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2018-01-16

ある同人作家さんがアンチに絡まれ二次での筆を折った

 一言でまとめるとよくある話だし、同様の話も増田にはごろごろ転がってると思うし読んだ記憶もある。

 だけどどうしても吐き出せずにはいられないから付き合ってほしい。

 ある同人作家さんがアンチに絡まれ二次での筆を折った。

理由は単純、目をつけられて2chに専スレが立ち個人情報までバラされた(本人談)からだ。

 個人情報のくだりはどこまで本当かはわからないけれど、twitterpixivでは攻撃的なメンションやコメントが公開という形でついていたのは記憶している。

 何故その作家が目をつけられたのかというと、同人誌の受注販売頒布(注文)部数の匂わせとそこからの売り上げの匂わせを行ったからだ、と私は考えている。

 実際その作家が筆を折る際に書き残した文章には「同人誌の件で多数の人間からお叱りを受けた。自分同人誌を出すべきではなかった」と残されていたし、目につくコメントは概ね下記のような物だった。

同人誌黒字を出すな

相場を守れ

・同ジャンル活動する人間の事を考えろ

 他には過去言動の掘り起こしからの誹謗中傷も多かった。

 それによりその作家ジャンル自体トラウマとなり、公式の物にさえ触れる事ができなくなったのだという。

 本当によくある話だし、もっとえげつない話もよく聞く。

 これだけだったら私も増田に吐き出すことはなかっただろう。ではなぜ今私がこれを書いているのかというと、先日その作家さんが「戴いた質問に関して」という記事を上げた為だ。

 その中の質問に「所謂専業二次同人作家は何故許されているのか」という物があり、それに対して「個人事業主として登録しているか大丈夫なのだと教えてもらった」という回答がついていた。

 誰が教えたのかわからないし、それを真実だと鵜呑みにしているのも恐ろしかった。何より一番恐ろしいのは「そういう認識でいる人が一定はいるのだろう」という事実だ。

 まずこの件で許しを与えるのは誰なのだろうか。アンチ同人オタク? それとも同人作家? 言うまでもない、公式、つまり権利者だ。

 権利者がガイドラインを設け、同人を可としている物もあるにはあるがほぼ稀だ。多くはファン勝手作成し、金銭での頒布を行っている。それが黒字だろうが、赤字だろうが公式けがそれを断罪する事ができるのだ。実際、赤字作家だが公式に怒られた、というのは風の噂で稀に聞く。

 基本的公式同人活動を許さない。だが知らないふりをしてくれているだけだ。マーケット調査同人誌を数冊即売会で購入し、それを元にブランディングプラン修正するというのもよく聞く話だ。

 だから女性同人界における不必要なまでの検索回避だとかの同調圧力に似た何かは旧時代すぎると見ていて思う。逆に男性同人界においてはそれは大丈夫なのか? と心配になる物があるのも事実だが、それをやめさせる権利はないのである

 今自分がいるジャンルはこの手の話がとても多い。知名度を上げる為の自演だったり……というのもあるのだろうが、毎日誰かがアンチに悩まされ、誰かがそっと筆を折っている。その度にアンチなんかに負けるな、だとか感想を送ろう、だとかいう流れになるがそれだけじゃないんだろう。

 かくいう私も今にも筆を折りそうな程に心が疲弊してしまっている。驚くくらいに手が動かない、あんなに好きだった絵が描けない、読むのが好きだった同人誌を読む事ができない。その好きな事ができなくなったという異常さに気が付いて、みんな足を止めて行き、筆を置いていくんだろうなとこれを書きながらぼんやりと思った。

2018-01-14

コミケ完売できなかった

ちょっと長い話になる。

少し前になるが、冬コミのことだ。

コミケサークル参加するのは2回目だった。二次創作で、成人向けの漫画を出した。

コミケは2回目だが、オンリー地方イベントには出ていたので、全体として本を出すのは15冊目くらいになる。

冬コミの前、初参加だった夏コミは散々だった。

それまでのイベントだんだん売れるようになっていたから、調子に乗っていたのかもしれない。

余計な議論が起きそうなので具体的な数字は出さないが、持ち込んだ部数の3分の1もはけなかった。

それまで尻上がりだっただけに、余計に凹んだ。

それもあって、冬コミ前はとても緊張していた。

売るために参加しているわけではないが、自分の本が誰にも求められてないのでは、という不安かられた。

絵で少し仕事もはじめていた時期だったので、胃を痛くしながら当日を迎えた。

結果として、完売こそしなかったものの、ノルマとして設定していた値より多く頒布することができた。

差し入れももらったし、応援していると声もかけてもらった。

在庫書店委託でほぼはけるであろう量で、とてもほっとした。

売り上げでおいしいお肉も食べに行けたし、手伝ってくれた友人にもごちそうできた。

問題はそのあとだった。

Twitterで、知り合いの作家完売報告の嵐を見て、モヤモヤした気持ちが生まれしまった。

午前中に完売しているサークルが多く、タイムラインはうれしい悲鳴で満ちていた。

その時つい、「悔しい」と、そう思ってしまったのだ。

俺も過去に予想外の人気が出て完売たことがあったが、その時は後から買いに来てくれた人に対してとても申し訳無く思ったものだ。

その点今回は、赤字にはならなかったし、喜んで来てくれた人もたくさんいた、欲しい人にも行き渡っただろう。

そもそも完売」とひとくちにいっても、部数にもよるし、流行知名度など要因は様々だ。

何も悔しがることはないはずだった。

だけど何か、「完売することが成功指標」でありステータスかのように、その時は感じてしまった。

何より悔しいのはそのことだった。

自分目標も達成して、なんの問題もないのに、結果を喜べなかった。

そんな自分にげんなりもした。

特に最近SNSですぐ他人成功が目に見えるので、こういうことはままあると思う。

次本を出すときは、まわりに左右されない、自分のなかの指針をつくって、そこを目標にやりたい。そう思った。

次の夏コミはどんな結果でも、絶対に楽しむ。

2018-01-07

anond:20180107190440

もう出てるが道路交通法違反

あと軽犯罪法違反

わいせつ頒布等の罪

これら運用次第では一般人100%捕まえられる

意外に身近なのが脱税

ポイントサイトでAmazonギフトカードをゲットするとか、ヨドバシポイントゲットするとか、物をもらったりとか

いろいろ合わせると年間20万円相当くらいになるやつも多いだろうが一応脱税コスト的に取らないだけ)

2018-01-03

ほんと牛歩サークルやだ

同人誌即売会における牛歩頒布サークル本当にクソだからもっと顰蹙食らってほしい

とにかく迷惑

あり得ないくら迷惑

島中が牛歩頒布のせいでみっちり埋まってる時とか最悪

友達呼べなくて売り子がいないならレンタルおじさんでもなんでも呼んでくれ

手が遅いレイヤーを売り子にしてるサークルを見ると殺意が沸く

大手なら許されるとかねえしっていうか大手がそういうのやる程ド迷惑

牛歩サークルの列整理のために人件費かかって参加費が増えて牛歩サークルが叩かれる流れになってくれんかな

そもそも素早い頒布意識を配ってるところの方がはるかに偉いのに列ができてるとすげえみたいな認識がある方がおかしいんだよな

自分のところのキャパも読めないクソサークルじゃんという認識になればいいのに

同人なんか趣味からやり方について外野がとやかく言うなと言われたとしても他人迷惑かけない範囲趣味楽しめやクソがと思う

とにかく牛歩頒布はクソ

2018-01-02

FGOが気に食わない

これは、典型的な「自分でやっていない、なにやら盛り上がっている作品を、気に食わないと上から目線批判する文章」だ。

本文は『月姫』と『Fate/stay night』のネタバレを含む可能性がある。特にFate/stay night原作を未プレイで、劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel]』の続きを楽しみにしている人は、ネタバレを含むため読まないでほしい。

Blue Blue Glass Moon, Under the Crimson Air.

私が奈須きのこ作品出会ったのは2003年月姫月姫PLUS+DISC、歌月十夜の3作が収められた『月箱』であった。いわゆる型月ファンとしてそれほど古参というわけではない(型月における古参とは、竹箒に連載されていた時代の『空の境界』読者――とまでは言わないものの、最低でも2001年には『月姫』に触れたレベルを指すものだろう)。当時『ONE』『Kanon』『AIR』に心酔する所謂鍵っ子」であった私は、もちろん月姫の噂は聞いていたものの、手を出すきっかけを掴みかねていた。月箱が頒布されたのは、そんなときである歌月十夜まで一揃えで化粧箱に収められたそのパッケージは、初めてのTYPE-MOONとしては最適であった。同時期、彼らが商業へと移行し、次回作Fate」は商業ゲームとしてリリースすることを発表したことも背中を押した。群雄割拠エロゲ界についに鳴り物入りで乗り込んでくる新進気鋭の代表作を、体験しておかねばならぬと考えたのだ。

果たして、私はTYPE-MOONの虜となった。

月姫』は衝撃であった。連綿と積み重ねられてきたビジュアルノベル恋愛アドベンチャーゲーム文法に沿っていそうに見えながら、しかし決定的に異なる「それ」は、私に新しい刺激を与えてくれた。私はシエル先輩が好きになった。この文章を打っている2018年に至ってなお、人生オールタイムベストシエル先輩だと胸を張って言える。もちろんそれだけではない。ファーストインパクトとなったアルクェイドが醸し出す寂しさを、そして、ひまわり畑で微笑む琥珀さんの愛おしさを、今なお昨日のことのように思い出せる。

月姫の魅力のひとつに、不思議ノスタルジーがあると思っている。あの文章グラフィックと音楽には、懐かしいナニカを思い出させるものがある。去り行く少年時代を描いた作品だからだろうか。遠野邸の遠い記憶がそうさせるのかもしれない。

PLUS+DISC、歌月十夜まで一気にプレイした私は、そのまま『MELTY BLOOD』も楽しんだ。シエル先輩を動かせるのが楽しかった。弓塚さつきの話が出ると抜き身のナイフのようになる志貴を思うと切なくなった。琥珀さんが楽しそうで涙が出た。G秋葉ゲラゲラ笑った。

したらばのTYPE-MOON板にも入り浸った。それまで葉鍵板が主戦場であった自分が。当時、すでに「月厨」は鬱陶しい存在として認知されていた。私は努めて無関係な場ではTYPE-MOONの話をしないようにし、型月板でその分、目一杯、楽しんだ。たくさんのアンソロジーコミックにも手を出した。武梨えり佐々木少年磨伸映一郎……(そういえば特に好きだったこのお三方はみな現在商業作家として活躍中であり、同時に、シエル先輩ファンであった。当時、武内崇は「シエル先輩が好きな作家さんは漫画力が高い人が多い」というような趣旨の発言をしていた記憶がある)。

だが。不思議もので、このとき私は『空の境界』にはハマらなかった。もちろん原作は読んだのだが。当時、マルチシナリオ形式のビジュアルノベル未来を見ていたためか。あるいは、純粋に趣味に合わなかっただけなのか。後年、空の境界アニメ映画化され大ヒットを飛ばすことになる。

――――――体は剣で出来ている。

2004年、ついにTYPE-MOON商業作品第一弾『Fate/stan night』がリリースされる。もちろん発売日に予約して買った。事前の雑誌での情報を見ていて、藤ねえお気に入りだった(まさかあんなことになるなんて)。ライダーさんはビジュアルだけ見て絶対アサシンだと思っていた。体験版の段階でクオリティが大幅に上がっていることは明らかだった。心が躍った。世界が変わる瞬間が、目の前にあった。

魔術師英雄跋扈する本作を終えて、私は思った。私は優秀な魔術師でも高潔英雄でもなく、なんでもない、取るに足らない、醜い人間が好きなんだと。だから私は、間桐桜衛宮士郎物語が好きになった。

桜は魔術師ではあるが、本作においては魔術師としてよりも、もっと違う存在として描かれる。衛宮士郎もまた、魔術師ではなく魔術使いとして描かれる。そしてラストシナリオであるルートでは、桜は家族呪縛から解き放たれて人間として生き始め、士郎は正義の味方に憧れたロボットからひとりの人間に生まれ変わる。魔術師英雄が闘い続けた果てにたどり着いたのが、ふたり人間の、人間としての歩みであったことは、とても感動的で、同時にこれが、奈須きのこが幻の弓塚さつきルートで実現しようとした未来なのではないか想像した。

そして絶望する。ご存じの通り、桜ルート批判された。当時の型月板は荒れた。セイバールートと凛ルートが絶賛されるとともに、桜ルートは徹底的に批判されたのだ。

イリヤスフィール物語オーバーラップして主題が分かりづらいという主張には一理ある(一説にはイリヤルートを作るリソースが間に合わず、桜ルートに混ぜた、と言われている)。描写不足であるという批判も、ある意味では仕方ないだろう。だがそれ以上に、ファンたちは、「多くの人間を殺しながら幸せなエンドを迎える桜」と、「正義の味方であることを諦めてセイバー犠牲にした士郎」を批難した(正確には、彼ら2人に対してというより、そのようにある物語を避難した)。私は憤慨した。衛宮士郎の、何を見てきたというのだ。

正直に言うならば、私はセイバールートや凛ルート衛宮士郎が嫌いだ。凛ルート遠坂凛も苦手である。はっきりと言ってしまえば、物語として楽しみながら、登場人物たちに対しては苦々しい思いを抱き続けてプレイした。そんな彼らが、桜ルートで丸ごと好きになった。桜ルートでは、みな、人間として生きている。それが愛おしかった。

同時に、TYPE-MOON作品のふたつの側面のうち、ファンに望まれる側と、望まれない側が見えた気がした。考え過ぎかもしれないけれど、私がより好む側は、望まれていないように見えた。

