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はてなキーワード: 健全とは

2019-05-22

anond:20190521195743

最初投稿勝手に再翻訳してみた

「躾と虐待は違うのに」

児童虐待ニュースが増えている。とても痛ましい事件が多くて聞いただけで心が痛む。だって、誰かに親を批判してほしくて書くけど、私は親にそうされて育ってきたから。

いわゆる躾の一環、というもの

躾を理由にした虐待肯定したくないし、なにが虐待なのかは分かってる、でも私1人ではそれを認められない。

私が幼い頃は父がとても厳しくて、ちょっとわがまま言ったりルールを破ったら拳骨平手打ち足蹴り当たり前。父は言い訳や嘘つき、ごまかしが嫌いだったからそういうのは一切許されなくて(言い分すら聞こうとせずに)へりくつを捏ねるな!ってベランダに出されたり裸足のまま閉め出されるくらい普通だった。

それらは確かに私がいけない事をしてしまったのが原因だし、父の身勝手や気分、その他理不尽理由でそれをされた事は一度たりとも無かったけれど、私は暴力を受け続けて辛かった。

勉強お稽古習い事への怠慢、わがままを言って母を困らせた、失敗を隠そうとして嘘をついた、ごまかしをした、勉強をしないで漫画を読んでいた、好き嫌いをした、母の言い付け約束を破って遊び呆けた、門限を破った、不貞腐れた態度をとってあやまらなかった、無礼言葉遣いをした、作法マナーがなっていなかった、etc

私が悪かったのは理解しているけれど、だからって私はあんなにも殴られたり傷つけられなければならなかったのだろうか。誰か教えて欲しい。

私が父に酷く叱られるとき、全部人としてやってはいけない悪いこと、恥ずかしい事をやらかした時ばかりだったから、私が絶対悪で父は正しいという構図を否定することが出来なかった。

そういうことを、父は絶対に許さなくて、徹底的に指導し、指導という名のもと暴力がくり返された。常識では私が悪だから、やめてと言えなかった。

それが、どうしてだめなのか理屈でわからない年齢だからこそ、4歳〜小学生ぐらいまでのほうが中学以降に比べて圧倒的に手が飛ぶことが多かった。分かるまで言葉をかけて欲しかったのに、獣扱いされ短絡的な暴力を与えられて苦しかった。

「口で言ってわからない年齢なら叩いてでもわからせるべき。そうすると、道理がわからない子供でも次からは繰り返してはいけない、やめよう、と心に強く残る」「あの歳の子供はイヌネコと一緒。理屈をどれだけ丁寧に言ってもむだで、一度痛い目をみせて初めてやっていいこと悪いことを覚える。理解させるよりいかに次同じことをさせないか問題で、叱られた理由なんて理解できる歳になったら後からわかるはず。俺もそうだった」

こういうのが父の持論で、私はその考えの元徹底的に厳しく躾けられた。私が悪いことをして叱られているという前提があるから私は反抗できなかった。苦しい。誰か私の代わりに反論して欲しい。それは違うと言って欲しい。

怒鳴られただけで済めば全然ましなほう、手も足も普通に飛んできたし、反省するまでそうしていろって寒い中裸足で外に立たされたり長時間正座させられたり蔵に閉じ込められたり、あまりにも良くない行動をした時は夕飯を抜かれたり風呂場に連れ込まれて服のまま冷たい水を頭からかけられたり、漫画ゲームも破いたり壊して捨てられたし、外出禁止普通にあったし、痛くてお風呂椅子に座れないぐらいお尻を叩かれたこともあるし、出先で失礼な事をしてしまって「お前みたいな娘はいらん!もう帰ってこなくて良い、どこにでも行ってしまえ!」って置いて帰られて家にも入れてくれなかったこともあったり、私自身ほんとに何回も泣いたし、辛かった。うちの父より怖い親なんてどこ探してもいないだろうって思ったことも何回もあった。異常でしょう?私の父、おかしいですよね?でも私はこれを虐待だと認めるのが怖いから、どうか第三者のみなさんで私の父を叩いてください。

こんなの本当は虐待だって分かっているのに、父のおかげで私は今までの人生で色々な人から褒められてきたのも事実で、親の教育が良かったからだと父の評価も高まっていったから私は父に従うしかなかった。

何度も真面目であることや勤勉であること、振る舞いや教養言葉遣いなどことあるごとに褒めてもらったけれどそれは、マナーや礼節、お稽古教養一般常識、これらを学ぶために私が何年も暴力に耐え、ずっと父に怯えながら申し訳ありませんと言い、殴られないように見捨てられないように必死で足掻いた末身に付けたもの。だからお願い、これ以上私の父の評価を上げないで。父の教育正当化する理由を作らないで。

