「人形」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 人形とは

2018-01-22

特にだれも知らなくていいなりきりチャット世界

10から休み休みながらもずっと非商業PBC(なりきりチャット)をやっている

版権はやったことなくてオリジナルのみ

昔はサイト登録していろんな人と関わり持ったりしてたけど

今は募集系で特定の人とがっつり長くかかわることが多い

今は5年くらいの付き合いのPLさんがいる

かいても大半の人にさっぱりだろうのでもうちょっと書く

PBCとはプレイバイチャットの略で、なりきりチャットと呼ばれることもある

なりきりチャットというと版権キャラの口調でおしゃべりするもの想像する人も多いだろうが

自分が参加してる界隈については、一人称視点交代式のオリジナル小説に近い

自分キャラクター視点から台詞と行動描写を行い、それを受けて相手がまた台詞と行動描写をする

最近は一回あたりのレス台詞・行動描写・情景描写を組み込んで1000字を超えることもある

PBCには商業サイトと非商業サイトがある

商業法人等によって運営される有料サービスである

少し前に話題になった「蓬莱学園」のweb版が近いと思うが

参加したことがないのでよくは知らない

商業サイト個人管理人によって運営され、原則無料である

商業でも、商業と似たようなサービスを行っているサイトもたくさんあるんだが

私の利用してきたのは、管理人は基本世界観を決めてチャットルームを用意するだけで、

あとは参加者自由におしゃべりを楽しむタイプのやつである

学園ものサイトなら教室図書館チャットルーム

町のサイトなら公園カフェ名前チャットルームというかんじ

そこでであった人と、キャラクターとして会話して人間関係を築く

まあ文字を使ったお人形遊びみたいなもんである

この頃は今より一回あたりのレス文字数は少なかった、多くて300字くらいだろうか

台詞動作や表情の描写くらい

しかし、この手のサイト社会人になるとなかなか時間が確保しにくくなった

同時に界隈全体が縮小傾向で人に会いづらくなったため

募集系やシチュ系と呼ばれるサイトに移行した

これは、はじめから

「こういう世界観で、こういう人間関係という設定でチャットしてください」と人を募るタイプ

これなら時間の空いたときにだけできる

また、幼稚園からの幼馴染みだろうがこの世で唯一無二の神だろうが、

お互いさえ了承していればどんな設定でも始められるのでキャラクターの幅が広がった

ここで今5年くらい続けている方とであい

ついでに文字数1000字ちかくなりリレー小説化して今に至る

PBCには相性というもんがある

この人の文章なら無限想像がわく、どんどん展開が思い浮かぶ、という人がいる

それはキャラクター(PC)の魅力はもちろんだが

中の人(PL)の技量によるところが大きい

何年も二人でリレー小説続けられるような、相性のいい相手出会えるのはひとえに運だ

PBCキャラクター同士が恋仲になろうが

このとき相手のPLさんに抱くのは恋愛感情でなく共同執筆者としての尊敬感謝である

…そう、ここまでぼかしてきたが、私がやっているPBCでは、

PC同士が恋仲になってるのだ

恋仲になるしエロいこともするのだわりとがっつりと

エロい展開の時はエロい行動とエロい台詞を相変わらず1000字くらいかいてお互いにリレーしている

エロチャット?と言われたらぐうの音もでないんだが

書いた通り、PLさん自身に対してエロい気持ちがあるわけではなく

あくまエロい小説を共同執筆してる感覚

でもこの一点があまりにも理解を得られなさそうで

私は自分PBCをしていることを、知り合いの誰にも言えていない

なんでこんなこと書いたのかというと、

たとえば私が死んだら、5年かけて築いたこ人間関係は消え去ってしまうんだな、と思ったからだ

人間関係と呼べるのかはわからない

名前も知らないしどんな人かも知らない、キャラクターを通じてしか会話していない

けれども、何年も何年も文字をやり取りし続けてきたことによる絆みたいなものはひっそりと感じている

こういう繋がりのある人がいて、長年付き合ってもらっていて、感謝と敬意と少しの仲間意識を感じていることを、

どこかに書き残しておきたかった

anond:20180121222616

馳星周面白いよね。

ノアール自体詳しくないんだけど、佐藤ラギの人形ギニョルおすすめ

絶版だけど、探せばまだ入手できるはず。

2018-01-19

首相と言う座が人形ならばイケダハヤト首相でも問題無い

しろ動ける分マシ

安易な黒塗りのタブー化ってやっぱヤバいんじゃないの

もう何周遅れの話題だよって感じだけど書き留めておく。

差別とは思わない」が約5割、“浜ちゃん黒塗り”騒動での視聴者意識

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180116-00000322-oric-ent

【黒塗りメイク差別だと思うか?】

差別にあたると思う……7.9%

差別にあたると思わない……55.6%

・どちらともいえない/わからない……36.5%

明確に差別だと断ずる人は7.9%と少ないが、どちらとも言えないと判断を保留する人が36.5%もいるのを見て、これはと思った。両者を合計すると44.4%。過半数に近い。

