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はてなキーワード: 解釈とは

2020-02-21

JA西浦のラブライブ! パネルは何故揉めるのか

以前似たような事を別の増田も書いてたと思うが、俺はこの問題の原因の大部分は男と女の脳の器質の違いによって生じたものだと思っている。

女はやはり直情的な生物であり物事論理的に捉えて筋道立てて問題解決していく事は苦手だと思う。

現代社会における『頭が悪い』とされる特徴を強く持っているのが女。

ただしこれはあくまでも現代社会の話で、人類として男と女どちらが優れているかという話では無いのでそこは誤解するな。

女の直情的な行動原理はこれはこれで人類の発展には必要ものからだ。

男は女よりは論理的思考能力が高いのだが、その分共感性が女よりも劣ってしまってるんだ。これも俺は脳の仕組みの違いによるものだと思っている。

共感性や感情の豊かさが欠如している障害としてアスペルガー症候群というものがあるのだが、この手の発達障害は男の方が有意に多い事がほぼ判明している。

また、アスペルガー症候群のような特徴を持つ人間というのは鉄道アニメを好む傾向があり、『男でかつオタク』となるとその層には非常に多くのアスペルガー症候群の持ち主か、

その予備軍的な人物が含まれていると言って良い。

アスペルガー症候群他人の心情や機嫌を伺ったり、自分発言他人から見てどう映るかというイマジネーションを働かせる能力絶望的に無い(むろん例外はある)。

さら情報については見たままのもの字面の通り解釈する特徴も強く併せ持つ。

その前提に立つと、今回のみかんポスターイラストについてはアスペルガー症候群にとっては『着衣か全裸か』『性器が見えてるか・見えてないか』のみが性的かどうかの指針になるんだよ。

これはほぼ間違いない。

アートというのは曖昧ものなのだが、たとえイラストレーターがあのような影を入れて『性的に見せるための文法』を用いていたとしても、アスペルガー症候群には一切通用しないのよ。

一方女は感情情報支配する生き物なので、ああい描写から性的さを敏感に感じ取るのだ。

時には作者すら意図しないような形で捉えて「透けている」と捉えたりもする。

確かな根拠証拠論理を使って物事を取捨選択する男と、気持ちが良いかいか物事を取捨選択する女とでは絶対に合う訳が無いのよ。

論理を最重要視する男と感情を最重要視する女の対立なので、現代社会においては当然論理を優位に置いておく必要があるのは言うまでもないが、

女が論理を獲得するというのは脳の仕組み上難しいわけで、これは本人に責任が無い所でもある。それを考えると多少の譲歩があっても良いのではないだろうか?

植松容疑者障害のある方への考え方について思ったこ

植松容疑者裁判が進む中、ニュースなどで植松容疑者発言思想を目にする機会が増えてると思います

そこで「なんてやつだ!許せん!」と思いながらも植松容疑者にバシっ!と反論する自信がない人は沢山いるのではないでしょうか。

ましてや、賛同する人もいるそうです。

私は自分の中でハッキリとした答えを持っておきたくて、植松容疑者の考え方について自分でも考えてみました。

自分の中でキーワードになったのが「国や人類レベルでの合理性」です。

障害者は要らない。障害者生産性が低い。重度の障害者は周りを不幸にする。」

植松容疑者思想を私なりの解釈で書くと、

障害者生産性が低い。

から障害者に金と労力をかけるのはおかしい。

障害者はいなくなるべきだ。

といった感じです。

植松容疑者はおそらく、その金と労力を他のことに使った方が国や人類にとって合理的である、と考えているのではないかと思います

たくさんのお金と労力を単純に他のことに使える、けれど今は、(植松容疑者曰く)生産性の低い障害者の人たちに使われている。

これは国や人類にとってマイナスなのではないか、といった認識なのではないでしょうか。

私はこの考えに対し、こう反論します。

「今、障害者の方たちにかかっているお金と労力を他のことに使うために、生まれてきた可愛い子供障害をもっているという理由だけで殺されてしま世界は、果たして人類にとって合理的でしょうか?プラスなのでしょうか?」

映画小説でたまにある、国の決まりランダムに選ばれた人間が殺される、という描写がありますがそれに近いと思ってます

果たしてそれは人類にとってプラスなのでしょうか?

国や人間合理性は、お金と労力だけで語れるものではありません。人間はそんな単純じゃないです。

私はそう思いました。

アヤワスカ合法トリップの探求者になりたい人へ

アヤワスカ、という幻覚剤があります。今のところ、日本では合法です。古くは南米ペルー部族神聖祭りに使っていたお茶であり、ウィリアム・バロウズがそれを求めてはるばる旅したという代物です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A4%E3%83%AF%E3%82%B9%E3%82%AB

最近、このアヤワスカを自宅で手軽にできる方法がまとめられた『雑草で酔う』という本が出版され、話題になりました。実践している人もかなり増えています

著者の青井硝子氏(@garassan)は、日本でこれを広めた功労者です。それはすごいことだし、その功績は認めます。ただ、今は完全にスピリチュアルなアッチ系の人になっちゃってます

