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2017-06-29

大学講義に1から100までのわかりやすさを求めるなよ

うちの大学の某講義があまりにもわかりにくくて受講生が文句を言っているのをよく聞く。

説明がわかりにくいと。

そもそも高校の授業なんかじゃないんだから先生手取り足取り教えてもらおうなんて思うなよ。

それに、同じような内容なんて他の大学でも扱われているわけだし、図書館で調べるなり、google先生を使えば参考になるものなんてたくさんあるんだからもっと調べようよ。

ぶーぶー言ってる暇があるなら、少しでも情報を得る努力をしようぜ。

大人になろうぜ。

日教組先生担任だったこともあるけど

高校の時の担任無能の極みで

掃除をちゃんとしたかどうかしか興味がねーし

生徒間でもめ事が有っても「あいはいい奴だよー」で済ます

あれで高3の担任とか、今思い出しても小学校か何かと就職先間違えてたとしか思えん

極端に右左も問題あるけど

あい無臭先生もどうしたもんかなー

高校友達は今、デリヘルで働いている。

服飾系専門学校に行った友達は、嬉しそうに留学生との交流を話してくれる。

偏差値50程度の総合高校からまぁ名前は聞いたことはあるくらいの四年制大学に行った友達は、未だに他の同級生をけなしている。

就職した同級生達はみな、飲み会をしたり、車を買ったり、大変な中でも自由謳歌しているようだ。





わたしは今、浪人している。

浪人といってもカリカリと机に向かうわけでもなく、美術系進学のための予備校毎日絵を描いている。所謂美大浪人生だ。


私が今通っている予備校には、様々な人がいる。

国立大学を出た後、美術を学びたくて来た人。

一旦は就職したものの、夢を諦めきれなかった人。

地方高校卒業し、一人暮らしをしながら浪人をしている人。


わたしは今、浪人している。


予備校先生達は様々なバックボーンを抱えている。

現役の美大生で、上京して一人暮らしなのでお金がなく、鬼出勤している人。

六浪して美大に入った人。

美大卒業したものの、特にやりたいこともなくなんとなく予備校先生を続けている人。

他の大学で教鞭をとりつつ予備校先生をしている人。

アーティストをやりながら先生をしている人。


私は今、浪人している。

最初読んだ時、えっ浪人生かよ。

と思った人は多いかもしれない。

しか最後浪人生だと言われた時には全く驚かないと思う。



人のことを笑う人間無知だと思う。

その人はまだ広い世界を見ておらず、様々な人間がいることを知らない。

あなたのことを笑う人がいるとするならば、その人は無知だし他人理解する能力を身につけていないだけだ。

あなたは何も悪くない。


そんな人にならないためにも、様々な人と会い、広い世界に足を踏み出すべきだと思う。

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170628175207

× 歴史先生ってどっちかに偏ってる

○ 人間ってどっちかに偏ってる

私の日本史先生

優しいし授業もそれなりに面白いんだけど、どことな発言右翼臭くてなんかなぁって感じ

クラスの皆はそんなこと考えてない(てかそもそも気にしてもない)と思うけど、やっぱり歴史先生ってどっちかに偏ってるもんなの?

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話」とねとらぼ対応

https://togetter.com/search?q=%E4%BD%90%E5%80%89%E8%89%B2&t=q (参考)

一部でも話題になった色紙1600枚事件(そんな風に世間で呼ばれてるかどうかは知らない)の当事者である佐倉色氏の描いたエッセイ漫画を読んだ。

というのもたまたまトゥギャッターねとらぼ反論記事に関するまとめを見て本分に何が描かれていたのか興味が出たから。

問題記事だけだと何があったのかさっぱりだし、周囲の反応も漫画の方を読まずにあっちが悪いこっちが悪いと勝手な推論を言ってる人が多くてこりゃあ漫画の方も読まないと何がなんだかわからないぞぅということで即購入。本の内容自体面白そう(笑える方面じゃなくて好奇心を刺激される感じで)だったので。

で、読んだ感想としてはまあ色々ある。編集者さんヤバイなとか。

ただそのあたりは正直一般的感想として出尽くしているので、今回は場外乱闘的な部分であるねとらぼとのあれそれに絞って言う。ねとらぼという会社としてはともかく問題記事作成した個人の方とはあまり関わりあいになりたくないなあという結論

問題記事を「整然とした反論だ」と言っている人を見かけたけど、別に整然とはしてない。主張そのもの理解やすいけど。

おおまかな経緯

漫画家兼業作家)の佐倉氏は、当時の担当であるボーノ氏(仮名)との間にトラブルがあり、精神的にかなり疲弊していた。(このトラブル顛末をまとめたのがタイトルにも入れてるエッセイ漫画

そして編集とのトラブル疲弊していた時期に起きた「本来問題とは直接的に関係があるわけではないけれど、関連して起こったプチ騒動」がねとらぼの件になる。

佐倉氏は度重なるストレスから自身ツイッターブログで「色々あって疲れたので(今回問題にする部分とは関係ないので詳細は省く)商業から暫く距離を置くつもりでいる」という話をした。それを見たねとらぼ側が『「桜色フレンズ」の佐倉先生商業マンガ家引退を表明 月刊少年エース担当者とのいざこざが原因』というタイトル記事にした。

佐倉氏は該当の記事に関して不満があり、直接電話意見することになった結果、最終的に該当記事については削除されるに至った、というのがまあごく完結で客観的事実と言えると思う。

今回エッセイ漫画の中で騒動中の一幕としてこのねとらぼ記事や実際のやり取りに関する話題も触れられており、ねとらぼ側はそれに対して「事実と違う」と反論記事を上げた、という流れ。

佐倉氏の主張について

参考にできるものリンクできるところにないため解説。これは実際の漫画を読んで自分なりに解釈した内容になるので、気になる人は一次資料になる漫画を読んでもらった方が早いとは思う。

そもそもとして佐倉氏がねとらぼ記事に気が付いたのはボーノから電話によってであり、彼と話をしながらサイト記事を読んでいた状況であることが描写されている。ここは割と重要

まず、佐倉自身自分ブログでの発言について当時の心労や混乱、なるべく穏便に事を済ませたいといった様々な思惑から『「批判」と「フォロー」 「辞める」と「辞めない」が入り混じった不思議文章を書綴っていた』としていて、本人自身が分かりにくい点のある文章だったと認めている。

その上で、言いたかったことは『商業撤退。少なくとも当分はこりごり。もし縁があったら商業復帰したいけど当分は休みたい』であるとしている。

だが、ねとらぼ記事ではタイトルインパクトの強さや記事の要約の仕方から、この記事では本意が伝わらないだろう、ブログを読めば分かってもらえるだろうが記事を見た人がわざわざブログまで確認することは少ないだろうと判断

(補足:この時点で佐倉氏には「記者の人は本当に自分ブログを読み込んだのだろうか」「ざっと呼んだだけでセンセーショナル話題からと大雑把な纏め方をされたのではないか」といった不信感があったのでは?と思われる。)

また、ナイーブ話題であるのにブログ記事だけを元にされていて、発言の裏にどんな意図があったのか、ブログ記事事実なのか、といった詳細を確認しなかった、佐倉氏とは直接コンタクトを取ろうとしなかった点について『本人に事実確認もせず記事にする』と認識している。(補足:出だしの時点でねとらぼに対してよい印象を持っていなかったことがわかる)