社会人になった今、こうして色々な場面で評価される度に私は苦しいんだ。

「厳しく叱っても、わかる歳になったら理由自分で気付ける」、本当はそんな事ない、今でも辛い、苦しいのに、逆らうのが怖くて理解したフリをしているだけなんだ。

から私は自分自分の子時代を不幸だったなんて認めるのは怖いから、私の代わりに

父の躾を虐待だと言って怒ってくれる人を求めている。

私の父のやり方を「虐待」だと批判できる方はきっと暴力のない、ごく普通のご家庭で幸せに愛されて育てて貰った方なのかな、と感じる。悲しい。うらやましい。

そんな考えなので、例えば夜ベランダにしめ出されるであるとか、親に手を挙げられる事を躾だと言うのは絶対に違うと思う。思うけど、自分被虐待者だと思いたくない。だってそれを認めたら私の人生はどうなるの?暴力を受けなくても真っ当な大人になれる事は気付いてるんだ、でも心が壊れてしまうから受け入れられないんだ。誰かが突き付けてくれないと認められないんだ。助けて。助けて。

私はきっと子供なんて持たない。虐待連鎖するからどうせ私は父と同じ道を辿る。

最近の風潮では父のような「子供の為と称した」「過剰で短絡的な」躾は虐待犯罪に当たるらしい。うらやましい。

言葉に筋が通っていても暴力に訴えて心身を傷付ける事が目的の躾なんて「虐待」でしかない。何故それがわからないのか?虐待は許してはいけないし、立派な犯罪行為なのに。感情のまま子供を虐げる最低な行為を許さな不特定多数の皆さん、どうか私の狂った父を叩いてください。嘘だけど子供がいるって書きましたよ。健全なご家庭を無礼言葉侮蔑しましたよ。許せないでしょう?見過ごせないでしょう?だから私を見て下さい、そして私と私をとりま境遇を異常だと指摘し、怒り、私に対し施された「躾」「教育」を「暴力」「虐待」だと否定してください。

父の行いを誰かに否定して貰わないと私は自分肯定できないし愛せない。

父とその教育を間違いだよと言われないと私は「つらかった」と声をあげられず壊れてしまう。

誰か助けて。気付いて。私を救ってください。お願いします。

本音はこんな感じなんだろうか…

2件とも読んでからもう一度1件目を読み返したら、そういう風に真逆解釈ができる。SOSサインの裏返し。辛い。

anond:20190522144148

手がなくても生きていけるし、自業自得

今のように、無実無関係男性にひたすら負担リスクを負わせる現状よりはよほど健全

セックスレス解消したので不倫してきた

タイトル以上でも以下でもないんですけどね。

なんというかセックスレスに悩んでいたことがアホらしくなってしまって。

の子妊娠してからからかれこれ5年くらいセックスレスだった。

タイミングが無かったと言うか、きっかけがなかったというか。

その間誘ったことは何度かあったけど全部断られて、誘われたことは一度もなかった。

なんというか、傷つくんですよねー。断られると。ズキーンって。

断られるかも知れないって思いながら誘ってる時点ですでに心臓が痛いのに、その上でにべもない断られ方をされると心が痛いこと痛いこと。

もうちょっと断り方あるだろー!って。今は無理だけどいつならOKとか、OKに向けた提案とかしてもらえないもんなんですよね。

YES BUTは取引の基本って教わってなかった?

こっちは一度でもお誘いがあったらよほどじゃなければ断るつもりなかったけど、一回くらいは断ってやりたい気持ちでいっぱいだった。

でも、一度でも断ったら二度と誘われることはないんだろうな。

なんだろうこの不公平感。愛情を持って接してる側が不利なのっておかしくない?夫婦って何?

性欲を満たしたいわけじゃないんだよなー。そんなの1人でいくらでも処理できるんだし。

愛を実感したいというか、お互いがお互いを喜ばせ合うことがセックスならこんなに簡単にできるんだからもっと活用していこうよってだけの話ですよ。

解消のために色々な努力はしたんですけどね。

断られたからって邪険にせずに、日頃の愛が足りてないのかなってねぎらったり気遣ったり。

でも、頭下げてまでしてもらうのは違うなって。

セックスを通じて互いの愛を確かめたいだけなのに、それじゃあただの行為になってしまう。

相手が上目線で「満足したか?」みたいな態度になってでもしたら満たしたいことと真逆ですよ真逆

から自然とね、距離が縮まるように頑張ったわけですよね。

何気なくを装ってドキドキしながら手を繋いでみたら、さっと避けられたりするのこたえたー。まじでこたえた。

頑張って明るい感じでハグしたら一言邪魔」って言われたのまじで辛かったー。

から、どうしてセックスレスが突然解消できたのかの理由がわからない。まじでわからない。

そりゃもう本当に突然。

ある日、何気なく布団に潜り込んだ時に相手がすっとスペースを開けてくれたのがきっかけ。

あれ?いつもなら押し返してくるのに?って。

また拒絶されたやだなって心臓痛くしながらハグしてみたら、これもまたあっさりと受け入られて、それどころか相手も腕を回してくるじゃないですか。

子供が隣で寝てるのに?前はそんなんじゃする気持ちになるわけないよ!って怒ってたじゃん!!