私が言いたいのは、もしトリップの探求者になりたいのならば、青井硝子のスピリチュアル体験記などの文章は一切読まないほうがいいということです。

青井硝子は自身幻覚体験を「精霊」だとか「オーラ」と言った古典的スピリチュアル用語表現しています別に、本人がそういうイデオロギー選択するのは勝手なので良いんです。ただ、アヤワスカ精霊オーラなのかというと、断じて違う。

そもそも原-アヤワスカ体験言葉表現できるものではありません。イメージ、と言っていいのかすらわかりません。ただその体験には、その人が無意識のうちに秘めているトラウマ価値観が反映されます。そしてそれを各々、いろんな形で言葉にして体験記として表現しているに過ぎません。

もちろん、DMTアヤワスカの成分)の傾向として、誰がやっても共通している部分もあると思います意識と体が離れて別のところに行くとか、思考がとにかく本質的になるとか。

でもその根幹部分以外は、各個人無意識性質による影響が大きいと思います。それはある意味、各々のイデオロギーの発露です。それをどう解釈して、どう表現するかは自由だし、無限可能性があります

それなのに青井氏は、Twitterで、「精霊に会うよね」みたいに自身イデオロギー喧伝します。まあ、それは本人の勝手なのでやめさせる義理はないんですけど、それをやると「精霊に会う」という先入観で、幻覚の中で何かしらの存在のようなもの出会ったとき「これが精霊か!」と思っちゃうんですよ。

イデオロギーって伝染しまから青井氏みたいに界隈で一番影響力のある人がそれをやっちゃうと、彼を見て始めた人の多くはそのイデオロギー感染する確率が高いです。そうすると段々宗教になっていくかもしれないし(まあ悪徳なことしなければ別にいいんだけど)。

でも実際、幻覚体験を語るということは宗教家とやってることは同じなんですよ。キリストしかり、ブッダしかり。そしてそれらの宗教イデオロギーの中で最も強度が高かったもの今日まで残っているわけです。

話が逸れましたが、なにより大事なのはアヤワスカにはもっと無限可能性があるのに、そういう偏ったイデオロギー幻覚体験誘導するのはもったいないってことです。

青井氏の界隈の内側に入って、体験を共有しつつ実践すれば、青井硝子的宗教観を探究することができるでしょう。でもアヤワスカはそれだけではない。

その人が信じているものや好きなもの、嫌いなもの、全てが影響して、その人自身の秘めたイデオロギーが反映されたヴィジョンが見えるはずです。

私は何度も飲んでますが、何かしらの存在のようなものを感じてもそれが「精霊」だなどと思ったことは一度もありません。むしろ哲学にどんどんのめり込んでいくばかりです。

なので、もしこれからアヤワスカやってみようという人がいたら、青井氏のTwitterブログを見ることはおすすめしません。先入観を持たずにやってみることをおすすめします。

あ、ただし彼が運営している青井堂というウェブサイトの、アヤワスカを飲む上での注意点とかは読んだほうがいいです。というか、しっかり読んでください。その辺の事故への注意とかはすごくちゃん調査して情報を共有してくれている人なので、その点は信用できます

あと、トリップの探求とかは全然興味なくて、ただ日常生活で辛いことがあったりとかトラウマを克服するために飲んでみたい、でも自分でやり方調べたり準備するの難しくてわかんないって人は青井硝子がやってるお茶会に行った方がいいです。

やっぱり一番経験豊富事故対策ちゃんとしてると思うし、ヒーリングの実績も積んでいるようなので。

アヤワスカは上手に使えば、自分の考え方を変えたりとか、生きる上で役に立ちます。でも、イデオロギーを刷り込むのにも使えてしまうわけです。青井氏はその辺、わかっててやってるのか無自覚なのか知らないですけど、スピに走りすぎてて、自分客観視できてないように感じたのでこれを書きました。

アヤワスカをやる時は、先入観にとらわれずに自分の内側と向き合うのが良いと思います青井氏以外にも色々と体験記を書いている人はいますが、あまり気にしないほうがいいです。落ち着いて自分内面と向き合って、受け入れてください。

そしてもちろん、よく調べて、絶対事故のないように。

2020-02-20

ケースワーカー違法指導ばかりしているのだが

 生活保護法では、生活保護受給者生活の維持向上のため、受給者が働けるときは、ケースワーカー作業所などで働くように

指導することができるとし、受給者がその指導に従わないときは、生活保護の停止廃止ができるとの規定もあるが、そこには以下のような制限がある。

 

生活保護法第二十七条 保護実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護目的達成に必要指導又は指示をすることができる。

