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はてなキーワード: 解釈とは

2022-01-23

anond:20220122193411

結局ひたすら詭弁使っていることに自分達が気付いてないんだよな

全体の話と傾向に話を本当に都合よく使い分けている

これみたいに相手が「助けている例は全くない」と勝手解釈して「一見判例を持って来れば反論した」としてるのに

「暴れているのはフェミの中でもごく一部」と「大きい傾向としてはまともなフェミ」は都合よく使う

どちらかに一貫していればいいけど都合のいい方使ってたら信頼失くすだけなのに、喜んで反論だよって無邪気に持ってこられても悲しくなる

手続きと言うか主義主張以前の論理が本当に苦手なんだな

2022-01-22

anond:20220122113724

現実女性の話をしているのに作品の例?

こういうところからして、あなたコミュニケーションに興味がなく、自己完結型の人だってわかっちゃうんですよ。

自分に都合の悪い言葉は耳に入ってこず、自分の都合のいいようにしか解釈しない人だって申し訳ないけど。

で、そんな人に親切に付き合っても生産性がないってわかっちゃうんですよ。申し訳ないけど。

anond:20220122164511

善きサマリア人のたとえ、ではないようだが。

にしても単純に博愛を説いているいるかのように読める善きサマリア人のたとえ、でもカトリックプロテスタント解釈が全く違うのは実に興味深い。

anond:20220122011158

大学側を通じて本人宛に内容証明を送った「だけ」じゃないでしょ

さえぼう自身大学相談したって書いてるじゃん。

さえぼうの言い分から解釈すれば、内容証明を送った時点では大学は動いてなくて

それでも止めないので次の段階に移って大学相談したので動いたってことでしょ

anond:20220122073154

女性漫画イケメン枠で、現実で似たようなこと言って、似たような行動をとる奴は

大体やり捨て野郎ってことだけど。やり捨て野郎イケメン枠やんけwwww

ってなるわ・・・しか少女漫画ってやりすての口実がお花畑解釈でほんと草生える

ただこのツリーよく見たらTSの話だったわ・・・・。

電子書籍から買うのが恥ずかしくない

データは俺も見ているので、消費者行動がそう解釈されるのは俺もよく理解しているのだけど。

でも、それ、おかしいだろ。

クレカその他の個人情報に紐づいたアカウントで、よくそんな本を買えるな?

しかも、他人の見ているところでログインしちゃったら、あれもこれもおすすめされちゃうんだぞ?

書店に通っていた頃には趣味の本・仕事の本・エロい本で買う書店を分けていたおじさんには、まったく理解できんわ。

 

と、そんなことを若いオタクの友人に言ったら、

「でも、奥付に住所と本名を載せて同人誌を出してたんでしょ」

と言われた。

そうだねー。

あのページまでスキャンされて漫画村アップロードされたら死ねるねー。

2022-01-21

anond:20220121185532

申し訳ない。(学者というカテゴリーの中で)相対的に人数が少ない女性がよりそういう傾向があるという意味では と解釈していた。

かに、本当にごく少数の人間が(しかも極度に先鋭化した人間)残る現状は変えなきゃならんよね。完全に同意ですわ。

anond:20220121181500

あー、言ってる意味がわかった。「相対的に人数が少ない女性がよりそういう傾向があるという意味では」というところを「女性からそういう傾向がある」という風に解釈したのか。

