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はてなキーワード: 弾圧とは

2018-06-25

anond:20180625143848

この弁護士らが「幸せワンルーム」は批判弾圧して「万引き家族」を批判しないのはなぜか?twitterに書いている人がいた。

こういうヤツらが白黒付ける役になるなら、ますますヘイトスピーチ規制なんてしちゃなんねぇな感しかない。

幸色のワンルーム』について、弁護士太田啓子氏の記事に思うこと

幸色のワンルーム』(以下、「幸色」)放送中止騒動について、弁護士太田啓子氏の記事を読んで思ったこと。

この日記は、以下の記事を読んでの感想である。筆者が、他所での議論ほとんど追えていないことについては、ご容赦願いたい。

幸色のワンルーム放送中止批判の嵐……弁護士太田啓子氏が「誘拐肯定」の意味を語る

http://www.cyzowoman.com/2018/06/post_190588_1.html

以下では、当該記事の内容について適宜要約し、筆者なりの疑問点を整理していく。

【元記事の要約①】「幸色」放送中止への批判として、『ルパン三世』や『名探偵コナン』は放送中止にならないのに、なぜ「幸色」だけが、というものがある。この批判に対して、太田氏は、現実における殺人犯誘拐犯の認知の違いを説明することで応答している。すなわち、殺人犯自身行為殺人である認識している一方で、誘拐犯はその限りではない、という。また、この認識の違いは、これらの犯罪行為を受け止める側の人々の認識の違いと並行している。

→<①への疑問>太田の応答は、“現実における殺人犯自己行為殺人である認識しており、それを受け止める側の人々もそうなのだから殺人にまつわる番組放送したところで問題はない」というものであり、確かにルパン」や「コナン」が放送中止にならない理由説明しようとはしている(内容の是非は置いておいて)。しかし、この議論から導き出せるのは、せいぜい“誘拐テーマ殺人よりも注意して放送すべきである”程度のところまでであり、副題の「なぜ殺人OKで、誘拐NGなのか」はミスリーディングである

【元記事の要約②】太田氏いわく、『幸色のワンルーム』は、加害者一部の人事件に抱いたであろう妄想作品にしたものであり、「実在被害者に対する中傷のものだと思う」という。

→<②への疑問>言いがかりに過ぎない。

【元記事の要約③】太田氏は、ドラマ公式SNSの“盗撮ハッシュタグ”に触れた後、「公共電波に乗せるのは、表現者社会的責任を伴い、おかし社会規範を作ることに寄与することは、やはりやってはいけないと考えます」と述べる。

→<③への疑問>“盗撮ハッシュタグ”に眉を顰める気持ち、そして“公共電波に乗る表現には社会的責任が伴う”、という点には同意できる。ただ、もっと議論されるべきは、“「幸色」の表現者が十分な社会的責任果たしていない、と言えるのかどうか”という点である問題は、瑕疵の有無ではなく、その大きさなである太田氏の記事では、この点についてあたか自明のことであるかのようにほとんど触れられておらず(太田氏が、別の場所議論しておられるのであれば、申し訳ない)、実際問題、この点についてほとんど議論がなされないまま放送中止が早々に決定されてしまった。

【元記事の要約④】誘拐被害者は「助けを求めなかったからといって、誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない」。しかし、今の日本社会では「女性被害を訴える声を歪曲して捉える空気が強すぎる。このような空気社会の中で、『女児誘拐したが実はその女児はその「誘拐」を喜んでいた』という言説を肯定的に描くことは、女児誘拐についてのそのような歪んだ認知肯定し強化することにならないでしょうか。」

