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2018-07-16

まだデレステかい時代遅れゲームやってる馬鹿共へ。

はじめまして。先に謝ります。ごめんなさい。

タイトルを見て不快になった事でしょう。

でもこれは本心では無いです。後に述べますが、言葉の重みを知って欲しかったです。

私はアイドルマスターが大好きです。もちろんデレマスミリオンも(釈迦の方はプレイしてないですが嫌いではないです。)

なのでこの記事では対立煽りするつもりは無いです。

私が大嫌いなのはデレステユーザーです。

もちろん全員が当てはまる訳では無いですが、血を吸う蚊がいたり吸わない蚊がいるのと同じ様に叩き殺したくなるくらい嫌いです。

単にユーザーといっても色々なタイプがいます。私が嫌いなユーザーを分けて見ました。

ガイ

キャラdisは許さない。運営正義

しょうもない身内ネタで楽しんでるユーザー

意識過剰

④その他

ここに当てはまらない普通ユーザーさんも何人かいると思いますがごめんなさい。嫌いになりそうです。

⓪について

みんな嫌いだと思いますのでこの番号にしておきました。

例を挙げるならひたすらキャラdisしてるbotとかしょうもない楽曲評論してる人とかですね 不快

①について

1番嫌いです。【「プロデューサー」はキャラdisをしてはいけない。ネガティブ発言をしてはいけない。】という縛られた価値観を持ち、少し言いたいことがある時は「こういう事言うのもアレだけど...」とか「○○は好きだけど...」とか「プロデューサー」同士の輪から外れないために必死に「プロデューサー」を演じる姿。本当に滑稽で気持ち悪い。

かに名前を挙げてキャラdisは気分が良いものでは無いですね。でもあんなに個性の強いアイドルが180人もいて全員の事を好きになれる「プロデューサー」はこの世のどこにもいないと断言しておきましょう。

好きでもないキャラを引いて「○○ちゃんだ!嬉しいありがとう!」とか「被り...だけど嬉しい!」とか感情壊れてるのか。

こんなユーザーが大半を占めてる。

そしてお互いがお互いを素晴らしいユーザー達だと信じ込み、運営をまつりあげる。

私はアイドルマスターが好きだけどこんなユーザーにはなりたくない。

②について

これはデレマスが多いですね。

人口も多いのでその分変なのが多いのも当然なのですが、蚊の原理です。

多分ニコニコ動画?(ツイッターかもしれない)でキャラの顔を切り抜いて貼り付けたのを見てキャッキャッしてる人達

あと小さい女の子ママっていうネタとか。

学生ならまだ可愛いと思いますが、20超えてて面白がってるのは脳が萎縮してると思います

それも動画内や身内でやるならまだしも公式ツイッターリプライに貼るのもキモい

最近公式ツイッターのリプ欄まで確認してないので分かりませんが、以前見かけた時は本当に吐き気しました。

③について

記事を書くために検索して色々見てみました。概ね多かった意見を要約してみます

ミリシタは1周年で、こちらは特にイベントもやってないので人が流れるのは当たり前。」

「いちいち比較しないで欲しい。」

まあ私と同じように「どんどん対立してお互い高めあって欲しい」って意見も多かったですけどね。蚊の原理ってことで。

これ以上進めると対立煽りになってしまいそうなので終わらせますが、デレステは3周年で、何かやってくれると信じてます

④について

ツイッターをやっているユーザーさんなら多くは自分の好きなアイドル担当としてアピールしているのでは無いでしょうか?

別に構わないのですが、覚悟してほしいのは「担当を名乗る以上、あなたの失態はそのアイドルにも降り掛かる」という事です。

とあるユーザーが非常に不快発言をしておりその人が担当しているアイドルまで嫌いになったって事は何回かあります。(私だけかも知れませんが)

今はツイッターアイマス関連のフォロワーもいないのでそういう事が流れてくるのは滅多にないですが、今でもそのアイドルの事は嫌いですし顔を見る度そのツイートが思い出されます

それで④にに結びつけてのタイトルの件なのですが、言葉っていうものコナン君が言っていた通りナイフよりも鋭利凶器で、言ったことすら覚えてない言葉でも人によっては大いに傷付けます

ですのでもしこの記事を読んだユーザーさんが傷付いた場合は私の事を「プロデューサー」同士の輪に入れないネット陰キャ結論付けて忘れて欲しいです。




まあ、長く読んでくれてありがとうございます。書き出したらなんかスッキリしました。 でもやっぱりデレステユーザーは嫌いです。

同感の意見があれば聞きたいですし反対意見も欲しいです。(でもキツい言葉と中身の無い文章はやめてね)

2018-07-14

[] アビラケツノミコト「神軍を率いる光の命」

オウム真理教の「アビラケツノミコト」とは、一体何だったのでしょうか?

