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2018-01-16

陰茎が小さくて悩んでいる

ヤ○ー知恵袋や他のインターネットには恥ずかしくて書けなくてここに来た。

当方24男性彼女いたことなし。性交渉経験もなし。自分の陰茎が貧相なことに悩んでいる。

通常時は小指の第2関節までくらいしかない。太さもちょうどそれくらい。

勃起しても長さは6cmあるかないかくらい。太さは小さい方のスティックのりほど。

射精機能自体問題はないが、こんなんじゃ恥ずかしくて女性の前で服が脱げない。

性交も、興味より先に恐怖が来る。

陰茎が小さくて喜ぶ女性が世の中にどれくらいいるんだ。

病院行った方がいいんだろうか、とも思うけど、チン○が小さいですなんて言って病院行く奴いるのか。そして、治る(大きくなる)ものなんだろうか。

こんな増田ですまないけれど、アラサーが見えてきた今、そろそろ自分の息子と向き合うときが来たような気がしている。

誰か助けてくれ。

2018-01-14

バクテー(まとめサイト


ポークリブスペアリブ用の骨付き豚肉) 600g

もも肉の塊 400g

にんにく 1個

シナモンスティック 1本 

スターアニス 5個

クローブ 10

黒こしょう粒 大さじ2

チンピ(陳皮) 2、3切れ

薄口しょうゆ 1/2カップ

砂糖1/4カップと濃口しょうゆ1/4カップを10分ほど煮詰めたもの

塩、粗挽き黒こしょう 適宜

スペアリブ(骨付き豚肉) 600g

大根  1/2本

にんにく 1個

しょうが 1片

シナモンスティック 1本

スターアニス 4個

クローブ   10

カルダモン  3粒

黒こしょう粒 大さじ2

チンピ(陳皮)あれば  2、3切れ

クコの実   20粒くらい

薄口しょうゆ 1/2カップ

砂糖     少々

粗挽き黒こしょう 適量(たっぷり

2018-01-13

この記事は半保護されています。(半保護の方針による半保護) ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven Beethoven.jpg 基本情報 別名 楽聖 生誕 1770年12月16日頃 出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン 死没 1827年3月26日(56歳没) オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン ジャンル 古典派音楽 活動期間 1792 - 1827 ベートーヴェンのサイン ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。 目次 [非表示] 1 生涯 2 作風 2.1 初期 2.2 中期 2.3 後期 3 後世の音楽家への影響と評価 4 芸術観 5 思想 6 人物 6.1 名前 6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー 7 死因また健康について 7.1 聴覚障害について 8 親族 9 弟子 10 代表作 10.1 交響曲(全9曲) 10.2 管弦楽曲 10.3 協奏曲、協奏的作品 10.4 室内楽曲 10.5 ピアノ曲 10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 10.7 宗教曲 10.8 歌曲 11 著作 12 伝記 13 脚注 14 参考文献 15 関連項目 16 外部リンク 16.1 録音ファイル 16.2 伝記 生涯 ベートーヴェン(1803年) 1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。 1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。 1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。 20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。 1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。 40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。 1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。 作風 初期 作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。 中期 1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。 中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。 これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。 後期 1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。 後世の音楽家への影響と評価 ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。 ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。 中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。 一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。 芸術観 同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。 ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。 思想 ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。 また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。 政治思想的には自由主義者であり、リベラル進歩的政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。 その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。 人物 身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。 基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。 当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。 潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。 性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。 師ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。 パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。 テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。 交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。 聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。 死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。 これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。 メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。 彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。 パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。 コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。 名前 原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。 日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。 姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。 vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。 偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。 ベートーヴェンフリーメイソンリー 詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照 死因また健康について 慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。 ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。 1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。 聴覚障害について 難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。 耳硬化症説 伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。 又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。 先天性梅毒説 「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。 鉛中毒説 上載の死因また健康についてを参照。 メッテルニヒ政権説 ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。 有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。 デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。 完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。 親族 祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版) フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。 祖母:マリア・ヨゼファ 父:ヨハン 母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。 弟:カスパール・アントンカール 甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。 弟:ニコラウス・ヨーハン 同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。 弟カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。 弟子 カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。 フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。 ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。 ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。 アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。 代表作 詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照 交響曲(全9曲) 第1番 ハ長調 op.21 第2番 ニ長調 op.36 第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13] 第4番 変ロ長調 op.60 第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13] 第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12] 第7番 イ長調 op.92 第8番 ヘ長調 op.93 第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13] 管弦楽曲 『レオノーレ』序曲第1番 op.138 『レオノーレ』序曲第3番 op.72b 序曲『コリオラン』ハ短調 op.62 交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91 『命名祝日』序曲 op.115 『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113 『献堂式』序曲 ハ長調op.124 協奏曲、協奏的作品 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12] ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61 ロマンス第1番 ト長調 op.40 ロマンス第2番 ヘ長調 op.50 三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56 合唱幻想曲 ハ短調 op.80 室内楽曲 弦楽四重奏曲(全16曲) 第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1 第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2 第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3 第10番 変ホ長調(ハープ) op.74 第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95 第12番 変ホ長調 op.127 第13番 変ロ長調 op.130 大フーガ 変ロ長調 op.133 第14番 嬰ハ短調 op.131 第15番 イ短調 op.132 第16番 ヘ長調 op.135 弦楽五重奏曲 (全3曲) ヴァイオリンソナタ(全10曲) 第5番 ヘ長調 『春』 op.24 第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47 チェロソナタ(全5曲) ピアノ三重奏曲(全7曲) 第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1 第7番 変ロ長調『大公』 op.97 その他の室内楽曲 ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17 六重奏曲 op.81b 七重奏曲 変ホ長調 op.20 管楽八重奏曲 op.103 ピアノ曲 ピアノソナタ(全32曲)   第8番 ハ短調『悲愴』 op.13 第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13] 第15番 ニ長調 『田園』 第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2 第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53 第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13] 第26番 変ホ長調『告別』 op.81a 第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106 第30番 ホ長調 op.109 第31番 変イ長調 op.110 第32番 ハ短調 op.111 その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等) 創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34 創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35 『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78 『ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79 創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80 創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76 ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120 アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57 幻想曲 op.77 ポロネーズ ハ長調 op.89 7つのバガテル op.33 11の新しいバガテル op.119 6つのバガテル op.126 バガテル『エリーゼのために』 WoO.59 本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品 歌劇『フィデリオ』 op.72c 劇付随音楽『エグモント』op.84 劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113 バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43 オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85 カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112 別れの歌 皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87 宗教曲 ミサ曲 ハ長調 op.86 ミサ・ソレムニス ニ長調 [12]  修道僧の歌 歌曲 アデライーデ op.46 汝を愛す 鶉の鳴き声 新しい愛、新しい生 口づけ 追憶 懺悔の歌 モルモット(旅芸人) 連作歌曲集『遥かなる恋人に寄す』 op.98 曇りのち、快晴 著作 『ベートホーヴェンの手紙』 外山楢夫訳、新しき村出版部、1926年。 『ベートーヷンの手紙』 中西武夫訳、啓明社、1928年。 『ベートーヷン書翰集』 中西武夫訳、啓明社、1930年。 『ベートーヴェンの手紙』第1編、鈴木賢之進訳、音楽世界社〈楽聖書簡叢書〉、1936年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫 2579-2581〉、1940年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎選訳、岩波書店岩波文庫〉、1950年。 『ベートーヴェン書簡集』 小松雄一郎訳、岩波書店岩波文庫〉、1957年、改訂増補版。 - 附:

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ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

曖昧さ回避ベートーヴェンベートーベン、ヴァン・ベートーヴェン」はこの項目へ転送されています。その他の用法については「ベートーヴェン (曖昧さ回避)」をご覧ください。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

Ludwig van Beethoven

Beethoven.jpg

基本情報

別名 楽聖

生誕 1770年12月16日

出身地 神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ボン

死没 1827年3月26日(56歳没)

オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ウィーン

ジャンル 古典派音楽

活動期間 1792 - 1827

ベートーヴェンのサイン

ウィキポータル クラシック音楽 ポータル クラシック音楽

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven、標準ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンに近い[1]、1770年12月16日頃[2] - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。J.S.バッハ等と並んで音楽史上極めて重要な作曲家であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされている。

目次 [非表示]

1 生涯

2 作風

2.1 初期

2.2 中期

2.3 後期

3 後世の音楽家への影響と評価

4 芸術観

5 思想

6 人物

6.1 名前

6.2 ベートーヴェンフリーメイソンリー

7 死因また健康について

7.1 聴覚障害について

8 親族

9 弟子

10 代表作

10.1 交響曲(全9曲)

