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はてなキーワード: 作家とは

2019-02-19

KADOKAWA公式アプリ地域格差が酷い

https://promo.kadokawa.co.jp/kadokawa-app/

このページで紹介されているKADOKAWAアプリ

紙の書籍顧客優遇していて、レシート撮影することで付与されたポイント図書カードや各種景品の懸賞に使えたり、定期的にフェアをやっていたりしてなかなか気に入ってる。

ただ問題なのが「マイル」。通販や電書アプリに対抗するためだろうけど、リアル書店に行って、アプリを起動することで一店につき一日1マイル貯めることができる。

この一店で1マイルというのが曲者で、当たり前だけど地方と都会では書店の数が比べ物にならない。

都内にいる人はちょっと電車の移動のときに起動すれば一日で十店分くらい貯めることも簡単だろうけど、地方だとそもそも店がないので貯められない。

その分交換できる景品もたいしたことないのが多くて、壁紙とかアイコン画像とかそのくらいだからまあ普段はいいんだけど、この間のフェアで作家書き下ろし短編とか配布したときはさすがに参った。

一日に貯められる量に限りがあるので全部集めるのなんて到底無理だった。まあ好きな作家のは取ったからいいんだけどさ。

でも俺は苦労しても貯められないのに片手間に貯められるやつがいるかと思うと悔しいものがある。

どうにか改善してくれないものかな。KADOKAWAリアル書店優遇することは素晴らしいことだとは思うけど、地方にはリアル書店そもそも少ないという事情をどうにか汲んで運営してくれ。

2019-02-18

文才あるとか名文とか軽々しく言うんじゃねえよ

ちょっと良いっぽい雰囲気の長文を読むと、お前らはすぐ「文才ある」「名文」「読ませる」「凄い文章力」とか言う。

挙句の果てには「作家になって」「本出して」とか言い出す奴までいる。

でもな、世の中には筆一本で生きていきたいと願って、来る日も来る日もひたすら文章を書き続けて、それでも誰にも顧みられることなく消えていく人間ごまんといるわけ。

作家、文筆業を志す人間ってのは山ほどいて、その中から実際に夢を叶える奴なんて本当に一握りなんだよ。

そのことを思ったら、俺は軽々しくそういうことを言う奴のことが理解出来ないし、ブコメでその手のものが目に入るたびに、ふざけんなって心の中で言ってるよ。

anond:20190218154944

リアイベ来るようなヤツはお前のこと大好きだろうし、アクティブから精神も強い故に世渡り上手コミュニティ築いているだろ。

そういう奴らは別にお前じゃなくてもいいわけで、その世渡り精神力でいろんな作家に絡みに行くから、お前がそのほかの作家より秀でたものをもってないと無理。でも多分おまえはもってないだろうし、それを今から身につけようとしても実を結ぶのは遠い未来だろう。

 

ネットにいるような非アクティブファン層は恐れおののいているの。好きだけど、うざ絡みに思われないだろうかでRTいいねするのが精一杯。でもその層は一番コントロールやすい。そのコントロールができるのはおまえしかいない。

anond:20190218154255

リクエスト来なくても「いただいたリクエストです」っていって絵を書いて乗せんだよ

商業作家だと忙しそうだし書いてくれなさそうだなって思うし、リクして書いてくれなかったら「私は嫌われてるんだ…」ってなる心が細い人間しかいないんだから「リクしたら書いてくれるな」って空気を出さないとリクなんてこねーよ。

お前の同人誌は高すぎるし、お前の値付けのせいで相場が上がって好きな作家同人誌も高くなるからお前値段下げろっていうやつか

anond:20190218081520

でもかなり減ってない?

はいかにネカマ臭い文章ももちょっとリアリティある文体が多いし

小説なんかでもあんな口調の女出てくるものあんま見ないし(歳食った男性作家だとまだあるけど)

2019-02-17

anond:20190217131556

この手の出来事は「未来予知」が関係するように思います

究極的に人間能力で完全な未来予知不可能でしょう。

しか社会では表面的に「未来予知ができたように見える人」が称えられます

現代社会未来予知のできる人間権威を得るシステムによって運営されているのです。

学歴であったり、投資ギャンブルであったり、先見の明をもった作家性であったり、古参ファンであったり。

表面上はいくつかの権威があるように見えますが最終的には「未来予知」に繋がります

予算配分未来予知で考えてみましょう。

予算配分する人間は「正しい未来予想」ができれば手柄になります

このとき、切り捨てられたもの成功すると「正しい未来予想ができていなかった」ということになります

切り捨てられたものには万が一にも成功してもらっては困るわけです。

判断を下す人間未来予知成功したように見せるためには都合が悪いということです。

選択と集中」という理屈一種の「予言自己実現」的なふるまいと言えるでしょう。

立場が上の人間は「未来予知成功しなければならない」という重圧にさらされます

そうして立場下の人間には「判断を下す人間未来予知に沿わなければならない」という枷がはめられるのです。

日本研究が立て直すには「完全な未来予知なんて無理だ」と気づくことが必要なのかもしれませんね。

anond:20190216154041

 はてな匿名ダイアリーには3000文字文字制限があるらしい(?)ので、そのくらいを目安とした。

 ついでに言うと良いアイディアが浮かんだとして個人的メリットがないのだし書く必要がない。

 情報を出し惜しみする社会を実現するためには仕方のないことだ。

 まぁ、せっかくなので少しぐらいは書いておいてもいいかもしれない。

 しかし、読み返してみればアイディアはすでに書いてあるも同然では?