1985年には「アビラケツノミコト(神軍を率いる光の命)になれ」と啓示を受けたと述べる

アビラケツノミコトとは「軍神を率いる光の命」という意味単語だそうです。

 

アビラケツノミコトの初出は、「トワイライトゾーン1985年10月号(KKワールドフォトプレス刊)でした。

考証の資料として、原文を見てみましょう。

アビラケツとは、地水火空の意味で、アビラケツノミコトとは、「神軍を率いる光の命」、戦いの中心となる者

 

仏教用語サンスクリット語a vi ra hūṃ khaṃの音写。以上の5音綴は,それぞれ万有の構成要素である地,水,火,風,空を表わし,大日如来内面悟りを表明するとされる。一般には,すべてのことを達成するための一種呪文として用いられる。

地水火風空(a vi ra hūṃ khaṃ)のうち「風」(hūṃ)が揃ってないので、まだ不完全(未完成)な状態、という意味もあったようです。

 

トワイライトゾーン 1985年10月

編集部不思議体験レポート(22)

最終的な理想国を築くために

神をめざす超能力者

レポート/■■■■■

 

今月号の口絵14ページで、空中浮揚の連続写真を紹介した麻原彰晃氏。彼は師にもつかずに、独自修行でこのレベルに到達した。だが、この超能力者目的は、はるか先にある。

 

★8年前、すべてを捨てて修行に入る

 麻原彰晃氏。あと1年もすれば、空を自在に飛ぶ人である

 彼は、特定宗派の僧でもなければ、団体トップに座す人でもない。人間の師ももたない。彼の修行独自で、しかも数千年も伝わる聖典の奥儀なのである

 麻原氏が修行を思いたったのは今からわずか8年前である。世の中すべてのものに強い矛盾を感じたのだ。何もかもウソだ。自分さえもウソツキだ。まわり中のこと一切が限りなくイヤになった。

 どうしたら正しく生きられるか。彼は、その日からすべてを捨て、行に入った。

 行は毎日2~5時間に及ぶ。仙道大乗仏教密教、チべット密教ヨガひとつに執着せず、数数の修行法をとり人れ、自分が納得する形で行なっていった。

 修行を始めると、様々な神秘的なことが起こりだした。たとえば、トランス状態での異言。

 その時のテ―プを聞かせていただいた。東洋系の言葉らしいが、私としては、TVなどでも聞いたことのない言葉だ。口調はかなり激しい。過激な説法、または、訴えのように聞こえる。

アジアの、インド中国チベット、その辺の言葉だと思います。おそらく、自分過去生と関係のある言葉でしょう」

 麻原氏が、修行8年にして空を飛ぶということは、過去生でかなりハード修行をしていたに違いない。彼は、テ―プに吹き込まれ自分の口から発した言葉を訳せる人を希望している。でも、もしかしたら、現在ではすでに死滅してしまった言語かもしれない。

 修行3年にいたったころ、彼の魂は彼の肉体を抜け出し始めた。「体が回転するような感じになったんです。ウォンウォンというモーター音に似た音がして、それからシューという音がしたんです。その時、魂が抜け出してゆきました。

 抜け出した先で、魂は宇宙の星星を見たり、『人』と会ったりするんです」

 こんなこともあった。シャヴァアサナ(屍のポーズ)をとり、トランス状態に入っていた。

 彼は、大ス夕ジアムのようなところにいた。観客スタンドは、裸の僧で埋まっている。中心で、やはり裸の僧の彼が説法をしている。

霊界での説法なんですね。私はそこで説法をして帰りました」

 聖典を読んで帰ることもあるという。魂が、修行において気になることを調べに行くのだ。

自分現実で読む本を先読みしているのです。だから、実際に読む本の内容は、すでに知っていることが多いのです」

 魂が抜け出さずとも、本の内容を理解していることも度々ある。修行中「ああ、これはこういうことなんだ」と感じた通り、後に読む本に同じことが示されている。

 もちろん、修行危険が伴わないわけではない。普通だったら死んでいるというような目にあったことも1度や2度ではない。

「その時は、自分守護神に頼むのです。そうすれば、必ず、元のところに帰ってこられる」

 

★突然、天から聞こえてきた神の声

 麻原氏には、たくさんの信仰している神、守護している神がいる。彼は、それらの神々から修行法を学んでいるようである

トランス状態とき、神々が現われることがあります。神々はヒントを与えてくれることもあります。または私が質問し、神が答える。質疑応容形式のこともあります。その中で得たのは、『生きることを否定せよ』ということです」

 麻原氏は、いつも出会う神とはニュアンスを異にする3人の女性出会っている。彼には、霊界人とも宇宙人とも感じられた。

「まず1度めは、5年前。妻の出産の時のことです。朝、自宅で目覚めるとロングへアで緑色の服を着たグラマーで美しい女性が、私に向かってオイデオイデをしているんです。

 全身はエーテル体とも思えるもので、炎の赤をしているのです。髪の色は、全身の色を薄くしたような感じで、ジャンパースカートのような形の服に茶色のべルトをしめていました。

 会話はありません。『私があなた守護しているのです』と私に見せているように思えました」

 2回めは2年前です。自宅で、眠る直前のことです。髪は肩まで垂らし、オレンジ色の服をきた目鼻立ちの美しい女性でした。体色は人間と同じでした。この時も会話はありません。

