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はてなキーワード: 一定とは

2019-03-25

風呂おしっこ

読者からお悩み相談共感したりばっさり切ったりするよくある雑誌の連載にこんなお悩み投稿があった。

「夫がお風呂場でおしっこをしている。」

ドキッ。私は小学生の時分からウン十年間毎日風呂場でおしっこをしている。ほぼ毎日。あ、間違っても浴槽にするのではなくシャワー中、床に!!と声を大にして保身を図りたいのだがホテルユニットバスでお湯を抜きながらおしっこしたことはある。シャワーカーテンの向こうにトイレあるのに。いや、さすがに他人の家ではやったことはないです、ハイ。(尿。)

かの福山雅治独身時代ラジオでお風呂おしっこについてトークしていたし、頭が濡れることがおしっこを促すトリガーになっているワイ美容院シャンプー台で無事死亡!wみたいなまとめブログ記事を読んだとき妙に安堵したことを思い出した。お風呂場でおしっこをする人々は一定存在しているはずなのだ

実際このメールに対し「オランダでは水資源の確保の為にお風呂場でおしっこすることが推奨されている。あの元サッカーオランダ代表ロッベンシャワーおしっこしてるかも!」と回答している方もいたし…。おしっこ、するよね…?ああ、私がそうだったので断言できるがプールおしっこする人間はまじでいる。学校はもちろん流れるプールや海でも自分意思とは無関係おしっこが排泄される、覆水盆に返らず尿道括約筋がまったく機能しないのだ。社会人になってから一度も水着を着ていないので私が今現在もそうなのかどうかはわからないのだが例のコピペは笑い事ではないので美容院に行く前には必ずおしっこをしている。

ちなみにロッベン選手苗字はアリエン。アリエン・ロッベン

2019-03-24

自称鬱の人間

20代大学中退フリーター

結局何者にもなれず、何かを成し遂げることもできそうにない。

なにもかも中途半端で、昔は時間を忘れて熱中した趣味すら今は半ば義務感のように接してしまっている。毎日死にたい楽になりたいと言いながら高校生と肩を並べてしょうもないバイトをしてだらだらと生きてる。

やりたいことやなりたい職業もない。このぼんやりとした感覚ネットで調べると新型鬱や希死念慮といった言葉が出てきて、一丁前に病人面して心療内科にも通った。心の何処かで精神病という免罪符を求めつつも、貴方自閉症の傾向はあるが問題はないと書かれた検査表を貰ったので嫌になって通うのをやめた。客観的に見て自分はただの自堕落な怠け者なだけだったらしい。

これは持論だが、世の中には一定数生きるのに向いていない人間存在すると思う。

もちろんそれは本物の自閉症ADHDのような人間ではなく、追い詰められないとなにもできないくせに、いつの間にか追い詰められたら逃げることしか出来なくなった自分のような人間である勉強だけちょっとできる程度で誤魔化せていたので努力の仕方を身につけないまま大人と呼ばれる年齢になってしまった。中身は今も社会を知らない高校3年生のままだが。

こうなったら就職自分のゴールだと言い聞かせながらそれでも全力でそれに取り組むこともせず、毎日眠りにつくときに何もかもめんどくさいしこのまま死ねればいいのになと思いながら寝る。いっそ日本安楽死が認められればなんて考えたこともあるけど、本当に認められたところで自分安楽死に臨む勇気すら持てそうにないのが本当に笑える。

結局自分は早かれ遅かれ社会不適合者になるタイプ性格から仕方なかった。そういう生き方しかできなかった。そう言い聞かせるしか自己擁護できない。

この文章を読んだ精神科の人が自分病気だと診断してくれたら言い訳の一つにもなるのになぁ。

あー宝くじで一生暮らせるお金当たらないかな。まあこんな性格から宝くじを買うという行為すらしてないしできるわけないんだけど。

浪人をすることになった人へ

~~はじめに

 もうかなり前の話になるが,私も大学受験に失敗し,浪人をすることになった。

 (することになった,というのは,したくてしたわけではないかである。)

 人生で初めて,目の前が真っ暗になるような思いを味わった。

 どうすればいいのかわからず,途方に暮れた。

 そのとき書籍等を通じて様々な先達の経験に触れ,それに励まされてなんとか乗り越えた。

 これは遠い昔の一受験生出来事であるが,ふと思いついて,自分が励まされたように,何かの役に立てばと思って書いてみた。

 時代が変わっているので,個々の科目の勉強法等は記載していない。

 もっと大きな方法論の一例として見ていただければと思う。

 大事試験で失敗してしまい,失意の中にある人が,捲土重来を期すのに少しでも役立ってくれれば幸いである。

 人生で最も勉強をしたのは,大学受験に失敗し,浪人生活を送った時だった。

 その当時は自分なりに辛い思いもした。しかし,その分必死になって努力を行い,いかに状況を打開するかを日々考え抜き,最終的に結果を出すことができたので,得るものも大きかったように思っている。

 なお,前提として,私は小中高と地方公立学校で育った者である。塾にも浪人時代を除いてほとんど通ったことはない。

 高校時代部活をやっていたので,高2の冬までは授業を普通に受けていただけだった。志望校を決めるような段階になってからやばいと思って「受験生」になった,というのがバックボーンとしてあるので,以下の文章はそれを踏まえて読んでいただければと思う。

~~気持ちの立て直し方

 それまで特に勉強において壁にぶつかったこともなかっただけに,不合格の衝撃は当時の自分にとっては,人生のものだった。

第一志望しか受験していなかったので,選択余地なく浪人をすることになったが,仮にすべり止め合格を得ていたら,果たして浪人という選択ができたか,全く自信はない。

 それくらい,浪人するということについて,落胆していた。

 同級生のうち,現役で受かった者が嬉々として大学生活に入っていく中で,少なくともも一年,いろんなもの我慢して勉強に向かう生活余儀なくされるというのは,たまらなくつらかった。

 ひととおり落ち込み終わった後で,考えたのは,一つには,終わってしまたことを悔いても何もこの現実を変えることはできないということだった。

 現役で大学生になる身近な同級生想像し,なぜ自分はそうなれていないのかと身悶えせんばかりに考えたときもあったものの,いくらそのように思ったとしても何も現実は変わらない。過去に属してしまたことは,もう客観的には変えることはできない。そうだとすれば,今できることは,その意味付けを変えることしかないと思った。

 今身を切るように辛く感じられる大学不合格という事実も,たとえば,次の機会に晴れて合格し,20年,30年も経てば,なかったことにはできるわけではないが,その影響は極めて小さくなっているだろうと言い聞かせた。

 またおそらく世の中の評価というのは,失敗の数で評価されるわけではないとも考えた。人の失敗の数を覚えている人は多くない。そうではなくて,失敗の数があったとしても,結局のところ成功の数がいくつあるかが重要だろう。

 そうだとすれば,まだコントロール可能範疇に属している,未来を変えることで,過去出来事意味合いを変化させるしかないのではないか

 来年合格という成功によって,今年の不合格という失敗を塗りつぶすしかないと考えるに至った。

 期間はあまり覚えていないが,ここまで考えを整えるのに1か月くらいはかかったのではないか

~~戦略

 以上で考えたように,今年の不合格という意味合いを相対化するためには,来るべき「次」の受験で,必ず合格しなければならない。

 再来年では駄目だ。また実力だけ伸ばしても駄目で,仮にいくら模試の成績が良かったとしても,現実合格できなければ全く意味がない。

 このようにして,「次」の受験で,「必ず合格する」ということを目標として設定した。

 目標が定まった後,「必ず合格する」とは,どのような状態かと考えた。合格する可能性があるというだけでは駄目だと思った。可能性だけならおそらく今回もあった。「受かりうる」というだけでは足りない。「次の一回」で「必ず」合格しようと思えば,「受からないということがない」,「どうやっても受かる」という状態にまでもっていかなければならないと思った。