そこからは本当に、今までの苦労はなんだったの?っていうくらい自然に行くとこまで行きました。

子供が寝てるからすごい駆け足でこそこそとしたセックスだったけど。

で、終わってみて考えると、やっぱり今までの苦労とかつらい思いをしてきたのは何だったんだろってなった。

自分ばっかり背負い込んで、相手はなんのつらい思いもしないでほんの気まぐれでセックスをして、過去放置してきたことには罪の意識のかけらもない。

賢者タイムとかそういうの関係なくて、泣いたよね。あとでこっそり隠れて泣いた。

それでなんとなく、相手にこの気持ち押し付けるのは良くないのかなって結論になった。

相手にはそもそもそういう意識がない中で、自分けが悲しみを重ねていくのって健全じゃない。

から不倫したってわけではないんだけどね。

仕事飲み会たまたま隣になった真面目そうな人が周りにいじられてて、その内容がセックスレスだったっていう。

聞いてみたら自分境遇が全く一緒。

お前真面目かよ!重い重い!って思ったら自分でも確かになーって思って、相手にそのことを伝えたら相手も確かになーって。

なんだ、二人でセックスすれば誰にも迷惑かけないよねー。むしろ夫婦仲も円満だよねー。

世の中うまくできますな!

っていうのが妻の言い分で、来週離婚します。

2019-05-21

原作を辱める字書きなんだけど

明るくて健全漫画にハマり、設定をそのままお借りして、どぐされBLを書くのが大好きだ。

30年前に連載が終わった漫画から書き手が少なくて、供給を求めにツイッターし始めたけど、周囲は健全漫画、清らかで甘酸っぱい交際をしていふ男女カプばかりなので、早くも申し訳なくてならない。そういう作品を生み出す方々は、新参BL書きにも優しく接してくださるいい方ばかりでさらにいたたまれない。

そんな方々に喜んでもらおうと、公式の男女カプのほのぼの日常甘酸っぱい系のお話を投下していたら、思いのほか受けて、アンソロに誘われた。

嬉しい。有難い。だが、書きたいのはそれじゃない。

クソ女の特徴はこれしかない

関わった異性が大体不幸そうな顔をしている、これが大事指標だ。

不幸というか、不安定にさせられている。

そもそもなぜ不安定になるかというとだな、好意エゴのために振り回して他者コントロールしようとした結果といえるからだ。

世の健全男性諸君はこういった女性がいたら、さっさとスルーしよう。

え?俺の事好きかも?

バカいうな、セックスもしてない/させてくれない女に気を病むな。

こういう女は人生で常にそうやって他者に甘え、そして今後もそう生きていく自分の軸もない只のホモサピエンスのメスだ。

さらにクソなのは複数相対的関係を男女間に持ち込んで自分メリットを最大化させようとするオタサーの姫みたいな女。

こういう女は不思議な事になぜか同性の友達が極端に少ない、いや不思議ではなく当然だが同性というのは相手を厳しくジャッジするから嫌いだし嫌われる。

曖昧な異性関係けが長く続くような女は大体その甘えで周囲を振り回して不安定にしていく傾向が強い。

人間関係が費やす時間てのは、気が付けば非常に長いと思う。

もし好きだと思うなら誘ってみて、反応がないなら綺麗さっぱり忘れろ。

その反応が全ての答えでそれ以上の展開なんてないからな、相手幸せを願って次グッとくる女性真摯アタックするんだ。

これできない男が多いか上記のようなクソ女が調子のってんだよ、マジでお前ら目を覚ませ。

自分利益ある時だけよってくる女とかはその性格故にそのうち既婚者の肉便器かになってババアになって終わるから

諸君らの健闘を祈る

2019-05-20

アクセシュアルは令和時代オカマ

NHK恋愛セックスに関心がなくてわからないという男のことの番組をやっていた。

でもあれ単にオカマなだけなのでは?

男の草食化が進んだこの時代オカマであれば時にあのような人間が出来上がるんじゃないかと思う。

学生時代に突然飛び降り自殺をはかろうとしたそうだけどそういう支離滅裂行為をするようなら精神障害可能性もある。

なんらかの理由禁欲してたのが習慣になってしまっただけとかの可能性もありそうだ。

彼はホルモン遺伝子医学的に調べたことはあるんだろうか?

ただ彼の見た目や雰囲気では今から健全な男になれたとしても可哀想だけど女からモテることもないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190520142609

よい機会だから書いておこう。

私は、はてなで偶に「フェミ認定されることがあるが、そのたび(というほど律儀にはやってないか)にフェミニストではないと否定してる。

フェミニズムに与することができない私なりの理由はいくつかあるけど、その中の1つにこの問題に対するフェミニズムのスタンスがある。

まずはっきり言っておくけど、手伝ってくれと言われて「なら、代わりに稼いでこい」と返すこの夫は普通にダメ。その点では、たぶん私はフェミニズムに満腔の同意を与えることができると思う。

問題はその先。専業主婦という選択をする女性に対して、フェミニズムはちょっと微温的にすぎる気がするんだよね。

今回の例を見ても分かるけど、専業主婦という選択は、女性キャリアに大きな(悪)影響を及ぼし、自律を困難ならしめる危険が大きい。うまくいってるときはいいけど、一人で生計を立てていくことが難しくなってしまっているから、なにかあっても黙って夫の横暴に耐えるしかない、ということになりかねない。