それは、未来を取り戻す物語

これ以降、私はTYPE-MOON作品と少しずつ距離を置くようになっていく。厳密に言えば『Fate/hollow ataraxia』は心から楽しんだ(アンリマユとカレン・オルテンシア物語はとても好みだ)。だが、『DDD』は未読、『Fate/Zero』は同人誌として頒布された際に1巻だけ読んで断念、『Fate/unlimited codes』『Fate/EXTRA』には手を出さず、期待した『魔法使いの夜』はプレイしたものの、それほど心惹かれなかった。この間、各種メディア展開で楽しんだものは、佐々木少年による漫画版真月譚 月姫』のみであった。パスタ先輩のことは一生許さないよ。

時は流れ、2014年7月27日。もうTYPE-MOONに何の期待もしなくなった私は、それでも「Fate Project 最新情報発表会」をニコ生の中継で見ていた。そこでUBWのテレビアニメ化や『Fate/strange fake』の正式出版化に並んで、ひとつの新作が発表された。『Fate/Grand Order』。通称FGO。ついにソーシャルゲームをやるのか、と私は冷めた目で眺めていた。むしろ発表会本編終了後のサプライズHeaven's Feel劇場版制作決定の発表の方が魂が震えた(今でもあの瞬間の、観客席からの絶叫と、涙を流しながら挨拶をする下屋則子さんの姿をよく覚えている)。

私はソーシャルゲームほとんどやらなかった。手を出してみたことはあるが、純粋に楽しみ方が分からなかった。というよりそれ以前に、私はいわゆるオンラインゲーム全般が合わなかった。だからFGOが楽しめるかどうか不安だった。2015年サービス開始に合わせてダウンロードし、序盤をプレイした。だめだった。まったく合わなかった。どう頑張っても楽しむことができなかった。私はFGOをアンインストールし、Twitterタイムラインに流れてくるFGOプレイヤーたちの悲喜こもごもを眺めるだけになった。年を重ねてしまった、と感じた。

やがて、現実人間関係の中でも、FGOの話題が上がることが増えてきた。2016年末のイベントの様子はTwitterでも見ていたが、彼らはとても熱っぽくFGOがいか面白く、衝撃的で、とてつもないかを語った。私は羨ましかった。もうTYPE-MOON作品でこんなにも熱く語れることはないだろう。そう思った。

私はFGO本編をプレイしていない。いろいろと明かされたアレやソレを、なんとなく知識で知っているだけだ。そうした立場評価するのは御法度であろう。それでも私はFGOが気に食わない。これは負け惜しみだろうか。それともただの老害しかないのだろうか。私が好きだった奈須きのこTYPE-MOONの描く取るに足らない人間たちの物語は、もしかするとFGO本編でも繰り広げられているのかもしれない(琥珀さんルートや桜ルートが好きで、かつFGOのシナリオがそれと同様に面白い、という人がいたら、ぜひ魅力を語ってほしい。皮肉ではなく、ぜひ知りたい)。だけれども、数多くの英雄スマートフォン上で戦い続け、それをプレイするファンたちが嬉々としてお気に入り英雄が引けたことをTwitter上に報告する様子を、どこか冷めた気持ちで眺めてしまう自分に気付く。私がTYPE-MOONに求めていたものは、これだったのだろうか? 幾度となく繰り返されてきた、単に自分が望むような創作から外れていってしまった存在を寂しく思うという、これはきっとただそれだけのことなのだ。つまり、八つ当たりと取ってもらって構わない。

劇場版Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower』は、公開初日に映画館に観にいった。素晴らしかった。須藤友徳監督の、間桐桜と桜ルートに対する圧倒的な「理解」に目眩がした。アバンで桜と士郎の「それまでの日々」をたっぷり描いた時点で、完全に勝利だった。FGOで得た利益でこんなにも素晴らしい映像作品が作れるのなら、FGOに感謝すべきであろう、などと思った。第二章も楽しみだ。

なんて無様だ。意味もなく生きてるのはおまえのほうだろ

聞くところによると、FGOの世界には死徒二十七祖(という概念)は存在しないそうだ。私が好きだった奈須きのこワールドとは違う世界がそこにあるのだな、と改めて思った。繰り返すが、これはただの八つ当たりだ。

2017年末も、FGOは盛り上がっていた。きっと酸っぱいに違いないと、私は新年からこのような文章を打っている。2008年4月、月姫リメイク制作決定が発表された。今年、ついに発表から10年が経過する。優先順位があることくらい私だって理解できる。だからもう「月姫リメイクはよ」とは言わない。そのようなファンに耳を貸す必要だってない。FGOを楽しむ人々に向けて頑張っているスタッフの皆さんに、おつかれさまです、と声をかけたい(年始メンテおつかれさまです)。FGOという作品批判する気もない。そもそも批判できるだけの素地すらない。何しろプレイしていないのだから。本当に申し訳ない。

結局のところ、私はTYPE-MOONが、奈須きのこ世界が好きだったのではなく、ただ『月姫』という作品が好きだっただけなのだろう。あるいは、月姫が生まれた、あのころが。

これは八つ当たりだ。私はFGOが気に食わない。ただそれだけの、書き初めである

2018-01-01

本家公式(および関わる人)が同人頒布する際の判断

結局けものフレンズ監督オリジナルじゃないんだけど監督オリジナルが活かされた事でグレーゾーン感が増した

次は監督自主制作ケムリクサ?)だから製作委員会組織したとしても拗れなさそうと思うかもしれない けど…

自身著作権を有する商業作品一般参加じゃなくて企業ブースでやれという議論がなくもないので改めて記してみた

2017-12-28

別所に書こうとした愚痴

から気になってた作曲家さんがコミケ新譜頒布するらしくて

試聴あるかな?どんな曲が入るのかな?ってわくわくしながらサイト見てた

同時に今後梶浦さんが新曲出すとしてもこういうわくわく感がなくなりそうで悲しくなった

今後新譜出たとしても大人の争いばかりが頭によぎるんだろうな

まだ事実かはっきりしてないけど嘘にしてはリアリティありすぎるんだよ例の報道も5chの書き込み

2017-12-26

年末コミケ出るんだけど、お手伝いさんがどんどん自分頒布物無断で告知出し始めて、もはや乗っ取られ状態になってる。

前にもスペース落選しちゃった自分より人気のある作家さんと合同スペースで出してあげた事が有ったんだけど、

あの時も酷かったなぁ・・・。聞いてない量の既刊とかガンガン並べ始めちゃった上に、作家さんの知り合いがたむろし始めちゃって、

結局俺の新刊全然頒布出来なかった。買いに行きたかったけど人がいたか・・・って話後で聞いて、がっくりした。

今回のお手伝いさんレイヤーさんなんだけど、コスメインの人だからって油断してた。

もし今後コミケとかのイベントお手伝いさん探そうって人は気をつけてね。

どうしたもんかなぁ・・・

2017-12-11

熊谷千葉市長の主張する、表現規制についての正当性について

 熊谷千葉市長は千葉市が行った、コンビニにおける成人向けコーナーについて、これの表紙にカバーをかけることを要請するという行政上の行いに対し、民主主義プロセスによって決定されたものであり、この要請は正当なものであると主張している。

 また、その要請を端緒として決定されたイオングループにおける成人誌等に関する流通規制について、これは民間独自に行ったものであり、表現規制という批判は当たらないと主張している。

 以上のことについて反論すべくつらつら書いたのが、書いたら満足してしまった部分があるので、増田にて放流することとした。 

 五千文字以上の乱文を読むことは骨が折れると思うので、主たる主張を始めに書く。

 

 まず、民主的プロセスのみを根拠として表現規制を行うことは肯定することには大きな問題がある。

 表現規制を行うのであれば、表現の自由の重大さから鑑みて、単に民主的プロセス正当性のみではなくそれ相応の慎重さが求められると考えるが、千葉市が成人向けコーナーの雑誌に対しカバーをかけることについて民間要請するにあたり、慎重に取り扱ったという証拠は今のところ提示されていない。

 またイオングループ自主規制は、その前提となった千葉市要請に基づくものであり、これと一体として論じるのが適当である

 このことは、ミニストップ熊谷千葉市長が共同して記者会見たこからも明らかなように、千葉市要請イオングループ規制政治的にもセットで語るべき問題であることは明らかである

 よって、イオングループの決定についての政治的責任を、熊谷千葉市長は一定程度負わなければならない。

---------

・表紙の隠ぺいにしろ流通経路からの締め出しにしろ、それは表現規制である

 ある表現物に対し、役所などの行政規制を設けることは、これはすべて表現規制である。これは表現規制という単語を見れば明らかである

 よって、千葉市によって行われたコンビニに対する表紙の隠ぺいなどの要請表現規制要請である

 また、イオングループによる撤去について、これの端緒となったのは千葉市要請であり、その因果関係があることは熊谷千葉市長も認めるところであり、また共同記者会見を行いイオンの発表として千葉市要請を端緒としていることを明記しているのだから千葉市要請した表現規制の延長として捉えることは自然なことである

 このようなイオンの動きは「自主規制」と呼ぶべきものでもあるが、日本表現規制歴史においては行政による規制自主規制は両輪の関係で不可分であり、特に本件はイオングループによる自主規制行政による規制要請とそれを受けての自主規制であることから、これを一体として論じることが適当である

 一度ここで確認したいことは、あらゆる表現が許容されるわけではないということだ。これは、一部の表現が法などによって規制されていることからも明らかであろう。例えば他者人権侵害するようなもの名誉棄損の罪などによって規制されているし、性器露骨描写についてはわいせつ物として規制が行われている。

 すなわち、あらゆる表現のなかから他者人権などと比較し、規制されなければならないものについてこれを行っているのである

 したがって、今回の千葉市についてもその表現規制妥当であるかどうかが検討されたかどうか、またそれが客観的に見て妥当であるのかどうかを見なければならない。

 しかし、熊谷千葉市長のツイートを読む限り、民主的手続き正当性を主張するのみであり、そのような妥当性の検討を行った形跡は確認できない。

 また、表紙の隠ぺいについては自由競争市場に対する規制であることもここで指摘しておきたい。

熊谷千葉市長の主張の危うさ

 熊谷千葉市長の本件に関わるツイッター上での主張は

民意があり、議会承認しそれを行政が実行したものであるから、この表現規制は正当なものだ」

とまとめることができるだろう。

 しかし、これを以ってして表現規制を行うことの危うさについてここで指摘しなければならない。

 なぜならば、民主主義は必ずしも正しさを担保するわけではないかである

 例えば、以下に例示したもの民意に基づき、民主的手続きに基づき行われたものだが、果たして正当化しうる政策だろうか。

ナチスドイツによるユダヤ人政策

 ヒトラー率いる国家社会主義ドイツ労働党NSDAP)は一応は民主的選挙によって議席を獲得し、一応の手続きを経てユダヤ人に対する迫害を行った。

アメリカにおける日系アメリカ人強制収容

 日本アメリカとの戦争状態に入ったときアメリカ世論の後押しを受けて日系人強制的収容した。またこときその財産事実上簒奪された。これらの名誉回復1980年以降にようやく行われた。

アメリカ特に南部において行われていた人種隔離政策

 「黒人専用」「白人専用」といった人種差別政策が行われていた。これらは民意によって支持されていた。

オーストラリアにおける白豪主義

 オーストラリア政府によって行われていた一連の非白人への差別政策

 また、熊谷千葉市長の主張を言い換え、このようなものも導くことができるだろう。

外国人性的少数者への排斥などは

民意代表たる議員議会質問をもって提案し、関連予算議会承認され、並行して市民意見聴取して改善を求める意見が多数と確認

されたならば外国人性的少数者に対する排斥などを行うことは正当である」と。

 これらは不当に差別的ものであり、人権侵害であることは論を待たないと思うが、熊谷千葉市長はこの理屈表現規制は行えるものとしているとしているのだから、これについても是であるとこれまでのツイートからでは判断せざるを得ない。

 そうではないのであれば、熊谷千葉市長はある特定物事については単に民意議会における手続きだけではなく、より広範な正義に基づいて判断するべきだと考えているのであり、そしてその特定物事には、表現に対する規制は入っていない、ということになるだろう。

 だが、表現の自由とはそういうものであろうか。

 表現の自由も、単に手続き上満たしているからといって、これに制限を加えることを正当化することができるのだろうか。

 私はそうは思わない。表現の自由は大切なものであり、表現規制はこれを慎重にしなければならないと考える。

 そしてそうであるならば、それは単に手続きを満たしているからと言ってそれを実行することを正当化することはできない。

表現の自由とはなにか

 表現の自由基本的人権の一つであり、すべての見解検閲されたり規制されることもなく表明する権利をいう。

 また、ここには報道出版の自由なども含まれる。民主主義において自由な討論は欠くべからものである政府などによって恣意的表現規制することは原則としてあってはならない。

 よって、行政による表現規制は慎重でなければならない。

・これまで日本で行われた表現規制

 戦後日本における表現規制の概略をここに示す。

わいせつ表現規制

 日本における性的表現物に対して規制している法律刑法175条で定義しているわいせつ頒布等の罪である

 サンデー娯楽事件により、わいせつ物を構成する三要件定義された。

 すなわち、

.通常人羞恥心を害すること

.性欲の興奮、刺激を来すこと

.善良な性的道義観念に反すること

わいせつ物の構成要件となる。

 その後チャタレー事件悪徳の栄え事件などで判例を積み重ねている。

 刑法175条の運用として、警察局部が映っているかどうかで取り締まりを行った。このとき陰毛性器の一部として取り締まり対象としていたが、1980年から徐々に変化し始め、陰毛が映っていても直ちにそれをわいせつ物とされなくなっていき、1990年に入ると事実上陰毛については刑法175条の規制対象ではなくなった。「ヘアヌード解禁」とも呼ばれる。

 このように、判例に拠らず行政側の恣意性によってわいせつ物の判断が変動していくのが我が国におけるわいせつ規制の特徴の一つである

悪書追放運動

 1950年チャタレー事件きっかけとして各地の地方自治体青少年健全育成条例が制定されていき、それと同時に民間PTAなどで悪書追放運動が起きる。特にマンガが標的とされ、各地で燃やされるなど過激化した。