2 前項の指導又は指示は、被保護者自由尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。

3 第一項の規定は、被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るもの解釈してはならない。

   要するに、ケースワーカーが、作業所などのような、要するに単に軽作業をするだけのつまらないところで働けとか、便所掃除や草むしりのような

苦役しか思われない作業に行けと指導しても、現在社会通念では、受給者が「そんなところで働くのは自尊心が傷つくから嫌だ」と意思表示したことに関して

さらケースワーカー強制すれば、法27条に抵触し、違法となるからである。つまり受給者がよほどの社会的な底辺であるという人生経緯があり、その

受給者に対し、便所掃除などをしろ命令し、それにもかかわらず怠けていて働かないとか、当該受給者が明白に「嫌だ」という意思表示をしなかったり、あるいは

「嫌だ」という意思表示が、苦役を禁じる憲法規定趣旨関係せず、単に生活保護法趣旨に従いたくないから嫌だ、と言っているだけであれば、さら指導

できるが、「これまでの自分人生経緯などから、そんなところで働くのはプライドが許さない」などという意思表示をした場合に、さらケースワーカー

労働強制することは、法27条の明文に明白に違反し、違法指導となる。

anond:20200220183115

解釈を変更したという認識で、無法という認識はない

anond:20200220130654

結局さ、全部がそれぞれの保身のためにしか動いてないんだよなぁ。

そのあたりの法解釈も全部誰かさん地位を守るためだし。

クルーズ船下船も、クルーズ担当役人がいて、そいつらが計画通り隔離しましたって言いたいがために、隔離の失敗を認めず今下船させてるんでしょ?

海外版は削除せず】クルーズ告発動画削除 岩田氏「迷惑かけおわび」[2/20]

こりゃ小西同様に陸上自衛隊の三等空佐脅迫されたな

まるでノースコリア帝国のような言論弾圧ぶり

 

歩道上で出くわしたところで、ぱっと視線を向けられたので、私は目礼しました。その男性は走りながら、何度も私のほうを振り返ったので、そのたびに目礼しました。国会図書館前の交差点で立ち止まると『小西か?』と声を掛けられました」

 以下、小西氏の記憶をもとに事の経緯を詳述する。

はい小西です」と答えると、いきなり「おまえ、ちゃん仕事しろ!」などと絡んできたというのだ。

一般の方からもよく路上で声を掛けられ、励ましだけでなくご批判言葉を頂くことがあります。ご批判の時は、私はいつも『信念に基づいて、国会議員として仕事をさせて頂いております集団的自衛権解釈変更について憲法違反であることを証明してきました』などとお伝えするようにしてきました」

 この時も小西氏はそう答えると、男性は「俺は自衛官なんだよ。おまえは国民の敵だ!」と言い放ったという。

あなた自衛隊員なんですか?」

 小西氏は驚きながらも話を続けた。

憲法違反戦争で、あなたがた自衛隊員戦地に送られるのを阻止するために、政治生命を掛けて闘っています

 それでも男性威圧的な態度で「おまえ、気持ち悪いんだよ」「国民の敵だ」「国会議員意見して何が悪い?」などと罵り続けてきた。

  

国会議員でこれなら医師だったら89式小銃をもって待ち伏せしそうだ

anond:20200220002124

いちいち田舎町のコラボまで誰がチェックすんだよ。今までばれなかったのがバレたか炎上しただけ。都合よく解釈する頭を治療しろ

2020-02-19

何一つ進展しない『デミアン』のクソ長読書感想文

読んだきっかけは、些細なものだった。公文で読んだ『車輪の下』はなんとなく好きだった。あと、教科書で読んだ『少年の日の思い出』とかも。妙に共感性羞恥をくすぐられるような、分かるようで分からないようなヘルマン・ヘッセの書く内容は本当に絶妙バランスだと思う。1番好き、とは言い難いけれど。

ただ、『デミアン』だけは名前だけ知っていて、読んだことは無かった。その『デミアン』で有名な名言引用は、「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生れようと欲するものは、一つの世界破壊しなければならない。鳥は神に向って飛ぶ。神の名はアプラクサスという」というやつだ。私が最初に目にした瞬間は思い出せないけれど、その引用は、漫画小説音楽ゲームアニメでもよく見ると思う。こうして、引用されるのはファンが多いからなのか、カッコイからなのかはちょっと判断はつかない。

元々本を読みがち(読書家とは言えない)だった私は、試しに『デミアン』を読むことにした。

その読んだ結果は、「内容が難しすぎて理解できない」という残念な結果だった。

それから音楽アニメなどを通じて、なんとなく、この本が書いた内容をちょっとだけ理解出来た気がする。気がしただけで、私にはまだ理解ができていないのかもしれない。自信はない。

一応、あの引用解釈を述べてみると。

卵の中にいる私と、卵の外。卵の外を破れば、そこは楽園なのか、卵の中こそが楽園なのか、そもそも、割ったところで、私はまだ卵の中にいるかもしれない。それでも、破ろうと足掻かねば、私はそのまま死んでいくのと同じなのではないか、だからこそ私は殻を破壊することで自分を再形成して、飛んでいくという意味だったのだと……思う。多分。何度考えても神様はよくわからない。

それから1ヶ月か2ヶ月たって、部屋の整理をしていたら、去年の大学プリントが出てきて「ウチ」と「ソト」という言葉が目に入った。それは、翻訳論の話で、『デミアン』の内容には程遠かったけれど、私の中で、「ウチ」と「ソト」という言葉自体はすごく印象的な言葉だった。