こうして記事に対して不満を抱えていたところに、ボーノ氏がブログ掲載していた画像を使っていたことについてほのめかし、著作権に明るくない佐倉氏の画像を使ってよいものなのかという疑問に対して『普通にナシですよ』と発言

(補足:著作権的に引用範囲であれば無断で画像を使っても問題ない。問題画像引用範囲だと認められるかどうかはそれこそ権利に詳しくないと難しい、素人では判断ができないのではないかと思う。が、逆にそんなものを「普通にナシ」と軽々しく言ってしまえるあたりボーノ氏も著作権に明るくないと思われる。)

さらに補足:この適当説明のせいで佐倉氏はねとらぼに対して「人の真意を汲み取らずおざなりな要約記事掲載した上に普通にナシである画像転載までしたのか」とマイナスの印象を強めたと思われる)

そんな中で佐倉氏はボーノ氏にお願いされた「画像の取り下げ」(本人としても下げて欲しかったとは思う)を依頼するために直接ねとらぼ電話

(補足:佐倉氏がまず気にしていたのは大げさなタイトル記事だけでは氏の真意を汲み取れないことだったので、目的である画像取り下げとは別に個人の思惑として記事のものについてもどうにかして欲しいという思いはあったと推測できる)

会話の内容については

という流れだったとしている。

なお、折り返しの連絡を待っている間の描写の中には明らかに焦点のおかし自身の絵や、善意の気づかい言葉すら悪意に取ってしまうほど追い詰められていた、と自身が正常ではなかったことの説明も含まれている。

(補足:つまりこの時点で、電話の時も作者が冷静ではなかったことが読者に伺えるつくりになっている)

折り返しの連絡は編集長から最初電話をした人とは別人)であり、「許可は取っていない。今回の記事は削除する。しか記事タイトルは残す」という内容。

それに対して佐倉氏は漫画内で『私の希望無断転載された画像の削除と事実と違うタイトルの変更です』としている。

(補足:最初電話の部分ではタイトル変更を希望したということは描写されていない。タイトルを誇張だと認識していることは描写されている。)

しかこちらの主張は聞いてもらえず「(記事は消すが)画像無断転載ではない」ということを何度も言われ、『半ば怒鳴りつけるような強い口調』だったと描写されている。

画像の利用については佐倉氏の認識としてはお礼漫画(2ページ)全部を丸々掲載されたという状況で、これが無断転載でなければ何なんだろうと疑問に思っている。

また、記事の削除理由として佐倉から要請があったためと説明すると再三確認され、最終的に一方的電話を切られた、という流れだったとしている。

(補足:佐倉氏は名前を出すことを再三確認されることの理由がわからず、もしかして脅されているのではと受け取った)

そして記事は削除されました、という流れでねとらぼに関する描写はだいたいこのくらいだと思う。

ねとらぼの主張について

これは全文参照できるので直接見るのが早い。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1706/10/news018.html

あえて重要と感じた部分を要約すれば

画像は一部使用であり2ページ丸々使ったという事実はない

電話の内容として書かれている部分が事実と違う

といったあたり。

ねとらぼ佐倉氏の共通認識事実とみなしていいだろう部分)について
食い違ってる部分についての勝手想像について

これらを確認した上での個人的な推測を述べる(もしかたらこういうことなのではないかという話でこれが真実だと言うつもりはもちろんない)。

まず、前提として確たる証拠が出ておらずどちらも当時の記憶を頼りに話しているのだろう、という判断しかできない以上、どちらの発言も「主観的事実に基づいたものであり、一定事実性はあるけれど真実を語っているわけではない」と考える。

まず、佐倉氏はねとらぼ電話をした。主目的としてはもちろん依頼された「画像の取り下げ」である

しかし、氏はねとらぼ編集部に対してかなりマイナス印象を持っており、個人的には画像の取り下げよりもこちらの意図が伝わらないと思われる記事の内容の方が問題だった。

そしてまず記事の作者と話をした。話の内容として恐らく

(2)佐倉氏は次のように主張しました。「1:自分に断りなく記事掲載されている」「2:画像無断転載である」「3:文章ブログから無断転載である

ここは間違っていないと思う。漫画での主張(会話の内容としてと言うよりは本人の認識部分)とも一致しているからだ。

そもそも漫画会話内容は実際の会話の要約だと思われる(あんな短い会話で話が済んだわけがないと思うので)だろうから、全体としてまとめたらそういう話にはなるだろう。

ではその主張を元にどのような会話が繰り広げられたのか。

繰り返すが本人も認める通り佐倉氏は著作権に詳しくなく、編集部として直接取材はしていないことも画像の利用に許可を取っていないことも認めている。であれば「裏取りもせずに勝手画像を使ったと認めるんですね。であればこちらに断りなく使用した画像を消去して下さい」と依頼して何の不思議もない。それが主目的だし。

ただ、ここで画像に絞って主張したかはかなり怪しい。繰り返すがボーノ氏の希望である画像の削除とは別に作者自身希望として記事内容のものに不満があったのだから

というか二度目の電話の時にタイトル修正希望だと言っているので、一度目の電話の時に画像の削除と一緒にタイトル修正も主張したと考えた方が妥当

で、無断利用したものを消して欲しい、という希望に対して、もし仮に「いやこれは著作権的にこれこれこういう理由別にさなくてもいいものなんですよー」とか「今回の記事転載ではなくて引用範囲なのでー」という話になったのであれば別だが、ねとらぼ側の主張を見るにそういった説明をしたという記述はない。あくまで「事実から報道したまで」「転載はしていない」という主張である

無断で利用したことを問題視しているのに、「そうですね無断です」と言えば「じゃあどうにかしろよ」と言われるのはある意味当然の流れでしかない。

ここで「無断ではあるが無断であることは問題にはならない」ということを説明できれば話は違ったかもしれない(佐倉氏が冷静ではなかったのでその説明に納得してもらえたかどうかは分からない)が、ねとらぼの主張ではそれを説明したようには見えない。こじれるのも残当である。(文面と漫画だけで判断するなら)

「無断で使ってるんだから消して下さい」(誤った著作権への認識と心労による疲弊による主張)→「事実を書いただけです。転載はしていません」(引用なので法的に問題はない)→「いや、さっき確認取ってないって言いましたよね?なんで消せないんですか?」(法的に問題ないことの詳しい説明がなされないため主張の意味が分からない)→「いやですから転載をしたわけではないので……」(著作権には違反していない)

といったような堂々巡りがあったのではないだろうか。それならお互いに「話が通じない」という認識になるだろう。

あと、電話内容の(4)についてだが、「商業引退ではないのか」と聞いても作者は「いや距離を置くだけって書いてあるやん」としか思わなかったのではないだろうか。佐倉氏の言う真相とはもっとブログに書かれていない情報を引きだそうとする努力はないのか、編集者の行動が事実だったのかの確認はしないのか(漫画で「漫画家一方的な主張を元に記事にするの?」という疑問を持っていた)という意味である可能性があるので、この部分は認識の違いのような気がする。

記事自体の削除云々については、佐倉自身記事の内容そのもの問題視していた(事実とは異なる、誇張された表現だという認識)ので、その認識からくる発言記事の削除を求めるものだと受け取れるものであった可能性は高いと思う。

ねとらぼ対応問題はあったのか

疲弊してパニックを起こしている作者から電凸である。口調も実際は漫画であるような冷静な口調と考えるよりは興奮してそれなりの語気だったと考える方が自然。なので編集部が「この人話が通じないな」とおざなり対応になってしまったとしても仕方ないというか割と当然だし、間違った認識を元に問い合わせている作者に対してわざわざ間違いを訂正する必要もない。

よってねとらぼ対応は「間違ってはいない」し、仮に漫画の内容が正しくてもねとらぼ側に不利益な内容であれば当然反論する権利はある。

ただ、「漫画家編集者確執を取り扱った記事を裏取りせずに記事にした(電話取材は行ったが不在で話せなかったため漫画家ブログという片方の主張しか確認できない状況なのに記事を即公開した)」のに「当人が当時の精神状況は異常だったと再三繰り返しているエッセイ漫画での記述については事実関係が違うが裏取りはしたのかと反論する」のはなんともダブスタ構造だなぁと思った。(そして漫画家発言一次ソースとして掲載しました、編集者側の発言取材できなかったけど事実報道なので問題はないです、とするならそれこそ飛鳥新社の主張と何も違わないのでは?)