そうではなくて、「相対的に人数が少ない、つまりより強烈にセレクションされているため、そういう傾向がある人間けが残りがち」という意味です。

anond:20220121151257

二重処分になる可能性だけど、

(1)「助教授である呉座氏に1ヶ月の停職処分

(2)テニュアの内示を再審査で取り消し

(1)は処分だが(2)は「処分ではない」というのが日文研運営する人間文化研究機構の言い分

資格付与正社員としての採用決定に相当し、取り消しは実質的解雇に当たると主張」してるのが呉座氏の言い分

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/667180

要するにいつをもって雇用契約係が開始されるのかという問題。内示の時点か、着任の時点か。

開始されてないものを「処分」とは言わない。単に審査時点で知らなかった事実が判明したので審査をやり直しただけという解釈可能

就職内定」と違い「内示」に関する判例は明白ではない模様。

なお内示が口頭なのか文書なのかというのも関係するみたいだが、この件での詳細不明

なんか「オープンレター」と書いてあったら、絶対に必ずオープンものであってそれに反する動きは許されないって価値観のものがどの程度正しいのかはよくわからん

少なくともアンチフェミ勢的な人たちの多くがオープンレター文字通りオープンものとして解釈してるってのはわかるけど

実際にはオープンって単語をそこまで深い意味で使ってないかもしれないとか考慮しなくていいんだろうか。

現状アンチフェミ的な人たち側の決めつけのまま進んでる気がするけど。

anond:20220121110209

気付 の解釈正当化する法律根拠が見つからない。

郵便法にも 気付の定義がない。

そもそも、気付 は、気を付けて扱いくださいのお願いの意。

まり、気付 のある内容証明郵便の、直接の受け取り主は、大学であり、

大学はその内容を精査して、注意深く扱っているに過ぎない。

さえぼー氏が叩かれてる理由がよくわからない

まず自分立場を明らかにしておくと、自分最初にさえぼー氏を知ったのはマツコの知らない世界というテレビ番組(2019/09放送らしい)で、結構有名なウィキペディアンというのを見て印象に残っていたという立場自分ウィキペディアにはお世話になっているので、無料編集していろいろ統制しているのはありがたいなと思ったり、自分ときどきウィキペディアで誤字を訂正するので、興味深く見ていた。

その後なにかの記事はてブを見ていたら本人がブコメしていて「あれ、この人はてなしてたんだ」というのが次の印象。そのあともはてブホットエントリで流れてくる情報を察するに、どうやらフェミニスト的なことを言ってよく反感を買われているらしいということまでわかった。

完全に外野から見ていると、そもそも誰と誰が喧嘩しているのかがよくわからなくて、さえぼー氏嫌いの人がさえぼー氏を叩いていて、さえぼー氏がなんか抗戦しているという構図しか見えてこなくて、どういう経緯でそうなっているのかわからなくて謎。

自分としては、最初テレビで見た印象が圧倒的に強くて、たぶんアンカリング効果で、「東大卒英文学研究しているウィキペディアンちょっとクセが強い変な人」だと感じていて、そのせいで多少謎なことを言っても「そういう人だから」というふうに好意的解釈しているのだと思う。あとは頑張ってそこらへんの悪意と悪意のぶつかり合いの歴史について調べる熱意もないのもある。

自分いちばん気になっているのは、さえぼー氏関連の話題がたまにはてブホットエントリにあがってくるのだけどその意味全然からないこと。他のいろいろな記事は、自分が全く共感できなくても「まあそういうふうに考える人もいるだろうな」とか「こういう系の話題は伸びる」とか思ってそんなに謎ではないのだが、この件はいろいろ謎が多すぎてよくわからない。

2年半で数回ぐらいホットエントリに上がってはてブトレンドになっていて、わからなさについてもやもやがあるので、誰か最近の件以外でも時系列人物相関をまとめてくれると嬉しいです。

嫌な事を嫌と言えない、悲しい時でも無理をしてしまう、人の顔色を窺ってしまう、義務感で活動してしまう、助けが欲しい時に求められない、見返りを求める事に罪悪感を感じてしまう、批判に怯えてしまう人を果たして思いやりのある人と呼んでいいものだろうか。


嫌な事を嫌と言えないのは決断力の無さを表していて、

悲しい時でも無理をしてしまうのは、悲劇のヒロインを装っているからで、

人の顔色を伺うのは、媚びへつらい相手に気に入ってもらうという見返りを求めているだけで、

義務感で活動するのは、単に自身強迫観念に勝てないからだけで、

けが欲しいときに助けを求められないのは、単に他人を信じられないからだけであって、

結局の所、他人は信じないけど自分は認めてほしいという下種な欲求がそこにあるだけではないかと感じた。


極端に捻くれた解釈だが、少なくとも思いやりのあるという部分は違うだろうと思うよ。

2022-01-20

anond:20220120190646

論理的日本語が読めればそうなるってだけで特に不思議じゃないよ

主催者がずっとそういってきたことを基準オープンレター解釈したらそうなるだけ

anond:20220120205245

本当にそう言ってる?