 自分の中では,「100回受けて100回受かる状態」というのを一つの基準としていた。

 そうなるためにはどうしたらいいのか。

 以下は,自分の中で描いたイメージである。 

 受験において,本番で出題される試験問題のものコントロールできない。

 自分が得意な問題が出るかもしれないが,苦手な問題が出るかもしれない。

 そうだとすると,たとえば100回試験を受けた際に,自分が得られる得点ないし全体の中での自分順位としては,一定の幅が生じると想定した。

 自分が得意な問題が出れば点数ないし順位は良くなる。苦手な問題が出ればその逆となる。その幅と位置自分の実力を示していることになる。

 受かる可能性があるというのは,自分の中のベストの結果のときに,それが合格ラインを超えているということだ。すなわち,上で述べた実力の幅の上端が合格ラインを超えていることであるそもそもここが合格ラインに届かないというのでは,合格確率は0なのであって,話にならない。

 自分の実力を客観的見積もったときに,現役の受験時点でも,得点幅の上端は合格ラインを超えていると思った。しかし,全体として超えているかというとそうではなく,大半は合格ライン以下に位置していたのではないか分析した。

 この状態だと,運よく自分の実力の上端付近が発揮できるような問題であれば合格という結果になるが,そうでなければ不合格という結果になる。

 以上の思考過程を経て,「必ず」合格するという状態を実現するためにすべきこととは,自分の実力を示す得点幅の下端を合格ラインより上にもっていくことだと規定した。その状態が実現できれば,どんな問題が出題されても必ず合格できる。

 このようにイメージした。

~~戦術

 次に,得点幅の下端を合格ラインよりも上に上げるためにすべきことは何かと考えた。

 ただちにこうすればいいということまではわからなかったが,とりあえず実現すべきこととしては,得点できるはずの問題を必ず得点するということだった。先のことはわからないが,最低限,このことを徹底しなければならないと思った。

 それだけでいいのかは,未知の領域なので不明であったが,得点幅の最下端を合格ラインよりも上にしようと思ったら,少なくともこの程度のことは実現できていなければ話にならないだろうと思った。

 先に述べたように,受験の本番では,試験問題コントロール範囲である受験会場に来てしまってからでは,いくら「ここを勉強しておけばよかった」と後悔しても,その時点で知らない知識は答えようがない。試験現場でできることとしては,そのときに持っている力で解けるはずの問題を確実に解くことだけである

 この視点は,いろいろなところに適用できるが,たとえば時間配分のところにあてはめると,「解けない問題時間を浪費して,解けるはずの問題を解けないということを起こしてはならない」ということであると思った。

 また,当時よくしていた勘違いなどのケアレスミスも,本来解ける問題を取りこぼす可能性があるので,起こしてはならないことになる。

 これらは,本来解ける問題をこぼしているという点では共通しており,このようなことがあってはならない。

 受験本番までは実力自体を向上させることももちろん目指さなければならないが,それと同時に,試験当日に,その時点で持っている実力すべてを最大効率得点につなげられるようにしておかなければならない。

 その観点から模試などを受けた場合の振り返りとしては,正解したかどうかはあまり気にせず,正解できなかった問題があったとして,「その時点で正解する可能性がなかったのかどうか」を入念に確認した。

 知識が足りなかったなどの理由で,そのときは正解する可能性がそもそもなかったのであれば,それはその時点ではもうしょうがないので,ただただ後日正解できるよう,知識を補充するなどして実力向上を図るというだけのことである

 一方,その時点で正解できたはずの問題を取りこぼしていた場合は,全力で悔しがるようにした。

「必ず」合格するという目標達成の観点からは,このような事態絶対に起こしてはならない。

 そのようなことをしている限り,「必ず」合格するという目標は達成できないからだ。

 その場合,正解できたはずの問題をとりこぼさないために,なぜそのようなことが起きてしまったのか,再発防止策として何が考えられるかなどを必死で考えた。

 以上は基本的自分の中だけでの問題であるが,一方で他者との比較視点も生まれていた。

 正解可能性について考察しているうちに,自分が正解できなかった問題について,他の受験生はどうなんだろうかという視点が生まれたのである

 自分が間違えた問題の正答率が高かった場合は,それだけ多くの受験生に差を付けられたことを意味するのであるから試験結果に与える影響は極めて大きい。一方,正答率が低かった場合には,大半の受験生もまた正解できていないわけなので,差を付けられた受験生の数が少なく,試験結果に与える影響は少ないということになる(極端な話,正答率が0%の問題であれば,全員が間違えているということから得点という点だけみればその問題はなかったのと同じであって,間違えたことの影響は0である。)。

 このような視点で各問題ごとに正答率を確認するようにすると,感覚的には一般的に明らかに簡単と思われる問題でも,正答率が100%ということはないということに気がついた。受験生は,ごく簡単問題でも意外と間違えてしまっているのである

 この点に気づいたときには,大げさにいえば勝機見出した思いがした。

 とんでもなく難しい問題まで正解できるようにならなければ「必ず合格」という目標が達成できない,ということだとすると,その難易度はかなり高い。

 難問というのは,どんな問題が出るかもわからいから難問なわけで,対策という意味では容易ではない。

 しかしながら,正答率が高い問題を取りこぼさない(他の受験生に差をつけられない)ということは,意識して徹底的にやりさえすれば実現できることだと思った。そして,これがきちんと実現できれば,成績的にはかなりのところまでいけそうだと思った。

 このとき受験生活の中で,初めて具体的な見通しがついた。

 時期的には,浪人になって最初の方で行われる模試の結果を分析してこう思ったはずなので,わりと早い段階でこのような確信を得られたのはありがたかった。

 以上から,正答率が高い問題を重視し,かつ,それを絶対に落とさない,ということが具体的な行動目標となった。このように目標が明確になると,自ずとそれを実現するための勉強法も明らかになった。

 自分が正解できる可能性のある領域を増やすことを目的とした勉強塗り絵に例えれば,色が塗ってある範囲を広くするようなこと)も勿論必要にはなるものの,それよりもむしろ正解できる可能性のある領域での正解率を高くする(塗り絵で言えば,色むらをなくし,より濃くするようなこと)勉強を重視すようになった。

 より具体的にいえば,復習を重視するようになったということである

 知らない問題よりも,一度やったことのある問題の方が正解率は高くできるはずで,投入する時間に対して得られる成果が高いと思われるからである

 復習は徹底的に行うようにした。特に記憶重要となる社会の科目などは,一日の勉強最初には,それまでやった学習内容をさかのぼってかならず目をとおしてから先に進むようにした。

 具体的には,使っているノート基準最初から前回勉強したところまで必ず全部目を通すということをしていた。それはその一冊のノートを使い終わるまで繰り返した。見直す時間が膨大になってもしょうがないので,時間一定を心がけていた。勉強が進むことによって見返す領域が広くなることになるが,その分見返すスピードを上げて各ページ毎の見る時間は減らして行った。

 ノート最初の方であればあるほど,何度も目にしているので,時間が短くても問題なかった。時間よりも回数を重視し,回数を繰り返すことで,記憶への徹底的な定着を図った。

 これは面倒に思うかどうかだけで,誰にでもできることと思う。そして,記憶力に個人差は多少あれど,何十回と接触した内容については,誰でも記憶には定着しやすくなる。とにかく,一度学習した内容を,二度と忘れたくなかったので,そのようにしていた。

 そのような学習法を実践していたことで,知識系の問題については,絶対の自信がついた。

 当時は,記憶違いということはほとんど起こりようがないような状態を実現することができていた。

~~結果

 以上のような勉強法を行ってきて,浪人の夏に大学別の模試を2つ受けた。

 これはその大学を受ける受験生であれば,たいてい受けるという種類の試験だったので,模試とは言え,その時点でのその大学を受ける受験生の中での位置付けを図る重要試験だった。