のでねとらぼ編集者ダブスタな人たちなんだなぁと個人的に感じた、という話。

もう少し楽に生きられるようになりたい

 

 

 やっぱりあれだ、生きづらい。

 

 昔から死ぬことなんて一度も考えたことがない、とは言わない。

 小学4年のときクラス女子からいじめられて、机に「死ぬ」「死なない」なんてあみだくじを作ったことがある。中学2年のとき友人と口論をして、教室の窓から身を乗り出し、飛び降りようとしたことがある。

 でも、どちらも本気じゃなかった。その考えはすぐに放棄できた。生きたかったし、死ぬのは怖かった。

 

 それに比べ、ここ3年くらいの死にたさはやっぱり異常だ。

 ほぼ毎日死ぬことを考えている。以前は何年かおきに一度「ふと頭によぎる」程度であったのに。

 それに、とても具体的に考える。未遂だって何度もしている。いつ実行してもおかしくはない。

 死のうとしていなかったときの私を思い出す。通学や入浴や起床などに対し、やらないと…なんて葛藤とともに行っていたことなどない。ごく当たり前に当たり前のことができていた。生きること自体には、困難なことなど皆無だった。

 

 最近、以前に増して「やばい」と思うのは、無気力に死のうとしていることだ。

 あまり深く考えていない。死にたくて、もがき苦しむエネルギーもない。生きたくない。もう十分だ。死んでもいいかな…。

 考えが綿菓子みたいに軽い。希死念慮なのに、軽い。

 

 通院が苦手だ。

 中学3年の時にホルモン系の持病が発覚した。原因はストレスらしい。幸いにも生活で困ることはそれほど多くない。寝るときの呼吸が浅くて、パートナーとの会話のネタになる程度だ。

 実家にいたときは、親が病院の予約をしてくれた。当日、私は車に乗りさえすれば、通院は完了していた。まったく苦ではなかった。

 

 しかし、大学入学を機に一人暮らしを始めて2年、発病時よりも数値が荒れた。それまで3か月に一度通っていた病院に、2年もの間全く訪問しなかったのだから当たり前だ。

 実際、当時はとても生きづらかった。必死に死のうとしていた。何度も自殺未遂自傷を行って周囲に迷惑をかけていた。結果、一人暮らし不可能判断された。

 

 病院の近所に引っ越して3年が経った。指示された時期よりも訪問が遅くなることはしばしばあった。しかし、通院は続けられていた。

 なにより、相性のいい主治医出会えた。数年かけて、先生とは近況報告をするほど距離が縮まった。

 精神面はある程度回復した。自殺未遂自傷も止めた。社会復帰もした。以前よりはうまく自己を調整できるようになった。

 

 ところが先日、病院の予約をしようと思ったら主治医名前がない。ホームページには彼女退職したとのお知らせが掲載されていた。

 ここ半年就活などでバタバタしていた。指定された通院時期の2倍近くも遅れて予約をとろうとしたのだから主治医は悪くない。適切な時期に訪問していれば、次の医師に引き継いでもらうこともできただろう。

 

 通院する気が消滅してしまった。

 そもそももう7,8年も通院して、未だ同じ薬を服薬し続けている。一回の診療に一万円弱の出費がかさむ。

 次の予約時に指定できる数人の医師のことを私は一切知らない。また一から主治医との関係を築くことから始めなければならない。

 発病時、一生ものの病とは聞いていた。しかし、もう闘う気力がない。

 

 持病についても深刻だが、心のほうも深刻だ。

 一人暮らしをしていたとき自力精神科に通っていたことがほんの数か月間だけある。

 当時は今にも増して酷い状態だった。自殺未遂自傷もそうだが、睡眠食事にまで弊害がでてきた。あまりにも生きづらいので助けられたかった。一度受診してみれば生きづらさは劇的に回復するイメージがあった。

 

 お分かりの通り結果は悲惨だった。

 精神科複数回通うことが必須だ。一度の通院で、病名の診断と、的確な投薬が可能なわけがない。薬には調整が必要である。それに、じっくりと対話を重ねて、医師に己を伝えなければならない。

 しかし、私は通院を止めた。薬が合わなかったから。医師が合わなかったから。お金がなかったから。面倒だったから。予約を忘れてしまうから。劇的に生活は変わらなかったから。

 

 当時は、強制的に何もしなくていい時期を作ってひとまず危機を脱した。

 しかし、今度は金銭的にも時期的にも、同じ手は使えない。

 

 もう少し楽に生きられるようになりたい。それだけだ。

 何も今更すごい成果をあげたいとか、そのためにすごい人になりたいとか、そんな贅沢は言わない。

 ただ、学校部活習い事や遊びに、なんの躓きもなく、最低「行くこと」くらいはできていた私に戻りたい。

 生きたいと思いたい。楽しいことをしたいと思いたい。死にたいと思いたくない。

 

 

https://anond.hatelabo.jp/20170628130505

学年主任とか教頭はとっくに洗脳済みなのさ。

子供の心の成長までも重要視する、教育熱心な良い先生じゃないか

小学校担任思想気持ち悪い

5年生になる娘がいる

音読宿題で読まされる文章担任自作だった(しかも毎月違うのを出してくる)

前半は季節の描写で、桜が咲いたとか新緑とかそういうの。けど後半がやばい

先生大好き

おうちの人大好き

学校地域の人大好き

思いやりのプロ 〇〇さん

しっかり聞くプロ △△さん

姿勢プロ ××さん

1/2成人式問題になっている昨今、これはないんじゃないかと思う

ちなみに娘はADHDがあるので↑のプロにはなれない

自分名前クラス全家庭の音読宿題毎日読み上げられることを考えるとぞっとする

学級懇談会の際に配られた資料もなかなか聞かないワードが散りばめられていた

まんてん行動」ってなんだよ

まんてん挨拶」「まんてん廊下」「まんてん掃除」「まんてんスリッパ」「まんてん掃除」「まんてん名札」の総称らしいが常に満点じゃないと許さないの?

正しいことを続けていく勇気、間違っていることにNOと言える勇気←→無気力

常に戦わないと死ぬの? 教室戦場か何か?