10.2 管弦楽曲

10.3 協奏曲、協奏的作品

10.4 室内楽曲

10.5 ピアノ曲

10.6 オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

10.7 宗教曲

10.8 歌曲

11 著作

12 伝記

13 脚注

14 参考文献

15 関連項目

16 外部リンク

16.1 録音ファイル

16.2 伝記

生涯

ベートーヴェン(1803年)

1770年12月16日頃、神聖ローマ帝国ケルン大司教領(現ドイツ領)のボンにおいて、父ヨハンと、宮廷料理人の娘である母マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)の長男[3]として生まれる。ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であり、幼少のベートーヴェンも慕っていた、祖父ルートヴィヒの援助により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手(テノール)[4]であったが、元来無類の酒好きであったために収入は途絶えがちで、1773年に祖父が亡くなると生活は困窮した。1774年頃よりベートーヴェンは父からその才能を当てにされ、虐待とも言えるほどの苛烈を極める音楽のスパルタ教育を受けたことから、一時は音楽そのものに対して強い嫌悪感すら抱くようにまでなってしまった。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年11歳の時よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

1787年、16歳のベートーヴェンウィーンに旅し、かねてから憧れを抱いていたモーツァルトを訪問したが、最愛の母マリアの危篤の報を受けてボンに戻った。母はまもなく死没し(肺結核)[5]、母の死後は、アルコール依存症となり失職した父に代わり、いくつもの仕事を掛け持ちして家計を支え、父や幼い兄弟たちの世話に追われる苦悩の日々を過ごした。

1792年7月、ロンドンからウィーンに戻る途中ボンに立ち寄ったハイドンにその才能を認められて弟子入りを許され、11月にはウィーンに移住し(12月に父死去)、まもなく、ピアノ即興演奏の名手(ヴィルトゥオーゾ)として広く名声を博した。

20歳代後半ごろより持病の難聴(原因については諸説あり、鉛中毒説が通説)が徐々に悪化、28歳の頃には最高度難聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死にも等しい絶望感から、1802年には『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたため自殺も考えたが、彼自身の芸術(音楽)への強い情熱をもってこの苦悩を乗り越え、再び生きる意欲を得て新たな芸術の道へと進んでいくことになる。

1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(ロマン・ロランによる表現)と呼ばれる時期となる。その後、ピアニスト兼作曲家から、完全に作曲専業へと移った。

40歳頃(晩年の約15年)には全聾となっり、更に神経性とされる持病の腹痛や下痢にも苦しめられた。加えて、度々非行に走ったり自殺未遂を起こすなどした甥カールの後見人として苦悩するなどして一時作曲が停滞したが、そうした苦悩の中で書き上げた交響曲第9番や『ミサ・ソレムニス』といった大作、ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲等の作品群は彼の未曾有の境地の高さを示すものであった。

1826年12月に肺炎を患ったことに加え、黄疸も併発するなど病状が急激に悪化し、以後病臥に伏す。病床の中で10番目の交響曲に着手するも未完成のまま翌1827年3月26日、肝硬変のため56年の生涯を終えた。その葬儀には2万人もの人々が参列するという異例のものとなった。この葬儀には、翌年亡くなるシューベルトも参列している。

作風

初期

作曲家としてデビューしたての頃は耳疾に悩まされることもなく、古典派様式に忠実な明るく活気に満ちた作品を書いていた。この作風は、ハイドンモーツァルトの強い影響下にあるためとの指摘もある[6]。

中期

1802年の一度目の危機とは、遺書を書いた精神的な危機である。ベートーヴェンはこの危機を、ウィーン古典派の形式を再発見する事により脱出した。つまりウィーン古典派の2人の先達よりも、素材としての動機の発展や展開・変容を徹底して重視し、形式的・構成的なものを追求した。この後は中期と呼ばれ、コーダの拡張など古典派形式の拡大に成功した。

中期の交響曲はメヌエットではなくスケルツォの導入(第2番以降)、従来のソナタ形式を飛躍的に拡大(第3番)、旋律のもととなる動機やリズムの徹底操作(第5、7番)、標題的要素(第6番)、楽章の連結(第5、6番)、5楽章形式(6番)など、革新的な技法を編み出している。その作品は、古典派の様式美とロマン主義とをきわめて高い次元で両立させており、音楽の理想的存在として、以後の作曲家に影響を与えた。第5交響曲に典型的に示されている「暗→明」、「苦悩を突き抜け歓喜へ至る」という図式は劇性構成の規範となり、後のロマン派の多くの作品がこれに追随した。

これらのベートーヴェンの要求は必然的に「演奏人数の増加」と結びつき、その人数で生み出される人生を鼓舞するかのような強音やすすり泣くような弱音は多くの音楽家を刺激した。

後期

1818年の二度目の危機の時には後期の序曲集に代表される様にスランプに陥っていたが、ホモフォニー全盛であった当時においてバッハの遺産、対位法つまりポリフォニーを研究した。対位法は中期においても部分的には用いられたが、大々的に取り入れる事に成功し危機を乗り越えた。変奏曲やフーガはここに究められた。これにより晩年の弦楽四重奏曲ピアノソナタ、『ミサ・ソレムニス』、『ディアベリ変奏曲』、交響曲第9番などの後期の代表作が作られた。

後世の音楽家への影響と評価

ベートーヴェンの音楽界への寄与は甚だ大きく、彼以降の音楽家は大なり小なり彼の影響を受けている。

ベートーヴェン以前の音楽家は、宮廷や有力貴族に仕え、作品は公式・私的行事における機会音楽として作曲されたものがほとんどであった。ベートーヴェンはそうしたパトロンとの主従関係(および、そのための音楽)を拒否し、大衆に向けた作品を発表する音楽家の嚆矢となった。音楽家=芸術家であると公言した彼の態度表明、また一作一作が芸術作品として意味を持つ創作であったことは、音楽の歴史において重要な分岐点であり革命的とも言える出来事であった。

中でもワーグナーは、ベートーヴェン交響曲第9番における「詩と音楽の融合」という理念に触発され、ロマン派音楽の急先鋒として、その理念をより押し進め、楽劇を生み出した。また、その表現のため、豊かな管弦楽法により音響効果を増大させ、ベートーヴェンの用いた古典的な和声法を解体し、トリスタン和音に代表される革新的和声で調性を拡大した。

一方のブラームスは、ロマン派の時代に生きながらもワーグナー派とは一線を画し、あくまでもベートーヴェンの堅固な構成と劇的な展開による古典的音楽形式の構築という面を受け継ぎ、ロマン派の時代の中で音楽形式的には古典派的な作風を保った。しかし、旋律や和声などの音楽自体に溢れる叙情性はロマン派以外の何者でもなかった。また、この古典的形式における劇的な展開と構成という側面はブラームスのみならず、ドヴォルザークチャイコフスキー、20世紀においてはシェーンベルクバルトークプロコフィエフショスタコーヴィチラッヘンマンにまで影響を与えている。

芸術観

同時代のロマン派を代表する芸術家E.T.A.ホフマンは、ベートーヴェンの芸術を褒め称え、自分たちロマン派の陣営に引き入れようとしたが、ベートーヴェンは当時のロマン派の、形式的な統一感を無視した、感傷性と感情表現に代表される芸術からは距離を置いた。ベートーヴェンが注目したものは、同時代の文芸ではゲーテやシラー、また古くはウィリアム・シェイクスピアらのものであり、本業の音楽ではバッハ、ヘンデルモーツァルトなどから影響を受けた[7]。

ベートーヴェンが「前衛」であったのかどうかは、多くの音楽学者で見解が分かれる。原博は「ベートーヴェンは前衛ではない」と言い切り[8]、彼は当時の「交響曲」「協奏曲」「ソナタ」「変奏曲」などの構造モデルに準拠し、発案した新ジャンルというものは存在しない。ただし、「メトロノームの活用」「母語での速度表示」「ピアノの構造強化と音域の拡張」「楽曲の大規模化」「大胆な管弦楽法」「演奏不可能への挑戦」「騒音の導入(戦争交響曲)」など、後世の作曲家に与えた影響は計り知れないものがある。

思想

ベートーヴェンカトリックであったが敬虔なキリスト教徒とはいえなかった。『ミサ・ソレムニス』の作曲においてさえも「キリストなどただの磔(はりつけ)にされたユダヤ人に過ぎない」と発言した。ホメロスプラトンなどの古代ギリシア思想に共感し、バガヴァッド・ギーターを読み込むなどしてインド哲学に近づき、ゲーテやシラーなどの教養人にも見られる異端とされる汎神論的な考えを持つに至った。彼の未完に終わった交響曲第10番においては、キリスト教的世界と、ギリシア的世界との融合を目標にしていたとされる。これはゲーテが『ファウスト』第2部で試みたことであったが、ベートーヴェンの生存中は第1部のみが発表され、第2部はベートーヴェンの死後に発表された。権威にとらわれない宗教観が、『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番につながった。