書店図書館漫画喫茶改善

・有料サイン会

競技化して対戦する(スポーツのように)

 まず書店図書館漫画喫茶改善については、いくつかあるだろう。

 サイン会を有料とするのは、すでに書いたとおりだ。

 今検索してみたが「有料サイン会」は海外スターは行っている様子ではある。

 (隠語として「交通違反」を指す意味もヒットする)

 「サイン会作家負担となっている」という話を聞けば、ファンとして作家のことを考えているほど行きづらくなるような気がする。

 タダ働きで疲れるサイン会よりは閑古鳥が鳴くぐらいが丁度いいとすら言えるだろう。

 もしかすると報酬は出ているのかもしれないが、明言しない限りは基本的にタダ働きと思われているような気がする。

 サイン会で作者に直接支援できるとなればファンは気兼ねなく駆けつけるのではないか

 ついでにTシャツなどを販売してもいいかもしれない。

 他には直接的な支援ではないが「元作家従業員として優先的に採用する」というシステムはどうか?

 作家の中には書店図書館漫画喫茶が衰退しようが構わないと思っている者も少なくはないだろう。

 特に図書館漫画喫茶に関しては、商売の妨げとなるのだからむし積極的にそれを望んでいるのでは?

 このとき、こういった店舗が将来的に自らのセーフティーネットになるのであれば無下にはできないだろう。

 元作家従業員とする方針を持てば店舗同士の競争において「作家生活を支えたい」と思うファンの来客を促すことができる。

 作家を目指すには引退後がネックだが、このような流れができれば挑戦しやすくなるはずだ。

 次に競技はどんなものになるだろうか?

 競技には得点を競うものだとかタイムを競うものだとかがある。

 今回は「本」と「タイム」の組み合わせで考えてみよう。

 そうすると、とりあえず「本の即売」を競技化するということが思いつく。

 「競技即売大会」とでも言うべきだろうか?

 チームに分かれて対戦して先に本を売り切ったほうの勝ち。

 勝利チームの購入者は栞のようなちょっとしたグッズが貰えたりする。

 ブックカバーを装着しなければならないなどのレギュレーションによってバリエーションが作れる。

 もっと競技について言えば、流行らせようと思って流行らせるのは難しいだろう。

 良い感じの競技自然発生することに期待するしかあるまい。

 その他にも挙げておこう。

 とりあえずシンプルに「直接会って仕事の依頼ができる」ような施設がないように思える。

 その場所に足を運びさえすれば、適当仕事にありつけるというような施設だ。

 漫画なんかでは○○ギルド的な仕組みがよく登場するような気がする。

 それは漫画家が「なんかそういう仕組みが欲しい」と思っているからなのかもしれない。

 既にこのような施設存在していてもおかしくないように思えるが、あまり話を聞かない。

 まぁ、挙げはしたが出版社立ち位置としては難しいだろう。

 こういった施設を作るとしたら出版社関係のない人間だろうか?

 それを警戒して、やっぱり出版社が先手を打って囲い込みを狙う可能性もなくはない。

 実物とテジタルの違いを考慮するなら「その本とセットとなる読書空間」というのはどうか。

 映画などは自宅でも見ることができるが多くの人間映画館に足を運ぶ。

 違いはどこか? 「没入感に違いがあるのだ」と映画愛好家は言う。

 では本の没入感を高めるための仕組みを考えるなら、どうなる?

 トータルコーディネート的に「その施設で読むことで最大の没入感が得られる」というシステムだ。

 例えばファンタジー風、サイバーパンク風の内装を持つ部屋で、その世界観人物になりきった状態で本を読むのだ。

 他には「人が住んでいる部屋」という設定の施設と「住居者が残した日記帳」という設定の本を組み合わせるなど……。

 当然ではあるが本の内容も、そのように考えられている。なんならコスプレも組み合わせる。

 本のスタンドアロンで消費可能性質は利点ではある。

 その利点を捨て、環境との組み合わせで最大の効果を得られる方向での優位性を獲得するのだ。

 施設がメインならば施設にあわせて作品を仕上げることとなるだろう。

 逆に作品がメインなら簡単内装を変更できるような仕組みの施設となるだろう。

 本などを「布教」という言い方をすることがある。

 この布教という概念も、もっとうまく使えば良いように思える。

 現状ではファンが本を2~3冊買って身近な人間に配る程度だろう。

 そこで「本を布教したい人」があらかじめ料金を支払い本を確保する。

 「この本を欲しい人はいいか?」と問いかけると「欲しいです」という人が出てくる。

 転売されるかもしれないので布教したい側も相手を選べるようにすべきだろう。

 そこで希望者の中から大丈夫そうな相手を選べるというような仕組みだ。

 これは実際の施設でやってもいいしネット上でも実現はできそうだ。

 「ほしい物リスト」はあっても「布教したい物リスト」はないように思える(※未調査)。

 他にも、

道の駅にある「蕎麦打ち体験」のような作家による「作文体験」「漫画執筆体験

特定飲食店食事をすると収益作家還元されるシステム(協賛店?)