例えば、こうやって、文を打つことは、「ウチ」から「ソト」へと出す行為だと思う。

外側での出来事相手や私が行うこと、身体全てが「ソト」の行為だ。

内側で考える事や相手や私が思うこと全てが「ウチ」の行為だ。

私は、「ウチ」の考えや思いを「ソト」へ引き出したり、その「ソト」の出来事や行われたことを「ウチ」に侵されて、生きている。

心が恐れたりすることは、その目に見えるもの「ソト」が目に見えないもの「ウチ」を傷つけることを恐れているからだと考えられる。

デミアン』の物語の中で、主人公恋人想像で模写する場面がある。個人的ちょっと主人公気持ち悪かったけれど、なんであれその絵は「ウチ」から出た「ソト」そのものだったように感じる。「ウチ」から「ソト」に出す行為はまさに「翻訳」そのものだった。逆に、主人公が酒を飲んで自分の考えをべらべらと喋る行為は、「ウチ」から「ソト」に出す行為として、完璧な「翻訳」とは言えなかったように感じる。

絵や彫像といった芸術よりも、言葉は限りなく「ウチ」よりだと思う。けれど、ウチよりと言っただけで、完全な「ウチ」ではなく、それはどう足掻いても「ソト」の行為だ。近い分、「ウチ」への浸食の鋭さはすごいけれど。

一方、絵や彫刻音楽の中でも言葉のない音楽といった芸術は、「ソト」よりだと思う。けれど、完全な「ソト」ではなく、限りなく「ウチ」の行為に近い。

自分の思いを整理するために書いてるつもりが、自分で書いてて、だんだん頭が痛くなってきた。

まり言葉が「ウチ」に近い「ソト」だとすれば、芸術は「ソト」に近い「ウチ」である

言葉が直接的なものに対し、芸術はどちらかというと間接的で、言語化できないものを具現化させる象徴みたいで、風刺画みたいに、過激言葉もの中和させられる、丸くする力があると思う。単純に肯定拒否もしない気がする。私が感じる範囲なので、人によるかもしれないけど。

「ソト」が良いとか「ウチ」が良いとかいう話をしたいわけではなくて、目に見えるものも目に見えないものも、その人それぞれに大切なものだと思う。目で見なくちゃ大切なものは見えないときもある。例えば、テスト問題最後の文の「ただし間違っているものを選べ」みたいな。だからといって、目に見えないもの自分が窮地に陥った時に助けられることもある。例えば、テスト前の友達消しゴムを貸してもらったり、みたいな。どちらにせよ、どちらも大切なもので、決して比べるようなものではない、と私は考えている。心も体も、どちらも大切なものだ。なんだか言い訳がましい気がしてきた。

話を戻す。

今更な話ではあるけれど、私はそれからというものの、芸術が「ウチ」から出たものである以上、人間性格と同じように、誰かが傷ついてしま芸術も誰かが救う芸術も表裏一体なのだと、考えるようになった。積極的であることのは傲慢であること。消極的であることのは大人しさであること。

そうすると、だんだん、どれも「ウチ」と「ソト」が近づいているのではないか、というのを感じ始めた。近づきすぎているが故に、何かが抜き出てしまうと、どうしても、出る杭を打つように、「ウチ」に対して消極的であることが求められる。

その事に気がついたところで、私の人生が大きく変わることは無かったけれど、私は私がどうあれば一番いいのか、と自然と考えるようになった。

ずっと、その事について考えた結果、もしかして必要なのは、柔軟性なのか、と考えに至った。理解とはまず、私がデミアンを読んだ時のと同じように、様々な意見を見ていくことで、「私が考える最もいい私」を探しに行くことにした。私は、その柔軟性を手に入れるために、様々な意見を読んでいくことにした。

新聞だけではなく、Twitterニュースブログ情報意見を見比べて、何が自分にピッタリで、何が正しいのかを見極める。

掲示板Twitterなんかは色んな人の意見があっちにいったりこっちにいったりするから、読むのは大変だけれど、あまり嫌いな時間ではなかったと思う。思えば、私自意思がなく、自信もなく、人の話を聞くのは好きだったからだ。

そうして、読んでいくうちに、だんだんその行為のものが「自分にとって都合のいいもの」を求めているとしか思えなくて、つらくなってしまった。「なんとか主義」とか「なんとか二スト」みたいな区分に括られていると、なんだか余計やりにくくなっていく。

時代世代によって考えを変えて、なんだか、雲を掴むような気分になる。私は、ずっと同じ考えを持つことも出来ないし、何かに執心することもできないことに気がついてしまった。

ただ、読んでいくうちに思ったことは、人はもしかして、誰かを傷つける対象に対しては、どこまでも冷たくて、残酷になってしまう、ということだ。私だって、きっと私にとって大切な人が傷つけられたとき、傷つけたひとやものを憎むだろう。もしかしたら、前までなら、上手く憎めたのかとしれない。

でも、たった今私は他人事からなのか、考えすぎだからなのか、誰かを傷つける対象否定することが出来ないでいる。そもそも、誰かを否定拒否することが間違いなような気がする。これでは、私が大切なものを傷つけられたとして、もし怒りを覚えることができなかったら、私は最低な人間になってしまうんじゃないのか。でも、今更、素直に嫌ったり、憎んだりできたら、私は楽になれるんだろうか。多様性を飲み込もうとしたつもりが、飲み込めないまま、自分言葉が喋れなくなってしまった。