また哲学者カントの思想にも触れ、カントの講義に出席する事も企画していたといわれる[7]。

政治思想的には自由主義者であり、リベラルで進歩的な政治思想を持っていた。このことを隠さなかったためメッテルニヒウィーン体制では反体制分子と見られた。

その他にも、天文学についての書物を深く読み込んでおり、彼はボン大学での聴講生としての受講やヴェーゲナー家での教育を受けた以外正規な教育は受けていないにも関わらず、当時において相当の教養人であったと見られている。

人物

身長は165cm前後と当時の西洋人としては中背ながら、筋肉質のがっしりとした体格をしていた。肌は浅黒く、天然痘の瘢痕があったとされるが、肖像画や銅像、ライフマスクや近年明らかとなった多彩な女性関係などから容貌は美男とは言えないものの、さほど悪くなかったのではないかと思われる。表情豊かで生き生きした眼差しが人々に強い印象を与え多くの崇拝者がいた。

基本的に服装には無頓着であり、若い頃には着飾っていたものの、歳を取ってからは一向に構わなくなった。弟子のツェルニーは初めてベートーヴェンに会った時、「ロビンソン・クルーソーのよう」、「黒い髪の毛は頭の周りでもじゃもじゃと逆立っている」という感想を抱いたと言われる。また作曲に夢中になって無帽で歩いていたため、浮浪者誤認逮捕されてウィーン市長が謝罪する珍事も起こった。部屋の中は乱雑であった一方、入浴と洗濯を好むなど綺麗好きであったと言われる。また生涯で少なくとも60回以上引越しを繰り返したことも知られている。

当時のウィーンではベートーヴェンが変わり者であることを知らない者はいなかったが、それでも他のどんな作曲家よりも敬愛されており、それは盛大な葬儀と多数の参列者を描いた書画からも伺える。しかし、「ベートーヴェン変人説」も、メッテルニヒ政権によるデマであるとする見解もある。

潔癖症で手を執拗に洗うところがあった。

性格は矛盾と言っても差し支えのない正反対な側面があった。人づきあいにおいて、ことのほか親切で無邪気かと思えば、厳しく冷酷で非道な行動に出るなどと気分の揺れが激しかった。親しくなると度が過ぎた冗談を口にしたり無遠慮な振る舞いを見せたりすることが多かったため、自分本位で野蛮で非社交的という評判であったとされている。これもどこまで真実なのかは定かではないが、ピアノソナタ・ワルトシュタインや弦楽四重奏曲・大フーガつきの出版に際して、出版社の「カット」命令には律儀に応じている。癇癪持ちであったとされ、女中(女性)に物を投げつけるなどしばしば暴力的な行動に出ることもあったという。

ハイドンに、楽譜に「ハイドンの教え子」と書くよう命じられた時は、「私は確かにあなたの生徒だったが、教えられたことは何もない」と突っぱねた。

パトロンカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵には、「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎない。私が今あるのは私自身の努力によってである。これまで侯爵は数限りなくいたし、これからももっと数多く生まれるだろうが、ベートーヴェンは私一人だけだ!」と書き送っている。(1812年)この「場を全くわきまえない」発言の数々はメッテルニヒ政権成立後に仇となり、大編成の委嘱が遠ざかる。

テプリツェでゲーテと共に散歩をしていて、オーストリア皇后・大公の一行と遭遇した際も、ゲーテが脱帽・最敬礼をもって一行を見送ったのに対し、ベートーヴェンは昂然(こうぜん)として頭を上げ行列を横切り、大公らの挨拶を受けたという。後にゲーテは「その才能には驚くほかないが、残念なことに不羈(ふき)奔放な人柄だ」とベートーヴェンを評している。

交響曲第5番の冒頭について「運命はこのように戸を叩く」と語ったことや、ピアノソナタ第17番が“テンペスト”と呼ばれるようになったいきさつなど、伝記で語られるベートーヴェンの逸話は、自称「ベートーヴェンの無給の秘書」のアントンシンドラーの著作によるものが多い。しかし、この人物はベートーヴェンの死後、ベートヴェンの資料を破棄したり改竄(かいざん)を加えたりしたため、現在ではそれらの逸話にはあまり信憑性が認められていない。

聴覚を喪失しながらも音楽家として最高の成果をあげたことから、ロマン・ロランをはじめ、彼を英雄視・神格化する人々が多く生まれた。

死後、「不滅の恋人」宛に書かれた1812年の手紙が3通発見されており、この「不滅の恋人」が誰であるかについては諸説ある。テレーゼ・フォン・ブルンスヴィック(独語版)やその妹ヨゼフィーネ(独語版)等とする説があったが、現在ではメイナード・ソロモン(en:Maynard Solomon)らが提唱するアントニエ・ブレンターノ(独語版)(クレメンス・ブレンターノらの義姉、当時すでに結婚し4児の母であった)説が最も有力である。しかし、「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]のような、これらの定説を覆す新たな研究も生まれている。

これらは氷山の一角に過ぎず、20-30代でピアニストとして一世を風靡していたころは大変なプレイボーイであり、多くの女性との交際経験があった。この行動を模倣した人物に、後年のフランツ・リストがいる。

メトロノームの価値を認め、初めて活用した音楽家だといわれている。積極的に数字を書き込んだために、後世の演奏家にとって交響曲第9番ハンマークラフィーアソナタのメトロノーム記号については、多くの混乱が生まれている。

彼はイタリア語ではなく、母語ドイツ語で速度表示を行った最初の人物である。この慣習の打破はあまり歓迎されず、多くの当時の作曲家も速度表示にはイタリア語を用い、本人も短期間でイタリア語に戻している。

パンと生卵を入れて煮込んだスープや、魚料理に肉料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたものが大好物であった。またワインを嗜み、銘柄は安物のトカイワインを好んでいた。父親に似て大の酒好きであり、寿命を縮めることになったのは疑いがない。

コーヒーは必ず自ら豆を60粒数えて淹れたという[10]。

名前

原語であるドイツ語ではルートゥヴィヒ・ファン・ベートホーフェン ドイツ語発音: [ˈluːtvɪç fan ˈbeːthoːfən] ( 音声ファイル)と発音される。

日本では明治時代の書物の中には「ベートーフェン」と記したものが若干あったが、ほどなく「ベートーヴェン」という記述が浸透していき、リヒャルト・ワーグナーのように複数の表記が残る(ワーグナーヴァーグナー、ワグネル)こともなかった。唯一の例外は、NHKおよび教科書における表記の「ベートーベン」である。

姓に“van”がついているのは、ベートーヴェン家がネーデルラントフランドル)にルーツがあるためである(祖父の代にボンに移住)。vanがつく著名人といえば、画家のヴァン・ダイク(van Dyck)、ファン・エイク(van Eyck)、ファン・ゴッホ(van Gogh)などがいる。

vanはドイツ語オランダ語では「ファン」と発音されるが、貴族を表す「von(フォン)」と間違われることが多い。「van」は単に出自を表し、庶民の姓にも使われ、「van Beethoven」という姓は「ビート(Beet)農場(Hoven)主の」という意味に過ぎない。しかしながら、当時のウィーンではベートーヴェンが貴族であると勘違いする者も多かった。

偉大な音楽家を意味する「楽聖」という呼称は古くから存在するが、近代以降はベートーヴェンをもって代表させることも多い。例えば3月26日の楽聖忌とはベートーヴェンの命日のことである。

ベートーヴェンフリーメイソンリー

詳細は「フリーメイソン#ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を参照

死因また健康について

慢性的な腹痛や下痢は終生悩みの種であった。死後に行われた解剖では肝臓、腎臓、脾臓、他、多くの内臓に損傷が見られた。これらの病の原因については諸説あり、定説はない。近年、ベートーヴェンの毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されて注目を集めた。鉛は聴覚や精神状態に悪影響を与える重金属であるが、ベートーヴェンがどのような経緯で鉛に汚染されたかについても諸説あり、以下のごとくである。

ワインの甘味料として用いられた酢酸鉛とする説。

1826年の1月から、肝障害による腹水治療を行ったアンドレアス・ヴァヴルフ医師が、腹部に針で穿刺して腹水を排水した際、毛髪の分析結果では腹部に穿孔するたびに鉛濃度が高くなっていることから、傷口の消毒のために使用された鉛ではないかとする説。

聴覚障害について

難聴(40歳頃には全聾となった)の原因については諸説[11]ある。

耳硬化症説

伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が硬化して、振動を伝達できず、音が聞こえなくなる難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえていなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部の振動は僅かに感じ取ることが出来る性質にあると考えられる。