 3回目は今年の5月。ここ(麻原氏の道場)でです。髪の長さは肩ぐらい。やはりオレンジ色の服ですが、体の色は、何というか、この世にない色なんです」

 3人の女性たちは、共通して美しく、グラマーであり、口をきかない。決まって、彼の左側に現われる。そして、彼女たちが去った後、場の空気が揺らぐという。

最後はいつも、霧のようにかき消えてしまますひとつ修行が進むと、異なった人が現われるんです」

 麻原氏は、これまで世に出ようとは考えなかった。ところが、ある時、声を聞いたのである

地球はこのままでは危い!』

 彼は今、シャンバラのような王国神仙の民の国を築く準備を開始するため、多くの人に修行法を関放する必要を感じた。

 今年の5月のことである。彼は神奈川県三浦海岸で頭陀の行を行なっていた。五体投地をしていたときのことである。突然、天から神が降りてきた。神は彼に向かってこういった。

あなたに、アビラケツノミコトを任じます

 アビラケツとは、彼の初めて聞く言葉であった。彼は、サンスクリットを教えている人を訪ねた。

 すると、アビラケツとは、地水火空の意味で、アビラケツノミコトとは、「神軍を率いる光の命」、戦いの中心となる者と判明したのである

 彼は、天から降りてきた神によって、西暦2100年から2200年頃にシャンバラが登場することを知り、それまでアラビツノミコトとして戦うように命じられたのである

 彼は考えた。チべットのような王国を造らなくてはならないことはわかっている。しかし、チベット戦争を好まない国である理想国を造るため、戦さを用いてよいのであろうか。

 彼は、シヴァ神や、ヴィシュヌ神などの自分信仰する神々や自分守護してくれる神々に相談した。神々は「命を受けるべき」と返答した。

 

完璧超能力者たちの国をめざす

 麻原氏は、神を感じるだけでなく姿を見るという。それによると、たとえばシヴァ神は、白銀のような色、ドライアイスのような色の神体を持っているという。

 ところで、ここでいうシャンバラとは幻の国、聖人たちが住み、全宇宙の、そして過去から未来永劫に至るすべての英智が納められている国である。かつて、秦の始皇帝アレクサンダー大王も求めてやまなかった土地なのだ

 シャンバラは、地下深くにあるといわれている。そして、地球上のある地点からは、シャンバラへの通路が開けているという。

 その昔、チべットの首都ラサにあった古ポタラ宮の地下の一室はシャンバラへの入口であったと伝えられている。そこで、チべットはシャンバラの影響を受け、チべット密教を開花させたのだ。

 聖者たちのひと握りの者たちはシャンバラを訪れることができる。そこで、ある者はシャンバラの住人となり、ある者たちは社会に戻り、許された者にだけシャンバラを伝えたのである道教の祖・老子は、シャンバラの人になったといわれている。

 麻原氏の話に戻ろう。

2006年には、核戦争の第1段階は終わっているでしょう。核戦争なんて、ほんの数秒で終わってしまい主す。日本死の灰の影響を受けているはずです。

 核戦争は、浄化手段ですね。だから、私は『ノアの箱舟』も信じられます。選りすぐったレべルの高い遺伝子だけを伝えるんです。

 だけど、人が『自分の分け前をさいて人に与えよう』というように考えない限り、『浄化』はなくならないんですね。そういう気持ちになかなかなれないのが人間でしょう。

 もし、それが真実でないとしたら、地獄餓鬼畜生人間阿修羅・天という六道はなくなってしまうでしょう。

 私の目指すのは『最終的な国』なんです。それは、仏教的・民主主義的な国で、完璧超能力者たちの国なんです」

 

★神が授げた神秘の石ヒヒイロガネ

 そのためには、修行解脱しかないのである修行意味を麻原氏に語っでもらった。

 「修行とは、ジュースの1滴を、テ―ブルクロスの上に落とさず、水の中に落とす、ということなんです。1滴のジュースとは、人間のことです。1滴のジュースは、テーブルクロスの上に落とせば、ただのシミです。でも、水の中に落とせば広がるでしょう。

 水の中にただ1滴のジュースを入れたって、水は色を変えないでしょう。でも、水の中には確実に1滴のジュースが入ったんです。

 魂の根元的な状態ですね。拡散した1滴は、水の中のことすべてを知り、経験できるんです。これが空であり、寂静です。高次元昇華した状態ともいえます

 大きな水がめの中の世界体験している麻原氏の身辺は、アラビツノミコトを任じられて以来、急転しだした。

 修行岩手県におもむいたときのことである。彼は、天からオリハルコン、またはヒヒイロガネと呼ばれる神秘の石を与えられた。

 ヒヒイロガネとは、超古代文献『竹内文献』などにも登場する石である神社玉砂利のように滑らかだが、それよりずっとツヤがあって黒い。ズッシリと重たく、力ネの名の通り、金属的な感じの石なのだ

 麻原氏は、この石の様々な利用法を考案中である

 水を張ったバケツに石を入れ、念を入れる。その石で円陣を作り円陣の中で瞑想する。

 ヒヒイロガネは、手に入れた人誰にでもパワーを発揮するものではないという。念を入れられる者の手にわたってはじめて、パワーを与えられ、驚異の力を噴き出すらしい。

 念を入れたヒヒイロガネは、多くの人々を同時にトランス状態にすることもできるという。この石については、いずれまた機会があったら報告したいと思う。

 麻原氏に行法の一部を実際に行なっていただいた。

 麻原氏は、座して、様々な印を結ぶ。印は2、3秒で変化する。

「これはチャクラ開発のための印です」

 次に、立ち上がり、上半身を少し前方に傾けた。腸というか、腹の中がゴロゴロと動き出した。これは浄化法・ナウリのひとつ。腹にあるマニプーラ・チャクラ覚醒に役立つ行だ。