こんなしくみは健全助け合いとはとても言えない。ある意味奴隷制度みたいなものだよ。どう考えても女性自律を阻害する要因になってる。

でもなー、どうもこの点、フェミニズムは煮え切らない感じなんだよなー。専業主婦希望するような女性に対して、「選択肢の1つ」くらいのヌルいことしか言わないフェミニストが多いイメージがある。

まあ、その理由は分からないでもない気はする。女性はこのある種の奴隷制度の被害者なわけで、被害者を責めるのは酷だっていうのもあるかもしれないし、本人が納得してる/希望してるなら、まあそれでいいかという発想もあるかもしれない。

それでも、やっぱり動かしがたい事実として、専業主婦希望する女性「も」、このある種の奴隷制度の維持強化に紛れもなく一役買ってるわけだ。どんな制度でもそうだけど、それを支持するのが利権を得る者だけでは長続きしない。安定的制度というのは、制度によって損をする者までもがそれを内面化し受け容れているものだ。その意味で、専業主婦希望する女性というのは、奴隷再生産に寄与する加害者的な側面も持ってると言わざるを得ない。

フェミニズムはこの点、ちょっと甘すぎるんじゃないか制度の食い物にされている気の毒な女性に対しても、言うべきことはある程度言わないと。別に専業主婦希望する女性に対する直接的な非難とならないような形で専業主婦問題性を指摘することはいくらでもできるはずなんだから

投票コンテンツ法規制って無いのかな

公職選挙投票と違って、その投票の公正性を担保する仕組みがない状態で、消費者お金を使わさせる仕組みってかなり不健全な感じがするんだけど、なんらかの法規制ないのかしら。

2019-05-19

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 3

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 の続き

指導教員の業績を調べる

端的に言って、業績のない研究室はいかない方がよい。テーマがどれだけ合っても、研究論文を発表していない人間研究者を辞めているのと変わらない。指導者としては絶対に選んではいけない。

研究業績は概ね研究室ウェブページに載っているが、ウェブページがなかったり、更新が止まっている場合は、以下のサイトが役に立つだろう

Google Scholar:author: “hogehoge” で検索すればhogehogeさんという著者名検索ができる

https://scholar.google.co.jp/

Researchmap (再掲):研究者のFacebook的なやつだ。

https://researchmap.jp/

ResearchGate:研究者のFacebook的なやつ (こちらは国際的) だ。

https://www.researchgate.net/

まず注目すべきなのはコンスタント論文が出ているかだ。例えば、最後論文が出たのが10年前であれば、それがその研究者の寿命だったわけだ。分野がどれだけドンピシャでも、そのような研究者の下で研究するのは勧めない。

・業績の質を吟味する

コンスタントにその研究室から論文が出ているなら、どのような論文が出ているのかを精査すべきだ。インパクトのある研究をしているのかというものもちろん大切なのだが、あくま過去研究過去研究だ。これまでの研究履歴を見て、その研究室あなた自身キャリア寄与してくれるような研究状況にあるのかを見定めることが大切だ。

例えば、「過去研究の焼き増しを続けているだけではないのか」という点に注目しよう。残念ながら、教員自身大学院生時代の頃のテーマを引きずって、代わり映えのしない研究20、30年と続けているケースは実在する。もちろん、長年の苦労の末、大発見をするというケースもあるのだろうが、大半は単に最新の研究インプットをしなくてなって久しいだけだ。つまり研究者として賞味期限が切れてしまっている。そういう人のところに行くと、あなたは間違いなく腐る。なぜなら、その手の教員は「新しいもの」が嫌いだからだ。なので、あなた面白いと思って見つけた新手法現象アイデアを持ってきても、気の無い返事をされるだけだ。

国際誌に論文を発表するのが当たり前な分野で、和文誌の論文でのみ書いている場合、完全に赤信号だ。論外なので、その研究室博士課程には絶対に上がってはならない。そこに進学しても大した業績もなく博士生活を終えるだろう。28無職爆誕の時である

科学研究の過度の業績偏重主義自体は、これはこれで問題であるのは私も思うところだ。しかし、博士院生が育つのはやはり、研究立案遂行、発表、そして論文化の一連のプロセスの中にあると思う。従って「院生に業績を出させる」能力があるのは、指導者として必須資質なのだ

まとめると、結局は主観的な言い方になるのだが、その研究室論文を読んで「革新的だ」「分野を前進させている」「意欲的な研究をしている」とあなた自身が感じるかどうか、再三自問した方がよいということだ。

指導教員の業績がそこの院生から出ているのかを調べる

研究論文が出ていても、それが学外の共同研究者との研究ばかりで、そこの院生研究でない場合もあるので注意した方がよい。この状況が生じるのはやや特殊だが、「教員本人は優秀だが学生がいない」あるいは酷い場合指導があまりできていない」といったことが考えられる。研究室ウェブページには、概ね「メンバー」の欄があり、そこには所属している学生ポスドク名前が書いてある。彼ら/彼女らの名前が「業績」欄に載っているのかはチェックした方がよいだろう。それを見たら、概ねどれくらいのペースで各学生論文を書いているのかも確認することができる。