又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。

先天性梅毒説

「蒸発性の軟膏を体に塗り込んだ(水銀の可能性。当時梅毒の治療法の一つ)」という記述がある為に、論拠とされている。しかし、後にベートーヴェンの毛髪を分析した結果、水銀は検出されず、又、梅毒は眩暈(めまい)の症状を併発するにも関わらず、そうした話が無い為に、先天性梅毒説は説得力の乏しいものとなっている。

鉛中毒説

上載の死因また健康についてを参照。

メッテルニヒ政権説

ベートーヴェンが難聴であっても完全に失聴していたかどうかは、21世紀の現代では疑問視する声が大きい。ベートーヴェンは1820年代のメッテルニヒ政権ではブラックリストに入れられたため、盗聴を防ぐために「筆談帳」を使った可能性は大きい。その延長として「ベートーヴェンは暗号を用いていた」という仮説に基づく「秘密諜報員ベートーヴェン」[9]という書籍が出版された。

有名な逸話に「女中に卵を投げつけた」という類の物が残されているが、これは「女中に変装したスパイ」への正当防衛であるという見解がある。

デビューほやほやのリストの演奏に臨み、彼を高く評価したのは、もし失聴していれば出来ない行為である。

完全失聴や聴覚障害を患った作曲家に、ボイスやフォーレがいるが、彼らの作曲活動はその後伸び悩んでいるのに対し、失聴したベートーヴェンはその間に多くの重要作を書いている。

親族

祖父:ルートヴィヒ同姓同名) (英語版)

フランドル地方メヘレン出身。ケルン大司教(選帝侯)クレメンスアウグストに見出され、21歳でボンの宮廷バス歌手、後に宮廷楽長となった。

祖母:マリア・ヨゼファ

父:ヨハン

母:マリア・マグダレーナ(ドイツ語版)  ヨハンとは再婚(初婚は死別)。肺結核により死去。

弟:カスパール・アントンカール

甥:カールドイツ語版)  カスパールの息子。1806年生まれ~1858年没。1826年にピストル自殺未遂事件を起こす。

弟:ニコラウス・ヨーハン

同姓同名の兄や妹2人がいるがすぐになくなっている。

カールの血筋が現在も残ってはいるが、ベートーヴェン姓は名乗っていない。カールの直系子孫の一人であるカール・ユリウス・マリア・ヴァン・ベートーヴェン(1870年5月8日生まれ)が1917年12月10日に他界したのを最後に、ベートーヴェン姓を名乗る子孫は途絶えている。

弟子

カール・ツェルニー - クラヴィア奏者・作曲家。

フェルディナント・リース - ボンのクラヴィア奏者・作曲家。

ルドルフ大公 - ベートーヴェンの最大のパトロン。のちにオルミュッツ大司教。弟子としては唯一、ベートーヴェンが彼のために曲を書いている。

ドロテア・エルトマン男爵夫人 - メンデルスゾーンと交流。

アントンシンドラー - 秘書だが、弟子とされることがある。

代表作

詳細は「ベートーヴェンの楽曲一覧」を参照

交響曲(全9曲)

第1番 ハ長調 op.21

第2番 ニ長調 op.36

第3番 変ホ長調エロイカ(英雄)』 op.55[12][13]

第4番 変ロ長調 op.60

第5番 ハ短調 (運命) op.67 [12][13]

第6番 ヘ長調 『田園』 op.68 [12]

第7番 イ長調 op.92

第8番 ヘ長調 op.93

第9番 ニ短調 (合唱付き) op.125 [12][13]

管弦楽曲

『レオノーレ』序曲第1番 op.138

『レオノーレ』序曲第3番 op.72b

序曲『コリオラン』ハ短調 op.62

交響曲『ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』 op.91

『命名祝日』序曲 op.115

『アテネの廃墟』序曲 ハ長調op.113

『献堂式』序曲 ハ長調op.124

協奏曲、協奏的作品

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 『皇帝』 op.73 [12]

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61

ロマンス第1番 ト長調 op.40

ロマンス第2番 ヘ長調 op.50

三重協奏曲(ピアノヴァイオリン・チェロのための)ハ長調 op.56

合唱幻想曲 ハ短調 op.80

室内楽曲

弦楽四重奏曲(全16曲)

第7番 ヘ長調(ラズモフスキー第1番) op.59-1

第8番 ホ短調(ラズモフスキー第2番) op.59-2

第9番 ハ長調(ラズモフスキー第3番) op.59-3

第10番 変ホ長調(ハープ) op.74

第11番 ヘ短調『セリオーソ』 op.95

第12番 変ホ長調 op.127

第13番 変ロ長調 op.130

大フーガ 変ロ長調 op.133

第14番 嬰ハ短調 op.131

第15番 イ短調 op.132

第16番 ヘ長調 op.135

弦楽五重奏曲 (全3曲)

ヴァイオリンソナタ(全10曲)

第5番 ヘ長調 『春』 op.24

第9番 イ長調 『クロイツェル』 op.47

チェロソナタ(全5曲)

ピアノ三重奏曲(全7曲)

第5番 ニ長調『幽霊』 op.70-1

第7番 変ロ長調『大公』 op.97

その他の室内楽曲

ホルン・ソナタ ヘ長調 op.17

六重奏曲 op.81b

七重奏曲 変ホ長調 op.20

管楽八重奏曲 op.103

ピアノ曲

ピアノソナタ(全32曲)  

第8番 ハ短調『悲愴』 op.13

第14番 嬰ハ短調 『月光』 op.27-2 [13]

第15番 ニ長調 『田園』

第17番 ニ短調『テンペスト』 op.31-2

第21番 ハ長調 『ヴァルトシュタイン』op.53

第23番 ヘ短調 『熱情』 op.57 [12][13]

第26番 変ホ長調『告別』 op.81a

第29番 変ロ長調ハンマークラヴィーア』 op.106

第30番 ホ長調 op.109

第31番 変イ長調 op.110

第32番 ハ短調 op.111

その他のピアノ曲(変奏曲、バガテル等)

創作主題による6つの変奏曲 ヘ長調 op.34

創作主題による15の変奏曲とフーガ(エロイカ変奏曲)変ホ長調 op.35

『ゴッド・セイヴ・ザ・キング』の主題による7つの変奏曲 ハ長調 WoO.78

ルール・ブリタニア』の主題による5つの変奏曲 ニ長調 WoO.79

創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

創作主題による6つの変奏曲 ニ長調 op.76

ディアベリのワルツによる33の変容(ディアベリ変奏曲) ハ長調 op.120

アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57

幻想曲 op.77

ポロネーズ ハ長調 op.89

7つのバガテル op.33

11の新しいバガテル op.119

6つのバガテル op.126

バガテル『エリーゼのために』 WoO.59

本来の曲名は『テレーゼのために』であった、という説が有力視されている。

オペラ、劇付随音楽、その他の声楽作品

歌劇『フィデリオ』 op.72c

劇付随音楽『エグモント』op.84

劇付随音楽『アテネの廃墟』 op.113

バレエ音楽プロメテウスの創造物』 op.43

オラトリオ『オリーヴ山上のキリスト』 op.85

カンタータ『静かな海と楽しい航海』 op.112

別れの歌

皇帝ヨーゼフ2世の為の葬送カンタータ WoO.87

宗教曲

ミサ曲 ハ長調 op.86

ミサ・ソレムニス ニ長調 [12] 

修道僧の歌

歌曲

アデライーデ op.46

汝を愛す

鶉の鳴き声

新しい愛、新しい生

口づけ

追憶

懺悔の歌

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2018-01-10

anond:20180109224646

当方医療学部生。

勉強で忙しいので飯を作る暇もなく、かといって金もない。

しかし、身体ベスト状態で維持する必要もある。

そんな中で私が実践してるのが下記の食生活

味や食の楽しみはほぼ無視している。


[朝]

ネイチャーメイド マルチビタミンミネラル(錠剤1回分)

https://www.otsuka.co.jp/nmd/product/item_101/

大豆タンパク質(20g) 水に溶かして飲む。



[昼]

トップバリュライトミール(1箱)

https://www.topvalu.net/items/detail/4902121724314

ブレンディー スティックココア(1杯)

http://www.agf.co.jp/lineup/blendy/13308.html

食物繊維10g [難分解性デキストリン:粉末セルロース=1:2])

食物繊維は水に溶かすかココアに溶かして飲む)


[夜]

マルちゃん正麺(1袋) 汁はほぼ飲まない

食物繊維10g

大豆タンパク質20g


[おやつor夜食]

トップバリュライトミール(0.5~1箱)

ブレンディー スティックココア(1杯)