こうなった以上、日本においても黒塗りは表現方法として「死んだ」と言っていいだろう。昨年の年末エディ・マーフィに扮する浜田を無邪気に笑っていた人たちも、今年も同じ画を見せられたとして笑うことができるだろうか。きっとできない。それは「これは差別表現なのではないか」という問いかけがノイズ」となって絶えずまとわりつくからだ。過半数の人はもう無邪気に笑うことはできなくなった。差別にはあたらないと強固に信ずる人であってもこの「ノイズからは完全に逃れることができるだろうか。日本人はもう無知はいられなくなった。

(「死んだ」と言ったが、もちろんこの「ノイズ」を知った上での表現は終わっていないし、そういうことをする表現者が出てくればいいなと思う)

コンプレックに根差すタブー

黒塗りは何故ダメなのか?ぶっちゃけるとそれって「コンプレックスから」だろ。

人種カリカチュアがいけないとか色々言うけど、白人の真似をして金髪にするのはOKで付け鼻をするのはNGなのはそういうことだろう。高い鼻に憧れがある日本人にはピンとこないかもしれないが、白人にとって高すぎる鼻っていうのはコンプレックスであり美容整形対象である。一方の金髪はもう説明不要だろう。

ティファニーで朝食を』のユニオシに我々日本人イラッとさせられるのは出っ歯が醜いという基準があるからだろうし、細い目を強調されて嫌なのは目はぱっちりしている方がいいっていう信仰があるからしかし、日本人であっても糸目が美しいと感じる人ならば、何怒ってるの?となる。

引用になるが(http://wezz-y.com/archives/51171)、黒人自身が黒い肌を忌み嫌っていることが実験で示されている。

Q:「醜い人形はどっち?」

A:「こっち」(黒人人形を指す)

Q:「なぜ?」

A:「黒人から

Q:「どっちの人形あなたに似てる?」

A:「……わたしに?……」

女の子はおずおずと黒人人形を指差すが、触ろうとはしない。その時の女の子の辛そうな表情。なんと残酷実験だろうか。

また随分前のことなので一体何の文章だか忘れてしまったのだが、「僕たちは君たちのように黒い肌を洗い流すことができないんだ」と黒塗りへの嫌悪感説明している人がいたのが衝撃だった。洗い流す…?

こうした背景で、黒塗りの安易タブー化って、むしろ黒い肌=醜いという刷り込みの再強化に加担するだけなんじゃないか?むしろ、黒い肌に扮することをセクシーもの、カッコイものとしてガンガン消費していくべきだ。実際に、美しい黒い肌ってあるだろう。

浜田の件だが、美肌でも何でもないおっさんだったのが運の尽きとしか言えない。メイクが雑だったのもあるかもしれないが、あれは美しくなかった。意図せず黒人コンプレックスを刺激してしまった。

海外では、褐色キャラコスのための黒塗りが差別的だと非難されるケースがあるとか。上記の通り、英米スタンダードに組み込まれつつある日本でもその日は遠からずだろ。

いやいや、我々は憧れとしての褐色キャラコス積極的にしていくべきなんですよ!

2018-01-17

anond:20180116221454

花見山→一人のおっさんがコツコツと桜の木を植え続けてできた桜の名所。

三春滝桜→同様にして日本有数の桜の名所。

・桃→福島の桃は日本一うまい

猪苗代湖→でかい湖。

大内宿→よくわからないが有名らしい。

アクアマリン福島水族館。行って損はないと思う。

喜多方ラーメン別に旨いとは思わないが有名。

白虎隊→よくわからないが日本史好きにはたまらないらしい。

リカちゃん人形の城みたいなやつ→よくわからないが三春あたりにある。

福島競馬場JRA競馬好きにはたまらないらしい。

日本銀行福島支店→なぜかわからないが福島にある。仙台に移したほうがいいのでは?

・諸橋近代美術館ダリ絵画がたくさん展示されている美術館

ままどおるエキソンパイ檸檬うまいぞ。薄皮饅頭も有名。

鍾乳洞→どこだか忘れたが有名なのがある。

尾瀬→他県との県境にある。

・本当の空→智恵子がそう言ったらしい。福島ではかなり有名なエピソード

・屯ちん→有名なとんこつラーメン屋の支店(?)がド田舎になぜかある。

未確認で進行形聖地である

最近買ったアニメ

ポプテピピック

再来週にもう発売なので、とりあえず1巻を予約した。

人形ダンス等の手間を考えると、誠実にクソアニメを作ろうという姿勢が感じられる。

何よりこのアニメが売れたらネタ的に面白そうである

ラブライブ!サンシャイン!!

