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はてなキーワード: フィクションとは

2018-09-19

秋葉原路上における表現の自由

2000年頃?もう少し前か?秋葉原のお店は外から見えるところくらい自重しろ!って言われ、それを受け入れおとなしくなったけど、あの時はフィクションとか表現の自由とかなんとか言う人はいなかったの?

ラノベの絵は性的搾取派は店舗内だからその主張は分が悪いと思うけど、店内ではなく秋葉原路上でお店が貼ったポスターなり看板なりを見たとなったら性的搾取派を上手く叩けるのか気になる。

てかうちの近所の本屋

ライトノベル平積みどころかそういうフィクション系はどんどんなくなっていって

意識高い系っぽい自己啓発だの政治だのスイーツっぽいのだのばっかになってて

すげー悲しいんだけど

2018-09-18

anond:20180918201703

リアリストのぼくですが

貴方意見は、理性の為なら

矛盾によって維持されている最低限の秩序さえ要らないという

リベラルも真っ青の超左寄りのように思えてなりません

 

そこまで人間理性的ならいいですけどね

残念ながらそうではないんです

フィクション人間は動いてしまうんですね~ハイ

ドラえもん夢物語

フィクションから当たり前かもしれないがドラえもんには嘘が多い。科学っぽい説明矛盾だらけだし、対人関係理想主義的で現実離れしている。ドラえもんを注意深く観たところで子供達が抱える問題解決しない。これからアニメ漫画もっと実用的な情報を伝えたほうが良い気がする。物語を通して生き方を学べば理想現実ギャップに苦しまずに済むだろう。

ヤバいエロが読みたいかゾーニングはして欲しい

 ゾーニング論争はエロ嫌いvs.エロ好きの戦いではないし、さらに言うならオタク嫌いvs.オタクの戦いでもない。少なくとも私にとっては。

 何故ならエロ好き&オタクの私もゾーニング派だからです。

 エロ絵そのものはいいんですけど、エロ絵を日常に持ちこむ人、それを当り前だと思っている人の感性が怖いですよね。たとえば猫虐待してる絵が表紙の本が本屋にずらっと並んでたらどうですか。ツイッターで「猫いじめさいこー」とか盛り上がってる人たちがいたらどうですか。猫の飼い主、怖くならない?

 以下、個人的な話なんですが参考までに読んでみてください。

 私はかつて小学生だったときネット彷徨い偶然エロテキストサイトをみつけてしまい、最初はあまりの衝撃に速攻ブラウザを閉じたけど徐々に好奇心が湧いてきて一通り読み漁ったという過去があります

 ここで良かったのは私が元々本好きでフィクションに慣れていたので、『これは架空物語であり特定欲望を満たすための都合のいい展開である』ということを認識できたことと、文字媒体なのでどぎつい描写モヤモヤ~とした映像しか頭に浮かばなかったこと。

 小学生が明らかに18禁小説を読むのはよろしくないことですが、ともかくそんな感じで私は『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』『とにかくエロだけを追求した話』『びっくりするほど下品であけすけな隠語』というもの嫌悪感はなかったのです。だってそれはそのサイトいかなければ読めないものだったし、自分が読みたくないときは読まなければいいのだし。

 それは刺激的で、斬新で、背徳的で、ジャンクフードのような中毒性がありました。普段は見ないけど、たまにひたすら頭の中の興奮ボタンを連打したくなったときに一気読みして、はー楽しかった、終わり、ってすっきりしてました。

 しかし同時に、私はネットでしばしば予期せずでてくるエロ広告嫌悪していました。私はあくまで刺激が欲しい時にエロ摂取したいのであって、いきなり飛びこんでくるエロはお呼びでないのです。むしろ「女を都合よく辱める創作を女に見せつけてもいいと思ってるんだ」と屈辱的な気持ちになりました。

 おわかりになるでしょうか? 「私が見たい時だけでいい、あとはいらない」と言うとわがままのように思う方もいらっしゃるかもしれません。

 これも本音なんですが、本質はもうちょっと深いところにあります

 エロテキストサイトとどこにでも湧くエロ広告の違いは、受け取り手能動性の差です。

 エロテキストサイトを見る場合、私は「荒唐無稽現実離れしてる刺激的なエロい文が読みたい」と意識してからサイトを開きます。私がそう思って行動しない限りサイトは開かれません。そして、サイトにはエロい話ばかりが集まっていますエロくない話の中に騙し打ちのようにエロい話があるわけではないので、そもそもこれはエロくてヤバい話を読みたい人向けのサイトだとわかります。つまり、「今から読む話では女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されてるけどみんなこれが架空だってわかった上のお遊びだから大丈夫」という安心感があります

 ところがエロ広告は、求めてもいないのに突然バン!と現れますしかも絵なので防ぎようがありません。日常なかに現れたドギツい描写こちらは面くらい、そして、「こんなヤバいエロ日常なかに放り込むなんて、この発信者もしかしてヤバいエロ日常を別枠だと思ってないのでは?」という恐怖を味わいます

