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はてなキーワード: 言葉とは

2017-11-25

弱者は何をしても良いと言う論調

最終的に弱者は「人を殺しても良い」「組織テロを起こしても良い」になりそうで怖い。

弱者言葉に耳を傾けない人や組織に何をしても良い、法律違反だろうとルール違反だろうと関係ないの先にあるモノは弱者暴走だぞ。

イチロー信者ラノベすらろくに読めない人のお言葉です

イチロー名言 「僕が読書をしない理由」を見た。

これ!!!

そうか、ぼくはイチロー信者から読書苦手なのか。

読書が苦手というか、読書で染まった人間と喋るのが苦手なのか…すげーわかる!!

再三、「ぼくは東浩紀信者が苦手で、友達がそうなってしまたことについていけずに縁を切る結果になった」という話をしてるけど、あれなんで苦手かというと「本を読んだかどうか」「自分または東浩紀に近い解釈かどうか」がOSになって喋ってるから苦手なんですよ。

目の前にいる人と話せてない感じが

勉強することと、

共感することと、

崇拝することは全部違うんですよ。

勉強してるつもりでも、その文献通りじゃないと納得行かない(崇拝の状態になってしまってる人)と、会話をするとそれが宗教であれ、哲学であれ、目の前にいる人間以外との会話になるから、崇拝してる人と話しても面白くないの

ぼくはその友人の言葉や行動に興味があるのであって、東浩紀に興味があるわけでもなんでもないわけ。

から東浩紀基準で正しいか間違ってるかを判別し始めた時に、この人と会話してる気分になれなくて冷めた。

それが本を読んでる人達の、ある一定割合の人の態度だから避けてる

逆に、ぼくが二村ヒトシとか、藤沢数希恋愛工学読んだ時に、なんであんなに病んだり、キレたりしてたかというと、本の内容との距離感がつかめなかったから。

賛成すると本に支配され、反対すると猛烈に拒絶してしまう。

付かず離れず知識として、その人の生き方という1ケースとして冷静に読みづらい

一般読者にとって、下手くそ自己啓発本か、できの悪いラノベぐらいが一番読みやすいのは、本に自分が乗っ取られない(極度に崇拝せず、かと言って拒絶もしない程よい距離間を保ちながら)読めるからだとおもうんです。

逆に言うと、文章うまい人や論理構築がすごい人の本は宗教じみてしまいがち

色んな人に影響を受けてるから自分言葉じゃないもの引用・盗用になりがちな形で言葉を吐くことはぼくにもあるけど…なるべく自分なりに咀嚼して、完全に同じにならないように(できるだけ表面上違うけど、本質的には同じこと言ってるぐらいの感じに)したいのよね。

からいい影響は受けたいし

好きな女の子や、頭のいい人に共感はしたいよ?