それでも、今の私は否定拒否をして、理解したような気にだけはなりたくなくて、本当の考えはどこにいくのかも、わからなくなっている。相手理解するために相手が学んだことを同じように学んだはずなのに、それでも相手に近づける気がしない。相手の頭の一部にでもなれば、相手理解できるのか。そもそも理解などできないのか。

なんというか、どん詰まりだ。自分理解できない人間相手理解できるはずもないのか。

それとも、「私はこうである」という必要も無いのだろうか。それはそれでアイデンティティがぶっ壊れそうだ。

拒否否定ではなく、受け入れるまではなんとかできそうだけど、その受け入れ先で私はこの意見をどうすればいいのだろうか。

こうして、ゲシュタルト崩壊をした。

まあ崩壊しても、最悪積み上げればいい話なので、もう一回私は何故こんなことをしようと思ったのか、という点に戻ることにした。

あれこれ考えた末に、私は「最もより良い自分」を考える上で、自分はどんなときも「分かろうとしていたかったんだ」と考えに至った。私が『デミアン』を読んだことで、何かを変えなくてはと躍起になっていた。必死に殻を破ろうと躍起になっていたのかもしれない。だから、ただ相手を知ろうとするしかなかったのかもしれない。しかし、ここからまた私は考え始めた。相手意見鵜呑みにする訳でもなく、聞いては、自分で考えてきたつもりだ。つもりだっただけかもしれないし、答えは出なかったけれど。しかし、答えの出ないことを考え続けることに意味はあるのか?いや、その行為こそが重要なのでは?でもそれって自分のしてきたことを無駄にしないための、正当化させるための言い訳なのか?そもそも、よく考えたら、私は「ウチ」と「ソト」のどちらも抱えているからこそ「私」なのだから、分けること自体おかしいだろう。もしかしたら卵の中と外は同じなのでは?けれど、どんなに言葉を尽くそうとも、私の内側にあるものと目の前にある私の言葉は近いようで全く遠いのだ。いや、しかし、それは私の教育の足りなさでは?

そもそもこれでは根底からやり直しだった。

まり、もうお手上げ!という気持ち。なんだか、もう考えすぎて考えるのも面倒くさい。私の頭で理解出来る問題じゃなくなってきた。これが思考停止だ。自分意見が出ても頭の中のクソリプなんだかをしてくる自分がいるのだ。私の頭の中でTwitter勝手に繰り広げて勝手炎上しないでほしい。これがツイ廃か、と頭を抱えてしまう。仕方ないのでTwitterは一度消すことにする。

それでも、私はやっぱり考えることをやめられなくて、思考停止に陥りたくないと無様にまた様々な情報意見を読んでは、苦しむんだろうな、となんとなく予想している。今では、自分で考えているのか、それとも相手言葉をただ見ているだけなのか、微妙なところだ。

本当に自分自分で面倒くさい。もう焼肉寿司食って生きてたい。周りも私もそこそこに幸せ健康でいればいいだろ、私が考えたところで何になる、とか思い始めてしまう。やっぱり私は自分の考えを決められないままだ。

色々と考えた結果。

短絡的ではあるけれど、私はやはりまだ経験が足りないのだと思った。視野が狭すぎて、なんか狭いくせに広げようとしすぎた。そもそも、私の教養が低すぎて、『デミアン』を理解出来ていないくせに殻を破ろうとしたこと自体が間違いだった。もう今では破ってんだか破ってないんだか分からないまま右往左往している。馬鹿がどんなに意見や考えを読んだって、ただの腹踊りにしかならない。

まず、私はもっと勉強経験を積まないとダメだ、と感じた。

私はまだ学生アルバイトしか社会を知らないひよっこだ。私は、就職をしてようやくきっと本当の意味社会を知ることになるのではないかと思う。将来こんな自分就職ができるのか全く分からないし、というかそもそも別に大人になりたいわけでもなく、働きたくも無く、なりたいものもなく、ただ金持ちにはなりたいけれど、自分のこの疑問に答えが手に入れられるのであれば、社会も、悪くないのかも、しれない。いや、このままだと、地獄を見そうだけど。

家族友達自分安心させるために、就職だけはしなくちゃいけないだろうし。

生きていく問いは、就職するための力には全くならないけれど、生きる力にはなるだろう、多分。こうして敵にもなりそうだが。

からといって、私は考えることを辞める訳では無い。というか、もうやめられない。

人は考える葦らしいから、葦らしく無様に足踏みをして、何一つ進展しないのだとしても、1歩でも進めるようになることを祈るしかない。

デミアン』を読んだことで何一つ進展することはなかったし、読んだ前の方がずっと幸せだったな、と思う時もあるが、幸せになることだけが人生でもないから、今の学生の私ができることと言えば、片手間に考え続けながら、将来自分が無事に就職できますように、と祈って、懸命に生きていくことに尽きる。