 まぁ、今思うとエロ広告はむしろ不意打ちをこそ狙ってるんでしょうね。エロなかにあれば目立たないエロも、日常なかにあれば目立ってありがたがられますからね。ジャンプ過激化するお色気系漫画とかもそうなんでしょう。エロ漫画としてはそこそこでも少年誌の枠内では超エロ、っていう。

 でもね、人間、慣れるんですよ。

 嫌がってる人はなかなか慣れませんが、好きな人特に気にしてない人は普通に慣れますロリコン公言とかハイエースとかね、最初は「俺たち過激なこと言ってるぜ」っていう昂揚感、ヤベー奴スゲーみたいなとこから始まって、今ではすっかりネットミームでしょう。

 小学生恋愛対象に想定するタイトルとか、女の子がめちゃくちゃ露出してるとか、そういうのがありふれ過ぎて、日常浸食している。意図せず目に入ってくる。そういう状況は怖いです。

 ラノベは昔からエロ絵あったとかい意見もわかりますが、さすがにここまで多くも露骨でもなかったですよ。ホライゾンの表紙はラノベの中でもわりと異色だったように思います。少なくともエロい絵として喜ばれるぐらいには。今、特にオタクの中で話題にならないじゃないですかエロい絵の表紙。もう当たり前になっちゃったんですよ。

 露出の多い女の子が恥ずかしそうにしてるとか、乳首が浮いてるとか、パンツ見えてるとかの絵、女の子性奴隷に、だの、ロリがなんちゃら、だのいうタイトル、が『女性性的に辱められる』『極端に男性に都合のいい設定』であり、『日常とは隔離された架空のおままごとである』という認識が薄れてきていますだって日常にあるんですもの

 大人になってから触れた人はまだいいですよ。それなりの分別はあるでしょうし、もし影響されて何かヤバいことしたとしても本人の責任です。それが大人ってものです。

 でも子供のうちにあれが日常と地続きにある環境は確実に問題があります。ただでさえ子供のうちは架空現実の境目が曖昧なんです。自分で言うのもなんですが私は特殊例で、ヤバいエロに触れるずっと前に親から子供の生まれ方や性的に気をつけなければいけないことを教わっていましたし、架空物語との付き合い方をわかっていました。だから女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』という箱を脳内に作り、これは日常とは絶対に交わらないものとして区分けできたのです。

 でも無視できない程度に日常ヤバいエロ浸食していくようになるにつれ苦痛を感じるようになりました。エロ広告ぐらいならまだ対処しようがありました。ネットを使って行くうちに、なんとなくエロ広告が出そうな場所を察知するようになり、それを避ける術を身に付けたので(もちろん取りこぼしはあります)。

 でもアニメ漫画ラノベツイッター動画サイト、ありとあらゆるところに蔓延ヤバいエロ思想オタクをやってると避けて通れない、どころか今やオタクじゃなくても目に飛び込んでくる数々の女体エロ絵。

 かくして私は『女性人権が滅茶苦茶に蹂躙されているエロ』を読めなくなりました。もはやそれは日常の地続きにあるからです。「お話の中ではとことんヤバいけど私は安全」とは思えないからです。

 何故ヤバいもの日常に持ちこみたがる人がいるのか、私にはわかりません。まぁ彼ら怖くないんでしょうね。女体持ってないから。でも、自分達にとって『日常にあっても怖くないし楽しいもの』が他人にとって『日常にあったら怖いもの』だということはわかって欲しいです。

 言われそうなので先に書いときますけど私は少女コミックとかもどうかと思ってます。今は知りませんが数年前に読んだときは「え~……?」と思いました。エロ描写自体はたいしてないですが、安易に性行為突入する展開が多く、さすがに注意書きとかレーティングとかがいるのでは、と。あれは表紙は無難なのでその点はラノベエロ表紙よりはましですが。

 BLの表紙も、扇情的すぎるのはキツいです。中身はエロくていいから表紙はやめてくれ。私はBLも嗜んでるんですがやっぱり日常に現れるエロは嫌です。エロ広告とかも最近はたまにBL系のやつをみかけることがあり、エロ広告の常として過激なとこを抜き出してくるので無理矢理描写とかが多いんですよね。日常人権無視思想を入れて来ないで欲しい。私は心構えをして、人権無視した話が読みたいと思って、自分で専門の場所にいったり専門の書籍を買い、そして初めて人権無視創作を楽しみたい。

 要は「これは人権無視している」という認識を確かに持った人々が愛好する人権無視創作じゃないと、「ひょっとしたら人権無視だと思わないでこの創作を楽しんでいるのでは?」という恐怖に苛まれるんです。被害妄想じゃないですよ、私結構な数の「ロリとつきあって何が悪い」って言ってる人見ましたからね……思い出すだけでキッツい。

 だからゾーニング(○歳以下禁止、表紙にエロやら辱められてる人間やら未成年との恋愛示唆する内容は出さない、コーナー作る)したいんですよ。日常とごっちゃになってるのほんと無理。殺人事件の本はあるじゃんとか言いますけど、本の表紙が首絞められてるとことか眼球に針刺されそうなとこのアップとかだったらぎょっとするでしょう?