外国人観光客向けの持ち込んだ絵本漫画などを翻訳してくれる施設

 のような仕組みが思い浮かんだ。

 施設という方向性を挙げさえすれば、この程度のアイディアならすぐに思いつくと思ったのだが……。

 なにも思いつかないのか?と逆に聞きたい。

 まず前提として「画期的な万能の施設により全員の作家がどうにかなるとは到底思えない」というのがある。

 作家性との相性もあるのだし、一種類のいい感じのアイディア解決するのは不可能だろう。

 結局は「なんか施設を使ったら」という曖昧方向性の話以上にはならないはずだ。

2019-02-16

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

2019-02-15

anond:20190215115659

そもそも多くの人が不快感を示す描写はやめよう、ってのがポリコレなので

同人二次創作世界は、元々は商業では出来ないような表現でも自由に好き勝手に出来るニッチアングラ世界扱いだったけど

メジャー化するにつれてそういった意識が薄い人も増えてるから

勿論世の中の意識も大きく変わっているし

かつ出版社がある程度守ってくれる商業と違って同人作家が一人で矢面に立たなければならないか

他人から批判されるようなもんは最初から描かんでおこ」って人も増えるし

金ではなく承認要求満たすためにやってる人も多いから、他人から批判されまくるんじゃ承認要求満たされないどころか傷つくだけだわ、ともなる

もっとも、批判されようが何だろうが全然かまわないという作家であれば、相変わらず何描いてもいい世界ではあるんだけど

anond:20150910222900

こういう話題馬鹿の一つ覚えみたいな趣味なんだから金惜しむなよやらなきゃいいじゃんって意味分かんないわ

ペイする事を含むなら趣味じゃないって単なる一価値観による暴論だしその人がやってる趣味嗜好の範囲他人が決めるって意味わかんないじゃん

自分でやるならそうすればいいけど値段のどうこうやノベルティや無配含めうまいことやりくりするそれ自体趣味の一環て人もそりゃいるでしょ

同人二次創作って枠上不必要利益は出ないようにってそれを一種の遊びだと思ってる人も当然いるだろうし

それを金勘定を含まない趣味をいちいち挙げてホラこの趣味お金なんて気にしてない!って知らんがなって感じ

そりゃそうでしょそういう趣味を例に持って来てんだからっていう

世の中金絡む趣味なんていくつもあるのに恣意的にも過ぎるでしょ

同人イベント参加とネット活動が同じものだって括ってんのも意味わかんないしそれも何勝手に言ってんの?って感じ

同じだって思ってる人もそりゃいるだろうけど人によっては被る部分があるだけの完全な別物でそんな場合WEB掲載なんて代替になんてならないし代わりにこっちでいいだろってどこ目線だよって思うわ

何回も言うけど何で人の趣味勝手定義してんの?何でネットで公開する事が同人活動って趣味においてその人が得られる感慨や充実感の代わりになり得ると思うの?どんだけ解った気になってんの?何を根拠に少なくとも何万人かはい同人趣味にしてる人間同人活動へ求めるそれぞれのものネットでのそれで代替可能だなんて考えに至ってんの?

そもそも同人頒布っていうグレーさの部分に限った問題提起へのひとつ手段としてのネット公開って話を趣味としての代替として足るものって捉えてるの物事区別つかないまま人にどうこう言えると思うその自信はどこから来るの?何なの?ってなるわ

ていうかそれならそんなの買う側だって金出したくないならイベントなんて行かずネットだけ見てればいいじゃんて話だけどそうでもないじゃん

それでいいって人も大勢いるけどそれだけじゃないかもっと刷ってくれればいいのに安くなればいいのに装丁なんていらないのに再販してくれればいいのに通販してくれればいいのにネットで公開されればいいのにDL販売でいいのにって声があがるんでしょ

本の形になる事でネットだけでは必ずしも得られないものを目にする機会もあって単純に代替になるかって言ったらそうじゃないじゃん

そういう現実として買うだけの参加でさえ例え不本意だとしてもイベントネットでの得られる経験差異があるのに作る側のイベント参加の同人趣味ネットでのそれで代わりになるんだからそうすればいいのにってハァ?って感じだわ