中国から新規渡日者の受入については、」

https://anond.hatelabo.jp/20200219195639

中国から新規渡日者の受入については、留学生は当面

延期、研究者は当面延期または中止といたしますので、ご留意ください。

俺の解釈が正しいのか分からないけど、これって中国経由で来てたら中国人も韓国人アメリカ人ロシア人ダメってことなんじゃないの?それだとしたら、少なくとも「人種差別」ではないよね。

お気持ちヤクザ

草。

これは良い皮肉やね。

この指摘は同意

国内外わずマスメディアフェミ仕草が多いのは当時の児童ポルノ禁止法からの一連の騒動を見れば判る事だしね。

そして手法自体当時から殆ど変わっていない。

要は火をつけて自身たちが騒ぎ立てて、規制や中止に持っていく手法

相手バカ呼ばわりする奴が一番バカなんだよ

宇崎ちゃんラブライブと、昨年来一部のフェミニスト発言が注目を集めている。

とはいえその内実は、賛同ではなく反発の声、もっとハッキリ言うならフェミニスト姿勢を叩く声が強い。

しかし、その無闇やたらな叩きは非常に危ういと感じる。

というのも、彼女らの発言一見挑戦的だが、その殆どは、多くの女性から最低でも「まあ分かる」という同意を得られ、かつ一部の女性が抗議の声を上げるほど猛反発しない内容になっている。

もちろんスベってるときもあるが、それでもなお「女の敵は女認定される事態にはなっていない。

その発言目的は「公平な社会の実現を妨げる抵抗勢力可視化」であり、それは今のところ見事に成立しているのだ。

から彼女らの発言を「オタク狙い撃ち」などと解釈するのは被害妄想もいいところだし、もし彼女らを「愚かな生き物」と見なしているなら、そういう見方は即刻改めたほうがいい。

しろ彼女らは一流の喧嘩屋であり、そういう手合に対し「荒らしに釣られて顔真っ赤」みたいな反応を返すのは、まさしく飛んで火に入る…というやつである

それこそ怒れば怒るほど、怒っている人間にとって最も望ましくない結果に着々と近づくまである

ましてや「フェミニストには自浄作用ガー」なんて大ハズレもいい所。

やるべき事は反発でも無視でもなく、一定同意共感ベースに、まずはきちんと話を聞くことだろう。

それは別に恭順や服従や負けを意味しない。

あと対話において「オレに分かる話し方をしろ」というのは一応、正当な要求ではあるが、同時にそんな幼稚な態度でいいの?とも思わされる。これはまあ個人的な「お気持ち」だけど。

anond:20200218131310

前作に対するリスペクトが欠片も感じられない品性の欠けた作品の内容は批判されたけど放送中止しろなんて活動は無かっただろ

作品批評批判表現の自由境界線自分の都合よく解釈しているだけ

2020-02-18

結婚なんかしたくない

お世話になっている知り合いがお見合いをすすめてきてウザい

しかもこっちの意思無視してどんどん話を進めてる

なんか今月中に私と向こうさんが会う予定が既に立てられているらしい

そんなん知らんがな

どういう了見なんだよ

やめてくれとハッキリ言っても

最初はみんなそう言うけど大丈夫だよ心配しないで」

「こっちのメンツもあるから一回会うだけ会ってみてよ」

「今までたくさんカップル成立させてきたか大丈夫だって

終始こんな感じでまともに話も聞こうとしない

本当にいい人だしとてもお世話になってるのは事実なんだけど

こんな訳の分からん事は今すぐやめてほしい

そして一刻も早く縁を切りたい

しか今日知らない人から急にメールが来た

誰かと思ったら向こうさんだった

どうやらアイツが私のメアド勝手に知らせていたらしい

そして向こうさんには私はとても乗り気だと思われてるらしい

もちろんそう伝えたのはアイツしか考えられない

どういう伝言ゲームだよ

なにをどう解釈したらそういう風になるんだよ

もう怖すぎるんだわ

マジでやめてくれ

わあ。なんかおっぱい反論きてる。

元増田です。

なんか、やっぱりおっぱい擁護派はこれに関しては共感おっぱい羞恥って無い人が多いみたいですね。

宇崎おっぱいちゃんとかラブライブおっぱいおっぱいポスター、嫌がる女性は大抵共感おっぱい羞恥がはたらいてるからだと思いますけど。

なんていうか、あれらのおっぱいポスターって、「性的な恥かかされてるおっぱいと気づく5秒前」感が強すぎるんですよね。

二次元からおっぱいイラストから彼女たちのおっぱい感情描写されない限りは存在しないので、「あれを見ておっぱいキャラが恥かかされてると感じること自体単なる一解釈おっぱいに過ぎない」とか言われるんでしょうけど。

でも、見てるおっぱい側としては、何でおっぱい献血に行ったりとかおっぱいみかん買いに行ったりという日常おっぱいの中で、性的な恥かかされるおっぱい寸前みたいな女の子の様子を見せつけられなきゃならないんだって感じですから

自分性的イコンであろうとしてそうやってるんじゃないんだろうなっていう様子なのが余計に見ててしんどいおっぱいというか。

これ、共感おっぱい羞恥でないなら、何なんでしょうか?

anond:20200218101519

横だけど

結局あれって事前に作品を知らなかったか知ってたかの差じゃないの?