 次は仰向けに寝てから足を天に持ち上げるショルダースタンドの形。空中浮揚に欠かせないビシュダ・チャクラ覚醒目的だ。

 それからライオンポーズ。これは、クンダリニー覚醒必要ポーズである

 麻原氏の修行には、かなり危険ものも多い。たとえば浄化法のひとつで、幅7センチ、長さ3メートル半の布を呑み込むというものなどだ。この時は、呼吸ができなくなるほどだという。

 

重要なのは正しい生活食事修行

 彼は、修行中、シャヴァアサナに入ったときチャクラの光を度度見るという。

 ちょうどフラッシュがパッパッと飛ぶような感じで、下のチャクラから順に光を放ち、同時にやはりフラッシュのような音がするという。音と画像シンクロするのだ。

 経験によると、音と光は様々な神秘体験には、共通して現われるらしい。たとえば未来過去タイムトリップするときは、マーチリズムのような音、霊体が離脱するときブーンという振動のような音。

 これは、各種の教典とも矛盾しないという。そこで、そのような音を作って流せば、修行者は案外簡単タイムトリップや霊体離脱経験できるのではないかと麻原氏は考えている。

 それでは、私たちがすぐにでもできる修行法について尋ねてみた。

「それは、まず何よりも五戒ですね。1が殺生をしないこと。蚊が自分の血を吸っていたら吸わしておくことです。

 2が盗みを働かないこと。

 3が誠実にして、ウソをつかないこと。

 4が邪淫をつつしむこと。

 5が禁酒すること。

 以上の五戒に徹することですね。悪の行為をやめ、将来にするだろう善行をどんどんすることです」

 集中的に瞑想などをしようと思うなら、空気きれいなところの方が効果的だ。プラーナ(気)の満ちあふれた海や山を選ぶとよい。ただし、風のないところで行なう。地・水・火・風・空のエネルギーは、想像以上に誘惑的なのだ

 次に、食物は、玄米菜食の方がよい。1日に1回、または2回。または少しずつ、数回に分けて食べる。ヨーガの激しい修行をする行者の場合、日に1800~2000カロリー理想といわれている。一般の人なら1200~1500カロリーで足りるだろう。ただ、カロリー栄養とは異なるから栄養はしっかり摂らなくてはならない。

「(日に)3食は獣の食事、2食は人間食事、1食は聖者食事という釈迦言葉があるんですね。

 でも、日に1食では、一般的には栄養が足りなくなってしま心配がありますから。日に1度という場合は、夕方に摂るのが理想ですね」

 玄米菜食だけで、スワジスターナ・チャクラ(腰・仙骨)までは開発できる。しかし、それより上のチャクラは、修行しか開発できない。

「スワジスターナ・チャクラ植物を司るんです。ここが開発されれば、低い次元超能力は身につきますね」

 麻原氏は、腹のマニプーラ・チャクラが開くまでは、外食は一切しなかった。もっとも、化学物質などの変なものを食べることを体が受け付けなかった。

 でも、今は多少腐ったものを食べようが何を食べようが平気である。火のエレメントがすべてを燃やしてしまうのである

 チャクラが開くということは、規制がなくなるということも意味しているのだ。

 尾骨のムラダーラ・チャクラが開くと規制され、腰のスワジスターナ・チャクラが開けば性欲の規制がなくなる。腹のマニプーラ・チャクラが開けば食欲の、胸のアナハタ・チャクラが開けば行為規制がそれぞれなくなる。

 規制がなくなるとは、「何をしてもいい」ではなく、規制をせずとも自動的コントロールされるということである

食べ物に気をつけるのもいいが、もっと大切なのは精神です。食物の害より精神の害の方がずっと悪いです。肉を食べたからってすぐ内臓が悪くなることはない。でも気持ちに及ぶ害は、すぐに体を悪くします」

 つまり、肉体への栄養よりも精神への栄養の方が大切なのだ適当食事よりは、瞑想1時間の方がずっと栄養になるらしい。

物質人間は救えないということをもっとよく考えるべきなんですね」

 

超能力自分を神々に変えていく

 正しい食事をし、正しい修行から得られるもの、それが超能力である最近は、魂の浄化・向上こそ第1義で、超能力邪道という考えも広まりつつあるので、麻原氏における超能力の実義をしてもらった。

「魂の進化・向上という考え方がありますが、それは、人間の魂が阿修羅・神々に至ることなんですよ。つまり超能力の獲得と魂の進化・向上ということとは、矛盾しないばかりか、正しい相関関係にあるんですよ」