 1989年東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件が発生、宮崎勤逮捕され、大量のアダルトビデオを所持していたと報道されたことで、これらのメディア人間に悪影響を及ぼすとしてメディア効果論が起こた。また、それに関連して朝日新聞漫画本が子供に悪影響を与えると社説で論じたことをきっかけとして再びコミック追放運動が起きた。これらを受け、成年向けコミックでも激しい自主規制が行われた。

有害図書指定

 各地で制定されている青少年健全育成条例で定められており、過激暴力や性表現のもの包括的、あるいは個別的指定する。指定された書籍は18歳未満への販売禁止され、区分陳列をしなければならないほか、業界団体自主規制として指定を受けた図書流通制限している。

-成人コミックマーク

 業界団体出版倫理協議会が制定した、性描写過激な成人向けコミックにつけられるマーク

 コンビニで定めている成人誌とは区分が異なる。これらはコンビニには原則として流通しない

コンビニ向け成人誌

 コンビニエンスストア側が成人向けとして区分し、成人向けコーナーなどに陳列する雑誌

春画の展示

 春画江戸時代に版画で刷られた性的表現物で、今日ではその美術性が評価されている。

 しかし、日本国内でこれを自由に展示することはできない。なぜならば、性器修正が施されておらず、わいせつ図画にあたるからである。数年前に実現した春画展も、主催者警察など関係先がなんども折衝を重ねて半ば例外的に開催にこぎつけたと理解している。

 その春画展に合わせて春画掲載した週刊誌のいくつかがわいせつ図画を掲載したとして警察から指導を受けている。

 このように、日本性的表現物については行政側の規制要請民間団体自主規制とが複雑に折り重なっており、民間側の自主規制についても含めて表現規制として論じられる。特に今回は熊谷千葉市長並びにイオングループ千葉市要請きっかけとしていることを認めており、千葉市要請イオングループ自主規制については一体として論じるのが適当である

 政治的にも、ミニストップ熊谷千葉市長が共同して記者会見たことなどから、この自主規制とそれによってもたらされる表現規制に対し、一定政治上責任を負っている判断される。

コンビニに置かれている成人誌の表紙は隠されなければならないほど卑猥なのか

 熊谷千葉市長はコンビニ成人誌に対して自主規制を行っていないかのように批判したが、コンビニ向け成人誌はコンビニ流通できるよう自主規制がすでに行われているし、その内容は青少年健全育成条例などによって規制を受けている。

 表紙についても水着を着用するなどわいせつ性を抑えており、青年誌などと比較して規制しなければならないほど突出して過激であるとは言えない。言えるのであればその根拠規制する側である行政提示しなければならない。

 また、表紙の卑猥さについて基準を設けての規制ではなく、区分陳列されていることによって一律で規制しようとしたことは、表紙の卑猥さとは無関係規制である。これは当初の規制目的ひとつである、成人向けコーナーの雑誌過激さによってもたらされる不快さを低減するための措置としては不適当である

 以上より、私はコンビニにおいて成人誌と区分される雑誌に対して表紙をカバーするなど表現規制を行うことについては正当性を見出すことはできない。

 また熊谷千葉市長のツイートを読む限り、これら比較検討を行い、それでもなお成人向けと区分される雑誌の表紙を隠さなければならないことの正当性検討した過程が見えず、よって表現規制に対する慎重さを読み取ることはできない。

不快理由排除は正当なのか

 本件は成人誌に対する不快感を一部根拠としている。

 しかし、これを根拠とすることは危険である

 不快に思わされないことは人権の一部と言えるが、その人権擁護するために他者権利侵害する場合、これを比較検討して結論を出さなければ公平ではない。

 例えば、性的少数者に対する不快感はどうであろうか。近年、性的少数者についての認識が変化し、これを受容する方向に世論形成されているが、これまでの歴史において性的少数者迫害されてきた。性的少数者迫害された理由はいろいろ考えられるが、そのうちのひとつは個々人が思う同性愛者に対する不快感によって、同性愛者を迫害することへの肯定的世論構成されていたからだろう。

 多数が不快に思っているのだから性的少数者迫害してもいいのだろうか。

 もちろん、これは否である性的少数者不快に思う気持ち内心の自由ではあるが、内心の不快によって性的少数者人権侵害していいわけではない。

 表現の自由も同様である。単に不快であるというだけではそれを規制することは他者表現の自由に対する侵害である

 また、個々人の趣味嗜好は多様であることから、単に不快さを理由としたとき、その範囲は無制限に拡大していき、実質的にすべてが不快であるから規制する、ということにもなりかねない。

 よって、不快さを根拠として表現規制することは適当ではない。

結論

 以上すべてより、千葉市が当初求めた成人向け雑誌カバーをかける要請について、これ表現規制であり、またこ規制適当ではない。

 イオングループが発表した流通規制千葉市要請した表現規制と一体として論じられるべきものである。また、イオングループが実行した自主規制に対し、熊谷千葉市長は一定政治的責任を負う。

 また、イオングループ千葉市<

2017-12-03

ほほえましい感じになってるけど、こういう自営業の店で二次創作同人置くのってどうなの。

イベントでの頒布でも委託でもないなら普通に販売ってことになって問題なんじゃないの?

2017-11-28

愚者あほ)が出てくる、村外(とかい)‪が見える

愚者あほ)が出てくる、村外(とかい)が見える――『屍人荘の殺人批判に答える

28鮎川哲也賞を受賞した今村昌弘『屍人荘の殺人』が話題になっている。私も読んだ。

夏休み大学生たちが山荘を訪れて、その場が閉鎖状況となって連続殺人に発展するという、設定だけなら片手で数えられる以上の似た作品諳んじることができよう。

しかし、本作はその閉鎖状況の構成要因が変わっている。それが閉鎖状況下で発生する第一の(一見平凡な)密室殺人や第二の殺人を、この状況下「だからこそ」の、より不可解な謎を生じさせている。

(余談になるが、この構成要素に関して、小説の興趣を削ぐから箝口令を敷く空気が流れているが、要素そのもの真相でもなく、そこから推理小説としての面白みに繋がるわけだから、過敏になる心証がよくわからない。だって、みんな有栖川有栖月光ゲーム』の内容紹介に火山噴火のことが書いてあるからって怒らないでしょう?)

そして、謎解きの段に於いても、用意された設定が存分に活かされたうえで意外性のある真相へ導かれていくのだから新人デビュー作としては文句のない出来だ。

選考委員の一人である北村薫氏が選評でも書いているように、年末ミステリランキングにもランクインすることだろう。江戸川乱歩賞受賞作が出なかった2017年に至っては最大の新人である。票が集まる可能性は高い。

なお、これより先の文章は『屍人荘の殺人』の結末に言及することになる。よって未読の方は注意されたい。そうは言うもの作品分析とは違うので、そういうものをお望みの方には本文章無用である。ほかの小説評論を読んでいるほうが、よほど有意義時間の使い方というものだろう。本格的な『屍人荘の殺人』論は私も読みたいので、その仕事はほかの方にお任せしたい。

それでは本題にはいろうと思う。

あらゆる作品に言えることだが、普段そのジャンルの読者を標榜する輩が仲間内で褒めているうちは、実際の読者数はそんなに多くないというのが常だ(そういう輩は自分の村の外には碌に目を向けられない田舎者で、声だけは無駄におおきい)。

一方そういったジャンル読者のなかから以下のような記事(詳細はリンク参照)を書く者が現れ始めると事態は変わってくる。田舎者批判するのは他所者と相場で決まっている。つまり、彼らの仲間以外の人々がその作品について(読んで)語っていて、その感想へのカウンターとして下記のような記事は生まれてくる。これはより多くの読者を獲得しつつある、要は売れる兆しと言える。


藍川陸里「『屍人荘の殺人』を読んで16の疑問」(補遺の坂)

http://rikuriaikawa.blog.fc2.com/blog-entry-28.html


本人のtwitterを拝見する限り、文学フリマでは200頁超のミステリ評論頒布したらしい。熱心な書き手である。残念なことに自分ミステリ評論のほうは手に入れていないのだが、それほどの分量なのだから、すくなくとも労作であることは間違いないだろう。

もし、そのミステリ評論も先に紹介した記事と同程度の読みの確度であるなら、物を書くことに徒に時間を浪費するより、余生は別の趣味を見付けることをお勧めしたい。

読者の疑問に対して、作者が答えられる機会はそう多くない。作者一人に対して読者は数千数万といるわけだし、アホな質問にいちいち答えられるほど作者も暇ではない。

なので、ここでは氏の疑問に対して僭越ながら自分が答えたいと思う。

もちろん私は『屍人荘の殺人』の作者ではない。ましてや作者の知人でも、インタビューして伺ったわけでもないので、あくまで氏と同じ読者の立場から作者の意図を拾って回答するかたちとなる。ここでの回答が作者の望むものとは同じでないことは(こんなこと本来は言うまでもないことだが)留意してほしい。

「『屍人荘の殺人』を読んで16の疑問」という記事を書いた藍川陸里氏は、冒頭を読む限りでは、まず『屍人荘の殺人』が「過剰に絶賛されて」いる状況に疑問を持っている。本作が完成度以上の賛辞を得ている点には、私も反論はしない(とはいえ、その現象に対して私が差し挟む疑問や意見もない)。氏は本作に関して「さすがに不備が多すぎるんじゃないか」と、本人曰く「辛口レビュー」を展開している。

しかし「レビュー」とは言ったものの、「手落ち感のあった16の箇所」を列挙しているだけなので、いわゆる書評体裁からは程遠い。「手落ち感」という予防線を張った書き方も気になるが(明確に「手落ち」と言えるのであれば手落ちと書けばいい。取って付けたようにオブラートに包むことで批判を「雰囲気」に回収して最初から退路を用意する書き方は、物を書く(それによって批判する)者のスタンスとしては最低である)、ここは氏のやり方に倣って自分も箇条書きにて回答したい。

念のためもう一度注意を促すが、これより先の文章は明確に『屍人荘の殺人』の結末に言及することになる。よって未読の方は、このくだらない文章を読む前に、興味があるなら作品を読むことをお勧めする。世評や他人感想ばかり集めて読んだ気になるのは、読書於いて最大の愚行である


1.登場人物ゾンビへの対応

……登場人物のひとりが話す(映画における)ゾンビの特徴を実際に発生したゾンビに当て嵌めて話を進めるのは納得いかない、と氏は批判している。しかし、謎解きの道具である特殊設定(現実では有り得ない設定)の説明に筆を割けば割くほど、物語における主従が逆転して本末転倒になっていく。氏の指摘は尤もだが、これは特殊設定を活かしたミステリ全般が孕む問題であり、本作に限ったものではない。ほかにもそういう作品があるから本作でも問題にならないというわけでは勿論ない(こういった問題クリアしている作品もちゃんとある)。本作はミステリ研究会の会員が作中でミステリについて言及するなど「お約束」を踏まえた舞台づくりになっていて、更にそこに加えられた異常な状況を、ゾンビ映画の「お約束」で説明している構図になっている。自己言及的なこういう遊びは、すれっからしのマニアもにやりとさせるためのサービスなのだと考える方が多少は面白く読めるというものだ。読書はすこしでも楽しい方がいい。

当該記事のなかでは数少ないまともな指摘なので、あまり長くなっても仕方ない。ここで止めておこう。

2.推理をせずに自白に頼るのはミステリとしてどうか

……記事から引用しよう。「‪第一殺人ではゾンビがなぜ部屋から消えたのかは犯人から自白によって落下したということが明らかになるけれども、さすがにそこは落下したという証拠を元に推理をして探偵が独力で辿りついて欲しかった‬」

端的に言って、この指摘は誤りである。まず、犯人指摘より前の段階、第一殺人真相が明かされた直後に探偵役は「詳しい状況はわかりませんが」という留保のうえで、「星川さんは進藤さんと揉み合いになり、手すりを越えて下へと転落したのでしょう」と推理している(267頁2-3行目)。この推理は厳密には真相と異なるが、星川麗花(ゾンビ)の落下に関しては自白の前に既に推理が為されている。何より、第一殺人直後の現場検証於いてベランダの窓は外に向かって開け放たれ、足跡というほど明確な形ではないが何者かが歩いたような血の跡がベランダの外へと続き、手すりにもべったりと付いていた」と手掛かりまで書かれている。

また、この項目のなかでは「最後犯人を指摘する際、葉山か静原のどちらかが犯人だというところまで来て、結局しズはら自白により犯人が決定したのも手落ち感があります。この腐対rのどちらが犯人なのかという所はちゃんと推理で絞って欲しかったです」と指摘が続く(誤字まで原文ママ)。

かに解決編では犯人が自ら名乗り出る。

しかし、これに関しても、用心深い読者なら頁を遡って「彼女に見送られて俺は部屋に戻り」(191頁8行目)という記述を見付けたことだろう。この記述から最後に自室に戻った人物(=犯人)が静原美冬であることは明白である。語り手の意図によって一部欠落した記述はあるが、彼は嘘はついていないので、上記の箇所も手掛かりとしては有効だ。ここまで親切に手掛かりが用意されてあるにも関わらず、確認もせずに批判する人間がいるとは思えない。もし確認したうえで上記のような批判を出しているのであれば、氏は真に恐ろしい書き手である

3.ホワイダニット真相

‪……探偵役が提示した「全員が死ぬか生きるかという追い詰められた状況で、わざわざ密室の中の進藤さんを殺す必要があるのか」(142頁6-7行目)という謎の提示に対して、氏は「その真相が「こんな状況じゃなくても元から殺す予定だった」っていうのはさすがにしょぼすぎる」と批判しているが、これも正しくはない。‬

‪まず、第一殺人(進藤殺し)の犯人は「元から殺すつもりだった」(290頁16行目)静原ではなく、ゾンビとなった星川である。よって静原の動機は、ここでは本来関係ない。‬