→<④への疑問>まず、「助けを求めなかったからといって、誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない」についてだが、“必ずしもあり得ない”という意味なら同意できるが、“絶対にあり得ない”という前提であるならば、疑問である。“人間が何を望んでいて何を望んでいないかはっきりとひとつに決定できる”という素朴すぎる人間観は置いておいて、実際のところ、実親から虐待から逃れるための緊急の避難が、結果として誘拐事件というかたちをとってしまうケースはままあるように思われるからである(筆者は、それを肯定している訳ではない)。ただ、「誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない(というのが常識になるべきだ)」という太田氏の見解は、客観的事実認識というよりはむしろ弁護士としての倫理を加味したものであるように思われるし、そのこと自体に対しては、筆者は敬意を表する。次に、「女児誘拐についてのそのような歪んだ認知肯定し強化することにならないでしょうか」であるが、これに対しては、“それは本当なのか、本当ならどれほどのものなのか”“それは果たして放送中止に足る理由なのか”という二つの疑問が浮かぶ。前者の疑問は、そのままの意味で、「幸色」の放送によって“歪んだ認知の強化”が本当に起こるのか、起こるとしてそれはどれほどの強化なのか(微々たるものではないか)、という疑問である。また、後者の“それは果たして放送中止に足る理由なのか”という疑問は、もし「幸色」によって引き起こされる“強化”が微々たるものであるならば、それは「幸色」の表現者が果たすべき社会的責任範疇を超えているのではないか、という疑問であるそもそも社会というのは、何かひとつドラマによって大きく変わったりするようなものではないだろう。もしそういうことがあったとすれば、それは社会のなかで変化への準備が潜在的に進んでおり、作品最後の一押しになったということにすぎない。そうだとすれば、個々の表現に過敏に反応する態度は、社会本質的領域から目を背けた盲目的な“水際作戦”であり、また作品への“責任押し付け”になりかねないようにも思われる。

【元記事の要約⑤】表現の自由は「公共空間で何をやってもいい権利ではない」。『表現の自由への弾圧』という批判的外れであり、太田氏は、公共空間のあり方や、社会規範の作り方の話をしているのだという。

→<⑤への疑問>表現の自由は「公共空間で何をやってもいい権利ではない」、という点については同意であるしかし、繰り返しになるが、もっと大事論点は“「幸色」は本当に許されない表現なのか”ということであり、元記事では、その点について一方的議論しかなされていないように見える。放送中止批判している人々も、太田氏と同様に、「公共空間のあり方や、社会規範の作り方の話をしている」ことは明白であり、「『表現の自由への弾圧』という批判的外れ」という応答は、それこそ的外れ揚げ足取りではないか

【筆者の意見とまとめ】

 「幸色」放送中止騒動について、筆者が問題視しているのは、公的権力による弾圧ではなく、むしろ私的検閲>と呼べるようなものである公的検閲によって作品発禁になった、という過程ではなく(すなわち、行為主体の種類の問題ではなく)、あるイデオロギーによって「幸色」が放送中止に至った、という実際的な結果に注目しなくてはならない。元記事には「作品が“世間にどう受け取られるか”を熟考することも重要とあるが、「幸色」を放送中止に至らしめた“世間”とは、決して“世間一般”のことなどではなく、特定イデオロギーをもった少数の人々にすぎない。少数の人々から批判テレビ局が過敏に反応し、“本当に許されない表現なのか”を議論する機会が十分に設けられないまま、放送中止の決定が下される。“事実上は”の次元では、特定イデオロギーによる“世間”を無視した検閲が行われているのである。それが果たして公共空間のあり方」として正しいのだろうか?

 ここまで筆者は、「幸色」の表現瑕疵はそれほどまでに大きいのだろうか、という疑問を発してきたが、一方で、「幸色」の表現にはプラスの面もたくさん存在するだろう。生きづらさを抱える少女少年希望を与える(例えそれが幻想にすぎないとしても)ことはもちろんのこと、適切にテロップを入れるなどすれば、虐待問題への啓発にもつながる。そんな大きなことを言わなくても、普段何気なく接してる表現いかに我々の人生を豊かにしているか、考えるまでもないだろう。表現瑕疵ばかり取り立てるのではなく、“望ましい表現”か“許されない表現”かの二分法に訴えるのでもなく、光る部分にも目を向けていくべきではないだろうか。“100%良いもの表現)”というのは、それが人間の営みにおいてほとんど存在しないということもあって、薬にも毒にもならない(ただ筆者は、そんな“何の役にも立たない”ような表現にも、発表の機会が与えらるよう願いたい)。

 「幸色」は、本当に“許されない表現”だったのだろうか。そして、<私的検閲>が事実機能している現在の状況は、果たして公共空間公共表現の場として、望ましいものであると言えるのだろうか。

2018-06-24

「ブスいじりで笑いをとれる時代は終わった」

「ブスで売っている芸人仕事を奪うのか!」

「ブスと言われた芸人は気にしてないのに勝手にかわいそうと言うな!」

小人プロレスと同じ偽善的な行動!」


別にブスで売ってる芸人もブスを売りたくて売ってるんじゃなくて、自分をブスって呼ばせれば笑いがとれるからブスを売るんだろ。

勝手にかわいそうと価値を決めつけるな」って意見、全くそのまんま「かわいそうじゃないって価値を決めつけるな」ってブーメランになるのにどうして気づかないんだろう。

こういう老害って、よぼよぼのジジイババアになったとき

「昔はブスやブサイク男を平気で笑いものにして良かったし、障害者蔑称してもよかったし、ホモレズ社会不適合者と決めて弾圧してもよかったし、いい時代だったなあ」とか子供に話すんだろうか。