週に1度ぐらいすき家外食してる。

食物繊維10gカレースプーン山盛り1杯分ぐらいにはなる。水で流し込むのは慣れないとツライかも。コンポタやココアに入れれば自然に飲める。

食物繊維は食前に飲むことでゴハンやパスタなどの急激な血糖上昇を抑えて眠気や糖尿病予防になる。

食物繊維の錠剤は含有量が少なすぎて話にならん。

大豆タンパク質毎日これだけ飲み続けることは、イソフラボン女性ホルモン作用からまり良くないかもしれん。

なので、ホエイタンパクにする選択肢もあるが、私は腹を壊すので却下

タンパク質は値段が高い。ここをいかに安く抑えるかがポイントかも。

タンパク質は溶けにくいものも多いので100均の蓋付き500mLのプラスチック容器をシェイカーとして使うといいかも。

タンパク質食物繊維も私はキロ単位でまとめて購入している。

夜は袋麺ではなくライトミールブロックにでもした方がいいのかもしれないけど、それはさすがにツラくなってくる。

タンパク質ビタミンミネラル厚労省が勧めてる量(目安量だったかな?)からすると少し足りないかもしれないけど、とりあえずこれで回ってるのでよしとしている。

以前はコンプ飲んでいたけど高くてやめた。

虫歯予防でほぼずっとキシリトール系のガム噛んでる。

ネイチャーメイドデカいので女性は飲み込みにくいかも。以前、別のメーカーの同じような錠剤使ったら肌が荒れた。なぜ?

栄養剤は効かないだとか体内の活性酸素が増えるだとか批判があるかもしれんけど。


1日500円もいかないと思う。自炊すればもっと抑えられる&美味しいんだろうけど毎日そんな時間とれない。


追記

脂溶性ビタミンビタミンA、D、E、K)とミネラルの摂り過ぎはヤバいので注意はしてる。

anond:20180109224646

ものすごく有用なまとめに見せかけて、食材知識がなさすぎ、中身がなさすぎの記事だなw

にんじんスーパーで売られてるものは皮をむく必要はまったくない。もっと言えばそのままスティック状にしてサラダでポリポリ食べてもいい。

・卵→1日1個しか食べちゃいけないは最近できた迷信。1日何個でも食べればいい。

2018-01-09

40代男たち無能すぎ問題

新年会バーベキューをするというので参加してみた。

別に自分料理人というわけでもないが、食べ歩きは好きだし自分でもある程度料理はする。

はいっても某レシピサイト検索してその通り作る程度のものだ。から自分ではとりたてて料理ができると思ったことはない。

新年会メンバー同級生とその知人たちで、40過ぎのおっさんたちが10名程度集まった。

皆一様に腹が出て、日頃うまいものを食べているであろうことを伺わせる。

集合して早々に買い出しに行くという。

聞くと肉は用意してあるがその他の付け合せやつまみなどは特に用意がないらしい。

それならばとおっさん一同で近所のスーパーに繰り出す。

ところがここが違和感の始まりだった。

誰ひとりとして食材に対して提案がないのだ。

バーベキューといえば肉を包んだり一緒に焼いて食べる野菜が不可欠だ。

そのあたりを提案してみても、どうも皆の反応が煮え切らない。

今はレタスが異様に高騰いしているのでキャベツを代わりに提案するも反対とも賛成とも取れないような反応だ。

諦めて食材勝手に買い物かごに突っ込むことにする。

焼き野菜ピーマンネギスティック野菜用にきゅうり人参、包む用にキムチやらを適当に放り込む。

10人のおっさんたちはそれをただ無言で眺めては後からついてくるだけだった。

しかし、ひどいのは会場についてからだ。

目の前に食材を並べても、誰ひとりとして下ごしらえに動こうとしないのだ。

自分企画者でも主催者でもないのではじめは遠慮をしていたがこれでは埒が明かない。

まな板包丁を手にして、まずは片っ端から野菜カットすることにした。

一通り野菜カットし終わると次は肉だ。

コショウらする雰囲気もないので、肉の質に合わせてタレにマリネするものはさっさとタレと一緒にボールに突っ込んで混ぜるように指示をする。

見るとラムチョップなどという難易度の高い肉まで用意されている。火が通るのが遅いくせに前半に食べておかないと手が伸びないやつだ。

さっさと火をおこすと、鉄板の1/3程度を使ってまずは表面から焼き目をつけるように焼き始める。

次にタンと良質そうな肉を並べて塩コショウして、ようやく肉の準備が整う。

その間も10人のおっさんたちは指示を出されたもの以外はその作業をただ眺めているだけだった。

なぜだ。食べ物の準備が終われば次は乾杯だろう。

なのにどうしてだれもコップもビールも用意をしようとしないのだ。

肉が焼けるまでのつまみを開封しながら、「そろそろの飲み物でも用意しましょうか」と声をかけてみる。

するとまた煮え切らない返事が各所から響くだけで、やっぱり誰ひとりとして動こうとしない。

仕方なく主催者食器位置確認して、目の前にいる手の開いているだろう人間に配布をお願いする。

次に飲み物テーブルに並べて、各自飲みたいもの勝手に注ぐように促す。

10人のおっさんたちはそれにあわせてようやくのそのそと動きはじめた。

疲れた。どうしてこんなにも誰ひとりとして動こうとしないのだ。

ここまでで十分疲れたので焼き場に近づくつもりはなかったのだが、どうも様子がおかしい。

野菜を焼こうとしないし、誰も手を伸ばそうとしないのだ。

予め用意しておいた野菜スティックも、キャベツも、キムチも、一向に減る様子がない。

ただひたすら肉、肉、肉、酒、肉。

それにはさすがに唖然とした。

さっきまで動こうともしなかった人間たちだったのに、まるで地獄亡者を眺めているかのようだった。

スーパーで反応が悪かったのも、下ごしらえに誰ひとりとして動こうとしなかったのも、全てが納得できた。

彼らは出来ないし、する必要もないと考えていたのだ。

そのくせ偉そうに目の前の食材についてはうんちくやら感想やらを垂れ流している。

自分では何も出来ない人間が、生産者が作ったものには偉そうにしているのだ。

就職氷河期世代として世の中で苦労してきたつもりではいたが、さすがにこれはひどい

これを無能と言わずしてなんと呼べばいいのか。

あとで聞くと、主催者が会費を集めたとき野菜を食べなかった人間たちから不満が上がっていたそうだ。

あの時スーパーで断らなかったのはどこのどいつ人か。

時代に太るだけ太らされるた人間の末路はあまりにも哀れだった。

これから彼らが国の医療費までも食い散らかすことを考えると、節制した人間けが損をする現実頭痛が止まらなくなった。

2017-12-30

2017-12-26

スクラビングバブルの流せるトイレブラシありがとう

凄い……!!優れモノだ……!!!

シートに洗剤が染みてて、水につけると青くなるう~~!!!

ごしごしやって、裏の所もカーブのかかったスティックですいすいゴシゴシできる!!

ぽんってブラシをはずしてジャー

念のためスティック洗面所で水で流したけどそれもしなくていいのかなあ

どっちにしろすごいラクだし清潔だ

ありがとうスクラビングバブル

ありがとう……

2017-12-23

ドラムやりたい

ギターやってたけどドラムやりたい

なんかすごい気持ち良さそうに叩いてるんだよなー、ドラマーって

とりあえずスティックだけ買ってきた

2017-12-17

相手との距離をすぐに縮めちゃう20代営業女性

思い出した。


当社の営業部転職してきた20代女性(Aさん)。

社内の他部署人間にも、お客さんに対しても「私バカなんです。教えてください」系のスタンス

健気な感じ、努力している感じ、でもちょっとダメな感じ。

からこそ、一部のお客さん、一部の上司から、すごい気に入られる。

営業数字もそれなりに上がってた。(そして、案の定、多数の同性社員には絶大なる不人気)


お客さんとの飲み会は好きらしく積極的に参加。一緒にキャバクラへ行くことも。

営業部ブラックリストに入っているような男性社長とも個別に飲みに行ってたらしい。

(この社長相手に限らず、他の女性営業が1人でお客さんと飲みに行くことはないんだけど)


彼女に対しては、私なりに、

「Aさん、そういう女を売りにする営業スタンスもありだとは思うけど、

相手との間に、明確に一線をひける人じゃない限り危ういと思うよー」

と、やんわりアドバイスしてみたことはある。(必ず陳腐化する売りだし…)

でも、

「Aにそんな魅力なんてないですよぅ。でも気をつけますぅ」

という返事で終わり。


そんなAさんですが、結局、社内でのゴタゴタが原因でこんど転職するそうです。

(いま20代の女性営業は引っ張りだこだからね)

その後、噂で聞くには、お客さんから、かなり強烈なセクハラもあったらしい。(真偽不明ですけど)


いま思うこと。

取引関係上司・部下の関係をフックにして、女性営業に手を出そうとするのが言語道断なのだけど、

そう言ってるだけでは、やたらと好意を振りまいちゃう(どんどん相手との距離を縮めちゃうタイプ女性に対するセクハラ被害は防げないように思う。

お客さんのほうを教育するのは現実的ではないし。(限度がある)

Aさんに忠告する人は、これまでにもいたはずだけど、

Aさんにしてみれば、おせっかいな声(営業成績の足を引っ張る意見)くらいにしか聞こえてなかったみたい。


会社として、こうしたタイプ社員も守るにはどうしたらよいのだろう。

取引先に対して、気を持たせるような営業スタンス会社ポリシーとして禁止するしかないのかな。

でも、「ノリの良い営業」と「気を持たせるような営業」の区別なんてつかないよね。

18時以降、顧客上司との無断接触を禁止するとか?二次会三次会禁止とか??