都合よく解釈してない?

anond:20220120140450

未遂犯と不能犯区別基準はかなり難しく学説上の対立も長いが

少なくとも、科学的に不可能であったというだけでは不能犯にはならないのが現代の法解釈

科学的に不可能なら不能犯とするという考え方は客観的危険説というがこれを通説としている先進国存在しない

具体的危険説と客観的危険説でググれ

腐女子お気持ち短文 2022/1/20

今日も元気に腐女子してる。

人の妄想に口をだすが自分お気持ち純粋妄想という矛盾気づきつつ、それでも「自分解釈が正しいはずだ」とマウントとっちゃう業を背負っている。

解脱はまだまだ先みたい。

推しカプの受、見た目はちょいチャラかわいい系だけど結構男前なんだ!

懐広くて賢いけど理屈っぽくなくてユーモアもあって、人として最高って感じ!

からパートナーによくわからんきもち焼いたり、こっそり少女漫画女子中学生みたいなことして勝手に照れて「…へへ」とか笑わない。男前から

「っしゃ飯行くか~!(どか盛りの米)」みたいなタイプから

お前の表現しているそれはいったい誰なんだ。ちゃん推しを見てくれよ。頼んだぞ。

文系研究者だけど例のオープンレターには署名しなかった【追記あり

理由はいくつかある。

さらっと献血ポスターバッシングへの賛同させようとしてるのずるくない?

例のオープンレターにはこんな一節がある(以下、引用者による省略は[ ]でくくって示す)。

[……]たとえば性差別的な表現に対する女性たちから批判を「お気持ち」と揶揄するのはその典型です。[……]

これって、発端の先生が熱心に「高い倫理」について論じてらした宇崎ちゃん献血ポスターへのバッシングのことでしょ。もちろん他にもあるのかもしれないけど、メンツ見たら「あ、あの件」ってわかる人にはわかるよね。

これまで赤十字が(女性向けゲームも含む)色々なコンテンツコラボしてきて『宇崎ちゃんは遊びたい!』とのコラボはその一環だったという経緯、「売血」を問題視しておきながら10献血すればおしゃれな杯がもらえたりモーターショーで献血すると限定トミカがもらえたりすることには一切言及せずオタク向けコンテンツとのコラボだけをことさらにあげつらう偏り、ポスター擁護派へのバーレスクやらを持ち出した煽り、このあたりにめちゃめちゃ腹が立ったので今でも献血ポスターバッシングに加担した人たちのことは許せてないんだけど、こういうふうにさらっと書かれたらこういった経緯を全然知らない人はスルーしてそのまま署名ちゃうでしょ。

このオープンレター賛同したらあの献血ポスターバッシング賛同することになる以上、当たり前だがポスター擁護派の増田署名なんてできようはずがなかった。

男へのセクハラはいいんですか?

オープンレターの発起人の中には、「金田淳子 やおいボーイズラブ研究家」という方がいらっしゃる普通賛同署名ではなく発起人の欄に書かれているので、お名前勝手に使われたのではなく紛れもないご本人だろう。

そうすると、ご自分過去言動についてはどう思っていらっしゃるのかなというのは気になるところだ。では、ここで2019年金田氏が自著の出版に際してなした発言を見てみよう。

[……]板垣先生秋田書店さんは本当にアナルが広いですよね。

なるほど、「ケツの穴が小さい」という慣用句にかけた性的ジョーク披露なさっている。ところで、板垣恵介氏は金田氏の以前からの親しい友人というわけではなく、『刃牙』を元ネタにした書籍の発刊にあたって許諾を取ったという関係の、いわば仕事相手であろう。ということは、金田氏は仕事相手に対してオンラインメディアで多少性的ジョークを言うのくらいは別に構わない」という立場を採っていらっしゃるわけだ。それ自体ひとつの見識であろうと思う。人には表現自由というものがある。しかしそのような立場の方が、オンラインでの「遊び」に対してNOを突きつけるオープンレターの発起人に名を連ねていらっしゃるというのは、なかなかに興味深い事態ではないだろうか。