知らなかったフェミさんサイドからしたらキモオタに対して赤ら顔で扇情的な表情してるなけしからんしかも乳がデカわ!すわクレームってなもんだけど

知ってる人からするとあのキャラ目線の先には先輩って男キャラがいてそいつを煽ってる訳で自分キモオタに媚びてる訳じゃないって解釈する訳じゃん多分

で第二弾になったとき漫画形式になってその先輩が登場したし乳の紙面における占有率も下がったじゃん

そんでフェミさんサイドはキモオタに媚びた表情しなくなったし乳も(占有率が)小さくなった!変わった!ワシが育てた!ってもんじゃん?

でもキモオタさんサイドからするとあのキャラが先輩を煽ってるのも変わらなければ(キャラ設定としての)乳の大きさも変わらないもんだから変わってない!俺らの大勝利!完!ってなもんじゃん?

じゃあそこで一概に変わった!変わってない!って言えるお前らは一体何者なんだよって思いました(こなみ)

東京マラソンで返金するかしないかという話題あるけど

>>積雪、大雨による増水、強風による建物等の損壊の発生、落雷竜巻コース周辺の建物から火災発生等によりコースが通行不能になった結果の中止の場合関係当局より中止要請を受けた場合日本国内における地震による中止の場合Jアラート発令による中止の場合(戦争テロを除く)は、参加料のみ返金いたします。なお、それ以外の大会中止の場合、返金はいしません。<<

これの「それ以外の大会中止」に当たるから返金しないと、そういう理屈なのはわかったけど

そもそも今回って「大会中止」じゃないからこの規定適用されないですよね。

エリートランナーは出走するわけですから東京マラソン自体が中止されているわけではない。

現状、参加者側は「返金される根拠」をもたず、主催者側も「返金しない根拠」は持っていないと解釈するべきなのでは?

興味本位ではあるが、誰か参加者が出るとこ出て争ってほしい。

屁理屈っぽいけど、規定に書いてないわけだから返金求めてみればいいのでは?

とある同人界隈について

一人の呟きで少しだけ小さな議論が起きた。あるジャンルでの同人界隈の雰囲気についてだ。

曰く、上昇志向すぎて「そうなれなかった」人間にはキツい、と。(一部の引用なので本人の意図と違った抜粋をしていたら申し訳ない。ただ個人的にはこの部分に非常に共感を抱いた)

自分の見ていた限り、その雰囲気を作り出すきっかけになったのは一人の作家だったと思う。

本人も自覚しているのか、新参者が踏み込んでいる感じ、と捉えられているのだろうという趣旨の呟きをしていた。

まさにその通りだろう。ただなぜ彼が馴染まずに踏み込んでしまったのか。そこに価値観の違いがあると思うのだが、それについて誰も言及していないので、匿名ながら言わせてもらう。


彼には罪の意識が全く見受けられないのだ。


どんな二次創作ジャンルでも、本来同人金銭のやり取りをするのは悪いことである、といった認識の上で皆同人活動をしていると思う。

悪いことだが、キャラが、作品が、大好きだから自分の考えるifの世界解釈をどうしても形にして共有したくて、それには共有のための会場を用意する必要や物を印刷する必要があり、その費用は一人で負担するには少し大きすぎるため、みんなから仕方なしに少しづつ頂いている。黒が出る場合も、仲間内で同じ頒布価格だと大きな赤を抱えてしまう人が出るような価格帯にしてしまうと、同じ趣味の集まりを壊してしまうから、みんなに合わせた価格提供する。そんな免罪符を並べて著作権侵害するのである

何一つ正義はない。

正直、他者商品勝手に借りて金銭のやり取りをしているのだから普段皆が目の敵にしている転売行為となんら変わりのないと個人的には思っている。

二次創作というものは、ただキャラへの偏愛を共有したくて、仲間内だけで楽しくやっているだけだから言い訳して、なんとか見逃してもらっている界隈なのだ

なるべく慎ましやかに、悪いことしているけれど、自分たちの間だけで楽しんでいますので。本来同人スタンスというのは、そういう物ではないだろうか?

しかし、彼の行動は大変堂々としたものである

一つ炎上しかけた事柄をあげると、大部数の具体的数字を公開したイベントまでの自分がどれだけ宣伝をして、どのように頒布物を売って行ったか記述したブログの公開を行った。(炎上を受けて数字部分を修正していたが)

また大分以前の事柄だが、自分が自ジャンルライブに行くための遠征費を二次創作イラストをお礼に、クラウドファンディングで集めていた。(誰かに指摘され反省したようだが、私が見ている限り返金した様子はない)

そして最近ではボツイラスト合同を開催した。二次創作の有料頒布自分が納得すらしてない未完成ボツイラスト販売するのはキャラに対する愛すらないのではないだろうか。しかもその合同をかなりの頻度で、中身のイラストを完全に隠蔽しつつも各作家の描いた絵に関する呟きをRTし、カリギュラ効果を狙った所謂通常の商品のようなマーケティングをして宣伝を行なっている。