2018-06-23

エロ漫画とかで傷ついてる女性って存在するのか?

anond:20180623112107

女性性的価値商品として扱っているか女性全体に対する差別

みたいな理屈ならじゃあポルノでも見なきゃ性欲処理すらできないような世のイケてない男とか

発達障害みたいな性的弱者は傷ついてもいいってことなん?ゲイ結婚できないどころじゃない弾圧だと思うんだけど

なんかよくわからん

日本移民だらけで辛い

コンビニ行けば外人だらけ

牛丼食べに行けば外人だらけ

ファミレス行けば外人だらけ

注文コスト高いっちゅうねん

つうかこんな移民だらけの国にしたアホの安倍弾圧されない日本とか、このまま破壊されてもしょうがないで片付けるのかな?

2018-06-22

日本畜生どもは××に屈しろ!!

 鉄道おじさんこと高山直人です。

 現在我々は混乱下にある、というのが私の基本的認識です。

 これは、何かレトリック言葉のあや)として云うのではありません。

 また、「1995年オウム問題以来の、いわゆる『刹那的社会』に、我々は巻き込まれ事実上参加しているに等しい」などと云っているのでもありません。私の認識は、そんな寝ぼけた老害のようなものとは違います

 いま起きている気味悪い殺伐事件は、本物のテロではないことはもちろん、誰かの仕業でもないのです。

 では、いったい何が起きているのか?

 本当は分断が起きているのです。

 これは、私の独自見解ではなく、欧米の一部の学者たちの見解に私も賛同しているだけですが、彼らの文章は私ですらコムズカシくて一般の人にはとても読めたものではありませんから、私なりにかみくだいて説明すると、現在おこなわれている分断は、かつてのような目に見えるものではなく、社会の内側での左派右派の分断であるということです。

 今日の混乱(分断)は、最初は「社会貧困」を口実として始められますが、その構図は当初の「経済的な貧富」からどんどん拡大し、最終的には社会に属する人間すべてが個人単位にまで分断されます

 これは現在世界のあらゆる国で程度の差はあれ進んでいる傾向で、実はアメリカの「トランプショック」の本質もここにあります(その証拠に、トランプ政権では白人フラストレーションクローズアップされていますが、アメリカは極端な個人主義に分断が進んでいます)。

 我が国突入しているのも、実はこうした分断です。

 我が国の分断では、それは最初1992年貧困階層可視化として始まりましたが、やはりその後、なし崩し的にその対象を拡大し、今や、かつては「弱者」ではあっても「被差別階層」ではなかった行為さえもが分断抗争によって次々と差別されています。偏った娯楽性の高い趣味現在では「オタク」とか「娯楽廃人」とか呼ばれます)や、重労働者に対するレッテルなどはその典型ですし、また、私たち差別階層が作っている社会のひずみが原因であるに決まっている地下社会モンスター化や極端な治安の悪化に対し、その原因を反省改善する努力をまったく放棄して、ただ揉み消しで対応しようという方針もその一環です。

 好景気愛国心をも疑う安倍批判論者ではありませんが、社会のこうした風潮を、「いかがなものか」と憂えているのは私一人ではないはずです。もしかすると、これを読んでいるあなたも同じ気持ちいるかもしれません。しかし、残念ながらあなたは、つまり私たち現在、圧倒的な極左ないし極右でありますしかも、その問題意識をいいかげんなところでアイマイにせず、よーく突き詰めてみればやがて気づくと思いますが、もはやこの社会左派ないし右派にとっては、そんな問題意識を持ってしま私たちのような存在自体が、何やら不気味で恐ろしい「敵」なのです。奴らは、私たちに対して混乱を仕掛けてきているのです。

 我が国における(他の国でも同じですが)国民同士の対立は、すでに戦争内戦)の域にまで達しているのです。

 私は、この期に及んで「反戦」を訴えるような非現実的夢想家ではありません。奴らは、不安が高じてヒステリー状態になっていて、もはや説得に耳を貸さないことが明らかであるからです。この内戦は、私たちが一人残らず消えていなくなる(何か口実をもうけて「アウトロー」とされて社会的に抹殺されるか、それを恐れて完全に沈黙するか)まで終わりません。