学校発言するタイミングが難しくてまだ言ってないけど、こういうの学年主任とか教頭のチェックはないんだろうか

2017-06-27

PTA料理をした

子供達に焼きそば振る舞う食育イベントで手助けを求められたので行ってきた。

先生たちは指示を出してさっさと去っていきノータッチptaだけでやるには作らなければならない量が多いのでなかなかの重労働だった。

最後付近先生園長が来て手伝ってくれた、やっと少し楽になると思ったら子供達が来た。

先生は「ほらー園長先生が作ってくれてますよーありがとうは?」と言い、子供達は「ありがとうございます」と声を揃えて言った、園長は「期待しててね頑張るよー」と笑顔で手を振った。

子供達が去ってすぐに園長先生方と一緒に職員室へ去って行き私達はまた調理をした。 

出世する人間のやることはえげつねぇなと思った。

初恋女の子が家の近くに越してきた

最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋女の子引っ越してきた。

彼女社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じになることがたまにある。今までは1限なんかにとてもじゃないけど出席することもなかったから、まさか1限に出ることで同じ電車のしかも同じ車両になることがあるなんて思いもしなかった。

確かに地元は一緒だったし、なんだったらどの辺に住んでいるのかも知っていたから、僕の最寄り駅にも自転車を使えば通えないこともない。彼女大学高田馬場から東西線で一駅のところだったか車両の一番後ろに乗ることを知っていて、僕の方は西武新宿で乗り換えて中央線に乗っているので、一号車に乗る。だから思いもしなかったっていうのはさすがに言いすぎかもしれない。ただ同じ車両になるというのはひどく窮屈だ。緊張しさえする。こちらとしては彼女の姿をこの目に収めておきたいのに、羞恥心邪魔をしてしまう。職場青山にあるというので大江戸線に乗りたいのだろう、彼女中井で降りる気配を感じる。夏目漱石こころiPhoneインストールしているkindleで読み直しているけど、様子が気になって内容がちっとも入ってこない。

こんなことになるなら、引っ越すとしても元の家から徒歩で15分くらいのところじゃなくて、もっとこう"シティ"な感じのところにしてくれたら良かったのに。パパが僕たちの地元を大変お気に召しているのだろうけど、大したもんはココにはない。ジョギング中の夫婦が「ヨーロッパに来たみたい」なんて言っていたのを聞いたことがあるけど、僕は地元に"ヨーロッパらしさ"を感じたことは一度もない。ヨーロッパらしいってしかアフリカっぽいと同じレベル感なのがグッとくる。フランスドイツスイスフィンランドも"ヨーロッパっぽい"のだろうか。

それにしたって彼女は気まずくないのだろうか。もしかしたら彼女の方は全く気にしていないどころか、僕なんかに微塵も興味を感じていないのかもしれないけど、それにしたって不都合だ。朝の通勤時間小説ビジネス本を読むような彼女には東横線か、あるいは田園都市線がお似合いだと思う。青山広告代理店パリッとクリエイティブ仕事をしているのなら、意外と二子玉川武蔵小杉なんかも良いかもしれない。トレンディがある。そんな彼女住まいが閑静なローカル線住宅街で僕の家から走って2分だなんて。


初恋女の子が僕の通っている小学校引っ越してきたのは4年生の時だ。

学芸会の準備で役を決める際に視聴覚室か何かに学年で集まる機会があって、僕はその時三組だったから、二組に転校してきたその子を見かけるのはそれがはじめてのことだった。僕は一目惚れをした。

控えめにいって、ものすごく可愛かった。もしかしたら可愛くないのかもしれないとかそういうことを思うことなんか一切ない。疑いのない可愛さ。とにかくものすごく可愛かったのだ。広末涼子のような清涼感にしかしどこか影のある、もしかしたら深田恭子かもしれないようなミステリアスさ、とまではいかないけど、こう、幸の薄そうな、アンニュイな佇まい。目が合っているようでどこか僕よりも遠くを見ているようなそういう雰囲気のある女の子。きっと心臓に包帯を巻いているに違いない。

そんな少女の横顔を偶然にもあの場で拝んでしまったその日から、僕の好みの女性タイプ確立してしまった。確実に言える。初恋というのは実に恐ろしいものだ。

僕は地元の公立中学に進学することを決めていたし、彼女が日◯研かどこかの塾に通っていてそれで女子中学校受験するというのは友達から聞いていたから、中学に上がったらこの思いも終わってしまうんだなと思っていた。金輪際のお別れになるんだろうなって思った。なんでかわからないけど、また会えることを期待したお別れであったり、悲しさのようなものを感じないまま中学生になった。今思えば、そういう感情が終わってしまうということが当時の僕にはよくわからなかったのだと思う。小学生の頃の僕たちはただ誰が好きだ誰と両思いだとかそういう秘密を"バクリョー会"と名付けたなんだかよくわからないグループでこっそり共有しあって、それでその子廊下ですれ違うたびに肘で突き合うといった交友関係を楽しんでいただけだったのかもしれない。一度も話したことのないにも関わらず、これは初恋なんだって確実に言えるそれは小学校卒業と共にお別れしたかのように見えた。


高校1年生のとき、僕たちの間で前略プロフィール流行った。

僕もその当時ノリノリでプリクラプロフィール写真に設定し、好きな異性のタイプのところに「幸薄い子」って書くくらいにはエンジョイしていた。

今でいうTwitterのようなタイムラインは「リアル」と呼ばれていて、幼稚園同級生だったモデル女の子は「りさのりある」とかいって人気を博していた。

「ぼくのりある」もささやかな人気を誇っていて、"ねっとりとした"自分語りますだおかだ岡田のような芸風がウケて意外にもいろんな人に見てもらえていた。

ゲストブックというのが前略プロフの中の機能にあって、そこに知人がコメントを残すことが出来るようになっている。そのときに現れた nさんが話題になった。彼女は僕のゲストブック=足跡ミルクキャラメルが欲しいと言った。

僕が高校にあまりいかず(行ってなかったことはしらないだろうけど)近くのコンビニバイトをしていたことを彼女は知っていた。

彼女の言うミルクキャラメルがうちのお店にあるかどうかの話を聞かれて、多分あるとかい適当な返信をしていたのを覚えている。そのうちみんなが僕とnさんのやりとりに興味を持つようになって、学校に行くと「あのn ってだれ!?ww」とか言われるようになった。

僕とnさんとのやりとりが130件を越えたあたりで、nさんはバイト先に来た。

僕は度肝を抜いた。まさかこんなことがあるのだろうか。あの女の子だった。

バイト中にも関わらず連絡先をその場で交換した。夜勤のお兄さんと一緒に夕勤に入っていたのだけど、事情説明したら怒られなかった。むしろ茶化された。

そこから僕たちは小学校卒業してから今までの4年弱を埋めるかのようにメールをした。

当時の携帯は文字数制限というのがあり、1万字を越えると入力ができなくなるのだけど、僕たちは文字数いっぱいになるメールを1時間半かけて50~100つのトピックを会話した。

たとえばニコ動面白いとか、彼女御三家クラス女子校に通っていたので、自然とヲタ趣味を持ちやすいのだと思うけど(偏見)、時かけMADがあーだとか、あるいは東京事変だどうだとか、そういう話もした。彼女軽音部で、家にはドラムセットが置いてあって、透明人間コピーしたりしていたらしい。椎名林檎が好きな女の子だった。高校1年生にしては早熟しているという感想がある。