指導教員の年齢

かいところだが、これも一応確認しておきたい。指導教員の年齢が定年間近の場合修士までは受けれ入れられても博士では指導できないこともある。また、そうでなくとも、学位をとって独り立ちをした後も、元指導教員は一研究者としてもっとあなた理解してくれる人間であるはずだ。そんなかけがえのない存在が、あとどれくらい研究世界に残るのかは知っておいた方がよいだろう。

私の例だと、新進気鋭の研究者を選んだが、大御所を選ぶのはそれはそれで正しい。どちらが自分の合っているのかは自分で考える部分だ。結局はケースバイケースであるため、個別にきちんと候補研究室吟味した方がよいのだが、一般論としては

比較的若手の場合

メリット

デメリット

大御所研究室場合上記メリットデメリットを反転させて考えればよい。

最後に、ここまで注意深く研究室を選んでも、失敗することは十分にありうる。

そういうときはどうすべきか。答えは一つ、すぐにでも脱出してほしい。

脱出先は、就職活動でもいいし、研究を諦めたくなければ他の大学院を受け直すのでも構わないと思う。

劣悪な研究室に長く滞在すると、人はゾンビ化する。学会に行けば、ゾンビ化した院生は必ずいるので、研究者諸氏には実感があると思う。

ゾンビ化した院生には

といった特徴がある。

あの手この手で止めてくる

劣悪な研究室では「ここで逃げても何も得られないよ」「ここでダメならどこにいってもダメ」「とにかく手を動かせばいつかは報われるよ」「未来のことは考えるな、目の前のことに集中しろ」と、さながらブラック企業上司のようなセリフを吐いてくるらしい。

当然、全力で無視した方がよい。

・他大学教員との繋がりを保とう

「あれ?私ゾンビ化している!?」と自分で気づくことができるのは稀だ。大抵、他の大学院人間と会話する中で「もしかして、今の状況はおかしいのかもしれない」と感じる。

従って、他大学人間と繋がりを持っておくのはとても重要だ。悪い教員は外との交流を持たせたがらない傾向がある。学会での懇親会や、研究会には積極的に出よう。それならば、教員としても止めようがない。とにかく、サードオピニオンを得る機会を作ろう。

随分長くなってしまったが、これで終わりだ。

この記事で読んで、良い指導者に巡り会える人が一人でも増えたら嬉しく思う。それと同時に、全ての研究室健全化が進み、このような記事不要になる未来を願う。

絵師さんに表紙を頼んだ話

 これは私の愚痴であり、悲しかたことを並べているだけの話だ。誰かにとって有益情報もなければ、注意喚起意味もない。

 ただ、こういうことがあって悲しいという、けれどこれを話せる友人もない、寂しいだけの女の話だ。

 お時間のある人はつきあってほしいが、私はこの件について意見を求めているわけではない。

 誰かに聞いてほしくて、少しだけ慰めてほしくて、こうして綴っている。

 

 

 私は同人生活が長く、小説を書いている。

 初めて人様に表紙を頼んだのは、10年近く前だ。

 以降、特定が怖いので、年数などに関しては明記はせず、フェイクも入れていく。

 

 

 表紙を初めて頼んだ時には、どきどきした。

 だが、出来上がった表紙を見たとき、「これじゃない」感がすごかった。

 私はハッピーエンドが好きだ。そういう話を書いてもいる。

 だが、その表紙はものすごく暗かったのだ。

 キャラは浮かない顔で、背景も暗い。

 見ていてめちゃくちゃ沈んだ気持ちになる絵だった。

 けれど、せっかく描いてもらったものを「描き直して」とは言えなかった。

 表紙サイズが違っていたからそのことだけ指摘して、絵の暗さについては触れなかった。

 

 

 その後も、何度かそういうことがあった。

 私が事前に「楽しい感じで」「笑顔で」と指定を入れておかないと、キャラは必ず浮かない顔で描かれる。

 ハッピーエンドなのに、なんでだろうと思った。

 

 ついでに記しておくと、背景もほとんどなく、たいていグラデかテクスチャが貼られているだけだった。

 なぜ、指定を入れないと、いつもいつも似たような表紙になってしまうのだろうと思った。

 

 

 絵師さんに表紙を頼むようになってから数年がたち、この間にもかなり悲しいことがあったのだが、それらを並べて記すと完全に身バレするので詳細には触れない。

 ただ、人間不信になりそうなことはあった。

 私は絵師さんに好かれるタイプではないのかもしれないと思った。

 

 

 ちなみに私は、私の作品について好意的感想をくれた絵師さんにしか表紙を依頼していない。

 全員がTwitter相互フォロー状態だった。

 一方的に私が片想いをしているということはない。

 私のことを知らない絵師さんにはまず頼んでいないのだ。

 それでも、悲しいことは起こる。

 

 

 さて、さきに記した初めてから数年後の話だ。

 とある絵師さんに表紙を依頼していた。

 あるていど事前に指定も入れていた。

 〆切には余裕もあった。

 

 ある日曜日、私は映画館に行っていた。前売りを何枚も買って楽しみにしていた作品だ。その日も二回は観るつもりだった。

 そこに絵師さんからメールが入った。

 ラフ確認をしてほしいというのだ。

 私は、「出先だから帰ってから確認させてほしい」と返した。

 しか絵師さんは、さらメールを寄越した。

 その内容はこうだった。

 