はぁ。そんなことを規則化している会社ってあるのかな。


Aさんタイプの人を想定したパターナリスティックルールを作ることによって、全社員自由を阻害するのもよくないのかな。

他の社員安心なんですけど、Aさんタイプ社員(他の人とは距離感が違う社員)の守り方がわかんないです。

2017-12-14

anond:20171214112756

八百屋さんに行きます

茄子を購入

適当スティック茄子に挿します。

増田さん、ボーナス💰出てるんだろうからそれで遊びに行ってきなよ

 札束で愛を買いに行ってくるんだよ。たとえ増田さん=札束であろうと❣」

良く父が茄子を棒に挿して「ぼーなす🍆」って言ってたな。

たぶん、スロットと夜遊びで消えたんだろうな~。「ぼーなす🍆」

2017-12-07

アマゾンのなんとかTVYoutubeが見れなくなるとか、グーグルTVアマゾンプライムが見れないとか、アップルTVアマゾンプライムが見れるようになるとか、いろいろあるみたいだけど、あれってスティックPCとか手のひらサイズPCテレビに繋げるのじゃいかんの?

そうすれば全部みれるじゃん。

2017-12-01

anond:20171201182156

あいつらマウスキーボードもしくはデュアルスティックという完成されたFPS操作

乗っかってそこそこ遊べるゲーム作れてるだけで

ゼロからまともな操作系作れる人間なんて海外にはほとんどいないか

2017-11-27

2017-11-26

[]バルドル(トゥーヒューマン

名前

バルドル

Xboxハードでの出演作

トゥーヒューマン

デザイン

いかにも洋ゲーな、むきむきの男性キャラ

サイバネティ技術によって誕生した、人間ではない神のような存在らしいけど、イマイチこの辺の設定は理解できなかった。

ゲームキャラとしての特徴

コンボ攻撃

右ステックを倒すことで攻撃する、というポータブル以前のモンハンのような操作スタイルなのだが、

ゲームバランス雑魚敵を無双していくノリなので、

適当に右スティックウリウリするだけでどんどん敵を倒せるのが楽しい

が、敵を攻撃したときSEがへちょいし、敵のやられモーションが当たってるのか当たってないのかよくわからないせいで、動かしていて楽しい感が非常に薄いのが残念。

相手を宙に浮かして空中コンボを決めるのは中々決め! 感があるのだが、もっとSEやモーションなどを操作していて気持ちいい感触にしてほしかたかな。

○好きなゲームスキル武器

ノルン守護

ディフェンダークラススパイダースキルの一つ。

専門用語が続いたけど、ディフェンダークラスは五つある主人公バルドスのクラスの一つで、防御や近接攻撃が得意なクラス

スパイダースキルは、お供のスパイダーメカスキルを発動するもので、このノルン守護ダメージを吸収するバリアを貼る。

このゲーム、遠くからミサイルを乱発する敵や、無茶な数の雑魚敵に囲まれタコ殴りにされることが多々あり、

ディフェンダークラスといえどあっさり死ぬこともよくある。

そういう事故死を避けられる非常に便利なスキルで、とりあえず移動時間以外の敵と戦っているときチャージが溜まったらすぐ発動しておいて損をしない。

特にボムミサイルを乱発する敵が遠くにいて、かつこのゲーム特有絶妙ロックオンの性能の悪さにうんざりするぐらいなら、

このバリアを張りつつ、さっさと近くの敵を片付けてから、遠くの敵を倒しに向かうように心がけていると、ストレスなくゲームプレイできた。

○名台詞

未来だと? チュールと共に知覚兵器秘密永遠に失われ

地上には死者がうごめいている この私もそうだ!

やたらと専門用語が多くわかりにくく、さらお話が明らかに途中で終わるこのゲーム象徴するような、主人公セリフ

チュール? 知覚兵器? 死者がうごめいてる? 私もそうだ? と一文ごとに疑問がつきない

チュールは4面の犬と相打ちになった人でしたっけ?

その人が知覚兵器秘密を探ってるんでしたっけ? そもそも、知覚兵器ってなに? 主人公のお兄さんが主人公ロキと見間違えてしまった攻殻機動隊の「俺の目を奪ったな!」的なアレのやつ? でも、知覚兵器調査サイバースペースノルンがしてるんじゃ?

地上には死者がうごめいているって、ヘルヘイム以外の場所から湧き出たアンデッド核兵器で倒したんじゃなかったけ? ヘルを倒したのに死者の群れは治らないの?

この私もそうだ! って、その自認があるなら、死者として蘇った奥さんを殺すことなかったんじゃね? 死者同士仲良くしてればよかったのに。

ある意味、このゲーム未来はないのは確かなので、そういうメタ的な意味では面白かったセリフでした。

2017-11-21

ドラゴンクエスト10 独断偏見の職所感(v4.0版)

戦士

重量前衛

やや防御よりだが、十分な攻撃力となかなかの重さ、防御力を持つ、まさに勇者

敵を弱体化させる方向性が強い。

戦士僧侶のいずれかはたしなんでいた方がパーティプレイやすいだろう。

弱点はちょっとお金がかかる事。鎧を装備できるのは戦士パラディンしかいないため、

着回しできる職が少ない。

必殺技がクソだけど今強い職なので放置されている。

僧侶

最強のヒーラー

味方を回復したり保護する技に長けている。

一部の超上級者を除き、高難度バトルではほぼ必須といっていいだろう。

最もスキルが恵まれており、その恵まれている事に誰も文句は言わない。無敵。

ぶっちゃけスキル100までと、防具、アクセもそんなに頑張らなくても仕事ができるので、

初心者にはお勧めだけど、まぁ勿論上手い下手出るし、テクニカルな所もあるけど、結局攻撃できないのでつまらないが、

人に求められたり頼られる事が多いので、そこにやりがいを感じよう。

スティックだけはいものを買った方がいい。呪文詠唱速度埋め尽くしお勧め

攻撃できる武器持ってもそこそこ強い。

魔法使い

遠距離アタッカー

両手杖以外を持つことは許されないけど今持ってないので通常の狩りでは短剣持ってまーす。

最近やや冷遇気味だけどやっぱり遠距離から避ける事なく延々攻撃できるの安定してつおい。

自己バフで魔力強化や詠唱速度を速めることができるけど、物凄く死にやすいので

死んだあともっかい詠唱速度もかけるのはやめろバカ。ターンの無駄攻撃しろ

9割がたクリティカルが出る陣を敷くことができるので、

両手杖賢者か、もう一人魔法使いがいるとお互いにっこりできるので、8人コンテンツの方が今は輝ける。

武闘家

軽装備物理前衛

かつてめちゃつよだったのをナーフされ、不遇職と言われて久しいが今はそこそこ。

PVPでは今めちゃつよらしいので、そういう方向性優遇してもいいんじゃないですかね。

何と言ってもテンションの使い手とかいう設定だったのに、

バトルマスターの方が今やテンションを使いこなしてるのが悲しすぎる。

マストは爪だけど、棍か扇のどちらかも取ってほしい。2種は最低使いこなしてほしい。

ちゃんと爪で敵のバフ解除できる頭の良い子は素晴らしいです。

必殺技(敵全員スタン)が強力すぎるゆえに最近の敵には効かないとか酷過ぎる。かあいそう。

盗賊

特殊中衛。

そりゃ盗むよ。盗む。きようさを高めろ!