‪また、第一殺人における眼目は「なぜ殺したのか?」に見せかけた「誰が殺したのか?」である犯人人間ではないという真相が明かされることによって「なぜ殺したのか?」も明らかになる。明かされる事件の構図から考えても、「動機がしょぼい」という批判的外れしか言いようがない。‬

4.1つめの殺人推理ロジック

……「‪推理根拠となったのがただ1つ「布団の裏側に血がついていた」というものだけ」とのことだが、2.の回答でも書いた通り、そんなわけがない。‬

そもそも、この疑問自体ほとんど2.の重複で、さして意味のないものである。きっとこの項の手前で氏は一度記事を書くのを中断したのだろう。途中まで書いた内容を忘れて、同じ疑問を書いてしまったに違いない。‬

5.1つめの殺人の顔が食べられた謎‬

‪……このあたりから、箇条書きの見出し日本語が怪しくなってくる(係りが不明である)。‬

‪進藤の顔がゾンビとなった星川に「噛みちぎられた」理由解決編で犯人が話している通り「星川さんに口づけをした」からである(292頁14-15行目)。氏は本当に解決編を読んだのだろうか。‬

6.推理が始まってから証拠が出てくる

……この項にいたっては、該当頁の典拠さえ誤っている。他人文章をあげつらう労力の何割かを自分文章に向けることをお勧めする。

7.登場人物名前をゴロ合わせで覚えやすくしているけれども意味がない。

……難癖以上のものではない。

8.キャラの書き方が雑すぎる

……言い方を変えてはいるが、新本格に対する「人間が描けていない」という批判と何が違うのか。ここで繰り返すのも馬鹿らしいことではあるが、謎解きを主軸に据えたパズルストーリイに対して、心理描写多寡をあげつらうのは的外れも甚だしい。こういう時に出てくる「深み」という言葉は、どうしてこれほどまでに浅薄に聞こえるのだろう。

9.音楽伏線の回収は面白かったけれども、伝聞であるのが良くない。

……このあたりから作品評を離れて、遂に難癖をつけること自体目的となってくる。氏によれば、探偵役とワトソン役が体験した以外に集めた手掛かりはぜんぶ信憑性はないそうだ。それでは、探偵役が証言を集める事自体意味はなく、安楽椅子探偵は頭から存在否定されることとなる。

10.最初ワトソン役の推理ものすごく適当推理をする意味が分からない‬

‪……氏曰く「偽の推理をさせる場合は最低限納得できるものにしてほしい」とのことだが、こういうのは可能性の消去であって、推理於いては当たり前の手順である。‬

11.犯人メタ読みできる

……だから、どうしたというのだろう。

読者を驚かせることが推理小説第一義でない以上、犯人の予想がつくことは瑕疵とはなり得ない。

何よりメタ読みは推理でもなんでもないので、それで犯人がわかることを殊更に主張する真意がわからない。

12.叙述トリックが地味すぎる

……叙述トリックが本筋でないことは誰が読んでも明らかだ。これもまた的外れ批判である

13.探偵心理が異常

……「――あげない」

強い口調。

「彼は、私のワトソンだ」(302頁15-18行目)

この箇所にすべてが書かれてある。氏が、こういうロマンティシズムに感興の湧かないひとなのだと思うだけである

14.‪3つめの殺人の毒の入手方法面白かった。けれども、毒を仕掛ける部分の描写がさすがに不足している‬

‪……これ程までに作者に説明強要する理由がわからない。‬

から十まで書かれていないと理解できないのだろうか。書いてあることも理解できていないのだから、仕方ないのかもしれない。

15.屋上まで逃げた時に、丁度ヘリコプターが来るのはさすがにずるい‬

……「救助のヘリが現れたのはそれから時間後」である(303頁18行目)。

何がずるいのかさっぱりわからない。

それでは、何時間後にヘリコプターが現れるのが現実的だというのかご教示いただきたい。

16.文章は読みやすいけれども、引っ張ってくれない‬

……読みやすさは、ひとつ美徳である。「引っ張ってくれない」と作者の「もてなし」を求めるのは、「お客様神様だ」と宣うことと何が違うのか。こういう考えを抱く読者が改心することを願って已まない。


ここまで氏が指摘した「手落ち感のあった16の箇所」に対して回答したが、その後も熱心に指摘が書き連ねられている。

それらのひとつひとつに付き合う程私も暇ではないが、看過できない指摘もある。

例えば、以下のようなものである

‪「選評で北村薫が「奇想と本格ミステリの融合」と評しているのだけれども、ただゾンビを出しているだけだと思います。化け物が出てくれば何でも奇想とするのはさすがにどうかとは思いました」‬

‪……恐ろしい。とうとう選考委員北村薫氏まで批判対象となるのである。‬

推理小説於いて「奇想」という言葉が謎の不可解さや意外な真相形容する語として用いられることは、多少推理小説を読み慣れている者には周知のことだろう。もちろん北村氏も、ここではゾンビ存在を踏まえたうえで事件不可能趣味真相の意外性を以て「奇想」と評して、それが本格ミステリ作法に則って書かれているから「融合」と賛している。‬

‪決して「ゾンビ」が出てくる事自体を「奇想」と評しているわけではないことは、前後文章を読めば大半の読者にはおわかりのことと思う。文脈が読めない読者というのは、作者にとっては脅威以外の何物でもないだろう。‬


田舎者も村の外を一歩でれば、自分価値観や考えが偏ったものと知ることとなる。‬

‪そこで考えを改めるか、それともこれまでの考えに固執するかで人間は分かれる。‬

‪すくなくとも、村の外に出ることなく、出ていった者や訪れてきた者を思い込み批判する人間は、内と外どちらにとっても害悪以外の何物でもない。

‬まずは卑小な自意識を捨てて、村の外に出ることを勧める。(WY)

2017-11-23

anond:20171123210012

臭いとは思うけど、現行刑法には第175条にわいせつ頒布罪があるからね。

刑法175条を撤廃しよう!とかい運動も一時期あったみたいだけどキワモノで終わったみたいだし。

実写であろうと創作物であろうとその文書を目にすることで社会通念として「性欲を興奮または刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性道義観念に反する」かどうかで判断される。

コンビニで売る売らないというのは販売者自由だけど、男性の性欲のために創作物は全てOKにしたいなら刑法改正から攻めた方がいいよ。

anond:20170316003106

コンビニで取り扱うのも取り扱わないのもコンビニ自由

ただ法規制だけは許さん

最近被害者のいない犯罪規制しすぎ

わいせつ頒布罪とかお互いの同意はあった場合は除外すべきだろ。

誰も被害を受けていないのだから

2017-11-08

anond:20171108111747

大多数の男は実際にチンコが穴に入っている「絵」がある事が重要なわけで

(だから修正強すぎると売れないとか頒布禁止にならないぎりぎりレベルをどう狙うかとかが話題になるわけで)

そういう概念的なエロ需要があるのは女性向けだけじゃないかなあ

まあ男性向けエロでもそうではないジャンル官能小説なんかはそもそも絵がないし)もあるけど

エロ同人というジャンルだとあまり売れないと思う

2017-11-03

[] クルアーン読む読む

クルアーン注釈書(『タフスィール・アル=ジャラーライン』)を買って読んでる。

注文するまで

キリスト教勉強してたら、そらぁイスラムも気になるわな、という感じで買った。

・その辺に売ってるイスラム本は入門書ばかりで、肝心のクルアーン注釈書がどこにもない。

・と思ったら、日本ムスリム協会というところで注釈書が格安(1冊3000円で3巻セット)で頒布されていた。

Amazonだと買えない。

届くまで

メールで注文した際、後払いで良いと言われてびっくらこいた。善良というかお人よしというか。信仰の為せる技なのか。

Amazonの箱で届いたのはちょっと笑った。

・本のサイズがクソでかいのには面食らった。A3サイズ携帯不可能

・このサイズで1500頁ぐらいあるので、トータルで約1万円ってのはやっぱ安い。

内容について

・『タフスィール・アル=ジャラーライン』ってのは「2人の著者によるクルアーン注釈書」ぐらいの意味らしい(?)。

・著者のマハッリーさんとスユーティーさんは大体1400年代(!)の人。

・この本はめちゃくちゃ簡潔なのが特徴で、簡潔すぎてわけがからないので、”注釈書の注釈書”があるとのこと。

・その”注釈書の注釈書”のうち、ジャマルさんという人のものを、日本語訳者が適宜織り込む形で出版されたのが本書。

ジャマルさんも1800年代の人なので、それでも古い。

・ちなみに日本語訳者は中田香織さんで、有名な中田考さんの奥さん。

クルアーン注釈書の翻訳は本邦初とのこと。

・あとクルアーンの全訳(?)も付いてるので別途クルアーン日本語訳を買う必要は無さそう。

2章まで読んでみて

・1400年代の本が読めるのかって感じだったけど、割と易しく書いてあった。

・ただ途中で気づいたんだけど旧約聖書知識があることを前提に書いてあるので、何も知らんとキツい。

聖書人物名前アラビア読み(?)になるので一瞬「誰だよそいつ」ってなる。イエスはイーサーで、ダビデ王がダーウード

印象的な章節

・初っ端からキリスト教dis半端ない

彼らは、「ユダヤ教徒、またはキリスト教徒でなければ楽園には入らない」と言った。それが彼らの望みである。言ってやれ、「おまえたちの証拠を持って来い、もしおまえたちが正しいのであれば」。(2:111)

・ただ多神教(≒不信仰者)disもっとすごいので、それよりかはマシぐらいの感覚なのかも。

多神教徒の女とは彼女らが信仰するまで結婚してはならない。信仰ある女奴隷の方が多神教の女よりも良い(2:221)

アラブの人たちが日常生活で直面する困難や疑問に対して神の言葉が下されるという形で書かれた章節が多いので、最初のほうからやたらと具体的。離婚したら慰謝料払えよー(2:241)とか、アナルセックスするなよー(2:222)とか。

・これは良いなぁと思ったのは、人の善行が神に対する「貸し付け」となって、死後何倍かにして返されるよ、みたいな言葉。これはキリスト教にない発想よね。

アッラーに良い貸し付けをする者はだれか。彼はそれを倍加し、数倍にもなし給う。アッラーは締め付け給い、また気前良く広げ給う。そしておまえたちは彼の御許に帰らされるのである(2:245)



長くなったので以上。

2017-10-23

マジレスする

1.春画わいせつではない、とされている

まあ一点だけだし、日本美術西洋への影響っていうまじめな展示ってことで「わいせつではない!」ってことになってるんだろうけど(中略)。

芸術性が高くて展示することに価値があれば猥褻であってもOK」とか、そういうことになってんの?

法的な意味で”わいせつ物”だった場合、『子どもに』見せる云々ではなく、人に見せることそのもの違法となる。刑法175条案件だ。

[刑法 第百七十五条]

わいせつ文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。

電気通信送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

この条文に該当する。条文そのものはともかくとして、大人相手限定して売るのも違法になるもの(例:裏ビデオ)が存在することは多くの人が知っている。だが、この法律が何を目的にしているのかは案外と知られていない。

刑法のこの条文が保護しているのは、性的な物を見たくない人の権利……ではない。よって、「国立施設わいせつものを見せるな! 不快だ!」のような訴えは法律上権利裏付けあってのものではない。

では何を保護しているか、というと。判例上は”最低限の性道徳である。(この解釈については流石に時代錯誤を指摘する声は複数あるし、筆者もおかしいと思うが前提として現時点ではそうなっている)

わいせつ図画の判例では比較的有名な(高校公民教科書にも載っているかもしれない)チャタレー事件で「社会の平均ではなく、あくまで最低限」という解釈が出され、、四畳半襖の下張事件で「その時代に合わせた性道徳」を基準にすることになった。

春画はこの条文には該当しない。仮に該当しているのならば仮に未成年に見せていなくとも当該春画を展示している主催者逮捕されるし、過去に開催された春画展も開催自体違法ということになったはずだ(が、そうはならなかった)

なお、この条文には「18禁などの表示」について定めた部分は無い。18禁などの表示の法的根拠都道府県の定める『青少年健全な育成に関する条例』にある(後述)。

1-2.『わいせつな図画』の基準

今の日本で、『わいせつな図画』の明確な基準は”性器をはっきりと描写しているか”これだけである

法律上明記されているわけではないが、事実上そのようになっている。

これに関しても過去には(主に写真集絡みで)争いがあった。具体的には以下のような流れだ。

警察「アンダーヘアが見えたらアウト」→写真家「じゃあパイパンならOKですね」

警察性器が完全に露出していたらアウト。なお、アンダーヘアも性器の一部とする」 →写真家「じゃあパンツはかせます。アレ、少し透けてるような気もしますけど、着てるからセーフですよね」

警察「じゃあアンダーヘアはOKだが性器のものが見えたらアウト」 →写真家ヘアヌードOKですね」 →警察「一応セーフにしておくか」

ということで、現在では成人を撮影した物については性器のものは写さない、もしくはモザイクなどの修正があればセーフということになっている。(児童ポルノは別である

からAVエロ漫画では性器にはモザイクをかけなければならないとなっているし、

逆に性器が写っていないヘアヌード写真集わいせつな図画には該当しない(から書店普通に販売されている。18禁ゾーンの先であることが基本であるとは思うが。)

保護するものあくまで『最低限の性道徳であるから絵であってもアウトであり、だからこそエロマンガエロゲでもモザイク必要になっているが、十分に抽象化されていればセーフである

初期のドラゴンボール悟空チンコを一応描いているが、それが理由わいせつ図画に該当することは価値観の大転換でも起こらない限りは無い。

余談だが、上で例に挙げたドラゴンボール場合ブルマの股間部には特段、何かを描いてはいなかったはずである

女性の股間部に何も描かない”というのはR-18ではない男性向けちょいエロではしばしば採用される手法である

BLではその辺どうなっているのかは知らない(筆者が男性であるため)が、謎の光などを描いて男の股間に何も描かなければ、BLでもR-18指定は免れ得るはずだ。

これは無論、”性器リアルに描いているものは全てわいせつ図画であり、刑法175条違反から作成販売自体違法”ということを意味しない。

当たり前の話だが、医学書は実写で性器掲載してもわいせつ図画にはならない。

芸術性が高くて展示することに価値があれば猥褻であってもOK」とか、そういうことになってんの?