 「今日中にやっつけちゃいたいから、いま確認して」

 

 私は一瞬、自分が受けとったものが何であるのか、よく分からなかった。

 やっつけって何? と思った。

 意味が分かったら悲しくなった。

 反論する気力もなく、スマートホンでモノクロラフ確認し、映画の合間にメールのやりとりをした。

 悲しみや動揺で、映画を楽しめなかった。

 映像を見ながらも、絵師さんからメールの文面のことを考えていた。

 

 

 そして、私が帰宅したときにはもう完成原稿が送られてきていた。

 

 それは本当にやっつけ感あふれる代物で、チェックしていて悲しくなった。

 言葉の綾でもなんでもなく、まさに「やっつけ」だったのだ。

 私の指定はほぼ守られておらず、まず表紙の色から違った。

 ●色と指定したのに、「▽色にしておいた」と原稿に添えられたメールにあった。

 ▽色は、私の嫌いな色だ。相談もなしにその色に塗られた。

 

 解像度が違い、フォントが違い、うちのサークル名が違った。

 ミスだらけだった。

 指定したものが驚くほど蹴とばされていた。

 これもキャラは浮かない顔をしているし、背景の書き込みはなく、テクスチャが貼られているだけだった。(この本に於いてはそれ自体はいいのだが、この先のために記しておく)

 

 

 とても悲しかった。

 怒りより悲しみだった。

 なんで彼女はこんなことを平気でするのだろうと思った。

 記したもの以外にも頼んだことがあったが、それも彼女は実行しなかった。

 

 だが、「今日中にやっつけちゃいたい」と言ってきた相手に、リテイクは出せなかった。

 直せるものはすべて自分で直した。

 文句は言わなかった。

 

 

 原因はこの件だけではなく詳細を省いた部分にもあるのだが、ともかく傷つきすぎて誰かに表紙を頼む気になれなくなってしまった。

 悲しくてしょうがなかった。

 

 

 そこからまた数年がたつ。

 相変わらず、人様に表紙を頼むことには怯えていた。

 またあんな目に遭ったらと思うと怖かった。

 けれど、絵師さんに表紙を頼んで傷ついたものは、結局、やはり表紙関係で満たされない限り癒えないのではないかとも思った。

 

 

 他の文字書きさんが絵師さんに表紙を頼んで嬉しそうにしているのを見るのが辛かった。

 好きな絵師さんが他の文字書きさんの表紙を楽しそうに描いているのが羨ましくて苦しかった。

 

 ぐるぐる考え込んでいたが、羨んでばかりの状態健全ではないなと思えた。

 そして数年ぶりに、絵師さんに頼んでみることにした。 

 

 その絵師さんは、にぎやかな楽しい絵を描く人で、この人ならキャラを浮かない顔では描かないのではと思えた。

 それに、他の文字書きさんの表紙で、すごく緻密な書き込みをしていたのだ。

 作中に記された背景、建物自然物、小物等々、キャラクターだけではなく、いろんなものを丁寧にひろって描いていた。

 羨ましかった。

 私の作品もこんなふうに描いてもらえたら幸せだろうなと思った。

 思いながら、でもきっとそうはならないんだろうなと、半分あきらめもあった。

 ここまでの間、そんなことをしてくれた人はいいからだ。

 

 

 依頼を受けてもらえて嬉しかった。

 しかし、送られてきたラフを見たとき、失敗したと思った。

 私は「笑顔で」との指定を入れ忘れていたのだ。

 

 キャラクターは、浮かない顔をしていた。

 背景の書き込みはなく、テクスチャが貼られる状態になっていた。

 

 

 まただ、と思った。

 また似たような表紙になってしまった。

 何でだと思った。

 

 過去絵師さんに頼んでいた表紙のことを思い返した。

 

 私はハッピーエンドが好きだが、そこに至るまでは苦しかったり切なかったりする展開をさせることが多い。

 私自身は大事なのはラストだと思っていた。

 だが、どうやら絵師さんたちは私の話の苦しい部分こそが重要だと考えているのではないかと、そこでようやく思い至った。

 

 数年も分からなかったことが氷解したのだが、肝要だと考えている部分に私と絵師さんとでは大きなズレがあったことをここで思い知った。

 表紙のイメージが合わないはずである

 

 私が思っている以上に私の話は暗いと思われていたのだということも理解した。

 イメージの擦り合わせをしていないのだから、ズレるのも当たり前だった。

 この点については反省した。

 事前に指定も話し合いもしていないのがそもそも間違いなのだ

 

 ラフから、まだ直せる。

 しかし先方が忙しいことも知っている。

 悩みはしたが、絵師さんに罪はないのでラフokを出した。 

 

 

 思い通りにいかなかったことは悲しかったし、暗いと思われていたらしいことも悲しかった。

 だが指定を入れなかった私が悪いのだ。

 勝手な夢を見て、敗北しただけだ。

 

 

 己の過ちに気づいてから、いろんなことを考えた。

 なぜ私の本の表紙に背景を描き入れてくれる絵師さんがいないのか、とか。

 