 浪人生活を開始するにあたって,自分の中では目標があった。

 「100回受けて100回受かる」という観点から,冬の大学模試で100位以内に入ることを目標としていた。

 当時,志望学部合格者数が600名程度であることから,少し目標としては高いかと思ったが,これくらいが実現できなければ,安全圏にあるとは言えないので,あえて高めの目標を掲げたつもりだった。

 蓋を開けてみると,夏の大学模試のうち,最初に結果が返ってきた方は,79位だった。

 自分で定めた目標クリアできたので,非常にうれしかったのを記憶している。

 想定していたよりも成績がよかったので,浪人生活全体を通して,このときが一番うれしかったように思う。

 (それでも,これは単なる模試に過ぎないので,この程度の成績で油断はいけないと自分を戒め,喜ぶ気持ちを押さえつけた。)

 しばらく経つと,もう一つの大学模試の結果が返ってきた。そちらは20位だった。全く想定しておらず,正直自分もびっくりした。こんなに結果が伴うとは思ってもいなかった。

 ただやはり,「まだ受かったわけでもなんでもないので,いくら模試の成績がよかったところで,本番に受かるという目標が達成されたわけではない,油断だけはしてはいけない,もっと取れたはずだ」と自分に言い聞かせるのに必死だった。

 その後も大きな方針を維持したまま勉強を続けたところ,冬の大学模試では13位と14位という結果だった。

 受験本番はどうだったのか,順位は発表されないので分からない。

 予備校の発表する模範解答に照らして行った自己採点結果は悪くなかったし,結果はもちろん合格だった。

 合格確認したときには,うれしいというよりは,ほっとした。精神状態としては,「受かっているかどうかドキドキする」という状態ではなく,「絶対受かっているはずだが何かの間違いで落ちてないだろうな」という気持ちだったからだ。

~~まとめ

 方法論は人に合わせて千差万別なので,以上の方法が唯一絶対ではないと思う。

 全く同じ人間が一人としていないように,誰にもピッタリと当てはまる万能の方法などというものはない。

 それを前提として,自分浪人生活のうち,成果につながった要素を抽出するとすれば,以下の点ではないだろうか。

 まず一つには,本気で結果を出したいと思っていたことだと思う。

 何事につけ,物事には障害がつきものである。そのような前提状況の中,何も考えずにただ臨めば,結果が出るかどうかは当たるも八卦当たらぬも八卦のような確率論に終わってしまう。

 「本気で結果を出したい」というのを行動に置き換えると,「受験優先順位を上げ,その他のことはどうでもいいと考える」ということである。本気でそう思えれば,遊びたいとか,のんびり寝ていたいとか,そんなことは気にならなくなる。

 それは「誘惑に打ち勝つ」ということとは感覚的には少し違う。誘惑を感じている状態は,まだ本気度が高い状態とはいえないと思う。本当に結果を出したいと思って,その状態に入ったときには,その他のことは本当にどうでもよくなる。

 「その他のことはなんでも差し出すから,とにかく希望している物事について結果を出させてくれ」という心持ちになる。そのときは,優先順位が二位以下のものごとは些事である

 そのような状態に入れると,仮に何か障害が生じたとしても,手段を尽くし,工夫を尽くして,結果にたどり着くという状態になる。

 時間しろエネルギーしろ資源が有限である以上,その中で一つの結果を確実に出そうと思えば,何が何でも結果を出したいという状態自分を持っていくことが必要になる。

 不合格という現実に直面したとき,何度も「嘘でしょ。結果を取り替えてくれないか。」と何度も思った。しかし,一度出た結果は変わらない。これが現実である

 自分の周りの環境自分コントロールすることはできないということをまざまざと体感した。

 一方で,自分はいくらでもコントロール可能なのだ

 不合格回避したいという思いを,エネルギーを,合格への執着へと昇華させることはできるはずだ。

 二つ目は,以上の状態を前提として,「結果を出す」ということを実現するためにどうすればいいのか必死で考えたことではないかと思う。

 先に記述した思考過程を経て,自分なりに結果を出すために必要な条件を考え,それを満たすためにひたすら実行した。

 小中高と地方公立学校で育ってきて,全国規模で自分が試されたことも位置づけをはかったこともなかったため,余力を残すという発想がそもそもなかったということも幸いした。

 自分みたいな遅れて必死になった者が全国レベル受験生相手に確実に合格するという状態に達するためには,とにかく妥協なく徹底的にやり切る以外にはないと思っていた。

 後にも先にもこのときほどストイックになったことはない(なお余談だが,このときにあまり想像以上に結果が出てしまったため,後になってまた別の試練に立ち向かうことになった際に,「あそこまでやらなくてもいいだろう」と無意識に思ってしまい,無駄に回り道をすることになる。何事も,やるなら最初から本気でやるべきである。)。

 当時,浪人時代灰色一色で,とても精神的につらいものであったが,きわめて得るものの多い時期でもあった。

 生活のことは親に完全に甘えられる時期であり,徹底的に勉強のことだけ考えていればよかったという意味では,むしろ幸せな時期であったともいえる。

 浪人時代を通じて,物事に本気になるとはどういうことか,結果を出すとはどういうことかなどを身をもって体験することができ,その後の人生にも大きないい影響があった。たまたま運よくラッキーで現役合格してしまっていたら,このように自分を振り絞るような努力をする機会は得られなかったの

男性オタクに苛められてたこ絶対に忘れないから 追記

男性オタクってひとくくりにすると「俺なんもやってないもん!」な人が出てくると思う。

そうだね。でも傍観してたよね。

たしなめてる人見たことないよ。

もっともそんなことしても女認定されて取り合ってもらえなかったかな。

十年前のネット界隈は「男にあらずんば人にあらず」だった。

なに不自由なく伸び伸びできてた人達には私が感じた屈辱はわからないだろう。

美少女の乳揺れやロリエロネタは垂れ流されるのに、イケメンキャラへの称賛は罵られる。

書き込みが少しでも女っぽいと「女だろw」「くっさ」とまるでそれが悪いことかのように嘲られる。

美少女アニメが飽和してるなかで、ただ男キャラが二人並んでるだけの絵がでると「腐向けかよ」「女に媚びてる」「腐女子侵食された」と非難囂々。

少年漫画腐女子に駄目にされた! オタク文化は腐女子に駄目にされた! 女はなんでも男の後追い!って主張を真に受けて悲しくなってたけど、調べたらコミケは当初九割が女で、今もサークル側は女が多いらしいじゃん。

あと萌え絵って少女漫画の画風が元なんだってね。

後追いはどっちなんだか。

ニコニコ声優が映ってる動画があった。

男性声優が出てるときに「かっこいい」「かわいい」「○○さん」などのコメがあったが、「腐女子わきまえろ」「腐コメするな」と言われコメが減り謝罪する人もいた。

ところが女性声優が出たら「くぎゅゅゅゅゅゅゆう!」が画面を埋めつくし、誰も文句言わない。

唖然としたけどほかの動画でもいつもそんな感じだった。

個人サイトを漁ったりpixivゾーニングされてる作品を持ってきて笑い物にしたりもしてたよね。

BLだけじゃなくて女体化とか男体化とかのお遊びもキモイってこきおろしてたね。自分達がやってたクッパ姫とかは自画自賛してたのにね。

基本的に女は乙女ゲ好きだろうと腐女子だろうと攻撃されたけど、腐女子特に人間扱いされなかったから夢女子の人が「腐女子と一緒にしないで」って必死で言ってるのもよく見たな。