まり元増田のこの文は微妙に違う。”芸術”と”性欲”を厳密に線引きすることは困難であり、悪徳の栄え事件最高裁判決でも

文学性や芸術性が性的刺激を緩和することはあり得るが、文学性や芸術性がある文書(・図画)が同時にわいせつ性を持つことはあり得る(意訳)」としている。

1-3.「わいせつな図画」を巡る具体例

Q1:エロ同人は?

A1:性器無修正で描いたらわいせつ図画になりますが、コミケット準備会警察とほぼ同様の基準に従って修正させています無修正修正が甘いと見本誌を提出したとき販売停止になるはずです。

Q2:普通アダルトビデオは?

A2:性器修正しておく必要があります

Q3:裏ビデオは?

A3:作成販売したら違法です。だからこそ裏なんです。

Q4:無修正性器違法でない国からの、インターネットを介した配信は?

Q4:サーバー所在国の法律で取り締まるのが原則だとは思いますが、正直なところ何ともいえません。

Q5:ろくでなし子さんは?

A5:3Dプリンターデータはセーフで『でこまん』はアウトなんでしたっけ? 増田はでこまんを見たことが無いのではっきりとしたことは言えないのですが、女性器がある程度はっきり見えているのがアウトだったんでしょうねえ。

Q6:ダビデ像など、古典芸術は?

A6:流石にアレは性道徳に触れないという扱いなのでしょう。

2.”見たくない権利

だれか頓珍漢な人が「国立施設わいせつものを見せるな! 不快だ!」とかって騒がねーかなあ。 議論の糸口としては面白いと思うけど。

実は法律上、見たくない権利保護する規定ほとんど存在しない。というと「公然わいせつ罪は?!」と思うかもしれないが、実は違う。

[刑法 第百七十四条]

公然わいせつ行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

公然わいせつ罪と言われてまず思いつく犯罪露出狂青姦だろう。『どの範囲から罪とするか』についてのボーダーラインについては議論があるだろうが、それ以外に議論はない……と思うかもしれない。

だが実は、公然わいせつ罪が保護しているのも、上述したわいせつ頒布と同じく、最低限の性道徳である

から公然わいせつ罪になる行為露出狂青姦だけではない。『乱交パーティー参加者不特定多数相手募集した』『ストリップ劇場性器が見えた』『キャンプ場でAV撮影をした』などが取り締まられた事例がある。

今の時代にそれらをわざわざ取り締まって「最低限の性道徳の維持」につながるのだろうか。私は真剣に疑問に思う。

もっとも、公然わいせつ罪が保護するものを『見たくない権利』にすることは別の問題があるが、今回は省略する。

3."18禁”の法的根拠18禁基準を定めているのは誰か

学芸員さんは付近にいたんだけど、もし「いかにも中高生」な感じの人が来たら注意するのかとか、微妙な感じの人がきたら身分証明書提示をもとめるのかとか、ちょっと思ったけど、そんな感じの来場者もおらず、あえて聞いてみる勇気もなかったので、そのまま帰ってきたけど。

でも、あれ、なんとなく前の人についていくように見てったら「警告」見落としてみちゃいそうだったけど。

今思えば、子供連れが何組がいたんだから、ちゃんと避けられたか、みとけばよかったかな。

あ、そうなればさすがに学芸員が注意するか。

元増田も含め、ある程度エロいもの18禁として売られていることも99%の人が知っている。

だが、18禁として販売することの法的根拠や、18禁指定をしているのが誰かというのはまず知られていない。

結論から言うと、18禁表示をしているのは出版社自身、もしくは自主規制団体である

1.で書いたわいせつ文書図画頒布罪をよくよく見てもらえば分かるのだが、わいせつ文書・図画(や、児童ポルノに関する罪)を問われるのは製造者や所持者だけではない。法律上は、(たとえ大人相手であっても)販売した者も罪に問われる場合がある。

が、店員にとってみたら『わいせつっぽい物を販売したらある日突然逮捕されるかもしれない』は恐怖である

そのような販売店の恐怖が『それっぽいものは全部売らない』になるのは商業的にも文化的にもマイナスなので、

ビデオ映像関係の年齢表示や、成年向けコミックマークはそのような販売店の声に対し、『自主規制団体が、刑法および児童ポルノ法違反していないことを確認したと責任を負います』という意味がある。

からこそ、過去に何度か『AV女優が実は18歳未満だった』という事件があったが、そのAVを置いていたツタヤ店員経営者が全て逮捕されるわけではないし、

以前薄消しが流行ってビデ倫関係者逮捕されたことがあるが、問題になったビデ倫作品を扱っていた販売店の関係者逮捕されていない。

逆に言うと、そういう団体を通していない、いわゆる裏ビデオを分かっていて売ったら店員逮捕される可能性もあるはずだ。

そして「18歳未満には販売できません」で書店アマゾンで売っている商品はどのような法的根拠年齢制限をかけた上で売っているか。実はその法的根拠は国の法律ではなく条例にある。

[東京都青少年の健全な育成に関する条例]

(表示図書類の販売等の制限)

第九条の二 図書類の発行を業とする者(以下「図書類発行業者」という。)は、図書類の発行、販売若しくは貸付けを業とする者により構成する団体倫理綱領等により自主規制を行うもの(以下「自主規制団体」という。)又は自らが、次の各号に掲げる基準に照らし、それぞれ当該各号に定める内容に該当すると認める図書類に、青少年が閲覧し、又は観覧することが適当でない旨の表示をするように努めなければならない。

この手の条例がほぼ全ての都道府県にある。まどろっこしいが、要は『一定倫理基準に該当する物は、青少年に閲覧・販売できないように努力せねばならない。(そして、成人に販売する分には問題ない)』ということである

"18禁"などに関する(映像作品ゲームではR-15も一応は存在する)法令上のもっと重要な(もしかしたら唯一の)根拠はこの条文だ。

この条文があるからリアルでもネットでも、18禁作品を売る際には専用のゾーンを設けなければならない。その区分が雑だという話(特にネットにおいて)はノーコメント

4.でも増田も納得できない春画判断

Q:春画わいせつなんですか?

A:春画わいせつではないし、(性器が見えていなければ)ヌードわいせつではないけど、春画とヌードを同時に掲載したら取り締まりの対象になるらしいよ。意味わかんない(マジで)。

https://anond.hatelabo.jp/20171022175706

2017-10-18

anond:20171018103557

あれは「ひとは棚に並んだ既刊よりも平積み完全新刊を求める」という習性に乗っかった商売

本当は「Cの定番入門書2017」みたいに年次改定すりゃいいんだけどそうすると2016が売れなくなるだろ(技術書は3年くらい前の発行はよくある)


あとはまあ、初心者ほど「解説完璧IDE新版対応じゃないと戸惑う・不快に感じる」という面があるにはあるよ

毎年のように(下手すりゃ半年で)IDEメニューとかツール画面とかコロコロ変えるIDE頒布側にも問題はあるのだけどね


いちばんいいのがコマンドプロンプトでCの基礎を学ぼう、みたいなのなんだけど、黒い画面(あ、今は青い画面か)では売れない…

2017-10-04

anond:20171004182931

やっぱり何にも理解していないんだ。だから咬み合わないわけだ。

そもそもルール作れ」って極端なことを言えば勝った気になるのは幼稚だぞ。

公式イベントさえもユーザー独自フライヤー作って人集めているってことや、地方イベントだとほぼ自治体ユーザー協議して運営してグッズ頒布すらしているってことも。

家を作ったり電波塔立てたりイベントへのツアーを組んだり。日本アジアを覆ったりするイベント非公式で行われてたりするんだぞ?

まあ何が面白いのかを理解するのは無理かもね、君には。

2017-10-02

まず最初

 

けもフレ吉崎観音KADOKAWAの梶井がメインとなって作り上げたプロジェクトである

メディアが「基となる世界観」を利用し、独自解釈・展開していくスタイル採用している。

二次創作」、及び「三次創作」は認めている。

 

 

アニメは「けものフレンズプロジェクトAからヤオヨロズ」に制作依頼をし、受注を受けたヤオヨロズ制作・納品したものである

たつきは「0から1を生み出したクリエイター」ではないが、「売上を0から1にした一歩踏み出せた監督」ではある。

 

 

そして、たつきヤオヨロズ一方的に出している文章と、けものフレンズプロジェクトAKADOKAWAを含めた製作委員会)が一方的に出した声明がある。

 

 

この二つから可能性を追う必要がある。

 

 

アニメけもフレ権利はどこにある?

 

アニメ全般においては、けものフレンズプロジェクトA権利がある。

それ以上それ以下でもない。けものフレンズプロジェクトA絶対である

元の形態を考えれば、「けものフレンズプロジェクトからアニメ展開を行うに当たって発足したのが「けものフレンズプロジェクトA」だ。

 

 

12.1話処遇について

 

12.1話二次創作として話をする。

また、許諾は現在確認できる範囲では「けものフレンズプロジェクトA」ではなく「吉崎観音の口頭での約束」のみである

テレ東のPが「12.1話は訴えられる」として、ヤオヨロズのPが「同人です」と答えていることから許諾のない二次創作であると言える)

 

 

禁止事項に

(2)「けものフレンズプロジェクト」に帰属する素材(イラスト動画、音声、楽曲等)を直接二次利用すること(著作権侵害)

とあるが、等の部分に3Dモデルが含まれるならば二次創作と言っても12.1話はアウトである

一次創作はKFPAが依頼した場合にのみ発生するので、一次創作としては考慮しない)

 

 

しかし、3Dモデルけものフレンズプロジェクト帰属しない素材の可能性が、限りなく無いに等しいが1%未満の確率である

ある以上は考慮しなければならない。

 

 

契約がザルすぎて3Dモデルけものフレンズプロジェクト帰属しなくて良いといった場合

ヤオヨロズ所属ヤオヨロズから給料を貰って仕事として3Dモデルを作ったのならば、その3Dモデルヤオヨロズ管理になる。

この時たつきは、3Dモデルヤオヨロズに無断で使って動画を作ってアップしてはいけない。

ヤオヨロズたつき許可を出して作ったのならば、

禁止事項の

(1)有償無償に関わらず、事業性の高い営利目的での利用

に該当する(ヤオヨロズ広告)と判断やすくなり、簡単な話ではなくなる。

成果物有償無償わずたつき動画を作る為の事業として声優を呼び、スタッフを呼び、となったらアウトなのである

 

 

しかし、ヤオヨロズ所属していたがフリーランス的な契約で「業務委託契約」で制作したのかもしれない。

この時契約次第ではたつき(irodori)に3Dモデル権利があった可能性もある。

この場合はirodoriとして

(1)有償無償に関わらず、事業性の高い営利目的での利用

に該当するかどうかであるが、事業性の低さから禁止事項には抵触しないと考えられる。

 

 

だがその場合於いては、「irodoriに依頼したらそのモデル勝手に利用される可能性があるクリエイター集団」として認識されるだけである

 

 

動画の削除について

 

権利侵害なのだから削除要請されるはずだ。削除されないのは許諾を得ているからだ、というのは想像に過ぎないのだが

その想像を振りかざすのならば、権利者がファンを喜ばせるために黙認した、という想像も許されるべきである

真偽は当事者しかからない。

どちらも可能性がある以上、片方のみを条件にしてはいけない。

 

 

コミケでの頒布について

 

これも「12.1話処遇について」と同じことが言えるが、どこに3Dモデル権利があるかである

許可は得た、が内容まで許可を得たのだろうか?

アニメ監督として同人誌を作りたいか許可が欲しい」程度のものか?

或いは「設定資料集として出したい」か。

許可を得た、の範囲検閲まで済んだものなのか。

普通許可を得て書籍を作る場合権利を持っている会社検閲が入る)

 

 

頒布数・価格によっては過度な利益性が認められることになるが、頒布数・価格の申告はあったか

 

 

許可を得ている」だけでは「ここまでやっていいとは言っていない」の範囲に到達することもあり、

例え許可を得ていると言っても権利元が渋い顔をしたかアニメ製作会社としての評価が下がってしまった可能性はないか

 

 

これも12.1話と同じで、可能性の想像を振りかざすのならば

一線を超えた可能性の想像考慮しなければならないのである

 

 

声優オーディション処遇について

 

そもそもヤオヨロズ声優を抱えていない。

関連会社親会社芸能事務所であるが、ヤオヨロズは違う。

しかし、ヤオヨロズ福原が「そこで一緒にアニメを作っていく人を、なるべく僕らの仕事のやりかたを理解している人たちで固めたほうが、最終的な作品アウトプットが良くなるのではないかなと。アニメ制作過程で一番お尻にある音声の収録=声優さんたちの仕事と、動画制作シームレスにつなぐことで、作品としてブレが少ないもの制作できるのでないか。」

と考えて声優を抱えようとした。(オーディション親会社主体になったようだが)

その時に何を考えたかはわからないが受注しただけのヤオヨロズが「けものフレンズにも出れる可能性がある」と銘打ってしまった。

出回ったメールスクショが正しいのならば「けものフレンズ声優オーディション」となっていて、明らかにけものフレンズを全面に出したプロモーションだった。

そして、それは取り消された。

 

 

けものフレンズプロジェクト」は商標勝手に利用された為に警告したか?(商標株式会社ファミマ・ドット・コムが所有)

或いは自主的に取り消したか。どちらにしても取り消したということは、けものフレンズ名前は使えなかったのである

 

 

もしも無断なのだとしたら「情報共有をしろ、という警告」で済んだのはだいぶ温情であると言える。

商標はそれだけ重要なのである

 

 

この話に於いては、ヤオヨロズに有利な情報は一切無い。

それは、取り消した時点で「許可を得られなかった」と判断するのが妥当であり、許可を得られた可能性の考慮すら必要ないのだ。

その他の話では「許可が得られた可能性がある」を判断するに足りる。消されていない、頒布できた(その後訴訟に至っていない)からだ。

 