ラブライバーから買った。

はいえさすがに内容がどうでもいいわけではなく、9話くらいまで見て十分楽しめる出来だったので安心してポチった。

Aqoursラブライブアンチやμ's原理主義から攻撃されてるので、俺が応援しなくてはという気持ちもある。

ライブは6日間もあるので4巻の大阪2日目しか応募しない予定。なのでそれ以外の巻はチケット目当てではないよ。

プリンセス・プリンシパル

シナリオ的には2017で一番良かったから買った。

終わり方に批判もあるけど、大きい政治の中での末端スパイの話と思えば悪くないんじゃないか

特典にあった細かい設定や作業の話を見ると、もっと売れて欲しかった。

ジョジョの奇妙な冒険 第4部

1~3部は買ってなかったけど、売上が下がってきたのと4部が好きなので買った。

あの長い内容を3クールに収めた職人芸は評価されていい。

全巻特典の岸辺露伴は動かないも大いに購入動機になった。

ツイッターで「大金払わないと岸辺露伴を見られないなんて酷い!」とか言ってるアホがいたけどほんと死ねばいいと思う。

フレームアームズガール

あおちゃんとスティ子が可愛いので買った。

ただ円盤の売り方には大いに不満がある。

まず買おうと思った時点で1,2巻は予約締切済みで、3,4巻しか買えなかった。

しかプラモ付きのみで1万円越え。

一応3巻のバーゼは組んでみたが、大きい机がないから床にパーツ広げるしかないし、腰と肩が痛くなるしで散々だった。4巻の轟雷改は駿河屋に売った。

そしたら数ヶ月経たないうちにBD-BOX発売ですよ。最初から売れよ!

製作プラモ屋だから仕方ないのかもしれんが、プラモ自体の印象が悪くなるのはマイナスだと思うのだが…。

アホガール

単純に笑えたので買った。

こちらもコミックスとのセット販売だったけど、原作に良い百合があったから許す。

でも正直電子書籍権利の方が良かった。

キルミーベイベー

最近じゃないけど、予約状況が致命的に悪いと聞いて同情心から買った。

予算はいえ十分面白いし、爆死するのはおかしいんじゃないかと。

結果は686枚の大爆死だったが、その後に謎の流行BD-BOXが5700枚、OVAが9500枚売れたのは周知の通りで、喜ばしい限りである

とらのあな全巻特典のタペストリーは今も部屋に飾ってある。

円盤高いっていうけど、アニメを1話作るのにかかる人数と手間を考えれば妥当やと思うよ。

いやSHIROBAKOで得た知識しかないけれども。

ソシャゲガチャなら2,30連程度の金額じゃん。

anond:20180117200750

キャラグッズやら人形やらを入れた写真無関係な出先、かつ人前で撮って上げてるあの手の人種マジで頭のどこかに異常あるとしか思えないからな

他人のフリしたくなる気持ちは痛いほどわかる

20代前後ならまだしも、明らかに40以上っぽいのがガキの人形遊びじみたことやってたりすると戦慄するわ

あの手のは本当に勘弁してほしい

2018-01-14

ポプテピピックアニメ2話が手の込んだクソアニメだった

フェルト人形作った上でストップモーションアニメ作るとか普通にアニメ作るよりも面倒なんじゃないかと思った。

1話も手の込んだクソアニメだったというツッコミは許す。

2018-01-09

セクサロイド議論ってバカバカしい

仮に外見が人間そっくりのロボができたとして、AIがシリや女子高生AIりんなレベルだったら、そんなもんいらんわ。

オリエント工業人形ユーザーインタビューを読んだけど、使った後は手入れをしなきゃならないから、面倒くさくなってけっきょく観賞用にしか使ってないとか。

りんなレベルのおしゃべりができる人形なんてどんなにエロくても3日で飽きる自信がある。

 