なお、マイノリティということで言うなら、男性同性愛者が苛烈差別さらされているマイノリティであることに異論はなかろうと思う。ところで、BLやおいという文化は、彼らを性的に客体化し、消費するものであり、もしも女性を「性的消費」することが女性差別的な文化であるなら、男性同性愛者のセクシュアリティを消費しているBLやおい文化もまた、男性同性愛者への差別にあたるはずだ。個人的には性的客体化も性的消費も好きにすればいいしそんなのは差別ではないと思うので、女性性的客体化した表象問題ないのと同様に、男性同性愛者を性的客体化することを楽しむジャンルであるBL問題ないと考える。しかし「性差別的な表現」を批判するオープンレターBL肯定的に捉える立場BL研究者が参加しているというのは、「もしかしてBLのことを性的客体化だと認識してないんですか?」という深刻な問題惹起するだろう。

追記金田氏の過去発言について、『ユリイカ』での荒木飛呂彦氏への発言が取り沙汰されることがある。荒木氏本人に向けて「ディオは[……]何百人もの男たちに慰みものにされてきた」という発言を行った箇所だ。しかしこれはある作品解釈を論じているという文脈であり、作品解釈を著者に向けて披露することが直ちにハラスメントということにはならないはずである板垣氏へのアナル発言のように著者本人の身体部位をからかいの種にしたわけではない(なお、アナル云々について「謝罪はされている」という指摘はあるが、「『アナル』の多用」についての謝罪であったので、「仕事相手に向けて性的ジョークを言う」ことそのものへの謝罪ではないように思われる。もちろん氏には「仕事相手に向けて性的ジョークを言ってなにが悪い」と主張する自由がある)。漫画作品はいくつもの解釈があり得、その中には性的解釈も当然あるだろう。もしも金田氏が本気でそのような解釈も成り立つと考えているのなら、それを著者の前で論じたとしてもなんの問題もない。男性研究者がある少女漫画――そう、忘れられがちだが『ジョジョの奇妙な冒険』は少年漫画なのである――について「このキャラは男とヤりまくっていると思う」と女性の作者に向けて発言するようなものだろう。仮にそのような解釈が成り立つなら、そういった発言も許されてしかるべきである、と、ゴリゴリの人文系である増田は考える(文学作品解釈において「作者の気持ち」には何の意味もないことはもはや常識であろう。作者本人にとっていか不愉快解釈であってもそれが成り立つことはあり得るはずだ)。

そもそもそれはアカハラなのか

問題発生当初から、周囲の研究者があれはアカハラだと言っていたことに非常に大きな違和感があった。なるほど中傷した人もされた人もどちらも博士号を持っていて、大学に職を得ているアカデミアの住人ではある。しかしそれは「アカハラ」か? 中傷された人は、中傷した人と何らの面識もなく、大学学会等での関わりもなく、そもそも専門分野がまったく違っていた(日本中世史と英文学って、分野も対象地域も違うから出身大学院や勤務先が同じでもない限り基本的には接点がない)。さら中傷した人は、大学准教授以外にも作家弁護士といったアカデミアとは無縁の人に対しても中傷を行っていたことが明らかになっている。

そうすると、これは単に「リベラルフェミが嫌いなネット民が、リベラル派やフェミニストの言論人に対して中傷を行っていた」という案件ではないだろうか。たまたまネット民言論人の双方が博士号アカポスを持っていただけで、本質的にはアカデミアの問題とは思えない。だから問題がないと言っているわけではない。例のオープンレター増田には帰宅途中の銀行員が夜道で財布を奪われた事件を『銀行強盗』と呼んで行員の組合が抗議声明を出している」ように見える。いや、確かに銀行員強盗被害に遭ってはいるけど、それを銀行強盗とは呼ばんやろ……