次第に僕達の仲は縮まっていき、バイトから上がって、電話がかかってきて。僕は彼女から気持ちを伝えられた。僕はそれには返事をしないままデートに誘った。





正直にいって、僕は彼女に対して劣等感があった。先程も言ったとおり、羞恥心なのだ彼女は1時間半かかるメールをしながら、僕が必死入力している時間勉強をしていたのだ。大学入学に向けて自主的勉強をしているような子だった。

僕は偏差値が50もない都立高校に進学して、あまつさえ学年ワースト10の人間だったから、そういう天上人の姿を目の当たりにして惨めな思いがした。

勉強なんて、くだらない」

「どうせやったって役にたたない」

学校先生馬鹿に見えて仕方がない」

僕はみんなが僕と同じようにそう思っているに違いないと思っていたから、ボイコットと言えるような授業態度を取ることもあったし、それがきっかけで停学になることもあった。そういう人間なのだ。そういう貧困家庭文化資本の微塵もない人間が彼女のような幸福に溢れる少女と関わるなんてこと、あってよかったのか。

僕は気持ちに応えたかった。けど、自分の無様な境遇を誰よりも理解していたからこそ、彼女気持ちに応えることもなく、返信を止めてしまった。


「あの時いったこと、なかったことにしてください」

これが彼女から送られてきた最期言葉だった。







そういう経緯もあって、高校二年生にあがって、ひょんなことで自分大学進学ができることを知ってから、たまら勉強をしてみたくなった。

早大学院が家の近くにあって、その高校に幼馴染が進学していたこともあって、高校に行っていなかった時はもっぱら学院の子たちと遊ぶようになった。

もう一人、学院にいったバスケ部の友人が僕に言ったことがある。

「ココにはお前みたいなやつがいっぱいいるぞ!」

僕の居場所はきっとこっちなんだろうなって思った。

僕は変に尖っていたから、東大は無理だけど早慶ならやればイケると思っていた。だから学校で受けることになっている模試志望校には早稲田法学部慶應法学部を必ず書いた。当時の僕は文系最難関は法学部だと思っていた。偏差値は30台だった。

僕が勉強に対してひどいコンプレックスを抱えていたのは、進学した環境へのミスマッチもあったけど、それよりも大きかったのはきっと彼女へのコンプレックス勉強に向いていたからだと思っている。僕はそうやってここまでやってきたのだ。

幼馴染いわく、彼女はAO推薦で早稲田国際政治学科に入学したと聞いた。

ものすごくモテるけど、性格が奇抜らしく、恋愛に発展することはそう多くなかったらしい。

彼女は3年生になって、イェール大学に1年間留学した。留学費用は親から借りて、社会人になった今、親に返しているって言っていた。

そして今、外資系広告代理店に努めている。

彼女はきっと大学ケインズハイエク勉強するような感じではなかっただろう。

きっとホロコーストに関心を持って西欧政治史勉強していたのだろう。ハンナ・アーレントのようなそんなイメージがある。"アンシュルス"という響きが彼女形容する。留学ではどんなことを学んだのだろう。

僕の方はどうだっただろう。

見えない格差に悩まされないことはなかったし、この断層をどうにかして上り詰めてやろうと思った。もしかしたら届かなかったかもしれないし、もしかしたら届いたかもしれない。

でも、ある種の上流に来て思った。僕は平面的な世界しか見ていなかった。ここには奥行きがあって、階層が同じになったように見えても、生きる世界が交わることがないのだと。

彼女の生きてきた歴史を僕が覗くことが出来ないことが、たまらない不安となる。彼女の見える世界と僕の見える世界ブラウン管に映るカサブランカと最新液晶で見る君の名はくらい違うに決まっている。


努力というのは貧しいもの必要とされるものであってほしい。

まれた家庭に生まれ、愛され、そうして社会になんの疑問を抱くことなく生きてきたのであれば、どうかそのまま幸せになってほしい。

社会人になって、通勤中にビジネス本を読んだり、コピー勉強をする必要なんてきっとない。いつかきっと、おそらく今も付き合っているであろう彼氏や職場の人と結ばれて、2児の母になって、幸せになっていってほしい。

彼女のそれはエリートに他ならないではないか

彼女政治経済学部に進学したように、僕も政治経済学を学んできた。

彼女広告代理店就職したように、僕も卒業したらネット広告生業とするだろう。

どこかで交わってもよかったはずの世界が、どんなに類似共通する点があっても交わることのないこの世界の片隅で僕はまこと勝手に息苦しさを感じている。



おそらく10月までに引っ越すことになるだろう。

僕が24年間生きてきた思い出深い地元を出た時、僕と彼女を結ぶ共通点がついに無くなる。

それは小学生ときにはわからなかった別れのような感情を僕に芽生えさせるのか。

あるいは僕の眼前を照らす原動力として、ずっとこころのどこかに仕舞われたまま生きていくことになるのだろうか。

国境の南、太陽の西という小説がある。あの主人公気持ちが分かるような気がしてしまう。もし30歳とかそのくらいの年齢になって、島本さんのように現れてしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。