 しかも今のネットだと「人の眼球刺すのすげぇいい」の場合

「え、刺したことあんの?(こいつヤバくない?)」

マジレスやめろよ、あくまフィクションだって

「えぇ……(大丈夫かな)」

 でしょうけど

小学生エロい、さいこー」の場合

「わかる」「それな」「JCBBA

かになりかねないわけで、この人らが内心「もちろん冗談だけど」という気持ちだったとしても字面だけ見れば既に倫理崩壊してるんですよ。正直眼球刺されそうな絵より可愛らしい絵柄の「ロリが俺のこと好き」みたいなタイトルの本の方が怖いです。これ(https://twitter.com/traductricemtl/status/1039259936453283841)の「今日から俺はロリヒモ」ってやつ、さすがに萌え絵エロ本かと思ったらMF文庫でヒィッってなりました。マジか……。

 元ラノベ読みなので別にラノベみんなこうなわけじゃないのは知ってますが、各社サイト行くと恥ずかしそうな顔で露出したり胸と股強調された服の女の子の絵ほんと多いなぁと思いますMF文庫特にヤバいな。

 露出過多で恥ずかしがってる女の子可愛いって言うのぶっちゃけいじめっ子の感覚だし、纏足して足が小さくなったせいで転んでしま女の子可愛いって言ってるのと同じですよ。

 頼むから皆さんヤバい思想には自覚的に向き合ってくださいね……。

 私はなんの心配もなくヤバいエロが読みたいです。

2018-09-17

慰安婦問題で今の韓国を責めるのはおかしいかもしれない

こんな話がアメリカ(例えばCNN)から出てきたら日本人どうする?

アメリカ軍は、沖縄占領沖縄アメリカ兵の為の性的相手とするために

14歳以下の少女を含む20万人の女性強制的拉致し、数百か所の慰安所にて性的サービスを強制した」

それが、アメリカ兵の証言として出てきて

その兵士日本を訪ねて謝罪を行って日本メディアが大々的に事実として報道したら?

日本人怒るよな。

問題はこれが完全な捏造フィクションであったことでこれを海外メディアをたきつけて炎上させまくった朝日なんだよ。

未だに韓国人は上のストーリを本気で自国女性に対して行われたって信じてるとしたらどうする?

誰か本当の顛末韓国語で書いて、韓国内で販売するなりしてくれねえかな

この慰安婦問題を終わらせるには真実韓国内で認識されることが重要

未だに誤解をまき散らす記事英文で発信している朝日大罪

anond:20180917214751

それをコントロールするのは親の役目だろ。

その理由ラノベイラスト規制するのならばそれ以上残酷あるいは性的な全てのフィクションが淘汰されるぞ

2018-09-16

高校時代ぼっちだった

高校時代自分俺ガイルと一週間フレンズ強制視聴させたら精神崩壊して発狂しそう。

高校時代「俺はそこら辺のラノベアニメを楽しんでいるオタクとは違ってまともなんだ!」と思っていた自分にとっては、深夜アニメを見せられているという状況だけでも発狂ものなのに、内容が内容だから絶対精神狂う。

帝王トランザ栄光』のラストシーンみたいに。

 

ぼっち俺ガイルを愛好する理由分からん

何が悲しくて現実と同じ苦しい感覚フィクションで味わらなきゃならんのか。

2018-09-15

anond:20180915111053

お前がキチガイなのは暴力被害当事者自分セラピーを兼ねてガチの性暴力漫画を描いたり読んだりしている事すら多々ある現状を踏みにじっている事を

暴力被害者に向かってあなたのためだからと明らかなセカンドレイプしている自覚がないところだよ

フィクションの力を舐める

まして性暴力ですらないグラビアレベル画像ゾーニングしろとか脳味噌腐ってるんじゃないの

ASIAN KUNG-FU GENERATION特にきじゃない曲

はてな匿名ダイアリーアジカンの話を持ちだすヤツというと昔聴いてたザコと政治のザコしかいないみたいな感じだと思うんですけど(探してないので知りません)、後藤正文に対する最近番頭にきたことが「アジカンからのお願いとだけ書いて子連れライブ参加云々の記事投稿すんな解散か休止かと思うじゃねーかこのアンポンタンメガネ野郎である頭お花畑ファンアジカン特に好きではない曲の話をします。悪口です。

他所アーティスト記事に感化されたの丸出しだけど、書く場所が無かったので。

・青の歌(崩壊アンプリファー

これ聴きたいとか言ってるヤツどう考えてもライブでやらない崩壊補正じゃねーの?って思うくらい興味ないし聴いてない。(楽器のことは全くわからないけど)キーボード?っていうかムーグ?みたいな音が入ってるのは現在への伏線っぽくもあるけど、特に曲として特徴があるかといえばそうでもない。