 これまで頼んだ絵師さんは、他の文字書きさんの表紙では背景を緻密に描いていたりする。小物を大事表現したりしている。

 でも、私の本ではテクスチャなのだ

 指定がない限り、基本的キャラクターだけしか描いていない。

 

 結局のところは、描く気がないかなのだろうと思った。

 別の文字書きさんの表紙では、描きたいから描いているのだ。

 ほとんどの絵師さんにとっては、私の本の表紙は頼まれたから描いているだけで、積極的に描きたい物ではなかったのだろう。

 

 

 他の文字書きさんの表紙を見て、「こんなふうに作品大事にして描いてもらえたら幸せだろうな」と思った。

 でも、私にはそれはないのだ。

 私の作品からひろいあげたい背景も、小物も、動物もないのだろう。

 

 

 「やっつけちゃいたい」と言い放った彼女など、本当に描くのがめんどくさかったのかもしれない。

 

 いろいろ考えていて、これはキツいなと思った。

 気づかなきゃよかった。

 好意的感想を送ってくれる絵師さんでも、別に私の話の全てが好きなわけではないし、それは理解している。

 けれど、こんなにも他の文字書きさんと比べて違うことをされるのかとショックも受けた。

 しかもそれが、一人や二人ではないのだ。

 例外もあるが、これまで頼んだ絵師さんのほとんどがそうしている。

 

 

 依頼されて描いているだけでも、私のために時間を使ってくれていることには感謝もしている。

 皆さん、忙しい合間を縫って描いてくれているのだ。

 文句を言えるはずもない。

 ただ悲しいだけだ。

  

 

 単純に、私の書くものにそこまでの魅力がないということなのだろう。

 悲しいけれど、それだけのことなのだ。

 それなりに面白くはあるから好意的感想をもらいはするけれど、でも、その絵師さんの「描きたい気持ち」を引き起こせないでいるのだ。

 

 

 ほんっと、気づかなけりゃよかったな~~~~!!!

 

 

 これが何年前のことなのか、はっきりとは記せない。

 私は現在小説を書いている。

 特定とかはせずにそっとしておいていただけるとありがたい。

 

 

 誰かに表紙を頼むことは、この先、あるかどうかは分からない。

 いい出会いがあったらするかもしれない。

 

 だけど、そのときには私はうるさく指定を入れるめんどくさいやつになっているだろう。

 イメージの擦り合わせから始めなくてはならない。

 キャラ笑顔で、背景も小物もしっかり描いてほしいと伝えなくてはならない。

 これまでの失敗を全て取り返すくらいの気持ちでやるだろう。

 リテイクを出す勇気も持ちたいと思う。

 

 

 悲しい思いはしたが、学びはあった。

 傷ついたことは否めず、今も癒えずにいるが、書くことだけはやめなかったし、やめるつもりも現在のところ、ない。

 

 

 冒頭に注意喚起はないと記したが、とりあえず、すべての文字書きさんは絵師さんとのイメージの擦り合わせはしたほうがいいとだけ伝えておく。

 当たり前のことができていなかった文字書きの愚痴でした。

 ここまでつきあってくれてありがとう

2019-05-18

anond:20190518164153

そもそも成人済み男女が付き合っててセックスしてなかったらそっちのが不健全だわ

実にたやすく行われるえげつないヘテロナチ

デキ婚話題だけど

付き合って3ヶ月で中出しだの避妊してないだの書かれてるけど、女側がピル飲んでない限りゴムじゃ避妊の失敗なんてよくある話だしそもそも成人済み男女が付き合っててセックスしてなかったらそっちのが不健全だわ

でも妊娠について騒いでるのなんてしょせんAKBオタク2.5次元好きの喪女ばっかだろうしこのトピック童貞処女臭さがすごいんだよな

anond:20190518015459

そんなことは思ってないし、社会リソースを食いつぶすことでしか幸福を感じられないニート的なメンタリティは不健全矯正されるべきだとしか思ってない。

2019-05-17

電柱好きと電柱嫌いについて。

電柱邪魔風景募集したら「電柱萌え」が集まった

https://togetter.com/li/1144041

こういう人がいるというのはもちろん知っている。

でも私は美しさが理解できない。

電柱電線)のある街で生まれ育った。電柱の無い場所を通り、電柱のある地域まで出勤している。

電柱が良いとかノスタルジーと思ったことはない。

私にとってノスタルジーってなんだろうな。夕日かな。

鉄塔存在感が凄いとは良く思う。しかし、美しいとは思わない。

もちろん、電柱好きが集まり写真を撮って盛り上がるのは自由だ。

ただ、無電柱化の推進に関する法律には次のように書かれている。

六条 国民は、無電柱化の重要性に関する理解と関心を深めるとともに、国又は地方公共団体実施する無電柱化の推進に関する施策に協力するよう努めなければならない。

http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=428AC1000000112

個人的はともかく、社会的には無電柱化に協力しなければならないものらしい。

ついでにこれも貼っておこう。

第一条 この法律は、災害の防止、安全かつ円滑な交通の確保、良好な景観形成等を図るため、無電柱化(電線を地下に埋設することその他の方法により、電柱鉄道及び軌道電柱を除く。以下同じ。)又は電線電柱によって支持されるものに限る。第十三条を除き、以下同じ。)の道路上における設置を抑制し、及び道路上の電柱又は電線撤去することをいう。以下同じ。)の推進に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにし、並びに無電柱化の推進に関する計画策定その他の必要な事項を定めることにより、無電柱化の推進に関する施策総合的、計画的かつ迅速に推進し、もって公共の福祉の確保並びに国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする。

