飲めるようになった。

だが、教室長(30代前半と教室長にしてはかなり若手だった)より上の立場の人が来ると委縮してしまった。

今の職場飲み会がないし、そもそも父親世代の人はほとんどいない。

から暴力をふるわれたことがあるらしいが、一切覚えていないし、防衛本能が働いてトラウマなんてほとんどないんだろうな、と思っていたが……これはある種のトラウマなんだろう。

そんなことを思いつつ、26歳喪女は日曜の午前中からほろよいを煽るのだった。

https://anond.hatelabo.jp/20210620024607

    こっちは親戚音信不通平成27年頃、親が実家で暴れ次男にイスをぶつけて傷害を負わせている。その次男は働かない、禿散らかしており

     Y叔母は相当前に死去し、持っていた家財などの遺産はうちのオヤジ勝手処分し、Y叔母が残した2000万円ほどの金銭勝手処分された

    ゆえにY叔母の形見も何も残っていない。昔は脂ぎっていた祖父平成29年に死去、特に平成28年冬は、祖母脳梗塞で倒れ、

     一か月後に祖父が死亡、祖母平成22年に死亡していて何も残っていない。祖母は88歳にして生きているが数か月前にまた倒れたらしく

    信用できない。叔父は部屋に引きこもり部屋に小便器を設置してトチ狂っている。母親は60歳過ぎで腎不全でいつ死ぬか分からないのに

     お前の旦那ときと違って中国移植手術もしていない。

anond:20210619214056

私も父がそれだった。

風呂の時にわざわざ用事を言いに来たり風呂の横のトイレに何度も来たり。

娘は自分の所有物で、その成長(性的な意味での)を確認たかったのだと思う。

小学校低学年からそうだったので嫌な気持ち言語化することができず、自分の心が狭いせいだと思っていた。

今でも特に性的に嫌な事をすぐに嫌と言えない癖があり、いろんな目にあった。

今でも実家は安らげる場所ではない。

私も元増田も、いつかこ気持ち成仏させられるといいな。

2021-06-19

昨日みた夢の覚書

 夢のはじまりは夜だった。私は友達三人とどこか温泉街のような場所旅行に来ていて、ホテルチェックインを済ませたところだった。私に一緒に旅行ができるような友達は三人もいないはずだから、その友達が誰だったのか、どんな顔だったかはもう思い出せない。あるいは高校修学旅行で同室になった同級生たちだったかもしれない。

ホテルは十四階建てくらいの、温泉街にしては大きくりっぱなホテルで、私たちは四人で一部屋の和室に泊まった。皆で浴衣に着替え、宴会場のようなところでにぎやかに夕食を食べた。酒を飲んで心地よくなった私は「先に部屋に戻るね」と言って、友達三人を残して宴会から抜け出した。私には昔からこういう空気が読めないところがあって、だから友達もいないわけで、やっぱり三人もの友達旅行になんて行くわけがない。

部屋に戻ると、すでに四人分の布団が敷かれていた。食事の間に用意してくれていたようだ。私は自分の布団に潜りこんだ。眠気はすぐに訪れた。

さらに夜が深くなり、あのまま眠ってしまったらしい私はうっすらと目を開けた。部屋の電気はついたままで、けれど室内に他の三人の姿がみえない。敷かれていたはずの他の布団も見当たらない。まだ微睡んでいる意識の端でふと、私はもどる部屋を間違えたのかもしれない、という可能性を考えた。アルコール思考が鈍麻していた私は、それでもいいかと思ってそのまま目を閉じた。

翌朝、目を覚まし、今度は完全に意識覚醒した状態で室内を見渡した。何度みてもやはり、其処には私一人しかいなかった。

思ったとおりだ。私はもどる部屋を間違えてしまったんだ。

とくだん焦ることもなく私は冷静に自分荷物をまとめ、スマホの充電がいっぱいになるまで少し待って、部屋のドアを開けた。

ホテル廊下が続いているはずのそこには、明るい外の景色があった。それも、よく見慣れた、私の実家玄関を開けたときに見える畑と砂利道と住居と、そういう眺めが目の前に広がっていた。

私はさすがに驚いて、たった今まで自分が寝ていた部屋を振り返る。ホテルの部屋だと思っていたそこは、私の実家に替わっていた。もう誰も住んでいない、置いていかれた家具がなんとか朽ち果てずに残されているだけの、異質な存在感を放つ廃墟が私の背後にあった。

私は酔っぱらって、ホテルの部屋に戻ったつもりが実家に帰ってしまっていたんだ!