一度空いた穴が塞がることはないのだろう。

僕も彼女に穴を空けてしまったこと、もう一度ゆっくり話してみたい。

学校の授業でプログラミングを教えるとしたら言語は何が良いのだろう

自分情報系の大学生

弊学では、2年生の時に必修のプログラミングの授業でC言語を習う。

中学生の頃からパソコン大先生スクリプト言語を軽く触ってた自分としては、わざわざ面倒な書き方で面倒なコンパイルをして動かす事に疑問を感じていた。

ちなみに、試験は紙ベースで、手書きプログラミングをさせられる。つらい。

スクリプト言語で良いと思ってた自分は、C言語を覚えることに疑問を感じていた。

結局、授業以外で全く勉強せずに試験結果は散々だったが、なんとか単位が取れたので良しとしよう。

プログラミング学者である人は苦労して書き方を覚えていたように思う。

脱落していった人を何人も見たが、人間やれば出来ないと思っていたことが出来るのである

本来プログラミングは誰でも出来るはずである

今学期、PHPを書く授業とPythonを書く授業を履修してみた。

PHPは、某テキストをもくもくと写経して動かしてみる授業で、独学でテキストコードを動かす気力のない自分にとっては最高の授業だ。

Pythonは、MeCabなどで形態素解析構文解析をする授業で、サンプルコード自分で考えてカスタマイズして毎回レポートで提出する。

Pythonの書き方に慣れないからか、かなりハードであるが、やりがいがあっていい感じだ。

やはり、スクリプト言語楽しい

書いたらすぐに目に見える成果が出るところが大きい。

自分は、プログラミングを授業で教えるのならスクリプト言語に限るはずだと思う。

そう思っていた矢先に事件が起こった。

最近研究室に入ったところ先生が手当たり次第Javaを教え始めたのである

せめてJavaScriptでいいかスクリプト言語を教えてほしいところなのに、なんでJavaなんだと発狂した。

それでも、30億のデバイスで動くハイブリッドさとオブジェクト指向理解する上での分かりやすさという面ではJavaが手軽なのかもしれない。

コンパイル言語も悪くはないと思い始めた。

ところで、最近になってプログラミング教育義務化とか叫ばれてるが、Scratchでパーツを並べてプログラミングをするなんてただの積み木に過ぎないと思う。

絶対にツマラナイだろう。

自分は、プログラミングの授業で数字を足し算して黒い画面に表示させるとかツマラナイと感じてしまった。

こんな複雑なことをしても、これしか成果が出ないならやってられないと思うのは自分だけなのだろうか。

お願いだからプログラミングを教えるのならツマラナイ授業をしないで欲しい。

生徒に分かるように、生徒は楽しんでプログラミングをするべきだ。

別にどんな言語でもいいと思うが、プログラミング言語は人それぞれ好き嫌いが激しいだろう。

自分は、分かりやすくて直感的なRubyというプログラミング言語学校の授業で採用されるべき言語に間違いないと思う。

別にRubyにこだわる必要はなくて、スクリプト言語であればなんでも良いと思う。

CやJavaなどのコンパイル言語は複雑で分かりにくいし、教えにくいはずだ。

スクリプト言語を教えた後に、コンパイル言語オブジェクト指向概念を教えていくのがいいのではないだろうか。

これは、あくまでもたった1人の大学生意見しか過ぎない。

みんなの意見を知りたい。

https://anond.hatelabo.jp/20170627015627

おもしろい。古文は良い先生出会えなかったなぁ。大学受験望月古文代ゼミ元井の適当古文突破しちゃったし。何も分かってない。

先生増田でいちいち赤の他人の細かい挙動をあげつらう人のほうが頭おかしいと思います

棒銀って強いんだっけ

https://anond.hatelabo.jp/20170626192037

こんばんは、id:sugimurasaburo さんからIDコールいただきました。ありがとうございます船橋海神id:cj3029412)です。本職はねこちゃんの保護趣味ブログで嘆くこと、在野で中世古文特に助詞助動詞研究を行っておりますキャッチフレーズは「(´;ω;`)」「でかいです」。将棋も大の好物です。

以下は私の私淑する大野晋先生およびその決定的名著/集大成であらせられますところの(敬語誤用)「岩波古語辞典増補版」(2016/1/12補訂版第23刷)に依ります

よろしくお願いします。

けりの基本性質=回想の助動詞

加藤一二三という男、ありけり」を訳してみましょう

(A)~(D)は上の引用解説を便宜的に分類した符号。【訳】は私のもの(一部、戯れ)です。

失礼かどうか

元増田氏の理解(「加藤一二三という男がいたそうだ」)(「伝聞の過去」になるんじゃないだろうか?)とは少うし違いますけれど、私も第一感、失礼…というか、そんなに遠い昔の話だっけ、という印象です。端的にいえばアホバカクズ受信料払わねえぞと申し上げています

現代語に残る「けり」

ちょっと一休しましょう)ちなみに、この日記に私が付けたタイトル「強いんだっけ」の「け」がそうです。「けり」の「り」が落ちました。

もし強引にありえるとしたら

米長邦雄永世棋聖くらいでしょう。米長先生が戯れに「加藤一二三という男、ありけり」とおっしゃる、これはありえます。「君たちは知らないだろうが、私もいま思い出したのだが、加藤一二三という男がいましてね」あるいは「あら、こんなところに加藤さん、(ずっと)い(らっしゃっ)たんですね(気づきませんでした)」。しかしこれも(ジョーク以外では)無理がありますね。ありえるとしたらかなり特殊な状況ということです。

(参考) https://www.youtube.com/watch?v=pr6-Bv3RVTw

場合によりけり」の「けり」

https://anond.hatelabo.jp/20170626193212

トラバ増田氏、慧眼です。古文研究をやっていてよかったなあと思う瞬間です。筋違いながら御礼を。

ネットスラングの【場合によるんだ(よ)なあ】で訳すのが一番しっくりくると思います。(過去)回想/気づきの原義は退き、(自分も気づいた)から同意/強意/念押しのニュアンスが全面に出てくる、その変化点が味わい深いですね。ちなみに、この線でお題の「加藤一二三という男、ありけり」の出るような状況を無理やり設定するとしたら、棒銀のことを話題にしているのにスレのだれも加藤先生のことを話題に出さない。そんなときに【加藤一二三という漢がいたんだよなあ】と、誰かがきっと書き込むでしょう。例えば、そんな感じです。これも、やっぱり例外的ですね。

まとめに代えて

「けり」は、幅の広い、陰影に富む助動詞です。それを、おそらく伊勢物語から(あるいは、伊勢であることすら忘れて何となく)「昔、男ありけり。」をただ引っ張ってきてNHKは使ったのではないか想像します。ここから物語論範疇ですが「昔、~けり」とやると、一気に作品世界が遠い昔/架空物語に飛ぶ。その効果を古人はよほど気に入ったのでしょう。いろんな作品が「昔、~けり」を使っていますNHKはさすがに「昔、」とやるのはおかしいということまでは感じた。ならば、もう一歩、脚を止めて考えるべきだったと思います

  • 降る雪や明治は遠くなりにけり(草田男、昭6)

お粗末さまでございました。

追記:翻って元増田氏へ

「けり」の思い出し(回想)効果は、いちど忘れていたことが前提になります。いま、加藤一二三先生のことを忘れてしまっている人はいませんね。ですから失礼というのは正しい直観だと僕は思います

「けり」を使うくらいですから、7/1のNHKは「神武以来の」と形容されたデビュー当時の、みんなが直接体験過去としては忘れてしまっていたところにフォーカスするのでしょうか。あるいは第19期名人戦大山康晴先生こてんぱんにやられたことを加藤先生述懐していただき秘話を発掘するといった「気づき」があるのでしょうか。よもや、升田幸三米長邦雄冥土鷺宮から召喚するのか。期待しないで待ちたいと思います

いずれにせよ、今回、元増田氏が感じたような、現代人の古語の扱い方に対する「もやもや」は、古語研究もっとも大切な礎の1つです。ぜひ今後とも大切になさってください。楽しかった\(^o^)/

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626225646

まあないのは戦後歴史を考えれば当然なんですけど

そもそもマルクスを正しく教えられる人が圧倒的に少ないのでは?

そこらの日教組先生では理解しきれないでしょう

医療機関で働いていた。

自分の職域以外の作業業務として認められるべき。

ただ医者と患者の面倒を見るだけが仕事と思われがちだけど、実際にはそれに付帯する事務作業もそこそこある。

だけどそれを仕事としてみなしてくれない。残業代も出ない。先輩がソリティアばっかしてどかないか作業出来ない。楽しんで仕事やりましょ〜的な運動なんかいらん。金よこせ。

コンプライアンスがない。

共用PCなんてのがあちこちにおいてあるが、朝立ち上げたら夜勤者がアマゾンログインしっぱなし。

ちょっといじってるだけで怪しいポップアップが大量に出てくる。

USBもバシバ認識情報お持ち帰りできまくり

信頼できるセキュリティソフトスキャンしたらマルウェアが山のように。そんなパソコンで集計したり、社内資料作ったり。

飲み会昭和のノリ。セクハラパワハラなんでもあり。誰も止めない。止めたら明日場所がないから。

③よく分かってない医者は思ってたより多い。

素晴らしい先生はもちろん一定数いる。そんな人と仕事ができるのはテンション上がる。けど、だいたい作業するのは何にも分かってないような医者、診断も怪しいし、治療選択も怪しい。子供のお守りしてる感。

事務がやたら偉い。

事務人達って本当何もしてない。

いい歳したジジババがこっそり裏で昼間からイチャついてるの見た時は鳥肌たった。

何台もサーバー買っておいて未だに社内手続き電子申請出来ないってなんだよ。

管理も全部外注って、この課20人くらいいるけど皆ソリティアでもやってんの?