 それゆえ麻原氏は自分を神に変える修行をし、「完璧超能力者集団」と彼のいうところのシャンバラ王国設立するべく、神軍を率いて戦うのだ。

 麻原氏のまず当面の目標は、自由自在に空を飛べる空中浮揚。それと、大脱身を成功させたいという。

「これは、アジナ・チャクラから自分の魂を抜き出させ、目的としている相手身体に人る超能力のことです。これが可能になると、三界欲界色界無色界)を自由に行き来できるんですよ。ここまでくると、もう人間といっていいかどうかわかりませんけどね。また、核戦争の脅威から身を守るには、極熱にどれぐらい耐えられるか、放射能いかに防ぐか、ということになると思うんですよ。今の修行方法でそれに耐えられる身体はできると思っています

 麻原氏は、空中浮揚の初歩までの修行か達成した。しかしながらこれは、全修行の段階の4分の1にすぎない。生きているうちに、全部達成できればいいという。

「私は、ハ夕ヨガでいうところの解脱はすでにしています。真我も見ています。これから求めるのは仏教でいう真解脱です。それがいくつもの決め方がある解脱のうちでも最高のものとされています

 もし、真解脱ができたら――もっともっと修行しますね」

 修行を達成した人間は、次の生を好きなように形づくれるという。麻原氏の中には、地球自分宇宙、神々……超大な計画がもくろまれているのかもしれない。

2018-07-11

過去は追ってはならない、未来は待ってはならない。ただ現在の一瞬だけを、強く生きねばならない。

いいこと言うじゃん釈迦マジリスペクト

2018-07-09

宗教勉強

違いは何なんだろうか。

自分会社は全社員が、自己啓発系の勉強会社から行けといわれて行くことになってる。

そこを「I塾」とする。

そこでは、人間としてどうあるべきかとか、この塾を受講してよくなったって人の話が月1ペースである

自分としては、まぁ会社命令からと、話半分、自分にとって都合の良いことを抜き出して毎回報告してる。

 

今日新人君がその勉強会について社長に「宗教じゃないですか」と言っていた。

すると社長は「宗教じゃない。人間として当たり前の道徳勉強だ。」と反論していた。

どうやら社長の中では「宗教」と「勉強」は違うものらしい。

 

自分にとって、「宗教」と「勉強」は同じなんじゃないかと思う。って話をすると長くなりそうなので控えるとして、

新人君が言うことも、社長が言うことも両方わかるのだ。

そのI塾は自分にとって、宗教であり勉強なのだ

 

と、いうより、オウム真理教話題最近尽きることがないので再確認したのだけど、「宗教」って「ネガティブ言葉」になってるんだと思う。

具体的にいうと、「宗教」はマインドコントロール洗脳による教育というニュアンスが含まれている。

まり日本神教や、仏教キリスト教などは宗教とは一線を画する崇高ななにかで、低俗な教えがはびこってるものは「宗教」というような空気がある。

 

でも、I塾は間違いなく宗教なのだ。なぜなら、塾長と呼ばれる人が仏教精通していて、「お釈迦様は」とか「崇高な僧の○○がこう残した」とかいテキストが多分にでてくる。xevraでは無いが、瞑想の素晴らしさを説いていらっしゃるし、悟りはなんたるかと言っている。

まりほとんど仏教塾長なりに噛み砕いて経営に持ってきたものが「I塾」の勉強テキストだと自分は思っている。

I塾を通して、仏教勉強しているのではないかと思った。

なので、自分のとってI塾とは、仕事をする上ではあまり役に立たないんだろうなという高度な数学や、漢文などと同じなのだ

 

なので、宗教って言われても「宗教だ」と自分ポジティブに言うと思うのだが、どうやら社長は「宗教」と言われることについて物凄く怒っていて、今もその新人社長室で説教している。昼ぐらいは解放してあげないとマズイだろ…。

戻ってきたら「どう考えても塾長仏教教徒から宗教だよな」と同調してやろう。

2018-07-08

ワールドカップ選手子供が生まれたらしいが

マジレス希望なんだが、子供が生まれることの何がめでたいの?

この世の中の苦しみを感じる主体をまた一つ、親の勝手な性欲によってこの世にひり出してしまったってだけのことだと思うのだけれど

おくやみを申し上げるならともかく、何がめでたいのか分からん

これは何も俺一人の考えじゃなくて、釈迦も似たようなことを言っていたよね

2018-07-05

anond:20180705194414

輪廻転生理論からすると前世カツオノエボシで今世が人間って事はよっぽど良い事をしたんだろうね

カツオノエボシ史には間違いなく載っているだろうし、おそらくザ・ベストカツオノエボシ100にもランクインしているだろう

よく大名の生まれ変わりだとかヨーロッパお姫様の生まれ変わりだとか釈迦の生まれ変わりだとかへルメスの生まれ変わりだとかラ・ムーの生まれ変わりだとかエロヒムの生まれ変わりだとか自慢してる割に今パッとしない人がいるけど、その人たちってよっぽど悪いことをしたんだろうね


からカツオノエボシの生まれ変わりであることに誇りもって胸張って生きていった方がいいと思う

2018-06-29

無視は時として善

世の中には相手にしてはいけない人もいるはずです。

釈迦様でさえ時に《無視》を使う事がありました。

無視する力を正しく使えば、今よりも心が楽になり、本来のパワーが出てきます

無視する力には悪い方法と正しい方法があります

あなたの心を軽く扱う人は無視して良い】

悪い方法は、『虐めや嫌な思いを故意にあたえる陰湿なやり方での無視です』

悪い無視をした場合は、あなたの魂は傷き、相手の魂も深く傷つけ、

後々大変な目になってしまうので、非常に注意が必要です。

しかも、相手に嫌な思いをさせるだけの無視は、

来世まで因果を持ち越す危険性があるので、絶対にやってはいけません。

《正しく無視する力》とは一体どんな考え方なのでしょうか?