 

声優オーディションと辞退の時系列について

 

声優オーディション9月になっても行っていた、KADOKAWA側の声明である8月の辞退連絡」とは整合性が取れない。

からKADOKAWAが嘘をついた、というのも可能性としてある。

 

 

が、別に9月の時点でヤオヨロズも「けものフレンズに出す」とは言っていない。

けものフレンズ制作するヤオヨロズ作品に出演できる可能性も」にとどめている。

 

 

6月メールで「けものフレンズ声優オーディション」の文面が修正されたので、

この時点で指摘をうけたか自主的に削除したかはわからないが、けものフレンズ出演が確約ではなくなっているのだ。

 

 

9月の「けものフレンズ制作するヤオヨロズ作品に出演できる」は嘘ではないだろう。けものフレンズに出演できるとは言っていない。

 

 

けものフレンズプロジェクト声明ヤオヨロズ、どちらが嘘をつかずとも成り立つ事象である

 

 

工作員

 

ヤオヨロズに関して悪い方向に対しての条件が多いと思われるだろう。

しかし、良い条件が少なすぎるのである

 

 

そうすると次に「火消しだ」「工作員だ」と言うのだろう。

どこの火消しであり、工作員だろうか。

 

 

揉めているのはKADOKAWAとではなく、けものフレンズプロジェクトであり、商標を持つファミマ・ドット・コムであろう。

自分ファミマ・ドット・コム社員で火消し・工作員というのならば「そう捉えられてもおかしくない、受け入れよう」と思うが

KADOKAWAの火消し・工作員」と言われると「どこにその要素があったか」と逆に問わねばならない。

 

 

いずれに案件においても「紙一重」であることが問題なのだ

権利者が怒りかねないものしか功労者として許せるものギリギリラインである

からこのように情報錯綜するし、怪文書が出回る。

 

 

いま現状、たつき信者と呼ばれる側、火消し工作員と言われる側の「どちらの言い分も等しく存在し得る状態である」のである

 

 

ひとしきり憤ってそろそろ落ち着いてきたフレンズも少なくない。

ヤオヨロズがどのような声明を出すのかを待ちつつ、それまでは自らにしっくり来る言い分を見つけて日常に戻るのも良いのではないだろうか。

 

 

少なくとも、竹書房に問い合わせするのは辞めよう。迷惑から

返信

から低能ヤオヨロズがどういう声明を出すと予想してんだよw なーんにも予想しないでだんまりは駄目だってカドカワ擁護してるだけだろうがw

 

ものプロジェクトA声明に対する反論でしょうね。

それ以外無いですし。全面的に認めたらヤオヨロズ解体せざるを得ません。

 

あと、ヤオヨロズたつき否定KADOKAWA擁護というのは些か短絡すぎるのではないでしょうか。

思考の停止も悪くないですけどね。自分脳みそ溶かしてKADOKAWAが悪!と言えたら楽だったと思いますよ。

2017-09-27

FGO二次創作ガイドラインについて思う事

あくまでも私の理解なので、参考程度に

あたりまえの事ばっか

ツラツラ書かれていた事を振り返ると、ウンコをした後はお尻を拭きましょうねというレベルの当り前っぷりだった。そりゃそうか。

ゲーム中の画像データ(立絵とかイベントCGとか)をそのままデッドコピーで貼り付けて「ボクの新刊です!」とばかりに頒布するような、そんなのは絶対ダメよと咎めている内容だった。

そりゃそうだ。それがどうしてダメなのかが分からない人は恐らくいないだろうし、そんな意識創作活動に関わって欲しくない。

その他、文章音楽についても同様にデッドコピーをしてはダメですよという内容だ。

ロゴ商標権意匠権も関わってくるので、これまた当然のこと。

ウンコをするなら大便器でやりましょう!お尻を拭きましょう!流しましょう!というレベルのことだ。

同人誌ゲームについて

上記を守るならOKだよ!という声明

漫画小説も書き放題だし、ゲームだって好きに作って良い。

元々が同人サークルだった企業公式コンテンツに元同人作家を登用する企業なだけに優しいなあ…

艦隊これくしょんガイドラインゲームは全部ダメですというお達しが出たのが記憶に新しいだけに、ゲームについても言及してくれるのは、とても嬉しかった。

ということで、誰かジャンヌ三姉妹恋愛をするギャルゲー作ってください。お願いします!

立体物について

その上で少し気になったのは、グッズと立体物についての個別言及があった件。

まずは立体物だ。

立体物は基本は認めません。ただし、ワンフェスのような個別版権申請ができるイベントのみ、例外OKです……という。

ガレキ系・フィギア系の二次創作界隈のしきたりをそのまま持ってきたルールだったので、これまた妥当な内容だったと思う。

どうして立体だけ?という疑問については、グーグルで「立体 当日版権」あたりで検索すると出てくるので割愛

あと、twitterでざわざわしていたのが「ラバーストラップアクリルスタンドはどうなの?」という件についてだが……。

これは分類としてグッズじゃないのかなーというのが私の考えだった。

オフィシャルが出しているアクリルスタンド等と競合する!といっても、絵が全然違うなら競合もクソもないんじゃなかろうか。

言っちゃ悪いが、素人落書き印刷されたプラ板ゴム塊だし。

ただ、ラバストラップ等については別の角度から問題が発生する可能性はある。

つままれ代表されるような、既存の人気製品モチーフとして作ったグッズを「つままれFGOです!」のような形式名前まで借りて頒布した場合は、流石に商標侵害になりそうな気がするので……。

立体物云々の危険性というよりは、商標権侵害に関する危険性だねこれ。

オマージュ元の名前を上手に隠すのも大事ですね。

グッズについて

立体物に続いて個別言及があったグッズ系のガイドライン

グッズについては「商業目的での制作頒布ダメ」と、若干ボカした表現言及をしている。

捉え方によっては「1円でも利益が出たらダメ」という書き方にも思えるが、流石にそれは無いだろう。どうやって検査するんだ。

グッズを作ったサークルに収支報告をさせて精査するワケにもいかないし(そんな作業に人を回す余裕は無いだろう)、コミケの度に御用改の如く抜き打ち売り上げチェックをするわけにもいかない。

制作個数が3ケタ個を超えたらどうなのかだとか、企業に依頼して作って貰ったら駄目なのかとか、売上が5万円を超えるのはどうなんだとか。

あれこれtwitterが騒がしかったが当然誰も答えを知らないのだ。

ちなみに、ニトロプラスガイドラインはこの辺をしっかり数字で出している。

個数200個以下、売上10万円以下だ。もっとも、これは数あるガイドラインの中でもかなり厳しいとされる数字なのだが。

閑話休題

この件についてはボカした書き方をしているけれども、私個人としては「法人化起業禁止」「商業流通ラインに乗るのは禁止」という意味だと捉えた。

法人化すると銀行融資が受けやすくなるので、同人では不可能な規模での流通経路の確保や開発体制の増強が見込める。

そうなると、同人活動とは比べ物にならないくらいの大規模販売可能となる。やろうと思えばイオンだって売れてしまうのだ。

はいえ、FGOキャラ二次創作イラストが描かれたTシャツ製造販売する会社(本件FGO開発とは一切無関係契約締結もマージン支払も無し)があったとして……である

その会社株式の発行や銀行融資資金を確保して何万着もの商品を量産し、問屋に卸し、そんな商品Amazonや近所のイオンでいつでも買えるようになったら……流石にマズいだろう。

流石にそれは公式が許しませんよということなのではなかろうか。

逆にいうなら、そうではない限りはOKなんじゃないか、というのが私の考えだ。

即売会同人誌委託書店、そして個人通販くらいの限られた販路限定しつつ、法人ではない個人趣味として頒布をする限りはセーフ…だと思うのだ。

最近コミケカードゲームグッズや指輪等のアクセサリースマホケースや食器といったグッズを置くサークルも増えてきたけれども、

それらがAmazonで堂々と売られていない限りはセーフじゃないかなあ。

ただし、絵描きに無断でイラストをパクって作ったグッズは論外でダメだ。

あとはニゼグッズ(pixivで後悔されているサンプル画像を元に作った粗悪なコピー品。抱き枕とかに多い)も当然ダメだ。

ガイドライン関係なくイラスト著作権使用許諾の問題としてダメだろう。

回す方のノッブのツイート

そんなガイドラインが出てから少し後に島崎信長氏が「ルールを守るなら二次創作OKだよってことじゃん!すっごく優しい!ファン活動を認めている!ルールを守って皆で創作しよう!(意訳」というツイートを行った。

このツイート、かなりのファインプレイだったと思う。

ガイドライン曲解して「型月は一切合財の二次創作禁止した!終わりだ!ジャンルが死んだ!」なんていう誤解を分かりやす否定したのだから

サンキューノッブ。ナイスノッブ。

最後

そんな感じで、FGOと型月の二次創作ガイドラインを見て思った事をツラツラと書いたのである

あんまり委縮せず、堂々と(けれども前提として権利元のお目こぼし恩恵がある事を忘れずに)創作活動しようぜ!

蛇足だけど

この記事あくまでも筆者である私の思った事であり、ガイドライン制定側の意図を正確に100%粒度で汲みれているか不明なので……。

あくまでも一つの意見、一つの見方としてください。誤解があったらごめんなさい。

2017-09-23

二次創作同人誌の受注生産

最近たまに見る言葉で、「利益がでるからいけません」と言われている

発端はグッズの受注生産問題や「データを預かって注文ごとに1冊ずつ印刷して注文者に送ります」という業者サービスだったように思う

それが色々伝聞でごちゃ混ぜになって話が変わっていき、「二次創作同人誌の受注生産はいけません」という話が出るようになった

その理屈が全く納得できない

・受注生産は確実に損が出ないし、利益が出たらその活動営利目的になるから

自家通販でも即売会を介さな頒布には問題がある

コストがかからない、赤字在庫リスクのない活動営利目的

自分が見た限りはだいたいこういう風な話を展開される

1・利益が出ても営利活動じゃない

調べてみたが営利非営利区分利益には全く関係がない

参考:https://dictionary.goo.ne.jp/jn/287860/meaning/m0u/

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C8%F3%B1%C4%CD%F8

活動目的区分になっている

非営利活動を行い結果的利益が出た」は成立するし、実際そのようなサークルごまんといる

2・受注生産黒字前提の頒布方法ではない

1のような話が出るとここで「利益が出るサークルがいるのは知ってるが、赤字が前提の活動という建前を崩すな」という反論が出て来る

受注生産が必ず黒字になるかといえば当然だがNOだ

頒価設定と生産方法によっては赤字になる事は普通にある事だし、数がわかっていれば欲しい人全員に行き渡らせながらも赤字になるよう調整することすら可能である

受注生産だと必ず黒字が出るという前提が端的に言って間違っている

赤字になるかもしれないし黒字になるかもしれない」という条件では一般的頒布と変わりないように思える

「過剰な利益を出す事が可能なのが問題」という反論を予想してみたが、それは頒布形態ではなく発行した人間の頒価設定の問題である(頒価の議論については割愛

3・即売会を介さな頒布問題があると思えない

そもそも同人誌が先にあって、後から出てきたのが即売会ではないんだろうか

即売会というのは同人誌のやりとりをしやすくする場所であって

ここだけなら二次創作同人誌が許されるという意味合いではない

4・受注生産即売会での頒布よりクローズドでむしろ安全

権利者が見つけにくい、まさしく水面下でのやり取りになるわけなので、

リスクを考えたら即売会書店委託でどこの誰かもわからないような不特定多数頒布するよりよっぽどクローズドで、

本来二次創作同人誌頒布方法に近いと思う

同好の士が読む分だけ作って頒布する」のは本来同人誌活動に即した形態じゃないんだろうか

数が多い=同好の士が多い ということにも何の問題もない

5・二次創作同人に「頒布に関わる何らかのリスクコスト負担して活動しないといけない」という義務はない

この指摘については論外である

そもそも二次創作同人誌価格をつけて頒布するのはコスト相殺の為のはずなんだが、誰がこのような思想を植え付けたんだろう?

(※権利から活動停止要請リスクについては別である



以上を根拠二次創作同人誌の受注生産は、書店委託不特定多数への頒布等、一般的頒布形態と比べたらむしろ健全であると言って差し支えないと思う

何故こんなアホな話がまことしやかに囁かれているのか?