から無料でのネット公開はそういう意味でも望むんだろうけどそんなのはただの自分の都合なわけじゃん

本にするのは作り手側の趣味の上の都合だけどそれを自分の中で否とする自由があるように個人の都合で他人は縛れないでしょ受け入れるのも振り回されるのも自由だけど

個人的にだけどジャンルの値段設定って風潮も正直馬鹿馬鹿しいわ

そんなの部数だけじゃなく使う印刷会社入稿時期や装丁で単価なんて変わるしそれこそ費用カンパ頒布て前提として揃える必要なんてどこにもないでしょって思ってしま

別にそうしたくてするのは自由だけど同人定義を大きく逸れるものでもないなら人の値段に口出すのも同調圧力もやっぱり意味分かんないわ

読んで欲しい手に取って欲しいからって気持ち理解できるけど元増田のみたいな部数による値段の推移やそもそもの本作りにかかった分を出して貰う事での頒布って感覚理解できてない人の意見なんて単に知識がない事での疑問や勝手思い込みなんだからそこに寄り添う事なんてしなくても本来問題なんてないでしょって

いやそういうスタンスで行くんだって思うのも自由だよでもしたくもない気兼ねして気疲れして本末転倒になっててほんと理解出来ないわ

趣味からこそ布教交流プレゼン的な部分をメインにして頒布目的に値段を抑えて調節するのも自分の思い描いたものを形にする事自体に重きを置いてその結果単価が上がってその通りに値段付けるのもそれは嗜好によってそれぞれでしょ

シンプルに大量に刷って安価イベント跨いでまた通販頒布するのも高価になる豪華本を予約とって刷って1回のイベント限定にするのもどっちもその人の趣味としての楽しみ方なんだからそこに最低限の同人原則以上の基準を設けるなんて何の意味があるのって思うわ

本出して頒布する事より周りと交流して足並み揃えてその中で楽しめる事が趣味としての同人活動大事に思うからってならまあそれはそうなんだろうし本末転倒でもないんだろうけど

あと装丁なんて自己満足なんだからってのも結構聞くけどいや全部そうでしょって毎回なるわ

何で中身は自己満足じゃないみたいになってんのって

全部自己満足だよ趣味なんだから

その自己満足の結果を同人て大きなジャンルの中の別の趣味として金払って自己満足で手に入れるってそれだけの話でしょ

どっちも全部が自己満足なんだよ

装丁自己満足で~とかそんなのただ自分趣味として求めてるものじゃないからそこに価値感じないってだけの話じゃん

求めてるものが得られたとしてもそれは自己満足として作られた中に合致するものがあったってだけでしょ

自分が欲しいものがあったからそこは自己満足じゃないそれ以外は自己満足って主観客観もねえなって感じで怖ささえあるわ

その本がその装丁でその値段でその場で頒布されてるのがその人の趣味の結果なんだから気持ちはどうあれ行動としては欲しいなら買うかいらないと思ったなら手に取らなきゃいいだけの話でしょ

中だけ読めればいいのにってそれただのワガママだしそれで他人趣味の形に文句つけて要は思うような形にしろよってどんだけ傲慢なんだよって感じだわ

いや言うのは自由だけどそこには言われた側に引き受ける義務は少しもないでしょ

応じてくれたとしてもそれはただの厚意で大いに感謝すべきものだわ

客と店の関係ならハンバーガーオニオン嫌いだから抜いてなんてある程度通るのかもしれないけど趣味だって散々言っといて注文つけるって何勘違いしてんのって思うダブスタじゃん

アンソロの一人分だけしか読みたくないのに~!全部値段払わなきゃいけないのおかしくない?それ主催自己満足でしょ??データ別売りすべきでしょ!!!みたいな馬鹿と一緒だわ

別に義務でもないんだから作る側がパッケージとした値段の価値があると思わなきゃその場去る自由もその選択権も自分にあるのに何でその責任をその本の方に乗っけようとすんのって

それこそ趣味に金惜しむなって言っといてしっかり損得考えての事なわけでしょ

趣味として作られたもの自分が欲しいもの以外は省け安くしろって要求は完全に頭おかしいけどでも自分がその値段払うのに装丁や別作家が損になるって考え方自体は悪い事じゃないし趣味の上の買い物では極普通思考なわけじゃん

こっちでこの値段出したらあっちの買えないか我慢してこのDVD特装版フィギュアいらないか資料集だけ売ってくれ~いや資料集だけ抜いて他売れば相場はなんて気持ちとして普通にあり得るでしょ

それを趣味なんだから読みたいなら買えよ金無いならバイトでも何でもすればいいじゃん損得考えて悩むならそんな趣味やめてしまえってわざわざ言わないし言う奴余計なお世話だしお前その0か100かみたいな思考なんなの?ってなるじゃん