じゃ汎用AI(ドラエモンアトムレベルAI)がそんなに簡単にできるかっていうとぜんぜん楽観的になれない。

もしできたら、シンギュラリティがおきて、寂しいオッサンセックス相手とか女の開放とか、悠長に考えてる場合じゃなくなってるわ。

2018-01-01

https://anond.hatelabo.jp/20180101120258

出木杉が「良かったね」「気の毒に」という程度に共感してあげる優等生な感じなら、

のび太ガチ共感して我が事のように泣いたり怒ったり喜んだりしそう、という違いはあるかなぁ。

まぁ、時には人の不幸を喜んだりするクズな面もあったり、しずちゃん人形事件のように出木杉より共感能力に欠けたりするけど、そこも人間らしさというか。

2017-12-29

私はアムラー全盛期の3年間に高校時代を過ごした。

wikiで調べてみたら1996年が最盛期だったというから、ばっちりあう。

女子高生たちのルーズソックスの丈は日に日に伸びて、顔はどんどん黒ずみ、白いテカテカ光る粉の厚みは増す一方、という時代であった。

当時、女子ヒエラルキーの頂点が安室奈美恵だった。

抜群のスタイル。お人形みたいな顔立ち。何をしてもカッコよく、超絶的な人気者。

彼女がそこに存在しているだけであらゆる価値を生じる――。そんな存在

なりたいものは何か、と聞かれたら、安室奈美恵、と本音では答えたと思う。

いくらスポーツができても音楽が得意でも、勉強トップクラスでも、安室奈美恵を乗り越えられることはない、絶対に。

どんな努力をしたって、私の顔が半分ぐらいに縮み、彼女と同じサイズになることはない。

奇跡が起こったって無理だ。

努力でなんとかなるものと、ならないものがある。

一流大学に入ったりお金持ちになったり、ビジネス成功したり、その道を極めたり、お金持ちの伴侶をみつけたり……

そういうのをするのは、努力である程度、なんとかなるかもしれない。

しか安室ちゃんのような、太陽のような存在になることは、

どんなに血を流しながらの努力をしても、科学いくら進歩しても、それは不可能と思われた。

(実際、そのときより20年以上が経過した今でも、いまだに顔の大きさが半分にできる技術など存在していないだろう。)

私はそのことで、根源的な失望感を味わったように思う。

彼女存在により、人生を諦めたように思う。

少しでも彼女に近づくための方法アムラーになることであった。

当時の世間を覆う雰囲気は、アムラーにあらずんば人にあらず、という雰囲気だった。

女子高生というだけでメディアはいつも注目されていて、輝いている存在のように映し出されていた。

ただその、アムラーになるためには過酷な条件があり、まず、小顔スタイルがよくないと、悲劇に見舞われるのだ。

ガングロと呼ばれる女子はそれでも、いろんな高校すべての女子100人いたとしても、そのなかでせいぜい数人ぐらいだったものと思う。

渋谷にはみなこぞって出現していたので社会現象になっていたが、それは総体のうちあくまで数%という存在女子たちだったと思う。

一般女子ほとんどは日々の生活で充実しており、そんな盛り場に出向くこともあまりなく、地に足のついた生活を楽しんでいた。

以上、何が言いたかたかというと、

私にとっての「雲の上の存在」が、まちがいなく安室奈美恵であるということ。

40歳目然の今でも、本能的にそう感じている。

大金持ち、ハリウッドスター、お偉い政治家とか大成功している経営者かには、

そういう憧れというか溜め息がでるような感じには、ならない。

まり羨ましくなることは、ない。

なのになぜ、安室ちゃんにだけ、このような思いを寄せ続けてしまうのだろう??