 また、私はもともとリベラルであり、景気拡大には反対しない立場です。例えばカジノ欧米型のリベラルビジネスなどとはむしろ推進すべきだと思っています私たちにとって、現在もっとも憂えるべきは左翼の拡大ではなく右翼の拡大です。従来の寝ぼけた老害の「反戦派」は、ここのところがまったく分かっておりません。むしろ寝ぼけた老害階層は、そのお家芸である「単純で分かりやす理屈」を掲げ、右翼力の拡大を率先して推し進めているようなありさまです(秋葉系サブカルオタクのもの抹殺要求する保守階層や、ゲームのものの撲滅を要求する似非リベラルなどがその代表です)。

 私は、現在のさまざまの不気味な犯罪精神貧困者増加の背景には、共同体進歩的社会崩壊があると考えています。「問題解決」のためには、奴らが推進する文化弾圧のような対症療法ではダメで(そのような弾圧化は、ますます人々の心にストレスを生み、結局はさらなる問題悪化を招きます)、共同体進歩的社会を再建する粘り強い努力必要です(「公共交通全否定」「高校生オートバイ推進」「自転車たたき」「IT拒絶」などはこれに反する破壊行為です)。このあたり、私の見解はむしろ保守に近いのですが、残念ながらほとんどの保守は、考えが浅いのか、「問題解決」には弾圧を、というヒステリー同調しています

 私は、奴らから社会の敵」「未来の敵」のように見なされているみなさんに、団結を呼びかけます

 奴らの勢いは、とどまるところを知りません。もはや「話し合い」は不可能です。

 何度も云うように、私は「反戦派」ではありません。私たちに残されたただ一つの選択は、団結して「応戦」することです。

 現段階では、まず団結し、私たちの側の隊列をととのえることです。

 ネットでのゲリラ工作活動は、何よりも私たち共感するみなさんに、このような形で大々的に団結を呼びかけるための手段です。

 私の見解に「なるほどそのとおりかもしれん」と思う方、まずは行動しましょう。ネットでの宣伝やビラ配りやポスティングです。奴らに反撃していくための、行動を始めようではありませんか。もちろん外国人や、未成年者やノンポリも大歓迎です。

 何しろ奴らは圧倒的多数派であり、私たちは圧倒的少数派ですから、今回の行動で、成功する可能性は、完全にゼロであると自信を持っています

 むしろ何かの間違いで成功ちゃう私自身がビビってしまますが、まあそのようなリスク覚悟の上での呼びかけです。

 しかし私に共感するみなさん。

 私に共感される人間が多ければ多いほど、私ですらビビってしまうのですから、奴らはなおのこと恐怖のズンドコに突き落とされるのは間違いありません。あなたが実行して成功するかしないか二の次です。たとえ成功しなくても、一人でも声が多ければ、奴らはそのぶんだけ慌てふためくのです。私たち存在を、目に見える形で奴らの前に突きつけてやることには、これから反撃を開始するにあたって、大きな意味があります

 そもそも奴らのために存在する、私たちにとってはバカバカいかぎりの民主主義という社会デモでも選挙でも勝負にならないほど不利です)において、「一声の重み」など嘘八百もいいとこです。誰がどうしようが、奴らの支配はこれっぽっちも揺るがないからです。しかし、今回の私のような人間の登場となると話は変わってきます成功しようがしまいが、その一票は奴らを心の底から動揺させる「重み」を持ってしまうのです。ざまあみろであります

 どうせ何もしないでは何も変わらないのです。

 民主主義ではとりあえず奴らに一泡ふかせておいて、私たちは、民主主義などというクソみたいなもんの外で団結を開始し、奴らを本格的にギャフンと云わせる、大革命の恐ろしい陰謀を、着々と進めていこうではありませんか。

2018-06-21

ゲンロン8が熱いっ

東浩紀さんが中心となって出した「ゲンロン8」ゲーム特集の内容について、主にゲーム開発者の方々が批判して炎上している件。

ざっと見た限り、電ファミニゲーマー編集長の平信一さんのtwitterFacebook周辺が一番熱いようです(東浩紀さんご本人の他、イシイジロウさん、米光一成さん、大前広樹さん、濱津英二さん、島国大和さん、多根清史さん、清水亮さん、川上量生さん、やまもといちろうさんなどもコメント。平さんご自身は、ものすごく冷静ですが)。