初期アジカンにおける「前のめりor哀愁漂うマイナーコード」のどっちでもないし、歌詞も含めて一辺倒な青春ソングの色合いが強いからかもしれない。あと「I still love you you love me now?」が初期であることを鑑みても結構キツい。Hold me tightは逆になんとも思わないんですけど。

・夜の向こう(ソルファ

特筆すべき事項が殆どない。ソルファ歌詞は「発し手=僕/受け手=君」の距離感キモであり、一番売れたこアルバムとそれらの対比が図らずしも美しくなっているんだけど、この曲は初期~中期アジカンアルバム一曲はある超無難歌詞みたいな印象が強い。それを考えると真夜中と真昼の夢とかはよくできているんだなと思う。この曲は再録でも全く印象がなかった。

サビの韻の踏み方は気持ちいい。

路地裏のうさぎファンクラブ)

アジカン史上最も完璧な流れを持つファンクラブというアルバムにおいて唯一飛ばす曲。後藤が「アジカンっぽい速くて声を張り上げる曲」を意識して作ろうとすると死に至るという定説があるのですが、これもそれに近い。

歌詞における色の使い方とかも作為がすぎる上に面白くもない。あとワールドアパートで意を決して「ビルに虚しさが刺さって」というセンシティヴな比喩を使ったその口で「心の奥で白いミサイルが弾けた」って言うのはどうかと思う。新世紀のラブソングに対するスヌーザー批判はこっちにこそ当てはまるのでは?

その辺、のちの後藤が夜を越えての「瓦礫」に躊躇する感性のほうが100倍は納得できる。

・嘘とワンダーランドフィードバックファイル

シングルc/wから許された曲。単純に歌がうまくないしそれを許容できるほど喜多個人が好きでもない。曲としては喜多の毛色が丸出しになっていて、ライブアレンジなんかはおっと思わされるんだけど、やっぱりボーカルの力は大きい。

近年の喜多ボーカルちょっとは上手くなったとは思うけど、それでもカラオケの上手いおっさんという感じ。コーラス最適化された声だと思う。

・トラベログワールド ワールド ワールド

何も思いつかない。

サイエンスフィクション(未だ見ぬ明日に)

先のツアーで大盛り上がりだったのを一人ポカーンと眺めてしまったのですが、これそんな人気ある曲なの?「取るに足りないゴミクズー!」で叫べるから?確かにゴミクズって叫んだら色々な意味気持ちよさそうな気はするが。

未だ見ぬ明日に収録作はサウンドしろ歌詞しろサーフ前の苦悩と試行錯誤がみてとれる気がするし、テーマ的にも「いつか死ぬ僕ら」の色が濃く統一されているんですけど、こいつだけなんか場違いなんですよね。融雪もちょっと違うけど、融雪は許す。

双子葉(マジックディスク

「種を蒔こう」「いつか芽を出そう」はマジックディスクにおける重要テーマの糸口ではあると思うんだけど、合わなかった。喜多クレジット個人的に合う曲と合わない曲の差が激しい気がする。

N2ランドマーク

アジカン政治的(社会的言及を孕む曲には常に思っていることなんですが。別にテーマとして社会批判なりそこに対する願望なりを盛り込むのはいいし、その内容が「核武装して東アジアをぶっ潰せ」だろうが「天皇制解体して共産主義革命起こせ」だろうがいいんだけど(もちろん後藤はそこまで極端には振れないし露骨ものは書かないという信頼はあり、外野勘違いをしてもらっては困る)、それをストレート表現したら作詞家として何の芸もない。やるなら今までの世界観の延長線上で、捻って気取った言い回しでチクリと風刺してくれ。

そういう意味で「夢のように『安全だ』ってコール」「資本主義火葬場」までくるとしんどいランドマーク自体震災の影響もあり社会的な毛色の強いアルバムなので、単に合わないと言われたらそれまでだけど(でもアネモネの咲く春にはアジカントップクラス名曲だし、それでは、また明日における皮肉とそこから帰結するテーマは非常に良かった)。

こっちは好きな曲だけど、1980の「出鱈目プライムミニスター」とかも芸がなさすぎるんだよな。

この手の話だと、現代語訳ともいえるLoserのあの当て歌詞は好きだけど、「海辺燃え続ける夢の切り札」をどういう意味か推測しながら聴いてくれみたいにドヤってたのはえぇ…と思った。流石にわかるだろ。

あとN2は単純にサウンドが好きじゃない。ランドマークって曲構成の面でも結構実験的なんですよね。アジカン後藤に求めてるのはやっぱり最終的にはポップネスなので。

ゆずRADのアレとこの曲を比較して「アジカンだって言ってんじゃねーか!」って言う輩見るけど、アジカンもボロクソ批判されてるというところには誰もが目をつぶるの面白いですね。結局右と左が争ってるだけ。そういう状況を是非風刺して欲しいけど、独り善がりになりがちな後藤には無理だろうなとも思う。