だって生活の中で何を選ぶかどう金を趣味に使うかは当人が決める価値観範囲のものなんだから

逆に趣味なんだからこそその範囲は個々に裁量自由が許されるでしょ

同人だって同じだわ

現状公儀で許容され得る同人原則ルール範囲内での値段設定という前提の下ならそこにどれだけ赤許容するのか何に金を出すのかどこまでを値段に反映させるのか交通費参加費印刷装丁再販再録既にネットで公開していたものを本にするならどうするか数刷って在庫抱えても単価下げるか通販値下げ無料配布ノベルティグッズでの帳尻あわせ本当は全部個人判断に委ねるべきものでしょ

趣味で何を大事にするかなんてそれぞれなんだから

それぞれへの個人的な価値観の表明も意見の殴り合いもやりたいならそれは自由だけどそれは前提として同程度の情報知識の共有とあくまで最終的な決定権は個々にあるってその尊重意識あってじゃん

理解は出来ないけど元増田の友人さんみたいに自分で決めて自分でやめるのもまた戻るのも自由ではあるし他の描き手の値段設定も高めに値段付けてたサークルもそうじゃないとこもそこに皆合わせていった事もそれを同人活動においてのある種問題象徴のように思った元増田もそれは全部そういう意味では何も間違いではないけど趣味としての遊びにそれを趣味としない人間そもそもその趣味趣味とは言えないその趣味ならこうすべきだこれが代わりになるからそれでいいだ何だって趣味としての正当性倫理性を問う事と趣味定義した中での懸念問題提起混同させて区別もつけられずに一方的に何にどう価値を求めてどういう範囲で金を使うかの幅までそこに定義してそこから漏れるならそれは趣味じゃないやめてしまえってマジかよって笑っちゃうわどの立場なんだよって権威か何かなの?

ほんと何なんだろ

anond:20190214022453

その作家を高く評価している側からしたらたしかにその自虐は不当であるとみられるんだろうけど、

その作家へのどういう評価が投げられているのかすべて見えてるわけではないという場合が多そうだし、

ある視点からは見えない「低評価」に対応した自虐である可能性もあるんじゃないかなあと。

とにかくちょっとやそっとのことでも「うぬぼれ」とか「イキリ」とかで叩きたがる層は居るものだし、

その予防線として自己防衛としての自虐はある程度は許してほしいと思ってしまう。

もちろんそういう対応しかできない弱さがそれはそれで叩かれるんだろうとは思うけど。

2019-02-14

漫画アプリで完結後に全話無料で公開されてる漫画の作者はどんな気分なの?

ジャンプアプリで「バイバイ人類」という完結漫画が全話無料で公開されている。

読んでいるのだがかなり面白い

でも読んでいて気になったのだけど、全話無料と言う事は、この漫画に対する編集判断は「あなた漫画は客から金を取れません」になってるんだよな。


客寄せのために全話無料とするのだからゴミ評価ではない。

しかし完結して単行本まで全5巻で発売されておきながら全話無料にされる。

これはつまりゴミではないが、客から金を取れる作品ではなかった」と評価されてるわけだ。

金を取れると考えているなら、冒頭10無料→続きは単行本でとするはずだ。


それで気になるのは、作家はこんな評価を受けて何を感じるんだろうか?という事だ。

ストーリー作画とも商業作品の質には充分達している。

なのに「君の漫画は金にならん」と評価される。

これはどんな気分なの?

ケムリクサおもしろいんだけど

やっぱり俺の求めていたものとはちょっと違うんだよな

全体的に雰囲気が暗すぎるっていうのと、基本的にまだわからない謎が話を引っ張るという構成イマイチ

ただまあ、前作が原作中和されてたってだけで、こっちが監督本来作家製なんだろうと思う

キャラクタ演出・会話の間なんかは大好き

anond:20190214091710

横だけど侮蔑語レッテルとしてしか機能してない言葉を「悪い意味勝手に読み取った」って無理あり過ぎでは?

これな。

こんなのが通るなら「虫国」と書いただけでラノベ作家が殺されることはなかったし、

そもそもヘイトスピーチなんて存在しなくなる。「勝手ヘイトスピーチだと受け取ったのは誰なんでしょうか?」と言っておけば済むわけだから

2019-02-13

Twitter見てて思った事

気軽にクリエイター接触できるのって好ましくない感じ。

身近に感じられるようになるのは良いのかもしれないけど、そのせいでちょっと気に入らないって理由だけで

クリエイターTwitterいちゃもんつけに行く人が増えてたりで、あれはただの害悪しかなってない。

本人に伝えることで自分役割(?)は果たしたようなドヤってるのかもしれないけど、やってる事はただの迷惑行為と同じ。

作品に対して物申したいのであれば、放送局なり出版なり伝える所はそこだよ。

こういうユーザーが一番卑怯なのは、散々文句をぶつけてきた挙げ句にその作家が次の作品でヒットすると手のひらを返したり

逆もそう最初ヒットして、次がダメだった時にボロクソ言いまくって叩き落とそうとする所。


そこまで言う必要ないって所までとことん言ってくるのは、もはや異常としか思えないくらい。

中には自分が言われたら、即鬱になるくらいひどいことを平気でいう人もいる。

その上、クリエイター我慢限界を超えると、さら煽りを加えて病人扱いしたりしている。いや、病気ユーザー側だと思う。

気に入ったらべた褒めか、気に入ってもあれこれ難癖をつける。

気に入らなければトコトン悪評価をつける、クリエイターを徹底的に叩く。

この姿はほんとうユーザー精神的な病を持っているのか、異常だよ。

自分が言われたらイヤでしょ?っていうのを平気で言っている姿は、昨今のモラルの低下をよく表している感じ。

Twitterに限らないんだけど、特にあいSNSクリエイターと身近になりすぎてホントダメ

応援メッセージは伝えやすくなるのは良いよねって思える。

だけど、クレームいちゃもんダイレクトに伝えやすくなっているのは駄目かなと。

「良いことばかり伝えるのは、おかしいだろ」という人が居ると思う、まあそれはそうなんだけども

からといって、言葉選択を誤って他人を傷つけていいという理由にはならないんだよね。

それを理解しないで前述の「良いことばかり~」を主張するなら、そりゃ駄目だよって言われても仕方がない。

言葉の使い方も理解できていない人たちが揃って、クリエイター突撃して罵詈雑言を書き込んでいるのは最低行為だよ。

で、そういう記事アフィブログ宣伝するからさら突撃者が増えていくという悪連鎖

けものフレンズ2なんか、今徹底的に叩かれてるから言うけど、変なこだわりの人が多いんだよ。

たつき監督じゃないんだから、見なけりゃ良いじゃない。なぜあんだけ嫌がっているのに見てしまうんだろうかと。

それでやっぱり見なけりゃよかったって感じで、もう視聴しない!で終わりなはずなのに、なぜか監督突撃

この行為が分からない。

監督もブチ切れてブロック始めると、今度はブロックされたことに苛立ってあれこれ喚いているでしょ。

ブロックされなかったら、延々と監督粘着行為を続ける気満々なんだろうね、あれ。

「お前はどうだったよ?けもフレ2は」って聞かれたら言うけど、あれはけものフレンズと別物として見てるから個人的に楽しんでる。

気になることも多いけど、まあ別物だからいかなって。かばちゃんデザイン変わったなーくらいにしか思わない。

それくらいで良いはずなのに、妙にこだわりすぎてて、とりあえずいちゃもんつけるわー、監督つぶすわーみたいなスタイルの人が多すぎ。

楽しんでいる人としていうけど、余計なことすんな。

自分が気に入らないから叩くっていう行為をして、いちいち作品をぶち壊すのは止めて欲しい。


というか、そういう人に聞きたいんだよね。

自分が気に入らなければ、今後もそうやってぶち壊すためにクリエイターたちに嫌がらせを続けるのかと。

「俺たちのたつきけもフレ」とか言っちゃってるのか知らないけど、だからといって、別監督の2は徹底的にこき下ろしていいという理由にはならないよ。

あい突撃をしている人たちは、自分たちの事しか考えてないよね。

楽しんでいる人は楽しいわけだよ。その作品に対してケチつけないでほしいわけなんだよ。

自分たちが気に入ってる作品に対して、他人があれこれと徹底的に貶していたりしたら、どう思う?

何も思わない?それはそれでおかしいんじゃないって思うけど、大抵は嫌だよね。

一般的には好きな作品バカにされたら腹が立つと思うよ。

それを気に入らないかクレームするわっていう簡単に考えに至る時点で異常と感じるよ。

それに、ああやって自分たちがクリエイター精神を脅かしていることに気づけないんだろうね。

俺も視聴側でクリエイター側じゃないけど、もしあちら側であんな事を言い続ける人ばかりだったら作る気がなくなる。

クレーマーは、そう仕向けたがってるのかもしれないけど、そうやって作品を作る人をどんどん減らしていくんだろうなって。

それで、今年は不作不作いい続けて、違う新作を見つけては欠点を突きまくってまたクレームループなんだろうね。

怖い世界だよ。

Twitterでの日々行われてる愚かなやりとりは、ホント酷い世界だなって感じ。

SNS全般がそうなのかな。

でんしゃのれない

こないだ、人生で初めて痴漢された。

下品表現があります、苦手な方はブラウザバックでお願いします。)

私は優良な受験生である

定期テストでは常にトップ10キープ。某旧帝国大学志望だが、模試ではA判定しかしたことがない。センター試験の結果も上々。マーチセンター利用で抑え、一般早慶上智を取りに行くつもりでいた。

……嘘である

センターパーセンテージゴミクズだったので旧帝は諦めた。某地方国立大学に志望先を変えたが、いかんせん不本意な変更のためちっとも二次試験へのモチベーションが上がらない。滑り止めの私立には落ちた。お先真っ暗な18歳女子高生である

前述の通りたいした脳味噌は持っていない。というか、受験勉強をあまり頑張ったとは言えない。はっきり言って容姿だってゲロ擬人化したようなものだと思う。おまけに太っている。女子高生というのは若くて元気なので、決して良い顔面を持ち合わせていない人でも雰囲気で可愛く見えるものなのだが、太っているとなると話は別である。おまけにプライドの高いオタクで、自分センスがあるのでみんなとはちょっと違うものを好きになるのだと言いながら、高尚ぶった漫画考察ツイートしたりする。たいした文章も書けないのに将来の夢は作家だ。どうしようもない人間だ。

こんな私だが、先日私大入試に向かう途中、連続で3回痴漢された。

1回目は電車内だった。カバンがやけにケツに当たると思ったら痴漢だった。30分間ずっと揉まれた。

2回目も電車内だった。挙動不審の男がいたのでクスリでもキメてるのかと思ったら痴漢だった。後ろならまだしも前を攻めてくるとは度胸がある。ずっときょろきょろしている様子は誰がどう見ても怪しかった。

3回目は駅構内だった。アンケートにご協力お願いしたいと言われたがその男バインダーファイルも持っていなかった。これはあやしいと思いつつ、しかし肩を掴まれしまったので恐怖で逃げられなかった。ずっと卑猥言葉をしゃべっていた。私は反応に困り笑ってごまかすだけだった。5秒だけ、と言ったかと思うと私を引き寄せ胸を揉んだ。意味がわからず硬直した。男はお礼を言って逃げて行った。

どれも私は声をあげたり逃げたりすることができなかった。

怖かったというより、そこには別の意識があった。

信じてくれなかったらどうしよう。

父は私のことを「一応女の子」と形容した。いつだったか学校休みがちになった時も「こんなに大きいお腹をこさえてるから動けないのか」とよくわからない暴言を吐いた。ナンパされカラオケに連れて行かされそうになった話も信じてくれなかった。「物好きがいるもんだ」と言った。

恐らく痴漢の場面を見ている人なんかいないだろう。彼らは巧妙に人から隠れる場所上記行為を行っていた。

もし私が痴漢冤罪をする人に仕立て上げられてしまったら?

こんな容姿自意識過剰とか思われたくない!

とはいえ、1回目の直後はしばらくショックで動けなかった。逃げ込んだトイレでぼーっとしながら、LINEを開いた。親友電話をかけ、なるべくユーモラスに出来事を話した。彼女は最寄駅まで迎えに行くと言ってくれた。道中詳しく話しながらも「なんかもうネタだけどね〜」とへらへらしていたのだが、それでも彼女は本気で心配してくれた。帰り際に私を抱きしめ、なんかあったら言うんだよ、と言い残して去った。感謝してもしきれないほど友達には恵まれている。来年から医大生の彼女は、最高の友人である

大人に言おうと決意したのは3回目の後である。道行く男性の顔が怖くて見れなくなり異常を感じた。一度最寄駅まで帰ってから一大決心をして学校に向かった。最終下校前になんとか滑り込み懇意にしている国語教師を呼んだ。彼の顔を見ると一気に気が抜けて安心できた。先生も私の話をちゃんと信じてくれて、頼りにしてくれてありがとうと言ってくれた。詳しい事は同性の先生の方がいいと女の先生を呼んでくれた。私のことを「面白い生徒」として扱っていた先生が、女性部分をちゃん尊重してくれたことが嬉しかった。先日アメリカ新婚旅行に行ったこ先生も、最高の教師である

さて3回痴漢にあった私は学習した。

まず、制服東京に出てはいけないのだ。

痴漢なんかする奴らは要するに女子高生ならどうでもいいのである。女の尻を触りたいだけなのである特に私のようななんかブスでポケーっとしてて騒がなそうな女の子は格好の餌食である

私は入試私服で行くことを決めた。

来たる2月7日法政大学試験日、私は小学生の頃から着ているおんぼろコートに身を包み、市ヶ谷キャンパスへ向かった。

行きは良かった。

女性専用車両というのは偉大なる発明である身体を包むフローラル香り、見渡す限り女性、さほどぎゅうぎゅう詰めではない車両痴漢で神経がぴりぴりしていた私にとって、安心できる空間

……問題は帰りである

夕方東武東上線下りの混み具合は絶妙である急行は座れないけど別にぎゅうぎゅうじゃないよ、程度。

ホームにはそれなりに人が並ぶ。

私は階段を登りきった途端硬直した。鼓動が早まるのを感じた。ひと、ひと、ひと、ひと……と思って動けなくなった。彼らが車両に吸い込まれても私は立ったままだった。階段を降りて、別のホームから出る普通列車に乗ることにした。それでも隣に男性が座っていると怖くて呼吸が早まった。ぶるぶる震える手でキーホルダーのぬいぐるみをもにゅもにゅした。途中でもーむりと思って電車を降りたりもした。それでも家には帰らなければならない。顔面蒼白で終点近くまで普通列車に揺られる私は異質だったと思う。ふらふらになりながら最寄駅に着くと、はあ、とため息をついた。

