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2018-06-19

長野県信州ブランドの謎

東京首都圏近畿地方大都市に住んでいる人間にとって、長野県という地域は大変人である

山や川の大自然に囲まれ観光資源の宝庫として、また軽井沢原村の別荘地のある場所として注目されやす場所だ。

また近年は、大都市に住んでいる人達移住希望地の上位が長野県になっているらしい。

この20年ほど、長野県は県を上げて「信州ブランド」の発信を行っていて、県外の人間長野県への好感度は非常に高い。

それ自体は良いのかもしれないが、実際に長野県に住んでみるというのは、結構過酷場所だと思う。

本屋で売っている長野県観光ガイドや、ターミナル駅に置いてある長野県の案内本を読んでみると、大自然に囲まれ長野県と言うPRがなされていて、それ自体は間違ってはいない。

実際の長野県は、山岳や丘陵地帯ばかりで、人間の住めるような平野盆地は限りなく少ない。長野盆地松本盆地飯田盆地の3か所を除けば、ほとんどが山ばかりである

おまけに、あまり知られていないが、長野県慢性的水不足がひどい地域である長野県西側には北アルプス中央アルプス南アルプスの3000メートル級の稜線が覆っているので、長野県内陸部に流れてくる雨雲はみんなこの山岳地帯に遮られて、雨がほとんど降らない。

逆に、長野県の周辺県は全て一年を通して大量の雨が降り、水に恵まれ場所だ。アルプス山脈西側岐阜県高山地方富山県立山地方は、雨が降り過ぎて逆に洪水対策ばかりやっていることで有名だし、静岡県全域も非常に雨が降る場所長野県内が痩せ川ばかりなのに対し、大井川安倍川は暴れ川として有名だよね。

中信南信はまだマシかもしれないが、上田市坂城町のある東信地方は、日本一雨の降らないエリアとなっていることはあまり知られていないのではないか

平野が少ないうえに、残った土地も痩せているので、作物は育たない。

長野県は「そば」の名産地として有名になっているらしいけど、なぜそばを作らざるを得ない環境なのかを考えてみるのも面白いだろう。

別荘地やリゾート地として有名な白樺湖は、元々は雨が少ない諏訪地方農業溜池として造られたのだ。

軽井沢も雨が降らず、浅間山から吹き下ろしてくる強い風で全く農業が出来ない痩せた土地であり、リゾート地として開発するしか使い道が無かった場所である

大量の雨が降ってコシヒカリなどの米を作ることが出来る新潟や、雨が多く御母衣ダムなどの電源開発地帯として有名な岐阜、滝のような流れの成願寺川や黒部川を有する富山県などの周辺県と比べると、ムリゲーみたいな場所長野県である