スローダウン(フィードバックファイル2)

印象が薄い。震災テーマっぽいのに。

オールドスクールフィードバックファイル2)

歌詞も曲もアジカンっぽい曲を作ろうとして死に至るパターン山田クレジットにしては本当に虚無。

パラレルワールド(Easter/復活祭

まさしくゴミの山であるソバアフィブログに「レイシストなんてろくでもないさ」という歌詞をボロクソ叩かれたことも記憶に新しいですが、でも確かにここ安直すぎ。

レイシストなんてろくでもないと思うのは結構なんだけど、それをストレートに言うならストレートでなくてはいけない意味を付加してほしいし、そうでないならストレートに言わないでほしい。「場当たりの歴史観論破して~」とかも皮肉としての鋭さが皆無。ツイッターツイートしたほうがたくさんRTしてもらえると思うので歌詞にしないでそうして欲しい。

タイムマシン比喩後藤にしては本当に安直すぎて涙が出てくる。もっとやればできるんだから頑張ってください。それほど言いたいことが大きかったのかもしれないが、アジカンは言いたいことが大きすぎると作詞によくないタイプバンドであることがよくわかる。

曲に関しては伊地知クレジットなだけあってこれまたストレート。印象に残らん。

・Prisoner in a Frame/額の中の囚人(Wonder Future)

Wonder Futureに関しては難産だったんだろうなとはわかるけど、本当に好きな曲と嫌いな曲の差が激しすぎる。印象が殆どない。あと批評へのアンチテーゼというテーマが掘り下げきれていない気がして、それも印象の薄さに拍車をかけている。それこそそこをストレート一言だけでぶった斬った新しい世界インパクトがあるので。

お祭りのあと(荒野を歩け)

これ以上カラオケおじさんの話をしなくてはいけないのか?



ここまで長ったらしく羅列してみて、好きではない曲、ひいては好きな曲の傾向が見えてきたので、意外と価値のある作業なんだなと思いました。

自分アジカンに求めているのは「歌詞の上手いこと言い」と「曲のポップネス」であり、さらに「ストレートアジカンらしいものを作らないで欲しい」なのかなと。

その点、新曲ボーイズガールズはとても良かった。今後ともクソバアフィブログのことは無視して頑張っていただきたいです。

2018-09-14

キモいから排除しても差別じゃないなら障害者排除しても差別じゃない

断言します。

障害者キモい

キモくない障害者は、よっぽど容姿が端麗でも難しい。

あらゆる障害者キモいです。よっぽど擬態してキモくないようにしても、障害が見えたらキモイと思われます

障害者の私が言います。私の障害キモいです。

キモい人を排除しても差別じゃないなら私は間違いなく排除される。



精神障害者発言キモいです。電車の中でブツブツイミフなことを言ってるやつ観たことあるでしょ? キモいと思わない?

聴覚障害者発音キモいです。どんなに頑張っても発音キモいし、他の人が反応する音に反応しません。キモいです。

視覚障害者は完全にキモいです。特に目の動きがキモいです。視線おかしい。フィクションでは美人視覚障害者が居ますが、あんなの見たことないです。幻想です。

四肢欠損は完全に動きがキモいです。重心が普通じゃない。動きがキモいです。

発達障害者存在自体キモいです。他人に合わせられない、発言空気を読めない、もうキモすぎます



で、こういう人たち、「障害キモさと結びついてる」んで、必ず「障害キモいんじゃないお前がキモい」って言って排除するよね。

「動きがキモい」とか「発言キモい」とか「喋り方がキモい」って。

障害キモいんですよ。

日本ではBLショタエロオープン書店で売ってるけど

カソリック教会ショタックス性犯罪欧米より少ないわけで、やっぱりフィクションエロ発散したほうが、現実社会性犯罪は減るんじゃなかろうか?

「ごめんあそばせ」初体験長野

一泊二日の旅行長野に来ている。渋温泉の評判のいい宿でくつろぐ予定だ。

長野駅前はそれなりに栄えていて、きれいだ。涼しい。ジメッとしていない。蕎麦も美味しかった。

温泉が良ければ最高の旅だなーと思いつつ長野電鉄長野線のきっぷを買い、改札へ向かう途中、おばさま3人組に追い抜かれた。

雑談しながら、ゆっくりと財布の中からきっぷを取り出す3人。後ろで順番を待っていると、1人のおばさまが私に向かって

「ごめんあそばせ」

と言った。

初めて生で関西弁を聞いたときのような感動があった。この言葉は現役なんだ!