同じ基準他者にも適用すべきだ

そう、発端の先生学者であると同時に言論人でもある。いくつかのオンラインメディア社会評論的な記事を書いておられる。そのこと自体にはなんの問題もない。学者自分の専門知識を活かして言論人として活躍するというのは表現自由であり、なんら制約を受けるべきではない(呉座勇一氏も似たような立ち位置だったといえる)。

しか言論人というものは、しばしば見ず知らずの人から口汚く罵られたりあてこすられたりするものだ。たとえば百田尚樹氏は、ご自分社会評論を発表したことで、非常に大きなバッシングに遭っている。当然それにはなんの問題もない。百田氏の思想や彼の著作を気に食わない人は、たとえ百田氏となんの面識がなくとも、彼のことを痛烈に批判したり、事あるごとに彼の名前を出してあてこすったりするだろうし、それは表現自由に属する(「百田尚樹クソッタレ極右だ」「ウィキペディアを参考にして本を書くとか、百田尚樹かよw」「コピペは許されないだって? 百田先生への悪口を言うのはやめてさしあげろ」etc...)。もちろん、性差別容姿差別はたとえ相手百田氏だろうと許されるべきではないが、出版された著作に基づくこの種の批判を浴びるのは仕方ない。

これらの罵倒や当てこすりになんの問題もないと思うなら、同じ判断基準を他の言論人にも適用すべきだろうと増田は考える。増田は、百田氏に対するその種の批判表現自由範疇に属するものだと思う。したがって、件のオープンレターには賛同できなかった。

署名の偽造が起きてしまうのはまあ仕方ない

昨今騒がれている署名の偽造については、もちろんオープンレター発起人に悪意があったわけではなく、悪意を持った何者かによる悪戯であろう。そこは同意するし、悪戯被害に遭って気の毒に思う。

しかし、研究者同士のメーリス回覧するとかではなくグーグルフォームで広く署名を募った以上は、そういう愉快犯が紛れ込んでくることはどうしたって避けられない。これはネットでの署名活動にまつわる常識であろう。したがって普通は、ネット署名は「○○筆の署名が集まりました!」とだけ広報し、第三者はそれを1割から2割ほど差っ引いた数字で捉えるものだろう(たとえば、7万筆ほど集まった署名なら、まあ6万人くらいが署名したのかな、と捉える)。

アカデミアに関する抗議声明がしばしば組織大学学会)の名の下で行われる理由ひとつは、その声明信憑性を持たせるためだ。信憑性を持たせるためにはある程度の権威主義必要になってくる。今回の場合、たとえば大学などの組織が発行したメールアドレスから送信された署名のみ受け付けて、フリーメールアドレスから署名は弾く、というような手法も考えられた。ところが「マイノリティの声を拾い上げる」というのを信条にしている研究者諸氏は権威主義が嫌いなので、アカポスを得られていない研究者はどうするんだ、とか、在野で活動している人はどうするんだ、といった配慮をしてしまったのだろう。その優しい配慮学会運営などでは必要ものだが、今回はそれが裏目に出てしまった。不幸な出来事だったと思うが、しか信憑性を確保できない以上、ここは個々人の名前を出すべきではなかったのではないか。「○○筆の署名が集まりました」で十分だろう。次からの教訓にしてほしい。

追記】Q. なんで増田に書いたの?

A. 論文の締め切りが守れてないのにまったく関係ない内容の長文を実名で書くのめっちゃ気まずくね?

anond:20220120101026

結婚ちゃんと書面を交した契約から、どうあっても他所恋愛してOKという解釈にはならない。

優里のレオという曲

多分、飼い犬と女の子が家を出ていくからお別れみたいな歌なんだけども

https://sp.uta-net.com/movie/312810/

君が誰かと暮らすことを

伝えに帰ってきた夜に

撫でてくれたね きっとお別れだね

最後にさ 会えたからさ ねぇ幸せだよ



どう解釈してもいいんだろうけど、最初保健所行きなの?とかドキッとしたよね

今どき、家を出ていくことが今生のお別れみたいにはならんだろうと思ってなんかもにゃった

てか、長生きだなこの犬

おい女ども  「関係性」の押し売りは、お前らの嫌ってる「恋愛至上主義」と簡単に結びつくからやめろっつってんだボケ

ある時、スマブラファンアートがTLに流れてきた

そこには、リトルマックサムスがいちゃつき、バンジョーカズーイがいちゃついていた

いかにも女っぽい画風でな

リプには「尊い」「素晴らしい関係性」云々の賞賛

何千もの❤と共に

 