少し論点がずれるが、彼はキャライラストを描く際誰を描くかを決めずに描き始め、その彼が描いた表情や仕草に合うキャラに仕上げていくらしい。キャラ自分の絵をよく見せるための装飾でしかないと言われたように感じてしまった。キャラに対する愛すら彼なりにはあったとしても、あまり存在しないのかもしれない。

ここまで述べると察せられる思うが、クラウドファンディング出資するものボツ絵合同に参加するものなど、彼に対する賛同者がそれなりの数界隈内に存在するのである。彼の罪の意識がない価値観違和感を覚えないものと言ってもいいかもしれない。

今まで罪の意識がなくとも、周りに合わせていた人達も少しづつ彼をきっかけに自分も堂々とした振る舞いをしてもいいのではないだろうかと思い始めているのだろう。少しづつ、界隈の雰囲気が変わってきたように感じる。

他の人以上にヘビーに二次創作を楽しむのも、新参者も大いに結構しかし、そこに罪の意識は持って欲しい。

その気持ちを持ちたくないならば二次創作ではなく、一次創作で堂々といて欲しい。

好きなキャラクターを自分のための上昇に対する踏み台にして欲しくない。

まぁこんな届くかもわからない匿名しかもの申せないチキン野郎言葉など、なんの効力もないかもしれないが。

ラブライブの件 錯覚を指摘したもん勝ち

ホッテントリにも挙がってたツイートの体型について、パンツじゃなくて左の体型の方を見てほしい

https://twitter.com/xxxakimotoxxx/status/1228503369129443328

二次元美少女イラストで顔は割と好き放題書かれているが、胴体の比率については基本的標準的な体型のまま使われているケースがほとんどで、

件のイラスト股間位置上記ツイのような位置本来リアリティーラインであるのに多数の人が見間違えるようになったかと言うと、

「透けていると指摘」されたからだ。指摘されたから透けていると想定した上でイラストを鑑賞すると、ただの影が身体強調にしか見えなくなってくる。

正直、今まで濃いめの影もただの影と認識してたのが体のラインしか見えなくなったので責任取ってほしい。

フェミニストの皆さんは最初から絵の解釈が全く異なり本来見えなかった股間幻視されていた人たちだったのだろう。

似たような例として2013年PS3で発売された「るいは智を呼ぶ」のゲーム画面だ(元々は更に数年前のエロゲなので一応注意)

1、2枚目のピンクの子は同じキャラ

https://www.4gamer.net/games/224/G022425/20130704076/SS/023.jpg

https://www.4gamer.net/games/224/G022425/20130704076/SS/006.jpg





さてこのイラストを見た後、2枚目ピンクキャラのまぶたのハイライトに注目してほしい。

目 を 開 け て る よ う に 見 え な い か

あなたは呪われました。もうこの手のまぶたのハイライトは薄目にしか見えない

1枚目のイラストの奥の子も薄目になってるのにも気づいたかな?

最近アニメでも普通に使われる表現からあなたは手遅れです。

https://pbs.twimg.com/media/Dz69zQ9U8AADJs7.jpg

2020-02-17

anond:20200217232737

股間が濡れてる女子高生っていうのが

オタクから見た正しい解釈だと

結局そういうことじゃないか

anond:20200217153137

なんか発想ワンパターンじゃない?イスラムルール持ち出すならアニメフィギュア偶像崇拝になるんじゃないの?そこはどう解釈してるの?

anond:20200217143019

あなた文脈でいくと、サウジアラビアに行った女性が顔や足を出して外を歩いているのは、現地の人々の共感性羞恥を刺激してしまうことになるんだけど、フェミさん的にはこの辺はどう解釈してるの?

1.女性人権弾圧人類共通社会悪

2.郷に入っては郷に従え

3.その他

anond:20200217053738

わあ。なんかいっぱい反論きてる。

元増田です。

なんか、やっぱり擁護派はこれに関しては共感性羞恥って無い人が多いみたいですね。

宇崎ちゃんとかラブライブポスター、嫌がる女性は大抵共感性羞恥がはたらいてるからだと思いますけど。

なんていうか、あれらのポスターって、「性的な恥かかされてると気づく5秒前」感が強すぎるんですよね。

二次元からイラストから彼女たちの感情描写されない限りは存在しないので、「あれを見てキャラが恥かかされてると感じること自体単なる一解釈に過ぎない」とか言われるんでしょうけど。

でも、見てる側としては、何で献血に行ったりとかみかん買いに行ったりという日常の中で、性的な恥かかされる寸前みたいな女の子の様子を見せつけられなきゃならないんだって感じですから

自分性的イコンであろうとしてそうやってるんじゃないんだろうなっていう様子なのが余計に見ててしんどいというか。

これ、共感性羞恥でないなら、何なんでしょうか?

anond:20200217142041

ただだいたいの日本人は「デッサン」という言葉自分の好き勝手解釈して使用してるからわけわからんことになってる

君がその一人でないと誰が証明できるのだね

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