昔は話す人もいたんだろうけど、現代では役割語として亡霊のようにフィクション世界彷徨っているんだと思ってた。

特急電車に乗り込み、車窓から古びた駅のホームを眺めつつ、感動に浸っていた。

温泉は近づいている。いい湯ならうれしい。

anond:20180914094822

総じて「文学」とか「論壇」とかが生んだ宗教だよね。

文章風景を描く~だとか、そんなことに拘るジャンルなんだ。

からおかしなことに、エンターテインメントであるべきフィクションほど、かえって挿絵が少なかったりするよ。新書だとか、ノンフィクションのほうが写真風刺絵をたくさん使っている。昔のブルーバックスとか必ずかわいい絵があったりしたのを覚えてる。

でも戦前から挿絵のついてない本は売れない、とか普通に言ってたはずだしね。

現代美術として展示される出てくる有名な絵なんて、往々にして雑誌なんとかの表紙、だったりするし。

何というか、合理主義が徹底されてなかったのだろうな。

anond:20180914084302

人間の本性云々じゃなくて、そういったフィクション日本特有のものなの?と聞いてるんだけど。

人を殺せば殺すほど思い悩んで~みたいな日本特有フィクションやめろ

それ人を殺すことじゃなくてただのPTSDなだけなことが多いですしちゃんと描かれてる作品は少ないよね。宗教の影響なんですかね。

悲報フェミによって「毅然として純潔を保つ女性キャラ」がフィクションに出せなくなる

今回のエロ表紙の件。

もちろんフェミの皆様は、表層的な絵柄や露出だけを見て、安易拒否反応を示しているのではない。

イラストに描かれたキャラクター本質、および、そこに反映された作者の意図のものを、深い洞察によって見抜いたうえで否定しているのである

ということを理解した上で、問題とされた『境界線上のホライゾンXI(中)』の表紙を飾る葵・喜美というキャラクターについて見てみよう。

「喜美には皆、頭上がらないんです。」

基本的自分中心主義であり、「女」であることに対し独自の持論と誇りを持つ。

容姿スタイル名前さえも自分にとっては「飾り」として服などと同一の存在と見ており、その認識故に蜻蛉切の割断能力が通じなかったこともある。

「私は、負けない女が好きよ」

「負けない男も好き」

「負けない私が最高に素敵」

「高嶺の花は、そこに至れる者にしか姿を拝ませないわ。そしてそれを枯らさず持ち帰る事なんて出来やしない。だから高嶺の花は孤高に咲き続け、その山の"不可侵"であり続け、高き場所に至れる者達の共通崇拝となるの」


でもま、こういうキャラが「女性支配したいという男性の願望が反映されている」として糾弾されてるんだからしょうがないわなー。

これからは地味な外見で男性に隷属して誰彼構わずヤリまくるビッチを出していこうな。

そうでないと「性的消費」「性的搾取」で「差別」で「加害」だと言われてしまうんだから仕方がないよ。

2018-09-13

みんな増田ネタ帳作ってないの?

anond:20180912004042

https://anond.hatelabo.jp/20180912084444

ナルホド、Evernote仕事感出すのは面白いな。感謝です。

ところで増田たち、ネタ帳を介さず直接増田してるってマジ?

それでよく文章になるね。一旦アタマに書く内容をイメージして一気に書き込むみたいな感じか。フミコフミオかよ

いやしかし、遅かれ早かれ、サンタクロースが実は架空存在だってことに、クリスマスプレゼントに喜んでる子ども達も、そう遠くない未来に気づくんだけど、その正体に自然と気づくまでは、真実は隠され続ける。よい子にしてないとサンタクロース来てくれないかもよ「いやー!」じゃあちゃん宿題できるね「できるー!」。無垢子ども達は大人の都合のよいファンタジーに振り回されてることに気づくことがない。しか欺瞞が暴かれる時期にもまだ彼らは大人支配下にある年齢なので、どうしてウソついてたの! などと怒るべきだなどと思いつくこともない。その時を迎えた子どもは、クリスマス前夜にクローゼットの奥に隠されたプレゼントの箱をみてすべてを察する。あっなんだそういう事だったんだ。お兄ちゃんどうかしたの? ううん何でもないそれよりはやく寝ないとサンタクロース来てくれないぞ。「はーい」妹に弟に、そして大人になって次の世代に、イタズラの習慣を受け継いでいく。親にされたんだから子どもに同じことをする権利があるはず。大切にすべき子どもたちを手の上で転がし、欺き、挙句そのことを「微笑ましい」などと嘯く。この態度はあろうことか社会全体で共有されている。逸脱してバラしてしまおうとするヤツの口を無理やり塞いで向こうに引っ張っていく、などというシーンはフィクション現実枚挙にいとまがない。しかしこうした目下の人間を軽くあしらうような習慣が、なんら疑問を持たれずに、一年で最も楽しいイベントの中枢に組み込まれているわけだが、そんなことで人間を大切にするモラルが養われるわけがいであろうが。でもだったらどうする。幼いころにサンタクロースさんはグリーンランドいるから、お父さんお母さんがその役をやるね? などと言えとでもいうの? それはそれでいいような、面白くないような。 ーー『サンタクロースハラスメント