それは、相手人生相手責任であり、相手の未熟さや、不機嫌などは

一切あなたには無関係であり、無関心で良いという考え方です。

相手人生あなた責任100%無く、

正しく無視する力は、最後最後自分を守る方法になります

相手の機嫌を取ると魂は傷つき、いつしか健康に】

正しく無視する力とは、意地悪で使う方法ではなく、

『これ以上、あなたが背負えない精神的な荷物を下ろす』という事です。

自分責任放棄し、あなたの誠実・優しさにどっぷり甘えてくる人の

ご機嫌取りは今日からやめて、お釈迦様も使った正しく無視する力を使い

世界でたった一人のあなた自身あなた人生を、しっかり守ってあげましょう。

2018-06-21

anond:20180621053823

んなのひつようないよ。

ただ単にいっぱい多読すればいいだけ。それに加えて、特定の誰かを絶対視しないことが求められる。

昔と違って今は本が多いのだから、数を読めば誤りも正せる。

宗教メンタル周りの話が多いので、今悩んでることに合致している話のほうが役に立つ。

釈迦の話だって実際はこういう悩みに対してこういう話というのがあっとう的に多い。

ゆえに、霊感商法切り貼りされて悪用もされるんだが。

anond:20180621045039

釈迦に興味があって知りたいと思ったら日本人漢文の素養があるので、経典読むところから始めればいいのにな。

オウムネコ空虚もの

死刑云々は措くとして、例の「真相究明の会」やその賛同者のなかに「教団はあれだけの不可解な事件を起こした。教祖はその経緯について真相を語っているようには思えない。その内心にはきっと謎を解く手がかりがあるはずだ。それを知りたいのだ。これは倫理的な使命でもある」という興味や関心や感情があるとすれば、

それは、

超常現象を「体験」させられた(ある程度の知識手段があれば主観的超常現象経験させることはできる)高学歴の人びとが、「何かとんでもないことが起こった」「この男は解脱しているようだ」「世界観が覆ってしまった」と感じて、教祖を圧倒的に不可解な存在(「すごい」)と感じるようになり、つまり教祖に関心をもち、「教祖の考えこそが世界の鍵なのだ」「教祖のようになって世界の真の姿を知りたい」「教祖に近づきたい」「そうすることだけが正しい生き方だ」と感じるのと似ている。戯画的なまでに。

その意味で、あの教祖はやはり(残念ながら最悪の意味において)稀有宗教者として生き、死んでいっているように思える。

そして、

それは本来的な仏教サンガ、つまり釈迦は悟ったらしい」「わたしたち悟りを開きたい、けれどどうすればいいかからない」「釈迦の教えを実践して釈迦の内心に近づこう」「それは正しい生き方なのだ」という運動の発生とも似ている。

あるいは、

神の血を引いているとされる、何の力ももたない人間がすべての権勢を吸引する圧倒的な負圧としてふるまい、その伺い知れぬ「内心」に国民が平伏し生命を捧げてきた国の歴史にも似ている。

もっといえば、

飼い猫の目を覗きこんで、「何かを考えていそうな顔をしている」「きっとこの猫には内心がある」「こちらの思いも通じるはずだ」「心の通いあいこそが尊いのだ」と思う、猫好きな人間にも少し似ている。果たしてその小さな動物に魂や内面はあるのだろうか。

家族で飼っていた猫が死んで眠れない夜に、人は本当に些細なことで宗教的なものに触れてしまうのだろうと思った。

2018-06-14

anond:20180614202147

生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のお富さん

2018-06-09

anond:20180609215540

釈迦思想と異なるとしても、彼には彼の生きた時代背景ってものがあるわけだしね

現代の俺たちが色々考えて改善するのを、彼が生きていたとしたら否定しないと思うけれど

anond:20180609215336

めんどくせえなお前

釈迦の説いた仏教とは決定的に相容れない立場だってことは理解しとけよ

ってとこまで譲歩すりゃ満足か?

anond:20180609214812

釈迦輪廻採用していたかもしれないが俺は採用しないって立場を取るのはあり

えっ、やからそう言っとるやん…?

先人の思想を取り入れつつ自分の考えも入れていかないと進歩とか無いわけだし

anond:20180609213552

釈迦思想輪廻転生と密接な関わりがあるから無理だろ

輪廻転生がなけりゃ生老病死なんて死が全部解決しちまうんだから

釈迦輪廻採用していたかもしれないが俺は採用しないって立場を取るのはあり

anond:20180609213325

聖求経で釈迦涅槃を証得したときに「わが解脱は不動であって、これが最後の生であり、もはや再生することはない」っつってるぞ

どう考えても輪廻を前提としてるだろ

2018-05-21

スーツがお釈迦になったっ!