あと「この作品は確かに腐女子に人気があるけどあいつらイナゴから! ちゃんと熱い内容だから!」とか。

その一方で男オタクはどれだけ中身の薄い美少女アニメに熱狂しててもいいし、ロボットものなのにロボットそっちのけで女キャラの乳揺れに騒いでても文句言われない。

オタクアニメ映画試写会監督に「硬派な作品にしたかったのに女性がこんなに多いなんて残念」って言われたのに。

ずーっとずーっと理不尽な思いはしてきた。

直接男オタク粘着されたり痴漢されたりした人に比べたら私はまだ被害がないほうだけどね。

なんで同じオタクのはずなのに性別が違うだけでこんな馬鹿にされなくちゃいけないの?って悔しかった。

それでもオタク文化が好きだったし、最近は女がお金だすって起業がわかってきたからほんの少し扱いがましになった。

から普段はなんにも気にしてない顔でオタクやってる。

たださぁ、「男オタクは優しいのにモテない。女はわかってない」「腐女子他人事じゃないんだから表現規制に一緒に対抗しろ、仲間だろ?」とか言われると、「てめぇどの面下げて」って修羅の顔になっちゃうよね。

あいにく腐女子は隠れろ隠れろと言われ続けてきたのでゾーニングときでがたがた言う人の気持ちはわかりかねます

だって私、「原作好きな人捏造カプや18禁エロ見たら不快になるから隠そう」っていう腐女子界隈の理屈はまぁ納得してたもの

腹が立ったのは、男キャラ同士のハグ絵や笑いあってる絵、酷いときは男一人しか描かれてない絵に対し「腐向けキモイ」って大合唱する奴らと、そんなこと言っときながら美少女エロ絵はがんがん出してきて乳袋だのスジだのを喜んでる奴ら。

ダブスタも大概にしろや。

苛めてた方は覚えてないけど苛められてた方は覚えてるってよく言うよね。

君ら男性オタクは何故か自分迫害されてる立ち位置で言うけどね。

正直私がオタクになり始めた頃はもうオタクはそんな忌避される存在じゃなかったんだわ。

今となってはすっかり市民権を得てるのに相変わらず被害ぶって、そのくせ女への性器呼びも配慮なしエロ絵も女オタクミーハーっていう見下しも続けてる。

連帯なんて世迷いごとはクソみたいな界隈の風潮自浄してから言え。

そして二度とオタクは優しいなんて抜かすな。

>たしなめてきたわ の人

ありがとう

そりゃ中にはまともな人もいるよね。

できれば私もそういう人は傷つけたくない。

でもヤバい奴が多すぎてそれが当たり前の界隈になってるんだよ。

漫画家児童ボルノ所持で書類送検された時、ネタツイ大喜利ツイは万リツイートされてたけど苦言を呈した男性オタクツイートは300リツイートぐらいだった。

残念ながらまともな人は少数派だ。

>ネットオタクはなんでも攻撃する の人

そうだね。

大人しくしてるとつけあがるよね。

でも当時の腐女子は男同士でカップリングするのは悪いことだと思わされてたし、女がエロ扱うのは白い目で見られがち(さもなくば痴女扱いされがち)だから、後ろ暗い気持ちがあって反論できなかったんだろうね。女の方が外聞気にするし、自分が好きな作品自分のせいで貶されるの辛いし。

反撃すれば良かった?

かにね。男性オタクの好きな同人誌晒し馬鹿馬鹿しい誇張表現あげつらってクスクスやればよかったかもね。うわ全然楽しくなさそう。

理論的に反論? 「顔真っ赤w」「ま~ん」ってやられるのが落ちだよ。

ただまぁ私のように若い頃は悲しい思いを圧し殺してオタクやってたけど段々成長して「あれやっぱおかしかったよね!」ってなる女オタク一定数います

そういう人たちがツイッターとかで今変なことを指摘しているわけ。

フェミ系のアカウントアニメ絵アイコンにしてる人が多いのはそういうことだよ。

なーにが「フェミオタクを憎んでる」じゃ。こっちもバリバリオタク文句あるか。

2019-03-23

anond:20190323174816

論理的考察すると、この文章論理的に見せようとして失敗していますね。

じっさいのところ論理的ではない人間は、性別に関わらず、ある一定数は統計的存在すると思う。

支離滅裂ですよ。大丈夫ですか?

「じっさいのところ」なのに「思う」とは?統計的データは?

肝心要の「性別にかかわらず」の根拠は?

騙すために論理的っぽいキーワードを用いても、やり方が論理的でない。

論理的ではない人間は、性別に関わらず、ある一定数は存在すると思う」とするのが適切でしょう。

は、男性側の視点から女性性差別をするために恣意的物事を歪めて見ていることになる。

「思う」と「見ている」なので同列です。

anond:20190322205402

この増田は「女の多くが論理的ではない」という自説を強調しているのが気になる。

じっさいのところ論理的ではない人間は、性別に関わらず、ある一定数は統計的存在すると思う。

そうすると、この筆者(文脈から男性が書いていると推察する。)

は、男性側の視点から女性性差別をするために恣意的物事を歪めて見ていることになる。

というかここからは飛躍した推測だが

性差別的なもの見方普段の振る舞いに出ているから、多くの女性とは結婚マッチングがうまくいかない」可能性がある。

今後も一人でいる可能性が高く、いま結婚していないなら被害に遭う配偶者もいない。

匿名である限りさしあたってその偏見放置しておいてもよいだろうが…。

平均的な女性とのマッチング可能性を低めているため、「論理的巨乳」という希少性の高い人物マッチングする可能性は、とても低いと思う。

今日筋トレ内容

単位ポンド

 足

 腹

 背中

 胸

 回数とセット数

基本10回、3セットずつ。ローは、持ち手のパターンが2種類あるので、4セットにした。

 体組成

 高強度インターバルトレーニング

トレッドミルで、レベル10(速度一定で斜度が時折変わるプログラム).速度6.7キロ/時。14分。

「こいつどこに加点ポイントがあって、結婚できたんだよ」という人を、

現実でもインターネットでもよく見てそう思ってしまうのだけど、

誰にも選ばれてない孤独な俺に比べれば、誰もが一定水準でましなのを忘れそうになる。

瀧以外もなんとも思わねえよ

「瀧なら許すのか信者は?ダブスタが」

いや、新井浩文マーシーマッキーキースもフルシアンテもジミヘンレノン今井勝新太郎バロウズも、なーんも思ってないだろ世間は。いや、なんも思ってないことは無いにしても、罪人として見ているか?せいぜいが落伍者だろ。しかし、一定の人気を得るまでに至った彼らの才能は凡人のそれではなく才覚と努力はそこにあるため、完全に落伍者としては見れないだろう。

未だに川俣軍司の亡霊に取り憑かれてるのか?

二酸化炭素はいけませんとローマクラブが言ったが彼らのデータは嘘だった。景気は上がってると国が言ったが統計でっち上げても良しとする国だった。年配の方が偉いから敬えと儒教は言った。神の教えであり愛なのだ司教は曰い少年少女は慰み者にされた。日本アメリカに勝っていると戦時中放送された。いざと言うときは竹槍で戦おうとした。日本は優しい人が多い国なんですよ、と誇らしげに言う日本人がいる。

あのさ、アルコールの方が依存形成は強いワケ。アダルトチルドレンをなくしてくれ。飲酒運転をなくしてくれ。

動物愛護環境保護戦争反対も、世の中の問題を誰かに任せて自分正義の考えを持ってると、世の中は馬鹿ばっかりだと口にするのは楽だし気持ちいいだろう。

俺もお前らも大差ないよ。薬もブラック企業ストロングゼロ痴呆脳腫瘍も。

善人ヅラにはヘドが出る。生きてるだけで野蛮なんだからもっと業を背負え。泥を被って生きろ。

ヤケクソでプロ「年下のお姉さん」に責められて絶叫絶頂しちゃった件

都内某所のラブホで僕は一人ソファー腰掛けて頭を抱えていた。とても不甲斐ない気持ちだった。たか風俗遊びと自分に言い聞かせても、昨日のデリヘルでのプレイの後悔が拭い去れなかった。お相手いただいたお姉さんは否がない。いつもと違ったプレイがしたかったのに、気づいたら僕の描いていたシナリオと全く違う結末になっていた。そこに些細な仕事での失敗感も重なって、自分に対する情けなさと憤りを感じていた。