長野県が誇る奈川ダム高瀬ダムは利水用であり、それだけでも長野県と言う場所不毛台地であるかが分かるはず。

そんな不毛の地に「信州ブランド」を作り上げた功績は凄いと思うけど、あまり鵜呑みにするべきではないよね。

日曜日トーマス

もと南海電車からホームに降り立つと、千頭駅にはたくさんの親子連れがいた。

妻と、4歳の娘と、1歳の息子と、チケットがとれてから、楽しみにしていたトーマスに会える日だ。

子供だけではなく、大人が見ても、このトーマステレビから飛び出した等身大ヒーローだ。大きさだけのハリボテではない。ホンモノなのだ

トーマス種車はC11-227。かつてはテレビドラマや映画で大活躍裸の大将(雁之助の再放送)をよく追いかけていたのを覚えている。

正面にはトーマスの顔をつけ、ライトブルーに化粧をして、動輪までしっかりカラーリング

ベテラン子供の前で大活躍する姿をみて、Eテレ幼児番組みいつけた!ワンワンと中のチョーさんを思い出してしまった。

千頭駅では機回りをした後で転車台で方向転換。ちゃんと顔を新金谷方面に向けるためだ。周りには子供大人も集まっている。

転車台にのって、係員が人力で回すと、トーマス汽笛を鳴らしてアピールする。

ぐるぐるっと向きをかえ、止まるかと思ったら、あれあれ、まさかファイブフォーティ。魅せますトーマス。一回転半まわって転換完了

駅構内イベント会場に整備され、パーシー、ヒロに、方向転換を終えたトーマスが並ぶと、地方私鉄の構内とは思えない華やかさになった。

トーマス汽笛に合わせて、他の列車汽笛を鳴らす。効果音ではない。本物だ。

新金谷駅の売店で買ったお弁当をベンチで広げ、子供たちの声を聞きながらお昼ご飯を食べる。ホームに入る風は山岳ローカル駅の風だ。

ただ、駅全体に子供の声があふれている。混んではいるが、人道的な混み方だ。ちょっと並べば、トーマスの前で写真も撮れる。

ヒロの中の見学ができる。ミニSLやトロッコにも乗れる。

トーマスは発車直前まで写真撮影に応じている。煙突からは煙が出ている。発車が近くなると、黒い煙が増えてきた。

ゆっくりと動き出す姿を線路の高さで見送ることができる。

小型タンク機関車はいえ、1,600mmの動輪径は子供身長の倍。ホンモノのトーマスは、車輪の大きさも圧倒的だ。

みんなが並んでいるその前を再びゆっくり走り出し、再び客車に連結。

金谷行きのトーマス号が仕立てられると、いよいよ乗車だ。

鉄道界の老老介護最後尾の補機、電気機関車E10-2に感謝の黙礼をする。

そして、7輌の客車なかほどのスハフに乗り込む。

青いモケットのボックスシートに、トーマスのシートカバー。そして、所々にJNRマーク

娘は、窓が開く、扇風機があると大喜び。昔はみんなこれだったと喉まで出かかったが、トーマス号とは関係の無いこと。

トーマス号は近所の電車とは違うほどいいのだ。

千頭駅から新金谷駅まで1時間強。途中の鉄橋や通過駅ではみんなに手を振ってもらえる。

特急となっているが途中の駅に止まらないだけで、各駅停車電車と所要時間はほぼ一緒、のんびり走るのだ。

から、手を振ってくれる人の顔がよく見える。子供はもちろん、大人年寄りも、みんな笑顔だ。

レンズを構えたおじさんもお兄さんも、客車が通過するころにはシャッターチャンスはすぎたとみえニコニコしながら手を振る。

本命はこの後のC56-44かもしれないけど。

大井川にかかる鉄橋は見晴らしも良く、遠くから手を振る人もみえる。

吊り橋の上から手を振ってくれる人もいる。

河原キャンプから手を振ってくれる人もいる

茶畑のおばさんも手を休めて両手を振っている。

農道のおじさんも、軽トラから手を振る。

並行して走る国道473の車の中からも、バイクのお兄さんも。

新金谷駅に着くと、車両基地機関庫に入っていくトーマスみえた。

子供と近くまで歩いてみると、もと近鉄電車や他の蒸気機関車とならんで、トーマスみえた。

自然ではない。ホンモノのトーマスから、ホンモノの列車達と一緒に休むのだ。

自然子供と手を振って、家路についた。

2018-01-14

俺的静岡県都市知名度ランキング

思いつくままに書いたので抜けている市もある

なお、都市としての知名度なので自治体として存在するかは関係ない

都市特記事項知名度ランク
静岡県都であり70万の人口を抱える政令市、北は南アルプスまで含む懐の大きな市10
浜松県下最大の80万都市かつ全国4例目の非県都政令市ヤマハスズキ企業城下町9
熱海言わずと知れた斜陽の大温泉街9
沼津東部の中心都市、県下有数のラブホ8
下田義務教育受けてたなら誰でも知ってる8
三島伊豆の入口、新幹線駅あり7
清水清水エスパルスちびまる子ちゃん7
富士県下第三の都市富士製紙のお膝元6
焼津小学社会教科書で見た港町ふるさと納税でウハウ5
磐田ジュビロ磐田5
長泉Z会やってた人には有名5
掛川花鳥園、城、新幹線5
御殿場プレミアムアウトレット東海道線の旧線5
富士宮富士宮焼きそば4
島田空港、越すに越されぬ大井川4
天竜浜松の北、遠州二俣4
佐久間国鉄佐久間線、天竜川流域の山奥3
伊豆の国DQNネーム3
新東名スーパーライナー遠州森町SAに止まる2
興津糸魚川静岡構造線東名海上を走る2
伊豆天城越え1
袋井浜松の東1
藤枝島田の下の方にあった気がする1
浜北浜松の北1
吉原あの吉原と同じ名前1

anond:20180114164116

2017-08-27

[]

中山道広重美術館に行ってまいりましたわ。

三回目ですわ。

保永堂版「東海道五拾参次之内」の企画展が開かれていました。

東海道五拾参次之内の作品をみて気づいたのですが、

近くの山は緑色で、遠くの山は青色で描かれていましたの。

実際そう見える反映なのでしょうけど、六つ見かけた富士山だけは完全に特別あつかい

赤色の左富士以外は五つとも遠くても白く描かれていましたわ。

雪、降らさずにはいられませんわ!?

小さくても主役の意識があって、鑑賞者の視点を吸い込む白ですわ。

江戸時代の方の富士山にかける想いを感じましたわ。

金谷 大井川遠岸の解説に十万石クラス大名家は、

大名行列を渡すために三十~四十万両かけると書いてありました。

苗木遠山資料館の展示によれば、一万石クラスの遠山家の年間支出

四千両、中山道での参勤交代費用が二百両です。

いくらなんでも川一つを渡るのに費用が掛かりすぎですわ。

わたくし、三十~四十両を見間違えてしまったのでしょうか?

二階の印刷体験は残念な出来でしたわ。

日本橋は一回目に来たとき以来の二度目の挑戦だったのですけど、

やっぱり難しいですわ。

ビードロを吹く女は口紅が暴れてしまいました。

作品をみた直後は感化されて側道を走る自転車の人にも旅情を感じてしまいましたわ。

なお十月から浮世絵の猫をあつめた企画展があるそうですわ!

https://anond.hatelabo.jp/20161210194458

2016-05-16

まだ静岡

どこまで行っても静岡、まだ静岡、通り過ぎる紙パルプ工場田園そして紙パルプ工場、田園、そして紙器工場

僕は静岡に囚われたまま東京に向かう

大井川を超える頃、妻から電話が掛かってきた

新神戸を出る時に生まれ子供小学校に上がるとのこと

富士山が見えてきた頃、また妻から電話が掛かってきた

新神戸を出る頃、あんなに元気だった父が病に倒れ長い闘病の末に亡くなったとのこと

僕はまだ静岡

新横浜さえまだ遠い

2010-03-24

井川の笹山金山

人里離れた山間僻地の宿舎には、慰安(いあん)のための女郎屋や芸妓置屋もあって、夜になると三味線の音も聞こえたため「三味屋敷」という地名が残っている。こうした井川金山の繁栄のため、家康公は大井川でも井川だけは橋を架けることが許されていた。これが刎橋(はねばし)と呼ばれ、官費での架橋は幕末まで許されていた。そのため、明治9年(1876)まで刎橋が存在したという。このため大井川に橋が架けられていなかったという定説は、井川では当てはまらない。残念ながら井川金山遺跡は一部を残し、その多くが昭和32年井川ダム建設によって水中に没した。

http://www.shizuoka-cvb.or.jp/oogosho400/study/13_16.htm#05

 
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