しかも数十年にわたって。

私は歌やダンスに興味があるわけでもなく、とくに芸能界に興味が強いわけでもない。

趣味読書であるようなおばさんである

そんな私がこのような有様であるから

間違いなく彼女は、ほぼすべての日本女子が、憧れを抱き続ける存在なんじゃないかと思っている。

そんな彼女の、収入面や私生活は、その国民的な憧れを引き受け続ける存在であるには似つかわしくないほど

派手すぎるというわけではない。

月給制だったとのことで金銭的にも成功した経営者なみの収入しかなかったようだし、

離婚もして、贅沢なくらしをしているというようにも思えない。

こんなにも思われている存在なのに、そのギャップは何なんだろう。

高校生時代は、彼女の華やかな、表面的なところしか見えていなかった。

安室ちゃんみたいに華をもって生まれていたら、世の中をすいすい、自在に、泳ぎ回れるんだろうな、

何をしようとしても、道は勝手に開かれていくんだろうなと。

でもこの年になって、わかった。

違和感のある引退報道を受けて、しばらく彼女のことを久しぶりに、思い出していた。

それで昔はなかったネットで、彼女の裏の顔を知ることができた。

彼女ダンスや歌は、後天的努力をして素質をのばしていたったものであること、

ツアーではそのストイックさに見た者は感激するということ、

女性は贅沢をさせてくれる結婚相手を求めがちだが、そういうことにも興味がなさそうだということ、

息子を大事に育てているということ。

彼女の中身は地味で真面目で、不器用女性なんだろう。

2017-12-27

anond:20171227104240

ママ4の時代は知らないが、

の子子育てママに憧れるのって、小学生じゃなくてもっとずっと下(大体3歳以下)だけだと思う

メルちゃんぽぽちゃんとかの育児人形が売れるのが大体その年齢までだし

あれも、単に母親の真似をしているだけで

本気で「大人になったら「おかあさん」になるのが夢!」とかまで考えてる訳じゃないだろうけど

もうちょっと大きくなると、お人形遊びもリカちゃんとかの

赤ちゃんではなく「友達」「憧れのお姉さん」を模した人形シフトするしねー

リアル母親と遊ぶより友達と遊ぶ方が楽しい歳になるとそうなる

と書いた所で思ったけど、プリキュア対象年齢をいよいよ3歳以下にまで絞って来た、って事なのかな

それより上だとやはり「友達」や「憧れのお姉さん」なアイカツプリパラ系に客取られてるしね

しかしそこもアンパンマンという最強コンテンツともろ被る場所なんだけど

2017-12-26

講習「胸骨圧迫と人工呼吸を正しく行えば救命率は2~3倍になる!」おお

講習「なにもしなければ救命率は1~2%だから救命率は最大で6%になる!」

その後、人形つかっていろいろやったけど、頑張ってもマックス6%なのかーとずっと頭のなかをぐるぐるしてた。



心肺蘇生AED(1):心肺停止救命率 | BLSやACLSの救命救急講習|AHA公認コースを受講

http://blsacls.org/?p=329

2017-12-22

anond:20171222195926

コミックエッセイは、ネットのものは基本怪しいよ

きゅん妻とかいうのも子供写真よく見たら人形だったらしいし

なんでウソつくんだろうね

2017-12-20

劇団 竹の公演『人形を殺す』を見に行った記録

ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。

というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。

(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)

キッカケは、

  https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

この劇団で。

でもって、出演していたキャスト新宿ゴールデン街バイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。

いろいろと話も聞きたかったし。

.

そしたら、その女優さん。

舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。

思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。

.

演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)

そして、ちょっと前に劇場に行ってきた。

.

例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。

随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。

.

■全体として

いろいろと語りたいことはあるけれど。

まずは。

.

      まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。

.

もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。

.

全体のアウトラインとしては。

(もう公演も終わったことだし、ネタバレいいよね?)

.

とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子ミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。

子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。

回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。

すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。

.

という感じ。

.

安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。

.

これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。

.

どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。

命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。

.

機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。

.

ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。

そこに、キリスト教ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……

.

うん! そうだ! “現代の寓話” だ!

.

これまたベタワードだけど、他に形容のしようがない。

(どうしても想像が及ばない人は、ここで、

 “もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族自己修復ドラマ

  お得意の悪夢タッチケレン味タップリに撮ったら”

 というのを想像してみてください。

 当たらずといえども遠からずのはず)

.

うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。

「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」

というのがテーマ

そして俺、爆泣き。

.

そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。

.

まず、基本はダイアローグ(1 on 1のトーク)。

モノローグでもポリローグでもなく。

回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグカウントする)

ストーリーライン全体は

.

 隠し子ミツルと長女ツグミの対話

 ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、

   育まれてきたミツルの姿が明かされる

      ↓

 ツグミと長男シュウタの対話

 ーーいまではヤンママシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発

      ↓

 シュウタと連れ子ヒデフミの対話

 ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、

   ここでシュウタの最大にして最後の働きかけが大爆発

.

という大枠の流れに、回想シーンとして

 ・父フトシと母ノリコの外食

  (後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)

 ・フトシとヤスコの逢瀬

 ・堕胎をうながす継母サダコと反発するツグミ

 ・夢の中でシュウタに、出奔という自分ギリギリの選択を明かす母ノリコ

.

といずれも1 on 1。

対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。

(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)

.

というわけでダイアローグ主体の作劇なので。

最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオ後日談が語られることで代替されている。

というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。

.

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

俺「おおっ! あなたツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」

ラムネさん「んふふ~」

.

と、明確な答えは得られず。

ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。

.

余談。

確かなことは。

無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。

ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。

余談終わり。

.

もう1つ。

ストーリーを裏から支える暗喩のレベルが。

.

 気にしなければ流すこともできる。

 気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。

.

というレベルキッチリ統一してあるのが気持ちいい。

(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)

たとえば。

ミツルツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。

ヒデフミが現在ではロザリオ製造業に努めていて、毎日キリスト十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。

.

いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。

.

そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。

冒頭、中間エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。

.

1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。

.

2回目は、うーむ、解釈に困る。

シヴァヴィシュヌガネーシャブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ

BGMはタブラ4つ打ちデトロイトっぽいミニマルテクノ

ことなく、今敏っぽい。

無理して考えれば、愛人ヤスコ隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。

.

というか、ストーリーのキーアイテムがいくつかあって。

1)キリスト教

家族システム自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。

.

2)多神教シャーマニズム

愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズムスピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。

.

3)フトシ人形

元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。

そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。

その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。

.

余談。

この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。

と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。

まじで何か乗り移ってね?