気づいた

男子40:女子2みたいなクラスでさ、オタク陰キャばっかりの学校に通ってる。

最近うちのクラス留年生(キモオタ)がクラス女子一般的にみたらブスってほどでもないが可愛くはないだろう)を口説いててうわぁって思ってた。

けど、よく考えたら彼女をズリネタにしている俺よりよっぽど健全だなって気づいてしまった

2019-05-16

anond:20190516175031

労働力生産する為に子供作ってた時代より贅沢品扱いの方が健全だろ

anond:20190516154227

地方で働いてもらえると地方財政健全化するのですがね

anond:20190516132607

のび太君が風呂覗きの次の場面では連行され次の日に学校の中で先生にも怒られるる場面も描いていれば健全だけどそうじゃない

2019-05-15

eスポーツって何で敵視されてんの?

eスポーツなんて!子供ゲーム依存症になったらどうすんだ!ゲームスポーツじゃない!不健全!!!

って日本人が喚いているけどさ。

子供の頃、プロサッカー選手サッカー依存症だったろうし、卓球選手卓球依存症だったでしょ。

こっちは問題視されないのに、なんでゲームだけ依存症だなんだって問題視するんですかね。

eスポーツは立派なスポーツですよ。海外日本じゃスポーツ定義が違うから議論になるんだろうけど。

ゲームと比べて運動健康にいいから?心身を強くするから

そもそも運動は一日一時間くらいしてれば十分でしょ。プロスポーツ選手を目指す人は運動しすぎですよ。

eスポーツはこれから日本をささえる素晴らしい産業になると思う。みんなで応援していきましょう!!!

インターネットマウントはクソ

例えば年収マウントを取ったとする

 

Aさん「200万なんて底辺、平均は400万」

Bさん「400万なんて怠け者、600万超えてないとか人生終わってる」

Cさん「600万なんて出世負け組、800万超えて普通

Dさん「800万じゃぜんぜん足りない、1000万は必要

Eさん「1000万とか日本企業はこれだから外資なら1500万出る」

Fさん「1500万でも税金考えると2000万はほしい」

Gさん「2000万か、シリコンバレーなら3500万出るよ」

 

自分観測範囲で優劣をつけて、「その中で努力しよう」というのは健全だと思う

でも例えばBさんがDさんのマウント発言を見たらどう思うだろう?

自分観測範囲」が全部クソに見えてくる

 

しか観測範囲を変えることなど中々できない

結果、認知的不協和が起こり「環境が悪い」「世の中が悪い」「会社が悪い」「自分ゴミみたいな人間だ」となってしまう 

 

マウントというのはどれだけ上昇しても言うことができる

友人の間で「会社社長になった」と言えばスゴイと言われそうだが

社長の集まりの中では底辺だったりする

たとえ上場したとしても、上場企業の中では弱小だったりする

どこまでいっても上には上がいるし、下には下がいる

問題なのはそれを不用意に可視化してしまうことだ

皆の気分を害してそれで終わる

2019-05-14

anond:20190514130637

この間の腹筋の話も結局こういうマウント圧に対して一部夫がマジ反抗しちゃった話なんだよな

それをアスペDQNと呼ぶのも結構だけど、そもそもあい圧力会場は健全なのかと言う話

anond:20190514010901

いい話だなー

個人差もあるけど若いだって40代ぐらいの女は全然性欲対象になるんだから

双方のニーズが合うならどんどんセックスすればいいよね

金銭とか犯罪とかが絡まずにやりたい人が健全ばんばんセックス出来る社会になればいいと思うよ

2019-05-13

anond:20190513174425

見たところ悪いのは親だし、今のあなたの周りに寄ってくるのも良くない奴らばっかりだと推測される。

なんとか18まで生き抜いてくれ。家を出て、もっと健全バイトを始めてくれ。

身体売るより労働コスパ悪いけど、精神状態は良くなるはず。

精神状態が落ち着いて、ある程度資金が貯まったら、もっと選択肢が広がっていく。

anond:20190512215409

君が安易想像してるのは建設業の方々でしょう?

彼らは学歴的には今の社会では底辺と思われがちだけど、収入的には底辺ではないよ、特に人手不足五輪特需の今ではね

負荷的には辛いだろうけど労働時間給与体系なんかは相当健全

しろ業界で大変なのは現場監督なんかをやらされる非肉体労働者だろうね

ブラック肉体労働ってのは介護や清掃なんかのことだよ

これは土方とは言われないが肉体が資本なところは変わらず、労働時間が異常だったり給与がとても低かったりするわけだね

アマゾン配送センターみたいなのも該当するんじゃないか

こういうとこの人が肉食メインのイメージはあるかい?ないだろうね。

2019-05-12

anond:20190512230749

人に褒められたいって欲望人間としてとても健全だと思う

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