あれは宇宙人が敵だから救助無理としてもナイフだったら周囲が協力すれば助けれるはずだろ 

細やかな事件でも努力タラ交番表彰してたたえる制度にしてほしいなあ

2018-05-10

anond:20180510152346

昔、自分の子供に悪魔って名前をつけた人がいて物議を醸したときに、どこかの知識人がお釈迦さまも子供悪魔となづけたとか言ってたな。

悪魔とか障害とか、お釈迦さまってひどいネーミングセンスだな。

釈迦様「その子にはラーフラ(障碍)とでも名付けるがいい!」

僕「その子にはガイジとでも名付けるが良い!」

世の中からバッシングを受ける僕。

ふと思ったこと。

ネットしろリアルしろ否定的ではなくて肯定的なことを他人に言うってことは、釈迦の説法を聞かせるよりもずっと尊い事だと思う。

否定的な事を言ったところであなたの親は喜ばないだろうし、肯定的なことを忖度なしに人へ言うのは実際とても勇気がいることだ。

大人になると、当たり前のことが難しい」なんていうけれど、「人のことを真摯に褒める」っていうのがそのうちでも最たるものじゃないのかな?

100個の適切なアドバイスよりも、ひとつ些細な賞賛が、どれだけ一人の人間を救うだろうか。

2018-05-02

anond:20180502221020

同感だね

反出生主義というやつだね

釈迦仏教とも近いものがあると思う

2018-04-29

そりゃ誇りを持って生きたいし仕事をしたい。

しかし誇りを持ってよいレベルというものがある。

あらゆるものごとにはメリットデメリット存在する。

例えばあるアーティストがお客さんを感動させたいと思って、東京ドームライブを開いたりするとしよう。

ときには地球環境を嘆いた真剣な歌を歌うかっこいい姿に客は惚れてしまうかもしれない。

でも、そのライブライトが煌々と輝く会場で行われているのだ。原発もしくは火力発電から得たエネルギーで。

こういう、一方ではよいとされるケースが、他方ではよくないということがそこら中にあると思う。

おそらく人はメリットを基にその仕事プライドを感じるのだと思う。

しかし、あらゆるものごとにはメリットの裏にデメリット存在することを踏まえると、

一体何にプライドを持てるのかわからなくなってくる。

そういうとき、人は子供を作り、その我が子をちゃんと育て上げることにプライドを抱くものだと思う。

子供を育て上げることについては、基本何のデメリットもないとされているからだ。

しかし、私は考えてしまう。今後の日本社会考慮しても、本当にそんなこと言えるのかと。

の子のことを考えると、一定所得約束されている場合ならともかく、どうなのだろう。

まして、その子もまた、こんな風にものごとの解釈に苦しむのかもしれない。

そんなとき、親としてどんな声をかけたものか。

人生は苦である、とお釈迦様はよく言ったものだ。

果たして、私はプライドをどこに持つことができるのだろうか。

そりゃ誇りを持って生きたいし仕事をしたい。

しかし誇りを持ってよいレベルというものがある。

あらゆるものごとにはメリットデメリット存在する。

例えばあるアーティストがお客さんを感動させたいと思って、東京ドームライブを開いたりするとしよう。

ときには地球環境を嘆いた真剣な歌を歌うかっこいい姿に客は惚れてしまうかもしれない。

でも、そのライブライトが煌々と輝く会場で行われているのだ。原発もしくは火力発電から得たエネルギーで。

こういう、一方ではよいとされるケースが、他方ではよくないということがそこら中にあると思う。

おそらく人はメリットを基にその仕事プライドを感じるのだと思う。

しかし、あらゆるものごとにはメリットの裏にデメリット存在することを踏まえると、

一体何にプライドを持てるのかわからなくなってくる。

そういうとき、人は子供を作り、その我が子をちゃんと育て上げることにプライドを抱くものだと思う。

子供を育て上げることについては、基本何のデメリットもないとされているからだ。

しかし、私は考えてしまう。今後の日本社会考慮しても、本当にそんなこと言えるのかと。

の子のことを考えると、一定所得約束されている場合ならともかく、どうなのだろう。

まして、その子もまた、こんな風にものごとの解釈に苦しむのかもしれない。

そんなとき、親としてどんな声をかけたものか。

人生は苦である、とお釈迦様はよく言ったものだ。

果たして、私はプライドをどこに持つことができるのだろうか。

2018-04-25

性の目覚めって地元みたいじゃない?

投稿、下書き無しなので文に乱れがあったり読みにくかったりすると思うけど許して欲しい。

友達と「彼女がいるのにエロ本を買うのはダメか?」と言うことを話していて考えたこと。

個人的な性と半生の話が出てきてあまり公には話せないのでここに書くことに。もしかしたら似たようなこと考えている人がいるのかなって希望も少し。

性の目覚め

最近、どうもエロいので自分の中にあるエロのかたちを一つ一つ考えている。

そのなかで自分の性の目覚めの体験まで遡って考えてみた。

その体験っていうのが幼い頃見た夢なんだけど、その説明のために一応当時のことを書いておく。

当時保育園の年長組だった僕は、おゆうぎかいで確かダンスを踊ることになっていた。男女別で、女子モーニング娘。の「ラブマシーン」だった。衣装黄色いフリフリの服だった。