ほらね? 勢いで書くとイマイチ結論の弱い、だったらどうした的な文章になってしまうよ。それにディティールが弱いんだよ。途中になんか寓話的な会話シーンあるけど、説得のための捏造にすぎないし。こういうのは日々の生活リアル体験を貯めていってパズルピースが揃うのを待つ必要があると思うんだけど。そうして初めて心に響く増田生まれる。まれ得る、そういう可能性が発生しうる、もんだと思うんだけど違うかしらん(所要時間1時間15分)

2018-09-12

anond:20180912225521

逆にいうと、そんだけ現代劇のバリエーションドラマ作劇の題材が豊富でありながら、それでもなおヤクザなんぞ題材にしてるような、端的に言えば前近代的価値観作品がこの世からなくならないのはなぜなのか? って話ですわ

たかも「エンターテインメントフィクション=どいつもこいつも前近代的作劇」と言ってるかのような最初の書き方は悪かった、すまん

でも、スポーツ物や職業物や刑事物なんぞの現代エンターテインメントにおいても、多くの観客が見いだしてる娯楽性は、極端なるチームメイト間の団結やら組織への忠誠やら宿敵との確執やら時代劇じみた前近代的要素ではないかではないかという気がするなあ

現実日常じゃそんなドラマチックなシチュエーションはそうそうないもんですから

anond:20180912222643

エンタメ定義によるなあ

貴殿が言うてるのはあれだろ、いわゆるトレンディドラマ(古っ!!)みたいなイマドキのフツーの若者が出てくる恋愛物とかそういうののことだろ

うん、オタでない「普通の人」はそういうの大好きだと思う

でも俺、そんなん一切興味ねえんだよwww

まり、俺が書いてたような「エンターテインメントフィクション」てのは、暴力とかバトルとか身分の差とかがある世界観の話

かつては近代が進めば、エンタメ平和な「イマドキのフツーの若者が出てくる恋愛物」ばっかりになることが進歩だと思われてた

でも現実はそうなってないよな

とくに前近代的暴力世界とは相性が悪いはずのオタクほどそう

そういう逆説ゆえに、フィクション世界では(現実では嫌悪される)アウトローが今もなお愛されているのではないかって話っす

anond:20180912085815

ありていな話、「わかりやすエンターテインメントフィクション」は前近代的価値観でないと成立しにくい

たとえば、私的問題に対する司法権力を無視した暴力による解決、私情による復讐での殺人近代的な企業ビジネスライク上下関係にはない濃密なロマン性を持った主従関係所属集団敵対しているゆえ結ばれない男女……等々

おかげで、それらを描いた作品を作ろうとすれば、時代劇とか異世界ファンタジーになるのが通例

現代劇でその手の要素を描こうとしたら、「現代に生きてる前近代侠客アウトロー世界」ぐらいしかないのだ

現実生活においてはとっくに、ヤクザや不良や暴走族を嫌う人間の方が多数であろう

高倉健任侠映画深作欣二の実録ヤクザ映画若者の基礎教養みたいなもんだった60~70年代に比べれば、ヤクザも不良もエンターテインメント世界においても随分と隅っこに追いやられた方だと思う

しかしながら、フィクション世界において現代においてなおヤクザが都合良く使われているのは、みんな心の奥底では「近代自由平等ってつまんない、前近代的暴力性や主従の束縛などがあるほうが”ドラマとしては”面白い」と思ってることの証左

衣食足りて礼節を知るというけれど、あくまエンターテインメントとしては、平和時代になったからこそ、むしろみんな前近代的ものを楽しく思うのさ

南米スラム街みたいな貧困生存競争現実世界だったら、逆にヤクザエンタメとして楽しむ気なんかせんだろ

そもそも面接官は「みんな友達がほしいはずです」とは言ってないよね

はてなブックマーク - 教員採用面接を受けたご友人へ面接官からの質問「友達がいない子へ何と声かけますか?」→ご友人のやってしまった感に対しTLでは絶賛の声多数 - Togetter

友達がこの前、教員採用面接を受けたんですが

友達がいない子がいたらなんて声かけますか?」

って質問されて

「え?!それは、その子友達がほしいっていう前提ですか?」

と返してしまったと言っていて、こんな子が先生だったらいいなぁーと。

学校は統制や人間関係含めて教えていく場でもあって、当然、個人尊重できない時もあると思うけど、気持ち勝手に決めつけない先生がいると救われるんじゃないかなと。

ちなみに友達曰く、面接官の方は「え?(そらそうやろ)」みたいなリアクションだったらしいです笑 いや本心はわからないですが!



ここで重要なのは

面接官の方は「”え?(そらそうやろ)」みたいなリアクションだったらしいです笑 いや本心はわからないですが!