通常狩りで高額商品を盗むときに駆り出される。

単体スタン技を持っているので、一応バトルでもスタン役として役立つ。

攻撃はそこそこ出るけど、範囲攻撃はやや苦手。

爪がマストで、短剣かムチは持っておいた方がいいだろう。(ややムチおすすめ

他に短剣職がいるとき状態異常になっている敵に大ダメージ技があるのではかどる。(でも毒の入らないメカとかゴーレムくそ弱い)

短剣を持てば盾も装備できるのでディフェンス面も心強い。

芸人

ヒーラー寄りの万能職。

回復、強化、弱体化、攻撃となんでもござれの万能職だけど、

もちろん全部中途半端

できる択が多すぎてやりがいがあるけど相当プレイヤースキル必要

範囲物理強化を開幕打てるので、

エンドコンテンツではなく、多少緩いモブ狩りとかだと凄い便利。ひっぱりだこ。

一応たしなんでおくには損の無い職。

火力を出すなら棍だけど、メインスキルが氷属性固定でついててたまに無理な敵がいる。

毒が入る敵なら盾も持てるし短剣。たまにMPも吸い取れてエコ

範囲物理強化+魔法強化が打てる扇が今アツイ!

魔法耐性下げる技も打てるので、そこからバギクロスがいがいとつおい。

必殺技くそすぎるのでもうちょっとだけ強くしてくれ。

パラディン

唯一の純タンク前衛玄人職。

守る、防ぐスキル豊富

ドラクエ10の特色「重さ」を持った職なので、

敵を押し込んだり味方への攻撃に歩いている敵を阻んだりする。

複数の強力な敵がわちゃわちゃしてるのは不得手だけど、

8人コンテンツかに1人いると、敵を1匹隔離してくれたりする。カコイイ。

上手い下手がものすごく露骨にわかる。

パラディン向きのボス相手には難度が激変するくらい強烈。

とにかく防具で重さを確保しないとならないので、鎧装備を更新するのが必須

お金かかるので初心者向けではない。

ハンマー必須

レンジャー

アタッカー寄りの万能職。

回復蘇生・敵弱体化が得意。

限定的はいえ一応バフもまける(必殺技

何度かの強化調整を受け、はっきりいって今ものすごい強い。便利。

範囲攻撃も得意だし、単体攻撃の強いのもある。

敵のブレス無効にできるたり、敵の受けるダメージをアップさせる技もあって、

火力もあるわ単体だけど旅芸人より上位の回復呪文もあるわでマジで便利。

搦め手を得意とするため、特に長期戦に強い。

初心者やヘタクソ連れて行くときの「全滅しにくいPT」作りに良い。

基本はブーメラン範囲攻撃デバフをばらまけ。火力を出す事より死なない立ち回りを。

お好みで弓か斧を持てばいいのでは。

武器スキルを取ると他の武器スキルが非常に取りづらいくなる孤高の職もである

魔法戦士

バフ職中衛。

FFでいう魔法剣士武器属性をつけれたり、敵の属性抵抗を下げるので何の属性を付けるか覚える知識必要

MP回復させたりするのも得意なのでかつては「電池」呼ばわりされていた。

火力を出したい時にマストバイ

使えると便利な職だけど、蘇生回復技はほぼ無い。

役割的に蘇生や緊急回復を率先して行うべきであり、アイテムの消費が激しい。

アイテム乏しい初心者ケチな人はやるな。

一応火力も出せる。弓か片手剣。両手杖はロマン技用。

スーパースター

バッファー中衛職。

美しさで敵を見とれさせたり、眠りや混乱魔法をもっている。

一部の技はMPではなくゴールドを消費。

銭投げで安定した範囲ダメージを出せるが、特筆すべきは「ボディーガード呼び」

金でボディーガードを呼び、一定ダメージを完全吸収し、タンクもできてしまうのだ。

敵の攻撃ものともせずデバフをまき、金をまき、大暴れできるその名の通り楽しい職。

必殺技も防御と回避バフ、リレイズがかかり、敵を全員引きつけ、攻撃してきたらマヒさせるという強力な技。

マイナー職だけど目立ちたいならお勧め

腕力は低いが風魔法が使え、ムチでそこそこ火力も出せる。

ボディーガード呼びで盾を持たなくても死ににくい。

扇でバフデバフもまけるので持ちかえて行こう。

銭投げも、今はインフレしてるので大した金額ではない。どんどんまけ。

あと、経験値をアップさせる技もあるので一部の経験値稼ぎコンテンツではひっぱりだこ。

バトルマスター

軽装備物理前衛キッズ御用達、みんな大好き二刀流

とにかく攻撃しろ火力を出せ。

やることが少ないのはいいけど、

最終的には避けれる攻撃をちゃんとさけたり、要所要所で効果的な技をキメていくCOOLさが必要

火力だしてナンボなので武器、防具はいものを用意するべき。

とにかく敵を倒したい人はたしなんでおこう。

武器は両手剣、片手剣ハンマー全部とれ。

コンテンツで使い分けろ。

賢者

万能魔法

範囲回復攻撃魔法両方を使いこなす。反面、バフ、デバフ魔法がない。(マホステのみ。自分のみ)

回復の合間に攻撃も叩き込めるので楽しい

僧侶とはまた違った防御技をもっているのと、敵のバフを消せる技が便利。

ボスによっては僧侶よりメインヒーラーに向いているときがある。

平たく言うと、僧侶は一撃で大ダメージを与える技に強く、多段技に弱い。賢者は逆に多段技に強い。

僧侶魔法使いと違って、一回死ぬ自己バフに時間を要するのがネック。

魔法使いと同じく両手杖がメインだが、

そこまで火力を求められることはないので(火力だしたければ魔法使いをするので)

最近ブーメラン持ちがトレンド。盾が持てて死ににくくなる。

もの使い

バーサーカー前衛

ものを仲間にできるけど、最近は「己の中の魔物を使いこなす」職になってる。

理論上最強火力職と呼ばれているが、使い方に癖があるので使ってる人は大体玄人

マッチングした時の期待値は高い。

流石にキッズ殆ど見ない。多分かっこいい職じゃないから。

それ以外にもモブを呼んで増やせる技があるので大抵の人はスキルだけは一応振ってる。

敵を○匹倒せみたいなのとか宝箱狙いの時に便利なので…。

武器は単体用に爪、範囲用に両手剣か斧のいずれかを持とう。

どうぐ使い

バフのプロ中衛職。多分最強のバッファー職。

防御バフと物理バフ持ち。

道具の威力範囲を上げる技もあるのでケチは使うな。

回復、防御陣も敷けるので、AIではなく、中身入りフルパーティでないと真価が出ない。

必殺技が陣を敷いてそこから攻撃するとめっちゃ強いみたいな壊れなので、

出るとテンション上がるけど、そこに集中してドカーン食らって壊滅はドラテンあるある

武器あんまり問われないけど槍なんじゃないでしょうかね。

防御固めたい時はブーメラン

ハンマーデバフ・スタン用で全然火力ない。

踊り子

アタッカー中衛職。二刀流。補助もデキルヨ!

スキルラインが2種あって、バッファー(うた)かデバッファー(おどり)のどちらかになれる。

短剣、扇、スティック武器を持てるが、

短剣は毒が入る敵に特効技があるので、毒が入る相手にはめちゃめちゃ強い。モーションも早いしMPも軽い。

一応毒入らない敵には魔法も打てるけどそんなに強くないので、扇スキルはまず必須

構成によってアタッカーか補助係メインかの立ち回りが必要

バフは薄い効果範囲でまくので、8人コンテンツだとお得。必殺技(全員テンションアップ)も協力。

死ぬと立て直しが大変だけどクセが強くてやりがいがある。

占い師

万能職。

ナーフされたものの依然ちょつよな万能職。

様々な効果が出る20枚のデッキを作り、4枚の手札から選んで使う。

強力だけど、配られる手札がランダムって所でバランスを取ったつもりが、

捨てるコマンドや最大5枚任意カードが引けるサーチスキルがあるのであんまり困らない。

基本的にはアタッカーを求められる。

デッキを作るためのカード集めが若干だるいが、持っておいて損はないけど強すぎるのでなんだかなー。

武器は弓か片手剣。わいは幻惑できるムチや。

天地雷鳴士

v4新職業デバフ中衛職。

オートで動く4種の幻魔を用途に応じて召喚し、使い分けるのが目玉なのだが、

おそらくは魔法剣士の逆コンセプトで、敵の属性を弱めて弱点属性をつくみたいな感じ?