情けない気持ちになりながら、とりあえずホテルまで戻ろうと外に出たところで足が止まる。実家からあのホテルまでのルートなど私が知るはずもない。途方にくれたが、私はそれでもホテルを目指して歩いた。そしてすぐに気づいた。あのホテルは私の実家ほとんど真裏に建っていた。

視界にあらわれたホテルは来たときよりも小さく、ペンションのような見た目に変わっていた。

しばらくホテルを見あげて立ち尽くしていると、入り口から引率の先生のような中年男性がでてくるのが見えた。いなくなった私をさがしに来てくれたらしい。友達四人の小旅行だったはずの旅行がいつの間にやら、修学旅行か何かに変わっている。気づけば私は当然のように学生服を着ていた。

「一体どこにいたんだ?」

小走りで駆けよってきた先生が私に尋ねる。私はその瞬間、廃墟となった実家で一夜を明かしたことを話せば奇異の目で見られるのではないか不安になり、曖昧に口ごもった。まごつく私に先生もそれ以上追及することはなく、私をホテルロビーまで連れていってくれた。

ホテルロビーでは、先生に付き添われて私は誰かを待っていた。友達三人のことを待っていたような気もするけれど、はっきりとは分からない。それでもただ、私は待った。ロビーには私のように先生に付き添われ誰かを待っている人が他にも何人かいた。あてどないような、茫洋な表情を皆そろって浮かべている。それを見るうちに私は、昨夜の出来事をすべて先生に話してしまいたくなり、これまでの経緯をとつとつと先生に打ち明けた。

「私、本当はやっぱり、実家出るの嫌だったってことなのかなぁ」

最後にそうつぶやくと、先生は私を見て黙った。それからゆっくりと、正面の大きな窓に目をやり、その向こうに見える立体駐車場を指さした。あの駐車場は昔は駐車場じゃなかった、あそこには誰かの住居があった、でも今はもうない。そうやってすべては変わっていくものだと、先生はしょぼくれた私を励ますように喋り続けた。

私はぼんやりと、良い人だなあこの人、でも、たとえ話は上手くないなあと思いながら、熱心に語られる話を右から左へ聞き流した。

 

目が覚めた。今度こそ本当に、そこには現実の朝があった。

まだ夢の記憶が鮮明な私はしばらく体が弛緩したようになり、とても起き上がる気になれなかった。まったくなんて夢だろう。

来月、転職が決まっている。新生活スタートだ。もうあと半月と経たずに、私は生まれから二十数年を過ごしたこの家を出る。夢の中ではすっかり空っぽ廃墟になっていたあの家に、現実の私は今、まだ、あともう少し、住んでいる。