使わなきゃただの鉄の箱だよ。

毎年謎の業務改善の発表とかしてるけど、実質的には何も改善しない。俺達頑張ったな…!!って内輪でなんか盛り上がるのは見ていてツライ。

外注派遣さんにしちゃった方がしっかり仕事やってくれる気がする。

ここまで書いだけど、別に前の職場は嫌いじゃない。

当時の同期も上司も別の業界に行って3年経った今でもまだ仲良いし、イベント事には声かけてくれる。素直にいい日々だったと思える。

時折足を踏み入れる立場になってから思ったのが、医療というか病院は踏み入れにくい環境だと思う。社会からの関与の方向が限られている状況、環境はよくないんだと転職してから益々思う機会が増えた。

社会は私が思っていたより自由健全だった。

https://anond.hatelabo.jp/20170626163118

ネグレクトしたりせずに親は子供を大切に育てましょう」「子供は育ててもらって当たり前じゃなくて、親に感謝しましょう」みたいのは、基本はそうだよって教える事がそんなに悪い事だとは自分も思わないんだけど。個々に例外はあるにせよね。

「親も先生も年長者も誰にも敬意を払わないぜ」みたいな価値観多数派になったら、社会に支障を来たすし。

20年前の卒業文集

ぼくは、教頭先生がきらいです。

なぜなら、ぼくたちの話を聞こうともせず、いつも一方的に、ぼくたちのことをどなってばかりだからです。

ぼくたちが説明するために順番に話をしようとしても、教頭先生はすぐにどなり声でさえぎってしまます

クラスのみんなは、どなられると教頭先生の言う事を聞いてしまます

ぼくたちは何も悪いことをしていなくても、みんなごめんなさいと言って泣きます。これはみんなもちょっとおかしいと思います

ぼくはそれがとても気持ち悪くて、全然なっとくできません。

からちゃんと説明しようとするけど、そうするとぼくはもっとどなられます

教頭先生がうっかりしていたり、まちがっていたときもありましたが、教頭先生がぼくたちにあやまってくれたことはありません。

どうして怒っているのか、ちゃんと理由説明してくれたこともありません。

ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。やめろ、やめろ、やめろ、やめろ。」

ちゃんと理由を言ってくれれば、ぼくたちだってわかるし、悪いことをしていたのがわかったら、ちゃんとあやまるのに。

「見ろ、他の学年はだまって言う事を聞いているだろ!」と教頭先生はいつも言いますが、それとこれとは関係ないんじゃないかと思います

言葉は、人間がおたがいにわかりあうための道具ではなかったのでしょうか。

から、ぼくは教頭先生がきらいです。

ぼくたちはもう卒業しますが、教頭先生には子どもの話を聞いてあげて、ちゃんと話ができる先生になってほしいなと思います。がんばってください。



小学生からバリバリアスペ気質だった俺に、名指しで卒業文集使って絡まれ教頭ちょっとかわいそうとか今になって思う。

最近id見ずにブコメだけ見て(しかブコメ全部じゃなくて最初の一文だけ見て)、フフッなんか先生っぽいなwって思ったらそれが全部先生で、これはもしかして!?と思ってる

人気ブコメにあっても、新着ブコメ一覧に埋もれてても、ぱっと目に付いて、ぽいなって思ったら確実にBINGO

https://anond.hatelabo.jp/20170626120354

本人がしたいって言っているんだから教室でいいやんけ!って人は、ある種の理想主義啓蒙主義で言っているんだと思うけど。学校って想像以上に荒野だったりするからねぇ…先生が見ていない時も多いし。

縦笛だって危ないだろう!っていうのもそりゃそうなんだけど。見慣れなさというのが注射器と縦笛じゃ違い過ぎるから学校先生を含めて、結構荒野だったりするので、あんまり理想主義で動かすのは危険だと思うし。保健室ベターって事もあると思う。

山川先生って内心では不摂生透析患者を殺せ、に賛同しているよなあ

無能な人間は罵倒して言い、人格否定していいとか、言っているし

豊田真由子が「このハゲーーー!」と怒った理由が判明。こんなもん誰でも怒るわ netgeek.biz/archives/98516 パワハラ問題が怖いのはこういう所。部下の能力は一切不問になってしまう。

不摂生な生活保護者に対する厳しさとかこれ自分患者にも向けているんじゃないですか。いや、自分病院には生活保護人間は受け入れていないのか…。

患者イノセントでないように、医者イノセントではありませんし、どんな思想を持っていたっていいのですが、こういう人が自分に嘘吐いてまで長谷川さんを上辺だけ否定しているのがもやもやする。

なぜ日本で基礎研究が軽視されるのか、2つの記事で腑に落ちた気が

先日ホッテントリ化した、口は悪いけど舌は鋭い増田

はてなの中高年は今井絵理子の発言を理解できない

あいつらは「批判」をすっごい悪いことって意味で使ってるの。
批判」は和を乱すとか喧嘩を売るって意味しかない。ケチをつける。因縁をつける。人の気分を悪くする。
批判は、すごくネガティブな、ピースフルでない、縁起の悪い行いなわけ。喧嘩とかケチ付けってことなわけ。

と、ここのコメントの1つ

研究者の頭脳と時間を、違うことに使いすぎている - 日経テクノロジーオンラインブコメ

基礎研究と応用研究政治家アカデミズム算数ドリルがまだ区別できておらず「基礎なんかすっ飛ばし最初から応用問題が解けた方が効率よいし偉くね?」って本気で思ってそうなくらい、基礎研究軽視だからなー
2017/06/24 17:10

2つが脳味噌の中で化学反応して、

なんで歴代ノーベル賞受賞者の面々が口を揃えて異口同音に「日本は基礎研究予算かけなさすぎ」って叫んでるのに、政治が一向に基礎研究への予算配分増に対して及び腰なのか、
一方で金欠だ振興費はもう頭打ちだと言う割に「チョコレートで脳が若返る」とかいう明治PRにノせられスライドだけ無駄に立派なトンデモ似非研究内閣府が飛び付いて、予算がすんなりタンマリ通るのか、自分の中で勝手に謎が氷解した。

いつもなら「選ぶ側の政治家科学研究学問に対して無知無理解から」「真偽を判断するだけの科学リテラシー知識が無いから」で済まされて、最終的に「日本の政治家がバカばかりなのが悪い」と結論づけられるが、
多分それだけじゃない。使ってる言語体系と価値観の相違も勘定に入れるべきだったんだ。

何が言いたいの?