火力は別に低くは無いけどモーションが長くて爽快感が無い。

初心者には便利な職な気がする。

メインはおそらく両手杖だけど扇もいいかんじ。

2017-11-20

そういやヤマザキスナックスティックも昔は堅めでサクサクしてた気がするんだが、

近年のは柔らかいんだよな

いや柔らかいのも美味いけどなんかさみしい

2017-11-17

[]11月16日

○朝食:なし

○昼食:助六寿司(おいしい)

○夕食:カレーうどんとろろ丼、スモークチキンサラダ

○間食:なし

調子

はややー。

しんどい

仕事トラブル対応もしつつ、こなさないといけない仕事はこなしたので問題無し。

ただ、体力を全部使ったかのように疲れた

そうえば、ポケモンUSUMが明日発売ですね。

リーエロスのショックから立ち直れずに、SMシナリオクリアだけで終わっちゃいましたが、今回は久々に対人戦もやろうかなあ。

なんにしろ買ってシナリオクリアまでするのは絶対ですね。

Xbox360

○トゥーヒューマン

北欧神話オーディンとかヴァルハラとかロキとか)を題材にした、サイバーパンクSFアクションゲーム

今日は、1-3をクリアするところまでプレイ

ゲーム部分はハクスラ要素強目のアクションゲームかな、ランダムでいろんな強さの武器や防具が落ちる感じ。

スティック攻撃なのが初期のモンハンっぽいけど、すぐ慣れたし、序盤でまだ敵がザコいからか楽しくプレイできてる。

ランダムドロップアイテムだけじゃなく、クラス選択しての成長要素もあり、僕は「サイバネティクのディフェンダー」にした。

これは、武器コンボ技みたいなのを捨てて基礎能力が高く、かつ防御によった近接戦闘専門のクラス

さくさくプレイたかったので、ちょうどいい感じで、ストレスなくプレイできている。

ただ、ストーリー部分がちょっと……

まず先に褒めておくと、映像は今見てもそこそこ綺麗だし、なによりキャラクタの演技が自然カメラワークも凝っていて

最近でもたまに見かける「基本は棒立ちでしゃべるときだけ腕を振る人形劇」みたいなしょうもないムービーシーンと比べれば断然優れているし、面白い

オープニングの酒場での戦闘シーンは、そのサイバーパンク雰囲気と相まって、ちょっとした映画の始まり並のワクワク感。

だけれども、どうも主人公バルドルは奥さんを亡くしており、その奥さんの死に仲間の神々が関わっているのでは? と疑っているという書いてしまえばこれだけのストーリーが、ちょっと専門用語が多すぎてちゃんと吹き替えローカライズされているのに、全く頭に入ってこない。

今このあらすじ書いたのも説明書を読んだのとぼんやり頭に入ってきた用語を当てはめての想像で、間違っている気すらしている。

あんまり他のゲーム比較してどうのこうの言いたくないけど、これこそFF13の「パルスファルシのルシがパージコクーン」の方が100倍わかりやすい。

いや個人的に「パルスファルシのルシがパージコクーン」が別にわかりにくいと思わなかったからなのもありますけどね。

パルス世界全体の総称で、ファルシパルスのいろんなことを管理する神にも等しい超常的存在で、ルシがファルシ人間から選んだ手先で、パージパルスから追い出されて難民になることで、コクーンパルスに浮かんでる球体状のライトニングさんたちが暮らしてた街でしょ。

別にFF13好きでも嫌いでもないし一周しただけだけど、ググらずに思い出せるし、プレイ中もとくにこれらの用語がわからずに理解できないことはなかった。

なんだけど、トューヒューマン専門用語は、まずもうどれが専門用語でどれが一般的用語なのかがさっぱり理解できないから「パルスファルシのルシがパージコクーン」みたいな揶揄文言すら思い浮かばないんだよね。

まあ、まだ序盤だから適当に流しておいて、あとあとなんとなく理解できていくんだろう。

SFとかファンタジー用語をなんとなく流しつつストーリーを楽しむのは、普段でもよくあることなので、あまり否定的にならずに、ちゃんと真摯プレイしよう。

繰り返しになるけど、ムービーの出来はすごくいいので、そういう映像美を見るのも楽しみだしね。


3DS

ポケとる

日替わり系をこなしたあと、レックウザレベルMAXを39までクリア

このイベント楽しい

基本的スキルパワー掘りイベントは苦行としか思えなかったので参加してなかったけど、これは超楽しい

この形式はこれからも度々開催してほしいな。

2017-11-04

https://anond.hatelabo.jp/20171102152338

おやつってどんなおやつだった?

カリカリスティックかな?鰹節がまぶしてあってヒラヒラしてたかな?

飼い猫でも狩猟本能が出ちゃって思わずヒトを傷つけることある

咄嗟ときに爪がしまえない猫もおる。

EQが未発達というのは結構当たっていると思う。

飼い猫が鳴いてごはんを催促したりするのは

鳴くと人間ごはんをくれるという因果関係学習してるらしい。

地域猫はいえ飼い猫より人間のふれあいが少なければ

人間との付き合い方も学習できる機会は少ないし

無反応に見えてしまうんじゃないか

猫は表情より耳とヒゲとしっぽを見てみるといいです。

特にしっぽは気持ちを隠せないのか

強がりの猫でもしっぽをみるとたぬきになってたりして面白いです。

しっかしなんのために生きてんだろうな

31歳独身だけどもうまったくなんのために生きてるかわからん

死にたいとか怖いので考えることなんてないけどしかしこの絶望的な虚無はいったいどうしたらいいのかわからん

筋トレしろというんだろうけど筋トレはしてる。野菜も食べてる。瞑想はしていないが睡眠も暇なのでとりすぎなほどとってる。

しかしこのニヒリスティック感覚は消えやしない。タバコやめたけどタバコでも吸おうかと最近考えてる。酒はひとりで飲んでもうまくねーしな。恋愛過去すべて浮気されてもう女が生理的にうけつけねーしな。風俗で性欲だけ解放してるほうがよほど恋愛的だよ。同性愛者にでもなりたいな。無理だけど。あいつら社会的に抑圧されてるみたいだけど少数者の結束みたいのですごい幸せなんじゃねーの?

人生は苦であるって仏陀がいってるみたいだけどうんまぁそうだよねと実感としてわかるようになってきたよ。別に人生を知りすぎたとかそんなこと言うつもりないけどしょせん人間なんて経験しか実態的にものとらえられないんだから俺の人生が虚無であるのはネットでなに言われようが変わらんし。というかそんな言葉なんていくらでも探してきたし。救いみたいな音楽を聴いて涙を流すこともあった。もうおれはおれの人生悲劇なのかどうかすら直視判断する純粋さすらよくわからんのよ。

しかしいったいなんために生きてんだろうな。もういいや。タバコ買ってくる。煙にのせればすこしは空に還るだろ

2017-11-02

またブクマカ偽善者やってるよw

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171101-00000001-withnews-soci&p=1

理想貧困がどうのこうの

要はホームレスみたいな奴じゃないと貧困だと認められないのはおかし

大学も行く、スマホも持つ、ライブにも行く金を出せって主張らしい

そこでまたブクマカ達がそいつらも貧困だ助けてやれと叫んでる

偽善もいい加減にしろ

別に大学に言ってもいいし、スマホを持つのライブに行くのも自由

要は、収入が十分なのか

使い方が収入に見合っているのかで貧困判断すればいい

もし、最新のiPhone持ってライブに週一で通う、結果金がなくてスティックパンしか買えない

そのスティックパンが買えないとこだけ切り取って貧困ですがダメなんだよ

単に収入が十分なのに、浪費してるだけなのとどう違いを判断するのかは

収入と使い方を見ない限りはっきりしないだろ

なんでそんなシンプルなこともしないでグダグダ言ってんだよ

もし、無条件で救うべきだってんなら

ブックマーク偽善やってるやつが全部出してやれよ

なんで困ってるやつ助けないで、放置してんだよ

文句は言うけど、助けない

これは24時間テレビなんかとちがって言ってんの曇りもない偽善から

文句垂れてるやつは金欠を訴えてる奴に無条件で金出してライブ行かせてやれよ

2017-11-01

https://anond.hatelabo.jp/20171101223334

どう分かりづらいか聞こうじゃないか


つーかgoogleアナスティック導入して分かったがお前らそもそも全然読んでねえな。

読め馬鹿野郎。これは同時に完璧日本語理論でもある。

日本語話者が増えれば少子高齢化問題は解消される。つまりお前らがギャーギャー騒いでいる国の問題も解消される。

http://otoimi.net/theory

2017-10-25

久しぶりに液状のりを使ったけど

住所ラベルはるのに使ったけど、めっちゃしわくちゃになって見づらくなった

はがれるリスクはちったああるかもだけどテープの方がいいわ

べとべとなることもないし

さらアラビックヤマト

小学校とき液状のりを机に垂らしてかわかしてコンタクトレンズみたいにするのが流行ったよね)

追記

乾いたらしわはそれほど目立たなくなった

不思議

そういや小学校低学年とか未就学児のときって、なぜかメンソレータムみたいな容器に入ってたやつつかわされてたよな

普通にスティック状のほうが使いやすいはずなのになんであれ使わされてたんだろう

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