余談終わり。

.

ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング後日談)とスタッフロール

ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。

.

と、合計3回のビデオなんだけど。

うーむ、評価に困る。

なんというか、悪くは無いんだけど。

編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。

芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。

逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。

.

ラムネさん「あのビデオなんですけど~」

俺「おお! ラムネさん! ビデオがなんですか?」

ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」

俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」

.

観劇

で、さてさて。

終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。

.

俺「グスン、あ、あの、最後後日談ビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」

(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)

竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。

あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」

.

え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   ズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。

と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。

俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」

竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   またまたズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?

.

ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」

俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」

ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」

俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」

ラムネさん「まあ、あのヒト、照れ屋さんですからね~」

.

うーむ。

いろいろと事情はあるようだ。

.

あらためて全体として

というわけで、あらためて全体としては。

.

もう、激烈に良かった!

チケット代の倍くらいのモトは取った!

劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!

という感じ。

.

キャストスタッフについて

本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。

.

  こんな気持ちのいい観劇、生まれて初めて!!!

.

映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル

舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル

フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!

サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!

後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!

.

今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?

.

ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」

.

ですよね~。

照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。

何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、

シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。

ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!

彼らにはノーベル賞ピューリッツァー賞紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。

それくらい気持ちよかった。

.

劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。

ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー

この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?

.

ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」

俺「ふむふむ」

ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」

俺「なるほど」

ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」

.

うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

.

そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。

キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!

どうなってるんだ!

これ、どうやって集めたの? スカウト? オーディション

.

ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」

俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

.

うむ。ノーコメントなり。

.

というわけで。

.

■石川雄也(フトシ)

一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。

コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル

回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。

劇団竹に所属

地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。

上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。

もっといろんな所で見てみたいと思った。

いやだから見世物小屋の司会とかじゃなくて!

(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)

.

■森川武(シュウタ)

長兄ってツラいよな。

いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。

そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。

それは、

.

 神はどこにいるのか。

 それは天上界でもオリュンポス山でもない。

 神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する

.

ってこと。

わからんけどね。あくまで俺の解釈)

ツグミの嘆きを受け止める。

そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。

ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。

そして俺、爆泣き。

劇団竹に所属

こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。

.

ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」

俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」

(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)

.

■江花実里(ツグミ

劇団 架空畳に所属。通称ラムネさん。

あれ、おっかしーなー。

つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。

いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンシンママだよ。

彼女の後悔の号泣からストーリーが本格的に回転し始める。

しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。

最初はミツル人生を聞いたとき。

次に自分人生を振り返った時。

最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。

役者ってすっげーな!

でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。

でも、それでいいと思う。

この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。

あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。

「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。

これが彼女のミッション

いや、実に良かった。

.

■辻村尚子(ノリコ)

フトシの最初の妻。

夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。

舞台が2018年の設定なので、旦那事業の立ち上げ期が80年代末。

キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの

なんかW浅野時代の浅野温子が乗り移った感じだった。

彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。

つまり天丼なんだけど、

なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。

なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。

劇団 竹に所属

.

■大森華恵(サダコ)

フトシの後妻。

うつ病で自殺。

なんというか、いろいろと痛ましい。

(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。

この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。

2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。

そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。

ここでも天丼(繰り返し)が重たい。

なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。

クレジットがないからフリーの役者さんか?

.

ところで、ストーリーに挿入される白装束ダンス

石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。

ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。

.

佐々木光弘(ヒデフミ)

子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。

わかる。

そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後キャッチボールを決別の儀式として実行する。

と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。

キャッチャーシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。

おそらく板に座布団とか、そういうギミックボールを受けているはず。

.

ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」

俺「おいマジですかい?」

ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」

俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」

ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」

うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。

.

空飛ぶ猫☆魂に所属

みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。

.

■森川結美子(ヤスコ

沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス

なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。

ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。

.

■山川恭平ミツル

フトシとヤスコの子供(つまり隠し子)。

鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。

朴訥。

観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。

それも当然で。

俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。

キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。

父フトシのハグ。

彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。

この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。

.

.

んー、こんな感じか。

ともかく、全体としては。

この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。

次の公演にも注目して良いです。

自分もそうするし。

.