だけど、崇拝まで行かないように、どうにかこうにか距離を保っていたいという気持ちがぼくの中にあるんです。

崇拝すると、崇拝した相手にも全然関係ないやつと話す時もつまんない。せいかいありきになって自分言葉自分の考えが話せなくなるから

末っ子と長子

はじめて末っ子と付き合ってる。因果関係は推測でしかないが、人からもてなしてもらう 人をもてなす ということへの差が激しいと感じる

わたしが長子なので、かなりの偏見と羨望混じりだが、末っ子は全て用意されて、はいこれね とお膳立てされてるイメージ

長子は、ゴールはなんとなく見えてるが自分でなんとかたどり着くかんじ。勉強の仕方とか親もわたし右往左往していたが、妹はわたしの後についてきたかんじ。

末っ子彼氏は、そのためなのか自分で考えることを意識的でないとできない。もてなすという、概念ほとんどない。

悲しい。このことを遠回しに言葉説明したが伝わらない。

具体的に伝えても、結局自分に負荷がかからないことだけしかできない。

重たそうな荷物もつ、夜遅い時駅まで見送る、は言ってもできない

ご飯食べる時に奥に座らせる はできるようになった

そばにいる女性に対してこの有様だと正直恥ずかしい・・・

20そこそこの人ならわかるがもうアラフォーでこの状態

どうしよう?あらしかみつからん

リテラ

安倍政権教育無償化公約ウソだったって批判してるのに、年収800万世から子無し税をとる政策には「ゆがんだ少子化対策」と批判

教育無償化も、子無し税も、本質的に子無し税であることには違いないし、財源を一般から広く徴収する教育無償化より、高収入世帯にしぼって徴収する子無し税のほうが格差是正には有効なのに、言葉の使い方で雰囲気批判したり支持したりする。

リテラってマジにウンコだよな。

問題があるから離婚した地雷

今彼をキープしてバツ男に浮気しない方が賢明

 

離婚するってことは何か問題があったか離婚してるわけ。問題がなければ離婚する必要はなかった。

甘い言葉をかけてくるバツ男は欠陥を隠蔽しているだけで、そのうちメッキがはがれて発覚するだろう。「だから離婚したのか!」って。

今彼とバツ男のどちらが地雷かといえば、バツ男の方がハズレの可能性が高い。

人を見る目を養って、相手の本性を見抜こう。どうぞ幸せになってください。

 

離婚心理学パートナーを失う原因とその対処 https://www.amazon.co.jp/dp/4779503841/

さっき不吉な夢を見た

母親が死にかける夢だった

母親運転してて、自分助手席に乗っていた

母親はいつもは安全運転なのだが、その夢の中では荒々しい運転だった

とにかく急いでた。他に走ってる車がいるのに、速度は出てるし、日本なのに右の車線走ったり、歩道を走ったりするし、かなり急いでた

夢の中の自分は「大丈夫?」「あまり急がなくていいよ」とか、

母親尋常でない運転をなだめるよう、矢継ぎ早に言葉をかけていた

その度に母親は「大丈夫大丈夫」と言って、険しい顔で真正面を見据えていた

そして、「体調悪かったら病院に行こ?」と言ったら、

「無理!! 間に合わないかもしれないの!!!!!」と、母親が激しく反応した

すると、母親の口から、血の塊と血そのものが溢れ出した

何かの病気で、発症してたから急いでたんだ、とその時に分かった

でも夢だから、そんな劇的な場面の直後、運転だっていう事実がどっかに行った

立体駐車場みたいな所で二人で立ってた。でも母親は苦し気に背を折って、まだ吐血していた

自分はかなり驚愕していたけど、母親にこれ以上ダメージを与えないように、

なるべく穏やかに大丈夫大丈夫」とか言って母親の肩を抱えて、血で気道が塞がらないように横に寝させた

そして通りすがりの二人の男女を指さして「すみません! 救急車! 090……じゃぁない、901!」とか、てんで合ってない番号を叫んだ

二人は足を止めてくれて、スマホ救急車を呼んでくれた

それからは、まあ夢の中だから現実的じゃぁない事を交えつつ進んでいった

母親は口と心臓だけになるようなドロドロの液状になったり、そんな状態になっても生きていたり、

救急車描写もなく病院の中に場面が移ったり、ノンタイム父親が何故か隣にいて、

手術台には口と心臓母親が乗ってて、「よろしいですか?」って手術医が自分に訊いてきたり

それで、手術医が母親の気道に何故か刺さってた針を抜いた所で、さっき目が覚めた

それだけでも不吉な夢なんだけど、

なおさら不吉なのは今日実家から母親が車に乗って、アパート住まい自分に会いに来る日なんだ

悪夢はむしろ良い兆候とか聞くけど、流石にタイミングが悪すぎる

LINEで、現実母親に「今日は夢見が悪かった。体調気をつけよう」と送ったら、

ちゃんと「大丈夫大丈夫」って返信が来た。現実は上手い事行って欲しい

[] #42-5「ドッペルさんはマトモに見れない」

小児

マスダ(弟)「ドッペルはほっといて欲しいんだよ」

ミミセン「どうしてそんな現状から逃避することを?」

マスダ(弟)「逃避じゃなくて、“維持”なんじゃないかな。ドッペルは現状から進展させようとしても、それがどうしようもないと思っている。むしろ悪くなるんじゃないかとすら」