の部分だ。

書いてる本人も言っているように

本心はわからない

である

それなのに

(そらそうやろ)

エスパー*している。

(*エスパー 相手気持ち妄想でこうだと決めつけている様子が、さも自分が読心能力である勘違いしているかのようで滑稽である。すごいねエスパーなんだー人の心が読めちゃうんだー(笑)という意味ネットスラング。割と頻出なのでこの機会に覚えておこう)

恐ろしいことに彼はその直前に

気持ち勝手に決めつけない先生がいると救われるんじゃないかなと。

ツイートしているのである

気持ち勝手に決めつけているのは貴方貴方の友人では?

これではまさに「俺は差別と黒人が大嫌いだ」*のものではないだろうか。

(*俺は差別と黒人が大嫌いだ 極めて短い文章の中で内容が矛盾しているという摩訶不思議さが売りのアメリカンジョーク差別が嫌いだと言っておきながら、黒人差別をやっているのが矛盾ポイント。ただし、差別は嫌いであるがそれでも黒人もまた嫌いであるというのは人間の心情や思想として存在してはならないものだとは言い難い。暴力は嫌いだけど魔王を倒すために剣を振るう勇者果たして間違っているのかという疑問は多くのフィクション定番であるアメコミなんて一歩間違えればすぐこの話ばかりし始めるのでうんざりする。あくまで、短文の中に矛盾を詰め込むことによって生まれ芸術点を楽しむジョークであることを忘れてはならず、このようなマジレスは人前では決してしない事をおすすめする)


面接官が「え?」というリアクションを取った理由は誰にも想像できない。

彼がまだ面接官としての経験が浅いから突然の質問に頑張って答えようとした結果戸惑ったのかもしれないし、「え?(相手気持ちなんて誰にも分かるはずがない。それをどうやって聞き取るのかを見たい質問なのに……そもそも誰にだって、いや本人にだって人の気持は分からないものなのに、それなのに相手の気持を完璧理解できる誰かがこの世界にいるという前提をいきなり持ち出してきた?そんなのエスパーだって無理だ。そんな便利な力も無ければ、それぞれの人間自分で何を求めているのかすら分からない中で、子供を導いていくことが教師の難しさなのに……それなのにこの人は「この人はこう考えているはずだ」を簡単に導く方法がこの世界にあるとでも思っているのか……どうしよう……)」なのかも知れない。

それを勝手に「え?(そらそうやろ)」と決めつけたのは誰だろうか?

人の気持を勝手に決めつけだしたのは誰なのだろうか?

北斗メモリアルである

(*北斗メモリアル ときめきメモリアルテーマソング冒頭の「好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかしら」を流しながら「突きとか気合とか最初にやりだしたのは」とテロップを出しつつ突きや気合をしてる北斗の拳のシーンを抜き出した物を映してから「このラオウだ」とラオウが叫んでいる映像を流すMAD。古のインターネッツでは割と有名)

なろうやファンタジーにおける貴族の仕組み

小説家になろうを見ていると、中世ヨーロッパが多いもんで、貴族階級がでてくるんです。

フィクションにおける貴族の扱いと現実貴族の仕組みを照らし合わせて比較してる本やら資料やらブログでもいいけどあります??

別になろうじゃなくても、海外の本格ファンタジー指輪物語比較して~とか、海外フィクション同士を比較してでもいいんですが。


軽く羅列していくと、、

公爵侯爵伯爵子爵男爵騎士爵の区別があるよね。


その区別の中でも色々な仕組みの違いがあったり。

貴族しか騎士になれないみたいな話があったり、男爵子どもに継がせられない一代限りの爵位だったり、公爵の仲にもデュークプリンスの違いがあったり、

平民冒険者組合でめちゃくちゃ結果を出せば子爵みたいに爵位をもらって土地持ちの貴族になれたり。。


貴族の子どもに生まれたらみんな爵位を継げる仕組みもあれば、長男しか爵位を継げないので次男は予備にされ三男などは陪臣なるみたいな仕組みとか、


そもそも血筋貴族か否かが決まらなくて、魔法が使えるか否かで貴族かどうか決まったり血筋はもちろんの話だが魔法が使えないと判明した時点で公爵から子爵かに養子に出されたり、などなど。


あと平民貴族に逆らったらすぐ首を落とされるような世界貴族に対してため口でも大丈夫世界長男以外は冒険者なりなんなりになって平民と同様に暮らす世界、あとはそうだな都市貴族平民と関わりがないが地方貴族平民と付き合わないと生きていけないか平民距離が違いみたいなのもあったな。


とまあ、たくさんあるんだけどさ、これって現実貴族の仕組みと比べてどうこうって資料とか本とかあります??

2018-09-11

この話はフィクションです。実在人物団体とは関係がありません

父の日

娘が心底嫌そうな顔で「お父さん、これ気持ち悪い…」と指さした光景。そこには私自身の姿が映っていた。鏡を指差し、私にこう言う娘。私はこんなにも娘から嫌われていたのか。私は家を出ることにした。

娘の日記

私が気持ちいから、お父さんはいなくなってしまった。気持ち悪くてごめんなさい。

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