かばかしいのでスルーしていたが、真に受けている人間が思った以上に多いので自分の中での整理も兼ねて書いた次第である

本件によって負わなくていい負担を背負おうとしているサークルが減る事を祈る

※補足

グッズの受注生産問題:「同人グッズを損が出ない頒価で受注生産した」という炎上案件。受注生産なのが問題なのではなくそもそも頒布物がグッズなのが問題かと思う(グッズの是非については本件に関係ないので割愛

受注生産業者サービスこちらも頒布方法ではなく頒布元が業者なのが問題とされていた

2017-09-19

二次創作は公開手段によっては悪であるダイジェスト版)

この記事は以前投稿したものから3000文字ほど取り除いたものなので、読みやすくはなったがやや偏った内容になっている。主張自体は同じなのでもし納得いかない部分があったらこちらで補完しているかもしれないので参照してほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20170918045955

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」この2つに触れている。

なお最初に断っておくが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではない。両方とも更に発展してほしいと思っている。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っている。

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調だ。

それが一次創作ならば、私も賛成である

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもないというものがある。そしてそのファン活動によってコンテンツは盛り上がり更に発展する。権利者側にも利益があったからこそ二次創作は見逃してもらえてきた。

だがダウンロード販売専売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者にとってどのような存在だろうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動だ。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はない。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えている。だが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないだろう。ここで「この作品の内容はクソなのでコンテンツに与える損害が大きい!」などと言う奴は知らない。内容の是非の話はここではしていない。

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいるはずだ。なのであまり使いたくない手だが極論で説明する。

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ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めた。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円の小遣いを稼ぐようになった。小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めた。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなった。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れた。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりだった。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じた。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足した。その人はまた別のコンテンツ移住したが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していた。

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別の例もある。

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別のコンテンツからフラッとやってきた人がいた。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思った。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟いた。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われた。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまった。

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以上閉じたコミュニティになる極論だった。実際にはこのような現象はあまり起こらないだろう。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからだ。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということである。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じるはずだ。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうが、同人誌頒布否定していない。

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれない。

正直それは興味がある。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的だ。なってほしいとは思わないが。

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すな。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動だ。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではない。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることだ。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は(そういう人がほとんどだと思うが)せめて義務押し付けるな。権利を与えるだけにしろ。「感想を送ると約束しなければ見せない」なんて知らない人に言われたら何だこいつと思うだろう。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはない。だがその支援を「義務」にするな。あくまでそれは「権利であるべきだ。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生する。義務という存在は壁になり新規を遠ざけ、コミュニティを閉じる原因となるのでやめろ。

印刷費が欲しいor生活がかかってるんだ!」

アホか。

投げ銭文化には発展してほしい

ここまでの主張と矛盾するようだが恐らくしていないはずだ。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことだ。これに関しては大賛成だ。

何が違うのかだが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点だ。知らん相手に金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しい。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶う。二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜ぶ。そして公式新規の人が増えたことに喜ぶ。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係だ。

ではEnty限定公開はどうなのかと言うと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話すが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係だ。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけだし、コンテンツに対しても損害を与えている。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはない。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重する。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめろ。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということだ。自分一人なら大丈夫、じゃない。

二次創作者が元のコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っている。

余談

ミリオンライブでEnty限定公開して閉じたコミュニティ作ってる奴らはダッフィー企画批判する前に自分を見つめ直せ。

2017-09-18

二次創作は公開手段によっては悪である(完全版)

※この記事は6000文字ほどあるので長いと思った方は3000文字ほど削ったこちらを参照してください。

https://anond.hatelabo.jp/20170919070400

この記事では主に「ダウンロード販売専売(CG集など)」、「月額制限定公開(entyやfantia、patreonなど)」、この2つに触れています

なお最初に断っておきますが、私は二次創作文化投げ銭文化否定するわけではありません。両方とも更に発展してほしいと思っています。ただそれと月額制で限定公開すること、ダウンロード販売だけで売ることには大きな差があると思っています

なぜ二次創作が許されてきたか

創作物の対価をもらうことの何が悪いのか?データなんだから全て無料公開しろかいバカか?近頃よく見る気がする論調です。

はい。私も賛成です。

それが一次創作ならば。

まず私の考えとして二次創作ファン活動以上でも以下でもなく、「許可されていて非営利目的であれば白(グレー?)」「許可されておらず非営利目的であればグレー(見逃されているだけの黒?)」「許可されていようがいまいが営利目的であれば(※方法によっては)黒」というものがあります

では何故許可されていなくても非営利目的ならグレーと思うのかと言うと、私が考えるところでは「コンテンツを発展させるものから」、「ファン活動から」、この2点があると思います。恐らくもっとあると思います

この2点があったからこそ、これまで権利者と二次創作者は仲良くしてこれたのだと思っています。ですがダウンロード販売、EntyやFantiaに代表される月額制限定公開、これらは権利者との仲を良くするものでしょうか?

閉じたコミュニティをもたらす存在

二次創作とはファン活動です。必ずしもコンテンツ利益をもたらす存在である必要はないと思っています。「コンテンツ利益をもたらさな二次創作不要論」なんてものが出てきたら真っ先に弱い者いじめが起こるのは目に見えていますから。ですが、少なくとも「コンテンツにもたらすもの利益よりも損害のほうが大きい存在」であってはならないと思います

ダウンロード販売や月額制限定公開、これらがコンテンツに損害をもたらす存在と言われてもピンと来ない人もいると思います。なのであまり使いたくないのですが、極論で説明します。

ある1人がAというコンテンツでEnty限定で絵の公開を始めました。その人は月額500円のサービス100人程度に買ってもらい、月に5万円のお小遣いを稼ぐようになりました。お小遣い稼ぎを羨ましく思った人たちが我も我もとEnty限定公開を始めました。やがてAコンテンツにはEnty限定公開をする人しかいなくなりました。

そこに別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。その人はあるキャラを好きになり、二次創作絵を探すためpixivを訪れました。すると検索した先にあったのはEnty限定公開の絵を宣伝するために絵の一部を抜き出したものばかりでした。その人はAコンテンツに対して他のコンテンツよりも高い壁を感じました。そうしている内にその人はBコンテンツで好きなキャラを見つけ、pixivでそのキャラの絵を見つけておおいに満足しました。その人はまた別のコンテンツ移住しましたが、少なくともAコンテンツよりも壁の低かったBコンテンツに長く滞在していました。

別の例もあります

別のコンテンツからフラッとやってきた人がいました。Enty限定公開作品から一部分だけを抜き取った宣伝絵を見てとても全体を見たいと思いました。しかし500円かあ、と彼は何の気なしに呟きました。すると突然やってきた人に「500円も払えないの?(笑)見たいなら払えばいいだけ!」と言われました。排他的雰囲気を感じた彼はそのコンテンツに大した思い入れもないのでさっさと出ていってしまいました。

以上閉じたコミュニティになる極論でした。実際にはこのような現象はあまり起こらないとは思っています。依然として良識ある二次創作者のほうが圧倒的に多いからです。つまりその全員から良識が消え去りうるならば、すなわちこの悲劇も起こりうるということです。ちなみにEnty限定公開をダウンロード販売に置き換えても通じると思います。ただこれを紙の同人誌に置き換えても通じてしまうのですが、その件については後述しています

じゃあ他のコンテンツ二次創作者も全員一気にEnty限定公開に移っちゃえば問題解決じゃん!壁の高さは同じになるんだから!という意見があるかもしれません。正直それは興味があります。全ての二次創作者の心から元のコンテンツへの愛が薄れ、いか他人よりも儲けるかを重視するようになった世界というのはそれはそれで魅力的です。なってほしいとは思いませんが。

「ある程度」の営利目的なら許されるべき?

あるコンテンツ二次創作ガイドラインを見たところ「過度な営利目的としたものでなければいい」といったことが書いてありました。これを決めた方は性善説を信じている素晴らしい方なのだと思います。では私はどうなのかと言いますと、性善説は信じられないので「過度な」という曖昧基準に反対の立場を取ります

過度な、というだけではどのような方法を用いても良いという風に取れます。たとえばダウンロード販売で月に100万稼いだとしても本人が「これが過度だったなんて知りませんでした」などと言えば一度は逃れることができます抜け道というのは存在すれば必ず使う人間が現れると思っています。なので、私としては値段ではなく「ダウンロード販売は禁ずる」などやり方で基準を作るほうが良いと思いました。

番外:ゲーム実況広告収入を得るのは?

正直他人コンテンツお小遣いを稼いでいるというところは被っているので微妙気持ちになりますが、動画自体無料公開されているので誰でも自由に見ることができますし、何よりゲーム実況者全員が広告収入を得始めてもコンテンツに対する損害はあまりなく利益が上回るため、まあいいのではないかという立場を取っています

よく見る言い分

「これ作る時間があればいくら稼げると思ってる」

まずファン活動に「この時間があればいくら稼げた」という概念を持ち出すのをやめてください。絵を書くのもライブサイリウム振るのも同じファン活動です。この記事で一番の綺麗事を言うならば、ファン活動は同じファンからの見返りを求めてやるものではありません。コンテンツに関するもの応援して盛り上げ、コンテンツ関係者のやる気がブーストされた結果ますます発展していくという遠回しな見返りを求めてすることです。

それでも何かわかりやすい見返りがなければ二次創作活動できないという人は、せめてお小遣いという見返りを求めるのをやめてください。評判、名声で満足してください。そしてそれをおおっぴらに言わないでください。正直「同人誌感想欲しい」アピールファン活動という点においてはあまり良くない気がしています(これはオフレコですが私もとても欲しいです)、「サイリウムこんなに振ったからみんな感想ちょうだい」と言っている人がいたらなんだお前となるでしょう。

たださすがにこれは綺麗事すぎると私自身思っていますし、感想欲しいアピールはたとえ全員がし始めてもコンテンツ迷惑はかからないので、まあいいのかなと思っています。これが「感想を送ると確約しないと作品を見せない」とかになるとまた別問題ですが。権利義務かの違いですかね。

モチベを上げるためにお金支援してもらって何が悪いの?」

それ自体は悪くはないと思っています。ですが、その支援を「義務」にしないでください。あくまでそれは「権利であるべきです。ダウンロード販売専売のものを見るためには、お金を払わなければならないという義務が発生します。義務という存在は壁になり、コミュニティを閉じる原因となるのでやめてください。

印刷費が欲しい」

わざわざ不特定多数から集めなくても知人にお金貸してもらってはいかがですか?というかそれクラウドファンディングと同じですよね。二次創作クラウドファンディングとか響きだけで危ない臭いがプンプンしますね。

生活がかかってるんだ!」

アホか。

紙の同人誌に消えてほしいわけではない

ここまで主張してきましたが、だからといって紙の同人誌文化も消えろ全て無料で見られるようになれ、と言いたいわけではありません。電子書籍の流れで見られるように「紙に印刷したものが見たい」という欲求が多くの人の中にあると思いますし、何よりお祭りです。しかしいざ二次創作者が印刷したものを出そうとすると、スペース代、印刷費、家と会場の距離が遠ければ遠征費、etc……非常にお金がかかります。更に別のサークルが出している本も欲しいとなれば大変です。

そこで物々交換です。自分同人誌を渡す代わりに相手同人誌を貰う、まさにWIN-WINです(相手こちらの同人誌に興味がない可能性については考えないものします)。ですが中には「自分同人誌じゃ明らかに釣り合わないし」といった方や「二次創作したことないんですけど」といった方もいると思います。そういった方に残された選択肢が「お金を払う」です。

「私は同人誌が作れないので、代わりにお金を払うのでその同人誌をください」

優しい世界ですね。買う側は同人誌が作れなくても誰かの同人誌を読める、頒布する側は1冊分の価値を手に入れられる。値段が頒布する側の良心に委ねられるという点が懸念事項ですが、私には何も解決策が浮かびません。

このように「物々交換の代わり」という建前があり、頒布する側にも赤字リスクがあるので、紙の同人文化別にいかなと思っているわけです。まだ人気がなくて赤字確定だけど作品出すサークルなんてどう考えても非営利目的ですしね。同人ゴロとかはまた別問題ですが、その辺りの説明は多分もう誰かがしてるでしょう。

そこで悪い人はダウンロード販売も本当は物々交換のつもりなどと悪知恵を働かせるかもしれません。本当にそんなこと言う奴がいたら鼻っ柱叩き折ってやりたいんですが、一応反論するならば「あまりにも営利目的色が濃すぎる」という点に尽きます

投げ銭文化には発展してほしい

言ってること違くない?って感じですね。ここでの投げ銭というのは、作品ではなく作者にお金を投げる行為のことです。これに関しては大賛成という立場を取っています

何が違うのかですが、まず「作品オープン場所に公開されているため、新規の人も作品自由に見ることができる」という点です。お金を払うという壁を超えなくても見られるので新規の人にも優しいですね。更に「どうしてもあの人を支援したい!」という人がいた場合、その望みも投げ銭という形で叶います二次創作者はわざわざお金を払ってでも支援したいと思ってくれている人の存在に喜びます。そして公式新規の人が増えたことに喜びます。全員が喜ぶWIN-WIN-WIN-WIN関係ですね。

ではEnty限定公開はどうなのかと言いますと、コミュニティの全員がそればかりするようになったと仮定して話しますが「作品を見るのに壁があるため、まだそこまで興味のない新規の人は敬遠して去っていく」、投げ銭したい人は変化なし、二次創作者も変化なし、公式新規の人が増えなくて落ち込む。LOSE-WIN-WIN-LOSE関係ですね。閉じたコミュニティ内で喜んでいるだけです。

私は二次創作者を支援したいという人を批判するつもりはありません。その分の金を公式に回せと発狂するつもりもないです。コンテンツ迷惑かけるわけでもないので自由意志尊重します。ただ、コンテンツ迷惑をかけることだけはやめてください。

pixivには投げ銭システムを導入してほしいです)

広告収入型の二次創作

私は意外とこれはありなのではないかと思っています広告収入と聞くとどうしても悪しきアフィブログ(俺的ゲーム速報とかはちまとか)などが浮かんでしまって嫌な感じがしますが、要はゲーム実況と同じですね。

先ほどの「直接的な見返りを求めるな」と矛盾しますが、あれは一片の曇りもない綺麗事として言いました。綺麗事過ぎて実行できる人はかなり少ないでしょう。なので感想欲しいアピールは良いと言いました。そこから更に一歩進んだものがこの提案です。

見るために壁を超えなければいけないわけではなく新規も増やせるので公式に損害を与えるわけでもない、全員がやり始めてもコミュニティが閉じるわけでもない、なのでまあ良いのではないかなと思っています。新しい形の二次創作としてどうですか、どなたかやってみませんか。責任は取れませんが。

最後

まとめると「もし営利目的二次創作をするなら、せめてコンテンツに対して迷惑をかけるようなことはするな。ダウンロード販売専売やEnty限定公開には反対」ということです。自分一人なら大丈夫、じゃないんです。

これはついでですが、権利者側ももっと強い態度を取ってほしいです。自分たちコミュニティに影響を与えることを危惧して日和見を決め込んでいるのかもしれませんが(面倒くさいだけかもしれませんが)、その結果コミュニティが閉じてコンテンツが衰退したんじゃ何の意味もありません。

二次創作者がコンテンツのことをもっと大切に想ってくれることを願っています

余談

この記事二次創作界隈全体に向けて書いたものではありますが、その中でも特にアイドルマスターミリオンライブというただでさえ閉じ傾向のあるコンテンツ最近はシアターデイズの登場でその傾向も薄まった気がしますが)で閉じたコミュニティを作ってる人たちに対して書きました。

ミリオンライブというコンテンツ自体は好きですが、閉じたコミュニティを作っている人たちとその取り巻きからは「自分たちさえ良ければコンテンツはどうでもよし」という思考が透けて見えるので嫌いです。その人たちへの怒りがこれを書くに至った原動力です。

ダッフィー企画(わからない人は検索してください)リンチしてストレス発散する前に自分自身を見つめ直してください。

2017-09-17

ジーコ(18禁同人ゲーム)の用語隠語集(自己保存用)

ジーコとは

ジーコとは同人エロゲー総称である

なぜジーコなのか

SFC時代ジーコサッカーという非常に売れなかったゲームがあった。(後年、本人は関わっていなかったと供述している模様)

ジーコサッカーワゴン常連と化し極めて安価カードリッジの入手が可能であったため任天堂非公認ゲームであるSM調教師瞳のカートリッジとして流用されたのはよく知られている。

時は流れて陽射しの中のリアルという伝説的な同人ゲームが登場し、18禁のおさわりゲーム、ひいては18禁同人ゲーム代名詞ともなった。

そしてネット掲示板おすすめ18禁同人ゲームを挙げる際にネタとしてジーコサッカーを挙げる風習と混じり陽射しの中のリアルは陽射しの中のジーコと呼ばれるようになった。

そこからあらゆる用語サッカー用語と置き換えられ、現在に至る。

本格的にサッカー用語が使われるようになったのは猫狼娘のエリスアルテミス(現在テキスト盗用問題により販売停止)の以下のあらすじコピペがはじめだとする説もある。

聖少女に選ばれたジーコ学院長オシムの策略により

悪魔アルシンドをその身に宿され、屈強な男たちの住む牢へと投獄される

一方ジーコのよきライバルであったペレオシムの行動に疑問を抱き

ジーコの居場所を探し始めるが――

ジーコ用語一覧

FIFA

18禁同人ゲーム配信大手DLSiteのこと。最近はにじよめちゃんでも有名。

FIFAランキングというとDLSiteの売り上げランキングのことを指す。

もう一つの大手でありDLSiteライバルDMMのことはデンマークなどと呼ばれることがある。

監督

ゲーム製作者、制作グループのこと。

個人製作から中小エロゲーメーカーまで規模は多彩。

選手

キャラクターのこと。特に女性キャラクターのことを指すことが多い。

練習試合

無料体験版のこと。トレーニングと呼ばれることもある。

まともなゲームならたいてい体験版がある。(まともじゃないゲームでもある)

ジーコ業界では練習試合CG数がほぼ変わらないような粗悪なゲームもあり、売り逃げとサークル名の変更・サークルの買収を繰り返すヨガチカのような邪悪監督存在するため練習試合でそれらを見定める必要がある。

フットサル

フリー18禁ゲームのこと。基本的にはジーコ扱いされない。

例外的プリンセスティアーズやVHゲームジーコ扱いされることがある。

なお、多数の派生バリエーション存在するeraはジーコともフットサルともされず「era」というジャンルであるとされる。

ドリブル

通常のゲームシーンのこと。エロければよいのかといえばそうではなく、通常のゲームの方もそれなりに重視される。サキュバスラプソディアのようにドリブル冗長さによって評価を落としてしまジーコも少なくない。

シュート

射精、そこから転じてHシーンのこと。Hシーンの場合シュートシーンなどとすることが多い。

フーリガン

荒らし監督モチベーションを下げる困った人のこと。

サポーター

作品監督ファンのこと。発売の延期が続くとサポーターフーリガンとなることもある。

ゲーム隠語例と簡易紹介

ペレウル→ハルウル

ジーコ金字塔の一つ。清純な神官であるユナ選手身体を駆使して冒険するゲーム

冒険に慣れたユナ選手は金貸しから借りた金を(たとえ返せる状態であっても)絶対に返さず、必ず身体で返す。

ビタミンジーコ→びたみんクエスト

ジーコ金字塔の一つであり有料で販売されていたが、現在無料配布されている。

誰かれ構わず孕み場所を選ばず産みまくる主人公ミカ選手地母神として有名。

お嬢様汚嬢様田舎生活サバイバルRPG~そのひぐらし

食った量によってはその場で即脱糞する刃牙以上の超人的な消化力を持つお嬢様実家までの交通費を稼ぐために田舎廃品回収住居侵入警察署の襲撃などを行うゲーム

GTAウンコ要素が加わったようなものと考えると良い。

お嬢様は最終的に熊を棒で殴り殺す野人となる。

ダンジョンジーコダンジョンタウン~遺跡の森と夢魔の薬~

東方の全年齢向け同人ゲーム頒布しているコココソフトとは一切関係ない冥魅亭の処女作

選手地雷率の高さに定評があり、特に引っ込み思案な薬草売りの少女であったコレット選手邪悪な淫魔となっていく様に恐怖を覚える者も少なくない。

ゲームのものクリアまでに30~50時間はかかるハクスラゲーである。アペンド版も発売予定。

奴隷ジーコ奴隷奴隷との生活 -TeachingFeeling-

近年最も売れたジーコであると言われる。

虐待を受け閉ざしてしまった少女シルヴィの心を(主に撫でまくって)開き、その後は淫魔と化したシルヴィちゃんとひたすら爛れた性活を送り続けるだけのゲームだが、不幸な少女を愛でるというコンセプトが受けたのか爆発的なヒット(14万本以上)となった。現在でも不定期にバージョンアップが行われている。

また、サンドイッチを食うと死ぬバグ(修正済み)、イングランド(淫乱度)が際限なく上がってしま仕様(現在は緩和策あり)などネタにも事欠かない。

韓国では違法に配布された挙句違法児童ポルノゲームとして当局規制された。

プリンセスジーコプリンセスサクリファイス~供犠姫フィーナ冒険~、プリンセスティアーズ

先頭に「プリンセス」がつくため同じ隠語となってしまっているがそれぞれ別のゲームである

前者はタイトルから球技FIFA冒険」とも呼ばれる。供犠姫となってしまったフィーナ選手絶頂しつつ闇王に支配された世界を救うゲーム

戦闘中に犯されることがあるため選んだ職業によっては絶頂(1ターン休み)→体力回復→犯される→絶頂→体力回復という無限ループめいた状態が発生することがあるため少し心配になる。

後者フリーゲームだが、そのリビドーの充満した内容から前述したとおりジーコ扱いされることも少なくない。

主人公のエルシー選手は賞金を稼ぐために闘技場に参加しているのだが、シュートシーンで「イヤーッ!ダメーッ!」を連呼するためニンジャである可能性があり専らエルシー=サンと呼ばれる。

そのほか隠語

隠語 本名

芝浦サッカースタジアム 苗床ダンジョンクロニクル

ジーコアルシンド エリスアルテミス

蹴球少女ペレ 魔法少女テト

追記

外に持ち出せば怒られてしまうことは承知していますが、いい加減どこかに残しておかないといよいよ経緯や隠語がわからなくなるものがあったので(特にジーコアルシンド本名)増田に書きました。

偉大なる元増田様(お隠れ済) https://anond.hatelabo.jp/20170916083417

アーカイブ http://archive.is/GiwrP http://archive.is/g9Zki

体裁の細かい修正ほとぼりが冷めてからやります

2017-09-16

ジーコ(18禁同人ゲーム)の用語隠語

ジーコ(18禁同人ゲーム)の用語隠語

ジーコとは

ジーコとは同人エロゲー総称である

なぜジーコなのか

SFC時代ジーコサッカーという非常に売れなかったゲームがあった。(後年、本人は関わっていなかったと供述している模様)

ジーコサッカーワゴン常連と化し極めて安価カードリッジの入手が可能であったため任天堂非公認ゲームであるSM調教師瞳のカートリッジとして流用されたのはよく知られている。

時は流れて陽射しの中のリアルという伝説的な同人ゲームが登場し、18禁のおさわりゲーム、ひいては18禁同人ゲーム代名詞ともなった。

そしてネット掲示板おすすめ18禁同人ゲームを挙げる際にネタとしてジーコサッカーを挙げる風習と混じり陽射しの中のリアルは陽射しの中のジーコと呼ばれるようになった。

そこからあらゆる用語サッカー用語と置き換えられ、現在に至る。

本格的にサッカー用語が使われるようになったのは猫狼娘のエリスアルテミス(現在テキスト盗用問題により販売停止)の以下のあらすじコピペがはじめだとする説もある。

聖少女に選ばれたジーコ学院長オシムの策略により

悪魔アルシンドをその身に宿され、屈強な男たちの住む牢へと投獄される

一方ジーコのよきライバルであったペレオシムの行動に疑問を抱き

ジーコの居場所を探し始めるが――

ジーコ用語一覧

FIFA

18禁同人ゲーム配信大手DLSiteのこと。最近はにじよめちゃんでも有名。

FIFAランキングというとDLSiteの売り上げランキングのことを指す。

もう一つの大手でありDLSiteライバルDMMのことはデンマークなどと呼ばれることがある。

監督

ゲーム製作者、制作グループのこと。

個人製作から中小エロゲーメーカーまで規模は多彩。

選手

キャラクターのこと。特に女性キャラクターのことを指すことが多い。

練習試合

無料体験版のこと。トレーニングと呼ばれることもある。

まともなゲームならたいてい体験版がある。(まともじゃないゲームでもある)

ジーコ業界では練習試合CG数がほぼ変わらないような粗悪なゲームもあり、売り逃げとサークル名の変更・サークルの買収を繰り返すヨガチカのような邪悪監督存在するため練習試合でそれらを見定める必要がある。

フットサル

フリー18禁ゲームのこと。基本的にはジーコ扱いされない。

例外的プリンセスティアーズやVHゲームジーコ扱いされることがある。

なお、多数の派生バリエーション存在するeraはジーコともフットサルともされず「era」というジャンルであるとされる。

ドリブル

通常のゲームシーンのこと。エロければよいのかといえばそうではなく、通常のゲームの方もそれなりに重視される。サキュバスラプソディアのようにドリブル冗長さによって評価を落としてしまジーコも少なくない。

シュート

射精、そこから転じてHシーンのこと。Hシーンの場合シュートシーンなどとすることが多い。

フーリガン

荒らし監督モチベーションを下げる困った人のこと。

サポーター

作品監督ファンのこと。発売の延期が続くとサポーターフーリガンとなることもある。

ゲーム隠語例と簡易紹介

ペレウル→ハルウル

ジーコ金字塔の一つ。清純な神官であるユナ選手身体を駆使して冒険するゲーム

冒険に慣れたユナ選手は金貸しから借りた金を(たとえ返せる状態であっても)絶対に返さず、必ず身体で返す。

ビタミンジーコ→びたみんクエスト

ジーコ金字塔の一つであり有料で販売されていたが、現在無料配布されている。

誰かれ構わず孕み場所を選ばず産みまくる主人公ミカ選手地母神として有名。

お嬢様汚嬢様田舎生活サバイバルRPG~そのひぐらし

食った量によってはその場で即脱糞する刃牙以上の超人的な消化力を持つお嬢様実家までの交通費を稼ぐために田舎廃品回収住居侵入警察署の襲撃などを行うゲーム

GTAウンコ要素が加わったようなものと考えると良い。

お嬢様は最終的に熊を棒で殴り殺す野人となる。

ダンジョンジーコダンジョンタウン~遺跡の森と夢魔の薬~

東方の全年齢向け同人ゲーム頒布しているコココソフトとは一切関係ない冥魅亭の処女作

選手地雷率の高さに定評があり、特に引っ込み思案な薬草売りの少女であったコレット選手邪悪な淫魔となっていく様に恐怖を覚える者も少なくない。

ゲームのものクリアまでに30~50時間はかかるハクスラゲーである。アペンド版も発売予定。

奴隷ジーコ奴隷奴隷との生活 -TeachingFeeling-

近年最も売れたジーコであると言われる。

虐待を受け閉ざしてしまった少女シルヴィの心を(主に撫でまくって)開き、その後は淫魔と化したシルヴィちゃんとひたすら爛れた性活を送り続けるだけのゲームだが、不幸な少女を愛でるというコンセプトが受けたのか爆発的なヒット(14万本以上)となった。現在でも不定期にバージョンアップが行われている。

また、サンドイッチを食うと死ぬバグ(修正済み)、イングランド(淫乱度)が際限なく上がってしま仕様(現在は緩和策あり)などネタにも事欠かない。

韓国では違法に配布された挙句違法児童ポルノゲームとして当局規制された。

プリンセスジーコプリンセスサクリファイス~供犠姫フィーナ冒険~、プリンセスティアーズ

先頭に「プリンセス」がつくため同じ隠語となってしまっているがそれぞれ別のゲームである

前者はタイトルから球技FIFA冒険」とも呼ばれる。供犠姫となってしまったフィーナ選手絶頂しつつ闇王に支配された世界を救うゲーム

戦闘中に犯されることがあるため選んだ職業によっては絶頂(1ターン休み)→体力回復→犯される→絶頂→体力回復という無限ループめいた状態が発生することがあるため少し心配になる。

後者フリーゲームだが、そのリビドーの充満した内容から前述したとおりジーコ扱いされることも少なくない。

主人公のエルシー選手は賞金を稼ぐために闘技場に参加しているのだが、シュートシーンで「イヤーッ!ダメーッ!」を連呼するためニンジャである可能性があり専らエルシー=サンと呼ばれる。

そのほか隠語

隠語 本名

芝浦サッカースタジアム 苗床ダンジョンクロニクル

ジーコアルシンド エリスアルテミス

蹴球少女ペレ 魔法少女テト

追記

外に持ち出せば怒られてしまうことは承知していますが、いい加減どこかに残しておかないといよいよ経緯や隠語がわからなくなるものがあったので(特にジーコアルシンド本名)増田に書きました。

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