悲劇出張で始まった

ことの発端は数日前の地方出張なのです。ビジホの机で仕事をしていたら、コンクリ壁の向こうからゴンゴン音がする。ずいぶん荒っぽい荷物の扱いだなと思っていたら、どうやら甲高い声がする。子猫の鳴き声、赤子のギャン泣き…違ぇ、これは喘ぎ声だと気づく。ああ、こっちはせっかく気持ちよく仕事を終えて寝ようと思ってたのに、デリヘル呼んで大声聞かせやがってふざけんなよ。

いざデリヘル

翌日帰京後、僕はためらうことなデリヘルを呼んでラブホへと向かった。普段は予定が合わないランキング上位嬢の出勤予定と僕の予定が一致していたので、今回はこのお姉さんにしようと決め込んで予約した。これが間違えの始まりだったとあとで気づくことになる。嬢はオタサーの姫っぽい服を着てやってきた。年はずいぶんお若いようにみえた。見た目はこけしっぽいかわいさだけど巨乳むっちりで、アヒル口風のキメ顔が最高にキマってた。僕こういうの、すき。なるほどランキング上位になるわけだなと納得。抱きつくとシャンプーや衣類洗剤の香りじゃなく、人間匂いがした。こけし嬢は中川翔子っぽい喋り方で勢い良く喋ってくれたので、プレイは順調に進むと思っていた。ただ、腹の肉が邪魔してオプションコスプレ衣装ボタンが半分しかまらなかったので、僕の衣装選びセンスの無さに心の中で泣いた。なぜだろう、僕はこけし嬢に遠慮していた。なんだか、言葉に表しにくかったのだが、こけし嬢は急いでいるように感じた。

僕はあの日壁越しに聞いた悶絶デリヘルみたいに、こけし姉さんにも盛大な喘ぎ声を出してほしかった。プロからその程度のリクエストに答えるのは容易いだろうと思っていた。しかし、それは裏切られた。

「どうしてほしい?」

と、こけし嬢は問いかけた。僕は緊張していたので

「お姉さんの喘ぎ声いっぱい聞きたいです。あと、僕を責めてほしいです♡」

って言っちゃったんだ。うん、一行で意味不明な即堕ちしてるね。こけし嬢は「うん、わかったー!」と二つ返事で仕事を始めてくれた。お口でしてくれたり、手でゴシゴシしてくれた。そうしたら、早く射精しなきゃいけないという気がしてきた。だから、すぐに、射精した。お姉さんにアンアン叫んでもらうはずが、僕が叫びながら射精してしまったのだ。そうしたら、時間全然余ってた。適当に話して時間になってさよならした。全然楽しくなかった。60分コースだった気がするけど50分ちょいしか経っていなかった。

反省反省、ただ反省

こけし嬢の去ったラブホで一人、無駄に大画面なテレビワイドショーを見ながら悩んだ。この不満感はなんだ。性欲発散するために来たのに、来るときより帰るときのほうがフラストレーションが溜まってるじゃねえかと。冒頭の記述は何が悪かったのかと悩んでいる無様な様子だ。

こういうときサンクコストを切れるヒトは強い。「次行こ、次」といって立ち直れるヒトはすごい。僕はそうじゃなかったので、そこで出した結論は「次の日ソープへ行き再挑戦する」だった。ソープにしたのは、なんとなくやさしいお姉さんが多そうな気がしたからというだけである

もう一度、チャンスをください

もう、ヤケクソだ。ランキングも当てにならぬ。次は誰にお相手願おうか、もうあれこれと悩むを止めた。条件は、なるべく年齢高めでお姉さん以上オバサン未満で懐の広そうなお姉さんを選びたい。若い、未経験、初々しい、ドM、そういう店長コメントのついたお姉さんはまず論外。美形で敏感とかランカーとかそういうのも、だめだ。バッサバッサと切り捨てた先に残ったお姉さんは、どれもパッとしない。写メ日記を見ながらマメそうなお姉さんを選んだ。

さあ、期待値からソープを始めよう

翌日になった。もう、ドキドキしないでお姉さんにご対面だ。コスプレオプションで頼んだセーラー服がはち切れんばかり…いや、はちキレていた。

「この制服小さくて前が閉まらないんだぁ」

申し訳なさそうに語る顔はケバい小野早稀で、体は乳40%OFFの青木りんであった。お乳は水風船みたいに乳首ちょっと外向きで大変素晴らしい駄肉でございました。年齢は20代で僕より少し若い。ちなみに小野早稀青木りんもすきだけど、混ぜたらあんこパスタみたいになってしまってる。声はちょっとかすれてて、苦労してそうだなあと要らぬ想像をしてしまった。

責めるのです。そう、前からそして後ろから

まず、深呼吸して僕はこれまでの事情小野お姉さんに10分くらいかけて話した。一度失敗してるから、落ち着いてしっかりと伝えた。小野お姉さんは失敗談を笑ってくれたので、少し救われた。

はい、わかりました、大丈夫だよぉ」

と言ってくれて、プレイを始めてくれた。

それで、小野お姉さんは「ここ触ってぇ」といいながら仰向けになって秘所を触らせてくれた。制服スカートくぱぁしているアソコを見ていたら興奮してきた。

ここで挿れたらうまく行きそうな気がしたので、初めて正常位をやってみた。挿入するときには小野お姉さんが

「もうちょっと上、あっ、そこだよぉ」

って言うやつをやってくれて、それがすごくエロかった。でも挿れてもそんなに気持ちよくない。腰を振っても振っても進んでいる気がしない。ふと脳裏に「糠に釘」という諺が思い浮かんで、これってエロ比喩なのかなんて思い笑いそうになった。ところで正常位ってどんな女の子でも絶対ブスに見えるのはなんでなんだ。現実世界バグ修正してほしい。正常位しながらキスしてみたら、お腹がつっかえてやり辛い事に気づいた。僕はBMI28なので、やせなきゃなあと思うのであった。そして、小野お姉さんは申し訳程度に

「あ〜! 逝っちゃう〜」

というのをやってくれた。なんだろな、これを求めてたはずなのにあんま嬉しくないな。

なんとなく正常位は身体の収まりが悪い気がして、後背位に変えてみた。後ろを向くと大きなお尻と美髪が拝めて興奮が高まった。そうか、バックもありだなあと思った。お尻を掴みながら腰を振る。もうエアーズロックにでも抱きついてる気分だ。小野お姉さんの重量感を感じて、興奮した。そうこうしているうちに、射精感が高まってきて射精できた。その間もお姉さんはアンアンやってくれた。なんだろう、素人声優のボイスドラマを聞いているような気分…こっちが恥ずかしかった。とにかく、ノルマクリアで爽快な気分だった。

幕間: 年下の姉症候群

プレイが一段落すると、雑談があった。他愛のない話が続くなかでなぜか、(エッチで血の繋がっていない年下の)姉を僕は欲しかったんだよねっていう話なった。

「お姉さん、この時間だけ、僕のお姉ちゃんになってよ」

提案すると、小野お姉さん快諾してくれた。だから、2回戦は小野お姉さん改め小野お姉ちゃんが上になって騎乗位で僕を攻めてくれた。

これは僕が求めていたこ

小野お姉ちゃんは責められたい男のツボを心得ていてロールプレイがノリノリでほんとすごかった。挿入する前に、僕に跨ってエッチな表情をしながら

姉弟でこういうことしちゃいけないんだよぉ」

って焦らしてくる。乳首舐めたりキスしたりして、もう僕は我慢できずに

お姉ちゃん、僕もう我慢できない。お願い、エッチしたいよぉ♡」

懇願した。僕の気持ちは極限まで高まった。これこれ、これを求めてたんだ。小野お姉ちゃんはさきっちょだけ挿れて、もうここまでだよって焦らされたりしてくれた。僕の心は隅々まで満たされた気分だった。焦らしに焦らして、挿れてくれた。やっぱり騎乗位でプロに動いてもらったほうがきもちい。小野お姉ちゃん

姉弟からエッチ気持ちよくなっちゃダメだよぉ」

って耳元で囁いてトドメを指した。バックのときより随分早く気持ちよくなれた。

「あ〜イクイクだめだめ、あ〜! おぉああああ!!!

本気で絶叫した、僕が。逝っても許してくれずしばらく腰を振って僕を責めつづけた。まるで犯されている気分だったので、ほんとに心が満たされた。

絞り尽くされて、プレイは終わった。あとに残ったものは、筆舌に表し難い満足感。すごい、求めていた以上のものを与えられた。ソープから帰ってきてあまりに満足感が得られて嬉しくて誰かに伝えたかったのでこれを書いている。

教訓:まとめにかえて

さて、今回の風俗遊びから得られた教訓を忘れないように書いておく



今回のプレイを振り返ってみて気づいた。弟くんがお姉さんを責めようとするもうまく行かず、反転攻勢で弟くんがガッツリ責められちゃうやつじゃないですかー! これ大好きなやつだった。

最後にはエッチアドバイスまでくれて小野お姉さんいい人だった。ありがとう

2019-03-22

ベンチャー界隈の大企業dis

なんつーかベンチャー界隈の大企業dis野郎って恥ずかしくないもんかねぇ

当方、ドベンチャー社員やってんだけど、社内にも、社外にも一定数の大企業dis大好き野郎がいていつも彼らの話を聞いては微妙な気分になる

曰わく「あいつらは終わってるwww」「将来がないwww」「ホント日本大企業は○○だからだめwwwから海外アゲ)」等々

まあ、まるっと完全に間違いではない指摘も有るんだけど、言った当人がやってる会社だったりサービスの方が利益でてなかったり、寿命早そうだったり、将来性無かったりで端から見てて滑稽というか哀れというか・・・

インターンにそういうこと吹き込む人もいるんで、学生の人たちはベンチャー界隈の大企業disは話三割ぐらいで聞いた方が良いですよ

労働基準法とかパワハラ定義とかって、俺みたいな無能考慮してない

じゃあ管理職なんか就くなよって言い分もわかるけどな。俺にも生活があるんだよ。俺だけじゃなくて親の生活費出さないといけない。

怒鳴っちゃいけない、無理いっちゃいけない、お互いの為になるように指導しなきゃいけない、成長を思いやってやれなきゃいけない。

まだあるけどわかってる、わかるが、でも無理だってマジで

家に帰ると老々介護現実がどーん!だぞ。人間的にできてりゃ職場でも、いい笑顔で受け流せるのかもしれないが、もちろん全くそんなことない。

それに忙しい時に限って、とんでもないポカやられたら腹くらい立つだろう。暇な時はすすっと終わらせるし余計にな。

まるで仕事できない奴、ってかやらせない方が良いような奴にも、なんかしら振らないといけない。そいつにできそうな仕事選んで、できそうに手順確認して、そいつに誤解のないように振るなんてストレスたまって当然だろ。

「今手一杯で」わかってんだよ、そんなことはよ。知らないわけねぇだろが。あえて言ってんだからちゃごちゃ言うなよ。

労務管理だなんだ言ったって、そもそもの量減らせないなら意味ない。人手増やせないなら意味ない。責任だけ取って物事まわんのかよ。

空気最悪だよ。まず間違いなく俺が不機嫌なせいでな。無理にでも穏やかでいろって、無理だろ普通イラついてりゃ口くらい滑るだろ。

元々昇進断ったんだよ。責任ばっかり増えて良いことないからな。

結局辞令出たわ。

ろくに貯金もないままどう過ごすんだ?条件のわからん転職に迂闊に突っ込めないだろ?時間もないしな。

この間精神的な原因で休職してた奴が退職したよ。本人は言わなかったようだが、職場ストレスって俺だろ。直接的には違うかも知れないが、俺が相談も何もできんようにイライラ撒き散らしてなければ、もっと前に休ませるとか転職時間作るとかあったろ。

でも実際問題相談されて受け入れる余地あったか?なかったよ。怒鳴って終わりだ。あいつは正しかった。

より負担増えてんだし、次は俺かもしれん。

じゃあ今以上リソース割けるか?割けねぇよ。無能なんでな。スキルメンタルもまるで余裕がない。

査察入れりゃ一瞬だよ。しょっちゅう怒鳴り付けてサビ残させてるわけだし、反論できる根拠がない。

明日は久しぶりに出社させなくて済む、ってちょっとホッとしてるくらいだ。

荷物持って喫煙所に隠れつつ、電気消えたら取って返してサビ残だよ。バカから帰れても俺がいると帰れない奴がいるんだ。

多少なりとも早めに帰したい。でもできないんだって。俺が天才的で10人分くらい働けりゃいいのかも知れないが、そうはいかない。

転職で今の経歴隠したって、バレたら傷にはならないとしても、問題起こしたと思われるだろ。「管理職から逃げ出してここきました!」バカか。

一定能力のないやつは出世法律で禁じて欲しい。次はだれがうつになるかわからん。いきなり首くくられたら、誰にどう詫びたらいいんだよ。

まだ居座ってるバカがいる。あん喫煙所いたらそれはそれで無駄だ。あほくさ。

anond:20190322152719

仕事なんだけど、別に作品価値について自分達が判断する必要はないのよ。魅力を見出したり好きになってあげる仕事ではないです。ただの作業

けど、作業でも読んでるのが辛くって。ベテラン作家さんの本だと文章も内容もこなれててスイスイ作業できて、それが終わるとラノベが回ってきて、やだなー、しんどいなー、と思うようになった。ラノベでもたまに上手な人はいる。そういうときラッキー。何度も推敲したんだろうなって思える丁寧な文章とか、しっかりした下調べがあってできるだろう描写とか。でも別にそういう本が売れてるようでもなくて。何でこれが売れてなくて、あれが売れてるんだーって不思議しょうがない。文章の良さはほとんど関係ないってはずもないと思うんだけど…そうなのかな。文章も内容もあんまりなので、集中できなくてますます作業が長引くんだよね。気がつくと空を見てる。

なろう、というかエンタメ作品ランキングトップ層には、リーダビティ特化した作品というのが必ずあるもんだろ。毎日かならず一定数連載して、どんなに低品質でも必ず数ページに一回は山場があり、深くはないながら難しさを一切要求しない作品というものが。

どうせそういう作品読んで、見下しモードになっているんだろうけど、それだめだからな。気をつけろ。

あー、そういう作品だったのかも、あれ。筋に関係ないことを長々と妙に感動的に書いてる不思議パートがちょこちょこあった!数ページに1回の山場だったのか。なるほどね。ちょっと気が紛れる。ありがとう。以前、全く好きになれない内容の村上春樹を読みながら「やれやれ」だけをカウントしてやりすごしたのを思い出したわ。

今日筋トレ内容

単位ポンド

 足

 腹

 背中

 胸

 回数とセット数

基本10回、3セットずつ。ローは、持ち手のパターンが2種類あるので、4セットにした。トルソーは、左右あるから6セット。

 体組成

 高強度インターバルトレーニング

トレッドミルで、レベル10(速度一定で斜度が時折変わるプログラム).速度6.6キロ/時。13分

anond:20190322135942

お前仕事で読んでるんだったら、むしろその作品の良いところを見つけられなくてどうするよ。

世間で売れている作品をお前が最悪って思っているなら、お前は世間で売れる作品ってものが見抜けない無能なんだぞ。

 

こっからはどの作品のことかはしらんので予想なんだけど、なろう、というかエンタメ作品ランキングトップ層には、リーダビティ特化した作品というのが必ずあるもんだろ。毎日かならず一定数連載して、どんなに低品質でも必ず数ページに一回は山場があり、深くはないながら難しさを一切要求しない作品というものが。

どうせそういう作品読んで、見下しモードになっているんだろうけど、それだめだからな。気をつけろ。

anond:20190322081924

もうちょっと細かく書いてみる。プロじゃないので正確性についてはごめん。用語もかなり適当


人間日常的に体験する範囲では、速度は加算される。例えば、地上を時速100kmで走っている電車の中で、ボールを時速100kmで進行方向に投げたら、地上の人からボールの速度は時速100+100=200kmに見える。

ところが、光はそうはならない。電車の中でライトをつけると、地上から見ている人からは、電車の進行方向にもその逆の方向にも同じ速度で光が広がるように見える。(ということが実験で確かめられている。)

光よりちょっと遅い程度のもの、例えば素粒子なんかでも、やっぱり速度は単純に足し算できない。どうやら光速以上の速度を出すもの存在しないようだ。(ということも実験で確かめられている。)


一方で、すべての物理法則は、地上にいる人でも電車に乗っている人でも同じであってほしい。電車に乗ったら物理法則が変わった、のではいろいろと困るしな。

相対性理論の「相対性」ってのは、「どの人にとっても同じ物理法則が成り立つ」ってこと。ちなみに特殊相対性理論は「どの人」を慣性系に限るから特殊

ついでに、相対性理論発見以前の知識では、電磁気法則はどの人にとっても同じ、ではなかった。電車に乗ってる人には、何故か電磁気法則は(当時知られている形では)成立しなかった。力学法則は誰でも同じなのに電磁気ナンデ? てのが課題になってたのが20世紀初頭。


で、「(真空中の)光速一定」と「(慣性系での)物理法則相対性」が成り立つとしたら、実は時間空間ってこういう性質を持ってるんじゃね? ってことを導出していってできたのが特殊相対性理論

例えば、

  • 動いている人の時間は遅くなる
  • 動いている人の長さは縮む
  • 動いている物の質量は増えるし、なんなら動いていない物もそれ自身エネルギーを持っている

かいうのが特殊相対性理論のよく知られた部分だけど、逆に言うとそれを認めないと「光速不変」「物理法則相対性」が成り立たなくなる。

ついてに、こういう「変な」性質は速度が光速に近くなるほど強く現れるため、人間日常生活の範囲では(飛行機でもせいぜい「時速」数百km光速は「秒速」約30万km)普通は気づかない程度のレベル

ゲームで人の嫌なところが見えるのがいやだ

徹頭徹尾ただの愚痴。人によってはあるあるな内容かもしれないから、

もしそうだったら、「あるある」って苦笑いしながら読み流してくれたら嬉しいです。

一昔前には人狼にハマって、今はとある非対称対戦ゲームにハマっている。

人狼をしていた時も思ったけれど、この手のゲーム性格が出る。非常によく出る。

で、多分私の性格が悪いことも大いに影響していると思うのだけれど、必ずと言ってよいほど、その人の悪いところが目につくようになってしまう。

流石にどちらもいい大人なので、ゲームが原因でブチ切れたり、それで喧嘩するようなことは無いけれど、

ゲーム最中や終わった後の台詞を聞いて「やっぱりそうなるのか。こいつのこういうところなんだよな」と思ってしまう。

そうすると日常生活の中でも、ゲームの中で目についた「悪いところ」の類似点発見して「やっぱこういうやつなんだなあ」と思う。

それでまた一緒にゲームをすると、またそれが補強される。負のスパイラルである

そうして段々、密かにその人のことが嫌いになっていく。

今やっているのは、(わかる人はすぐピンと来ると思うが)1対4で鬼ごっこをするゲームだ。

逃げる側は一定条件を満たして3人以上鬼から逃げられたら勝ち、

いかける側は3人以上を捕まえたら勝ち。2人逃げたら引き分け

鬼はソロプレイなので、「一緒にプレイする」という時は、逃げる側でチームを組むことを指す。

4人で協力しながらゲーム勝利を目指すので、当然、ミスをすれば仲間の足を引っ張るし、

反対に、誰かひとりがものすごい活躍をしてみんなを勝利に導いてくれることもある。

で、たとえばみんなで協力しあって無事に勝利をおさめた時、第一声が

「いやあ、今回は私、仕事たからねえ」とか「(自分キャラ)の活躍、なかなかじゃない?」

だったりする。確かにその人が良い働きをしてくれたのは勝利の一因だろう。けれど、

よくよく見るとその人と同じか、それ以上活躍している人がいたりする。

でも、そういう人には基本的には触れない。むしろ私が先回りして「あの人凄かったね! 今回はあの人のおかげで勝てたよ」とか言うと、

「でも私も頑張ったよ!」と張り合ってきたりする。おとなしく「そうだね」って言っておけばいいのに。

反対に、自分ミスをした時はよく言い訳をする。「ラグがすごくて」とか、「今のは鬼がずるい!」とか言う。

それで、同じチームの誰かがミスをするとなじる。

(もちろん、流石に一緒にプレイしている相手には言わない。いわゆる野良で入ってきた、たまたまマッチングして一緒のチームになっただけの相手に、

相手にはわからないように、音声チャット愚痴る)

あるいは、自分がそこそこ好プレイを叩き出せると、ゲーム中に大笑い・大はしゃぎで報告してきたりする。

大して面白い状況でもなければよくあるプレイングだったりするのに、だ。向こうはヒーロー気分でも、

こっちは苦笑いで相槌を打つだけである

ひとつひとつは小さなことなのだけれど、積み重なってくると「ああ、この人はこういう性格なんだな」という風に見方が変わってくる。

要するに「何かが上手く行ったら自分の手柄、失敗したら周りのせいにする人なんだな」とか

自分の失敗を素直に認められない人なんだな」とか。そうなってくると、

「この間の遅刻、そういえば電車遅延って言ってたけど、ぱっと見、どこの路線も遅延してなかったし、アレ嘘だったんだろうな。そういうところだよな」とか

こっちもそういう思考回路になってくる。

「この間も、その場の誰も知らない・興味ない人の話を一人でずーっと楽しそうにしてたけど、みんな適当に笑ってるのに気づいてなかったよな」

「この人の仕事愚痴、いつも部下が無能なせいで〜って言うけど本当かな……?」

こんな感じで、段々その人の私生活にまで意地悪な視線を向けてしまうようになる。

勿論、ゲームになると性格豹変する……という人も、まあいるにはいるのかもしれない。

でも基本的運転中とゲームプレイ中はその人の本性が出るものだと思っているので、

こういうことがあると、やっぱりその人のことをじわじわ嫌いになっていく。

たかゲームだ。ゲーム楽しいし、勿論この人だって、常にもやっとするような発言ばかりしているわけではない。

それに、昔スプラトゥーンランカーが「このゲームのいいところは、勝ったら自分のおかげ、負けたら周りのせい、とゆるく責任転嫁して『またやるか』という気になれるところ」と言っていたので、彼のような楽しみ方が、本来は正しいのかもしれない。

いちいちこんなことを考えてしまう私は、そもそも人とやるゲームに向いていないのかもしれない。

ゲーム楽しい。だけどゲームを通じて、それまで気づいていなかった、

もしくはなんとなくわかってはいたけれどスルーできた、その人の「いやなところ」が

気になってしまうようになるのは嫌だ。

そんなことを思いながら、私は今日も相変わらず、その人のことをじんわり嫌いになりながら

一緒にゲームを楽しんでいる。

anond:20190320152118

まり無機物で、重力等が変わってもほぼ常に一定の値になるものを見つければ良いわけだな

しかクオーツ振動がそういうものじゃなかったか最近Dr.ストーンで読んだ)

それで正確な時間を測れるようにして、音の伝わる距離とかから逆算する

大気の濃度とかにも影響は受けそうだが…水中ならもう少し正確になるのかな? わからん

2019-03-20

anond:20190320101512

男っぽい素朴な女が好きな男も一定数居るぞ

2019-03-19

Google ローカルガイドを始めたら持病がよくなった

Googleローカルガイドは、完全にネット上での活動とは切り離してリアルネームでやっているので、増田に書く。

Googleローカルガイドってプログラムがある。簡単に言うと、Google Map写真を追加したり、レビューをしたりするとポイントが付いて、一定ポイントが付くとレベルいくつ、とかなる奴。

ただ、ポイントがたまったからといって何か特別に特典がもらえるわけじゃないし、特にいいこともないんだけど、ただ自分が載せた写真にどれぐらいの人がみたとか、何人がレビューを参考にしたとか、そう言うのが出てくる訳よ。

見事にハマった。

今までも位置ゲー系のゲームをやったことはあるのだがいまいちフェードアウトした。しかしこれはそれ以上だ。

特に在所が比較田舎なので、あんまり写真なんかを載せる人がいない。

国の文化財になると既に写真が山ほどあるのだが、地元ローカル公園や、ローカル神社仏閣、町の文化財レベル場所だとほとんど写真など無い。

そう言う所に出かけていっては、写真を撮って載せるようになった。

最近では、360度カメラも買ってしまって、それを使っても写真を撮っている。

(一方で、レビューはあまりしないことにしている。よっぽどのこと(入り口がわかりづらいので気をつけろ、とか)が無い限りやらない)

すると、なんか地元を見る目が変わってきた。

今まで、何にも無い屁みたいな田舎だと思っていたのだが、Googleに乗せるような場所が無いかな?と言う視点で見て、色々な所を訪ねていくと、なんか地元にもいい場所あるんじゃないか、と言う気になってきた。

地方なので、そもそもまり写真の観覧数はそうそう伸びるもんでは無い。ないのだが、逆に情報が大量にある都会と違って、田舎ほどこういう細かい情報があると良いのでは無いか?と思いながらやっている。

最近は、普通のお店なんかでも「ちょっと写真を撮らせてもらっていいですか?実は……」ってな具合で話をして、中の写真も撮らせてもらうようになった。

前は店員が話しかけてくる店なんぞ絶対に入らなかったのに、である

さらに、写真を撮ってあるくのには自転車有効だという事にも改めて気付かされて、冬場で動きが鈍くなっていたにもかかわらず、今年は運動量を維持できた。

と言う事で、結論としてはGoogleローカルガイドを始めたら持病がよくなったわけだ。

持病がよくなった、は半ばネタとしても、なかなか楽しい。まじおぬぬめ。

anond:20190319145636

女って、嫌いな男に対しては大抵「関わりたくない」となるものなんだけど

女憎し増田はそこの認識が歪んでて「女は俺に嫌がらせをする為に近づいてくる」と思ってるフシがある

その増田に限らずミソジニー男によくある思考らしいけど

男だと、嫌いな女に性欲を抱く(或いは性欲を抱いた女に憎しみを同時に抱く)タイプってのは一定数いるけど

女でそういうのはまずいないんだけどな

anond:20190319114357

痴漢が増えそう

ただでさえ映画館痴漢多発スポットなのに、月一定料金だけで入り放題になったら

痴漢する目的でずっと居座る奴が出てくるはず

anond:20190319102420

「弱いやつに漬け込む商売」というのが一定あるんだよ。

弱く疲れ果ててる奴は思考能力が落ちているから騙しやすいというのもある。

破産して弱まってる奴はそういう奴の鴨になるの。

新興宗教自己啓発セミナー闇金などね。最近起業セミナーも加わってるか。

詐欺師の側もどうせ全部当たるとは初めから思ってないけど、それでも詐欺師アタックするのに便利なリストなわけよ。

そもそも、あのマップ作ってる奴自身も怪しいけどね。

証明書を出したら削除するというが、出した証明書を一体何に使うのやら。

まれたくなかった

まれたくなかった。毎日まれたくなかったことで頭がいっぱいだ。

私が生まれたのは1990年代後半のいわゆる就職氷河期時代だ。就職氷河期世代といえば今はアラフォー世代ということになるが、この時期に20代前半だった世代時代の波に煽られ新卒就活に失敗し、20年経った今でもまともな雇用にありつけず不安定生活を強いられている層が他と比べて多数存在するのは周知の事実だろう。そんな閉塞感いっぱいの時代に、何をトチ狂ったか私は誕生させられてしまった。

幸いにも今は売り手市場であり、就職氷河期などと揶揄されることはなくなった。こと新卒就職については生まれた頃より何倍もマシになっているに違いない。しかしそれはあくま結果論である。もし状況が改善せず、景気状況が芳しくなかったがために今のアラフォー世代のような辛く苦しい就職経験し、結果として職にあぶれ不安定生活を甘受しなければならなくなったとしたら、一体どう責任を取るつもりだったのだろうか。「仕方ない」「運が悪かった」で済まされるべきことだろうか。

問題は景気状況だけではない。顔や性格、ある一定能力のような個人に備わった属性的なものから、親や実家の太さ、周りの人間などの環境的要因まで本当に様々な要因で不幸な人生を歩まざるを得なくなる可能性がある。もちろん中にはそういった不利な要素を克服し、幸福人生を切り開けた人だっているだろう。しかし、それはたまたまその人に能力努力する力、環境などが存在しただけであり、克服できなかった人が甘えているなどと批判されるべき理由にはならない。克服するだけの力を持ち合わせなかったのもまた、本当に偶然に過ぎないからだ。

しかしこと生命誕生に関して偶然はない。予期せぬ妊娠などの偶然はあり得るが、出産までの過程に必ず「産む」という意思決定が介在するからだ。上記で挙げたような偶然の事象により辛く苦しい人生を歩むことを強いられるかもしれないにもかかわらず、出産意思決定においてそれらが十分に検討されているとはとても思えない。不登校から引きこもりニートになってしまった子供を「お荷物迷惑だ」などと言ってはばからないテレビの中高年ニート特集取材に答える親、いわゆる「陰キャであるがゆえに健全人間関係の形成の失敗およびそこに端を発する人格形成の歪みが生じたオタクになってしまった子供を「気持ち悪い」などと表現友達と笑い合っている親などなど、子供がそうなってしまたことについて少しも悪びれない親たちを挙げれば枚挙に遑がない。その人たちの不幸は本当に偶然やってきたものだし、そもそもまれなければその人たちだってそんな不本意人生など歩まなくて済んだのに。

「育ててもらったくせに何様のつもりか」と言う人がいる。何か頼んだ上での不義理であれば「〜してもらったくせに」と表現するのは正しい。でも人生は違う。よく言われることだが、誰も産んでほしいなんて頼んでない。はじめからまれなければこんなことにはならなかった。いくつもの不利な要素を偶然にも背負い突如として人生ゲームに参加させられた上、結果としてプレイングが下手くそだと出資者に偉そうな顔をされるとは何事か。出資者たるものリスクは当然織り込み済みではないのか。「勝手に産んだくせに欠陥品が出てくると文句をつけるとは何様のつもりか」

注意:こういうことを書くと、必ず「自分勝手わがまま」などと偶然にも幸福人生を歩めた人々からのありがたいご指摘が飛んでくるが、上記文章意味を何一つ理解していないので出直しいただきたい。また、幸福人生を歩んでほしいから産むんだ、といった主張も考えられるが、ここではそれに失敗した場合どう責任を取るのかという話をしていることに留意されたい。

2019-03-18

anond:20190318205647

評判のわからない映画を見たくないという層を動かすための割引ではないつもりなんだよね。ガチガチにそのライン持ってるなら500円でも見ないと思うし。

どっちかというと、映画館のCM(あの映画の前に流れるやつ)で「ちょっと面白そう?」とか思う層が動くことを祈った案。そこから情報流動性に掛けた策。

かに一定収入が見込める層から利益が減るのはあり得る。でも、価格上げてそこから収入で安定を得ようってのは間違ってないか

というより、その「コアな映画ファン」ってのが勝手に湧いてくるというあぐらが好かんね。今の娯楽があふれる時代には、減っていくことを意識した方が良く無いか

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