まり内閣府の皆さんや現行の政治家の皆さんの多くが「基礎研究」「応用研究」の頭に付く「基礎/応用」という修飾語を、我々と違うニュアンスで捉えてるかもしれない、ってことだ。

・「基礎研究」と「応用研究」(大学研究機関
・「基礎問題」と「応用問題」(数学問題集

似てるようで全く異なる両者を、同じ意味イメージしていらっしゃる可能性が非常に高いかもしれない…ってことだ。

まり

「基礎研究というものは、延々と3+(-4)=-1… みたいな、計算ドリル初歩の練習問題を繰り返してつまづいている段階であり、それすらすぐ正答できないという事は無知で後進的で恥ずべきこと。
 基礎なんかはもうとっくに出来てる前提で、応用研究問題)がスラスラ解けるようになる事が到達目標であり良いこと。だから限られた研究予算は、基礎研究問題)なんかをいつまでもダラダラやってる子(大学)よりも、
 成果がすぐ見える応用研究問題)をいっぱい手がけてる優秀な子(大学)に優先して配分するよ!」…という盛大な勘違い価値観のまま、表彰対象を選んでる可能性がある。

…いやそれも「連中が無知なのには変わりないだろ」と突っ込まれるかもしれないが、純粋に知らないのと、知ったつもりで誤解したままなのでは話が別だ。
もし「基礎<応用」という上記のニュアンスで捉えている人が多かったら、科学者の"基礎研究大事しろ"の声が政治家に届かない理由も分かる。

"基礎研究なんて膨大な無駄の中からほんの少し凄いものが出てくるって世界(id:k_oniisan)"っていう正論も、「基礎の段でつまづいてるような出来の悪い子が、こづかい減らされるのを恐れて出来ない理由言い訳を並べている」
しか受け取られていないかもしれんわけだ。たまーに偉いノーベル賞受賞者先生擁護して同じことを言っても、「出来の悪い子を、自分の身内やお友達や生徒だからって庇い立てしてるだけだ」と見做されているわけだ。

他方、基礎を終わらせて、もしくは基礎を飛び級して、成果の出る研究、金になる研究、応用研究軸足を移し、先駆けて沢山手がけている子こそが優秀であり、高効率であり、限られた科研費の優先投資先として
相応しいのだと。そういうロジックで選んでるのだとしたら、民間企業協力のキャッチーな予備実験や仮説もどきの方が最先端研究だと持て囃されるのも実に納得だ。

そりゃ平行線にもなるわ。

書いてて絶望的になってきた。自分だけの思い込みかもしれないけど、これで科学立国とかマジで無理ゲーじゃね?

2017-06-28 追記

思った以上に賛否色々とブコメトラバを頂き、話題をすぐ畳むのが勿体なくなったので折角もう少し風呂敷広げてみよう(広げた後に収拾する気があるとは言ってない)

予算」という言葉も同じく、科学者-政治家間で定義がすれ違ってる説

id:outalaw 「予算」という言葉がすれ違っていそう。科学者たちは恒久的な人件費を含めているが、行政は一時的な雇用費や物品費こそ予算と捉えており、行政のいう予算は横ばいだが科学者のいう予算は減り研究時間も減っている。
id:death6coin トランプアメリカもっと低い次元にいそう/http://www.nistep.go.jp/archives/32530によれば予算的には減っていないが出どころが変化しており、研究者に成果へのプレッシャーがあるのではないかとの分析がされていた。

確かにその可能性も高そう。年度毎に補助金申請書を書き直さなくてもよい永続的フロー保障される事を要求する研究者サイドと、◯期活動分のキャッシュを確保することに奔走し、科研費増なんて出来るわけがない現実を見据えてる政治家サイド。
かたや「基礎研究への予算が増えない」と嘆き、かたや「予算は水準維持してる」と主張するのも、どちらかが嘘付きって事ではないはず。おなじ「金」のことを話してるんだからすれ違うはずがないと思いきや、両者の中で定義が違うままと。
で、河野太郎の研究者の皆様シリーズもまた、ブクマ上位によく来る人気エントリだが、結局できる事は"成果を生まない大型プロジェクトをつぶしてほかのことに振り替えるか、または成果を生まない研究者予算をほかに振り替えるか"
実際上記の通りプレッシャーかかってます

元々長期的視点つのが苦手な上に、科学技術振興予算の上限まであっては、短期的に金になる成果を優先せざるを得ない

*id:kaeuta 馬鹿にしたい気持ちはわかるが、今の政権経済産業寄りという点に尽きる気が。国民感情的に「膨大な無駄」が許される状況ではなく、基礎研究がすぐに金を生まない以上、金になりやすい応用研究が推進されるのだろう
*id:mainasuplus 増田にもあるけど、短期的に金になると想定される分野にしか研究費を突っ込みたくないのだろう。基礎研究文系学問研究費が落ちてこないのはほぼこれに尽きると思う。

予算は限られてて、社会保障費並の伸び率で野放図に増やすわけにはいかない。じゃけんせめて、振り分ける対象の厳選仕分け優先順位付けくらいきちんとしましょうね~ という大筋は正しい。
が、それでも「基礎研究に割り振る比率はもう十分与えたから、与えられた枠内で工夫するか減らすかしてね」には強く反対する。

また抽象的な例え話に飛ぶが、国民政府も喉が渇いてて、収穫すればすぐ生食できて喉が潤う万能フルーツ『成果』の大規模栽培を皆が渇望しているわけで。
収量予想や収穫期限コミットまで厳しくガン詰めされているので、使える湯水(金)も限られ、なおさら『成果』を優先栽培する以外に選択肢はないわけで。
でも、その『成果』を栽培するにあたって必須となる土づくりと肥料、その名も『基礎研究』…これは今すぐ食えるモノじゃないし成功保障も低いから、金かけるのは後回しにしてね。そう言ってるわけだ。
もしこれから科学事業を再び仕分けていくにしろ、まかり間違って奇跡が起き科学振興予算が倍増するにしろ、上記の思想ベースである限り、どれだけ湯水の如き金があっても、きっと土壌と肥料最後まで後回しで、
皆こぞって効率良い『成果』の密植技術開発に明け暮れるのだろうね。やがてサイエンスという土壌は、キャパを超えて過剰密植された『成果』に養分を吸われて徐々に痩せてゆき追肥もされないので
最期は何も生えない不毛の大地けが残りましたとさ。めでたしめでたし


省庁や官僚役人は流石にそこまでバカじゃないし正しい意味知ってるけど、敢えて政治家への啓蒙放置して状況を利用してるよね

これには強く同意する。事業仕分けとかで管轄範囲権益を侵さない限りは、知った上で正しく確信犯として野放しにしてる感


「基礎」って言葉が誤解を招いてるから、別の語に置き換えよう(提案

ボケ痴呆認知症」っていう事例もあることだし、たか言葉遊されど言葉遊び、形からでも変えてみる意味はあるかもね。
但し、「障がい者子どもメクラチビゴミムシダマシ」のように、無理に言葉狩りして理念が追い付いてない、仏像彫って魂入れずだと反感を買うおそれもあるね

名付け

私は中性的名前なので、

ショートカットで胸がなかった小学生時代に顔と名前を見た上で男の子と間違えられたり、

新学期出席を取る時に新しく来た先生にくん付けをされてちょっと気まずい思いをしたり

少し不便なことはあったが

今の名前でまあよかったと思っている

私のようなブスが「子」とか「美」とか女性らしい名前だったらと思うとゾッとする

小さい頃はボーイッシュで、スカートピンク色にとても嫌悪感があったのでなおさら


それより、アホの父親戸籍登録の際に間違えて旧字で書類を出してしまったことの方が問題

(例えばだが、蛍と螢みたいな感じ)

一発で漢字変換できないし、人に説明するのも面倒くさい、画数も多い

ある時、

母に何で一緒について行って確認しなかったのかと聞いたら、まだその時はお父さんがそこまでのアホだとは思ってなかったのよと言われた

本当に迷惑な話だ


書きやすくて一発で読んでもらえる、これが一番で次に性別を間違えられないか、かと言って男(女)らしすぎないか、あとは名字と組み合わせたらとんでもないことにならないか同姓同名犯罪者がいないか、とかその辺を気をつけたらいいんじゃないですかね

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