中でも、痛烈に批判しているのが、ゲーム開発者岩崎啓眞さんのようです。

Facebookの公開投稿検索して見てみたのですが、岩崎さんの以下のコメントが箇条書きでまとめられていて、わかりやすい。

https://www.facebook.com/jun.okada.906/posts/2082518138456655

岩崎 啓眞 今回、ゲンロン8を読んだことで本当に思ったこと。

1)ゲーム技術と複雑に絡み合ったプロダクトであり、フルタイム仕事にしている人間とそれ以外でとんでもない差がある。

2)特にスマートフォンになってからは出る数も膨大になり、そもそも調査の段階からフルタイムVSアマチュアでは差が出てしまう。

3)技術を知らず、調査しきれない人間と調べないとリングに上がることもできない世界で生きている人間では「基本のラインが違いすぎる」

4)結論:作り手と同じレベルの話を出来るようになってから来い。

最初は怒ったけど怒る気すらなくなった。

なかなかすごい。

以上を一言で要約すると「素人は口出すな」ですね。

しかしこれはどうなのでしょう?

銀座のいろんな寿司屋にけっこう通ってる客が「サーモンはA店、まぐろはB店が旨い」などと語っていたら、

寿司屋大将が「サーモンは輸入なンだからどこの店だって同じでぃ。素人寿司を語るな」と言っているようなもののような気がします。

サーモンに関しての事実誤認に関してはそうなのでしょうが、だからって寿司を握った人でないと寿司を語ってはいけないというのは言い過ぎではないでしょうか。

岩崎啓眞さんがふだんどのようにゲームを語っておられるのかと思って、ググってみて、最初に「「レベルを上げて物理で殴る」の素晴らしさをゲームデザイナー視点で語ろう。ドラクエで学ぶ「RPGメカニクス」の3大メリットゲームの話を言語化したい:第四回】」という記事を見つけました。

その中に、以下のように書いてあります

http://news.denfaminicogamer.jp/column05/170905b

プレイヤーがバトルに敗北したとき、『ドラクエ』は経験値キャラクターをロストせず、所持金を半分にして、最後に訪れたリスポーンポイントから復活させるシステムなのだ

これはドラクエシリーズ全体ではなく、ドラクエ1の話です。

最後に訪れたリスポーンポイント」と書いていますが、ドラクエ1のリスポーンポイントラダトーム王の1マス下のひとつだけで他にありませんので、「最後に訪れたリスポーンポイント」の部分は正確な表現ではありません。

同じ記事の続きで、ドラクエ2に関して、

http://news.denfaminicogamer.jp/column05/170905b/2

1. プレイヤーはひとりで旅を始める

→これは『ドラクエ』と同じ構造にしてプレイヤーの負荷を下げるため

2. アイテム・装備・魔法の使いかたを覚える

→ここも『ドラクエ』とほぼ同じ構造になっている。なお『ドラクエ』というゲームの偉大さのひとつは、このチュートリアルを30年経ってもやることだ

3. 敵が複数出現し、だんだん戦闘がつらくなってくる

4. ふたりめの王子パーティに加わる

とありますが、ドラクエ2の1人目のプレイヤーキャラローレシアの王子)は魔法(より正確には呪文)は使えませんので、4の「ふたりめの王子引用者注:=サマルトリアの王子)がパーティに加わる」前の話なので、「2. アイテム・装備・魔法の使いかたを覚える」の「魔法」の部分は事実誤認です。

このように、ゲーマーの基礎教養であるドラクエ1・2に関しても事実誤認があります

実はやってないのでしょうか? うろ覚えなのでしょうか?

いえいえ、岩崎氏をdisろうという意図ではありません。

このような事実誤認によって、この記事全部が意味がないものになるかというとそんなことはなく、変わらず大変興味深い指摘だと思います

私が言いたいのは、このように誰でも事実誤認はありますので、

事実誤認を見つけたからこの本・記事意味がない」という姿勢はいかがなものか、ということです。

https://www.facebook.com/TAITAI999/posts/1982545055148919

岩崎 啓眞 僕は今回のことではっきりと思ってますが、雑な語りをされるぐらいなら「ない方がましだ」ですね。

そんなことはないのでは。

事実誤認があれば指摘して、著者も素直に訂正し、それとは別に議論を深め、ゲームに対する言論を高めていく、というのが健全ではないでしょうか。

だってゲームを本気で語ろうなんていう人たちの規模はこんなにちっちゃいんですから

ゲーム開発者が、ゲームの遊び手がゲームを語るのを弾圧するっていうのは本末転倒では。中国政府ですか?