夢の内容は、その「ラブマシーン」を自分女の子に交ざって踊っている夢だった。

そしてそれを見る両親を僕が見ている夢だった。

「あれ、○○(僕)じゃない?」と母が言い「そんなわけ無いだろ。○○は男の子だよ。」と父が言う。それを僕が見ている。

そんな夢。

まりに強烈だったので起きてからも夢の内容を覚えていて、そしてその事を考えているとなにかドキドキすることに気がついた。

何となく床に下腹部を擦り付けると言い様の無い快感があって、そこから特に話すこともない。

ともかく、学校性教育を受けるまで、僕のエロのすべてがその夢だった。というわけでもない。『ぷよぷよ』の「アルル」も、『ワンピース』の「ナミ」もエロい!と(感覚的に)思えたし、事実それらの女性キャラクターオナニーもした。なんなら同人誌を調べるために新しいマンガに手を出した。乱暴だがその辺から性教育を受けたと言えるだろう。行為言葉意味はわからないけど何となくおっぱいエロかった。

自覚

小学生のころ「オナニー」とか「セックス」の意味辞書で調べるノリがあった。自分の「オナニー」とは違ったのでピンと来るのに時間がかかった。自分のしている(た)「オナニー」がおかしいと感じ、“あの夢”は悪夢になった。

時は流れて大学生の頃の話。

親元を離れて独り暮らしを始めた僕は、おそらく多くの童貞がそういう道を通っているように、ただれた性生活を始めた。片端からエロサイトを見て、pixiv2ちゃんねるTwitterを行き来した。エロ本オナホールを買ってきては友人たちにレビューを聞かせた。よくいるエロいやつだ。多分普通と少しだけ違ったことは、いくつかの特殊性癖にも精通したことだと思う。

ケモノ男の娘ペドフィリア、みたいなある程度メジャー特殊性癖でヌけるようになったところで、大学の先輩から「なんでそんなもんでヌいてんの?」と聞かれた。

キツネ娼年ロリと俺がエロいからです」とふざけた。

しばらく先輩の「なんで?」が引っ掛かっていた。先輩には悪いが、遅効性の毒みたいだった。最初はただの好奇心ちょっとした虚栄心だったと思う。自分の知らないエロ世界に触れて、粋がりたかったのだろう。男の子世界には「面白いやつとエロいやつが強い」という不文律がある。特殊性癖は「エロくて面白くなる」上で大きな武器だった。

「なんで?」の毒が回りきった頃、自分性癖分析を始めた。その性癖を初めてエロい!と感じた画像動画を覚えている限りもう一度インターネットから探してきた。そしてそれらの要素を抽出して、どこがエロいのか?を考察していった。

すると大学に入ってから意図的に開発した性癖に関して興奮のポイントに二つの共通点を見つけた。

・犯される側に感情移入している

・弱さ、危うさを無意識に感じている

心理学とかはやってないので精神分析とかではないけれど、当時はただドMなだけだと思っていた。

ふと思い出すと“あの夢”は女装と両親との関係崩壊を“エロく”感じる夢だった。

女体化」にであったときに強い憧れに似た興奮を覚えたのも、露出赤面した少女画像ばかり集めていたのも、当然の成り行きみたいにMに目覚めたのも多分深いところであの夢に繋がっているような気がした。

今思えばエロくなろうとしたのは仲間内地位をあげるためじゃなくて、あの夢から逃げていたんだと思う。でも結局お釈迦様の手のひらの上で飛び回る孫悟空みたいに、僕は“あの夢”に囚われていた。良くも、悪くも。

まとめ

性癖故郷があるなら僕は女装とか羞恥とかの村に生まれたんだと思う。少し一般から外れてはいるが“なんとかなる”部類だ。

これが食人とかスカトロの村だったら、多分とっても大変だったんじゃないかなって感じる。

最近同性愛が認められててうれしいけど、性的指向と比べ性的趣向は未だに犯罪者枠だ。

被害を受けた人や性癖を持たない人が訳のわからない性癖気持ち悪く思うのも理解できるし、特殊性癖をもろ手をあげて歓迎しろ!なんて言うつもりはない。だって気持ち悪いし。

でも痴漢の村に生まれたおじさんはお金を払ってイメクラに行くべきだし、ネトラレの村に生まれた兄ちゃんエロ本を買うべきだと思う。それだけじゃなくて彼らが村から出ようとするなら恋人がそれを助けてあげてもいい。でもその努力って絶対隠れてするし、なんなら持ってることすら気づかれたくないから「エロ本を買った」「風俗に行った」だけが表面に出て崩壊ちゃうんじゃないかな。

普通グラビアおっぱいで目覚めて、部活マネージャーと付き合って、大学の後輩と結婚するタイプ友達には理解されない話だけど、僕みたい(いわゆる「普通」の)異性愛者の村に上京することができた、そこ以外の村の人ってけっこういると思うし、「彼女がいるのにエロ本を買うのはダメだ」という人は一夫一妻の異性愛者村に生まれた人の価値観なんじゃないかなぁ。

自分の性の目覚めと今の性癖って意外と(もしくは当然)近いものだと思う。

性癖が変わるって前提も変だけど、地元から出る人もずっと住んでる人もいるし、たまに帰省するくらい許してあげて欲しい。

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