住み慣れた我が家の廃れきった姿、それでもそこに帰ろうとした夢の中の自分を思うと、切ないような気持ちがこみあげてたまらない。

そう遠くない未来に私が抱く郷愁の味を、私は既に知ってしまったのだ。

[]6月19日

ご飯

朝:冷やしポロイチ塩。昼:なし。夜:ご飯白菜味噌汁卵焼き。煮魚。冷奴

調子

むきゅーはややー。お仕事おやすみん。

久々に実家に帰ってインターネット繋がらない問題解決した。パソコン先生仕事だけど、解決できてよかったよかった。

シャドウバース

機械反乱編の最終章自然鎮魂編を一気に全部クリア

機械反乱編最終章。モノ、テトラ、エンネアたちの残りの姉妹たちが改造結合されて敵になる展開はつらくて悲しかった。

特に身を削りながら戦うモノと、それを助けるユリアスの2人のシーンが好きでした。

マンマル1号の死亡フラグも回収されて、仲間が亡くなっていくなかようやくの最終決戦。

ところが粛清の権能を発動したところで話が途切れていて、自然鎮魂編および天地争乱編に続く。

自然鎮魂編アリサルートは、ギルド争乱編で正義側だと思っていた騎士団真逆だったことを踏まえた、価値観お話だった。

ような気もするし、スキンシップ多めのラティカがアリサエリカイチャイチャする楽しいお話だったような気もする。

スキンシップが多めのキャラクタは見ていて楽しくて大好き。

次のエリカ編でもラティカの出番は多そうなので楽しみ。

自然鎮魂編エリカルートは、ミストリナとの交流およびアリサへの謝罪お話

災いの樹編、ギルド争乱編と長く続いてきたシャドバメインストリーだけど、ようやくエリカがみんなを仲間と認めてくれた。

リサエリカの仲睦まじいところもいいし、ナテラ原住民ミストリナとラティカもエリカイチャイチャしてくれて嬉しい。

ただ姫様にはこうしてもらえてなかったのかな? と少しだけ穿ってしまうなあ。姫様の性格もまだよくわかんないかしょうがないけど。

自然鎮魂編ローウェンルートは、ヴァイディとローウェンの呪いコンビイチャイチャだった。

ヴァイディの真意過激派を率いることでなく、自らをベイリオンに討たせて、ベイリオンを誰からも認められる王にするためだった。

こういう仲違いをしていたのは本当に相手のことを思ってただったのだ展開って、進撃の巨人とかコードギアスとかでもあったけど、まあなんというかかんというかそのですね。

ヴァイディ生き残ってほしいなあ。

自然鎮魂編イリスルートはナテラ過去に迫る歴史の話だった。

ただまあ予定調和というかなんというか、機械反乱編は8人を4人にした分の濃さが出てたけど、自然鎮魂編は逆に薄くなってる気がする。

イリスギルド反乱編を経て成長してるだけに主な交流相手一方通行にならざるをえない過去の記録のジラード君なのが寂しい。

次で自然鎮魂編はラスト、そして次の次で機械反乱編と合流して天地侵略編。ここまで遊べば期間限定ストーリーを遊べるので、このペースで遊んでいこう。

自然鎮魂編最終章は、百合オタの母なる君にアリサエリカ百合チュッチュッを見せつけることで鎮魂させる話だった。

いやそんな話じゃないけど、母なる君が求める人の情や絆を一番持ってなさそうなエリカが、みんなを大好きなアリサに示すことで納得させるくだりが印象深かった。

ただ、どうにも平等に出番を作るためなのか過剰に交代交代でしゃべったり、過剰に交代交代で攻撃演出が挟まったりと、どうにもこなれてない感が伝わってきて微妙だった。

から被害を受けていた子供の記録

私は3歳年下の弟から被害を受けていた。

9歳頃から胸が大きくなり始めていたが、親から姉弟で一緒に風呂に入れるようにさせられていた。

今となっては、それが弟に性的もの意識させていたのだろうと思う。

また、家族であれば女の裸を見る等の性的なことをやっていいと勘違いさせたのかもしれない。


当時、和室家族全員、川の字で寝ていた。

10歳のある日、なんだか股間がむず痒いような変な夢を見た。

目が覚めると和室で母と弟が何やら話している。

そして起きた私に気がつくと、弟がクスクスと笑いながら「おねえちゃんのお股のにおい嗅いだの」と話してきたのだ。

母は反応に困ったような半笑いのような表情だったように覚えている。7歳の子のしたことだから、「うんち」とか「おしっこ」みたいな幼稚な下ネタ程度に思いたかったのだろう。

悪びれなく笑っている弟、弟を叱らない母に、私はただただ嫌悪感が湧き上がった。


それから母に、弟と風呂に一緒に入りたくないことを要請した。

母は理由を聞くと先日の弟のことに触れられるとでも思ったのか、「思春期からね」とだけ言って受け入れた。

その日、一人で風呂に入っているとドアの向こうから弟が幾度と「なんで?」「なんで急におねえちゃんとお風呂に入らなくなったの?」と母に聞いている声が聞こえた。


弟の質が悪いのは、分かっているのに年下であること利用して純朴、無知を振る舞っていたこである

そして小賢しいので、風呂に一緒に入れないなりにあの手この手で姉である私の裸を見ようと執着していた。

塾や習い事から帰宅するとわざわざ風呂のドアを開けて「おねえちゃんただいま」と言ってくるようになった。私はそれで体を洗う時間を極端に短くして、湯船に入るとき風呂の蓋をギリギリまで閉めるようにした。

ちなみに、弟は帰宅時に私が部屋にいる時は部屋には来ない。あからさまである


また、今までトイレに行ったらトイレタンク蛇口から出る水で手を洗っていたのに、途端に脱衣所の洗面台で手を洗うようになった。風呂上がりの、裸で体を拭いているタイミングを狙ってくるのだ。

から私は風呂から上がったことがバレないように、湯船から出る音、風呂のドアを開ける音を最小限に留めたり、体を急いで拭いて、拭ききらぬまま下着や寝間着を着ていた。

これが癖になって修学旅行で体がビショビショのまま寝間着を着ていたことで同級生には驚かれた。


こんな、自宅なのに落ち着いて風呂に入れない生活が長く続いた。

そしてある日のこと、タイミング悪く私のお風呂上がりに合わせて弟が脱衣所に入ってきてしまった。

弟は下から舐めるように見た後に「おねえちゃん、(毛が)生えたんだね」と言ってきた。

家族性的好奇心の道具にされていることの屈辱言葉にならず、声も出ずに弟をその場にあった洗濯カゴで殴った。


母には私が弟を邪険に扱っているように見えていたらしい。

中学校卒業の時に、弟が「おねえちゃんプレゼントだよ」と言って、名入れされたハンカチを渡してきた。

当たり前だが弟が名入れのハンカチなど買える訳がなく、母が提案して弟から渡させたのだろう。

私のこの、長年の苦しみがハンカチ1枚で許される訳がない。ハンカチはもらってすぐに本棚の裏に投げ捨てた。


そして今、私は実家を離れて暮らしている。

コロナ禍もあり、私の部屋を片付けて仕事部屋にしたいというので片付けを手伝った。

本棚の裏からラッピングされたままのハンカチが出てきた。

からの「せっかく買ってあげたのになんで使わないのよ」の一言で、ああ、この人は私の苦しみを何も気づいていないのだと悲しい気持ちになった。


当時、弟の風呂のぞきに困っていることを相談したことはあった。だが「小さいか面白がってるだけよ」と真剣に取り合ってもらえなかった。

もしくは、自分かわいい息子が姉にれっきとした性的虐待をしていると信じたくなかったのだろう。

しかし、やられた側からすれば「たか風呂のぞき」では済まないのだ。

風呂に入っている時、ハンカチを見た時、ふとしたタイミングで思い出されては今でもずっと嫌な思いをしている。


最近だと子供性教育は話半分ではなく、「ちゃん真剣にやらないといけないよね」という世の中の流れになってきている。

私は、私と同じような思いをする子供が一人でも減ってくれればいいとただただ願っている。

からこそ、このように書き残すことにした。


子供が異性の体に興味を持つこと自体自然なこと。だけどそれで家族犠牲になってはならない。

なんやかんや月10万出費してる

たまに外食いって、必要もの買って、ってしてたらいつのまにか毎月10万出費してる。

実家暮らしで、月に数万家に入れてるだけなのに。

明細を眺めても「でも、これは必要から買ってるしな…漫画はまだ本で買いてえよな…」と納得の内容だった。

手取り20万だから、最低でも月5万は貯金してるけど、一人暮らし始めたら無理だよねー

夕食作りたくなさすぎる

昼食はなんとかチャーハンをつくったけど、夕飯つくりたくない。

それを言い出したくもない。

洗濯二回したけど風呂洗ってない。

洗剤にアレルギーなのか昨日めちゃくちゃ息が苦しくて気持ち悪くなったから怖い。

代わって貰うとかはぎっくり腰か倒れでもしない限りは話しかけたくもないから無理。

あーあ詰め替えかってあるし一番コスパがよくてセールで安い洗剤なのにな。

夫がワキガとか体全体から匂いも虫のうんこみたいな垢だか皮膚だか何出てるのこんなに風呂も洗い場も?みたいなんじゃなければ毎日アホほど洗剤使って必死風呂掃除しないでいいのにな。

実家に居たときみたいに少量の洗剤だと全然臭いがとれなくてベタベタぬるぬるの汚れが取れなくてもう嫌だ

ファブリーズとかデ王とか洗濯洗剤も大量に使うから風呂掃除用安いのしか無理なんだよ

anond:20210619165529

女子学生同士でも容姿健康や仲間の数や実家の裕福度合いで権力勾配はある

自分が有利な時は黙ってる

父がいない父の日を初めて迎えるにあたり

昨年の秋、父が70少し過ぎで身罷った。

40年来の糖尿病持ちであったが、ずっと血糖値自己管理ができていたのと母が食事カロリー計算をしていたこと、あとはおそらく運が良かったのもあり、長患いにしては失明することも足を切ることもなく元気に過ごせていた。

ただ、最後の1年は認知症になって血糖値自己管理ができなくなり、高血糖入院したが医者喧嘩して退院した後、週一で在宅看護を頼んで自宅療養して様子をみていた。血糖値上下はありながらも比較平穏に過ごしていたが、最期の1週間は急速に弱って歩けなくなり、在宅介護と在宅医療の準備を進めていた矢先に心不全急逝した。

結局は長年の糖尿病で体が全体的に弱っていたのが諸々の引き金となったということなんだと思う。

認知症になるにはだいぶ若い年齢だったことに加え、普段の会話にはあまり自然な点はなかったこから発見が遅れ、高血糖入院した際に医者に「認知症の疑いがあります」と言われて検査したらそれなりに進んだアルツハイマー認知症(脳血管性もちょっとある)で、要介護2に認定された。

父が要介護になる少し前に、増田義母(80代)もある日突然歩けなくなり、要支援から介護4にジャンプアップしたことから介護に関する多少の前提知識は持っていたため、介護関連の手続き増田が引き受けた。

一昨年~昨年にかけてかなりバタバタして、「さぁ、これから本格的に在宅介護だ頑張るぞ」と気合を入れた矢先の突然の別れだったので、悲しさよりも拍子抜けした感が先に立ち、その後も涙に暮れて過ごすという感じにはならなかった。

母も兄も同様で、家族にあまり悲壮感はなく、家族みんな「やれる事はやった末の結果だ」とは思っている。

もっと早く気づいていたら」とあの状況を回避する世界線を今も考えるが、どうにかなるビジョンが思い浮かばないので、おそらくどのルートを辿っても詰んでいたということだろう。

今月、母がワクチンを接種した。

実家が全国屈指のワクチン予約困難地域であるため、大規模接種センターで接種することにして私が母の予約をとり、当日も道案内がてら付き添ったんだが、「これ父さんがボケずに存命だったら、母さんと自分の二人分予約とって『俺はPCに詳しいから』とか得意げに自慢してたよね」という我が家あるあるの話をして笑いながら、ふと「そうか、これから折につけ『父さんが生きてたら〜』って話しながら生きていくんだな」と思い至った。

死んだ時には実感はなかったし、悲嘆に暮れることもないが、これから日々の中で父の不在に思いを巡らすんだと思う。

明日父の日で、「そういえば父さんがいない父の日って初めてだな」と思ったので書いてみた。

あとは、これから家族介護必要になる人もいると思うので、増田経験(2件だけど)から少しだけ。

家族介護は思ったより突然やってくる

家族介護保険証(65歳以上に届く青い三つ折りのやつ)の在り処と地元地域包括支援センター場所普段から認識しておいた方がいい:本人不在でも、介護保険証持って包括支援センターに駆け込めばプロ相談に乗ってもらえる。向こうはいろんなケースを見てきた百戦錬磨人達なので、自分の頭だけで考えるより良い方策を知っている。義母介護でも父の介護でも地域担当ケアマネさんにとても助けられた。

・親が認知症になると銀行から預金を引き出せなくなるので、その前に手を打っておいた方がいい:任意後見制度とか家族信託なんかは基本的に「認知症になる前に契約しておく」ものなので、認知症になってからだと成年後見制度一択になってしまう。最近銀行認知症サポートサービスを始めてるみたいだけど、これも基本的には事前に手続き必要

とはいえ、老化と介護は本当に個人によって状況が異なり、一意に「これ」という方策はないので、あくまでも個人経験談として。

高卒発達障害の、恐らくこれ以上ない職場

高卒女。ASDADHD

高卒就職していまもその会社で働いている。

今年で確か25だから……7年目かな?

ただ発達障害の診断されたのは就職後だから、一応一般就労クローズで働いてる。

いまの職場に不満は無い。

いや、一切不満が無いわけじゃない、けど、転職するほどじゃない。

中小企業事務員経理ではない。とある事務作業をずっとしている。

もう5年以上。

正社員フルタイム年収は300万前後。月の手取りは14.5万。

残業ゼロ職場だけど、一般的にみたら手取りは少ない。

少ないと思うけど、田舎だし、高卒だし、事務員だし、しょうがない。

でも奨学金も無いし、実家暮らしだし、全然なんとかなる。

友達もいないか交際費もない。彼氏いたことない。

趣味もそんなに無い。休日は家に引きこもるし。(だから出会いも無いのだけれど)

物欲もそんなにない。馬鹿舌だから食に対してこだわりもそんなにない。

そんな感じで、5万円くらい実家に入れても、なんとなっている。

というか全然貯金出来てる。年間80万以上は。

まあ若い頃は経験お金使った方がいいとかいうから貯金があればいいってわけじゃないんだろうけどね。

実際居酒屋すら、会社飲み会で数回行ったこしかない。飲み会だと他の人が注文も何もかもしてくれるから何も分からない。

この辺は今回の話と関係いからまあいいや。

仕事を教えられたときは、手作業で一つ一つ数字のチェックをしなくちゃいけないことが多かったかミスも多かった。

ミスチェックをしても、まだミスが残っている。チェック3回してもまだミスが残ってたりする。辛かった。

でもある程度仕事を覚えたら丸投げされるようになって、ある程度自由にしてよくなったから、

自分Excelを使って確認用の関数を組んで、機械にに確認させるようになったらめちゃくちゃミスが減った。

マクロとかは1mmも分からないけど、Excel関数には多少詳しくて良かったとこの時本当に思った。

それでミスがほぼ無くなって、だんだん評価されるようになった。

仕事ひとつのことをやっているればいい。コミュニケーションは苦手だけど、独立した仕事をしているから他の人とあまり関わらなくてもいい。

来客対応はしなくていい。電話対応は無いわけじゃないけど、分かんなかったら保留にして人当たりの良い先輩に聞けばいい。

入力作業がないわけじゃないけど、機械にチェックさせる仕組みを作ったから、まだどうにかなる。

営業じゃないけど、「仕事を取る仕事」をしているから割と評価もして貰えてる。

毎日残業無しの8時間労働だけで、評価して貰えてて、年収300万。

今はコロナで完全に無くなったかあんまり関係ないけど、苦手な飲み会も年に4~5回くらいしかない。

休日も取りやすい。人間関係も悪くは、ない。

人当たりの良い先輩も多い。良くして貰っていると思う。

社長はクソだし、反りの合わない従業員も多少いるが、全然許容範囲

「私のこと嫌いなんだろうな~」って人もいるけど、まあ、我慢すればいい。

多少不満はあるけれど、まだ目を瞑れるレベル

毎日椅子に座って、パソコン操作して、半月後にある期限さえ守れば自分のペースで仕事していい。

正確性は求められるけど、そこの問題Excelとかがチェックしてくれるからカバーできる。

これ以上の職場があるか?

職場環境もそうだけど、これだけ私に合っている仕事内容で働かせてもらえるか?

多分この職場で他の仕事してたら絶対続かなかった。

経理とはExcelミスカバー出来ないし……

絶対にこの仕事辞めない。クビって言われるまで居座り続ける。

というかクビって言われたらもう他の仕事に就ける気がしない。

一応日商簿記2級と、あとこの業界簿記資格を持っているけど、経理はしたくない。ミスが多いから。

障害者雇用だと年収300万はもう絶対にむりだ。

この前なんとなく「地元名+日商簿記」とか「地元名+業界簿記」とかで検索して求人情報確認してみたけど大体がパートで時給900~1000円だったし、絶対転職とか出来ないでしょ。

基本給18万とかあったけど、経理事務作業全般みたいな仕事内容だし、色々な仕事毎日同時進行なんて出来ない。

書けば書くほど仕事辞められないなと思った。

絶対辞めないです。

でも多分あと数年で社長が変わります社長が変わると社内の雰囲気がかなり変わると聞くのでそれが一番怖いです。

このままずっと、私に優しい職場関係でありますように。

お仕事頑張ります

2021-06-18

明日KDDI株主優待焼肉の肉が届く

送り先、実家にしたから週末は実家に帰って食うわ。

モテないなら外面だけでもフェミニストした方がいいよ

20代前半の若い女やってて、「フェミニストです」って女自体は少なくても、「男尊女卑な男が好きです♡」ってやつはいないというか、勘違いミソ男が裏垢で晒されてたりするのをめちゃくちゃ見かけるようになった。

例えば質問箱に入ってた「どんな異性が好み?」に対して「家庭のこと全部やってくれて、なおかつ老けない」って答えたサークル同期は、スクショサークル内で出回りまくって総スカン食らって、そのまま居づらくなって退部した。これは分かりやす男尊女卑だけど、もっとナチュラル無自覚な、例えば「子供4人は欲しいんだよね」みたいな発言も裏で叩かれてたりする。

モテるやつほど男尊女卑、みたいなデータ出してるやついたけど、ただ「モテるミソ男→ミソジニーを上回る魅力がある」ってことで、魅力がない男が男尊女卑してもモテるはずないんだよな。目を覚ませよ。

本気でフェミニズムに傾倒しろとは言わないし、というか私もフェミニストじゃないけど、ある程度そういうトレンドわかってないと、めちゃくちゃダサくて嫌われるやつになるんだな〜とここ最近思った。モテたい非モテ思想っていうよりトレンド感覚フェミニズム取り入れるのもアリだと思うよ。

追記

成功例聞かれたけど、二例くらい知ってる。

両方とも外見チー牛の男子が、性的攻撃性のなさから結婚相手として」女子に選ばれた例だけどね。

結婚恋愛に関する雑談みたいなので、「相手苗字でも、事実婚でもいい」「実家には来なくてもいい」「自分は男という立場を利用して女の子に迫るのが怖い」的な発言をしたらしく、どちらも早婚希望女子が持ってった。

相手のこと恋愛的に猛烈に好きなわけじゃないけど、緩やかに愛してるよ」って片方の子は言ってたよ。

anond:20210618191653

実家あるから新しく建てるのもな…

その実家を引継ぐのだって何十年後になるやらわからんし、日本に居るかもわからん

確信を持ってこの土地に住み続けるぜ!みたいなのがあれば建てるのも悪くないんだろうけど

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