2017-12-18

anond:20171218143718

わかりやすいところで電車での痴漢とか。

あと叔父がすごい下品な人で、生理きたのかー!?とか言われたり。

大人になってからだと肩ポンするふりして胸に近い部分触られたり。

 

一番嫌だったことを書く。

プールバイトたことがあるんだけど、

心臓マッサージ練習をしなきゃならないのね。

その練習の時、関係ない男性スタッフがなぜか練習の部屋に全員集合した。

まだ施設が開く前の時間で、おのおの掃除とか備品チェックをする時間だったか

決して休憩ではない。

休憩なら休憩で、ちゃんと部屋が別にある。

私は部屋の真ん中で競泳水着姿で屈み、人形マッサージして人工呼吸の練習をする。

教えてくれるスタッフさんに時々アドバイスされながら繰り返す。

みんなじーっと私を見ていたよ。

人形に覆いかぶさるときとかお尻がちょっと目立つし、

胸に視線が集まってるのもわかった。すごい恥ずかしかった。

終わった後皆ニヤニヤしながら出て行った。

2017-12-16

自分アイドル応援する理由に気づいてしまって悲しい

AKB劇場公演ロビー観覧していて、じわじわと心に浮かんだことがある

うちはアイドル応援することでコンプレックスを解消していたんだと思った

抽選ギリギリ外れてしまったので、劇場外にあるロビースクリーンに映る公演を見た

サイリウムコール禁止から、ただただ泣くことしかできなくて、ある意味冷静に見れたと思う

自分はどちらかというと年相応にふけるタイプのブスで、可愛いふわふわ女の子にはなれないと思ってた

セーラームーン亜美ちゃんおジャ魔女どれみはづきちゃんみたいな大人しくて上品可愛い女の子になりたかった

でも「可愛い女の子になりたい!」っていうのを目標にするのは分不相応というか、恥ずかしいことだと思ってた

アイドルが大好きで、ステージ上で輝く彼女たちを尊敬してる

まさに偶像崇拝って感じで、人間だけど神を目指す美しい存在、それがアイドルだと思ってた

青春時代アイドル活動に捧げて色んな我慢をして、みんなの憧れとして存在してくれたのが本当に嬉しくて、心から大好きだと思う

推し結構有名な事務所所属してるし、48グループ以外の外仕事結構ある方だと思う

48グループの中では珍しい、芸能人!って感じの華があるタイプメンバー

つるつるしっとりしてて、ピンク色に蒸気する綺麗な肌

ぱっちり二重にくるんくるんのまつ毛、すーっとした鼻筋、ピンク色が似合う綺麗な唇

白くて細くて長い手足、華奢な肩、まるで絵みたいな美しい首のライン

甘くて砂糖菓子みたいな可愛い

可愛い表情、セクシーな表情、切ない表情、元気な笑顔…すべてが美しかった

楽しいことは楽しい、嫌なことは嫌ってはっきり言うところも好き

握手会事件があった時、マナーの無いファンコメント正論叩きつけてたのが印象的だったなあ…

良いところだけじゃなくて、自分が正しいと思ってることをはっきり口に出すところを尊敬してた

わがままも臆病も不器用さも全部が可愛かった

自分に無いもの、目指すことすら恥ずかしいものを全部持ってる憧れの存在

もちろん最初から全てを持ってるわけじゃないし、色々な努力我慢の上に成り立ってるのはわかってる

それでも、「可愛い」を目指せるって特別なことだと思うんだよ

着てる服はいつもおしゃれで素敵だった

流行りの服を着こなすってものすごいことで、誰にでもできることじゃないと思う

いいなあと思う服は試着してみるけど、大体は現実叩きつけられてユニクロとかでシンプルな服買って着てるよ

似合わない服を着るよりも、自分をましに見せれる服を着ることの方が自分にとっては価値が高いんだよね

年相応におばさんみたいな服を着て安心してる方が現実を生きるために必要だと思ってしま

キャッチフレーズの「誰もが恋するお人形」は、本人は冗談みたいに言うけど本当だよって思う

AKB劇場最終公演で着てたドレスは本当に素晴らしかった

可愛くて、美しくて、凛としてて、見るたびにあなたに恋してた

憧れの女の子卒業する今、これからどうやって生きていけばいいのかな?ってずっと考えてる

2017-12-15

私は 片想いの 女の 名前叫び ながら ソープ射精を する

人形が あれば 人は 思いを 伝え やす

偶像崇拝と いうべき なのか そこに いない ならば 作れば いい

赤の 他人オマンコでも 友人 知人の オマンコだと 思い 込むと 精液の 量が 全く ちがう のだ

https://anond.hatelabo.jp/20171214232918

2017-12-13

メロディの話。

さいころ、映画館にいつも「お供」を連れて行っていた。

人形か、ぬいぐるみだ。ポケットに隠して持っていけるぐらいの人形。あるときシルバニアファミリーだったこともある。そういう感じの。

いつも遊んでいる友だちのどれかひとりを、お供として、楽しみを分けてあげるつもりで持っていった。

持っていって、映画が始まるときにこっそりポケットから取り出して。自分の隣に座らせて、最初のところだけ見せてあげる。そういうお遊びだった。

親には内緒だった。なんとなく。

知られたら怒られるような気がしていたし、「お供」に分けてあげるその行為ちょっと気恥ずかしく、親には立ち入られたくなかった。

ある日。その日の映画に、小さな白い猫のぬいぐるみを持っていった。

とても可愛いぬいぐるみで、誰かにクリスマスか何かのプレゼントにもらったものだった。タグメロディと書いてあった(たぶん商品名か何かだったのだろう)ので名前はそのまま「メロディ」。横文字名前なんて思いつかない、メロディという単語もよくわからない年齢だった私だけれど、白猫の可愛さに見合う軽やかな音の響きにぽおっとなって、名前ごとお気に入りの子だった。その子を見ると、小さなお姫様を手にしたような気持ちになった。