ゲーム開発者の方は映画アニメを語るのが好きな人も多いですが、「映画アニメ)作ってないお前に語る資格はない」って言われたら嫌でしょ?

あとオンラインゲームオープンワールドスマホブラウザゲームなどはメジャーものだけでも全部まともにやるのは、一般社会人にとっては時間的不可能現実もありますので、「このゲームすらやってないのか」的な言いがかりも、いまの時代、やめた方がいいのかなーと。

全部やるのは無理だから、教えあうしかないんじゃないですかね。

電ファミニゲーマー編集長の平信一さんが

https://www.facebook.com/TAITAI999/posts/1977782982291793

じゃあ一方で、ゲーム業界側(ゲームメディア含む)が、その”正しい認識歴史”とやらをきちんとまとめるなり、伝えるなりしてきましたか?というと、少なくとも僕は見たことがないんですよね。(…)

まり、いわゆる“ゲーム業界人”(あるいはコアゲーマー)は、長年の経験を踏まえて正しい文脈を知っているかもしれないけど、それを整理して残す努力はしてないんじゃないかと思うのです。それって、僕からすると「ゲーム業界側の負い目」に思えてしまう(少なくとも、ゲームメディアがやれてこなかった仕事だと思う)。そりゃ、業界の外の人が分からなくて当然だろうと思うのです。

とおっしゃっているので、平さんあたりが音頭を取って「ゲーム業界から見たゲームデザイン史」的なものを作ってくださるのも素晴らしいと思います

今回の議論でもある通り、ゲームには作り手でないとわからない高度な技術的な側面がありますので。

あ、ただ、それを「正史」にする、という発想はまた違う気もしますけども。

映画業界人が作った「映画正史」とか、小説家組合が作った「文学正史」みたいのはあまりいたことないので。作り手が主張する歴史正史だ、っていうのも、なんか中国政府っぽくないですか?

そして最後ゲーマー日新聞J1N1さんのこの部分を引用しておきたいです。

http://arcadia11.hatenablog.com/entry/2018/06/20/%E7%A9%BA%E6%B4%9E%E5%8C%96%E3%81%97%E3%81%9F15%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%89%B9%E8%A9%95%E3%81%A7%E3%80%81%E3%81%84%E3%81%BE%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AB%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AA

そこで自分が言いたいことは一つだけ。自分たちのゲーム自分たちで語るべきだということだ。

自分たちのゲームを語り、周囲の人や後世の人に伝えるのは、自分たちしかいない。批評家評論家肩書を持った偉い人たちや、経済的課題を常に抱えるメディアに、全て丸投げする程期待してはならない。

今後のゲーム言論の発展を祈って。

anond:20180621094200

それで馬主弾圧を始めたら、今度は馬主に対しての抵抗運動が始まるだけ。

2018-06-20

お前らの言う表現の自由ってなんやねん

批判する自由だってあるのにこれは不適切だと声をあげただけで言論弾圧だの表現の自由ガーが始まるよな。

一般人に直接言論作品規制するパワーなんてねえから。なーにが弾圧(笑)だよ。国家に向けて言うべきときに温存しとけよアホが。

自分が刺された時だけ大騒ぎしてるけど普段キモ男を侮辱してるのは上級じゃない庶民

上級国民の作った分断統治で仕組まれものであろうとも普段KKOを叩いてる実態普通の日本人

いい大学を出ていい会社にいて友達がいて結婚して子供がいる人間KKO差別して弾圧してる

場合によっては暴力も振るってる

一人二人死んだ程度で被害者ヅラするなよ

anond:20180620001112

日本人はこれだから

沈没船から暴力団の番号が出てきたら国内に潜伏するスリピングセルの追跡をやめて

平和団体売国奴だと弾圧する

やくざ事務所の前で爺さんの速度違反逮捕してるようなシュールさが漂ふ

2018-06-17

anond:20180616143407

だって、俺は「日本死ね」もOK,「日本好き」もOKっていうリベラルだよ笑。

SEALDsHINOMARUUSAも好きにすればいいんじゃね」って書いてるじゃん、こんな短い文なのに読めてないんだよね。

 そういう人は、国旗国歌訴訟とか、日の丸焼き捨て事件とか、朝鮮学校にだけ補助金が認められてない問題とか、入管収監虐待自殺病死問題とか、そういうのはそれぞれどう考えるの?