乗れないんだ、と思った。

もう、私は電車に乗れないんだ。

明後日試験だった。学習院大学の目白キャンパスへは池袋で乗り換えをしなければいけない。早めに家を出たつもりだったが、女性専用車両池袋駅に着くと、構内にはそれなりに人がいた。人の波をかき分けるうちになんだか気分が悪くなりスタバに寄った。店員のお姉さんの笑顔に元気をもらい、コーヒーを飲み干したのち山手線に乗車するため改札を通った。が、階段を登ってまた身体が強張るのを感じた。

ただ人が並んでいるだけなのに、怖い。ホームの柱に寄りかかっていると駅員さんに変な目を向けられたので、背筋を伸ばした。電車が入ってくると、中にたくさん人がいるのが見えて、また気持ちが悪くなった。人の出し入れを3回見て、電車に乗れないことを悟り、入場料を払って改札を抜けた。

1時間ほど池袋駅周辺を散歩した後、ゆっくりゆっくり普通列車に揺られて帰った。

流れて行く景色を眺めながら、私はどうなるんだろう、と思った。

親には受験をすっぽかしたことを言わなかった。

代わりに、痴漢にあったこと。それで電車に乗るのが怖いことを伝えてみた。母は笑った。

「そういう時期はあるわよね」

一瞬、意味理解しかねた。よくよく聞いてみると、母は思春期男性の目が気になってしょうがない、と電車に乗りながら思っていたそうだった。

「もう、好きな人以外嫌いだったから。男友達にそれ話したら、お前はそんな良い女じゃない、って言われたんだけどね」

間接的に自意識過剰だと言われているようにしか思えなかった。違う、あなたのそれとは全く違う、私はショックで一時的パニック障害のようになっていて、そもそも男性から目を向けられてるなんて思ってないし、身体勝手に、と必死反論を試みた。

けれど、上手く言葉にできなかった。

私大入試はまだ終わってない。国立二次だってある。

でも、私は当分、電車に乗れそうにない。

でんしゃのれない。

2019-02-12

anond:20190212171426

業界の景気が良ければ読者は作家ではなく出版社フォローするのか?

普通に考えればわかるはずだが。

anond:20190212170924

作家自らが宣伝しなきゃいけないのは「その作家親和的な読者は出版社ではなく作者をフォローする」というSNS特性によるもの出版不況とは無関係だぞ。

https://anond.hatelabo.jp/20190212165356

長期的にどうのこうのと言えるような状況だったら、そもそも作家自ら宣伝なんかしなくてもいいんだよな…

それだけ業界が追い詰められてるって話で。

anond:20190212165356

最終的な着地はどこにあるかだよね

ワイは ゆうきまさみ 先生Twitterすら見ないぞ

創作系の作者のTwitter見てプラスに働くこと皆無なんで。作品が素直に楽しめなくなるリスクしかない

ただ全然告知してもらえない本や寡黙な作家場合は仕方ないので、定期的に覗く

でもフォローはしない1理はあるけど害の方が大きい

anond:20190212162327

そういう人たちは作品に難癖をつけて作家マウントをとることでしか作品を楽しめないのだ。

そっとしておくが良いぞ。

anond:20190211202811

岡崎体育実家暮らしスーパーバイトしていることを積極的に話していたのも

MMDerが機能的に優れているわけでもなくアマチュアしか使われていないMMD固執するのも

おそらく出版社編集者アドバイスもらってるであろうなろう作家が湧いて出てくるのも

全部のこの心理に起因している。

anond:20190211202811

そうなんだよ

あれをどこにでもいる一般人趣味で書いた読み切り漫画だと【信じて】開いている層がまだいるんだよ

そこで見つけたアマチュア応援する、これ本にならないかなと期待していいねRTをする、そういう目的の奴が少なからずいた

実際少し前はそうだった

いつからプロ単行本宣伝Twitterでバズって書籍化したやつじゃなく最初から雑誌に載って普通に単行本化したやつ)が混じるようになったのかはわからないが、とにかく昔はなかったものが今はある

その過渡期についていけない奴らなんだ、俺らは

そして俺らは今回の話題で学んだ

ちゃんとした作品タイトルがあるのにそれを書かず、○○が××する話というテンプレートに収めてバズればいいと思っている漫画家がいること

面白ければプロだろうがアマだろうがどうでもいいと思っている人間がいること

隠れた才能を発掘していたつもりの俺らはいつの間にか覆面被ったプロに踊らされていたこ

俺らの求める【隠れた才能のアマチュア】はこの方法ではもう見つけられないこと

からもう俺たちが諦めるしかないんだよ

アマチュア発掘して【この作家はワシが育てた】気取りのことをしたいならTwitterじゃなくてよそのお絵かきSNSに行ったほうがいい

Pixivはもうセミプロプロだらけだから違う場所

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