俺は関係オタク(笑)界隈のあまりにも身勝手解釈度合いに白目を剥いた

どこをどうすればあの二人がくっつく?

リトルマックサムス? バンジョーカズーイ?

 

前者は全くの理解不能だし、サムス恋愛脳になってぶっ叩かれたアザ―M

(あーはいはいどうせお前ら知らないでしょ?バーカ) を彷彿とさせる 

 

サムスは無口で無骨からこそ、

ポリコレ適当に拵えたような、どの洋画の女キャラも行きつけない硬派な域にいるのに

それを自称ファン関係オタク(しね)は訳の分からん

ファミコンチビ男とくっつけてクソくだらんキャラに改変しようとしてる

 

バンジョーカズーイ、二人はいちゃつきようのないくらドライ関係からこその二人だろうが!

そこに一切の解釈余地なんて無い 原作のままこそが関係性だ

 

 

 

でさ、お前ら関係オタク(笑)って、要は単なるスイーツ脳(死語)のオタク版だろ?

「あのキャラとあのキャラをくっつけてぇドゥフフ尊い~」とかいって

原作と設定を無視して、訳の分からない解釈キャラ名誉を下げる行為で楽しんでる

 

その結果が、お前らの嫌ってる恋愛至上主義なんだよ

関係性は容易にそこに行きつく

 

例えばハリウッド映画の「バディもの」は、恋愛映画プロットを同性同士にしただけってのは有名な話だ

そういう危ういバランスの中でバンカズとかの作品は作られてるのに、お前ら関係オタク(しねしね)は

ウェットでキモイ絵をでっち上げ、その股を濡らすわけだ

 

から俺は、こんなオタクが今の世のほとんどを占めてる状況が凄まじく生き辛い

何でもかんでもくっつけるな

お前らの感性だと、レイピストフェミキャラですらくっつけるだろうよ

エロ同人の竿に犯される女キャラとどっこいどっこいの侮辱行為

anond:20220120024653

読み取れる読み取れないの解釈論争ではない

そもそもなぜ「子供を恨んでいるかのか」が重要なんでしょうか

それって単に第三者からみた感想だし、問題本質から外れている

事実として「元増田子供を育てられる状況ではない」ということだけが正しい。子供を恨んでいたり母親失格なんてのは他者がみた評価だ。それが元増田になんのアドバイスになるんだい?

あなた母親不適合者ですね」といればそれで満足するのはあなただけでしょ?

不適合者って思うなら別にそう思えばいいが、そんな感情的なことをここで主張して何が役に立つんだい

さっきから自分の恨みを漏らしているがそれは一体何ですか?アドバイスですか?自虐ネタですか?

anond:20220120013620

えーとですね、なんか長文で返していただいてます

何か根本的に勘違いされてるようですが、私は自分自身経験から若い人にアドバイスをしているつもりで

結婚する相手の見極め方を書いているわけです

私自身にはすでにパートナー子供もいるので、子供が作りたいというところを深堀されても困ります

トッププライオリティという話をするならば「子供を作りたい」ではなく「子供を作りたい(と思える)相手出会う」なんですよ

私の最初の文を読めばそう解釈できると思いますが変なところで区切って勝手に持論を展開されても、

私には関係ない話ですし、若い人へのアドバイスという観点からしましても、

あなた自身代理母を使って子供を持っているんだという話であれば傾聴に値しますが、

単なる机上の空論をそれ以上続けても誰にとっても価値あるアドバイスにはならないと思います

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