 「政府反日的な人や移民難民弾圧するのもOK」みたいな感じ?

2018-06-16

日本死ね」には寛容で「日本好き」には不寛容、そんな中高年が集う

それがはてな

音楽政治を持ち込むな」といってたネトウヨそっくりですよ。

フジロックSEALDs問題の2年前の自分ブクマコメント読み返してください。ダブスタになってませんか?

HINOMARU叩いてるの、おっさんしかいないっすよ。

若者は「SEALDsHINOMARUUSAも好きにすればいいんじゃね」ですよ。これがあるべきリベラルですよ。


<追記>

日本死ねと言われた程度で死ぬほど日本脆弱ではない。が

日本を愛しているだけの普通の日本人」を自称しつづけた結果

排外主義者になってしまう程度には日本人の良心脆弱ではないか過去歴史に照らして思う』

というブコメスターがついてて頭がくらくらしたが

こんなロジックで「日本死ね」を称揚し「日本好き」と言うのは叩いてるんすか笑

こんなパターナリズム言論弾圧自分思想派閥のみを称揚する態度は

はてな左翼仲間にしか通じないロジックですよ、まじで笑

愛国心排外主義につながった歴史過去にあったからといって

愛国心排外主義ではないだろ、気に食わないのは分かるが

左派思想天安門虐殺反日テロにつながったから、左派思想SEALDs活動妨害するネトウヨと全く同じ

音楽右翼思想を持ち出すな」って、君らが左派からでしょ、だからネトウヨと一緒だよ。

まあ愛国歌を歌うと謝罪させられるなら本当のロック愛国歌を歌うことだろうね、大いに弾圧してくれよ笑。

HINOMARUググる若い音楽好きのyoutuberの反応面白かったんで、おっさんたちは見てみてね、これが若者感覚なんで。

https://www.youtube.com/watch?v=045MAqlS82w

https://www.youtube.com/watch?v=wdJegw02VjI

はてなコメント読んでいると、ほんとに、やばいなー。俺は「日本死ね」を「自分愛国心への攻撃と受け取」ってないよ笑

だって、俺は「日本死ね」もOK,「日本好き」もOKっていうリベラルだよ笑。

SEALDsHINOMARUUSAも好きにすればいいんじゃね」って書いてるじゃん、こんな短い文なのに読めてないんだよね。

「なんかこいつネトウヨっぽい」みたいな読み方で脊髄反射してるからだよ。

本来リベラリズム論理だと、はてサダブスタ批判されるべきだよねっていう意図やで。

2018-06-15

anond:20180614195613

野田反戦右翼だよ

なんで右翼がみんな戦争大好きだと思ってるんだろう

野田謝罪したのも、戦争に結び付けられると解釈されたからで

そういうのじゃなくて普通に日本が大好きだって歌いたかっただけですよって謝罪

だいたいファンの前で歌うのは何も問題ないわけのに

なんで第三者ケチつけるのかまったくもって言って意味わからん

俺はHINOMARU歌詞自体には共感しないけど、左翼表現弾圧うんざり

anond:20180615103045

逆でしょ。

戦争被害者」という錦の御旗をもった人間が、歌手表現弾圧しようとしている。

軍国主義」というレッテルを張ってな。

そもそも個人が「軍国主義」で何が悪いのか。

anond:20180615102852

なら知名度低くて人気のない人間の言説は弾圧してもいいのか?

社会的に殺してもいいのか?

それは「人を殺さないのは罰せられるから」といってるのと同じでは?

2018-06-13

なんかRADWIMPSライブ会場に押しかけるデモをしようなんて話がTwitterで回ってきたが、「永久に歌わず廃盤にする」という自分の気に入る答えが出てくるか死ぬかするまで相手を殴り続けるとか既に弾圧じゃねーかと。

この前のラノベの件で作者の何年も前の発言を掘り起こしてきて(この発言自体はアレだとは思ったが)作品を葬り去ったのみならず関係者ポリコレ棒で次々と撲殺していった連中といい、寛容と平和主義を訴える連中が一番不寛容暴力的ってのは冗談にしても笑えない。

2018-06-12

北朝鮮体制保証の件

さすがに北朝鮮人民が飢えたり弾圧されたりする体制保証するわけがないとは思うのだが

しかしあの独裁者独裁者として保証してやるというやり方はどうなのかと

韓国のムン大統領に言わせれば「北風と太陽」の太陽必要なのだって理屈なんだろうが

ではそれで飢えて困窮する民が果たして救われるのかといえばまったくそんな気がしないのだが

はてなでも北朝鮮民衆人権貧困に焦点を当てた記事というのが(そもそも一次情報が少なすぎるせいもあるのだろうが)皆無な点も気にかかる

会談成功しても失敗しても、北朝鮮国民が今よりも幸せになるという筋書きが見えない

2018-06-11

anond:20180611190712

障碍者弾圧して安楽死しろ侮辱する連中に報復しましたっ!などと主張したところでビンラディンみたいに神格化されちゃうと困るからそのまま報道されるわけがない

新幹線宗教

なぜ閉鎖空間で凶行に及ぶような人が出てくるようになったのか。

きっと世間環境政治経済の歪みが誰かの何かを歪ませるような社会になってしまっていて

それまでは、暗黙に存在した、やってはいけない不文律が、日本人全員に備わっていたが

個人感情まで侵していく歪みが、不文律を乗り越える状況を作り出してるのだと思う。

もともと右派とは宗教的信条を持ち、ともすれば不合理ともいえる考えも政治に持ち込むような人達のことで

右派ひとつは、日本では天皇を頂点とする考えを持つ人達だろう。だから、尊皇だったり攘夷だったりも当然に右派

西欧でも、キリスト教を中心としてそれに寄り添う政治を行うのが右派であり、現代はともかく

14,5世紀にはギリシャ哲学の再発見から合理的論理から始まる科学否定しようともした面も持っていた。

開かれた考えの人達からすれば、旧世界の人々で滅ぶべき人達

一方の、左派は、論理的な思考からそれを進めていく政治を望む人達の事で、既成事実として成り立っている習慣を嫌う。

宗教についても、その原点を求めて論理解釈をしていき、その結果として発見されたのは、無神論などであり

論理合理性によって社会支配、維持していこうとする人達であり、最左派には、共産主義社会主義が君臨する。

当然ながら、共産主義は、無神論なので、日本でいえば、天皇は認めないし、中国でも様々な宗教弾圧されてることは皆知る所。

論理合理性を追求することは優れた人達には可能だが、人間社会は均質的人間を維持できないので

残念ながら、優れた人とそうでない人に分かれる。よって、合理的論理に優れた人がそうでない人を支配する考えがが左派にもある。

優れてない人達自分は優れてないのだから支配されても当然と思える人達だけならばいいが

実際にはそうではない上に、論理合理性を重視するので、優れてない人達にも、優れてないなりの論理合理性があって

それを諦めさせる力は、それを説得できる論理合理性だが、全ての議論を制するほどの優れた人がトップに立つことはほぼありえない。

よって、左派社会が、反乱を抑え込むには、警察軍事力といった強制力重要になってくる。

もちろん、そうではなくて、ある範囲では自由にさせて、自由化によってガスを抜くという方法もあるけど、それは左派本質ではない。


右派場合は、合理的でなかったり論理に優れていなくても、その宗教性の強さ=民族性の強さ、要は同じ気持ちの仲間を守っていく強さがあれば

そういう人達が、ごく普通市民を、時には働かせて、時には搾り取り、時には金を与えて維持していく。

この働く理由、も、搾り取られる理由も、みんな、もともとは宗教的意味を持たせたうえで、宗教として推奨するようになっている。

から合理性論理的でなくても、自分が死んだら、死後の自分や、自分の子供が不幸になると思えば、それに歯向かえなくなる。

まり心理的市民支配できる。その心理的支配おかしな方向にいかないようにするのが宗教の役目で、西欧でいうなら教皇庁のようなもの

そこでの、反対論者は、革命的な、国を転覆させる=宗教の力を弱体化させたうえで、政治を行う人達支配するとなる。


で、社会などの歪みが大きくなってその心理的不安が大きい社会で、なおかつ、宗教が弱体化して合理性が強く叫ばれる社会において

心をいさめてくれる宗教もなく、間違った論理合理性を正してくれる教師もいない、そういう社会

こういうことをしてはいけないよ。と教えてくれたり、また、心の中で、そう叫んでくれるような支えを持たない人達が登場するようになってきた。

それが、新幹線などでの凶行だろう。

これを抑えるには、市民国民が、なんらかの心の支えになるものを持てるようにするかーつまり右傾化

反対に、強制力を強めて、新幹線内に警官を配置したり、乗車前の手荷物検査金属探知機ゲートを通過させるような社会

どちらかになっていくしかないのだろうと思う。

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