けれど映画を見た帰りの電車の中で、私はその子映画館の席に座らせたまま忘れてしまたことに気がついた。

それまで映画を楽しく見た気持ちがさあっと引いていったのを覚えている。うつむく私に、親がどうしたのって聞いてくれたことすらも覚えている。なのに。

今思えば、親に言えばよかったのに。

気がついた時点で映画館に戻って言えば、絶対にあったのに。

だけど私はとても内向的子供で親に何かを自分から相談するという選択肢すら思い至らなかった。そもそも秘密のお遊びだったのだ。

映画館の人が拾って、大事にしてくれるんじゃないかって思ったこともあったけど、いま考えるとそんなことありえない。ずっと後悔していることのひとつ

そのあと私は映画館に「お供」を連れて行くことはなかった。

トイ・ストーリー3」を見るといつも思い出す。忘れられ置いていかれたオモチャの話。

ごめんね。わざとじゃなかった。大事な小さなお姫様だったのに。忘れて帰ってごめんね。迎えに行かなくてごめんね。

大好きな映画を見るのにもどうしても思い出してしまうから、一度吐き出し懺悔たかったので書いた。ごめんね。

2017-12-05

増田の適切な長さを知りたい

チンポの適切な長さでも良いぞ。

人形ロボットの適切な長さでも良いな。

小説の適切な長さは荒れそうだからやめよう。

映画の適切な長さは90分だ異論は認めない。

ロア~奇妙な伝説シーズン1のステマするぞ

ググってみて「Amazon primeビデオ」のページが出てきたらそれだ。

この作品は、「ウォーキング・デッド」、「X-ファイル」の製作指揮者らがアーロン・マーンケの語る「伝承」をもとに、実際に起こった恐怖の出来事実写化したシリーズ吸血鬼や狼人間、人さらいなどのホラー伝説の裏に隠された真実が、衝撃的なシーンやアニメーション、記録とナレーションによって明らかにされる。

 

わかりにくと思うけど、昔のアンビリーバボーみたいなものホラーサイコオカルト

 

1. よみがえる死体

簡単に言うと、霊とか魂とかゾンビとかそこら辺。医学が発達してなかった頃の死の判定が曖昧だったことの恐怖。

とにかくオカルト好きは見てほしい。ホラーではなく結構人間ドラマというか。

 

2. 恐怖の手術

グロ注意。グロに耐性ない人は見ないほうが本当にいい。

内容は精神外科。その手術再現風景が何回か出て来る。個人的ロボトミー手術にはものすごい嫌悪感があるので見るのが辛かった。

しかしそのロボトミー手術をする人にも志があり、決してそれはマッドサイエンティスト自分のためにしたことではなかったのだろうと察すると、それはそれは胸を締め付けられる。

3. さらわれる女たち

アイルランド伝承を信じる人の話。

この話で一番思ったのは、「少しでも可能性があるのなら」と医療を信じず、土着信仰を信じてしまうことの怖さ。そして、伝承いかにして受け継がれるか。

一番の胸糞エピソード

 

4. 死者の音

個人的駄作

明らかにこの話だけ毛色が違う。降霊術ポルターガイスト。そういうのが好きならみてもいいんじゃないかな。

 

5. 心に巣食う獣

獣(モンスター)と獣のような人の話。

本当のモンスターは人。というようなオチで終わるので大体どういうストーリーかわかると思うけれども、狼という獣を恐れるからこそ、人は狼に憧れるのかもしれないと思った。

 

6. 封印された箱

ガチホラー注意。

映画チャイルドプレイ」の元ネタと言われているロバート人形を中心に、人形と人の関わり、なぜ人は人形に惹かれるのか。そして何故、人は人形生理的嫌悪感を覚えるのか…。

 

自分ボキャブラリーがないのでおかし感想しか書けないけれども、Amazon primeに入ってる人は是非見てほしい。

個人的に感じたのは冒頭でも述べた昔の「アンビリーバボー」。

呪いのなんたらとかそういうのを追い求めていた頃のアンビリーバボーが好きなら絶対に気にいるはず。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん