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はてなキーワード: ひとつとは

2018-10-22

anond:20181021093430

現代美術理解してることと頭の良さは関係ないんだけど、なんでこういう人が多いんだろうね。



一般人印象派以前の藝術も理解できないんだけど、あれらはまだ大衆的な要素を内在してるから、そっちだけを受け取ることはできる。

言ってることがよくわからない。理解っていうのは神話とかの寓意性のことかな?それとも絵画史の流れや歴史的な背景とかかな?研究者でもなければ解説で補えばいいんじゃないかな。


>それまで大衆的な要素+芸術的な要素だった美術絵画(彫刻)が、現代アートへと移行する時に大衆的な要素を切り捨てたのね。より純粋な藝術に進化するために。

さらによくわからない。コンセプチュアルアートミニマルアート派生してきたことについて言っているのかな。現代美術はどちらかというと、大衆的な美意識を取り込んできた歴史だと思うんだけどな。


>だから、それまで大衆部分だけを受け取って喜んでた一般人は急にわからなくなりヒステリーを起こした。

>だけど、藝術理解者は印象派以前にも藝術部分しか見てないか一般人が何を騒いでるのかわからない。

もっとからない…。歴史的に見ても、新しい表現表現がでてきて反発するのはまず芸術家というか、君の言う「藝術理解者」そのものなんだよね。



一般の人って、工芸品の凄いやつが現代アートになるとか勘違いしがちだけど(オタクアート論もその変奏)、全く質の違うもの

工芸品って、部屋をひすたらゴミひとつなく綺麗に掃除するようなものクリエイティブじゃない。

日本エリート(東大京大文系理系とか)って教養がない極東田舎者からクリエイティブ理解できない。すぐに「工芸品」を持ち上げる。怖いんだろう。自分理解できない藝術が。佐藤可士和デザインですら大多数は理解できないんだものあん教科書的なものですら。

うーん、話がごちゃごちゃだね。工芸品も現代アートになるよ。オタクアート論は関係ないよ。工芸ももちろんクリエイティブだし、掃除とは関係ないよ。

ただ、役所的なところで工芸というかテクニック重視のものが持ち上げられるのは仕方ないね、わかりやすいし理解も得られやすいからね。

佐藤可士和デザインは受け入れられていると言えるでしょう。個人的に残念だったのはザハかな。


>とにかくアジアって文化後進国なのね。トップ日本ですらこうなのだから東京"国立"博物館デュシャン日本美術脈絡なく展示してホルホルしてるレベルもの

アジア文化後進国と見なすような西洋中心的な視点から脱却しよう、というのがまさに今の現代美術のメイントピックの一つだと思うんだけど、大丈夫


>まず日本に生まれた時点で、現代アート理解するには圧倒的に不利。

それはそのとおりなんだけど、「アメリカに生まれた時点で萌えアニメ理解するのは圧倒的に不利」と言ってるのと同じなんだよね。それはそうでしょう。


アートって歴史上一度も大衆相手にしてないので。

>昔は王侯貴族宗教的権威で、今は超金持ち美術批評家

? 例えば聖人の像なんかは大衆啓蒙用だよね。想定してる歴史範囲が狭すぎるのかな。


民主主義恩恵で、一般人美術館で億の作品を数百円で見れるようになっただけで泣いて喜ぶべき。

? 民主主義関係なさすぎて泣いた。


>そしてあれは、将来のお客さんとアーティスト入り口としてやってるの。1000人に1人、将来アートに貢献する人材いるかもしれないと信じて。

そんなこと考えてる人いないと思うなあ。


金持ちにもアーティストにもなれない一般人はまあ、おこぼれで"文化的"コスプレしてインスタグラムでもやればいいんだと思うよ。

おこぼれ?文化的?の意味がわからないけど、コスプレいいよね。



アート勉強し始めの高校生とかかなあ。頑張ってね。

2018-10-21

全部ひとつ理論還元しようとするのやめろ!

もし理論に穴があったら誰か悪い奴が利用して社会を滅茶苦茶にしかねないか

戦争合法とか殺人合法とか堕胎合法とか言い出したらキリがない

真面目で優しいって時々悲しい

触れずにいられるはずだし触れずにいる方が楽だろうにそれでもちゃんと返してくれる人だから、信じて3年間頑張れたんだよなあ。

言葉を届けてそれが届いてもきっと何も変わらないとは思ってたけど、それでも伝えたいことがあって覚悟持って嘆願書に参加しました。裏切られたなんて少しも思っていません。時代自分達で作っていくものだという言葉は救いで、それでいて悲しい。

想像のつかない未来を信じるのは難しい。続いていくと思っていた未来を諦めて、変わっていく時代を生きれるほどの強さは年齢を重ねて失くしてしまった気がする。本当はわかったよ!頑張って!って笑いたいのに行かないでって泣いてばかりのファンでごめんなさい。

大事に、大切に、そのひとつひとつ言葉から優しさが溢れていて、やっぱり好きだなあと思いました。

つかこうやって泣いてた時間も、デビューするんだって喜んだ楽しかった春も過去の思い出になって、お酒を飲んだ時の笑い話になってしまうのかな。思い出だけで好きでいられるほど強くはないなあ。

みんな強くて、優しくて、眩しいなあ。結局好きでいて返せるものって何もないなあ。それでも好きだなあ。

はてな民が求めてるのってどんな世界なの?

最近はてな見てると

ある女性の見た目が好みであることを表明するだけで

性的搾取みたいに糾弾されかねない危うさを感じるんだけど

別に特定の誰かに魅力を感じるとき

その魅力に性的な部分…例えば男なら筋肉とかヒゲとかの男性らしさ、女性ならおっぱいが大きいとか丸みをおびた体付きとかの女性らしさみたいな、いわゆる「セクシーさ」が含まれていて

それを表明することって別に健全ではないと思うんだよね

(そしてそのセクシーさを自分の魅力のひとつとしてアピールすることも)

これはアウト!って否定的意見しか見ないから逆に聞きたいんだけど

はてな民の考える理想の男女関係っていったいどういうものなの?

一般の人は現代物理学絶対理解できない。

実を言うと、一般人19世紀以前の窮理学も理解できないんだけど、あれらはまだ直観的な要素を内在してるから、そっちだけを受け取ることはできる。

それまで直観な要素+数学的な要素だった物理学(古典物理学)が、現代物理学と移行する時に直観的な要素を切り捨てたのね。より純粋窮理学に進化するために。

から、それまで直観(あるいは初等幾何学的)部分だけを受け取って喜んでた一般人は急にわからなくなりヒステリーを起こした。

だけど、窮理理解者は19世紀以前から数学的部分も見てきたか一般人が何を騒いでるのかわからない。

一般の人って、俺理論の凄いやつが現代物理学になるとか勘違いしがちだけど(研究者オタク論もその変奏)、全く質の違うもの

理論って、現象をひすたらゴミひとつなく綺麗に近似するようなもの現象に必ずしも即していない。

日本衒学界隈(学識がないのに衒学したがる界隈)って何が学問の勘所なのかを知らないし倣う気もないから、アカデミズム理解できない。すぐに俺理論を持ち上げる。怖いんだろう。自分理解できない学術が。ニュートン力学ですら大多数は理解できないんだものあん教科書的なものですら。

とにかく日本って学術後進国なのね。文科大臣の人選ですらああなのだから板橋区では今でも下村博文当選し続けているんだから

まず人間に生まれた時点で、現代物理学理解するには圧倒的に不利。こんなこと言うと、「一般人にもわかやす説明できるのが一流ダー」みたいな恥ずかしい駄々っ子が沸いてくるけど、物理学って歴史上一度も人間相手にしてないので。

昔は時間のある貴族でかつ頭がいい人で、今は学術業績もこまめに出せて事務手続きも回せる八面六臂な天才

出版革命恩恵で、一般人図書館で万の作品を数百円で見れるようになっただけで泣いて喜ぶべき。

そしてあれは、人類未来のためにやってるの。知識のあまねく流布が人類全体の水準を底上げすると信じて。

傲岸不遜にして教えを乞う気もない元増田はまあ、おこぼれで腰を振りながらマウンティングダンスでも踊っていればいいよ。

https://anond.hatelabo.jp/20181021093430

切断処理信者は全員知能が低く卑怯例外はない

何かネット炎上した案件があると、必ず出てくる「切断処理信者。特徴的な発言は以下のとおり。

このような主旨の発言をしたやつらは、ぜったいに、かならず、一人の例外もなく知能が低く卑怯者です。

間違いはありません。

なぜ彼らは知能が低いと言えるか

切断処理」という言葉に明確な定義はありません。

しかしこの言葉を好んで使う人たちから推察するに、切断処理とは、

ある属性思想趣味・主張――ここから簡単に「グループ」と呼びます――に属する一部の人を、「この人は私のグループではない」「この人の行動はグループ全体の意向とは異なる」と表明し、あるいは攻撃することだと思われます

さて、この時点で知能の低くない皆さんはお気づきかと思います

一体、誰が、どの立場で「同じグループか否か」「このグループ意向は何か」を決めるのでしょう。

男、女といった属性はいうまでもなく、フェミニズムヴィーガニズムなどの思想だってスタンス解釈多種多様です。

たとえ宗教であっても、教典を定めているにも関わらず、解釈時代によって多くの派生が生まれますし、その派生のなかでもどれだけ敬虔かに個人差があるでしょう。

例えば企業社長のような、メンバーのはっきりした集団の長でもない限り、あるグループ代表して意向を述べたり、あるグループメンバーかどうかを他人が決めることは不可能です。

こんなこと、おそらく知能の高い皆さんには当たり前のことと思いますが、

切断処理他人に迫る人たちというのは、こんな当たり前のことさえわかっていないのです。

かわいそうですね。

でも、もしかしたら切断処理信者はいうかもしれません。

「何もグループ代表して言えというんじゃない、お前自身が何に賛同するか/何に反対するかを言え、俺が求めている切断処理とはそれだ」と。

でも彼らは気づかないのです。

その「個人個人主義主張」は、彼らの目の届かない範囲で日々無数に当たり前に行われていることに、

そしてそれを「切断処理信者」の目の前でやれ、と強要する大義などどこにもないことに。

いえ、その切断処理信者が、たとえばものすごい影響力のあるジャーナリストだとか、何万人にも発信できるメディアをもっているとか、そういうことであれば、「個人主義主張」を伝えることに、人によっては意味を見いだせるかもしれません。

しかし、「切断処理しろよ」と喚いているのはただのブックマーカーとかただの増田かせいぜいただのブロガーです。

そんなただの人に、「私個人はこう考えている」となんの代表でもない個人が伝えること。

それの、どこが、「切断」なのでしょう?

ある個人が、個人の主張を言うことを強要した。残った事実はそれだけだというのに。

けれど彼らはわからないのです、そんな程度のことが考えられないのです。

彼らは、ひとつの「グループ」に見えるものでも、実際には色々な立場と考え方があるということに耐えられないのです。

そういう処理能力の弱さを、知能が低いと言わずしてなんと言いましょう。

なぜ彼らは卑怯者だと言えるか

そんな知能の低い彼らは、どうして他人切断処理を迫るのでしょう?

それは、彼らが卑怯からに他なりません。

前述のとおり、ひとつの「グループ」に見えるものでもそのなかには無数の考えと立場があります。当たり前ですね。

しかしそんな当たり前のことを、切断処理信者理解できません。

それは知能が低いのが理由だとお伝えしましたが、もうひとつ理由があります

彼らは、本当はその「グループ」に興味がないのです。

炎上した案件に飛び付いただけで、

炎上する問題が出た背景も、その「グループ」にどんな考えの人たちがいるかも、全然興味がないのです。

彼らは、ただ炎上した案件に飛び付き、気持ちよく叩ける相手を叩きたいだけなのです。

しかし、その「グループ」をまるごと叩いてしまうと、他の人から自分が叩かれるのは目に見えています

から彼らはいうのです。

「いっしょくたに叩かれたくないのなら、問題を起こしたやつらを内部批判して別の名前をつけろ」と。

まり気持ちよく叩いても誰にも非難されない、そういうサンドバッグを作って自分差し出せ、と言いたいのです。

それが彼らのいう「切断処理しろ」の正体です。

他人を叩きたい、けれど自分は叩かれたくない。

差別をしたい、けれど差別主義者と言われたくない。

から同じ「グループ」に見える人たちに、「叩いていいグループ」の切断を迫るのです。

本当に卑怯気持ちの悪い考え方ですね。

なお、実際にはそんなことは不可能です。

前述のように、なにかを代表して発言することは、現実組織でない限りはほとんどすべての人にとって不可能からです。

また、炎上案件というのは傍目には分かりやすく誰かが悪者でも、その「グループ」に近しい人にとっては非常に複雑で簡単には解決できない問題が絡んでいたりします。

あるグループについて深く知れば知るほど、簡単に誰かを「切断」すれば済む問題など存在しないことに気づきます

大抵の問題は、まったく興味のない人間勝手断罪できるようなものではないのです。

これも、知能が高くできうる限り公正であろうとする善男善女のみなさんには当たり前のことなのですが、切断処理信者にはわからないのです。

悲しい生き物ですね。

切断処理をしたつもり」の人たち

しかし、切断処理信者バカ卑怯なくせに声だけは大きいので、

時に哀れな人たちが騙されて、言われるがまま「切断処理をした」と言おうとします。

たとえば以下の増田です。

https://anond.hatelabo.jp/20181015091744

オタク普段からオタクに悪い人はいない」と言ってるけど

徹夜組に対する対応を見る限り既に切断処理してる

コミケ禁止されている「徹夜組」、つまり前日から会場に列を作り並ぶ行為禁止されています

深夜に大量の人がたむろすることで近隣住民不安煽り、また現金精算が基本の即売会に並んでいるとあって犯罪の温床にもなりやすいからです。

しかし毎年徹夜で並ぶ人たちはあとを絶たず、これには毎年ネット上でも批判の声が上がります

まだ13日なのにコミケ徹夜組大量発生か!? 徹夜組へのメッセージが(画像で)集まる - Togetter https://togetter.com/li/860094

では、これでオタクコミケ参加者の「切断処理」は終了しているのでしょうか。

答えは「お前んなかではそうなんだろう、お前んなかではな」です。

もうちょっというと「は? だから???」です。

いくら画像大喜利徹夜組批判してみたところで徹夜組はいなくなっていませんし、近隣住民不安は消えません。

徹夜組対策のために実際に汗をかいているコミケ運営についたは畏敬の念に堪えませんが、

コミケ徹夜待機が「オタク」というグループが起こしている問題だということに一切変わりはありません。

彼らの大事な「切断処理」なんてその程度のものです。

仮に「切断処理をした!」と主張したところで、せいぜいがインターネット議論ごっこ武器程度にしかなりません。

そもそもがくだらないのです。

誤解しないでいただきたいのは、ルールについての草の根啓蒙否定するわけではないということです。

明確で正統なルールがある場合においては、みんなで少しずつ意識を高めていけるのはいいことです。

しかしそれを「切断処理」と呼ぶの馬鹿げていますオタク関係ないことになるわけでは、ありません。

知能が低く卑怯者のはてなユーザーをどうするか

このように、切断処理信者は頭が悪く卑怯インターネット上の議論しか興味のない、大変残念な人たちです。

では、同じ「はてなユーザー」というグループにそのような残念な人たちを抱えてる善男善女の読者の皆さんは、いったいどうしたらいいのでしょう?

答えは簡単です。

どうもしなくて、いいのです。

だって単にたまたま同じサービス使ってるだけの他人です。

あなたは、あなた主義主張を、あなたのしたい場所あなたのしたい相手にしていけばいい。

あなた賛同したいと思った意見賛同し、反対したいと思った意見に反対し、発言したくなければ発言しなければいい。

他人に「切断処理しろ」などと迫られる必要はありません。

切断処理信者のような残念な人たちを放っておいては、はてなユーザー全体がレベルが低いと思われ」ますか?

もし万一そんなやつがいたら、そいつもおろかな切断処理信者というだけです。

オタクも、フェミニストも、男も女もみな同様です。

ただ、ルールや法に抵触していたら、善男善女義務として粛々と通報しましょう。

また、あなた自身批判したいと思った場合はいつでも遠慮なく批判しましょう。

我々に必要なのはたったそれだけです。

偏見ヴィーガンを叩く人たちへ

マイノリティへの差別に敏感だと思われる場所で、ヴィーガンに対しては「◯◯人は頭が悪い」「◯◯は犯罪者予備軍」と同じようなレッテル貼りが平気で行われ、そのようなコメントが多くのスターを集めている光景を何度か見て悲しくなったので、この記事をあげます

偏見の解消に役立つのか、より悪い印象を与えてしまうのかはわかりませんが、「倫理的観点からヴィーガニズム」について書きます

まず、宗教上の理由からヴィーガンになる人はいても、ヴィーガニズムのもの宗教ではありません。宗教神話信仰に基づいていますが、ヴィーガニズム現実的認識科学的根拠に基づく生き方です。論理的考察によって動物搾取倫理的正当化できないと判断し、犠牲を減らすための次善策を実践することは合理的ではないでしょうか。一部の悪徳動物愛護団体などがカルト的主張・振る舞いをしているからと言って、ヴィーガニズムカルトとする理由にはなりません。また、ヴィーガニズム自然崇拝と相性が悪いです。

ヴィーガニズムへの反応では、事実に基づかない思い込み論理を飛躍させ、レッテルを貼って貶める人たちが多く見られますヴィーガニズムはよく宗教的だと言われますが、知識を得て考えようとせず、主観的な決めつけを盲信することこそ宗教的態度ではないでしょうか。実際のところ、「感謝していただくのが大事」「残さず食べれば供養になる」「人間特別理性的存在)だから、(肉食動物と同じように)動物を殺していい」「昔から続いている」「(畜産業は)自然食物連鎖の流れのひとつだ」「動物を食べないなら植物も」などの反論には筋が通っていませんし、宗教的考え方に近いです。

ヴィーガニズムは、「苦痛搾取を減らすこと」に重きを置いています。このことからなぜ牛乳や卵がダメなのかも理解できると思います

なので「命は平等なのに植物の命はいいのか?(植物も同じように尊重しろ)」というよくある反論はズレていますが、これには「それほど植物を大切に思っているなら、肉食をやめれば結果的に多くの植物の命を救うことができる」と答えます植物を持ち出す人は大抵、真面目に植物のことを考えているわけではないと思います。ただ肉食をやめたくないのだと思います。それなら「たとえ動物搾取し、環境破壊し、飢える人を増やすことになっても肉食をやめたくない」と言うほうが、自分エゴと素直に向き合っているだけまだましだと考えます

動物搾取に反対することと、ハンバーガーピザケーキアイスを食べることは両立可能です。葉っぱ生活を強いられるわけではありません。

ヴィーガニズムをよく知らない人々の反論は、同じパターンの繰り返しになっています論理的ものを考えることができれば、ヴィーガニズムについて筋の通った反論をするのは非常に難しいと気がつくと思います。なのでヴィーガニズムを斥けようとする人のほとんどは、理解を拒み、感情文化思い込みなどを盾にした詭弁に逃げたり、馬鹿にして取り合わないことで溜飲を下げたり、単なる罵倒に終始しているように見えます

搾取を低減するために自らの理念を広めて新しい生き方選択肢提示することよりも、自分快楽のために動物たちに苦痛と死を与えることのほうが「押し付け」がましくはないでしょうか。現実的認識に基づいて倫理と向き合い、動物搾取だけでなく食糧危機地球環境問題をも解決できる道を選んだヴィーガンより、それらの問題に関心を持ったことがあるのにもかかわらず、彼らを鼻で笑う人のほうが「偽善者」ではないでしょうか。

世界問題解決するためには、まずより多くの人にヴィーガニズムについて知ってもらう必要があります。それさえ気に障る人はいるでしょうが…。肉屋の襲撃などはヴィーガニズムを広める手段として認めることはできないです。迷惑まりないですね。

ヴィーガンになることを強要しません。しかし、せめて都合の悪いことに目を背け続けるのはやめませんか、と私は言いたいです。自分の暗い欲望に蓋をしてヴィーガン揶揄し、「精神異常者」「宗教的な過激派組織」「人間より動物大事な奴ら」などのようなヴィーガン像を広め、貶める態度ついて今一度振り返っていただきたいです。

最後に、肉食をすることは、畜産業における虐殺まがいの行いを支援することになります地球環境を守りたいなら、節水するよりも電気自動車に乗るよりも、肉食をやめるほうが効果的です。貧困に喘ぐ子どもたちを救いたいなら、募金するよりもヴィーガンフードを買うほうが貢献できます。かつて奴隷制が当たり前だったように、今は動物搾取が当たり前だとされています世界で多くの弊害をもたらしているにもかかわらずです。初めから完璧を目指さなくとも、少しのことから始める勇気があれば、前進できます。これらのことを心の隅にとどめておいてくれる人が僅かでもいるなら、私は嬉しいです。

一般の人は現代パンティーを絶対理解できない。

実を言うと、一般人パンティー以前のアナルパール理解できないんだけど、あれらはまだ大衆的な要素を内在してるから、そっちだけを受け取ることはできる。

それまで大衆的な要素+芸術的な要素だったアナルパール(腸酷)が、現代パンティーへと移行する時に大衆的な要素を切り捨てたのね。より純粋パンティーに進化するために。

から、それまで大衆部分だけを受け取って喜んでた一般人は急にわからなくなりヒステリーを起こした。

だけど、パンティ理解者は印象派以前にもクロッチ部分しか見てないか一般人が何を騒いでるのかわからない。

一般の人って、布面積の小さいやつが現代パンティーになるとか勘違いしがちだけど(Tバック水着パンティー論もその変奏)、全く質の違うもの

セクシーランジェリーって、部屋をひすたらゴミひとつなく綺麗に掃除するようなものクリエイティブじゃない。

日本エリート(東大京大文系理系とか)って教養がない極東田舎者からクリエイティブ理解できない。すぐに「エロ」を持ち上げる。怖いんだろう。自分理解できないパンティーが。トリンプデザインですら大多数は理解できないんだものあん教科書的なものですら。

とにかくアジアって文化後進国なのね。トップ日本ですらこうなのだから東京"国立"パンティー館がパンティストッキングとふんどし脈絡なく展示してホルホルしてるレベルもの

まず日本に生まれた時点で、現代パンティーを理解するには圧倒的に不利。こんなこと言うと、「一般人にもわかやす説明できるのが一流ダー」みたいな恥ずかしいガーターっ子が沸いてくるけど、パンティーって歴史上一度も大衆パンピー)を相手にしてないので。

昔は王侯貴族宗教的権威で、今は超金持ち美術批評家

民主主義恩恵で、一般人もランジェリーパブで億の作品を数百円で見れるようになっただけで泣いて喜ぶべき。

そしてあれは、将来のお客さんとパンティストの入り口としてやってるの。1000人に1人、将来パンティーに貢献する人材いるかもしれないと信じて。

金持ちにもパンティストにもなれない一般人はまあ、おこぼれで"文化的"コスプレしてインスタグラムでもやればいいんだと思うよ。

anond:20181021093430

一般の人は現代アート絶対理解できない。

実を言うと、一般人印象派以前の藝術も理解できないんだけど、あれらはまだ大衆的な要素を内在してるから、そっちだけを受け取ることはできる。

それまで大衆的な要素+芸術的な要素だった美術絵画(彫刻)が、現代アートへと移行する時に大衆的な要素を切り捨てたのね。より純粋な藝術に進化するために。

から、それまで大衆部分だけを受け取って喜んでた一般人は急にわからなくなりヒステリーを起こした。

だけど、藝術理解者は印象派以前にも藝術部分しか見てないか一般人が何を騒いでるのかわからない。

一般の人って、工芸品の凄いやつが現代アートになるとか勘違いしがちだけど(オタクアート論もその変奏)、全く質の違うもの

工芸品って、部屋をひすたらゴミひとつなく綺麗に掃除するようなものクリエイティブじゃない。

日本エリート(東大京大文系理系とか)って教養がない極東田舎者からクリエイティブ理解できない。すぐに「工芸品」を持ち上げる。怖いんだろう。自分理解できない藝術が。佐藤可士和デザインですら大多数は理解できないんだものあん教科書的なものですら。

とにかくアジアって文化後進国なのね。トップ日本ですらこうなのだから東京"国立"博物館デュシャン日本美術脈絡なく展示してホルホルしてるレベルもの

まず日本に生まれた時点で、現代アート理解するには圧倒的に不利。こんなこと言うと、「一般人にもわかやす説明できるのが一流ダー」みたいな恥ずかしい駄々っ子が沸いてくるけど、アートって歴史上一度も大衆相手にしてないので。

昔は王侯貴族宗教的権威で、今は超金持ち美術批評家

民主主義恩恵で、一般人美術館で億の作品を数百円で見れるようになっただけで泣いて喜ぶべき。

そしてあれは、将来のお客さんとアーティスト入り口としてやってるの。1000人に1人、将来アートに貢献する人材いるかもしれないと信じて。

金持ちにもアーティストにもなれない一般人はまあ、おこぼれで"文化的"コスプレしてインスタグラムでもやればいいんだと思うよ。

私、増田はうんちを狙われています

なぜ、ブクマカに、うんちを狙われているのかはわかりません。

ただひとつ判る事は、アノニマスダイアリー匿名性と関係があると言う事です。

増田増田増田の一味。

他にも増田が4~5人以上。

黄色スターを所有。

どうしてこんなことになったのか、私にはわかりません。

これをあなたが読んだなら、その時私は漏らしているでしょう。

・・・ブクマがあるか、ないかの違いはあるでしょうが

これを読んだあなた。括約筋を締めてください。

それだけが 私の望みです。

                  ―――増田

anond:20181021051932

ただ単純にプログラミングを覚えても、人に使われておしまい

ひとつだけ言えるとするならば、世の中は需給関係というものでなりたってるんだよ。

から世の中に大きな需要があって、対して供給量が少ないと価格は上昇するわけ。

DS曲線の交点Pってやつだよ。

まりプログラミングは、そういうことを分析するための元データ必要作業自動化ってところに使う。

その作業自動化をするならなんの言語が最適かってことを考えれば選ぶことができると思うよ。

https://anond.hatelabo.jp/20181020130536

逆にフェミニズム界隈の人はVtuberムーブメントを正しく理解できているのかな。

従来から女性が担ってきた役割から女性解放して平等公平な世界を作るのが根本解決ではあるけれど、それにはとても長い時間がかかる。

じゃあということで、Vtuber仮想的な見た目・性別を手に入れることで、手っ取り早く自分女性としてではなくひとりの人間として扱ってもらえる、というのがVtuberになることの大きな理由ひとつだ。

まりVtuberは、従来から〇〇が担ってきた役割から解放という意味がある。

男性女性、はもちろん、不細工でもナードでも美形でもマッチョでも、現実世界では見た目から期待されるふるまいから逃れることはできない。

その点おっさん少女Vtuberになることで、マイナススタートではなく最初から普通に興味を持ってもらえる。

普通女性アニメキャラになることで、美醜や年齢の偏見なしに話を聞いてもらえる。

コスプレもわりとそういう部分があったけど、やっぱり顔立ちやスタイルの影響から逃れることは難しい。

その点Vtuberは完全に自由だ。

Vtuberであれば、女子アナにも、田原総一郎にも、黒柳徹子にもなれる。

そこから先の話芸は実力だけど、こんなにもフェアに実力で勝負できる世界があることにみんな喜んでいる。

そういうさまざまな役割から解放象徴キズナアイであることを理解していると、あんな雑な論じ方はとてもできないと思うんだけどな。

anond:20181021004125

数年前は白菜ひとつで100円だったけど今は1/4で100円だものなあ

時期的なもんか?

2018-10-20

anond:20181020144825

今はまず男が女を、女が男を、商品やモノではなく人間なのだと、はっきり理解するところから地道に進めていけたらいいですね。

からさまに非人道的な扱いをするとかそういうのは勿論駄目だけど、

場合によっては人間やその要素が商品という設定になったり、

また現実として人間物理実体を持つ存在である以上仕方ない範囲で「モノ」になる場合もあって、それも人間たることの要素のひとつなのに

そこを無視するというのはそれはそれで「人間性」があまり丁寧に受け止められてないって思ってしま


例えば、

かなりの割合人間はその労働力商品として生きている。

また物理存在である身体を持って、「モノ」であるがための制約を受けながら生きているのが現実だ。

言い換えれば、人間というのは単に「精神」的な部分だけではない。

もちろん、こういうのが絶対的に良い要素でしか無いと言いたいわけではない。そのせいでいろいろ弊害があるのは理解してるつもり。


まあ、もとより人間性なんて知ったことかみたいな態度な人ならある種そういうの雑でも仕方ないんだろうけど

まさに人間性を重要視せよと思ってると扱われても仕方ないようなこと言ってる人だとなんかかあと

権利のせめぎあい

プロ著作物アイコン無断使用 ツイッター社に情報開示を命じる

http://news.livedoor.com/article/detail/15469647/

いわゆる画像パクリ普段から見てストレスを溜めている人が多いのか、この判決については好意的コメントが多いようだ。

そこについて何か言いたいことがあるわけではない。ただ、この写真家について私には書かないといけないことがある。

数年前、私の姉のところに突然この写真家から五万円を求めるコンタクトがあった。

姉が行ったことはただひとつ。その写真家写真プロフィール画像にしたわけでもなく、ヘッダー画像にしたわけでもない。

ただそのサイト内の、気に入った写真が載っているページのURLFacebookで公開しただけ。

向こうの言い分としては、今回と同じ。

Facebookで該当サイトへのリンクを張った時に自動で行われる画像の取得及びサムネイル化とトリミングが、著作物同一性保持権侵害しているとの主張である

Facebookにより機械的に行われている作業であることかどうかは関係ない、というところも今回と同じ。

(当該サイトリンクを張っただけではてな迷惑が掛かる可能性があるのでここでは直接リンクは貼らないが)写真家サイトには最高裁まで争った上でNHKに勝訴したとの記述があり、姉への連絡の文章内にも同様の文章があった。

この場合法律が味方をしてくれないのだから法テラスなどへの相談無意味なわけだ。あらかじめ「抵抗無駄だ」と書いてあってひじょうにしんせつですね。

熟考したが、対抗手段が本当にない。払うしかない、と姉に言わざるを得なかった。

個人としての意見を言わせてもらえば、こんなことは社会正義的にありえないし、Web全体にとってのプラスマイナスとしても、明らかに害だと思う。

悪意のない紹介リンクでこの人から5万円をもれなく請求される世界を、みなさんはお望みですか?

未だに思い出すたびに腸が煮えくり返るほどの憤りを感じているし、いくらでも罵詈雑言を思いつくが、相手相手なのですべてが訴訟で返ってくる可能性が高い。そのためここではただ事実のみを記した。

でも、やっぱり一言だけ。

法が許しても、私はこの男を許さない。一生。絶対に。

anond:20181020033935

(火がでるアイテムではなく書く方)

炎上と引っかけてるのだとしたらうまいシャレだと思った ★ひとつ

KYBの偽装データ文書廃棄につき財務省本省庁舎調査不能という事態

調査が出来ないところがかなりあるらしい

その理由文書管理の不徹底さによるという


その調査不能対象ひとつ財務省本省庁舎だという


因果応報というべきだろうか

2018-10-19

アニメキャラ敵も味方も全員美形

アニメビジネスにするためのたったひとつの正解

好きな同人作家さんがいた。

オリジナルやあまり規模の大きくない二次ジャンル活動していた字書きさんで、

自分特にその人のオリジナルが好きだった。

二次創作も好きだったけど昔の作品は消してしまわれた。


でもオリジナル作品だけでも膨大な量を書いていた人だったし

コンスタントに新作を発表してくれる人だったし、

昔の作品もまた読みたいなあと思うことはあっても

今の作家さんのスタイルに物申す気には全然ならなかった。


本当に素敵な作品を書く人なんだけど、

活動しているジャンルがあまり大きくなかったこともあってか

ツイッターフォロワー数とか支部ブクマ数とかは

そこまで大きな数字になる人ではなかった。


もっとこの人の作品が皆に知られればいいのになあと思っていた。

もっとたくさんのファンがつくべき人なのになあと思っていた。


知人にその人の作品を紹介したりもした。


新作が公開されたらその感想を送ったりもした。

読者からの反応を喜ぶ人だったから、活動エネルギーになればいいなと思って。

あなた作品をこんなに素晴らしいと思っている人間がいますよってこと

その人に知っていてほしくて。


実際のところ、その人が何を思いながら活動していたのかは分からない。

ネガティブなこと全然言わない人だったから、

感想うれしい!みたいなことは言っていても

反応なくて悲しい、みたいなことは言わなかった。


言わなかっただけなのか、

反応なくてもガンガン活動していけるタイプの人だったのかは分からない。

でも自分が送った感想でその作家さんが喜んでくれるとうれしかった。




最近、その作家さんがとある巨大ジャンル二次創作を書いた。



もう顛末は察せられると思うんだけど、すごかったらしい。反響


私はそのジャンルちょっと趣味に合わなかった。

この作家さんが書いた二次創作も読んだけど、どうものめり込みきれなくて

本能がヤダって言ってるのを無理やり押さえつけて読む、みたいな読み方しか出来なくて

結局ひとつかふたつくらいしか読めずに終わってしまった。


多分、今はひとつふたつどころか何十も作品を書かれていると思う。

筆が早い人だから

それでいてクオリティも高い。


やっぱりみんながその作家さんを好きになった。


ブクマ数が見たことのない桁になってた。

ツイッターフォロワー数も

そのジャンル作品を書く前の5倍くらいになってた。


自分感想を送らなくても、拍手返信にいつも忙しそうにしている。

いつもとても嬉しそうにファンコールに応えている。




望んでいたことが起きたはずなのに、全然喜べなかった自分がいた。



自分のあまり好まないジャンルでその人がバズったか

こんなもやもやしてるんだろうなー、と思う。

わりと雑食な自分ピンポイントで読めないジャンルだったから尚更。


自分が読める作品でその人が有名になってくれたのなら

諸手を挙げて喜べたのになあ、と思う自分がいる。


その一方で、本当にそうだろうか、と思う自分もいる。


みんなに魅力を知ってほしい、と表では思いながら

その一方で「自分けが知っている素晴らしい作家さん」というもの

お門違いな優越感を覚えていたんじゃないだろうかとか。


その人の書くものなら何でも好きだと思っていたのに

ジャンルに興味が持てないから読めない、なんて

自分の好きの気持ちはその程度だったのかとか。


そんなことないと思うんだけどなあ、と

無意味な自問自答を繰り返している。



あの人が書く文章のものは今も大好きなのになあ。



みんなが好きだと言うようになったあの人の作品

自分も好きだと言いたかったなあ。



今回の作品も最高でした!って拍手送りたいなあ…。



そのジャンルについて語ってるあの人のツイート

いいね一杯飛ばしたいなあ…。



好きな人の好きなものを好きだと思えないことが

こんなにつらいことだなんて知らなかった…。



どうすればつらくなくなるのかなあ…。

横山由季子「ブロックバスター展は善か、悪か」を批判する

 美術手帖で連載中の「シリーズ:これから美術館を考える」の第6回、横山由季子(金沢21世紀美術館学芸員)による「シリーズ:これからの美術館を考える(6) ブロックバスター展は善か、悪か|MAGAZINE | 美術手帖」。一読して何が言いたいのか理解し難かったが、それもそのはず、書いている本人が考えがまとまらないと言っているのだった。

まとまらない考え、逡巡をそのまま書いてしまいましたが、現状を共有することで、今後の共催展、ブロックバスター展について考えるきっかけになれば幸いです。

https://twitter.com/blanche1002/status/1051094298815430659

 「考えまとめてから話せ、バカ」で済む話ではあるけど、一部好意的に受け止められている様子もあり、少しこだわってみたい。

 まず、かなり気に食わないことの一つに、ブロックバスター展について「善か、悪か」と問うている点がある。「善悪」というのは倫理道徳的価値判断であり、展覧会評価をするにあたってはなじまない言葉である。「是非」でよかったはずだ。にもかかわらず、横山は敢えて「善悪」という強い言葉を用いた。その理由は推測することも可能だが、不要から止めておく。ただ、私自身は「善か、悪か」という問いに答える気にはならないし、また応じて「ブロックバスター展は悪だ」と言っている人がいたら異様だと思う。些末な問題ではある。しかし、筆者の立ち位置や考え方が無意識に出ているように見受けられる所、注意を要する点である

 次。筆者はタイトルで「ブロックバスター展は」と議論対象提示する。そして文中で「ブロックバスター展」の定義を明確に行う。ここまではまったく素晴らしい。だが、なぜか横山は文中でブロックバスター展以外についても語り出してしまう。こんなわずか短い文章にもかかわらず、その対象を固定することすらできない。大丈夫なのか、この人?

 実際に対象になっているのはブロックバスター展と共催展である。前者も後者の一部だが、このうち60~70万人ほどを動員したものを指すと定義している。もちろんそれ以上動員した場合も含まれるのだろう。また、共催展以外でこの規模の動員は不可能と考えられる。すなわち、60万人以上の動員を記録した展覧会ブロックバスター展だと言っていい。明確だ。

共催展のなかでも、とりわけ規模が大きく大量動員が見込まれものは「ブロックバスター展」と呼ばれる。ブロックバスター展の基準について100万人以上の動員としている記述もあるが、近年ではさすがにそこまでの来場者を集めた例はないので、ここでは60〜70万人規模の展覧会ととらえることにしたい。広報会議メディア担当者と話していても、60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚がある。

 共催展一般共通するものであるならば、わざわざ分ける必要はない。だが、60万を越える規模になると、単に量の違いではなく、質の差が出るようだ。「60万人あたりがひとつ分水嶺になっているような感覚」というのはそういうことだろう。ならば、「ブロックバスター展」と呼び分けることに意味が出るわけだ。

 しかし、結局筆者が俎上に乗せるのは共催展一般であって、ブロックバスター特有問題についての指摘はわずしかない。筆者は読者にブロックバスター展のみに絞って考えて欲しいのか、それを含めた共催展一般について考えて欲しいのか不明である。というよりも、筆者自身の中で、その程度のことすら整理できていないのではないかと思われる。

 そんな筆者横山が共催展やブロックバスター展の「現状」についてどのように認識しているか批判的に捉えているか文章引用しつつ細かく見ていこう。

ブロックバスター展はその華やかな話題性によって、普段美術館に足を運ばないような人が展覧会を訪れるきっかけをつくり、美術裾野を広げているという側面もある。そのいっぽうで、やはり集客のために打ち出される広報の数々は「イベント」としての側面を強調するものであり、一過性の消費で終わってしまうのではないかという危惧がつきまとう。

 一過性の消費の何が悪いのかさっぱり分からん人生は短い割に、世界はあまりにも豊かだ。誰しもが、美術とがっぷり四つに組んでいる暇があるわけではない。すべてのことに入れ込むことはできないわけだ。学芸員成るほど美術真剣に取り組んでる横山も、例えば音楽とか、芝居とか、映画とか、ほかのジャンルに関しては一過性の消費で済ませていたりするわけでしょ? 美術に対してそういう態度をとる人たちを批判する権利なんかないわな。

そして現場学芸員は、採算性と学術性を両立させるという大きな矛盾に直面することになる。

 ブロックバスター展やそれに準ずる共催展に足を運ぶ人の多くは、作品を見に来ているのね。有名作に心踊り、傑作に胸を打たれに来てる。学術性とか、正直無くても構わないとすら思っている。

最近ではメディア側も展覧会事業にこれまでになく採算性を求める傾向にあり、10万人を動員する小規模の企画を年に何本も実施するよりも、大量動員が見込めるブロックバスター展を1本開いたほうが、労力的にも資金的にも報われるという事情もあるだろう。

 共催展の数を減らして、ブロックバスター展に集約していると読めるけど、事実なのか?

あくまでも組織としては採算性が優先されることになる

 当たり前なのでは。

ここで、そこまでの費用をかけてまで、海外作品を借りてくる必要があるのかという問いが生じるだろう。国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ。実際に、近年では国内の所蔵品を中心に見ごたえのある展覧会が多く企画されている。

 ブロックバスター展や美術館展など、学術性の低い展覧会批判する人って、だいたい欧米によく行っていて、そこで十分に作品を見ている人なんだよね。だから、そういった展覧会が名作や有名作を持ってきているということ自体意味を見いだせないわけだ。でも例えば、今後10年間、海外所蔵の作品を見ることを一切禁じるって言われたら、我慢できるの? できないでしょ。できないなら「国内美術館にも豊かなコレクションがあり」とか言って欲しくないよね。子供仕事で忙しい人、貧乏人、障害者、老人。誰しもが気軽に海外に行けるわけではない。そういうところにブロックバスター展の意味の一つがあると思うんだよな。弱者に優しいという点を鑑みれば、筆者の問いかけに「ブロックバスター展は善である」と答えることも可能かもしれない。

共催展の広報において差し迫った課題は、いかにして若者展覧会に足を運んでもらうかということである。とりわけブロックバスター展を支えているのは、バブル期以降の大型展に足を運んできた50代以上の世代であり、メディア側も確実な集客を見込んで、この年齢層に的を絞った広報戦略を立てることが多い。しかしながら、このような目先の集客ばかりを求める広報が続くようであれば、美術館展覧会未来はそう長くはないであろう。

 若者じゃないから分からないけど、どっちかというとやはりブロックバスター展の方が若者リーチしていて、それより規模の小さい共催展に問題がある気がするけどなあ。今なら例えばフェルメール展とルーベンス展。

近代美術の延長線上に現代美術位置づけ、両者を結びつける作業は、やはり美術館が担うべきものである。そして、村上隆草間彌生などの知名度と人気を誇るごく一部の作家を除いて、メディア現代美術展に出資することは考えにくい。美術館が主導して近代美術現代美術をつなぐ展覧会企画したり、現代美術一般へと浸透させる持続的なプログラムを行うための体制づくりや予算が求められる。

 これはブロックバスター展や共催展の問題じゃないよね。美術館学芸員が怠けていたからこういう状況になったんじゃないの? 「国内美術館にも豊かなコレクションがあり、それだけでも十分に展覧会は成り立つ」んでしょ。美術館主催粛々とやってればいいのでは。

数十万人の来場者を想定したブロックバスター展の場合、あまり大胆な切り口を提示することは難しく、個展であれば年代主題ごとに画業をたどるようなオーソドックス構成となりがちだ。先行研究調査をふまえた新たな視点を、カタログ論文作品解説のなかで示すことはできても、展覧会構成全体に反映するにはいくつものハードルがある。とりわけオルセー美術館ルーヴル美術館からまとめて作品を借りる場合は、これらの美術館学芸員が監修を務めることが多く、そのことによって企画自由度が低くなるという側面もあるだろう。

 そういう学術性は不要なんだって。単にいい作品を持ってくればいいの。学術性を発揮したいのであれば美術館主催の展示でやればいい。それでは自分能力が十分に生かされないと感じるなら本場の美術館就職してください。あと、日本学芸員よりオルセーやルーヴルの学芸員の方が信用できるから、その場合は口出さなくていいよ。

オルセー美術館には各所蔵作家の膨大な資料が集められており(ルノワールだけでざっと50箱以上はあり、フランス語だけでなく、英語イタリア語ドイツ語スペイン語、そして日本語や中国語韓国語資料網羅されている)、それを日々リアルタイム更新していくドキュメンタリストたちがいる。学芸員は彼らの協力を得て調査研究に勤しみ、その成果が展覧会に反映される。この蓄積こそが、オルセー美術館の、さらには今日における世界的なフランス近代美術の人気の礎なのである。これは一朝一夕に実現されるものではなく、長期的な視点に基づいた、たゆまぬ歴史化の作業の賜物といえよう。

 日本フランス絵画についてオルセーと張り合う必要なんかないよ。自国美術研究環境が貧弱なこと(いろいろ話を聞くに相応の事実だろう)については悲しむべきことだけど、西洋美術基本的に横のものを縦にしてればいい。もちろん立派な研究をなしとげれば敬意を表するが、俺達のブロックバスター展を研究発表の場として利用してくれるな。

 私はブロックバスター展やそれに準ずる規模の共催展を楽しんでいるのだ。それを学芸員風情の浅薄な考えや安っぽい使命感によってぶち壊さないで欲しい。日本に居ながらにして傑作や有名作を鑑賞することができる。これだけでブロックバスター展は素晴らしいものなんだ。ということを学芸員玄人気取りに理解してもらいたいのだが、なかなか難しいのかもしれない。

適応障害休職になった男のリハビリ日記1

前段の話

大手SIerの半研究開発職/半SEみたいなポジション仕事していた者です。

一応昨年度の新卒で入ってますが、業界は初めてではなく大学時代も細々ベンチャーで開発職したり、フリーSEしてました。

今の会社入社すると同時に結婚して、今は妻と2人暮らしです。

ただ妻はいわゆるボーダーで、パニック障害持ちでうつ病と少々厄介でした。

そんな感じの背景のある人間です。

本題

ある日、酷い頭痛発熱、全身の極端な倦怠感、強い動悸に襲われました。数日経っても改善せず病院に行きましたが病理的な原因は不明です(やや数字には出ていたのですがそもそも数日間食欲もなく水分もろくに取っていなかったので…)。

その後もあれよあれよと言う間に色々な検査を受けて最後精神科で掲題の診断に。

実は精神的な問題には心当たりがありません。会社も決してブラックではなく、もちろん妻のことは大変でしたがそれでもなんとか。強いて言えば妻は働ける状態ではなかったので、お金の面がじわじわ不安になってきた程度です。

それでも、事実として身体に症状が現れ、夜は眠れず、朝起きれば意味もなく(良い歳して)泣いて…。

あと自殺念慮というやつが私には今ひとつ分かっていなかったのですが分かったかもしれません。死にたいと思っているつもりはないのですが、自分電車に飛び込む映像、首を吊る映像ベランダから飛び降り映像…こういったものが繰り返し頭をよぎる(あるいは脳内再生していた)状態でした。

うつ病の妻を持っていたので、この手のことには詳しいつもりでいたのです。しかし、自分のこととなると意外と分からないものなのでしょうか。

自分も今でこそ、そんな風に客観的に書ける余裕がありますがその当日は「休職だけは勘弁だ」とか「死んでもいつも通りの生活する」などと騒いでいたそうで…(笑)

夕方比較調子が良いのと、セパゾンを飲んでるのが効いているのかなぁ…今は落ち着いて書けますね。

ごめんなさい、結論がまだでした。

休職1ヶ月を申し渡されました。

これが本題です。

休職1ヶ月のリアルは、主治医曰く

3割が復帰、3割がさらに延長、3割が今の仕事生活からドロップアウトといった感じらしいです。

私は復帰の3割に入れることを願い、行動しようと思います

適応障害と診断され、1ヶ月の休職になった会社員が本当に1ヶ月で復活するアーカイブとなれば良いかもしれない。あるいは、その難しさに挫折して違う道や、時間をかけた戦いに戦術変更するアーカイブとなっても良いかもしれない。

いずれにせよ、予想外の病に抗う匿名ブロガー不定期な日記をここに残していくことにします。

そして、最後自身方針を是非はともかく残すことにします。

薬物的な方針
行動とかの方針

薬物的方針主治医とも色々相談した上で…眠れないときアルコールで寝てしまうよりは…ということに。

SSRISNRIは相性問題も難しいですし、急性期の抑うつには難しいので一旦は無しで合意しました。

行動の方針はもう実行してますが…これは次の日記で。

具体的には会いたい人で、その上で会ってくれるという人には積極的に会って行くことにしました。あと大学時代研究室に少し、お世話になって勉強も。

今回の日記はそういった前置きの話で置いておきましょうか。

から本当の本当に日記になると思います

ちなみに次の日記には、大学時代お世話になった全然畑違いの先生に会いに行く話だと思います

今回のはここまで。

2018-10-18

話題会社インターンしていたときの話(フィクション

※この話はすべてフィクションです。実在企業人物とは関係ありません。

追記10月19日午後5時

ブクマ数に驚きました。

ブコメもすべて読ませていただいてます

ありがとうございます

いくつか補足させてください。

小上さん(仮名)たちの行動について

本文で書いたとおり、私個人は小上さん(仮名)に対して良い印象がありません。

ただ、今回の小上さん(仮名)たちの行動自体好意的に捉えたいと思ってます

今回の報道がなければ多くの人があの会社のことを知ることはなかったでしょうし、私もOさんの件を耳にしなかったはずです。

これまで私があの会社のことで辛い思い出を抱えつつも発信できなかった理由ひとつに、「自分が感じているほど大した問題ではないんじゃないか?」という疑念があったんだと思います

いわゆる正常化バイアスなんでしょうか。

ただ、今回の件に対する世間の反応をみて、また記事客観的に読んだ私個人感覚としても、やはりあの会社はめちゃくちゃだったんだと、ようやく確信できました。

今回の件、小上さん(仮名)たちが主張している内容が真実かどうかはわかりません。

でも、以下に書いたような私個人体験と照らし合わせると、彼らの主張の多くに真実味が感じられます

それと、社長よりも小上さん(仮名から叱責を受けることのほうが回数としては多かったと書きましたが、心の傷の深さでいえば、社長によって負わされたもののほうがずっと大きいです。

本文にも書いたように、回数こそ数えるほどでしたが、1回1回が大きなトラウマになっています

ネットの関連記事でも小上さん(仮名)の写真は見れても、社長の顔は未だに正視できません。

私はあの会社を離れて以来、関西弁を喋る男性自体に苦手意識が芽生えてしまいました。

関西の人、ごめんなさい)

気持ちが途切れた大きな理由

本文で、辞めた理由気持ちが途切れた理由をいくつか挙げましたが、ひとつ大事なことを忘れてました。

ある営業先の担当者の方と1対1で打ち合わせしていたときのことです。

改まった口調でこう言われました。

あなた方の会社・・・怖いんです。普通私たち担当者と話をしてから順番に進めていくのに、いつもいきなりうちの社長との間で結論を出してしまって、それから私たちのところに話がトップダウンで降りてくる。だから怖い会社って印象なんです」

ショックでした。

業界を良くするための仕事と言われて、それを信じてやってきたのに、実際のところ私たち営業先へだまし討ち同然の行為をしているだけなんじゃないか

営業電話も、ほとんどの相手先で嫌がられながら何十何百件と片っ端からかけている。

(後になって、別の職場営業電話を一日に何度も受けては断る立場経験し、あらためて営業電話の鬱陶しさを実感しました・・・

あのときに言われた言葉が、自分のしている仕事に疑問を抱く大きなきっかけでした。

追記ここまで)

9年前、私がとある会社インターンしていたときの話です。

9年も前なので私の記憶違いもあるでしょうがショッキングなことが多く、その後何度もフラッシュバックしているので大筋は間違っていないと思います

インターンについて

当時、その会社では新卒営業職を募集しており、私を含めた数名が、選考過程で在学中にインターン営業の実務に携わっていました。

インターン自体は珍しくないと思いますが、この会社では「職業体験」ではなく、「採用条件」でしたし事実上の「労働」でした。

採用過程

私のときはこういう過程だったと思います

  1. 説明会エントリーシート持参)
  2. 社長面接
  3. インターン

リーマンショック直後だったので当時の就活はみんな必死でした。

この会社説明会にも大勢集まっていた記憶があります

ただ、ES選考で大半の人がふるい落とされて、面接まで行った人はごく一部だったようです。

面接会社事務所で、社長と一対一でした。

社長は大柄で存在感はありましたが、話してみると関西弁の軽快な口調で物腰柔らかく、第一印象は悪くなかったです。

アニメ漫画雑談が中心で、面接通過の連絡をもらったときは、どこで合格が決まったんだろう?と不思議でした。

 

私の代はインターン制度の2年目だったと思います

私は大学3年の冬にインターン入りしたので、ひとつ上の学年にも4年生で在学中の内定者が3,4人いました。

私の同期は最初6,7人くらいいたと思いますが早い段階で抜けた人もいたので正確な人数は覚えていません。

 

仕事内容

インターンの主な仕事は以下でした。

  1. 営業電話をかける
  2. 会社主催する業界交流会への招待・運営
  3. 業界内の会社同士のマッチング
  4. 求人広告営業

2も3も最終的な目的は4です。

今はわかりませんが、当時の会社事業求人広告がメインだったと記憶しています

(他にもクリエイター支援ゲーム攻略サイトなどもやっていると説明会で聞きましたが、私たちノータッチでした。)

 

営業電話

会社リスト電話マニュアルを手にひたすら電話

1日に数十件かけるのは当たり前でした。

電話個人携帯を使うので、電話代も本人持ち。

電話代は申請すれば出るみたいな話もあった記憶がありますが、(当時はかけ放題プランが無かったので)電話代の請求額に青くなった覚えもあるので、本当に電話代を貰えていたかどうか曖昧です。

事務所から電話することもありましたが、出先でも自宅でもどこからでも電話をかけてました。

初めての会社宛でも社長と知り合いであるような調子でかけるよう指導された覚えがあります

 

業界交流会への招待・運営

上の営業電話の流れで、会社不定期に開催している業界交流会への案内をすることが多かったです。

どこかパーティー会場で交流会をやっていたそうですが、私は運営に参加できなかったので詳細を知りません。

 

業界内の会社同士のマッチング

「こういうことができる会社と知り合いたい」と言っている会社に他の会社を紹介する仕事です。

私自身に何も伝手がなくても、上司には名の知れた会社との付き合いがあったので、このマッチングは喜んでいただけることも多く、やりがいがありました。

 

求人広告営業

一番大事仕事ですが、安くはない金額契約なので一番苦労しました。

ここで成果を上げることが採用の条件でした。

なので、広告を出してもらうことが事実上ノルマだと解釈していました。

 

業務請負契約

インターンは全員、会社業務請負契約を結んでいました。

全員に契約書を渡されてその場で印鑑を押しましたが、ちゃんと読む人はいなかったですし、詳しい説明もなかったと思います

 

条件で覚えているのは、日給+成果報酬制だったことです。

日給はたしか1000~2000円くらいだったと思います

時給ではなく日給です。

成果報酬は、求人広告が成約したときにもらえるものでした。

この当時は貯金がどんどん目減りしていた記憶があります

 

人間関係について

社長

先に書いたように第一印象は悪くなかったです。

私たちに気前よく食事を奢ってくれることも多く、客先に同行してもらうと大抵の交渉も良い方向に進みました。

ただ、気に入らないことがあったときの身内への当たり方はすさまじかったです。

それと、当時から読書量は自慢の種でした。

 

幹部A

社長大学の同期。

当時は会社ナンバー2だったと思います

仮に小上さん(仮名)とします。

私のイメージでは社長とまったく同じ思想・行動原理の人で、社長よりむしろこの人のほうが私たちに厳しく当たることが頻度でいえば多かったです。

当時の印象しかないので、この人が社長反旗を翻すとは思ってもみませんでした。

 

幹部B

社長や小上さん(仮名)よりも数歳年上の男性幹部

先の業務請負契約などはこの人の担当だったと思います

この人も社長同様に激昂型でした。

特に男性に厳しかった印象です。

同期の男性がめちゃくちゃに怒鳴られている現場に何度か居合わせたことがあります

今はこの会社にいないのでしょうか。

 

新卒メンバー

新卒の1つ上の先輩だった人が副社長になっていたので驚きました。

9年前の時点でリーダー立場だった覚えはありましたが、小上さん(仮名)より上になっているとは思いませんでした。

 

同期は良い意味個性的な人が多かったです。

アニメ漫画などの趣味オープンにできる環境だったので、最初から打ち解けやすかったです。

知り合うタイミングが違えば親友になれていたのかもと思う人も多かったです。

なんで辞めたのか

まず、営業電話件数広告の獲得も事実上ノルマがありました。

フルタイムもこなすのが困難なくらいなのに、大学に通いながら達成するのは厳しかったです。

電話代や交通費など金銭的な負担も大きかったです。

 

ただ、それでも同じような趣味をもった同年代の人たちと仕事できるのは楽しかったし、あこがれのアニメを作った会社自力アポをとって行けたときの喜びも大きかったです。

あの会社に入っていった人たちはそういう気持ちが持続したんでしょう。

でも私は途中でその気持ちが途切れました。

 

内定者の先輩の中にいきなりいなくなった人もいました。

「他の仕事に就くため」と説明された気がしますが、入社間際に急にいなくなるなんておかしいと他の人と噂しました。

同期もどんどん減っていきました。

その様子をみて「あの人たちはこの程度で辞めてしまって情けない、私たちはこんなに頑張れているのに」と思ったこともあります

 

私もノルマ達成できずめちゃくちゃに恫喝されました。

 

私の人生であれだけの恐怖を覚えたのは後にも先にもありません。

まず、社長幹部普段と全く違う表情でにらみつけてくる。

その時点でパニックです。

直接的な暴力は振るわれません。

代わりに、わざとらしく大きな音で机や物を叩く。

社長の大柄な姿から威圧感が放たれるので、その拳や脚が自分身体に直接向かってきたら……と思うと頭が回りません。

何を言われたかもよく理解できず、自分罵倒する言葉にただ「はい」としか返事できない。

彼らにとっては日常だったのでしょうが、私にとっては生涯忘れられないトラウマです。

 

これだけ恫喝されても「もっと頑張らなきゃ」と思った人たちもいます

同期は恫喝された後にもっと重いノルマを達成するための誓約書を書かされたそうです。

私には無理でした。

いろいろな負担がかかっていたところに恫喝でとどめを刺されました。

 

なんで今、増田で書いたのか

怪文書の類なら増田かなと。

というのは冗談ですが、前々からこの会社について書こうと思っていました。

いつか書こうと思いつつ自分の中でうまく消化しきれずにいました。

 

私はあの会社に傷つけられましたが、争ったり告発したりすることはしませんでした。

この9年間、彼らと距離を取り続けていただけです。

一種PTSDなんでしょうか、ネット上でたまに彼らの会社名やサイト名を目にすると思考が止まってしまうことがありました。

何かの拍子に当時のことを思い出し、怒りや恐怖が心が満たされることが、9年経った今でも時折あります

 

ただただ、距離をとっていました。

いくらなんでもあの当時よりはまともな会社になっているだろう、と心の隅で期待していました。

私の頃は新卒採用を始めたばかりで、いろいろな仕組みづくりが追いついていないのだろうと好意的解釈していまた。

 

もちろん、今回背中を押されたのはOさんの件がきっかけです。

私はOさんと同期で、もちろん面識もありました。

とてもいい子でした。

 

今回、9年ぶりに彼女名前を目にしたときのショックは言葉にできません。

私もOさんのようになっていたかもしれない、という恐怖よりも、私に何かできたんじゃないか?という悔しさが先にありました。

 

当時、ただ距離をとるのではなく、たとえば労基署とか、駆け込むべきところに駆け込んでいれば少しは彼らのめちゃくちゃな行為に歯止めをかけることができたのかもしれない。Oさんの件も防げたのかもしれない。

たらればの話に過ぎないのはわかっていますが、そう考えると無念でなりません。

 

今回の件がどう展開するにせよ、最終的な結果が出るまでかなりの時間がかかると思います

世の中にはいろいろな事件が起きています

時が経つうちに、今回のニュース自然と忘れられてゆき、彼らはまた何事もなかったかのように誰かを追い詰めてしまうかもしれない。

この件が簡単に風化してほしくありません。

それでこの文章を書いて公開した次第です。

 

記事には目を疑うような記述が多く載っていますが、(あくまで私個人の感想では)いずれもありえる話だと思いました。

 

後になって気づいたことですが、彼(ら)は社内に常にスケープゴート役になる人物を用意して自分たちの怒りのはけ口にしたり、他のメンバー優越感の材料にしていたんじゃないかと感じました。

Oさんの話を読んでいてそのことを思い出しました。

当時の私もそうなっていたのかもしれません。

私自身、いちばん追い詰められたときには自殺を考えました。

 

先に書いたように、私は小上さん(仮名からも厳しい言葉を受けたことがあります

当時の小上さん(仮名)もいわゆる洗脳状態にあったのだとしても、彼に対する個人的な不信感はぬぐえません。

なので、単純にどちらが正しくてどちらが悪いか判断はつきません。

両者の言い分に差異があるようですし、それは今後明らかになってゆくことでしょう。

 

ただ、事実がどうあれ、あの会社の発信しているメッセージ違和感を覚えている人は多いようです。

個人的には、会社側の文章最後に書かれた、実名にせよ匿名にせよ虚偽の情報を流した人物には訴訟を辞さない、という旨の記述に恐怖を覚えました。

この機に乗じて会社のことを告発するなんて許さないぞ、と私たちに向けて恫喝しているように感じました。

彼らは今も自分たちにとって都合のいいスケープゴートを探しているのかもしれません。

 

最初に書いたとおり、この文章フィクションです。実在企業人物とは一切関係ありません。

具体的にどの会社のどの件を指して書いたのかも明言しておりません。

何かあればまた追記します。

猫の入る言葉にいい言葉ひとつもない

猫がいなくなっても悪い言葉が消えるだけなのでデメリットなし

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