ミミセン「まあ、あの様子だと、兄ちゃんはあまり良いリアクションはしなさそうだ」

マスダ(弟)「まあ……多分ね」

タオナケ「それに万が一成就したら、マスダの兄ちゃんはペドフィリアなっちゃうわ」

マスダ(弟)「まあ……それも困る」

維持

マスダ(弟)「だから、ほっといてやろうぜ。想っているだけで良いのさ。少なくとも今のところは弟みたいな存在で構わないんだろう」

ミミセン「……そうだね。これ以上は追及するのはよくない」

タオナケ「想っているだけで良いなんて私には理解に苦しむけど、当事者が誰も得しないなら仕方ないわね」

マスダ(弟)「とは言っても、その当事者がいないところで俺たちが好き勝手言っているだけなんだがな」

必然

マスダ(弟)「じゃあ、俺はもう帰るからな」

…………

タオナケ「そういえば、まだ気になることがあるんだけど」

ミミセン「なに?」

タオネケ「どうして今回は、こんなショートショート漫画っぽいノリで話が展開していったのか」

ミミセン「それって1ページ1ネタ系? 四コマタイプ?  コマは横長? それとも正方形?」

タオナケ「その違いを聞く必要ある?」

疑念

タオナケ「まあマンガっぽいとはいっても、今回の主役のドッペルが出てきていないけどね。私たち外野が好き勝手言ってただけ」

ミミセン「……うん? ちょっと待って。いま、気づいてしまたことがある」

タオナケ「気になることばっかりじゃない」

ミミセン「僕たちが今まで会話していたのって、マスダだよね? 実はドッペルだったとかじゃないよね」

タオナケ「……明日、本人に聞いてみる?」

ミミセン「……教訓に習うなら、やめといたほうがいいかもしれない」

結論

タオナケ「そのつもりで喋っていたけど……仮にそうだとして、どれがマスダの言葉で、どれがドッペルの言葉?」

ミミセン「……ややこしいだけだから、考えるのはやめよう」

シロクロ「ややこしいことばっかりだな!」

ミミセン「僕たちみたいな立場人間がややこしい問題について首を突っ込むと、ろくな答えが出ないどころか余計にややこしくなるってことだね」

タオナケ「ややこしくなったのは私たちだけの問題じゃない気もするけど……」

シロクロ「じゃあ今後は無闇やたらと首を突っ込まないのか?」

ミミセン「それは……たぶん無理だろうね」

タオナケ「無理ね」

(おわり)

絶対に許さねえから虚淵

アニゴジの感想で「絶対に許さねえから虚淵」って出てくるけど

これは本当に許さないのか、誉め言葉なのか、本当にそう思ってはいるけどNTR女子みたいに何だかんだ続きを見てしまうような調教をされてるのか

どれなのか良く分からなくて見るのを控えたくなる

2017-11-24

anond:20171124225948

ども、先程、アーミッシュについて書いたものです。すみませんIT企業勤務なんで、正直、日本が真似できるか、というか私が真似できるかというとできませんね。できるとは思っていない。

ただ『持続可能社会』って言葉を素直に考えた時に、『進化し続ける社会』と『進化を止めた社会』(止め方、社会のありようによるんでしょうが)、どちらが長く続くんだろうな、と思うのです。

いやぁ、よく女性が「サステナブル(持続可能)な社会」みたいな事いってるの見たことありませんか。私はあります

もちろん、進化を辞めない社会で、持続可能社会が構築できれば、それはそれで素敵ですね。

アーミッシュ電線を使わないのは、発電設備など高度なインフラ必要とするものがあると、『貧富の格差』が生まれしまうから、というのが理由だそうです。同様な理由ガソリンも使わなかったと。

貧富の格差は、はてなでも時々話題になりますよね。曰く、もっと金持ちから徴税すべきだ、とか。

一応、細かい話ですが、電圧の低いものであれば、例えば12Vバッテリー程度であれば使用可能だったかと( ミルクを冷やすのに使ったりする )

anond:20171124223900

日本で一番困ってるのは人口構成いびつさであって少子化じゃないんだよなあ。

しかしそのいびつさを直接解決しようとするのは、ほとんど老人の姥捨て山政策にならざるを得ずに、政治的タブーから少子化というふうに言葉すり替えて大騒ぎしてるだけなんだよ。少子化のものはそんなに絶対悪じゃない。

屈んでた女のパンツが見えた時、何が驚いたってあんなにもっこりしてたってことな

モリマンって言葉は後から知った

子供が嫌い」と気軽に言っちゃう人が嫌い

先日寿退社した人と食事をした。

なんでも「夫も私も子供は嫌いだから、今後も子供は欲しくない。」のだそうだ。

この手の発言ネットでもリアルでも今やありふれたものになってきてる。

ただ個人的にはこの言葉を聞く度に、拭い去れない違和感と言いようのない嫌悪感が溢れ出してくるのだ。

子供純真無垢否が応でも素敵なんだ!子供嫌いな奴なんてマトモじゃない!」なんて綺麗事を吐きたいのではない。

自身子供相手は得意なほうではないしこの発言意図は汲み取れる。

この違和感嫌悪感の原因を掘り下げていくと自分の子供の頃の体験が蘇ってきた。

俺はとにかく子供らしくない子供だった。小学生のうちからこじらせまくっていた。

小難しいニュースを見て背伸びした発言をしたり、大人矛盾した行動を見て皮肉や嫌味を言ったり、

褒められたら褒められたで、当てこすりで謙遜をしたりするようなマセまくったクソガキだった。

この頃の俺が一番嫌だったのは「子供」というフィルタを通してしか接してこない「大人」だった。

俺がどんなことをしようと「子供」としてカテゴライズされて処理されるのがたまらなく嫌だった。

『俺は年齢の区分としては「子供なのだろうが、一人の個人なのだ!なぜ対等に接してくれないんだ!』といった具合に。

矛盾を指摘すれば「子供のくせに偉そう」、期待したリアクションが無いと「子供らしくない」、

こちらが敬語で話しかけても猫なで声で「ボクどっから来たの~?」...etc、全て反吐が出るほど嫌だった。

そう、原因はここにあったのだ。

子供が嫌い」という人は「子供」という自分の中の独断偏見で構築した「属性」を判断基準にしているのだ。

悲しいかな、俺は大の大人になっても人のことを「属性」で判断する奴が大嫌いなのだと分かった。

思春期から今に至るまで「ゆとり世代」と罵倒され続けてきたことも大きな要因の一つだろう。

子供」という属性を「男性」や「女性」、「老人」や「外国人」、「高卒」や「特定職業」などに置き換えてみよう。

ステロタイプで人を判断する、現代社会では到底許される発言ではないはずだ。

でも「子供が嫌い」と発言するのは何故か、まかり通ってしまっている。

エイハラスメントだ!」なんて問題提起して燃やすつもりはないが、

一括りに「子供が嫌い!」と気軽に発言してしまう人、少し立ち止まってみてほしい。

新人には楽をすることを教える」みたいなこと言ってドヤってるやつ

その言葉を言うだけなら簡単だけど、それを実践するのって難しいし新人簡単にできることじゃねえよなって思う

例えば今日時間かけてその工夫をすることで今後の一ヶ月間の作業毎日20分短縮される。みたいな時とか

勿論こうして条件出されれば長期的に見てその工夫はしたほうが「楽」だってわかるんだけど、

新人にそんな見積もりは出せないよ普通

心の矢印:鷲崎健安藤忠雄

大学教授の授業はつまらない。彼らは別に学生にわかってもらおうとなんて思ってないだろう。

極一部だけ、自然と聞ける授業をする先生もいる。何がその他大勢と違うか。

それは別に話が上手だったりするわけではない。

学生の方に姿勢を向けているというか、対話しようとする意思が伝わってくるのだ。だから聞き手も聞きやすい。

俺はこれを「心の矢印が外向きである」と呼んでいる。

+++++++

中学生相手集団授業をするバイトをしている。真面目なので、毎回しっかり準備して挑む。

しかし、事前で考えてきた説明をそのまま吐き出しても、なんか微妙な感じで終わることが少なくない。

思うにわかやすさとは「演出である

その場に適切な?声の大きさとかトーンとか、話のリズムがあって、それに乗せて言葉を吐かなくとうまくいく。気がする。

家で「ここはこういうトーンで話そう」とか考えてきても結局また微妙な感じになる。

最初から上手にやろうとしても無意味だと最近気づいた。

そもそも「上手にやろう」と考えた時点でもう心の矢印が内向きなのだ

そのスタンスで吐く言葉相手には届かない。

最近少しだけ矢印を外向きにできるようになってきた。

+++++++

鷲崎健ラジオを5年くらい聞き続けている。

アニラジだけじゃなく、地上波ラジオもちょこちょこ聞くが、やはり一番ラジオが上手だと思う。

もちろん正解はひとつじゃないのだろうが。

何といってもゲストを掘り下げるのが上手である気持ちいくらいの深さまで掘ってくれる。

ゲストに対してだけではない。リスナーに対しても矢印を向けている。

ラジオは人としゃべることである」と本人も言っているが、

その対話を外で聞いているリスナーもちゃんと意識しているのが鷲崎健である

ゲストに対するリアクションが大きいのは、リスナーに「ここは笑っていいところですよ」と伝えるためだと思う。

からリスナーは”安心して”笑うことができる。番組雰囲気の一部にいるような気持ちになる。

+++++++

安藤忠雄展。メインの建築の話はまあ正直3%くらいしか理解できなかった。

コンクリート抽象的なTHE・Tadao Andoの建物だが、その実、立地環境を最も生かすように構成されている。

表参道ヒルズのことも、あのゆるやかな坂の傾斜を「建物内部に取り込もうとした」と言っていた。よくわからんけどすごい。

音声ガイドを聞いていても、住居にすむ人のことをよく考えていたり、一緒に仕事をした人の名前をよく挙げていたのが印象的であった。

独学で頂点に立った天才建築家である以上、自分のこだわりは曲げないみたいな、気難しい気性を想像していたが。

自分意見が受け入れてもらえなかったり、企画挫折連続だったとかの過去も、ちゃんと自分の中で消化しているのだなと感じたり。

あの光の教会も、めちゃくちゃ厳しい依頼の中での仕事だったらしい。

それでも条件を全部満たしたうえで自分作品を建てた。うーん、見習いたい。

あくまでも心の矢印を外に向けたまま、自分理想も実現するということか。

+++

国立新美術館の2Fでは新海誠展もやっている。

始めはインターネットアングラオタク向け作品自分がやりたいことをやるところから始まったが、

星を追う子ども》を経て、「観客の求めること」に作品を合わせに行けるようになったという。

矢印が外に向いていき大衆を指したとき、《君の名は。》が集大成として結実したのだ。

+++++++

以上、心の矢印を外に向けたいの話。

これまで勉強水泳オタクしかやってこなかった俺の矢印は内側を向いて錆びついている。

少しずつ還元していく。

思ってても良いけど言っちゃダメなことがある。

だが自民党竹下氏のこれは違う。

http://www.asahi.com/articles/ASKCS5450KCSPTIB00J.html

この場合同性愛者を差別したいと思っていることに対して批判が集まっている。「言ってはいけなかった」なんて言ったって、批判しているレインボー軍団の怒りの火に油を注ぐだけだ。

というか「思ってても良いけど言っちゃダメ」という言葉謝罪には使えない。

「昨日と同じ服じゃね?・・・ごめん、思ってても言っちゃダメだった」

「顔は好きだけど声がムリ・・・ごめん、思ってても言っちゃダメだった」

「お前騙すのちょろいわー・・・ごめん、思ってても言っちゃダメだった」

こう言われると怒りが倍増するのが分かるだろうか。

うっせー!という怒りに加えて、本気で思ってたくせに悪びれないんかい!という怒りが出てくる。

謝罪する時は、「思ってても良いけど言っちゃダメ」を言っちゃダメ、と今回の騒動で学んだので記しておく。

売れてくれ

好きな作家がいる。

どのぐらい好きかといえば、存命の作家の中では一二を争うぐらいには好きだ。とりあえず、商業出版された単著は全て所持している。

単に好みに合っているというだけではなく、少なく見積もっても二十年に一人の才能であろう、と自分は固く信じている。

以前はこの作家について、新刊が出るたびごとにブログツイッターなどで感想を書いていたし、布教いたことも少なからず行ってきた。

が、この頃では、その名前を挙げて言及することはほとんどなくなってきている。

なぜかというと、その作家があまりに“売れない”からだ。

売れない、と言っても、実際はそこそこ売れている作家謙遜で言う「いや〜僕ホント売れてないんですよ〜(笑)」のような、なんちゃってではない。作家本人の言葉を信じるなら、いや、外側から確認できる情報だけを見ても、デビューから一貫して、なぜ作家を続けていられるのか不思議になるぐらいの超低空飛行だ。

そういう「負け組」と一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいし……ということではない。

自分は、怖い。自分発言が、その作家作品の売り上げに影響を与えるのが、恐ろしくてたまらない。

いくら好きな作家といっても、常に自分にとって百二十点満点の作品を出してくれるわけではない。たとえ最高傑作(と自分が思っている作品)でも、細かい不満は当然存在する。そういった点についても、感想ではなるべく書いていきたい。というか不満の方が書きやすい。

が、今となってはそんな言葉を発することはできない。自分の小さな不満によって、ただでさえ売れていない作家潜在的な読者を一人でも減らすことになったら、と考えてしまうと、とてもではないが感想など書く気になれない。また、もしも作者の目に留まれば、その折れかけている精神想像)に最後の一撃を食らわせることになる可能だってなくはないのだ。

これが仮に絶賛のみを書き連ねるとしても、問題はさほど変わらない。そういう感想がかえって未読者の反感を呼ぶこともあるのは、自分自身経験からも知っている。

そんなわけで、自分感想を書けなくなった。

これは、単に自意識過剰なだけなのだとは理解している。無名の一読者の言葉が、本の売り上げに与える影響など良くも悪くも誤差みたいなものだろうし、悪名もまた名なりと言うように、どちらかといえばどんな内容であれとにかく言及数を増やした方がマーケティングとしては効果的なのかもしれない。いっそ5ちゃんねるで自演炎上工作でもするのがファンの正しい道なのだろうか(正しさとは)

それでも、怖いものは怖いし書けないものは書けない。

ブログツイッターAmazonレビュー読書メーターなどで、当該作家の状況を知りながら今も感想を書き続けている人たちに対しては、皮肉ではなく心から尊敬する。これからも頑張ってもらいたい。

ということで、作家本人には及ばないまでも、自分もそれなりに強く願っている。

売れてくれ。

自分が気軽に無責任に「あ〜やっぱり売れてなくても初期の方がDANZEN!良かったわ〜、ぶっちゃけありえな〜い」としょうもない文句を垂れ流せるようになるぐらいに、ドカンと一発お当てになってくれ。

頼む。

anond:20171124201451

常に何かしら本を読んでいたい人種は割と存在する

活字中毒」という言葉もある

知らなかったのか

飲み会コミュニケーション

飲み会コミュニケーションを取るのは仕事の上で大事

これはよく言われる言葉だ。たしかにそうなのかもしれない。

しか飲み会コミュニケーションを取って仕事プラスになるのは、

コミュニケーション能力の高い人だけにあることであり、基本的コミュニケーション能力が低い人間場合飲み会に行ってもプラスがないどころか仕事に悪影響が出ることもある。

飲み会に行かないと職場で浮くよ」とか言うが、

コミュニケーションができない人間飲み会に行こうが行くまいがすでに浮いているし、

しろ飲み会に行くことでより浮くケースのほうが高いのだ。

コミュニケーション能力がないと自覚しているので「自分飲み会にいないほうがみんな楽しいだろ」と毎度思うので、ここ五年会社飲み会には新年会忘年会歓送迎会含め一切出ないようになった。

しかし毎回欠かさず出ていた頃と仕事での人間関係は全く変わらない。

しろ飲み会で体力を使わない分疲れない。

コミュニケーション能力がないなら飲み会行かないほうがあなたも周りもハッピーですよ。

安倍総理天皇殺害しようとしてるのではないか

安倍総理天皇殺害しようとしてるのではないか

天皇戦争大好きな安倍のみこしに乗って侵略戦争に加担させられるのはいやなのではないか

から突然生前退位を表明されたのではないか

それを裏付けるように、いわゆるお言葉では「天皇は国政に関する権能を有しません」を2度も発言されていた。

流行語

流行語というか、インパクトの強い言葉として、「それは違うと思う。」は2017年最後の大物感ある。

[]ス

https://anond.hatelabo.jp/20170525111218 言葉では言い表せない快感

https://anond.hatelabo.jp/20171124151247 あーーーまとまったーー!数字だーーー!っていう瞬間がたまらない

またのご利用をお待ちしております

anond:20171124150412

君、毎回そうやって逃げるよね

普通クソだと思ってる国の言葉なんてしゃべらないんだけど

在日みたいな特殊な条件持ってれば別だけどね

丁寧に死ねと思う

100%思い込みということを記しておく。

呪いはある。恨みつらみはそれを買うような真似をするとやはり蓄積されていくし、結果、呪われたからとしかいいようのない不幸な目にあうということはある。

ところが、「憎まれっ子世にはばかる」という言葉もまたある。あれだけ人をないがしろにしているわりに天罰呪いにあうことな長生きしている人。

これはつまりちゃんと呪ってないからじゃないかと考える。

たまに図々しすぎてクチを開けたままになるような言動や行動をとる人がいる。こういうときに人は唖然としてその人への感情が追いつかない。また、恫喝をし続けることによって思考を奪うというのも常套手段だ。

こうすると、人はうらむことを忘れてしまう。

これが憎まれっ子世にはばかる理由ではないか仮定する。

この場合対策法はタイトルにある。だから、無法や野放図な行動や言動をしている人に対してきちんと心のなかで「死ね」と恨みを積んでおくことが大事だなと思った次第だ。

これからネットでトンチキなことを書いている人にも丁寧に「死ね」と思うことにする。それを直接コメントしないように気はつける。

任天堂ゲーム

ゼルダスプラトゥーンしかたことないけど、何語でもない言葉でふにゃふにゃ喋って日本語字幕を出すってシステムじゃん。

あれ字幕を変えるだけで各国語対応できるからだよな。

開発費の節約目的

"多様性"という言葉

LGBT周りの話もそうなんだけど、"多様性"という言葉は主に自分を認めてほしい場合しか使わない。

自分が認められていないので、自分の少し特殊な部分も多様性という言葉の上で認めてほしいと。

自分特殊だということも認められていないということにも気が付いてなければ主張しないし、どうでもいいと思っている人も主張しない。

その実態はその他すべての肯定ではない。自分自身肯定してもらうための口実に過ぎない。

なぜなら、多様性を訴えているほとんどの人が『多様性を認めない人』をすでに認めていないからだ。

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